Coolier - 新生・東方創想話

小人は甘いものがお好き

2015/11/03 23:44:52
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「霊夢は絶対にお菓子をくれないと思うんだ」
「私もそう思うわ」

小人と人形遣いは同一の認識を認め合い、また少し絆が深まった。
針妙丸を囲んでいる人形たちも、手にした槍を高く掲げて無言のシュプレヒコールを続けている。これが全て魔女の一人芝居だと気づけば、小人は僅かに幻滅しただろうが、幻想郷一の器用さのおかげか悟らせることは無かった。

魔法の森のアリス・マーガトロイド邸には、奇妙な客が多い。この日も、全長が人間の脛ほどまでもない小人、少名針妙丸が訪ねてきていた。議題は言うまでもない、本日開催の西洋発祥イベント・ハロウィンについてだ。
幻想郷では和洋折衷入り乱れたイベントや、外来人が持ち込んだ外の世界の文化が隆盛するが、ハロウィンもご多分に漏れず流行りつつあった。悪戯好き、というよりは血の気が多い幻想郷の住民たちと、合法的にお菓子をもらえるという年頃の少女ならテンション爆上げ間違いなしの文化の相性が悪い訳がない。
かくして現在、幻想郷では空前のハロウィンラッシュが発生しており、このアリスも森に住む三妖精に飴ちゃんを渡すことで事なきを得たばかりであった。

「しかも巫女だからか知らないけど、西洋文化なんてどうでもいいって思ってるじゃんアレ」
「そうね、アレは自分に関係ないものは完全に無視する娘よ。この二週間、私と貴女が繰り返しハロウィンの話題を振り続けたにも関わらず、にべもなく無関心を貫いたほどだもの」
「くそう、私だってお菓子が欲しいのにぃ!」

アリスはそっと、棚からクッキーの袋を取って小人へと差し出すが、あっさりと突き返された。次いでカレンダーを指さされ、人形遣いはため息をこぼしてから袋を棚へと戻す。カレンダーは神無月の最終日だけが真っ赤に塗られており、なんとも恐ろしい雰囲気を見る者に与えるだろう。
今日こそ、以前から決めていた決起の日。針妙丸は、博麗神社のスイートハウス用調度品を作ってくれているアリスに、幾度と無く相談を持ちかけていた。

「あの巫女は悪魔だよ。私の目の前で羊羹だの、麩菓子だの、どら焼きだの食べる癖に、私にゃひとかけらもよこしゃしない」
「想像に難くないわね」
「私小人じゃん! 小さいじゃん! 別にひとかけらくらいくれても良いじゃん! なのにあの巫女、『なんで私が買ったお菓子をあんたにくれてやらなきゃならないのよ』だってさ!?」
「お酒、飲む?」
「飲むなら自棄酒より勝利の美酒がいいよぉ」

針妙丸はがっくりと肩を落とし、屈辱に苛まれた日々を思い返しているのだろう。堅く握られた拳は震えており、今にも壁を殴りつけそうな雰囲気だ。そんなことしたら、壊れるのは小人の貧弱な拳になることは間違いないが。

「霊夢はしっかり者というか、自立心が強い娘だからね。自分のことは自分でやるのが当然、とでも思っているのでしょう」
「その当たり前のことができない私の存在意義は!?」
「さあ、本人に聞いてみれば?」

融通が利かない巫女の財布の紐を緩めることはできない、というのが昨晩二人が出した結論だった。同時に、一度は弱者の為に立ち上がった事もある小人の精神も、暗黒面に堕ちたのだ。だが、誰が彼女を責められようか?
考えてもみて欲しい。数ヶ月もの間、一つ屋根の下で共に過ごしたというのに、与えられた甘味は干し柿のみなのだ。それ以外の菓子は巫女が眼前で貪り食った。温厚(?)で正義感に厚い(?)小人が邪の道に進むことを止められる少女はおるまい。

「……やっぱり、今日、もうヤるしかない」
「本気なのね?」
「もちろん、冗談でこんな事言わないよ」

その小人の目は暗く淀みきり、彼女が堕ちた精神の奈落が表出しているかの如き有り様。かねてより計画していた巫女への反逆がついに始まるのだ。

「最初からお菓子をもらえる望みがないのなら……徹底的に悪戯してやる……トリックアンドトリックだ……!」

針妙丸のあどけない少女という外面が剥がれ落ち、つり上がった口角は妖怪を通り越して悪魔のそれである。『霊夢から聞かされている普段の貴女は、日常的に悪戯魔なんだけど』と、思っても口には出さない対面の人形遣い。アリスは嘘をつかない、だから口を開かないのだ。

「それで、私に何を手伝えっていうのかしら?」
「霊夢と付き合いが長いアリスには、私に助言とかサポートとか色々と」
「別に構わないけれど、失敗した上で霊夢が私へ牙を剥いたら、貴女を見捨てて真っ先に逃げるからね」
「あーん、正邪ぁ……私には真の味方がいないよぉ……」

おいおいと泣き崩れる弱者と、無表情を崩さない人形遣い。お世辞にもコンビネーションが良いとは言えないが、他の知り合いはみなどこかへ悪戯をしに行ってしまった。二人でヤるしかないのだ。

「それで、具体的にどんな悪戯をしようとか、考えているのかしら?」
「……く、ククッ……ククククク。それはだねぇ!」

腹の底からこみ上げる、激しい感情に伴う笑い声。大切な糖分が欠落してしまったが故の暴走は、まだ始まったばかり。

針妙丸は、いくつかの案をアリスへと示し、悪のマッドサイエンティスト顔負けの高笑いを披露する。人形遣いは真剣にそれを聞き、そして、『ああ、これはきっと失敗するだろうな』と予感して、左脳で自身の脱出案を検討し始めた。

「どう? この私の、数段構えの悪戯計画は……!」
「そうね、もし成功したらきっと愉快だと思うわよ」
「だよねぇー!」

アリスは決して嘘はつかない。そう、決してだ。

「んふふふふ……でも、アリスさぁ」
「なに?」
「どうして、快く手伝ってくれるの? 魔理沙にすらあっさり断られちゃったし、誰も受けてくれないと思っていたのに」

小首を傾げ訪ねてきた小人を見て、アリスは今日初の笑顔を見せた。高価で瀟洒な西洋人形の如き柔和で朗らかな笑顔は、見る人が見れば『清廉な女神のようだ!』と絶賛していたかも知れない。

「だって、楽しそうじゃない? 霊夢への悪戯」

それもすべて、この魔女の本音を知るまでの事だろうが。


~~~~~~~~~~


幻想郷の東の果てに建つ博麗神社は、来客も無く寂れていた。
別にいつもの事じゃないか、と思った諸君。この神社だって宴会だったり冠婚葬祭、盆と正月には人が集まるのだ。ひとえに、ハロウィンというイベントと神社の相性が最悪だっただけだ、とフォローさせていただく。
さておき、博麗霊夢はそんな現状もどこ吹く風。イベントに乗じて人喰いをしようと暴れる妖怪を捻って縊って懲らしめて、ようやく一段落し縁側で伸びていた。

「あー……」

体からも心からも力が抜けきったその姿は、つきたての餅よりも浮ついている。見る者が見れば、そら好機だと戦いを挑んで返り討ちにされることだろう。
隣に置いてあったヤカンを手に取り、注ぎ口を口にくわえて傾ける巫女といったら、すでに少女という生物の枠組みから外れているのではないかと不安が沸き出すほどだ。しかし残念なことに、この世界はコレと同レベルの少女で溢れかえっているのが現状である。
最後に僅かに残っていた井戸水を胃へ流し込むと、怠惰の巫女はヤカンを転がし睡眠へと戻る。このままいけば日が落ちるまで寝こけていたかも知れない。
だが、霊夢はおもむろに体を起こすと、億劫そうに体を持ち上げ床を這い、膝建ちから二律歩行へと移行した。まるで人類進化の歴史の縮図のような動きである。

「こんな過ごしやすい日なんだから、ゆっくりさせてくれないのかなぁ」

巫女がおもむろに縁側の軒下へ手を突っ込むと、同時に甲高い悲鳴が響いた。最近毎日耳にしているせいか、それとも扱いに慣れたのか、構うことなく掴み取る。

「ぎゃああああ! 待って、待って待って、なんでばれたのー!?」
「邪な気がダダ漏れ。気付かない方が難しいっての」
「まだなんにもしてないのにー!」

軒下に潜んでいた針妙丸は己の不覚を呪うことになってしまった。あんな溶けかけのアイスみたいな状態の巫女に位置を悟られるとは全くの計算外だったのは言うまでもない。そもそも『対霊夢いたずら作戦その1』である不意打ち奇襲は、見つからないことが前提だったわけで、さしもの小人も若干涙目になってしまっていた。

「一人でこそこそして、何を企んでいたのよ」
「うぅー……別に、何も?」
「嘘おっしゃい」
「私がいつ嘘を言ったって証拠だよ!?」

霊夢と一切視線を合わせようとせず、さらに日本語まで崩壊したとなれば白状しているも同然であるのだが、邪気にまみれ盲目になったのか、針妙丸はこのまま押し通す腹積もりである。

「ふぅん……まあ、いいけど」

怪訝な顔を作りながらも、巫女はそっと小人を開放した。そして、縁側の上で震えながらブツブツと何かを呟いているその姿を振り返り、箪笥から風魔針を何本か取り出して懐へ忍ばせる。当然、針妙丸には見えないようにだ。
霊夢は縁側から居間へと入り、部屋の端に積まれていた座布団を三枚掴むと、縦に並べてその上に寝転ぶ。数分前よりも快適になった睡眠環境に満足してから、手は懐へ入れたまま、そっと目を閉じた。

「…………」

これらの一挙一動を、血走った目で観察していた針妙丸の胸中は、言うなれば棚からぼた餅カーニバル。七人の一寸法師が脳内で踊り狂うという狂喜の世界と化していた。だって仕方ないじゃない、もうダメだと思ったら、ターゲットが目の前で二度寝ですよアリスさん。これを好機と言わずしてなんと言う!
冷静さこそ失えど、針妙丸とて馬鹿ではない。霊夢が確実に寝入るまで待つことを決意し、その場から動かずに待つことにした。勝算は迂闊な睡眠だけではない、さっき霊夢は確かに言ったのだから。そう、「一人でこそこそ」と。つまり、神社の周囲の林の中から様子を伺っているアリスの存在は、まだバレていないのだ!

(いける……落ち着け少名針妙丸、にっくきあんちくしょうが確実な隙を晒すまで耐え忍べ……ぐふッ、ぐふふふふふ)

危険思想一歩手前のまま待機すること約十分。霊夢の寝息が聞こえ始め、ついに小人が動き出す。ゆっくりと慎重に体を起こし、獲物を見つめるその顔は狩りをしている豹の如し。
決して近づくことなかれ、音を立てるな、一振りで決めろ。両手で高く振り上げられた小槌が、高速で振り下ろされる――

「私より小さくなぁれー!」

――はずだったが、そうは問屋が卸さなかった。衝撃と共に小槌ははね飛ばされ、畳を転がり柱にぶつかる。何事かと周囲を見渡して見えたのは、上半身を起こしている霊夢と、畳に落ちた一本の針。

「ぬぬぅ、まだまだぁ……先生、お願いします!」

小槌による第二作戦が失敗した今、もう残る手段は一つだけ。針妙丸の合図と共に、突然霊夢の体が空中に浮き上がり、まるで十字架に磔にされたかのようなポーズのまま体の自由が消失した。

「あー?」
「さあ食らえ、合体必殺っ! 小人くすぐり地獄をぉー!」

両手を合わせたポーズのまま、まるで蝦蟇のジャンプのようなガニ股で飛び出した生きた猫じゃらしは、しかし一瞬で霊夢の右手に捕まって無様を晒すことになった。
針妙丸には見えなかったことだろう。手の中に隠し持っていた封魔針が、見えない何かを断ち切った瞬間を。

「……はい?」

霊夢はまだ磔られたまま、針妙丸と針を一緒に右手に握っている。現行犯逮捕されてみるみる顔が青ざめていく様子を観察しながら、巫女は無慈悲な一言を吐き出した。

「とりあえず、あれよね。当然、やられる覚悟があって仕掛けてきたのよね?」
「えっとぉ」
「そうよね?」
「…………」
「そうよね?」
「あいだだだだだ痛い痛い強い握力が強い強いぃ!」
「そうよね?」
「あだだだだ針が、針がゴロゴロ気持ち悪いあああ、もうやられ、やられてるううう!」

丁度針妙丸の背中に押し当てられている針が手の中で転がされているのだが、なるほど不快な痛みがあるらしい。それを理解して、苦悶と絶望に満ちた眼差しを受けてもなお、無表情で針転がしを続けるところは流石の博麗の巫女である。

「で、アリス。近くにいるんでしょう?」

呼びかければ、あまりにも素直にアリスが屋外から現れた。ブーツを丁寧に脱いで揃えてから、縁側から居間へと上がり込んでくる。右手はせわしなく動き続けており、すべての所作を左手のみで行っているあたり、人形か糸かを操っているのは明白だった。

「呼ばれたからお邪魔するわ」
「はいはいいらっしゃい。とりあえず、私を縛ってるこの不可視の魔法の糸、さっさと解いてくれない?」

少々ドスが効いた声色を、笑顔で発する巫女を前にして、アリスは無表情を崩さない。屋外から人形が数体ほど飛び込んでくると、アリスの周囲に滞空。その中の一体が転がっている小槌を拾い上げ、己の主へと手渡した。

「私は別に、貴女を解放してもいいし、解放しなくてもいいのよ霊夢」
「……はぁ?」
「私は元々、そこの小人に協力するっていう形でここに来たわ。現に今、貴女は私の糸に縛られて動けない。右手の針を使おうとすれば針妙丸が解放されて、私の持っている小槌に飛びつくでしょうね」
「何が言いたいのよ」
「つまり、貴女はチェックメイト……詰んだって事よ。ねえ、そうでしょう?」

やんわりとした微笑みを同意の言葉を向けられて、針妙丸の涙腺があっけなく崩壊した。アリスに対して少なくない不安を抱いていたが、杞憂じゃないか。復讐のお膳立てをここまで完璧にこなして、難攻不落だと思われていた巫女退治をここまで押し進めてくれるなんて!

「アリスぅぅ……」

今度、アリスが欲しい物を聞いて小槌でプレゼントしようと、針妙丸が堅く決意した頃合いで、霊夢が不機嫌を隠しもしない凶悪面で口を開いた。

「で、どうするのアリス。こっちは針妙丸を人質に取っているのよ?」
「……なるほど、確かにそうね」
「あまり好きじゃないタイプのセリフだけど、言わせてもらうわ。『こいつの命が惜しければ、私を解放しろ』」
「お生憎様。その子は私への脅しには使えないわ」

小人の胸中に、「あれ、地味に酷いこと言われているんじゃないか?」という考えが浮かびあがり、同時に疑問もあふれ出す。アリスは霊夢を拘束したが、自分も霊夢に捕まっている。アリスはこの後どうするつもりなのだろうか。

「ふうん、それならこの後、どうするつもり?」
「決まっているじゃない。貴女、今日が何の日か知らないの?」
「イヤでも覚えたわ、ハロウィンでしょ。菓子が欲しいからっていう名目で、魑魅魍魎が乱痴気騒ぎを起こすはた迷惑なイベントよね」
「まあ、半分以上間違っているけど、その認識で構わないわ」

アリスはそれまで使っていなかった左手を小刻みに動かし始め、同期した人形たちが一斉に両手を掲げ、指先をわきわきさせ始める。変質者でも乗り移ったかのような冒涜的なモーションを繰り返す見目麗しい人形たちが、十数体ほど霊夢への接近を開始した。

「だって、これから霊夢にも、私の悪戯……受けてもらうもの」
「……ま、まさか、あんた」
「針妙丸の意志を継いで……そうね、安直だけど、『人形くすぐり地獄』とでも名付けましょうか」

氷よりも冷たい視線と、意地悪い三日月型の口で構成された人形遣いの表情は、さながらハロウィンの象徴である人面カボチャ。猟期的な笑顔は依頼者である針妙丸の背筋すら寒気を走らせた。

「ま、待って、待ちなさい……」
「待てですって? ならそうね、ハロウィンらしく霊夢には選ばせてあげましょうか」

そうこう話している間にも、人形たちは霊夢の腋・腰・足の裏などにどんどん張り付いていき、そのたびに霊夢の体がビクリと跳ね、ついでに右手も握りこまれて針妙丸が「うえっ」と呻いた。

「トリック・オア・トリート。お菓子をくれなきゃ地獄行きよ?」
「……あ、あのね、実は昨日、お菓子全部食べ切っちゃって……」
「え、えぇ!? 確か霊夢、芋羊羹とお煎餅を備蓄してたじゃない!」
「だから、それ昨日食べちゃってもう無いんだってば! ていうか針妙丸、なんであんた私のお菓子のストック情報知ってるのよ!」
「つ・ま・り」

わざとらしく区切られた言葉で、捕らえられた二名の口は自然と止まった。なんといっても捕食者の言葉なのだ、被捕食者に遮ることは許されない。

「お菓子は出せないのね?」
「ま、まってアリス。今解放すればあんたへの仕置きは一切しないから、約束するから、だから私側に付きなさい」
「うわ、引き抜きとかずっこいよ霊夢! アリス、このまま霊夢を泣かせちゃって。今後こんなチャンスは二度と来ないかもしれないよ!」
「ええい黙れチビ餓鬼! アリス、こんな知り合って間もない奴なんかより、私という級友との友情を取るべきよ。そうでしょう?」
「騙されないでアリス! この暴力巫女の針と弾幕にボコボコにされたあの日を思い出して、今こそ内に秘めた因縁を断ち切るの!」
「あの日ってどの日よ! 口の減らない餓鬼ねあんたは!」
「そっちこそ、自分だけでお菓子を全部食べちゃうようなドケチだから、今回もお菓子を渡せないんじゃないの!」
「それ今関係ないじゃない!私の買った菓子を私が食べて何が悪いのよ!」
「あああああもう、私が何度も一口ちょうだいって言ってるのに、分け合う心を持たないからいけないんじゃないの! 私に一口でも分けてあげようっていう心があれば自然と私の分を取っておいたでしょうに!」
「生意気言ってんじゃないわよチビー!」
「五月蠅いヤクザ!」

ひきつった顔のまま、互いを罵りあう二人の様は、一言で言い表すなら醜さの境地であった。
そしてアリスは二人のやりとりを見ながら満面の笑みを浮かべ、心中で「嗚呼、最高」とつぶやきながら、体中を駆けめぐる言いようのない愉悦を、しばし楽しんだ。

「……残念だけど」

アリスは両者の言い争いを止める形で割り込み、静かに、そして決断的に宣言した。全ては己の愉悦のために。

「霊夢側へ付くことはできないわ」
「そ、そんな……」

目は見開かれ、薄く開かれた口の端はけいれんしてピクピクと動いている博麗の巫女を網膜に焼き付け、「いよっし! いえっし!」とガッツポーズを繰り返す小人を無視したまま、アリスは左手を掲げる。

「さて、二人とも。たっぷりと地獄の悪戯を……楽しんでね?」
「え? 二人ともって……」

その疑問にアリスが言葉で答えることはなく、訪ねた針妙丸も一秒後に体で思い知ることになった。魔女の手が握り込まれ、一斉に動き出す人形たち。全身から同時に送り込まれた信号は霊夢の体を思い切り跳ねさせ、そして。

「あ、きゃう! ぐ、うふふは、あっははははははははははは!?」
「ぐ、ぐえええええええええ!?」

霊夢の右手も、今までの非ではないほどの握力で握りしめられた。小人の小さな肺からはなけなしの酸素が全て吐き出され、潰れた蛙を彷彿とさせる呻き声が漏れ響く。

「うわあああ、いやあああ! うぐぐっふふふひひひひ、ああっはあああああっ!」

唯一自由な右手を振り回しながら、霊夢は大粒の涙をこぼして苦しむ。

「うええ、お、おおおおおう、うええあああああああ!?」

拘束されたまま、バーテンダーも目を背けるような高速シェイクに苛まれ、針妙丸は大粒の涙を流して悶える。

「…………」

それらを笑顔で観察し、アリスはご満悦のまま、友の涙を肴に脳内祝杯を上げていた。

「ひゃはははは、うはは、あり、アリスあんた、おおおおぼえ、おぼおおっひひひひははは!」
「ああああありす、あ、アリスもうやめ、し、しぬ、しんじゃうおおおおおお!」

耳に残る大絶叫は数分ほど続き、小人の復讐劇はあまりにもあっけなく終了した。南無三。


~~~~~~~~~~


日も落ちて、ハロウィンの夜。鈴虫が元気に鳴き、日本らしい風流を神社にも運んできていた。
縁側では三人の少女が、カボチャの煮物を肴に月見酒を楽しんでおり、幻想郷らしい和の空間が形成されている。
もっとも、頭に大きなたんこぶを作り、さらにそのたんこぶに小槌がめり込んだまま酒の席にいる人形遣いは、情緒の欠片もない化け物と言われても仕方がない状態だ。まあ実際化け物なのだが。

「……うっ」
「ちょ、また? 無理して酒飲むのはやめた方が良かったんじゃないの?」
「ち、違うよ。ちょっと酔ってきたけど、もう吐かないよ!」
「あら、気分が悪くなったら出しちゃった方が楽よ?」
「「誰のせいだ誰の!」」

アリス式の悪戯が終わった後、霊夢は数十分ほど涙目のまま畳に倒れ痙攣を続け、針妙丸は縁側から地面へと顔を出し胃液を何度も逆流させた。それすら笑って観察を続ければ、鉄拳制裁もやむなしであろう。結局三者とも涙を流す一日となった。

「ううう、結局私の悪戯は成功しなかったなぁ」
「成功されても困るっての」
「ほら、霊夢がちゃんと相手を思いやる気持ちを持っていれば、針妙丸もこんな凶行にでなくてすんだのよ?」
「それ以上発言するつもりなら、その減らず口を縫い合わせるぞ」
「もう、つまらないわね」

アリスは不満を隠しもしないでたんこぶをさすり、針妙丸は自棄酒を煽ってどんどん朱色に染まっていった。四半刻もしないうちに、へべれけになった小人が霊夢の膝の上に移動し、不平不満を漏らす機械と化したのは自然の流れだ。

「れいむのばーか」
「はいはい」
「ドケチ、びんぼードケチ」
「はいドケチですよ」
「おにー、あくまー、ぺちゃぱいー」
「はいはい鬼……あぁん?」
「うんこたれー、私は、私はぁ……」

巫女の逆鱗をプッシュしておきながら、絶妙な言葉繋ぎで針妙丸は続ける。酔わないと言えない本当の本音を。

「私だってぇ、霊夢と一緒に美味しいの食べたいぃ……一緒のがいいのにぃ」
「……」
「だって?」

アリスからの横槍も入り、素っ頓狂な顔のまま、霊夢の酔いは吹き飛んだ。そのまましばらく膝の上でうだうだしている針妙丸を優しく撫で、寝息をたて始めるまで好きにさせていた。
明日は雪でも降るだろうか、それとも槍でも降るだろうか。霊夢は眠った同居人を、専用の籠へと優しく運ぶ。アリス手作りのベッドの上へ寝かせ、籠の戸を閉めるとき、その言葉は確かに霊夢の耳に届いた。

「ハロウィン……失敗したぁ……ぐぅ」
「成功してるわよ」

音を立てないように戸を閉めて、いつの間にか浮かんでいた笑顔を努めて消す。だが、振り返るとアリスの姿はなく、縁側には小槌が置かれているだけだった。

「片付けくらいしていけっての」

繕う必要がなくなって、霊夢は薄い笑顔へと戻る。幻想郷の東の果てのハロウィンの結末を、目撃したのはお月様だけだった。




翌日、針妙丸は昼頃に目覚めて、目を擦りながら籠を出る。
待っていたのは二人分に切り分けられた羊羹と、熱い玉露と、何を聞かれても頬を染めてそっぽを向く同居人だった。


10月31日の96時ですね、なんとか間に合いました。
これくらいの関係がいいんじゃないでしょうか。
ほむら
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コメント



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1.80ばかのひ削除
ぎりぎりセーフでしたね
とても良かったです
3.90削除
ほむらさんおひさしぶりです。
あなたの書く霊夢とアリスの掛け合い好きですわ。
針妙丸が可愛いお話でした

誤字報告をば、
封魔針が風魔針、旧友が級友になってますです
4.90奇声を発する程度の能力削除
良い関係でした
8.100名前が無い程度の能力削除
三妖精は第二部の最終話で森から神社近くへ引っ越ししてますよ
12.100名前が無い程度の能力削除
おもしろかったです。
13.100名前が無い程度の能力削除
霊夢と針妙丸の関係が良いですねぇ
そしてアリス…恐ろしい子!
18.無評価Yuya削除
GJ