Coolier - 新生・東方創想話

ぶらり廃線下車の旅

2010/05/25 22:09:27
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 平和な午後、今日は倶楽部としての活動もなく、有意義に過ごせそうな休日。
かと言って何もすることが無いからこうしてコーヒー片手に読書にふけっているわけなのだが。
きっちりとティーテーブルとティーセット、チェアまで用意し、まともな午後の大学生の雰囲気を醸し出すという無駄な努力をした。
 ――そこに響く無感情な音。
その音はとても私の不安感を煽る。
平和な休日は終焉を迎えようとしていた。

携帯電話への着信だ。

 私は大学では静かで真面目、深窓の令嬢を演じている。そのため私の電話番号を知るものは少ない。
もちろん何人かは知っているが、急用でも無い限り、学校で直接話してしまう。
その中で急用でも無いのに電話をかけてくる知り合いをひとり私は知っている。

 私を倶楽部へと引きずり込み、連日私を連れ回す悩みの種、宇佐見蓮子だ。
誰からの着信かはわかっているが、形式上名前を訪ねよう、と思いながら通話ボタンを押す。

「もしもし、どなた?」
「表示されるからわかっているでしょう、それとも表示されないほど旧式を使っているとでも言うの?」
「わかった上で、よ。今日の蓮子は思考に柔軟性が無いわよ」

皮肉には皮肉で返す、私のスタンスだ。

「そんな事よりメリー、今暇?」
「あいにく読書に忙しいのよ」
「暇なのね」
「暇じゃないわ」

半ば諦めつつ否定してみる、電話越しなのに予定を確認する蓮子が目にみえるようだ。

「なんだか廃線が今日一日だけ復活するらしいんだけどさ、乗りに行かない?」

そのような話は聞いたことがない、信ぴょう性も皆無と言っても過言ではないだろう。

「で、その情報はどこから出てきたの?」
「なんだか急に招待状が送られてきたのよねぇ……だから」

だから、の先に続く言葉は容易に想像できた。それもいつもの蓮子なら。

「気になるじゃない?」

あぁ、いつもの蓮子だ。

「うん、まぁいいわ、結局今からどこに行けばいいの?」
「うーん、いつもどおりでいいんじゃない? あの喫茶店で」
「分かったわ、じゃあ3時にそこで」

 私の休日という名の静寂な水面は蓮子に投じられた石によって波紋を作られた。
その波紋に押されるようにして、家を出る準備を始める。

書を捨てよ町へ出よう、だったかしら。
今の私は主人公気分。

       *      *      *

 そんなこんなで場所はいつもの喫茶店、家で入れたコーヒーを急いで飲み干し、着替えて帽子をかぶり、その帽子にリボンをつけてみちゃったなんて。蓮子はいつ気づくだろう。
時刻は十五時、本当にいつも通り、喫茶店には一人で紅茶を頼む私の姿があった。
コーヒーをニ杯も飲んだら胃がもたれちゃうからね。
とかそんな問題ではなく。
今は呼び出した張本人なのに予定時刻に来ない相方へのストレスで胃がもたれそうなわけなのだが。

 仕方なく家で読んでいた本の続きを読もうと鞄の中から本を取り出す。
600ページ程度あるので大分時間は潰れるだろう、せめて相方が来るまで心を落ち着けて本を楽しむことにしよう。

 ――そうしてしばらくたってドアが勢い良く開け放される音が私以外の客のいない喫茶店に響き渡った。おそらく蓮子だろう。
私の予想通りこちらへ足音が近づく。それと同時に私は本に栞をはさみ鞄へと戻す。

「あー、ごめん、遅刻した」
「今日の記録は五分三十六秒、想定の範囲内よ」

遅刻魔蓮子は全く悪びれた様子は無い。
そして私もそれを咎める気は全く無い。
蓮子には遅刻はつきものと私はそう思っている。だからこうして本などと言うものを持ってきているのだから。
私も慣れたものだ。それも初の活動の時から連続遅刻記録を現在進行形で更新中なのだから。

「じゃあ早速……この招待状なんだけどさ」
「えっと何々……?」

 内容を要約すると、
――夕暮れ、廃線が復活する。
――招待された以外の乗客はいない。
――定員は二人どなたかを誘った上でご乗車ください……
とこんな感じだ。なぜ鉄道好きの喜びそうな企画を鉄道好きを招待せずに蓮子のところに回ってきたのだろう。
もしかしたら蓮子はその道では有名なのかもしれない。

「ねぇ蓮子、もしかしてあなた鉄道、好きなの?」
「いやそんなわけないじゃない、便利とは思うけど撮り鉄になろうとは思わないわよ」
「トリテツ?」
「鉄道を撮影する人の事よ、私は乗る専だから」

私の疑問に蓮子が答えてくれる。
鉄道を撮影……そんな人種もいるのか、と思いつつ既にぬるくなった紅茶をすする。

「それにしてもなんであなたが招待されたのかしら」
「それを聞きたくて今相談しているんじゃないの」

さも当たり前のように目を見開いた蓮子は言う。
これは相談だったのか。私は今初めて知った。
その相談の続きを蓮子が続ける。

「それでこの駅にに十六時に来いと、そう書いてあるんだけど」
「うーん蓮子、あなた騙されてるんじゃないの?」
「そうかもしれないけどさ」

蓮子は紙を机に置いてこちらへ向き直る。

「面白そうじゃない?」

その言葉に私は返事をすることなく、ただ苦笑いをしながら冷め切った紅茶をすするだけだった。
その様子を満足げに眺める蓮子が目の前にいた。

       *      *      *

「駅に来てみたけれど……」
「見事に誰もいないわね……」

 ……誰もいない。
閑古鳥が鳴く、という表現があるが、その閑古鳥さえ近づいてこないほどに誰もいない。
駅にあるのは私たち二人の姿と寂れたベンチがいくつか、だ。
そのベンチのホコリを払ってから腰をかける。

「ふぅ……それで、これからどうするのよ」
「とりあえず十六時まで待ってみましょうよ」

せっかくだから、か。
現に日本の電車は時間厳守の姿勢を貫いてきた。今は十六時の二十分前だ

「まだ大分時間があるわね、待ってみる?」
「ここで待たなきゃ秘封倶楽部の名が廃るわよメリー」
「そうね」
帽子をのつばを持ち上げ、太陽に顔を向ける蓮子。私はその横顔を見つめ、微笑む。
今の蓮子の表情ともう一つ別件に対して微笑んだ。

「ところで蓮子さん」
「なんですかメリーさん」
「なんで手をつないでいるの蓮子さん」
「そりゃあこれがデートだからに決まっているじゃあありませんか」

右手を大げさに広げ、まるでアメリカンジョークを言っているかのようなジェスチャーをとる。
さっきは相談と言っていた気がしたが……

「やっぱり、蓮子の考えていることはわからないわ」
「お褒めの言葉光栄でございますわ」
「褒めてないけどさ」

その言葉に返答はなかったが、蓮子の左手がわざとらしく私の右手をキュッと握ってきた。
握られた手のひらの感触が私には恥ずかしくて蓮子から目を逸らす。
――でも、悪い気はしなかった。

 私たちはそのままほんのしばらく橙色に侵食された空を眺めていたが、目の前に西日がある。
暑い。とてつもなく暑い。
まだ5月末とはいえ、太陽に向かって垂直の状態で微動だにしなければさすがに暑い。Hotterというレベルではない、Hottestのレベルだ。

「あっ、ついわー……」
「あら奇遇ね、私もとっても暑いのよ」
「やっぱり?」

怠惰から来る益体の無い会話をした、暑いときに暑いというと余計に暑く感じる。そう感じるのは私だけではないはずだ。

「あと何分?」
「うーん、あと五分ちょっとね」

まだ星は出ていないので私が答える。
蓮子はというと帽子を頭ではなく顔の上に乗せ、足を開き、ベンチにもたれていた。はしたない。

「じゃあ、ちょっくら駅弁みたいなもの買ってくるわ」
「え、間に合うのそれ」
「大丈夫よ少しくらい遅れても」
「いや――」
「行ってくるわね!」

さっきも言ったじゃないか、日本の鉄道は時間厳守が鉄則だ、と。
そして、一五分近く待った今現在、まだ私達の他に誰も来ていないのは言わずもがなだろう。

       *      *      *

「うぅ……遅い……」
 こんなことを呟いてしまうのも相方の蓮子が駅弁に値するものを買いに行ってから帰ってこないからだろう。
単線鉄道の駅に駅弁などと言うものがある訳もなく、近場の弁当屋まで買いに行ってしまった。

その時、電車が駅に滑り込んできた。
そこに蓮子が滑り込んで……来るわけもなく、ただ電車だけが私の前で止まった。
プシュー、という音とともに扉が開く。

 このまま一人で行ってしまおうか。私はそんな事を考えることはない。
なぜならば、招待状をもらったのは蓮子だし、なにより相方を置いていくのはもってのほかだと思ったからだ。
電車を逃すのは惜しいが、電車は見過ごすことにしよう。

……足音がする。
「メリー、遅れてごめーん」
蓮子がこちらへ駆け込んでくる。
「十六時四分。四分の遅刻よ」
「え? 遅刻してたの?」
とぼけるにも程があるわよ。それとも私の腕時計が狂っているとでも言うの?
「いや、ほら、電車……」

 電車が口を開けたまま停車している。
おそらく駅に入ってきた十六時のあの時から。
まるで蓮子が帰ってくるのを待っていたかのように。

「まぁ遅刻なんてそんなものどうでもいいじゃない」
「良くないわよ、私は蓮子を待っても電車は待たないのよ」
「今電車がそこにある、それだけでいいのよ」

蓮子理論が展開された、これ以上何を言っても無駄だろう。
蓮子が乗る、その時発車ベルが鳴る。
慌てて私も飛び乗る。

「ふぅ……間一髪だったわね」
「蓮子が乗った瞬間にベルが鳴るなんてね……」
「もとから一六時五分発だったんじゃないの?」
「そうかもねー」

 向かい合うように席に座り、窓の柵に肘をつき、外を眺めながら会話する。
蓮子はどこか遠くを見るような目で遠くをみている、当たり前か。
私は蓮子の真似をして、緑の豊かな眺めを見る。


 ――結構乗ってるわねぇ……
乗客ではなく、時間的な意味で、だ。
乗客は私たちを除けば二人しかいない。
その二人はどうやら親子連れのようで、ふたりとも帽子をかぶっている。金髪の親から茶髪の子供が生まれるのかどうかは疑問だったが、この景色を見ながら他人を詮索するのも野暮な事なので考えないことにする。

既に蓮子は眠りにつき、私もその陽気に身をゆだねるかどうか迷っている。
時間はすでに一六時半を回った。
そう、暁が春眠を誘う時間帯だ。私はその暁にすべてを任せた……

……

……――て、お――メリー!
重いまぶたを持ち上げるとそこに蓮子がいて、私の肩を揺さぶっていた。
「メリー、起きて、はやくお弁当食べちゃいましょ」
私はもう一度寝る体勢に入った……

「起きなさいよメリー」
「眠い」
「じゃあ今日は夕飯いらないの?」
「いる」
「じゃあ食べましょ」
「……うん」

私は眠気と空腹を秤にかけたが空腹が優っていたため、素直に暁には身を引いてもらうことにした。

「そういえばさ、電車に乗ってるし電車の雑学でも」
「出た、蓮子の無駄な雑学」
「無駄だから雑学なのよ」
「まぁいいわ、何を聞かせてくれるの?」
「日本には電車の通っていない県があるの。どこだと思う?」

わかるわけがない。流石に四七都道府県を言えないレベルでは無いのだが、特色、ましてや電車がどうこうなど覚えているわけが無い。

「その様子だと分からないみたいね、沖縄県よ」
「……いつも思うけどなんで蓮子はそんなに物知りなの?」
「そりゃあ物知りですから」

どこかでしたことのあるような会話をした。デジャヴ?
この会話をどこかの電車の中でしたような気がした。

「それはそうと蓮子、思わない?」
「何をどう思うのか聞かせてちょうだいよ、わからないわ」
「なんでこの電車が廃線になったのか、よ」

流れる景色を見る限りでは観光客を呼べるレベルだ。
過去の日本、今見ただけでも田園風景や続く森、威勢の良い小学校が見られた。

「さぁね、でも廃線になったってことはなにかあるんでしょ、噂とか」
「投身自殺とか?」
「そうそう」

うーん、どうなんだろう。
景観だけでは京都の文化財にも勝らずとも劣らずだと思うのだけれど。

「メリー、考えるのもいいけれど食べなきゃ私の目に毒なんだけど」
「あぁ、ごめんなさい」


 景色を眺めていた私に言う蓮子の弁当はもうすでに空だ。
ご飯粒一つ残って――付け合せのインゲン以外何も残っていない。インゲン美味しいのに。
私は両手を合わせ、いただきます、と呟くと生真面目にも蓮子ははいどうぞ、と返してくれた。
そう返してくれる相方がいることに心をあたため、まだあたたかいお弁当に手を付ける。

「ときに蓮子、なんでハンバーグ弁当なのかしら」
「この景観とのギャップがいいんじゃない」
「建前はいいわ、本音は?」
「安かったの」

安かったのか……
まぁ私は食べられればいいかな、と思っているので大して気にしないことにする。

「ほら、あたたかい心が残っているうちにハンバーグ食べちゃいなさいな」
「うん……」

目の前で子供のように目を輝かせる相方の目の前で食べるなどと言う事は私には出来そうになかった。

「……食べる?」
「いいの!」
「狙ってるでしょ」
「まぁね」

まぁねってあんた……まぁいいけども。

ひとつのお弁当を二人でつつきながら流れる景色を眺める。
規則的に電信柱が横切る向こうに見える野原の中に点々とある民家の人とたまに目が合う。その大半が老人なのだが、高齢化社会の名残なのだろうか、それとも東京の方へ仕事にでも行っているのだろうか。
しかし、その老人はこちらを見て驚いたような表情を浮かべつつも手を振ってくれるなど、とてものどかだった。

「ふぅ……ごちそうさま」
「蓮子、この年になってまでインゲンを残すつもりなの?」
「合成だしさ、なんか嫌なんだよね、この青臭さがさ」
「じゃあいいわ、私が食べるから」

私はそう言って二つのうちの一つをヒョイと口に運ぶ。
蓮子の顔は上記し、手首を面白く回している。
恥ずかしいのだろうか。

「も、もう一個は私が食べるわ」
「好き嫌いがなくなってなによりですわ」

私は少し嫌味な口調で言ってやる。上気した蓮子は諦めたようにインゲンと対峙し、手づかみで口にインゲンを放り込む、少し顔をしかめながらもすぐに飲み込んだ。
こんな相方をもって私は楽しいんだろうな、と自覚する。
うん、楽しい。

「ところで……」
「なぁに?」
「この電車って、ど、どこに向かっているのかしら……ね?」
「……」
「……」

 なんだか血の気が引く音が聞こえた。
自分のものか蓮子のものかは定かではないが、ズザザザザという音とともに、今まで少し赤らんでいた蓮子は一気に顔面蒼白へと成り下がり、私もいきなり体が冷えた。

「大丈夫」

いきなり第三者からの声がかかった。
さっきから全く気にしていなかったが、変な帽子を被った親子と思われる二人組だ。

「あなたは死なない」

私たちへの安全の保証の言葉なのだろうか。
面識のない人物からの言葉をどう受け取ろうか迷っているとオテンバ蓮子さんがその金髪の人物に質問をかける。

「それはどういう事でしょうか、私たちは死ぬような場所へ連れていかれるのでしょうか」
「……」

 相手は黙りこくってしまう。私はもっと心配になってきた。
金髪の人物は帽子を脱ぎ、羽織っていたコートを脱ぎ去る。
帽子の下から出てきたのは動物の耳、コートの下から出てきたのは九本の尻尾だった。
九本の尻尾……耳……九尾の狐と言ったところだろうか。
声をかけた当の蓮子は口を大きく開け、だらしなく両手をぶら下げている。言葉が作れないようだ。

「私が守るから」

見せつけるように尻尾をこちらへ向け、コートを羽織ってしまう。
スタスタと元の席へと戻り、子供の相手を始めてしまった。

――そうなったら今の私たちにできること……

「蓮子」
「……」
「少し落ち着いて?」
「……何よ」
「私たちの安全はあの九尾の狐によって保証された、今招待された私たちに何ができると思う?」
「……メリーらしくて単純な答えなんだけど、合ってるのかしら」
「えぇ、たぶん合ってるわ」
「じゃあしばらくだけど」

そう言って蓮子は肘掛に肘をつき、顎を手にのせる。

「楽しみましょうか」


 蓮子がそう言った瞬間、私はとてつもない悪寒に襲われた。そして激しいめまい。
私は気持ち悪くて顔を上げていられなかった。顔を伏せる。

「外が……暗い……気持ち悪い……目……」

蓮子が震える声でそう言っているのが聞こえた。

だんだんとめまいが楽になってきて、私は顔をあげる。
目の前の蓮子は見てはいけない物を見てしまったかのような目つきで一心不乱に自分の膝あたりを見続けている。
そして視線を横にやると、外は暗かった。
暗いというより、黒かった。
その黒もすべてを吸い込む、漆黒。
それにまみれてあるのが”目”。”目”でその漆黒が埋め尽くされている。
私はその目から目が離せなくなった。
その目を見ていると何も考えられなくなって……
思考がぼやけて――

「メリー……メリー!」

ふと我に返る。私は何をしていたのだっけ。
そうだ、電車がどこかに迷い込んで……

「メリー、しっかりして! 大丈夫?」
「えぇ……大丈夫。大丈夫よ蓮子、ありがとう」
「ならいいけど……怖いわ、ここ」

私はその言葉に返せる言葉はなく、私は蓮子の手を握る。
蓮子もその意味を察したようで私の手を握り返してくる。
語らずとも相手の意識を確かめ、正常を保つことが大切だ。

ここは正気で構成されるような世界ではない。

――狂気だ。

 正気と狂気、正気があり狂気がある。正気と狂気は表裏一体。正気がなければ狂気は無い。じゃあ、今見ている光景は……正気?

 どれくらい蓮子の手を握っていただろう。
二人の手が多少汗ばんできた頃に、いきなり視界がひらけた。

 何も見えない漆黒の世界から、いきなり月の照らす世界へ戻ってきた。
最初の方は目がなれなく何も見えなかったが、徐々に見えてきたその景色。
先程、”目”まで見ていた光景とは比べものにならないほどのどかな古風景だった。
広がる森、立並ぶ書籍でしか見たことの無い民家、天然の竹林、山。
その光景に、握る手の力も緩んだ。見惚れてしまった。

 蓮子が窓を開ける。その身を乗り出して景色を眺めている。
空気が入ってくる、今までにかいだことのない匂い、これが……
……これが土の匂い、緑の匂いというやつなのだろうか。

 やっと冷静さを取り戻してきた。
私は先程の九尾の狐を探すが、この電車には誰も乗っていなかった。
その二人が座っていたはずの椅子の窓は開いていた。……まさかね。

そのことを蓮子に伝えようと蓮子に声をかけるが蓮子は何も聞こえていないようだ。

 たまにはそういうこともいいかな、と私は澄んだ目でただ驚いている蓮子と素晴らしき自然を交互に眺めることにした。
そして蓮子はハッと何かに気づいた顔をして、今までより少し高く顔を上げ、呟く。

「幻想郷……」
そう呟いた瞬間、視界の端にさっきとは違う金髪の女性が映った。
扇を持ち、日傘をさし、妖艶な笑みを浮かべている女性が映った。
その女性が扇を月の光にかざすように手を持ち上げた。
そこで私の意識は無くなった。



       *      *      *


――現。
――夢。
――現と夢は相反する。かといって夢と現は別物ではない。
――では私たちが見たのはなんだったのだろうか。

――現の夢……


       *      *      *


 私は目を開ける。少し頭痛がする。右手で頭を抑えようと持ち上げようとする。
そこで今の状況に気づく。

 私は、電車に乗る前のベンチに座っている。
蓮子は私のももに頭を乗せて寝ている。
世間一般で言う膝枕というやつだ。
そしてさらにもう一つ。

 ずっと、手をつないでいた。
あの恐ろしいトンネルの中でも、幻想的な古風景の中でも、眠ったままでもずっと。
だから私は今ここにいられるのかもしれない。

そんなことを考える。

やっぱりこの相方で良かった。心からそう思う。


思考が途切れ、いいタイミングで蓮子が目覚める。

「あれ? メリー?」
「えぇ、マエリベリーですよ。おはよう蓮子」

そろそろ忘れられていそうな私の本名を口にする。

「えぇ、おはよう」

蓮子は微笑んでいた。

「ねぇメリー、今日はもう少し活動したいんだけど。主に喫茶店とかで」
「奇遇ね、私もよ。少し話したいことがあるの」
「じゃあ、秘封倶楽部活動夜の部、ね」

私はクスリと笑みをもらす。
蓮子は座り直し、席をたった。

行きますか、行きましょう。

「蓮子、私美味しいあんみつ屋さん知ってるの。ちょっと遠いけど歩いて行かない?」
「それは好都合、じゃあそこまで案内してもらえるかしら」
「ふふっ……」

私はそれに答えるかのように手を握り直した。
私が立とうとしたところでポケットに少し違和感を覚え、ポケットへ手を入れてみる。
メッセージカードだ。
また会いましょう。と紫の文字で書かれている。
蓮子には見せないであんみつ屋で話すときに見せるとしよう。

あんみつ屋で話そうと思った内容を少し整理しようと思う。
珍しく帽子をかぶっていない相方の頭に微笑み、手を引っ張る。

――秘封倶楽部の夜は長い。
蓮子「帽子失くしたー一張羅だったのにー」
メリー「スペアはないの?」
蓮子「いやあるけど」
メリー「一張羅じゃないじゃん」

こうして二人の夜はふける……
/fin

今思ったけど結局下車してないじゃん。
ちょっと煮え切らない思いを抱えつつ。
ジェネリック住民のUCでした。

実は単線鉄道って京都の嵐山線しか乗ったことないです。
ついでに沖縄に電車がないのは本当です、モノレール除いて。ってけーねが
UC
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コメント



0.850簡易評価
7.100名前が無い程度の能力削除
電車に揺られて、夕日を背中に 赤く染まる山を眺めたり
自分の住む町を眺めて、緑の多さに驚いたり
わざと乗り過ごして、海を見にいったり
電車のヘッドライトに照らされる夜の雨を眺めたり……

そんな非日常と隣り合わせの日常なんですね、電車って。
打ち捨てられた線路はきっと、幻想の郷まで続いています
14.100v削除
紫と霊夢と思ったら、お二人様でしたか。
廃線は実際には見たことが無いですが、写真の中の光景はどこか寂しくも雄大に感じます。
人の手に依らないモノは不気味だろうけど、だからこそ素朴で壮大。不気味さの分は十分に元をとって帰ってきた二人は、やっぱ良いコンビですな……。
……ちくせう、丁度フラグメンツが掛かって更にテンションががが。電車良いよ電車。

誤字報告
蓮子の顔は上記し(上気)
15.70即奏削除
なんともミステリアスでおもしろかったです。


個人的に気になった点が一つありました。

>時間はすでに一六時半を回った。
>そう、暁が春眠を誘う時間帯だ。私はその暁にすべてを任せた……

暁、という言葉は夜明け時を指す語なので、この場面で持ち出すのはおかしいのではないかな。
と思いました。
それを踏まえた上で暁という語で表現をなされたのでしたら謝ります。ごめんなさい。
16.80名前が無い程度の能力削除
電車が無い県は鳥取県もですよー
17.90名前が無い程度の能力削除
次は終点、幻想郷、幻想郷でございます。
夢と幻想とロマン溢れる、素敵なサークル活動でした。
18.80名前が無い程度の能力削除
電車と秘封は実によくマッチしますなあ。
自分もちょうどあのPVのシーンが思い浮かびました。
蓮子とメリーのキャラもよい感じでした。
25.100名前が無い程度の能力削除
良い雰囲気の秘封でした