※当作品はシリーズ物の第2話に当たります。
「夏祭り?」
読書に没頭していた霖之助は、億劫そうな声を出すと同時に、手元の本から顔を起こした。
彼の対面――カウンターを挟んだ向こう側では、三人の少女が身を乗り出すような体勢で瞳をキラキラと輝かせている。
「今日の夕方から博麗神社でお祭りがあるんだって!」
「ねぇいいでしょ? どうせ暇なんだし、皆で行こうよ!」
縋るような目付きで懇願するフランドールとこいし。
常人相手ならば一も二もなく陥落させてしまうであろう、そんな穢れなき二対の視線で見つめられた霖之助は、
「悪いが、僕は人ごみが苦手なんでね。三人で行ってくるといい」
まるで動じることなく、バッサリと切り捨てた。
「ま、そう言うだろうとは思ってたけどね」
やれやれと言わんばかりに、ぬえは両手を上げて呆れ顔を見せている。
その言動から察するに、霖之助がこういった反応を示すであろうことは予測済みだったのだろう。
なにせ彼は、一部の連中から『動かない古道具屋』などと揶揄されているほどだ。
そんな人物が、美少女二人に懇願されたくらいで重い腰を上げるとは到底思えない。
「むぅ~……お兄さんのケチ! 根暗! 引き篭もり!」
「何とでも言うがいい」
こいしからどれだけ罵声を浴びせられても、霖之助の涼しげな表情が崩れることはなかった。
『動かない古道具屋』の名は伊達ではない、と言ったところか。
「そもそも、何で僕が一緒に行かなければならないんだ? 僕がいなくとも祭りは楽しめるだろうに」
「それは、そうだけど……」
霖之助の正論を受けて、ほんの一瞬こいしの勢いが削がれたが、すぐにまた元の調子を取り戻すと、
「でも、お兄さんが一緒だともっと楽しいもの!」
恥ずかしげも無く、堂々と言い放った。
これにはさすがの霖之助も毒気を抜かれたのか、ポカンとした表情で固まってしまっている。
そんな彼の様子を見逃さなかったフランドールとぬえは、今が勝機とでも言わんばかりに追撃を試みた。
「いいじゃない、夏祭りぐらい。年に一度しかないイベントなんだから」
「それに、お姉さまから言われてるの。『香霖堂の店主が同行するんだったら、夏祭りに行ってもいいわよ』って。
だから私、おにーさんが一緒じゃないとお祭りに行けないよ……」
ぬえの言い分はともかくとして、フランドールのそれは最早脅迫に近い。
本人にその自覚はないのだろうが、そんな話を聞かされてしまっては断るに断れないだろう。
「……はぁ、今回だけだからな」
少女たちの説得および懇願の末、
ここに『動かない古道具屋』は陥落した。
◇ ◇ ◇
「わぁ……!!」
神社に着いて開口一番、境内に広がる光景を目の当たりにしたフランドールが歓声を上げた。
夜の闇を押し退けんばかりに煌く無数の照明、遥か遠方まで響き渡る力強い太鼓の音、行きかう人々の顔に浮かぶ幸せそうな表情。
生まれて初めて祭りに訪れたフランドールにとって、そのどれもが筆舌に尽くしがたい輝きを放って見えたのだ。
「すごい……お祭りってすごいね!」
あまりの壮観に圧倒されているのか、フランドールの口からは「すごい」という語彙に貧した感想しか出てこない。
しかしそんな様子が逆に、彼女がいかに感動に打ち震えているのかを物語っていた。
「確かに凄い盛況ぶりだが、そこまで感動するようなことかい?」
「だって、こんなに大勢の人や妖怪が集まっているところを見るなんて、初めてなんだもの」
「……そうかい」
邪気の欠片も存在しない笑顔でそう返され、霖之助は己の無粋な発言を悔やんだ。
“価値観”というものは、人によって大いに異なる。
育った環境、過ごした年月、その過程で味わった経験……
そういった諸般の要素が折り重なって、人の価値観は構築されていくものだ。
しかしフランドールの場合、その“諸般の要素”が著しく欠けている。
館の中に閉じこもり、外の世界から完全に隔離された『環境』
そんな環境に置かれていたからこそ、圧倒的に不足している『経験』
生きてきた『年月』こそ500年近くに達してはいるが、その中身はまるでスカスカで、空虚と言ってしまって差し支えのないものだ。
“量はあっても質がない”
フランドールの人生を一言で言い表すなら、そんな言葉が的確だろう――
「おにーさん?」
「……ん、ああ、どうかしたかい?」
「ボーッとしてないで早く行こうよ。こいしちゃんもぬえちゃんも先に行っちゃったよ?」
思考の淵に浸っていた霖之助の意識が、現実世界へと引き戻される。
慌てて周囲を見回すが、フランドールの言ったとおり、こいしとぬえの姿が付近に見当たらない。
会場に着いて早々はぐれてしまったか……と、前途を危惧する霖之助だったが、
「おーい! フランちゃんもお兄さんも、早くおいでよー!」
「いつまでもそんな所に突っ立てると置いてくわよー!」
声に顔を起こし、前方を見遣る。
すると10メートルほど先の雑踏の中に、問題児2名の姿を発見した。
二人は身振り手振りを交えながら、霖之助とフランドールのことを急かすように呼んでいる。
(まったく……こうして一緒に来た以上は、勝手に動き回らないでほしいものだ)
もし万が一、彼女らが自由気ままに行動を起こし、その結果何らかの事件・事故が起こってしまったら……
恐らくは霖之助が、その責任を問われるに違いない。非常に理不尽な話ではあるが、だ。
(少なくとも、今この瞬間は保護者代役だからな……)
霖之助は気疲れするような思考を振り払い、側らに立つフランドールへと視線を向けた。
早く祭りの渦中に足を踏み入れたくて仕方がないのか、両手を胸元に寄せてウズウズとした動作を見せている。
傍から見ていて中々に面白い光景ではあるが、これ以上彼女を待たせるのはあまりにも酷というものだろう。
「……行こうか、フラン」
「うんっ!」
朗らかな返事をすると同時に、友人二人のもとへと元気一杯に駆け出していく。
霖之助はそんな彼女の後ろ姿を見て優しげに微笑むと、ゆっくりとした歩調でその後に続いた。
◆ ◆ ◆
(この空気も、随分と懐かしいな……)
霖之助は人の流れに沿って歩きながら、祭り独特の慌しくも華やかな雰囲気を味わっていた。
出不精である彼が夏祭りに参加するなど、随分と久々のことである。
最後に参加したのは、恐らく魔理沙がまだ幼かった頃……
(たしかあの時も、祭りに連れて行ってくれと魔理沙にせがまれて、渋々同行したんだったか……)
あれから10年近くが経過し、魔理沙も立派に(?)成長した。
もう子守に手を焼くことも無いだろうと、そう思っていた霖之助であったが――
「ねえねえ、まずはどのお店にするの?」
「私、チョコバナナが食べたい!」
「うーん……まだお腹も空いてないし、食べ物系は後にしない?」
――だというのに、この現状である。
(……僕はこういう星の下に生まれたのかもしれないな)
今も昔も、お転婆な少女たちに振り回される日々。
子供どころか弟妹すらいないというのに、気付けば子供の扱いに慣れてしまっている自分がいる。
霖之助はそのことが、なぜだか無性に虚しく感じられた。
と、その時。
「そこの四人! 良かったら、うちの店で遊んでいってよ!」
どの店に行くか決めかねていた霖之助たち一行に、近くの露店から声が掛かる。
その呼びかけに反応して霖之助が振り向いたところ、そこには彼の見知った人物の姿があった。
「あれ? 誰かと思えば香霖堂じゃない。そんなに幼女を伴ってどうしたの?」
「露骨な言い回しはやめてください、洩矢様」
あどけない顔の節々から腹黒いオーラが垣間見えるこの少女、名を洩矢諏訪子という。
外見こそフランドールたちと大差の無い――要するに、年端もいかない容姿をしている彼女だが、こう見えてかなり高名な神様なのだ。
霖之助が口調を敬語に切り替えたのも、当然の理と言えよう。
「貴女もこの祭りに出店していたんですね」
「正確に言えば、私個人じゃなくて守矢神社の出店だけどねー」
博麗神社で行われる祭りに守矢神社が店を出す、という点に些か疑問を感じなくもない。
が、この幻想郷でそのような瑣末なことを気に掛けていても仕方がない。現にこうして店を出しているのだから、何の問題も無いのだろう。
……まさか無許可ということはないはずだ、多分。
「守矢神社の出店ということは、他のお二人もこの会場に?」
「いんや、神奈子は留守番。さすがに二柱が揃って神社を空けるのはマズイからねえ。早苗は……あ、ちょうど戻ってきたみたい」
「諏訪子さま、お待たせしましたー……って、霖之助さんじゃないですか」
「こんばんは、早苗」
「あ、はい。こんばんは」
両手にりんご飴を持った早苗は、霖之助の挨拶に応じて軽く会釈する。
どうやら店番を諏訪子に任せ、その間に二人分のりんご飴を買いに行っていたらしい。
「あ、山の神社の巫女さんだ」
「げ、アンタは……」
「あら、こいしさんと……いつぞやのエイリアン!?」
「だから違うって言ってるでしょ! 私は鵺、れっきとした妖怪よ!」
「……まあ、今は祭りの最中ですし、そういうことにしておいてあげましょう」
「アンタ何なの? 何で上から目線なの? 私の言うことが理解できないの?」
どうやら三人は顔見知りだったらしく、和気藹々(?)とした盛り上がりを見せている。
こんなところでも『女三人寄れば姦しい』だ。
「ところで、霖之助さんもこの祭りに参加を?」
「まぁね。もっとも、今日は店側じゃなく客側だが」
「だったら、是非私たちの店で遊んでいってください!」
早苗は活き活きとした表情でそう言うと、自らの頭上に掛かっている暖簾を指差した。
そこには大きな黒文字で『わなげ』と書かれている。
「ねぇこいしちゃん、『わなげ』ってなぁに?」
「わなげっていうのはね、お互いに側面の鋭利な輪を投げ合い、どちらが先に相手の首を撥ねるかを競うゲームで……」
「物騒な出鱈目を吹き込まない! いい? わなげっていうのは――」
嘘八百を並べ立てるこいしに代わって、ぬえが輪投げの概要を説明していく。
世間知らずなフランドールが、こいしの語る出鱈目を信じ込んでしまったら大事だ。
それを阻止したぬえには、賛辞の言葉を送らねばなるまい。
「――って感じよ。分かった?」
「要するに、輪を景品に投げ入れればいいんだよね?」
「そーゆーこと。せっかくだし、1回だけやっていく?」
「うん! ぬえちゃんとこいしちゃんも一緒にやろうよ!」
「おっけー! 誰が一番遠くまで投げられるか競争ね!」
「そういうゲームじゃねぇから。ていうか、さっき私が説明したばっかじゃない!」
こいしのボケが発端となり、またしても会話が脱線してしまう。
このままでは埒が明かない――そう思った霖之助は、仕方なしに三人へと声を掛けた。
「ほらほら、いつまでも揉めてないで、いい加減始めたらどうだい?」
「「はーい」」
「ったく……こいしがボケたりするから、話が逸れちゃったじゃない」
「えー、ぬえが絡んできたんでしょ?」
「そこまでだ。そうやって揉めてばかりいると、他の屋台を回る時間が無くなってしまうよ」
祭りの閉幕が何時頃なのかは知り得ていないが、少なくとも深夜までには全ての露店が撤収してしまうはずだ。
日付が変わるまで、まだあと4時間以上残されてはいるが、時間を浪費しないに越したことは無いだろう。
「それじゃあ料金を頂きますね」
こいし、フランドール、ぬえの三人は、輪投げの金額分の硬貨を財布から取り出すと、順番に早苗へと手渡していく。
諏訪子はそれを確認すると、露店の奥に置かれた箱の中から輪投げに使用する輪を引っ張り出した。
「はいどうぞ。これが輪ね」
「ちょっと待て。……いや、待ってください」
思わず敬語が崩れかけた霖之助だったが、それも無理のないことだ。
何せ、たった今諏訪子が手渡そうとしている“輪”は……
「どう見ても鉄……ですよね?」
「? そうだよ?」
ふざけるな、と叫びそうになるのを必死に堪える霖之助。
客に鉄製の輪を使わせる輪投げ屋など、古今東西聞いたこともない。
「失礼ですが、そんな重そうなものをこの子たちが投げられるわけ――」
「えいっ!」
霖之助の言葉を遮るようなタイミングで掛け声が上がり、それに続いて何かが地にめり込むような、鈍重な音が鳴り響く。
「……こいし?」
「あー、外れちゃった」
若干気落ちしたように苦笑するこいし。
そんな彼女を尻目に、残る二人も鉄製の輪を片手で握り締めると、
「やぁっ!」
「よっ!」
手首のスナップだけを用いて、いとも容易く放り投げた。
鋼鉄のリングは緩やかな軌道を描きながら、目標の景品に向かって虚空を突き進む。
しかし、狙いが僅かに逸れたのか、2つの輪は標的の真横の地面へと激突し――
先ほどと同じように、その質量に見合った重低音を轟かせた。
「あーっ、惜しい!」
「一発目は皆外れかぁ」
「よし、もう1回!」
「………………」
「ね、何の問題も無いでしょ?」
「ええ、まあ……」
霖之助はうっかり失念していた。
彼女たちは三人が三人とも、人知を超えた存在――即ち、妖怪であるということを。
しかしながら、外見に幼さを残した少女たちが、その細腕で鉄の塊を軽々と操る光景は、誰がどう見ても異様であった。
「また外れたー!」
「結構難しいね、わなげって」
「残り1本ずつしか残ってないわね……」
輪を投げること自体には何の問題も無い三人だったが、どうやら狙いの精度はからっきしのようだ。
1発目、2発目と立て続けに外れを出し、残された輪はそれぞれ1つずつのみ。
「そうだ! おにーさんにやって貰おうよ!」
「え?」
「お兄さんお願い! 私、あのアクセサリーが欲しいの!」
「悪いが僕は遠慮して――」
「わ、私はあのブレスレットが欲しいんだけど……」
「いや、だから僕は……」
「霖之助さんのカッコいいところ、見てみたいなー」
「………………」
「男を見せな、香霖堂」
諏訪子がニヤニヤとした笑みを浮かべながら、霖之助の肩にポン、と手を置く。
いつの間にやら、彼の周囲には厳重な包囲網が完成していた。
「はい、どうぞ」
「頑張って、おにーさん!」
「頼んだわよ」
三人の少女が激励の言葉と共に、鉄の輪を霖之助に託していく。
1つ、2つ、3つと、手中の輪の数が増えるたび、ずしりとした重量感が彼の両腕を圧迫した。
(お、重い……)
実際に手に持って、初めて分かるその重量。
こんなに重たいものを、彼女たちは顔色一つ変えずに投擲していたのかと思うと、改めて種族の差を実感させられる霖之助であった。
(しかし、この鉄の輪……)
霖之助は、己が手の中に納まっている鉄の輪をまじまじと見つめる。
彼が持つ『未知のアイテムの名称と用途がわかる程度の能力』は、その輪に関する情報をはっきりと読み取っていた。
名称:洩矢の鉄の輪 用途:古の祭事で用いられる神具
(この神、神具を何てことに……!)
珍品逸品に目が無い霖之助にとって、この鉄の輪は並々ならぬ価値を持つ代物に思えた。
いや、実際に相当な価値があるはずだ。なにせ神具なのだから。
「おーい香霖堂、挑戦するなら早くしなよー」
かつて、彼女が治めていたという洩矢の王国。
その国の民たちが、神である諏訪子への畏敬と感謝、そして忠誠の証として作り上げ、献上した鉄製の輪。
神を奉る古代の祭儀において用いられた、由緒正しい神具が今はしかし、ただの輪投げの輪である。
「………………」
「? なにさ、そんな納得のいかないような顔して」
凡百に過ぎない霖之助の考えなど、神である諏訪子には到底理解できないだろう。
もう次から敬語を使うのはやめようか……などと、諏訪子に対する敬意やら何やらが薄れかけている霖之助であった。
(……ともあれ、今は輪投げに集中すべきか)
正直な話、霖之助としては輪投げの景品よりも、この輪そのものを景品としてお持ち帰りしたいぐらいであったが、
「ファイトー、お兄さーん!」
「頑張ってー!」
「外したら承知しないわよー!」
……こんな声援に囲まれてしまったら、やる気を出さざるを得ない。
「仕方ない……ここは一つ、いいところを見せるとしよう」
男、森近霖之助。
少女たちの期待に応えるため……彼の挑戦が今、幕を開けた――
◆ ◆ ◆
「はい、残念賞ね」
「くっ…………!」
結局、霖之助の挑戦は敗北に終わった。
自らの輪を託した少女たちは、非難めいた視線を彼へと向ける。
「はぁ、がっかり」
「し、仕方ないよ……ね、おにーさん?」
「期待外れね」
数分前の熱い声援とは打って変わって、今や彼女たちから浴びせられるのは冷ややかな視線と哀れみの言葉だけだ。
いくらなんでも、酷すぎる仕打ちである。
「僕に輪を投げさせたのは君たちだろう。そこまで責められる覚えはないんだがね」
青筋が浮かび上がりそうになるのを抑えつつ、霖之助は至って大人な対応を見せる。
魔理沙や霊夢の傍若無人な振る舞いによって鍛えられた我慢強さが、こんなところで活きるとは……彼自身、思ってもいなかっただろう。
「『ここは一つ、いいところを見せるとしよう』だってさ。ぷっ……!」
「語尾に“キリッ”っていう効果音が付きそうなぐらい、自信あり気な表情でしたよね」
「少し黙ってくれないか」
不愉快なことをのたまう邪神と小娘を意識から除外し、霖之助は三人の少女へと向き直る。
たかが輪投げとはいえ、期待に応えられなかったのは事実である以上、何の侘びも無しというわけにもいかない。
「すまない、僕の力が及ばずに……」
「いいよいいよ、所詮はゲームなんだし」
「私は気にしてないよ、おにーさん」
「ま、しょうがないか。次行きましょ、次」
ものの十数秒前まで失意を露わにしていた三人だったが、それもすっかり何処かへと消え去ってしまったらしい。
子供の心とは移り変わりが激しいものである。あるいは女の心が、かもしれない。
「ねえ、次は金魚掬いにしない? でもって……そこで私と勝負よ、ぬえ!」
「いきなり何を言い出すかと思えば……望むところよ!」
「それじゃあバイバイ、蛙の神様と巫女のお姉さん」
「はい、さようなら」
「楽しんできなよー。香霖堂も、次こそはいいところを見せられるといいねぇ、え?」
「精々頑張らせていただきますよ。では、僕たちはこれで」
銘銘が別れの台詞を告げ、霖之助たち一行は輪投げ屋を後にする。
少女たちは我先にと次の屋台を目指し、霖之助はその姿を見失わないように、大きな歩幅で彼女たちの跡を追った。
「フランちゃんも勝負しない? 誰が一番多く掬えるかってことで」
「どうしようかな……『きんぎょすくい』っていうのをよく知らないし、やるのも初めてだから……」
「ルールなんて簡単よ簡単。何なら、私がまた教えてあげよっか?」
「あっ、ずるーい! 今度は私がフランちゃんに教えてあげる番なのー!」
「アンタは適当なことしか言わないから駄目よ」
「ぬえのケチ! 聞いてよフランちゃん、ぬえが私に意地悪するのよ!」
「えっ、ええと……」
「何よその言い方! フラン、こいしの言うことなんて真に受けちゃ駄目よ。私はアンタのためを思って――」
「と言いつつ、本当はフランちゃんに感謝されたいだけなのであった」
「なっ……! こ、この……こいしぃぃぃぃぃぃぃっ!!!」
「暴力はんたーい。決着は金魚掬いで着けましょ!」
「くっ……! 今に見てなさいよ、ぎゃふんと言わせてやるんだから!」
「ふ、二人とも、仲良く遊ばなきゃ駄目だよ?」
ぎゃーぎゃーと喚きながら、人ごみを掻き分けるようにして遠ざかっていく三人の少女。
そんな彼女たちの後ろ姿を、早苗はただぼんやりと眺め続けていた。
「………………」
「……さーなーえっ!」
「はっ、はい?! 何でしょう、諏訪子さま」
「ボーッとしちゃって、一体どうしたのさ」
「いえ、別に大したことでは……」
言いながら、早苗は再び三人の方へと視線を向ける。
そんな彼女を見た諏訪子は、その表情から笑みを消すと、静かな声で問いかけた。
「……外の世界が懐かしい?」
「…………っ! い、いえっ、決してそんなことは……」
頭を振って諏訪子の発言を否定する早苗だったが、それが虚勢であることは誰がどう見ても明白だ。
その証拠に、彼女の瞳には物憂げな色がはっきりと浮かんでいる。
「無理しなくてもいいよ。……友達のことを思い出してたんでしょ?」
「…………はい」
早苗の脳裏によみがえるのは、幻想郷に来る以前、外の世界で生活していた頃の記憶。
自分も昔、仲の良い友人たちと連れ立って、ああして祭りの露店を巡り歩いたものだ――
「あの子たちを見ていたら、外の世界にいる皆のことを思い出してしまって……」
外の世界とも繋がっているであろう、広大な夜空を見上げながらポツリと呟く。
諏訪子はそんな早苗の姿を無言で見つめていたが、やがて何かを口にしようとしたところで、
「お、早苗と諏訪子じゃないか」
「あら、ほんと」
別の方角から、そんな声が投げ掛けられた。
「魔理沙さん? それに霊夢さんも」
「なんだ、守矢神社も出店してたのか?」
「あー……そういえば、出店の許可を貰いに来てたっけ」
二人して祭りを回っていたのか、霊夢の手には焼きトウモロコシ、魔理沙の手にはヨーヨー風船といった、祭りの代名詞とも言える品々が見受けられる。
魔理沙はともかく、この神社の管理者兼祭りの責任者でもある霊夢が、一般来場客に交じって遊び呆けていてもいいのだろうか?
「別に遊んでるわけじゃ……はむっ、んぐ……ないわよ?」
「まだ何も言ってませんよ。あと話の途中でトウモロコシを頬張らないでください」
「仕事が一段落して時間が空いたから、見回りも兼ねて露店を回ってたの」
「で、私はその付き添いってわけだ」
「別に頼んだ覚えは無いけどね」
「おいおい、ひどい言いぐさだな。一人で回るのは寂しいだろうと思って、こうして付き合ってやってるっていうのに」
魔理沙は片手でヨーヨーを玩びながら、苦笑交じりに不満を垂れた。
一方の霊夢はといえば、素知らぬ顔でトウモロコシを味わい続けている。
「そうだ! 良かったらお二人もどうです? 輪投げ」
「輪投げってお前……その鉄の輪でか?」
「ええ、先ほども四人連れの方々が挑戦していかれましたよ」
「よっぽど酔狂な人たちだったのね」
「だな」
どこの誰かも分からない人物のことを、平気な顔で酔狂呼ばわりする霊夢と魔理沙。
その酔狂人が、まさか霖之助のことであるなどと、彼女たちが知る由もない。
「悪いが私はパスだ。こんなものを投げてたら手首を痛めちまう」
「そうね、私もやめとくわ」
「そうですか……残念です」
「そんなに気落ちされてもな……そうだ! 良かったらお前も一緒に祭りを回らないか?」
「えっ、一緒に……ですか?」
突然の誘いに、早苗は困惑した表情を浮べる。
魔理沙はそう言ってくれているが、霊夢の方はどうだか分からない……と、視線を彷徨わせる早苗だったが、
「私は別に構わないわよ。もちろん、無理にとは言わないけど」
「ほら、霊夢もこう言ってることだしさ」
「ですが、私には店番が……」
早苗はこの祭りに出店側として参加している身だ。
店をほったらかしにして遊び回ることなど、できようはずが――
「行ってきなよ」
「諏訪子さま……ですが――」
「店番なら私一人で十分だよ。それに、せっかくの誘いを断っちゃ悪いでしょ?」
逡巡する早苗の背中を、諏訪子がそっと優しく後押しする。
魔理沙たちの誘いを受けるべきか受けざるべきか、随分と迷いあぐねていた早苗だったが、諏訪子のその言葉でようやく決心が着いたらしい。
「それでは申し訳ありませんが……店番をお願いします」
「いいっていいって、思う存分楽しんできなさい」
諏訪子は軽い口調でそう告げると、手を振って早苗を送り出す。
早苗はもう一度、諏訪子に向けてぺこりと頭を下げると、霊夢と魔理沙の元へ駆け寄っていった。
「で、次はどこに行くんだ?」
「そうねぇ……クレープなんてどう?」
「あ、いいですねそれ。私も久々に食べたいです!」
「早苗はともかく霊夢、お前さっきから食ってばっかりじゃないか……太るぞ?」
「平気よ。私、太らない体質だから」
「私は奇跡で何とかします」
「お前らなぁ……」
「甘いものは別腹ってよく言うじゃないですか。だからきっと大丈夫ですよ」
「そうそう。何なら私と早苗の二人だけで行ってくるから、その間魔理沙は盆踊りでもして脂肪を燃焼させてなさい」
「じゃあ行きましょうか、霊夢さん」
「あっ、おい待てよ! 私だってクレープを食べたいぜ!」
わいわいと、きゃあきゃあと。
年頃の少女らしい他愛も無い歓談に花を咲かせながら、三人の少女は雑踏の中へと消えていく。
屋台に一人残された諏訪子は、そんな彼女たちの姿が完全に見えなくなるまで見送った後、
「……あの子はもう大丈夫みたいだね、神奈子」
温かさに満ちた表情で、この場にはいない自らの友に向けて独白を漏らした。
◆ ◆ ◆
「そりゃっ!」
威勢のいい掛け声と共に、水飛沫が宙を舞う。
「はっ!」
目にも留まらぬ速さで振り下ろされた腕は、燕が急降下するような軌道で水面へと向かい、
「えーいっ!」
その手に握られたポイを、ことごとく粉砕させた。
「あーもうっ、全然ダメじゃない!」
「あははは、難しいね、これ!」
「何でそんなに嬉しそうなのよ……言っとくけど、私たちさっきから一匹も掬えてないのよ?!」
いざ尋常に勝負!
……などと意気込んで挑戦したはいいものの、三人が片手に持つ椀の中には、未だに魚影の一つも確認できない。
これでは勝負以前の問題だ。
「ちょっと、お燐! このポイ脆すぎるんじゃないの?」
「いやいや、普通のポイですって」
そう言って、こいしの難癖を受け流したのは、金魚掬いの出店者である火焔猫燐だ。
こいしの身内にあたる彼女もまた、この祭りに出店側として参加していたらしい。
「ぐぬぬ……! もう一回よ!」
「なら私も!」
「私もやりたーい!」
「へい、まいど! お三方ともポイ追加ね」
すっかり熱が入ってしまった三人は、時間や残金も顧みず、挑戦を続行する。
開始前にこの金魚掬いを“勝負”と定めてしまった以上、ここで自分だけ降りることは敗北を意味するからだ。
「こうなったら掬った数じゃなく、一番最初に掬った人が勝ち、ってことでどう?」
「いいわよ、それで。……白蓮に貰った小遣いも、いい加減底を尽きそうだし……」
「お金ならまだいっぱいあるよ。お姉さまが奮発してくれたの!」
「くっ! この金持ち貴族が……!」
「そこの二人、揉めるなら後にしてよね。……それじゃあ第5回戦、よーい――スタート!」
「……しかし、地霊殿までもが出店しているとはね」
「いやぁ、この店はあくまであたい個人の出店だよ」
三人が金魚掬いに夢中になっているその側らで、霖之助と燐は世間話に耽っていた。
こいしを通じて面識のある二人だが、思えば1対1で直接会話するのはこれが初めてかもしれない。
「君個人の出店、ね……それは嘘だな」
「へぇ……どうしてそう思うのかな、お兄さん?」
「店を出す、などと簡単に言うが、そのためには相当な資金や下準備が必要だ」
参加枠の取り合い、景品や食料品の仕入れ、各種用具等の準備……
地霊殿のバックアップがあるならまだしも、一妖怪に過ぎない彼女がこれら全てを成し遂げることなど、到底不可能であるはずだ。
「いやぁー参った! 鋭いねぇ、お兄さん」
「ということは、やはり……」
「そうさ、表面上はあたい個人の出店ってことになってるけど、実際には地霊殿の出店だよ。資金はさとり様が用意してくれたし、準備は地底の皆で進めたんだ」
「なんでまた、そんな回りくどい真似を――」
そう言いかけたところで、霖之助の脳裏に一つの憶測が浮かび上がった。
(もしかして、そういうこと……なのか?)
確証は無い。
だが、他に考えられる理由も見当たらなかった。
「地上と地底の間で結ばれた、不可侵条約……」
地上の妖怪は地底に侵入することを許されず、その逆もまた然り――。
そんな条約が定められている中、堂々と『地霊殿』の名を掲げて地上の祭りに参加することなど、できようはずがない。
そんなことをして、もし誰かに「条約違反だ!」などと指摘されでもしたら、地霊殿全体、或いは地底の妖怪全体の責任が問われることとなるだろう。
「そうか……だから問題が大きくならないよう、君個人の出店という形にしているわけか……」
数百年以上も前に締結された取り決めが、今でもなお鎖となって、地上と地底を繋ぐ扉を硬く縛り付けている……
そのことを認識させられた霖之助が、こいしの境遇に思いを巡らせ、居た堪れない気持ちを抱いたところで、
「いや、全然違うよ」
と、燐からダメ出しを食らってしまった。
「昔はどうだったか知らないけど、今となってはそんな条約、あってないようなものだからねぇ」
「……ああ、そうかい」
「推測が外れたからって不貞腐れないでよ、お兄さん」
「別に不貞腐れてなどいない」
「はいはい、そういうことにしておくよ。……で、だ。今回あたいが地霊殿の名前を隠しているのには、もっと別の理由があるのさ」
「……別の理由?」
「そう、別の理由」
勿体ぶるような口調で言う燐に、霖之助は興味の色を隠しきれない。
燐は誰にも口外しないことを約束した上で、その“理由”の内容を霖之助に打ち明けた。
「あたいが地霊殿の名を隠して店を出している理由。それは――」
「それは……?」
「――こいし様を監視するためさ」
「……は?」
「いや、監視というよりは視察といったほうがいいかな」
「視察って、なんでまたそんなことを?」
「……さとり様に頼まれたからだよ」
古明地さとり。
地霊殿の主にして燐の飼い主――そして、こいしの実姉にあたる人物だ。
「さとりが君に命じたのか? こいしのことを監視……いや、視察してくるようにと」
「まぁ、そういうことだね」
「……分からないな」
そう、分からない。
さとりがそんな命令を下した理由。そして、その命令がどうして、燐が地霊殿の名を隠していることに繋がるのか……
理解できない点があまりにも多すぎる。
「こいしはフランと違って、今までずっと一人で外出を繰り返していたはずだ。それなのに、なぜ今さらになって行動を見張る必要が出てくる?」
「……それはね、お兄さん」
燐は僅かに目を伏せ――しかし、その顔に薄っすらと喜びの色を浮べると、
「こいし様に友達ができたからだよ」
「友達が……?」
こいしにできたという『友達』
それは間違いなく、フランドールとぬえのことだろう。
「こいし様が過去にどんな目に遭っているか、お兄さんは聞いたことがあるかい?」
「まぁ、大体は……」
霖之助は“古明地こいし”という少女の生い立ちについて、彼女の姉であるさとりから、それとなく聞き及んでいた。
こいしは昔から、大人しくて控えめな姉とは対照的に、とても明るい性格の子だったという。
彼女はその性格と持ち前の愛嬌で、容易に友達を作ることができた。
――しかし、その友人関係も長くは続かない。
こいしの能力を目の当たりにした途端、誰もが表情を変えて彼女の側から離れていく。
そして遠巻きに彼女を眺め、一様に心無い言葉を浴びせるのだ。
気味が悪い
この覗き魔
近寄らないで
「こいし様に友達ができたって聞いた時、さとり様は凄く喜んでた。その気持ちは今だって変わらない。……でもそれと同じくらい、恐れてもいるんだよ」
妹が、
妹がまた、昔のように友達から裏切られて、その心を深く傷付けてしまわないかと――
「だからさとり様は、こいし様が友達と上手く付き合えているかどうか、そしてその友達が信用に値するかどうか、知りたくなったんだ」
「それで君に、こいしたちの様子を見てくるようにと命じたわけか……」
姉として、妹のことを気遣うのは何らおかしいことではない。
少々過保護な気がしないでもないが、それもこいしの過去のことを思えば致し方ないだろう。
「だが、どうして店を出す必要があったんだ? ただ様子を見るだけなら、さとり本人が同行すれば良かったんじゃ……」
「そういうわけにもいかないのさ」
霖之助が抱いた疑問はしかし、燐によってあっさりと否定される。
「今日のこいし様は“友達”と祭りを楽しんでるんだ。そこにあたいやさとり様が入っていったんじゃ、水を差すことになるでしょ?」
こいしにとって、何百年ぶりかにできた友達。
そんな友達と過ごす掛け替えのない時間を、姉である自分が邪魔するわけにはいかない――
恐らく、さとりの心情はそんなところだろう。
「かといって、こっそり跡をつけるのは得策じゃない。こいし様はああ見えて鋭いから、尾行なんてまず成功しないよ」
「なるほど、それでこの屋台というわけか」
出店側として祭りに参加してしまえば、尾行などせずとも堂々とこいしの様子を見守ることができる。
わざわざ地霊殿の名前を隠しているのは、『あくまでこの出店は燐個人の要望である』とこいしに思わせ、さとりが関与していることを感付かせないためなのだろう。
「しかし、いくらなんでも気にしすぎじゃないか? こいしがそんな細かいことを気に掛けるとは思えないが……」
「あたいもそう思ったんだけど、さとり様ってば心配性だからさ」
「まったく困ったお人だよ」などと呆れ混じりに呟きながら、燐はその顔に苦笑を浮べている。
口ではそう言っているものの、彼女もこいしのことを真に案じているからこそ、こうして大掛かりな計画の実行役を担っているのだろう。
「まぁでも、残った金魚は全部貰えるっていう約束だし、悪い仕事じゃないかなー♪」
前言撤回。
どうやら彼女がこの役を担っているのには、他にも理由があるらしい。
彼女は猫で金魚は魚……そこから導き出される法則は、分かりやすいぐらい明白だ。
(これじゃあまるで、“金魚掬い”ではなく“金魚救い”だな)
すくわれなかった金魚がどうなるのか、あまり考えたくはない。
「ううう、また失敗かぁ……」
「ねぇ、ぬえちゃん。私そろそろ飽きてきたかも……」
「まだよ! 一匹も掬えずに引き下がれるわけないじゃない……っ!!」
霖之助と燐が会話している間に、こいし、フランドール、ぬえの三人は5つ目のポイを消費してしまったらしい。
他の屋台を回るための時間や、財布に残った残金のことも考えると、この辺りが引き際なのだろうが……
「ぬえの言う通りよ、フランちゃん。ここまで来たら掬えるまでやめられないわ!」
「けど……もう5回もやって一匹も取れてないんだよ?」
「それはそうかもしれないけど……」
意気消沈している彼女たちの姿を見てしまっては、「もう諦めて次の店に行こう」などと切り出せるはずもない。
となれば、霖之助が取るべき行動は既に決まったようなものだ。
彼は両袖を捲りながら、戦意を喪失しかけている三人の元に歩み寄ると、何とも頼もしい声でこう言い放った。
「――どれ、僕が代わりに掬ってあげようじゃないか」
「えー……お兄さんにできるの?」
「おにーさん、無理はしないほうがいいよ……?」
「悪いことは言わないから、黙って見てるべきなんじゃない?」
「燐、ポイを渡してくれ。今すぐに、早く! さあ!!」
男、森近霖之助。
今宵2回目の挑戦が今、幕を開ける――!
◆ ◆ ◆
楽しい時間というものは、当人の実感とは乖離して瞬く間に過ぎ去っていく――
夏の一夜を陽気に彩ったこの祭りも、気付けば終幕の時が間近に迫っていた。
「まさか本当に掬うとはねー。ちょっと見直したわ、霖之助」
「金魚掬いごときに敗北を喫する僕ではないさ」
ぬえからの賞賛を受けて、得意げに微笑む霖之助。
彼が片手にぶら下げている袋の中では、見事な紅白色に身を染めた金魚が一匹、ちょこまかと泳ぎまわっている。
「ねぇ、おにーさん」
「なんだい、フラン?」
「この金魚、どうするの?」
「……それを考えていなかったな」
掬ってしまった以上、この金魚は今や霖之助のものだ。
彼は少女たちに譲渡するつもりで金魚掬いに挑んだのだが、掬い得た金魚が一匹だけとなっては、三人で平等に分けることもできない。
(困ったな……こうなったらいっそ、川にでも逃がしてやるべきか?)
せっかく掬ったのにそれはどうかとも思えたが、他にいい案も思い浮かばない。
「この中の誰か一人にあげよう」などと言い出せば、三人で金魚を取り合って、喧嘩に発展する恐れもある。
そうなるくらいなら、この金魚は誰の手にも渡さず、野に帰してやったほうがいいのではないだろうか?
霖之助はそう思い、早速その提案を口にしようとしたところで、
「……ねぇ、皆で飼うっていうのはどう?」
こいしが先んじて、そんな提案を持ち出した。
「どういうこと? こいしちゃん」
「誰か一人が貰うとなると、どうしても不公平になっちゃうでしょ?」
「まぁ、そうね」
「この金魚は、お兄さんが私たち三人のために掬ってくれたわけだから、三人で協力して飼うべきだと思うの!」
「それはいい案だと思うけど……でも、どこで飼うっていうの?」
「もちろん、香霖堂でよ!」
「なんだって?」
それまで黙って耳を傾けていた霖之助も、さすがに今のは聞き捨てならない、と反応を示す。
ただでさえ狭苦しい店内が、金魚を飼育するためのスペースで更に圧迫されるなど、彼にしてみれば堪ったものではないだろう。
「香霖堂だったら三人で一緒に世話ができるし、そもそもこの金魚を掬ってくれたのはお兄さんだからね!」
「うん、そうしようよ! ね、ぬえちゃんもそう思うでしょ?」
「こいしにしては珍しくまともな意見ね。他にいい案も無いし、そういうことにしましょ」
「じゃあ香霖堂で飼うってことで、けってーい!」
「ちょっと待て」
香霖堂で飼いたいのならば、霖之助に伺いを立てるのが筋というものだろう。
それなのにこの三人ときたら、自分たちで勝手に話し合って、勝手に決め付けてしまっている。
確信犯だとしたら性質が悪いし、悪気が無いならそれはそれで教育の見直しが必要だ。
「勝手に決めてもらっては困る。僕はまだ『飼っていい』とは一言も言っていないんだが?」
「えっ……飼っちゃダメ、なの……?」
「別に駄目とは言っていないが……」
「じゃあいいのね! ありがとう、お兄さん!」
「いや、だから――」
独走を続けるこいしの思考に、霖之助が歯止めをかけようと口を開いた、その刹那――
大気を振るわせる轟音と共に、夜空に閃光が迸った。
「わぁ……!」
「おー……!」
「へえ……」
少女たちから、三者三様の歓声が沸き起こる。
真っ黒な夜空を艶やかに彩る花々。
それはこの祭りの終幕を飾る、盛大な打ち上げ花火であった。
(こればっかりは、何度見ても圧巻だな……)
赤、青、黄、緑と目まぐるしく変色する空を眺めながら、霖之助は感嘆の念に浸る。
夏を象徴する数ある風物詩の中でも、これほどまでに絢爛かつ雄大なものは、打ち上げ花火をおいて他に存在しないだろう。
「……ねぇ、みんな」
上方に視線を固定したまま、こいしが他の三人に向けて呼びかける。
「……また来年も、皆で来ようね」
普段の飄々とした彼女からは想像もできないような、強い意思の篭められた声。
その一言を受けて、フランドールとぬえの二人は、
「……うん」
「……約束するわ」
自らの言葉を一文字一文字噛み締めるようにして、力強く頷いた。
さて、
フランドールとぬえの二人は、こいしの呼びかけに応じた。
残るは、霖之助ただ一人。
「おにーさん……」
「霖之助……」
「………………」
懇願、期待、不安。
それらの感情が入り混じった三対の瞳に見つめられた霖之助は――
「……来年までに、四人分の浴衣を用意しておかないとな」
口元を軽く緩ませながら、静かにそう呟いた。
「……っ! お兄さん……!!」
「なっ、こい――?!」
歓喜のあまり、こいしが霖之助の胸元へと思い切り飛び込んでいく。
その瞬間、まるで少女と青年を祝福するかのようにして、一際大きな花火が夏の夜空に咲き誇った――
とても面白かったです
しかしこの店主、もてもてである。
3を楽しみにしてます。
それ以外は面白くて満足。
>47氏
そうなんですよね……
次回からはもっと分かりやすく書けるよう、工夫したいと思います。
>50氏
やってしまった……修正しておきます!
ご指摘ありがとうございました。
急かされる三人娘に服を引っ張られながら歩く霖之助とか想像すると絵になるなー。
霖之助最後の台詞がかっこいい。今回は少し大人し目の3人娘。次はまた騒がしくなるのかな?
ですが早苗のところやお燐のところが少し浮いて感じました。
でもいいなぁこういう情景。
貴重なご意見、ありがとうございます。
早苗の部分に関してですが、正直自分でも蛇足だったかな……とは薄々感じておりました。
お燐の部分は、こいしの素性を描写するために入れたのですが、少し脱線気味になってしまいましたね。
次からはその辺りを踏まえて、よりスマートな文章・展開になるよう心がけたいです。
シリーズの続きということからも、題名の名前からも、葉巻さんが誰に焦点を当てているのかは明白でしたので、
混乱することなく読み進められました。
いいなぁ。この4人組w
そう言って頂けると非常にありがたいです。
読了ありがとうございました!
これは魔理沙とかに見られてたら修羅場るか話のネタにされるかどっちかだな
それはそうと、こいしが自由すぎる、さすが無意識