暑い。あづい。あぢい。口に出したところで涼しくなるわけではないと知っていながらも、ついつい言ってしまうこの暑さはまさにHOT LIMIT。
まるで私の体を溶かそうとでもしているような太陽の日差しの中、私は今日も門前に立ち続ける。
照りつける直射日光に、私は静かに息を吐いて目を瞑る。額から流れ落ちた汗が足元の水溜り、いや汗溜りにまた一つ小さな波紋を描いた。
時刻は間もなく正午、妖精メイドが昼食を運んでくるかという頃。普段ならば心待ちにする瞬間だが、今日の私はそれを待つ必要はない。
額に浮かんだ弾の汗を手のひらで拭き取ると、ゴーンゴーンと正午を知らせる時計台の鐘がちょうど聞こえてきた。時間だ。
私は館に向かって門を開くと、その奥で準備中の数人に声をかけた。
「それじゃ、後はお願いね」
「ごゆっくりとお休みください」
「ありがと。そっちも無理はしないようにね」
一言二言の会話の後に、彼女達に背を向けて私は館内の自室へと向かう。今日は半ドン。久しぶりに何も予定の無い完全なオフだ。
自室へ入りドアを閉めると、私はすぐさま脱いだ上着をベッドへと放り捨てた。
続いて肌に張り付くようにベッタリと汗の染み込んだ服を一枚ずつ脱ぎ、乱雑に洗濯籠へ放り込む。
もっとキチンとしなさい、なんて咲夜さんはまた怒るだろうけれど、背伸びした可愛いあの子のお小言くらいいくらでも聞いてあげればいい。
洗濯籠の隣、古ぼけたタンスからタオルを取り出し、肩にかける。私はそのままの格好で部屋の片隅、館主を除けばメイド長と門番長の部屋にのみ取り付けられた個人用の浴室へと向かった。
タオルを壁に掛け浴室へダイブイン。風呂の湯は事前に溜めておくようにと館内の妖精メイドに頼んであり、ちょうど溜まりきったばかりの熱い湯に私は飛び込んだ。
ザブン、と生じた大きな波は浴槽の壁に当たり、私の方へと返ってくる。体を揺り動かすその波の温度が皮膚からダイレクトに快楽中枢へと働きかけてくる。この快楽を知ってしまえば、ちょっとやそっとじゃ満たされなくなるというものだ。
肺の空気を大きく吐き出すと、私は熱々の湯から少しばかり身を乗り出させた。窓の外を見てみれば目に映るのは氷精達が湖で戯れる姿。中々に気持ちよさそう。
こうやって風呂で汗を流すのもいいが、あんな風に涼やかに遊ぶのも悪くは無い。
風呂から上がってさっぱりしたら、久しぶりに泳いでみようか。水着は……確か二百年くらい前に着たやつがあるはずだ。うん、これはいいアイデア。
そうと決まれば、これから訪れる夏の風物詩たるイベントに心も弾むというものだ。口元も自然と綻び、長い髪を洗いながらに鼻歌も始まる。
「氷精たちとー夏をしたくーなるー」
これぞHong MeirinのHM Revolution、なーんちゃって。
進む鼻歌の中で再び外の光景を見やる。そこにいるのはいつもの面子。氷精、大妖精、式の式、メイド長。
式の式は水に入れないものの、チルノの作った氷の塊を爪で削って何やら作っている。
他の面子は思い思いの格好で水に入っている。氷精や大妖精はいつもの格好で、メイド長は水着で。
映画なんかにもよくあるように少女と湖というのはやはり中々に映えるようだ。中でもメイド長の白い水着から伸びる、ゴマカシきかない薄着の曲線は確信犯のなだらかなSTYLEだ。
うん、何を言っているかサッパリわからない。わからないが……
「これがホントの、生足魅惑のまぁメイド、ってか……」
まぁ、とりあえずカウントダウンでもするとしようか、あのバタつき具合からしてそろそろだろう。ふぁーいぶ、ふぉー、すりー、つー、わん……はい沈んだー。
ブクブクと泡を立てて咲夜さんの体がゆっくりと湖底へ沈んでゆく。そう、何を隠そう。うちのメイド長は水面下においての動きを極端に苦手としている……端的に言うとカナヅチなのだ。そうやって端的に言うと咲夜さんは怒るのだが。
どんどん沈んでいく咲夜さんに構うことなく、周りの面子は気にせず談笑している。全く気にしていない。
それも仕方ないだろう。あのメイド長が実はカナヅチだなんて思うわけがない。湖底を目指して潜水でもしてるのかと思うくらいだろう。
ふぅ、と一つため息を吐き、壁にかけたバスタオルを手に取った。取ったタオルでぐるりと体を一巻きし、後ろでギュッと縛り付ければ即席水着の出来上がり。
胸元に色々とギリギリ感があふれているが、まぁ仕方ないだろう。
見れば、咲夜さんの吐く泡は既に小さなあぶく程度になっている。周りの数人も異変に気が付いたようだ。
まったくもう。泳ぎの練習をする時は浮き輪を使えとだから言ったのに。
窓の鍵を開けるのももどかしく、私は開き窓に掌打を放ち強引に吹き飛ばす。同時に出歯亀の数人が吹き飛んでいったが、妖精メイドのことだし明日には元通りだろう。
風圧に翻りそうなバスタオルを抑えて地面へ着地。タンッ、と地に足が着く音よりも速く、私は駆け出した。
紅魔館の外壁を飛び越え、湖までの小さな林を抜ければ湖はたちまち目の前。水に入れない橙は岸辺でおろおろと駆け回り、妖精二人は湖面のすぐ上に浮いて何やらやっている。
とうっ、と湖の上空に大きく飛び上がり、空中で捻りを入れつつ宙返りを三回半。ヒュウ!トリプルC!湖面へと伸ばした両腕と空を指す両脚が美しい直線を描き、私は飛び込みの姿勢を成した。
「妖精達、危ないからどいてなさい!」
太陽をバックに天から舞い降りる私は下でまごまごしている二人に声をかけると、意外と深いこの湖の底まで一気に潜るためそのままの勢いで加速した。
「め、美鈴さん!?チルノちゃん、今はダメだよ!止まって!」
「……ごめん、もう凍らせちゃった」
その言葉の意味を理解するよりも早く、私の頭はその勢いのままに氷結した湖に突き刺さった。
湖から天に向かって伸びる一直線の肉の柱に巻かれたバスタオルが、物悲しげにハラリと落ちた。
一部始終を見ていた妖精たちは後に私に語った。その姿はかつて天挑五輪大武會において苦しめられたかの技を思い出させた、と。所謂一つの淤凜葡繻スピン・ヘッド・ベリアルである。
「キグナスは氷漬けになっても生き続けるって言ってたのに……」
「文句は水瓶座の人に言って」
「はーい」
そう言ってチルノ達は私が復活するなりすぐに帰って行った。
結局あの後私は氷塊に突き刺さったままで、咲夜さんは中で凍らされたままで紅魔館へと届けられた。
素っ裸の門番長と水着姿のメイド長が一介の妖精に氷漬けにされて運ばれるその姿。もちろん話題を呼ばないわけがなく、玄関ホールに妖精メイドが集まってきたり、噂を聞きつけた天狗がやってきたりとかなり散々なことになってしまった。
結局氷はパチュリー様に魔法で溶かしてもらい、なんとか軽症で済んだものの咲夜さんは自室で寝込んでいる。
今頃は湯たんぽを抱いてぐっすりと寝ているはずだ。咲夜さんが起きたら三人が謝っていたと伝えておかないと。
本当ならチルノ達が責任を感じることなどないのだ。元々私の言いつけを聞かずに浮き輪を付けなかった咲夜さんの責任だし。大方泳ぎの練習中に彼女達が現れて、恥ずかしさに浮き輪を投げ捨てでもしたんだろう。
そんな中で方法はどうであれ、一応は助けようとしてくれた彼女達を責めることなどできはしない。いやどうだろう。やっぱりもうちょっと常識というものを教えておいた方がいいかもしれない。普通なら死んでる。
「まぁとにかく、と」
教えるにしてもまた次の機会だ。本来ならオフだったはずの今日だが咲夜さんのフォローでもすることにしよう。元々そんなに休みが必要なわけでもないし。
そうと決まれば行動だ。咲夜さんに任せて以来久方ぶりの掃除に精を出すとしますか。
「ひっさしぶりのお掃除ターイム!」
咲夜さんが来てからは中々館内のことには手を出させてもらえなかったからなぁ。もう五年以上ぶりか。
とは言っても楽しんでいる暇はなさそうだ。気付けば十四時も回っている。これから後のことを考えれば悠長にやっている暇はない、か。
「おっし、レツゴー」
道具入れから取り出した箒と塵取りを両手に掲げ、超スピードで廊下を掃いていく。
咲夜さんはあぁ見えて周りには見えないところでは横着しているところがあるから、細かい箇所も要注意だ。
完璧だ、と周りに思わせることにかけては完璧なのだが、長く付き合ってみると完璧どころか問題だらけだということにすぐに気付く。
例えばどう考えても毒草なのにも関わらず紅茶にぶちこんだり、浮き輪がないと全く泳げなかったり、お気に入りの熊のぬいぐるみがないと寝れなかったり、朝が弱くてボサボサ頭で目を擦りながら「おぁょう……」なんて言ってパジャマ姿のまま起きてきたり、とそんなところだ。
しかしそれは仕方ないし、当たり前だと私達は思っている。たかだか産まれて十数年の人間が完璧になったりできるわけがないのだ。
ただ咲夜さん本人はそれを自分の弱みだと捕らえているふしがある。そしてそういうところを周りに見せないようにしようと、完璧な自分を演じているのだろう。
そう考えれば、館の中では本来の自分を出すようになったことはとても喜ばしいことだ。今回のことをきっかけに、そういった姿を館の外でも出せるようになるといいのだけれど。
そんなことをぼーっと考えながら掃き続けると、気付けば無事に廊下の掃除は終わっていた。窓拭きは妖精に任せるとして、あとは炊事か。
時刻は十六時。今から作り始めても少しばかり遅れてしまいそうだ。なんせこの紅魔館の大人数、全員分の料理を作るのは並大抵の仕事ではない。それを毎日こなす咲夜さんには本当に頭の下がる思いだ。たまに謎料理も飛び出すけれど。
私が向かったのは地下の貯蔵庫。パチュリー様が永久凍結の魔法をかけたマイナス数度のその場所を覗いてみると、中々にいい食材が見つかった。
私はその中からいくつかを選び出し、料理の手伝い担当の妖精メイドとともに運び出す。
「さーて、今日の料理は何でしょうか?」
厨房へたどり着くなり、なんだろう、なにかなー、と寄ってきたのは厨房に残った下準備中のメイド達。
野菜類は既にまな板の上で切られ始めており、それらを見たメイド達が残ったメインを推量し始めた。
卵を見た者はトンカツだと言い、大根を見た者は和風おろしステーキだと言い、昆布を見た者はOhMyコーンブと叫んだ。
だが残念だがどれも間違いだ。ヒントをあげるとしたら……ふむ。
「ヒントはー……北欧神話に出てきそうなやつです!」
ハァ?という声が厨房のあちこちから挙がる。あれ、おかしいな。すぐわかると思ったんだけれど。
「答えは簡単。オーディン様のおーでん、なんちゃってね!」
シンと辺りは静まった。ヒソヒソとこちらを見ながら話すメイド達の視線がとても痛かった。
「それでこれがジャパニーズ・オデンというわけね」
テーブルの上に並んだのはレミリア様とフラン様の二人分の皿。パチュリー様はしばらく実験がある、とのことで食事はまた後にするそうだ。
時間も無く、また大量に作る必要があっただけに私が選んだ料理はおでん。作り方も簡単だし、洋食ばかりのこの館では珍しさが喜ばれるだろうと思ったのだ。
煮込みが今一つ足らないため多少味が薄いかもしれないが、明日になれば味も染みているだろう。真夏におでんは時期的にあれだが、年中閉め切った紅魔館の中は結構涼しいし。
「へぇ、中々美味しそうじゃない」
そう言ってレミリア様が選んだのは、残念なことに色が染まりきってはいないが、それでもやはりおでんを象徴する一品であるゆで卵。
表面では色が染まる前の白と染まり始めた茶色が同居している。レミリア様は興味を抱いたのか、コロコロと皿の中で卵を回転させながら二つの色が織り成すグラデーションを眺めていた。
「それじゃいただくわよ」
「どうぞ。お口に合えばよろしいんですが」
「そんなこと気にしなくてもいいわ。どうせ美味しいんでしょう?」
そう言って少しばかり笑うと、レミリア様はグーの手で握った箸をゆで卵に思い切り突き刺し、そのまま丸ごと口へと運んだ。
「ど熱っっっツぁーッ!」
スポーン、と小気味いい音を立てて半分に噛み砕かれた卵が空を舞う。
発射された二つの魔弾はそれぞれ美しい放物線の軌跡を描いて、やがてテーブルの中央へとソフトランディングした。
テーブルの中央に視線が集まる。その視線を外し、私は卵専用カタパルトと化したレミリア様を見やった。
「……ちょっと産卵しようかなって」
ついにレミリア大魔王様のお子が産まれる時が来たということか。ぽこぺんぽこぺんだーれがつついたー。これでクリリンの命も風前の灯火だ!
……いや、無理だ。どう頑張っても騙されてはやれなかった。あまりの言い訳にそれ以上視線を合わせていられず、フラン様の方をふと見る。
ちくわをストロー代わりにボコボコとおでん汁を泡立たせていた。
「……再教育ですね」
「えっ」
「えっ」
「ついでにそこのキッチンの扉の影、もっしゃもっしゃと牛スジをつまみ食い……いや、もり食いしている咲夜さんもです」
「えっ」
「横暴だー!」
「そうだ横暴だー!」
「そう横暴……うん横暴よ……そこのメイド、次は大根とコンニャクお願い」
ムシャムシャ食べながら喋らないでください咲夜さん。行儀が悪いですよ。
「……まったくあなた達は相変わらずね」
「あ、パチュリー様」
廊下からの扉を静かに開いて入ってきたのはパチュリー様。
実験が終わったところかな。
用意してあった皿へおでんを盛って給仕する。パチュリー様はニヤリと笑って、レミリア様へと向き直った。
「まったくこの程度のテーブルマナーも無いなんてね。よく見ておきなさいレミィ」
そう言ってパチュリー様は器用に本来の持ち方で箸を握る。いや器用でなくてこれが普通なのだろうけれど。
「いい、下の箸は固定。上の箸を人差し指と中指で動かすのよ」
クイクイ、と箸を動かすパチュリー様はそのまま卵のツルツルとした表面をいともせずに両脇から掴んだ。これはお見事。
「それと通背拳を打った後は箸で豆が掴めなくなるから要注意よ」
「うわー、すっごくどうでもいいーありがとーパチェー」
「……フン、ま、お子様のレミィにはまだまだかかりそうね」
「うるっさいわね、こんなものすぐにできるようになるわよ!」
「そーなんだー、がんばってーレミィー」
箸で掴んだゆで卵をひとしきりレミリア様に見せ付けると、パチュリー様はそのまま丸ごと口に運んだ。あーあ。
「ッッッ熱ッぅーーッ!」
スポーン、と小気味いい音を立てて、途中まで歯の入った卵が空を舞う。
パチュリー様から放たれた白い卵の息吹、いわばWHITE BREATHは空気抵抗により二つに分割され、レミリア様とフラン様のおでん皿に着水した。
ダイニング内の視線がゆっくりとパチュリー様に集まる。
「……今のが悪い例よ」
翌日から毎日のテーブルマナー講義が開始された。
後の世に伝わるTable・Manner・Revolutionの始まりである。
を見るまでタイトルの意味が分からなかった
ていうか最初に記憶の中から出てきたのは何故かノリス・・・
俺も青い巨星だと思ってた・・・。
おいwwwwしなやかなSTYLEだろwwwwwwwwさりげなくなだらかとか言うな美鈴wwww
さっきゅん可愛いよさっきゅん
ゆで卵カタパルト素敵過ぎるw でもクリリン逃げてー!
オーディン様のおーでんがなんかツボったwww
俺はすっかりこの話のTO・RI・KOだぜwww
そして咲夜さんwwあなたの書く咲夜さんはとても少女で可愛らしく素晴らしいです
紅魔館組もみんなフリーダムで素晴らしいww
浮き輪の咲夜さん……瀟洒過ぎるだろう……!