「勝てば天国負ければ地獄。知力体力時の運。早くこいこい木曜日。史上最大!第一回幻想郷横断ウルトラゆかりんクイズ~~。みんなー、ニューヨークに行きたいかー!」
「……いや、別に」
「にゅにょーくってなぁに?」
一陣の冷たい風が吹き、その場に居る紫達の髪を揺らす。
紫の横で藍が何かのメロディーを口ずさんでいる。楽しげなメロディだが無表情のまま口ずさんでいるので少し不気味である。
「もう! 霊夢もチルノもノリが悪いわね! そんなんじゃ優勝出来ないわよ!?」
「いや、お米が貰えるって言うから……」
霊夢は一枚のチラシをしげしげと眺めている。
そのチラシには手書きの可愛らしい字でこう記されていた。
『幻想郷横断ウルトラゆかりんクイズ参加者募集! 我こそは最強のクイズ王だと思う者は○月△日博麗神社前に集合されたし』
「……優勝者には賞品としてニューヨーク七日間の旅、副賞として米俵一俵を進呈。ニューヨークってのが何処か判んないしどうでもいんだけど、お米が欲しかったから。て言うか集合場所私の家じゃん」
「あたいは最強だから来たのさ!」
「それにしてもおかしいわねぇ。チラシも沢山ばら撒いたし天狗の新聞にも広告載せたのに何で二人しか来てないのかしら?」
紫は周囲をキョロキョロと見渡すが他に誰かが来る様な気配は全く無かった。
「どうでもいいからさ、ちゃちゃっとやってお米頂戴よ」
「もう少し待ちましょう。ギリギリで他の参加者が来るかも知れませんから」
その後小一時間程待ったが結局誰も来ないので参加者二名のまま幻想郷史上最大のクイズ大会は幕を開く事となった。
──予選 博麗神社──
「勝てば天国負ければ地獄。知力体力時の……霊夢、お茶飲んでないでこっちに来なさい! チルノ、お昼寝の時間は終わりよ! 起きなさい!」
ダラダラと集まる霊夢とチルノに紫は頬を膨らませてぷんぷんと怒っている。
「もう、二人ともしっかりしてよ! 折角のクイズ大会なのに!」
「いいから早く始めなさいよ」
「二人にはこれから幻想郷各地で出題されるクイズに挑戦してもらうわ。最後まで残った者が勝者よ」
「がんばるぞー!」
「はあ」
紫は「コホン」と咳払いを一つし、右手を高く掲げた。
「みんなー、ニューヨークに行きたいかー!」
「……いや、別に」
「にょよーく!」
「藍!」
紫の号令で藍が博麗神社の敷地に「○」と「×」が書かれたシートを広げ始める。どこか暗い面持ちなので嫌々やらされてるのかも知れない。
「ちょっと、終わったらそれちゃんと片付けてよね!」
「最初のクイズは恒例の○×クイズよー! 今から出題される問題に○か×、正解だと思う方に移動してね!」
「何で一々そんな面倒な事を……」
「第一問」
「づーでん」
紫の声に合わせて藍が謎の効果音を口ずさむ。その表情にはどこか哀愁が漂っている。
「コロンビア共和国の国名はイタリアの探検家クリストファー・コロンブスに由来する。○か×か」
「知るかそんなもん!」
聞き慣れない単語の羅列に霊夢は思わず叫んだ。
「ほら、早く移動しないと時間切れで失格になるわよ?」
「うう~~、完全に勘に頼るしかないわね……」
「あたいこっち!」
チルノは×の方へとフワフワ飛んで行く。
(チルノも答えなんか判らないだろうから勘かしら。でもいくら馬鹿とは言え妖精の直感力は侮れないか……)
「フッフッフ、悩んでるわね霊夢! 所詮最強のあたいの敵では無かったようね!」
チルノは腕を組みながら霊夢に挑発的な視線を向ける。
「何よ、あんただって答えは判ってないんでしょうが」
「甘いわね! 問題を良く聞いてなかったのかしら!?」
「あん? どういう意味よ」
「問題の中に似た言葉が二つ出て来たのを忘れたのかしら!?」
「コロンビスだかコロンボスだかってやつ?」
「そうよ! 似てる言葉だから一瞬○かもって思ったけどそれが紫の罠なのさ! あたいは騙されないよ!」
「ふん、無い知恵絞ってそれなりに考えたって訳ね! だけど私の勘は○だって言っているわ!」
霊夢は○の方へと移動し、そこに座した。その行動を見たチルノは勝ち誇った様に「ふふん」と鼻を鳴らす。
「時間いっぱいよ。では答えを発表するわ」
紫がパチンと指を鳴らすと賽銭箱の陰から橙が姿を現す。パネルを手に持ちどこか浮かない表情をしている。
「正解は──」
橙が掲げたパネルに記された記号は──「○」。
「よっしゃぁ、米俵ぁ!」
ガッツポーズを決める霊夢とは対照的にチルノは○と書かれたパネルを見つめながら放心していた。
「残念だったわねチルノ。悪いけど米俵は私の物よ」
「あたい……」
「あん?」
「ぐすっ、あたい最強だもん。えぐっ、クイズでも最強だもん……」
チルノは目にいっぱいの涙を溜め肩を震わせている。
「ま、所詮そんなもんでしょ。米俵は私の物ね」
「えー、それでは敗者復活戦を始めたいと思います」
「はあ!? 私の優勝で決まりでしょ!? 米俵寄越しなさいよ!」
霊夢は思わず紫に掴み掛る。霊夢に襟首を掴まれガクガクと首を揺らす紫を見ても藍はそっぽを向いて助ける素振りも見せなかった。
「だってぇ、これで終わりじゃつまらないもの」
「だってぇ、じゃないわよ!」
どうやらチルノに同情した訳ではなく単にもっとクイズをやりたいだけらしい。
「じゃあチルノ、じゃんけんよ、じゃんけん!」
「グスッ、じゃんけん?」
「そうよ。私にじゃんけんで勝てば敗者復活出来るわよ」
「……ほんと?」
紫はチルノの前にしゃがみ、拳を振る。その横で霊夢は「何でクイズ大会でジャンケンなのよ?」とぼやいている。
「本当よ。じゃあ行くわよー、じゃーんけーん」
「ぽん!」
紫が出したのはチョキ。一方チルノが出したのはパーだった。
「あ……」
「ふ、ふぇ……」
チルノは唇を歪ませ、目にいっぱいの涙を溜めている。
「え、え~と、チルノ! も、もう1回、もう1回やりましょう!」
紫は白々しく「次は何がいいかしら~、グーかしら?」などと呟いている。
「ほらチルノ、紫は次グー出すってさ。パー出せば勝てるわよ」
霊夢は紫に聞こえないよう内緒話をしている素振りでチルノに耳打ちをする。
「……ううう、騙されないわよ霊夢! あたいを罠にかけて一人でニューヤークに行くつもりね!」
「ニューヤークだとジオン軍に占領されてるわねぇ」
「紫、ここは幻想郷よ。判る言葉で話しなさいよ」
「あら、貴方は日本語が判らないのかしら?」
「あーもういわよ! チルノ、いいから次はパー出しなさいよ! パー!」
「あたいパーじゃないもん!」
「それじゃあ行くわよチルノ! じゃーんけーん」
紫は握ったままの拳をゆっくりとチルノの前に付き出す。しかしチルノの小さな手は明らかにチョキを形作ろうとしていた。
「手を開けーーーー!」
「わーーーん!」
霊夢は強引にチルノの手を開き、パーの形にする。
「あら、私の負けね。おめでとうチルノ。敗者復活よ」
「あたいじゃんけんでも最強!」
「こ、こいつ……」
拳を天高く突き上げ勝ち誇るチルノ。その姿を見つめる霊夢の額には青筋が浮かんでいた。
「見事生き残った二人の戦士。果たしてこの先どんな過酷な試練が待ち受けているのか!? さあ、次なる決戦の地へ参りましょう」
「……え、場所変えるの?」
「いやね霊夢。最初から幻想郷横断って言ってるじゃない」
「あたいは最強だから何処だって構わないよ!」
「その意気よ! みんなー、コロンビアに行きたいかー!」
「おー!」
「……コロンビア? ニューヨークって言ってなかったっけ?」
「どんな事をしてでも行きたいかー!」
「おー!」
「だからコロンビアって何処よ?」
「罰ゲームは怖くないかー!」
「おー!」
「罰ゲームとか初耳なんだけど……」
やる気満々の紫とチルノ、そして一人冷静な霊夢。その後ろでは藍と橙が黙々とシートやパネルを片付けている。妙にテンションの高い紫とは対照的にその表情は暗く重かった。
──第1チェックポイント 霧の湖──
「やって来ました憧れの地。幻想郷のリゾート霧の湖」
「ここの何処がリゾートなのよ」
「第1チェックポイントは突撃○×どろんこクイズよー!」
「あんた人の話全っ然聞かないわよね」
湖の岸辺には○と×の大きなパネルが設えられていた。藍と橙が前日から設置していたらしい。
好奇心旺盛な筈の湖上の妖精達も遠巻きに見るだけで紫達に近付こうともしていない。
「さあ、目の前に置かれた大きなパネル。これから出す問題に○か×、正解だと思う方のパネルに飛び込んで下さい。見事正解なら次のチェックポイントへ。但し不正解だと……」
紫の合図で橙がパネルに向かって気だるそうな顔で走り出す。勢い良く×のパネルを突き破った橙の体はそのままマットの上へと落ちる。
そしてその反対側に掘られた溝はグツグツと沸き立つマグマで満たされていた。
「煮え滾った熱泥にドボンです」
「殺す気か!!」
「霊夢敗れたりー!」
突然チルノが霊夢に向かってビシッと指を突き付ける。
「な、何よいきなり」
「フッフッフ、この湖はあたいにとってはホームラン・ランド!」
「ホームグラウンドね。なんかバッティングセンターの名前みたいですわね」
紫がチルノの言葉を訂正する。
「つまり霊夢にとってはヤ、ヤヴェー?」
「アウェーね。ヤバイ事は確かかも知れませんけど」
チルノのその言葉に霊夢は思わず狼狽する。
「ちょ、ちょっと待ってチルノ。……だから何?」
「……え~と、なに?」
チルノは紫の方に顔を向ける。
「何でしょうね」
「このグダグダ感どうにかならないわけ?」
「では先攻後攻を決めて下さいな」
「無視すんな!」
霊夢は様子を見る為にチルノに先攻を譲った。チルノは得意気に「当然ね!」と言って10枚の問題の中から一つを選ぶ。
「⑨番!」
「問題」
「づっちゃん(効果音)」
「アメリカ合衆国サウスカロライナ州の州都の名前はコロンビアである。○か×か」
「だからアンタどんだけコロンビア好きなのよ!?」
「ほらほらチルノ、お手付きは1回お休みだから頑張って~」
霊夢の言葉は無視し、紫はチルノへと声を掛ける。
「うう~、さっき橙は×の方に飛び込んで大丈夫だった! だからあたいも×の方に行く!」
答えが解らないなりにチルノは弱い頭で必死に対策を考える。
「そうなの?」
霊夢はチラリと紫に視線を向ける。霊夢自身問題の正しい答えは解っていないので多少の不安があった。
「いやいや霊夢。その都度マットは移動させてますわ」
「あたい最強ぉーー!」
叫びながらチルノは勢い良く×のパネルへと飛び込んだ。そしてその下には──煮え滾った熱泥があった。
ピチューン。
「チルノォーーーーーーー!!」
「そんな訳ないじゃない。チルノは1回お休みね」
「本当に1回お休みしちゃったら洒落にならんわ!!」
「じゃあ次は霊夢ね。問題の番号を選んでちょうだい」
「何事も無かったかのように進めるな! チルノどうすんのよ馬鹿! って言うかもう私の優勝じゃないの!? 米俵寄越しなさいよ!」
一気に捲し立てる霊夢に対し、紫は両耳を塞ぐポーズで明後日の方向に視線を向ける。
「霊夢は試合放棄かしら? じゃあチルノが優勝ね」
「チルノはもう居ないでしょうが! ……ったく、判ったわよ。やるわよ。やればいいんでしょうが」
霊夢は残りの9枚の中から1枚を選び、それに書かれた問題を紫が読み上げる。
「問題」
「づでん(効果音)」
「アメリカ合衆国首都・ワシントンD.C.の正式名称は“ワシントン・コロンビア特別区(Washington, District of Columbia)”である。○か×か」
「鷲……何? コロンビアっていっぱいあるの?」
「さあ、○か×か? 走って!」
霊夢は走りながら考えた。例え不正解でも自分は空を飛ぶ事が出来るのだから落ちる前に制動を掛ければ良いと。
「ちなみにパネル周辺には浮遊禁止の結界が張ってありまーす♪」
まるで霊夢の心を読んだかのように紫は嬉しそうに言った。
「巫山戯るなこのスキマァァァ!!」
パネルは霊夢の目前に迫っていた。既にスピードが乗っているので勢いは止められない。
(大丈夫、私の勘は正しい! こんな下らない事で博麗の巫女が命を落とすなんて事があろう筈が無いわ!)
「だぁーーーッ!」
霊夢は勢い良く○のパネルを突き破る。そしてその体はマットの上へと沈んだ。
「よっしゃ来たぁ! 米俵ぁ! 今夜はごはん大盛りよー!!」
マットの上で力強くガッツポーズを決める霊夢。
「おめでとう霊夢。見事第2チェックポイントへ進出よ」
「まだやるの? もう私の優勝で決まりじゃ──」
「次はあたいの番ね!」
「思いの外復活早かったーーー!!」
そこには何故か勝ち誇った表情のチルノが立っていた。そして霊夢に向かってビシッと指を突き付ける。
「霊夢敗れたりー! 何故ならこの湖はあたいにとってホ、ホットスポット?」
「ちょっと、こいつ何か記憶混乱してない?」
「問題ないでしょう」
問題ないそうなのでそのままクイズ続行となった。チルノは残り8枚の問題の中から1枚を選ぶ。チルノは「何で9番が無いの?」と疑問を口にしたがそこは面倒なので無視した。
「問題」
「づべん(効果音)」
「NASA、アメリカ航空宇宙局が所有するスペースシャトルで2003年に空中分解事故を起こしたオービタ2号機の名称は“コロンビア”である。○か×か」
「んなもんチルノに判るわけないでしょうが! コロンビア以外に何か無いわけ!?」
問題を聞いたチルノはあわあわしながら必死に答えを考えている様子だった。
「な、茄子? す、スぺシャル? のび太2号? えーと、えーっと……」
チルノは涙目になりながらオロオロと○と×の間を行ったり来たりしている。
「チルノ、多分○よ、○!」
「あら、先刻のジャンケンと言い今回と言い敵に塩を送るなんて貴方らしくないわね。米俵が欲しいんじゃなかったのかしら?」
「ふん。チルノが相手なら何問やったって私が勝つけど、暇だからもう少し付き合ってあげてもいいわ」
だがチルノは霊夢の方に振り返り涙目で答える。
「う、ぐずっ、あたいを騙そうったってそうは行かないんだから……」
「あんた何でさっきから人の言う事信用しないのよ!? もっとピュアな心を取り戻しなさいよ!」
「う、うう……きっと×だ。だってさっき橙が……」
「馬鹿! 違うわよ! またピチュりたいの!?」
「橙~、マットはちゃんと○の上に敷いてあるかしら~?」
紫は態とらしく大きな声でパネルの向こうに居る橙に呼び掛ける。
「あら、聞こえちゃったかしら?」
「チルノ、聞こえた? ○よ、○!」
「だ、だって……」
チルノは顔をくしゃくしゃにしながらフラフラと×の方へと進んで行く。
「○だって言ってんでしょうが、この……」
霊夢はチルノの腕を引っ張り○のパネルの前に無理矢理立たせる。
「ド低脳がァーーーーッ!!」
そして少し助走を付けてから背中に思いっきり飛び蹴りを喰らわせた。その勢いでチルノの体は○のパネルを突き破りマットの上をゴロゴロと転がって行く。
「あらあら、チルノも第2チェックポイント進出ねぇ」
チルノは暫くマットの上でピクリとも動かなかったが、やがてゆっくりと起き上がると霊夢に向かってジロリと視線を送る。
「何よ? 文句あんの?」
「あたいどろんこでも最強!」
そして拳をグッと握り天高く突き上げた。
「疲れる……物凄く疲れる……」
霊夢は膝を突き、がっくりと項垂れる。
「あら霊夢、意外と体力ないのね」
「精神的に疲弊してるのよ! あんたらの所為で!」
「では次なる決戦の地へと移動するわよ~」
「おー!」
紫とチルノの二人は「バンザーイ」と元気いっぱいに両手を挙げる。
「こ、この憤りは何処にぶつければ……」
霊夢達の後ろでは藍と橙が黙々と熱泥の溝を埋め立てている。
「藍! 移動のジングル!」
紫が藍に向かって叫ぶと、藍は軽快なテーマ曲を口ずさむ。その軽快なメロディとは裏腹に藍と橙の作業を進める手と表情はとても重かった。
──第2チェックポイント 香霖堂──
香霖堂。幻想郷で唯一外の世界の道具を扱う店である。いつもは静かな佇まいの店の前に騒がしい一団が集まっていた。
「さあ、第2チェックポイントは香霖堂よ! 幻想郷で買い物するならここ! イケメン店主がお出迎え~」
藍と橙は黙々と香霖堂の前に台の様な物を設置している。
「いいけど、霖之助さんに許可は取ってるの?」
「ちなみに霖之助さんにスポンサーになっていただけるようお願いしたのですが、思いっきり断られましたわ」
「当たり前でしょうが」
「そうだわ、少し待っていただけるかしら」
そう言うと紫は藍と橙を引き連れ香霖堂の中へと入って行った。
暫くするとバタバタとした音が店内から響き、「なにをするきさまらー!」とか「もってかないでー」等の悲鳴が聞こえて来た。
「……ふぅ、お持たせしたかしら?」
藍と橙は手には不思議な形の帽子があった。大きな星のマークが描かれた派手なシルクハットの様な帽子だ。そして紫の髪や衣服は何故か乱れていた。
「あんたら霖之助さんに何したのよ……」
「さ、二人ともこの早押しハットを被ってちょうだい」
「わあ、カッコイイ!」
「えぇ~、こんな変なの被りたくないんだけど」
「被らないと失格よ!」
チルノは嬉々として青い帽子を。霊夢は渋々と赤い帽子を被る。
「さあ、そこの回答席に座って。クイズを始めるわよ」
紫は乱れた服を整え、その髪を藍が櫛で梳いている。
「このチェックポイントは2ポイント先取で勝ち抜けよ。答える時は回答席の早押しボタンを押してちょうだい」
「これ?」
チルノが早押しボタンを押した瞬間、「ピコーン!」と橙が声を上げた。そしてチルノの頭の上で疑問符が起き上がる。
紫は満足そうに、霊夢はげんなりした面持ちでそれぞれチルノの頭の上の疑問符に視線を向けた。
「え? なになに?」
チルノは自分の頭上が見えないので霊夢と紫の顔を交互に見る。その不思議そうな表情と頭の上の疑問符がとてもマッチしていた。
「それでは問題よ」
「づべん(効果音)」
「……藍、出題効果音は統一しなさいよ」
紫は隣に立つ藍を窘める。すると藍は紫から顔を背け、小さく「チッ」と舌打ちをした。
「あらあら、この子ったら今舌打ちをしたのかしら?」
紫は笑顔のまま藍の顔面を片手で鷲掴みにし、ギリギリと力を込める。藍はバシバシと紫の腕を叩きタップをしているが紫は放そうとはしなかった。
「いいからさっさと問題出しなさいよ!」
「んもぅ、霊夢ったらさっきから怒鳴ってばっかりね」
藍を解放した紫は不貞腐れたように頬を膨らませる。
「好きで怒鳴ってるんじゃないわよ! あんたらの所為でしょうが!」
二人の遣り取りを見たチルノは余裕の表情を見せつけるかのように「フフン」と鼻を鳴らす。
「あたい知ってるよ。霊夢はアレが足りてないのね。プ、プロメシューム?」
「カルシウムって言いたいのよね? 何処かの女王じゃないんですから」
紫は自分の懐をゴソゴソとまさぐり、小さな箱を霊夢に差し出した。
「そんなイライラ霊夢にピッタリのお菓子がこれ!」
霊夢は小箱を受け取る。箱には“カルボーン”と書いてあり、中には骨の形をしたお菓子が入っていた。
「要るかこんなもん!」
舎利の形をした物を食べたくなかったのだろう。霊夢は小箱を紫に向かってブン投げた。
「あたい食べるー」
紫に向かって投げた筈の小箱はいつの間にかチルノの回答席の上にあった。
「わーい」
「止めときなさいよ。骨よ、骨」
「では問題」
「づーでん」
効果音を口にする藍の顔面には紫の手の後がくっきりと残っている。
「アメリカ合衆国ミズーリ州中央部に位置し、ミズーリ大学のある都市の名前と言えば?」
「知るかそんなもん! もっと他に幻想郷に因んだ問題とかあるでしょうが!」
藍は問題が出されてからずっと「カチカチカチカチ」と素早く呟いている。寒くて凍えている訳ではなく、どうやら時を刻んでいるつもりらしい。無表情のままなのでかなり不気味だ。
「ブー」
霊夢もチルノも早押しボタンを押せないまま時間切れとなってしまった。チルノはお菓子を食べるのに夢中で押さなかっただけだが。
「タイムアップ。正解はコロンビアよ」
「あー、やっぱりコロンビアなのね」
もうコロンビアはうんざりと言った呆れた表情を見せる霊夢。チルノはまだポリポリと嬉しそうにお菓子を食べている。
「続いて問題」
「づーでん」
「2010年冬季オリンピックの開催地となったバンクーバーを擁するカナダの州の名前はブリティッシュ何州?」
藍の「カチカチカチ」と時を刻む音が香霖堂前に響く。
これまでの傾向を振り返れば自ずとこの問題の答えは解る。霊夢は冷静に思考を巡らした。
(答えは恐らく“ブリティッシュコロンビア”。これで合っている筈……)
霊夢は意を決し、早押しボタンへと手を掛けた。
「ピコーン!」
橙の甲高い声が木霊し、帽子の上の疑問符が起き上がる。但しそれは霊夢ではなく、チルノの頭上に。
(くっ、先を越された! 流石にチルノでもこの法則性に気付いたのね!?)
チルノは自身満々に、力強く答える。
「ブリティッシュニューヨーク!」
(コロンビアじゃない!? そうか、コロンビアは引っ掛け! 紫が最初に言っていたのは確かにニューヨーク……全てはこの為の布石! 危ない所だったわ……)
流石に今回はチルノの勝ちを認めるしかなかった。霊夢はたかが妖精とチルノを侮っていた事を後悔した。
「ブー」
「あれ?」
藍の告げる不正解音に霊夢は首を傾げた。
「正解はブリティッシュコロンビアよ」
「やっぱりコロンビアだったーーーー!!」
所詮馬鹿は馬鹿だった。霊夢は少しでもチルノを認めた事を激しく後悔した。
結局なんだかんだで先に2ポイント取ったのは霊夢だった。その後もチルノは全く正解出来ず、霊夢の「コロンビア! コロンビアって言え!」と言うヒント(というか答え)も全て無視し、点数はマイナスになるばかりであった。
「う、うぅ。ぐすっ、ひっく……」
「あのー、紫さん」
「何でしょう霊夢さん」
霊夢は疲れ切った表情で紫に語り掛ける。
「もう私の優勝でいいんじゃないかしら?」
「では次のチェックポイントに行きましょう!」
「もうグダグダとかそういうレベル越えてんじゃないのよ!! ……あんたも何軽快な音楽口ずさんでるのよ!」
藍にローキックを何発もかましながら霊夢は叫ぶ。
「ちょっと、私の式に八つ当たりしないでちょうだい」
「う、ぐすっ、えぐっ、あたい最強だもん……」
「いいから君達、二度と僕の店に来ないでくれ」
霖之助の温かい声援を背中に受けながら一行は次なる決戦の地へと赴くのであった。
──第3チェックポイント 迷いの竹林──
「やって来ました、昔ながらの大自然が残るこの迷いの竹林。第3チェックポイントは竹林かぐや姫クイズ~!」
集まった面々で元気があるのは紫ただ一人だった。
「なんかもう米俵とかどうでもいいから帰りたい」
「あたいももうおうち帰る……」
「この周囲の竹1本1本に問題とお金が隠してあります」
「チルノ、おうちには一人で帰りなさい」
お金という単語を聞いた途端、霊夢は目をキラキラ輝かせながらチルノの肩に手を置く。
「紫、ひょっとしてひょっとするとそのお金はもらえちゃったりするのかしら?」
「ご自由に。但し問題に正解する必要がありますわ」
「よーし、探すわよー!」
霊夢は意気揚々と竹林の奥へと足を踏み入れて行く。
すると急に霊夢の姿が紫達の視界から消えてしまった。不思議に思ったチルノは霊夢の消えた地点に恐る恐る近付いて行く。
地面に空いた大きな穴。穴の中には無数の鋭く尖った竹が並んでいた。
霊夢は穴の縁に手と足を引っ掛けギリギリの状態でプルプルと震えていた。どうやらこの竹林一帯にも浮遊禁止の結界が張られているらしい。
「どう? 現地の方が協力して仕掛けてくれたのよ」
「クイズ大会でこんな凶悪なトラップを仕掛けるなぁ!!」
「トラップを掻い潜って問題を見付けて私の所に持って来てね」
「霊夢がんばれー」
暢気な紫と完全にギャラリーと化しているチルノ。
(私はこんな所で一人で何をしているのだろう……)
馬鹿馬鹿しさと虚しさが胸いっぱいに広がり霊夢の瞳にちょぴり涙が滲んで来た。
何とか「お金、お米。お金、お米」と繰り返し呟き自分を鼓舞する霊夢。そして一本の竹へと手を伸ばそうと一歩を踏み出す。
だが何かに足を取られ、霊夢は正面から地面に倒れてしまった。
「あいたっ! ……何? 紐?」
足に絡み付いた紐を外そうと手を伸ばした瞬間、霊夢の頭上を何かが凄いスピードで通り抜けて行った。
その物体は竹林の竹を数本薙ぎ倒し、暫く振り子の様にゆらゆら揺れた後動きを止めた。
霊夢は茫然とした面持ちで自分の頭上を通り過ぎた物体を見つめた。無数の鋭い棘が生えたその謎の球体を。
「今のは惜しかったねぇ」
「そうね、惜しかったわねぇ」
紫とチルノは和やかにその光景を眺めている。
霊夢の脇にある茂みをガサガサと掻き分け、中から黒髪の兎が現れた。兎はトラップを回収し、チラリと霊夢の方を見ると小さく「チッ」と呟いた。
「貴様の仕業かぁーーーーー!!」
霊夢は鬼の形相で兎を追い掛けた。ぴょんぴょんと素早く逃げる兎に霊夢が追い付かんと手を伸ばしたその瞬間、霊夢の姿が紫達の視界から消えた。
「また落ちた?」
「落ちたわねぇ」
「報酬はいつもの口座に頼むわー」
霊夢の手から逃れた兎はそう言い残し竹林の奥へと消えて行った。
数刻後、霊夢はボロボロになりながら一枚の紙を紫に手渡す。やっとの事で1本の竹の中から持って来たものだ。
「良く頑張ったわね霊夢。では問題よ」
紫は霊夢から受け取った紙を開き、そしてそれを霊夢の前に突き出す。
「これを何と読む?」
問題が書かれている筈の紙に記されている文字を霊夢はゆっくりと読む。
「は……ずれ?」
「そう、ハズレ。もう1回行ってらしゃ~……うぐっ」
霊夢の地獄突きが紫の喉元に突き刺さった。
「舐めてるの? ねぇ、あんたこの私を舐めてるの? 博麗の巫女舐めてただで済むと思ってるの? ねぇ?」
霊夢はヘッドロックをガッチリと極めて紫の頭をギリギリと締めあげる。紫は霊夢の腕をバンバン叩いてタップしているが霊夢は放そうとしなかった。
「正解よね?」
「な、何がかしら?」
「今の問題、正解は“はずれ”よね?」
紫からは霊夢の表情は見えないが、視界の隅にチルノのガクガクと震えている足が見えた。
「そ、そうね。正解よ。見事だわ」
「お金は?」
「お金? ああ、問題の書かれた紙と一緒に入ってるわ。ハズレの紙には入って……痛い痛い痛い」
霊夢は更に力を込めて紫の頭を締め上げる。
「私が持って来たのは問題の書かれた紙よね? ね?」
「そ、そうだったわね。こちらの手違いだわ」
その言葉を聞いて満足したのか、霊夢はやっと紫を解放する。
「ら、藍。持って来てちょうだい」
藍は心底面倒臭そうな顔で問題の紙を取りに竹林の奥へと踏み込んで行く。
そして、藍の姿が急に紫達の視界から消えた。
ピチューン。
「藍ーーーーーー!!」
竹林に紫の絶叫が木霊し、いつもの軽快なジングルが流れないまま舞台は最後の決戦の地へと移るのであった。
──決勝 白玉楼──
桜の花弁が美しく舞う白玉楼の庭園。静謐なる死の世界に驚く程不釣り合いな面々がそこに居た。
「え~と、本当は他にも紅魔館吸血鬼採血クイズとか守矢神社ケロケロ御柱クイズとか用意してたんですけど……」
紫は回答席に座る霊夢とチルノに目を遣る。二人はグッタリとした様子で回答台に突っ伏していた。
「参加者のモチベーションがビックリするくらい低下しているので決勝までカットする事になりました」
霊夢とチルノだけではなく、藍が居ないという事もあり橙のモチベーションもかなり下がっていた。元よりかなり低かったのだがそれはそれとして。
「あぁ、準決勝用に用意したドM天人尻叩き大声クイズが出来なかったのは残念ね。小生意気な天人の尻をぶっ叩いた時の喘ぎ声の大きさで回答権が得られるというとても画期的な……」
最早霊夢もチルノも紫の話を全く聞いていなかった。近くで妖夢が庭を掃いているが紫達には目もくれていなかった。
「霊夢、元気出しなさい。ほら、竹林で渡しそびれたお金あげるから」
霊夢はチラリと紫の手にした紙幣に視線を移す。その紙幣には“地域振興券”と書かれていた。
「……要らない」
どうやら外の世界のお金には微塵も興味が沸かないようだ。
「フッフッフ、馬鹿ね霊夢!」
意気消沈していたと思われていたチルノがムクリと顔を起こし、勝ち誇った様に霊夢に指を突き付ける。
「優勝してコロンビアに行けばそのお金が使える事に気付いてないのかしら!?」
コロンビアどころか既に日本でも使えない(99年発行・有効期限6ヶ月)のだが紫は何も言わなかった。
「……いい。コロンビアなんてどうせロクな所じゃないわよ」
「ちょっと霊夢、世界中のコロンビア住民の方に謝りなさいな」
「あんたの所為で印象最悪なんでしょうが!!」
「あー、もう。霊夢ったらずっとグダグダとつまらない文句ばっかり言って!」
「グダグダとつまらないクイズ大会を開催するあんたに言われたくないわよ!!」
「さあ、霊夢の元気が出た所で決勝戦を始めたいと思います!」
「こ、このスキマ……このクイズが終わったら永眠させてやる……!」
「決勝戦は早押しクイズよ。先に10問先取した者が勝者、優勝よ!」
それを聞いた霊夢は再び回答台の上に突っ伏する。
「無理。10問もコロンビアに耐えられない……」
「う~ん、でもコロンビア問題しか用意してないのよね」
「殺される……コロンビアに殺される……」
遂に意味の判らない事を呟き始める霊夢。かなりコロンビアに精神を蝕まれている様子だ。
「わかったわかった。じゃあ1問先取で行きましょう。それならいいでしょ」
紫にはコロンビア以外の問題で10問やる気は更々無いらしい。何が彼女をそこまでコロンビアに掻き立てるのかは判らなかった。
「1問くらいなら……」
「何問やったってあたいの勝ちだけどね!」
「お前は香霖堂での遣り取りを忘れたのかぁーーーー!?」
「霊夢、そろそろ血管切れるわよ?」
「いいから早く問題出して!」
「問題」
「づーでん!」
橙は藍の代わりを務めようと甲高い声で力一杯叫んだ。今回橙が唯一やる気を出した瞬間であった。
「橙、イントネーションが違うわよ~?」
紫は「めっ」と言って橙の額をツンと突っついた。
「いいからさっさと問題出せーーーーー!!」
「東京ディズニーシーのテーマポートの一つ、アメリカンウォーターフロントの埠頭に停泊している客船の名前はS.S.何号でしょうか?」
早押しボタンを押そうと力んだその時、興奮して叫び過ぎた所為か急激な目眩が霊夢を襲った。
「う……」
そして、橙の「ピコーン!」と言う声が霊夢の耳に届く。
一瞬の隙を突き、チルノがボタンを押したのだ。チルノの早押しハット上に?マークが起き上がる。
チルノに答えられる筈が無い。それが例えどんな簡単な問題でも。霊夢も紫もそう思っていた。そうなる筈であった。だが──。
「コ ロ ン ビ ア!!」
「…………」
「…………」
霊夢も紫も、そして橙も、チルノが何と答えたのか一瞬理解出来なかった。
あらかじめ答えを聞かされていた橙はハッとなって慌てて叫ぶ。
「ピ……ピンポンピンポーン!」
「ゆ、優勝はチルノーーー!」
「あたい最強ぉーーーー!!」
「…………は?」
両手を高く掲げ全身で喜びを表現するチルノ。方や霊夢は固まって動けないままだった。
橙が大きな杯をチルノに手渡すと、チルノは杯に満たされていたアンバサを一気に飲み干した。
「ぷはーっ! 勝利の美酒ね!」
続いて紫が優勝旗を渡し、チルノはそれを誇らしげな表情で受け取る。
霊夢は回答席に座ったままその光景を茫然と見つめていた。
「では先ず副賞の米俵を進呈します」
紫がパチンと指を鳴らすとスキマから米俵が現れ、チルノの前にドスンと落ちた。
「霊夢!」
チルノは未だ茫然自失としている霊夢に呼び掛ける。
「この米俵は霊夢にあげるわ! あたいこんなにお米食べれないから!」
「……へ?」
霊夢はヨロヨロと立ち上がり、フラフラとチルノの元に歩み寄る。そしてチルノの両肩をガッシリと掴んだ。
「ほ、本当? 後で返せって言われても全力で返り討ちにして亡き者にして埋めるわよ?」
先程の竹林で見た様な霊夢の鬼気迫る表情にチルノは怯えながら頷いた。
「う、うん。いいよ。あたいコロンビア行ければいいから」
「うう、今まで馬鹿だのバカだのばかだの言ってごめんなさいね。あんたって良く見たら愛らしい顔してたのね」
チルノの体をギュッと抱き締め、霊夢はその引き攣った顔にグリグリと頬ずりをする。
「ではチルノ、コロンビア一年間の旅にご招待したいのですが何処のコロンビアが宜しいかしら? 北米? 南米?」
「何処でもいいよ! コロンビアでもあたい最強だから!」
「どうでもいいんだけど、最初ニューヨーク七日間って言ってなかったけ?」
こうして、幻想郷史上最大のクイズ大会はチルノの優勝で幕を閉じた。
参加総数二名。規模も人員も問題の難易度も最大級であったと後世の資料には記されている。
「勝てば天国負ければ地獄。知力体力時の運。早くこいこい木曜日。それでは皆さま、史上最大第二回幻想郷横断ウルトラゆかりんクイズでお会いしましょう!!」
「二度と参加するかばーか!! それよりお米よお米!」
霊夢はご機嫌な表情で米俵に穴を開け手を突っ込み、その手にいっぱいの粒を握り締める。
「……紫、何これ?」
「大麦」
「…………」
「米俵の中身までは言及してませんわ。頑張って麦酒でも作りなさいな」
霊夢はバタリとその場に倒れ、その後暫く起き上がる事は無かった。
「霊夢、冥界で寝ると死ぬわよ?」
その後結局第二回大会は開催される事は無かった。
そして紫の中でのクイズブームも完全に去った頃、コロンビア共和国の公用語であるスペイン語を完璧にマスターしたチルノが幻想郷に帰って来るのだがそれはまた別のお話。
「……いや、別に」
「にゅにょーくってなぁに?」
一陣の冷たい風が吹き、その場に居る紫達の髪を揺らす。
紫の横で藍が何かのメロディーを口ずさんでいる。楽しげなメロディだが無表情のまま口ずさんでいるので少し不気味である。
「もう! 霊夢もチルノもノリが悪いわね! そんなんじゃ優勝出来ないわよ!?」
「いや、お米が貰えるって言うから……」
霊夢は一枚のチラシをしげしげと眺めている。
そのチラシには手書きの可愛らしい字でこう記されていた。
『幻想郷横断ウルトラゆかりんクイズ参加者募集! 我こそは最強のクイズ王だと思う者は○月△日博麗神社前に集合されたし』
「……優勝者には賞品としてニューヨーク七日間の旅、副賞として米俵一俵を進呈。ニューヨークってのが何処か判んないしどうでもいんだけど、お米が欲しかったから。て言うか集合場所私の家じゃん」
「あたいは最強だから来たのさ!」
「それにしてもおかしいわねぇ。チラシも沢山ばら撒いたし天狗の新聞にも広告載せたのに何で二人しか来てないのかしら?」
紫は周囲をキョロキョロと見渡すが他に誰かが来る様な気配は全く無かった。
「どうでもいいからさ、ちゃちゃっとやってお米頂戴よ」
「もう少し待ちましょう。ギリギリで他の参加者が来るかも知れませんから」
その後小一時間程待ったが結局誰も来ないので参加者二名のまま幻想郷史上最大のクイズ大会は幕を開く事となった。
──予選 博麗神社──
「勝てば天国負ければ地獄。知力体力時の……霊夢、お茶飲んでないでこっちに来なさい! チルノ、お昼寝の時間は終わりよ! 起きなさい!」
ダラダラと集まる霊夢とチルノに紫は頬を膨らませてぷんぷんと怒っている。
「もう、二人ともしっかりしてよ! 折角のクイズ大会なのに!」
「いいから早く始めなさいよ」
「二人にはこれから幻想郷各地で出題されるクイズに挑戦してもらうわ。最後まで残った者が勝者よ」
「がんばるぞー!」
「はあ」
紫は「コホン」と咳払いを一つし、右手を高く掲げた。
「みんなー、ニューヨークに行きたいかー!」
「……いや、別に」
「にょよーく!」
「藍!」
紫の号令で藍が博麗神社の敷地に「○」と「×」が書かれたシートを広げ始める。どこか暗い面持ちなので嫌々やらされてるのかも知れない。
「ちょっと、終わったらそれちゃんと片付けてよね!」
「最初のクイズは恒例の○×クイズよー! 今から出題される問題に○か×、正解だと思う方に移動してね!」
「何で一々そんな面倒な事を……」
「第一問」
「づーでん」
紫の声に合わせて藍が謎の効果音を口ずさむ。その表情にはどこか哀愁が漂っている。
「コロンビア共和国の国名はイタリアの探検家クリストファー・コロンブスに由来する。○か×か」
「知るかそんなもん!」
聞き慣れない単語の羅列に霊夢は思わず叫んだ。
「ほら、早く移動しないと時間切れで失格になるわよ?」
「うう~~、完全に勘に頼るしかないわね……」
「あたいこっち!」
チルノは×の方へとフワフワ飛んで行く。
(チルノも答えなんか判らないだろうから勘かしら。でもいくら馬鹿とは言え妖精の直感力は侮れないか……)
「フッフッフ、悩んでるわね霊夢! 所詮最強のあたいの敵では無かったようね!」
チルノは腕を組みながら霊夢に挑発的な視線を向ける。
「何よ、あんただって答えは判ってないんでしょうが」
「甘いわね! 問題を良く聞いてなかったのかしら!?」
「あん? どういう意味よ」
「問題の中に似た言葉が二つ出て来たのを忘れたのかしら!?」
「コロンビスだかコロンボスだかってやつ?」
「そうよ! 似てる言葉だから一瞬○かもって思ったけどそれが紫の罠なのさ! あたいは騙されないよ!」
「ふん、無い知恵絞ってそれなりに考えたって訳ね! だけど私の勘は○だって言っているわ!」
霊夢は○の方へと移動し、そこに座した。その行動を見たチルノは勝ち誇った様に「ふふん」と鼻を鳴らす。
「時間いっぱいよ。では答えを発表するわ」
紫がパチンと指を鳴らすと賽銭箱の陰から橙が姿を現す。パネルを手に持ちどこか浮かない表情をしている。
「正解は──」
橙が掲げたパネルに記された記号は──「○」。
「よっしゃぁ、米俵ぁ!」
ガッツポーズを決める霊夢とは対照的にチルノは○と書かれたパネルを見つめながら放心していた。
「残念だったわねチルノ。悪いけど米俵は私の物よ」
「あたい……」
「あん?」
「ぐすっ、あたい最強だもん。えぐっ、クイズでも最強だもん……」
チルノは目にいっぱいの涙を溜め肩を震わせている。
「ま、所詮そんなもんでしょ。米俵は私の物ね」
「えー、それでは敗者復活戦を始めたいと思います」
「はあ!? 私の優勝で決まりでしょ!? 米俵寄越しなさいよ!」
霊夢は思わず紫に掴み掛る。霊夢に襟首を掴まれガクガクと首を揺らす紫を見ても藍はそっぽを向いて助ける素振りも見せなかった。
「だってぇ、これで終わりじゃつまらないもの」
「だってぇ、じゃないわよ!」
どうやらチルノに同情した訳ではなく単にもっとクイズをやりたいだけらしい。
「じゃあチルノ、じゃんけんよ、じゃんけん!」
「グスッ、じゃんけん?」
「そうよ。私にじゃんけんで勝てば敗者復活出来るわよ」
「……ほんと?」
紫はチルノの前にしゃがみ、拳を振る。その横で霊夢は「何でクイズ大会でジャンケンなのよ?」とぼやいている。
「本当よ。じゃあ行くわよー、じゃーんけーん」
「ぽん!」
紫が出したのはチョキ。一方チルノが出したのはパーだった。
「あ……」
「ふ、ふぇ……」
チルノは唇を歪ませ、目にいっぱいの涙を溜めている。
「え、え~と、チルノ! も、もう1回、もう1回やりましょう!」
紫は白々しく「次は何がいいかしら~、グーかしら?」などと呟いている。
「ほらチルノ、紫は次グー出すってさ。パー出せば勝てるわよ」
霊夢は紫に聞こえないよう内緒話をしている素振りでチルノに耳打ちをする。
「……ううう、騙されないわよ霊夢! あたいを罠にかけて一人でニューヤークに行くつもりね!」
「ニューヤークだとジオン軍に占領されてるわねぇ」
「紫、ここは幻想郷よ。判る言葉で話しなさいよ」
「あら、貴方は日本語が判らないのかしら?」
「あーもういわよ! チルノ、いいから次はパー出しなさいよ! パー!」
「あたいパーじゃないもん!」
「それじゃあ行くわよチルノ! じゃーんけーん」
紫は握ったままの拳をゆっくりとチルノの前に付き出す。しかしチルノの小さな手は明らかにチョキを形作ろうとしていた。
「手を開けーーーー!」
「わーーーん!」
霊夢は強引にチルノの手を開き、パーの形にする。
「あら、私の負けね。おめでとうチルノ。敗者復活よ」
「あたいじゃんけんでも最強!」
「こ、こいつ……」
拳を天高く突き上げ勝ち誇るチルノ。その姿を見つめる霊夢の額には青筋が浮かんでいた。
「見事生き残った二人の戦士。果たしてこの先どんな過酷な試練が待ち受けているのか!? さあ、次なる決戦の地へ参りましょう」
「……え、場所変えるの?」
「いやね霊夢。最初から幻想郷横断って言ってるじゃない」
「あたいは最強だから何処だって構わないよ!」
「その意気よ! みんなー、コロンビアに行きたいかー!」
「おー!」
「……コロンビア? ニューヨークって言ってなかったっけ?」
「どんな事をしてでも行きたいかー!」
「おー!」
「だからコロンビアって何処よ?」
「罰ゲームは怖くないかー!」
「おー!」
「罰ゲームとか初耳なんだけど……」
やる気満々の紫とチルノ、そして一人冷静な霊夢。その後ろでは藍と橙が黙々とシートやパネルを片付けている。妙にテンションの高い紫とは対照的にその表情は暗く重かった。
──第1チェックポイント 霧の湖──
「やって来ました憧れの地。幻想郷のリゾート霧の湖」
「ここの何処がリゾートなのよ」
「第1チェックポイントは突撃○×どろんこクイズよー!」
「あんた人の話全っ然聞かないわよね」
湖の岸辺には○と×の大きなパネルが設えられていた。藍と橙が前日から設置していたらしい。
好奇心旺盛な筈の湖上の妖精達も遠巻きに見るだけで紫達に近付こうともしていない。
「さあ、目の前に置かれた大きなパネル。これから出す問題に○か×、正解だと思う方のパネルに飛び込んで下さい。見事正解なら次のチェックポイントへ。但し不正解だと……」
紫の合図で橙がパネルに向かって気だるそうな顔で走り出す。勢い良く×のパネルを突き破った橙の体はそのままマットの上へと落ちる。
そしてその反対側に掘られた溝はグツグツと沸き立つマグマで満たされていた。
「煮え滾った熱泥にドボンです」
「殺す気か!!」
「霊夢敗れたりー!」
突然チルノが霊夢に向かってビシッと指を突き付ける。
「な、何よいきなり」
「フッフッフ、この湖はあたいにとってはホームラン・ランド!」
「ホームグラウンドね。なんかバッティングセンターの名前みたいですわね」
紫がチルノの言葉を訂正する。
「つまり霊夢にとってはヤ、ヤヴェー?」
「アウェーね。ヤバイ事は確かかも知れませんけど」
チルノのその言葉に霊夢は思わず狼狽する。
「ちょ、ちょっと待ってチルノ。……だから何?」
「……え~と、なに?」
チルノは紫の方に顔を向ける。
「何でしょうね」
「このグダグダ感どうにかならないわけ?」
「では先攻後攻を決めて下さいな」
「無視すんな!」
霊夢は様子を見る為にチルノに先攻を譲った。チルノは得意気に「当然ね!」と言って10枚の問題の中から一つを選ぶ。
「⑨番!」
「問題」
「づっちゃん(効果音)」
「アメリカ合衆国サウスカロライナ州の州都の名前はコロンビアである。○か×か」
「だからアンタどんだけコロンビア好きなのよ!?」
「ほらほらチルノ、お手付きは1回お休みだから頑張って~」
霊夢の言葉は無視し、紫はチルノへと声を掛ける。
「うう~、さっき橙は×の方に飛び込んで大丈夫だった! だからあたいも×の方に行く!」
答えが解らないなりにチルノは弱い頭で必死に対策を考える。
「そうなの?」
霊夢はチラリと紫に視線を向ける。霊夢自身問題の正しい答えは解っていないので多少の不安があった。
「いやいや霊夢。その都度マットは移動させてますわ」
「あたい最強ぉーー!」
叫びながらチルノは勢い良く×のパネルへと飛び込んだ。そしてその下には──煮え滾った熱泥があった。
ピチューン。
「チルノォーーーーーーー!!」
「そんな訳ないじゃない。チルノは1回お休みね」
「本当に1回お休みしちゃったら洒落にならんわ!!」
「じゃあ次は霊夢ね。問題の番号を選んでちょうだい」
「何事も無かったかのように進めるな! チルノどうすんのよ馬鹿! って言うかもう私の優勝じゃないの!? 米俵寄越しなさいよ!」
一気に捲し立てる霊夢に対し、紫は両耳を塞ぐポーズで明後日の方向に視線を向ける。
「霊夢は試合放棄かしら? じゃあチルノが優勝ね」
「チルノはもう居ないでしょうが! ……ったく、判ったわよ。やるわよ。やればいいんでしょうが」
霊夢は残りの9枚の中から1枚を選び、それに書かれた問題を紫が読み上げる。
「問題」
「づでん(効果音)」
「アメリカ合衆国首都・ワシントンD.C.の正式名称は“ワシントン・コロンビア特別区(Washington, District of Columbia)”である。○か×か」
「鷲……何? コロンビアっていっぱいあるの?」
「さあ、○か×か? 走って!」
霊夢は走りながら考えた。例え不正解でも自分は空を飛ぶ事が出来るのだから落ちる前に制動を掛ければ良いと。
「ちなみにパネル周辺には浮遊禁止の結界が張ってありまーす♪」
まるで霊夢の心を読んだかのように紫は嬉しそうに言った。
「巫山戯るなこのスキマァァァ!!」
パネルは霊夢の目前に迫っていた。既にスピードが乗っているので勢いは止められない。
(大丈夫、私の勘は正しい! こんな下らない事で博麗の巫女が命を落とすなんて事があろう筈が無いわ!)
「だぁーーーッ!」
霊夢は勢い良く○のパネルを突き破る。そしてその体はマットの上へと沈んだ。
「よっしゃ来たぁ! 米俵ぁ! 今夜はごはん大盛りよー!!」
マットの上で力強くガッツポーズを決める霊夢。
「おめでとう霊夢。見事第2チェックポイントへ進出よ」
「まだやるの? もう私の優勝で決まりじゃ──」
「次はあたいの番ね!」
「思いの外復活早かったーーー!!」
そこには何故か勝ち誇った表情のチルノが立っていた。そして霊夢に向かってビシッと指を突き付ける。
「霊夢敗れたりー! 何故ならこの湖はあたいにとってホ、ホットスポット?」
「ちょっと、こいつ何か記憶混乱してない?」
「問題ないでしょう」
問題ないそうなのでそのままクイズ続行となった。チルノは残り8枚の問題の中から1枚を選ぶ。チルノは「何で9番が無いの?」と疑問を口にしたがそこは面倒なので無視した。
「問題」
「づべん(効果音)」
「NASA、アメリカ航空宇宙局が所有するスペースシャトルで2003年に空中分解事故を起こしたオービタ2号機の名称は“コロンビア”である。○か×か」
「んなもんチルノに判るわけないでしょうが! コロンビア以外に何か無いわけ!?」
問題を聞いたチルノはあわあわしながら必死に答えを考えている様子だった。
「な、茄子? す、スぺシャル? のび太2号? えーと、えーっと……」
チルノは涙目になりながらオロオロと○と×の間を行ったり来たりしている。
「チルノ、多分○よ、○!」
「あら、先刻のジャンケンと言い今回と言い敵に塩を送るなんて貴方らしくないわね。米俵が欲しいんじゃなかったのかしら?」
「ふん。チルノが相手なら何問やったって私が勝つけど、暇だからもう少し付き合ってあげてもいいわ」
だがチルノは霊夢の方に振り返り涙目で答える。
「う、ぐずっ、あたいを騙そうったってそうは行かないんだから……」
「あんた何でさっきから人の言う事信用しないのよ!? もっとピュアな心を取り戻しなさいよ!」
「う、うう……きっと×だ。だってさっき橙が……」
「馬鹿! 違うわよ! またピチュりたいの!?」
「橙~、マットはちゃんと○の上に敷いてあるかしら~?」
紫は態とらしく大きな声でパネルの向こうに居る橙に呼び掛ける。
「あら、聞こえちゃったかしら?」
「チルノ、聞こえた? ○よ、○!」
「だ、だって……」
チルノは顔をくしゃくしゃにしながらフラフラと×の方へと進んで行く。
「○だって言ってんでしょうが、この……」
霊夢はチルノの腕を引っ張り○のパネルの前に無理矢理立たせる。
「ド低脳がァーーーーッ!!」
そして少し助走を付けてから背中に思いっきり飛び蹴りを喰らわせた。その勢いでチルノの体は○のパネルを突き破りマットの上をゴロゴロと転がって行く。
「あらあら、チルノも第2チェックポイント進出ねぇ」
チルノは暫くマットの上でピクリとも動かなかったが、やがてゆっくりと起き上がると霊夢に向かってジロリと視線を送る。
「何よ? 文句あんの?」
「あたいどろんこでも最強!」
そして拳をグッと握り天高く突き上げた。
「疲れる……物凄く疲れる……」
霊夢は膝を突き、がっくりと項垂れる。
「あら霊夢、意外と体力ないのね」
「精神的に疲弊してるのよ! あんたらの所為で!」
「では次なる決戦の地へと移動するわよ~」
「おー!」
紫とチルノの二人は「バンザーイ」と元気いっぱいに両手を挙げる。
「こ、この憤りは何処にぶつければ……」
霊夢達の後ろでは藍と橙が黙々と熱泥の溝を埋め立てている。
「藍! 移動のジングル!」
紫が藍に向かって叫ぶと、藍は軽快なテーマ曲を口ずさむ。その軽快なメロディとは裏腹に藍と橙の作業を進める手と表情はとても重かった。
──第2チェックポイント 香霖堂──
香霖堂。幻想郷で唯一外の世界の道具を扱う店である。いつもは静かな佇まいの店の前に騒がしい一団が集まっていた。
「さあ、第2チェックポイントは香霖堂よ! 幻想郷で買い物するならここ! イケメン店主がお出迎え~」
藍と橙は黙々と香霖堂の前に台の様な物を設置している。
「いいけど、霖之助さんに許可は取ってるの?」
「ちなみに霖之助さんにスポンサーになっていただけるようお願いしたのですが、思いっきり断られましたわ」
「当たり前でしょうが」
「そうだわ、少し待っていただけるかしら」
そう言うと紫は藍と橙を引き連れ香霖堂の中へと入って行った。
暫くするとバタバタとした音が店内から響き、「なにをするきさまらー!」とか「もってかないでー」等の悲鳴が聞こえて来た。
「……ふぅ、お持たせしたかしら?」
藍と橙は手には不思議な形の帽子があった。大きな星のマークが描かれた派手なシルクハットの様な帽子だ。そして紫の髪や衣服は何故か乱れていた。
「あんたら霖之助さんに何したのよ……」
「さ、二人ともこの早押しハットを被ってちょうだい」
「わあ、カッコイイ!」
「えぇ~、こんな変なの被りたくないんだけど」
「被らないと失格よ!」
チルノは嬉々として青い帽子を。霊夢は渋々と赤い帽子を被る。
「さあ、そこの回答席に座って。クイズを始めるわよ」
紫は乱れた服を整え、その髪を藍が櫛で梳いている。
「このチェックポイントは2ポイント先取で勝ち抜けよ。答える時は回答席の早押しボタンを押してちょうだい」
「これ?」
チルノが早押しボタンを押した瞬間、「ピコーン!」と橙が声を上げた。そしてチルノの頭の上で疑問符が起き上がる。
紫は満足そうに、霊夢はげんなりした面持ちでそれぞれチルノの頭の上の疑問符に視線を向けた。
「え? なになに?」
チルノは自分の頭上が見えないので霊夢と紫の顔を交互に見る。その不思議そうな表情と頭の上の疑問符がとてもマッチしていた。
「それでは問題よ」
「づべん(効果音)」
「……藍、出題効果音は統一しなさいよ」
紫は隣に立つ藍を窘める。すると藍は紫から顔を背け、小さく「チッ」と舌打ちをした。
「あらあら、この子ったら今舌打ちをしたのかしら?」
紫は笑顔のまま藍の顔面を片手で鷲掴みにし、ギリギリと力を込める。藍はバシバシと紫の腕を叩きタップをしているが紫は放そうとはしなかった。
「いいからさっさと問題出しなさいよ!」
「んもぅ、霊夢ったらさっきから怒鳴ってばっかりね」
藍を解放した紫は不貞腐れたように頬を膨らませる。
「好きで怒鳴ってるんじゃないわよ! あんたらの所為でしょうが!」
二人の遣り取りを見たチルノは余裕の表情を見せつけるかのように「フフン」と鼻を鳴らす。
「あたい知ってるよ。霊夢はアレが足りてないのね。プ、プロメシューム?」
「カルシウムって言いたいのよね? 何処かの女王じゃないんですから」
紫は自分の懐をゴソゴソとまさぐり、小さな箱を霊夢に差し出した。
「そんなイライラ霊夢にピッタリのお菓子がこれ!」
霊夢は小箱を受け取る。箱には“カルボーン”と書いてあり、中には骨の形をしたお菓子が入っていた。
「要るかこんなもん!」
舎利の形をした物を食べたくなかったのだろう。霊夢は小箱を紫に向かってブン投げた。
「あたい食べるー」
紫に向かって投げた筈の小箱はいつの間にかチルノの回答席の上にあった。
「わーい」
「止めときなさいよ。骨よ、骨」
「では問題」
「づーでん」
効果音を口にする藍の顔面には紫の手の後がくっきりと残っている。
「アメリカ合衆国ミズーリ州中央部に位置し、ミズーリ大学のある都市の名前と言えば?」
「知るかそんなもん! もっと他に幻想郷に因んだ問題とかあるでしょうが!」
藍は問題が出されてからずっと「カチカチカチカチ」と素早く呟いている。寒くて凍えている訳ではなく、どうやら時を刻んでいるつもりらしい。無表情のままなのでかなり不気味だ。
「ブー」
霊夢もチルノも早押しボタンを押せないまま時間切れとなってしまった。チルノはお菓子を食べるのに夢中で押さなかっただけだが。
「タイムアップ。正解はコロンビアよ」
「あー、やっぱりコロンビアなのね」
もうコロンビアはうんざりと言った呆れた表情を見せる霊夢。チルノはまだポリポリと嬉しそうにお菓子を食べている。
「続いて問題」
「づーでん」
「2010年冬季オリンピックの開催地となったバンクーバーを擁するカナダの州の名前はブリティッシュ何州?」
藍の「カチカチカチ」と時を刻む音が香霖堂前に響く。
これまでの傾向を振り返れば自ずとこの問題の答えは解る。霊夢は冷静に思考を巡らした。
(答えは恐らく“ブリティッシュコロンビア”。これで合っている筈……)
霊夢は意を決し、早押しボタンへと手を掛けた。
「ピコーン!」
橙の甲高い声が木霊し、帽子の上の疑問符が起き上がる。但しそれは霊夢ではなく、チルノの頭上に。
(くっ、先を越された! 流石にチルノでもこの法則性に気付いたのね!?)
チルノは自身満々に、力強く答える。
「ブリティッシュニューヨーク!」
(コロンビアじゃない!? そうか、コロンビアは引っ掛け! 紫が最初に言っていたのは確かにニューヨーク……全てはこの為の布石! 危ない所だったわ……)
流石に今回はチルノの勝ちを認めるしかなかった。霊夢はたかが妖精とチルノを侮っていた事を後悔した。
「ブー」
「あれ?」
藍の告げる不正解音に霊夢は首を傾げた。
「正解はブリティッシュコロンビアよ」
「やっぱりコロンビアだったーーーー!!」
所詮馬鹿は馬鹿だった。霊夢は少しでもチルノを認めた事を激しく後悔した。
結局なんだかんだで先に2ポイント取ったのは霊夢だった。その後もチルノは全く正解出来ず、霊夢の「コロンビア! コロンビアって言え!」と言うヒント(というか答え)も全て無視し、点数はマイナスになるばかりであった。
「う、うぅ。ぐすっ、ひっく……」
「あのー、紫さん」
「何でしょう霊夢さん」
霊夢は疲れ切った表情で紫に語り掛ける。
「もう私の優勝でいいんじゃないかしら?」
「では次のチェックポイントに行きましょう!」
「もうグダグダとかそういうレベル越えてんじゃないのよ!! ……あんたも何軽快な音楽口ずさんでるのよ!」
藍にローキックを何発もかましながら霊夢は叫ぶ。
「ちょっと、私の式に八つ当たりしないでちょうだい」
「う、ぐすっ、えぐっ、あたい最強だもん……」
「いいから君達、二度と僕の店に来ないでくれ」
霖之助の温かい声援を背中に受けながら一行は次なる決戦の地へと赴くのであった。
──第3チェックポイント 迷いの竹林──
「やって来ました、昔ながらの大自然が残るこの迷いの竹林。第3チェックポイントは竹林かぐや姫クイズ~!」
集まった面々で元気があるのは紫ただ一人だった。
「なんかもう米俵とかどうでもいいから帰りたい」
「あたいももうおうち帰る……」
「この周囲の竹1本1本に問題とお金が隠してあります」
「チルノ、おうちには一人で帰りなさい」
お金という単語を聞いた途端、霊夢は目をキラキラ輝かせながらチルノの肩に手を置く。
「紫、ひょっとしてひょっとするとそのお金はもらえちゃったりするのかしら?」
「ご自由に。但し問題に正解する必要がありますわ」
「よーし、探すわよー!」
霊夢は意気揚々と竹林の奥へと足を踏み入れて行く。
すると急に霊夢の姿が紫達の視界から消えてしまった。不思議に思ったチルノは霊夢の消えた地点に恐る恐る近付いて行く。
地面に空いた大きな穴。穴の中には無数の鋭く尖った竹が並んでいた。
霊夢は穴の縁に手と足を引っ掛けギリギリの状態でプルプルと震えていた。どうやらこの竹林一帯にも浮遊禁止の結界が張られているらしい。
「どう? 現地の方が協力して仕掛けてくれたのよ」
「クイズ大会でこんな凶悪なトラップを仕掛けるなぁ!!」
「トラップを掻い潜って問題を見付けて私の所に持って来てね」
「霊夢がんばれー」
暢気な紫と完全にギャラリーと化しているチルノ。
(私はこんな所で一人で何をしているのだろう……)
馬鹿馬鹿しさと虚しさが胸いっぱいに広がり霊夢の瞳にちょぴり涙が滲んで来た。
何とか「お金、お米。お金、お米」と繰り返し呟き自分を鼓舞する霊夢。そして一本の竹へと手を伸ばそうと一歩を踏み出す。
だが何かに足を取られ、霊夢は正面から地面に倒れてしまった。
「あいたっ! ……何? 紐?」
足に絡み付いた紐を外そうと手を伸ばした瞬間、霊夢の頭上を何かが凄いスピードで通り抜けて行った。
その物体は竹林の竹を数本薙ぎ倒し、暫く振り子の様にゆらゆら揺れた後動きを止めた。
霊夢は茫然とした面持ちで自分の頭上を通り過ぎた物体を見つめた。無数の鋭い棘が生えたその謎の球体を。
「今のは惜しかったねぇ」
「そうね、惜しかったわねぇ」
紫とチルノは和やかにその光景を眺めている。
霊夢の脇にある茂みをガサガサと掻き分け、中から黒髪の兎が現れた。兎はトラップを回収し、チラリと霊夢の方を見ると小さく「チッ」と呟いた。
「貴様の仕業かぁーーーーー!!」
霊夢は鬼の形相で兎を追い掛けた。ぴょんぴょんと素早く逃げる兎に霊夢が追い付かんと手を伸ばしたその瞬間、霊夢の姿が紫達の視界から消えた。
「また落ちた?」
「落ちたわねぇ」
「報酬はいつもの口座に頼むわー」
霊夢の手から逃れた兎はそう言い残し竹林の奥へと消えて行った。
数刻後、霊夢はボロボロになりながら一枚の紙を紫に手渡す。やっとの事で1本の竹の中から持って来たものだ。
「良く頑張ったわね霊夢。では問題よ」
紫は霊夢から受け取った紙を開き、そしてそれを霊夢の前に突き出す。
「これを何と読む?」
問題が書かれている筈の紙に記されている文字を霊夢はゆっくりと読む。
「は……ずれ?」
「そう、ハズレ。もう1回行ってらしゃ~……うぐっ」
霊夢の地獄突きが紫の喉元に突き刺さった。
「舐めてるの? ねぇ、あんたこの私を舐めてるの? 博麗の巫女舐めてただで済むと思ってるの? ねぇ?」
霊夢はヘッドロックをガッチリと極めて紫の頭をギリギリと締めあげる。紫は霊夢の腕をバンバン叩いてタップしているが霊夢は放そうとしなかった。
「正解よね?」
「な、何がかしら?」
「今の問題、正解は“はずれ”よね?」
紫からは霊夢の表情は見えないが、視界の隅にチルノのガクガクと震えている足が見えた。
「そ、そうね。正解よ。見事だわ」
「お金は?」
「お金? ああ、問題の書かれた紙と一緒に入ってるわ。ハズレの紙には入って……痛い痛い痛い」
霊夢は更に力を込めて紫の頭を締め上げる。
「私が持って来たのは問題の書かれた紙よね? ね?」
「そ、そうだったわね。こちらの手違いだわ」
その言葉を聞いて満足したのか、霊夢はやっと紫を解放する。
「ら、藍。持って来てちょうだい」
藍は心底面倒臭そうな顔で問題の紙を取りに竹林の奥へと踏み込んで行く。
そして、藍の姿が急に紫達の視界から消えた。
ピチューン。
「藍ーーーーーー!!」
竹林に紫の絶叫が木霊し、いつもの軽快なジングルが流れないまま舞台は最後の決戦の地へと移るのであった。
──決勝 白玉楼──
桜の花弁が美しく舞う白玉楼の庭園。静謐なる死の世界に驚く程不釣り合いな面々がそこに居た。
「え~と、本当は他にも紅魔館吸血鬼採血クイズとか守矢神社ケロケロ御柱クイズとか用意してたんですけど……」
紫は回答席に座る霊夢とチルノに目を遣る。二人はグッタリとした様子で回答台に突っ伏していた。
「参加者のモチベーションがビックリするくらい低下しているので決勝までカットする事になりました」
霊夢とチルノだけではなく、藍が居ないという事もあり橙のモチベーションもかなり下がっていた。元よりかなり低かったのだがそれはそれとして。
「あぁ、準決勝用に用意したドM天人尻叩き大声クイズが出来なかったのは残念ね。小生意気な天人の尻をぶっ叩いた時の喘ぎ声の大きさで回答権が得られるというとても画期的な……」
最早霊夢もチルノも紫の話を全く聞いていなかった。近くで妖夢が庭を掃いているが紫達には目もくれていなかった。
「霊夢、元気出しなさい。ほら、竹林で渡しそびれたお金あげるから」
霊夢はチラリと紫の手にした紙幣に視線を移す。その紙幣には“地域振興券”と書かれていた。
「……要らない」
どうやら外の世界のお金には微塵も興味が沸かないようだ。
「フッフッフ、馬鹿ね霊夢!」
意気消沈していたと思われていたチルノがムクリと顔を起こし、勝ち誇った様に霊夢に指を突き付ける。
「優勝してコロンビアに行けばそのお金が使える事に気付いてないのかしら!?」
コロンビアどころか既に日本でも使えない(99年発行・有効期限6ヶ月)のだが紫は何も言わなかった。
「……いい。コロンビアなんてどうせロクな所じゃないわよ」
「ちょっと霊夢、世界中のコロンビア住民の方に謝りなさいな」
「あんたの所為で印象最悪なんでしょうが!!」
「あー、もう。霊夢ったらずっとグダグダとつまらない文句ばっかり言って!」
「グダグダとつまらないクイズ大会を開催するあんたに言われたくないわよ!!」
「さあ、霊夢の元気が出た所で決勝戦を始めたいと思います!」
「こ、このスキマ……このクイズが終わったら永眠させてやる……!」
「決勝戦は早押しクイズよ。先に10問先取した者が勝者、優勝よ!」
それを聞いた霊夢は再び回答台の上に突っ伏する。
「無理。10問もコロンビアに耐えられない……」
「う~ん、でもコロンビア問題しか用意してないのよね」
「殺される……コロンビアに殺される……」
遂に意味の判らない事を呟き始める霊夢。かなりコロンビアに精神を蝕まれている様子だ。
「わかったわかった。じゃあ1問先取で行きましょう。それならいいでしょ」
紫にはコロンビア以外の問題で10問やる気は更々無いらしい。何が彼女をそこまでコロンビアに掻き立てるのかは判らなかった。
「1問くらいなら……」
「何問やったってあたいの勝ちだけどね!」
「お前は香霖堂での遣り取りを忘れたのかぁーーーー!?」
「霊夢、そろそろ血管切れるわよ?」
「いいから早く問題出して!」
「問題」
「づーでん!」
橙は藍の代わりを務めようと甲高い声で力一杯叫んだ。今回橙が唯一やる気を出した瞬間であった。
「橙、イントネーションが違うわよ~?」
紫は「めっ」と言って橙の額をツンと突っついた。
「いいからさっさと問題出せーーーーー!!」
「東京ディズニーシーのテーマポートの一つ、アメリカンウォーターフロントの埠頭に停泊している客船の名前はS.S.何号でしょうか?」
早押しボタンを押そうと力んだその時、興奮して叫び過ぎた所為か急激な目眩が霊夢を襲った。
「う……」
そして、橙の「ピコーン!」と言う声が霊夢の耳に届く。
一瞬の隙を突き、チルノがボタンを押したのだ。チルノの早押しハット上に?マークが起き上がる。
チルノに答えられる筈が無い。それが例えどんな簡単な問題でも。霊夢も紫もそう思っていた。そうなる筈であった。だが──。
「コ ロ ン ビ ア!!」
「…………」
「…………」
霊夢も紫も、そして橙も、チルノが何と答えたのか一瞬理解出来なかった。
あらかじめ答えを聞かされていた橙はハッとなって慌てて叫ぶ。
「ピ……ピンポンピンポーン!」
「ゆ、優勝はチルノーーー!」
「あたい最強ぉーーーー!!」
「…………は?」
両手を高く掲げ全身で喜びを表現するチルノ。方や霊夢は固まって動けないままだった。
橙が大きな杯をチルノに手渡すと、チルノは杯に満たされていたアンバサを一気に飲み干した。
「ぷはーっ! 勝利の美酒ね!」
続いて紫が優勝旗を渡し、チルノはそれを誇らしげな表情で受け取る。
霊夢は回答席に座ったままその光景を茫然と見つめていた。
「では先ず副賞の米俵を進呈します」
紫がパチンと指を鳴らすとスキマから米俵が現れ、チルノの前にドスンと落ちた。
「霊夢!」
チルノは未だ茫然自失としている霊夢に呼び掛ける。
「この米俵は霊夢にあげるわ! あたいこんなにお米食べれないから!」
「……へ?」
霊夢はヨロヨロと立ち上がり、フラフラとチルノの元に歩み寄る。そしてチルノの両肩をガッシリと掴んだ。
「ほ、本当? 後で返せって言われても全力で返り討ちにして亡き者にして埋めるわよ?」
先程の竹林で見た様な霊夢の鬼気迫る表情にチルノは怯えながら頷いた。
「う、うん。いいよ。あたいコロンビア行ければいいから」
「うう、今まで馬鹿だのバカだのばかだの言ってごめんなさいね。あんたって良く見たら愛らしい顔してたのね」
チルノの体をギュッと抱き締め、霊夢はその引き攣った顔にグリグリと頬ずりをする。
「ではチルノ、コロンビア一年間の旅にご招待したいのですが何処のコロンビアが宜しいかしら? 北米? 南米?」
「何処でもいいよ! コロンビアでもあたい最強だから!」
「どうでもいいんだけど、最初ニューヨーク七日間って言ってなかったけ?」
こうして、幻想郷史上最大のクイズ大会はチルノの優勝で幕を閉じた。
参加総数二名。規模も人員も問題の難易度も最大級であったと後世の資料には記されている。
「勝てば天国負ければ地獄。知力体力時の運。早くこいこい木曜日。それでは皆さま、史上最大第二回幻想郷横断ウルトラゆかりんクイズでお会いしましょう!!」
「二度と参加するかばーか!! それよりお米よお米!」
霊夢はご機嫌な表情で米俵に穴を開け手を突っ込み、その手にいっぱいの粒を握り締める。
「……紫、何これ?」
「大麦」
「…………」
「米俵の中身までは言及してませんわ。頑張って麦酒でも作りなさいな」
霊夢はバタリとその場に倒れ、その後暫く起き上がる事は無かった。
「霊夢、冥界で寝ると死ぬわよ?」
その後結局第二回大会は開催される事は無かった。
そして紫の中でのクイズブームも完全に去った頃、コロンビア共和国の公用語であるスペイン語を完璧にマスターしたチルノが幻想郷に帰って来るのだがそれはまた別のお話。
ダメすぎるクイズ番組具合が楽しかった。
完成度を上げたバージョンを見てみたい。
ん?
期待しすぎて、期待通りってほどじゃなかったけど、こういうのもありかもしれないって思いました。
タイトル的に、第二回とかありそう?
参加者も増えて、クイズも幻想郷的な問題(プライバシー的なとこまでつっこんで?!)で、ドタバタした感じなるのを期待して止まない。
これは、色々構想が広がりますね。
チルノもチルノで態度が最高だったと思います。まぁ個人的に好きということなんですが;;
次回作も期待しています!とても面白かったです。
紫もチルノも鬱陶しいし、面倒臭い。
馬鹿らしく馬鹿馬鹿しい話に笑が止まりませんでした。
ああ美しき天丼。
藍様……うち、来るかい?
紫(作者)のコロンビアへのこだわりに敬意を表します。