Coolier - 新生・東方創想話

ジューンブライド伝説 ~あのブーケは誰の為に~

2010/07/03 01:27:01
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 しかし、ミサトお姉ちゃんが結婚すると聞いたときは驚いた。私の中でお姉ちゃんはお姉ちゃんであり、これからもずっとお姉ちゃんのままだと思っていた。結婚という、お姉ちゃんが誰かのお嫁さんになるという事が、いまいち想像できなかったのだ。
 そんなことを魔理沙に話したら笑われた。
「じゃあ霊夢は、生涯未婚純血を貫く気か? そんな大仰なモンでもねーくせに」
 なるほど。腹は立つが、道理と言えば道理だった。
 外の雨は、まだ降り続けていた。午後になって降り始めた雨は、土砂降りとまではいかないが、相応に勢いを強めていた。この時期でも雨は冷たい。私は服に跳ねない様に、水溜りを大きく迂回しながら歩いた。
 雨音に混じり、微かに蛙の鳴く声が聞こえる。傘を持つ手が少し震えたのは、雨の当たるせいだけは無いのだろう。
 ゆっくりと歩を進めたはずが、披露宴の会場となった旅亭はいやに近くにあった。
「……はぁ、まさかこんな事になるとはね」
「あれ? 霊夢さん浮かない顔ですね。どうかしました?」
 これだけ大勢が集まっている言うのに、私の溜息に耳聡く反応した早苗は、隣の席から口を挟む。いつもと見るものとは違い、早苗の着飾ったその姿は、一瞬だけお姉ちゃんを連想してしまった。
「雨が降るから面倒なだけよ」
「うーん、それだけですか?」
 だって、それぐらいしか思いつかない。私は沈黙でその問いに答え、この話を終了とした。早苗は満足していないようで、小さく首を傾げている。私は、なるべく相手にしない様にして、適当にテーブルの料理に手を付ける。どれもこれも同じ様な味がした。
「それにしても素敵ですよねぇ。いいなぁ、いいなぁ」
「早苗、あんた、さっきからそればっかり」
「でも、だって」
「分かったから、少しは落ち着いて料理でも食べてなさい」
 しかし早苗は、私の言葉が聞こえているのかいないのか、なおも羨望の眼差しで内掛姿のお姉ちゃんを眺めていた。それに釣られて、私も横目でお姉ちゃんを盗み見る。いつもの姿とは全然違う。当たり前だけど、とっても綺麗だった。
 早苗とお姉ちゃんとの付き合いは、そんなに長くはない。早苗がこちらに来たのが最近だから、それは当然なのだけど、でも、二人は姉妹みたいに仲良しだったらしい。早苗だって、何度もお姉ちゃんの花屋に通っていると言っていた。そういえば、私は付き合いは長いけど、私が花屋を訪れたのは数えるほどだったと今更ながらに気付く。
「ところで、式だけは霊夢のとこの神社で挙げたんだって?」
 そんな事を考えながら、ぼうっとお姉ちゃんの姿を眺めていると、今まで食べる事のみに集中してた魔理沙が、急に思い出したように話しかけてきた。ちなみに魔理沙は招待されていない。私は軽く頷いて肯定を示した。
「身内だけでね。三三九度もばっちり。白無垢も綺麗だったよ」
「へぇ。何もあんな小さな所でやらなくてもいいのにな。まあ、そこは霊夢が居たからなんだろうけど」
「何にしても、神社の評判が上がってくれれば何よりよ」
「はは。人が来たら来たで怯えるくせに」
「うるさいっ」
 来ないよりは来てもらった方が良い。私のところの神様はいつだってウェルカムだ。
 お姉ちゃんたちはお色直しにと、一度会場を抜けていった。高砂が寂しくなってビデオ上映が始まる。私はそれを見るともなく眺める。隣の魔理沙と早苗のひそひそ話も、どこか遠くに聞こえた。
 これからお姉ちゃんがウェディング・ドレスになる。そう考えてると、私は益々複雑な気分になっていた。
 主役の居なくなった会場に飽きた魔理沙たちは、私とお姉ちゃんとの事を聞いてきた。
「話すって言っても、別に大した話は無いんだけど」
「でも、この中じゃ霊夢が一番付き合いが古いんだろ? まあ、要は場繋ぎさ。何でもいいから話してくれよ」
「“あなたの態度が気に入らない”」
「分かりにくいボケはいいから。何かあるだろ?」
「と、言われてもね。うーん。私にとってミサトお姉ちゃんは、やっぱりお姉ちゃんだった訳よ」
 そうでなくては、こんなに変な気持ちになっていない。正直あまり気は進まないが、私は、私とお姉ちゃんとの出会いから、お姉ちゃんが引っ越していくまでの事を掻い摘んで話す事にした。
 まず出会いの形からして、か弱い女の子の私には似つかわしくないのだ。
 それは私が5歳だった時のことだ。私はその時、近所の男の子と喧嘩して、しかし当然勝ってしまって、勢い余ってその子を泣かせてしまっていた。泣きじゃくる男の子を呆然と見つめる私。ついには私も訳が分からなくなって一緒に泣き出してしまった。そして、そんな只ならぬ状況の中、その男の子の血のつながった姉として現れたのがミサトお姉ちゃんその人だった。お姉ちゃんは泣きじゃくる私たちに、拳骨という鉄拳制裁を下し、世の弱肉強食というルールを教えてくれた。今思えば随分と理不尽だったが、当時の私には、あっという間に事件を解決したヒーローに映った。今の私の口より先に手足が出る性分も、きっとこの時の記憶が影響しているに違いない。
 そうして私たちは仲良くなった。私にとってお姉ちゃんの言葉は神の御神託にも等しく、やる事なす事なんでも真似をした。いつも一緒に歩き、本当の姉妹に間違われる事もあった。私はそれが嬉しくて、そうだよ私がお姉ちゃんの妹だよって、嘘を吐いたりもした。私にとってお姉ちゃんは、本当のお姉ちゃんに相違なかったのだ。
 しかしお姉ちゃんは引っ越しをした。両親の仕事の都合で仕方なかったんだけど、私は泣いた。幻想郷だってそんなに広くない。今考えれば大した距離にはならない。でも、その時の私には絶望的な距離だった。私は嫌だ嫌だと駄々をこねた。周りは困惑し母は平謝りだった。そしたらお姉ちゃんが最後に言ったんだ。
「“女の涙は未来の旦那様の為にとっておきなさい”ってね」
「……ひゃ〜。格好良いですっ」
「いやいや幾つだよ、そん時」
「私が7歳だったから、お姉ちゃんは12歳だったかな?」
「多感なお年頃な」
「背伸びしたいお年頃よ」
 もっとも、後で聞けば、その台詞は漫画か何かの受け売りだったらしいが。しかし、そんな微妙なお年頃がなせる恥ずかしい台詞でも、やはり私には神様の御神託同様に聞こえていた。以来、私は人前で泣くことを禁じた。そしてその約束は今も続いている。
「ところで霊夢さんは誰かいないんですか? そういう未来の旦那様候補みたいのは」
「……うっ」
 油断していた。私が物思いに耽っていると、早苗が不意打ちのボディーブローをお見舞いしてきた。
「一切ノーコメントで」
「くく。何だ、早苗は知らないのか。霊夢はこれで恋多き乙女なんだぜ? 全部悲恋だけどな」
「……オーケイ、魔理沙。喧嘩ね? インファイトなのね? 表出ろや」
「おっ、そろそろ始まるみたいだぜ」
 会場の照明が暗くなって、辺りが俄に騒がしくなった。どうやらお色直しは終わったらしい。新郎新婦入場の為の音楽がはじまる。まったく、私はすでに魔理沙の胸ぐらに掴み掛かっているというのに。昔からお姉ちゃんはタイミングが悪いのだ。
「……あんたねぇ。何で私の式で喧嘩してるかな」
 お姉ちゃんは皆に一頻りドレスを披露すると、真っ直ぐに私の元にやって来た。呆れ顔でお小言が始まる。私はそれを右から左に受け流し、天井の方を眺めている。多分、カメラのフラッシュが眩しすぎてよく見えないのだ。
「……魔理沙が悪いんだって」
「人のせいにしないの。というか、何でこんな格好でお説教しなきゃいけないんだってーの」
「ミサトさん、すっごく綺麗です! 似合ってますよ!」
「お、早苗来てくれたんだ? もっと言ってもっと言って!」
 はしゃぐ早苗とお姉ちゃんを見て、ああいう事を言えば良いんだなと理解する。私も何か言わなきゃいけない。
 だが、口をついて出たのは違う言葉だった。
「なんか、違う人みたい」
「……ったく、こいつは。あんた今朝からずっとそんな調子じゃん。式の時だって葬式またいな顔してさ。あんたじゃなきゃブン殴ってたよ」
「そんなこと無いよ」
 そんな事ある、と。まさかウェディングドレスで喧嘩が始まろうとした時、向かいのテーブルの誰かがお姉ちゃんを呼んだ。お姉ちゃんは素早い変わり身でトーンを整える。
「今行くーっ、ちょっと待ってて! ……ま、とにかく。あんたには後で渡すものがあるから。逃げんじゃないよ」
 しかしお姉ちゃんは、最後に花嫁とは思えないドスの利いた声で私を脅し、彼らのテーブルに駆けていった。
「……」
「どうした、霊夢」
「何でもない」
「ま、大体分かるけどな。言ってるだろ? そんな大仰なモンじゃねーよ」
 分かっている。ちゃんと理解している。そのつもりだったのに。
 こんな気まずい空気を変えてくれたのは、未だにお姉ちゃんを眺めつづけている早苗だった。
「何だか焦っちゃいますよね。あんな姿見ると」
「……早苗?」
「ミサトさん。すっごく綺麗でした。それに比べて私なんかまだまだガキで経験不足で。いつか私も結婚なんて全然想像もつかなくて。本当、どうなっちゃうんだろうって思います」
 早苗の独白は続く。私は黙ってそれを聞いた。どこか遠くの話に聞こえていた。
「私、こんなんでいいのかなって思いますよ。まだ先だって言い聞かせても。やっぱり、こうゆうの見ると、私って大丈夫なのかなって考えちゃいます」
「……。そうだよな。次は我が身。貰い手があるかどうかは置いておいて、でも、いつかはそんな日が来る。その時私が、今より少しはマシになれてるかって考えると、正直、自信ないよな」
 その話は、魔理沙の興味も惹いたらしく、二人の会話は盛り上がっていく。魔理沙の弱音は珍しい。私は、ただそんな感想を持っていただけだった。
 だから、こんな軽口が叩けるのだ。
「……いいんじゃないの。今は今なんだし。未来がどうなるかなんて分からないよ」
 それは、まるで自分の言葉じゃないみたいに、するすると口をついて出てきた。
「霊夢、さん?」
「今の私たちに出来る事とは、今を生きる事だけなんだし。この一瞬々々を一生懸命に生きてれば、それで良いんだよ。きっと」
 そう言って私は、飲みかけの水を口に含む。何故だか口の中がカラカラだった。
「……おお。霊夢が良いこと言ったぞ。そうか、だから今日は雨だったのか」
「レアケースですね。ビデオ録画でもしておきましょうか」
「なっ、何それ! 酷くない? 酷くない?」
 立ちかかって抗議するも、二人相手では敵わない。どれだけ言ったって逆手に取られるだけなのだ。一気に力が抜けていくのが分かる。だから魔理沙の冗談は嫌いではなかった。
「ま、そういう事なんだよな。今は今に出来る事を。それしかないんだよな」
 それからも披露宴のプログラムは順調に消化されていき、無事閉幕となった。私はお姉ちゃんを探したが、まだ忙しそうにしているお姉ちゃんに声をかける機会を失い、早苗たちと別れてそのまま帰路に着いた。外に出てみれば雨は止んで、薄い雲に変わってる。所々に晴れ間も見えた。だが、足取りはどこまでも重かった。
 ……ひどく、疲れた。今日は自分の嫌な面ばかりを見てしまった気がする。情けない自分に腹が立つ。早苗は自分の事をまだガキだと言っていたけど、本当にガキなのは私の方だ。なにせ私は、『おめでとう』の一言も、まだ言ってはいないのだから。
 また一つ溜息が出た。吹く風も生ぬるい。私は、行きと同じ場所にあった水溜りを避けて、まだ抜かるんだ道をぎこちなく歩いた。体が重い。帰って休みたい。そんなことばかり考えていたから、後ろから誰かが追いかけて来ていたなんて、全然想像もしていなかった。
「ちょい待ち、霊夢」
 振り返ると、少し離れた道の先にお姉ちゃんが立っていた。私を責めるように睨めつけている。さすがにドレス姿ではなかったけど、頭のティアラはそのままだった。
「逃げんなって言ったでしょーが」
「こんなところに居ていいの? まだやること一杯あるんじゃない?」
「ししし。旦那に任せてちょっくら抜け出してきた。大事なことだからね」
 お姉ちゃんは息を整えながら、ゆっくりと近付いてくる。片手に何かを持っていた。
「ったく本当に手間が掛かる。いちいち言わなくても分かってよね。私だってね、あんたと姉妹に間違えられて嬉しかったんだから」
 言いながらお姉ちゃんはゆっくりと歩く。そうして、私が逃げ出すまであと数歩といった所で、お姉ちゃんは立ち止まって笑った。私は何と返せばいいか分からず困惑していた。
「霊夢。アンタにはまだ早いかもだけど、今日は朝からずっと酷い顔だったから、最後にプレゼントをあげるわ」
 お姉ちゃんは、片手に持っていた花束を私の前に差しだした。そういえば、披露宴ではブーケトスはやらなかったのを思い出した。
「受け取れ! 私の妹っ!」
 そうして、今は何故か青く澄んで見えた空の中、お姉ちゃんの放ったブーケはくるくると宙を舞っていった。私は泥を付けてはならないと急いで走りだす。
 だから結局、お姉ちゃんとの約束は、今日だけは忘れてもらう事にしたんだ。




読了有り難うございます。お疲れさまでした。
今回オリジナル要素が強かったですが、楽しんでいただければ幸いです。
はるかぜ
http://
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コメント



0.260簡易評価
1.80名前が無い程度の能力削除
おねえちゃんかっこよすぎるww
13.無評価名前が無い程度の能力削除
>コメント有り難うございます。
また、今回は深夜に投稿した為か、所々ミスが散見されましたので、修正させて頂きました。以後気を付けます。しかし、タイトルをミスるって……
15.100パレット削除
 面白かったです!