別段特異な事は何もない日だった。寧ろいつもより普通だったと言えるかもしれない。
私が屋敷で待っていると妹は何時も通りに姿を見せ、何時も通りにそのうちフラッと出て行った。
そして妹が出て行った後の廊下でバタンと何かが倒れるような音が聞こえたのだ。
その時は、またお空が何か家具をひっかけたのかと思って気にも止めなかった。
数刻後、私は廊下に冷たくなった妹の亡骸が横たわっているのを見つけた。
私に残した最期の言葉は何ら特別な物でもなく「ミルクコーヒーダンス!」だった。酷い物だ。
ペット二匹が何かを喚いていたが全く脳が処理をしようとしないので、壁越しに喋られているような感覚だったのは覚えている。
数日経って落ち着くと、冥界でまた会えるのではないかと気楽な考えも浮かび始めた。
そしてお茶を飲む程度の余裕は取り戻す事ができていた。
その時だった、ベッドに寝かせていた妹の身体がビクンと跳ね上がり腕を突き出し頭を枕に打ちつけ始めたのだ。
眼球は白と黒が3:1ほどになり寄り目になったり離れたりと忙しない。口の中では別の生き物であるかのように舌がぬらぬらと暴れている。
喉からはカエルの潰れたような声を出して、オマケに失禁までしていた。
瞬時に異変を察知し状況を判断した私は全速力で館を飛び出し地上へ駆け上がった。目的地はもちろん神社である。
だが地上にも異変が起こっていた。14,15,16の少女(妖怪も居た)達が皆虚ろな目をして幽霊のようにゆらゆらと歩いているのだ。
少女達はあーやらうーやら呻きながら近くに居る人間を食べていた。そう「人間が人間を食べている」のだ。
大変不気味極まりない光景に辟易しつつも、私は神社に向かった。そして絶望した。
神社の境内で紅白の物体がお茶を飲むでもなく境内の掃除をするでもなく、黒白の帽子を抱えて蹲っていたからだ。
残念ながら私は聡明であり、物分りが良いのだ。少なくとも今の状況を理解する事はできる程度には。
使い物にならない巫女は放っておいて私は幻想郷を駆けずり回った。
そしてある道具屋にたどり着いた。
店の扉を開けると店主は挨拶も無しに言った。
「君は人を食べるかな?」
まだ扉に手をかけている私を品定めをするような目で見ている。
「少なくとも最近は食べてませんね」
店主はふっと鼻を鳴らした。
「なら安心だ」
私が店の中の適当な物を探し、腰掛けると店主は独り言のように話し始めた。
「アレはステーシーと言うらしい。少女がああなる原因は判らない。そして彼女等を165の肉片に変える以外救う手だては無い」
私は妹を165の肉片に変えてしまわなければならないのかと思うと眩暈がした。
今外を歩いている少女のように妹がなってしまっていることを考えるだけで胸が痛いというのだ。
私が彼女をバラバラにするだなんて想像したくもない。
涙目で頭を抱えている私に向かって、店主は品物の一つを寄越した。
小型のチェーンソーだった。
「ライダーマンの右手。君にはこれが必要だ。ふふっ……言わなくても判る。お代は結構だよ」
チェーンソーを受け取り、店を出ると。背後からレティクル座やらシリウス星という叫び声と笑い声が聞こえた。
一見マトモに見えた店主だが、どうも気をやってしまっていたようだった。
ふと森に目をやると風鈴を持ったステーシーが立っていた。
ステーシーは風鈴を持ったままくるくると回っている。風鈴がチリンと鳴る。
くるくる チリンチリン くるくる チリンチリン
反応に困った、というより反応すべきか困ったがそっとしておくことにした。
地底に戻ると、妹は不細工な顔でペットの一人(一匹?)に齧りついていた。
よく目を凝らさないと判らないが、お燐のようだ。
ライダーマンの右手を握り締め、リコイルスターターを引く。鉄が慟哭する。
己の尾を噛む鋼鉄の蛇が高速で回転を始め、エンジンの爆音が鼓膜を揺らす。
あとはこの鋭利な刃を妹の白くキメの細やかな肌に押し当てるだけ。
それだけ。たったそれだけでこの悪夢は終わるのだ。
私の目の前で私のペットを貪っている忌々しい私の最愛の妹は、二度と「こいし」だと認識できなくなるのだ。
こいしではなく、かつてこいしだった165の肉片に変えるのだ。
ちりん とどこかで風鈴の音が聞こえた。
ステーシーを見据え、チェーンソーを構える。
そして
――私は"瞳"を閉じた。
私が屋敷で待っていると妹は何時も通りに姿を見せ、何時も通りにそのうちフラッと出て行った。
そして妹が出て行った後の廊下でバタンと何かが倒れるような音が聞こえたのだ。
その時は、またお空が何か家具をひっかけたのかと思って気にも止めなかった。
数刻後、私は廊下に冷たくなった妹の亡骸が横たわっているのを見つけた。
私に残した最期の言葉は何ら特別な物でもなく「ミルクコーヒーダンス!」だった。酷い物だ。
ペット二匹が何かを喚いていたが全く脳が処理をしようとしないので、壁越しに喋られているような感覚だったのは覚えている。
数日経って落ち着くと、冥界でまた会えるのではないかと気楽な考えも浮かび始めた。
そしてお茶を飲む程度の余裕は取り戻す事ができていた。
その時だった、ベッドに寝かせていた妹の身体がビクンと跳ね上がり腕を突き出し頭を枕に打ちつけ始めたのだ。
眼球は白と黒が3:1ほどになり寄り目になったり離れたりと忙しない。口の中では別の生き物であるかのように舌がぬらぬらと暴れている。
喉からはカエルの潰れたような声を出して、オマケに失禁までしていた。
瞬時に異変を察知し状況を判断した私は全速力で館を飛び出し地上へ駆け上がった。目的地はもちろん神社である。
だが地上にも異変が起こっていた。14,15,16の少女(妖怪も居た)達が皆虚ろな目をして幽霊のようにゆらゆらと歩いているのだ。
少女達はあーやらうーやら呻きながら近くに居る人間を食べていた。そう「人間が人間を食べている」のだ。
大変不気味極まりない光景に辟易しつつも、私は神社に向かった。そして絶望した。
神社の境内で紅白の物体がお茶を飲むでもなく境内の掃除をするでもなく、黒白の帽子を抱えて蹲っていたからだ。
残念ながら私は聡明であり、物分りが良いのだ。少なくとも今の状況を理解する事はできる程度には。
使い物にならない巫女は放っておいて私は幻想郷を駆けずり回った。
そしてある道具屋にたどり着いた。
店の扉を開けると店主は挨拶も無しに言った。
「君は人を食べるかな?」
まだ扉に手をかけている私を品定めをするような目で見ている。
「少なくとも最近は食べてませんね」
店主はふっと鼻を鳴らした。
「なら安心だ」
私が店の中の適当な物を探し、腰掛けると店主は独り言のように話し始めた。
「アレはステーシーと言うらしい。少女がああなる原因は判らない。そして彼女等を165の肉片に変える以外救う手だては無い」
私は妹を165の肉片に変えてしまわなければならないのかと思うと眩暈がした。
今外を歩いている少女のように妹がなってしまっていることを考えるだけで胸が痛いというのだ。
私が彼女をバラバラにするだなんて想像したくもない。
涙目で頭を抱えている私に向かって、店主は品物の一つを寄越した。
小型のチェーンソーだった。
「ライダーマンの右手。君にはこれが必要だ。ふふっ……言わなくても判る。お代は結構だよ」
チェーンソーを受け取り、店を出ると。背後からレティクル座やらシリウス星という叫び声と笑い声が聞こえた。
一見マトモに見えた店主だが、どうも気をやってしまっていたようだった。
ふと森に目をやると風鈴を持ったステーシーが立っていた。
ステーシーは風鈴を持ったままくるくると回っている。風鈴がチリンと鳴る。
くるくる チリンチリン くるくる チリンチリン
反応に困った、というより反応すべきか困ったがそっとしておくことにした。
地底に戻ると、妹は不細工な顔でペットの一人(一匹?)に齧りついていた。
よく目を凝らさないと判らないが、お燐のようだ。
ライダーマンの右手を握り締め、リコイルスターターを引く。鉄が慟哭する。
己の尾を噛む鋼鉄の蛇が高速で回転を始め、エンジンの爆音が鼓膜を揺らす。
あとはこの鋭利な刃を妹の白くキメの細やかな肌に押し当てるだけ。
それだけ。たったそれだけでこの悪夢は終わるのだ。
私の目の前で私のペットを貪っている忌々しい私の最愛の妹は、二度と「こいし」だと認識できなくなるのだ。
こいしではなく、かつてこいしだった165の肉片に変えるのだ。
ちりん とどこかで風鈴の音が聞こえた。
ステーシーを見据え、チェーンソーを構える。
そして
――私は"瞳"を閉じた。