Coolier - 新生・東方創想話

無機幻想 ―東方幻想入り―

2012/08/31 00:04:04
最終更新
サイズ
21.04KB
ページ数
1
閲覧数
1825
評価数
15/29
POINT
680
Rate
4.70

分類タグ

 ――高校生の朝は忙しい。

 そんな愚痴を零すと、朝が忙しいのは高校生に限った話じゃ無いと反論が来そうだ。
 それを否定するつもりは毛頭無い。朝が忙しくない日本人なんて本当に一握りの例外、絶滅危惧種よりも希少な存在だろう。是非お目にかかってみたい。

 しかし今この瞬間、この俺、刳璃神 翔がとても忙しいことは否定の仕様が無い事実だ。
 刳璃神 翔だなんてご大層な名前を名乗ってはいるが、名前とは釣り合わず俺自身は日本中のどこにでもいる平均的平凡的標準的なごく普通の高校二年生でしかない。

 やれ闇の呪術師一族の最後の末裔だったり、やれ政府が秘密裏に進めている異能力者開発プロジェクトの生体サンプルだったり、やれ亡命してきたロスチャイルドの遠縁だったり、そんな人も羨むんだか羨まないんだか困惑するんだかな立派な生い立ちなんて当然のように無縁だし。いや、むしろ無縁な方が有り難いが。

 強いて他の高校生と違うプロフィールを挙げるとするならば、俺が遅刻の常習犯であり、今日遅刻すると内申点の面で窮地に立たされるということ。
 そして今の時刻は、いつもの通学路をワールドレコード並みの全力疾走で駆け抜ければなんとか余裕を持って始業を迎えられるといったところ。平均よりやや劣る程度の身体能力しか持ち合わせていない俺にとっては、いわば絶体絶命のピンチだ。

 だから朝は忙しい。今朝は特に。
 とりあえずの所、座して死を待つだなんて境地に至るつもりは無い。至りたくも無い。どうせなら駄目で元々といきたい。同じ遅刻にしても誠意を見せるか否かで印象も変わるというものだ、なんて打算も心中にはある。

 つまり走れ、がむしゃらに走れ、馬車馬のように。
 今は走るしか生き残る道は無い。

 俺は走った。運動は好きじゃ無い。汗をかくのも苦手だ。
 肩に掛けた鞄を抱え、人波を擦り抜け、コンビニの駐車場を横切り、ブロック塀のブラインドコーナーを抜けたところで、国道の交差点が見えてきた。幸運なことに信号は丁度青になったところだ。そのまま突っ込む。
 交差点に躍り出たところでタイヤの軋む耳障りな音が鳴り響いた。

 その巨大な影がトラックだと気付くまで、やたら長い時間がかかったような気がした。だが実際には悲鳴をあげる暇すら無かったのだろう。それでも俺は、その一瞬の間に死を確信していた。












 目を覚ますと、そこは見慣れない場所だった。
 青空と雲海が見渡す限りどこまでも続いていて、ひどく現実味が無い。

 そして俺の目の前には、途轍もなく胡散臭い男が立っていて、呆けた顔を俺に向けていた。
 どこかで会ったことがあっただろうかと記憶を手繰り寄せても心当たりが無い。男の顎髭がアイアンマンの中の人みたいで、その胡散臭さが酷く印象的だ。

「どういうことだよ、おぅぃ!!」

 男はけたたましい声で叫んだ。どういうことなのか俺が聞きたいくらいだ。
 しばらく意味不明なことを叫びながら俺を値踏みするように睨んでいた男だったが、やがて黒ずくめのスーツの懐から携帯を取り出すと、電話の相手に怒鳴り散らす。

「何だよこれ予定と違うじゃねぇか! あぁっ、手違いぃ!? バカおまえ間違えましたで済むわけねぇだろうがぁぁぁ……」

 散々怒鳴り散らしていた男は叩きつけるように携帯を切ると、一瞬の間を置き、俺に向き直る。その顔にはこれ以上無いほど嘘臭い愛想笑いが張り付いていて、男の胡散臭さを120%ほど増していた。

「いやぁ、ゴメンゴメン、驚かせちゃったかなぁ」
「あ、あんた誰、いやそれより何処だよここ?」
「うんうん、そのへんも全部説明するからね」

 ニヤニヤと笑う男、逆に不気味だ。

「ここはまぁ、君たちでいうところの、あの世ってやつかな」
「あの世?」
「そそ。そんでまぁ、僕は君たちでいうところの神様なわけ」
「……はぁ!?」

 あの世で神様。その言葉で俺の記憶がフラッシュバックを起こす。
 いつもの交差点で起こった、不運な事故……。

「じゃ、じゃあ俺は死んじまったってことなのか?」
「うーん、そうだね本当に言い辛いけれど、死んじゃったってことになるかな」

 目眩がしそうだった。まさか交通事故で死んでしまうなんて、信じたくなかった。

「それでね、実はもう一つ言い辛いことがあるんだけど、本当は君、死ぬ予定じゃなかったのよね」
「え、予定じゃなかったって……」
「うん、実は手違いがあってねぇ、間違えて君が死んじゃったみたいなんだ」

 神様を自称する男の言葉に、俺は酷く困惑する。
 手違いで、間違えて、死んだ、俺が。
 つまり俺は死ぬ筈じゃ無かったってことなのか?

「手違いって、巫山戯るな! じゃ、じゃあ俺は死ななくてもいいのに死んだってことじゃねぇか!!」
「まぁまぁ、落ち着いて話し合おうよ」
「間違いだってんなら取り消せよ! 生き返らせろよ!! 神様なら出来るんだろ」
「いやそれがね……できないんだ実は。そういう規則でね」

 にやにや笑いの神様の態度に、体が怒りで熱くなってくる。

「規則って、どうにかしろよそんなの!」
「君が怒るのはもっともだけど、とりあえずちょっと冷静になろうよ。ね、トラックくん」
「トラックくんじゃねぇよ! 俺にはなぁ、ふそうキャンターっていう立派な名前があるんだよ!!」
「うんうん、わかったよキャンターくん」

 神様に宥められて、上昇した水温が徐々に低下していく。

「本当ならね、君が撥ねたあの何とかいう高校生が死んで、ここに来るはずだったんだけどね、どうしたわけか手違いがあってね」
「……ああ、それはさっき聞いた」
「うんうん、それでまぁさっきも言ったように規則で生き返らすことはできないんだけど、実はちょっとした裏技を使えば、キャンターくんにも悪いようにはならないかもしれなくてね」
「何だよ、裏技って」

 神様の説明する裏技、それはこうだった。
 陸奥のほうに幻想郷と呼ばれる隠れ里がある。そこは世間からは隔離されていて、世の中から『忘れられた物』が集まってくるという、不思議な場所らしい。

「生き死にに拘わらず、忘れられた物であればその幻想郷で存在できる。つまりだね、キャンターくんを忘れられた物だということにしてしまって、そこで生きてもらおうかって、そういう相談なんだけど」
「忘れられた物って、それじゃあ俺のこれまでの生活はどうなる!?」
「うん、それは申し訳ないけど諦めてもらうしかないかな。本当に気の毒だけどね」
「そ、そんな軽々しく言うなよ……」

 なんだか泣きたくなってきた。フロントガラスのウォッシャー液が少し漏れたかもしれない。

「いや、これでも謝意はあるんだよ。詫びたいという気持ちで胸が張り裂けそうなの。だから、君には本当に特別なんだけど、幻想郷に行くついでに、なにか特殊な能力をあげたいと思うんだ」
「特殊な能力?」
「そうそう。例えば闇を操ったり、時間を操ったり、春を告げたりする、そういう凄い能力」

 最後だけ凄く無さそうな気もするが……。

「ある程度キャンターくんの希望にも添えるけど、どんな能力が欲しいかな」
「あの……あんた神様なんだよな」
「うん、そうだね」
「神様なら、何でもできるんだよな?」
「何でもってのは言い過ぎだけど、まぁある程度はね」
「俺を……ハイブリッドにして欲しいんだ」

 誰にも言えない心中を明かしてしまった。
 そう、俺はハイブリッドに強い憧れを抱いていた。
 みんなの前では強がって憎まれ口を叩いてしまうが、生まれながらにして低燃費が約束されているあいつらに、羨望と嫉妬を抱いていた。
 もし俺がハイブリッドに生まれ変わることができるのなら……

「もしハイブリッドにしてくれるなら、手違いで死なされたことも水に流してもいい」
「ああ、まぁそのくらいならお安い御用だけど、それだけじゃ逆にこっちが申し訳ないな。じゃあハイブリッドとは別に、なにかキャンターくんに相応しい能力を選んでおくよ」
「ああ、わかった」

 俺がハイブリッドになれる! それだけで幸せすぎてどうにかなりそうだった。
 浮かれてるうちに視界が暗転し、徐々に意識が薄れていった。














 ――ここは、いったい。

 身体の側面に風を受けて、目が覚める。生憎と風を切るような体格はしていないから、冷たい風が少し痛む。
 ゆっくりと眼を光らせて周囲を見ると、すっかり見なくなった原生林が広がっていた。その怖ろしく、けれど荘厳な光景に、思わず息を呑む。

 ――どうして俺は、こんなところに?

 疑問符ばかりが頭に浮かび、けれど答えが見つからない。こうしてここに来る前、俺は何をしていたのか? 思い出そうと頭を捻り、考え、そして――その光景が、フラッシュバックした。

 ――交差点。
 ――飛び出す影。
 ――衝突音、それから衝撃。
 ――身体が軋み、パーツがバラバラになる感覚。
 ――痛い。苦しい。どうして。俺は。なんで。こんなことに。



 ――本当に言い辛いけれど、死んじゃったってことになるかな。
   ――もう一つ言い辛いことがあるんだけど、本当は君、死ぬ予定じゃなかったのよね。
    ――陸奥のほうに幻想郷と呼ばれる隠れ里がある。生き死にに拘わらず、忘れられた物であればその幻想郷で存在できる。
     ――これでも謝意はあるんだよ。だから、君には本当に特別なんだけど、幻想郷に行くついでに、なにか特殊な能力をあげたいと思うんだ。




 頭痛を堪えながら、俺は、思いだした。あの巫山戯た“カミサマ”に、良いようにされた時の記憶だ。

 ――まったく、なんて面倒な。

 そう思わずには居られなかった。将来も決まっていたし、相棒と呼べる友だっていた。なのに新しい土地で一から始めるだなんて、冗談じゃない。
 もうこのまま、この森で、腐れ果ててしまおうか。風化していく自身の姿を想像して、苦笑する。それでも構わない気がしてきた。けれど、そうして無気力に果てようとする俺に、声がかけられる。

「ねぇ、あなたは食べても良い……あんまり美味しそうじゃないのかー?」

 知らんよ。
 そんな気持ちを込めて睨み付けてやると、俺に声をかけた少女は黙り込んだ。そこで改めて、少女の姿を見てみる。
 くすんだ金髪、黒いワンピース、幼さの色濃く残る顔、アクセントに赤いリボン。思った以上に幼い少女が、俺に睨まれて涙目になっている。
 客観的に見て、まずいだろ。通報されるなんてごめんだ。

「――」

 何を言って良いかわからず、仕方なく、安心させる為に笑いかけてやる。すると少女は俺の笑顔に安心したのか、泣くのを止めた。けれど泣きそうだったのが恥ずかしかったのか、頬を赤らめて視線を落としている。

「え、ええっと、その、名前は?」

 言われて、名前を思い出せないことに気が付いた。仕方なく苦笑してみせると、少女は少し落ち込んでしまう。

「……そーなのかー。わたしはルーミア。思いだしたら、教えて?」

 それに、一回だけ頷くと、ルーミアは嬉しそうに笑った。

「わたし、あなたと一緒に行く!」

 面倒だ、と断ろうとしたが、直ぐに思い直す。独りで旅をするよりも、二人で旅をした方が効率が良い。なにせ、俺はこの地のことをなにも知らないのだから。
 頼むと言う代わりに、背中を開けてやる。するとルーミアは、少し驚いてから、直ぐに嬉しそうに笑って俺に飛び乗った。






 魔法の森と呼ばれる場所を、ルーミアと歩く。ルーミアによれば、この先に人の良い魔女が居るのだという。正直お人好しの魔女だなんて想像も出来ないが、“あの神”を見たあとなら別だ。もう、なんでもアリという気がしてくる。

「あそこだよ!」

 ルーミアが指したのは、青い屋根の家だった。こうして見る限りでは、普通の家にしか思えない。俺がそうぼんやり考えていると、ルーミアは俺から降りてドアをノックしていた。動きが速い。やる気のない俺には、真似出来そうにない。

「アリスー? いないのかー?」

 居ないなら、長居してもしょうがない。そうルーミアを呼び戻そうとしたとき――突然、家の扉が開かれた。

「逃げなさい!」

 中から飛び出てきたのは、女だった。金色の髪にサファイアのような瞳。人形のような美しい顔立ちの女が、その目を瞠るような美貌を焦燥に歪めている。

「っ、あなた、は? って、今はそんな暇ないわ! 早く、逃げ――」
 ――ドォンッ!
「きゃあっ!?」

 突然の爆発音。
 女の背後からせり上がった“黒い影”が、小奇麗な家を蹂躙する。だが、それだけならまだ良かった。そのスライムのような影は鳴動すると、ルーミアに襲いかかったのだ。

 ――迫る影。
 ――無力な自分。
 ――驚いて動けないルーミア。

 ――幻想郷に行くついでに、なにか特殊な能力をあげたいと思うんだ。

 身体の中で、“思いだした力”が爆発する。もう、形振り構っては居られなかった。俺は真紅に染まり燃え上がる身体を動かすと、黒い影にぶち当たり、灼き、粉々にする。
 たったそれだけで、黒い影は悲鳴を上げるまでもなく消滅した。

「あなた、いったい……?」

 応えられず、沈黙することしかできなかった。けれどルーミアの無事を見ると、そんな些細なことは気にならなくなる。
 俺は俺だ。そう、意味を込めて女を見る。ただ、真剣に。すると女は俺を疑おうとした自分を恥じたのか、頬を染めて目を逸らした。

「巻き込む気はなかったのだけど、そうはいってられないみたい」

 女は立ち上がると、それからゆっくりと頭を下げる。

「私じゃ、“アレ”に対抗出来なかった。だからどうか、あなたの力を貸して欲しい」

 そうして、女は顔を上げる。そこに、後悔を浮かべながら。

「森の最奥、棺に納められた“無垢にして超然の魔導書―グリモワール・オブ・ゼロ―”に囚われた私の友達……魔理沙を、助けて」

 その懇願に、俺は迷う。力を手に入れたばかりの俺に、何が出来るのかと。そう思ってルーミアを見ると、彼女はただ微笑むばかりだった。その笑みに、俺は、少しだけ勇気を貰う。
 無気力だった俺に、気力を与えてくれる。そんな気がして俺は――ただ一度だけ、頷いた。


 ――この約束が、なにをもたらすのかわからない。けれど後悔だけはしたくないと、寄り添う少女達を見てそんな風に思った。


“無垢にして超然の魔導書―グリモワール・オブ・ゼロ―”
 その成立は人類史以前、人あらざるものの文明にまで遡る。
 一説によれば外宇宙の神々に対抗するための最終手段であるとも言われ、現在は散り散りの断片しか存在しない……らしかった。

 しかし幻想郷という閉じたセカイは外から忘れ去られたものの吹き溜まり。そういったものの蘇生と保存が意義の一つであるが故に、その存在が再生してしまった、のだという。

「つっても単純な話よ。パチュリーの図書館に“無垢にして超然の魔導書―グリモワール・オブ・ゼロ―”。の断片が“収集”されてたってだけ。
 それだけなら無害だったのがあのバカ、盗んで集めて一つに纏めちゃって……!」

 俺の背中の上でアリスがイライラと髪を掻き混ぜた。
 本当なら背中に人を載せたくはないが、彼女では俺の速度に追いつけないし、別の運び方は窮屈で嫌だと喚くのでしようがない。
 ルーミアも俺の体にぶら下がっているが、危ないので止めて欲しい。




 ――辺りの景色は禍々しく歪み、吐き気を催すような臭いの黒い霧が立ち込めている。
 どうやら、近いらしい。


 と、瞬間、眼前で地面が爆ぜた。
 一発、二発、三発。連続する爆発に体がビリビリと震えた。



「いよう、妙なのと一緒じゃあないかアリスゥ?」



 それを視界に捉えた瞬間、前進が止まった。
 体勢が揺らぎ二人が放り出されそうになる。

 それは少女だ。金髪の少女だ。白黒のエプロンドレスととんがり帽子の女の子だ。
 だけれども、アレはなんだ、どういうことだ。あの禍々しい黒い闇はなんだ。


 ――なんで――

――なんでオレは――


――なんでオレはアレを――




――なんで、オレはアレを知っている?――




「ハハァ? “あいつ”め、そういうことか! じゃあ今のうちに始末しとかねぇとなア!」


 凶暴な笑みと同時に跳ね上がる少女の――多分、あれが魔理沙――右腕。
 マシンガンのような勢いで放たれる紅い光弾。
 俺は防御の体勢を取ることも出来ず、かろうじて体を振ってアリスとルーミアを振り落とした。


 直撃、閃光。馬鹿でかいビルでも一撃で粉砕しそうな衝撃。
 それら全てを平然と受け止めながら俺は全てを理解していた。

 何が神様だ、あいつめ。その通りだったんじゃないか。



「ハ・ハ・ハ! やっぱりこんなところじゃあ駄目だな! 決着はもっと広い所が良い!」




 魔理沙が……“無垢にして超然の魔導書―グリモワール・オブ・ゼロ―”が飛び上がった。
 グングンと上昇し、見えなくなる。

 俺は、背後で呆然とするアリスとルーミアを放っておいて、魔理沙を追うことにした。
 心臓をフル回転させ、震える体に力を溜め込む。力の残滓が黒い煙になって体から排出された。


「ねえ、あなた……」


 ルーミアが、声をかけてくる。


「きっと、帰ってきてね」


 心の中でだけ、「必ず」と返事をして、俺は“無垢にして超然の魔導書―グリモワール・オブ・ゼロ―”を追って飛び上がった。










 上昇する。上昇する。上昇する。
 ギアを全開にして加速すると、直ぐ様“無垢にして超然の魔導書―グリモワール・オブ・ゼロ―”に追いついた。

 幻想郷を取り巻いていた結界を突破して、なお上昇する。

「まったく“かみさま”も無様だなァ! “私”に倒されたくないからって先手を打って刺客を送り込むんだからよ!
 それも選び間違えてお前みたいな奴を! 不自由させねぇなんて偽って!」

 成層圏を突破して、なお上昇する。

「ちょっと楽しい思いをしたから、もういいよなあガラクタ! すっきりさっぱり消えちまえやァ!」

 大気圏を完全に突破した辺りで仕掛けてきた。迫る紅い光弾。


 舐めるな、この力は“かみさま”のものかもしれない。
 けれど、負けるわけには行かないのは、俺の、俺自身の、あいつらのための意志だ!

 無気力だった体に力が満ちる。
 紅蓮に燃える俺の“突撃―チャージ―”が、魔理沙の手の中にあった“無垢にして超然の魔導書―グリモワール・オブ・ゼロ―”を正確に轢き潰した。






 飛び散る魔導書のページ、その一枚一枚が紫色に燃え尽きて行き、俺は勝利を確信した。
 同時に、魔理沙の身体が糸の切れた人形の様に倒れ落ちて行く。
 きっと魔理沙の中にはもうヤツの意思は存在していないのだろう、それなら俺は、約束を果たさなければならない。

 気を失っている魔理沙を背中に放り込んで、俺が飛び立ってきた地球を、幻想郷を、真っ直ぐに見据えて、ギアを入れる。
 ヤツの存在が有ったとはいえここは宇宙空間だ、例え“かみさま”の力を受けた俺の中であっても、大気圏への突入なんて生身の人間が耐えられる様な事じゃないのは分かりきってる。

 それでも俺は、この奇跡を成し遂げなければならない。
 アリスと交わした約束が、ルーミアの微笑みが俺に力をくれた、奇跡を起こせるという確信さえも感じさせられた。
 その笑顔の為にも、俺は魔理沙を『生きて』幻想郷へと配送する。


 大気圏を通り抜け、成層圏を駆け抜けて、真っ逆さまに地面目掛けて落ちて行く。
 遥か彼方に幻想郷を捉えて、ようやく安心した。
 

バキッ


 体の一部が、嫌な音を立てて遠く離れて行く。
 それを皮切りに、俺の身体は非情な速度でボロクズの様に欠けて行った。
 流石に“かみさま”の力を酷使し過ぎたか、俺の身体の方がいかれてきている。もう、迷っている暇は無い。

 俺は、自分の中のリミッターを外し、ガタついた足を蹴り落とす。
 “かみさま”の力が俺の身体を駆け巡り、限界を超えて回り出す心臓が悲鳴を上げる。数倍にも増した衝撃が、俺の身体を容赦無く削り取って行く。

 ここから先は勝負だ。
 俺が勝って魔理沙を幻想郷へと送り届けられるか、揃って流れ星になるか、オッズは比べるまでも無い。
 だから俺は、俺の全てを賭けてこの勝負に挑んでやる。



 どうせ一度は死んだ身だ、もう一回死んだって大して変わらねえ。
 でも、どうせ死ぬなら、背中に預けられた『命』だけでも送り届けてやらなきゃ、俺が俺である理由にならねえんだ。



 日本が見える、幻想郷が見える、魔法の森が見える。
 俺がこのまま行けば地面に激突するまで十秒とかからないだろう、しかし今の俺は俺を止める手段は無い。
 勝負は、一瞬だ。





ッドオオオオオォォォォォォォォ!!!!!






「魔理沙?魔理沙!」

 微かに、アリスの声が聞こえた。
 どうやら俺はまだ生きているらしい。この間はあんなにあっさり死んだのにこれだけやって生きてるなんて、流石は“かみさま”の力だ。
 だけど、身体は動かない。どこをどう動かそうとしても、空回りすらしない。
 こりゃあ“かみさま”の力も完全にガス欠だ、もう煙も出ねえ。

「魔理沙!」
「……ぐっ、あぁ……アリ、ス……?」

 俺の背中から、別の少女の声が聞こえてきた。
 さっきまでとはまるで印象が違ったけれど、これが本来の魔理沙の声なんだろう。


 ああ、俺は勝負に勝ったんだ。


「でも魔理沙、どうして生きて……?」
「よく分からないけど、とりあえず手を貸してくれ……体中が痛い」

 確かに生きている『命』を背中に感じて、俺は心の底から安堵した。


 地面に衝突する瞬間、俺は“かみさま”の力を全て魔理沙を守る事に回した。
 そして魔理沙は生き残った。代わりに俺は、衝撃を和らげる事無く全身で受ける羽目になった。
 もう痛みすら感じなくなったのが唯一の救いだ。全身がバラバラになって当然の衝撃をまともに食らう痛みなんて、想像もしたくない。

「大丈夫なのかー!?」

 続けて、ルーミアの声も聞こえてきた。
 心配そうに俺に駆け寄ってきて、何か言っている。けどもう俺には、ルーミアが何を言っているのかも分からなかった。
 もう終わりが近いらしい。
 段々と幻想郷から俺が離れて行って、意識が黒く塗り潰されていくのがはっきりと分かる。



 そういえば、約束を一個果たせなかったな。



 何となく、そんな事を考えて、俺は心の中で謝った。

















 俺の目の前に途轍もなく胡散臭い男が立っていて、呆けた顔を俺に向けていた。
 どこかで会ったことがあっただろうかと記憶を手繰り寄せて、一つ思い出した。男の顎髭がアイアンマンの中の人みたいで、その胡散臭さが酷く印象的だった。

「何だ、カミサマか」
「何だとは何だ、せっかく君の意識に語りかけているってのに」

 相変わらず無駄に軽い。最近のカミサマってのはこんなのばかりなんだろうか。

「それはともかく、ありがとう。君を幻想郷へ呼んで正解だったよ」
「何が『ありがとう』だ。俺を体良くこき使いやがって」
「それは自分で選んだ事だろう」
「ま、まあそれはそうなんだが……そういえば、今度は何の用なんだ? 俺はもう死んだはずだが」

 そう聞くとカミサマは、得意げに親指を立てた握り拳を俺に向けて突き出した。





「気が付かないかい? なんで死んだ君の意識に僕が話しかけられているんだ、って」





 途端、うつろだった俺の意識が少しずつ力を取り戻していく。
 どうしてだ。俺はあの時確かに死んだ、もう命の糧も尽きた。なのに、なぜ。


「まだ果たしていない約束が有るんだろう? 君にはまだやるべき事が有る、それが君の宿命だったのかもしれないね」

 カミサマは、嬉しそうに俺の事を見守っていた。

 そして、目の前が真っ白になって、俺は――――













「ああ良かった。ルーミア、動いたよ」

 知らない少女の声が聞こえた。
 その少女が両手に何かを持って、俺に何かをしている。 その瞬間、俺の身体を痺れるような感覚が走った。
 それが全身を駆け廻り、俺の身体は息を吹き返していく。
 俺の身体を流れているものが『電気』だと気付くのに、そう時間はかからなかった。


 ああそうか、俺はあの時カミサマに『ハイブリッド』にしてもらったんだ。

 そんなちっぽけで、確かな憧れだったものが、まさか俺の命を救うなんてな。



「おおー。流石にとり」
「まあねー、機械だったら私に任せてよ!」

 得意げにしているのは、にとりという名前らしい。
 どうやら機械が得意らしく、そのおかげで俺も助かったらしい。命の恩人だ。

「でも、前に見たのと違う……」
「うん……この子の本当のパーツはほとんど原型も留めてないくらいにボロボロで、今は生きている所を別の所に移して仮に動かしているだけなんだ」

 そりゃ当然だろう、あんな事をして俺の身体が無事でいられるはずが無い。

「……そーなのかー」

 ルーミアが、凄く残念そうにしている。 
 そんな顔しないでくれ、俺が生きているだけでも儲けもんだ。

「でもね」

 そんなルーミアに、にとりは大きな板を取り出して、表面を見せた。

「たった一つだけ、ほとんど無傷で残っていた所が有ったんだ。不思議だよね、他は粉々だったのに、これだけは無事だったんだよ」

 その板を見てルーミアは、ぱっと笑顔になった。
 その板には、俺も見覚えが有る。






『CANTER』

 鉛色の板の上、鈍く光る俺の名前が、そこに有った。
                   /ヽ
                  /  ヽ
                 /    ヽ
                 ヽ    /
                  ヽ  /
              ___________ヽ/____________
             /     / ヽ     ヽ
            /     /   ヽ     ヽ
           /___________/     ヽ__________ヽ


 ______ _       ._   _____   _____
 |  _____| |  |      |  | 〃~_____| 〃~        ~''、
 |  |____ |  |     .|  | │ (____ _  |  i~ ̄ ̄ ̄~i   |
 |  ____| │ |     .|  | ''、,,____  ''、,.|   |      |  |
 |  |         |  ''、,,____〃 |  ____)  | |  !、___,!  │
 |__|       ''、,,_      ,〃 .|         ,〃 ''、,         ,.〃
             ~ ̄ ̄ ̄     ̄ ̄ ̄ ̄ ̄     ~ ̄ ̄ ̄ ̄~
生煮え+具(I・B、這い寄る妖怪、ライア)
SpecialThanks:CANTER Eco Hybrid
http://www.mitsubishi-fuso.com/jp/lineup/truck/canter/10n/
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.190簡易評価
1.無評価愚迂多良童子削除
まさかのキャンターが幻想郷入りで「新しい!?」とか思いながら読みましたが、えーっと・・・何がなにやら。
いや、本気でなんぞコレ。
2.無評価名前が無い程度の能力削除
冒頭からのつかみがテンプレすぎて、読む気を無くしてしまいました。
4.10名前が無い程度の能力削除
(iPhone匿名評価)
6.50名前が無い程度の能力削除
…な、なんだって~
7.10名前が無い程度の能力削除
(iPhone匿名評価)
8.70はまづら削除
なかなか面白かった
9.10名前が無い程度の能力削除
冒頭部分の展開がまったく同じやつを見たことがある、キャラクターの性格も含めて。
I・B 氏の別の作品は結構気に入ってたのにこれは残念すぎる。
10.10名前が無い程度の能力削除
名映えする方々の合作なのに遺憾の意であります
11.無評価詐欺猫正体不明。削除
わかった。これってあれでしょ。
別の人が名前騙ってるんでしょ。
15.60名前が無い程度の能力削除
それなりに良いオチでした
16.10名前が無い程度の能力削除
これはちょっと…評価できないですね。
どこまでもテンプレな三文SSに、すぐ分かるオチ。パロディとみても稚拙だし…。
18.100名前が無い程度の能力削除
他の人に酷評されてる分、増しましに点をいれさせてください。

私は楽しめました。たまには、こういうブッとんだ話を読むと、
新鮮な気持ちでいっぱいになります。

「作者さん達が楽しみながら作ったんだろうな。」と
思わされました。文章から、常識や空気に囚われない、むき出しの欲望が感じられました。

こういうコテコテ厨二展開をエイプリルフールじゃないのに、
投稿するのは、結構勇気がいることだったでしょう。
その勇気を良い方向に使っていけることを願っています。
19.60名前が無い程度の能力削除
テンプレな冒頭からどう変えてくるのかと思いながら読み始めました。
主人公が高校生ではなく三菱ふそうのトラックというのには新鮮味を感じましたが、その後の展開は人間ではない彼ならではの話運びということでもなく、ネタの発想が良いだけに勿体ないなと思いました。
合作とのことなのでもっと長いお話にしてしまい、彼のこれまでの人生(車生?)やルーミアとの交流などで深めるなどすれば、また違ってきたと思います。
21.無評価名前が無い程度の能力削除
とりあえずいきなり主人公(?)の名前が読めなかったから、かっこ付けで振り仮名書くくらいはした方が
22.30名前が無い程度の能力削除
合作の悪い部分が全部出ちゃったような感じですね。
誰もストップを言い出せなかったんでしょうか。
23.10名前が無い程度の能力削除
作者たちはハイブリッドになれなかったんやなw悲劇やなw
25.無評価名前が無い程度の能力削除
その面子でこれかぁ 残念
27.無評価名前が無い程度の能力削除
這い寄る妖怪さんやらI・Bさんやライアさんの合作がこれって……。
騙りだよね、いやそう信じさせてくれ。
28.30名前が無い程度の能力削除
成る程
これが噂のケーキラーメンか
31.10名前が無い程度の能力削除
オチがなんか…
だから?って感じで…
何というか自分には合いませんでした。
34.20名前が無い程度の能力削除
おいおい、マジかよ…