靴下、我が腰の炎。我が罪、我が魂。く・つ・し・た。舌の先が歯をたたき、三歩目にもう一度歯をたたく。く・つ・し・た。
ー名も無き狩人の手記より引用
「おめでとうございます、晴れて裏切り者ですわね」
艶やかに笑う、金髪の女。銀髪の男は、本に目を落としてはいたが、下唇を強くかんでいる。
本から、男は顔を上げた。その金色の瞳には、後悔がにじんでいた。銀髪の男の名は、霖之助という。
「……そんなに、僕をいじめて楽しいかい、紫」
「いいえ、楽しくはありませんわ。……けれど、あなたの趣味の邪魔は、比較的楽しい部類ですわね」
「……なるほど、君は……例の組織の構成員だった、というわけだ」
「ええ。……幻想郷は全てを受け入れる。ですが、あなたの趣味は例外です」
「その趣味にかぶれた僕を追い出すかい?」
霖之助の言葉を聞き、心底おかしそうに紫は笑った。
「まさか、駆逐されていく様を眺める裏切り者がいなくては、つまらないでしょう?」
「……風紀委員め」
霖之助の呪詛を聞き流し、紫は作り出した隙間に消えた。垣間見た目は、笑っているようにすら、見える。だが、霖之助は呪詛を吐きながらも、その口元は笑っていた。
ソックスハンター達にささぐ哀歌 ~早苗の靴下を狙え!~
「……遅いわね」
取引というものは、 拙速をもって行われるべき性質のものである。
時間に間に合わない、ということは、おそらくは、何らかの形で妨害を受けたかでここに来られなくなったのだろう。
ならば、速やかに席を立ち、疾く去るのが道理ではあった。
が、人を持つパチュリー・ノーレッジという、紫の髪に少女は、紅魔館以外で味わう紅茶の香気と、きめの細かいホイップクリームを添えたガトーショコラの、甘い誘惑に屈していたのである。
マホガニー材の丸いテーブルの上に乗った、品のいい白磁に乗ったそれは、実にうまそうなのだ。
なるほど、チョコレートのねっとりとした甘みに、うっすらと漂う、柑橘の風味は、まさしく人を魅惑するものであった。妖怪でもなおのことである。
「……席、あいてますか?」
「……周りはもっと空いているわね」
パチュリー・ノーレッジは声をかけてきた少女に対してそういうと、目の前のケーキに取りかかる。
が、その少女はというと、まるきりそれを気にした様子もなく、パチュリーの向かいに腰掛ける。駆け寄ってきた店員は、同じものを、と言われて、注文を伝票に走り書きした。
その段になって、初めてパチュリーは目の前の少女の顔を見る。
緑色の髪、青い瞳。それと目と同じ色の蛇の髪飾りと、髪と同じ蛙の髪飾りをつけ、脇のない青と白の巫女装束をまとった、どことなく、変わった雰囲気の少女であった。
少なくとも、紅白おめでたい巫女とは違った意味で変わっている。図々しさに関しては、双方とも似たり寄ったりなようだが。
名を、東風谷早苗という。
「……私は座るな、と遠回しに言ったつもりなのだけれど」
「ええ、そう仰られてましたね」
にこにこと目の前の少女は笑う、が、その奥底に漂うなにかが、パチュリーに手を止めさせた。これは、どこかでみたことのあるものだ。どこだっただろうか、と考えているうちに、目の前の少女にも紅茶と、ケーキが届く。
「美味しそうですよね。こっちにきてから、チョコレートは久々です」
口のはしにクリームを付けながら、少女は美味しそうにケーキを頬ばっている。
「……用件は?」
「ああ、そうでした。ごめんなさい」
いけませんね、つい忘れてしまう。などと言い、口元をナプキンで拭ってから、少女は笑顔を消した。
「パチュリー・ノーレッジさん。……いえ、ソックスマギ、あなたには「いろいろ」とお話があります」
あ、御愛想お願いします、と言いながら袂の財布を探っており、どうやらさすがに里でやる気はないらしい。好都合ではある。
だが、彼女は聞き捨てならないことを言った。パチュリー・ノーレッジの趣味、ソックスハント。素敵な靴下狩りは、基本的に地下に潜り、コードネームでお互いを呼びあう。
それが露呈し、なおかつこのような形で接触してきた、ということは、つまり。
「……風紀委員も落ちたものね、拷問でもしたのかしら」
「答える義務はありません。……それに、あなたの取引というのも嘘です」
それを聞いて、合点が行った、今回の取引は、普段は紅魔館のメイド長越しにしか取引を行わない「ソックスビブリオ」が直接接触しようとした時点で、おかしいと思うべきだったのだ。
ソックスハンターを取り締まっていた、卑劣な風紀委員らしい手ではある。と、パチュリーは一人納得した。
周りからゆら、と殺気が立ち上る。なるほど、ここは風紀委員の手がすでに回っていたらしい。とパチュリーは不敵に笑う。
「……ふん、趣味を妨害するだなんて、無粋ね」
「……お黙りなさい、靴下しか愛せない変態」
「靴下「も」愛しているの。でも、中身には当分用事はないわね」
そういうと、パチュリーは懐から靴下を取り出した。外の世界から幻想入りしてきたという、Z委員長の一年靴下、という超ド級のブツだ。ソックスビブリオは、こういう貴重な品の流入点であったのだが。
それを見て、早苗は身構えるが、パチュリーはこれを攻撃に使うなどというもったいないことは、しない。
その靴下を自分の鼻に近づけ、すう、と空気を吸った。そのすばらしい「匂い」に、一瞬意識が遠くなる。だが、一流のソックスハンターにとっては、これは快楽そのものだ。そしてなにより、力を与えてくれる。
ひっという店員に扮していた風紀委員や、目の前の少女の悲鳴。それと同時に、パチュリーこと、ソックスマギは駆けだした。
おまえ喘息持ちではなかったのか、といえば、未だにパチュリー・ノーレッジは喘息持ちである。
しかし、ソックスマギはちがった、というだけの話だ。靴下への快楽は、いろいろと人を変える。妖怪も変える。寄らないでもらえれば最高ではあるのだが。
「ま……待ってほしくないけど、待ちなさい!」
「フフフ、本音が漏れているわよ、風紀委員!」
ソックスマギは屋根を走り、ローブのあちこちにしまった、小さめの靴下の群れに力を込めて後ろに向けて投擲する。その靴下は、魔力と、ソックスマギの欲望とをたっぷりと込めている。
惜しい靴下達だった、あとほんの少しばかり、メイド妖精達が履いていてくれさえすれば、すばらしい靴下に育ったというのに。
そう、これこそが幻想郷のソックスハンター達が愛用する「靴下弾幕」である。
ほんのちょっぴりの惜別の念と、愛すべき臭気と、弾幕を放ってくれる素敵物体である。使わない方が精神衛生にも大変よろしいのだが、しかし風紀委員相手となれば、そうも言っていられない。
「……ガスマスク装着! 急ぎなさい!」
「里の中でWMDを使うだなんて!」
あんな素敵な匂いなのに、大量破壊兵器呼ばわりとは、とソックスマギは一瞬悲しむが、ガスマスクをつけ損ねた風紀委員が、屋根の上でもがき苦しんでいる。
ああ、あれは湖の氷精にふつうの弾幕勝負で勝って、かわりに一ヶ月ほど履き続けてもらったとっておきだったのに、と、同時にソックスマギは、身を裂かれる思いを抱く。
靴下を投げては、また一人、一人と臭気と弾幕に撃墜さえていく。
さすがにガスマスクをつけているとはいえ、顔面に直撃してはたまらないようだ。
最近の風紀委員は軟弱ねえ。などといいつつ、再びZ委員長の一年ものの香気を楽しみ、意識を一瞬涅槃に到達させながら走る。
その足は稗田の屋敷に葺かれた瓦屋根を粉砕し、高く飛び上がり、さらに靴下を投擲。それを早苗はかわしたが、稗田の家人の顔面に命中し、その不幸な変態の犠牲者はぶったおれた。
「おのれ、ソックス! 無関係の人も手に掛けるの?!」
「いや、あなたがよけた……まあいいわ、追いかけてきなさい、青白の巫女!」
そう、今回の取引は、山の巫女にして、現人神である、東風谷早苗の靴下を受け渡すことにあった。それが当人に変わっただけの話なのである。であれば、話は単純だ。ふたたび手持ちの妖精靴下を投擲し、弾幕を打ち出させる。
東風谷早苗はその弾幕を難なく抜けると、ガスマスクを下に投げ捨てる。
すでに人里を抜け、霧の湖の近くまで走ってきている。さすがに靴下でドーピングしているとはいえ、パチュリーの肉体にも、むろん限界がある。
しかし、ソックスマギとしての彼女は、実に目の前の少女の靴下しか見ていない。
「でもね……あなたの靴下の香り……すごく楽しみだわ! ああ……どんなかぐわしい「匂い」をさせるんでしょう」
それを聞き、早苗の顔は灼熱する。
「こ、こ……この……この……変態! 魔女のババア! ソックス!」
「……残念ね、この楽しみを理解してもらえないなんて」
パチュリーはローブを探り、手応えが無いのに舌打ちする。靴下弾幕はもう完全に打ち止めだ。
Z委員長の一年靴下を使って、この少女の靴下を奪うか、と考えるが、ソックスビブリオこと、霖之助に払った対価、フランドールの10年靴下を考えれば、惜しいどころではない。
十六夜咲夜の絶対零度の視線に、親友たるレミィことレミリア・スカーレットの複雑な視線に耐えてまで手に入れたものだからだ。
では、どうするか、と考えるうちに、視線のはしに何者かをとらえる。
あれはなにをしにきたのか、と考えるうちに、視線で意味を察した。なるほど、とパチュリーは考え、時間稼ぎにシフトする。
「……あなたのことは新聞で知っているわ」
「それがどうかしたんですか!」
「常識に捕らわれてはいけないという割に、あなたは幻想になったソックスハンターを追いつめようと言うのね」
それを聞いて、一瞬動揺するが、それでもパチュリーに御幣だか大麻だかをつきつけ、なにやら書き付けた札を取り出す。
「……私たちの趣味を取らないで欲しいわ」
「無理矢理に靴下を奪ったりするのが趣味だって言うんですか」
パチュリーはなにを言うのか、という陶酔した表情を作って、注意を引く。もうそろそろだ。
「だって……その方が興奮するじゃない」
ぶつん、という音、地を蹴ろうとした早苗の真後ろには、ソックスビブリオこと、霖之助が立っていた。
「死ね! ソックす……! お゛う゛ぇ」
「はい、そこまで」
早苗がせき込みもせず、嘔吐いたのは、口元に霖之助秘蔵の「霧雨の親父さん」の靴下が口元に押し当てられているからだ。
ばたばたと暴れ、驚愕に目を見開き、臭気にもがいたのち、早苗は動かなくなった。裏切り者、といううめき声が聞こえるのは、気のせいではない。
「……悪は滅びたわね」
「……うん、僕たちの方が悪党っぽいけどね、ノーレッ……ソックスマギ」
目を回した少女を取り囲み、靴下にだけ注目している男女など、もう悪党そのものである。
彼女らはソックスハンターという、希代の変態どもであるから、間違いではないのだが。
パチュリーがさて、ソックスを脱がそう。とした瞬間、霖之助の手とぶつかる。
「……協力には感謝してるわよ?」
「次のごたごたには多分この山の巫女が出てくる、という情報をつかんだのは僕だ」
「潜らせておいたソックスフロッグのおかげでしょう。……なるほど、靴下は一つ、私たちは二人、ということか」
「そうだな、所詮血で血を洗う宿命か。……いや、わかった、今回は迷惑もかけたんだから、彼女の靴下は譲ろう」
それを聞いて、殺気をみなぎらせていたパチュリーは拍子抜けする。
風紀委員か何かの計略かと考えるが、しかし例のうめき声から考えて、どうも霖之助は風紀委員をも裏切ったらしいことはわかるし、それが工作であるおそれもあるが、気絶の間際にまで嘘がつけるほど、この早苗という風紀委員が器用な人間とも思えない。
「……何か協力しろ、ってことかしら」
「察しがよくて助かる。……風紀委員の首領に、ちょっとしたお返しがしたいんだ。僕はね」
「……どういうこと?」
「……あの大賢者、僕が言うことを聞かなければ、よりによって靴下の白と黒との境界をいじってやる、と言ったんだ」
靴下の白と黒の境界をいじる、とはどういうことか、とパチュリーは怒りにふるえた。
白い靴下にも、黒い靴下にも味はある。だが、全くの別物なのだ。
それがごちゃ混ぜになることなど、耐えられることではない。まったくだ、と霖之助は首を縦に振る。
もっとも、余人には理解しがたい、どころか理解したくない部類の怒りなのだが。
「……なるほど、話は分かったわ。……私たちにも、考えがあるってことを思い知らせてやらないと」
そういって、パチュリーは低く笑う。
ーこれが、後の血の靴下異変の発端であろうとは、誰にも想像ができなかったのであるー
ありがとうございますwww
予防線を張った所でお話の感想なのですが、臭っ!
いや、匂いがフェティシズムの重要な要素であることは重々承知なのですがヤッパリ臭っ!
どう考えてもソックスハンターじゃなくて風紀委員だわ、自分。
それにしても一足とはいえ二本あるソックスを二人で分け合えないとは。
それ程業深き者達なのか、ソックスハンターとは。怖い怖い。
やたらと懐かしかったです
Z委員長の1年靴下があるのならば、1tの靴下も幻想郷のどこかにあるのかもしれませんね。