Coolier - 新生・東方創想話

舌切雀

2010/03/24 20:58:01
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 ああ、今日も、五月蠅い



「ねえパルスィ、今日は楽しかったわね」

 果て無い耳鳴りを聞かされるに等しい。

「いったいいつ以来かしら。人間なんて何年ぶりに見たのかしら」

 がりがりと頭の中を削りゆく耳障りな猫撫で声。

「殺したかったわよねぇ? 狂わせたかったわよねぇ? 狂い死にする様を眺めたかったわよねぇ?」

 手で押し退けようと指の間をすり抜け届く鑢染みた荊の蔓。

「それを夢想するだけで昔日の快感が甦るわ。勝手に口の端が吊りあがって笑ってしまう。

ねぇ、そうでしょう? パルスィ」

「黙れ」

 震える指を隠して、睨みつける。

 だけどそいつは怯むどころか笑みを深める。

「……さっさと消えろ」

 重ねた言葉にも動じない。

 嫌らしい笑みは顔に張り付いたまま。

「舌切雀のスペルはとっくに終わってるのよ。なんでいつもいつも、消えないのよ」

 そいつは――金髪緑眼のそいつは、私の顔で嫌らしい笑みを浮かべている。

 術で生み出した私の分身。私の形をしたまやかし。実在なんてする筈のないモノ。

 なのにそいつは延々と私に話しかけ続ける。

 どれだけ拒もうとも私の顔で、私の声で、纏わりつく。

「――ねえ知ってる? この地底に、太陽が生まれたらしいわ」

 拒絶を無視して私の声で紡がれる。

「妬ましいわよね。ただでさえ太陽みたいな奴が居るのに、また増えるだなんて」

 ざりざりと――頭の中から音がする。

「地霊殿のあの小さなカラス。あの子が太陽になるなんて、ね。意外でもないかしら?

昔からあの子はあなたを恐れず懐くような純粋無垢な子だった。太陽に相応しいかもね?」

 否応なしに想起された姿に心が鑢がけられる。

 長い黒髪を背の黒い羽に溶け込ませていた少女の姿。

 なんでもかんでも忘れてしまう鳥頭のくせに私の名は忘れなかったあの少女。

「霊烏路空。あの子の身に何があったのかしらねぇ?」

 膝を抱える手が震える。

 関わるまいと、遠ざけようとしてきたのに、あの少女の安否が知りたくて堪らなくなる。

「気になるのなら手を貸しましょうか?」

 唆し続ける声を断とうと耳をふさぐ。

「あなたが私を演じれば、冷笑の仮面を被れば、誰かに会うのなんて怖くないでしょう?

行きたいんでしょう? 地霊殿に。霊烏路空の無事を確認しないと今日も眠れなくなってしまうわよ。

そんなの見てられない。だからいくらでも力を貸してあげるわ。だって――ねぇ?

あなたは純粋にあの子が心配でしょうがないって、優しさだけで動こうとしてるんだもの」

 霊烏路空。空――この地の底で数少ない私を気に掛けてくれる妖怪。

 獣の性を色濃く残す故に私の心底を見抜き恐れない少女。

 だけど、必要が無い。私が行く必要なんてない。

 あの子には誰より彼女を理解できる主が居るのだし、肩を並べる友だって、

「寂しいんでしょう? パルスィ」

 思考が止まる。

 私の内を抉る言葉に何も考えられなくなってしまう。

「何を迷っているの? そんなに欲しいのなら奪えばいいじゃない。

古明地さとりから霊烏路空を奪えばいいじゃない。

きっとあの子は嫌がらないわ。昔からあなたに懐いていたでしょう?

小さなあなたより小さいあの子をさらってしまえばいいでしょう?」

 がりんがりんと――私の殻が削られていく。

「だってあの子はあなたより弱いんだもの」

 違う。

「あなただって手に入れられるわ」

 そんなこと望んでいない。

「そらの名を持つあの子が――欲しいんでしょう」

 私の孤独に巻き込もうなんて思っていない。

 唆されたから想起しただけ。思い出すから想ってしまうだけ。

 私は――己より弱い者を抱えられるほど強くはない。

「消えろ」

 もう一度拒絶する。

 しかしそれは願望に近かった。

 どうすればこいつを消せるのか思い出せない。

 幾度も現れるこいつがどのように消えていたのかわからない。

 ただ願うことでしかこいつを拒絶出来なかった。

「否定しても駄目よパルスィ」

 調律の狂った楽器が奏でる曲のように耳障りな声。

「私にはあなたの本当に望むことがわかる。どれだけ偽ろうと心の底の願いを酌みとってあげる」

 本来聞ける筈のない他者が聞く自分の声という不快な音は聞き流すことさえ出来はしない。

「私はあなたの鏡よパルスィ」

 怖くて怖くてたまらない。

「自分が嫌い。笑わない。誰も傷つけたくない。誰かを妬みたくない。そんなあなたの正反対」

 知らぬ筈の声で囁かれる自覚しない己の心。

「私はあなたが好き。何時でも笑う。誰でも傷つける。誰だって妬んでやる」

 他人事のようなのに深く深く突き刺さる言葉の爪が己の言葉なのだと吠え立てる。

 心の強度が落ちていくのを自覚する。

 縋りたい。

 誰かに助けて欲しい。

 折れてしまいそうな私を支えて欲しいと泣いてしまいそう。

 地の底で心が土と岩に埋め立てられていく。

 ああ、息苦しい。埋められてしまっては潰れてしまう。

 ――空が、見たい。

 上に何もないところへ行きたい。

 暗闇の中はもう嫌だ。

 もう一人は嫌だ。

 誰か、誰か――

「私が居るでしょう?」

 がしりと、抱き締められる。

 喉の奥が震える。幽かに悲鳴が漏れた。

「……まだ私を拒むのね?」

 私と同じ顔でねとりとした笑みを浮かべるまぼろし。

「縋るのは私じゃ駄目なの? そんなに霊烏路空がいいのかしら?

いいえ、違うわね。あなたはあの子を守ろうとしている。嫉妬狂いの狂気から遠ざけようとしている。

縋ろうとしているのはあの子じゃない――」

 ぎょろりと緑色の瞳が蠢き私の眼を覗き込む。

 鼻先が触れる。

 きりきりと口が開いていく。

 獣が喰らいつこうとするかのようにまぼろしの笑みが深められた。

「ああ妬ましい妬ましい。何もかもが妬ましい。妬ましくて堪らなくて、噛み千切ってやりたいわ。

あなたが縋る誰かが妬ましい。こんなに怯えているのにまだ縋ろうとしているなんて。

あなたが心の支えにしている誰かが妬ましい。支えなんて私だけで十分だとまだわからないの。

妬ましい妬ましい妬ましい。心の底から妬ましくてどうしようもない。

――――あなたの優しさに付け入る鬼が妬ましい」

 読まれた。

「なんだっけ? 星熊勇儀? 随分あなたにご執心よね。日を空けず通って来て。

どういうつもりなのかしらね。遊郭通いの遊び気分? 花魁の橋姫太夫を口説きたいのかしら」

 必死に隠していたのに。

 こいつにだけは覚られまいと思い出しすらしなかったのに。

「私があなたのふりをして会ってみましょうか」

 ほんの数度、地霊殿に赴いた時にだけ出会う少女の記憶で包み隠したのに。

 私を恐れず嫌わずに接してくれた優しいあの子の記憶に頼ったのに。

 自分自身を騙そうと必死になっていたのに――

「甘い言葉で誘惑して、油断させて、喉笛を噛み千切ってやりましょうか」

 気付かれて、しまった。

「そんな真似すれば私は殺されるでしょうけど、構わないわ。あなたの為ならどんな痛みにも耐えられる。

この身を千千に砕かれたって構わない。他でもないあなたの為なんですもの」

 あの人にだけは、手出しさせたくなかったのに。

「――やめて……っ」

 突き飛ばす。

 その感覚にぞっとする。

 まぼろしの筈なのに、存在しない筈なのに――手に残る感触が気持ち悪い。

 でも、それすらも、幻覚の筈。

「本で――読んだわ。これは心の病よ。あなたなんて本当は存在しない。

私の弱さが生み出した幻に過ぎないわ。だから、消えろ」

 俯いていて、見えない筈なのに笑っているのがわかる。

 恐怖を隠せもせずに、みっともなく震えている私を笑ってる……!

 私と同じ顔で、私を嘲って見下している――っ

「消えてしまえ。私は、あんたなんて望んでない」

 じゃり、と一歩を踏み出す音。

 幻聴だ。私にしか聞こえない音だ。

 こいつは、まやかしなんだ。

「パルスィ」

 聞くな。聞くな。

 耳をふさげ。目を閉じろ。

「私はあなたが好き」

 こんなにも――気持ちの悪い『好き』があるものか。

 見るな、聞くな。相手をするから消えないんだ。

 見ないで聞かないで忘れてしまえ。こんなまやかし

「パルスィ」

 耳をふさぐ手を掴まれる。

 ぐいと引き寄せられ耳をふさげない。

 ――逃げられない。

 まやかしは消えるどころか薄れもせず、肉の厚みをもってそこに居る。

 にやにやと軽薄な笑みを浮かべたまま私を捕まえている。

 だけど、笑ってない。

 目が、緑眼だけが、笑っていない。

「ねえパルスィ。私はあなたが好きよ。だからどんなに酷いことを言っても許してあげる。

私に当たり散らしても許してあげる。殴ったって許してあげる。どんなことでも笑って許してあげる。

あなたになら何をされたって構わないもの――ねえ、可愛いパルスィ」

「い、つ――」

 手首に絡む指が、爪を立てていた。

 じわりじわりと――刺さってくる。

「痛っ」

 そのままぐいと引き寄せられる。

 また抱き締められるのかと怯える。

 だがまやかしの手は、私の顎に掛かっていた。

 目を逸らすことすら、許されない。


「でもね」

 そこにあるのは、

「私を幻の一言で済ますのは許さない」

 怒り狂った、鬼の貌。


「心の病? そういうものもあるのでしょうね。心は複雑怪奇。幻くらい作るでしょうね。

だからこそ病なんて言い切れない。心の面を撫でただけで底まで解かったつもりなの?

複雑怪奇で底までの道程はまるで迷宮。そんな心を全て知ったつもりになるなんて愚かね。

馬鹿で愚図で臆病ね、パルスィ」

 もう口元にすら笑みが残っていなかった。

 尖った犬歯を剥き出しにして、怒っている。

「私はあなたであってあなたじゃない。自分が嫌いだからって私まで嫌いになる必要はないのよ。

自己愛なんて安っぽい言葉で私を決めつけないで。私は私の意思であなたを愛しているの。

私は誰よりあなたの可愛らしさを知っている。私は誰よりあなたの優しさを知っている。

私は誰よりあなたの弱さを知っている。私は誰よりあなたの醜さを知っている。

ねぇパルスィ。私は、この世の誰よりあなたを理解しているのよ」

 顎を掴んでいた手が頬を撫ぜる。

 掴まれた手に指が絡みつく。

「ほら、私が触れてる。この熱さは夢? ほら、あなたが触れてる。この震えた手は幻?」

 逃げられない。

「あなたがどんなに私を否定しても無駄よ。

優しくて弱いあなたは独りじゃ歩くことも出来やしない。

私が支えてあげなきゃ誰かと話すこともままならない」

 呻き声を上げることすら、許されない。

「星熊勇儀も拒めない」

 呼吸さえも、奪われる。

 ゆう、ぎ。ほしぐま、ゆうぎ。

 体も心も大きな、鬼。憧れて、妬んでやまない強い、ひと。

 だから、拒まなきゃ。

 こんな私を気に掛けてくれるあのひとを、巻き込んじゃいけない。

 私の狂気に巻き込んではいけない。

 演技を重ねたって、嘘を吐いたって遠ざけなきゃ、だめ。

 くるった、私が、傍にいちゃ、だめ――

 そのためには、強い私を、演じなきゃ。

 冷笑を浮かべて、何もかも妬んで、突き放す私じゃなきゃ。

「あなたには、出来ないわよねぇ?」

 絡みつく声に、思考が止まる。

「あなたはいつだって私を演じて他人を遠ざけた。

気付いてる? それとも気付かないふりをしているの?

星熊勇儀は私を演じるあなたを『水橋パルスィ』と認識している。

あなたなんてはじめから存在していないに等しい。彼女は本当のあなたを知らない。

それでも――」

 笑っていた。

「本当のあなたのまま出会って、お話しをして、拒んで、遠ざけられる?」

 鮮やかに、まやかしは笑っていた。

「見物よね。星熊勇儀がどういう顔をするか想像も出来ない。いえ簡単に想像できるかしら?

嘘の嫌いな彼女が、嘘の塊のあなたにどういう態度に出るか。楽しみよねぇ?」

 楽しそうに、愉しそうに笑っている。

「その場で怒られるかしら? 殺されるかしら? 犯されるかしら?

なにせ彼女は鬼の四天王。京の都を荒らしに荒らした凶悪な鬼の総大将の片腕。

天下に名立たる星熊童子ですもの――ちっぽけなあなたなんて、障子紙を破くより容易く壊されちゃう」

 惨めな私に、心からの笑みを向けている。

「ぅ、あ、あ――」

 抱き締められる。

 私を傷つけないように優しく、抱き締めている。

 がたがたと震える私を、あたたかく包みこんでいる。

「――かわいそうなパルスィ。こんなに怯えて。こんなに竦んで」

 囁かれる声に嘲りなど微塵も含まれてはいない。

 親が子に語りかけるように、姉が妹に囁くように、ふわりとした、声。

「私が守ってあげるわ」

 ふたたび顎に手が掛かる。

 また、その緑眼は笑みを失っていた。

「あなたは私のものよ。あんな鬼になんか渡さない。星熊勇儀になんか渡さない。

誰にも触れさせない。未来永劫あなたに触れていいのは私だけなの」


 くちびるをうばわれる


「パルスィ」

 それは、おぞましくも甘い味。

 意識を蕩かす奈落の甘露。

 地の底の暗闇に融けゆくように――私の意識は消えてゆく。


「――愛してる」













 ぎちぎちと心臓を鷲掴みにされる不快感。

 確認するまでもなくそれはあの女の強大な妖気。

「よぉ」

「懲りないわね、あなたは」

 あの人間たちとやり合ったのか、所々煤けて破けた服のまま、星熊勇儀は私の元へと訪れた。

 着替える余裕くらいあったでしょうに――そんなに私が気になったのかしら?

「はは、相変わらず素っ気ないね。ま、そんだけ元気なら安心だよ」

「あんなに強い人間たちとやりあって私を気にするなんて、相変わらずお強いわね」

 妬ましい、と繋ぐ筈だった。

 いつものように嫉妬して、遠ざける筈だった。

「震えてんじゃないか」

 なのに、いきなり、腕を掴まれて――

「……大丈夫かい?」

 腕を振り払う。

「わ、私に触れるなっ!!」

 下賤な鬼が。

 山賊風情がこの橋姫に……!

「……悪かったよ。そういや、触られるの嫌いだったね」

「そうよ、あなたに触れられるなんてっ」

 喉が、詰まる。

 言葉を――吐き出せない。

 邪魔、しないでよ……っ。これは、いつもの、ことじゃない。

「パルスィ? どうした、顔色が」

「なんでもないわ。気にしないで」

「気にするなって、言われてもな……」

 不服そうに頭を掻く鬼を睨みつける。

「何? 今日はいやにしつこいじゃない」

「いや――まぁ、一応っつーか。心配でさ」

「ふっ」

 心配?

 随分言葉を飾るのね四天王。

 素直に私が欲しいと言えばいいのに。

 傲慢な欲のまま、私を奪いたいと本音を言えばいいのに。

 そうすれば見下せる。欲のままに動く貴様を軽蔑できる。

 何の気兼ねもなく拒絶する様を、見せつけられるのに。

「ぅ――ぐ」

 ああ――眼が、熱い。

 緑眼が、激しく燃え上がる炎のように、私の脳髄を焼き焦がす。

「……パルスィ、おい。本当に大丈夫なのか。顔が真っ青だよ」

 ダメだ。

「うる、さい」

 もう、一秒でもこいつの近くに居られない。

 早く早く追い返さなきゃ。

 じゃなきゃ、あの子が、

「私はね、あなたが……」

 私が、あなたを守る。

 誰からも、星熊勇儀からも守る。

 あなたは独りなんかじゃない。

 私がずっと傍に居る。

 だから



「――パルスィ?」


 だから泣かないで


「大嫌いなのよ」


 泣かないで



 パルスィ








 熱い、熱い緑眼から、頬を焦がす涙は、止め処なく零れ続けた
五十二度目まして猫井です

パルスィは橋姫という二面性の強い妖怪なので

いつかはやってみたいと思っていた舌切雀パルスィ×パルスィでした

ここまでお読みくださりありがとうございました
猫井はかま
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コメント



0.1510簡易評価
5.100名前が無い程度の能力削除
パルパルも有りだな
6.80名前が無い程度の能力削除
寂しい奴だな……
こういう話は好きですが最初に出た空が後半放置されてしまっているのが少々悲しい
続きがあれば是非読んでみたいです
9.90名前が無い程度の能力削除
自分にすらも追い詰められるのか。
愛が怖い、怖い……
10.100名前が無い程度の能力削除
パルスィこええ。すげぇ
お空が名前覚えててくれるとことか結構気になりますね
12.100名前が無い程度の能力削除
パルパル??パルパル!!
13.90名前が無い程度の能力削除
何か舌切りパルより勇儀よりおくうちゃんの方が輝いてるような?
17.100名前が無い程度の能力削除
二重人格的シチュエーションいいですね
パルスィに笑顔が戻る事を信じて次回作待ちます!
26.100名前が無い程度の能力削除
素晴らしい。
貴方の「fragment」を彷彿とさせる歪愛ですね。大好きです。
28.80ずわいがに削除
パルスィの一番傍にいるのはパルスィ、理解しているのはパルスィ……ッ
29.90名前が無い程度の能力削除
怖い……どちらが私なのかわからない
なにもわからない ワタシは私、アナタはワタシ 貴方は誰? 私は、ダレ?

フランもまたこの恐怖に怯えているのかもしれませんね
30.100名前が無い程度の能力削除
からい酒だ