おやつである。
「…………ふぅ」
霖之助はいつもの席に座り、ぷかりと息を吐いた。口からは白い煙が溢れ、中空で揺れ消える。
煙管である。詰められているのは、八雲の式から貰った外の葉。
「……りんのすけ」
とても居辛そうに体を揺すりながら、ルーミアが声をかけた。
「ん、なんだい?」
「怒って、る?」
「…………君の方こそ、怒ってないのかい?」
霖之助は煙管を口から離し、ルーミアの方へと向き直る。
「ごめんね、りんのすけ……。なんだかね」
むぐむぐと、口を動かす。舌が言葉を紡ぐが、閉じられた唇が音を閉ざした。
嫉妬しちゃったんだ。そう、ルーミアは言った様だ。
「ふむ」
それに対して、霖之助は生返事で返す。
指が小皿に伸び、薄い揚げ菓子を二枚摘み取り、一枚を口に運んだ。
「いっつも、霖之助に迷惑をかけて、かけてるだけで、なんもできないし」
「人、じゃないな。妖怪は、と言っても語弊があるか。自分達は、自分を一番知ってると言うけれど、一番自分を知らないものだ」
二枚目を口に放り込む。じゃがいもを薄く切り、油で揚げ、塩と少量の胡椒で味つけた、ポテトチップスというものである。
「僕が知らない癖を君は知ってるだろうし、その逆も然り。同じ様に、君は知らないだろうが、僕の役に立ってるんだよ」
カサッ、パリッ、パリッ、ジャッ、ジャリッ。
霖之助の手は止まらない。ポテトチップスを一枚取り、口に運び、噛み砕いては飲み込み、また手に取る。
「霖之助……」
パリ……、パリッ。
「食べながら言われても、ぜんぜんうれしくないんだけど」
「……すまない。食べ出したら止まらなくて」
「りんのすけらしいとは思うけど、まじめに話してるときぐらいはまじめに聞いてほしいなぁって」
ルーミアの口調が変わる。緊張による腱の張った声から、幼げな声へ。
自分が失敗をしたと感じた時、もしくは喧嘩をした後、周りの視線や喧嘩の相手の言動、それらが嫌悪に彩られていると感じてしまうものだ。
ルーミアの口調も、それが理由だったのだろう。
「これ、なんかものたりないなぁ、食べごたえとか」
「一枚一枚じゃなく、二、三枚を取ればいいと思うが」
パリッ。
「あと、手があぶらっこい」
「まあ、揚げ菓子だからね。菓子というよりも、料理だと僕は思うが」
「箸つかえばよかったかなぁ」
パリッ。
「あぶらっこいのって、手をあらってもとれないんだよね」
「なら」
カサリ、と。
「ほら。こうすれば油がつかない」
霖之助はポテトチップスを一枚取り、ルーミアの口の前でゆらりと動かした。
「…………」
「食べないのかい?」
「や、えっと、これ、あ、あー……」
「食べないなら自分で食べるが」
顔を赤くしながら、揺れるポテトチップスを見つめるルーミア。
「……あーん」
口を薄く開けると、柔くポテトチップスが押し込められた。ざらりとした表面を唇に挟む。
「……なんか、はずかしいんだけど」
「そうかい?」
また一枚取り、ルーミアの口へと運びながら、霖之助は首を少しだけかしげた。
もはや餌付けの様だ。既に餌付けされている、というのは言わないお約束である。
「ねえ、りんのすけ」
「なんだい?」
「……ありがとう」
いっしょにいてくれて。
「……こちらこそ」
パリッ。
痴話喧嘩は犬も食わない。ならば、その喧嘩をするという概念はどこへと消えるのか。まあ、そんなことは後世の学者に任せるとしよう。
その様な考察よりも、本題を話すべきなのだから。
岡崎夢美は、パイプ椅子に座って読書をしていた。人間の里で購入した恋愛小説だ。
夢美は科学者である。だが、科学に嫁いだ訳ではないため、恋愛にだって興味がある。
「……まあ、小説よね」
ぽつり、と言葉を漏らす。
目の前にあるテーブルからカップを取り、中身を口へと注ぎ込む。ストレートティだ。
「これに書いてるのと同じことしたって、引かれるだけだったし」
最後のページには、『この物語は創作であり、現実の話ではありません』と一文が書かれていた。
「……次はハウツー本でも読むか」
本を放り投げ、もう一度紅茶を口に含む。カップの横には山の用な苺ジャムと、こんがり焼かれたビスケット。
「人の話を聞いてもいまいち要領を得ないし、卵を割ったら白身と黄身が落ちたみたいに簡単にいけばいいのに」
そう独り呟きながら、ビスケットにジャムを挟んでいく。塗るではない。大量のジャムをビスケットに乗せ、その上に軽くビスケットを乗せたのだ。
むにゅ。
「……む」
にぎっ。むにゅ。
「まあ、そりゃはみ出るわよね」
乗り切らないほどのジャムを乗せていたせいで、挟む際にジャムが溢れ零れる。
「ん。今日もおいしい」
ジャムが付き、べたつく手をぺろりと舐める。この姿だけならば、学者とは誰も思わないことだろう。
「んなもんばっかり食べてると太るぜ?」
トン、と肩を叩かれる。夢美の助手、北白河ちゆりだ。
「いいじゃない。それに、食べた分動かしてるから、頭も体も」
「にしてはひょろいよな、ご主人様は。胸も」
「そっちこそぺったんじゃない」
「これでも去年から1cmはおっきくなったんだぜ?」
そう言いながら、何もついていないビスケットを一枚取る。
「ほら、食ってみろって。ジャムつけなくても十分うまいから」
その一枚を、ずい、と夢美の口元へ押し付ける。
「おいしくないからつけてるんじゃなくて、もっとおいしく食べたいからつけてるんだって」
「ほら、あーん」
「…………いや、自分で食べれるから」
わかってやってるんじゃないの。そう小声で呟いてから、ビスケットのジャムサンドを作る。
「いや、だからそれ使い過ぎだって」
「なら食べてみなさいよ。これぐらいやった方がおいしいから」
「あー、なら、ほい」
あーん。ちゆりはそう言いながら口を開く。
「ホント、子供っぽい」
「そーひふほしゅひんはまろほうはころもっほいへ?」
「口を開けっぱなしで喋らない」
呆れながら、ちゆりの口へとジャムサンドを放り込む。口か少量のジャムが零れた。
「んー……、カリカリしたジャムって感じだ」
「で、おいしい?」
「おいしいかどうかと言われると、ジャムだ」
「いや、ジャムだけど」
カリ、カリ。
「ちゆり」
「んー?」
カリ、カリ。
「普通に食べなさい。ネズミじゃないんだから」
「あー、そうだな」
「……今日は、人里まで行こう」
「引きこもりが珍しい」
カチャ、トン、トン。
ぎゅ。むにゅ。
「引きこもりじゃないって。それで、おいしいものでも食べよう」
「まあ、いいか。じゃ、デートってことで」
「…………馬鹿言ってないの」
ああ、絶対、こっちの気持ちに気付いてる。そう思う夢美だった。
人はいろいろなものに板挟みにされている。仕事と家庭の間に、友情と愛情の間に、その他いろいろなものに。それがしあわせかはわからないが、少なくとも先程の彼女はしあわせなのだろう。
この話も本題と、脱線の間に板挟みにされている。本題を掠ってはいるが、やはり本題ではなかった。
「なんか違う」
「いや、違うとか言われても」
蓮子とマエリベリーの二人は、大樹に寄りかかりながらお菓子を食していた。
天気は良好。シートも敷いて、軽いピクニック気分だ。
ポテトチップスである。ただし、こちらのポテトチップスは最初の彼らが食べていたものとは違い、じゃがいもをフレーク状にし、形作り揚げたものである。
「やっぱり、ポテチは揚げたら揚げたまんまのがいい」
「ポテトチップスじゃなくて、ビスケットだと思えばいいのよ。というよりも、ビスケットだしね、これ」
「……メリー。結界とかの見すぎで目、悪くなっちゃった?」
「違うって。どっかの国が昔に、ビスケットって法律で決めたのよ、これ」
パリッ。
「そうすると、税率とかが変わったらしいわよ。今もかは知らないけど」
「いや、これがビスケットとか詐欺でしょ、普通」
「だから、ビスケット。そう考えたらおいしいでしょ?」
「ビスケットじゃない」
そう言いながらも、一枚一枚口へと運んでいく。
「なんだかんだ言って食べてるじゃないの」
「これしかないし」
「そうね、これしかないものね」
パリッ。パリッ。
徐々に減っていくポテトチップス。
太陽が雲に隠れ、また現れ、地面には陽がまだらに注ぐ。
「もう、これしかないのよね」
「……魚でも取れば」
「泳いで?無理よ、きっと」
「本当、どうしよう……」
パリッ。
「まさか、遭難するなんて……」
どこにでも不幸はある。自ら突き進むか、不幸の側からやってくるかの違いはあるが。
まあ、その不幸の結果は、今語るべきことではないだろう。
そう、本題も……、えっと、本題はなんだっけ。
「…………ふぅ」
霖之助はいつもの席に座り、ぷかりと息を吐いた。口からは白い煙が溢れ、中空で揺れ消える。
煙管である。詰められているのは、八雲の式から貰った外の葉。
「……りんのすけ」
とても居辛そうに体を揺すりながら、ルーミアが声をかけた。
「ん、なんだい?」
「怒って、る?」
「…………君の方こそ、怒ってないのかい?」
霖之助は煙管を口から離し、ルーミアの方へと向き直る。
「ごめんね、りんのすけ……。なんだかね」
むぐむぐと、口を動かす。舌が言葉を紡ぐが、閉じられた唇が音を閉ざした。
嫉妬しちゃったんだ。そう、ルーミアは言った様だ。
「ふむ」
それに対して、霖之助は生返事で返す。
指が小皿に伸び、薄い揚げ菓子を二枚摘み取り、一枚を口に運んだ。
「いっつも、霖之助に迷惑をかけて、かけてるだけで、なんもできないし」
「人、じゃないな。妖怪は、と言っても語弊があるか。自分達は、自分を一番知ってると言うけれど、一番自分を知らないものだ」
二枚目を口に放り込む。じゃがいもを薄く切り、油で揚げ、塩と少量の胡椒で味つけた、ポテトチップスというものである。
「僕が知らない癖を君は知ってるだろうし、その逆も然り。同じ様に、君は知らないだろうが、僕の役に立ってるんだよ」
カサッ、パリッ、パリッ、ジャッ、ジャリッ。
霖之助の手は止まらない。ポテトチップスを一枚取り、口に運び、噛み砕いては飲み込み、また手に取る。
「霖之助……」
パリ……、パリッ。
「食べながら言われても、ぜんぜんうれしくないんだけど」
「……すまない。食べ出したら止まらなくて」
「りんのすけらしいとは思うけど、まじめに話してるときぐらいはまじめに聞いてほしいなぁって」
ルーミアの口調が変わる。緊張による腱の張った声から、幼げな声へ。
自分が失敗をしたと感じた時、もしくは喧嘩をした後、周りの視線や喧嘩の相手の言動、それらが嫌悪に彩られていると感じてしまうものだ。
ルーミアの口調も、それが理由だったのだろう。
「これ、なんかものたりないなぁ、食べごたえとか」
「一枚一枚じゃなく、二、三枚を取ればいいと思うが」
パリッ。
「あと、手があぶらっこい」
「まあ、揚げ菓子だからね。菓子というよりも、料理だと僕は思うが」
「箸つかえばよかったかなぁ」
パリッ。
「あぶらっこいのって、手をあらってもとれないんだよね」
「なら」
カサリ、と。
「ほら。こうすれば油がつかない」
霖之助はポテトチップスを一枚取り、ルーミアの口の前でゆらりと動かした。
「…………」
「食べないのかい?」
「や、えっと、これ、あ、あー……」
「食べないなら自分で食べるが」
顔を赤くしながら、揺れるポテトチップスを見つめるルーミア。
「……あーん」
口を薄く開けると、柔くポテトチップスが押し込められた。ざらりとした表面を唇に挟む。
「……なんか、はずかしいんだけど」
「そうかい?」
また一枚取り、ルーミアの口へと運びながら、霖之助は首を少しだけかしげた。
もはや餌付けの様だ。既に餌付けされている、というのは言わないお約束である。
「ねえ、りんのすけ」
「なんだい?」
「……ありがとう」
いっしょにいてくれて。
「……こちらこそ」
パリッ。
痴話喧嘩は犬も食わない。ならば、その喧嘩をするという概念はどこへと消えるのか。まあ、そんなことは後世の学者に任せるとしよう。
その様な考察よりも、本題を話すべきなのだから。
岡崎夢美は、パイプ椅子に座って読書をしていた。人間の里で購入した恋愛小説だ。
夢美は科学者である。だが、科学に嫁いだ訳ではないため、恋愛にだって興味がある。
「……まあ、小説よね」
ぽつり、と言葉を漏らす。
目の前にあるテーブルからカップを取り、中身を口へと注ぎ込む。ストレートティだ。
「これに書いてるのと同じことしたって、引かれるだけだったし」
最後のページには、『この物語は創作であり、現実の話ではありません』と一文が書かれていた。
「……次はハウツー本でも読むか」
本を放り投げ、もう一度紅茶を口に含む。カップの横には山の用な苺ジャムと、こんがり焼かれたビスケット。
「人の話を聞いてもいまいち要領を得ないし、卵を割ったら白身と黄身が落ちたみたいに簡単にいけばいいのに」
そう独り呟きながら、ビスケットにジャムを挟んでいく。塗るではない。大量のジャムをビスケットに乗せ、その上に軽くビスケットを乗せたのだ。
むにゅ。
「……む」
にぎっ。むにゅ。
「まあ、そりゃはみ出るわよね」
乗り切らないほどのジャムを乗せていたせいで、挟む際にジャムが溢れ零れる。
「ん。今日もおいしい」
ジャムが付き、べたつく手をぺろりと舐める。この姿だけならば、学者とは誰も思わないことだろう。
「んなもんばっかり食べてると太るぜ?」
トン、と肩を叩かれる。夢美の助手、北白河ちゆりだ。
「いいじゃない。それに、食べた分動かしてるから、頭も体も」
「にしてはひょろいよな、ご主人様は。胸も」
「そっちこそぺったんじゃない」
「これでも去年から1cmはおっきくなったんだぜ?」
そう言いながら、何もついていないビスケットを一枚取る。
「ほら、食ってみろって。ジャムつけなくても十分うまいから」
その一枚を、ずい、と夢美の口元へ押し付ける。
「おいしくないからつけてるんじゃなくて、もっとおいしく食べたいからつけてるんだって」
「ほら、あーん」
「…………いや、自分で食べれるから」
わかってやってるんじゃないの。そう小声で呟いてから、ビスケットのジャムサンドを作る。
「いや、だからそれ使い過ぎだって」
「なら食べてみなさいよ。これぐらいやった方がおいしいから」
「あー、なら、ほい」
あーん。ちゆりはそう言いながら口を開く。
「ホント、子供っぽい」
「そーひふほしゅひんはまろほうはころもっほいへ?」
「口を開けっぱなしで喋らない」
呆れながら、ちゆりの口へとジャムサンドを放り込む。口か少量のジャムが零れた。
「んー……、カリカリしたジャムって感じだ」
「で、おいしい?」
「おいしいかどうかと言われると、ジャムだ」
「いや、ジャムだけど」
カリ、カリ。
「ちゆり」
「んー?」
カリ、カリ。
「普通に食べなさい。ネズミじゃないんだから」
「あー、そうだな」
「……今日は、人里まで行こう」
「引きこもりが珍しい」
カチャ、トン、トン。
ぎゅ。むにゅ。
「引きこもりじゃないって。それで、おいしいものでも食べよう」
「まあ、いいか。じゃ、デートってことで」
「…………馬鹿言ってないの」
ああ、絶対、こっちの気持ちに気付いてる。そう思う夢美だった。
人はいろいろなものに板挟みにされている。仕事と家庭の間に、友情と愛情の間に、その他いろいろなものに。それがしあわせかはわからないが、少なくとも先程の彼女はしあわせなのだろう。
この話も本題と、脱線の間に板挟みにされている。本題を掠ってはいるが、やはり本題ではなかった。
「なんか違う」
「いや、違うとか言われても」
蓮子とマエリベリーの二人は、大樹に寄りかかりながらお菓子を食していた。
天気は良好。シートも敷いて、軽いピクニック気分だ。
ポテトチップスである。ただし、こちらのポテトチップスは最初の彼らが食べていたものとは違い、じゃがいもをフレーク状にし、形作り揚げたものである。
「やっぱり、ポテチは揚げたら揚げたまんまのがいい」
「ポテトチップスじゃなくて、ビスケットだと思えばいいのよ。というよりも、ビスケットだしね、これ」
「……メリー。結界とかの見すぎで目、悪くなっちゃった?」
「違うって。どっかの国が昔に、ビスケットって法律で決めたのよ、これ」
パリッ。
「そうすると、税率とかが変わったらしいわよ。今もかは知らないけど」
「いや、これがビスケットとか詐欺でしょ、普通」
「だから、ビスケット。そう考えたらおいしいでしょ?」
「ビスケットじゃない」
そう言いながらも、一枚一枚口へと運んでいく。
「なんだかんだ言って食べてるじゃないの」
「これしかないし」
「そうね、これしかないものね」
パリッ。パリッ。
徐々に減っていくポテトチップス。
太陽が雲に隠れ、また現れ、地面には陽がまだらに注ぐ。
「もう、これしかないのよね」
「……魚でも取れば」
「泳いで?無理よ、きっと」
「本当、どうしよう……」
パリッ。
「まさか、遭難するなんて……」
どこにでも不幸はある。自ら突き進むか、不幸の側からやってくるかの違いはあるが。
まあ、その不幸の結果は、今語るべきことではないだろう。
そう、本題も……、えっと、本題はなんだっけ。
夫妻が仲直り出来てよかったけど、霖之助の朴念人っぷりが酷いw
どきどき、蓮子とメリー遭難生活はなにがあったんだろう
なぜか秘封の二人がいる場所が二人が座ってぎりぎりの大きさの島(島?)なイメージが浮かんだ