Coolier - 新生・東方創想話

風、はふり

2014/02/02 03:57:58
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「風が流行っているんだぜ」
「はぁ?」
 神社に来て縁側に座るなり、霧雨魔理沙がとんがり帽子を脱ぎながらそう言った。
 私こと博麗霊夢は、茶を出してやりながら訝しむ。
 “風邪が流行っているらしい”なんて時候の挨拶としては定番だろうが、そもそもコイツが定番のことを言うなんてどう考えてもおかしいもの。
「あぁ、なるほど。アンタも風邪なわけね」
 なんというか、魔理沙って人間は誰かに会う前に空中で挨拶を済ましていて、顔を合わせた時には彼女の中で二つ三つの会話は既に終わっている性格なのだ。生き急いでいるタイプというか、ただの自分勝手というか。
 頭っから普通の世間話をするなんて、風邪にでも罹ったとしか思えない。
「あぁ、風だぜ。全く、素晴らしいもんだよな」
「なに言ってんの、風邪ならさっさと帰りなさいよ。うつしたら承知しないわよ」
「ん、でも、広めようと思って来たんだが」
「はぁ?」
 自分勝手で周りに迷惑は掛けても、悪意をもって実害を与える人間ではないはずなのに。
 本当にどうしたのだろう。元気そうに見えるが、実は相当に風邪が辛いのだろうか。
「人にうつしたら治るなんて民間療法、信じてるわけ? そんなの嘘っぱちに決まってるじゃない。暖かくして睡眠摂るのが一番よ」
「うん? 勘違いしてないか」
「風邪なんでしょう?」
「風だってば」
「……だから、風邪でしょ?」
「病気じゃないヤツなんだぜ」
「はぁ?」
 この咎め方も、来て早々に三度目だった。


「――つまり」
 時には立ち上がってまで身振り手振りを交えながら話す魔理沙だったが、茶を一杯飲み干すだけの時間を費やしても、その話は理解しづらいものだった。
 次の一杯を注ぎながら問いただす。
「風の魔法を使うようになったってことなの?」
「いや、風属性に入信したと言っておくぜ」
 ここがもう、分からない。
 聞いていると自分がハマったものを強引に勧めてくる、魔理沙らしい行動ではある。だが、“入信”などという言葉を使うせいで妙な新興宗教にでも捕まったかのような印象を受けてしまう。
 しかも、それを広めているのが、
「守矢神社の連中の仕業なのね? あいつら、まだ懲りてないのかしら」
 新興宗教と言えば新興宗教。
 外の世界からやってきて山の妖怪どもの信仰を集め力を付け、更に幻想郷中に啓蒙しようとしたところを、いつだったかに阻止してやったわけだが。
 緑髪の風祝。今回は、彼女を中心として新たに信仰を集める計画らしい。
 確かに彼女は風を使っていた。
「ま、どうせ早苗は神奈子に利用されてるだけでしょうけど、その内ひとこと言ってやらないとね」
「おいおい、別に悪いことはしてないぜ」
「向こうが信仰を拡大するってことは、こっちの信仰が減るってことじゃない。信仰が侵攻してくるなんて、笑えやしないわ」
「いやぁ、減るも何も博麗神社にはもともと無いもんだろ」
 ぎろり。
「おっとぉ。いやいや、そうだな。参拝客も賽銭も、減ったら困るものな」
 私に睨まれ、魔理沙が言葉を改める。
 だが、立場は変えないようで、
「実際、あいつら悪いことはしてないぜ。――さっき霊夢も勘違いしたみたいに、病気の風邪だって今は流行ってるだろ?」
「そうね。それがどうしたの?」
「風邪ってのは、邪な風って書くだけあって風が運んでくるものだとされている。で、風の神様への信仰が足りないと悪いものを持ってこられちまうんだってさ。早苗が講義してくれたんだ」
「まぁ、間違ってはいないと思うけれど」
 そう、たとえばその持ってこられた悪いものから身体を護るために無病息災のご利益があるわけだが、根源として風の信仰があればそもそも持ってこられずに済む。確かに、理屈だと思う。
「だから風祝の本分として、信仰を取り戻して風を鎮めるんだと。証拠として、早苗が脇出してるのに風邪ひかないのは信仰心の賜物だって言ってたぜ」
「ふぅん」
 私だって出してるけど風邪なんてひかないじゃない。
 ――とは言わない。私は私なりに色々と体調管理は気を付けた上での成果だから。
 信仰心の薄れが故、というのは確かに一般の人々にとっては見過ごされがちなところで、それでいて重要なところだと思う。私としても、神の代弁者として常々言いたいところではあった。
 でも、だからといって看過するわけにもいかない。言ったとおり、こちらの信仰(潜在的な、と注釈が付くにしろ)が減ることが問題なのだ。
「なぁ、霊夢。一緒に今日、行ってみないか?」
「え、守矢神社へ?」
 予想外の誘いだった。魔理沙は、巫女が他の神社に参拝するのは軍門に下るようなものだと理解していないのだろうか?
 ……まぁ、流石にこれは誇張しすぎだけれど。
 誰かに規制されているわけではない。けれど、信仰とは己の心に依るものだから、他の神社と馴れ合うことは私自身が許せない。私自身がそう思うことこそが、信仰の証立てなのである。
 別に、意地張ってるわけじゃないのよ。うん。
 他の神社を褒められて悔しいわけじゃないんだから。
「行くわけないじゃない」
「いやいや、行ってみようぜ。行くだけなら良いだろ」
「はっ、どうせその次は話を聞くだけなら良いだろって言って、更には宗旨替えしたって良いだろって言われるのよ。行くわけないわ」
「う~ん、別に宗旨替えをしろってわけじゃないんだが……あそこはやけに暖かいんだよ。また行きたくなるんだ」
「暖かい?」
 何やら、話しが変わってきた。風神信仰にハマった訳じゃないのかしら。
「おう。ここらももう、随分と寒くなってきただろ」
「まあ、そりゃあね」
 年が明けてしばらく。時に雪が降るくらいには、冬だ。
 というか、そうでなければ風邪が流行っているなんて会話にはならないだろう。
「なのに、あそこだけは違うんだ。温泉のせいなのか、天狗どもに言って山風を止めているのか、結界でも張っているのか……とにかく、マフラーが要らないくらいには暖かいんだよ」
 言いながら、未だに巻いたままのマフラーをひらひらと泳がせてみせる。
 魔理沙は思い立った時に行動したい娘なので、そのせいか、部屋の中までは入らないことが多い。寒いと言うならコタツに入らせてあげるのに。
「しかも、だ。中に入れば更に暖かい。作りがしっかりしているみたいで、すきま風なんて一切無いしな。囲炉裏もあれば、コタツもある。今なんか信者が増えていつだって大賑わいでな、むしろ熱気むんむんって感じなんだぜ」
「そんな言い方したら、ウチが寒かったりすきま風があるみたいじゃないの。こっちにだってコタツはあるわよ。そりゃ、囲炉裏は無いけどね」
「すきま風はともかく」
「なによ?」
「いやぁ、向こうはコタツ布団だって分厚いんだぜ」
「ウチのが薄いって言うの?」
「うん」
「……」
 もう、コタツに入れてやんない。
 ていうか他の家と比べたことなんてないし。早苗のところが分厚かったとしても、ウチは標準のはずだもの。
 おそらく。たぶん。きっと。
「じ、じゅうぶんなのよ、これで! 寒さに対する抵抗力を鍛えてるっていうか! そう、風邪をひかない為に!?」
「それ、必要か? 逆効果だろ……」
 魔理沙が引きつった笑いを見せる。
 が、次の瞬間には表情を変える。ニカッと笑って見せるのだ。
「ま、いいか! この薄いコタツ布団も座布団もお茶も、博麗神社らしいからな」
「次からお茶、出さないわよ」
「ははっ、美味いなぁ! あったまるぜ!」
 言いながら、一気に湯呑を空ける。
 魔理沙が色々と他人に迷惑を掛けながらも許されているのは、この笑顔のせいだろう。
 彼女が怒っていても次の瞬間には笑い、こちらが怒っていてもやはり笑って見せる。この笑顔のおかげで、何度もぶつかりながらも、まだ彼女を好きいられる。
「そう」
 そんな考えを悟られないよう、私はそっけなく言って茶を啜る。そろそろ冷めかけているので、こちらも飲み干してしまう。
「んじゃ、今日の用事はそれだけだ。次のターゲットに向かうとするぜ」
「まだ続けるの?」
「あぁ、もうあんまり声が掛かっていないのも少ないはずだが……望みは薄いが、チルノを誘ってみるかな」
「はぁ? 氷の妖精まで暖かい場所に誘うなんて、そこまで広まってるの!?」
「だって主要な妖怪たちは勿論のこと、引きこもりどもの何人かですら足しげく通ってるんだぜ。里からは遠いのに、少ないながら人間も居るし。――その魅力、推して知るべしってとこだな」
「引きこもりって?」
「輝夜にパチュリーにフランに、引きこもりじゃないけど仕事の鬼のヤマザナドゥと、あとは元々暖かいはずの地下から、わざわざ古明地の妹が来てるぜ」
「他の連中はともかく、フランまで……てことはフランがその場を壊してない上に、レミリアがそれを見越して連れて行ったってことよね。そこならフランは暴れないって。どれだけ居心地が良いのよ、それ」
 さすがに不気味だ。
 いや、不気味だなんてのは自分の中で悪意を持たせているだけで、興味が湧いてきてしまっているということだ。
 それでもプライドにかけて行くわけにはいかないけれど。
「それじゃあまた、明日の昼に誘いに来るぜ」
「行かないって言ってるじゃない」
「気が変わるかもしれないだろ」
「来ても良いけど、意味ないわよ」
「その時は――美味い茶を飲んで帰るだけさ」
 帽子を被り、クイッとつばを下ろす。目の端だけで笑いをこぼして箒にまたがると、あっという間に飛び去っていった。
 ……なるほど。
 いつもなら魔法の残滓が星型に残るのが、今回はつむじ風を残して飛び去った。これが彼女の言う“風に入信した”結果なのだろう。というか、魔理沙が勝手に解釈しているだけっぽいが。
 やはり、それを見て思うのは、彼女らしくないということ。
 流行りものに乗っかるのは彼女らしいといえばらしいのだが、そうじゃなくて、魔理沙には星が似合うから。風なんてつまらない。面白くないし、ステキじゃないから。
 青空に黒い点が消えていくのをとっくりと見送って、私は障子を閉める。
 そして、薄くなんてないコタツ布団を捲って入りながら呟くのだ。
「――ひとこと、言ってやらないとね」


 ―――――


 魔理沙が去ってからも、その日はやけに来客が多かった。
 全く、信じられない。
 沢山来たくせに、その全員がお賽銭を入れないどころか……全員が守矢神社に誘ってくるなんて!


 最初に来たのは火焔猫燐だった。
 魔理沙が去って五分と経っていない頃。閉めたばかりの障子が勢いよく、遠慮なく、両側に全開にされた。
「おぅい、おねえさん!」
「あら、死体猫」
「なんか死んじゃってそうな呼び名だね。あたいのことはお燐って呼んでよ」
「それほど親しくは無かったはずだけど」
「気にしない気にしない」
 言いながら、勝手に上がり込む猫娘。せめて障子は閉めて欲しい。
 しかも断りもなしにコタツに入り込み、それどころか言うにことかいて、
「あんまりあったかくないね、ここのコタツ」
 失礼な。
「何しに来たのよ。寒いのが嫌なら地底に帰りなさいよ」
「いやいや、そうじゃないんだよおねえさん。寒くて不憫だなって思ってさ」
「……退治されたくてわざわざ来たんなら外出なさい」
 ウチのコタツ布団は標準だってば。たぶん。
「そんなおねえさんに素敵な提案です!」
「はぁ? なんか燃やす気? どうせなら守矢神社でやってよ」
 火焔猫だけに。
「お、おねえさん、わかってるねぇ」
「何が?」
「その守矢神社に、一緒に行かない?」


 その後、お燐には丁重に(縁側から蹴落として、弾幕で)お帰りいただき、のんびり茶をしばいていると。
「こんにちは、霊夢さん。いらっしゃいますか?」
 と、玄関から声が聞こえた。大概の訪問者は縁側から這入ってくるので、ちゃんと玄関からくるのは数人だけだ。茨歌仙やパチュリー、聖白蓮や阿求などがそう。
 今回はその内の一人、魂魄妖夢の声だった。
「居るわよ~。入って~」
 私はコタツから出る気もなく、ものぐさにその場で返事をする。
 少し待つと、おずおずといった様子で妖夢が部屋に入ってきた。
「お邪魔します、霊夢さん……」
「んー。どうしたの?」
「え~とですね」
「何か頼みごととか? それならお賽銭入れてからにしてよね。あ、お賽銭入れてよ頼みごとなくても。ほら、早く早く!」
「え、えぇ!? だ、ダメですよ。幽々子様からお小遣いは大切に使うよう言われてるんですからっ」
 薄い胸元を守るような仕草を見せる。
 当然、私の目がキラーンと光る。……効果音は、チャリーンでも可。
「あるのね、お金! お小遣いなんて高尚なもの、あんたにはまだ早いわ! 無駄なものに使うくらいなら神様に捧げなさい!!」
「みょん!?」
 私の剣幕に驚いたのか、妖夢がおかしな叫び声を上げる。
「さぁさぁ早く願い事を決めなさい一番手っ取り早いのはお賽銭が私の血肉になりますようにって願いだけどそれで良いかしらそれで良いわよね!!」
「あ、えと、その、霊夢さん?」
「何よ!?」
 こうなってしまえば、私を止められるものなんて何も無い! どんな言葉も障害も、例え神だって弾幕の餌食にしてやるわ!!
「そ、そんなにお金に困っているんなら、ミカンやお煎餅くらいなら食べられる場所がありますよ……?」
「へ~、まぁ聞いてあげるわ。お賽銭は貰うけど」
「お賽銭入れたとしても、霊夢さんにあげるんじゃありませんよ……えっとですね、よかったらなんですけど」
「?」
「守矢神社に、一緒に行きませんか?」


 結局、宥めても透かしても妖夢はお賽銭を入れてくれなかったけれど、私も誘いに乗らなかったし、おあいこかしら。
 それはともかく。そこから先もまぁ、来るわ来るわ。
 紅美鈴が上がり込んで来て捲し立てる。
「そうなんですよ、知ってらっしゃるなら話が早い! お嬢様も妹様も咲夜さんも、パチュリー様まで行っちゃったとなれば、私が門番をしている意味もあまりないじゃないですか。でも勝手に仕事を離れたってなると流石に怒られる気がしますので、お仲間というか口実というかが必要になるわけでして……私のこと、誘ったってことにしてもらえません?」
 その次は、リグル・ナイトバグ。
「いやぁ、なんとも寒いね。蟲たちも随分と冬眠しているよ。私は特別な習性があるでもないから、冬になると暖かいところを探して引きこもるんだけど、毎年決めるのに苦労していてね。それが今年は最高の場所を見つけたんだ! 何人か勧誘したら居座っても良いって言われてるから、どうか助けると思ってさ」
 そして、秋静葉と穣子の姉妹神が訪れて言う。
「もう、秋が過ぎちゃって嫌だわ、ホント。寒いし葉っぱは無いし、寒すぎるし葉っぱは無さすぎるし! 冬なんて良いことないわよねー」
「ただでさえ秋が過ぎて凹んでるのに、こんなに寒くちゃやってられないわ! でもまあ、良いところを見つけたのよ。暖かいしミカンくらいはあるし、運が良いとお汁粉も出るからねっ」
 更に、唐突に空いたスキマから八雲紫が顔だけ出した。
「ここは寒いわねぇ。あ、顔だけで悪いわね、霊夢。体は暖かいところにあるんだけど……声が聞こえるでしょ。みんな居るし、こっちに来ない? ――あ、知っていたのね。そう、守矢神社なんだけど。貴方が来れば完璧なのよ。二つでも勿論素晴らしいものだけれど、それが四つともなればもう、これは眼福というかなんというか、最高なのよ! 是非来なさい。いや、来てください何でもするから!!」
 ――誘い方は人それぞれだけれど、次から次へとまだ来るか! って感じ。ひっきりなしに来るもんだから、まさか玄関の前に並んでるんじゃないかしらと確認に行ってみたところ。
 まぁ。
 流石に並んでは居なかった。
 が、もう一人。ちょうど鳥居を潜ったところだった姿を見つけた。
「アリスまでハマってるの? 洒落にならないわね」
 呟いて私は、空飛ぶ人形を従えてのんびりと歩いてくる魔女を、仁王立ちで出迎えたのだった。


「ってな訳で、もうウンザリなのよ。紫は訳分かんない誘い方してくるしさ」
「それはご愁傷様ね」
 コタツに二人で入りお茶を出し、先手を打って愚痴ってみた。アリスなら聞いてくれるし、あと、釘を指す意味も含めて。
「でも、そうね。お察しの通り、本当は私も霊夢を誘いに来たのよ」
「やっぱり……」
 ぐったりと天板に突っ伏すと、さりげなく彼女は湯呑を離してくれる。流石だ。
「ふふふ。ま、やめておきましょうか。出遅れたのもあるものね」
 突っ伏したまま見上げると、湯呑を持って微笑むアリス。
 と、
「あれ?」
「何かしら?」
「そういえば、緑茶は苦手だって言ってなかったっけ。ごめんね、忘れてたわ」
 湯呑を持つアリス。似合わないことこの上ない。コタツもそうだが。
 アリス・マーガトロイド――いかにも西洋風でロリータちっくな彼女には、やはりティーカップが似合うのだ。
「あ、いいのよ、霊夢。最近は緑茶も好きよ」
「そうなの?」
「ええ。もともと、紅茶の方が好きっていうだけで緑茶が嫌いなわけじゃないもの。それに、やっぱりコタツには緑茶が合うと気付いたから」
「もしかして、それって」
「……ん、そうね。聞きたくないかもしれないけれど、守矢神社で、ね」
 アリスが申し訳なさそうな表情を見せる。
 そんな顔をさせてしまったことに罪悪感は感じるが、同時にザワザワと嫉妬心のようなものが湧き上がってくる。
「何よぅ、そんなにアッチは良いわけ?」
 彼女が悪いんじゃないと分かっているが、つい言い方に険が混じってしまう。
「ええと、博麗神社が悪いってわけじゃあないのよ。これまでだってずっと、ここには色んな人が来ていたじゃない。あちらは一時的な流行りのようなものだと思うわよ」
「流行り……」
「そう。風邪とおんなじ、ね。少なくとも冬場が過ぎたら、暖かいって魅力は価値が無くなるんだし」
「でも、そもそもそんなに違うわけ? ウチだって寒くなんかない……はず、だし」
「他のみんなも言っていたようだし、そこが間違いないのは分かるでしょう? 春のよう――というとまた違うのよね。やっぱり、冬なのに暖かい、が大きいのよ。外から入ってきた瞬間の幸福感というか、かじかんだ体がほぐれて眠くなる感じが」
 頬に手を当てて語るアリス。恋する乙女でも無かろうに、思い出して微笑む姿は私を追い詰める。
「アリスも、そこが良いの……?」
「私はまた少し違っていて、コタツに興味を持ったのよ」
 ペラリと我が家のコタツ布団(薄くなんてない)を持ち上げてみせる。
「最初は誘われて行っただけだったけれど、コタツに入ってビックリしたの。ただ暖房が効いているのとは違うし、紅茶を飲んで温まるのとも違う。椅子に座ってひざ掛けを掛けているのと意味合いは近いんでしょうけれど、腰と脚を温めると不思議と全身がポカポカしてくるんだもの。私、けっこう冷え性だったから、ちょっとハマっちゃったのよね」
「……」
 申し訳なさそうな表情で、けれど語りには熱が入っている。
 悔しい。
 自分でも子供のようだとは思うが、信仰がどうとかじゃなくて、友達を取られたようなそんな小さな嫉妬心。
「ちなみに今は人が多すぎてコタツが予約制になっているの。新しく誰か連れていくと、その当人もだけれど、連れて行った人は優先的にコタツに入れるのよね。だから、霊夢が好まない話だって気付けるはずなのに、誘いに来ちゃったの。ごめんなさいね」
 小首を傾げ、謝罪の言葉まで口にする。
 急に、そこまでさせてしまった自分が情けなくなってくる。
「は~~~ぁ」
 大きくため息を吐きながら、再び突っ伏す。額がゴツンと当たって、少し痛かった。
「みんな、守矢の方が良いのかなぁ」
 天板の木目を見ながらそう言うと、くすくすと笑い声が聞こえてくる。
 ごろりと頭を転がしてアリスを見やる。
「ふふふ。そんなこと、ないわよ」
 言いながら手を伸ばし、赤くなっていたのか、まだヒリヒリしていた額を撫でてくれる。
「だって、みんな霊夢を誘いに来てくれたでしょう? きっとみんな、一緒に居たいのよ」
「そうかなぁ……」
「そうよ。私が保証してあげる。魔理沙も、お燐さんも、妖夢さんも、美鈴さんも、リグルさんも、静葉さんも、穣子さんも。紫さんの言っていたことは私も分からないけれど、彼女もきっとそう。みんな、貴方が大好きよ」
「う~ん」
 それはそれで、気恥ずかしいのだが。
 身体を起こして、ぬるくなったお茶をぐいっと飲み干す。
「そ、そんなことないって。みんな退治した連中ばっかりだし、結局のところ恨まれているに違いないもの。――守谷の連中だって、そのつもりでやってるに決まってるんだからっ」
「ふふふ、そうかしら?」
 微笑むアリス。色々と見透かされている気がして、目を逸らしてしまう。
 あ、見透かされるもなにも、本音しか言ってないけど!
「霊夢、私とじゃなくても良いから一度行ってみると良いわよ。風祝の巫女が貴方を慕っているのは分かっているでしょう? 今更、貴方の害にしかならないことをするわけがないと思わない?」
「でも、ねぇ」
「じゃあ、敵情視察ってことでいいんじゃないかしら? 対抗策を打つにしても、相手を知らなければ出来ないし。それに、あちらに出来ることなら博麗神社も出来ることかもしれないから、信仰心を集める手段を学べるかも」
「う、う~ん」
「私も明日は向こうに居ようかしら。みんなと一緒に、霊夢が来るのを待っているわ。きっと楽しいわよ、宴会みたいでね」
「……」
「……熱燗、いっぱい用意しておいてあげるから」
「し、仕方ないわねっ」
 そこまで言われちゃ仕方ない。仕方なく行ってあげるの。仕方ないんだから!
 敵情視察は確かに必要だし、こちらでも出来ることかもというのも確かに。こんなに誘われたんだからみんなに義理を通したいとも思う。
 あと、紫の言っていた『二つでも素晴らしいものが四つになれば眼福』という謎の言葉も気になる。向こうに現在二つあって、私も二つ持っているということなんだろうが……やけに熱く語っていたのがなんだが不気味で、放っておきたくない。
 ――コタツに熱燗という黄金コンビはともかく、だ。
「仕方なく行くだけなんだからっ。勘違いしないでよねっ!」
 微笑み見守るアリスを横目に、私は鼻息荒く宣言したのだった。


 ―――――


「何よコレ、ホントに暖かいわね」
「だろ?」
 ニヤニヤと得意げな魔理沙は放っておいて、辺りを見回す。
 ここは守矢神社だ。造りや並びは、博麗神社とさほど変わらない。……まぁ建物と装飾品の数が、ちょおっと多いかな、くらい。
 約束通りに次の日の昼過ぎにやってきた魔理沙に誘われて、それを承諾し、二人で飛んできた。鳥居の前で降り立って、一礼をしてから左の端を通って入る。と。
 ――鳥居を潜って境内に入った途端に、頬を生温い風が撫でた。
 一瞬ぞわっとしたけれど、すぐに嫌な感覚ではないと気付く。マフラー越しでも肺を刺していた冷気が、圧倒的に和らいでいることに気付いたから。
「やっぱり、外と空間的に断つ結界が張ってあるみたいね。でも、暖かいのは地熱か何かかしら?」
「さぁな、何でもいいじゃないか。中に入ろう。もっと暖かいんだぜ!」
「あっ」
 暖かくなってテンションが上がったのか、私の腕を取って走り出す。
 全く、さっきまで縮こまって箒にしがみついていたのに、呆れるわ。
「ちょ、待って、社殿に入るときは……って、あーもう!!」
 神の社に入るときには礼儀が大事だ。普段は怠けているにしろ作法もあるのだが、そんなものはすっ飛ばして、靴も蹴飛ばすように脱ぎ捨てて上がっていく魔理沙。私も引きずられて着いて行く。
 よくよく考えてみれば、いつぞやの異変の時も社殿に入りはしなかった。つまり他の神社に入ったのは初めてのことで、実はけっこう興味があるのだが、見る暇なんて与えてくれやしない。
 ずんずんと慣れた様子で突き進み、あるところで障子を勢いよく開ける。
「みんな! 連れて来たぜ!!」
 誰を? という視線が、一気に集まる。とろ~んとした目ばっかりだ。
 そして、それらの目が大きく見開かれていくのがなんだか気恥ずかしくて、私は目を逸らしながら一言だけ発した。
「ど、どうも」
 わっ、と声が上がる。
 めいめいに車座になっている連中をすり抜けて、部屋の中央へと手を引かれる。
 右から左から後ろから、言葉が投げかけられる。中には私を誘った連中も揃っていた。
「あ~! おねえさん、私の誘いは蹴ったくせに、なんで!? お尻まで蹴られて弾幕で追い回されたのに、ヒドイ!!」
「あ、霊夢さんっ。も、もしかして昨日お賽銭入れなかったから追いかけてきたわけじゃないですよね、違いますよね?」
「いやはや結局、咲夜さんには怒られちゃいましたけど、やっぱり噂通り暖かくて良いですねぇ。ここでも外で門番してろって言われなくて良かったですよ、ホント」
「れ、霊夢さん。相変わらず私、今日ここを出ても寝るところが無いんです……い、一日で良いですから、博麗神社に泊めてもらえませんかっ?」
「ぬくいわー」
「ミカンうまー」
「神だ! 二人目の神が降臨なされた! 崇めよ我らが神々をぉ~!!」
「ゆ、紫様、失礼ですってばそういうの!」
 歓迎の声ばかりではないけれど、それでも場の空気は色んな意味で暖かいままだった。アリスも奥の方から、微笑みを送ってくれる。
 そこへ、この場の主役(のはず)である緑髪の乙女が駆け寄ってくる。
「霊夢さん! ようこそいらっしゃいました!」
「あ、早苗。突然ごめんなさい。お邪魔します」
「いえいえ、ぜひ来て欲しかったんです。大歓迎ですよっ」
 ニコニコと人当たりの良い笑顔を向けてくる。一応、来た目的としては文句を言いに来たのもあるのだが、この邪気の無さを見ては言いづらい。
(まぁ、神奈子に言えば良いか)
 と思いつつ、導かれてコタツに入る。部屋の中央に鎮座ましましていて、まるで御神体だ。
 と、そこには御神体どころか、しめ縄まで着けた本物の神様が。
「よう、巫女じゃないか」
「……ふん。随分とご盛況じゃない」
「まぁな。お陰さまで、ってやつだ」
 皮肉も通じない。泰然とした態度は流石だけれど、それで萎縮する私じゃない。更に言ってやろうと寄っていく。
 が、次の一言を発する前に、神奈子は顔ほどもある大きさの盃をぐいっと干して私に差し出してくる。
「ま、ま、駆けつけ一杯」
「……頂くわ」
 ま、まだ懐柔されたわけじゃないんだからっ。これを飲んだら、こてんこてんに言ってやるんだからね!
「……っとっとっとぉ。こんくらいかい?」
「ん、ありがと」
「よし。じゃあ、早苗」
「はい」
 横に控えていた早苗に、神奈子が何かを示唆する。
「えーと、皆さん。お飲み物はありますか?」
『は~い!!』
「それでは、霊夢さんも来たことですし、改めて……皆さんのご健勝とご多幸を祝いまして、カンパーイ!」
『カンパーイ!!』
「か、かんぱーい……」
 完全に出来上がっている面々に気後れしながらも、私も盃を傾ける。
「――あら、美味し。って、神奈子、これ卵酒じゃない!!」
「あん? そうだけど?」
「そうだけどって……」
「誰かから聞いてないか? ここは風邪をひかぬようにと風の神様を崇める場だ。ただただ酒を飲むんじゃ芸がないだろう。帰り際に冷えても良くないしな」
「酔っ払うくらいに飲むんじゃ意味ないんじゃないかしら」
「それはそれ、だ」
 にやりと笑う神奈子。何か企んでいそうな笑顔だ。でも、何か企んでいるのは確かだろうが、害の無さそうな笑顔でもある。
 こんな評価は、あくまでただの勘だが。
 ――それでも、この類の勘は働く方だと思う。
「……もう一杯、頂くわ」
「はいよ」
 懐柔された訳でもないけど、警戒は解かないけど、信用もしないけど。
 暖かくて、みんながワイワイやってて、居心地がいい。この場所の魅力だけは、認めてやっても良いかもしれない。
 コタツ布団も、悔しいけれど分厚かった。


「あ~、けっこう飲んだわ。卵酒ってお腹に溜まるわねぇ。っていうか、今更ツッコむけど、卵酒ってアルコール飛ばした方が美味しいわよ」
「知ってるよ。でも、酒じゃないとみんな納得しないだろ?」
「まぁね」
 そんな言葉を神奈子と交わす。
 ちなみに、今コタツの四辺に座っているのは、私と神奈子、それに魔理沙と美鈴だ。私と美鈴がお初で、魔理沙は私を連れてきた権利で座っている。神奈子はおそらく、一人だけ定位置なのだろう。
 ……座っているというか、魔理沙も美鈴も既にぐでんぐでんだ。流石にコタツは酒の回りが早くて、私も結構危ない。
「霊夢さん、おみかん足りてますか?」
 早苗が後ろから声を掛けてくる。
「大丈夫よ。――ていうか、早苗だけ働かせて悪いわね」
「いいえ、信者の方々を大事にするのも務めの内ですから」
 そう言って、汚れの無い笑顔を向けてくる。私のことを信者と呼ぶのは止めてほしいが、その姿勢には頭が下がる。
 私だったら、転がってる連中を蹴飛ばして働かせるのに。神奈子も纏めてだ。
「あんたもコタツ、入ったら?」
「いえいえ、動いてるからけっこう暖かいんですよ?」
 腕を曲げて、なけなしの力こぶを見せてくる。
 ――それを見上げると、同時に自然と早苗の脇が目に入る。白くてムダ毛など生えた様子の無い、綺麗な窪地。
「……? どうしました?」
 一瞬、目を奪われてしまい、慌てて誤魔化す。
「い、いや、別に」
「そうですか? あ、お酒のおかわり、お持ちしますね」
「あ、うん。ありがと……」
 数本の徳利を盆に載せ部屋の外へ出て行く早苗を目で追う。暗がりに消えていく早苗の、脇の白さだけが最後まで消えなかった。
「……」
「……」
「……? うわぁ!!」
「え? なぁに?」
 早苗の消えた先をぼんやり見ていたら、いつの間にか真横に紫の顔があった。
 驚いた私に、とぼけた顔で――蕩けた顔で、尋ねてくる。
「なぁにも何も、驚かせないでよ!」
「あら、ごめんなさい」
 ふふふと笑う。やけに声が高いし、かなり酔っ払っているように見える。
 そういえば、いつの間にやら私の後ろに座っていた気がする。他の連中は散らばって飲んで、既に半数が寝こけているのに。
 ――しまった。そういえば、あの妖しくて怪しい発言の真意も分からないのに、警戒を怠っていた。今更だが、意識の外で聞いていた彼女の行動を思い出してみる。
(そうだ、確か随分と頻繁に早苗を呼びつけていた)
(そう、そうだ。紫の後ろには常に大勢の人間の男たちが控えていた)
(それで、早苗が通るたびに全員が目線で追って……)
 ぞくり。
 背筋に寒気が走る。バッと振り向けば、慌てて視線を逸らす男たち。
(見られていた? 私も……?)
 コタツに深く入りなおすと、気付いてみればあからさまなほどに、背中に視線が集まっているのを感じる。
(気味悪いわね。全員吹っ飛ばすのは簡単だけど――)
 ちらりと紫の様子を窺う。何やらそわそわと、早苗の出て行った方向を見続けている。
 と、
「ところで巫女。どうだい、最近の調子のほどは?」
 横合いから神奈子が話しかけてきた。
 仕方なしに返事をする。紫の言葉の真相を見破らなきゃいけないってのに、全く。
「まぁ、そうね。健康よ、別にね」
 後ろの気配を探りながら言うと、
「そうかい、そりゃ良いことだ。去年は早苗が随分と酷い風邪を引いてね」
「は? 去年?」
「あぁ、そうだ。だから今年は対策を打って体調管理させているんだが」
「ふぅん。だからどうしたの?」
 私は、興味無さそうに返してやる。
 これで話を止めてくれたら良いのだけれど……幻想郷には基本的に身勝手な妖怪どもしか居ないので、その類の期待は通ったことがない。
「いやいや、分からないか? 早苗の格好なんて、風邪を引いて当然だろう?」
 逆に勢い込んで、こちらに顔を寄せてくる。
「そうかしら? 私だって似たようなもんだけど、病気なんてしばらく罹ってないわ」
「そう! それだ!!」
「な、何よ?」
「早苗とお前の共通点は、その巫女装束だろう? 知ってるか、早苗のは実はお前のを真似て造ったものなんだぞ。いつぞやの計画の前に、幻想郷の流儀に習おうってことで博麗神社を覗いてな。今となっては好きで着ているようだけれど」
「――覗かれてたって知って、気分が悪いわ」
 ぷいっと、神奈子から顔を逸らす。
「おや、それは異なことを。神なんてのは覗き見してなんぼだろう?」
「それはまぁ……そうかもね」
 向き直る。
 言われてみれば確かに。でも言い方が悪いので“見ていてくださる”とでも言うべきかしら。コイツに感謝なんかしてやしないけど。
「あ~、そう、それでだなぁ。どう考えても早苗が風邪をひいたのは、脇の空いた服のせいだろうと思ってさ」
「……否定はしないわ」
「だろう? それでも、服を変えさせるのもどうかなと思ってな。それでまぁ、こうしたわけだ」
「こう、って」
 部屋を見回す。
 暖かい部屋。卵酒。コタツにミカン。
 ――相変わらず、背中側に視線を感じる。
「引きこもるのが風邪対策ってわけ? 情けない話ね」
 ふと思ったけど、囲炉裏があるんだし、たまには空気を入れ替えてやらないといけないんじゃないかしら?
 でも、そんなことしたら総スカンを喰らいそうだし、まぁ大半は妖怪だから大丈夫かな。
「身体が慣らされない分だけ、出たときは余計に外の寒さにやられるわ。徒労ってやつね」
「いやいや、あくまで風神を祭って忌み風を払うためさ。……表向きはな」
「?」
 ニヤニヤと笑う神奈子。悪い感じはしないけれど、でもやはり、何かを企んでいる感じがする。悪巧みというよりは、サプライズを仕掛けているような、そんな感じ。
「表向きって?」
「裏があるってことさ」
「分かってるわよ。なんなのよ、裏は」
「あ~、待て待て。早苗が戻ってきたら分かるから……ほら、来るぞ」
 ざわり、と空気が蠢く。
 主に、私の背後で。
「!?」
 後ろを向くと、何故か紫とその他大勢が居住まいを正していた。
 あの紫が。幻想郷でも屈指の実力と影響力とを持ち、どこにでも現れ、全てを見ているとすら思わせる大妖怪が。
 背筋を伸ばし正座で、飲みかけの酒も横に置いて手を揃え、真剣な表情で。目を凝らし、早苗が入ってくるであろう暗闇を凝視している。
 ちなみに、その横では藍が「やめましょうよ、そうゆうの! 逆に失礼ですって!」などと必死で裾を引っ張っている。涙目で。
「な、なによ、どうしたのよ?」
 つい、動揺した声が出てしまう。なんなのだ、急に。
 無意識のうちに玉串まで身構えてしまっていたが、彼女らの視線は微動だにしない。
 ――まさか、早苗を迎える為に? もしかしてさっきまでも、ざわめきに紛れて私が気付かなかっただけで、同じことをしていたのだろうか。
「……ぃむさ~ん、お待たせしました!」
 パタパタと小走りに、注目を浴びながら早苗が入ってきた。
 ……ん?
 いま、何かおかしかったような――。
「ちゃーんと温め直してきましたからね! あ、熱いかもしれないので気を付けて下さい。おみかんとお煎餅と、あと、とっておきのお饅頭ももってきました! あんまり数は無いですけど、けっこうみんな寝ちゃってますから起きてる人だけにですよ~」
 と、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる。
 その度に彼女の脇がすぐ前を通って、落ち着かない。というか、ドギマギしてしまう。
 思わず目を逸らし、ついでに後ろの様子を伺うと。紫とその他大勢が、深々と座礼をしていた。
 もしかすると、先ほどの態度といい、本当にこの連中は心の底から風神信仰に嵌ったということかもしれない。それならば良い、と私は思う。博麗神社の(潜在的な)信仰が減るのはともかく、今時の連中は神離れが過ぎるので、どんな神であれ信仰するのは好感が持てる。
 だが。
 やはり、何か違和感がある。
 土下座とも言い換えられるが、その姿勢を、全員の整った姿勢を見るにつけ、何かが――。
「あっ」
「はい? どうかしましたか、霊夢さん。あ、もしかしてこっちのちょっと大きいお饅頭が良かったですか? うふふ、じゃあ換えておきますね」
 何やら親切な勘違いをした早苗はともかく。
 私は気付いてしまった。一見、作法に則って神を敬っているかのような座礼だが、その中で――全員が首だけをギリギリ傾けて、何かを見ている!
(一体、何を……)
 その視線を追うと、
「霊夢さん、コタツの加減はいかがですか? もし熱かったら、冷たいお酒もご用意出来ますからね。外の寒いところに、瓶で置いて冷やしてあるんですよ~」
 早苗が居た。早苗を敬っているように見せかけながら、何故かギラギラとした目で下から見上げている。
(なに、これ。何なの……?)
 一種異様な光景に怖気が走る。
 早苗はそんな視線など慣れたものなのか、
「あ、霊夢さん! そろそろお腹空いてないですか? おうどん作ってきましょうか!」
 笑顔で提案してくる。
「さ、早苗。ちょ、ちょっとアレ――」
「え? あぁ、あの方々は特に熱心に信奉して下さっていまして、いつもあの様に礼を尽くして下さるんです。お陰さまで私の力も日に日に増していまして、きっと今年は幻想郷での風邪は少なくなるはずですよ!」
「そ、そう」
 嬉しそうに、大きな手振りを交えながら説明してくる早苗。すると、何やら背後からの視線の圧も増すのを感じる。
 そして、私は見抜いてしまう。
「おみかんも一杯食べてくれて嬉しいです! 皮、捨てておきますね。おうどんは暖かいのの方が良いですよね?」
 早苗が手を挙げたとき、そして手を伸ばした時に、特に視線が熱を帯びるということに。
 ――その幾筋もの視線が、早苗の脇に向かっているということに。
「じゃあ、少し待っていて下さいね!」
 嬉しそうに、跳ねるように部屋を出て行く。緑髪がふわりと浮いて、壁の影に消えていく。
 いつもいつも良くしてくれる。私としてはこんなに懐かれるようなことをした記憶は無いのだが、まぁ悪い気はしない。それに、そうでなくとも悪い子では無いのはとっくに分かっている。今回のことにしたって、彼女にしてみれば純粋に人々の為を思って風祝の役目を全うしているに違いないのだ。
 だというのに、そんな子に何をさせているのだ、こいつらは。
「ちょっと、神奈子! アンタねぇ……!」
「お、分かったか? 実はな、風神信仰で忌み風を防ぐと同時に、早苗自身の防御力もあげようと画策してな」
「は? 抵抗力じゃなくて、防御力? 何言ってんだか分からないけど、私が言いたいのは――」
「わきに結界を張らせるべきかと思ってな。信仰を集めたんだよ」
「……は?」
 一瞬、思考が止まる。
 なに言ってんの、コイツ?
「わきのしたの神様」
「え?」
「わきの神様」
「ん?」
「わき神様」
 ……
 ……
 ……脇神様?
「え~っと……」
「苦労したんだぞ。あの子に気付かれたら妙に恐縮されるだろうから、気付かれないように表向きの理由を用意して、場を作って人を集めて。勝手に仕送りをする親心みたいなもんだな。神通力を得る――まぁ、脇に意志があるわけでもないから、神物に成るような扱いだろうか――そこまでの信仰を集めるのは大変だったよ。妖怪どもは興味が無いだろうから、里から男どもを呼びつけてな。これが正解で、熱心に参じて拝んで奉じてくれるもんだから、お陰でこの人数でも目的が達成出来た。いやぁ、有難いね」
「……」
 そう、早苗が部屋に戻ってきたときの違和感。
 暗闇の中で、何故か脇が白すぎたこと。
 ――光っていた。脇が。何故か。
「ば」
 っかじゃないの! と言う前に、神奈子が言葉を続けた。
「それでな、このご利益が考えてみれば早苗一人に当てはまるもんでも無いなと思っていたんだ。私も神として、この場所に来るだけで救われるはずの誰かさんを見過ごせなくてな。なぁに、誰がどう思っていようと福や益を授けるのが神の役目で、授けることによって信仰を集めるのも営業の一つさ。信仰を集めるに相応しい美しい脇。輝かしい脇。守られるべき脇。――お前だ、霊夢。感謝しろよ」
「……」
 それを聞いて私は、黙ってしばらく神奈子を睨む。
 じーっと。
 そしておもむろに右手を挙げ、己の脇を覗き込む。
 じーっと、眺める。
 まぁ、見慣れた脇で、見飽きた脇だけれど。よくよく、よぅく、見てみると。
 ……うっすらと、光っていた。
「い」
「ん、なんだ。感謝なら要らんぞ、神の気まぐれってやつだ。感謝しろ」
 どっちよ。
 満足気な神奈子。サプライズが成功したかのようなそのドヤ顔を。
 そして、背後からの視線を。背後からの、私の一箇所に、いや二箇所に集まる視線を。
 魔理沙と美鈴、分厚いコタツ布団、寝こけている他の連中も、うどんもミカンもまんじゅうも熱燗も全てを。
「い、い、いやぁーーーーーーーーーー!!!!!」
 全てを置き去りにして、私は逃げ出したのだった。


「はぁ、はぁ、ぜぃ、ぜぃ」
 ――これだから嫌なのだ。実在する神なんて最低だ。
 押し付けがましくて、世間知らず。
 それでいて実行力や実現力があるんだから始末に負えない。
 紫が言っていたことも、ようやっと分かった。早苗に二つ、私に二つ。四つになれば眼福って、本当に馬鹿にした話だ。
「はぁ、はぁ、ふぅ~~~っ」
 かなりの距離を一直線に飛んで、もう博麗神社も間近だ。飛ぶのはともかく、守矢で玄関までを全力で駆け抜けたせいで息が切れていたが、それもなんとか落ち着いてきた。
「はぁ。早苗に悪いことしちゃったかしら」
 何も言わずに出てきてしまったし、あとうどんも食べ損ねた。
 あ~でもそれ以上に、あの環境から助けてあげたい。
 けど、あの視線にまた晒されるのも嫌だしなぁ。
 うんうんと悩みながら飛んでいると、
「お~ぅい、霊夢~ぅ」
「あら、魔理沙も出てきたの?」
「何言ってんだよ。お前の悲鳴で起こされて、何がなんだか分からないけど追ってきたんだぜ。どうしたんだよ?」
 魔理沙がいつもの如く、箒に乗ってふわふわと寄ってきた。
「それがね――」
 あの場所の裏の事実を説明して聞かせる。すると、
「あぁ、言ってなかったっけ?」
「はぁ? 知ってたの!?」
「もちろんだぜ。まぁ、私は流石に早苗の脇の為に通ってるわけじゃあないけどな」
「あっきれた! あんなのが罷り通ってるなんて!」
 本当に馬鹿げた話だ。親心(神心?)じゃ済まされないわ、全く。
 見世物にしてるようなものじゃない!
「お、気に食わなかったか? でも、いつも見てて心配だったんだぜ。冬場に太もも出してる連中見ても同じだけど、寒そうでな」
「気に食うわけないじゃない。あんな汚らわしい視線に晒されて」
「けど、博麗神社は中に居ても寒いだろ?」
「寒くなんて! ……まぁ、あるけど」
 守谷の暖かさを体験した後だと、流石にそう感じてしまうかもしれない。
 あそこは本当に暖かかった。しかも至れり尽くせりで、動かなくても酒は飲めるしみかんは出てくるし。こたつってのはみかんが無くなった時に取りに行くのが億劫なのだ。それが無いというだけでもう……。
 おっと、いけないいけない。あんなところに戻るのはゴメンだわ。どれだけ暖かくてもね!!
「あ、しばらく居たし、もしかするともう充分に信仰が集まってるかもしれないぜ」
「え」
「そしたら、もう行かなくても自動的に結界が張られてくれて、寒くないらしいじゃないか。あそこに居た連中が早苗を崇め奉った分の幾らかが、勝手に霊夢に送られて護ってくれるってことだ。便利じゃないか」
「ちょ、ちょっと待って。ていうことは……」
 私は、恐る恐る自分の脇を覗き込む。
 白日の下に晒された脇。我ながら、早苗のものに勝るとも劣らない、美しい窪地。骨ではなく、筋肉と脂肪のみが描く緩やかな曲線。アイスクリームのような、束ねた絹糸のような、大理石のような、そんな脇。……褒めすぎだろうか。
 ともかく、そんな己の脇に、手をかざして影をつくってみる。
 と。
 ――未だに、ほんのりと光っていた。
「もう、いやぁーーーーー!!!」


 そうして博麗神社に飛び込んだ私。
 布団を被って寝込んで一日。
 お風呂で洗い続けてもう一日。
 ――キレて守矢神社に襲撃したのが、それから三日目のことだった。
霊夢の襲撃に、紫が初めて本気で応戦。でも、己の脇を人質(?)にした戦略で倒す。みたいな。

 “風”と“風邪”から膨らませてみました。風といえば早苗。早苗といえば脇。脇と風邪。
 早苗さんは視線には気付いているんでしょうけど、まぁそっち方面には鈍いんでしょうね、たぶん。「皆さん熱心ですね」って、微笑む感じ。そういうことにしときましょう。
 黒板的なものを使って早苗が風邪対策について講義してくれても、集中出来ないだろうなぁ。もう、チラチラ見ちゃう。
筺咲 月彦
[email protected]
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コメント



0.220簡易評価
1.90名前が無い程度の能力削除
好きいられ
うん、まあ、信仰しますよね。脇。もっと他に見るべきところがあるだろうとは思いますが。
3.70非現実世界に棲む者削除
華仙の名前が漫画のタイトルになってます。

まあ一応理にかなっているとは思うが、何だか不気味だな...
5.90名前が無い程度の能力削除
光ってると匂って見える
でも美少女の腋は興奮します
6.100名前が無い程度の能力削除
こちらの紫様とは良い酒が飲めそうだ。
8.80奇声を発する程度の能力削除
良いですね
9.80名前が無い程度の能力削除
おせっかいなお隣のおばちゃんって感じですね…
早苗さんなら仮にばれてもちょと怒るくらいで済ませてくれそう
12.80とーなす削除
神子も入れればさらに腋が増えるな……完全に宗教が違うけど。