注意…本作は私こうのとりが東方創想話 ジェネリック 作品集64番に投稿いたしました拙作「スカーレットまますた!!」と背景を共有しております。 ですが神綺様とお嬢様がとっても仲良しになったと言う点だけ把握していただければ問題ないと思われますので、どうぞお楽しみ下さい。
ご機嫌いかが?紅魔館のメイド長十六夜咲夜でございますわ。
私、現在鬼の壮絶な弾幕に晒されておりまして…ふぅ、今日はオフだし素で失礼するわ。ほんとに地上のといい地底のといい鬼って種族はどうしてこう何かと理由をつけては絡んでくるのかしらっ!
「お~、こりゃまた鋭いナイフ捌きだねぇっと!」
目くらましにナイフをばら撒き時間を止めて背後からナイフの一撃を試みる。…が、二本指で挟んで止められてしまう。
「いやー、お前さん強いねぇ!最近の人間は軟弱だとばかり思ってたけどこの前の巫女と魔法使いといいあんたといい、捨てたもんじゃないわ」
目の前の勇儀とかいったか、鬼が上機嫌に酒を煽る。
私は今地底にいる、何故こんなことになったかというと話は今朝まで遡る。
~紅魔館にて~
「ちょっと、そこのあなた!ここのテーブルに埃が残ってるわ!やり直し!」
「は、はいっ!」
「小悪魔!3時前におやつをつまみ食いするのをやめて頂戴!」
「あわわ~、ごめんなさい~」
「パチュリー様!見境なく妖精たちにセクハラして回るのをおやめください!」
「むきゅ…少しくらいいいじゃない…(さわさわ)」
「私にも駄目です!」
「ち…」
「妹さまぁっ!?楽しくても紅魔館の壁を破壊して建物ジェンガするのは禁止です!明日からどこで寝るおつもりですか!!」
「つーまーんーなーい!」
「美鈴…?あなたまた居眠りして、そろそろ首を飛ばして上げましょうか?物理的に!」
「ひょあああっ!も、申し訳ありませーん!」
「咲夜…、あなたに暇を出すわ」
「なっ!お嬢様!?」
私にとって最も攻撃力のある言葉が、私の胸に突き刺さる。え?これって…解雇宣言…?
「お、お嬢様っ!私に何か至らぬことでもありましたでしょうか!?お嬢様に見捨てられたら私は…私はぁっ!!!」
お嬢様に縋り付いて理由を問う。
「咲夜、あなた最近余裕がないわよ。今までのあなたならフランの遊び相手をしながら紅魔館の全業務をこなす位のことはやってのけたわね?でも最近はちょっとしたことですぐイライラして周りにきつく当たってるそうじゃない。何があったか知らないけれど今のあなたは全然瀟洒じゃないわ。だから休暇を出すからゆっくり休めと言ってるの」
しまった…お嬢様にまで伝わってしまっていたのね、確かに最近の私は余裕がない。それもそのはず、私の名付け親にして育ての親であるお嬢さまがぽっと出の魔界の神とやらと最近やたらと懇意にしている…いや、懇意どころの話ではなくお泊りとか一緒にお風呂とかキャッキャウフフとかもう尋常ではないくらい急接近している。そのせいで最近お嬢様は霊夢の所だけでなく魔界にまで遊びに行くようになり紅魔館を空けることが多くなった。
あの…泥棒猫…私のお嬢様を…ちょっと母性あふれる胸囲を持ってるからってそれを武器にお嬢様をたぶらかしてっ!きっと、あの胸でお嬢様を窒息させて判断力の低下を誘ったに違いないっ!きっとそうだわ、これだから巨乳は…。
「ということだから、今日から一週間の休暇を与えるわ。その間は美鈴が館を取り仕切るわ、誰かと遊びにいくなり温泉にいくなり好きにしていいからストレスを発散なさい」
まるで慈母のような笑みを浮かべて私の頭を撫でるお嬢様、く…これもあのたくましいアホ毛の神の影響か?なにもかも委ねてしまいたくなる極上の微笑みですわ…でも…あぁ…これだけで私の意識は遠のいてはるか彼方の有頂天まで到達してしまいそうですっ!やはり私はお嬢様のおそばにいる事こそが最大の癒しであることに間違いはないわね。
「そ、それでは私はお嬢様の…」
「あ、それから今日はまたお出かけしてくるわね!今日はどんなことして遊ぼうかな~っうふふ」
…なんと言う罠、天国が見えた瞬間に地獄のそこに叩き落されたような絶望感が私を襲う、あの女ね…あの女のところへ行くのね?きぃいいいいいいいいいっ!私が心の中で血の涙を流してる最中もお嬢様は楽しげに準備を進めていらっしゃる…あんなに楽しそうに身なりを整えて、恋する乙女とかそんな感じのオーラが全開です。嗚呼…この世に神も仏もあるものか…。
~回想終わり~
ということがあったおかげで私はお嬢様を奪われた傷心を癒すべく地底の温泉に向かっているところ、パチュリー様から「何でも傷を癒す効能がある幻の名湯、らしいわよ」とお勧めされた…そもそも私の場合傷ついてるのは心の方なのだけれど。
博麗神社?あそこは駄目よ…何でもあのアホ毛、霊夢とも顔見知りらしくお嬢様とともにたまに温泉に入りにいくそうよ。一緒にいるところだけじゃなく裸の付き合いまで見せ付けられたら…私もうどうなるかわからない。だからこそ地底方面へ向かっていたのに道すがら蜘蛛の巣に引っかかるわ何もないところから桶が落ちて来るわで碌なことがない、あ…でも途中にあった橋にいた奴はいい人だったわね…「ふふ…いい目をしているわ…嫉妬に狂った良い目よ、通りなさい」って褒めてくれたし。
「はははっ、楽しいじゃないか!どんどん殺気が膨れ上がって首筋がチリチリするよ!」
「ふん…今の私は機嫌が悪いの。あんまりしつこいとあんたの脅威の胸囲を洗濯板みたいにしてあげるわよ?」
もう、何もかも鬱陶しい…さっさと片付けてゆっくりお湯につかりたい。
「くふふ、誰が巧い事言えと…しかし鬼相手に吼えるじゃないか。いいね、そういうのは嫌いじゃない。ちょうどスペルカードも酒も底をつきかけてるからね、次で最後だ…しっかりついてきなぁっ!」
「さっさと終わらせてやるわ…」
スペルカード宣言とともに勇儀から異常なほどのプレッシャーが放出される。これが鬼気ってやつかしら。
「ひとぉ~つ!」ズンッ!
勇儀が右足を一歩前に踏み出す…いや、そんな生易しいものじゃない、勇儀が足を着いたその場所から地面に蜘蛛の巣のように地割れが広がり固い岩盤が細かく砕かれ空中へ叩き上げられる。
「ふたぁ~つ!」ズドンッ!
更に左足を地面に叩きつける、更に地割れが広がり新たに岩盤が巻き上げられる。少し美鈴の震脚って奴に似てるわね。
「みぃ~っつ!」ドガァッ!
今度は何を思ったのか勇儀は踏み出しと共に自らの拳を地面にたたき付ける、その威力は尋常ではなく今までで脆くなった岩盤を丸ごとひっくり返すほどだった。細かい礫だけじゃなく人の背丈よりも大きい岩の群れが手まりのように空中へ叩き出される。
「三歩必殺…喰らいな!」
先ほど以上の鬼気が放出され空中に叩き上げられた岩礫がいっせいに私に迫ってくる。く…弾幕までその場で生産なんてどれだけアバウトなのよ!
この弾幕は下手に動けば岩礫の餌食…だけど相手がいるのはその壁の向こう側。セオリーならぎりぎりまで引きつけて小さく避けるところだけれど…。
傷魂『ソウルスカルプチュア』
「むっ!?」
今の私は相手の弾幕を避けるなんて気分じゃないの、岩礫だろうが鬼だろうが切り刻んで叩き落してやるわ。
視界が紅く染まり世界全ての動きが遅く感じられる。今や私は世界全ての時間を超越した、縦横無尽にナイフを振り衝撃波を飛ばして岩礫を斬り叩き落す。
私がナイフを振る度に目の前の壁が削れ崩れ壊れていく。
「あなたを守る壁もあともうわずか…覚悟なさい、次に切り刻むのはあなた自身よ」
「守る?馬鹿言っちゃいけないよ、スペルカード戦にあわせちゃいるが本来の私のテリトリーは…こっちさ!」
自身が巻き上げた岩礫をものともせず真っ直ぐ鬼が突っ込んでくる。それでも片手の杯は手放さないまま、嘗められたものね…。
「上等…私の魂、その身に刻み込んで果てるがいいわ!」
「うらぁああああああっ!」
岩礫を削ることに割いていた意識を鬼のみに集中する、斬撃は集まり窄まり加速する。
「うらうらうらうらうらうらうらぁっ!」
こいつ…さすが鬼なだけあって、私の斬撃をすべて片手で裁ききってる…
「くははぁっ!どうしたぁっ!?私にゃまだ余裕があるよ、もっと撃ってこないと終わっちまうよぉっ!」
「…っ!その余裕、後悔させてやるわ!」
ナイフを振る速度を上げる、一撃一撃の圧力を増していく。
「おっ!おっ!激しくなって来たじゃないか?こりゃぁ流石に片手じゃ裁ききれないかもなぁっ!」
「いいからそのお喋りな口を閉じて腕を開きなさいな、あんたのど真ん中に綺麗な紅い華を咲かせて上げるから」
更に速度と圧力を上げる、スペルカードもそろそろ終わりに近い…。
とその時一撃だけ防御を抜けて衝撃波が勇儀に到達する。
「ぬぉっと!まだまだぁ!」
「…」
気づいていないのか、それとも気にしていないのか。衝撃波が切り裂いたのは勇儀の服のみであった…だが、服が切り裂かれれば当然服に隠されていたその奥地が露になるわけで。今、私の目の前にはサラシで押さえつけていてさえブルンブルンと暴れまわる二つの雄大な活火山が姿を現しているわけで…。
ブチン…
「う、うぉおおおおお!急に手数が増えたああっ!」
「落ちろ!いいから落ちろ!そしてその自慢げに揺れる二つの巨峰を私の視界から排除しなさいぃいいっ!」
斬る斬る斬る斬る斬る突く投げる払う叩く殴る蹴る…
「うぉおおおい、なんか最初と攻撃が変わってないか!?」
「やかましいわよ、時間経過と共に攻撃が変化するタイプなのよ!」
ズドドドドドド…コンッ…パシャッ
「あ…」
半ばヤケになった私の一撃が勇儀の杯を掠め、なみなみと注がれていた酒が衝撃で零れ落ちる。
「お見事っ!私の負けだよ」
酒が零れ落ちた瞬間、勇儀はその場を離れて宣言する。
「はぁっ…はぁ…はっ!当然よ…」
「ふふ、この前といい今回といい、いい喧嘩だった。こりゃ今日はいい酒が飲めるってもんさ、付き合ってくれてありがとうよ」
相変わらず上機嫌で勇儀が近づいてくる、いいからあんたは胸を隠せ。
「ふん…強制的に付き合わせたくせによく言うわ」
「まぁ、そう言うなって!美女を見たら攫う、強そうな奴を見たら喧嘩売るは鬼の嗜みなんだよ!美少女な上に強そうときたらこれはもう絡まないほうが失礼ってもんさ!」
がっはっはと笑って私の肩をばしばし叩きまくる勇儀、痛い痛い…馬鹿力め…
「いやぁ、まさか涼しげな顔して心に殺人鬼飼ってるたぁ、あんた粋な奴だねぇ。うん、私ら鬼はあんたを歓迎するよ、これから一杯どうだい?」
「ちょっと、なれなれしく肩に手を回すんじゃないわ…それに今日はそんな気分じゃないの」
自然な流れで肩に手を回してくる勇儀の手を思いっきり抓ってやる。こいつ、パチュリー様と同じタラシの類ね…。
「つれないねぇ…パルの奴も心に鬼を飼ってるタイプだし、そういうタイプはガードが固くていけない…」
「私は早く地底の温泉に行きたいの、場所を教える気がないならさっさと失せなさいな」
抓った場所を大げさにふーふーしながら勇儀がひとりごちる…が、私には関係がない。
「おう、地底温泉な!勝負に勝ったら教えてやる約束だ、ちゃんと教えてやるさ」
まったく…道を聞くだけで弾幕勝負だなんて身が持たないわ…
********************************************
「ようやく着いたわねぇ…」
今私の目の前には旧都の町並みとは一線を画した造りの館が鎮座している。この館は地霊殿と言うらしい、何でもこの旧地獄跡を管理する妖怪が住んでいるとのこと。最近旧地獄跡の釜の出力が上がったため、それを押さえるため地下水を引き込んだところ温泉になったので一般にも開放するようになったそうだ。
『私ら地底妖怪の建築技術の粋を集めて作った風呂さ、楽しんできな!』
ということだけれど…なんだろう、温泉宿に来たって言う感じはしないわね。洋風の作りからしてどこか懐かしい感じがするし。
カンカンッ!
とりあえずぼうっとたっていても仕方ないので扉のノッカーを打ち鳴らしてみる。
パタパタパタ…ガチャッ
「はい、どなたですか?」
しばらく待つと奥のほうから小走りに走ってくる音がして扉が開く。出てきたのは小柄な少女だった。
紫色の髪とそして紫色の瞳を少し眠そうにとろんとさせている感じ…なんか誰かを思い出すわね。そして目を引くのは少女の体から飛び出しているワイヤーのような物とそれらが繋がっている大きな瞳、なんだろう…さっきからすっごい見られてる…。
「あの…?」
「あ、失礼しました。私、地上の紅魔館のメイド長を勤めさせて頂いております、十六夜咲夜と申します。以後、お見知りおきを…」
あらら、ついいつもの癖で挨拶しちゃったわ…まぁ、いいか。
「まぁ…これはご丁寧に…」
相手も深々と挨拶を返してきてくれた、私が言うのもなんだけれど挨拶にちゃんと挨拶で返せるなんて珍しい…。
「はぁ、珍しい…ですか?当たり前のことだと思うのですが」
あら?口に出てたかしら、嫌だわはしたない。
「いいえ、口に出してはいらっしゃいませんでしたよ。それで、今日はどんな御用ですか?」
「?…失礼しました、こちらで温泉に入らせて頂けると聞いたのですが」
何か不思議な物言いの子ね、まぁいいわ…私は早くゆっくりしたいし。
「不思議…でしょうか?温泉ならご自由に入ってもらってかまいませんよ」
「どうもですわ、それで入館料はお幾らになります?」
結構立派な造りだし、それなりに張るかもしれないわね…まぁ、今までほとんど使っていないお給料があるから心配はないけれど。
「あらあら…御代なんか頂きませんよ、もともとうちの不手際で生まれた産物ですし」
「まぁ…でもよそ様のお風呂にただで入らせて頂くというのも少し気がひけますわ」
なんだかこんな普通の会話をしたこと自体久しぶりな気がするわ…紅魔館はいつもお祭り騒ぎみたいなものだしねぇ。
「そうですか…では、ひとつ私とお茶しませんか?ちょうど暇を持て余していたところですから、咲夜さんのお屋敷のお話を聞かせてくださいな」
「ええ…喜んで、えっと…」
しまった、この方のお名前を聞くタイミングを逃しちゃったわ…どうしようかしら。
「あら、失礼…私、地霊殿の主をしてます、古明地さとりです」
あらら、こちらの主様だったのね…ちょっと態度がフランクすぎたかしら、でも今日はオフだし最初にちゃんとご挨拶もしたし…うーん…。
「いえいえ、全然かまいませんよ。むしろ、咲夜さんほど丁寧にたずねてきた人間の方は初めてですよ。歓迎しますよ」
そういって柔らかく微笑む…ああ、ほっとする感じねぇ。
********************************************
「どうぞ、召し上がれ…」
「頂きますわ」
さとりさん(さとり様と呼ぼうとしたら止められてしまった)は自ら入れた紅茶を差し出してくれる。いつも、飲みなれた紅茶の香りに少し驚く。
「あら…これ…」
「ああ、お好きでしょう?この配合、流石メイドさんですね。香りも味もどちらも損なうことのない完璧な配合ですね」
まぁまぁ…初めての相手の紅茶の好みを見抜くなんて、この方相当できるわ…。
「いえいえ、そんなことはありませんよ。いつもは私のペットの二人がお客様のお相手をするのですけど、今日はあいにくと二人とも出払ってしまっていて。私だと話が弾まないかもしれませんから…ごめんなさいね」
と、ちょっと寂しそうな顔をするさとりさん、人付き合いが苦手なのかしら?今までからすると丁寧な物言いと落ち着いた物腰で付き合い易そうなのだけれど…
「そんなことないですわ、現に私はゆったりさせてもらってますもの」
「ありがとうございます。そう言ってもらうと気が楽ですよ…でも、あの…」
ん?なにか言いにくいことでもあるのかしら?
「あの…本当に気付かない方って初めてで…」
「はい…気付かない?」
何か私粗相をしてたかしら、ちょっと気を抜きすぎた?
「あ、いえ…そうじゃないんですが、あのうこちらに来る前に私についての情報は…教えられなかったのですね…」
「さとりさんについて?」
何かしら?実は人間が苦手だとかかしら…それだったら悪いことをしてしまったわねぇ。
「ち、違うんです!違くて…私の、種族のことなんですが…」
「はい」
う~ん、そういえば聞いていなかったわねぇ、周りが妖怪や悪魔だらけだからあんまり気にしてなかったんだけど。
「私の種族、覚なんです…」
「はぁ…さとりさんのさとりさん…ですか?」
あら…ちょっと混乱するわねぇ、種族がさとりでお名前もさとりなのねぇ。
「覚についてもご存じないのですね、私たち覚は…人の心を読む妖怪なのです」
「人の心を読む…」
ふむ、つまりは今私が考えてることもさとりさんに伝わっていると考えていいのかしら。
「はい、心の表層に出ていることは普通に伝わってきています…ごめんなさい、隠すつもりはなかったのですが、咲夜さんがあまりにも普通の相手に対するように話してくれていたのでつい…」
そう言ってしょぼくれてしまうさとりさん
「それは素晴らしいわね!」
「…は?」
だってそうでしょう?自分の考えてることが伝わるということは、今自分が求めてることを正確に相手に伝えられるということ。どんなに忙しいときでもこうして欲しいと思うだけで相手に自分の思ってることを伝えられたらどんなに楽かしら。それに私自身お嬢様の考えてることをしっかり把握したいと何度も思ったもの。さとりさんの能力は私にとって理想の能力の一つかもしれないわね。
「あ…あら…」
「さ、さとりさん!?」
さとりさんがソファーに倒れ込むように座り、呆然としている。
「ご、ごめんなさい…なんだか力が抜けてしまって、大抵の人は私の能力を知ると嫌悪感を示すものですから…」
そしてその頬を一筋の雫が流れ落ちる。
「いつ振りでしょうか、人に嫌悪感を抱かれることなく相対してもらえるのは…」
あらあら…なんだかよくわからないけれど私は泣く子には勝てないのよね…さとりさんの側に回りそっと肩を抱いて引き寄せる。
「ご、ごめ…なさいね…お客様の前で…恥ずかしい…」
「なんて言ったらわからないけれど、泣きたい時は泣けばいいとお嬢様は私に教えてくれたわ。あなたもそうすればいいと思うの」
何も難しい言葉なんか要らない、気持ちが昂ぶったのならそれを放出すればいい。かつて人間以下の扱いを受け、心も体もぼろぼろになりながら生きていた私にお嬢様はそう言って手を差し伸べてくれた。私には難しいことはわからないけれど、今は目の前で肩を震わせるこの人を癒してあげたいと思った。
「優しいのですね…咲夜さん」
「うん?そうかしら、泣く子を放置して紅茶を飲めるようなのはよっぽどの冷血だと思うけれど」
うーん、霊夢辺りならやりかねないわね「泣いてないでお茶飲みなさい」位のフォローはするでしょうけど。
「咲夜さんとはもっと早く出会っていたかったものですね…そのレミリアさんという方と出会う前に…」
「そうね、そうだったら。どうなっていたかしらね」
今の私では全く想像がつかない…まぁ、考えても仕方ないわね。
「そうだ!咲夜さん、うちで働きませんか?」
「はい?」
あらら、話が変な方向に…。
「地霊殿はいつでも人手不足ですから咲夜さんが働いてくださればとても助かりますし、いいでしょう?咲夜さんの気持ちも考えずに遊びまわっているような酷…い…」
「それ以上は…言っちゃ駄目よ。言ったら…わかるわね?」
視界が真っ赤に染まり、全て言われる前に時を止めさとりの首筋にナイフを突きつける。気持ちはうれしい…だけど、お嬢様を悪く言うことは何人たりとも許しはしない。
「ご、ごめんなさい…私、咲夜さんのご主人様になんてことを…」
「ただの主ならここまで拘ったりしないんだけどねぇ」
お嬢様は私を救ってくれた恩人であり、私の育ての親でもある…どんなことがあろうとも私はお嬢様をないがしろにするような事はない。
「ふぅ…ごめんなさいね、お嬢様の事となると見境をなくす事があるの…」
「いいえ…咲夜さんのレミリアさんへの思いは強く伝わってきますから…」
少し頭を冷やそうかしら…。
「お風呂…頂きますわね」
「あ…はい」
********************************************
気まずい雰囲気のまま私は地霊殿の大浴場へ逃げ出すようにやってきた。岩盤をくり貫いてできた洞窟風呂、その目立たないところに妖火が配置され浴場全体がうっすらと照らされている。
勇儀が自慢げに語っていただけあって良い雰囲気のお風呂なのだけれど…折角のお風呂も今の気持ちでは楽しむことができない。
「ふぅ…」
やってしまったなぁ…こんなことになるなんて…。そもそも、今回私が暇を出されたのだってお嬢様が急に遠のいてしまった気がして私の気持ちが不安定になったことが原因だ。
それがこんなところにまで来て友好的な人にまで当り散らしてしまうなんて…。
「これじゃ…お嬢様が見かねて暇を出すのも当然か…」
自分の気持ちなのにちっとも制御ができない、どうして私はこうも不器用なのだろう…
「失礼しますね…」
ちゃぷん、と私が寄りかかっている大岩のちょうど見えるか見えないかの辺りで水音がする、さとりさんね…
「先ほどは申し訳ありませんでした、何の偏見もなく私たちを見てくれる方に出会ったのは本当に久しぶりでしたので、はしゃぎ過ぎてしまいました…」
「いえ、こちらこそごめんなさい。さとりさんにまで当り散らすなんて…」
そこで二人とも黙り込んでしまった、いけない…凄く気まずいし申し訳ないしいたたまれない。
「申し訳ないついでにちょっと私達覚の昔話を聞いてください」
「…?」
昔話か…
「私達覚は博麗大結界が敷かれる前に現在の妖怪の山にたくさん住んでいました、そのころは鬼の方々もいらっしゃって、戦闘力に乏しい私達も自分達の能力を生かして御山の為に働いていました。」
「それは…初耳だわ」
さとりさんは淡々と語り始めた。
「私達の仕事は妖怪達の心のケアでした、社会生活をしている以上どうしても精神を消耗するのです。そのころはまだ人間と妖怪の衝突も激しかったですし」
ふむ…見た目からは想像もつかなかったけれどさとりさんも古くからの妖怪だったのね。
「ところが、社会が複雑化してきて妖怪達にも上下関係ができてきた辺りから私達の立場は一変しました。上に立った方々の中に私達の事をよく思わない人が現れ始めました」
そうね…数多くの妖怪の上に立つということはけして一筋縄では行かないこと、必然的に人に知られてはならない情報というものができてくるはず…
「まだ一部でそういう風に思われているだけなら良かったのですが…それに合わせる様に私達を追い詰める事件が起きました」
事件…?
「妖怪の山に退魔師が集団で攻め込んできました、そのころは人間との小競り合いも絶えませんでしたがその時の襲撃は異常でした、哨戒の天狗達や結界に捕捉されることなく突如、妖怪の里に大量の軍勢が現れました」
ふむ…なんとなく見えてきたけれど…
「沢山の妖怪が調伏され、敵方に連れ去られた者たちも少なくありませんでした…。その後、私達に間諜の嫌疑がかかりました。退魔師の軍勢の進入ルートが御山の勢力の中でもほんのごく一部の上層部しか知らない情報だったからです、それを心を読んで盗み出し敵方に売り渡したのだろうと」
馬鹿な、心が読めるからといって何故覚達が自分の身内を敵に売るようなまねをすると考えられるのよ…?
「ええ…当然私達も皆さんに訴えました、私達は争いを好まない、自分達を庇護してくださる妖怪の山にどうして仇成す事ができようか…と」
当然よね、考えただけでも馬鹿馬鹿しいことだわ
「でも、私達がどんなに訴えたとしても、私達は日頃から妖怪の山と人との和平を訴えていましたから結果としてはそれが逆効果でした。和平を望む者の中に人と密通しているものがいたに違いないと私達の訴えは一蹴されてしまいました。それほどに妖怪の山の被害は甚大で一般妖怪の心も疑心に満ちていました」
なんてこと…心を読めるという能力があるというだけで在らぬ疑いをかけられるなんて…
「結局、私達は御山を追放されました、一部では仲間を売った裏切り者を皆殺しにしろとまで言われていたそうです。」
度し難いわね…特殊な能力があるが故に在らぬ疑いをかけられ…そして排除される、これじゃまるで…
「そして私達は野に放たれ少しずつ数を減らしていきました、人間の退魔師の襲撃や御山の過激派からの追い討ちによってです」
凄く、身に覚えがあるわね…まるで私の過去の話を聞いているようだわ…。
「その後、その数の大半を失った私達は御山から、私達を排斥する為の罠を画策していた者が存在していたことを知らされました。その者は御山から私達とおなじく追放され、それと同時に私達が御山へと帰る許可も頂きました、けれどそのころの私達は自分達の能力故に周りから向けられる悪意にすっかり臆病になっていました」
そうね…私もお嬢様に拾われるまで、自分の力が大嫌いだったもの…。
「その後、せめてもの侘びにと四天王の方々が四季映姫様に掛け合ってくださり、私達は旧地獄跡へと移り住んだのです」
そう…そうか…さとりさんは…
「そして、今現在まで…私達は妖怪からさえも身を隠すように生活し、周りの妖怪たちも私たちのことを気味が悪いと敬遠してきました」
さとりさんは…お嬢様に出会う直前の私と全く同じなんだ…周りに近づきたくても敬遠され、それどころか生まれ持った能力ゆえに攻撃を受け続けた過去の私と…。
「はい…そして、今日私は私の能力を知っても嫌わずに相対してくれる人を見つけることができました…」
「私…ね?」
さとりの手が私の手にそっと重ねられ、そして柔らかく握られる。
「はい…ですから。私はどうしても咲夜さんに嫌われたくありません…最初から私を嫌っている者は仕方ありません、ですが一度でも私に笑顔を向けてくださった方に嫌われるのは…もう…耐えられまっ…せん…」
さとりさんの瞳からは留処なく涙が溢れ出す
「嫌わ…ないで…」
嗚呼…泣く子には勝てないのよ…私は…。
「さとりさん、よく聞いて頂戴。私の心を読んだならあなたも分かるでしょう?私とあなたはとてもよく似ているわ、境遇もそして味わってきた苦痛も…その過去に同情したりするのはせん無いことだし、傷の舐めあいにしかならないから拘らないわ。でも、同じような過去を経験してきた私達ですもの、きっとよく相手を理解できると思うわ」
「はい…」
さとりさんが握っている手を強く握り返す。
「だから、私達はきっとこれからいい関係を作っていけるわ、私にはお嬢様がいるから主従になることはしないけれど、お友達ならきっとずっと仲良くしていけるわ」
「では…許してくださるのですか…?」
潤んだ瞳で見上げながらさとりさんが身を寄せてくる、いけない…一瞬何かいけない衝動が走り抜けそうになった。
「許すも何も悪いのは私のほうよ、知っての通りいろいろあってね…この頃荒れていたから、当たってしまってごめんなさい」
「いいえ…咲夜さんが私を受け入れてくれただけで十分です、うれしい…」
そういって更に身を寄せてくるさとりさん…あ、あれぇ…?何か…あれぇ?
「さ、さとり…さん?なにか今私達危険な状態にあると思わないかしら?」
「さとり…と呼んでください、大丈夫…私達…お友達でしょう?これくらい当たり前ですよ」
そ、ソウカナー?いまやさとりさ…さとりは温泉の床に着いた私の腕に両手を絡めて密着している。いろいろとその…当たってるんだけどな~…。友達ってお風呂で密着しちゃうような仲のことを指す言葉だったかしら…?
「さ、さ~て。少し汗も出てきたことだし体を洗おうかなぁっ」
我ながらちょっと間の抜けた声でそう宣言するとちょっと強引に立ち上がる。
「はい…お背中、お流ししますよ…」
ナチュラルにさとりが洗い場までついて来る。どうしよう…なんかすっごく危険な気がする。
「わ、悪いわよ…ちゃんと自分で洗えるしぃいいいいっ!ちょっとっ!どこ触ってるのっ!」
「あ、何か気にしてらっしゃるようだったので少し確認をと…大丈夫咲夜さんの大きさは標準くらいですよ…」
「あ、ありがとう…って違うわっ!こ、こら!何で自分の体に泡を塗りたくって近づいてくるの!?何するつもり?」
「ええ…ですからお背中をお流しいたしますよ…」
「ちょっ…それは流石にまずいわ!いろいろとまずいのよ!」
「大丈夫ですよ…」
「だって…私達、お友達ですもの…ね?」
「ひっ!」
********************************************
危なかった…本当に危なかった…何がってその…いろいろとよ!あの後なんとかさとりの「お背中をお流しいたします攻撃」から逃げ回りつつ体を洗い終えてまた湯船に戻ったのだけれど…さとりはやっぱりずっとついて来て「肌お綺麗ですね…」とか「咲夜さんの髪とっても綺麗…はぅ…」とかいろいろ理由をつけては密着して来たわけで…更にいろいろ触ろうとしてきたわけで…今も私の腕にずっと抱きついてるし…。
「そ、そうだ!さとり、この近くにお宿はないかしら?流石にそろそろ遅くなってきたし眠たいなーなんておもってぇ~アハハハ」
「はい?何言ってるんですか、お友達が休暇で体を休めにきているのに、どうして外のお宿に放り出すことができますか!大丈夫ですよちゃんとお部屋は用意してありますから」
そ、そうなんだ…うぅ…
「じゃあ、湯冷めする前にあったかいお布団で休みたいのだけどお部屋はどこかしら?」
「はいはい、もう少しですよ…あ、ここですよ。ささ…どうぞどうぞ…」
えっと…お部屋自体は清潔感があってとっても良い雰囲気なんだけれど…何でドアの横のネームプレートにかわいらしい文字で「さとり」って書いてあるのかなー?不思議だなー…。
「さ、さとりん?ここ…ひょっとしてあなたのお部屋かしら?っていうかひょっとしなくてもそうよね?」
「ええ、そうですよ。お友達を別の部屋で寝かせるなんて、何かあったら大変ですもの。それに旧都はいつでも寒いですからね湯冷めしてお風邪を召されたら大変です…だから、私が咲夜さんを暖めて快適に寝られるようにして差し上げますよ!」
い、いやー…私はこのお部屋で寝るほうが大変なことになりそうな気がするし、そもそも寝かせてもらえない気がするなぁ…。
「あ、あーっ!そういえば私の休暇は今日の午前0時までだった!忘れてたなー!これは大変すぐ戻らなきゃ!」
と、きびすを返してその場を脱出しようと試みたのだけれど。
「お休み…七日間ですよね…それともやっぱり私のこと…お嫌いですか…?」
やめてー!そんなうるうるした瞳で見つめないでぇ!私の中の何かが暴走しちゃう!何もかもかなぐり捨てていけない世界に飛び込んじゃいそうになる!
「咲夜…さ…ん…」
嗚呼…お嬢様…申し訳ありません、咲夜は…咲夜は今夜、大人になるかも知れません…。
********************************************
結局、その時の休暇は七日間全部地霊殿で過ごすことになったわ、何?その時の話はですって?あ~、まぁとてもいい休日だったとだけ言っておくわ、世界の常識も世俗のしがらみも全てさとりに洗い流されちゃった位ね。それ以上のことを言うことは出来ないのよ、ここでは…ね。
とにもかくにもさとりとは今でもいい付き合いを続けてるわ、そうねぇ週に一、二回くらいの頻度であってるわよ。
だって、私達は大切な『お友達』なんですもの…ね。
例え方が上手いwwww
そして厄介な病気をお持ちですねww入浴シーンとか部屋に入って何があったのかを詳しく!
前回同様向こうに期待していいのだろうか。
甘えてくるさとりってのも良いですね。
いやーこれはアリですね!
勇儀とのバトルでワクワクして
さとりとの談話でキュンとして
お風呂シーンでウハウハして
あとがきのお約束で吹き出しました
変に気を使わずにまっすぐにさとりと向き合うことができる咲夜さんが素敵すぎてもうね
さとりの過去の話とかそれだけで一本かけそうなぐらいの設定ですね
勝手に期待してます!
空白の7日間がとても気になる…w
勇儀ねぇさんとの絡みやさとりの過去話もしっかりしてて楽しかったです
いや~~wさとりと咲夜というものもいいものですなw
ただしデザートが甘すぎて更に口直しのお茶に一袋くらい砂糖が入ってた