その日、パチュリーはいつになくハイテンションだった。
館の主ですら、その光景を見ればカリスマを漏らすであろう、異様なまでに。
「そうよ、これが足りなかったんだわ!」
ドン、と本をテーブルに叩き付け、慣れない大声を上げる。
この図書館に盗人の種が生まれて幾年月、日陰の魔女は初めてその結論に至った。
「私の魔法には強化が足りなかったのよ。 小悪魔!」
本日は喘息の調子もよろしく、三度叫ぶも咳き一つ無い、実に晴れやかな気分の様だ。
パチュリーの一喝と同時に、本棚の影から小悪魔が一冊の本を持ってこあっと飛び出す。
「ありがとう、いつも良い仕事をしてくれるわ」
流石と言うべきは図書館に住み着く悪魔、検索能力はかのフェレットも舌を巻く。
差し出された魔道書を受け取り朱色の髪を一撫で、こぁーと一声鳴いて小悪魔はまた本棚の森に飛び込んで行く。
彼女の手に渡りしは、魔法の強化術式の書かれた魔道書。
定位置の座り続けても疲れ難い椅子と本の形に磨り減った机に身を置き、すぐさま目を通し始める。
本を読み続けるのも大変らしい、主に腰痛とか。
彼女の探し物は、自らの持つ魔法を強化する方法。
魔力の強化の方が手っ取り早く効率も良いが、如何せん術者の能力そのものに強く依存する為、限界が見え易い。
その点魔法自体の強化は個別の術式が必要なものの、組み方次第で何処までも伸ばせる。
パチュリー自身も挑戦した事は有るのだが、三つ程組んだ所で止めてしまった過去が有る。
上級になった所で大して変わらなかったと、異種合成に走り始めた紅霧明けの頃。
「これね…懐かしいわ、まるであの頃の私を見ている様だわ」
ただ百パーセントの魔法を作り、その組み合わせで多様性を求めるだけでは、いつまでも越えられない壁が有ると分かった。
ならば、その壁を打ち破り百五十、二百パーセントを以って二百パーセントを振り回す盗人に宛てるまで。
目には目を、力任せの弾幕には力任せの弾幕で勝負する他勝つ手段は無い。
「あの頃解けなかった式、あの頃組み上げられなかった術」
パラパラとめくる様に読み上げ、最後まで目を通し終えた本を机の右の隅のほうに置く。
そして左側に手を伸ばし、いつの間にか山の様に積み上げられていた魔道書の一冊を取り出して、すぐに読み始める。
パチュリーが一冊目を読み終える間に更なる魔道書を積み上げていた小悪魔が、読み終えた本を回収し有るべき場所へと連れて行く。
一度この流れが出来てしまえば、それはパチュリーが本を手放すまで続けられるのだ。
「今なら分かるわ、今まで解明出来なかった魔法が、今なら!」
黴臭い血の滾りを感じ、文字を思考に叩き込む速度が増していく。
かつて一つの魔法を完成させようと必死に取り組んでいた頃の未熟な自身が、流れ込む知識の波の中脳裏を過ぎった。
自分の魔法に必要なものは何か、強化するべき点は何処か、魔道書はただ数多の式を示すのみ。
その中から必要なものだけを抽出し精錬させ元の術式に当てはめる、言わば無駄なピースの多いパズルの様なもの。
勿論それに答えなんて便利なものは無い、ただ結果だけが返ってくるのみだ。
「見ていなさい、白黒。 目に物見せてやる」
魔道書を読み漁り、時々見付かるめぼしい術式を本の下にセットしたノートに書き写す。
幾重にも書き込まれ消されたノートは皺だらけで今にも破れそうだったが、そんな事に構っている暇は無い。
クックックと一人ヒートアップし続ける様は、スープを煮込む大釜を前に呪文を唱え続ける、老練した魔女を彷彿させていた。
紫もやしが、再び発芽した瞬間である。
それから、パチュリーは昼夜を問わず魔法の研究に没頭した。
時に疲労に意識を失い小悪魔に介抱され、時に新たな術式を小悪魔で試し、時に崩れた本の下敷きになり小悪魔に救出される。
日々を修羅の如く生き、遂にパチュリーの魔法に一つの結果が生まれた。
「やっと……やっと完成よ、これであの白黒に一泡噴かせられるわ」
右手に魔道書、左手にノート、目の下には特大の隈を作り、パチュリーは己が研究を思いて枯れた声を上げた。
その後ろで、身体のあちこちに包帯を巻いた小悪魔がこあーと拍手を送っている。
広い図書館に唯一つ広がる乾いた音が、パチュリーの疲労を達成感へと昇華させていく。
実験は完璧だった。
試しにと始めに強化したサイレントセレナ、その成功に味を占めて次に強化したメタルファティーグ、そのどちらの効果も今までの数倍している。
そして今日、パチュリーの持つ基礎魔法全ての術式の強化が仕上がりを迎えた。
「それじゃあいくわよ…小悪魔!」
完徹のテンションのままパチュリーは手の物を置いて諸手を上げ、それに小悪魔も続いた。
二人が向かうは、図書館の中でも比較的スペースを空けられている、魔法の実験用の場所。
そこに二人は向かい合って立ち、パチュリーは強化した魔法を、小悪魔は防御魔法を用いて対峙する。
結果は良好だった。
基本の属性魔法を次々と放ち、それらの見違える様になった威力に酔いしれるパチュリー。
燃やされ濡らされ飛ばされる小悪魔をよそに、パチュリーの頭に脳内麻薬が満ちる。
そして次の魔法の詠唱を始めた時、それは起こった。
「うそ……どうしてよ」
魔法が、撃てない。
いくら呪文を唱えようと、いくら魔力を振りまこうと、自然は全く応えてくれなかった。
組み上げた強化術式に間違いは無い、唱えるための構成も何度も見直し、詠唱も完璧だ。
なのに、幾度繰り返そうとも、彼女の起訴魔法の一つであるレイジィトリトトンが発動しない。
そして、最も自信の有った魔法、ロイヤルフレアすらも。
狼狽するパチュリーを心配そうにこぁーと見つめる小悪魔。
頭を抱えること数分、パチュリーは気付く。
「ああ、まさか!」
僅かな体力を燃やし、微かな希望にすがる事一週間。
彼女は休む事無く研究を続けた己を省みて、全てを悟った。
――――月月火水木金金少女
館の主ですら、その光景を見ればカリスマを漏らすであろう、異様なまでに。
「そうよ、これが足りなかったんだわ!」
ドン、と本をテーブルに叩き付け、慣れない大声を上げる。
この図書館に盗人の種が生まれて幾年月、日陰の魔女は初めてその結論に至った。
「私の魔法には強化が足りなかったのよ。 小悪魔!」
本日は喘息の調子もよろしく、三度叫ぶも咳き一つ無い、実に晴れやかな気分の様だ。
パチュリーの一喝と同時に、本棚の影から小悪魔が一冊の本を持ってこあっと飛び出す。
「ありがとう、いつも良い仕事をしてくれるわ」
流石と言うべきは図書館に住み着く悪魔、検索能力はかのフェレットも舌を巻く。
差し出された魔道書を受け取り朱色の髪を一撫で、こぁーと一声鳴いて小悪魔はまた本棚の森に飛び込んで行く。
彼女の手に渡りしは、魔法の強化術式の書かれた魔道書。
定位置の座り続けても疲れ難い椅子と本の形に磨り減った机に身を置き、すぐさま目を通し始める。
本を読み続けるのも大変らしい、主に腰痛とか。
彼女の探し物は、自らの持つ魔法を強化する方法。
魔力の強化の方が手っ取り早く効率も良いが、如何せん術者の能力そのものに強く依存する為、限界が見え易い。
その点魔法自体の強化は個別の術式が必要なものの、組み方次第で何処までも伸ばせる。
パチュリー自身も挑戦した事は有るのだが、三つ程組んだ所で止めてしまった過去が有る。
上級になった所で大して変わらなかったと、異種合成に走り始めた紅霧明けの頃。
「これね…懐かしいわ、まるであの頃の私を見ている様だわ」
ただ百パーセントの魔法を作り、その組み合わせで多様性を求めるだけでは、いつまでも越えられない壁が有ると分かった。
ならば、その壁を打ち破り百五十、二百パーセントを以って二百パーセントを振り回す盗人に宛てるまで。
目には目を、力任せの弾幕には力任せの弾幕で勝負する他勝つ手段は無い。
「あの頃解けなかった式、あの頃組み上げられなかった術」
パラパラとめくる様に読み上げ、最後まで目を通し終えた本を机の右の隅のほうに置く。
そして左側に手を伸ばし、いつの間にか山の様に積み上げられていた魔道書の一冊を取り出して、すぐに読み始める。
パチュリーが一冊目を読み終える間に更なる魔道書を積み上げていた小悪魔が、読み終えた本を回収し有るべき場所へと連れて行く。
一度この流れが出来てしまえば、それはパチュリーが本を手放すまで続けられるのだ。
「今なら分かるわ、今まで解明出来なかった魔法が、今なら!」
黴臭い血の滾りを感じ、文字を思考に叩き込む速度が増していく。
かつて一つの魔法を完成させようと必死に取り組んでいた頃の未熟な自身が、流れ込む知識の波の中脳裏を過ぎった。
自分の魔法に必要なものは何か、強化するべき点は何処か、魔道書はただ数多の式を示すのみ。
その中から必要なものだけを抽出し精錬させ元の術式に当てはめる、言わば無駄なピースの多いパズルの様なもの。
勿論それに答えなんて便利なものは無い、ただ結果だけが返ってくるのみだ。
「見ていなさい、白黒。 目に物見せてやる」
魔道書を読み漁り、時々見付かるめぼしい術式を本の下にセットしたノートに書き写す。
幾重にも書き込まれ消されたノートは皺だらけで今にも破れそうだったが、そんな事に構っている暇は無い。
クックックと一人ヒートアップし続ける様は、スープを煮込む大釜を前に呪文を唱え続ける、老練した魔女を彷彿させていた。
紫もやしが、再び発芽した瞬間である。
それから、パチュリーは昼夜を問わず魔法の研究に没頭した。
時に疲労に意識を失い小悪魔に介抱され、時に新たな術式を小悪魔で試し、時に崩れた本の下敷きになり小悪魔に救出される。
日々を修羅の如く生き、遂にパチュリーの魔法に一つの結果が生まれた。
「やっと……やっと完成よ、これであの白黒に一泡噴かせられるわ」
右手に魔道書、左手にノート、目の下には特大の隈を作り、パチュリーは己が研究を思いて枯れた声を上げた。
その後ろで、身体のあちこちに包帯を巻いた小悪魔がこあーと拍手を送っている。
広い図書館に唯一つ広がる乾いた音が、パチュリーの疲労を達成感へと昇華させていく。
実験は完璧だった。
試しにと始めに強化したサイレントセレナ、その成功に味を占めて次に強化したメタルファティーグ、そのどちらの効果も今までの数倍している。
そして今日、パチュリーの持つ基礎魔法全ての術式の強化が仕上がりを迎えた。
「それじゃあいくわよ…小悪魔!」
完徹のテンションのままパチュリーは手の物を置いて諸手を上げ、それに小悪魔も続いた。
二人が向かうは、図書館の中でも比較的スペースを空けられている、魔法の実験用の場所。
そこに二人は向かい合って立ち、パチュリーは強化した魔法を、小悪魔は防御魔法を用いて対峙する。
結果は良好だった。
基本の属性魔法を次々と放ち、それらの見違える様になった威力に酔いしれるパチュリー。
燃やされ濡らされ飛ばされる小悪魔をよそに、パチュリーの頭に脳内麻薬が満ちる。
そして次の魔法の詠唱を始めた時、それは起こった。
「うそ……どうしてよ」
魔法が、撃てない。
いくら呪文を唱えようと、いくら魔力を振りまこうと、自然は全く応えてくれなかった。
組み上げた強化術式に間違いは無い、唱えるための構成も何度も見直し、詠唱も完璧だ。
なのに、幾度繰り返そうとも、彼女の起訴魔法の一つであるレイジィトリトトンが発動しない。
そして、最も自信の有った魔法、ロイヤルフレアすらも。
狼狽するパチュリーを心配そうにこぁーと見つめる小悪魔。
頭を抱えること数分、パチュリーは気付く。
「ああ、まさか!」
僅かな体力を燃やし、微かな希望にすがる事一週間。
彼女は休む事無く研究を続けた己を省みて、全てを悟った。
――――月月火水木金金少女
っつーわけで永遠の一回休みだ。じゃぁな。
それにしてもこの小悪魔、実に出来る!可愛いし健気だぞ!