白玉楼に金挟みの音が響く。魂魄妖夢が庭木を剪定しているのだ。普段のペースなら一週間に一度やれば十分な作業。しかし、ここのところ、毎日響いてた。
「ようむ~、ご飯は~?」
主の幽々子の声が響く。それに対し、妖夢は
「今日も昨日の鍋の残りで雑炊にしてもらってよいですか?」
「む~~~、もうそれ、放っておけばいいんじゃない?」
「そういうわけには……」
妖夢が西行妖を指す。そうしている間にも西行妖は伸び続けていた。
異変はつい最近に始まった。最初は剪定しなおすだけだったが、追い付かない。だから壁を立ててみた。しかし、壁を突き破って伸びた。かなり根元のほうから切ってみても、そこから更に伸びてきた。いっそ切り株にするかとも考えたが、何が起こるか分からない。そこは思いとどまっていた。
「やはり原因の方を解決しないと……」
妖夢は漂ってきた霊を楼観剣で斬る。
最近、外の世界からの霊、特に自殺者が増えてきた。理由は、妖夢は知る由もないが、東方プロジェクト自体の知名度の問題。東方系ゲームは世界各国に翻訳されて広まり、しかし今はブームが去った。そう、いったん知られたものが忘れ去られたのだ。そういう性質を持つ人間の一部の霊が幻想入りしてしまう。そしてその中には自殺者もおり、それが西行妖の栄養となっているのだ。
結論から言うと、解決策は『無視』である。霊は無制限にいるわけではないので、西行妖も成長限界に達する。その後、霊自体が少なくなるにつれて勝手に小さくなっていくのだ。しかし、当の妖夢にそれが分かるはずもないし、分かっていたところで、巨大化する西行妖を無視する勇気はない。だから、この不毛な作業に従事していた。
「ん~~、このままじゃ妖夢のご飯を食べられなくなるのかしらねー。」
幽々子も、動機は何であれ、真面目に考え始めた。西行妖が好むのは霊の中でも負の感情。それが自殺者に特に多い。それを吸収して成長しているのだ。数が数なだけに、一つ一つ浄化していたらキリがない。もっと抜本的な何かが必要だ。
「困ったと時はやっぱりあそこよね。」
「というわけなのよ。」
「ワシは何でも屋じゃないんだがな。」
「そーお?単行本を見る限り、ほとんど警察の仕事してないんじゃない?」
「……否定できない。」
またまた例によって是非曲直庁にトラブルを持ち込まれる両津。幽々子は和菓子を頬張りながらなので、真剣さがいまいち伝わらない。
「そういうのは、ワシじゃなく、専門の奴に頼んだらどうだ?博麗だっけ?あっちは除霊とかできるだろう?」
「うーん、現実的じゃないのよ。数が数だからね。」
「じゃ、ワシはもっとできんぞ。」
「そんなことないわよ、いいのを見つけたから来たのよ。ほら、このコミック191巻のこれ見て。」
「”DJ両津”?」
メタ説明をしよう。
コミック191巻の話が週刊少年ジャンプに掲載される少し前。渋谷で、ある一人の警察官が話題になった。渋谷にはパブリックビューイングができる大きな電光掲示板があるのだが、お祭り騒ぎに乗じて若者が暴れ、社会問題になっていた。この警官の活躍は、2013年6月4日、サッカー日本代表戦が放映されたときに起きた。日本はオーストラリアと引き分け、W杯出場を決めた。めでたいことではあるものの、歓喜に乗じた若者が暴れまわるだろうと警察は厳戒態勢。そんな中、一人の警官の声がマイクで響き渡った。
「こんな良き日に怒りたくはありません。私たちはチームメートです。どうか皆さん、チームメートの言うことを聞いてください」
「皆さんは12番目の選手。日本代表のようなチームワークでゆっくり進んでください。けがをしては、W杯出場も後味の悪いものになってしまいます」
「怖い顔をしたお巡りさん、皆さんが憎くてやっているわけではありません。心ではW杯出場を喜んでいるんです」(Wikipediaより引用)
この非常にユーモラスな誘導に若者たちは喝さい。結果、怪我人逮捕者を全く出さずに渋谷の雑踏誘導を完遂するという大功績を挙げた。
このニュースを見たこち亀作者の秋本先生。そのニュースも冷めぬまに、両さんにも雑踏誘導をさせる、題して”DJ両津”の話が掲載されたのだ。ここからは是非単行本を読んでいただきたい。
メタ説明終了。
「確かにそんなことあったが、それと悪霊退治がどう関係ある?」
「白玉楼には悪霊はいないわよ。悪霊は地底にいくの。でも、死者だから基本鬱っぽいのが多いわけよー。」
「ほうほう。で?」
「この単行本で、両さん。暴動を落語で止めてたでしょー?両さんが西行妖の前で落語したら、西行妖が負のオーラを取り込めなくなって成長が抑えられると思うわけよー。」
「はぁー、確かにやったな、そういうの。」
確かに落語には自信がある。除霊は無理でも、霊を明るくするくらいならできなくもない。
「分かった。やってみよう。やるからには真剣にやらんとな。おい、萃香。」
両津は胸ポケットから消しゴムサイズのミニ萃香を取り出す。
「用意して欲しいもんがある。」
3日後。白玉楼に一台のトラックがやってきた。それは西行妖の前に行くと、荷台が展開。中は簡素な舞台となっていた。本物とはだいぶ違うものの、それでも雰囲気作りは大事だと両津が発注したのだ。
タ・タ・タータタ・タタタタン。タタタタ・タタターン。
ラジカセで出囃子が鳴る。リズムはアニメ主題歌『葛飾らぷそてぃー』を三味線で弾いたものだ。その曲と共に両津が壇上によじ登った。
「ええ、初めまして。高いところから失礼いたします。ああ、霊は浮いてるから皆さんの方が高うございますね。いえいえ、結構。
手前、生まれは浅草、育ちも浅草。今は幻想郷に席を置かせて頂いている両津勘吉というものにござります。幻想郷は良いところではございますが、軋轢も多いところでございます。手前の上司、四季映姫というもの。これがエライ堅物でございましてね。出勤すると服装チェックをするんでございますよ。ええ、生徒指導部かって話でございます。服装はもちろん、靴、爪の長さ、最後は頭髪見るんでございます。手前、うっかり散髪に行きそびれたことがありましてね。ていっても、ちょっとタイミング逃しただけでございますよ?でも裁判長はチェックに来るんですよ。
『両津、なんだ、このボサボサ髪は?』
『へぇ、ちょっと散髪に行き忘れただけでございまして』
『行き忘れた?忘れたで済んだら地獄はいらん。私がハサミで切ってやろう』
『裁判長。ご勘弁下せえ』
『いいや、ならん。長いところは切ってやるから、貴様はそれを基準にすればよい。
うむ。ここが長い、バサリ!ここも長い、バサリ!
むぅ?おお、ここだけは短くなってるではないか』
『へぇ、これは上司のストレスでできた10円禿げにございます。既に切られてるので結構でございますよ』ってね。」
会場の霊たちの色が少し変わった。青白かったのが、淡いピンク色になった。両津の掴みの小話で負のオーラが少し晴れた。
「こんな堅物の上司でございますが、世間知らずというわけではございません。時間が空けば、必ず幻想郷の治安を見て回るわけでございます。そうそう、世間知らずと言えば、こんなバカバカしいお話がございますのよ。昔、お江戸の屋敷にお殿様がおりましてね。江戸の町を見て回っていたのですが、家臣が弁当を忘れる大失態。腹を空かせたところで民家から美味しそうな匂いがするじゃありませんか……」
両津が演じたのは『目黒の秋刀魚』。古典ではあるが、落語では比較的演じやすい部類だ。実は西行妖の周りには日本語の分からない外国からの霊もいた。しかし、日本の霊が明るくなると、相乗効果でそっちの負のオーラも晴れる。両津がオチの「秋刀魚は目黒に限る。」と言ったころには霊は皆ピンク色。それが西行妖の周りにいるのだから、桜吹雪のように見えた。妖々夢異変では叶わなかった西行妖満開の絶景。形は違うものの、その光景を幽々子と妖夢は目の当たりにした。
「スゴイ、スゴイよ、両さん!」
「期待以上だったわ!」
落語が終わり、幽々子と妖夢が駆け寄る。正直、ダメ元で頼んだつもりだったのだが、満開の桜吹雪の絶景だ。これほど美しい光景は1000年は見なかったと断言する幽々子。
「忘れないでよー、酒盛りは、酒盛り。」
トラックから萃香の声がする。
「分かってるわよー、ちゃんと用意させるわ……紫に。」
「じゃ、藍と橙だな、用意するのは。」
ハハハと一同笑う。その後、残念ながら紫は冬眠中だったが、藍と橙により酒宴が整えられた。働きづめだった妖夢には久しぶりのオフだった。
「で、朝まで飲んでたのかい?」
「イタタタタ、飲みすぎたな、流石に。」
人里でパトロールをする両津と小町。本来なら二日酔いで勤務すれば映姫に1時間は小言食らうはずだが、今回のは善行と解釈されたためお咎めなしだった。逆に定期的に白玉楼に通うように言われた。
「アタイも落語聞くけど、演じるってのは考えたこともなかったな。」
「ま、ワシにできるのも簡単なもんだけだがな。寿限無、猫の皿なんかは比較的演じやすい。難しいのは粗忽長屋とかだな。」
「演じやすいのと演じにくいのの違いは?」
「色々あるが。単純に登場人物が多くなると落語は難しくなる。1人で演じるからな。更にそこから話が込み入ると難しくなる。小説とかは分からなかったら読み返せばいいが、落語はそうはいかん。」
両津も饒舌だ。
「ところで両さん。サンマって何だい?」
「ん?そうか、こっちの方は秋刀魚を知らんのか。海ないからな。遠海からは一年中取れるが、本当に旨いのは近海でとれる秋のやつだ。脂がのって焼くと旨い。醤油、すだち、大根おろしと一緒に食うのが一般的だ。しかし、うむ、ワシのミスだな。」
「ミス?」
「落語っていうのは、基本の話はあるんだが。どこで演じるかでちょくちょくアレンジしなきゃならん。霊は外から来てるから伝わったが、幻想郷住民には通じないわけだ。秋刀魚をヤツメウナギにでも変更するかな。」
「それっていいのかい?」
「そういうのが、落語の楽しみだ。ま、次は違う噺をやる。楽しみにしとけ……うん?」
両津、立ち止まり、道路脇を見た。そこには一輪の花。
「両さん、どうしたんだい?」
「いや、この花、ワシが通った瞬間に咲いたんだ……どういうことだ。」
「ん?花が咲く。ああ、ああ、そういうことか。ちょっと待って。面白いものを見せてやるよ。」
小町が人里の通りを物色する。そして、まだ花が咲いていない鉢植えを見つけた。
「これでいいか。両さん、ちょっと服の埃を払ってみな。」
「こうか?」
「いや、もっと強く。」
「こう?」
「もっと、もっと。よーしいいぞ。」
両津が服をはらっていると、やがて蕾が開き、花が咲いた。
「これは……?」
「以前、花映塚異変っていうのがあってな。どうやら霊魂には花を咲かせる効果があるらしいんだ。副作用といった方がいいのかな。両さん、白玉楼で落語しただろ。その時に霊魂の一部が服についてて、それが花に宿ったってわけだ。」
「ふーん、こいつは……使えるな。」
両津、胸ポケットを探る。ミニ萃香だ。
「萃香、用意して欲しいものがある。」
それから一週間後。両津と萃香は外の世界にいた。そばには白玉楼で落語をやるための舞台セットが入っているトラック。しかし、今回はそれ以外も入っていた。
「お、咲いたな。やはり外の世界でも有効なのか。」
白玉楼で落語をやるついでに霊魂の一部をトラックにくすねてきたのだ。といっても簡単な掃除機のようなものをトラックに搭載。音を出してはいけないので、微量しか採集できなかったが、実験には十分だった。
「両さん、今度は何をたくらんでいるんだい?」
萃香の嬉しそうな顔。鬼なので、基本的に悪事が好きなのだ。
「ふふふ、花映塚異変は知ってるか?」
「うん、花が咲くやつだね。あ、そうか、霊魂で咲いたんだっけ?」
「ああ。で、これは幻想郷以外でもできるらしい。幻想郷の外だと霊魂が見えなくなるのが難点だが。あ、いや、それはそれで都合がいいか。」
「ふふふ、どうするつもりなんだい、両さん」
「決まってる。花咲じじい作戦だ。外でこいつを高額で売り付けてやる。しかし売り方は考えないとな。見た目には何もないんだから。」
そして、更に一週間後。ここは某東京都内の大型庭園だ。
「花を咲かせる装置を開発した?」
そう、聞いてくるのは国の役員。
「ええ、わが社の開発した、拡散型テラヘルツ波印可装置により、蕾がついた木や草なら一晩で開花させることが可能です。」
そう答えるのはスーツを着て眼鏡を着用した両津。同じく隣にこれまた同じくスーツ眼鏡の萃香がいる。
「まずはこちらがデモです。ご覧ください。こちらの蕾。今から咲きます。」
「ん……おう、咲いた?」
もちろんテラヘルツ云々は嘘だ。本当は白玉楼で手に入れた霊魂で開花を速めている。
「この庭園では今月末、総理大臣主催の『桜を見る宴』が開催されるそうですね。その時に桜が咲いてなかったら寂しいでしょう?」
「ウーム、確かに人工的に開花時期を操作できるとしたら、イベントに便利だな。」
「こちら、わが社の参考見積でございます。契約、ご検討くださればと。もちろん開花しなかった場合は全額返金いたします。」
「ウーム、よし契約!」
こうして両津と萃香は”タダで手に入れた霊魂”で商売を始めるのであった。
「妖夢-、ねぇ、聞きたいことあるんだけど?」
「何でしょう?たぶん私も同じこと考えてますけど……」
「なんか、霊減ってない?」
「減ってますよね。」
「落語って霊を減らす効果あると思う?」
「理論的にはないはずです。」
「でも、落語の度に減ってるような気がするのよね。」
「はい……」
そんな会話をする妖夢と幽々子。そして物陰でそれを聞いていたのは両津。
(まずいな、勘づき始めた。)
その日の夜。妖怪の山麓で萃香と合流した両津。
「萃香、例のものは?」
「これだ。河童を脅して作らせた。」
それは一見、ただの岩。しかし穴が空いていて、空気中の霊魂を吸収する。
「音はないが……吸引力が小さいな。」
「うん。だから数で勝負する。白玉楼の敷地外にコイツを大量に設置する。」
「スイッチはワシが落語をやらない日にだけ入れてくれ。幽々子たちが勘づき始めてる。総理の”桜を見る宴”が今月末だ。それまでに数を集めるぞ。」
かくして霊魂は集められた。しかし、両津たちには大きな誤算があった。白玉楼の霊は悪霊ではないが、鬱傾向にあるのは変わりない。しかも両津の落語を聞かせずに集めた霊。それは鬱なままだった。そしてそれは、”桜を見る宴”前日に東京のある庭園に解き放たれた。
そして当日。
「総理、こちらでございます。」
「うむ。」
総理の挨拶と共に”桜を見る宴”が開催された。両津たちもスタッフとして参加していた。
「えー、皆様、本日は幸いにして満開の桜に恵まれまして……」
総理の挨拶が始まる。
(両さん、やったね。)
(ああ、見事な満開だ。金もガッポガポだ、ワハハ)
両津は桜を愛でる。本当に見事な満開だ。
(やはり、日本人は桜だな。桜を見ると、こう、死にたくなる。……うん?死にたくなる?)
(どうしたの、両さん?)
(いや、ワシ、何で今……?)
鈍感な両津でさえ鬱になる桜。当然、一般人である列席者には既に重篤な効果を与えていた。
「えー、我が国は、未だに、ひっく。拉致被害者を救出できず、ぐすん、ほ、本当に、すいませんでしたーっ!!」
いつの間にか大号泣している総理大臣。しかしそれを訝しむ列席者はいなかった。
既に、桜(に取りついている霊魂)の影響を受けていたからだ。既に辺りには悲鳴と怒号が蔓延していた。
「くっそー、何故ワシはまだ内閣入りできんのだー!」
「野党連携っていうが、どんどん支持率下がってるじゃないか……。」
「僕が悪いんじゃない。何でウチの党にばっかり問題児が集まるんだよ、不公平じゃないか……」
(注:どこの党の国会議員かはご想像にお任せします。)
「おいおい、まさか、これ。」
流石に事態に気づいた両津。原因なんて一つしか思いつかない。
「す、萃香。今から落語すればコレ、治るか?」
「この状況で落語できるかどうかから考えた方がいいんじゃない?」
「と、と、と、とりあえずお金だけもらって帰ろうかなー、」
慌てて事務局を探す両津。が、既に手遅れだった。
「な、何だと。」
事務局は炎上していた。ネットで炎上とかではない。リアルに燃え盛っていた。
「お、おい、何やってんだ!?」
事務局の人間を問いただす両津。
「うるせー!分かってるんだ、もう俺の横領がバレるのは時間の問題だって!全て燃やしてやる!」
「落ち着け、言ってることが無茶苦茶だぞ!」
そう、鬱になった職員が事務局を燃やす暴挙に出たのだ。更に周りも鬱になってるので、誰も消火活動をしない。
火はあっという間に庭園の木や建物に燃え移った。
「両さん、ヤバイよ!もう逃げよう!!」
「ダメだ、金をとらずに帰れるか!おい、金はどこだ!」
「あ、両さん、、、あれ、、、」
萃香が事務局の一角を指さした。そこがお金を管理する場所だったのだろう。そこには燃えて飛び散る紙幣たちがあった。
「うおおおおお!?まだ救出できるはずだ!萃香、邪魔な人間どもを排除しろ!ワシは諭吉様を救出する!」
完全にアニメの悪役のようなセリフを吐く両津!しかし萃香は両津を羽交い絞めにして止めた。もう手遅れなのは誰が見ても明らかだった。
そして空中には、そんな彼らを覗く視線。否、スキマ。
そしてスキマの向こう。当然、八雲紫がいた。幽々子や妖夢もいた。全員、あきれ顔だ。
「幽々子。どうする?助ける?」
幽々子はお茶を一すすり。
「それより、おうどんでも食べましょうか。妖夢、準備して。」
「かしこまりました。”なるべくゆっくり”準備いたします。」
そんな彼女たちには気づかず、両津の絶叫がこだまする。
「くそーーーー!霊もお化けも大嫌いだーーー!」
「ようむ~、ご飯は~?」
主の幽々子の声が響く。それに対し、妖夢は
「今日も昨日の鍋の残りで雑炊にしてもらってよいですか?」
「む~~~、もうそれ、放っておけばいいんじゃない?」
「そういうわけには……」
妖夢が西行妖を指す。そうしている間にも西行妖は伸び続けていた。
異変はつい最近に始まった。最初は剪定しなおすだけだったが、追い付かない。だから壁を立ててみた。しかし、壁を突き破って伸びた。かなり根元のほうから切ってみても、そこから更に伸びてきた。いっそ切り株にするかとも考えたが、何が起こるか分からない。そこは思いとどまっていた。
「やはり原因の方を解決しないと……」
妖夢は漂ってきた霊を楼観剣で斬る。
最近、外の世界からの霊、特に自殺者が増えてきた。理由は、妖夢は知る由もないが、東方プロジェクト自体の知名度の問題。東方系ゲームは世界各国に翻訳されて広まり、しかし今はブームが去った。そう、いったん知られたものが忘れ去られたのだ。そういう性質を持つ人間の一部の霊が幻想入りしてしまう。そしてその中には自殺者もおり、それが西行妖の栄養となっているのだ。
結論から言うと、解決策は『無視』である。霊は無制限にいるわけではないので、西行妖も成長限界に達する。その後、霊自体が少なくなるにつれて勝手に小さくなっていくのだ。しかし、当の妖夢にそれが分かるはずもないし、分かっていたところで、巨大化する西行妖を無視する勇気はない。だから、この不毛な作業に従事していた。
「ん~~、このままじゃ妖夢のご飯を食べられなくなるのかしらねー。」
幽々子も、動機は何であれ、真面目に考え始めた。西行妖が好むのは霊の中でも負の感情。それが自殺者に特に多い。それを吸収して成長しているのだ。数が数なだけに、一つ一つ浄化していたらキリがない。もっと抜本的な何かが必要だ。
「困ったと時はやっぱりあそこよね。」
「というわけなのよ。」
「ワシは何でも屋じゃないんだがな。」
「そーお?単行本を見る限り、ほとんど警察の仕事してないんじゃない?」
「……否定できない。」
またまた例によって是非曲直庁にトラブルを持ち込まれる両津。幽々子は和菓子を頬張りながらなので、真剣さがいまいち伝わらない。
「そういうのは、ワシじゃなく、専門の奴に頼んだらどうだ?博麗だっけ?あっちは除霊とかできるだろう?」
「うーん、現実的じゃないのよ。数が数だからね。」
「じゃ、ワシはもっとできんぞ。」
「そんなことないわよ、いいのを見つけたから来たのよ。ほら、このコミック191巻のこれ見て。」
「”DJ両津”?」
メタ説明をしよう。
コミック191巻の話が週刊少年ジャンプに掲載される少し前。渋谷で、ある一人の警察官が話題になった。渋谷にはパブリックビューイングができる大きな電光掲示板があるのだが、お祭り騒ぎに乗じて若者が暴れ、社会問題になっていた。この警官の活躍は、2013年6月4日、サッカー日本代表戦が放映されたときに起きた。日本はオーストラリアと引き分け、W杯出場を決めた。めでたいことではあるものの、歓喜に乗じた若者が暴れまわるだろうと警察は厳戒態勢。そんな中、一人の警官の声がマイクで響き渡った。
「こんな良き日に怒りたくはありません。私たちはチームメートです。どうか皆さん、チームメートの言うことを聞いてください」
「皆さんは12番目の選手。日本代表のようなチームワークでゆっくり進んでください。けがをしては、W杯出場も後味の悪いものになってしまいます」
「怖い顔をしたお巡りさん、皆さんが憎くてやっているわけではありません。心ではW杯出場を喜んでいるんです」(Wikipediaより引用)
この非常にユーモラスな誘導に若者たちは喝さい。結果、怪我人逮捕者を全く出さずに渋谷の雑踏誘導を完遂するという大功績を挙げた。
このニュースを見たこち亀作者の秋本先生。そのニュースも冷めぬまに、両さんにも雑踏誘導をさせる、題して”DJ両津”の話が掲載されたのだ。ここからは是非単行本を読んでいただきたい。
メタ説明終了。
「確かにそんなことあったが、それと悪霊退治がどう関係ある?」
「白玉楼には悪霊はいないわよ。悪霊は地底にいくの。でも、死者だから基本鬱っぽいのが多いわけよー。」
「ほうほう。で?」
「この単行本で、両さん。暴動を落語で止めてたでしょー?両さんが西行妖の前で落語したら、西行妖が負のオーラを取り込めなくなって成長が抑えられると思うわけよー。」
「はぁー、確かにやったな、そういうの。」
確かに落語には自信がある。除霊は無理でも、霊を明るくするくらいならできなくもない。
「分かった。やってみよう。やるからには真剣にやらんとな。おい、萃香。」
両津は胸ポケットから消しゴムサイズのミニ萃香を取り出す。
「用意して欲しいもんがある。」
3日後。白玉楼に一台のトラックがやってきた。それは西行妖の前に行くと、荷台が展開。中は簡素な舞台となっていた。本物とはだいぶ違うものの、それでも雰囲気作りは大事だと両津が発注したのだ。
タ・タ・タータタ・タタタタン。タタタタ・タタターン。
ラジカセで出囃子が鳴る。リズムはアニメ主題歌『葛飾らぷそてぃー』を三味線で弾いたものだ。その曲と共に両津が壇上によじ登った。
「ええ、初めまして。高いところから失礼いたします。ああ、霊は浮いてるから皆さんの方が高うございますね。いえいえ、結構。
手前、生まれは浅草、育ちも浅草。今は幻想郷に席を置かせて頂いている両津勘吉というものにござります。幻想郷は良いところではございますが、軋轢も多いところでございます。手前の上司、四季映姫というもの。これがエライ堅物でございましてね。出勤すると服装チェックをするんでございますよ。ええ、生徒指導部かって話でございます。服装はもちろん、靴、爪の長さ、最後は頭髪見るんでございます。手前、うっかり散髪に行きそびれたことがありましてね。ていっても、ちょっとタイミング逃しただけでございますよ?でも裁判長はチェックに来るんですよ。
『両津、なんだ、このボサボサ髪は?』
『へぇ、ちょっと散髪に行き忘れただけでございまして』
『行き忘れた?忘れたで済んだら地獄はいらん。私がハサミで切ってやろう』
『裁判長。ご勘弁下せえ』
『いいや、ならん。長いところは切ってやるから、貴様はそれを基準にすればよい。
うむ。ここが長い、バサリ!ここも長い、バサリ!
むぅ?おお、ここだけは短くなってるではないか』
『へぇ、これは上司のストレスでできた10円禿げにございます。既に切られてるので結構でございますよ』ってね。」
会場の霊たちの色が少し変わった。青白かったのが、淡いピンク色になった。両津の掴みの小話で負のオーラが少し晴れた。
「こんな堅物の上司でございますが、世間知らずというわけではございません。時間が空けば、必ず幻想郷の治安を見て回るわけでございます。そうそう、世間知らずと言えば、こんなバカバカしいお話がございますのよ。昔、お江戸の屋敷にお殿様がおりましてね。江戸の町を見て回っていたのですが、家臣が弁当を忘れる大失態。腹を空かせたところで民家から美味しそうな匂いがするじゃありませんか……」
両津が演じたのは『目黒の秋刀魚』。古典ではあるが、落語では比較的演じやすい部類だ。実は西行妖の周りには日本語の分からない外国からの霊もいた。しかし、日本の霊が明るくなると、相乗効果でそっちの負のオーラも晴れる。両津がオチの「秋刀魚は目黒に限る。」と言ったころには霊は皆ピンク色。それが西行妖の周りにいるのだから、桜吹雪のように見えた。妖々夢異変では叶わなかった西行妖満開の絶景。形は違うものの、その光景を幽々子と妖夢は目の当たりにした。
「スゴイ、スゴイよ、両さん!」
「期待以上だったわ!」
落語が終わり、幽々子と妖夢が駆け寄る。正直、ダメ元で頼んだつもりだったのだが、満開の桜吹雪の絶景だ。これほど美しい光景は1000年は見なかったと断言する幽々子。
「忘れないでよー、酒盛りは、酒盛り。」
トラックから萃香の声がする。
「分かってるわよー、ちゃんと用意させるわ……紫に。」
「じゃ、藍と橙だな、用意するのは。」
ハハハと一同笑う。その後、残念ながら紫は冬眠中だったが、藍と橙により酒宴が整えられた。働きづめだった妖夢には久しぶりのオフだった。
「で、朝まで飲んでたのかい?」
「イタタタタ、飲みすぎたな、流石に。」
人里でパトロールをする両津と小町。本来なら二日酔いで勤務すれば映姫に1時間は小言食らうはずだが、今回のは善行と解釈されたためお咎めなしだった。逆に定期的に白玉楼に通うように言われた。
「アタイも落語聞くけど、演じるってのは考えたこともなかったな。」
「ま、ワシにできるのも簡単なもんだけだがな。寿限無、猫の皿なんかは比較的演じやすい。難しいのは粗忽長屋とかだな。」
「演じやすいのと演じにくいのの違いは?」
「色々あるが。単純に登場人物が多くなると落語は難しくなる。1人で演じるからな。更にそこから話が込み入ると難しくなる。小説とかは分からなかったら読み返せばいいが、落語はそうはいかん。」
両津も饒舌だ。
「ところで両さん。サンマって何だい?」
「ん?そうか、こっちの方は秋刀魚を知らんのか。海ないからな。遠海からは一年中取れるが、本当に旨いのは近海でとれる秋のやつだ。脂がのって焼くと旨い。醤油、すだち、大根おろしと一緒に食うのが一般的だ。しかし、うむ、ワシのミスだな。」
「ミス?」
「落語っていうのは、基本の話はあるんだが。どこで演じるかでちょくちょくアレンジしなきゃならん。霊は外から来てるから伝わったが、幻想郷住民には通じないわけだ。秋刀魚をヤツメウナギにでも変更するかな。」
「それっていいのかい?」
「そういうのが、落語の楽しみだ。ま、次は違う噺をやる。楽しみにしとけ……うん?」
両津、立ち止まり、道路脇を見た。そこには一輪の花。
「両さん、どうしたんだい?」
「いや、この花、ワシが通った瞬間に咲いたんだ……どういうことだ。」
「ん?花が咲く。ああ、ああ、そういうことか。ちょっと待って。面白いものを見せてやるよ。」
小町が人里の通りを物色する。そして、まだ花が咲いていない鉢植えを見つけた。
「これでいいか。両さん、ちょっと服の埃を払ってみな。」
「こうか?」
「いや、もっと強く。」
「こう?」
「もっと、もっと。よーしいいぞ。」
両津が服をはらっていると、やがて蕾が開き、花が咲いた。
「これは……?」
「以前、花映塚異変っていうのがあってな。どうやら霊魂には花を咲かせる効果があるらしいんだ。副作用といった方がいいのかな。両さん、白玉楼で落語しただろ。その時に霊魂の一部が服についてて、それが花に宿ったってわけだ。」
「ふーん、こいつは……使えるな。」
両津、胸ポケットを探る。ミニ萃香だ。
「萃香、用意して欲しいものがある。」
それから一週間後。両津と萃香は外の世界にいた。そばには白玉楼で落語をやるための舞台セットが入っているトラック。しかし、今回はそれ以外も入っていた。
「お、咲いたな。やはり外の世界でも有効なのか。」
白玉楼で落語をやるついでに霊魂の一部をトラックにくすねてきたのだ。といっても簡単な掃除機のようなものをトラックに搭載。音を出してはいけないので、微量しか採集できなかったが、実験には十分だった。
「両さん、今度は何をたくらんでいるんだい?」
萃香の嬉しそうな顔。鬼なので、基本的に悪事が好きなのだ。
「ふふふ、花映塚異変は知ってるか?」
「うん、花が咲くやつだね。あ、そうか、霊魂で咲いたんだっけ?」
「ああ。で、これは幻想郷以外でもできるらしい。幻想郷の外だと霊魂が見えなくなるのが難点だが。あ、いや、それはそれで都合がいいか。」
「ふふふ、どうするつもりなんだい、両さん」
「決まってる。花咲じじい作戦だ。外でこいつを高額で売り付けてやる。しかし売り方は考えないとな。見た目には何もないんだから。」
そして、更に一週間後。ここは某東京都内の大型庭園だ。
「花を咲かせる装置を開発した?」
そう、聞いてくるのは国の役員。
「ええ、わが社の開発した、拡散型テラヘルツ波印可装置により、蕾がついた木や草なら一晩で開花させることが可能です。」
そう答えるのはスーツを着て眼鏡を着用した両津。同じく隣にこれまた同じくスーツ眼鏡の萃香がいる。
「まずはこちらがデモです。ご覧ください。こちらの蕾。今から咲きます。」
「ん……おう、咲いた?」
もちろんテラヘルツ云々は嘘だ。本当は白玉楼で手に入れた霊魂で開花を速めている。
「この庭園では今月末、総理大臣主催の『桜を見る宴』が開催されるそうですね。その時に桜が咲いてなかったら寂しいでしょう?」
「ウーム、確かに人工的に開花時期を操作できるとしたら、イベントに便利だな。」
「こちら、わが社の参考見積でございます。契約、ご検討くださればと。もちろん開花しなかった場合は全額返金いたします。」
「ウーム、よし契約!」
こうして両津と萃香は”タダで手に入れた霊魂”で商売を始めるのであった。
「妖夢-、ねぇ、聞きたいことあるんだけど?」
「何でしょう?たぶん私も同じこと考えてますけど……」
「なんか、霊減ってない?」
「減ってますよね。」
「落語って霊を減らす効果あると思う?」
「理論的にはないはずです。」
「でも、落語の度に減ってるような気がするのよね。」
「はい……」
そんな会話をする妖夢と幽々子。そして物陰でそれを聞いていたのは両津。
(まずいな、勘づき始めた。)
その日の夜。妖怪の山麓で萃香と合流した両津。
「萃香、例のものは?」
「これだ。河童を脅して作らせた。」
それは一見、ただの岩。しかし穴が空いていて、空気中の霊魂を吸収する。
「音はないが……吸引力が小さいな。」
「うん。だから数で勝負する。白玉楼の敷地外にコイツを大量に設置する。」
「スイッチはワシが落語をやらない日にだけ入れてくれ。幽々子たちが勘づき始めてる。総理の”桜を見る宴”が今月末だ。それまでに数を集めるぞ。」
かくして霊魂は集められた。しかし、両津たちには大きな誤算があった。白玉楼の霊は悪霊ではないが、鬱傾向にあるのは変わりない。しかも両津の落語を聞かせずに集めた霊。それは鬱なままだった。そしてそれは、”桜を見る宴”前日に東京のある庭園に解き放たれた。
そして当日。
「総理、こちらでございます。」
「うむ。」
総理の挨拶と共に”桜を見る宴”が開催された。両津たちもスタッフとして参加していた。
「えー、皆様、本日は幸いにして満開の桜に恵まれまして……」
総理の挨拶が始まる。
(両さん、やったね。)
(ああ、見事な満開だ。金もガッポガポだ、ワハハ)
両津は桜を愛でる。本当に見事な満開だ。
(やはり、日本人は桜だな。桜を見ると、こう、死にたくなる。……うん?死にたくなる?)
(どうしたの、両さん?)
(いや、ワシ、何で今……?)
鈍感な両津でさえ鬱になる桜。当然、一般人である列席者には既に重篤な効果を与えていた。
「えー、我が国は、未だに、ひっく。拉致被害者を救出できず、ぐすん、ほ、本当に、すいませんでしたーっ!!」
いつの間にか大号泣している総理大臣。しかしそれを訝しむ列席者はいなかった。
既に、桜(に取りついている霊魂)の影響を受けていたからだ。既に辺りには悲鳴と怒号が蔓延していた。
「くっそー、何故ワシはまだ内閣入りできんのだー!」
「野党連携っていうが、どんどん支持率下がってるじゃないか……。」
「僕が悪いんじゃない。何でウチの党にばっかり問題児が集まるんだよ、不公平じゃないか……」
(注:どこの党の国会議員かはご想像にお任せします。)
「おいおい、まさか、これ。」
流石に事態に気づいた両津。原因なんて一つしか思いつかない。
「す、萃香。今から落語すればコレ、治るか?」
「この状況で落語できるかどうかから考えた方がいいんじゃない?」
「と、と、と、とりあえずお金だけもらって帰ろうかなー、」
慌てて事務局を探す両津。が、既に手遅れだった。
「な、何だと。」
事務局は炎上していた。ネットで炎上とかではない。リアルに燃え盛っていた。
「お、おい、何やってんだ!?」
事務局の人間を問いただす両津。
「うるせー!分かってるんだ、もう俺の横領がバレるのは時間の問題だって!全て燃やしてやる!」
「落ち着け、言ってることが無茶苦茶だぞ!」
そう、鬱になった職員が事務局を燃やす暴挙に出たのだ。更に周りも鬱になってるので、誰も消火活動をしない。
火はあっという間に庭園の木や建物に燃え移った。
「両さん、ヤバイよ!もう逃げよう!!」
「ダメだ、金をとらずに帰れるか!おい、金はどこだ!」
「あ、両さん、、、あれ、、、」
萃香が事務局の一角を指さした。そこがお金を管理する場所だったのだろう。そこには燃えて飛び散る紙幣たちがあった。
「うおおおおお!?まだ救出できるはずだ!萃香、邪魔な人間どもを排除しろ!ワシは諭吉様を救出する!」
完全にアニメの悪役のようなセリフを吐く両津!しかし萃香は両津を羽交い絞めにして止めた。もう手遅れなのは誰が見ても明らかだった。
そして空中には、そんな彼らを覗く視線。否、スキマ。
そしてスキマの向こう。当然、八雲紫がいた。幽々子や妖夢もいた。全員、あきれ顔だ。
「幽々子。どうする?助ける?」
幽々子はお茶を一すすり。
「それより、おうどんでも食べましょうか。妖夢、準備して。」
「かしこまりました。”なるべくゆっくり”準備いたします。」
そんな彼女たちには気づかず、両津の絶叫がこだまする。
「くそーーーー!霊もお化けも大嫌いだーーー!」