Coolier - 新生・東方創想話

新月事変

2005/05/15 07:39:27
最終更新
サイズ
33.09KB
ページ数
1
閲覧数
917
評価数
2/68
POINT
3110
Rate
9.09

分類タグ


がらがらがら。
「長老いるー?」
「私を長老と呼ぶな!」
扉を開けて開口一番の少女の台詞に、青年は立ち上がりつつ指を突きつけた。
青年、である。年の頃なら二十の半ばといったところだろうか。
外見だけなら若々しいが、実はその年齢は百五十を超えているという幻想。
外観と実年の不一致は、幻想郷ではそう珍しいことではないが、彼は純正の人間であるため、割りと珍しい存在であった。
彼曰く、不老長寿の術を行使したということ。
少々興味を持ってどんな術なのか尋ねてみたのだが、やれ朝四時に起きて鉄下駄はいて里を一回りするだの、昼間は畑仕事に精を出すだの、玄米を一口につき百回噛むだの、ものぐさな彼女にはとても真似できない術だと判明した。
ていうか術なの?とも思ったりもした。
まあ、こういったいかにも、ということに、実際以上の効果があるのが幻想郷の法則ではあるのだが。
「いらっしゃい霊夢さん。今日はお一人ですか?」
座り直して彼が言う。
先ほどのやりとりは、もう挨拶のようなものだ。彼自身全く気にした様子はない。
「んー・・・それが多分今日あたり、うちに来そうな気がするから」
「なるほど。じゃあお茶ですか?新茶が入りましたよ」
「そう?じゃ、それにしようかな」
きょろきょろと室内を見回しながら、霊夢がこたえる。
所狭しと、様々な品物がおかれていた。
といっても知人の経営する古道具屋のように、なんに使うんだかわからないようなものは置かれていない。全部が全部、日用品か食料である。
里の物々交換所なのだ。
例えば内職した竹の篭をおいていくかわりに、なめした毛皮を持っていく。
余った野菜をおいていくかわりに、鹿肉の薫製を持っていく。
そして今の彼女のように、採ってきた山菜のかわりに、お茶っ葉を持っていく、というような。
そもそも彼女は里の住人ではないので本来ならここを使えるはずもないのだが、とある事件以来ちょくちょく訪れるようになり、里の守護者に溜息つかれつつ許可されたのだ。
この光景を見たら、古道具屋の店主は文句の一つもいいそうだが。
台の上に置かれた種々の山菜を見、彼はほうと驚嘆の声をあげた。
「こりゃ大漁ですね。茶菓子も持ってきます?」
「じゃあその草餅」
「ああこれは駄目です、私の私物ですから。慧音様のお手製ですぞ」
「ずるーい。・・・倍率高かったでしょ」
ほとんど暗黙だが、慧音は里の男衆に大変人気がある。
いやー、ついみんなふきとばしちゃいましたよ年甲斐もなくお恥ずかしい、などと照れたように言う彼を微妙な視線で見つつ、ふと気付いたように彼女は声をあげた。
「そういえば、その慧音は?いつもならそこの広場で子ども達の相手してるのに」
「今日は慧音様の、月に一度のおこもりの日ですから」
よくわからない彼の返答に、霊夢は首を傾げる。
「ああつまりですね、満月の夜は慧音様は里に結界を張ってしまうため、お姿を拝見することはないんですが、今日・・・新月の日となると、ご自宅からお出にならなくなるんですよ。しかも前日から」
「ふーん・・・じゃあ今日が一番里が無防備になる日なのね。まー、新月なら妖怪もおとなしいでしょうけど、大丈夫なの?」
「ご心配なく。里の者達は皆何かしらの心得がありますし。それに力強い助っ人もいますしね」
「助っ人?」
それは意外だ。慧音のような物好きが、他にいるとは思わなかった。ここにもし魔理沙がいたら、多分その意見は否定されていただろうが。
「ええ。リグルちゃんです」
「リグルが?」
それまた意外だ。
「・・・言っちゃなんだけど、彼女じゃ慧音の変わりはつとまらないでしょ」
野良妖怪としては、スペルカードも扱えるし結構な実力者だといってもいいが、流石に慧音と比べると数段落ちる。
そして妖怪は大抵、月の満ち欠けに力を左右されるものである。新月に弱体化した彼女では、お話にならない強度まで落ち込むような気がするが・・・
「そう思うでしょう?でも私も結構長いこと生きてはいますが、新月でパワーアップする妖怪を見たのは初めてですよ」
「へえ?」
それには霊夢も驚いたように眉を上げた。
吸血鬼を筆頭に、満月時に力を増す妖怪は数あれど、その逆は彼女も初めて聞く。
「まあ、パワーアップっていうのもちょっと・・・違うんですけどね」
意味ありげなその口調に、霊夢は彼を見る。
彼も、霊夢を見ていた。
目が細まる。
ふぅ・・・ん・・・
結局は・・・
「それは見物ね」
「ええ、見物です」
少々棒読みの彼女に、長老は同じように応えた。
「見にこようかしら」
「是非。・・・桜餅はいかがですか」
「もらうわ」

「お邪魔してるぜ」
庭に降り立つと同時に、そんな声がかけられる。
見れば縁側に、煎餅片手に腰掛ける白黒魔法使い、霧雨魔理沙。
予想通りの展開だ。
それがうれしいのかといえば・・・まあコメントは控えておこうと思う。
「なによ、また来たの?」
玄関ではなく、彼女のすぐ横の縁側に草履を脱ぎ捨て、そちらを横目で見つつぽつりと言う。
「・・・霊夢にその台詞言われると、なんていうかへこむぜ・・・」
どこぞの日陰魔女と違って、本気でそう思っていそうだ。
微妙に鬱の入った口調で言う彼女に、霊夢は少し悪戯心を出した。
人差し指を顎に当て、ちょっと天井を見上げてから、言う。
「なによっ☆また来たのっ♪」
っばぶぅ。
口にしていた煎餅を盛大に吹き出し、喉に入ってしまったかけらに猛烈に咳き込む。
「サービス完了」
そんな魔理沙の奇態をまったりと眺めてから、彼女は台所へと姿を消した。

霊夢の煎れたお茶を口にするまで、魔理沙は延々咳き込んでいた。

「やめといたほうがいいと思うぜ?」
騒ぎも一段落し、先ほどの長老との会話及び画策している大作戦を話したところ、返ってきたのはこんな科白だった。
「珍しく乗ってこないわね」
小首を傾げる。
「いつもの魔理沙なら知的好奇心というオブラートで自らの欲望をくるんで狂喜乱舞しつつ大切な何かを喪いながら色々根刮ぎにするはずなのに」
「・・・お前・・・わたしを何だと思ってるんだ?」
まさか偽者?とか言っている彼女を、魔理沙は半眼で睨む。
「勝利にかこつけて図書館から本を略奪する十字軍?」
「・・・・・・」
「まあ冗談はこれくらいにしておいて」
「本当か?!本当に冗談だったのか?!正直泣きそう・・・って何で目を背けるんだ?!」
半泣きの魔理沙の湯飲みにお茶を注ぐ。
「言われて泣くくらいなら、本返しなさいよ」
「・・・そ、それはまあ、前向きに検討したくなくもなくもなく」
どっちよ、おざなりに突っ込み、
「随分話がそれたわね」
「お前のせいだ、お前の!」
「あははは」
笑う。
改めて豆腐に鎹とか、糠に釘とかそういう系の言葉が魔理沙の脳裏に浮かんでは消えていく。
はあぁぁぁ、と長い溜息をついて気を入れ替えた。
「ええとだな、なんていうか、あの長老も詳細知らないってのが何ともきな臭いぜ」
かの長老氏、当然の事ながら、慧音とのつきあいは霊夢達よりも長い。彼女らの知らないことも知っている。
一度など慧音の下着の色を語ろうとし、ファーストピラミッドの直撃を受けたこともある知識人っぷりだ。勇気は買うが、使いどころは間違っている。
また、慧音やリグルを除けば里の中で唯一スペルカードを扱える人間でもある。
以前、好奇心に駆られた魔理沙のリクエストで神風昇天翔なるスペルを使ったのだが、そのものものしい名前とは裏腹に、単に風を起こしてスカートを捲りあげる術だったという莫迦話。
「それに、おこもりって自宅に封鎖結界張ってるんだろ?あれ、解除どころか感知すらできないぜ、わたし」
その言葉に霊夢はあ、とばかりに目を見開いた。
そんな彼女の反応に、魔理沙は軽く肩をすくめる。
「それに、好奇心は猫を殺すっていうぜ?」
「なら藍はおいてきてね、紫」
「仕方ないわねぇ」
ぶばぅ。
いきなり背後から聞こえてきた紫の声に、魔理沙は口に含んでいたお茶を思いっきり吹き出し、盛大にむせる。
「いらっしゃい、紫」
「おじゃまするわね、霊夢」
咳き込む魔理沙の背をさする霊夢を後目に、彼女はスキマに腰掛けなおした。
「げほっ、い、何時からいたんだよ・・・」
目を潤ませ、恨めしげに紫を見上げる。
んー、と彼女は顎に手を当て、
「魔理沙が箪笥から霊夢のサラシを引っぱり出して胸にまいて、『ああ、わたし今霊夢と繋がってるぅ』って悶えてるところからだったかしら」
「最初からかよ!」
「・・・・・・」
「い、いや待て霊夢、今のは失言だいやもとい。えーとほら、前後不覚っていうか・・・五里霧中というか・・・そう!紫の視野狭窄が引き起こしたまれにみる惨事!深酒は厳禁だ!こうかはばつぐんだ!」
そんなことはしていないと言いたいようなのだが、墓穴を掘っているようにしか聞こえない。霊夢の視線も絶対零度のままだ。
「わたしと紫の言うこと、霊夢はどっちを信じるんだ?!」
最後の手段とでも言うように、彼女の手を取りそんなことを口走る魔理沙。とても必死だ。
その思いが届いたのか、霊夢ははっと目を見開く。わかってくれたのか!
「どっちも微妙」
「ひどいぜー!」
畳を転がりながらのの字を書きつつ足の指では涙でネズミの絵を描くという偉業を成し遂げる魔理沙。
「紫もお茶のむ?」
「里に行くんじゃないの?」
偉業達成者を無視してお茶を勧める彼女に、紫は意外そうに頬に手を当てる。
「別に急いで行くこともないでしょ。日が暮れてから出向けばいいのよ」
「・・・へぇ」
「何よ」
「別に。ただ、守護者不在の里に夜、博麗の巫女が出向くんだな、って思っただけよ」
「・・・何が言いたいのよ」
「私が霊夢を愛してるって話」
「はいはいありがと」
肩をすくめて立ち上がる。
お茶を煎れに。

ちなみにこの話を庭先で聞いていた夜雀が、「女と女のラブゲーム・・・んー、捻りがないわね・・・イナバと女の・・・あっ!師匠とイナバのシャブゲーム!カンペキ!」などと言いながら永遠亭方面に飛び去っていったことが確認されている。ただし、帰ってくる姿を見たものはおらず、その行方は鳥目の彼方であるという。

時は夕刻真っ赤な夕陽。明日はきっと、晴れるだろう。
結局魔理沙もついてきた。暇だし。一人残されるのも寂しいし。
飛びゆく三人の前に影一つ。
腕を組み、疎ましげにこちらを睨むその姿。
闇に蠢く光の蟲、リグル・ナイトバグ。
めんどくさそうに口を開く。
「あんたたち、何処に行く気?・・・まあだいたいわかるけど」
「ならいいじゃないか、通るぜ」
「そうはいかないわ。あんたや霊夢だけならまだしも、そこのニッチャーを通すわけにはいかないわよ」
「あらあら、蛍風情が随分と驕り高ぶっているものね」
ころころと笑うスキマ妖怪。ものっそい傍若無人ぶりは、彼女の売りだ。
そんな彼女の態度を露ほど気にした風もなく、リグルは鼻で笑う。
「ふん。驕っているのはあんたたちのほうよ!今日は新月私の時間!月無き今宵は蛍の世界!何よりも私が光り輝く時なのよ!ああ正に地上に降りた最後の天使!スタメン十番秘密の剛腕!みんな私を見て!見てぇ!ああこの上なくエクスタシー!見なさいこの全身から溢れ迸るローヤルゼリーの煌めきを!美肌!ぴちぴち!散々っぱらゴキだの実は男だの言われてきた鬱憤含めて色々痛い目見せちゃるわ!」
当初の物憂げな様子は何処へやら、ハイテンションに舞い踊る。
「・・・さっきから妙にてらてらテカテカしてると思ったら・・・」
「ローヤルゼリー垂れ流してたのか」
納得したような、呆れたような口調で霊夢と魔理沙が言う。
ちなみに紫は美肌、という言葉に視線を剣呑なものとしたが、幸か不幸か誰もその視線には気付かなかった。
ある意味月の魔力に取り憑かれているリグルは、そんな彼女らの様子を全く気にしていないようだ。
腹筋が断裂せんばかりに身を仰け反らせ、容姿に似合わぬ高笑いを上げて、リグルが懐から符を出す。
「くっくっく、汝らが罪は我が力なり!馳せて告せよ!獄符『三蟲密告』!」
彼女の高らかな宣言と同時に、霊夢達の身に異変が起こる。
彼女らの体から、三つの光る何かが飛び出したのだ。それは一直線にリグルのもとへと向かっていく。
「なんだ・・・ってうぇぇ?!」
魔理沙が素っ頓狂な声をあげるが、まあ無理もない。
九つの光が、形を変ずる。
蟲、である。
確かに蟲だ。顔以外は。
その蟲の顔は、それぞれ彼女らの見知った顔だった。
霊夢から飛び出した光は、レミリア、アリス、輝夜の顔が。
魔理沙から飛びだした光は、パチュリー、美鈴、霖之助の顔が。
そして紫から飛びだした光は、藍、橙、幽々子の顔がそれぞれついているのだ。
にもかかわらず、体が地虫だとかマイマイカブリだとかなのだから違和感も甚だしい。
「な、何よそれは」
さすがの紫も、自分の中からそんなもんが出てきたことにびびったようだ。
「ふふふ、こいつらは三屍虫っていってね、誰の体にも棲んでるチクリ蟲よ!こいつらからあんた達が犯した罪を聞いて、私はそれを裁くべく、罪状に応じてパワーアップするって寸法よ!」
ふふん、と自慢げに腰に手をやり、少なくとも霊夢や魔理沙、そして咲夜よりはある胸を張る(妖夢は論外)。
「さああんた達、奴らの罪を告発なさい!」
うぉぉぉぉぉ。
奇妙な歓声を上げ、ここぞとばかりに蟲たちが口々に申し立てる。
「霊夢がちっとも私に振り向いてくれないのー」
「そうそう。そのせいで私は毎晩独り、人形遊びに興じる始末よ」
「地味女のくせにー、なんでそんなに人気があるのよー」
「もってかないでー」
「君はまだいいじゃないか。僕の方は返ってくる見込みは限りなく零に近い灰色だ」
「毎日のように来るくせに、なんで私の名前を覚えてくれないんですかー」
「仕事して下さい」
「お仕事して下さいー」
「仕事しなさいよ」
彼女らの告訴を聞き、リグルは感極まったように目頭にハンカチを当て、うんうんと頷く。
「そう、辛かったのね。大悪党ね、あいつら」
「ちょっと待ちなさいよ!」
霊夢が叫ぶ。
その声に蟲達が一斉に振り返った。ある意味狂気的な風景に彼女は一瞬狼狽えるが、それでも何とか言葉を続ける。
「なんていうか、私への非難って、罪って言うより単なる八つ当たりじゃないの?!」
「幽々子の顔したのに、仕事しろって言われるのは理不尽だわ」
霊夢の文句に紫が追随する。
ちなみに魔理沙は沈黙したままである。紫の抗議に関しては、いや仕事はしろよ、とか藍どころか橙にまで言われてるってどうよ?、とか突っ込もうかとも思ったのだが、こっちの罪状に振られると反論できないというのが実に痛い。
「あなた達の恨み、きっと私がはらしてあげるわ!」
「聞きなさいよ!」
脳内オールスタンディング状態のリグルには、霊夢らの言葉はやはり届かない。
ていうか、もとより聞く気はないようだった。
「さあ、一つになりましょう・・・」
言って彼女は、計九匹の蟲たちをかき抱く。
刹那、ざぁと夕暮れを流れる黒い風が吹き・・・
そしてリグルを中心に膨大な光が生まれ、それが膨れ上がっていく。
思わず腕で目を覆い、顔を背ける霊夢達。
ややあって、ゆっくりとその光がひいていき・・・
「おおおおお?!」
魔理沙が驚愕の叫びをあげる。
『ふっふっふ・・・』
夕焼け空に響く、木霊がかった重低音。
『力こそパワー!やっぱ質量兵器でしょ!』
大きく諸手を広げながら、リグルは魔理沙たちを見下ろす。
見下ろす。
今の彼女が手のしわとしわを合わせたら、魔理沙なぞ蚊を叩き潰すが如きだろう。
そんな程度に、リグルは巨大化していた。
あまりにも単純なパワーアップ法だが、それだけに明快で効果的ではある。
だが。
「萃香のパクリじゃないかー!」
デジャヴな光景に、思わず魔理沙が叫ぶ。
『萃香って誰よ?!それにパクリ云々をあんたに言われる筋合いはないわ!』
「うっ!な、なんでお前がそんなこと知ってるんだよ!」
『って慧音が言ってた』
「あ、あいつ・・・!」
さらっと言うリグルに、魔理沙は歯がみする。
『さぁーて・・・』
くきくきと首をならし、余裕の笑みを浮かべ、
『こうなったからにはもう勝負ありよ!ここから先は、毛玉一匹通しはしないわ!』
そして腕を振りかぶり、
『蟲・々・他己・腕ー!』
猛然と振り下ろされる!
「うひぃぃぃぃ!」
叫びつつ、二人は慌てて身をかわす。
「って、二人?!」
「紫はどうした?!」
「ここよ~」
見上げた先のスキマから顔だけ覗かせ、紫がこたえた。
「ちょっと、なんで真っ先に日和ってるのよ!」
「だって私のお仕事は慧音の封鎖結界を解除することだもの~。弾幕ごっこはお・ま・か・せ」
「あ、おい?!」
「じゃあね~」
言いたいことだけ言って、彼女のスキマは閉じられる。
『一機撃墜!』
ぐっと胸元で拳を握りしめるリグル。
「あんたの実力じゃないけどね!」
『私が手を下すまでもなかったって事ね!』
「ポジティブだなー!くそぅ、そりゃ当てにはしてなかったけどな」
突っ込みつつ悪態をつく。
そして意を決したように、その瞳に強い意志の光がともされた。
「こうなりゃわたし達だけでやってやろうぜ霊夢!などと振りつついきなりマスタースパーク!」
フェイント一発、魔理沙が十八番を発動させる。
極太レーザーが一閃、それはやすやすと巨大リグルの胴体を断ち、上半身と下半身を泣き別れさせた。
「ちょっと魔理沙、いくらなんでもやりすぎじゃあ」
「・・・まあ蟲だから大丈夫だ・・・ろ・・・おぉぉぉぉぉぉぉ?!」
再び上がる、驚愕の叫び。
分かたれた上半身の断面がうぞうぞと蠢いたかと思うと、わきわきと下半身がせり出してきたではないか。
もう半分の下半身も同じく上半身を再生させている。
今や二人の巨大リグルが、茜の空を舞っていた。
『はっははは!永符「輪廻核惺」!』
自慢げに、サラウンドに符の名を宣告する。
「・・・・・・?」
それを聞いてなにやら眉をひそめる魔理沙。
だが思い悩むような暇はない。
数が二倍で手数も二倍、しかも萃香のとは違って大きさはそのままなのだからタチが悪い。
加えて大技を使えば分裂する。如何に彼女らの火力と言えど、あそこまで巨大な対象を一撃で木っ端微塵にするのはまず無理だ。
それでもめげずにマジックミサイルやら座布団ホーミング弾やらを発射するが、正直象に豆鉄砲といった風情である。
一方のリグルズも、有利は有利なのだが、それ以外に特に斬新な攻撃法があるわけでもなく、いまいち決定打に欠けていた。
弾幕ごっこ開始からいくらも時が経たないうちに、早くも双方の手が尽きる。
「・・・ふん?」
だが、過ぎた時は無為ではなかったようだ。
何かに気付いた霊夢が、鼻を鳴らす。
どうも元下半身のリグルの動きが、元上半身に比べてやや遅い。
・・・怪獣退治に、アンテナ狙いは基本よね。
そう考え、大きく旋回しながら動きの鈍いリグル二号(仮)の背後に回ろうとする。
『小賢しい!』
霊夢の動きに気付いたリグル一号(仮)が大玉を練り上げるが、同じく彼女の動きに反応した魔理沙がそうはさせじと牽制する。
そのかいあって、霊夢は自らの意図を完全に成し遂げた。
背後からリグル二号(仮)の頭上まで上昇し、触角目掛けて針弾を飛ばす。
リグル二号(仮)は反応しきれない。巨大な触角が根本から折れ飛んだ。
『あーっ!』
魔理沙の相手をしていたリグル一号(仮)が叫ぶ。
やっぱり触角が弱点だったか、と霊夢が思ったのも束の間、
『トンペー、ジェシカ、サダミツ、トウコー!』
「誰だよ?!」
意味不明な名前の羅列に魔理沙が突っ込む。
『誰って、今吹っ飛ばされた子達のことに決まって・・・はっ!』
そこまで言って、リグル一号(仮)は慌てて口をつぐんだ。
「あー!」
その言葉で、魔理沙の記憶にかかった霧が晴れる。
「思い出した!こらリグル!人を散々パクリ呼ばわりしておいて、お前のそれも意外案外存外疎外、かりかりもっちりパクリじゃねーか!」
『な、何のことアルか?私全然知らないアル』
魔理沙の糾弾に、リグル一号(笑)は目を逸らしつつ片言で弁解する。
「いきなり中華風になるな!ここは幻想郷だ!・・・霊夢かまわん!ずたずたにしちまえ!」
「え?そんなことしたらまた増えちゃうわよ。一匹見つけたら三十匹はいるのよ?!」
『だからゴキ扱いするなっての!』
「大丈夫だ、次で決めるから!」
『聞きなさいよー!』
「・・・なら・・・」
霊夢がスペルカードを発動させる。
現れる八枚の結界。それらが丸ノコのように回転しながら彼女の周囲を飛び回る。
そして霊夢の指揮に従って、結界群は音をたててリグル一号二号に襲いかった。
『ちょっと、ネタ割れたからっていきなり戦法変えるのはずるいわよー!』
そんな抗議はお構いなしに、霊夢の結界は巨大リグル達の腕やら足をぶったぎり、ドタマをかち割るなどやりたい放題に暴れ回る。
それらの断片は片っ端から再生していき、十を超える巨大リグルをこさえることになったのだが。
「・・・・・・?」
霊夢も異変に気付いたようだ。
無数のリグル。しかしそれらが妙に「薄く」なっているような・・・
「十分だな」
その光景に、いつのまにやら地上に降りていた魔理沙が不敵に微笑む。
「いくぜ!長老が使ったら里の女性たちに袋叩きになった術をパクった上に強化した新スペル!」
『なに臆面もなくそんなこと言ってんの?!』
とりあえずその指摘は無視しておく。
符を握りつつ、彼女は両腕を奇妙に振り回し・・・
「悪符「ゴッデスウィンド」!」
こうっ!
魔理沙の宣言と同時に猛烈な烈風が巻き起こり、そしてそれは霊夢もかくや、というような上昇気流と相成った。スカートを押さえておくのも忘れない。
その轟風を、リグル達はまともに受け・・・
そしてその巨体のこと如くが風に巻かれ、崩れ去っていく。
「ああ?!みんなが!」
あとに残されたのは、ノーマルサイズのリグルが一人。
先ほどまでリグルを形作っていた何かは、薄闇の中を瞬く光となっていた。
蛍である。
「やっぱりな。あれはお前が巨大化してたんじゃなくて、虫を集めて擬態化したのの中に入ってたんだろ。初回のマスタースパークも、自分から分裂して避けたんだな」
「あ、さっきの名前は、私の針を避けきれなかった蛍のだったのね」
「そーいうこった。ばれちまえばどーってことはないぜ」
「くっ、まさかあんたも愛読者だったなんて・・・」
ぎりりっ、と悔しげに歯ぎしりをする。
が、ややあって気を取り直したのか、ばさりとマントをはためかせ、指を突きつける。
「で、でもアレを破られたからってまだ負けたわけじゃないわよ!今のは私の十二あるスペルの中では一番の小物!勝負はこれから!いくわよーってちょっと待っていくらなんでもファイナルマスタースパークと夢想封印~瞬~は大人げな」

あーれー、と悲鳴の尾を引きつつ墜ちてゆく同好の士に、魔理沙は一言言い残した。
「霧雨魔理沙、死亡確認」

「ここ、ね」
先頭を飛んでいた紫が呟き、着陸する。
幸いなことに、先ほどのリグルとの遭遇以外、特に何事もなく目的地に到着した。
目に映る光景は、森。
そういえば確かにここに一軒家があったような気もする。しかしなかったような気もする。
そもそも今現在、家などありはしないのだが。
「ほんとにここなのか?」
「勿論よ」
訝しげに言う魔理沙に、彼女は人差し指と親指で輪を作り、それを目に当てる。丸見えといいたいらしい。
「まあここならここで、ちゃっちゃと解呪しちゃってよ」
そんな様子はお構いなしに、霊夢は話を進める。
「・・・わかったわよ」
無視されてちょっぴり悲しそうにしながらも、紫は両腕を持ち上げた。
両手の甲と甲を合わせると、おもむろに前方へ突き出す。
ぞぶり、と彼女の指が何かに突き刺さった。
指先が見えない。おそらく結界の向こう側に届いたのだろう。
「うりゃー」
そしてやる気のない掛け声とともに、両開きのふすまを開けるように両手を広げた。
じゃじゃじゃじゃじゃ。
紙が裂けるような音をたて、結界が切り開かれていく、目の前の風景が変わっていく。
今やそこには木々はなく、簡素な木の家が一軒。
霊夢や魔理沙が何度か訪れたことのある、上白沢慧音の住む庵だ。
「・・・さて」
「待ちなさい!」
一歩踏み出そうとした彼女らの目の前に、一つの影が現れる。
振り向かずとも、やつがいた。
「お、お前はー?!」
「そこまでお約束してくれなくていいの!」
魔理沙の声に虚空へ裏手突っ込み入れ、指を突きつけるのは、
「と、とにかくこの扉は開けさせないわよ!」
決意の瞳に闘志が滾る、飛んで火にいる謎の蟲、リグル・ナイトバグその人だった。人ではないが。
ズボンやらマントはあちこちすり切れ、肩で息をしているもののやる気は満々、意外に義理堅いようだ。
がらがらがら。
だが、そんな彼女の決意を無視するかのように、言ったそばからその扉は開かれる。
中から。
「りぐるおねいちゃん!」
年の頃なら五、六歳といったところか。蒼銀の髪をなびかせた少女が飛び出してきた。
「なんであなたが開けちゃうのよ?!」
「てへっ」
振り向きざまのリグルの抗議に、その少女はぺろりと可愛らしく舌を出し、こつんと自分を小突く。いい性格をしている。
だがその表情も、リグルの惨状に気付くとみるみる曇っていった。
「どうしたの、りぐるおねいちゃん?あ、おけがしてるの?!」
ずたぼろの彼女に、その少女が慌てて取りすがる。
そしてその後ろの見知らぬ三人組を、きっと睨み付けた。
「あああ、ちょっと弾幕ごっこしただけだから!この人達もそんなに悪い人たちじゃないから、ね?」
「あまいよりぐるおねいちゃん!こんなこうはくやらしろくろいふくやら、としがいなくごしっくろりーたなあくしゅみるっくすがあくとうじゃないわけないよ!きっとどぎつくぐろくていんさんかつせいさんなそくめんをもちあわせてるにちがいないよ!おねいちゃんはひとがよすぎるんだよ!」
「蟲チョップ!」
「へうっ!」
周囲の殺気に耐えかね、リグルは少女の後頭部に手刀をかます。あっさり昏倒する少女。
「子供のっ!子供の言うことだから、ね?落ち着いて・・・そこ!スペルカード出さない!」
躊躇無く弾幕結界をぶっぱなそうとしていた紫を、慌てて押しとどめる。
「ともかく、話は聞かせてもらうわよ?」
その宣言に、リグルはがっくりと肩を落とすと、気絶した少女を小脇に抱え、力無く頷いた。

「・・・で、どういうわけなのよ、これ」
とりあえずリグルが少女を寝台に寝かせるのを待って、霊夢が問う。
「・・・まあ、私も偶然見知ったことなんだけどね」
どこから話したものか、とリグルがしばし考え込む。
「もうだいたい分かってると思うけど・・・この子は慧音よ」
「みたいだな」
「面影はあるわね」
「ただ、どうしてそんな背格好なのかはわからないけど」
「んー・・・」
どう話したものかと、リグルはぽりぽりと頬を掻く。
「あんた達、彼女の満月形態見たことあるよね」
「ああ、あのパーフェクトハクタクモードな」
「そうそう。満月の夜は混じりっけ無しの妖怪なわけ。で、新月の夜は無添加の人間になるんだってさ」
「それは分からないでもないけど・・・結局どうしてあんな形態になってるかの説明にはならないわよ」
ごくりと喉を鳴らせつつ紫が言う。
その舌なめずりが何を意図しているのか不明であったため、リグルはさりげなく紫と寝台との間に位置をとった。
「んーとね、人間として年をとるのは、今の状態の時だけなんだって」
「・・・それはつまり、人間としての時間は一ヶ月に一日しか経過しないって事?」
紫の疑念に、リグルは首を横に振る。
「正確には夜の間、つまり一ヶ月に半日って言ってたけどね」
「それにしちゃあハクタクの時は・・・ああ、そうか、妖怪ってのは生まれたときに完成してるんだったな」
「そ。で、満月でも新月でもない半獣のときは、妖怪としての特性が強いから年とらないんだって」
自問自答で納得している魔理沙に、一応リグルが補足する。
「それまたお得だな」
「だって彼女、私みたいな突然変異系の妖怪じゃなくて、由緒正しい神獣、霊獣の類だもの。生半可じゃないのよ」
「半端だけれどね」
紫の余計な茶々に、リグルはぶー、と唇を尖らせる。
「まあ慧音の現状は理解したとして、だ」
どうにもわからんことがある、と魔理沙は続けた。
「何よ?」
「どうしてわざわざ里の連中に隠す必要があるんだ?モノホンの妖怪が飛び回っても何も言わないのに、今更気兼ねする必要なんてないだろ」
何も言わないどころか、ふらふら飛んでるリグルに「ようリグルちゃん、井戸水でも飲んでかないかい」などと声をかける輩がいるほどである。
「・・・ま、人間には分からないかもね」
溜息混じりに、リグルは肩をすくめる。
「なんだよ」
苛立たしげに、魔理沙は言う。
「そもそも普段の慧音は見た目人間と変わらないし、たかだかちっこくなるくらいなら、可愛がられこそすれ、後ろ指指されるいわれなんてないだろ」
「むしろ、変わらないから駄目なのよ。見た目も、考え方もね」
視線を下げて息をつく。
似ている。見た目は変わらない。
それはつまり、どこまでいっても、「同じ」ではないということ。
「そうね」
ますますわからない、といわんばかりに眉をひそめる彼女が何か言いだす前に、紫がリグルに同意した。
「気温は上々、湖は解禁、幅を利かせている氷精も撃墜した。万が一の時のための式も配置済み。クラゲもいないし水着も着てる。あとは飛び込むだけ」
だけど躊躇い足を踏む。
彼らは受け入れてくれるのだろう。
それはわかっている、知っている。
でも、と。
「なら話は簡単ね」
今まで黙って聞いていた霊夢がぽつりという。
「というと?」
「背中を押せばいいのよ」

太鼓の響きに笛の囃し。
ぱちぱちと音をたて、篝火が燃える。
銀色の髪に、炎の赤が照り映える。
少女は半ば呆然と、呆気にとられたようにあたりを眺めていた。
気もそぞろな彼女の手は、緑色の髪をした少女と繋がれている。
リグルはいつもの黒マント姿ではなく、隣の少女と同じく浴衣を身に纏っていた。
「おねいちゃん・・・ここどこ?」
「お外よ、お外」
「え?でもよるはおそとにでちゃいけないんじゃ・・・」
「さっきは自分から飛び出してきたじゃない」
「う・・・」
リグルの言葉に、少女は言葉を詰まらせて気まずそうな表情になる。
「で、でも、おそとはいつもこんなににぎやかなの?」
「今日は特別よ。お祭りなんだって。ほら、今日はお月様が出てないでしょ。だからかわりに里の真ん中に大きな篝火を立てて、月の光に感謝するお祭りなんだって」
と、いうことに、ついさっきなった。
いつもの慧音なら、いままでそんなことが行われたことがないことを知っているが、今の彼女には平時の記憶はないらしい。
こんな事をされると私の価値が下がる、とリグルはごねたりしてみたが、それが形ばかりなのは明らかだった。
ぶーたれるリグルに魔理沙が「気にするな、元々そんなに価値ないし」といさめたところ、里のみんなに袋叩きにされるというほほえましい挿入話。
とりあえず霊夢が長老を呼びつけ、かくかくしかじかと説明をしたところ、彼はOK侍とか意味不明なことを言って親指を立てたものだからつい蹴り飛ばしてしまった。
それはそれとして一時間ばかりであれよあれよと祭りの準備を整えてしまったのだから、その手腕は大したものだ。
案外人望があるのかもしれない。それとも・・・こんな事もあろうかと、用意していたのかもしれないが。

「おうリグルちゃん、慧音様のお守り、ご苦労様」
作業の手を止めぬまま、店主は二人に声をかける。
「おっちゃんもおつかれー」
慧音様のお守りって、すごいこと言うなぁと思いつつも、リグルは変わらぬ口調で屋台をのぞき込んだ。
「ほいよ、こいつぁ俺のおごりだ」
言って二本の焼きもろこしをよこしてくる。
苦笑しつつ、彼女は一本だけ受け取って、隣で目を爛々とさせていた少女に手渡した。
「あのね、私は普通の食べ物食べられないの。この間の騒ぎ、忘れたわけじゃないでしょ?」
そんな彼女の台詞に、おっちゃんはおういけねぇ、と額を叩いた。
以前、里の子供がいたずら半分にリグルに焼きトウモロコシを食べさせたところ、彼女は「ピーガガガーオバオォォエエエ~」という意味不明瞭な駆動音を口走りつつ、両手からレーザーを発射しながら大回転して周囲一帯を焼け野原にしたという逸話がある。
ちなみにリグルがこの時のことを覚えていなかったため、慧音が脳直でその歴史を叩き込んだ所、あまりの奇天烈さに腹を抱えて笑い転げたという事の顛末さえあった。
まあそのときの被害は、慧音がなかったことにしたために事なきを得たが、今下手をうつとおもしろ大惨事となりかねない。
それを、おういけねぇですませる気質はなかなか侮れたものではない。
例の一件でも、リグルにどうこう言う以前に真っ先にしたことが子供のお尻を叩くことだったのだから、この里の人たちの度量は恐るべきものである。
ちらりと横に視線を移す。
一心不乱に焼きもろこしをぱくつく少女の姿が見えた。普段の彼女からは想像しがたい、小動物じみた仕草に、思わず口元がゆるむ。屋台のおっちゃんも同様だ。
彼女の気持ちが、少し分かった気がする。
この里の人たちは、得難い人たちだ。
喪うことになったら、自分もどうなることか。
もしかしたら弾幕ごっこの相手ではなく、ただ単に、退治されるだけの妖怪に成り下がるかもしれない。
そんなことを考えて、ふるふると頭を振るった。
暗くなるな。新月の夜に、蛍が沈んで如何にする。
「ごちそうさまでした」
「お粗末さんでした」
ぺこりと頭を下げる彼女から芯を受け取り、おっちゃんも返事する。
「ほら、口」
醤油とおこげでベタベタになった口元をハンカチで拭ってやる。
「んっ・・・ありがと、おねいちゃん」
「どういたしまして・・・さ、どんどん行きましょ」
「まだなにかあるの?」
「もろこしで終わってどうするのよ!まだまだあるわよ!お祭りなんだから!」
「わっ、おねいちゃん~、まってよ~」
飛び跳ねるように道行くリグルに、引きずられるように慧音が続き。
その姿は喧騒の中に埋もれていった。
誰とも、違わずに。

「・・・霊夢」
二つの影のうち身軽そうなほう・・・魔理沙が言う。
「ん?」
イカ焼きに食いつきながら、霊夢が返事をする。
たこ焼き串焼き綿飴あんず飴その他諸々を両手いっぱいに抱えた姿は、いやしんぼ以外の何者でもない。お代はタダということで、ここぞとばかりに食いだめすることにしたらしい。そんなに窮乏してるのか、と熱いものがこみ上げてくる。
「こういうのは背中を押すっていわない。持ち上げて放り込むっていうんだぜ」
返事はない。
加えて言うなら紫の姿もない。
「人間の祭りに顔を出すほど野暮じゃないわ」
とのこと。
そんなことを言われると、この発案自体成り立たなくなるのだが・・・まあ紫なので仕方がない。
いつまでたっても返ってこない返事に、魔理沙は訝しげに横を見る。
イカ焼きを喉に詰まらせ、痙攣している霊夢の姿。慌ててその背をひっぱたく。
「っんっぐぐぐぐっ、ぷはっ!あー、死ぬかと思った。ありがと」
「・・・いいけどな」
真剣に考えていた自分が馬鹿みたいだ。そんなことを思い、視線を目の前の喧騒に戻す。
「・・・まあ、結果オーライじゃない?」
ややあって、両手の荷物を綺麗さっぱり平らげてから、霊夢が呟く。
「イカで窒息死するのがか?」
「持ち上げて放り込むのが、よ」
皮肉っぽく言う魔理沙に、彼女はすましてこたえた。
「あんまり深く考えてなかっただけだろ」
「失礼ね。深刻に考えてなかっただけよ」
「・・・なるほど」
全くその通り。
なんにせよ、全ては夜が明けてから。
膳は据えた。
そしておそらく。
なべて霊夢の言うとおり。

上白沢慧音は目を覚ます。
ぼうとした、未だ焦点の定まらぬ瞳で天井を眺める。
いつもと違う天井。知らない天井。
不意に意識が覚醒する。
がばりと、音をたてて身を起こした。
周りを見回す。
里の、寄り合い所だった。
その名の通り、里で何か決め事をするときに集まる建物。
またごくまれに訪れる客人を泊めるための場所でもある。
例えば今の自分や、未だに眠っている、霊夢や魔理沙のような。
ふと、一糸纏わぬ自分を見下ろす。
かといって破れた子供着が散らばっているということもなかった。
枕元にはたたまれたそれと、いつもの私服。ご丁寧に帽子も完備だ。
少しだけ笑って、服を着る。
眠っている二人を起こさぬよう気を付けながら戸を開け、外に出た。
白みはじめた東の空。夜明けはもうすぐだろう。
顔でも洗おうかと、井戸まで歩く。
「あ」
手ぬぐいで顔を拭いたところで、頭上からの気配に気付いた。
リグルだ。
眠そうな表情をした彼女がすぃと降りてくる。その姿は、昨日の浴衣にあちこちすれて破けた黒マントと、随分と珍妙だった。マントは彼女のこだわりなのだろう。
「おはよー」
「眠そうだな」
「さすがにちょっとねー」
くぁ、とあくびをかみ殺す。
「起きたんなら、私もういってもいい?眠くって」
「ああ、ありがとう」
言葉通り眠たげに目をこする彼女に、慧音は頷く。
そして、そのまま飛び去ろうとするリグルのマントを捕まえた。
「ん?」
「置いて行け。直しておくから」
そう?と彼女は首傾げ、
「じゃあ、ついでに服もお願いできる?ハギレ寸前だけど」
「そこまで酷くはなかったと思うが・・・わかった」
「ありがと。じゃあ今晩とりにくるわね」
「ああ」
リグルは改めて飛び立とう・・・として思い直したように、少しだけ真剣な顔になった。慧音の顔をのぞき込む。
そんな彼女の様子に、慧音は一瞬戸惑ったように眉を上げたが、ややあってその表情を和らげた。
それを見て、リグルもにっこりと微笑む。
「大丈夫そうね」
「世話をかけたな」
「一言いい?」
首を傾げ、視線で先を促した。
その様子に、彼女は遠慮なく言った。
「ばっかで~」
「・・・そうだな」
そういわれても、仕方あるまい。苦笑して頷く。
「あら殊勝。・・・ま、私のはおまけよ」
楽しげに、そしてちょっぴり不満げに、彼女は肩をすくめた。
「そうでもないよ、おねいちゃん」
しゃらりと、しかし意外極まる彼女の台詞に、リグルは呆気にとられたように口を開けた。
表情こそ真面目ぶっているが、慧音の顔には朱が散っている。
少しだけ、そんなにらめっこが続き・・・
「・・・っぷ」
「・・・ははっ」
「あははははは」
「っはははははは」
申し合わせてように、二人は吹き出した。
「あははっ、似合わない~」
「っふ、全くだな」
一頻り笑うと、朝の空気のように静寂。
「また私をそう呼ぶ気、ある?」
「・・・ない、とは言えまい?」
「まるで私が悪いみたいに!」
「では、霊夢達が悪いことにしておこう」
「そうね」
地響きが、聞こえてくる。
「あら、もうそんな時間?」
「そのようだな」
「じゃ、帰るわ。おやすみ~」
「お疲れさま」
言って手を振り飛び上が、彼女も手を振り背を送る。
彼女の姿が遠ざかる。
そして地鳴りは寄ってくる。
ざぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃ!
リグルの姿が森の向こうへと消えると、入れ替わりのように一人の青年がすさまじいスリップ音と共に現れた。
長老である。
「おはようございます慧音様」
息も切らさず挨拶をする。
いつものように。
微かに、視界が潤む。
それでも何とかいつものように、言葉を紡いだ。
「ああ、おはよう。早いな、いつもの事ながら」
「日課ですから」
毎朝日ノ出の時間になると、わざわざものすさまじい轟音を上げて里を駆けめぐるのが、である。ニワトリ男の異名は伊達ではない。新しい朝が来た。
彼に限らず、水を汲むのが朝一番の仕事だ。三々五々に皆がやってくる。
「あ、おはようございます慧音様。ついでに長老」
「おはようございます慧音様。付け足して長老」
「おはようございます慧音様!・・・蛇足してニワトリ男」
「おまけか私は!」
おきまりの彼の言葉に、一同は一斉に頷く。
全くもって普段と変わらぬ、いつもと同じの光景だ。

いつものと、同じ。

「・・・ああ、おはよう、みんな」
声が詰まる。
震えないように、つかえないように。
いつものように、挨拶を交わす。
慌てて、空を見上げた。
朝日の虹色がきらめく。
顔は見えない。見られてもいない。
でも、彼女も彼らも知っている。
いつもと同じだ。
今日の彼女は少し、違うかもしれない。
でもきっともう、いつもと同じ。


笑顔。
























余談だが。
次の満月の夜については、里の一切の歴史が消滅しており、詳細は全くもって不明である。
ただその筋から、一人のワーハクタクが、泣きながら竹林の庵に飛んでいったという未確認情報も伝えられているが、定かではない。

慧音スレに真っ先にずれまくった慧音先生AAを張り付けたSHOCK.Sです。
後書きから読むかたは(多分)いないでしょうから言ってしまいますが、前の新月閑話とは一切リンクしていません。
ネタは同じですが。
この作品は、あのスレがヒントとなって生み出された作品であります。
慧音スレの皆さんに百万の感謝を。

それでは、お気に召していただければ幸いです。
SHOCK.S
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.2940簡易評価
33.80名前が無い程度の能力削除
りぐるん! りぐるん! 浴衣姿でサービス満点!
幼慧音は世界の切り札だと思います。

気合と努力と根性で不老不死化する長老が素敵。村は今日もまったり平和。自分も住人になりたいものです。

PS.幻想郷平均カロリー摂取量でぶっちぎりの最下層に君臨してそうな霊夢萌え。
43.90都市制圧型ボン太君削除
あぁ、きっと皆に言われたんだ・・・
キモけー(オールドヒストリー