Since 1503
夢も差さない真っ暗な眠りから目覚めた紅の吸血鬼は、彼岸に立つ旧知から手を振られたように眼を見開いて寝具を降りた。今ならば引き返せるとばかりに殊更大きく軋んだそれに一瞥もなく、彼女はゆっくりと星の見える場所へ向かう。
回廊の燭火は揺らがない。きっと欺きも嘲りも忘れてしまったのだろう。
テラスの硝子戸を開いて這入り込んだ夜風は、屋敷の内に澱んでいた空気をなんら洗い流すことはなく、星々は見たこともないほどの歪な美しさを淫らに誇っていた。真っ白な円月は穢された乙女のように喪心している。木々はそんな様子に当てられたのか、ひたすらに笑い転げていた。
運命の変転。
永遠に紅い幼き月は息を呑むでもなく、凶相の笑みを浮かべるでもなく。
押し寄せる波涛の郷愁に、一筋の涙を流した。
まだこの星が人間で埋め尽くされていなかった時代。
神は天に座し、鬼は地を闊歩し、人は魔と共に生き──塵芥のように死んでいった。手遊びに人を喰らうもの、戯れに人を攫うもの、暇潰しに国を傾けるもの、そして彼らを従えて君臨するもの。
かつて、雑草の如き民草ではなく大妖こそが歴史を紡ぐと酔いしれた金色の狐は、覗き込まれた洞のように笑う少女に全てを奪われた。そんな在りし昔日が彼女の脳裏をよぎる。 けれどさしたる屈辱も憤懣も蘇ることはなく、今目の前にしているこれは、かの時代から辿り着いた客人なのかもしれない──そんな直感だけが芽生える。
「真名不明。意思疎通不可。妖力甚大。目的不明。天蓋と部分的に融合、剥離は後ほど試行。錯乱発言あり。思考の推測は困難。……いえ、聞き取れないものが殆どで文脈も……ああ、はい、分かりました」
荒れるだろうな。
夜風吹き荒ぶ幻想郷の遥か上空で、九尾の狐はそんな他人事じみた感想を、聞こえないよう呟いた。
「待っていてフラン、ようやくこの世界を君に捧げる時が来た──と」
幻想郷の空は天蓋に覆われ、本物の月は紛い物に席を譲っている。そこに僅かな違和感を覚えたのは、いつものように月見酒をしていた小さな鬼だった。普段ならば気にもとめなかったし、そもそも気付きもしなかったかもしれないが、しかしその日の彼女は頗る機嫌が悪かった。
折悪く節分で里が賑わっていたのだ。
滑稽な鬼の面を付けた人間が、豆をまかれて喜んでいる。よくよく考えると一体何が楽しいのかさっぱり分からないが、行事というものは得てしてそんなものかもしれない。
鬼は外、福は内。
無邪気な童の声と陽気な親の声が鬼の元まで届いてくるようだ。息災への祈りという本来の形を忘れて形骸に浮かれる喧騒。まつろわぬ民という生来の姿を忘れられた道化の醜態。
それは、かつて人を攫い人と殺し合った鬼とは似ても似つかぬ姿。
畏れを失った姿。
「……」
小さな鬼は瓢箪の中身をこぼさないよう、丁寧な手つきで傍らに置いて、おもむろに立ち上がると、拳に力を込めた。
辺り一帯の重力を圧し固めたような拳骨を構え、月に狙いを定める彼女の目はすっかり据わっている。
運悪くそんな酔眼の狼藉を止められる者は近くにおらず、果たして無体な一撃は、流星のごとく天蓋の月を砕いた。
数百年消えることのなかった怨嗟の篭もる、凄惨な睥睨。
しかし月はまるで水晶のように弾け、破片に蓄えた月光を爛々と散りばめながら、音もなく崩落した。降り注ぐ絶景に、時を止めたかのごとく鬼の目が開く。
夜空を連れてきたように煌めく透明な欠片の一つ一つに、彼女は胸の奥へと埋めていた夢想と懐旧を見た。
酔いと悪夢が覚めていく、静止した空間の永い刹那。
「……嗚呼」
人々と干戈交える鬼の夢。
とうに終わったはずの世界を諦めるために必要だった、華々しくも美しき弔い。
「……莫迦々々しい」
ぽつりと零れた呟きは、気付かぬままに未練を大切に抱えていたことへの自嘲と、一葉の笹舟のような決別を込めて。
(月は紫に怒られる前に戻しておこう……小言は幾らか頂戴することになるだろうが)
それは或いは礼砲か──拳の余韻を肴に、鬼は微睡んだ目で呑み直した。
月の砕けた夜があった。
年中春と言われた巫女もこの時ばかりは口を開いて瞠目し、すわ異変かと絶句しながら押っ取り刀で飛び出そうとした矢先、空間に裂けた隙間から飛び出した手に文字通り掣肘された。
これは貴方の管轄ではない。
有無を言わさぬ、温度のない声。
普段しているのは節度を保った馴れ合いだとでも言うような。
博麗の勘の冴えは時を選ばない──隙間の主は巫女の無言を不承不承の承服と捉え、静かに手を引いた。
破壊そのものと言った光景の後に残される、静まりきった夜。
それは、仕事を取り上げられた彼女が持て余すには充分過ぎていた。
「なんなのよ……」
世界が終わったような顔で項垂れて縁側で過ごすひと時。その間上空では一等星のような目をした、喜色満面の白黒魔法使いが狂奔していたが、月の残骸から目を背けていた巫女がそれを捉えることはなかった。
非日常のために飛ぶ者と、日常を取り戻すために飛んでいた者のすれ違い。
深い深い、やり場のないため息が夜のしじまに溶けて沈んでいく。
「!」
急に小さな物音を聞いた猫のように、彼女は顔を上げた。
「ごめんなさい、ドアノッカーが見当たらなかったものだから」
「あんたか……」
月のいぬ間に狂いさんざめく星々に彩られた七色の人形遣いが、鈍く光る幻視の眼を向けていた。
何か用? と巫女が視線で問いかける。
「最近、天蓋に異常を見つけて定点観測してたんだけど、さっきの爆発以降見当たらなくなっちゃって。でも異変なら霊夢がここにいるはずないのよねぇ」
「私の仕事じゃないんだってさ」
感情が有り体に出てしまう巫女のその顔には、子供扱いされた不満と、意趣返しを考えながら放たれる怒気と──日常を喪失したのに何も出来ない、押し潰すような不安が浮かんでいた。
「……んん」 言葉を選ぶ人形遣い。「犯人を──私も犯人を探していたんだけど、誰だと思う?」
「知らないわよ……どっかの酔っ払いが何かの拍子にやったんじゃないの?」
「……。……天蓋の異常は?」
「紫が隠すようなことだからろくなもんじゃないわ」
「なるほどね……」
「ねぇ、少し呑んでいかない? 寒いし……」
「ん、一杯だけなら」
「……………………」
「あー、人形を一つ置いていくから、また何か分かったら伝えてくれるかしら?」
片言の人形が人形遣いの肩から元気よく現れる。
「糸で操ってんじゃないの?」
「命令すれば暫くは動くわ。なんなら寝物語だって。少なくとも、朝までは」
私も暖まるまではいるから、と。
既にほぼほぼ元通りになりつつある月を見て人形遣いは言った。
本当は経過を直接観察しておきたいところだったが、人形に任せておいた分でも充分な情報は得られそうだし、博麗の勘のお代としては安すぎるくらいだろう──そんな人形遣いの胸中を知ってか知らずか、巫女は火酒を熱燗にする準備を始めた。
「世界を終わらせる程度の能力」
幻想郷の管理者は式神の報告を小さく復唱した。
「ああ……それでフランか……なるほどフランね……確かに忘れられた伝説には違いないけれど。……今なおアルトリウスの帰郷を待ち焦がれるブリティッシュのような口ぶりで、ね」
ぶつぶつとひとりごちながら、彼女の指はその頭蓋の内を表すかのように目まぐるしく術式を組み立てていく。
(やはり霊夢を止めたのは正しかった──)
全てを受け入れる幻想郷に迷い込んだ、招かれざる客。
ここにしか居場所がない哀れな漂着物である彼はしかし、己の塒諸共に壊さずにはいられない行き止まりそのもののような、行き詰まりそのままに終わり果てた存在だった。
ただそのためだけに産み落とされた不出来なデウスエクスマキナ。
そんな輩に幻想郷という楽園を、神々の恋物語を蹂躙されることなど断じてあってはならない。
しかし、理念に背く例外的な処理は表舞台にはそぐわないだろう。楽園の誇る博麗に汚れ仕事は似合わない──これは化生の職掌だ。
(殺すだけなら簡単だが、問題はそのやり方だ……既に目撃者もいる以上、汚れ仕事とは言えあまりえげつない方法を取りたくはない。萃香が本体ごと砕いていてくれてれば話は早かったのだけれど……)
「ん?」
幻想郷の管理者だけが持つ全知の監視網『ラプラスの魔』。
無数の魔眼が捉えていた月の破片、そのうちの特に妖力の篭った一つを唐突にロストした。いや居場所も原因も明白だ……月の破片は紅魔館の方まで一瞬で移動していたのだから。
「……ふむ」
(ならばここはやはり盛大な弔いと行きましょうか)
今この時点においては彼女以外に知る由もないが、今まさに彼女の思い描いた幕引きの絵図は、後に寸分違わぬ形で幻想郷を彩ることとなる。
(その無念ごと、せめて華やかに)
「お待たせしました」
「一秒も待っていないけれどね。おかげさまで」
紅魔館地下、大図書館。
左手に巨大な月の欠片を、右手にティーセットを携えたメイドに、気だるげな魔女が本に目を落としたまま労いの言葉を伝えた。
「……それは?」
並々ならぬ妖気に気が付いた彼女はようやく本を閉じ、だらけていた好奇心を起こしていく。
「月の欠片です。原因を突き止めることができたら、持って来るようにとのことでしたので」
「えっ月? 天蓋の、よね? なんだか物凄いことになってるけど大丈夫なのそれ?」食い入るように身を乗り出す魔女。
「と言いますと?」
「元の位置に戻ろうとしてるのか、膨大な魔力が上空に向かって燃え盛ってるわ」
「特に熱くはありませんが、急に心配になって参りました」
そんなことをおっとりとのたまうメイド。
「とりあえず下ろしたら……? 重いでしょうし」
「ではお言葉に甘えまして」
次の瞬間、月の欠片は既に床にあった──ご丁寧にシーツまで敷かれている。つくづくレミィが好きそうな演出を心得ている、などと思いながら、魔女はシーツに神代文字で魔力解析や真名判定の魔法陣を書き記していた。
(無音で途轍もない規模の魔力拡散が起きたものだから何事かと思ったけれど、まさか月の爆発とは──しかし何故また節分の日に? 豆でもぶつけられた鬼が暴れたか? そもそも月にこれほどの魔力はなかったはず──真名『獅子座流星群』……!? あの月が贋物なのは知っていけど流用……? いやこれは……乗っ取り……?)
思索に耽りながら、彼女は神経質な手つきで数冊の本の題名とその場所を紙に書き殴っていた。
ペンを持つ手が止まり、皺の付いた紙がメイドに差し出されると、次の瞬間には全ての本がテーブルの上に置かれていた。
「ご苦労さま。まだレミィには秘密でお願い」
「はい。理由をお訊きしても?」
「これが何か分かるまでは語りたくないからよ」
「かしこまりました。それでは」
瀟洒に一礼して数拍、メイドは姿を消した。
「さて、と……」
硬質で仰々しい表紙をめくり、検索を開始する。
悪く言えば駄目元の作業だったが、だからといって知識欲を蔑ろにするような真似をまさかできるわけもない。大袈裟ではなく、生粋の妖怪にとってアイディンティティとは命のようなものなのだから。
速読しながらひたすらにキーワードを拾っては栞を挟む作業を続け、五冊目の表紙に手が伸びた頃。
大して使われない大図書館のドアノッカーが重く鳴り響いた。それを使う時点で相当限られるが──
「どちらさま?」
「私だけど……わっ本当にあった」
遠慮がちに開かれた扉の隙間から、ひょっこりと見覚えのある未熟な人形遣いが顔を覗かせた。
「今なにか失礼なこと思ったかしら?」
「いいえ何も。心強い助っ人が来てくれて有難いわ」
そんな慇懃を真に受けるほど初心な人形遣いでもなかったが、無視して本題に入れるほど老成しているわけでもなかった。
「この子を見てもまだそんな態度でいられる?」
人形遣いの背中から、自慢げな顔をした人形が勢いよく飛び出る。
「どうしてここにこれがあると?」
そんな勢いに軽く水を差すように、老成した魔女が口を挟んだ。
「なんと録音人形──え? ああ、いやだって外から見たら燃えてるみたいになってたわよ? 紅魔館。最初月に張り合って爆発したのかと」
「張り合ってって何よ……ああ、そういえばあなたそういうものに敏いんだったかしら。即席のジャミングで済ませた私のミスね……えっと、録音? なんの?」
「聞きたい? どうしても?」
「急にどうでもよくなってきたわ」
「傍受したばかりの九尾の通信記録──と言ったら?」
パタン、と。
硬質な表紙を閉じる小気味よい音が、大図書館に響いた。
「今さらだけど枝付いてたわよあんた」
「本当に今さらじゃないですか」
「彼女たちならば、汚れ仕事も火遊びにしてしまえるでしょうからね」
首を傾げる九尾を尻目に、妖怪の賢者は後片付けを始めていた。
「これで全ての条件が紅魔館に揃うから、後は時間の問題でしょう。フランドールの能力なら文句なくフィナーレに相応しいでしょうし」
「ありとあらゆるものを破壊する程度の能力──でしたっけ」
「それに姉の能力もね……本当、神話再現を行うならこれ以上ないほどお誂えだわ。複数の原典をちぐはぐに抱える彼のような破綻した存在も、綺麗に畳んでしまえることでしょうね」
「あれは神代からの賓だと?」
「言葉の綾よ」
賢者はとんとんと書類の束を纏めて、ペンに蓋をした。
ほう、とため息をつく。
本来なら息の白くなるような季節には似つかわしくない来客のはずだった。
どこでどう間違えたのか、冬の夜空に誂えたような威容の物悲しさが象徴的だ、と賢者は目を瞑る。
「原始的な業で埋め尽くされた旧い世界の者達とは似ても似つかない、初心で純真で可哀想な子よ」
「……まあ、確かにあれは、狂気の類ではないようですね」
「親を見つめる赤子のようなものね」
溢れんばかりの稚気も眩しい、飽和した夢の時代。
その一方で、時に夢から醒めてしまうほどの恐怖が空気に溶け、見えない終末となって世界に蔓延していた。
澄んだ混沌の表象──終焉の顕在を乞われた凶星。
「一途ですよねぇ……」
「或いは篭絡してしまうという手もあったかしら、九尾の狐さん?」
「昔の話ですよう」
しかしその台詞は、模範解答のような韜晦だった。
「想像できる? たった一人の誰かのために、世界を差し出すだなんて」
「私にも理解できかねますねぇ──ただ」
白面金毛九尾の狐、玉藻前。
伝説に名高い傾国の妖狐は、まさしく面目躍如と言った風情で悩ましく目を細め、妖しくも艶やかに、あるいはオカしそうに──笑った。
「国を捨てて女を取った方ならいましたがねえ。三人ほど」
ぶつり、と録音再生が終わった。
「穏やかじゃないわね」あっけらかんと言う人形遣い。「やっぱり爆発するんじゃないの? これ」
「魔力量的に洒落になってないのよね、それ」七曜の魔女はやれやれとため息をついた。「というより、一度暴発してこうなったのかしら。普通に考えたら」
「んー、霊夢の勘によると月の破壊と天蓋の異常は別件みたいだけど」
「勘……勘ねぇ……当たるからタチ悪いのよね……」 (世界を終わらせる──フランの旧知──? 月と融合……いや天蓋と融合か)
「本が必要なら取ってきましょうか?」
「その時は咲夜に頼むわ……うーん、あなたも何か思い付かない?」
珍しく焦れている魔女を面白く思ったのか人形遣いは一回冗談を挟もうとしたが、一つ思い出したことがあった。
「そう言えば、レミリアがテラスで夜空を眺めていたんだけど、なんだかいつもと雰囲気が違ったような」
それで? と上目遣いに続きを促す魔女。
「放心……んー違うか、なんだか大人びていたというか、そう言えば五百歳だったなあって」
「…………」
心当たりはあった。
数十年前、レミリアの旧知を名乗る者の先触れが来た時のことだ。レミリアは一張羅を纏うように、その言動をいかにも吸血鬼然と──それは今思うと演技ではなく、滅多に表出しない側面の一つだったのだろうが──その長命に似つかわしい振る舞いになっていったのを覚えている。
結局、先触れの主はつまらない木っ端ヴァンパイアハンターで、レミリアは片手間に処理した後ひどく落ち込んでいたのだが。
「月の正体がレミィとフランの旧知──だとして、忘れられた終末論と一体いつ出会ったのか」
「本人達に聞いてみる?」
「…………」
率直な提案に、侮蔑の視線が回答として向けられた。抗議する人形遣い。
「むっ、聞いたところで分かるとは限らないじゃない。そしたらまた改めて考えなくちゃいけないし」
「だからこそ、よ。事を大きくした場合、まともに思索ができなくなる可能性が非常に高い」
「大袈裟ねぇ」
「経験則よ」
「いえ集中を乱されやすいのねって」
「それだけ繊細な処理をしてるのよ……だからそろそろあの子大人しくさせてくれない? というかなんで盗聴用の人形があんなにひらひら着飾ってるの?」
「可愛いでしょう?」
「そうね。わざわざヴァロワ朝仕立てを選ぶところは可愛くないけれど」
「まあ実は博愛のオルレアン担当にオプション付けただけなのよね」
「ああそれであの仏蘭西人形──」
「……?」
唐突に沈黙する魔女の顔を、心配そうに人形遣いが覗き込んだ。
取り留めもなく魔女の頭脳に漂う断片。樹形図のように連想を広げ、意味を繋いではちぐはぐに崩れ、符合は遠く徒労感が好奇心を蝕み始めていた頃。
そこに降ってきた突飛な、しかし看過しがたい音韻。
「あっ……」
瞬間、
グラスの氷がからんと鳴るように、隘路が氷解した。
「フラン……フランはフランドールじゃない! フランソワだったんだわ! そう、デフレユール……! ほんの数年前の都市伝説も混じってしまっているようだけど間違いない。これは──ノストラダムスの大予言よ」
「…………はい?」
「懐かしい名前が聞こえた」
頃合か。
低く落ち着いた声音でそう呟いて、紅魔館の主は襟を正しながら、大図書館へ向かっていた。
「あら」
「んっ」
と、廊下の曲がり角でばったりと人形遣いに出くわす。
「なんだ、来ていたのか。顔くらい出して欲しいものだ。まあゆっくりしていってくれ」
「おぉ……」これが噂に聞くカリスマモードかと若干たじろぎながら、人形遣いは負けじと背筋を正した。「図書館に用があって、まあ締め出されちゃったのだけどね」
「はは、すまないな。気を悪くしないでやってくれ」いつもより遥かに深みを増した紅い眼と眼が合う。「あれは我儘や偏執のたぐいではないのだ……彼女は私にいくつかの代価を払い、あの空間と静謐を得てここにいる」
「悪魔と契約する図太さがあるのに喧しいのは苦手と」
「それが彼女のいいところなんだ」
人形遣いが知る紅の吸血鬼とは別人のように快活に破顔する。まるで衒いはない。
(なんだかどぎまぎするわ……)
「それに、どうやら早速答えを披露する準備を始めているようだしね。私の勘もたまには当てになる……っと、立ち話もなんだ、そこの部屋でいいかな?」
「あ、はい、おかまいなく」
鷹揚な仕草で手を鳴らす吸血鬼。使用人を呼ぶ合図のようだった。
(いつもなら「咲夜ー! 咲夜ー!」なのに)
「……」
「……」
来ない。
「咲夜ー! 咲夜ー!」
(切り替え早いなあ)
「ここに」
「うわっびっくりした」
「そこまで紅茶を運んでくれ。私はドアーズを」
「かしこまりました」
お前は? と紅い眼が訊ねる。
「えーとどうしようかな……」
「アリスさんが以前所望されていた、希少かつ味見済みの茶葉が手に入っておりますが」
「あっじゃあそれお願い」
「かしこまりました。それではほんの少々お持ちください」
そう言ってまたすぐに姿を消した。
「よく出来たメイドさんで」
「うちの一番の自慢さ」
普段から度々紅魔館を訪れていた人形遣いだったが、入ったことのない部屋は多く、今回案内された客室も見慣れない調度品が何やら雰囲気を出していた。一際高級感溢れる真っ白なテーブルとチェアが中央で存在感を放っている……遠慮がちに、しかし矯めつ眇めつ眺めていると、紅魔館の主はうやうやしく客人の椅子を引いた。
(やっぱり落ち着かない……!)
客人がちょこんと席に着くと、主もゆったりと椅子に座り、テーブルに肘をついて頬杖をした。これが面接だったら緊張感溢れる趣向だったかもしれない。
「パチェのことだから、まだ断片的な情報しか口にしていないかもしれないが、何か見当はついていたかな?」
「ええっと……ノストラダムスがどうとかって言ってたわ」
「そうそう、それが聞こえたんで降りて来たんだ。ノストラダムスというと」
「そ、予言者の」
「ヴァンパイアハンターの」
数瞬、間の抜けたような沈黙。
「え?」
「ん?」
「……、ちなみにパチュリーは医者のって言ってたけど」
「まあそれも確かだが」
「それもというか本業というか……有名なのは予言の方だと思うけど。えっ何ヴァンパイアハンター?」
「その通り。私と彼は同じ時代を生き、生存圏を奪い奪われ殺しあった最も古い友人だよ。ちなみに私の記憶が正しければほぼ同い年だ」
「教科書の大幅な書き換えが必要になりそうね……」頭痛を抑えるような仕草をする。少し大袈裟だが、決してわざとではなかったようだ。「確かにペスト治療に従事した医師の一人ではあったみたいだけど」
──吸血鬼伝説には三つの転換点がある。
一つは19世紀における噂話に端を発した、ブラム・ストーカーのドラキュラに代表される吸血鬼創作の流行と確立。
一つは9世紀から続くキリスト教との長い長い戦いと、それに伴う悪魔化。
そしてもう一つが──14世紀に始まった黒死病との混淆である。
元を辿れば吸血鬼とは血を吸う鬼などではなく、宙を漂う死霊であり、〝鳥に似て非なるもの〟であり、死体に取り憑いて歩き回る魂魄だった。
棺の中にいたはずの死体の口元に血がついている──夜中に出歩いて人を喰っているに違いない。きっと日光が苦手なんだろう。杭で心臓を刺しておけば安心だ。魔除けの大蒜も入れておこう。いやいやそんなものは異端の習慣だ。吸血鬼など存在しない、それは悪魔なのだ。故に十字架で祓うことができる。いやいや彼らは悪魔より恐ろしい黒死病なのだ。死体に取り憑くよう鼠に取り憑いてその血を黒く染めるのだ。だから鼠が嫌がる雨の日や川の向こうだけが安全だ。なるほどいかにも恐ろしい。もしや、かの串刺し公や血の伯爵夫人も吸血鬼だったのではないか? そうか吸血鬼とは高貴なものだったのかもしれない…………。
──千年前には既に無数の土着信仰・民話の集合体であった吸血鬼伝説は、こうしてさらに千年の時をかけて、夜の王へと変貌を遂げた。
これらの転換点の内、強いて最も力を増した時代を挙げるならば、やはり史上最悪の殺戮を為した黒死病の恐怖を喰らい、己の血肉にしたその時だろう。
世界人口の約22%が命を落とした人類史最大の悪夢。
仮にこれを現代に換算すれば、およそ17億人が死亡したということになる。
「黒死病を撲滅するということは我々に弓引くことに等しかった。ならば当然、我々と戦う術を持っている医者しかろくに生き残れなかったというわけさ」
「なっ、なるほど?」
「私もフランのやつも産まれたてだったから苦労したよ。人間達のように恵まれた環境で何かを学べるわけでもなかったしね」
今となってはいい思い出だが、とため息混じりに天井を眺める。穏やかな顔で、夢を見るように目を瞑っていた。
「とりわけあいつは優秀だった。何度も滅ぼされかけたし、何度もあと一歩のところで逃がした。……ああ、懐かしいな。本当に」
「お待たせしました」
頃合を見計らっていたのだろう、紅茶を持ったメイドが現れ、遅れて豊かな香りが流れてくる。時間を止められる彼女ならではの演出だ。
「ご苦労」と主が労う。
「こちらお茶菓子のクッキーと、マフィンと、スコーンと」
多くない? と人形遣いが口を挟もうとして、カップが一つ多いことに気付く。
「パチュリー様です」
「誰が茶請けよ」
「それではこれで」
メイドはどこか満足気な顔で姿を消した。
「まったくあの子は……」のっそりと席に着く魔女。「あスコーン取ってくれる?」
「「ジャムは?」」
人形遣いと吸血鬼の声が重なった。
「要る」
少々気恥しそうにジャムを渡した人形遣いと、愉快そうにはにかむ吸血鬼に特段反応することもなく、魔女はもっきゅもっきゅもっきゅと美味しいのか不味いのかよく分からない顔で、口内の水分を吸い尽くすことで有名な茶菓子を咀嚼し、最後にぐいとティーカップを傾けた。
「ふぅ。それじゃ、解答編といきましょうか」
「要するにだ──あいつは蛭子なんだよ。普通なら死産になるところだが、不幸にも人口に膾炙しすぎていたってわけだ」
白黒魔法使いのよく通る声が、がらんとした大図書館に響く。聴衆は、本の片付けを終えて紅茶で一服している瀟洒なメイドただ一人。
「本来ノストラダムスはある王の復活を予言しただけだった。それがフランだな。月を乗っ取ったあれが譫言みたいに繰り返していたのは、神聖ローマ皇帝カール5世の宿敵にしてフランスルネサンスの父、フランソワ1世のことだ。その復活を目論むデフレユール……恐怖の大王っつった方が分かりやすいか? の素性ってのは結論から言えば不明だ。由来が見当たらない。解き明かすべき正体がない。空から降ってくるってことしか分からないし、それだって比喩的なことなのかもしれない」
とはいえそんな奴が空に陣取ってたらさすがに落ち着かないよな──と。
心底面白そうに、白黒はくつくつと笑った。
「二十世紀末の終末論と混ざっているみたいだしね?」
音もなく茶器を置いて、メイドが口を開く。
「なんだよ、聞いてたのか」
「盗み聞きは嗜まないけれど、考える時間はいくらでもあるから」
「羨ましい限りで」
正直なところ聞いてただろ? という邪推は講演の最中だったので飲み込む白黒だった。これだけ蔵書もあるしキャットタイピングってほどじゃないだろ……そんな納得を頭の片隅に仕舞いながら。
「1998年のテンペル・タットル彗星。あれはその切れ端──つまりは1999年の獅子座流星群だ。言うまでもなく破局には到底届かない、どころか直径3.6キロの母天体そのものが地球に衝突してようやくってところだな」
二十世紀最後の年、文字通りの世紀末。
奇しくもその年はフランス──というよりヨーロッパにおいて1時間あたり最大5000個の観測という、獅子座流星群大出現の年だった。
それは世界を終わらせるためにではなく、あたかも偉大なる王を弔うかのように。
「五島某の唱えた世界の終わりをもたらす恐怖の大王。まあ巨大隕石以外にも色々説はあったみたいだが、元々の形とはえらい違いだ……何よりも不幸なのは、そんな風に正体が定まらないまま忘れられたことだろうな。博麗大結界という常識の境界は、そんな忘却でさえ許すことはなかった。たとえそれが王の復活のために世界を終わらせようとする、破綻した存在に成り果てていたとしても」
「……蛭子、ね」
曲解、習合、妄想、混淆、創作。
この館の主もまた、そのように蜿蜒たる歴史を生きてきた大怪異ではあるが、それは数少ない成功例に過ぎないのだと叩きつけられているかのようだ。
「それで、私は何をおねだりされるのかしら」
「……んん?」
「慣れれば霊夢より分かりやすいわよ? あなた」
「心外だぜ。あいやなんのことだか分からないぜ」
「そう。じゃあ私はこれで」
「そんなに訊かれちゃあ仕方がないな!」
「駆け引きを省略しないでもらえる?」
ため息混じりのメイドに、何やら気恥しそうに言葉を選ぶ白黒。
「……月齢をな、記録しておきたいんだ。できればこの状態で丸ひと月」
「はあ」
「でもあれそのうち破壊されるだろ。フランあたりに。ここに破片があるからなのかは分からんが、1時間に数ミリ程度の速度でここを目指して進んでいるのを観測した。そうなると多分もう余命いくばくもないだろ、恐怖の大王ちゃん」
「月の時間を止めたら月齢の観測もできないんじゃ……、……ああいや、そういうことね、目の方か」
「今時間止めて考えたか? まあいいや、話が早くて助かるよ」
悪魔の妹が持つ、ありとあらゆるものを破壊する程度の能力。
それは物体の持つ『目』を掌の上に移動させて砕くという理外の力であり、白黒魔法使いはその『目』の奪取を依頼しているのだ。
「それならいつでも破壊できるし、霊夢や紫も安心だろ? 可能なら月とは別々に恐怖の大王の時間だけ止めてくれれば言うことなしだ」
いつものように屈託なく笑う魔法使い。
僅かな表情の変化を悟られないように、メイドはふいと横を向いた。
「妹様とお嬢様の許可が降りたらね」
「ああまあそれはな、私も交渉するし」
「甘えるの間違いじゃなくて?」
「甘え方なんて実家に置いてきたぜ」
「あら、もう私がいなくても大丈夫?」
「いつも悪いな、見逃してもらって」
「ほんとにね」
「それは言わない約束だろぉ?」
ぎぃぃ、と。
遠くの方で扉を開く音がした。
「──っと、どうやら事後承諾になりそうね」
「今のってフランの......?」
「ここから三番目に近いテラス。追いかけてきて」
「うわー時間稼ぎ頼む!」
地下深くの重い扉が、苦しげな音を立てて開いた。
回廊の燭火は次々に主へと頭を垂れる。
首級を収穫するため、散歩のように軽やかな歩みを弾ませる狂気の主へ。
惑い揺れる四つの影が笑う。
恐れも怒りも知らぬまま、その血塗られた無垢に気付くこともなく。
魔法少女の歌が聞こえる。
「囁くジプシー森の中」「誰そ彼時のボー・ピープ」「ひねくれ道のフェル先生」「誰がタフィーを殺したの?」「ウェールズ人の血が匂う」「生きていようが死んでいまいが」「骨を粉にして」「冷たい石のお墓に埋める」
「お母様が私を殺して」「お父様が私を食べてる」「10シリングと6ペンスの」「盲いた白馬が骨を拾う」「世界中の斧が一つになったら」「リジー・ボーデンが手に掴む」「お椀に乗った」「ボビー・シャフトー海の底」「鶏鳴弥栄」「ハンプティ・ダンプティ」「頽れ落ちる」「散る果てる」
「靴のお家のソロモン・グランディ」「頭はごろんとベッドの下に」「手足はばらばら部屋中に」「鼻から顎へと蛆虫が、蠢き出ては這い回る」
「あなたも死んだらこうなるの?」
「あなたも死んだらこうなるの。」
「あなたも死んだらこうなるの!」
「なんにも持たないウィー・ウィリー・ウィンキー」「狂いに狂って」「走り続けて」「とうとう着いたは断頭台」「粘土のセントクレメント」「煉瓦のセントマーティン」「鉄のオールドベイリー」「金のショアディッチ」「パイプのステプニィ」「燃えて崩れるグレート・ボウ」
「もう、元には戻らない」
「レイディ・リーも立ち止まる」
「そして誰もいなくなった」
『さあ、魔法少女達の百年祭を!』
「それでそのテッペントッタル彗星の」
「「テンペルタットル」」
スコーンの食べすぎで滑舌が悪くなった魔女の講義が終わり、ただのお茶会に戻って開口一番、吸血鬼の言い間違いに訂正の二重奏が入った。
「そうその彗星の欠片……獅子座流星群を依代にした恐怖の大王が、ここには墓すらない王を復活させ、世界を終わらせに来たと、そういうことでいいのかな?」
「あるいはノストラダムスの遺志を継いで、あなたに会いに来たのかもね」
人形遣いの補足に、魔女もティーカップを傾けながら言外に肯定する。
「──ふむ」とん、と人差し指を置く吸血鬼。「ひと月ほどかな」
「何が?」
「八雲との交渉その他は請け負わないからね」
分かっているよ、というような苦笑を魔女に向けつつ、吸血鬼は考えをまとめながら口にした。
「あー、外の世界に数人ほど招待しておきたい知己がいる。数百年ぶりの同窓会だ。出かけている間は咲夜に彗星の時間を止めておいて貰うとして……。……墓掃除もしておきたいし、な」
人形遣いには少々予想外だったようで、可愛らしくきょとんとしていたが、吸血鬼は優しい声で「そのうち分かる」とだけ言った。
「──ん。フランが部屋を出たみたいよ」魔女が口を挟む。
「あいつが?」
「結界か何か?」
「今のはただの鳴子。これ多分テラスに向かってるわ」
「悪い、ちょっと止めてくる」立ち上がる吸血鬼。「あいつも外に連れてくか……ここに置いていったらひと月と待たずに壊してしまいそうだし」
「気を付けてねー」
「結界解いておくわ」
気の抜けた相槌を打つ人形遣いと、気のない見送りをする魔女。
「行ってくるよ」
飛び出すように席を立ったその横顔には、永い年月を思わせる穏やかな微笑が湛えられていた。
「行動自体はいつもとそんなに変わらないのよね……」ティーカップを傾けながら、人形遣い。「フランの方も魔法の徒として、何かしらの方法でデフレユールの正体を突き止めていたのかしら」
「さあね。近代魔法は専門外だから」
「魔法少女なんだっけ? 全然知らない系統なのよね」
「そうよ」息継ぎを一つ。「知識に対する偏見から産まれたわけでもなく、信仰が象る幻想からでもない。異界の魔に魅入られ、あるいは見出された者だけが開く扉。喘息持ちにも優しいから、気にはなっているのだけど」
呪文、あるいはまじない。
土着の伝承が強大な宗教によって異端扱いされ、日陰に追いやられ、あるいは根絶やしにされる過程で産まれた邪悪な呪術師の幻想は枚挙に暇がないが、その影響で同じカテゴリに入れられてしまった碩学が存在する。
黙読の習慣がまだそれほど根付いていなかった時代、訳の分からない専門用語を呪文のように音読しながら薬草や金属を混ぜ合わせる彼らは、度々異端の疑いをかけられ、それは現代まで人口に膾炙している魔法使いのイメージの確立に寄与した。
信仰という神秘が失墜し、寡占によって生じていた知識の幻想が解き明かされ、最早魔法を魔法足らしめる夢は異界に求める他なかったのだ。
「知識の魔女が一番長くなるのはともかくとして、魔法少女の詠唱は信仰魔術のそれよりさらに短いものねぇ。……そういえば私のってあなた達から見たら異界の魔法?」
「まあ究極の魔法の方は……。あなたはそれでいうと魔法をもたらす側ね。マスコットの方」
「マスコット……」
全身を使って何かを主張する上海人形を宥めながら、人形遣いが言う。
「うーん、自律人形の研究が一段落したらフランに弟子入りしてみようかしら」
色々とフットワークが軽すぎるだとか、己のスタイルに矜恃を持たないのだとか、思い付いたあれこれを言いかけて、ぽつりと。
「……そういえばあなた最年少なのよね」
「え? 何?」
「未熟者って言ったのよ」
「脈絡なさすぎない……!?」
遠くからテラスの硝子戸を開く音が聞こえた。
誰もが星降る狂騒の終わりを予感し始めていた頃。
狂気の魔法少女は変わり果てた月の姿を見るや否や掌を開き、煌めくような笑顔を咲かせながらその命脈を手中に移した。
或いは宿敵の怨讐、或いは待ち焦がれた一葉。
およそ人の生では有り得ない程の積み重ねが齎す激情を隠そうとも、抑えようともせず打ち震える姿は、まるで違うはずの姉君に何故だかとてもよく似ていた。
カチリ、と。
時が止まる。
澄み渡る静寂の中、ただ一人清淑に歩いていたメイドはそんな妹御の形相を一瞥して、一言の謝罪と共に掌の目をそっと手に取った。
彼女の狂喜はおろか、主の郷愁や歓楽すら推し量りきれない己に歯噛みするように、力なく目を握る。
一歩離れて妹に手を伸ばす館の主と、三十歩離れて転びかけている白黒魔法使いの視界に入らない位置へ移動し、懐中時計に指を這わせた。
「少し……妬けますね」
秒針が動き出す。
妹の掌から目がなくなっていることを知らないまま、伸ばした手が届こうとした刹那。
紅の吸血鬼は、ひと月後に訪れるであろう運命の日を、壮大で目映いばかりの葬送を、確かに視た。
結実の影に決別を悼み、葬列の儘に久闊を叙す、万感の饗宴。
華やいで淋しく、儚んで美しく。
もう二度とは帰らない、五百年の夢物語。
夢も差さない真っ暗な眠りから目覚めた紅の吸血鬼は、彼岸に立つ旧知から手を振られたように眼を見開いて寝具を降りた。今ならば引き返せるとばかりに殊更大きく軋んだそれに一瞥もなく、彼女はゆっくりと星の見える場所へ向かう。
回廊の燭火は揺らがない。きっと欺きも嘲りも忘れてしまったのだろう。
テラスの硝子戸を開いて這入り込んだ夜風は、屋敷の内に澱んでいた空気をなんら洗い流すことはなく、星々は見たこともないほどの歪な美しさを淫らに誇っていた。真っ白な円月は穢された乙女のように喪心している。木々はそんな様子に当てられたのか、ひたすらに笑い転げていた。
運命の変転。
永遠に紅い幼き月は息を呑むでもなく、凶相の笑みを浮かべるでもなく。
押し寄せる波涛の郷愁に、一筋の涙を流した。
まだこの星が人間で埋め尽くされていなかった時代。
神は天に座し、鬼は地を闊歩し、人は魔と共に生き──塵芥のように死んでいった。手遊びに人を喰らうもの、戯れに人を攫うもの、暇潰しに国を傾けるもの、そして彼らを従えて君臨するもの。
かつて、雑草の如き民草ではなく大妖こそが歴史を紡ぐと酔いしれた金色の狐は、覗き込まれた洞のように笑う少女に全てを奪われた。そんな在りし昔日が彼女の脳裏をよぎる。 けれどさしたる屈辱も憤懣も蘇ることはなく、今目の前にしているこれは、かの時代から辿り着いた客人なのかもしれない──そんな直感だけが芽生える。
「真名不明。意思疎通不可。妖力甚大。目的不明。天蓋と部分的に融合、剥離は後ほど試行。錯乱発言あり。思考の推測は困難。……いえ、聞き取れないものが殆どで文脈も……ああ、はい、分かりました」
荒れるだろうな。
夜風吹き荒ぶ幻想郷の遥か上空で、九尾の狐はそんな他人事じみた感想を、聞こえないよう呟いた。
「待っていてフラン、ようやくこの世界を君に捧げる時が来た──と」
幻想郷の空は天蓋に覆われ、本物の月は紛い物に席を譲っている。そこに僅かな違和感を覚えたのは、いつものように月見酒をしていた小さな鬼だった。普段ならば気にもとめなかったし、そもそも気付きもしなかったかもしれないが、しかしその日の彼女は頗る機嫌が悪かった。
折悪く節分で里が賑わっていたのだ。
滑稽な鬼の面を付けた人間が、豆をまかれて喜んでいる。よくよく考えると一体何が楽しいのかさっぱり分からないが、行事というものは得てしてそんなものかもしれない。
鬼は外、福は内。
無邪気な童の声と陽気な親の声が鬼の元まで届いてくるようだ。息災への祈りという本来の形を忘れて形骸に浮かれる喧騒。まつろわぬ民という生来の姿を忘れられた道化の醜態。
それは、かつて人を攫い人と殺し合った鬼とは似ても似つかぬ姿。
畏れを失った姿。
「……」
小さな鬼は瓢箪の中身をこぼさないよう、丁寧な手つきで傍らに置いて、おもむろに立ち上がると、拳に力を込めた。
辺り一帯の重力を圧し固めたような拳骨を構え、月に狙いを定める彼女の目はすっかり据わっている。
運悪くそんな酔眼の狼藉を止められる者は近くにおらず、果たして無体な一撃は、流星のごとく天蓋の月を砕いた。
数百年消えることのなかった怨嗟の篭もる、凄惨な睥睨。
しかし月はまるで水晶のように弾け、破片に蓄えた月光を爛々と散りばめながら、音もなく崩落した。降り注ぐ絶景に、時を止めたかのごとく鬼の目が開く。
夜空を連れてきたように煌めく透明な欠片の一つ一つに、彼女は胸の奥へと埋めていた夢想と懐旧を見た。
酔いと悪夢が覚めていく、静止した空間の永い刹那。
「……嗚呼」
人々と干戈交える鬼の夢。
とうに終わったはずの世界を諦めるために必要だった、華々しくも美しき弔い。
「……莫迦々々しい」
ぽつりと零れた呟きは、気付かぬままに未練を大切に抱えていたことへの自嘲と、一葉の笹舟のような決別を込めて。
(月は紫に怒られる前に戻しておこう……小言は幾らか頂戴することになるだろうが)
それは或いは礼砲か──拳の余韻を肴に、鬼は微睡んだ目で呑み直した。
月の砕けた夜があった。
年中春と言われた巫女もこの時ばかりは口を開いて瞠目し、すわ異変かと絶句しながら押っ取り刀で飛び出そうとした矢先、空間に裂けた隙間から飛び出した手に文字通り掣肘された。
これは貴方の管轄ではない。
有無を言わさぬ、温度のない声。
普段しているのは節度を保った馴れ合いだとでも言うような。
博麗の勘の冴えは時を選ばない──隙間の主は巫女の無言を不承不承の承服と捉え、静かに手を引いた。
破壊そのものと言った光景の後に残される、静まりきった夜。
それは、仕事を取り上げられた彼女が持て余すには充分過ぎていた。
「なんなのよ……」
世界が終わったような顔で項垂れて縁側で過ごすひと時。その間上空では一等星のような目をした、喜色満面の白黒魔法使いが狂奔していたが、月の残骸から目を背けていた巫女がそれを捉えることはなかった。
非日常のために飛ぶ者と、日常を取り戻すために飛んでいた者のすれ違い。
深い深い、やり場のないため息が夜のしじまに溶けて沈んでいく。
「!」
急に小さな物音を聞いた猫のように、彼女は顔を上げた。
「ごめんなさい、ドアノッカーが見当たらなかったものだから」
「あんたか……」
月のいぬ間に狂いさんざめく星々に彩られた七色の人形遣いが、鈍く光る幻視の眼を向けていた。
何か用? と巫女が視線で問いかける。
「最近、天蓋に異常を見つけて定点観測してたんだけど、さっきの爆発以降見当たらなくなっちゃって。でも異変なら霊夢がここにいるはずないのよねぇ」
「私の仕事じゃないんだってさ」
感情が有り体に出てしまう巫女のその顔には、子供扱いされた不満と、意趣返しを考えながら放たれる怒気と──日常を喪失したのに何も出来ない、押し潰すような不安が浮かんでいた。
「……んん」 言葉を選ぶ人形遣い。「犯人を──私も犯人を探していたんだけど、誰だと思う?」
「知らないわよ……どっかの酔っ払いが何かの拍子にやったんじゃないの?」
「……。……天蓋の異常は?」
「紫が隠すようなことだからろくなもんじゃないわ」
「なるほどね……」
「ねぇ、少し呑んでいかない? 寒いし……」
「ん、一杯だけなら」
「……………………」
「あー、人形を一つ置いていくから、また何か分かったら伝えてくれるかしら?」
片言の人形が人形遣いの肩から元気よく現れる。
「糸で操ってんじゃないの?」
「命令すれば暫くは動くわ。なんなら寝物語だって。少なくとも、朝までは」
私も暖まるまではいるから、と。
既にほぼほぼ元通りになりつつある月を見て人形遣いは言った。
本当は経過を直接観察しておきたいところだったが、人形に任せておいた分でも充分な情報は得られそうだし、博麗の勘のお代としては安すぎるくらいだろう──そんな人形遣いの胸中を知ってか知らずか、巫女は火酒を熱燗にする準備を始めた。
「世界を終わらせる程度の能力」
幻想郷の管理者は式神の報告を小さく復唱した。
「ああ……それでフランか……なるほどフランね……確かに忘れられた伝説には違いないけれど。……今なおアルトリウスの帰郷を待ち焦がれるブリティッシュのような口ぶりで、ね」
ぶつぶつとひとりごちながら、彼女の指はその頭蓋の内を表すかのように目まぐるしく術式を組み立てていく。
(やはり霊夢を止めたのは正しかった──)
全てを受け入れる幻想郷に迷い込んだ、招かれざる客。
ここにしか居場所がない哀れな漂着物である彼はしかし、己の塒諸共に壊さずにはいられない行き止まりそのもののような、行き詰まりそのままに終わり果てた存在だった。
ただそのためだけに産み落とされた不出来なデウスエクスマキナ。
そんな輩に幻想郷という楽園を、神々の恋物語を蹂躙されることなど断じてあってはならない。
しかし、理念に背く例外的な処理は表舞台にはそぐわないだろう。楽園の誇る博麗に汚れ仕事は似合わない──これは化生の職掌だ。
(殺すだけなら簡単だが、問題はそのやり方だ……既に目撃者もいる以上、汚れ仕事とは言えあまりえげつない方法を取りたくはない。萃香が本体ごと砕いていてくれてれば話は早かったのだけれど……)
「ん?」
幻想郷の管理者だけが持つ全知の監視網『ラプラスの魔』。
無数の魔眼が捉えていた月の破片、そのうちの特に妖力の篭った一つを唐突にロストした。いや居場所も原因も明白だ……月の破片は紅魔館の方まで一瞬で移動していたのだから。
「……ふむ」
(ならばここはやはり盛大な弔いと行きましょうか)
今この時点においては彼女以外に知る由もないが、今まさに彼女の思い描いた幕引きの絵図は、後に寸分違わぬ形で幻想郷を彩ることとなる。
(その無念ごと、せめて華やかに)
「お待たせしました」
「一秒も待っていないけれどね。おかげさまで」
紅魔館地下、大図書館。
左手に巨大な月の欠片を、右手にティーセットを携えたメイドに、気だるげな魔女が本に目を落としたまま労いの言葉を伝えた。
「……それは?」
並々ならぬ妖気に気が付いた彼女はようやく本を閉じ、だらけていた好奇心を起こしていく。
「月の欠片です。原因を突き止めることができたら、持って来るようにとのことでしたので」
「えっ月? 天蓋の、よね? なんだか物凄いことになってるけど大丈夫なのそれ?」食い入るように身を乗り出す魔女。
「と言いますと?」
「元の位置に戻ろうとしてるのか、膨大な魔力が上空に向かって燃え盛ってるわ」
「特に熱くはありませんが、急に心配になって参りました」
そんなことをおっとりとのたまうメイド。
「とりあえず下ろしたら……? 重いでしょうし」
「ではお言葉に甘えまして」
次の瞬間、月の欠片は既に床にあった──ご丁寧にシーツまで敷かれている。つくづくレミィが好きそうな演出を心得ている、などと思いながら、魔女はシーツに神代文字で魔力解析や真名判定の魔法陣を書き記していた。
(無音で途轍もない規模の魔力拡散が起きたものだから何事かと思ったけれど、まさか月の爆発とは──しかし何故また節分の日に? 豆でもぶつけられた鬼が暴れたか? そもそも月にこれほどの魔力はなかったはず──真名『獅子座流星群』……!? あの月が贋物なのは知っていけど流用……? いやこれは……乗っ取り……?)
思索に耽りながら、彼女は神経質な手つきで数冊の本の題名とその場所を紙に書き殴っていた。
ペンを持つ手が止まり、皺の付いた紙がメイドに差し出されると、次の瞬間には全ての本がテーブルの上に置かれていた。
「ご苦労さま。まだレミィには秘密でお願い」
「はい。理由をお訊きしても?」
「これが何か分かるまでは語りたくないからよ」
「かしこまりました。それでは」
瀟洒に一礼して数拍、メイドは姿を消した。
「さて、と……」
硬質で仰々しい表紙をめくり、検索を開始する。
悪く言えば駄目元の作業だったが、だからといって知識欲を蔑ろにするような真似をまさかできるわけもない。大袈裟ではなく、生粋の妖怪にとってアイディンティティとは命のようなものなのだから。
速読しながらひたすらにキーワードを拾っては栞を挟む作業を続け、五冊目の表紙に手が伸びた頃。
大して使われない大図書館のドアノッカーが重く鳴り響いた。それを使う時点で相当限られるが──
「どちらさま?」
「私だけど……わっ本当にあった」
遠慮がちに開かれた扉の隙間から、ひょっこりと見覚えのある未熟な人形遣いが顔を覗かせた。
「今なにか失礼なこと思ったかしら?」
「いいえ何も。心強い助っ人が来てくれて有難いわ」
そんな慇懃を真に受けるほど初心な人形遣いでもなかったが、無視して本題に入れるほど老成しているわけでもなかった。
「この子を見てもまだそんな態度でいられる?」
人形遣いの背中から、自慢げな顔をした人形が勢いよく飛び出る。
「どうしてここにこれがあると?」
そんな勢いに軽く水を差すように、老成した魔女が口を挟んだ。
「なんと録音人形──え? ああ、いやだって外から見たら燃えてるみたいになってたわよ? 紅魔館。最初月に張り合って爆発したのかと」
「張り合ってって何よ……ああ、そういえばあなたそういうものに敏いんだったかしら。即席のジャミングで済ませた私のミスね……えっと、録音? なんの?」
「聞きたい? どうしても?」
「急にどうでもよくなってきたわ」
「傍受したばかりの九尾の通信記録──と言ったら?」
パタン、と。
硬質な表紙を閉じる小気味よい音が、大図書館に響いた。
「今さらだけど枝付いてたわよあんた」
「本当に今さらじゃないですか」
「彼女たちならば、汚れ仕事も火遊びにしてしまえるでしょうからね」
首を傾げる九尾を尻目に、妖怪の賢者は後片付けを始めていた。
「これで全ての条件が紅魔館に揃うから、後は時間の問題でしょう。フランドールの能力なら文句なくフィナーレに相応しいでしょうし」
「ありとあらゆるものを破壊する程度の能力──でしたっけ」
「それに姉の能力もね……本当、神話再現を行うならこれ以上ないほどお誂えだわ。複数の原典をちぐはぐに抱える彼のような破綻した存在も、綺麗に畳んでしまえることでしょうね」
「あれは神代からの賓だと?」
「言葉の綾よ」
賢者はとんとんと書類の束を纏めて、ペンに蓋をした。
ほう、とため息をつく。
本来なら息の白くなるような季節には似つかわしくない来客のはずだった。
どこでどう間違えたのか、冬の夜空に誂えたような威容の物悲しさが象徴的だ、と賢者は目を瞑る。
「原始的な業で埋め尽くされた旧い世界の者達とは似ても似つかない、初心で純真で可哀想な子よ」
「……まあ、確かにあれは、狂気の類ではないようですね」
「親を見つめる赤子のようなものね」
溢れんばかりの稚気も眩しい、飽和した夢の時代。
その一方で、時に夢から醒めてしまうほどの恐怖が空気に溶け、見えない終末となって世界に蔓延していた。
澄んだ混沌の表象──終焉の顕在を乞われた凶星。
「一途ですよねぇ……」
「或いは篭絡してしまうという手もあったかしら、九尾の狐さん?」
「昔の話ですよう」
しかしその台詞は、模範解答のような韜晦だった。
「想像できる? たった一人の誰かのために、世界を差し出すだなんて」
「私にも理解できかねますねぇ──ただ」
白面金毛九尾の狐、玉藻前。
伝説に名高い傾国の妖狐は、まさしく面目躍如と言った風情で悩ましく目を細め、妖しくも艶やかに、あるいはオカしそうに──笑った。
「国を捨てて女を取った方ならいましたがねえ。三人ほど」
ぶつり、と録音再生が終わった。
「穏やかじゃないわね」あっけらかんと言う人形遣い。「やっぱり爆発するんじゃないの? これ」
「魔力量的に洒落になってないのよね、それ」七曜の魔女はやれやれとため息をついた。「というより、一度暴発してこうなったのかしら。普通に考えたら」
「んー、霊夢の勘によると月の破壊と天蓋の異常は別件みたいだけど」
「勘……勘ねぇ……当たるからタチ悪いのよね……」 (世界を終わらせる──フランの旧知──? 月と融合……いや天蓋と融合か)
「本が必要なら取ってきましょうか?」
「その時は咲夜に頼むわ……うーん、あなたも何か思い付かない?」
珍しく焦れている魔女を面白く思ったのか人形遣いは一回冗談を挟もうとしたが、一つ思い出したことがあった。
「そう言えば、レミリアがテラスで夜空を眺めていたんだけど、なんだかいつもと雰囲気が違ったような」
それで? と上目遣いに続きを促す魔女。
「放心……んー違うか、なんだか大人びていたというか、そう言えば五百歳だったなあって」
「…………」
心当たりはあった。
数十年前、レミリアの旧知を名乗る者の先触れが来た時のことだ。レミリアは一張羅を纏うように、その言動をいかにも吸血鬼然と──それは今思うと演技ではなく、滅多に表出しない側面の一つだったのだろうが──その長命に似つかわしい振る舞いになっていったのを覚えている。
結局、先触れの主はつまらない木っ端ヴァンパイアハンターで、レミリアは片手間に処理した後ひどく落ち込んでいたのだが。
「月の正体がレミィとフランの旧知──だとして、忘れられた終末論と一体いつ出会ったのか」
「本人達に聞いてみる?」
「…………」
率直な提案に、侮蔑の視線が回答として向けられた。抗議する人形遣い。
「むっ、聞いたところで分かるとは限らないじゃない。そしたらまた改めて考えなくちゃいけないし」
「だからこそ、よ。事を大きくした場合、まともに思索ができなくなる可能性が非常に高い」
「大袈裟ねぇ」
「経験則よ」
「いえ集中を乱されやすいのねって」
「それだけ繊細な処理をしてるのよ……だからそろそろあの子大人しくさせてくれない? というかなんで盗聴用の人形があんなにひらひら着飾ってるの?」
「可愛いでしょう?」
「そうね。わざわざヴァロワ朝仕立てを選ぶところは可愛くないけれど」
「まあ実は博愛のオルレアン担当にオプション付けただけなのよね」
「ああそれであの仏蘭西人形──」
「……?」
唐突に沈黙する魔女の顔を、心配そうに人形遣いが覗き込んだ。
取り留めもなく魔女の頭脳に漂う断片。樹形図のように連想を広げ、意味を繋いではちぐはぐに崩れ、符合は遠く徒労感が好奇心を蝕み始めていた頃。
そこに降ってきた突飛な、しかし看過しがたい音韻。
「あっ……」
瞬間、
グラスの氷がからんと鳴るように、隘路が氷解した。
「フラン……フランはフランドールじゃない! フランソワだったんだわ! そう、デフレユール……! ほんの数年前の都市伝説も混じってしまっているようだけど間違いない。これは──ノストラダムスの大予言よ」
「…………はい?」
「懐かしい名前が聞こえた」
頃合か。
低く落ち着いた声音でそう呟いて、紅魔館の主は襟を正しながら、大図書館へ向かっていた。
「あら」
「んっ」
と、廊下の曲がり角でばったりと人形遣いに出くわす。
「なんだ、来ていたのか。顔くらい出して欲しいものだ。まあゆっくりしていってくれ」
「おぉ……」これが噂に聞くカリスマモードかと若干たじろぎながら、人形遣いは負けじと背筋を正した。「図書館に用があって、まあ締め出されちゃったのだけどね」
「はは、すまないな。気を悪くしないでやってくれ」いつもより遥かに深みを増した紅い眼と眼が合う。「あれは我儘や偏執のたぐいではないのだ……彼女は私にいくつかの代価を払い、あの空間と静謐を得てここにいる」
「悪魔と契約する図太さがあるのに喧しいのは苦手と」
「それが彼女のいいところなんだ」
人形遣いが知る紅の吸血鬼とは別人のように快活に破顔する。まるで衒いはない。
(なんだかどぎまぎするわ……)
「それに、どうやら早速答えを披露する準備を始めているようだしね。私の勘もたまには当てになる……っと、立ち話もなんだ、そこの部屋でいいかな?」
「あ、はい、おかまいなく」
鷹揚な仕草で手を鳴らす吸血鬼。使用人を呼ぶ合図のようだった。
(いつもなら「咲夜ー! 咲夜ー!」なのに)
「……」
「……」
来ない。
「咲夜ー! 咲夜ー!」
(切り替え早いなあ)
「ここに」
「うわっびっくりした」
「そこまで紅茶を運んでくれ。私はドアーズを」
「かしこまりました」
お前は? と紅い眼が訊ねる。
「えーとどうしようかな……」
「アリスさんが以前所望されていた、希少かつ味見済みの茶葉が手に入っておりますが」
「あっじゃあそれお願い」
「かしこまりました。それではほんの少々お持ちください」
そう言ってまたすぐに姿を消した。
「よく出来たメイドさんで」
「うちの一番の自慢さ」
普段から度々紅魔館を訪れていた人形遣いだったが、入ったことのない部屋は多く、今回案内された客室も見慣れない調度品が何やら雰囲気を出していた。一際高級感溢れる真っ白なテーブルとチェアが中央で存在感を放っている……遠慮がちに、しかし矯めつ眇めつ眺めていると、紅魔館の主はうやうやしく客人の椅子を引いた。
(やっぱり落ち着かない……!)
客人がちょこんと席に着くと、主もゆったりと椅子に座り、テーブルに肘をついて頬杖をした。これが面接だったら緊張感溢れる趣向だったかもしれない。
「パチェのことだから、まだ断片的な情報しか口にしていないかもしれないが、何か見当はついていたかな?」
「ええっと……ノストラダムスがどうとかって言ってたわ」
「そうそう、それが聞こえたんで降りて来たんだ。ノストラダムスというと」
「そ、予言者の」
「ヴァンパイアハンターの」
数瞬、間の抜けたような沈黙。
「え?」
「ん?」
「……、ちなみにパチュリーは医者のって言ってたけど」
「まあそれも確かだが」
「それもというか本業というか……有名なのは予言の方だと思うけど。えっ何ヴァンパイアハンター?」
「その通り。私と彼は同じ時代を生き、生存圏を奪い奪われ殺しあった最も古い友人だよ。ちなみに私の記憶が正しければほぼ同い年だ」
「教科書の大幅な書き換えが必要になりそうね……」頭痛を抑えるような仕草をする。少し大袈裟だが、決してわざとではなかったようだ。「確かにペスト治療に従事した医師の一人ではあったみたいだけど」
──吸血鬼伝説には三つの転換点がある。
一つは19世紀における噂話に端を発した、ブラム・ストーカーのドラキュラに代表される吸血鬼創作の流行と確立。
一つは9世紀から続くキリスト教との長い長い戦いと、それに伴う悪魔化。
そしてもう一つが──14世紀に始まった黒死病との混淆である。
元を辿れば吸血鬼とは血を吸う鬼などではなく、宙を漂う死霊であり、〝鳥に似て非なるもの〟であり、死体に取り憑いて歩き回る魂魄だった。
棺の中にいたはずの死体の口元に血がついている──夜中に出歩いて人を喰っているに違いない。きっと日光が苦手なんだろう。杭で心臓を刺しておけば安心だ。魔除けの大蒜も入れておこう。いやいやそんなものは異端の習慣だ。吸血鬼など存在しない、それは悪魔なのだ。故に十字架で祓うことができる。いやいや彼らは悪魔より恐ろしい黒死病なのだ。死体に取り憑くよう鼠に取り憑いてその血を黒く染めるのだ。だから鼠が嫌がる雨の日や川の向こうだけが安全だ。なるほどいかにも恐ろしい。もしや、かの串刺し公や血の伯爵夫人も吸血鬼だったのではないか? そうか吸血鬼とは高貴なものだったのかもしれない…………。
──千年前には既に無数の土着信仰・民話の集合体であった吸血鬼伝説は、こうしてさらに千年の時をかけて、夜の王へと変貌を遂げた。
これらの転換点の内、強いて最も力を増した時代を挙げるならば、やはり史上最悪の殺戮を為した黒死病の恐怖を喰らい、己の血肉にしたその時だろう。
世界人口の約22%が命を落とした人類史最大の悪夢。
仮にこれを現代に換算すれば、およそ17億人が死亡したということになる。
「黒死病を撲滅するということは我々に弓引くことに等しかった。ならば当然、我々と戦う術を持っている医者しかろくに生き残れなかったというわけさ」
「なっ、なるほど?」
「私もフランのやつも産まれたてだったから苦労したよ。人間達のように恵まれた環境で何かを学べるわけでもなかったしね」
今となってはいい思い出だが、とため息混じりに天井を眺める。穏やかな顔で、夢を見るように目を瞑っていた。
「とりわけあいつは優秀だった。何度も滅ぼされかけたし、何度もあと一歩のところで逃がした。……ああ、懐かしいな。本当に」
「お待たせしました」
頃合を見計らっていたのだろう、紅茶を持ったメイドが現れ、遅れて豊かな香りが流れてくる。時間を止められる彼女ならではの演出だ。
「ご苦労」と主が労う。
「こちらお茶菓子のクッキーと、マフィンと、スコーンと」
多くない? と人形遣いが口を挟もうとして、カップが一つ多いことに気付く。
「パチュリー様です」
「誰が茶請けよ」
「それではこれで」
メイドはどこか満足気な顔で姿を消した。
「まったくあの子は……」のっそりと席に着く魔女。「あスコーン取ってくれる?」
「「ジャムは?」」
人形遣いと吸血鬼の声が重なった。
「要る」
少々気恥しそうにジャムを渡した人形遣いと、愉快そうにはにかむ吸血鬼に特段反応することもなく、魔女はもっきゅもっきゅもっきゅと美味しいのか不味いのかよく分からない顔で、口内の水分を吸い尽くすことで有名な茶菓子を咀嚼し、最後にぐいとティーカップを傾けた。
「ふぅ。それじゃ、解答編といきましょうか」
「要するにだ──あいつは蛭子なんだよ。普通なら死産になるところだが、不幸にも人口に膾炙しすぎていたってわけだ」
白黒魔法使いのよく通る声が、がらんとした大図書館に響く。聴衆は、本の片付けを終えて紅茶で一服している瀟洒なメイドただ一人。
「本来ノストラダムスはある王の復活を予言しただけだった。それがフランだな。月を乗っ取ったあれが譫言みたいに繰り返していたのは、神聖ローマ皇帝カール5世の宿敵にしてフランスルネサンスの父、フランソワ1世のことだ。その復活を目論むデフレユール……恐怖の大王っつった方が分かりやすいか? の素性ってのは結論から言えば不明だ。由来が見当たらない。解き明かすべき正体がない。空から降ってくるってことしか分からないし、それだって比喩的なことなのかもしれない」
とはいえそんな奴が空に陣取ってたらさすがに落ち着かないよな──と。
心底面白そうに、白黒はくつくつと笑った。
「二十世紀末の終末論と混ざっているみたいだしね?」
音もなく茶器を置いて、メイドが口を開く。
「なんだよ、聞いてたのか」
「盗み聞きは嗜まないけれど、考える時間はいくらでもあるから」
「羨ましい限りで」
正直なところ聞いてただろ? という邪推は講演の最中だったので飲み込む白黒だった。これだけ蔵書もあるしキャットタイピングってほどじゃないだろ……そんな納得を頭の片隅に仕舞いながら。
「1998年のテンペル・タットル彗星。あれはその切れ端──つまりは1999年の獅子座流星群だ。言うまでもなく破局には到底届かない、どころか直径3.6キロの母天体そのものが地球に衝突してようやくってところだな」
二十世紀最後の年、文字通りの世紀末。
奇しくもその年はフランス──というよりヨーロッパにおいて1時間あたり最大5000個の観測という、獅子座流星群大出現の年だった。
それは世界を終わらせるためにではなく、あたかも偉大なる王を弔うかのように。
「五島某の唱えた世界の終わりをもたらす恐怖の大王。まあ巨大隕石以外にも色々説はあったみたいだが、元々の形とはえらい違いだ……何よりも不幸なのは、そんな風に正体が定まらないまま忘れられたことだろうな。博麗大結界という常識の境界は、そんな忘却でさえ許すことはなかった。たとえそれが王の復活のために世界を終わらせようとする、破綻した存在に成り果てていたとしても」
「……蛭子、ね」
曲解、習合、妄想、混淆、創作。
この館の主もまた、そのように蜿蜒たる歴史を生きてきた大怪異ではあるが、それは数少ない成功例に過ぎないのだと叩きつけられているかのようだ。
「それで、私は何をおねだりされるのかしら」
「……んん?」
「慣れれば霊夢より分かりやすいわよ? あなた」
「心外だぜ。あいやなんのことだか分からないぜ」
「そう。じゃあ私はこれで」
「そんなに訊かれちゃあ仕方がないな!」
「駆け引きを省略しないでもらえる?」
ため息混じりのメイドに、何やら気恥しそうに言葉を選ぶ白黒。
「……月齢をな、記録しておきたいんだ。できればこの状態で丸ひと月」
「はあ」
「でもあれそのうち破壊されるだろ。フランあたりに。ここに破片があるからなのかは分からんが、1時間に数ミリ程度の速度でここを目指して進んでいるのを観測した。そうなると多分もう余命いくばくもないだろ、恐怖の大王ちゃん」
「月の時間を止めたら月齢の観測もできないんじゃ……、……ああいや、そういうことね、目の方か」
「今時間止めて考えたか? まあいいや、話が早くて助かるよ」
悪魔の妹が持つ、ありとあらゆるものを破壊する程度の能力。
それは物体の持つ『目』を掌の上に移動させて砕くという理外の力であり、白黒魔法使いはその『目』の奪取を依頼しているのだ。
「それならいつでも破壊できるし、霊夢や紫も安心だろ? 可能なら月とは別々に恐怖の大王の時間だけ止めてくれれば言うことなしだ」
いつものように屈託なく笑う魔法使い。
僅かな表情の変化を悟られないように、メイドはふいと横を向いた。
「妹様とお嬢様の許可が降りたらね」
「ああまあそれはな、私も交渉するし」
「甘えるの間違いじゃなくて?」
「甘え方なんて実家に置いてきたぜ」
「あら、もう私がいなくても大丈夫?」
「いつも悪いな、見逃してもらって」
「ほんとにね」
「それは言わない約束だろぉ?」
ぎぃぃ、と。
遠くの方で扉を開く音がした。
「──っと、どうやら事後承諾になりそうね」
「今のってフランの......?」
「ここから三番目に近いテラス。追いかけてきて」
「うわー時間稼ぎ頼む!」
地下深くの重い扉が、苦しげな音を立てて開いた。
回廊の燭火は次々に主へと頭を垂れる。
首級を収穫するため、散歩のように軽やかな歩みを弾ませる狂気の主へ。
惑い揺れる四つの影が笑う。
恐れも怒りも知らぬまま、その血塗られた無垢に気付くこともなく。
魔法少女の歌が聞こえる。
「囁くジプシー森の中」「誰そ彼時のボー・ピープ」「ひねくれ道のフェル先生」「誰がタフィーを殺したの?」「ウェールズ人の血が匂う」「生きていようが死んでいまいが」「骨を粉にして」「冷たい石のお墓に埋める」
「お母様が私を殺して」「お父様が私を食べてる」「10シリングと6ペンスの」「盲いた白馬が骨を拾う」「世界中の斧が一つになったら」「リジー・ボーデンが手に掴む」「お椀に乗った」「ボビー・シャフトー海の底」「鶏鳴弥栄」「ハンプティ・ダンプティ」「頽れ落ちる」「散る果てる」
「靴のお家のソロモン・グランディ」「頭はごろんとベッドの下に」「手足はばらばら部屋中に」「鼻から顎へと蛆虫が、蠢き出ては這い回る」
「あなたも死んだらこうなるの?」
「あなたも死んだらこうなるの。」
「あなたも死んだらこうなるの!」
「なんにも持たないウィー・ウィリー・ウィンキー」「狂いに狂って」「走り続けて」「とうとう着いたは断頭台」「粘土のセントクレメント」「煉瓦のセントマーティン」「鉄のオールドベイリー」「金のショアディッチ」「パイプのステプニィ」「燃えて崩れるグレート・ボウ」
「もう、元には戻らない」
「レイディ・リーも立ち止まる」
「そして誰もいなくなった」
『さあ、魔法少女達の百年祭を!』
「それでそのテッペントッタル彗星の」
「「テンペルタットル」」
スコーンの食べすぎで滑舌が悪くなった魔女の講義が終わり、ただのお茶会に戻って開口一番、吸血鬼の言い間違いに訂正の二重奏が入った。
「そうその彗星の欠片……獅子座流星群を依代にした恐怖の大王が、ここには墓すらない王を復活させ、世界を終わらせに来たと、そういうことでいいのかな?」
「あるいはノストラダムスの遺志を継いで、あなたに会いに来たのかもね」
人形遣いの補足に、魔女もティーカップを傾けながら言外に肯定する。
「──ふむ」とん、と人差し指を置く吸血鬼。「ひと月ほどかな」
「何が?」
「八雲との交渉その他は請け負わないからね」
分かっているよ、というような苦笑を魔女に向けつつ、吸血鬼は考えをまとめながら口にした。
「あー、外の世界に数人ほど招待しておきたい知己がいる。数百年ぶりの同窓会だ。出かけている間は咲夜に彗星の時間を止めておいて貰うとして……。……墓掃除もしておきたいし、な」
人形遣いには少々予想外だったようで、可愛らしくきょとんとしていたが、吸血鬼は優しい声で「そのうち分かる」とだけ言った。
「──ん。フランが部屋を出たみたいよ」魔女が口を挟む。
「あいつが?」
「結界か何か?」
「今のはただの鳴子。これ多分テラスに向かってるわ」
「悪い、ちょっと止めてくる」立ち上がる吸血鬼。「あいつも外に連れてくか……ここに置いていったらひと月と待たずに壊してしまいそうだし」
「気を付けてねー」
「結界解いておくわ」
気の抜けた相槌を打つ人形遣いと、気のない見送りをする魔女。
「行ってくるよ」
飛び出すように席を立ったその横顔には、永い年月を思わせる穏やかな微笑が湛えられていた。
「行動自体はいつもとそんなに変わらないのよね……」ティーカップを傾けながら、人形遣い。「フランの方も魔法の徒として、何かしらの方法でデフレユールの正体を突き止めていたのかしら」
「さあね。近代魔法は専門外だから」
「魔法少女なんだっけ? 全然知らない系統なのよね」
「そうよ」息継ぎを一つ。「知識に対する偏見から産まれたわけでもなく、信仰が象る幻想からでもない。異界の魔に魅入られ、あるいは見出された者だけが開く扉。喘息持ちにも優しいから、気にはなっているのだけど」
呪文、あるいはまじない。
土着の伝承が強大な宗教によって異端扱いされ、日陰に追いやられ、あるいは根絶やしにされる過程で産まれた邪悪な呪術師の幻想は枚挙に暇がないが、その影響で同じカテゴリに入れられてしまった碩学が存在する。
黙読の習慣がまだそれほど根付いていなかった時代、訳の分からない専門用語を呪文のように音読しながら薬草や金属を混ぜ合わせる彼らは、度々異端の疑いをかけられ、それは現代まで人口に膾炙している魔法使いのイメージの確立に寄与した。
信仰という神秘が失墜し、寡占によって生じていた知識の幻想が解き明かされ、最早魔法を魔法足らしめる夢は異界に求める他なかったのだ。
「知識の魔女が一番長くなるのはともかくとして、魔法少女の詠唱は信仰魔術のそれよりさらに短いものねぇ。……そういえば私のってあなた達から見たら異界の魔法?」
「まあ究極の魔法の方は……。あなたはそれでいうと魔法をもたらす側ね。マスコットの方」
「マスコット……」
全身を使って何かを主張する上海人形を宥めながら、人形遣いが言う。
「うーん、自律人形の研究が一段落したらフランに弟子入りしてみようかしら」
色々とフットワークが軽すぎるだとか、己のスタイルに矜恃を持たないのだとか、思い付いたあれこれを言いかけて、ぽつりと。
「……そういえばあなた最年少なのよね」
「え? 何?」
「未熟者って言ったのよ」
「脈絡なさすぎない……!?」
遠くからテラスの硝子戸を開く音が聞こえた。
誰もが星降る狂騒の終わりを予感し始めていた頃。
狂気の魔法少女は変わり果てた月の姿を見るや否や掌を開き、煌めくような笑顔を咲かせながらその命脈を手中に移した。
或いは宿敵の怨讐、或いは待ち焦がれた一葉。
およそ人の生では有り得ない程の積み重ねが齎す激情を隠そうとも、抑えようともせず打ち震える姿は、まるで違うはずの姉君に何故だかとてもよく似ていた。
カチリ、と。
時が止まる。
澄み渡る静寂の中、ただ一人清淑に歩いていたメイドはそんな妹御の形相を一瞥して、一言の謝罪と共に掌の目をそっと手に取った。
彼女の狂喜はおろか、主の郷愁や歓楽すら推し量りきれない己に歯噛みするように、力なく目を握る。
一歩離れて妹に手を伸ばす館の主と、三十歩離れて転びかけている白黒魔法使いの視界に入らない位置へ移動し、懐中時計に指を這わせた。
「少し……妬けますね」
秒針が動き出す。
妹の掌から目がなくなっていることを知らないまま、伸ばした手が届こうとした刹那。
紅の吸血鬼は、ひと月後に訪れるであろう運命の日を、壮大で目映いばかりの葬送を、確かに視た。
結実の影に決別を悼み、葬列の儘に久闊を叙す、万感の饗宴。
華やいで淋しく、儚んで美しく。
もう二度とは帰らない、五百年の夢物語。
キャラクターたちがそれぞれ役割をもって行動している様が読んでいて楽しかったです