Coolier - 新生・東方創想話

うそつき

2010/01/02 02:30:30
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 私は、どうしようもない嘘吐きだ










 旧都の入り口で呑み始めてもう三日。待ち人来たらず。

 そろそろかと思ってたんだが、当てが外れたかねえ。あいつは逃げるような奴じゃないと思ったんだが。

 呑み過ぎで目が曇ったかね……あー、うち帰って呑み直すかな。未練がましく突っ立ってんも見苦しい。

 誰ぞこの憂さを晴らせるような喧嘩の相手は居ないものか。

 くいと杯を干す――狭められた視界の端にその姿は見えた。

 目立つ金の髪に私に匹敵する体躯。そしてなにより、隠しきれない輝きを身の内から放つ妖怪。

 高鳴る胸を抑えられない。顔が勝手に笑みを浮かべる。

 お待ちかねの待ち人来たり、だ。

 腰掛けてた石の柱から飛び降りる。まだ遠い。待ち切れず駆け寄る。

「来たね、寅丸」

「……はい」

 やっぱこいつはでかいなあ。ほんの少し私より背が低いってだけで、目の高さは殆ど同じだ。

 こうして浮かぬ顔で背を丸めてなけりゃもっとでかく見えるのにね。

「勝負する気になったかい?」

「…………不本意ながら……っ」

「よしよし! じゃあ私の屋敷に行こうか!」

 目指すは私の家。通称星熊屋敷。こいつと『勝負』するにゃ申し分ない場となろう。

 手を引っ張り歩き出す。

「今夜は寝かさないよ」

 綺麗な顔が恐怖に歪むのがたまらなく可愛らしかった。











 私の屋敷の私の部屋に連れ込み座らせた。

 酒の用意はもう出来ているので私もすぐに座り込む。

 肘掛けに肘を置いて、不躾とわかっているが正座する寅丸の姿を上から下まで眺める。

 うーむ……やっぱ綺麗な顔してるなこいつは。

 ちょっとでもバランスを崩せば険のある顔立ちなのに受ける印象は柔和そのもの。

 こんなにでかいのに可愛いなんて面白い奴だ。でかいと言えば――胸もでかいな。私といい勝負だ。

 地底じゃあこれほどの奴はそうは居ない。張り合えるのは地霊殿のカラスくらいか?

 最近急に育ったあいつくらいしか対等になれんか……ううむ。恐るべし寅丸星。並外れた素材だねこいつは。

「な、なんですがじろじろと……」

 居心地悪そうに眼を逸らされる。

「悪い悪い。可愛いなぁと思ってさ」

「冗談はやめてください!」

 うおぅ。

 怒鳴られるとは思ってなかった。意外と気が短いな寅丸。

「す、すいません……でも、そんな冗談は、気分が悪いです」

「いや、冗談ってわけじゃ」

「私は一度も可愛いなんて言われたことありません。皆かっこいいとか美形だとかからかって……」

 あー。わからんでもない。こいつの顔の系統は強いて言えば私に近い。

 女将軍だの武士御前だのと揶揄される私と同じだ。美人ってよりは美形。男前と言った方が通りがいい。

 素直に可愛いと称するには抵抗があるのも頷ける。

 同系統の私だからこそなんの淀みも無くこの可愛らしさを褒めれるのだろう。

 しかしまぁ……女としちゃ辛いよなぁ。可愛いじゃなくてかっこいいと褒められ続けるなんて針の筵だ。

 えてしてそう言われる奴ほど可愛いと言われたいのに。

 私はまぁ、そういうのは千年くらい前に突き抜けたからどうでもいいが。

 だが幾分か年若そうな寅丸は……まだまだそうは悟れんだろうなぁ。

「なぁ寅丸。知ってるかい?」

「はい?」

 故に臆病になる気持ちもわかる。もう可愛いと言われたって素直に受け取れんだろう。

「鬼は嘘を吐かないんだよ」

 だが私は婉曲な手は好かん。思ったことはその場で口にする。

 私の本気が伝わったのか、寅丸は顔を真っ赤にして俯いてしまった。

「あ、う、ぁうぅぅぅぅぅぅ……」

 やべえ。可愛い。押し倒したい。

 我慢、我慢だ私。仮にここで押し倒せば逆上した寅丸に殺される。

 こいつは妖力も桁外れだ――油断した私を殺すくらい簡単にやるだろう。

 放蕩三昧の私だが流石に死因が痴情の縺れってのはカンベンだ。

 あーうーちくしょう治まりがつかんな。酒をラッパ飲みしてどうにか誤魔化す。

「さて、もう前置きはいいだろ。勝負を始めようか」

 声をかけると寅丸はびくりと肩を震わせた。……一々可愛いなちくしょう。私の理性を狙い撃ちすんなよ。

「今更止めるとか言うなよ? 仕掛けたのは私だが、乗ったのはおまえさんだ」

「う、は、はい」

 私は我慢弱いんだ寅丸。それ以上可愛いとこ見せてくれるな――貞操の保証は出来んよ。

 雑念を振り払うようにどんと酒を置く。瓶や徳利じゃない、樽で。

「わ、私その、お酒飲んだこと……」

「なぁに虎だろ? ウワバミたぁいかないだろうがそこそこいけるクチだと見るがね」

「五戒で禁じられてますから……今回は、布教のための例外です……っ」

「真面目だなぁ。ただの呑み比べじゃないかね」

 私とこいつの勝負は酒の呑み比べ。なんのこたぁない宴会の延長線上のもんだ。

 しっかし酒を禁じるとは……本当に妖怪かねこいつは? 禁欲する妖怪なんてそうは聞かんぞ。

「ルールを再確認しようか。先に呑み切った方の勝ち。おまえさんが勝てば旧都での布教は自由だ」

 布教。

 寅丸の目的。詳しくは知らんがこいつは旧都で妖怪救済の教えを広めたいと来たのだ。

 そんなこたぁ私にはどうでもいいが――

「あ……星熊」

「ん?」

「その、私が勝ったらそういうことになりますが……あなたが勝ったらどうなるのです?」

「そういや決めてなかったね」

 どうしよう。何も考えてなかった。

 負けると思っていたわけではないが……寅丸と勝負するのが目的だったしなぁ。

「んー」

 思いつかん。寅丸の目的と釣り合う要求となると……何があるかなぁ。

 私が勝っても何も無し、じゃあこいつが納得しないだろう。寅丸は真面目な奴だ。

 そんな自分だけが有利な勝負なんて認めやしない上にまた怒られる。

 ならば……

「んじゃあ……私に勝てるようになるまでここに通え、ってのはどうだい?」

「へ?」

「私に負けるようじゃ旧都の他の連中に酒に誘われても苦労し通しだ。鍛えてやるよ」

「鍛える、って……」

「長生きしてんだろうに物事を知らないねぇ。酒呑みってのは須らく鍛えて呑めるようになってんだよ。

ま、私の場合は楽しんで呑んでたらいつの間にか鍛え上げられてたんだがね」

 ちくりと――胸に棘が刺さる。

「でも、それだと……あまりあなたが得をしないような」

「気にすんない。お遊びなんだからさぁ」

「ですが、酒はあなたが用意しているのですし。金銭面でも……」

「いいんだよ。私は勝負が好きだからさ。この地底でも私と勝負してくれんのはなかなか居ないんだ。

一人くらいかな? 私に突っかかって来るバカも居るけどそれだけじゃ物足りないもんでね」

 また、胸に棘が刺さる。意識してそれを無視する。

 今は寅丸との勝負に集中せねば。お遊びとて負けてやるつもりは無い。

 言い包められて押し黙る寅丸に杯を差し出す。

「まずは一献。気付けの一杯だ」

 さて、呑めない呑めないとやかましいがどの程度なんだかね。

 渡された姿のまま寅丸は止まっていたが、意を決したのかぐいっと呷る。

 ふむ。まずまずの呑みっぷりだ。これで吹き出したりしなけりゃいいんだがね。

「……お?」

 咽ることも無く呑み込み、きょとんと不思議そうな顔をする。

「どうだい?」

「お、おいしいですね」

「だろ? この勇儀様が不味いもん勧めるわきゃないってのにまぁよくもあそこまで渋ったもんだよ」

「う……だ、だって飲んだことなかったんですもの」

 お堅いねぇ、と一笑いして私も一杯。うん、美味い。

 こいつと呑む為に秘蔵の酒を出したが大正解だな。こうも美々しい肴がありゃあ酒の旨味も倍増だ。

 勝負と称した酒宴は続く。

 私の見立て通り弱くはなかったようで、頬に朱を差しながらも寅丸は杯を干していく。

「それでですね。聖の教えというのはですね」

「あーダメダメ。酒の席で堅苦しい話はなしだよ」

 肩の力も抜けてきたようでだんだんとくだけた調子になってきた。

 いいねぇ。こいつはどうやら一緒に呑んで楽しめるクチだ。益々気に入ったよ寅丸。

「……ん」

 あしらったせいか、むくれてるな。口を尖らせてまぁ……こいつ、どんな顔しても可愛いな。

 酔って表情に幅が出てきた。この百面相だけで美味い肴になるってもんだね。

 ああ、何時まで眺めてても飽きないなぁこいつは。

 くつくつと笑いながら脇に置いておいた煙管を持ち上げ、煙草に火を点ける。

 気付けば、寅丸は顔を顰めていた。

「煙草。嫌いかい?」

「好き嫌い以前の問題です。嗜好品の類には一切手を出してませんから……

酒に煙草と、なんでも楽しむのですねあなたは」

「ああ。これであとは美姫でも居りゃあ完璧なんだがね」

 ちらと視線を向ける。案の定寅丸の顔は頬だけじゃなく朱に染まった。

「か、からかわないでください」

「鬼は嘘を吐かないって。それに鬼は酒と女と喧嘩が大好きって相場が決まってんだろ?

おまえみたいな可愛い女に酌をしてもらえたら嬉しいねぇ」

「また、からか」

「ってはいないよ。何度も言わせんない」

 寅丸は言葉に詰まる。誤魔化すように酒を呷った。

 くはは。可愛い照れ隠しだこって。相当に歳重ねてるようだが、まだまだ若いねぇ。

 同じお堅い奴でも閻魔のようにいじり甲斐の無い奴も居るってのにさ。

 何度か呑んだこともあるが、あいつだったら……そうだな。

『また一つ、あなたの罪は重くなりましたね星熊勇儀』

 とでも冷たい眼で言い放つんだろうなぁ。ああ怖い怖い。

 一度口説いただけだってのにどえらく怒られたもんなぁ……お付きの死神にゃ殺されかけるしよ。

 ……っち。思い出したら腹が立ってきた。可愛い女を見つけたら口説くのは礼儀ってもんだろうが。

 まぁ他人のもんに手を出そうとしちまった私が悪いんだがな。

 しかし私は別に尻軽ってわけじゃないのにさ。

 美女を見つけた時恋をしてなけりゃ口説くってだけで、その都度本気なんだぞ。

 浮気なんざしたこともないんだ。恋が終わるまで私は誠実なんだよ。

 恋が終わったって私は何年もそいつのこと想って誰にも手を出さんのだぞ?

 ったく。それをあの閻魔はねちねちと……

「星熊?」

 寅丸に声を掛けられ我に返る。咥えた煙管がひん曲がっていた。

「ああ悪い悪い。ちっと昔を思い出してた」

 危ない危ない。煙管を噛み切るところだ。こんなんで畳焦がすのもアホらしい。

 ……吸い口が完全に潰れてるな。この煙管はもう使えんか。

「はぁ……楽しい思い出ではないようですね」

「まぁね。昔とある女を口説いて玉砕した思い出さ。気付かなかったが、他人のもんだったんだよね」

 ん。また寅丸の顔が険しくなってる。

「星熊。そういうのは感心しません」

「ち、違う違う! 浮気させたとかそういうんじゃないよ! ばっちり断られて、名残惜しいっつうか。

己の迂闊さに腹が立つというか、その、だな。他人の女に手を出したことはないって!」

「…………なら、いいのですが」

 うわぁ……すげぇ睨まれてる。下手打ったなぁ。随分悪印象与えちまったようだ。

 だー失敗した。楽しく呑んでたってのにもう。

「しかし……どうにかなりませんかこの部屋」

 唐突に話が変わる。……酔ってんのかこいつ? 脈絡がないぞ。

「ああ、まぁ片づけようとは思ってたんだけどね」

 言われて見回す。空いた酒瓶と脱ぎ散らかした服がそこかしこに散乱してる。

 そこそこ広い部屋だからあんま気になんないんだがねぇ私は。

「仮にも女性の部屋とは思えませんよこの惨状」

「だはは。私ぁ細かいことが苦手でさぁ。着飾んのは好きだけど片づけは億劫でねぇ」

 これでもちっとは女らしいところもあるんだがねぇ。

 私のお気に入りの服でも見せようかとも思ったが、後の片づけが面倒なのでやめた。

 それでまた寅丸の機嫌を損ねてもつまらんしな。

 今は、こいつと呑んでいたい。

「でもなぁ、八割方あんたのせいなんだよ? 寅丸」

「へ? 私のせい?」

「そうさ。片づけようと思ってもあんたが何時来るか何時来るかと焦れちまってさぁ。

片づけなんざ身が入りゃしない。二・三枚拾ったところでポイの繰り返しだよ」

「ぬ、う。で、でも私にだって……心の準備というものがですね……」

 くっく。言掛りだってのにそんな真面目に受け取らんでもよかろうに。

 まぁでもしょうがないかな。こいつは初めて会った時からクソ真面目だった。

「……あ」

「うん?」

「星熊、これは」

「ああ、これか――」

 畳の上に落ちていたものを差し出される。

 翠玉のかんざし。

 磨いた翡翠で飾られた……まぁ、綺麗なかんざしだ。

「なんでもないよ。私のもんじゃない」

 受け取りほんの少しだけ眺める。

「私のじゃないって、じゃあ誰のです? よもや」

「ははは。怖い顔すんなよ寅丸。連れ込んだ女のってわけじゃないからさ」

「べ、別に怖い顔など……」

「うん? 嫉妬してくれてんのかい? 嬉しいねぇ」

「ば、な、にゃんで私が嫉妬するんですか!」

「はっは。ま、なんでもないさ」

 ぴんと指で弾いて放り出す。狙ったわけじゃないがかんざしはとすっと畳に刺さった。

 っち。また目立つ刺さり方しやがって。脱ぎ散らかした服にでも紛れてればいいものを。

「……あの、すいません」

 真摯な声に、眉を顰める。

「あん? なに謝ってんだい」

「いえその、大事な方の物だったようなので」

「だからなんでもないつってんだろ。なんなのさ」

「――険しい顔をなさっていましたから」

 ……………………険しい、顔。ね。

 閻魔のこと思い出してる時も、そんなことは言われなかったのに。

 相当に、嫌な顔をしていたんだろうな、私は。

「……本当になんでもないよ。誰のもんでもない。放り捨てれる程度のもんだ。気にすんな」

 ああ――ダメだ。

 これじゃあ、楽しく呑めない。嫌な酒になっちまう。

 寅丸を、嫌な酒に付き合わせちまう。

「ちょいとつまみを作ってくるよ。ゆっくり呑んでな」

 席を立つ。

 水でも飲んで落ちつこう。

 あんなことは忘れちまおう。

 今は寅丸と呑んでいるんだ。

 他の女のことなんか――思い出すなよ、星熊勇儀。











「妖怪救済の教えを広めに参りました」

 単身で旧都に乗り込んできた女はそう言った。

 布教――だと? この幻想郷において最も危険な町、旧都に一人で乗り込んで布教?

「あなたがこの町の長だと見受けますが……」

「ん――まぁ、顔役みたいなもんをやらせてもらってるがね」

 言って杯を干す。手下がすぐに酒を注いでくる。

 大した度胸だ――この呑み屋にゃ私以外にも強い妖怪がごろごろしてるってのに。

 私の手下共に囲まれてるってのに眉一つ動かさずに言い放ちやがった。

 多少ならずとも興味が湧く。

 だってそうだろう? この上背、この妖力――そしてなによりこの度胸。

 こんな強そうな奴ぁそうそう出会えない。ついこの間地底を荒らしまわった人間共といい勝負だ。

 いや、待てよ…………こいつ。

「面白い。おまえら、下がんな。こいつとはサシで話がしたい」

 どよめきが起こる。喧嘩っ早い野郎共だ――話なんざ聞かずに戦うと思っていたんだろう。

 だがこいつはおまえらには渡さんよ。こいつは私のものだ。こんな面白そうな奴を誰がくれてやるものか。

 そも、勘違いをするな。おまえらと呑んでるところにこの女が来たから囲む形になっただけで――

 私は始めから手出しを許すつもりは無かった。

 渋る手下共にもう一度手を振る。三度目は無い。仏の顔は三度だが鬼の顔は二度までだ。

 殺気を感じ手下共は去っていく。気を利かせてくれたようで店主も出て行ったようだ。

 さて、ようやく二人きりになれたな。

「あんた、寅丸とか言ったな?」

「はい。寅丸星と申します」

「合点が行った。道理で強そうなわけだ」

「? ……意味がわからないのですが?」

「あんた、毘沙門天の化身を名乗ってたろ」

 私の言葉に、女の顔色が変わる。

「思い出したよ。千年の昔に聞いた変わり者。妖怪を退治する妖怪。

人間を守って毘沙門天の真似事をしたっつぅえらく強い虎の妖怪。寅丸星」

 掠れた記憶を掘り起こして口にする。

「会えるたぁ思ってなかったね――喧嘩売りに行く前にどっかに消えちまったと聞いてたからさ」

「……一時隠居してましたもので」

 思うことでもあるのか、寅丸の表情は硬くなる。

「ですがその噂は間違いです。私は決して妖怪の敵ではない。

私は無暗に人間を襲う妖怪を退治していたのであって、妖怪退治が目的であったわけではありません」

「ふぅん」

 思いつめた顔して、何を言うかと思えば……

「まぁおまえさんにも主義主張ってもんがあるんだろうけどさ、そんなこたどうでもいいよ」

 くだらん言い訳かよ。ほんの少し、失望する。もっと強い奴だと思っていた。

 並み居る妖怪を蹴散らし死体の山の上で尚鉾を振りかざす武人だと期待した。

 まぁ、いい。それでこいつの強さが薄れるってんじゃなけりゃなんでもいい。

 噂通りの強さなら、十分に楽しめる筈だ。

「私は強い奴と喧嘩したい。この血を煮え滾らせてくれる奴を熱望している。

そこにおまえさんが現れた。遥か昔に名を馳せた妖怪退治の妖怪、見逃す手はないってもんだ」

「な、なにを」

「交換条件ってやつさ寅丸。私と喧嘩して勝てば旧都での布教は自由にしてやる。

旧都の喧嘩っ早い奴らも私が抑え込んでやるよ。割のいい話だろ?」

「――待ってください。私は戦いに来たのではありません。聖白蓮の教えを広めに」

「白けるねぇ。私の殺気を受けて尚言い返せる度胸があんのに戦いたくないだなんてぬかすなよ」

「私は」

 強い口調。

「私は……純粋に、妖怪を救いたいのです」

 その、切羽詰まった顔に目を奪われる。

 なんだ? この矛盾。千年前は妖怪を退治しておいて、今になって救いたいだ? 蝙蝠にも程がある。

 だが、受ける印象からはそんな薄っぺらい想いで動いてるようには感じられない。

 こいつは嘘を言っていない。本気で――妖怪を救いたいなどという世迷言を口にしている。

 人間の味方をしておいて妖怪救済……? 到底信じられることではないが……

「寅丸」

 問う。

「おまえはなんで妖怪を救おうとする」

 当然の疑問を。

 ……本来、私は戦う相手の主義主張なんざどうでもいい。

 どんな想いを振りかざそうが強い奴は強くて弱い奴は弱い。それだけだからだ。

 ただ、彼女の場合は――その想いに左右されている気がする。

 私が無理矢理戦いに持ち込んでも一切手を出さず殴られるままでいそうな気がする。

 例え死にかけても……救いたいと世迷言を繰り返す気が、する。

 そんなのは楽しくない。ただ痛めつけるだけなんてのは私が一番嫌いな戦い方だ。

 刃向いもしない相手にぶつける拳は持っちゃいない。

 だから……彼女の覚悟を、聞いておきたい。

 酒気の散った私の問いに、寅丸の顔は引き締まる。

 答え如何でこの席がどうなるか察せたらしい。

 ふん、真面目な奴だ。じゃあ、聞かせてもらおうか。寅丸星。

「私は一人の人間に憧れた」

 迷いのない眼で、彼女は私を見る。

「彼女は純粋に妖怪を救おうと願い、そして成そうとした。あまつさえ人間をも守ろうとした。

結果人間に恐れられ千年もの間封じられても……その想いは微塵も変わっていなかった。

私は、彼女のようになりたいのです。彼女の力になりたいのです」

 それは、色恋も混じらぬ尊敬だった。

「彼女の求道が間違っていなかったと――証明したい」

 妖怪が人間に……掛け値なしの本気で、憧れていた。

 共に歩みたいと、共に進みたいと願っていた。

「……はん。欲を持たず、他人の為に、か。反吐が出るね」

 彼女の答えに、私の顔は歪む。

 くだらない。

 くだらないくだらないくだらない!

「情けは人の為ならず。欲ってなぁ己に返るもんだ。純粋に他者を想うなんてのは自己満足でしかないよ。

気持ち悪い。まだ悪党の方が救いがあるよ。そんなのを目指すなんざ妖怪の風上にも置けないね」

 他人の為にだ? 己が犠牲になっても構わんってか? 偽善を偽善と知りつつ迷わず成そうってのかよ。

 ああくだらない。馬鹿げている。巫山戯るな。そんな行いに誰が感謝するってんだ。

 誰が喜ぶと思ってんだ。傍で見ている奴は、苦しむだけじゃないか。

 それじゃおまえは救われない。おまえは満足だろうが見ている奴はそうじゃないことに気づいちまう。

「帰りな寅丸星。もう私はあんたと話したくもない。戦うのも無しだ。

あんたみたいな奴と交える拳は持ち合わせてないんでね」

 怒気を抑えるのが酷く難しい。

 なんで。なんでだ。どうしてまた、こういう奴が私の前に現れる……!

「簡単に認められるとは思っていません」

 静かな声。

 私のそれは正反対の、落ちついた声音。

「反発も当然。罵倒も受け入れましょう。私は罪人です。妖怪のあなたは私を責める資格がある。

かつての私は人間の為と嘯きながら妖怪を殺したのですから」

 妖怪が妖怪を殺す。絶対に無い、とは言えない。

 縄張り争い然り獲物の取り合い然り――妖怪同士が争うことは多々ある。

 相手を殺すに至ることもあるだろう。

 しかし妖怪がそれを罪と感じることは無い。愛した者を殺したのなら兎も角……大概は敵だ。

 敵を殺すことに罪悪感を感じてなどいられない。

 こいつだってそうだ。主義に背く妖怪を殺したなんて、ただ敵を排除しただけではないか。

 それを罪だと? 己を罪人と卑下するだと? 私には、理解出来ない。

「その罪を償うためにも……私はもう血を流したくないのです」

 罪を背負い罰を呑み込み――己を咎人だと責めながら歩き続けるこいつの気持ちなど、理解出来ない。

 こいつは、違う。

 彼女とは、違う。

 似てはいるけど、全く別だ。別の生き方をしている。

 内へ向かわず……外へ向かっている。

 この世の全てに慈しみを向けているのは同じ。

 妖怪らしからぬ優しさで動いているのも同じ。

 だけど、決定的に彼女とは、違う。

「……わかった。喧嘩はなしだ」

 興味なんてもんじゃなかった。

 その時、私の眼にはこいつしか映っていなかった。

「その代わり別の手段で私と勝負しな、寅丸星」

 私は、寅丸星の放つ輝きに目を奪われていた。












 ――――そうして交わした約定が、この呑み比べだった。

 我ながら卑怯だったかな。酒を呑んだことがないって奴に呑み比べだなんて……

 ワンサイドゲームにも程がある。寅丸の勝ち目なんて万に一つもないだろう。

 つまり、あいつは一生私に勝てず、旧都で布教をする為に勝てぬ勝負を延々続けねばならなくなる。

 よくもまぁ……こんな無茶な条件を呑んだもんだよ、寅丸。

 あいつらしいと言やぁ、らしいけどさ。

 どんな不条理も飲み込んでどんな苦境も笑顔で乗り越え……慈愛と包容力の塊みたいな奴だ。

「認め難いけど――強い奴だよね」

 胸の棘が、ずきりと疼く。

 やっぱ――ダメだよなぁ、こんなこと続けんのは。

 包丁を置く。つまみはもう出来た。戻って……

「謝って、勝負終わらすかな」

 悪い癖だ。強くて、優しそうな奴を見ると寄りかかりたくなっちまう。

 支えて欲しいと、甘えたくなっちまう。

 お笑い種だよなぁ寅丸。この力の勇儀が、おまえみたいな若いのに寄っかかろうとしてるなんてさ。

 既に色んなもん背負ってるおまえに寄りかかるなんて、おまえが潰れちまうかもしれないのにさ。

 適当につまみを盛り付け部屋に戻る。

 戸を開けると、寅丸はこちらに背を向けちびちびと呑んでいた。

 言い難い、な。なんて謝ったらいいのかなぁ……

「待たせたね。んじゃ続きと……」

 …………ん?

 酒樽の中身が随分減ってる。

 だらだらと呑んでたから私もそれなりに呑んだが……減り過ぎじゃないか?

 寅丸を見る。金色の眼が据わっていた。

「なんですか」

 声まで低くなっていた。

「あ、いや。なんでもないです」

 ……拙い酔い方してないかこれは。何度か見たことがある。これは潰れないで暴れ出すタイプだ。

 拙いな。寅丸に本気で暴れられたら……まぁ止められるだろうが私の屋敷が半壊くらいはするかもしれない。

 家なんざどうでもいいがそうなったら旧都の連中の寅丸への心証が悪くなる。

 んなことになったら布教どころじゃない。今の内に押し倒して縛り上げておくか……

 いやダメだな。半端な縄じゃ千切られちまう。暴れる虎を制するにゃ足りん。

「ほ、ほら私特製のつまみだ。美味いぞ?」

「いただきます」

 ……魚の活け造りを頭からバリバリ喰うなよ。

 虎で妖怪なんだから間違っちゃいないがその綺麗な顔でそんな真似されるとちょっと悲しいよ。

 相当酔いが回ってんなこれは。鎖くらいは用意せねば間に合わん。

 困ったな、私は萃香と違って鎖なんて扱えない。萃香を呼ぼうにもあいつ地上に行きっぱなしだし。

 今になって己の不器用さが恨めしい。くそ、こんなことなら相手を制する術の一つでも学んでおくんだった。

「この唐揚げ、美味しいですね」

「お、そ、そうかい? ありがとね」

 怖え。いつ暴れ出すかさっぱり読めない。

 いやいや待て待て。落ちつけよ星熊勇儀。

 こうやって穏やかに刺激しないように話してる内は大丈夫なんじゃないか?

 今試されてんのは制圧力じゃなくて話術ってわけだ。

 よぉし。楽しく話すのは得意なんだ。乗り切ってみせるぞ。

「星熊」

「はひゅい!?」

 しまった。主導権握られた。

「な、なんでしょうか」

「あなたは女女と言っていましたが、女性が好きなんですか」

 問うと云うより詰問する口調だ。怖い。

「あー、まぁ。やっぱ認め難いかね、真面目なおまえさんにゃ」

「いえ。愛の形は人それぞれですから」

 あ、愛の形って……酔ってるからってよくそんなこっ恥ずかしいことさらりと言えるもんだ。

「女性が女性を好きになることもあると思いますよ」

「ん……そうかい。どうも」

 なんだろうなこの状況。どう話せばいいのかわからなくなったぞ。

「礼を言われるようなことはしていません。なんですか。後ろ暗かったんですか」

「ち、違います違います! いや相槌の打ち方がわかんなくなってさ!」

「相槌が……? 私の話は、小難しかったですか」

「そんなわけないって。寅丸の話は楽しいって」

「……そうですか」

 やりづれぇ……! 酔っ払いの相手が面倒だと思ったのは初めてだ。

 うっわぁー……精神力がごりごり削れてくのがわかるぞ……

 この分じゃ私がもたんな。どうにかして酔いを醒ますか眠らせるかしないと――って。

「…………」

 寅丸が俯いて肩を震わせている。

 なんだ? まさか吐きそうなのか? たらいでも持ってきた方がいいのかな。

「う、ううううぅぅぅぅ」

 呻き声、のようだが――吐くそれとは違う。

 こりゃもっと感情的な……

「……寅丸?」

「うわあああぁぁぁぁぁんっ!!」

「ちょ、えっ!?」

「星熊のあほーっ!!」

「な、おい寅丸!?」

 やべえ! どこで踏んだかわからんが虎の尾を踏んじまった!

「にゃんなんですかぁ! いつもいつもはぐらかしてすかして暖簾に腕押しでーっ!」

「あいやそれはだな」

「なんでいつもいつもわたひの話聞いてくれにゃいんですかぁ! そんあに私つまらないですかぁ!」

「あのな、そのな?」

「しゃけ」

「へ?」

「しゃけ注ぎにゃさい」

「あのな寅丸、そのへんにしといたほうが」

「しょしょげ」

「わかりました」

 まさかこの私が酌をやらされるとはな。……実に恐ろしきは酒の魔力よ。

 寅丸は完全に開き直ったようでかっぱんかっぱんと酒を干していく。

 私は裾を掴まれちまって逃げられない。

「まいったねぇ……泣き上戸で絡み酒かい」

「とらりゃから大酒呑みだにゃんて偏見もいいところでしゅよ!」

「悪かった悪かった。悪酔いすっから急に立ち上がるなって」

 つうか人の服掴んだまま立ち上がんな。脱げた。

 あー……このシャツもうダメだな。ちょっと破けてら。

 寅丸の爪と私の角のダブルパンチだ。こりゃ直せん。

 地味だが動きやすくて気に入ってたんだけどな……

「聞いてりゅんですかほしぎゅまっ!」

「聞いてるよー。ほらつまみ喰え」

 もう駄目だなこいつ。完全に呂律が回ってない。

 シャツに空いた穴に腕通して酒飲みながら箸使うなよ。穴がびりびりと広がってんじゃないか。

 腹どころか胸まで寒いわ。ったくサラシ巻いといてよかったよ。

 唐揚げをがふがふ喰う寅丸を眺める。暴れてもこの程度ってのは……やっぱこいつの自制心の賜なのかな。

 私だったら旧都を更地にするまで止まりそうにないってのに、大したもんだねぇ。

「うっうっ、へぐ、星熊はいいですよね……強くて美人で悩みなんて軽々と解決しちゃいそうで」

「――――」

 酔っ払いの一言に、杯を傾けていた手が止まる。酒を呑む気分じゃなくなった。

 しょうがないな私は――こんな酔っ払いに、弱音を吐きたくなっちまった。

「んなこたぁないさ――私にだってどうしようもない悩みくらいあるよ」

 杯を置きぽつりと洩らす。

「ついこないだふられちまってさ」

「ふぇ?」

「いやいやまったく、百年も狙ってたってのにあっさりと取られちまった。油断し過ぎてたわ。

つーか、まあ――――最初から間違えてたんだろうなあ私は」

「……ほしぐま?」

 さっき寅丸が拾い上げたかんざしを手に取る。

 手の中で転がしながら気もなく眺める。

「あいつぁ脆そうだから、私が触れちゃいけないと思ってたんだけどね。

私の手は、なんでもかんでも壊しちまうからさあ」

 少女を思い出す。

 緑の眼をしたお姫様。

 山賊上がりの私にゃあ遠過ぎた眩しい少女の姿を。

「でも違った。守ろうとしながら、掴みにいった奴に掻っ攫われた。

ただ見ていただけの私の手からは、すり抜けちまったよ」

 憚りなく最強を名乗り、事実それに相応しい力を持っているくせに、守ることを選択した女を思い出す。

 憎き恋敵だった女。この私を相手に勝ち逃げしやがった女。

 今も――仲睦まじく過ごしてるんだろうな、あいつらは。

 そうでなきゃあ困る。

 この星熊勇儀をふったんだ、幸せになってなきゃ許せないってもんだ。

「いや……ふられたっつうか。あれだな。私はあいつに相応しくなかったんだろうな」

 捕まえに行かなかった。

 ただ眺めて甘えていただけだった。

 想いも伝えずに、寄りかかろうとしていただけだった。

 加減を、すりゃよかったんだ。

 私の力があいつを壊すってんなら、壊さないように努力すりゃよかったんだ。

 なのに、私は加減なんて知ろうともしないで……今のままの私を愛してもらおうなんて勝手なことを。

 結局私は――内に籠ろうとするあいつの背中しか見えなかった。

 壊れちまえば私の手でも触れれると、壊れるのを待っていただけだった。

 笑わせるよ、こんなざまであいつの笑顔が見たいなんて思いあがってたなんてよ。

「私にゃ高望みが過ぎたかね――」

 手の中で転がしていたかんざしを軽く握る。

 翡翠で飾られたかんざし。いつかあいつにくれてやろうと買っておいた物。

 あいつの綺麗な緑眼に見立てて用意した――贈り物、だった代物。

 咥え、ぱきりと噛み砕く。

「なんでも壊しちまう私が抱ける女なんて、居やしないのにね」

 変わる努力もしない私なんて、誰にも好かれやしないだろうに。

「…………」

 言い終え、悔いる。

 酔っ払いが聞いて楽しい話じゃなかった。

 素面の寅丸だってこんな話されたら困るだろう。

 くだらない、失恋の愚痴なんてさ。

 なにしてんだかなぁ。こんな話聞かせてどうしようってんだ私は。

 ――頃合いだな。嫌なところも十分見せちまったし、そろそろお開きとしよう。

 謝って布教の許可を出して、寅丸を帰して寝ちまおう。

 これ以上ずるずる引き延ばしたって見苦しいだけだ。

「ほしぐま」

「あん?」

 据わった金眼で見られてる。いや、睨まれてるのだろうか。

 睨まれて当然のことはしているが……そこまでは話していなかったのだが。

 見抜かれちまったかねぇ。

「私の手をつかみなしゃい」

 寅丸もそれなりに歳食ってるし、大体読めたのかもしらんが……って。

「は? 何言い出すんだい寅丸、っておい」

「ほら」

「……あ?」

 ぐいぐいと腕を引っ張られる。私の手の平に寅丸の腕が押し付けられてる。

 意味がわからん。いや掴めってのを示してんだろうが何してんだこいつは?

「わたひは壊れましぇんよ」

「…………あ?」

 壊れない、って――

「は、はは。それじゃ意味無いよ。あんたは頑丈じゃないかい」

「だから私は壊れません」

「いやだからな」

「私は代わりなんでしょう?」

 さっと血の気が引いた。

 酒を呑んで笑って、火照っていた体がいやに冷たい。寒い。

 なんだ、それは。

 裏も表もない、誤魔化しようの無い直球。

 全部――見抜かれてるってのか。

「――おい」

「寂しいから、酒でも紛らわせないから、私と呑んで忘れようとしているんでしょう?」

 二の句が継げない。ずばずばと言い当てられて言葉に詰まる。

「それとも、愚痴を誘いに私を呼んだのでしょうか」

 完全に言葉を失った。

 酔いも飛んでしまって、素面となった私は項垂れる。

 ああ何もかも見抜かれた。底の底まで――曝け出されちまった。

 この酒の席が茶番だって、勝負と称したみっともないお芝居だったって。

「酔い、醒めてたのかい」

 がりがりと頭を掻き毟る。

 ばれてんなら、演技を続ける必要もない。

 くだらない真似はお終いだ。

「芝居かよたぁ……責められないね。私も嘘を吐いちまった」

 丁度いい。こいつは毘沙門天、神仏の類だ。

 懺悔をしよう。ちゃんと――謝ろう。

「黙っていることもまた嘘か――この私が嘘吐いちまうなんてな。情けない限りだ」

 まっすぐに目を見ようと顔を上げる。それだけでえらい苦労だった。

「私は強くて真っ直ぐな奴が好きだからさ、いや惚れっぽいってわけじゃないとは思うんだけどね。

なんつーかさぁ……まぁ、気になってしょうがなくてさ」

 怒って当然なのに寅丸は声も荒げず黙って私を見ていた。

 その金色の眼に見られるのが、辛い。

「おまえが優しい奴だって知って、包容力がある奴だって知って――私のものにしたくなった。

おまえを騙して、何度でも来てくれるように小細工を弄した。逃がしたくなかった。

おまえを引き留めたかった。時間をかけて……口説き落としたかった」

 くしゃりと己の髪を握り締める。

 知らず顔を覆おうとしていた手をどうにか逸らす。

 眼を塞ぐな。逃げるなよ星熊勇儀。寅丸に、謝らなきゃならないんだろうが。

「なのに、それすら言い訳だ。私は……あんたに、甘えたかった。

失恋の傷を癒してもらいたかった。勝手が過ぎる。あんたの都合も考えないで、馬鹿だよ。

鬼の四天王ともあろうものが……馬鹿だね。鬼の名に泥を塗っちまった。

私は嘘吐きで卑怯者だ。真面目なあんたからすりゃ、許せないだろうね」

 俯いていた。もう眼を合わすどころか、顔を上げることも出来なかった。

「ああ、くそ――なにやってんだろうなぁ? 馬鹿なことしてるってわかってたのに。

こんな卑怯な真似、私が一番嫌いなのに、ちくしょう。なんだってんだよ私は。

こんなことしたって何にもならないって理解してんのに、おまえは手に入らないってわかってんのに。

おまえに想いも伝えずにただ繋ぎ止めようとして、一歩も進めなくなっちまって。

こんな、一秒で言えることも言えないで――っ」

 好きだと、惚れたとただ素直に言えばよかったのに。

 ――眩しかった。

 己の罪と向き合いそれでも前に進むこいつが眩しくてしょうがなかった。

 辛い過去と正面切って戦うこいつが輝かしくて触れられなかった。

 地底に閉じ籠っちまった私とは違う、歩み続けるこの女が欲しくて、焦がれて……

 言葉さえ、失ってしまった。

 あいつの代わりを求めたわけじゃない。純粋に私は寅丸に惚れた。

 だけど、そこには甘えが酷く混じっていて、寅丸の優しさに付け込もうとしちまって。

 ちくしょう。ちくしょう――――私は、どこまで不様で、弱いんだよ……っ。

「――――ごめん」

 洗いざらいぶちまけた。

 罪も想いも一つ残らず絞り出した。

 もう私の中には何も残ってない。空っぽ、だ。

「悪かったね寅丸。旧都の連中にゃ話通しておくよ。これからは自由にしていい」

 これでお別れだ。嫌な女に付き合わせて悪かったよ寅丸。

 帰って、さっさと忘れちまっとくれ。もう私なんぞには関わりたくもないだろうからさ。

「星熊」

 冷え切った体に熱が触れる。

 見れば、寅丸の手がまた、私の腕に……私の手を、掴んで。

 酒で火照った手。熱い、彼女の手。

「……なんのつもりだい寅丸」

 やめとくれよ。

 勘違いしちまうよ。

 あんたの優しさに、凭れかかりたくなっちまうよ。

「私は壊れませんよ」

「……悪かったよ。そんなに虐めないでおくれ」

「あなたが私に怯える必要はありません」

 私の手を握る力が、強くなった。

「私は、あなたに壊されませんから」

 寅丸……?

「私は罪人です。あなたにはそれを告げた。なのに……求めてくれたのですね」

 どういう意味だよ。それじゃあまるで、私を受け入れてくれたみたいじゃないか。

 そんなことある筈ない。こんな醜態を晒しといて尚好かれるだなんて驕れない。

「なんだい……よもや、愛されたことがないから、寂しかったとか言い出す気じゃないだろうね」

 反射的に悪態を吐いてしまう。

 寅丸の言葉が信じられない。

 顔を、上げられない。

「いいえ」

 穏やかな否定。

「私は仲間に恵まれていましたし、不遜な物言いになりますが……かつては信仰を受けた身です。

愛されなかったなどということは決してありません」

 強く。強く手が握られる。

 何も信じられぬ私の心を溶かすように、熱い手が私を包む。

「私はただ、あなたが――星熊勇儀がそこまで私を愛してくれたと云うことが、嬉しいのです」

 何も、信じられぬのに……彼女の声は、私の奥の奥まで届いていた。

 そっと頭を撫でられる。

 幼子をあやすのに近い行為。普段の私なら酔っていても激怒するだろう。

 だけど、これだけ醜態を晒した今は、それを知っている彼女には、何も言えない。

 顔が――熱い。

「星熊、あなたは私のことが好きですか?」

「――うん」

「私も……あなたのことを好きになってもよいですか?」

「うん」

「それなら」

 優しく――髪を撫でられた。

「もう一人で苦しまないでくださいね」

 顔を上げる。

 彼女は金眼を細めて、微笑んでいた。

「――寅丸」

「ほしぎゅま」

「……寅丸?」

 ばたりと、私の膝に倒れ込んでくる。

「おい!? 寅丸!? どうした、って」

 ……いびきかいて寝てるよ。気持ち良さそうに。

「なんだってんだい――結局酔い潰れてたってのか?」

 初めて酒呑んで、限度もわからず呑み続けていたってのは想像できるが……

 ぶっ倒れる直前まで顔色も変えずにってのは珍しいね。危険だよまったく。

 ふらっふらで碌に頭も回んない状態になってたってのにさ……

「ったく。そんなんであんな大言吐くたぁね――」

 私の膝に頭を乗せて、幸せそうに眠っている彼女の髪を撫でる。

 ぴょんぴょん跳ねてる見かけ通りちょい硬めだねぇ。

 ああ、もう。笑いが堪えられないよ。嬉しくて、どうにかなっちまいそうだよ。

「おまえさんを捕まえて、放せなくなっちまうよ、寅丸」


 一つだけ、約束するよ。


 私はもう嘘を吐かない。


 おまえに苦しむ顔を見せたりしない。


 次にあんたが目覚めたときには――



「おまえが好きだって、伝えるよ」
新年あけましておめでとうございます

四十一度目まして猫井です

虎と熊の喰らい愛を書いてた筈なのになんでこんなことに

いや勇儀さんっていうか鬼ってお酒大好き強いの大好きでちょっと依存気味なのかなとか

そんな風に考えてたらこんなダメなひとになっちゃったというか

あ、石を投げるのはカンベンしてください痛い痛い

ここまでお読みくださりありがとうございました

本年もよろしくお願いいたします
猫井はかま
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コメント



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4.100名前が無い程度の能力削除
あけましておめでとうごさいます!新年早々にはかまさんの新作が見れて縁起がいいです。
勇儀姐さん、遊び人が似合い過ぎですwww
酔っ払った寅丸さんかわええわあ。
6.100名前が無い程度の能力削除
「鬼退治」の方の続きかと思い「ちょww姐さん浮気www」と思ってしまいました
相変わらず良い作品をお書きになられる
8.100名前が無い程度の能力削除
あけましておめでとうございます!
しかし幽パルの続きですか・・・・・・
私のジャスティスからは外れますがこれはこれで・・・・・・!
10.100名前が無い程度の能力削除
ごちそうさまでした。
12.100名前が無い程度の能力削除
あぁ、幽パルの続きか…
しかし勇儀さんと寅丸…背高いカプだなぁ…
13.100名前が無い程度の能力削除
なにも言葉が浮かばない
ただこの点数をつけさせてください
14.100名前が無い程度の能力削除
誰かがやってくれると信じていた
それがまさか猫井さんだなんて!素敵すぎる
18.100名前が無い程度の能力削除
やはり姐さんには「強者」との逢瀬がよく似合う
37.100名前が無い程度の能力削除
自分の弱さを吐露する姐さんをがっちりと受け止める星さん
うん、すばらしいね
39.100名前が無い程度の能力削除
言葉にできない