Coolier - 新生・東方創想話

燃える水車

2021/08/14 12:16:50
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 回転する回転する回転する。
 裁きを受ける。
 回転する回転する回転する。





 ホイール・オブ・フォーチュンって知ってる? 運命の輪っていう意味だよ。運命っていうのはぐるぐるぐるぐるって回り続けてるんだって。そのぐるぐるぐるぐるって回り続けてる運命の中に罪悪だとか裁判だとか断罪とかがあってそうしてそのぐるぐるぐるぐるとした物の中で断ち切られたり助けられなかったりするものがあるんだって。そんなわけないわ。だって全ての運命ってお姉様の手のひらの上にあるものよ。もし運命がぐるぐるぐるぐる回っているものだと言うんだったらお姉様自身がぐるぐるぐるぐるって回り続けていなければならないことになるわ。でも私お姉様がぐるぐるぐるぐるって回り続けているところなんて見たことがないわ。だから運命がぐるぐるぐるぐるって回り続けているなんて話嘘よ。ホイール・オブ・フォーチュンなんて嘘よ。フラン。私あなたのお姉さんの話なんてしていないわ。運命の話をしているのよ。運命の話はお姉様の話よ。全ての運命はお姉様のものなんだから。お姉様の手のひらの上で運命が全て決まっているんだよ。そして私たちはお姉様の掌の上で踊らされている……と言ったらお姉様がちょっと不躾な気がしてあまり良い表現じゃないわね。お姉様の掌の上で……守られているのよ。だからぐるぐるぐるぐると回っているって言う話は嘘よ。フラン。私はフランのお姉さんの話なんて一言もしていないわ。運命の話をしているんだよ。運命がぐるぐるぐるぐると回ってて、渦の中にいるみたいにぐるぐるぐるぐるって飲み込まれていっちゃうってそういう話をしているんだよ。いや、だから、運命っていうのが、あの、お姉様の話なんだのって。運命の話をしたら全部お姉様の話になっちゃうでしょ。そういう話を私しているのよ。違うよ。今話しているのはフランのお姉さんの話じゃなくてフランの話だよ。フランの罪悪の話だよ。私の罪悪? フランが断罪されたり裁判されたりそういう罪悪の話だよ。サニー。サニーミルク。あなたはサニーミルクじゃないね。サニーはもっとアホで無知でおバカだから罪悪だとか断罪だとか裁判だとかそんな、そんな、言わないわ、グロテスクな言葉は。お前はサニーじゃないね。私がサニーじゃないって言うんだったら何だって言うの? お前は誰なんだね。私はサニーミルクだよ。フランが私をサニーミルクにしたんだよ。忘れちゃったの? ね。フランってとっても賢くてしたたかで冷静で理知的でロジカルシンキングじゃない? 記憶力だってとても高いし測ったことがないから知らないけれど、IQだってきっと一千ぐらいはあるでしょう。そのフランが私をサニーミルクにしたことを忘れちゃったの? 私はとっても賢くてしたたかで冷静で理知的でロジカルシンキングで記憶力だってとても高いし測ったことがないから知らないけれどIQだってきっと一千ぐらいはあるんだから、たとえ私がお前をサニーミルクにしたからって忘れるわけないわ。お前は誰なの? だから言っているじゃない。私はサニーミルクだよ。フランが私をサニーにしたんだよ。ね。わかってるでしょ。わかってるでしょ。みんなわかってるんだよ。フランってすっごく頭がいいから本当は全部わかってるのに分かってないようなことをしてるんだよね。本当は全部わかってるのにわかってないようなことをしてるのは頭がいいからでしょ。それが自分の罪悪から逃れているっていう事でしょ。サニーはそんな難しいこと言わないのよ! サニーはおまぬけでいつも私の無茶振りにも付き合ってくれてむしろサニーの方から無茶を言ってくるような突拍子もなくて馬鹿で馬鹿で鬱陶しいそういう子よ。そんなに私を惑わしてお前は何なんだ! フラン。落ち着きなさい。あなたはそんなことで声を荒げる人ではないわ。確かに私はこんなことで声を荒げたりはしないしないわ。うん。しないと思う。そう、フランドール・スカーレットはこんな内部でぐるぐるぐるぐると考えて声を荒げたり脳を回したり髪を振り乱したりするような一般的なきちがいじゃないもんね。フラン、フランのことをそう思ってるんだ。知らなかったなー。知らなかったなーっていうのは嘘なんだけどね。知らないわけないもんね。フランは自分のことよく分かってるもんね。自分が理知的で頭が良くて賢くてお姉様に跪いててそしてとっても冷静で頭脳明晰なきちがいだっていうこと自分でよくわかってるもんね。自分がきちがいだってことよく分かってるもんね。知ってるわ。知ってるとも。そう、私はお前の姉だからよく知っているよ。お姉様。フラン、お前は自分の事を賢いきちがいだと思っているね。お姉様。お姉様はそりゃ私のこと全部知っている。筒抜け。そんなことわかってるわ。だからお前がわざわざ言わなくてもいいのよ! それってどういうこと? お姉様のことないがしろにするって言うの? そう、お前は私のことないがしろにできないだろう。だってお前は私のことを慕い過ぎるほどに慕い過ぎている、そういうきちがいだからな。お姉様はそんなこと言わないのよ! 私のこときちがいだなんて、お姉様、思ってはいるけど口に出したりはしないのよ! そりゃお姉様だって私のこと、ちょっと、あの、あれでしょ、分かってるわ、全部が全部私を想ってやってるって事じゃないってことぐらいはわかるわ。でもお姉様は全部が全部じゃなくても私のことをすごくお考えになってくださってるじゃない。喧嘩だってすることあるわ。羽を全部もがれたことも。あれはでもそれは、私が羽全部もがれてもすぐ治ることが分かっててやってんだから、お姉様が本気で私のこと傷つけようなんてした事一回だってないわ。お姉様は私にきちがいだなんて言わないのよ! 私のことを本当の意味で壊したりすることなんてない! そう。そうよ。お前の言ってることはすべて正しい。だって私はお前のことを壊そうとしたことないけれど、お前は私のことを壊そうとしたことがあるだろう。ないよ! お姉様のことを壊したりなんてしたこと! ないよ! フラン。私、さっきから言っているよね。あなたのお姉さんの話なんて一回もしてないって。ね。一体……一体何なの? これは何が行われているの? サニー。サニー! サニー! サニーはどこなの!? サニーがいないと私分からないわ。私の座標が、位置が、Y軸とX軸がバラバラになって、この次元にいられなくなるわ! サニー! サニーはどこなの! サニー! さっきからずっといるでしょ。私、フランの横にいつでもずっといるよ。フランがそうしたんだよ。フランが私をサニーにしたんだよ。だからずっと一緒にいられるんだよ。違うのよ! お前サニーじゃないのよ。お前は。お前はサニーじゃない! 落ち着け。妖精さんが困っているでしょ。お前は誰なんだよ! 姉の顔も忘れたのか? あんなに慕っててあんなに畏れていてあんなに語り尽くした姉のこと、忘れたのか? お前はお姉様じゃないって言ってんのよ! よく見えてきた。ぼやけた視界が明確になってきた。頭も明確になってきた。そう、ここにはお姉様もサニーもいない。いるのは私。私だけがいるの。私だけがいるの。私だけが私だけが私だけが怖がらないで。フラン。ひとりじゃないよ。サニーがいるよ。サニーミルクがついているよ。どんな障害からもフランを守ってあげるサニーミルクがあなたの側についているよ。フランがそうしたのよ。やめてよ! やめて! そんなふうに叫んだって無駄だよ。フランがそうしたんだから。フランが私をそうしたんだから。フランがフランをサニーにしちゃったんだから。ね。鏡像が。ね。たくさんあって。ブレブレで。一つだったり二つだったり三つだったり四つだったり三つだったり二つだったり一つだったりするでしょ。フランはね、それをまとめ上げるために、私をサニーにしたんだから。そう。四つが二つになった。二分の一よ。じゃあお姉様みたいなやつは何だったんだよ。あれは、あの、フランが、サニーがいるのかいないのか分かんなくなっちゃったから動揺して私がちょっと分裂しちゃって、その片方がフランのお姉さんみたいになっちゃったってことでしょ。フランはお姉様のこと大好きだもんね。お姉様のこと大好きなフランはお姉様が見えちゃうんでしょ。だから四分の二が四分の三になってそれが一つずつフラン・サニー・お姉さん、になったんでしょ。全部私だって言いたいわけ? この目の前にあるものお前らが全部私だって言いたいわけ? 私はそんなこと言ってないわ。私はサニー。サニーミルク。友達だよ。ずっと友達って約束したよ。何年経っても、私がずっと“一回休み”をし続けて妖精として生まれ変わり続けても、ずっとフランと友達でいてあげるよ。そういう約束をしたよ。そういう約束をしたよね。そういう約束をしたってフランは思ってるんだよね。だから私ここにいるよ。違う! 違う! 違う! まやかさないで。まやかさないで。まやかすな! 私はこんなに安直な幻覚や幻聴を見たりはしないわ。だって私は冷静で理知的だから私はきちがいではない、私はきちがいではないと思っているきちがいなのだから、こんなきちがいみたいになったりはしないのよ。私はきちがいじゃないの。私は自分がきちがいじゃないと思っているきちがいなの。ね。その円環の中にいるんだよ。フラン。ね。そうだよね。サニー。本当の……お前じゃなくて、本当のサニーは? 私が本当のサニーだよ。本当のサニーをフラン、フランにしちゃったんだよ。覚えてないの? 本当のサニーを本当のフランにしたんでしょ。本当のサニーも嘘のサニーもいないのよ。ここにいるのはフランだけなんだよ。そんなのひどすぎる! サニーがいなくなっただって? サニーが私になっただって? 私がサニーを私にしちゃったっていうの!? 違うよ。私はサニーになったんだよ。私はフランじゃないよ。私はサニーになった。だからいいんだよ。でもね、それはぐるぐるぐるぐるって回り続けて断罪だとか粛清だとかそういうものによっていつかは絶ち切られるかもしれないわ。何によって? 誰によって? 誰が誰を断罪するって、あなたよ、フラン。あなたは賢しいんだから自分のこと自分で断罪できてしまう子だわ。その学びがあって今のフランがいるんでしょう。ね。そうでしょう。ね。そうなのよね。私、フランのそういうところ、好きよ。フランの内省的で自己破壊的で愚にもつかないところ、好きよ。サニーの頭の良い所、好きだよ。サニーじゃない。フランだったか。まあいいわ。とにかく私はサニーなの。気にしなくていいの。ね。フランはずっとここにいればいいんだよ。そもそもここってどこなんだよ。紅魔館か? 紅魔館じゃない気がするなあ。私の知ってる紅魔館ってこんなんじゃなかったと思うなぁ。何か、え、何、咲夜ってさ、あの、空間をいじったりするでしょ。パチュリーとかもさ、なんかよくわかんない魔法とか使ってさ、なんかよくわかんないことして館の中がなんかよくわかんないことになったりするじゃない。で、お姉様もさ、色々やるでしょ。だから紅魔館の内部が異様な風景になるって別に不思議じゃないけど、でもここって、紅魔館って感じじゃないよね。自分の家にいるっていう感じ無いわ。ここってどこなの? 闇黒だけがある。サニー。ね。ここってどこなの? サニーが私をお外に連れて来たの? 私を外に連れて行くのなんてサニーぐらいしかいないものね。サニー、あなたが私をここに連れて来たの? そうだよ。私がここに連れてきてあげた。紅魔館に帰りたいって思う? 思う。何で? お姉様が心配するから。お姉様に私を探すような手間かけさせたくないよ。お姉様がかわいそうよ。お姉様はいろいろいっぱいやることがあるのよ。私にかまってる暇ないでしょ。かまってほしいけど。今はその時じゃないよ。フランて、お姉様にかまってほしいんだね。お姉様にかまってほしいんだ。フランがお姉様に構って欲しいなんてお笑いだわ。私がいるのに。ね。私がいるのに、サニーがいるのに、サニーがいるのにお姉様を欲っしてるなんて、わがまますぎない? どっちかにしない? ね。四分の三を四分のニにしない? ねえ。私だけにしない? ね。私だけにしようよ。サニーだけにしようよ。お姉様なんて。ね。血縁でしょ。血が繋がってるんでしょ。吸血鬼だから血が繋がってるの気にするの、そうかもね。だけど血の繋がってないことも逆に気になるんじゃない? ね。そうでしょ。サニーのこと大事でしょ。サニーのこと何回壊して何回生まれ変わっても全部フランのものにしたいんでしょ。ね。サニーってフランのものなんでしょ。サニーはフランのもの。サニーはフランのもの。サニーはフランのもの。サニーはフランのもの。四回も繰り返さなくていいのよ! 四人いるからって。私こんな勝手に分裂したりなんてしないわ。私分裂するときはちゃんとわかってやっているもの。私が分裂するときはこの大元のフランドール・スカーレットとフランAフランBフランC、この四人だよ。この四名だよ。そこにサニーとかお姉様とかが入ってくるわけないよ。これはきっと何か外部からの干渉があるんだわ。私おかしくなっているんだわ。本当のきちがいになっちゃったかもしれない。私きちがいになっちゃったかもしれない。どうしよう。お姉様。サニー。大丈夫。大丈夫。大丈夫。大丈夫。ああ! 四回も! だから四回も言ったら台無しなんだって! 四回も言ったら台無し。だから一人にしてサニーにしたんでしょう。私が二人いたら私がおかしくなっちゃうから一人をサニーにしたんでしょう。なのにおかしくなっちゃう四回も言われたら! 変になっちゃうよ! きちがいになっちゃうよ! 全部がきちがいになっちゃうよ! 四人ともきちがいになっちゃう! きちがいが四倍になっちゃうわ。お姉様が悲しむわ。四倍悲しむわ。私自分のことをきちがいじゃないと思ってるきちがいなのに、自分のことをきちがいだって思い始めたら何もかも終わってしまうわ。自己破壊だわ。内臓から崩れていってしまう。自分自身が全て。ね。だからサニーがいるよ。サニーがいるよ。大丈夫だよ。これは二人が言ってるんじゃなくて、一人のサニーが二回言っただけだよ。サニーがいるよ。ほら、一人のサニーが一人のフランに囁きかけているよ。大丈夫。サニーがついてるよ。サニーだけがフランについてるよ。大丈夫。フラン。フランはきちがいじゃないよ。きちがいなんて言葉は使わないよ。きちがいなんて言葉、フランしか使わないよ。フランのお姉さんって優しいんでしょ。聞いたことあるよ、フランから。フランにひどいこと絶対にしないんでしょ。フランのこといつも想ってくれてるんでしょ。だからきちがいなんて言わないんだよね。もちろんサニーだってきちがいだなんて言わないよ。実は、きちがいなんて言葉知らないもん。サニーが、もし、「きちがい」って言うんだとしたら、「おかしいの」、くらいだと思うよ。大丈夫。フランのことをきちがいだと思ってるの、フランだけだから。フランだけがフランのこときちがいだって思ってるんだよ。フランだけがフランのこときちがいだって思ってるから大丈夫。フランは自分をきちがいじゃないと思ってるきちがいっていうところは守れるよ。喪失しないよ。失敗もしない。サニーがついてるから大丈夫。私がついてるから大丈夫。私はフランを守る妖精だよ。そのために生まれてきたよ。フランを守るために生まれてきたサニーミルクだよ。大丈夫だよ。心配しないで。ね。ほら。また広がってきた。一人が二人に二人が三人にぼやけてきた。ぐるぐるぐるぐる回転し続ける。四人で手を繋いで。そうしながら沈んでいく。ぐるぐるぐるぐる沈んでいく。フランは言ったね。運命がぐるぐる回ってるならっておかしいって。運命がもしぐるぐるぐるぐる回ってるんだったらフランのお姉さんもぐるぐるぐるぐる回っていないといけないって。そんなことないよ。私たちこうやってぐるぐるぐるぐる回って自分たちで運命を作れているじゃない。あなた自分を誰だと思ってるの? 運命を操る吸血鬼レミリア・スカーレットその妹だよ。その妹が運命一つ操れなくてどうするっていうの? こうやってぐるぐるぐるぐる回って四人で運命を回していこう。そして断罪から逃れよう。裁判から逃げよう。免れよう。灰は灰にという言葉があるわ。知ってる? どういう意味か知ってるよね。フランは物知りで本をいっぱい読むから知ってるよね。私、知らないんだ。後で教えてね。サニーはお馬鹿で無知で教養がなくてアホでバカで語彙力がなくて本も全然読めなくて字も全然読めなくてバカでアホでマヌケだから知らないの。教えてね。教える……教えるよ。サニーの知らないことを全部教えてあげる。私が、サニーが知らないこと、知りたいこと、全部教えてあげる。私の脳からかき出せるものなら全部サニーにあげる。私がお姉様からもらったもの、大事に体の中にしまっておくけれど、サニーにも少し分けてあげる。それでいい。それでいいのよ。フランドール・スカーレット。フランドール・スカーレット。フランドール・スカーレットっていう名前好き。私、好きよ。いい名前だと思う。かっこいいし、言いやすいし、素敵だわ。サニーミルク。いい名前だと思う。可愛いよね、サニーミルク。可愛いよね。可愛いものって自分のものにしたくなっちゃうでしょ。ほしいでしょ。自分のものでしょ。最初から自分の物でしょ。自分のものになったんでしょう。そうして自分のものにしたんでしょ。そうして今があるんだよね。フラン。フランドール。フランはサニーになんて呼ばれたい? フラン。フランちゃん。フランドール。フランドールちゃん。フランドール・スカーレットちゃん。サニーはフランになんて呼ばれてるんだったっけ? サニー。サニーちゃん。サニーミルクちゃん。ふふふ。笑うな! 笑うな。茶番を止めるのよ。ここはどこなの!? 私の精神世界とでも言うつもりかしら。こいしのせいかしら。古明地こいしのせいなのかしら。ねえ、これはこいしのいたずらなの? いたずらにしては質が悪すぎる。あの子はあの子でここまでのことしないよ。私をこんなに振り回したりしない。私のこと振り回せるの、世界中に探したって私しかいないわ。私をきちがいにできるのは私だけ。誰も私をきちがいだなんて呼ばない。みんな優しいから。私だけが私をきちがいだって呼べるの。だからこれは全部私が行なっていること。最初から最後まで私が私をきちがいにしている。消えろ! サニーのようなもの! 本当のサニーを探しに行く。私は。手が伸びている。手が伸びている。手が伸びている。あれは確か私じゃないと思う。私じゃないほうがいい。私じゃないものの手を掴む。私は私じゃないようなものの手を掴む。私は私じゃないものの手を掴む。私は私じゃないものの手を掴め!





 掴んだ先から手が燃えていく……。
 炎が指先から指先へと伝わる……。
 燃え移る炎は身体中に広がる……。
 喉が焼ける。何も喋れない。
 眼が焼ける。何も見えない。
 耳が焼ける。何も聞けない。
 灰は灰に……。
 塵は塵に……。
 土は土に……。





 裁きを受ける裁きを受ける裁きを受ける。
 回転する。
 裁きを受ける裁きを受ける裁きを受ける。





 金髪を炎で橙色に輝かせながらその妖精は言った。
「これより裁判をはじめる!」
 フランドールはみずからの無知を悟った……。目の前にいるものたちが何者なのかわからなかった……。
 まず、「これより裁判をはじめる!」と言ったものは、見知らぬ、奇抜な格好をした妖精だった。アメリカ合衆国を身に纏い、道化師の帽子を被っていて、薄い羽が生えていた。たいまつを片手にかかげていた。
 そして、がやがやと敷き詰められたものたち。これは、妖精だが、フランドールの見たことのある妖精は一匹もいなかった。それらが、フランドールに視線を刺しながら、ざわざわと蠢いていた。
 フランドールは……両手両足を銀の釘で十字架に磔にされて……燃やされていた。
 ごうごうと……燃やされていた。
 銀の釘は……フランドールの掌を穿く。こぶしが握れない……“目”をつぶせない……。
 これは永久劫火の刑だ……フランドールは思った。炙られても死なない私だからこそ炙り続けることに意味がある……灰にも塵にも土にも還らぬ私だからこそ意味がある……オーラ撃ちで炙られて死ぬようなSTGのボスとは訳が違う……。
 荒涼とした永久に続く砂漠……滲まぬ地平線……青すぎて黒い空……星々の点灯……その“無”たるや……。“無”の中の“有”が……見知らぬ妖精たちと……燃えるフランドールだけだった……。
「被告人の罪状を読み上げる!」
 大声でアメリカ合衆国が言った。蠢いていた妖精たちがしん……としずまりかえった。
 羊皮紙の一枚を見ながら力強くアメリカ合衆国が言った。
「ひとつ! 産まれたこと!」
「異議あり!」「異議あり!」「異議あり!」アメリカ合衆国が言うや否や妖精たちは挙手して絶叫をした。「おかしい!」「みんな産まれてる!」「ピンと来ない!」
 ざわざわざわざわ!
 アメリカ合衆国は頷いた。
「たしかに。これについては不問とする」
 アメリカ合衆国は羊皮紙をフランドールへと投げ込んだ。あっという間に羊皮紙は灰に還った。
 次の羊皮紙を見てアメリカ合衆国が力強く言った。
「ふたつ! “脳がある”などと嘘をついたこと!」
 ざわざわざわざわ!
「嘘はよくないね」「さいてー」「嘘つきは泥棒のはじまり」「みんなやっているよ」「嘘くらいなによ」「“脳がある”ってどのくらい悪いの」「詐称?」「わるそ〜」「わるい」「有罪だと思う」「有罪な気がする」「有罪!」「有罪!」「有罪!」
 うんうんとアメリカ合衆国は頷いた。
「有罪! 被告人を、懲役一万光年に処す!」
「異議あり!」「異議あり!」「異議あり!」
 ざわざわざわざわ!
「ながい」「飽きる」「かわいそう」「桁を減らせ」
 ふむふむとアメリカ合衆国は頷いた。
「では懲役一光年に処す」
 ざわざわざわざわ。
「まあそんなもんか」「妥当」「一嘘につき一光年くらいがいいよ」「異議なし」「異議なし」「異議なーし」
「やった!」
 妖精たちの声を聞いてアメリカ合衆国は嬉しそうに飛び跳ねた。そして、フランドールの羽のひとつ─左手側の、いちばん外側の羽─に羊皮紙を銀の紐でくくりつけた。
 フランドールは体重が憎悪したのを感じた。
 そしてアメリカ合衆国は最後の羊皮紙を見て、力強く言った。

「みっつ! サニーを壊したこと!」

 ざわざわざわざわ!
「死刑!」「極刑!」「ひどい!」「悪い!」「悪い!」「悪すぎる!」「死刑!」「死刑でもなまぬるい!」「もっと熱くすべき!」「もっと燃やすべき!」「火をくべろ!」「燃やせ燃やせー!」「憎い!」「よくない!」「悪い!」「祈れ!」「誓わせろ!」「契りを結ばせろ!」「いやな契り!」「けがれの契り!」「ひどすぎる。ぐすん」「サニーをかえせー!」「かえしてよー!」「かえしてェーッ!」「かえせないならなにかしろーッ!」「されろ! なにか!」「なにかァーッ!」
 妖精たちが絶叫している……。
「有罪!」「有罪!」「有罪!」「有罪!」「有罪!」「「「「「有罪!」」」」」「「「「「有罪!」」」」」「「「「「有罪!」」」」」
 おうおう。アメリカ合衆国は頷いた。
「有罪! 被告人を、懲役一万光年に処す!」
「異議あり!」「異議あり!」「異議あり!」
 ざわざわざわざわ!
「短い!」「飽きる!」「そんなもので済むか!」「桁を増やせ!」
 よしよし。アメリカ合衆国は頷いた。
「被告人を、懲役一恒河沙光年に処す!」
「異議なし!」「異議なし!」「異議なし!」
 その場にいるフランドール以外の全員が笑顔になった。
 一恒河沙……。数字にすると一〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇……。
 懲役……光年……? フランドールはおぼろげに疑問を抱いた。光年は……距離の長さだ。時間じゃない。
「よかった!」
 笑顔の妖精たちを見渡してアメリカ合衆国が満足そうに笑った。そして、フランドールの羽のひとつ─右手側の、いちばん外側の羽─に羊皮紙を銀の紐でくくりつけた。
 フランドールはより体重が憎悪するのを感じた。
 たいまつをかかげて、アメリカ合衆国が楽しげに叫んだ。
「打ち上げターイム!」
「きゃー!」「よっしゃー!」「待ってました!」「よっ!」「大統領ーッ!」
 妖精たちがうれしそうに叫ぶ。
 アメリカ合衆国がたいまつをフランドールの足元に近づける。
 フランドールはみずからの足元を見た。
 ロケット花火がたくさんあった。
 たいまつの火が移った、すべてが点火された、色とりどりに光った、赤緑青紫黄赤赤赤サニーサニーサニー、十字架が揺れ始めた、ごごごごごごごご。
 親指を上に立ててアメリカ合衆国はフランドールに笑いかけた。
「グッドラック! 良い旅を!」
「「「「「グッドラック!」」」」」
 妖精たちが笑顔でフランドールを送り出す。
 フランドールは発射された。
 天高く、発射された。





 月だ……。
 これは月面だ……。
 上から見たならわかる……。
 私と妖精たちがいたのは月だったんだ……。
 遠ざかる妖精たちが旗を振っている……。
 【フランがんばれ】と書いてある……。
 なにをどうがんばれというのか……。
 遠ざかっていく……妖精たちが……月面が……孤独になっていく……。
 懲役一恒河沙光年。
 それは、私が一恒河沙光年の距離を、旅するということ。
 妖精たちは、光年が距離だってしっかり理解して言っていたんだ。
 理解していないのは私だけ。
 十字架に磔にされて、燃えながら、羽に罪状をぶら下げながら、足元でばちばちとロケット花火を光らせながら、そうして宇宙を漂い続ける。
 一恒河沙光年を。
 光年は……光が一年の間に進む距離。
 私は光ではないから、もっと長くかかるはず……でも……自分のスピードがわからない……制御されてもいない……無重力状態……。
 もし……もし私が……光と同じ速さで漂っているのだとしたら……私の生命……およそ五百年の歴史で……一恒河沙を割ると……五百六二兆九千四百九十九億五千三百四十二万千三百十二……私の生命の……五百六二兆九千四百九十九億五千三百四十二万千三百十二倍の時間を……私は漂う……。
 磔にされながら……。
 燃え盛りながら……。
 罪を負いながら……。
 煩く光りながら……。





 一年が経った……。
 意思があれば……。





 十年が経った……。
 光の速さにもできるかもしれない……。





 百年が経った……。
 そうでなければ……。





 千年が経った……。
 悲惨すぎる……。





 一万年が経った……。
 せめて最短で……。





 一億年が経った……。
 光の速さで……。





 一兆年が経った……。
 ううん……むしろ光よりも速く……。





 一京年が経った……。
 私はこの刑罰を通じて……光速を超越してみせる……。





 一垓年が経った……。
 すべての理論を崩壊させてみせる……。





 一杼年が経った……。
 できる……ありとあらゆるものを破壊できる私になら……。





 一穣年が経った……。
 “目”を握らなくたって……私は破壊をすることができる……。





 一溝年が経った……。
 私は模範囚だ……プリズナー・トレーニングだってしている……破壊をするために……。





 一澗年が経った……。
 破壊と創造は常に相互に作用する……。





 一正年が経った……。
 破壊ができれば……創造もできるかもしれない……。





 一載年が経った……。
 破壊と創造の繰り返し……この循環……この円環を完璧に操ることができれば……。





 一極年が経った……。
 それは運命を操ることかもしれない……。





 そして……一恒河沙年が……経った……。










 一



 回転する回転する回転する。
 炎が。
 渦を描いて。
 フランドール・スカーレットの目蓋の向こうで炎が回転している。
 ──あたたかい……。
 目蓋を上げる。目蓋を上げる。目蓋を上げる。重くて中々上がらない。
 力いっぱいにフランドールは目蓋を上げた。
 炎が回転していた。
「あ。起きた」
 炎は回転をやめた。
 回転する炎は、フランドールの顔面の前で、たいまつをくるくると回している妖精の仕業だったらしかった。トンボの顔面の前で人差し指をくるくる回して遊ぶこどもみたいに。
 たいまつをフランドールの前からどけると、その妖精はフランドールにしゃがみ込むかたちで寄り添った。
「気分はどう?」
 その妖精は、見知らぬ、奇抜な格好をした妖精だった。アメリカ合衆国を身に纏い、道化師の帽子を被っていて、薄い羽が生えていた。たいまつを片手にかかげていた。
 ざああああああーーーーーー、と絶えず煩い音がしている。フランドールは目の前の妖精から妖精の奥に目を向けた。自然の暗さの中にぽっかりと空いた空洞。その向こうで……雨が……豪雨。滝のような雨が降っている……。
 ばちばちと妖精のたいまつが照らす光でわかる暗いここは、どこか、岩の下か、洞穴か、とにかくそういう場所みたいだった。
「そうか……」
 地べたに横臥したまま、フランドールは目線を目の前の妖精に戻した。
「あなたが、私を闇黒の世界から、月の裁判所へ連れ出して、幻想郷に向かって打ち上げてくれたのね。アメリカ合衆国大統領裁判長閣下」
「なにを言ってんの」
 アメリカ合衆国大統領裁判長閣下は“ひとつもわからん”という顔をして立ち上がった。
「おい! お姫様がお目覚めになられたぞ! 王子やい!」
 腰に手を当ててアメリカ合衆国大統領裁判長閣下はフランドールの隣を見て仰った。フランドールはおのれの頭上──横臥するフランドールの頭の先、つまるところ隣──から気配を感じた。

「う〜ん。ルナ、だめだよう、ふうきみそをぜんしんにぬりたくるけんこうほうなんてはやんないよぉ」

 聴き慣れたあたたかい陽射しのような澄んだ高い声がフランドールの頭上から全身を通過した。
 アメリカ合衆国大統領裁判長閣下はフランドールの隣にいるものの耳元で叫んだ。
「起きろーっ!」
「ギャッ」
 それはびっくりして悲鳴を上げたようだった。
 フランドールは頭上を見た。

 サニーが……。
 サニーミルクが……。
 いた。
 五体満足で……健康そうな……。
 元気な。

 それはサニーミルクだった。
 洞穴らしいところに、フランドールと、サニーミルクと、アメリカ合衆国大統領裁判長閣下の三名が、ざあざあと降りしきる豪雨のなかで、閉じ込められている──フランドールはようやく状況を把握してきた。
「お姫様がお目覚めになられたと言ってんのよ! ぼけぼけ王子!」
「あっ! フランが!?」
「お姫様はサニーよ」
 つめたい声でフランドールが言った。
 サニーミルクとアメリカ合衆国大統領裁判長閣下がフランドールを見た。
 フランドールは胸を突き出して上体を起こした。棺桶から黄泉がえる屍人のように。
「私が王子をやる」
「フラン!」サニーミルクは飛び起きた。「フラン、もう大丈夫なの?」
「ええ」
「よ……よかった〜〜〜」へにゃへにゃとサニーミルクは脱力した。「もう一生目覚めないかと……」
「おまえ、もう三日も寝ていたのよ」
 アメリカ合衆国大統領裁判長閣下が仰った。フランドールは訂正した。
「一恒河沙光年よ。アメリカ合衆国大統領裁判長閣下。あなたがそう判決をした」
「なにを言ってんの」
 アメリカ合衆国大統領裁判長閣下は“ひとつもわからん”という顔をしていた。
 フランドールは考えていた─しかし、これがサニーの言っていた“ルナチャイルド”か。たしかに“月の子”だ。サニーの言っていたのとは、だいぶ違うようだが……。
「光年は時間じゃなくて距離だし」
「存じておりますよ」
「フランはね……」サニーがおそるおそる口を挟んだ。「私と遊んでる最中に……モノスゴイ雨が降ってきて……それで……気を失っちゃったの……」
 ざあざあ、ざああああ。いまも、振り続けている雨。滝のような。矢のような。弾丸のような。
「うん。三日三晩この調子よ。それであたいたち、ズットこの洞穴にいたの」
「私は風邪を引くだけで済んだし……一眠りもすれば治っちゃったけど……フランは吸血鬼だからかな……死んじゃったみたいに……動かなくなった……」
「あたいがおまえらを見つけたとき、サニーは倒れているおまえに覆いかぶさって倒れていた。身を挺して雨からおまえを守っていたんだ。そのためにからだを壊した。べつにほうっておいてサニーひとりでもお家に帰れたのに。感謝しな、一生をかけて」
「……私がサニーを壊したというのは、そういうことだったのか……」
 フランドールはサニーミルクの両手をとって、握った。両手を穿く銀の釘の戒めはもうない。フランドールはもうどんなものだって握ることができる。目を閉じて、誓った。
「感謝します。一生をかけて」
「お、おう。恩に着な」
 フランドールがあまりにも深刻に祈るように告げるので、動揺しつつサニーミルクは茶化しがちに言った。そしてこう続けた。
「感謝するんだったら、ピースにもね。私たちをここまで運んで、きょうまで面倒を見てくれたんだよ」
 ピース。
 peace。
 平和。
「ピース?」
 聞き慣れない単語にフランドールが首を傾げるので、サニーミルクは指を差した。
 指の先にはアメリカ合衆国大統領裁判長閣下がいらっしゃった。
 アメリカ合衆国大統領裁判長閣下は仰った。
「あたいの名はクラウンピース。死ぬまで覚えときな、フランドール・スカーレットちゃん」
「クラウンピース……」フランドールは記憶の引き出しを探った。「……ああ。サニーが言っていた、神社の下に住んでいるという……」
「気軽にピースと呼んでいいぜ」
「よろしいのですか。偉大なるアメリカ合衆国大統領裁判長閣下」
 クラウンピースは──まっすぐに──フランドールの瞳を見た。紅い瞳。血の瞳。狂気の瞳。クラウンピースは手元のたいまつの炎と、フランドールの瞳を見比べた。
 たいまつの炎と、フランドールの瞳からは、同じ“気”を感じた。クラウンピースが悪戯で人間を狂わせたのとは、違っていた。フランドールの“気”は生来のものだ。炎で揺らぐようなものではない。むしろ、かえってフランドールにこの炎は、癒やしの炎かもしれなかった。
「……おまえの眠ってる間におまえの中でなにが行われていたのかあたいには知らんことだ。あたいは地獄の妖精クラウンピース! ここではね」
「ピース……へんなの。サニーはサニーなのに。ルナチャイルドはルナでスターサファイアはスターなのに。クラウンピースはクラウンじゃないんだ」
「フランとクラウンがいたら紛らわしいだろ」
「そう? サニー、私とピースって、紛らわしい?」
「えぇ?」
 急に話が飛んできてサニーミルクは困惑した。
「えーっと、髪の色と目の色は似てるし……吊り目だし……服を取り替えたら……」
 サニーミルクのことばにフランドールとクラウンピースは顔を見合わせた。
「いーや! ぜったいに見分けがつくわ!」
 サニーミルクのことばにフランドールとクラウンピースは安心した。
「羽が全然違うし!」
 サニーミルクのことばにフランドールとクラウンピースはずっこけた。
「くだらねー!」クラウンピースは地べたに寝転んだ。「おまえら二人のおもりをしてあたいは疲れました。少し寝る。雨が止んだら起こしてくれよな」
「わかったわ」「仕方ないなぁ」
 フランドールとサニーミルクが言い終わるかといううちにクラウンピースはぐうすかと寝息を立て始めた。
「もう寝たの。早いなぁ」
「疲れちゃったのよ。ピース、雨が降り出してきて、急いで帰ろうとしてたら、倒れてる私たちを偶然見かけて、ここまで運んできてくれたんだって。それで、ずっと看病してくれてたの。こうして火も焚いて」
 偶然。
 運命。
 フランドールは、運命を操ろうとしてみた。
 でも、やり方がわからなかった。
 そして、姉の存在をぼうっと思い浮かべた。
「裁判長は器が違うわ」
「その裁判長ってのはなんなの?」
「私を裁判にかけて助けてくれたのよ。そして私の精神を旅立たせてくれた。すべてが失調した渦の世界から、ここに向かって」
「そんなことしてるところ、見てないけどなぁ」
「だって、サニーもピースも、別に帰ろうと思えば帰れたんでしょ。この大雨の中でも。私を置き去りにすれば」
「そりゃあ……」
「でもそうしなかった。私を助けてくれた……雨に弱い吸血鬼わたしを気遣って……」
 フランドールは片膝をかかえて洞穴からのぞく降りしきる雨を見ていた。
 サニーミルクは両膝をかかえた。
「……私、フランを日光からは守れるけど、雨からは守れないから……」
「私に覆いかぶさってくれたんでしょ」くすくすとフランドールは笑った。「大胆よね、サニー」
「えー? あー、うん」
 いまいち理解しきれてない様子でサニーが頷いてるのを見て、やっぱりこの子は根本的なところでおばかには違いないんだとフランドールは思った。
「あっ! そうだ。言い忘れるところだった。炎なんだけど、あんまり見ちゃだめだよ。ピースの炎を見たら狂っちゃうの」
 めらめらと燃える焚き火をフランドールは凝視した。
「フ。フランさん。聞いていましたか?」
「……私には効かないわ」
「そうなの? すごいなぁ、フランは」
 サニーミルクは、フランドールが炎を見ても狂わないのは、フランドールが吸血鬼で特別だからだと思っているようだった。
 フランドールが元々狂っているからではなく。
 フランドールは、そのことについて、一切口にしないことにした。
「サニー」
「なに?」
「サニーの髪を下ろしているところって、はじめて見たかも」
「そういえば、フランの髪下ろしてるのも、はじめて見た気がする」
 ふたりはお互いの姿を見た。帽子やリボンは地面にぶっ刺された枝にぶら下がっていて、焚き火の前に晒されていた。ピースが乾かしてくれているらしかった。上着についても同様だった。ふたりはネグリジェとドロワーズ以外のものを身にまとっていなかった。
 いつものサイドテール。いつものツインテール。いつもの紅い服。
 その“いつもの”がすべて失われている光景に、フランドールは言葉にできない感情を抱いた。
「あははっ」サニーミルクが笑った。「なんか、お泊り会みたい」
 無邪気に笑うサニーミルクの危機感のなさに、フランドールは愛しい気分になった。
 恋しい気分になった。
 自分のものにしたい、と思った。
 フランドールは自分の感情を自覚した。
 サニーミルクに惚れていることに気付いた。
「ねぇ、サニー」
「なに?」
「見て」
 フランドールはぎゅっと握りこぶしをサニーに見せた。
 そして、人差し指から順番に、なめらかに指を開いた。
 開かれた掌の上には、小さな花があった。
「芍薬だ!」
 頬を色付かせてサニーミルクは目を見開いた。
 紅い紅い小さな芍薬の花がそこにはあった。
「すごい! 手品? どうやったの?」
 フランドールはサニーミルクの髪に芍薬をさしてあげた。
「あげる。助けてくれたお礼」
「じゃあ、ピースにもあげなきゃ」
「うん、もちろん、あとで、ね……」
「フラン、芍薬の花言葉って知ってる?」
 得意気な笑みを浮かべてサニーミルクが言うのでフランドールは微笑んだ。
「聞かせて」
「“恥じらい”! フランは恥ずかしがり屋さん!」
「私の知ってるのと違うわね」
「フランの知ってるのって?」
「“あなたの道を主にゆだねよ”」
「なにそれ。聞いたことない」
「うちの魔女が言ってたから。魔女のオリジナル花言葉かも」
「オリジナル花言葉、いいなあ。こんど、オリジナル花言葉大会しようよ」
「なにするの?」
「かたっぱしから花を探して、一個一個に花言葉をつけるの」
「楽しそうね」
「きっと楽しいよ。みんな誘おう」
「サニーと二人がいいな」
「どうして?」
「“恥じらい”だから」
「よくわかんないや」
 サニーミルクはいじいじと髪につけられた芍薬を指でもてあそんだ。それを見ながらフランドールは、酔いしれるような気分になりながら、こうしていけば、ひとつずつ、サニーミルクをぜんぶ自分のものにできるかもしれない、と思った。とうぶんのあいだの目標をそれにしよう、と思った。たぶん、退屈はしないだろう、と思った。
「雨、いつ止むかなぁ。さすがにこんなに降るのってヘンだわ」
「異変かもね」
「そうだったら、霊夢さんが解決してくれるわ」
 内心でフランドールは妹想いの姉に感謝した。
「サニー」
「なに?」
「“灰は灰に”という言葉、知ってる?」
「知ってる!」
 予想に反してサニーミルクが意気揚々と答えるので、フランドールは興味深くたずねた。
「ほう。どんな意味?」
「“枯れ木に花を咲かせる”って意味!」
「あはははは……」
 クラウンピースを起こさないように、大声にならないよう気をつけて、フランドールは笑った。
「そうね。その方がいいわ……」
 燃え盛る焚き火の向こうで、雨が降っている。



【了】


推敲してないので誤字脱字いっぱいありそう。
そして、ほぼ確実に、一恒河沙割る五百の計算を間違っている。
「一杼」の杼はほんとうは「禾予」だが、なんか環境に対応してなかった。かなしい。
疾楓迅蕾
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コメント



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1.90名前が無い程度の能力削除
ああ良かった、サニーはサニーだった……
理解が困難でしかし想像の膨らむ恐ろしくも深い幻視でした
2.90奇声を発する程度の能力削除
面白く良かったです
3.100サク_ウマ削除
冒頭でこれはとんでもないものを開いてしまったなあとなりましたが、最後まで読めばいつも通りのサニフラだったので安心しました。フランちゃんとアメリカ合衆国大統領裁判長閣下もなんだかんだでそこそこ仲良くできそうなの好き。面白かったです
4.100名前が無い程度の能力削除
狂気と混乱の表現の仕方と、その原因のアイデアがお見事でした。
読み応えありました。
6.100名前が無い程度の能力削除
混沌が突き抜ける感じが面白かったです。
7.90名前が無い程度の能力削除
なにかされたようだ……
松明の狂気の前フリとしてあの圧を持ってくるのがこわい。
8.100めそふ削除
最初の混沌とした何か。あれはフランドールの壮大な走馬灯みたいなものだったんでしょうか。病気の時に見る悪夢みたいなものなんですかね。ラストは温かい終わり方だったんですけど、とにかく文章が好き。読むものを狂わせてくるようなその表現が好きでした。ちょっと好みが分かれる話だと思うんですけど、自分はこういうの好きなんで良かったです。
9.100Actadust削除
殴りかかれたような前半の狂気、どこか妖精らしく可愛らしくも残酷な裁判と時の流れが綴られた中盤、そして物寂しくも暖かいラスト。挑戦的な文体の作品でしたが全てが噛み合っているように感じました。
狂気の中でも罪を受け入れ償ったフランが暖かみに包まれて安心しました。楽しませて頂きました。
10.100南条削除
面白かったです
しまった 光年は 時間じゃない! 距離だった