年の数だけ並べられた蝋燭に、灯されるのは橙色の炎。
白い生クリームの大地に、幾本もの影が揺れていた。
たかだか砂糖や卵の塊のくせに、なかなか幻想的な情景を彩っている。
「ちょっと押さないでよ!」
「もっと詰めないと私が見られないでしょ」
「あんまり騒ぐと見つかるわよ」
ケーキを囲んで談笑する家族とは窓一つ隔てた向こう側。肌寒い寒波に晒されながら、押しくらまんじゅうの要領で暖をとっている三人の姿があった。本来であれば、押しくら饅頭は寒さ対策としての遊戯なのだが、今回に限ってみればあくまで偶発的なものである。
「美味しそうなケーキね」
「蝋燭が綺麗だわ」
「お茶でも飲もうかしら」
三者三様の感想を述べながら、しかして見つめる先にあるものは一つだけ。それも決して手にはいることのないものだ。見れば見るほど、空しさが募ってくる。
「それにしても、今日は何かのお祭りだったかな?」
「サニー、それ本気で言ってるなら頭を溶かしてきた方が良いわよ」
「何、ルナは知ってるの?」
「当然じゃない。誕生日よ、誕生日」
「ああ、誕生日だったんだ。それで、何で誕生日にケーキを食べてるの?」
「…………それはきっと、何か理由があるんでしょうね」
「何よ、ルナだって詳しいことは知らないんじゃない!」
「誕生日だって事を知らなかったサニーよりはマシよ!」
ますます暑苦しくなりそうだったので、スターだけはいち早く避難した。
二人は競うように押し合いへし合いして、無駄に体力を減らし、背中合わせで座り込んだ。途中から手段が目的に代わり、明らかに相手を押す事へ力を入れていたけれど、スターは結局何も言わなかった。
息を切らせて汗を掻く二人を放って、ちゃっかり窓から中を眺めている。
「そういえば、スターは何か知ってるの?」
今更のように、サニーが問いかける。
「さあ、おめでたいからケーキを食べるんじゃないの。あ、ほら、プレゼントを渡してるし」
「どこどこ?」
「本当ね」
父親らしき男性が、子供に無駄な装飾の施された箱を手渡している。
あれが感謝の印で無いとしたら、やっぱりめでたいから贈っているのだろう。つまり人間にとって誕生日とは、それほどおめでたいものなのだ。
少なくとも妖精には年齢という概念があまり無く、自らの産まれた日を知っている妖精は殆どいない。かくいうスター達も、誕生日など言われるまで存在すら覚えていなかった。
「そういえば、私たちの誕生日っていつだったかしら?」
「さあ?」
「いつだったかしらねえ」
当然のことながら、誰も覚えていない。そもそも記憶に留めていたかどうかすら曖昧だ。
「ふふん、だったら面白いことを思いついたわよ」
「今日を私たちの誕生日にしようとか?」
スターの推測に、動きを止めるサニー。
図星だったらしい。
「……なんで分かったの?」
「いやだってねえ……」
「そんな在り来たりな発想、誰だって思いつくわよ」
せっかくのアイデアを酷評され、唇をすぼめながらも難しい顔でまた何か考え始めるサニー。
「でも、ああいう事はしてみたいかも」
「確かにね。プレゼントなんて、貰った記憶無いし」
家の中へ向けられる視線には、羨ましさや好奇心が含まれていた。家族はみんな笑っているし、主役の子供も嬉しそうだ。
理由付けはともかくとして、やってみるのも面白いかもしれない。
二人ともそう思ったらしく、見合わせた顔には期待の色が混ざっている。
「じゃ、じゃあこういうのはどう!」
「誕生日じゃなくて、三人が出会った記念日とか?」
「むきー!」
何故か切れたサニーがルナに飛びかかる。図星を二回突かれた妖精というのは、こういう反応をするものか。
止めるでもなく、スターはそれを観察していた。
「ただプレゼントするだけじゃ面白くないと思うの」
帰宅したサニーは、急にそんな事を言い始めた。土で汚れた服を着替えながら、ルナが呆れたように聞き返す。
「じゃあ何をどうするってのよ」
「決まってるじゃない。三人に対してのプレゼントを用意するの」
つまり個人が個人に渡すわけではなく、個人から三人全員へと言うことか。サニーにしてはなかなかの提案だと、二人は密かに感心した。
「それは確かに面白そうね」
「当然、当日までプレゼントは秘密なんでしょ?」
「当たり前」
薄っぺらい胸を張るサニー。今日を誕生日にと言ってはみたものの、なにぶんプレゼントを用意するのは時間がかかる。
そこで渡すのは来週にしようという話になった。この案に文句をつけるものは誰もおらず、晴れて来週の日曜日は三人の誕生日となったのだ。
もっとも、今となっては誕生日だの記念日だのといった形骸は薄れてしまっているが、プレゼントを渡すことが目的なのだから、それでいいのかもしれない。
「ふふふ、見てなさいよ。度肝を抜くようなプレゼントを用意してやるんだから」
「そうと決まったら、早速準備をしないといけないわね」
「私は何をあげようかしら」
不適に微笑むサニー。何やら指折り確認を始めるルナ。そして、何事も無かったかのようにお茶を啜るスター。
それぞれがそれぞれの反応を見せながら、夜は少しずつ深くなっていく。
三人に対して何を贈るのか。サニーは既に思いついていた。
生半可なものでは、あの二人は度肝を抜かれない。そして、それは三人に対しての物でなくてはならない。
これらの制約を守りながら、尚かつサニーが貰っても嬉しい物は一つだけ。
だから何としてでも手に入れないといけない。
固い決意の元で訪れたサニーを、アリスはあっさりと一蹴する。
「駄目よ」
とりつく島もないとはこの事だ。たったの三文字で、サニーのアイデアは泡になろうとしている。
「そこを何とかお願いできませんか?」
本を捲る手は休まることなく、アリスの顔もこちらを向かない。お願いに来てる身分としては偉そうな事を言うわけにはいかないけれど、もう少しぐらいマトモに聞いてくれても良いと思った。
「駄目ったら駄目。大体、何に使うのよ。あの人形」
サニーが欲しがっているのは、かつてアリスが見せてくれた三妖精そっくりの人形。まるでそのままミニチュアにしたかのように精巧な作りで、当人達ですら違いを見つけるのは難しい出来だった。
あれをプレゼントとして贈れば、きっと二人は驚いてくれるだろう。動きはしないけれど、それだけの価値はある。
「えぇ、まぁその……ちょっとプレゼントとして贈りたいなあと思いまして」
「プレゼント? 誰に?」
「私たち三人に」
アリスの手が止まり、怪訝そうな瞳がこちらを向いた。こっちを見て欲しいとは思ったけど、そういう視線はあまり向けられたくない。
居心地が悪そうに身悶えながら、サニーは事情を説明した。
「三人に対してのプレゼントねえ。妖精の間では、そういう習慣が流行ってるの?」
「いえ、私たちだけが考えたことですから」
「ふーん」
自分から訊いておきながら、興味がなさそうに再び本に没頭する。
これはもう、諦めた方がいいかな。
サニーがそう思い始めた時だった。
「別にいいわよ。プレゼントということであれば、問題もないでしょうし」
相変わらずこちらを向かないままの発言だったけれど、もうそんな事は気にならない。思わず身を乗り出しながら、本当ですか、と尋ねる。
「嘘をついても仕方ないでしょ。ただ、それなりの代価は貰うわよ」
「お金は……」
「妖精に金銭なんて期待してないわ。ただちょっと、あなたのデータが欲しいだけ」
「データ?」
聞き慣れない単語に、サニーは首を傾げる。
「そう、データ。人形を作る際に、色々と参考にしたいのよ。だからあなたのデータを計測させてくれるのなら、あの人形は譲ってあげる」
「解剖とかしませんよね?」
「中身には興味ないわ。むしろ興味があるのは外見だけ」
それならば、と深く考えもせずにサニーは頷く。
アリスは本を閉じ、人形達がカーテンを閉めた。まだ昼だというのに、室内が急に暗くなる。
「どうしてカーテンを閉めたんですか?」
「誰かに見られたら恥ずかしいでしょ」
引き出しの奥から巻き尺を取り出し、確かめるように伸ばしたり縮めたりを繰り返す。
「どうして巻き尺を?」
「これがないと計測できないでしょ」
カーテンを閉めた人形達が、今度はサニーの方へとやってくる。
どういうわけか、人形達はサニーの服を脱がそうと必死だ。
抵抗しながら、アリスに問いかける。
「ど、どうして服を?」
「だって」
アリスは無表情で答えた。
「服を着てたら正確なデータがとれないでしょ」
一時間後。
三体の人形を持って家を飛びだしたサニーは泣いていたという。
ああ、とルナは涙を流した。
もしも時を戻せるのならば、ここではなく里の方へ行けば良かったのかもしれない。安易に洋館だからと紅魔館を選択してしまったのが、運の尽きだ。
「ほら、手が止まってるわよ!」
「はいっ!」
叱咤と共に飛んでくるナイフ。直撃こそしないものの、それは顔のすれすれを掠め、恐怖をばらまいていく。
恐ろしいコーチだ。ちょっとでも生クリームをかき混ぜる手が衰えれば、見逃すことなく攻撃してくるのだから。
「ケーキ作りは体力や時間勝負。それが分からない輩は、生クリームにまみれて死んでいくのがお似合いだわ」
物騒なことを叫ぶメイド。どうやらケーキ作りには、並々ならぬ思いがあるらしい。
厄介な相手に頼んだものである。
三人に対してのプレゼントと聞いて、真っ先にケーキが思い浮かんだのは良かった。料理は得意な方だし、せっかくのイベントなのだから豪華な食事でもあった方が他の二人も喜ぶだろう。
そう思って、紅魔館のメイド長にお願いしたのだ。
「私にケーキの作り方を教えてください」
そして、それは大いなる間違いだったのである。
確かに、彼女の指導を受ければケーキを作れるようになるであろう。
だが、それはケーキが出来るのが先か、それとも自分が倒れるのが先かというサバイバルを乗り越えての話。
よもや屍をプレゼントとして晒すわけにはいかないのだ。
「また手が止まってる!」
叱咤に紛れて飛んでくるナイフが、いつのまにか二本に増えていた。この分だと、最終的には十本ぐらいになっているかもしれない。
「覚えておくといいわ、この世には二通りの人間しかいないの。ケーキを作る人間と、食べる人間。その境を踏み越えようというのだから、並大抵の労力では駄目。死をも恐れない覚悟と、精神力を越えた体力が必要がなの!」
「あの、私は妖精なんですけど……」
「無駄口を叩かない!」
「はいっ!」
かつて、これほど理不尽な空間があっただろうか。
数多の記憶を紐解いていっても、類似した環境すら無かった。
自らが選んだ道とはいえ、あまりにも不憫では無かろうか。
思わず、目から涙が零れる。
「涙が生クリームと混ざるでしょ! 泣くな!」
泣くことすら許されなかった。
ぶらぶらと歩いてみたものの、何を贈っていいものか思いつかない。
サニーはきっと、何か物珍しいものを見つけてくるだろう。
ルナは間違いなく、ケーキを用意するだろう。
だとしたら、自分はその二人とは違った物を披露しなくてはならない。それも、三人を相手にした贈り物を。
なかなか難しい話である。
方向性としては、何か気持ちを贈りたいところだ。
だからといって、まさか手作りの歌を披露するわけにもいかない。作詞作曲なんてしたことがないし、恥ずかしいではないか。
どうせやるなら詩だけ作って、それをルナに歌わせるのが良いかもしれない。彼女は顔を真っ赤にして、それでも一応は歌ってくれることだろう。
だが、それでは三人に対する贈り物にならない。
どうしたものか。
ぶらつくスターは、やがて博麗神社にたどり着いた。
ここの巫女は容赦がない人物なので、出来ることならすぐさま回れ右して引き返したいところ。
しかし、スターは思いついてしまったのだ。
とてもとても良い贈り物を。
「うーん」
そのアイデアに代わるような代案はない。
しかし巫女は怖い。
葛藤に継ぐ葛藤の末に、スターは一つの答えをはじき出した。
何の変哲もない夜。雪も無ければ、桜も無い。
しかし、三人の住処では盛大にお祝いの祭りが開かれていた。
室内を彩るのは、色とりどりの紙や布。テーブルの上には豪華な料理が並び、今日は秘蔵のお酒も姿を現している。
だが、あくまで今日のメインはプレゼント。食事にがっつくのは、その後でいい。
三人ともそれを分かっているから、涎は垂らしてもお酒の一滴にも手をつけないでいた。
「それじゃあ、準備はいいわね?」
サニーの言葉に、二人は頷く。
それを見て、サニーは背後の袋から何かを取り出し始めた。
「ふふふ、ではまず私から。じゃじゃーん!」
間の抜けた掛け声と共に取り出されたのは、三人そっくりの容姿をした人形。
二人の記憶が確かならば、アリスが持っていたはずのものだ。
「凄い、よくこんなの手に入れられたわね」
唖然とするルナ。物自体は以前に見ていたから、さほどの驚きはない。だけど、これが此処にあることに対しては空いた口が塞がらない。スターも同じことのようで、びっくりしたまま、本物かしらと人形を眺めている。
「大変だったわよ。それはもう、聞くも涙、語るも涙の……グスッ」
「ちょっと、本当に泣いてどうすんのよ」
よっぽど辛い目に遭ったのか、サニーの目尻には涙がにじみ出していた。
自分そっくりの人形を抱きしめながら、もう怖くないよ、と呟いている。
「でもまあ、思ったより良い物をくれたわね。ありがと、サニー」
「ありがとうね、サニー」
口々にお礼を言われ、ようやくこちらの世界に戻ってきたか。サニーは照れくさそうに頬を掻いた。
「じゃあ次は私……と言ってもみんなもう気付いてるわよね」
これだけ堂々とテーブルを占拠しているのだ。部屋に入ってきた瞬間から、既に分かっている。
「お察しの通り、私からのプレゼントはこのケーキよ」
丸いテーブルが立体になったのかと思うほど大きく、そして質素なのにどことなく気品と豪華さを感じさせる装飾。
ルナは確かに料理が上手だったけれど、ここまで見事なものを作れるのかと二人は感心したものである。
「見た目も凄いけど、きっと味も美味しいんでしょうね」
「当然よ。何といってもあの特訓を……」
「?」
突然、ルナが動きを止めた。電池切れした玩具のように、微動だにしない。
かと思えば急に、地震が来たのかと錯覚するほど震えだした。
「違うんです。休憩してたわけじゃありません。本当です」
小声でそんな事を呟いている。
彼女も彼女で、何やらいらぬトラウマを抱え込んだらしい。
当初は三人の出会った記念日やら、誕生日ということでプレゼントを贈ろうとしていたのに。
このままではトラウマ記念日という一生思い出したくない日になりそうだ。
流れを断ち切ることを期待するように、二人の視線がスターに集まる。
一見した限りでは、スターは何も用意していた風に見えない。
まさか本当に何も用意していないわけでもないだろうし。
するとスターは微笑みながら、口を開いた。
「私からのプレゼントは、もうとっくの昔にあげてるわよ」
二人は顔を見合わせる。
「ルナ、何か貰った?」
「ううん。サニーは?」
「貰ってない」
これは一体、どういうことか。
説明を求めるように、視線が厳しくなる。
「誰も二人にあげただなんて言ってないじゃない。私はただ、もうあげたと言っているの」
口を揃えて、二人は言った。
「誰に?」
スターは微笑むだけで、決して答えはしなかった。
博麗神社が境内。
遊びにきた霧雨魔理沙は、そこで妙なものを発見した。
いや、正確には妙でも何でもない。なにしろ、それが神社にあるのは至極普通のことなのだから。
だけど、博麗神社でこういう物が売られているというのは初耳だった。
自分も、暇があったら吊してみるのも面白い。
そう思いながら、魔理沙が眺める先。
吊された絵馬には、こう書かれていた。
『いつまでも、三人仲良くいられますように』
ちょっとクサいけどな!
窓に張り付いている三月精が見たいんですが、どうすれば見えるようになりますか?
プレゼント内容も素敵で納得です。
ああ、楽しかった。
こういう話大好きです。