古明地さとりは、今まさに燃え落ちんとする地霊殿を虚ろな眼で見つめていた。
「おい崩れるぞ!」
野次馬の一人が叫んだ。
そして轟音と共に崩れる、ついさっきまで座ってお茶を飲んでいた場所。
「燃えて、しまいましたね」
さとりがぽつりと呟いた。その隣でおくうもまた、茫然と崩れていく地霊殿を見つめている。
様々な思い出の詰まった地霊殿、それが今、火柱に包まれ、断末魔の悲鳴の如き轟音をあげていた。
「さとりさま……ごめんなさい。私があんなことをしなければ」
そう言ってうな垂れるおくう。この火事の原因は、おくうの過失が大半を占めるのだ。
そんなおくうを、さとりは胸へ抱き寄せた。
「大丈夫よ、心配しなくたって。なんたって大事な家族なんですもの」
爆発でくしゃくしゃになった髪を、手ぐしでほぐしていくさとり。
手のひらを通して伝わる体温が、おくうの罪悪感を膨らませた。
「ごめんなさい、ごめんなさいさとりさま……」
「いいのよ。私だって気づかなかったんですもの。まさか、こんなことになるだなんて……」
ため息を吐くさとりと、その胸で泣きじゃくるおくう。
薄暗い地下では、爛々と燃え盛る地霊殿の最期がくっきりと映し出されている。
それを見に次々に野次馬が集まってきており、鬼に至っては火事を肴に宴会を始めていた。
「こんなに明るいだなんて……妬ましい」
橋姫が、皆の注目を集める地霊殿に向かって毒を吐いていた。
目立てばそれでいいのか。誰もが目配せをしあい、それを口に出すのを待っていた。
しかし泣きじゃくっている地獄鴉と、それを慰める覚り妖怪の前では流石に、宴会はできても口に出すことは憚られていたのだった。
「地霊殿が吹き飛んで酒がうめー!」
鬼に関してはもう何も言うまい。
◆
とある晴れた昼下がりのことである。寒かった冬も過ぎようとし、穏やかな春の様相を呈し始めた頃。
小野塚小町は川辺に寝そべり、優雅に鼻ちょうちんを膨らませていた。
先日四季映姫に叱られたときに「春になったら本気出す」と嘯いていた彼女は、昼寝にしては深すぎる眠りについていた。
彼女曰く「春は昼寝をするもの。冬は寒いから働く気がおきない。秋はメシが美味いだろ? 夏はほら、暑いじゃん」とのこと。
つまり働く気など金輪際持っていない彼女にとっては、ぽかぽか陽気は絶好のサボタージュの理由になりえるのだった。
そんな小町へと、暢気な妖精たちが摘んできた花を載せていく。
たんぽぽを死神に載せるだけの簡単なお仕事である。チルノにだってできる。
チルノと同レベルの思考回路しか持たない妖精たちにとってはまさに天職であった。やりがいもある。
妖精たちは、この仕事をずっと続けたいとさえ思っていたが、その平和は長くは続かなかった。
「死体みーっけ!」
心底嬉しそうな声をあげ、猫車を押して爆走してくるのは火焔猫燐、おりんりんランドだった。
小町へと至る途中で数体の妖精を巻き込んだりしたのだが、それは猫車に押し込めることで自己解決した。ひき逃げしないだけマシ。
さて、花に囲まれ、まるで眠っているかのように目を閉じている女性。どこからどうみても立派な死体であるとお燐は確信した。
なかなかに大柄な女性だし、胸にたくさんの脂肪を蓄えている。これは良い燃料になるだろう。
「あたいったら運がいいねェ」
「んー。あたいもう食べられませんよぉ四季さまぁ……」
「……」
春に似つかわしくない、お寒い空気が辺りに流れた。チルノがあたいと聞いて飛んできたのかもしれないが、その姿は見えない。
お燐は寝転がっている小町の頬をその辺に落ちていた枯れ木で突っついた。返事の変わりに鼻ちょうちんが膨らんだ。
間違いなく生きている。しかしお燐は、死体であることを残念に思うよりも、自分と同じ一人称を使う小町に興味を持った。
(まさか……同じタイプの能力を!?)
よくよく見れば髪の色も同じである。顔立ちも目元の辺りが似てないこともない。
それに髪型もどこか猫の耳のような造形をしているし、これは十中八九キャラ被りしていると言わざるをえない。
(殺るか……)
胸の大きさは圧倒的にこちらが劣っている。それを猫耳でカバーしきれているかといえばそれは甚だ疑問だ。
なんせ巨乳というものは通称ダイナマイトの異名をとる。圧倒的な爆発力の前では、猫耳も単なる装飾品に成り下がるのだ。
己のアイデンティティの危機を感じ取ったお燐は、死体を掘り返すために持ってきたスコップで穴を掘ることにした。
無論、小町を亡き者にするためである。
一時間も掘り続けると、穴の深さも相当なものとなった。それこそ、自分が中から出られなくなるぐらいに。
「しまった! 罠か!」
罠ではなく、れっきとした自爆である。しかしお燐は、恥ずかしさを隠すために地団駄を踏んで毒付いた。
無論その相手は亡き者にしようとしていた小町である。人はこれを責任転嫁と呼ぶ。
嫁の飯が不味いと小言を言い続け、息子との離婚を迫る姑の勢いでお燐は穴を掘り続けた。
出られないのなら地底に出ればいいじゃない。まさに逆転の発想である。
「ふぁーあよく寝た……やば、陽が暮れそう」
目を擦った小町は腕時計を見て時間を確認しようとするが、当然そんなものは嵌まっていなかった。
確かに夢の中では付けていたはずなのにと小町は首を傾げて、せっかくなのでもう一度寝なおすことにした。
「たーすけてぇ……」
「あ? んー。夢がこっちに浸食してるのかねェ」
どこからか助けを呼ぶ声が聞こえてくる。小町はそれを聞きながら、伸びをしつつ豪快なあくびをした。
めんどくさいことは聞き流すという彼女の自堕落っぷりが窺い知れる、実に微笑ましい一幕である。
ゴロンと横になった小町は、載せられていた花からの花粉が鼻に入ってくしゃみをした。
「へぶしっ!」
「あ、起きてるんじゃん! 赤髪のお人! 起きたならばどうかあたいを」
「あたいー?」
あたいという一人称を使うのは、自分の中では他にチルノだけ。ついに第三勢力が現れたかと、小町は小さく舌打ちをした。
二人だけならどうにか共存ができると見逃してきていたが、三人目となると話は別だ。
誰がもっともあたいという一人称に相応しいか白黒つけておく必要があるかもしれない。上司がそれには適任だろう。
(第一次あたい大戦って奴だね……)
勝ち残るのはたった一人。そうたった一人だけがこの幻想郷であたいを使うことが許されるのだ。
確固たるアイデンティティ。それは凡百な一人称を操る一般人どもに、一生かかっても埋めることのできない差をつけることができる。
小町はここまで考えて、めんどくさいのでやっぱり寝ることにした。
「おやすみー」
「人でなしー!」
お燐の掘った穴は、既に身長の数倍の深さまで到達している。
しかし地底へと到達することができるかといえば、それは無謀であると言わざるをえない。
現在幻想郷でもトップクラスのドリルである鍵山雛でさえ、地底まで掘り進むのは難しいと言い切るのだ。
掘り進むほどに硬くなる土は、お燐の細腕を阻むには十分すぎる硬度にまで達していた。
「へへ……万事休すか」
まさか地上で骨を埋めることになるとはね。お燐はそう、小さく呟いた。
さとりに飼われるようになり、悪友であるおくうともそれなりに楽しくやってきたというのに。
地上で儚く命を散らすことになるだなんて、きっと罰が当たったんだ。
死体を灼熱地獄に放り込むたびに、ここにゃ入りたくないなと思ってきたそのツケが。
「はぁーあ」
肩を落とすお燐。あの赤髪の女があてにならないのなら、別の者が通りかかるのを待つしかない。
遠くに見える出口は既にオレンジ色に染まっている、それももう間もなく、黒色になってしまうだろう。
そうなったら……ああもう考えたくもない。おなかも空くし寒くなるだろうし。
因果応報も助けてくれる神様も信じてはいなかったけれど、いまはそのどちらも信じることができる気がした。
というか空を飛べば出られるのだが、落とし穴の存在意義を損ねるような真似は、お燐にはできない。
「おい、あんた」
不意に上からかかる声。うな垂れていたお燐が顔を上げると、小町が心底だるそうに見下ろしていた。
「出られないんだろ? あたいだって鬼じゃないからね」
そういって鎌を下ろす小町。刃が夕陽を反射して煌いている。
「ちょ! なんで刃のほうおろすのさ! 手切れるじゃんか!」
「ワガママだねぇ」
舌打ちをして鎌を引っ込める小町。隙あらばこの手で亡き者にするという意識が行動に表れていた。
しかし助けようと思ったのもまた本心なのである。小町が手を差し伸べると、お燐もまた手を伸ばした。
当然、届くわけがない。
「もっと体乗り出してよ!」
「慌てない慌てない。あたいを何だと思っているのさ」
そういって小町は、目を瞑って何やらを呟いた。それをお燐が首を傾げ訝しんでいると、空間がぐにゃりと歪んだ。
「ひぇっ!」
「あらよっと」
目を瞑ったお燐を、小町は一息に引っ張り上げた。
勢いあまってつんのめり、転がっていくお燐。それを見てカラカラと声をあげて笑う小町。
死神の能力を使ったからこうなったといえばすぐにでも納得させることができるのに、小町は意地悪でそうしようとはしない。
むしろ目を丸くして辺りをキョロキョロと見回しているお燐を見て、腹を抱えて笑いはじめた。
「い、今のどうやったの?」
「さてね」
笑いすぎて涙が出そうになった小町は、手で目元をぐしぐしと拭った。
そんな小町を見て、お燐は不満気に頬を膨らませている。
「さて、あたいはそろそろ行かないとね。なんたって幽霊を彼岸に運ぶっていうどえらいお仕事があるんだから」
自分は社会のために働いているとアピールする小町。
貧相な猫娘に対して圧倒的なアドバンテージを見せ付けることで、一気に押し切ろうとしたのだった。
しかし幽霊という単語に、お燐はピクンと耳を動かした。
「あんたって、もしかして死神?」
「もしかしてって、こんな風貌に鎌を携えてるんだ。死神以外にありえないだろう?」
「へぇ、てっきり首になって不貞腐れてるんだと思ったよ、あたいは」
「な……に……?」
「だってそうだろう。あたいはさとりさまのためにいつも働いてるんだ。あんたみたいにサボったりしたことはないよ」
不利な状況から一挙に切り返し、ニヤリと不敵な笑みを浮かべるお燐。
対する小町は、詰めを誤ったと小さく舌打ちをした。
(どうする……。死んだと思った相手が息を吹き返しちまった。落ち着け、どう切り返せばダメージを与えられる)
小町は一瞬目を泳がせ逡巡した。その隙を見逃すお燐ではない。追撃の仕事自慢で小町のダメージは加速した
「なんたってあたいは、霊と会話できるからねェ。そいつらに話を聞けば死体の場所を教えてくれたりもするし、いろいろ便利なんよ」
「ほう?」
かのように見えた。しかし、今度は小町がニタリと不気味な笑みを浮かべる。会心の笑みだった。
「そいつぁ凄いな。憧れちゃうなー」
「そう? そりゃ嬉しいねぇ」
小町の心無いおだてにホイホイと乗ってしまうお燐。
根が単純ゆえに、少し褒められただけで飛び跳ねてしまう悪癖があるのだ。
さすがにこの場で飛び跳ねたりはしなかったけれど、内心もっと褒めてほしいと言うのが、尻尾の揺れや頬の紅潮から明らかだった。
「ああ凄い。あたいはがんばってもダメでねぇ……。
三途の川の渡しをしてるんだが、良いお金を持った幽霊はあたいんとこには乗ってくれないんだよ」
「へぇ? 死神ってのも案外大変なんだ」
「そうそう。あんたみたいに優秀じゃないからねぇあたいは。どっかの誰かなら、もっと上手くやれるんだろうなぁ?」
お燐は鼻息を粗くし、小町のほうへと身を乗り出していた。尻尾も忙しなく揺れている。
(かかったな! 単純アホめ!)
小町はついつい浮かびあがりそうになる笑みを必死で抑え込み、さも悩んでいるかのようにため息を吐いた。
「例えば明日、あたいの代わりに幽霊をいっぱい集めておいてくれたら感謝しちゃうけどなぁ」
「感謝?」
耳をピクピク動かすお燐。涎が垂れているのを見ると、もう頭の中は感謝の品で一杯のようだ。
「ああそうさ、魚だとか肉だとか、酒だっていい。好きなもんを仕事分だけあげるよ」
「ほうほうほうほう」
鼻がくっつくほどに顔を近づけるお燐。
さとりの飼っているペットたちは、基本的には自給自足をしている。
餌というのは妖怪になっていない子供が食べるものであり、自立した妖獣は自分で糧を得ることを喜びとしていた。
しかも、さっきまでは尊大な態度を取っていた死神にへーこらさせて差し出させるのだ。
その時に食べるご飯というのは、きっと労働の喜びも相まって素晴らしい味になっているだろう。
「わかった引き受けるよ! あたいに任せておきな!」
「本当かい? いやぁ助かるなぁ。じゃあ、明日の朝八時にここでっていうことで。
そういえば名乗るのもまだだったね。あたいの名前は小野塚小町。仕事はさっき言ったように死神さ」
「あたいの名前は火焔猫燐。でも名前で呼ばれるよりもお燐って呼ばれたほうが好きだね。
んじゃ、また明日にでも!」
そう言ってお燐は、鼻歌を歌いながら猫車を押して去っていった。
小町はその後ろ姿に手を振り、背が見えなくなるまではと高笑いをするのをこらえていた。
昼間は寝転がることができるぐらい暖かいくせに、朝はまだまだ吐息が白くなるそんな頃。
小町は約束の時間である八時には当然の如く姿を見せず、余裕ぶっこいて遅刻をしてきた。
なにやら大きめの袋を抱えている。
「三十分遅刻だよ、姉さん」
「ああ、ちょっとそこで婆さんが苦しそうにうずくまっててね」
息を吐くように白々しい嘘を吐く小町。しかしお燐はその言葉を微塵たりとも疑わなかった。
「それは大変だ。大丈夫だった?」
「ん、ああ大漁だったよ。イサキが凄い獲れた」
「イサキ?」
「なんでもない。じゃあ仕事の話といこうか」
適当にでっち上げた話に食いつかれると対応に困る。小町は必要以上に軽口を叩かぬように配慮をしつつ話し始めた。
お燐はそれを、耳を動かしながら聞いている。
「いいかい。あんたの仕事はなるべく生前徳を積んだ幽霊を集めることだ。
その際他の死神のを取っちゃいけない。喋れる利点を生かして、どうにか懐柔するんだ。
ただ船は死神専用だからねぇ……。そうさなぁ。お昼を過ぎてちょっとしたら、あたいが戻ってくるよ」
「ふむふむ」
「その間なんだけども、一応これを着てもらえるかな」
そういって袋から取り出したのは、スペアの死神衣装。小町はそれをお燐へと手渡し、着替えるようにと促した。
「死神の服装してなきゃ、周りの連中に何言われるかわからないからね。あと帽子も被っておくれ」
「なるほど」
手早くその場で着替えるお燐。脱いだ服をどうしようかと辺りを見回していると、小町は袋を差し出した。
「あたいが預かっとくよ。困るだろ、その辺に置いといて盗られちゃ」
「ああうん、じゃあお願いしよっかな?」
そういってお燐は、ワンピースを畳んで手渡した。それを崩れないように丁寧に袋へと仕舞う小町。
「ああ猫車はどうしよう? 邪魔になるかな?」
「んじゃ、あたいの鎌と交換しようか。死神なら鎌を持ってなきゃ格好がつかないだろう?」
「そりゃそうかも」
「ああ、あとおさげをほどいてもらってもいいかい? ほどいちまえば、遠目からならわからないよ」
「ほーいほい」
鼻歌を歌いながらおさげをほどき、髪をぐちゃぐちゃかき回すお燐。
商売仇として良い目で見てはこなかったけれど、仕事内容に興味がなかったといえば嘘になる。
それに謝礼まで出してくれるとなれば、断る理由は一つもなかった。
対する小町は、仕事もサボる上に上客が手に入るかもしれないと、一石二鳥か取らぬ狸の皮算用か。
そのどちらに転ぶにせよ、互いの利害は一致していたのであった。
「じゃああたいは荷物の番をしているから」
「それじゃあたいは、これを被って幽霊集めてくりゃいいんだね?」
「そゆこと。頼んだよ」
「あいあいよー」
上機嫌に去っていくお燐。その後ろ姿は、帽子と身長を除けば自分そっくりだと小町は思う。
鎌の大きさが身に余ってはいるようだったが、重さを苦にした歩き方はしていないように見える。
心配はいらないみたいだ。
「さーて、あたいはどうすっかねえ」
もう少し暖かければ昼寝に興じるのだけど、この時間帯は外で寝転がるには厳しいものがある。
小町はほんのちょっぴり悩んでから、なんとなしに地霊殿へと向かうことにした。
(せっかくだし、立場の交換といこうじゃないか)
もし誤魔化せなくても、客としてきたと言えば無下にされることもないだろう。
地底と彼岸は、それだけ住人の距離が近い。
◆
「さとりさまーお燐拾ったー」
「あたいはお燐とかいう奴じゃないってば! チールーノー!」
「おくう、それは妖精よ。元の場所に返してきなさい」
「えー違うのかー。はーい」
「離せ離せ!」
◆
「荒ぶる川を鎮めるために人を投げ込むという風習が過去にはありました。
ならば、荒ぶる閻魔の心を鎮めるために死神の尻を叩くというのもあって然るべきです」
悔悟の棒を握り締め、昨日は一体も妖精を運んでこなかったバカおっぱいの顔を思い浮かべる。
こちとら一日、閑古鳥の鳴いている部屋で微動だにせず腕を組んでいたというのに、奴は日当たりのいい場所で昼寝に興じていたのだろうああ憎らしや。
イラつきで胸が膨れるのならば、今頃はアルファベットから離れて外宇宙を旅している頃だ。
そう考えた映姫は、朝から幻想郷側へとやってきていた。
向こうが来ないのならばこちらから出向いてやろう。どうせ運んでこないのだから。
「さて、小町は今日はどこで油を売ってるんでしょうか。にしても、今日はやけに静かですねぇ」
三途の川の川辺が賑やかであるというのも若干問題アリなのだが、こうも静かなのも妙である。
船頭である死神たちは、子供の霊によって積み上げられた石で水切りに興じているようだ。
なぜこんなにも暇そうなのかと訝しんだ映姫は、フルスイングで山を吹き飛ばしている背の低い男の船頭へと話しかけた。
「これはこれは閻魔さん。実は今日は一人の死神が上客をみーんな集めちまいましてね」
「へぇ。それは感心ですね。うちの小町にも見習わせたいものです」
「いやいや四季映姫さま、何を言っているんです。その死神がまさに、小町ちゃんなんですよ」
「またまたご冗談を。NASAはちゃんと月に行ってますから」
「都市伝説クラスに扱われるぐらいに小町ちゃんは信用はないんですかい」
「もしも真面目に働いているようなら、スカートのまま逆立ちしてここらを一周してみせますよ」
そう言い切れるほどに、小町が仕事をしているという事は信じることができなかった。
船頭死神はなんとなく居心地悪そうに頬を掻いているが、まさかあの小町が仕事をしているわけが。
「お、丁度帰ってきたみたいですよ」
「え?」
映姫が鎌の差す方向へと目を向けると、何やら大量の霊魂を従えた赤髪の死神がやってきていた。
その数は尋常ではなく、小町であれば数か月分、ほかの死神が一週間程度かけて運ぶ量だった。
さらに驚くべきことに、その霊魂のすべてが大金を持っている、格の高い魂なのだ。
「んじゃみんないい子だからここで待っててね。あたいはまた探しに行くから」
踵をかえし去っていく赤髪の死神。霊魂たちはそこらを漂うわけでもなく、きちんと整列をしていた。
「朝からあんな風に集めてきているんですよ。一人で運べる量じゃないから俺たちにも手伝わせてくれーって言ったら、ちょっとぐらいならって分けてくれるし。
一体どんな風の吹き回しなんだろうねぇ。あの小町ちゃんが霊魂をかき集めてくるだなんて……。っと四季映姫さま?」
船頭死神は感慨深げに腕を組んでいると、映姫は顔を俯かせてプルプルと震えていた。
何やら嗚咽のような声も漏れている。
「感動しました! まさかあのズボラでグータラでめんどくさがりがそのまま死神になったような小町が、きちんと働いているだなんて……。
今まで閻魔をやっていて一番の感動です。この命が尽きる前に、小町が働いている姿を見るだなんて夢にも思いませんでした」
以前こちらへ叱りに来た時は、小町は積まれている石でボーリングをしていた。
子供の霊がなぜか喜んでいたことに、不条理さを感じる。積まないと転生できないっちゅーに。
「それで四季映姫さま、逆立ちはいつするんで」
「何馬鹿なことを言っているんです! 私はいますぐ霊を裁く準備ですよ。
こうしちゃいられません! 小町ががんばっているんだから私もがんばらなくては」
若干背が低かっただとか、声の高さが違っただとかを、映姫は気にしないことにした。
大人の事情か逆成長期か。そんな些細なことよりも、きちんと仕事をしていることが重要だった。
◆
「おっぱいでかい……妬ましい」
「あんたがあたいぐらいあったら見た目と合わないよ」
小町は嫉妬妖怪へと軽口を飛ばしつつ、地霊殿へと向かっていた。
つるべ落としに土蜘蛛に、それにさっきの橋姫と、地下は薄暗い能力を持った連中に事欠かない。
しかし昼寝をするにはここらは都合が良さそうだと、小町は上機嫌だった。なんせ夏の太陽も当たらず、涼しげである。
地霊殿はさぞや過ごしやすいんだろうとぶらぶら歩いていった小町は、その考えが甘かったことを知ることとなった。
「あっつぅ……」
道中は確かに涼しかったのだが、旧地獄街道を抜けた辺りから急に辺りは暑くなってきた。
どうも地獄釜が必要以上に加熱されていて、割かしジメジメしている洞窟内を蒸し焼きにしているらしい。どこのスチームサウナだ。
半裸で倒れている鬼(酔っ払っているだけかもしれないが)を小町は見捨てつつ、地霊殿を目指した。
ここまで来たからには退けないという半ば意地ではあったが。
猫車にもたれかかって牛歩で進んでいくと、バサバサという羽音とともに、涼しげな空気が流れてきた。
小町が顔をあげると、腕の一本が何やら棒のようになった女が、チルノを小脇に抱えていた。
なるほど、こいつはめんどくさい相手に絡まれてしまった。小町は痛む頭を押さえた。
「あんた、この先に何の用?」
「それよりもあんたの腕の妖精をくれ」
「うー暑いー。離せー」
「お燐は朝からどっか行っちゃうしさー。せっかく遊ぼうと思ってたのにどこに行ったのやら。
せっかく見つけたと思ったら全然違う妖精だったしさ」
どうやらこの女は機嫌が悪いらしい。舌打ちをした小町は、下手に火の粉が飛び火しないように機嫌を取ることにした。
「あたいは何のことやらわからないけどさ、まぁたまたまこっちのほうに用があるだけで」
「あたい!? なーんだお燐だったのかー。もう髪型とかが違うからわかんなかったよー」
「は?」
チルノを放り投げて壁に突き刺した女は、向けていた敵愾心も一緒に投げ飛ばして腕を組んできた。
どうやら頭が劇的に弱いようで、自分のことをお燐だと勘違いしているらしい。
(まぁ、めんどくさくなくていいか……)
ここで自分はお燐でない、と言ったらチルノと同じ運命を辿るかもしれない。
頭が弱い奴に限って力は馬鹿強いのが幻想郷での理の一つなのだ。
「早く地霊殿戻って遊ぼうよー、トランプとかしてー。お燐ったら朝から出かけちゃうんだもん」
「んぁ、ああ。でもあそこに突き刺さってるのも連れて行っていいかい? 暑くて仕方ないんだ」
「んー。まぁいいけどぉ……」
若干不満気な表情を浮かべるところを見ると、チルノのことをお燐と勘違いしたことが相当に悔しかったらしい。
(バレたらあたいもマズいかなぁ……)
冷や汗が背を伝っていく感覚を覚えながらも、チルノを引っこ抜く小町であった。
「む⑨~」
今日のお茶は神社の巫女から分けてもらった緑茶。普段紅茶を嗜んでいる身には、その味が新鮮に思える。
地霊殿の主である古明地さとりは、賑やかなペットたちの思考に浸りつつ、ソファに腰掛け文庫本を開いていた。
本に集中していると、雑念は鳥のさえずりのように耳を通り抜けていくよう。
誰かと顔をあわせれば神経質になってしまうさとりにとっては、この時間は唯一とも言える癒しの時間だ。
「全員何も考えてなきゃ楽なのに」
無茶なことをついつい口に出してしまうのも、気が緩んでいるからに他ならない。
常に刺々しいことを考えているから仏頂面になっているわけではないのだ。多分。
「私生まれ変わったら木とかその辺の石ころになりたいわ。それでぼーっとして暮らすの。憧れちゃう」
どうやらさとりは疲れているようだ。一刻も早く静かな田舎での療養をおすすめしたい。
「お燐ったらそっちじゃないってばー」
「おっとっと、あたいったら間違えちまったね」
さとりの耳に、おくうとお燐と呼ばれた女性の声――その声はお燐とは似ても似つかなかったが聞こえてきた。
どうやらおくうはまた、あたいという一人称というだけでお燐だと勘違いしたようだ。
(あの子にも困ったものですねぇ……。)
知らない人についていかない、火事のときには走らないなどなど、ペットには一般常識を周知徹底はしてきた。
けれどもおくうはこの通りお間抜けな具合だし、お燐もお燐で朝からはしゃいでどこかへ行ってしまった。
二人が一緒に居れば凸凹コンビとして割りと上手く回るのだけど、単体となると結構厄介だ。
(何があっても知りませんからね)
文庫本に目を戻し、ページを捲っていると、来客の女性の思考が流れ込んできた。
それは短く、力強いメッセージだった。
――眠い。
人ん家にやってきて、考えていることはどこを寝床にすればいいかだなんて。
今まで覚りをやってきて、ここまで爽やかに自分勝手な者は一人もいなかった。
大抵は本音と建前をごちゃ混ぜにした、視ていて面白くもない感情ばかりだったというのに。
(何、私は泣いているの……?)
さとりは、自らの目元から熱いものが流れ出していることに気づいた。
こんなしょうもないことで感動してしまった自分を哀れんでいるのか、純粋に感動したのかはわからない。
しかし、内容はどうあれ、ここまで純粋な心を持てるのは(欲望に忠実なのかもしれない)素晴らしいことだ。
きっと周りのことを気にしなさすぎて、上司の胃を破壊するジェノサイダーの類に違いない。
突出した者は誰かしらと衝突する運命なのだ。
(せめてこの純粋な心の持ち主に幸あれ!)
どうやら古明地さとりは疲れているようである。
早急に静かな場所での療養を勧めたい。
◆
「ふぅーあらかた集め終わったかぁ」
約束の時間まではまだ大分あるけれど、霊魂たちは十分に集まったように思えた。
周りの死神たちが瞠目しているのが、お燐にとっては何よりも気持ちよかった。
(これで小町も喜んでくれるはずだね)
今ではお燐は、小町に対して一種の親しみのような物さえ覚えていた。
髪の色だとか一人称が被っていてもきっとなんとかなる。東風谷早苗が常識に囚われないキャラ付けで人気を博しているように。
「でもこの仕事やってると肩凝るねー。昼寝したくなる気持ちもわかるよ」
幽霊は座して待っているだけじゃやってこない。こちらから船に乗らないかと話を振らなければよい幽霊を捕まえることができないのだ。
自分はまだ喋れるからとして、言葉の通じない死神が彼らを口説くのは想像以上に大変な作業なのだろう。
「あいつ力ありそうだし、死体運びのほうが合ってんじゃないのかなー」
小町に一度こっちの仕事をさせてみようか、誘ってみよう。
そう決めたお燐であったが、その日は一日待ちぼうけを食うことになるのだった。
◆
「ダウト!」
「いやだからさ、その数字はあたいが全部占有してるって言ったろ?」
「やーいやーい、おくうのバーカバーカ」
「馬鹿じゃないもん!」
今日何度目かの喧嘩が始まった。
もはや子供の相手をしているのと変わらないと、小町は半ば呆れつつ二人の取っ組み合いを見ていた。
そしておくうの制御棒がチルノの頭をポカリ! とやった瞬間。
チルノの体が激しく発光しはじめた。
後に、爆発の影響でアフロとなった小野塚小町は語った。
「眠かったからよく覚えてないねぇ」
でも細かいところは気にしないのが幻想郷なんですねw
名無しとなってたけど電気羊さん特定余裕でした
その後濁流に飲まれました
ストーリーがしっかりとしたのに、二行で全部を終らせつけやがった。
勿体ないのか贅沢なのか。はい、ギャグですね。
なんにせよ人の臭いがしたから満足
で、映姫さまはいつ逆立ちするんですk
チルノの周りにあった水がお空の核エネルギーで瞬時にプラズマ化→核融合を起こした結果でつね
ところどころの小ネタは面白かったんだけど、オチがちょっと弱い気がする
んで誤字なんですが
チルノと同レベルの思考回路した持たない妖精たちにとっては
>>
し"た"ではなくし"か"じゃないかなと
地底へと到達へと到達することができるかといえば
/ \
この辺おかしいですよね表現的に。
とりあえず私が見て気が付いた誤字といえばコレくらいでしょうか。
ナニソノ封神演義www
すげえ、笑わせてもらいました。
あたいトリオ最高www
く、腐れ外道~~~
>(何、私は泣いているの……?)
「何、私は吹いていたの……?」って感じでした。
感動的過ぎて・・・w
オチが潔すぎだろw