地霊殿内の、吹き抜けの大ホール。広くて高くて障害物の少ないここは、普段私達ペットの遊び場になっている。仕事休みに、空飛び鬼や死霊大縄跳びで戯れる。我らが主、さとり様は滅多に来ない。
今日は違った。朝、射命丸文とかいう天狗が取材に訪れた。さとり様と妹のこいし様の弾幕を、写真に撮りたいそうだ。満足行くまで続けますからと、撮影機を構えて宣言した。戦闘好きのこいし様は、両手を挙げて賛成。さとり様は面倒臭そうな顔で、天狗をホールに案内した。ここなら屋敷に大した損害もないでしょうと。
弾遊びの面白さは、動物達も皆知っている。お二人の不思議な必殺弾を見るチャンスだ。ペット一同は職務を自主休業して、観戦に向かった。私と親友のお燐も、吹き抜けの二階部分に座っている。色彩床の輝く戦場では、こいし様がハート型の連続する蛇を展開中だ。
「へえ、避ける避ける。あの天狗前にも来なかったっけ」
「二週間前にも来たでしょ。あたいとおくうの取材に」
そんなこともあったような、なかったような。私は忘れっぽい。昨日の晩御飯も、重要な言いつけも頭から抜け落ちる。お燐に鳥頭と溜息を吐かれる。自分では、精一杯覚えているつもりなのだけれど。さとり様の指導で、三行日記もつけている。問題は、文字に直す間に出来事が曖昧になることだ。そういう意味では、あの天狗の機械は非常に羨ましい。ボタンの一押しで見たものを記録できる。
鴉天狗は苺飴色のハートの連なりを誘導回避して、こいし様の懐に接近。写真機で弾幕と射出元のこいし様を撮った。弾が炭酸水のように泡立って消えた。
「お姉ちゃん交替。頑張らなくてもいいよ」
「適当に納得させるわ」
「お、さとり様もスペルカード出すかな」
手すりに腰かけたお燐が、首を伸ばした。私も真似して前のめりになる。
さとり様は聞き取りにくい静かな声でスペルカード名を唱えた。お燐の黒猫耳が曲がった。
「脳符、ブレインフィンガープリント、だってさ」
「ブレインフィンガー?」
「脳の指紋ってことかな。観てればわかるよきっと」
マスカットの粒みたいな霧弾が、さとり様の周りに放たれて萎んだ。目くらましだろうか。残るは避けやすそうな楕円の緑弾。当然のように天狗は間をすり抜け、一枚撮影。直後、
「うわっと!?」
天狗少女と観衆の驚愕の声が重なった。大ホールに融けたと思われた霧の球体が、面積を増して再燃爆発した。霞む翠の光に、さとり様の姿は隠れる。天狗の位置を第三の瞳で読み取って、おぼろな弾を次々投じた。見える危険と、見えなくなる爆弾の二層攻撃。爆ぜるタイミングを掴むまでは脅威となる。二度目の翠光で脳の指紋が蘇る、ということだろうか。記者天狗は霧弾の反対方向に回り込み、機械の動力を充填している。再発光、高速逃走、追跡。天狗はすばしっこくて、頭が切れた。早々に弾道と爆発時期を把握したらしい。翠の爆風の止んだ後を狙って、さとり様を捉えた。
「あ」
「どうしたの、おくう」
「さとり様嫌がってるみたい」
「そんなにわかるようになったんだ」
私はお燐ほど耳は良くないけれど、視力には自信がある。八咫烏様を取り込んでからは、ますます遠方が望めるようになった。さとり様は、レンズを向けられて固く目を瞑った。眉間に皺を寄せている。小指の先で、羽虫を払うような仕草もしている。洞察力のさほどない私でも、嫌悪の念が感じられる。
「あの霞、顔隠しじゃないかな」
「どうだろ。少なくとも、あんたみたいな核暴走じゃないね」
お燐が言うに、私はあの天狗相手に核融合の巨大な星をぶん投げたらしい。取材後にどの写真も真っ白でおくうさんが写っていないと落胆されたそうだ。
天狗は望む枚数を撮り切った。
「まだまだ行けます。さとりさん、続けてどうぞ」
「何が何でも記事にしたいようですね」
こいし様とペットが声援を送っている。私は瞳を凝らした。お燐は両耳に手を当てている。さとり様は黒髪天狗と距離を取り、重たそうに唇を動かした。スペルカード名、
「心花、カメラシャイローズ。おくうの予想は当たりかも」
「嫌がってるってこと?」
「うん。カメラシャイ、写真嫌い。新聞屋への単なる皮肉じゃないね、あの隠れ方は」
弾幕がさとり様の心を示していた。こいし様とお揃いのハート弾が、さとり様を中心に密集して生じている。尖った薔薇の花のように、外へ外へと広がっていく。寄せつけまいとしている。さとり様は赤白いハートの花弁の陰にいて、まともに見えない。天狗が宙を滑り、望遠レンズでさとり様を写真に収めた。薔薇の盾が消滅する。刹那、さとり様は後方に転移。再び弾びらを撒き始めた。
「なんで、写真嫌なのかな。私はあの道具好きだけどな」
「撮られて魂抜けるでもなし。そういえば、地霊殿には写真飾られてないよね」
「そうだっけ?」
「あたいの知ってる範囲にはね。一枚くらい持ってそうなのにさ」
私も地霊殿の各施設を思い出してみた。音楽室、書斎、客間、エントランス、地下室、厨房、ホール、中庭、灼熱地獄跡、私の小部屋、お燐の私室、さとり様の部屋。どこにもなかったはずだ。どの場所に何があるのかも良くわからない。こいし様の個室は確か入ったことがない。
「引き出しに保管してあるとか。アルバム?」
所蔵場所を推測するお燐に、私は言ってみた。
「もしもないなら、撮ってみたいな。さとり様、嫌がるかもしれないけど」
鳥頭の私でも、ご主人様や親友の姿形は簡単には忘れない。一目見ればさとり様だ、お燐だ、こいし様だとわかる。長い年月をかけて、刻みつけた。さっきのさとり様の脳の指紋のようなものだ。それでも、写真が欲しかった。壊れない記録は、私の一生の宝物になる。
「あたいも欲しいな。部屋の壁が寂しくていけないや」
どこなら写真機が手に入るか、戦いを眺めつつ二人で相談した。他のペットも作戦会議に加わってきた。自分達も被写体になってみたいそうだ。
沢山の生きた気を感じた。動物以外の乱入者がいても、わからなそうだった。
「ご協力ありがとうございました。今後とも『文々。新聞』をご贔屓に」
天狗は取材活動を完了すると、すぐに帰ってしまった。彼女の機械を借りる案はあっさり潰えた。仕方がない、元より素直に貸してくれそうになかった。
ペット達は各々の任務に戻っていく。私とお燐は平時のお勤めに行かなかった。仕事は構わないから、写真の道具を持ってきてと皆に頼まれた。私達は地霊殿暮らしが長く、天狗の撮影対象になる程度には力がある。そのため仲間には信頼されている。多少は行動の自由も利く。
「おくう、エレベーター動くの?」
「私がいれば平気。無理でも上に飛べば着く」
お燐が四つ足で地霊殿奥に駆けていった。私も急ぐ。目指すは間欠泉地下センターを経由した、妖怪の山。河童の技師か神様なら、何とかしてくれそうだ。
手すりを越えて、黒翼で降下。センターに通じる道に向かおうとした。その矢先、左手を掴まれた。霜のように冷たい。振り向いて、焦った。淡紫の髪のご主人様、さとり様だった。私の空っぽ頭。目的一直線で、存在を忘れていた。この方はペットの企画も、発案者もお視通しだ。
どうしよう。核の暴力で倒してはいけない。お燐のように口が回ればいいのに。細めたすみれの瞳に、うっすらと睨まれている気がする。私は困って、
「さとり様、写真嫌い?」
正直に訊いていた。さとり様は頷かなかった。首を振りもしなかった。
「どっち?」
「あまり、見たくないの。笑顔で写るのも苦手。貴方達が遊びで撮り合うのなら、好きにすればいい。ただし、私は写さないで。撮ったものも渡さないで」
変なさとり様だ。大体許してくれたのはわかった。ならどうして、引き止めたのだろう。本当は、やめて欲しいんじゃ。
「私、さとり様と写りたい。大事にする」
「貴方が思うほど、写真は素敵なものじゃないわ」
「持ってるの?」
「捨てました」
夕飯時には帰っていらっしゃい。会話を打ち切って、さとり様は手を解いた。
写真が素敵じゃないって、どういうことなのだろう。どうして、捨ててしまったのだろう。話の内容と疑問を記憶から落とさないように、私は用心して前進した。
エレベーターで待っていたお燐に、さとり様の発言を聞かせた。私とお燐の乗った平らな板が、浮上していく。髪と銀河のマントが下に押しつけられた。機械式の上昇に慣れていないお燐は、胃の辺りを押さえて言った。
「うーんと。不愉快なものが写っちゃった、シャッター音がさとり様のトラウマ、天狗に追い回された恨み、お腹気持ち悪い」
「お燐にもわかんないか。大丈夫、もうすぐ上だよ」
お燐の背中をさすって、迫るぬるい灰青空を見上げた。日光は雲の層に閉じ込められている。地底の太陽、私がいればいい。天は晴らす。さとり様も、明るくする。
「これ以上、おかしくならないでね」
私に守られて、お燐は唸った。謎めいたことを言った。私はどこも、おかしくなっていない。
間欠泉センターの外で、お燐は空気の入れ替え。私は核研究中の河童に、写真撮影機と訊ねて回った。あれは鴉天狗の注文で作っているもの、だそうだ。たとえ私が核融合の要でも、許可なく天狗界の文明品を渡すことはできないのだとか。上のひとに怒られるらしい。妖怪の山は面倒な組織だ。自動開閉扉から出て、お燐に報告。
「さとり様の方が優しいね」
「おくう、それどういう結論」
経緯を飛ばしていたようだ。河童の小難しい話を引き出して、私なりに説明した。写真機はくれない、天狗に駄目って言われる。お燐は閉鎖的だとぼやいた。
「河童は全滅と」
「どうする、お燐」
「初めの計画通り山の神社に行こう。神様なら別ルートの入手手段がありそう。あんたを改造した張本人だもの、話聞いてくれそうだし」
それも無理なら魔法の森のお店、紅白のお姉さんとその知り合いの怖い妖怪さん、紅い館と竹林の邸宅。お燐は飛行中に新案を閃いては、私に伝えた。お燐の頭脳は凄い。頼りになる。私も役に立ちたい。お燐のできないことで。
「撮影機。カメラですか。外のものを持っていたのですが、神奈子様と諏訪子様が天狗流の革新を試みて。機械が期待に応え切れず、ぐちゃっと」
山の巫女は手を小さくまとめて、「ぐちゃっと」の様子を再現してくれた。可哀想なメルトダウン。外の機体はやわでいけませんねと、幻想郷人らしく批判した。破壊犯の神様達は、里に下りて花見中だそうだ。
神社脇の建物でお茶と桜餅を出し、
「おくうさんには夢のエネルギーを生んで貰っていますから、力にはなりたいのですが。すみません。写真だけならお見せしましょうか」
「うん、見てみたい」
巫女は一冊の分厚い本を持ってきた。開くと人間の赤ん坊や、抱きかかえる大人、幼児の成長の様が色つきで記録されていた。顔立ちでわかる、幼少期の巫女だ。幣を掲げたり、ぶらんこを漕いだりしている。途中から、蛙と蛇の髪飾りがついた。数ページ送る。細長い写真があった。似通った紺服の少年少女が、集団で写っている。下方に印刷の黒字で、
「にゅうがくしき」
「外の教育機関の、新入り式です。記念に撮るんですよ」
緊張しているのだろうか。笑ってはいけない決まりか。無表情気味でつまらなかった。お燐が写真右上の、丸で囲まれた人を指した。
「当日いなかった人です」
目立つけれど、仲間外れみたいだ。
本の後半は、三人で撮った写真が多かった。縄飾りの神様と、巫女と、目玉つき帽子の神様。二本指を立てた両手を見せて、嬉しそうに笑っている。別の一枚では、招くように腕を前に伸ばしている。所々に、色ペンで花や西洋文字の落書きがある。
「外のカメラって、霊や神様は写してくれないんです。私の奇跡で強引にフレームに収めてみました」
「お燐、私こういうのが撮りたい。みんなで笑ってるやつ」
「同感。さとり様は真ん中ね」
拒否されなければ。さとり様の言葉は、覚えている。天狗の取材で逃げるような弾幕を張ったことも。
「巫女のお姉さんさ。外の世界では、写真撮るのが普通? 嫌がる人とかいない?」
「記念日にも、何でもない日にも撮りますね。写真写りの悪い方は嫌がります」
「あたい達のご主人様、写真嫌いみたいなんだ。でも撮りたいんだよ。心が読めるから、騙し撮りは絶対にばれちゃう。いい手はないかな」
巫女は何でもないことのように、
「恐喝と強制です。逃げられない状況を作るんです。幻想郷で常識に囚われてどうしますか」
新地獄に落ちそうなことを言い放った。スペルカード戦や妖怪退治の鉄則らしい。彼女のところに、新聞天狗はまだ来ていないのだろうか。非常識な特殊弾で撃ち落とされそうだ。
「もしくは説得ですね。写真は悪くないとわからせる。過去を懐かしむにはいい品ですよ」
さとり様にも、お燐にも口論で勝てたためしはない。私の空の心は、勢いの単純戦法一筋だ。お燐に挑んでもらうしかないか。
懐かしむという感覚は、理解できなかった。私の記憶領域には、過去を愛でる余裕がない。写真を撮るのは、他の動機から。
「色々努力しないとなぁ。ありがとうございました」
お燐は桜餅の切れ端を放り込んで、巫女に一礼した。私も口に詰め込んで、緑茶を一気飲みした。移動だ。お燐が戸を引こうとしたとき、
「やっと会えた。竜巻みたいに出て行っちゃうんだもん。言って待たせるんだった」
木戸が突然ひと一人分開いて、帽子と綿飴の髪、黒の眼球が覗いた。私とお燐と巫女に手を振っている。
「こいし様」
お化けのような現れ方だ。お燐は魂の抜けた声で名を呼び、紅眼をこいし様の胸元にやって、
「にゃー、にゃにそれ、えええ!」
甲高い大声を上げた。私もそれが何なのか認めて、空の口を開けた。
こいし様が抱いているのは、三段の重箱と同じような大きさの機械。剥げかけた黒の塗装の中央に、伸縮するレンズがある。一番下に、横長の窪み。こいし様は縁の三つのピンを倒した。鐘の音がした。数秒後、窪みから長方形の白紙が吐き出された。こいし様は掌ほどの紙切れを団扇のようにはためかせ、私達に見せた。驚きいっぱいの私とお燐、平然とした巫女の像が徐々に白黒で浮かんだ。天狗のカメラとは形状や仕組みが異なるけれど、これも写真機だ。
「なんで、てっきり地底と地霊殿にはないものだと思って除外して、これこいし様の私物ですか」
二本の尻尾を直立させて唖然とするお燐に、こいし様は機体の底を向けた。ええと、『是非曲直庁認可品』?
「私達に地霊殿を預けた彼岸の組織がくれたの。地獄跡や怨霊に変化があったら、撮影して報せなさいって。お姉ちゃん、昔は個人的にも使ってた。でも、撮らなくなって。重大な異変もないだろうって、地下室の隠し棚にしまっちゃったの」
「あの世はモノクロのインスタント派なんですね」
巫女が興味深そうに言って、こいし様を屋内に招き入れた。お茶のお代わりが注ぎ足される。桜葉で包んだ餅米のお菓子も追加された。
「おくうやお燐達が賑やかにしてたから、私後ろでこっそり聞いてたんだよ? びっくりさせようと思って、弾幕ごっこの後に地下室に潜ったの。荷造りの間に出かけちゃってた」
こいし様はお客様らしく長椅子に座り、布の手提げ鞄をテーブルに置いた。中身は巫女の写真集より、二回り小さな冊子だ。薄い。
「お姉ちゃんが撮って、捨てた写真だよ。内緒で集めたの」
私とお燐が、こいし様の両脇にへばりついた。指先がチョコレート色の表紙を捲る。
お燐が呻いた。
散々に破られた写真屑が、復元されていた。地霊殿の庭の、薔薇の前だと思う。さとり様とこいし様が手を繋いでいた。こいし様は左手を挙げて、ご機嫌そう。さとり様も、穏やかに笑っているように見えた。色なしでわかりにくいけれど、こいし様も覚りの瞳を開けていた。
次の写真は、丸めて広げたような痕があった。さとり様とこいし様が、肩を寄せ合っている。角度が変わっている。撮影道具を、こいし様が掲げて撮ったのだろう。仲の良い姉妹をやや高い位置からレンズが見守っている。こいし様の瞳が開いていると、はっきりわかった。
今度は、火焔猫の写真屑。お燐ではない。耳に切れ込みがある。あたいの先輩の、死んじゃった猫じゃないかな。お燐の推理に、こいし様がそうだよと答えた。
病気で枯れたという黄色の薔薇、こいし様、さとり様とこいし様。私やお燐や、今のこいし様はどこにもいない。淋しい。
「おくう。私には説得、できないかもしれない」
お燐が耳を垂らした。何かわかっちゃった、さとり様の気持ち。悲しそうに呟いた。
「どういう気持ち?」
「巫女のお姉さん、言ったよね。写真は過去を懐かしむにはいいって。さとり様は、見たくないんだよ。変わっちゃったものの、変わる前のこと。撮ったものが変わるのが、怖いんだ。だから、レンズに笑えない。自分が写るときにも、思い出しちゃう」
こいし様が第三の瞳を閉じたり、猫が亡くなったりするのが嫌、ということか。写真で、今との差異に気づいてしまう。かつてあったものが、なくなる。
「良くわかるね、さすが」
お燐はまあね、と辛そうに笑った。
「あたいも、おくうが変わっちゃったの見て混乱したから。核で強くなって、変な三本足つけて、新しい施設に移って、目が前より良くなって、エレベーターに慣れて」
「私、根っこは変わってないよ。物忘れは相変わらず酷いし、お燐やさとり様やこいし様のことはずっと好き」
「わかるよ。わかるんだけどさ、受け入れにくいときもあるんだ。おかしくならないで欲しいなって」
声が湿っていった。
知らなかった。尻尾と涙を流すお燐の肩を抱いて、謝った。変化で親友を傷つけていたんだ、私。悪いことをした。でも、私やこいし様のようなわかりやすい形じゃなくても、皆変わっていく。髪は毎日伸びる。羽毛は落ちる。曇天は払われる。月は沈んで、日が昇る。
「変わることは悪とは限りませんよ。私は幻想郷に移って現人神生活を満喫しています」
「ちょっとずつ成長してるのにね」
巫女とこいし様が、顔を見合わせて胸を張った。
変わらないでと願う心は、誰の内にもあるのかもしれない。けれども、大抵のものは不変ではない。生きる者は事実を受け入れて、新たな時に臨む。
じゃあ、写真は何のためにある?
間違い探しで嘆くための道具じゃない。ただの、昔を懐かしむ切っ掛けでもない。もっといいものや、希望を籠められる。さとり様にも、わかって欲しい。
「お燐、私がさとり様誘ってみる。お燐は機械の操作方法を習って」
「使えるの? 結構難しいよ」
「二人で決めたことだから、分け合ってやり遂げたい」
あたいはおくうのできないことをやる。私はお燐のできないことをやる。一緒なら、無敵だよ。いつだか忘れたけれど、お燐とそんな風にやり取りした。
より固く進化する結束で、何かを変えていく。それは、花を咲かせる陽光みたいなことだと思う。単独では弱くても、重なれば眩しい。ひとつひとつが強ければ、もっともっと目映い。閉ざした蕾を目覚めさせる。
私は白目の赤いお燐と、手を打ち合わせた。
「三人でもいいよね」
こいし様も混ざって、いい音を立てた。
彼岸写真機の操り方は、こいし様も知り尽くしてはいなかった。解説書が難解で飽きてしまったという。機械の蓋を開けて、制御ダイヤルを左右に回して、試し撮り。ぶれた写真や惜しい一枚の丘ができた。即席写真家お燐は、粘り強くカメラに向き合った。使用法を手と頭に叩き込んでいた。日没前には、神社の全景や桜餅のズーム、巫女の弾幕もどき、私とこいし様とお燐の小俯瞰写真を撮れるようになっていた。こいし様の使えなかった新機能も発見していた。
神社を去るとき、巫女が機械に五芒星のまじないをかけてくれた。
「ささやかな、一枚限りの奇跡です。撮ってみてのお楽しみに。これからも、信仰は全て守矢神社に寄せてくださいね」
商魂逞しい。
麓に下りて、間欠泉地下センターのエレベーターで地霊殿に帰った。お燐を気遣って、博麗神社付近の洞窟から帰還しようかと提案はした。あたいも慣れたいからと、断られた。往路ほど苦しくはなさそうだった。撮影の手順を再確認していた。こいし様は無重力めいた急降下にご満悦だった。
奇跡仕込みの一枚なら、地霊殿の全員で撮りたい。三人の意見が一致した。
被写体を集める役は、こいし様が受け持った。各所のペットの無意識に呼びかけて、大ホールに集結させた。さとり様には使わなかったそうだ。おくうの仕事だからと、翼を撫でられた。
お燐は背もたれのない椅子を持ってきて、機械を固定した。時間差撮影の機能で、お燐を含めた集合写真を撮れるという。カメラに触りたがる動物達を、数列に並ばせた。参考は巫女のお姉さんの入学写真。お燐は明かして親指を突き立てた。列の中心、写真の真ん中になる部分に、四人分の空白がある。こいし様が四つの一等部の左端を占めた。
「欠けてるものはあとひとつ。おくう、頼んだ。どうやって連れてくるつもり?」
「ぶつかってみる」
胸の中が熱かった。八咫烏様の神力ではない、自分の気持ちが燃えている。
地霊殿内を翔けた。ホールを抜け、二階のさとり様の部屋へ。
固めておかないと、一日が霧になる。天狗の取材に始まって、お燐と写真機探しに出発した。河童は話にならなくて、山の巫女もカメラは持っていなくて。巫女のアルバムを見た。こいし様が秘蔵の撮影機を持参、粉々の写真達と対面した。お燐とさとり様の悲しい所を知って、それでも動かそうとして、今。
写真に触れて、思ったことがあった。
「さとり様」
さとり様が、自室から出てきた。髪が整えられている。梳かし直したみたいだ。
私を見るなり、疲れたような顔になった。
「ホールの思念がうるさいの。参加者を束ねて退路を断つ、誰の入れ知恵かしら。天然でも悪趣味ね。これで私が行かなかったら、悪者みたいでしょう」
「来てくれる?」
当日いなかった人は、丸い枠の中。さとり様がそうなるのでは、地霊殿らしくない。
さとり様は、両腕を組んで私の傍に浮いた。
「心の狭過ぎる飼い主では、見放されるでしょう」
「いいってこと?」
「撮るなら勝手になさい」
ぶつかるまでもなかった。
「きっと笑わないけど」
枯れない薔薇のスカートをなびかせて、さとり様は揺れるように浮遊した。
それでは、いけない。私は笑顔の写真が欲しい。
「写真は辛いものじゃないよ、さとり様。変わることも、怖がらないで」
お燐の言葉を意識の海から掬って、出してみた。さとり様は、撮ったものの変化を恐れている。思い出すから笑えない。お燐は捨てられた写真に、さとり様の恐怖を見ていた。
「お燐は考え過ぎね。私は大人よ。変わったこいしも貴方も、そういうものだと思える。笑わないのは、その方が自然だから。表情をいちいち操るのは性に合わないの」
「でも写真は破いて捨てた」
「邪魔だったから」
「違う」
さとり様の両肩を押さえつけて、想いの火を上げた。
記憶に手を突っ込んで、拾う。あまり見たくないの。貴方が思うほど、素敵なものじゃないわ。お燐の運ぶばらばら死体のように裂かれた、姉妹の写真。私の大親友は、体力や腕力では私に敵わない。けれども、頭も心も優れている。さとり様の写真を撮りたくて、複雑な機械を使いこなせるようになった。さとり様の心情に浸って、私の変身に泣いた。お燐は洒落や皮肉を言うけれど、重大な場面ではふざけない。私は、お燐を信じる。
「もしもそのお燐が、貴方のように神様の力で変わったら? 貴方のことなんか忘れて、消えてしまったら? 貴方は写真を捨てない?」
お燐の変化を現実的に想像できないから、確かなことは言えない。でも、多分取っておくのではないだろうか。ある日黒猫から白猫に変わったとしても、お燐はお燐だ。写真を破ったところで、過去は消せない。
さとり様は私の内側を眺めて、
「貴方の心も優れていると思うわ。無知も愚直も美しい」
褒めてくれた。
「私の大事なものは、皆遠くに行ってしまうから。失いたくないのね」
陰のある顔のままで。お燐みたいだった。いつまでもいる。変わらない。断言できないことだ。
私は忘れやすい。短い思い出は透明になる。決定的な瞬間も、そのうち雲にまみれる。忘れたことすら忘れて生きる。変わったものの変わる前の状態を、忘却しかねない。うつほ。空っぽだ。
「それでも、笑おうよさとり様」
さとり様のほっぺたを引っ張って、やわらかくして放した。口の両端を上げて、歯を出す。瞳は指で押したマシュマロ型。派手な笑顔のお手本を見せて、手を取った。
「私、色々写真を見て思ったんだ。写真は後悔や回想のためじゃなくて、未来のためにあるんじゃないかって」
「未来?」
「どう変わっていくかは、さとり様の目にも視えないよね。まっさら、空白。素敵に変えてやるって、決意して笑うの。そうすれば叶うかもしれない」
変化の法則を受け入れた上で、うんと笑う。変わるのなら、良い方向になるようにと願って。素晴らしい明日を、引き寄せる。
希望のお守りに、無表情は似合わない。
大ホールに飛び込むと、地霊殿住民の声が至る所で上がった。人語を喋る者は、人語で。人間化のできない者は、獣らしく。さとり様来た! おくう遅い。早く撮ろうよ。お姉ちゃん、ここ入って。
さとり様は、こいし様の隣に立った。
「おくう、やったじゃん」
「写真を撮ってみないと。まだわからないよ」
「ん。みんなー、準備いい? スイッチ入れるよ! 十秒後に撮れるから。数えて。行くよ、十!」
お燐が機械のピンを横にやった。私と共に、こいし様とさとり様の隣に降り立つ。レンズの側から捉えて、左から順に、こいし様、さとり様、私、お燐。
「九、八、七ぁ!」
にゃーん、きゅーん。カウントで壁が崩れそうだ。地霊殿、幻想郷一の大家族かもしれない。
六、五、四。こいし様がさとり様の腕に寄りかかった。私もさとり様と腕を組んでみた。振り解かれなかった。お燐が私の首に抱きついた。他の火焔猫や地獄鴉も、思い思いにポーズを取っている。
「三、二!」
ここは、温かい。何度忘れても、温かい。さとり様に拾われて良かった。お燐と会えて良かった。こいし様の思いつきの遊びも好きだ。
私は地底の太陽になって、地霊殿を照らす。これからも、そうしたい。
見えないものは、煌めく。目のいい私にはわかる。明日も明後日も、いい日にできる。
さとり様、やってみて。
「いち!」
お燐と頬を擦り合わせて、私は笑った。
零、の声を追って、撮影機に内蔵された鐘が鳴り響いた。
整列が乱れる。ペット達がカメラに詰めかけた。お燐が素早く、白紙の写真を摘み取った。椅子の上に乗って、煽ぐ。浮かんだ像を被写体全員に向けた。
「おくう、こいし様、巫女のお姉さんに感謝」
一人も外すことなく、地霊殿の面子が紙に入っている。白黒ではなかった。巫女のアルバムの写真のように、色がついていた。地味だけど嬉しい奇跡だ。どこに誰がいるのか、楽に見分けられる。私のマントの裏地の、宇宙柄もばっちりだ。
それが欲しい、お燐もう一回。ペットが口々に叫び始めた。
「一度きりの奇跡。次からは白黒なんだけどなあ」
カラーの一枚の争奪戦になりそうだ。カメラと写真を持って、お燐は私の許に逃げてきた。収拾がつかない。
「お姉ちゃん、どうする?」
「さとり様、どうしようかこれ」
さとり様は手を叩いて狂乱を鎮め、
「山の神社に複写を依頼するか、射命丸さんを呼びましょう。お燐の撮影技術もなかなかのものだけど」
お燐と私と、こいし様の頭を順に撫でつけた。
写真の内と外で、さとり様は微笑んでいた。
今日は違った。朝、射命丸文とかいう天狗が取材に訪れた。さとり様と妹のこいし様の弾幕を、写真に撮りたいそうだ。満足行くまで続けますからと、撮影機を構えて宣言した。戦闘好きのこいし様は、両手を挙げて賛成。さとり様は面倒臭そうな顔で、天狗をホールに案内した。ここなら屋敷に大した損害もないでしょうと。
弾遊びの面白さは、動物達も皆知っている。お二人の不思議な必殺弾を見るチャンスだ。ペット一同は職務を自主休業して、観戦に向かった。私と親友のお燐も、吹き抜けの二階部分に座っている。色彩床の輝く戦場では、こいし様がハート型の連続する蛇を展開中だ。
「へえ、避ける避ける。あの天狗前にも来なかったっけ」
「二週間前にも来たでしょ。あたいとおくうの取材に」
そんなこともあったような、なかったような。私は忘れっぽい。昨日の晩御飯も、重要な言いつけも頭から抜け落ちる。お燐に鳥頭と溜息を吐かれる。自分では、精一杯覚えているつもりなのだけれど。さとり様の指導で、三行日記もつけている。問題は、文字に直す間に出来事が曖昧になることだ。そういう意味では、あの天狗の機械は非常に羨ましい。ボタンの一押しで見たものを記録できる。
鴉天狗は苺飴色のハートの連なりを誘導回避して、こいし様の懐に接近。写真機で弾幕と射出元のこいし様を撮った。弾が炭酸水のように泡立って消えた。
「お姉ちゃん交替。頑張らなくてもいいよ」
「適当に納得させるわ」
「お、さとり様もスペルカード出すかな」
手すりに腰かけたお燐が、首を伸ばした。私も真似して前のめりになる。
さとり様は聞き取りにくい静かな声でスペルカード名を唱えた。お燐の黒猫耳が曲がった。
「脳符、ブレインフィンガープリント、だってさ」
「ブレインフィンガー?」
「脳の指紋ってことかな。観てればわかるよきっと」
マスカットの粒みたいな霧弾が、さとり様の周りに放たれて萎んだ。目くらましだろうか。残るは避けやすそうな楕円の緑弾。当然のように天狗は間をすり抜け、一枚撮影。直後、
「うわっと!?」
天狗少女と観衆の驚愕の声が重なった。大ホールに融けたと思われた霧の球体が、面積を増して再燃爆発した。霞む翠の光に、さとり様の姿は隠れる。天狗の位置を第三の瞳で読み取って、おぼろな弾を次々投じた。見える危険と、見えなくなる爆弾の二層攻撃。爆ぜるタイミングを掴むまでは脅威となる。二度目の翠光で脳の指紋が蘇る、ということだろうか。記者天狗は霧弾の反対方向に回り込み、機械の動力を充填している。再発光、高速逃走、追跡。天狗はすばしっこくて、頭が切れた。早々に弾道と爆発時期を把握したらしい。翠の爆風の止んだ後を狙って、さとり様を捉えた。
「あ」
「どうしたの、おくう」
「さとり様嫌がってるみたい」
「そんなにわかるようになったんだ」
私はお燐ほど耳は良くないけれど、視力には自信がある。八咫烏様を取り込んでからは、ますます遠方が望めるようになった。さとり様は、レンズを向けられて固く目を瞑った。眉間に皺を寄せている。小指の先で、羽虫を払うような仕草もしている。洞察力のさほどない私でも、嫌悪の念が感じられる。
「あの霞、顔隠しじゃないかな」
「どうだろ。少なくとも、あんたみたいな核暴走じゃないね」
お燐が言うに、私はあの天狗相手に核融合の巨大な星をぶん投げたらしい。取材後にどの写真も真っ白でおくうさんが写っていないと落胆されたそうだ。
天狗は望む枚数を撮り切った。
「まだまだ行けます。さとりさん、続けてどうぞ」
「何が何でも記事にしたいようですね」
こいし様とペットが声援を送っている。私は瞳を凝らした。お燐は両耳に手を当てている。さとり様は黒髪天狗と距離を取り、重たそうに唇を動かした。スペルカード名、
「心花、カメラシャイローズ。おくうの予想は当たりかも」
「嫌がってるってこと?」
「うん。カメラシャイ、写真嫌い。新聞屋への単なる皮肉じゃないね、あの隠れ方は」
弾幕がさとり様の心を示していた。こいし様とお揃いのハート弾が、さとり様を中心に密集して生じている。尖った薔薇の花のように、外へ外へと広がっていく。寄せつけまいとしている。さとり様は赤白いハートの花弁の陰にいて、まともに見えない。天狗が宙を滑り、望遠レンズでさとり様を写真に収めた。薔薇の盾が消滅する。刹那、さとり様は後方に転移。再び弾びらを撒き始めた。
「なんで、写真嫌なのかな。私はあの道具好きだけどな」
「撮られて魂抜けるでもなし。そういえば、地霊殿には写真飾られてないよね」
「そうだっけ?」
「あたいの知ってる範囲にはね。一枚くらい持ってそうなのにさ」
私も地霊殿の各施設を思い出してみた。音楽室、書斎、客間、エントランス、地下室、厨房、ホール、中庭、灼熱地獄跡、私の小部屋、お燐の私室、さとり様の部屋。どこにもなかったはずだ。どの場所に何があるのかも良くわからない。こいし様の個室は確か入ったことがない。
「引き出しに保管してあるとか。アルバム?」
所蔵場所を推測するお燐に、私は言ってみた。
「もしもないなら、撮ってみたいな。さとり様、嫌がるかもしれないけど」
鳥頭の私でも、ご主人様や親友の姿形は簡単には忘れない。一目見ればさとり様だ、お燐だ、こいし様だとわかる。長い年月をかけて、刻みつけた。さっきのさとり様の脳の指紋のようなものだ。それでも、写真が欲しかった。壊れない記録は、私の一生の宝物になる。
「あたいも欲しいな。部屋の壁が寂しくていけないや」
どこなら写真機が手に入るか、戦いを眺めつつ二人で相談した。他のペットも作戦会議に加わってきた。自分達も被写体になってみたいそうだ。
沢山の生きた気を感じた。動物以外の乱入者がいても、わからなそうだった。
「ご協力ありがとうございました。今後とも『文々。新聞』をご贔屓に」
天狗は取材活動を完了すると、すぐに帰ってしまった。彼女の機械を借りる案はあっさり潰えた。仕方がない、元より素直に貸してくれそうになかった。
ペット達は各々の任務に戻っていく。私とお燐は平時のお勤めに行かなかった。仕事は構わないから、写真の道具を持ってきてと皆に頼まれた。私達は地霊殿暮らしが長く、天狗の撮影対象になる程度には力がある。そのため仲間には信頼されている。多少は行動の自由も利く。
「おくう、エレベーター動くの?」
「私がいれば平気。無理でも上に飛べば着く」
お燐が四つ足で地霊殿奥に駆けていった。私も急ぐ。目指すは間欠泉地下センターを経由した、妖怪の山。河童の技師か神様なら、何とかしてくれそうだ。
手すりを越えて、黒翼で降下。センターに通じる道に向かおうとした。その矢先、左手を掴まれた。霜のように冷たい。振り向いて、焦った。淡紫の髪のご主人様、さとり様だった。私の空っぽ頭。目的一直線で、存在を忘れていた。この方はペットの企画も、発案者もお視通しだ。
どうしよう。核の暴力で倒してはいけない。お燐のように口が回ればいいのに。細めたすみれの瞳に、うっすらと睨まれている気がする。私は困って、
「さとり様、写真嫌い?」
正直に訊いていた。さとり様は頷かなかった。首を振りもしなかった。
「どっち?」
「あまり、見たくないの。笑顔で写るのも苦手。貴方達が遊びで撮り合うのなら、好きにすればいい。ただし、私は写さないで。撮ったものも渡さないで」
変なさとり様だ。大体許してくれたのはわかった。ならどうして、引き止めたのだろう。本当は、やめて欲しいんじゃ。
「私、さとり様と写りたい。大事にする」
「貴方が思うほど、写真は素敵なものじゃないわ」
「持ってるの?」
「捨てました」
夕飯時には帰っていらっしゃい。会話を打ち切って、さとり様は手を解いた。
写真が素敵じゃないって、どういうことなのだろう。どうして、捨ててしまったのだろう。話の内容と疑問を記憶から落とさないように、私は用心して前進した。
エレベーターで待っていたお燐に、さとり様の発言を聞かせた。私とお燐の乗った平らな板が、浮上していく。髪と銀河のマントが下に押しつけられた。機械式の上昇に慣れていないお燐は、胃の辺りを押さえて言った。
「うーんと。不愉快なものが写っちゃった、シャッター音がさとり様のトラウマ、天狗に追い回された恨み、お腹気持ち悪い」
「お燐にもわかんないか。大丈夫、もうすぐ上だよ」
お燐の背中をさすって、迫るぬるい灰青空を見上げた。日光は雲の層に閉じ込められている。地底の太陽、私がいればいい。天は晴らす。さとり様も、明るくする。
「これ以上、おかしくならないでね」
私に守られて、お燐は唸った。謎めいたことを言った。私はどこも、おかしくなっていない。
間欠泉センターの外で、お燐は空気の入れ替え。私は核研究中の河童に、写真撮影機と訊ねて回った。あれは鴉天狗の注文で作っているもの、だそうだ。たとえ私が核融合の要でも、許可なく天狗界の文明品を渡すことはできないのだとか。上のひとに怒られるらしい。妖怪の山は面倒な組織だ。自動開閉扉から出て、お燐に報告。
「さとり様の方が優しいね」
「おくう、それどういう結論」
経緯を飛ばしていたようだ。河童の小難しい話を引き出して、私なりに説明した。写真機はくれない、天狗に駄目って言われる。お燐は閉鎖的だとぼやいた。
「河童は全滅と」
「どうする、お燐」
「初めの計画通り山の神社に行こう。神様なら別ルートの入手手段がありそう。あんたを改造した張本人だもの、話聞いてくれそうだし」
それも無理なら魔法の森のお店、紅白のお姉さんとその知り合いの怖い妖怪さん、紅い館と竹林の邸宅。お燐は飛行中に新案を閃いては、私に伝えた。お燐の頭脳は凄い。頼りになる。私も役に立ちたい。お燐のできないことで。
「撮影機。カメラですか。外のものを持っていたのですが、神奈子様と諏訪子様が天狗流の革新を試みて。機械が期待に応え切れず、ぐちゃっと」
山の巫女は手を小さくまとめて、「ぐちゃっと」の様子を再現してくれた。可哀想なメルトダウン。外の機体はやわでいけませんねと、幻想郷人らしく批判した。破壊犯の神様達は、里に下りて花見中だそうだ。
神社脇の建物でお茶と桜餅を出し、
「おくうさんには夢のエネルギーを生んで貰っていますから、力にはなりたいのですが。すみません。写真だけならお見せしましょうか」
「うん、見てみたい」
巫女は一冊の分厚い本を持ってきた。開くと人間の赤ん坊や、抱きかかえる大人、幼児の成長の様が色つきで記録されていた。顔立ちでわかる、幼少期の巫女だ。幣を掲げたり、ぶらんこを漕いだりしている。途中から、蛙と蛇の髪飾りがついた。数ページ送る。細長い写真があった。似通った紺服の少年少女が、集団で写っている。下方に印刷の黒字で、
「にゅうがくしき」
「外の教育機関の、新入り式です。記念に撮るんですよ」
緊張しているのだろうか。笑ってはいけない決まりか。無表情気味でつまらなかった。お燐が写真右上の、丸で囲まれた人を指した。
「当日いなかった人です」
目立つけれど、仲間外れみたいだ。
本の後半は、三人で撮った写真が多かった。縄飾りの神様と、巫女と、目玉つき帽子の神様。二本指を立てた両手を見せて、嬉しそうに笑っている。別の一枚では、招くように腕を前に伸ばしている。所々に、色ペンで花や西洋文字の落書きがある。
「外のカメラって、霊や神様は写してくれないんです。私の奇跡で強引にフレームに収めてみました」
「お燐、私こういうのが撮りたい。みんなで笑ってるやつ」
「同感。さとり様は真ん中ね」
拒否されなければ。さとり様の言葉は、覚えている。天狗の取材で逃げるような弾幕を張ったことも。
「巫女のお姉さんさ。外の世界では、写真撮るのが普通? 嫌がる人とかいない?」
「記念日にも、何でもない日にも撮りますね。写真写りの悪い方は嫌がります」
「あたい達のご主人様、写真嫌いみたいなんだ。でも撮りたいんだよ。心が読めるから、騙し撮りは絶対にばれちゃう。いい手はないかな」
巫女は何でもないことのように、
「恐喝と強制です。逃げられない状況を作るんです。幻想郷で常識に囚われてどうしますか」
新地獄に落ちそうなことを言い放った。スペルカード戦や妖怪退治の鉄則らしい。彼女のところに、新聞天狗はまだ来ていないのだろうか。非常識な特殊弾で撃ち落とされそうだ。
「もしくは説得ですね。写真は悪くないとわからせる。過去を懐かしむにはいい品ですよ」
さとり様にも、お燐にも口論で勝てたためしはない。私の空の心は、勢いの単純戦法一筋だ。お燐に挑んでもらうしかないか。
懐かしむという感覚は、理解できなかった。私の記憶領域には、過去を愛でる余裕がない。写真を撮るのは、他の動機から。
「色々努力しないとなぁ。ありがとうございました」
お燐は桜餅の切れ端を放り込んで、巫女に一礼した。私も口に詰め込んで、緑茶を一気飲みした。移動だ。お燐が戸を引こうとしたとき、
「やっと会えた。竜巻みたいに出て行っちゃうんだもん。言って待たせるんだった」
木戸が突然ひと一人分開いて、帽子と綿飴の髪、黒の眼球が覗いた。私とお燐と巫女に手を振っている。
「こいし様」
お化けのような現れ方だ。お燐は魂の抜けた声で名を呼び、紅眼をこいし様の胸元にやって、
「にゃー、にゃにそれ、えええ!」
甲高い大声を上げた。私もそれが何なのか認めて、空の口を開けた。
こいし様が抱いているのは、三段の重箱と同じような大きさの機械。剥げかけた黒の塗装の中央に、伸縮するレンズがある。一番下に、横長の窪み。こいし様は縁の三つのピンを倒した。鐘の音がした。数秒後、窪みから長方形の白紙が吐き出された。こいし様は掌ほどの紙切れを団扇のようにはためかせ、私達に見せた。驚きいっぱいの私とお燐、平然とした巫女の像が徐々に白黒で浮かんだ。天狗のカメラとは形状や仕組みが異なるけれど、これも写真機だ。
「なんで、てっきり地底と地霊殿にはないものだと思って除外して、これこいし様の私物ですか」
二本の尻尾を直立させて唖然とするお燐に、こいし様は機体の底を向けた。ええと、『是非曲直庁認可品』?
「私達に地霊殿を預けた彼岸の組織がくれたの。地獄跡や怨霊に変化があったら、撮影して報せなさいって。お姉ちゃん、昔は個人的にも使ってた。でも、撮らなくなって。重大な異変もないだろうって、地下室の隠し棚にしまっちゃったの」
「あの世はモノクロのインスタント派なんですね」
巫女が興味深そうに言って、こいし様を屋内に招き入れた。お茶のお代わりが注ぎ足される。桜葉で包んだ餅米のお菓子も追加された。
「おくうやお燐達が賑やかにしてたから、私後ろでこっそり聞いてたんだよ? びっくりさせようと思って、弾幕ごっこの後に地下室に潜ったの。荷造りの間に出かけちゃってた」
こいし様はお客様らしく長椅子に座り、布の手提げ鞄をテーブルに置いた。中身は巫女の写真集より、二回り小さな冊子だ。薄い。
「お姉ちゃんが撮って、捨てた写真だよ。内緒で集めたの」
私とお燐が、こいし様の両脇にへばりついた。指先がチョコレート色の表紙を捲る。
お燐が呻いた。
散々に破られた写真屑が、復元されていた。地霊殿の庭の、薔薇の前だと思う。さとり様とこいし様が手を繋いでいた。こいし様は左手を挙げて、ご機嫌そう。さとり様も、穏やかに笑っているように見えた。色なしでわかりにくいけれど、こいし様も覚りの瞳を開けていた。
次の写真は、丸めて広げたような痕があった。さとり様とこいし様が、肩を寄せ合っている。角度が変わっている。撮影道具を、こいし様が掲げて撮ったのだろう。仲の良い姉妹をやや高い位置からレンズが見守っている。こいし様の瞳が開いていると、はっきりわかった。
今度は、火焔猫の写真屑。お燐ではない。耳に切れ込みがある。あたいの先輩の、死んじゃった猫じゃないかな。お燐の推理に、こいし様がそうだよと答えた。
病気で枯れたという黄色の薔薇、こいし様、さとり様とこいし様。私やお燐や、今のこいし様はどこにもいない。淋しい。
「おくう。私には説得、できないかもしれない」
お燐が耳を垂らした。何かわかっちゃった、さとり様の気持ち。悲しそうに呟いた。
「どういう気持ち?」
「巫女のお姉さん、言ったよね。写真は過去を懐かしむにはいいって。さとり様は、見たくないんだよ。変わっちゃったものの、変わる前のこと。撮ったものが変わるのが、怖いんだ。だから、レンズに笑えない。自分が写るときにも、思い出しちゃう」
こいし様が第三の瞳を閉じたり、猫が亡くなったりするのが嫌、ということか。写真で、今との差異に気づいてしまう。かつてあったものが、なくなる。
「良くわかるね、さすが」
お燐はまあね、と辛そうに笑った。
「あたいも、おくうが変わっちゃったの見て混乱したから。核で強くなって、変な三本足つけて、新しい施設に移って、目が前より良くなって、エレベーターに慣れて」
「私、根っこは変わってないよ。物忘れは相変わらず酷いし、お燐やさとり様やこいし様のことはずっと好き」
「わかるよ。わかるんだけどさ、受け入れにくいときもあるんだ。おかしくならないで欲しいなって」
声が湿っていった。
知らなかった。尻尾と涙を流すお燐の肩を抱いて、謝った。変化で親友を傷つけていたんだ、私。悪いことをした。でも、私やこいし様のようなわかりやすい形じゃなくても、皆変わっていく。髪は毎日伸びる。羽毛は落ちる。曇天は払われる。月は沈んで、日が昇る。
「変わることは悪とは限りませんよ。私は幻想郷に移って現人神生活を満喫しています」
「ちょっとずつ成長してるのにね」
巫女とこいし様が、顔を見合わせて胸を張った。
変わらないでと願う心は、誰の内にもあるのかもしれない。けれども、大抵のものは不変ではない。生きる者は事実を受け入れて、新たな時に臨む。
じゃあ、写真は何のためにある?
間違い探しで嘆くための道具じゃない。ただの、昔を懐かしむ切っ掛けでもない。もっといいものや、希望を籠められる。さとり様にも、わかって欲しい。
「お燐、私がさとり様誘ってみる。お燐は機械の操作方法を習って」
「使えるの? 結構難しいよ」
「二人で決めたことだから、分け合ってやり遂げたい」
あたいはおくうのできないことをやる。私はお燐のできないことをやる。一緒なら、無敵だよ。いつだか忘れたけれど、お燐とそんな風にやり取りした。
より固く進化する結束で、何かを変えていく。それは、花を咲かせる陽光みたいなことだと思う。単独では弱くても、重なれば眩しい。ひとつひとつが強ければ、もっともっと目映い。閉ざした蕾を目覚めさせる。
私は白目の赤いお燐と、手を打ち合わせた。
「三人でもいいよね」
こいし様も混ざって、いい音を立てた。
彼岸写真機の操り方は、こいし様も知り尽くしてはいなかった。解説書が難解で飽きてしまったという。機械の蓋を開けて、制御ダイヤルを左右に回して、試し撮り。ぶれた写真や惜しい一枚の丘ができた。即席写真家お燐は、粘り強くカメラに向き合った。使用法を手と頭に叩き込んでいた。日没前には、神社の全景や桜餅のズーム、巫女の弾幕もどき、私とこいし様とお燐の小俯瞰写真を撮れるようになっていた。こいし様の使えなかった新機能も発見していた。
神社を去るとき、巫女が機械に五芒星のまじないをかけてくれた。
「ささやかな、一枚限りの奇跡です。撮ってみてのお楽しみに。これからも、信仰は全て守矢神社に寄せてくださいね」
商魂逞しい。
麓に下りて、間欠泉地下センターのエレベーターで地霊殿に帰った。お燐を気遣って、博麗神社付近の洞窟から帰還しようかと提案はした。あたいも慣れたいからと、断られた。往路ほど苦しくはなさそうだった。撮影の手順を再確認していた。こいし様は無重力めいた急降下にご満悦だった。
奇跡仕込みの一枚なら、地霊殿の全員で撮りたい。三人の意見が一致した。
被写体を集める役は、こいし様が受け持った。各所のペットの無意識に呼びかけて、大ホールに集結させた。さとり様には使わなかったそうだ。おくうの仕事だからと、翼を撫でられた。
お燐は背もたれのない椅子を持ってきて、機械を固定した。時間差撮影の機能で、お燐を含めた集合写真を撮れるという。カメラに触りたがる動物達を、数列に並ばせた。参考は巫女のお姉さんの入学写真。お燐は明かして親指を突き立てた。列の中心、写真の真ん中になる部分に、四人分の空白がある。こいし様が四つの一等部の左端を占めた。
「欠けてるものはあとひとつ。おくう、頼んだ。どうやって連れてくるつもり?」
「ぶつかってみる」
胸の中が熱かった。八咫烏様の神力ではない、自分の気持ちが燃えている。
地霊殿内を翔けた。ホールを抜け、二階のさとり様の部屋へ。
固めておかないと、一日が霧になる。天狗の取材に始まって、お燐と写真機探しに出発した。河童は話にならなくて、山の巫女もカメラは持っていなくて。巫女のアルバムを見た。こいし様が秘蔵の撮影機を持参、粉々の写真達と対面した。お燐とさとり様の悲しい所を知って、それでも動かそうとして、今。
写真に触れて、思ったことがあった。
「さとり様」
さとり様が、自室から出てきた。髪が整えられている。梳かし直したみたいだ。
私を見るなり、疲れたような顔になった。
「ホールの思念がうるさいの。参加者を束ねて退路を断つ、誰の入れ知恵かしら。天然でも悪趣味ね。これで私が行かなかったら、悪者みたいでしょう」
「来てくれる?」
当日いなかった人は、丸い枠の中。さとり様がそうなるのでは、地霊殿らしくない。
さとり様は、両腕を組んで私の傍に浮いた。
「心の狭過ぎる飼い主では、見放されるでしょう」
「いいってこと?」
「撮るなら勝手になさい」
ぶつかるまでもなかった。
「きっと笑わないけど」
枯れない薔薇のスカートをなびかせて、さとり様は揺れるように浮遊した。
それでは、いけない。私は笑顔の写真が欲しい。
「写真は辛いものじゃないよ、さとり様。変わることも、怖がらないで」
お燐の言葉を意識の海から掬って、出してみた。さとり様は、撮ったものの変化を恐れている。思い出すから笑えない。お燐は捨てられた写真に、さとり様の恐怖を見ていた。
「お燐は考え過ぎね。私は大人よ。変わったこいしも貴方も、そういうものだと思える。笑わないのは、その方が自然だから。表情をいちいち操るのは性に合わないの」
「でも写真は破いて捨てた」
「邪魔だったから」
「違う」
さとり様の両肩を押さえつけて、想いの火を上げた。
記憶に手を突っ込んで、拾う。あまり見たくないの。貴方が思うほど、素敵なものじゃないわ。お燐の運ぶばらばら死体のように裂かれた、姉妹の写真。私の大親友は、体力や腕力では私に敵わない。けれども、頭も心も優れている。さとり様の写真を撮りたくて、複雑な機械を使いこなせるようになった。さとり様の心情に浸って、私の変身に泣いた。お燐は洒落や皮肉を言うけれど、重大な場面ではふざけない。私は、お燐を信じる。
「もしもそのお燐が、貴方のように神様の力で変わったら? 貴方のことなんか忘れて、消えてしまったら? 貴方は写真を捨てない?」
お燐の変化を現実的に想像できないから、確かなことは言えない。でも、多分取っておくのではないだろうか。ある日黒猫から白猫に変わったとしても、お燐はお燐だ。写真を破ったところで、過去は消せない。
さとり様は私の内側を眺めて、
「貴方の心も優れていると思うわ。無知も愚直も美しい」
褒めてくれた。
「私の大事なものは、皆遠くに行ってしまうから。失いたくないのね」
陰のある顔のままで。お燐みたいだった。いつまでもいる。変わらない。断言できないことだ。
私は忘れやすい。短い思い出は透明になる。決定的な瞬間も、そのうち雲にまみれる。忘れたことすら忘れて生きる。変わったものの変わる前の状態を、忘却しかねない。うつほ。空っぽだ。
「それでも、笑おうよさとり様」
さとり様のほっぺたを引っ張って、やわらかくして放した。口の両端を上げて、歯を出す。瞳は指で押したマシュマロ型。派手な笑顔のお手本を見せて、手を取った。
「私、色々写真を見て思ったんだ。写真は後悔や回想のためじゃなくて、未来のためにあるんじゃないかって」
「未来?」
「どう変わっていくかは、さとり様の目にも視えないよね。まっさら、空白。素敵に変えてやるって、決意して笑うの。そうすれば叶うかもしれない」
変化の法則を受け入れた上で、うんと笑う。変わるのなら、良い方向になるようにと願って。素晴らしい明日を、引き寄せる。
希望のお守りに、無表情は似合わない。
大ホールに飛び込むと、地霊殿住民の声が至る所で上がった。人語を喋る者は、人語で。人間化のできない者は、獣らしく。さとり様来た! おくう遅い。早く撮ろうよ。お姉ちゃん、ここ入って。
さとり様は、こいし様の隣に立った。
「おくう、やったじゃん」
「写真を撮ってみないと。まだわからないよ」
「ん。みんなー、準備いい? スイッチ入れるよ! 十秒後に撮れるから。数えて。行くよ、十!」
お燐が機械のピンを横にやった。私と共に、こいし様とさとり様の隣に降り立つ。レンズの側から捉えて、左から順に、こいし様、さとり様、私、お燐。
「九、八、七ぁ!」
にゃーん、きゅーん。カウントで壁が崩れそうだ。地霊殿、幻想郷一の大家族かもしれない。
六、五、四。こいし様がさとり様の腕に寄りかかった。私もさとり様と腕を組んでみた。振り解かれなかった。お燐が私の首に抱きついた。他の火焔猫や地獄鴉も、思い思いにポーズを取っている。
「三、二!」
ここは、温かい。何度忘れても、温かい。さとり様に拾われて良かった。お燐と会えて良かった。こいし様の思いつきの遊びも好きだ。
私は地底の太陽になって、地霊殿を照らす。これからも、そうしたい。
見えないものは、煌めく。目のいい私にはわかる。明日も明後日も、いい日にできる。
さとり様、やってみて。
「いち!」
お燐と頬を擦り合わせて、私は笑った。
零、の声を追って、撮影機に内蔵された鐘が鳴り響いた。
整列が乱れる。ペット達がカメラに詰めかけた。お燐が素早く、白紙の写真を摘み取った。椅子の上に乗って、煽ぐ。浮かんだ像を被写体全員に向けた。
「おくう、こいし様、巫女のお姉さんに感謝」
一人も外すことなく、地霊殿の面子が紙に入っている。白黒ではなかった。巫女のアルバムの写真のように、色がついていた。地味だけど嬉しい奇跡だ。どこに誰がいるのか、楽に見分けられる。私のマントの裏地の、宇宙柄もばっちりだ。
それが欲しい、お燐もう一回。ペットが口々に叫び始めた。
「一度きりの奇跡。次からは白黒なんだけどなあ」
カラーの一枚の争奪戦になりそうだ。カメラと写真を持って、お燐は私の許に逃げてきた。収拾がつかない。
「お姉ちゃん、どうする?」
「さとり様、どうしようかこれ」
さとり様は手を叩いて狂乱を鎮め、
「山の神社に複写を依頼するか、射命丸さんを呼びましょう。お燐の撮影技術もなかなかのものだけど」
お燐と私と、こいし様の頭を順に撫でつけた。
写真の内と外で、さとり様は微笑んでいた。
最後の場面の集合写真がほしいです
それでもみんなで撮った、みんなが撮ったこの写真を、さとり様が笑顔で見返せると信じたいです。
お空の頭を表現したような拙い地の文が素敵。あったかいお話をありがとうございました。
さとり様にとっての写真が良いものになるといいですね
あと早苗さん、ナイス奇跡
いつもあなたの作品に癒されています
なんだかんだで、結局一緒に写真を撮るさとり様。
やはり貴方の作品は素晴らしいです。
それに比べて早苗さんがいい感じに黒いw
幻想郷って怖いところだなあ…w
でも、自分から現人神を名乗っちゃうくらいだし、
これが早苗さんの持って生まれた性質なのかw
さっき撮ったばかりで感慨深かったです
早苗さんいいキャラしすぎだろ
自分は写真あんまり好きじゃないんですけど、こういうのいいなぁと思いました。
ならないんです…何を言ってもきっと陳腐になってしまう
なにか…こう…ああ、もう
好きだぁぁああー!!
読んでてほっこりしました。
もっと地霊殿が幸せになってくれる話しを期待してます。
ただうろ金、お前は絶対許早苗。
深山さんの書く地霊殿が大好きです!
蒸気が目から噴出するじゃないかぁぁあ……!
地霊殿のみんな、良かったです。
素晴らしい作品、ありがとうございました
>にゃーん、きゅーん。カウントで壁が崩れそうだ。地霊殿、幻想郷一の大家族かもしれない。
さとり様率いる動物王国にとてもほのぼのさせていただきました。ありがとうございます。
>写真の内と外で、さとり様は微笑んでいた
でちょっと泣きそうになりました.
素敵な作品ありがとうございます.
人物画も撮ってみたいなという気持ちになりました・・・
この読後感が堪らないなぁ……今も少し心臓がドキドキしてます
いわゆる一つの胸キュン、とても面白かったです
うん。お空は紛れもなく地底の太陽だね。
ダブルスポイラー関連のお話は、時期が早いかなと心配していました。お読みくださる方がいて、ほっとしました。
>これは良い地霊殿ファミリー
ひとの繋がりを感じる物語が好きです。家族は「ある」ものではなく、「なる」ものなのではないかなと思います。
>お空の頭を表現したような拙い地の文
>お空のペットらしい幼さ
おくうの目と心で、描いてみたかったお話です。忘れっぽいお日様の彼女だからこそ、動かせるものがあるのではないかな、と。おくうらしく、書けていたでしょうか。
>早苗さん
風神録の頃の初々しい早苗も、地霊殿エクストラ以降の常識を放り投げた早苗も好きです。
作品の中で、温度を持って生きていれば幸いです。
>写真
いいな、撮ってみたいな、とお思いくださると嬉しいです。
なんといいますか…一人一人のキャラがとてもよく生きていたと思いました。
あんまり地霊殿メンバー知らないけどこのメンバーと写真撮りたいナー
お空は本当に真っ直ぐだなぁ。そしてそれに応えるさとり様も、なんだかんだ優しいんですよね。
早苗さんも素敵な奇跡をくださったもんだ。
しかし早苗さんがナイスなキャラすぎるww
先を見た笑顔を記憶と記録に残すことができて、よかったです。
素敵な地霊殿大家族だなあ
素晴らしい地霊殿でした。