今日は12月31日。つまり、大晦日ね。
辺りを見回すと、みんな忙しそうに歩いている人ばかり。
私、宇佐見蓮子は家に向かっている途中だったりする。
今日はバイトも学校もないし……
メリーとゆっくりとお正月を迎えるつもりなんだよね。
「ふぅ、それにしても寒いわねぇ。この寒さだと、雪が降るんじゃないかしら?」
曇っているし、可能性はありそう。
どうせ降るなら積もって欲しいものだけれど。
積もってくれたらメリーと一緒に雪だるまでも作るのにね。
と、その時、携帯が鳴った。
この着信音はメールじゃなくて電話ね。
「ああ、はいはい。ちょっと待ってなさいよ……」
えーと、確かポケットに……あったあった。
誰からかしらね? ……メリー?
「はいはい、どうかした?」
「ああ、蓮子? 今どこにいるのよ?」
「ちょっと近くのコンビニまで買い物に行っていたところ。今はその帰りね」
「私はもうあなたのアパートに着いたんだけど」
「あれ、もう着いたの?」
もうちょっとゆっくりしてても良かったのに。
「とりあえず、寒いから早く帰ってきてくれないかしら?」
「はいはい、急いで行くからちょっと待ってなさいね。
すぐ着くわ」
そこまで言って、電話を切る。
よし、急いで帰らないと。早くしないとメリーが凍えちゃうわ。
今いる場所から家までは……うん、急げば5分以内には着くわね。
さっき買ったものが詰まった袋を落としたりしないように気をつけて、駆け出した。
大通りから路地裏のほうに入る。
一本路地に入るだけで、かなり暗くなるわねぇ。
それでも明かりが全く無いわけじゃないけど。
……私が借りているアパートが見えてきた。
いい感じに安かったし、大学にもある程度近いところが気に入って借りたアパートだ。
ポケットから鍵を取り出しながら、階段を上る。
私の部屋の扉の前には白い息を吐き出しながら、手を温める少女が一人立っていた。
私が近づくと、少女がこちらを見て叫ぶ。
「もう、遅いわよ! 凍っちゃうところだったわ!」
「ごめんごめん」
私の無二の親友、マエリベリー・ハーンは腕を組んで立っていた。
わずかに頬を膨らませているところが可愛らしいわね。
よく見ると、頬は寒さのせいでわずかに赤くなっている。
メリーには悪いけど、もうちょっと放置して遠くから観察してみたいと思った。
手を温めたり、頬を赤くしたメリーが可愛かったんだもん。
「それにしても、何を買いに行っていたの?」
「ん、まぁ、お酒とかおつまみかな」
「……高かったんじゃない? 結構買ってるみたいだけど」
「もちろん高くついたわよ。後で半分払ってもらうからね?」
「はいはい、あなた一人に払わせる気も元から無いわよ」
立ち話もなんだし、中に入ることにしよっと。
鍵をドアに差し込んで回すと、カチャリという鍵の開く音が聞こえた。
「さ、入って入って。大したおもてなしは出来ないけれど」
「それじゃ、お邪魔するわね」
玄関のすぐ横にあるスイッチを押すと、廊下の電気がついた。
ふぅ、外よりかは暖かいわね。
「あ、メリー。リビングの電気をつけたら、暖房の電源も頼むわ」
「オッケー」
玄関の靴を綺麗に整えながらメリーに頼む。
「あー、寒かった。やっぱり家の中は暖かいわね」
「まぁ、買い物に行く直前まで暖房つけてたし、消してからあまり時間も経ってないからね」
お気に入りの帽子、マフラーを壁にかける。
メリーもかぶっていた帽子とマフラーを床に置いた。
「蓮子、雪は降るかしら? 予報では雪かもしれないって言ってたけど」
「どうかしらね? でもこれだけ寒いし、曇ってもいるから可能性はあるかもよ。
さ、お酒も買ってきたし、二人で飲みましょうか」
コンビニ袋から、お酒を二本取り出す。
一本はメリーの、もう一本は私のだ。
「あれ、それノンアルコールビールじゃない?」
「ええ、そうだけど?」
私が手に取ったのはノンアルコールのビール。
つまりアルコール分が含まれていない、ただのビール風味の炭酸飲料ってわけ。
「そんなものじゃなくて、ちゃんとしたビールを飲めばいいのに」
「車に乗るときに、運転手が酔ってちゃまずいでしょ?」
「え? どこか行くつもりなの?」
「年が明け次第、初詣にね」
「ああ、なるほど」
年が明けてすぐなら人も少ないしね。
まぁ、あの神社はいつも人が少ないような気もしなくはないのだけれど。
「それじゃあ、乾杯」
「乾杯……私だけ悪いわね」
「大丈夫よ、初詣が終わってからたくさん飲ませてもらうから」
「そう。だったら私も抑えとかなきゃ」
帰ってきてからまた一緒に飲む気なのかしら?
別に無理に付き合う必要は無いのにね。
それから私たちはお酒を飲んだり、おつまみを食べたりしながら、テレビを見て過ごしていた。
「やっぱり年末のバラエティは面白いわねぇ」
テレビの中では。笑いのトラップに耐え切れず笑ってしまった芸人たちが、
「アウトー!」のコールとともに現れた集団にお尻をムチで叩かれていた。
叩かれた芸人たちは「あー!」だの「うー!」だのといった悲鳴を上げて苦痛に顔を歪めている。
「私は紅白が見たかったんだけれど……」
「えー、そんなものよりバラエティのほうが面白いわよ!」
紅白が見たいのに、メリーが見せてくれない……
そんなわけで嫌々メリーとバラエティを見ているのだった。
いや、まぁ、この番組は嫌いじゃないんだけれど、大晦日くらいは紅白が見たいっていうね。
あぁ……時計見たら紅白終わるまであと10分しかないし……
今年はもう諦めよう……うぅ、見たい歌手とかいたんだけどなぁ。
「あ、もうちょっとでこの番組終わっちゃうわね。
うーん、もうちょっとやっててもらいたいものだけど」
「いまさら終わられても紅白見れないんだけど……」
「ん、何か言った?」
「いや、何も……」
はぁ、見たかったなぁ、紅白……
今年はどっちが勝ったんだろう?
「それにしても……あとちょっとで新年なのね」
メリーがちらりと時計を見ながら呟いた。
「ええ。今年も長かったようで短かったわねぇ」
「年が明けたと思ったら、あっという間に1年が過ぎちゃったものね」
うん、同意。月日が過ぎるのなんてなんてあっという間。
まぁ、そんなのは毎年思うことだけど。
「あー、あともうちょっとしたら試験かぁ……」
「ちょ、ちょっと、そんな嫌なことを思い出させないでよ……!」
「んー? あれれ? 蓮子ったらまったく勉強して無いのかしらー?」
「そ、そんなこと、無い、わよ……」
うぅ、試験のこと思い出すだけで胃が痛くなるわ……
勉強はしてるつもりなんだけど、欠席が多かったからなぁ。
「それじゃあ次の試験は問題ないのよね?
頼まれたってノート見せてあげないわよ?」
「うぐ」
そ、それは痛い……行っても授業中寝てばかりだったし……
「さぁ、どうなのかしら?」
「すみません、メリーさん、ノート見せてください。
欠席とか授業中の睡眠が多くてまったく取っていません」
メリーはまめにノート取っているほうだから、すごく参考になるのよね。
彼女のノートが無ければ後期の単位は落とすのがほぼ確定……!
ここは土下座してでも借りないと。
「ふふふ、冗談よ。貸してあげる。単位落としたら大変だものね」
「ごめん、ありがとう……」
「別にいいわよ。まぁ、そんなことだろうって思っていたっていうのもあるけど」
「うぅ、メリーったらひどいわね……」
でも去年や前期の試験もノート借りた記憶があるけど。
とりあえずメリーが受けてない授業は自分で何とかしないといけないなぁ。
「あ、そんな話をしているうちにもう年越しまであと数分しかないわよ」
「あ、ほんとだ」
テレビに目をやると、芸能人が「もう少しで年が変わりますねー」なんてことを話している。
時計に目をやると……年が変わるまであと3分ほどか。
「ほら、そろそろ蓮子の大好きなカウントダウンが始まるわよ」
「お、そろそろね。毎年カウントダウンを見ないと新年になったーって実感が湧かないのよね!」
私は毎年欠かさずにテレビのカウントダウンを見ている。
たまにはテレビの出演者と一緒にカウントダウンをしたりしてね。
あ、耳を澄ませてみると……遠くのほうから鐘の音が聞こえてくる。
この鐘の音……年越しってことを実感させてくれるよね。
「今年ももう終わりねぇ」
「来年も楽しい一年であればいいんだけれどね」
うん、同意。来年も楽しい一年になればいいな。
「あ、カウントダウン始まったよ」
「本当だ! 目が離せないわね!」
テンション上がってきたわ。
年越しといったらやっぱりカウントダウンよね!
えーと、年越しまであと……30秒。
「あと30秒……!」
「蓮子は本当にカウントダウンが好きねぇ」
「好きで悪い?」
「いーや、別に悪くは無いけど」
メリーに苦笑されてしまった。
それはさておき、あと10秒……!
「ほら、メリーも3からカウントするわよ!」
「はいはい」
メリーは苦笑しながらも同意してくれた。
「3!」
「2!」
「1……!」
二人で声をそろえて3からカウントする。
そして、テレビの中のの表示が0になった。
年が明けたわね!
「0! あけましておめでとう、メリー! 今年もよろしくお願いします」
「ええ、あけましておめでとう、蓮子! こちらこそよろしくお願いします」
お互いに礼をして挨拶。
あぁ、やっと新年ねぇ……さて、年も明けたことだし、初詣にでも行こうかしら!
「さ、メリー、準備して! 初詣に行くわよ!」
「え、もうちょっとゆっくりしてからでも……」
「何事も早いほうがいいじゃない。さ、準備して!」
「ふぅ、わかったわよ」
苦笑しながらも出かける準備をしだすメリー。
私も準備しないと。
えーと、財布に、帽子に、マフラーと上着……
よし、準備オーケー!
「準備できた?」
「うん、出来たわよ」
「それじゃあ行こうか」
電気は……消したわね。
車の鍵も取ってっと。
「あ、先に車に乗ってるから、部屋の鍵を閉めておいてくれない?」
「うん、わかった」
「はい、鍵」
ぽーんと、鍵をメリーに向かって投げる。
「おっとと」
お、ナイスキャッチ。
「それじゃあ行ってるからねー」
「はーい」
下に降りて、駐車場に止めてある愛車に向かう。
「いい子で待ってた?」
ぽんぽんと愛車の屋根を叩く。
私が乗ってるのは中古で買った黒のスポーツカー。
ちょっと古い型だけど、ほとんど一目惚れみたいな感じで買ったのよね。
まだ1年ほどローンが残ってるのは内緒。
まぁ、そこまで高くなかったから良かったけど。
「鍵閉めたわよ」
「ん、ありがと」
降りてきたメリーから部屋の鍵を受け取る。
「さ、早く乗って」
「うん」
車のドアの鍵を開け、車に乗り込んだ。
「さ、シートベルトをしっかり付けてね」
「わかってるって」
カチャリ、というシートベルトを付ける音が聞こえた。
よーし、行くわよ!
鍵を回すと、エンジンの重低音が車内にまで聞こえてくる。
うん、これこれ。この音よ。
「じゃ、行くわよ」
左右に気をつけながら、車を車道に出す。
うん、右よーし、左よーし。
クラッチを半分繋いで……よし、出れた。
「で、神社に行くって言ってたけど、いつもの神社?」
「そ。毎年行ってるし、あそこが一番よ」
そう答えるのと同時にギアを2速に入れる。
うーん、やっぱり車はいいわねぇ。
どこにでも行けるし、楽しいし。
「それにしても蓮子、よく買ったわよねぇ」
「え、車のこと?」
「うん」
「ほとんど一目惚れだったわね。
この車を見つけたときに『あ、欲しい!』って思っちゃってね。
貯金もある程度あったし、ローン組んで即買っちゃったわよ」
まぁ、この話をしたら結構な人に苦笑されちゃうけどね。
でも欲しかったんだからしょうがないじゃない……
「蓮子って意外とこういうの好きよね……」
「いいじゃない、かっこいいじゃない!」
「かっこいい、ねぇ。まぁ、この車がかっこいいのは認めるけどさ」
「かっこいいだけじゃなくて速いのよ、この車。
280馬力もあるのよ?」
「と、飛ばさないでよ?」
「さぁ、どうかしらね?」
少しだけ強めにアクセルを踏み込んでみた。
280馬力を叩き出すエンジンが唸りを上げ、エンジンの回転数が上昇する。
それと同時に車が加速し始めた。
ほんのちょっとだけ加速してから、アクセルを緩めて速度を落とす。
もちろんこれはメリーを怖がらせるための冗談。
「きゃっ! と、飛ばさないって言ったじゃない!
あー、びっくりした……」
「ふふ、ごめんなさいね」
まぁ、流石にそこまで飛ばしはしないわよ。
……あ、そういえば思い出した。
「そういえばさ、この車のご先祖様に当たる車で、
昔『ケンとメリー』っていうキャッチコピーの車があったんだって」
「ケンとメリー……?」
「そ。なんか響きが私たちに似てない?」
この車について調べてた時にたまたま見つけて驚いたわよ。
ケンとメリーって私たちと響きが似てるなぁ、なんて考えたりして。
「『蓮』子とメリーってことね。ふふ、確かに似てるわね」
「でしょ? でね、そのケンとメリーって言うのはカップル同士って設定なんだって。
それでそのカップルがその車で日本各地を巡る……ってCMを放送していたらしいわよ」
「ケンとメリーのカップルが車で各地を巡る……ふふ、まるで私たちみたい」
「ええ、そうね」
確かに『蓮』子とメリーが二人で車で色々なところを巡るっていうのは似てるわね。
ちょっとだけにやけてしまう。
「ちょ、ちょっと危ない! しっかり運転しなさいよ!」
「あ、ご、ごめん!」
流石に運転中はしっかりしないと。
にやけたせいで事故とかは御免だし。
気分転換もかねて、少しだけ視線を動かす。
ここまで来ると家も少なくなってきたわね。全く人家がないわけではないけど。
私たちが向かっているのは郊外にある、少しばかり寂れた神社。
前にメリーとドライブしてる途中に見つけたんだけど、
人も少ないようだったし、初詣にはもってこいってことになって毎年のようにこの神社のお世話になる。
「そろそろ着くんじゃない?」
「うん。あとちょっとね」
話に夢中になっている間にもうそろそろ神社に着きそう。
今年も誰もいないのかなぁ。
ま、私にとっては誰もいない方が嬉しいんだけど。
混雑した神社って、待たされる羽目になってうんざりするのよね。
「着いた着いた。やっぱり今年も誰もいないみたい」
「毎年こうねぇ」
車を適当な場所に止めて、神社へ向かう階段を上り始める。
あ、駐車場所はもちろん駐禁場所でも無いし、迷惑にもならない場所だからね?
まぁ、こんな人気のなさそうな辺鄙な場所に来る人もあんまりいないだろうけど。
「まぁ、こんな周りに森しか無いような場所に来る人もあんまりいないでしょうね。
いても近所の人くらいじゃない? さ、行くわよ」
「はぁ、この階段が意外ときついのよねぇ……」
私たちの目の前には長い階段。
毎年この階段が私たちのやる気を削ぐのよね。
「いい運動になると考えればいいじゃない。最近お腹出てきたんじゃないのー?」
「う、うるさいわね! ちょっとは気にしてるんだから言わないでよ……」
あ、太ったんだ、メリー……ま、多少太ってても私は嫌いじゃないけど。
「ごめんごめん、それじゃ頑張ろうか」
「うん……はぁ、やっぱりこの階段嫌だなぁ」
私たちは意を決して長い階段を上り始める。
長いだけじゃなくて勾配も結構きついから上るのが大変なのよね。
……で、上り始めて数分が経過して。
「はぁ、はぁ……もう、駄目……」
「ほ、ほら、頑張って! あともうちょっとだから……」
や、やっぱりきついわね……
頂上まであと少しではあるんだけど。
「ほら、一緒に頑張ろ!」
「あ、ありがと……」
メリーに手を差し出すと、握り返してくれた。
ちょっと嬉しいな。
「さ、行くわよ!」
メリーの手を引っ張りながらどんどん上っていく。
あとちょっと……もう少し……よし、着いた!
「ふぅ、やっと上りきったわね……」
階段を上りきった先。
そこには多少古びてはいるけど、しっかりとした造りの神社がそびえ立っていた。
毎年ここに来るんだけど、この神社、いつも変わりが無いように見えるのよね。
まるで時が止まっているように感じるわ。
「ふぅ……よし、やっと楽になったわ。さ、行きましょ」
深呼吸していたメリーは、いきなり私の手を引っ張って賽銭箱へと向かった。
ふふ、さっきまで「もう駄目」なんて言っていたのにね。
「蓮子はいくら入れる?」
賽銭箱の前まで来たときに、財布を開きながらメリーが聞いてきた。
「うーん、オーソドックスに5円かな?」
「じゃあ私は15円かな? 十分にご縁がありますように、ってね」
十分にご縁がありますように、か。
だったら私はその上を行く!
「それじゃあ、私は55円にするわ。ご十分にご縁がありますように、って」
「あ、ずるーい! それじゃあ私も55円にする!」
「はいはい、すればいいじゃない」
少しだけ怒った、というか不満そうな顔を見せるメリー。
ふふ、こんな顔も可愛いわね。
一緒にいるといろんな表情を見せてくれるから飽きないわ。
「それじゃ、一緒に55円を入れようか?」
「うん、そうしましょう」
財布から55円を取り出す。
「さ、準備はいい? せーの、で行くわよ?」
「うん、わかった」
「それじゃあ、行くわよ……せーの」
メリーと一緒に55円を賽銭箱に投げ入れる。
小さくカラン、と小銭の落ちる音が聞こえた。
「あとは鈴を鳴らして、っと」
「あ、ちょっと待って!」
「へっ?」
「……一緒に鳴らそ?」
そう言って、私の手の上から紐を握るメリー。
心臓が高鳴った。
ゆっくりとメリーの顔を見ると……優しくはにかんでいる。
そ、そんな笑顔見せられたらドキドキしちゃうじゃない……
うぅ、心臓がバクバク言ってるわよ……
「……ええ、いいわよ」
できるだけ平静を保ちながら、メリーの提案を承諾する。
もう、心臓がバクバク言ってて倒れちゃいそう。
「うん、ありがと。それじゃあ行くよ?」
メリーが紐を一緒に揺らすと、私の手も一緒に揺れる。
静かだった境内にガランガランという大きな音が響き渡った。
だけど、その音もすぐに暗闇に吸い込まれて、消えていってしまった。
鈴の音の余韻がまだ残っている間に拍手を打つ。
「……」
目を閉じて、心の中でこう呟いた。
(今年もメリーと仲良く笑顔で過ごせますように。
あ、ついでに今年の単位も取れますように……)
今思った通りになればいいんだけどなぁ。
よし、祈願も終わったし、目を開けようかな。
「ねぇ、蓮子はなんてお願いしたの?」
目を開けるとメリーがそんなことを聞いてくる。
「うーん、メリーが先に言ったら教えてあげる」
「えー、それずるくない?」
「さぁ、どうかしらね?」
「うー……分かったわよ、言えばいいんでしょ!」
さて、メリーはどんなお願いをしたのかしら?
「れ、蓮子ともっと仲良く出来ますように、って……」
「へっ?」
「いや、だって蓮子のこと、好き、だし……」
そう言って赤くなるメリーの姿を見て、思わず声を出して笑ってしまった。
「わ、笑わないでよ!」
「ごめんごめん。それじゃあ約束どおり私のお願いも教えないとね。
私のお願いはね……あなたと一緒よ。あなたと仲良く過ごせますように、って」
「……えっと、これって俗に言う相思相愛って奴ですか?」
「うーん、そんな感じかも?」
メリーのこと、私も好きではあるけどね。
一緒にいて楽しいし、あとはその、可愛いし……
「でもまぁ、お互いに仲良くしたいっていうのが分かったし、一安心かな」
「……うん、そうだね。これからもよろしくね、蓮子」
「ええ、こちらこそよろしく、メリー」
お互いに頭を下げる。これからもよろしく、という気持ちを込めて、ね。
「それじゃあ、初詣も終わったし、帰りましょうか」
「あ、待って、まだおみくじ引いてない!」
おみくじ?
確かにこの神社にもなぜかおみくじは置いてあるけど……
なぜか誰もいないのに、おみくじだけが置いてあるのよね。
誰か近くに住んでる人が管理してるのかしら?
とりあえず、気にするのはやめておこう。
「じゃあ、おみくじ引いてから帰るのね?」
「もちろん! おみくじを引かないと、一年が始まったって気がしないわ!」
そこまでおみくじって大事かな?
いや、それ言ったら私も「カウントダウンって大事なの?」って言われちゃうけどさ。
でも、メリーが引くって言うのなら私も……
「メリーが引くのなら私も引こうかな」
「蓮子も引くの? だったら早く引こうよ!」
「わ、分かったからそんなに引っ張らないの!」
メリーに袖を引っ張られて、おみくじの置いてある小さな小屋まで連れて行かれる。
まぁ、今年初めの運試しと思えばいいか。
「えーと、100円を入れて……」
備え付けてある、小さな箱に100円を入れる。
箱には鍵がかかっていて、中のお金が取られてしまわないようになっていた。
これなら泥棒の被害に遭うこともないでしょうね。
まぁ、こんな場所に泥棒しに来る人も余りいないでしょうけど。
「あとはこの引き出しからおみくじを取ってっと」
100円玉を二人で一枚ずつ入れてから、引き出しの中に詰めてあるおみくじを一枚取る。
さて、今年の運勢はどうかな……?
「えーと、私は……お、中吉ね」
中吉だった。
年の初めから結構ついてる?
「中吉かぁ。いいじゃない。さて、私はどうかな?」
「あ、見せて見せて」
「いいわよー。それじゃあ……えいっ!」
勢いよくおみくじを開いたメリーの顔がどんどん青ざめていく。
おみくじの中に大きく書かれていたのは……「凶」という一文字。
「あ、あれー? これ、何の冗談かしらねー?」
「メリー、これは冗談でもなんでもないわよ?」
「う、うぅ、凶だなんて……ついてないわね……」
がっくりとうなだれるメリー。
まぁ、凶が出て落ち込むのは分かるけど、普通ここまで落ち込むかな?
「も、もう一回引いちゃ駄目かしら?」
「いや、駄目でしょ」
「そうよね……はぁ……」
もう一回引きたい気持ちも分かるけど、何度も引いてちゃおみくじの意味ないし。
「とりあえず、おみくじをあの木に結んでいきましょ。
今年一年いいことがありますようにってお願いしながら。ね?」
「う、うん、わかった……」
近くにある、何枚かのおみくじが結び付けられた小さな木を指差す。
まだ紙があまりぼろぼろになっていないところを見ると、最近誰かが来たみたい。
うーん、年が明ける前におみくじでも引いておこうって人でもいたのかな?
それか私たちが来るよりも早く、ここに誰かいたとか。
ま、そんなことはどうでもいいわね。
「それじゃあ私はこのあたりに結んでおこっと」
よいしょっと。
うん、しっかり結び付けられたわね。
「さ、メリーも結んじゃいなさい」
「うん……」
まだちょっと暗いわね。そこまでショック?
よし、ここは私が元気付けてあげないと。
「大丈夫よ。私がついてるんだから、今年が悪い年になるわけ無いって!」
「へっ? あ、うん、ありがと……」
「さ、結んじゃいましょ」
メリーもおみくじを木に結んだ。
おみくじに関係なく、今年もいい年になればいいけどね。
って、あら? まーだ、落ち込んでるみたい。
「ほら、元気出してよ。いつまでも落ち込んでるんじゃないの!」
「だ、だってさぁ……凶って結構ショックよ?」
「そりゃそうだけどさ……」
うーん、どうやったら元気になってくれるかな。
考えろ、考えろ私!
えーと、えーと……
……そうだ、こうすれば元気になってくれるかも!
「そうだ、私が元気になるおまじないしてあげるわよ!」
「おまじない?」
「目を閉じてもらえる?」
「こ、こう?」
「そう! そのままじっとしててよ!」
こうすればメリーも元気出してくれるはずよね!
目を閉じるメリーにゆっくりと顔を近づけ……唇を塞ぐ。
「んぅ!?」
ほんのちょっとの間、唇を塞いでから離す。
とりあえず、これなら大丈夫かもって思って勢いでやっちゃったけど……
どうかしら?
「どう? これで元気になってくれたかしら?」
「あ、うん……一応……」
「よし、だったら帰りましょ」
メリーはぼーっとしたような状態になってる。
まぁ、いきなりあんなことしたらそうなるよね……
「うーん、帰ったらちょっとだけ飲んで寝ようかな」
そう伸びをしながら言うけど、メリーは反応してくれない。
顔を赤くしながら、下を見ている。
まだぼーっとした状態のままみたい。
「さ、帰りましょうか?」
「うん……」
だ、大丈夫かな?
まぁ、しばらくすれば元に戻るでしょ。
帰る前に一度だけ神社の本殿を振り返ってから、私たちは階段へと歩き始めた。
また来年もこの神社のお世話になるんだろうな。
神様、今年も私たちを見守っていてくださいね。
私は心の中で神様にそうお願い事をした。
「ふぅ、着いた着いた」
「お疲れ様」
来た道を戻ってきて、やっとアパートに到着。
ぼーっとしていたメリーも車内でなんとか元気になってくれた。
さて、あとは車を止めるだけね。
ぶつけたりしないように注意しながら車をバックさせる。
マニュアル車だから、バックとか結構難しいのよね……
よし、綺麗に止められた。
「それじゃ、家に上がって飲みましょうか」
「賛成。まだお酒もおつまみもちょっとは余ってるしね」
メリーはシートベルトを外しながら、ふふふと笑った。
さっきは抑え気味だったとは言ってるけど、無理しないように見張ってないと。
一回酔い潰れた時なんて大変だったしね。
服を脱ぎ散らかしたり、ずっと愚痴を言われたり……
「どうかしたの?」
「あ、ごめん、なんでもない」
……うん、しっかり見張ってないと。
酔い潰れたら何するか分かったもんじゃないわ。
「ふぅ、やっぱり外に出ると寒いわねぇ……」
「車の中は暖房がかかってたからね」
ぶるっ、と寒さに震えるメリーをちらりと見ながら、車に鍵をかける。
早いところヒーターをつけなくちゃ。部屋の中は寒いはずだしね。
カンカンという音を立てる鉄の階段を上り、部屋の鍵を開けた。
「ただいまー……」
私がそう言っても返事は無い。当たり前だけれど。
「これで『おかえりー』なんて返ってきたら怖いわよね」
「お、おどかさないでよ……」
ちょっと想像しちゃったじゃない……
もし「おかえりー」なんて返ってきたら、絶叫して逃げちゃうわね。
と、とりあえず電気電気っと。
壁にあるスイッチに軽く力を込めると、カチッという小さな音ともに廊下が明るくなる。
え、えっと、中に誰もいないわよね?
うん、誰もいない……うぅ、メリーのせいで気にしちゃうじゃない……
そのまま部屋の中に入り、蛍光灯の紐を引っ張って部屋の電気をつけた。
「寒いわね……あ、暖房つけとくね?」
「うん、お願い」
車の鍵を元あった場所に戻しながら、そう返す。
「ついでにこたつも電源入れておいてもらえる?」
「あ、もうつけた」
は、早いわね。
まぁ、そっちのほうがありがたいんだけど。
上着とマフラー、帽子を壁にかける。
おっと、ちょうどヒーターがついたわね。
少し寒いし、温まらせてもらおっと。
「あ、ずるい! 私はまだ冷たいこたつで我慢してたのに!」
「早い者勝ちよ」
ふふん、と鼻で笑ってやる。
「ずーるーいー……」
メリーは多少ぶるぶる震えながらこっちを軽く睨んでいた。
ま、私も鬼じゃないから……
「じゃ、こっちに来る? 私の隣でよければ……あいてるわよ?」
「へっ?」
「私の隣は嫌かしら?」
「い、嫌なわけ、ない、じゃない……それじゃあ、お言葉に甘えて」
赤くなりながらも私に寄り添ってくるメリー。
「メリー、顔が真っ赤よ?」
「う、うぅ……」
「ふふふ、メリーったら可愛いわね」
笑いながらメリーの髪を触った。
さらさらしてて、綺麗な金色の髪……見とれてしまうほど綺麗。
「ふえっ、何してるの!?」
「あ、ごめん。メリーの髪があまりにも綺麗だったものだから」
「……それなら別にいいけど。痛くしないでよ?」
「分かってるわよ」
やっぱりメリーって可愛いわよね。
本人にそう言ったら真っ赤になって否定するんだろうけど。
「ねぇ、メリー」
「ん、何?」
「今日さ、一緒にベッドで寝てもいいかしら?」
「んー……最近ご無沙汰だったしね。いいわよ」
言われてみれば最近は一緒に寝ることって少なかったわね。
別々の布団で寝たり、こたつで寝ちゃったり、旅行先のホテルのベッドで寝たり……
ということは久々に一緒に寝れるってことか。
なんか久々だからちょっとドキドキしてきたなぁ。
「じゃあ、今日は飲むのやめて、もう寝ようかな」
「あれ、飲まないの?」
「うん、メリーと寝るって考えたら早く寝たくなっちゃってさ」
「それならいいんだけど……」
さてと、そうと決まれば寝る準備しなくちゃ。
ベッドの準備は……よし。
あとは枕を出すだけ……って余り準備することないわね。
あぁ、そうだ。パジャマに着替えないと。
「メリーはもう寝る?」
「蓮子が寝るなら寝る」
ヒーターの中の火を見つめたまま、メリーはそう返した。
「ふふふ、わかった。それじゃあ、寝ましょ。あ、パジャマは持ってきてるわよね?」
「もちろん持ってきてるわよ」
「それじゃ、着替えましょうか」
「うん」
私たちはパジャマを取り出して、着替えだす。
お互いに下着姿なんて見慣れたものだけど、やっぱり少しだけドキドキしちゃうな。
それにしても、やっぱりメリーのスタイルはいいよなぁ。
出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいるわよね。
「メリーってスタイルいいよね」
「へっ? 私より蓮子の方がいいわよ」
「いやいや、私なんてメリーの足元にも……」
「私から見たら十分に魅力的な体つきしてるんだけどなぁ」
そうかしらね?
「わかった、その言葉、ありがたく受け取っておくわ」
笑いながら返すと、メリーもふふ、と笑ってくれる。
……よし、お着替え終了。
「じゃあ、暖房は消すわよ」
「あ、お願いね。ついでに電気も」
「わかった」
メリーがバチン、と紐を引っ張ると、部屋の中が淡いオレンジ色に照らされる。
この豆電球がないと寝られないのよね。
だって、真っ暗な部屋で寝るのって怖いじゃない……
ホテルなんかじゃ、豆電球なんて無いから最初は焦ったわよ。
そんなときは電気を少しだけつけたまま寝るけどね。
「それじゃ、お邪魔しまーす」
「どうぞ」
メリーが私のベッドの中に入って来る。
冷たかったベッドの中が少しだけ暖かくなった。
「メリーが入ってきてくれたおかげで暖かくなったわ」
「そう? ふふ、じゃあ、もっと暖かくしてあげる」
「えっ?」
そういうとメリーはぎゅっ、と私に抱きついてきた。
過去に何回もこういうことがあったから、慣れてはいるけど……
やっぱりいきなりされるとどうしても驚いちゃうわね。
「どう? 暖かくなったかしら?」
「うん、暖かいわよ……どちらかというと暑苦しいけどね」
「えー、何よそれー」
「ごめん、冗談よ」
ふふふ、と笑う。
メリーはそれならいいけどさー、なんて返してきた。
「それじゃあ、私も暖かくしてあげる」
今度は私がメリーに抱きついてやる。
メリーは小さく声を上げた。
「どうかしら?」
「うん、すごく暖かい……」
目の前にあるメリーの顔がわずかに赤くなっているように見えた。
たぶん、私の顔も赤くなってるんだろうな。
「それにしても久しぶりね」
「こうして寝ること?」
「うん。最後にメリーと一緒に寝たのはいつだったっけ」
「うーん……忘れた」
「まぁ、前がいつだったかなんてどうでもいいわね。」
「ふふふ、言われてみればそうね」
お互いに笑い合う。
「さ、そろそろ寝ましょ」
「あ、だけどその前にちょっと待って……」
「どうかしたの?」
どうしたのかしら?
すると、いきなり唇が塞がれた。
そして唇に感じる暖かさと柔らかな感触。
えっ、私、メリーにキスされてる……?
その事実を受け止めた瞬間、鼓動が早くなった。
「んっ……」
どちらのものともつかない吐息が漏れる。
吐息に唇の柔らかい感触……これだけで私の頭は真っ白になる。
うぅ、心臓が爆発しそうなくらいにドキドキする……
「ふぅ……」
永遠にも感じられた時間が過ぎ、やっと私はメリーの唇から解放された。
「ふふ、久しぶりだからちょっと長めにしちゃった」
「あ、うん……」
たぶん今の私の顔は真っ赤だと思う。
何度してもこれはなかなか慣れないなぁ。
嫌いじゃあないんだけれどね……
さっき神社で私からしたけど、アレはメリーを元気にするためにとっさにやっちゃった行動だったし……
それに必死だったから、どういう感じだったとか分からなかったし……
「ね、今度はさっきみたいに蓮子からしてくれない?」
「私から?」
「うん、私がやるのとあなたがやるのじゃ、全然違うでしょ?」
「んー……わかった」
ちょっと恥ずかしいけど……えいっ!
口をくっつけて離すだけの簡単なキスをした。
「ん……って、もう終わり?」
「私にはあそこまで長くやる度胸はないわよ」
「ふふ、それじゃ、このくらいで勘弁しておくわ」
メリーは悪戯っぽく笑う。
私はそれに対して、苦笑いを返した。
「じゃ、寝る前にキスも出来たし、寝よっと」
「はい、おやすみ」
そう言ってから目を閉じる。
目を閉じると、耳元でささやく声が聞こえた。
「蓮子、これからもずっと二人でいようね。今年、いや、これからもよろしく」
返事として、私もメリーの耳元に向かってささやいてみる。
「うん、こちらこそよろしくね、メリー」
ゆっくり目を開けてみると、メリーは目を閉じたまま微笑んでいた。
そして小さくこう呟いた。
ありがとう、って。
ちょっとだけメリーの体を抱きしめる腕に力を込めてみた。
メリーの体温をもっと感じたかったし、少しでも近くにいて欲しかったから。
また新しい一年が始まる。
今年も二人で色々なことを体験して、もっともっと仲良くなりたい。
そう思いながら私は、メリーと一緒に眠りについた。
メリー、今年も私、宇佐見蓮子と仲良くしてね。
文体を統一した方がより読みやすくなるかと
癒されました
「オワタ、アウトー」(バチン!)
癒されましたというコメント、嬉しいです。
文体についてのアドバイスの方も次回への反省として受け止めたいと思います。
それと、コメントに「同作品集の作品、作者と関係はあるのですか?」とあるので、答えさせていただきます。
結論から言うと全く関係はありませんし、内容を模倣したわけでもありません。
(あとがき、タグにもその項を記載させてもらいました)
正直なことを申し上げると、似たような作品があることにコメントを頂いてから気づきました・・・
不快に思われた方々、申し訳ありませんでした。
なのに読めちゃうのが不思議。何故だ、何故なんだ。
蓮メリの良い日常が描かれていると思いました。蓮子かわいいよちゅっちゅっ。
最近GT-Rが流行りなのだろうか。自分はR34が好きですね。
いくつかの場面は自分が体験したことや、自分ならこうなるだろうなーって想像したことを元に書きましたね。
その最たる例は二人が見ていた「あの番組」ですw
いい感じに二人の日常が描けているというコメントを頂いて嬉しく思います。
Rはかなり好きですね。
32,34はかっこいいと思います^^
よろしければ、次回作にも期待していただけると嬉しいです。
読んでいただき、ありがとうございました。