0
私は、生まれた時からある事が当たり前だった。
当たり前は、当たり前だから、当たり前。
私にも、当たり前。
お母さんにも、当たり前。
お父さんにも、当たり前。
お友達にも、当たり前。
確信なんて大仰なものじゃなくて、当然の事。
転んだら、痛い。
チョコレートは、甘い。
そんな、誰でも知っている当然の事。
生まれたその瞬間からだったと思う。もちろん覚えてはいないけど。
だからきっとチョコレートだとか転んだら、だとかよりも更に前提だった。
そう、例えば晴れた日の空が青い事のように。
だから、怖かった。
ふとした拍子に知ってしまった事。
当たり前が当たり前じゃなくなって、違う事に恐怖を覚えた。
そして悟ってしまった。
私は、化け物なんだな、と。
1
見てしまった。
出会ってしまった。
その瞬間、私の運命は決まってしまった。
それは、――――
2
喧噪の中、二人はケーキの皿を前にして
「ねえメリー、聞いてる?」
「うん、とっても美味しいよねここのケーキ。蓮子が認めるだけの事はあるわ」
「ぜんっぜん違うし…てかさっきからそう言えば良いと思ってない?何回目よ?」
今の発言で分かっていただけただろう、私達秘封倶楽部は今町に新しくオープンしたケーキ屋でショートケーキを貪っ…美味しく頂いているのだ。
で、さっきからメリーがずっと上の空なのだ。
「あれ?じゃあ何?」
「じゃあって…あのね。最近学校休みがちじゃない、どうしたの?って聞いたんだけど…」
ここ最近メリーは学校にあまり来なくなっていた。
先生(先に生まれたから先生なのであって断じて私よりも知識が多いわけではない)というか教授に聞きもしたのだが知らないとしか言いやしない。
週に1度くらいで学校に来るメリーを今日はやっと捕まえてこうして拉致ったのである。
「あ…ああ…それか…」
「メリー?」
メリーは教授たちよりも更に困惑した顔をした。
「そ…その…別に…」
その何とも言えないような態度。
その態度に私は苛立った。
私達は秘封倶楽部だ。秘封倶楽部として今までずっと仲良くしてきたのに。
答えられないなら仕方ない。それなら「答えられない」と言ってくれればいいのに。
どうしてこんな態度なのか。
こう、答えたいけど答えられないの、という態度を示すのだろうか。
いや、
私は知っている。こういう態度をする理由を。
「何?私に何か言い辛い事でもあるわけ?」
マイナスの隠し事をしている場合だ。
自然と声のトーンが下がる。
「あ、いやそうじゃないの蓮子、ただ…」
しかしまた詰まる言葉。
言いかけた言葉を飲み込み、再び俯いたその姿を見て、
とうとう我慢が出来なかった。
「いい加減にしてよっ!!!!」
私はテーブルに力任せに拳を叩きつけ、大声で怒鳴った。
客の視線が一点に集められる。
「何さ!言えないなら言えないって言えば良いのに言いたいのか言いたくないのかも分かんないような態度ばっかり!!もう知らないからっ!!」
私は卑怯にも泣きながら怒鳴った。
泣いていたら親しい相手は言い返そうとすら出来なくなるのに、私は泣いていた。
きっと私は悔しかったんだと思う。
「言えないの」とすら言ってもらえなかった事が。
その程度すら信頼されていないのか、そう思ってしまって。
そんな自分の虚栄が混ざった怒りでもある事には、怒鳴りながらでも気付いていた。
しかし気付いたところで一度走り出した怒りは止まってはくれず、結局言う事を言って、私はお金だけおいてさっさと店を出ていってしまった。
だから気付かなかった。
そんな私を見ていたメリーの目がとても寂しそうで、悲しそうだったことに。
翌日は、全てがうざったかった。
講義はノイズにしか聞こえないし(半ばいつも通りでもあるが)
ルームメイトのいつもは気にもならない下らない話題がいちいち耳ざわりだった。
何も食べたくなかったし、食べても美味しさなんて感じない。
不愉快過ぎて蹴飛ばした石が物理学の教授の禿げた頭に当たって落ちた。
午後になると教授の下らない講義をボイコットし、私はある場所に出かけた。
学校の裏庭に。
ここは、特別な場所だった。
私とメリーとが初めて話をした所。
秘封倶楽部が出来た所。
最初に活動した所。
因みに全部同じ日だ。出会ったその日に境界を超えたのだ。我ながらとんでもないと思う。
丁度年度末が近くて(もう講義は後一日で終わり。物理学が無くてよかった。何を言われるか分かったものじゃない)涼しい、というか少し寂しい風が吹いていた。
春は出会いと別れの季節だとかよく言う。
そんな下らない人間の決めた生活のサイクルによって生まれた後付けの理屈に自然までが同意しているように見えて尚更不愉快だった。
そもそも人間が「7月に卒業、8月に入学にしましょう」と決めていればそれだけで変わるような理屈だ。
そんなものにどうして木々まで同意しているように寂しさを表すのか。
メリーはいないし、今更会っても何を言ったらいいかなんて分からない。
今になって考えると昨日は酷い事を言ったと思うのだが、後の祭りだ。溜息しか出ない。
「はぁ…ホント、何か何もかもが嫌だわ。私にも境界が見えれば良いのに。そしたら境界を超えて暇を潰せるのに」
そんな独り言を呟きつつ講義終了の時間になった事に気づいた私は
竹林にいた。
「は?」
呆けた声が出た。が仕方ないだろう。
突然周りの景色が変わったのだ。少なくとも普通ならここで発狂してもおかしくない。
幸いにも私はこの原因を知っていたからパニックにはならなかったけど。
そう、境界を超えたのだ。
「ちょっと…冗談はよしなさいよね。私今一人なのよ…?」
しかし返事は無く見える筈の校舎は影も形もなく、代わりに、小さな女の子がいた。
「ええっと…誰?」
「わたしー?ルーミアだよ?」
ルーミア、と名乗った女の子は(外国の子だろう、金髪だし。頭のお札何?)妙に間延びした話し方だったが、しっかりと話は通じてくれそうだ。
現実は優しい。
「あのね、お姉ちゃん迷っちゃったのよ。町とか村とか…人の沢山いる所、どっちだか分かる?」
「お姉ちゃんは食べても良い人間?」
「…………はい?」
前言撤回、現実は厳しい。
目の前で女の子は年相応の可愛らしい笑顔を浮かべ、ぐっ、と私の腕を掴んだ。
「痛っ!!ちょっ…放してってば…!」
年相応とはお世辞にも言えない腕力。
「いただきまーす」
まずいまずいまずい!!流石に秘封倶楽部でもこんな経験は無い。
今度こそパニックに陥りかけた。
「おう、これでも食ってろ」
「むぐぅ!!!???」
そんな私の前に白と黒の見るからに魔法使いしてる人が現れて、ルーミアの口に何かを入れた。
とたんにルーミアは叫び声をあげて直前に私が陥りかけていたパニックに代わりに陥ったようにあたふたとおぼつかない足で逃げていった。
「ん、よし。大丈夫か?人里の人だろ?」
「ま、まあそんな所かしら。何食べさせたの?」
人里、ああなんて平和そうな響きだろうか。
「ん?ああ、あれか。トウガラシにタバスコ、ワサビにありったけのスパイスを固めたものだが。…食うか?」
「嫌よ!!」
何なんだろう。この人も怪しいんじゃないだろうか。
さっきの子は食べるって言ってたし、この世界では妖怪の類が溢れてるのかしら。
そんな不審そうなわたしの顔を見たのか、彼女は唐突に自己紹介を始める。
「そうそう、申し遅れました、だぜ。私は霧雨魔理沙、魔法使いで人間だ。だから安心していいぜ」
良かった、とりあえず信じよう。
というか信じないとそろそろ精神的に疲れてしまう。
「おいおい!私は名乗ったんだぜ?」
「へ?」
霧雨魔理沙は心外そうにそう言うと、私を指さした。
「お前だよお前!名前くらい言えよなー」
成程。
「ごめんなさい…。私は宇佐見蓮子よ」
「ウサギ?」
「宇佐見!!」
私は人里とか言う所に送ってもらいながら聞ける事を聞いて整理した。
魔理沙さんは里に着くと「じゃあなーまた会えたら会おうぜ」なんて言って飛んで行ってしまった。
飛んでいったこと自体に驚く余裕は残っていなかった。
「整理した事をまとめないとね…バッグ持ってて良かったわ…」
ノートとペンを出すと、私は聞いた話をまとめて写し始める。
「ここは幻想郷で、さっきの竹林は危険、と。思った通り妖怪の類で、人里なら安全らしい、ね。それから…」
3
「宇佐見ー!!宇佐見蓮子!!!宇佐見蓮子は何処だ!!」
本来ならば宇佐見蓮子が座る筈の席には誰もおらず、また誰も蓮子を見た者がおらず、小さな事件になっていた。
校内と周辺を捜したがそんな影一つ見つからない。捜索願が出される間際まで来ていた。
その蓮子が消えた、という知らせは級友のメールによってマエリベリー・ハーンの下にも届いた。
「ハーンさん!宇佐見さんが消えたって!心当たりない??」
「蓮子が消えた…?」
メリーは“何も無い部屋”の中でそれを知った。
大仰な表現をしたが、つまり家具や荷物が何一つない、という事だ。
そんな殺風景な部屋に、メリーの震える声が響いた。
蓮子が消えた。
どうして?
自分のせいではないか?
自分があの時怒らせてしまったからそれが理由なんじゃないか?
手が、震えた。
手に乗っていた携帯電話が滑り落ちて少し大きな音を立てる。
「私が…」
出てくる言葉は、紛れもなくマエリベリー・ハーンのものであるの筈なのにそれは随分と遠く聞こえた。
遠く、しかしはっきりと。
「私が探さなきゃ!!」
陽が傾き始めてから数時間、丁度18時を鐘が知らせていた。
4
「はぁ~…」
誰も通りそうにない道に蓮子はいた。
案の定危険と言われていた森に迷ってしまい、何とか誰にも(主に妖怪)見つからずに抜け出したのだが、入った場所とは景色が違う。
つまり森からは抜け切ったがまだ迷子だ。
「ここ何処よ…魔理沙さ~んいませんか~…」
情けない、とは思いつつも厳しいものは厳しいのだ。
疲労もそうだが何よりいつ襲われるか分からない状況というのは精神を削る。
そんな時間をもう2時間位過ごしたのだ。うん、疲れてても仕方がないよね、私。
「とにかく~、人!誰か優しい人!!居ないの!!?」
居ないようだった。
返事一つ返っては来ず、蓮子は心中涙目だ。
「う~…どうしてこんなに何も無いのよ~…普段自分がどんだけ裕福だったかを思い知るわ…」
何だか悟った様な事を呟いてはみたものの、悪いがそんな言葉に効果などない。
むしろ誰からの返事もない事が身にしみてくるだけである。
「う~…あ~…あ…あれ?建物!?」
いやしかし、効果が無いわけではなかったのか、見たかったものが見えた。
蓮子にとっては救いの手、人工物だ。建物。即ち、誰かに会えるだろう、と言える場所。
何処をどう歩いて来たのかは分からないがこの運と勘とは秘封倶楽部のあの活動によって培われたのだと誰に言うでもなく誇らしく思った。
そんな、ほっとした思いと誇らしげな思いとが突然の声によって張り詰めたものに変わった。
「あら、珍しいわね。参拝客?」
誰だ?
蓮子の頭の中をぐるぐると思考が駆け巡る。
参拝客だと?誰がこんな辺鄙な処に参拝に来るのか。
「ちょっと?後ろ向かれっぱなしじゃ困るんだけど…あんた妖怪?」
「へ?」
振り向いたそこには紅と白の不可思議な服装の女の子がいた。
年は魔理沙くらいだろうか?
「あなたは?」
「まず名乗んなさいよ…あんたは妖怪…には見えないけど、ここらのじゃないわね。誰?」
妖怪に見えないも何もあったものか。
蓮子は心中でぼやく。
最初に会ったルー…何とかはどう見たって普通の女の子だったではないか。
「私は蓮子。宇佐見蓮子よ」
「蓮子さん、ね。私は博麗霊夢。此処の神社の巫女よ」
「へぇ」
こんな所の神社に巫女なんているのか。そりゃ賽銭は入らなさそうである。
私を見て“珍しい”と感じても仕方がない。
そんな呑気な考えをしていたら、突然強い気に当てられた。
そう、私のような一般人にも分かる強い気当たり。立っている事すら困難な、そしてあまりにも唐突な。
「で、あんた、何者?答えなさい。何処から来た?」
霊夢は私に玉串を突き付けて言い放つ。
さっきまでの柔らかな物腰は一瞬で消えさり、
冷たく。
冷たく。
魔理沙と同じくらいの歳?
冗談じゃない。
圧倒的過ぎる“何か”がこの子にはある。
「どこ…って私は突然周りの景色が変わって…」
信じてもらえる筈もない事だ。
いくら妖怪が跋扈している世界でもいきなり景色が変わって世界が変わってましたー、だなんてご都合主義以外にどう見える。
それなのに私には事実を言う、以外の行動が考えられない。
「景色が変わった?」
案の定聞かれた。
「仕方ないでしょ…事実なんだし、私にだって何が何だか分かんないんだから…」
嘘を吐くのはやめなさい、と。そう言われるだろうと思っていた。しかし、彼女は、いや彼女達の常識は私の想像以上に飛びぬけてしまっていた。
詰問の代わりに、
「あんの…」
怒りに震える霊夢の叫びが、
「馬鹿紫いいい!!!」
虚しく響いた。
5
「蓮子!!蓮子――!!」
メリーは走り続けていた。
陽が落ちて、風が冷たさを増して、それでも全力で。
走って走って走り続けていたら、私の足は何故か誘われるように、学校の裏庭に来ていた。
「な…何やってんのかしら私…こんなとこに居る訳ないじゃない…」
当り前の事を今更のように呟く。
ただ悔しかったのだ。
大事な人が、消えてしまった。
なのに、最後に交わした言葉は「いい加減にしてよ!もう知らないから!」なのだ。
そりゃ誰だって凹む。
「苦労してるみたいね、メリーさん?」
え?
背後から、少し大人びた女性の声。
蓮子の声ではないのに、どうして「メリー」を知っているのか。
学校のみんなも私を「ハーンさん」と呼ぶのに。
私をメリーと呼ぶのは蓮子だけ。
怖さがあった。
だがそれ以上に怒りがあった。
きっと蓮子が私をメリーと呼ぶのを知っている奴が私をからかっているんだ、そう思ったから。
だからきつい視線で私は振り返って、そして見た。
見てしまった。
私を。
「はろー?メリーさん?」
「わ…たし…と…同じ…顔…?」
私にそっくりな顔の女性がそこにいた。
ただ、帽子にはリボンが付いていて、服装は私よりもかなり派手な装飾がされていたが、顔は。
顔は、紛れもなく私と、同じ。
鏡を見ているように、同じ顔が自分を見つめていた。
怖い。
今度は恐怖が勝った。
「貴女…誰…?」
声を振り絞って聞く。そうするしか、出来なかったから。
「私?私はね、“知っている人”よ」
直前まで浮かべていたからかうような表情を一転させ、鋭い目で私を見据える。
“知っている”とは何をか。
いや、分かっていた。気付いていた。でも、
認めたくなかった。
それが他の誰かにとっても真実であるなら、私の思いすごしであるとは思えなくなってしまう。
思いすごしだ、悪い冗談だ、そう信じたかった。
「私は、八雲紫。ハジメマシテ、マエリベリー・ハーンさん?」
「貴女は誰なの!!!!???」
最早恐怖心しか無い。
それ以外の感情などとうに忘れ去ってしまっているかのように。
恐れに駆られ、私はその場から逃げだした。
全速力で。此処に来るまで以上のスピードで。
「あららら、逃げられちゃったわ…ってああっヤバいわ!霊夢がキレてる!」
八雲紫は慌てたように空間に消えた。
6
霊夢と蓮子は神社の中で夕食を食べていた。
霊夢の作った夕食は和食。一般的な料理であったが、材料の質が外とは違い過ぎた。
そう、全てが天然物だ。
つまるところ、めっちゃ美味しい。
しかも直前まで蓮子はお腹ぺこぺこだった。
つまるところ、めっちゃ美味しい。
「あの…霊夢さん」
相手は年下なのに、どうしてもさん付けしてしまう、そんな雰囲気があった。
まあ、初対面の相手をいきなり呼び捨てるほど礼儀知らずでもない。
「まず私から質問よ。外からって言ってたわね」
「え、あ、はい」
「まぁ、よく無事だったわね。森にいたなら大抵一回くらい襲われて当たり前なのに」
「ああ、襲われはしたんですけど、魔理沙さん、って方に助けて頂いて」
それを聞くと霊夢の表情が少し緩くなったのを私は見た。
「あら、魔理沙に会ってたのね。それなら納得だわ。後一つ。此処には本当に不可抗力で来たのね?」
再びその表情を消した霊夢に鋭い威圧を感じる。
嘘を吐こうものならすぐに分かるぞ、とでも言うように。
まあ本当の事を言えば良い私には関係ないのだが。
「本当よ」
「なら良いわ。あんたの質問は?」
質問が出来る空気になって、私は二つの疑問を整理して、聞く。
「あの、紫っていうのは?」
一つは先程馬鹿と称された紫という(おそらくは)人物である。
「ああ、あいつは境界を操れるの…っても分かんないか、つまり―――」
境界?
境界を操る?
その能力は大事なあの子に通じるものが―――
「ここと外とを行き来出来る、もとい行き来させられる、とんでもない大馬鹿なのよ」
はぁさいですか。
「何よ」
「何も言ってないですって。それに、もう一つなんですけど…私、帰れるんですか?」
そう、帰れないのは非常に困る。
メリーのように境界が見えればそれで何とか出来るかもしれないが私に分かるのは時間と場所だけ。
今だって月と星が見えているが分かるのはここが幻想郷の博麗神社で時間が19時13分という事だけだ。
これでは世界の行き来など到底出来やしない。
「あら、帰りたければいつだって帰れるわよ?」
「あう?」
ちょっと待った。そんなオチでいいの?
「そんな、ってあんたね。戻れなくて良いわけ?」
「だから何も言ってないって。いや戻れることは吝かではないんだけど、何かあっさりしすぎて…うーん」
まぁいいだろう、そもそもメリー無しに異世界探検なんてしたって楽しくはない。
元の世界に戻って、メリーと仲直りをしよう。
それでまた境界漁って此処に来ればいいじゃないか。
「そういえば、どうしてあんなに私に威圧的な態度だったのよ。殺されるんじゃないかって思ったのよ?」
ついでに、といった感じで私は聞いた。
「ああ、何か企んでるバカだったら困るからね、脅しかけてただけよ。どうして?」
そりゃ怖かったというのもあるが、何よりも。
「今度親友と一緒に来ようと思ってね。勝手に入ると死にますよじゃやばいなと」
「“今度”は無いわ。残念だけど」
神社の外から、メリーの声が聞こえた。メリー、と言おうとして、しかしその言葉を発するのを何故だろう、頭が躊躇った。
「紫!!あんたがここに来たって事は…蓮子がここに来たのはやっぱあんたね!!」
霊夢は呆れたように言い放った。
実際大事とは捕えていないようだったが、結構不愉快そうだった。
「ええ、私よ」
「あのさぁ…分かってるでしょ?勝手なことされたら境界に悪いんだって…あんたも管理者でしょうが…」
そう言われてもちっとも悪びれずに紫は笑う。
「うふふ…でもね霊夢。私にしては珍しく今回は理由があるのよ」
「ホントに珍しいわね。何よその理由って」
その時だった。
突然私の心拍数が異常なほどに跳ね上がって、息苦しくなる。
何だ?
すごく…嫌だ。
聞いてはいけないような気がした。
聞くな。
そう本能が警告している。
紫という人は、そんな私を見透かしているかのように、ただ私を見ていた。
「メリー」
呟いた声は、響きすらしない。
「そうそう、メリーさんだけど、貴女の事をずっと探してたわよ?」
「え?」
頬に何かが伝うのを感じた。
「え…え…」
あんなにひどい事を言ったのに。
彼女は私を探してくれている。
帰らなきゃ。
帰って、謝らないと。
「霊夢さん。私、帰らないと!」
「ふぅ、そうみたいね。それじゃぁ…」
霊夢は何処か少し嬉しそうに私を見て、
「ま、そういう事だから紫。あんたが何をしたかったのかは後でみっちり…」
「無駄よ」
紫の声だった。
無駄、と。
無駄?
何が?
「もう、手遅れなのよ蓮子さん」
手遅れ?だから一体何が手遅れだというんだ。
私はこれから帰るし、霊夢さんは帰るのは簡単だって言ってる。
メリーが怒っているのなら仲直りは難しいかもしれないけど私の事を探してくれるくらいには心配までしてくれてる。
真剣に謝って、一緒にもっと美味しいケーキ屋さん紹介して、それで良い、それで色々と通じ合える仲間なんだ。
何が手遅れだ。
そう思うと突然目の前の紫という女が憎くなった。
ふざけるな。私達の事を知ったように。
姿形がメリーに似てるからって関係ない。
「私は貴女の為に貴女を此処に連れて来た。貴女が悲しむのを和らげるために」
「五月蠅い。霊夢さん、お願い」
霊夢さんが私を結界まで案内して、私に別れを告げた時、確かに紫は言った。
「もしかしたらまだ会えるかもしれないけど。その代わりそれが一番残酷だからね。貴女がその道を選ぶのならケチをつける気は無いけど」
そんな意味の分からない事を。
だから私は言い返す。絶対の確信をもって。
「そりゃどうも。私はメリーと一緒にまた楽しく生活するの。どんな手段だってあるんだから。それじゃ、ご忠告どうも」
そして私は消えた。
幻想郷から、元いた世界に。
出てきた場所は、家だった。家の私室。なかなかどうしてこうも都合のいい場所に来たのだろうか。
出来れば幻想郷に着くときに都合良くして欲しかった…。
「そうだ!メリー!!」
私は走った。メリーの家まで。
何だか得体のしれない、嫌な予感を抱えながら。
EX
家の来客チャイムが鳴って、マエリベリー・ハーンは顔を上げた。30分休んだらまた探しに行こうと思って少し休んでいたのを思い出す。丁度30分経っている。
とりあえず来客を追い返して探しに行こう、そう思ってドアを開くと、その探している人がそこにいた。
「蓮子…?」
「メリー!!メリー!ごめんなさい!本当にごめんなさい!貴女の気持ちも考えずにあんな…」
「ちょっとちょっと蓮子!!待ってってば!私も悪かったしさ、怒ってないよ。そんな事より何処にいたの?」
蓮子が経緯を説明する。
その中のある事が、私を貫いた。
「…そっか」
「メリー?」
2分くらいして、私はは意を決した。
「蓮子、私が学校に行かなかった理由…知りたい?」
蓮子は驚いた顔でこっちを見る。
「もう良いっちゃ良いんだけど、話してくれるなら、ね。無理強いはしないよ?」
なら、話そう。
話して、謝って、そして、
“手遅れ”だった。
「メリー…?」
マエリベリー・ハーンの体が透けていた。足も、手も、顔も、体も。
「遅かったみたい…はは…悩みすぎちゃったな、話す決意をするのが遅かったみたいね」
「メリー??メリー!!??どういう事?これは何!!??どうして…」
そんな顔をしないで。
私の大好きな蓮子。
ずっと一緒に居たかったよ。
「さよなら、蓮子」
そしてメリーは消えた。
何の余韻もなく、あっさりと、影も形もなく消え去った。
「メリ――――!!!!!」
メリーの来ていた洋服がぱさりと落ちて、小さな紙袋が覗いた。
一枚の紙が貼ってある。
そこには見慣れた字で、
「蓮子へ
ごめんね!さよなら
メリー」
と、書いてあるだけだった。
見てしまった、出会ってしまった。
決まってしまった私の運命。
それは、――――――――――――消滅。
私は、生まれた時からある事が当たり前だった。
当たり前は、当たり前だから、当たり前。
私にも、当たり前。
お母さんにも、当たり前。
お父さんにも、当たり前。
お友達にも、当たり前。
確信なんて大仰なものじゃなくて、当然の事。
転んだら、痛い。
チョコレートは、甘い。
そんな、誰でも知っている当然の事。
生まれたその瞬間からだったと思う。もちろん覚えてはいないけど。
だからきっとチョコレートだとか転んだら、だとかよりも更に前提だった。
そう、例えば晴れた日の空が青い事のように。
だから、怖かった。
ふとした拍子に知ってしまった事。
当たり前が当たり前じゃなくなって、違う事に恐怖を覚えた。
そして悟ってしまった。
私は、化け物なんだな、と。
1
見てしまった。
出会ってしまった。
その瞬間、私の運命は決まってしまった。
それは、――――
2
喧噪の中、二人はケーキの皿を前にして
「ねえメリー、聞いてる?」
「うん、とっても美味しいよねここのケーキ。蓮子が認めるだけの事はあるわ」
「ぜんっぜん違うし…てかさっきからそう言えば良いと思ってない?何回目よ?」
今の発言で分かっていただけただろう、私達秘封倶楽部は今町に新しくオープンしたケーキ屋でショートケーキを貪っ…美味しく頂いているのだ。
で、さっきからメリーがずっと上の空なのだ。
「あれ?じゃあ何?」
「じゃあって…あのね。最近学校休みがちじゃない、どうしたの?って聞いたんだけど…」
ここ最近メリーは学校にあまり来なくなっていた。
先生(先に生まれたから先生なのであって断じて私よりも知識が多いわけではない)というか教授に聞きもしたのだが知らないとしか言いやしない。
週に1度くらいで学校に来るメリーを今日はやっと捕まえてこうして拉致ったのである。
「あ…ああ…それか…」
「メリー?」
メリーは教授たちよりも更に困惑した顔をした。
「そ…その…別に…」
その何とも言えないような態度。
その態度に私は苛立った。
私達は秘封倶楽部だ。秘封倶楽部として今までずっと仲良くしてきたのに。
答えられないなら仕方ない。それなら「答えられない」と言ってくれればいいのに。
どうしてこんな態度なのか。
こう、答えたいけど答えられないの、という態度を示すのだろうか。
いや、
私は知っている。こういう態度をする理由を。
「何?私に何か言い辛い事でもあるわけ?」
マイナスの隠し事をしている場合だ。
自然と声のトーンが下がる。
「あ、いやそうじゃないの蓮子、ただ…」
しかしまた詰まる言葉。
言いかけた言葉を飲み込み、再び俯いたその姿を見て、
とうとう我慢が出来なかった。
「いい加減にしてよっ!!!!」
私はテーブルに力任せに拳を叩きつけ、大声で怒鳴った。
客の視線が一点に集められる。
「何さ!言えないなら言えないって言えば良いのに言いたいのか言いたくないのかも分かんないような態度ばっかり!!もう知らないからっ!!」
私は卑怯にも泣きながら怒鳴った。
泣いていたら親しい相手は言い返そうとすら出来なくなるのに、私は泣いていた。
きっと私は悔しかったんだと思う。
「言えないの」とすら言ってもらえなかった事が。
その程度すら信頼されていないのか、そう思ってしまって。
そんな自分の虚栄が混ざった怒りでもある事には、怒鳴りながらでも気付いていた。
しかし気付いたところで一度走り出した怒りは止まってはくれず、結局言う事を言って、私はお金だけおいてさっさと店を出ていってしまった。
だから気付かなかった。
そんな私を見ていたメリーの目がとても寂しそうで、悲しそうだったことに。
翌日は、全てがうざったかった。
講義はノイズにしか聞こえないし(半ばいつも通りでもあるが)
ルームメイトのいつもは気にもならない下らない話題がいちいち耳ざわりだった。
何も食べたくなかったし、食べても美味しさなんて感じない。
不愉快過ぎて蹴飛ばした石が物理学の教授の禿げた頭に当たって落ちた。
午後になると教授の下らない講義をボイコットし、私はある場所に出かけた。
学校の裏庭に。
ここは、特別な場所だった。
私とメリーとが初めて話をした所。
秘封倶楽部が出来た所。
最初に活動した所。
因みに全部同じ日だ。出会ったその日に境界を超えたのだ。我ながらとんでもないと思う。
丁度年度末が近くて(もう講義は後一日で終わり。物理学が無くてよかった。何を言われるか分かったものじゃない)涼しい、というか少し寂しい風が吹いていた。
春は出会いと別れの季節だとかよく言う。
そんな下らない人間の決めた生活のサイクルによって生まれた後付けの理屈に自然までが同意しているように見えて尚更不愉快だった。
そもそも人間が「7月に卒業、8月に入学にしましょう」と決めていればそれだけで変わるような理屈だ。
そんなものにどうして木々まで同意しているように寂しさを表すのか。
メリーはいないし、今更会っても何を言ったらいいかなんて分からない。
今になって考えると昨日は酷い事を言ったと思うのだが、後の祭りだ。溜息しか出ない。
「はぁ…ホント、何か何もかもが嫌だわ。私にも境界が見えれば良いのに。そしたら境界を超えて暇を潰せるのに」
そんな独り言を呟きつつ講義終了の時間になった事に気づいた私は
竹林にいた。
「は?」
呆けた声が出た。が仕方ないだろう。
突然周りの景色が変わったのだ。少なくとも普通ならここで発狂してもおかしくない。
幸いにも私はこの原因を知っていたからパニックにはならなかったけど。
そう、境界を超えたのだ。
「ちょっと…冗談はよしなさいよね。私今一人なのよ…?」
しかし返事は無く見える筈の校舎は影も形もなく、代わりに、小さな女の子がいた。
「ええっと…誰?」
「わたしー?ルーミアだよ?」
ルーミア、と名乗った女の子は(外国の子だろう、金髪だし。頭のお札何?)妙に間延びした話し方だったが、しっかりと話は通じてくれそうだ。
現実は優しい。
「あのね、お姉ちゃん迷っちゃったのよ。町とか村とか…人の沢山いる所、どっちだか分かる?」
「お姉ちゃんは食べても良い人間?」
「…………はい?」
前言撤回、現実は厳しい。
目の前で女の子は年相応の可愛らしい笑顔を浮かべ、ぐっ、と私の腕を掴んだ。
「痛っ!!ちょっ…放してってば…!」
年相応とはお世辞にも言えない腕力。
「いただきまーす」
まずいまずいまずい!!流石に秘封倶楽部でもこんな経験は無い。
今度こそパニックに陥りかけた。
「おう、これでも食ってろ」
「むぐぅ!!!???」
そんな私の前に白と黒の見るからに魔法使いしてる人が現れて、ルーミアの口に何かを入れた。
とたんにルーミアは叫び声をあげて直前に私が陥りかけていたパニックに代わりに陥ったようにあたふたとおぼつかない足で逃げていった。
「ん、よし。大丈夫か?人里の人だろ?」
「ま、まあそんな所かしら。何食べさせたの?」
人里、ああなんて平和そうな響きだろうか。
「ん?ああ、あれか。トウガラシにタバスコ、ワサビにありったけのスパイスを固めたものだが。…食うか?」
「嫌よ!!」
何なんだろう。この人も怪しいんじゃないだろうか。
さっきの子は食べるって言ってたし、この世界では妖怪の類が溢れてるのかしら。
そんな不審そうなわたしの顔を見たのか、彼女は唐突に自己紹介を始める。
「そうそう、申し遅れました、だぜ。私は霧雨魔理沙、魔法使いで人間だ。だから安心していいぜ」
良かった、とりあえず信じよう。
というか信じないとそろそろ精神的に疲れてしまう。
「おいおい!私は名乗ったんだぜ?」
「へ?」
霧雨魔理沙は心外そうにそう言うと、私を指さした。
「お前だよお前!名前くらい言えよなー」
成程。
「ごめんなさい…。私は宇佐見蓮子よ」
「ウサギ?」
「宇佐見!!」
私は人里とか言う所に送ってもらいながら聞ける事を聞いて整理した。
魔理沙さんは里に着くと「じゃあなーまた会えたら会おうぜ」なんて言って飛んで行ってしまった。
飛んでいったこと自体に驚く余裕は残っていなかった。
「整理した事をまとめないとね…バッグ持ってて良かったわ…」
ノートとペンを出すと、私は聞いた話をまとめて写し始める。
「ここは幻想郷で、さっきの竹林は危険、と。思った通り妖怪の類で、人里なら安全らしい、ね。それから…」
3
「宇佐見ー!!宇佐見蓮子!!!宇佐見蓮子は何処だ!!」
本来ならば宇佐見蓮子が座る筈の席には誰もおらず、また誰も蓮子を見た者がおらず、小さな事件になっていた。
校内と周辺を捜したがそんな影一つ見つからない。捜索願が出される間際まで来ていた。
その蓮子が消えた、という知らせは級友のメールによってマエリベリー・ハーンの下にも届いた。
「ハーンさん!宇佐見さんが消えたって!心当たりない??」
「蓮子が消えた…?」
メリーは“何も無い部屋”の中でそれを知った。
大仰な表現をしたが、つまり家具や荷物が何一つない、という事だ。
そんな殺風景な部屋に、メリーの震える声が響いた。
蓮子が消えた。
どうして?
自分のせいではないか?
自分があの時怒らせてしまったからそれが理由なんじゃないか?
手が、震えた。
手に乗っていた携帯電話が滑り落ちて少し大きな音を立てる。
「私が…」
出てくる言葉は、紛れもなくマエリベリー・ハーンのものであるの筈なのにそれは随分と遠く聞こえた。
遠く、しかしはっきりと。
「私が探さなきゃ!!」
陽が傾き始めてから数時間、丁度18時を鐘が知らせていた。
4
「はぁ~…」
誰も通りそうにない道に蓮子はいた。
案の定危険と言われていた森に迷ってしまい、何とか誰にも(主に妖怪)見つからずに抜け出したのだが、入った場所とは景色が違う。
つまり森からは抜け切ったがまだ迷子だ。
「ここ何処よ…魔理沙さ~んいませんか~…」
情けない、とは思いつつも厳しいものは厳しいのだ。
疲労もそうだが何よりいつ襲われるか分からない状況というのは精神を削る。
そんな時間をもう2時間位過ごしたのだ。うん、疲れてても仕方がないよね、私。
「とにかく~、人!誰か優しい人!!居ないの!!?」
居ないようだった。
返事一つ返っては来ず、蓮子は心中涙目だ。
「う~…どうしてこんなに何も無いのよ~…普段自分がどんだけ裕福だったかを思い知るわ…」
何だか悟った様な事を呟いてはみたものの、悪いがそんな言葉に効果などない。
むしろ誰からの返事もない事が身にしみてくるだけである。
「う~…あ~…あ…あれ?建物!?」
いやしかし、効果が無いわけではなかったのか、見たかったものが見えた。
蓮子にとっては救いの手、人工物だ。建物。即ち、誰かに会えるだろう、と言える場所。
何処をどう歩いて来たのかは分からないがこの運と勘とは秘封倶楽部のあの活動によって培われたのだと誰に言うでもなく誇らしく思った。
そんな、ほっとした思いと誇らしげな思いとが突然の声によって張り詰めたものに変わった。
「あら、珍しいわね。参拝客?」
誰だ?
蓮子の頭の中をぐるぐると思考が駆け巡る。
参拝客だと?誰がこんな辺鄙な処に参拝に来るのか。
「ちょっと?後ろ向かれっぱなしじゃ困るんだけど…あんた妖怪?」
「へ?」
振り向いたそこには紅と白の不可思議な服装の女の子がいた。
年は魔理沙くらいだろうか?
「あなたは?」
「まず名乗んなさいよ…あんたは妖怪…には見えないけど、ここらのじゃないわね。誰?」
妖怪に見えないも何もあったものか。
蓮子は心中でぼやく。
最初に会ったルー…何とかはどう見たって普通の女の子だったではないか。
「私は蓮子。宇佐見蓮子よ」
「蓮子さん、ね。私は博麗霊夢。此処の神社の巫女よ」
「へぇ」
こんな所の神社に巫女なんているのか。そりゃ賽銭は入らなさそうである。
私を見て“珍しい”と感じても仕方がない。
そんな呑気な考えをしていたら、突然強い気に当てられた。
そう、私のような一般人にも分かる強い気当たり。立っている事すら困難な、そしてあまりにも唐突な。
「で、あんた、何者?答えなさい。何処から来た?」
霊夢は私に玉串を突き付けて言い放つ。
さっきまでの柔らかな物腰は一瞬で消えさり、
冷たく。
冷たく。
魔理沙と同じくらいの歳?
冗談じゃない。
圧倒的過ぎる“何か”がこの子にはある。
「どこ…って私は突然周りの景色が変わって…」
信じてもらえる筈もない事だ。
いくら妖怪が跋扈している世界でもいきなり景色が変わって世界が変わってましたー、だなんてご都合主義以外にどう見える。
それなのに私には事実を言う、以外の行動が考えられない。
「景色が変わった?」
案の定聞かれた。
「仕方ないでしょ…事実なんだし、私にだって何が何だか分かんないんだから…」
嘘を吐くのはやめなさい、と。そう言われるだろうと思っていた。しかし、彼女は、いや彼女達の常識は私の想像以上に飛びぬけてしまっていた。
詰問の代わりに、
「あんの…」
怒りに震える霊夢の叫びが、
「馬鹿紫いいい!!!」
虚しく響いた。
5
「蓮子!!蓮子――!!」
メリーは走り続けていた。
陽が落ちて、風が冷たさを増して、それでも全力で。
走って走って走り続けていたら、私の足は何故か誘われるように、学校の裏庭に来ていた。
「な…何やってんのかしら私…こんなとこに居る訳ないじゃない…」
当り前の事を今更のように呟く。
ただ悔しかったのだ。
大事な人が、消えてしまった。
なのに、最後に交わした言葉は「いい加減にしてよ!もう知らないから!」なのだ。
そりゃ誰だって凹む。
「苦労してるみたいね、メリーさん?」
え?
背後から、少し大人びた女性の声。
蓮子の声ではないのに、どうして「メリー」を知っているのか。
学校のみんなも私を「ハーンさん」と呼ぶのに。
私をメリーと呼ぶのは蓮子だけ。
怖さがあった。
だがそれ以上に怒りがあった。
きっと蓮子が私をメリーと呼ぶのを知っている奴が私をからかっているんだ、そう思ったから。
だからきつい視線で私は振り返って、そして見た。
見てしまった。
私を。
「はろー?メリーさん?」
「わ…たし…と…同じ…顔…?」
私にそっくりな顔の女性がそこにいた。
ただ、帽子にはリボンが付いていて、服装は私よりもかなり派手な装飾がされていたが、顔は。
顔は、紛れもなく私と、同じ。
鏡を見ているように、同じ顔が自分を見つめていた。
怖い。
今度は恐怖が勝った。
「貴女…誰…?」
声を振り絞って聞く。そうするしか、出来なかったから。
「私?私はね、“知っている人”よ」
直前まで浮かべていたからかうような表情を一転させ、鋭い目で私を見据える。
“知っている”とは何をか。
いや、分かっていた。気付いていた。でも、
認めたくなかった。
それが他の誰かにとっても真実であるなら、私の思いすごしであるとは思えなくなってしまう。
思いすごしだ、悪い冗談だ、そう信じたかった。
「私は、八雲紫。ハジメマシテ、マエリベリー・ハーンさん?」
「貴女は誰なの!!!!???」
最早恐怖心しか無い。
それ以外の感情などとうに忘れ去ってしまっているかのように。
恐れに駆られ、私はその場から逃げだした。
全速力で。此処に来るまで以上のスピードで。
「あららら、逃げられちゃったわ…ってああっヤバいわ!霊夢がキレてる!」
八雲紫は慌てたように空間に消えた。
6
霊夢と蓮子は神社の中で夕食を食べていた。
霊夢の作った夕食は和食。一般的な料理であったが、材料の質が外とは違い過ぎた。
そう、全てが天然物だ。
つまるところ、めっちゃ美味しい。
しかも直前まで蓮子はお腹ぺこぺこだった。
つまるところ、めっちゃ美味しい。
「あの…霊夢さん」
相手は年下なのに、どうしてもさん付けしてしまう、そんな雰囲気があった。
まあ、初対面の相手をいきなり呼び捨てるほど礼儀知らずでもない。
「まず私から質問よ。外からって言ってたわね」
「え、あ、はい」
「まぁ、よく無事だったわね。森にいたなら大抵一回くらい襲われて当たり前なのに」
「ああ、襲われはしたんですけど、魔理沙さん、って方に助けて頂いて」
それを聞くと霊夢の表情が少し緩くなったのを私は見た。
「あら、魔理沙に会ってたのね。それなら納得だわ。後一つ。此処には本当に不可抗力で来たのね?」
再びその表情を消した霊夢に鋭い威圧を感じる。
嘘を吐こうものならすぐに分かるぞ、とでも言うように。
まあ本当の事を言えば良い私には関係ないのだが。
「本当よ」
「なら良いわ。あんたの質問は?」
質問が出来る空気になって、私は二つの疑問を整理して、聞く。
「あの、紫っていうのは?」
一つは先程馬鹿と称された紫という(おそらくは)人物である。
「ああ、あいつは境界を操れるの…っても分かんないか、つまり―――」
境界?
境界を操る?
その能力は大事なあの子に通じるものが―――
「ここと外とを行き来出来る、もとい行き来させられる、とんでもない大馬鹿なのよ」
はぁさいですか。
「何よ」
「何も言ってないですって。それに、もう一つなんですけど…私、帰れるんですか?」
そう、帰れないのは非常に困る。
メリーのように境界が見えればそれで何とか出来るかもしれないが私に分かるのは時間と場所だけ。
今だって月と星が見えているが分かるのはここが幻想郷の博麗神社で時間が19時13分という事だけだ。
これでは世界の行き来など到底出来やしない。
「あら、帰りたければいつだって帰れるわよ?」
「あう?」
ちょっと待った。そんなオチでいいの?
「そんな、ってあんたね。戻れなくて良いわけ?」
「だから何も言ってないって。いや戻れることは吝かではないんだけど、何かあっさりしすぎて…うーん」
まぁいいだろう、そもそもメリー無しに異世界探検なんてしたって楽しくはない。
元の世界に戻って、メリーと仲直りをしよう。
それでまた境界漁って此処に来ればいいじゃないか。
「そういえば、どうしてあんなに私に威圧的な態度だったのよ。殺されるんじゃないかって思ったのよ?」
ついでに、といった感じで私は聞いた。
「ああ、何か企んでるバカだったら困るからね、脅しかけてただけよ。どうして?」
そりゃ怖かったというのもあるが、何よりも。
「今度親友と一緒に来ようと思ってね。勝手に入ると死にますよじゃやばいなと」
「“今度”は無いわ。残念だけど」
神社の外から、メリーの声が聞こえた。メリー、と言おうとして、しかしその言葉を発するのを何故だろう、頭が躊躇った。
「紫!!あんたがここに来たって事は…蓮子がここに来たのはやっぱあんたね!!」
霊夢は呆れたように言い放った。
実際大事とは捕えていないようだったが、結構不愉快そうだった。
「ええ、私よ」
「あのさぁ…分かってるでしょ?勝手なことされたら境界に悪いんだって…あんたも管理者でしょうが…」
そう言われてもちっとも悪びれずに紫は笑う。
「うふふ…でもね霊夢。私にしては珍しく今回は理由があるのよ」
「ホントに珍しいわね。何よその理由って」
その時だった。
突然私の心拍数が異常なほどに跳ね上がって、息苦しくなる。
何だ?
すごく…嫌だ。
聞いてはいけないような気がした。
聞くな。
そう本能が警告している。
紫という人は、そんな私を見透かしているかのように、ただ私を見ていた。
「メリー」
呟いた声は、響きすらしない。
「そうそう、メリーさんだけど、貴女の事をずっと探してたわよ?」
「え?」
頬に何かが伝うのを感じた。
「え…え…」
あんなにひどい事を言ったのに。
彼女は私を探してくれている。
帰らなきゃ。
帰って、謝らないと。
「霊夢さん。私、帰らないと!」
「ふぅ、そうみたいね。それじゃぁ…」
霊夢は何処か少し嬉しそうに私を見て、
「ま、そういう事だから紫。あんたが何をしたかったのかは後でみっちり…」
「無駄よ」
紫の声だった。
無駄、と。
無駄?
何が?
「もう、手遅れなのよ蓮子さん」
手遅れ?だから一体何が手遅れだというんだ。
私はこれから帰るし、霊夢さんは帰るのは簡単だって言ってる。
メリーが怒っているのなら仲直りは難しいかもしれないけど私の事を探してくれるくらいには心配までしてくれてる。
真剣に謝って、一緒にもっと美味しいケーキ屋さん紹介して、それで良い、それで色々と通じ合える仲間なんだ。
何が手遅れだ。
そう思うと突然目の前の紫という女が憎くなった。
ふざけるな。私達の事を知ったように。
姿形がメリーに似てるからって関係ない。
「私は貴女の為に貴女を此処に連れて来た。貴女が悲しむのを和らげるために」
「五月蠅い。霊夢さん、お願い」
霊夢さんが私を結界まで案内して、私に別れを告げた時、確かに紫は言った。
「もしかしたらまだ会えるかもしれないけど。その代わりそれが一番残酷だからね。貴女がその道を選ぶのならケチをつける気は無いけど」
そんな意味の分からない事を。
だから私は言い返す。絶対の確信をもって。
「そりゃどうも。私はメリーと一緒にまた楽しく生活するの。どんな手段だってあるんだから。それじゃ、ご忠告どうも」
そして私は消えた。
幻想郷から、元いた世界に。
出てきた場所は、家だった。家の私室。なかなかどうしてこうも都合のいい場所に来たのだろうか。
出来れば幻想郷に着くときに都合良くして欲しかった…。
「そうだ!メリー!!」
私は走った。メリーの家まで。
何だか得体のしれない、嫌な予感を抱えながら。
EX
家の来客チャイムが鳴って、マエリベリー・ハーンは顔を上げた。30分休んだらまた探しに行こうと思って少し休んでいたのを思い出す。丁度30分経っている。
とりあえず来客を追い返して探しに行こう、そう思ってドアを開くと、その探している人がそこにいた。
「蓮子…?」
「メリー!!メリー!ごめんなさい!本当にごめんなさい!貴女の気持ちも考えずにあんな…」
「ちょっとちょっと蓮子!!待ってってば!私も悪かったしさ、怒ってないよ。そんな事より何処にいたの?」
蓮子が経緯を説明する。
その中のある事が、私を貫いた。
「…そっか」
「メリー?」
2分くらいして、私はは意を決した。
「蓮子、私が学校に行かなかった理由…知りたい?」
蓮子は驚いた顔でこっちを見る。
「もう良いっちゃ良いんだけど、話してくれるなら、ね。無理強いはしないよ?」
なら、話そう。
話して、謝って、そして、
“手遅れ”だった。
「メリー…?」
マエリベリー・ハーンの体が透けていた。足も、手も、顔も、体も。
「遅かったみたい…はは…悩みすぎちゃったな、話す決意をするのが遅かったみたいね」
「メリー??メリー!!??どういう事?これは何!!??どうして…」
そんな顔をしないで。
私の大好きな蓮子。
ずっと一緒に居たかったよ。
「さよなら、蓮子」
そしてメリーは消えた。
何の余韻もなく、あっさりと、影も形もなく消え去った。
「メリ――――!!!!!」
メリーの来ていた洋服がぱさりと落ちて、小さな紙袋が覗いた。
一枚の紙が貼ってある。
そこには見慣れた字で、
「蓮子へ
ごめんね!さよなら
メリー」
と、書いてあるだけだった。
見てしまった、出会ってしまった。
決まってしまった私の運命。
それは、――――――――――――消滅。
続きが気になる終わり方ですねぇ…。
紫様も何か知っているようですし、この後の蓮子がどんな行動を
するのかというのも気になりますね。
続きを楽しみにしています。
キャラやお話に説得力をつける前にシーンが移るため、
キャラが一人歩きしてる印象を受け、所々でおや?と思う部分が。
しかし、お話はいいと思います。
得点は全て読み終わってから纏めて入れさせてもらいますね。
続きを楽しみにしています。
続き期待。
簡単にですが返事をば。
煉獄 様>
理由編というか種明かしというかは全部後篇になります。
何かすごく長くなりそな予感。
続きの方、完成したら見に来て頂けると嬉しいです。
ありがとうございます。
2>
うぐはっ。
後編ではそういった所にも気を付けていきたいです。
こうしてアドバイスを頂けるのは私としてはとても嬉しい事、またありがたい事だと思っています。また何かありましたら是非。
楽しんで頂けたらな、と思います。
9>
蓮子さん星蓮船…だと?
許せる!!いやむしろ秘封やっほう!秘封万歳!!
私的には旧作のあの教授がいたのは船だったなぁとか思っていた所に知り合いに星蓮船で秘封が来るんだよ説を聞かされ勝手に感動していました。
神主の新作CDにも期待してるんだ。
ちなみにこの作品は蓬莱人形から大空魔術までを聴きながら執筆してます。
素敵に映像が幻視されるんだよ!
蓬莱人形は秘封いないけど。
それでは後編でまたお会いしましょう!ありがとうございました!
まあ、出来ればハッピーエンドで終わって欲しいところですが、楼閣さんの采配次第って奴ですかねぇ。
GUNモドキ 様>
ハッピーエンドかバッドエンドかはお楽しみに取って置いて頂くとして、どうあれ楽しんで頂けるものを目指します。
後編楽しみ、などと言って頂けてもう私の燃料タンクが素敵な事になっております。
それでは後編執筆に戻ろうかね…