ここは月の都、綿月の屋敷。すなわち私達の家。
地上から来た妖怪達を地上に送り返し、そしてぎゃふんと言わされたのが1ヶ月ほど前の事。
八意様と私達の計画を見事に突破され、最初は腹が立ったものだったけれど…。
結果的に私達姉妹への悪い噂も晴れ、何だかんだで以前よりも過ごしやすくなった。
酒瓶一本で今の平穏を手に入れられたと思って、それ以来私はあの時の事を考えるのを止めた。
さて、そんな風にある程度落ち着いた生活を送れるようになった、とある日の事…。
「依姫」
廊下を歩いていた私は、不意に背中に掛けられた声に振り返った。
「お姉様?どうされました?」
私を呼んだのは、声で判ってはいたけれど豊姫お姉様だった。
その傍らには、嘗て地上から八意様の封書を持ってきた逃亡兎、レイセンの姿も。
お姉様は何故かレイセンの事を特別扱いしてるからなぁ。
此処最近、無意味に引っ張り回している事が多いし。
それはまあ、もう一代前のレイセンに思い入れがあるのも判りますけどさ。
レイセンも一応護衛兵の一人なんですから、むやみに引っ張り回さないで欲しいと言うのが本音。
…いやまあ、サボってなければの話だけど。
と、今はそんな事は如何でもいい。とにかく、お姉様はレイセンを連れて何の御用が?
「地上の妖怪たちに復讐してみない?」
それはまた随分と色々なステップを跳び越した話を。
「…お姉様?」
「やられっぱなしじゃ月のリーダーの名が廃ると思わない?」
思いません。そもそも結果的に私達の敗北であった事は私とお姉様しか知りません。
それにお姉様もこの1ヶ月何も仰られなかったから、完全に忘れたものだと思っていました。
「それで、私達も何かやり返しましょう」
いや、勝手に話を進めないで下さい。
「別に今更掘り返す事でもないでしょう?
それに、下手に動くとまたあらぬ疑いを掛けられますよ?」
ただでさえついこの間まで疑いの目が厳しかったというのに。
ある程度の疑いを晴らせたとは言え、まだ私達が何か企てているんじゃないかと疑う輩もいる事ですし。
お姉様のことだから「ばれなきゃいいじゃない」とか言いそうだけど。
「ばれなきゃいいじゃない」
本当に言ったよこの人。
「それはそうですが…」
「大丈夫よ、こっそりやってこっそり戻れば誰にも気付かれはしないから」
いやいやいや、人の眼なんて何処にあるか判りません。
どうしてお姉様はこうも楽観主義なんだろうか。
「計画中はレイセンに危険分子を見張らせるから大丈夫よ」
うわぁ、それだったら見張りなしでやりたいくらいに頼りないんですけど。
「豊姫様!?私を呼んだのはそのためですか!?」
「勿論よ」
しかも話してなかったんですか。
どれだけ行き当たりばったりで計画立ててるんですか?
八意様、お姉様を止めてください、お願いします。ああなんであなた様は地上にいらっしゃるのですか!
「とにかく、善は急げと言うから、今からさっそく行動を起こそうと思うのよ」
私は今からさっそくあなたをどこかの病院に叩き込みたいのですが。
八意様、本当に帰ってきてください。そして病院を開いてください。
私が患者第一号としてお姉様を入院させますから。
「…先に聞きますが、何をする気ですか?」
とりあえず、何をするかは知りませんが物騒な事だけは勘弁してくださいね?
「言ったじゃない。『復讐する』って。
地上の妖怪達にやられた事を、私達がやり返すのよ」
…はぁ?
「地上の侵略にでも乗り出すのですか?」
「違うわよ。私達も地上から何か盗んでくるのよ」
ちょっと待たんかい!
声に出さなかったのは私の長年の修行の賜物だろうか。
「お姉様、幾ら復讐の為とはいえ、地上の穢れを月に持ち込もうというのですか?」
何のために月と地上を全力で隔離してきたと思ってるんですか!
「持ってきても問題なさそうな物を持ってくればいいじゃない」
駄目だこの姉、早く何とかしないと…。
「八意様の封書も、紙自体は地上の物だったでしょう?
別に地上の物を持ち込む事が、穢れを持ち込む事にはならないから大丈夫よ」
いや、まあ、それは確かに正論なんですが…。
そもそも幾ら寿命が出来てしまうからと言って、月の民が地上の穢れを過剰警戒している節もありますしね。
「それじゃ早速行きましょうか?」
「何処にですか?」
「この流れで何処かの温泉宿に卓球しに行くとでも思う?」
「私としては無理やりでもそっちの方が嬉しいですね」
「あぁん、依姫ったらいけずぅ」
あるぇー?お姉様ってこんなキャラだったっけ?
いやまあ、昔から桃採るために屋根から飛び降りたり見張りを踏み潰したりと、よく言えば天真爛漫ですが。
そうですね、今すぐ行きましょうか病院に。受け入れ拒否されそうですが。
「お姉様、私はまだやるとも行ってませんし、そもそも最初からやる気なんてありませんが」
「あら、やるだなんて、貴女も年頃ね」
ぷっつん。
私の理性の紐が切れました。
「何の話ですか!?ついでに年頃なんて年齢はとっくに超えてます!!」
「///」
「レイセン!!あんたもなにさり気なく顔真っ赤にしてるの!!今すぐ妄想止めないとその首たたっ斬るわよ!!」
「およしなさいな。それと、私の計画は強制参加だから拒否権はないわよ?」
「強制イベント!?幾ら姉だからって酷すぎる!!」
「因みに、それでも拒否するようなら依姫のスリーサイズを月の都全部に広めちゃうわよ?」
「ぎゃアーッ!!な、何でお姉様が知ってるんですか!?」
「この間貴女が寝ている最中にこっそりと」
「何故気付かなかった私!!」
「それにしても、真面目に訓練してるばっかりだからスタイルはぜんぜん良くないのよね。
確か上からn「ストップ!!それ以上は禁則事項です!!」
「…よ、依姫様のスリーサイズ…」
「何であなたも興味津々なの!!」
「じゃあレイセン、見張りをしっかり出来たら教えてあげるわ」
「ほ、本当ですか!?じゃあ頑張ります!!」
「二人とも表に出ろおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
怒りに任せて祇園の剣を抜く。
もう駄目だレイセンはともかくお姉様の蛮行は許せない!!
乙女の秘密をばらすんじゃない!!ただでさえ本気で気にしてる事の一つなんですから!!
「ひぃっ!!ごめんなさいごめんなさい!!」
「あらあら、物騒ね」
お姉様の陰に隠れるレイセンと、言ってる事と表情がさっぱり合ってないお姉様。
いいやお姉様が無駄に笑顔なのは何時もの事だ、騙されるな綿月依姫。
幾らお姉様でも、と言うか稽古をサボってるお姉様が私の剣に敵うはずがない!!
「覚悟してください…大丈夫、敬愛する(笑)お姉様を本気で殺したりはしませんから…!!
ただちょっと喉切り裂いて一生その美しい声を出させなくするだけですから…!!」
「おぉ、こわいこわい。
それと一つだけいいかしら?」
「何でしょうか?最後に言い残す事があるのでしたらどうぞ」
「この状況で詰んでるのは貴女の方だからね?」
…はぁ?
何を言ってるんでしょうかこの馬鹿姉は。
「お姉様、普段から稽古をサボって桃食べてばかりのあなたが私に勝てると思いますか?
お姉様に武器はない、私にはこの剣がある、どちらが有利かなんて考えるまでもありませんよね?」
「さっきから自分が大声だし過ぎだって事には気付いているかしら?」
お姉様の唐突な一言。
大声を出しすぎ?だからどうしたというのですか?
私の理性の糸はとっくに切れています。もうそんな事への羞恥心はからきしも…。
「…ふあ?」
「気付いたかしら?」
お姉様の後方10メートルほど、よく見れば廊下の先の方に幾つもの人影が…。
あれって、何時も住み込みで働いてる見張りや警備員や玉兎達…?
「さて、今此処で私が大声で依姫のスリーサイズを叫んだら、どんな事になるかしらね?」
お姉様の言葉に、周囲のギャラリー達(レイセン含む)が僅かにどよめく。
…って、何でそんな反応示すのですか!!どうして揃いも揃って興味心身なんですか!!
しかし、私にもだんだんお姉様の言いたい事が判ってきた。
拙い、非常に拙い、確かに崖っぷちの状態なのは私の方だ。
「お、おい、依姫様の…聞きたいと思うか?」
「ば、馬鹿、お前、敬愛する我らが主のそんな事…」
「いや、敬愛するからこそ知っておきたいと言う理屈もだな…」
「だ、だがしかし…」
「熱くなれよ!」
「わ、私も出来れば…」
「今は本能のままに生きて許される時だ」
「いや、知りたいだろjk」
「豊姫様のも聞きたいな…」
「…お、お前らがそんなに聞きたいって言うなら、まあ、止めはしないが…」
「お前らが聞きたいって言うからだからな?俺は別に聞きたいだなんて思ってないからな?」
「依姫様、私達の意見は満場一致です」
貴様らああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!
何この穢れだらけの月の民!?もうヤダこの世界!!もうヤダこのお姉様!!
今すぐ全員懲戒免職にしたいけど、そうも出来ない事情だと知ってやってるのかああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!
ただでさえ人手不足でそれこそレイセンを即座にペット入りさせたくらいなのに!!
これも全てお姉様の計画のうちか!!何も考えてないと思ったら何この用意周到っぷりは!!
「あら、これじゃ貴女が空気読んで断るしかなくなっちゃったわね。此処にいる全員の期待を裏切るつもり?」
いやああぁぁぁぁぁ!!何このプレッシャーは!!
八意様!!お願いです助けてください!!
「依姫、私も貴女がどれだけ成長した(笑)か聞いてみたいわ」
なんか天の声まで聞こえたよ!?
八意様まで私を見捨てないで下さいいいいぃぃぃぃぃぃ!!!!
「まあ、そんなにやりたくないと言うなら仕方ないわね。
さあみんな、依姫のサイズは上から7「判りました!!やります!!やればいいんでしょうやればああぁぁぁぁぁ!!!!」
私は泣いた。盛大に泣いた。多分八意様が地上に追放された時並みに泣いた。
多分こうやって強制参加させる事もお姉様の計画の内だったんだろうな…。
もういいですよ、お姉様の手の中で踊らされますよ。だからそれをばらすのだけは勘弁してください。
ああ、何処かで胃薬買ってこよう…。自分で調合する元気すら、もう…。
因みに、この後暫くの間私は「K・依姫(様)」と呼ばれた。
そう呼んだ奴らは全員月の都一周マラソンの刑にした。
依姫様の泣き顔が可愛かったと言った奴も全員腕立て伏せ1000回の刑にした。
そしてどちらの刑も受けなかった者が一人もいなかったという事実に私は再び泣いた。
* * * * * *
翌日の夜、私は泣く泣くお姉様と共に静かの海へ。
お姉様は海と山を繋ぐ。海でなければ、地上への道は作れない。
序に地上に行って盗みを働くのは私の役目だそうだ。もういいですよ何でもやりますよ。
レイセンは言われたとおりにちゃんと危険分子の見張りに行ったらしい。他の玉兎達も一緒に。
お姉様が玉兎達に、私の秘密を教えないように見張っておかないと…。
「お姉様、地上に行くのはもう構いません。諦めます。
ですがせめて、盗みに入る場所だけは私に決めさせてください」
「ん?あの境界の妖怪の家に忍び込んでもらおうと思ってたんだけど?」
「お願いですからせめてそれだけは私に決めさせてください!!」
「判った判った、判ったから泣かないで」
泣きますよ!!そこまで自由がなかったら私の存在価値はいったいなんですか!?
「で、何処に入りたいの?」
「吸血鬼が住んでいる場所です」
「吸血鬼って?」
「…話したじゃないですか…」
確かに吸血鬼達と戦ったのは私ですけどさ。
月にロケットで侵略しに来た、紅白巫女と白黒魔法使いと妖精何人かと吸血鬼と、そしてあの忌々しいメイド。
そう、私はあのメイドの事だけは未だに許せない。
この私に手癖が悪そうだと言ったあのメイドが!!
私の何処が手癖が悪い!!その言葉がイラついたから2回も戦ってる最中に言っちゃったじゃない!!
瞬間移動っぽいイリュージョンでナイフばら撒いてたあんたの方がよっぽど手癖が悪いわよ!!
と言うわけで、何か盗むと言うならばあのメイドをぎゃふんと言わせたい。
「ですから、吸血鬼が住んでそうな場所に道を繋いでください」
「それなら多分、湖の近くのあの紅い館ね」
「何で一発で判るのか説明してもらっていいでしょうか?」
「一度地上に降りた時にちょっと観光してたのよ」
えっと、それはつまり境界の妖怪を罠に嵌めた時の事ですか?
八意様に授けられた作戦の実行前と言う事ですか?私が吸血鬼達と戦ってた頃と言う事ですか?
帰ってきてから詳しく聞いておきましょう。
「それじゃ道を開くわ。時間はそんなにないから注意してね」
はいはい行ってきますよ。行けばいいんでしょう行けば。
帰ってきたらお姉様に復讐する方法を考えないと…。
「それでは行ってきます。…帰ってくるまで道を閉じたりしないで下さいね?」
「…何の事かしら?」
「お願いですからやらないで下さいね!?判ってますよね!?」
「判ってるから大丈夫よ」
本当に判ってるのかなこの人!?
今更だけど物凄く不安になってきたんですけど!?
…まあ、最初この計画を聞いた昨日の時点から、既に不安でしたけどさ。
「…それじゃ行ってきます。あと人がいない事を良い事に秘密もばらさないようにお願いします」
「鋭いわね、八意様もきっと喜んでいるわ」
「…行ってきます…」
色々と意気消沈しながら、私は静かの海に開いた境界の切れ目に飛び込んだ。
* * * * * *
さて、場所は変わって、ここは地上の幻想郷。
空を見上げれば、先ほどまで私が立っていた月が見える。
そしてその月の光を浴びるように、湖の中に聳える真紅に染まった洋館。
なるほど、確かにあの吸血鬼が住んでいるならばこの場所だろう。
と言うか、この洋館以上に吸血鬼が住んでそうな場所がまるで想像出来ない。
それにしても、随分とおどろおどろしい雰囲気だ事。
何か、悪霊とか地縛霊とかが廊下を歩いていてもおかしくないような…。
…いえ、別に、怖いわけじゃないからね?一般的な感想だからね?
それじゃ早速、忍び込む事にしましょうか。
吸血鬼は夜行性だろうし、ひょっとしたら館内を徘徊してるかもしれないから気を付けないと…。
あちらも吸血鬼達と境界の妖怪の事はともかく、酒瓶盗んだ時は誰にも気付かれずにやってのけたのだから。
事を荒立てるのも面倒だし、私も気付かれないように忍び込んで、何かを持ってこなくては…。
まずは門の近くまで移動。
こんな時間に誰か門番が見張ってるとは思わないけれど、妖怪の住むこの世界は夜の方が危険度が高いと思う。
だからこそ、門番がいないなんて言う勝手な思い込みは止めておこう。
という訳で、隠れながら少しずつ接近。
少なくとも、誰かが立っているようには見えないけど…。
暗くて正直よく見えない。天照大御神を呼び出したいけれど、それでは逆に明るすぎか。
…神の力が強大すぎるが故に、小さな光が欲しい時は不便ね…。
まあいいや、誰もいないなら、とりあえず門から中を覗いてみよう。
門が鉄柵なので、中が覗けるようになっているので。
塀伝いに門まで移動し、中を覗いてみる。
よし、館の入り口にも庭にも誰もいない。これは思ったよりも楽勝で…。
「だ~れ~で~す~か~ぁ~?」
…えっ?
まるで地の底から響くような恐ろしい声を聞いて、思わず身体が硬直してしまう。
だ、誰!?門のところには誰も立ってなかったはず…!!
声の方を恐る恐る向いてみれば、其処には頭にナイフが数本刺さった、地を這うゾンビが…!!
「ひぎゃああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
逃げた。それはもう全力で逃げた。
い、いや、だって!!誰もいないと思ってたところにいきなりゾンビが出てくれば誰だって驚くじゃない!!
な、何よ今の!!何でいきなりホラー劇場開始なのよ!!
わ、私だって苦手なものくらい…!!いや、苦手じゃない!!この私に苦手なものなんてないからね!!
別に昔お姉様に怖い話をされて夜眠れなくなった事なんてないからね!?本当だからね!?
あまりに怖くて八意様に泣きついて一緒に寝てもらった事なんて一回もないからね!?
夜中一人でトイレに行けな(此処から先は依姫様によって斬り取られました)。
「ふあっ…?今誰かいたような…」
とりあえずゾンビから見えないところまで逃げて、様子を伺ってみる。
な、何で頭にナイフが刺さって平然としてられるのよ、やっぱりゾンビ…!?
「…って!!あれっ!?もうこんな時間!?」
辺りを見回し、暗くなってる事を確認してからゾンビが叫ぶ。
その後門に手を掛けて開けようとしたけれど、ガチャガチャと音が響くだけで、門は開かなかった。
「あああ…、…また野宿かぁ…。…たまにはベッドで寝たい…咲夜さんとご飯食べたい…」
泣き崩れるゾンビ。
…なんだかだんだん、恐怖心が哀れみの感情に変わってきた…。
ああ、きっとあのゾンビがこの館の門番なんだな。
よく思い出してみれば、あのゾンビの頭に刺さってるナイフは、あのメイドが使ってたのと同じやつだ。
咲夜、という名前だった気もするし。やっぱり此処があの吸血鬼の住処で間違いないようね。
で、何かしらの失敗でもして、メイドにナイフ刺されて今までずっと気絶してたと。
なんと言うか、ちょっと友達になれそうな気がした。
私もお姉様に振り回される毎日で、つい先日も盛大に辱められて…。
…今度幻想郷にくる機会があったら、一緒にお酒でも呑みに行きましょう…。
さて、門番がいる以上、門からは入れそうもない。
だったら塀を越えて進入するしかないか。幸い先ほど庭を見回した時は誰もいなかったし、素早く乗り越えれば気付かれそうもない。
そう時間もない事だし、即座に決行。
予想通り、あっさりと塀を飛び越えて侵入出来た。
後は、どうやって気付かれないように館の中に入るか、か…。
あっと、その前にやる事が。
私は門の近くまで移動し、塀の外に向かってとある物を投げる。
とさっ、と、塀の外の草地に何かが落ちた音が聞こえた。
「んっ?今何か…」
塀の向こうから、先ほどの門番の声が。
「これって、桃…?」
ええ、桃ですよ。必要ないとは思ったけれど、一応非常食に手近にあった物を持ってきていたので。
「…あっ、美味しい!!
ああ、どう言うことなのか判らないけど、嬉しい…!!」
後はすすり泣く声と、桃を齧る小さな音が悲しく響く。
喜んでもらえたようで何よりです、門番さん。さっきはあんなに怖がってごめんなさい。
…今度、ゆっくり呑みましょう、愚痴を肴にして…。
* * * * * *
さて、と…。次はどうやって中に入ろうか。
まさか何処かの鍵を閉め忘れてるなんて事は考えられない。
門番がいるようなところなんだし、警備はしっかりしているのだろう。
とりあえず一階の窓と扉は全部チェックしてみたけれど、当然全てに鍵が掛かっていた。
ただ、窓から侵入出来ないわけでもない。
簡単な話だ。窓に鍵が掛かっているなら鍵を外すか、窓をそのまま外してしまえばいい。
時間もそう掛けたくないことだから、こんな事に使うのは不本意とは言え、さっさとやってしまおう。
「金山彦命よ、窓の釘を全て塵に返せ」
剣を窓に突き立て、金山彦命を身体に降ろす。
金属の神、金山彦命に掛かれば、どんな金属も自在に無に返し、新たに造る事が出来る。
程なくしカタリとほんの小さな音が響き、支えを失った窓がゆっくりと倒れる。
…館の中に。
「ちょっ!!」
外れた窓枠が廊下に落ちる前に、何とか両手でキャッチ。剣はその場に放り出して。
…ああ、1/2の確率だったのに、ついてないなぁ私は…。
もし取り損ねていたら、窓ガラスが割れる音で気付かれていたかもしれない。
あれ?そもそも窓の釘じゃなくて、鍵を消せばよかったんじゃない?
…まあ、今更そんな事を考えても仕方がないか。
とりあえず剣を回収し、館内へと進入。
「釘を元に返しなさい」
窓を嵌めなおして再び金山彦命の力で元に戻す。
よし、これで私が忍び込んだ形跡は残らないはず。
とは言っても、この無駄に広い紅い館。大きさだけなら綿月家といい勝負ね。まあ敷地はこっちの方が大きいけど。
そんな事を張り合いに来たわけじゃなくて、この広い館の何処があのメイドの部屋なのか…。
鍵を開けるだけなら、もう一度金山彦命の力を使えば済む。
残る問題は、いかに素早くあのメイドの部屋を見つけるかどうかだ。
今のところ、廊下に誰かがいる気配は感じない。
電灯も何もない真っ暗闇で、数メートル先もよく見えないけれど…。
…見えない、けれど…。
「………」
…い、いや、別になんでもない、暗いからなんだって言うのよ。
べ、別に怖いなんて事は全くないわよ!この月の使者のリーダーである私に、怖いものなどあるはずもない!!
ただちょっと、先がよく見えないから、向こうから誰か歩いてきても気付きにくいって言うだけ!!
そうよ、ちょっと気を付けて歩かなくちゃいけないというだけであって、決して怖いなんて事はない!!
間違ってもない!!怖いわけがない!!私には八百万の神の力もあるんだから!!
よし、それじゃメイドの部屋を探しに…。
かたっ…。
「ひぎいっ!!」
な、ななななななな何今の音ははははは!!
か、風で窓が揺れただけ!?そうよねそれだけの話よね!!
怖くない怖くない別に怖くなんてない!!ただちょっといきなりだったから吃驚しただけ!!
すー、はー。すー、はー。
…落ち着いて、落ち着いて…。
さあ、行きましょうか。何度も言うけど怖いはずなんてない。
明かりなんて必要ないわ。愛宕様の火を使えばいいかもしれないけど別に怖くないから大丈夫。
とりあえず、足音を立てないように歩いてみる。
これだけ静かなのだから、ちょっとした音でも命取りになりそうね。
かつっ、かつっ、かつっ…
あっと、足音が鳴ってる。静かに、静かに…。
かつっ、かつっ、かつっ…
…あれ?
かつっ、かつっ、かつっ…
お、おかしい、足音は鳴らしてないはずなのに、どうして足音が…!!
しかも足音は、私に向かってちょっとずつ近付いてきてるし!!
嫌だ嫌だ来ないで来ないで!!私なんて食べても美味しくないから来ないでぇ!!
私は訓練サボってないから肉が硬くなってるから!!スタイル悪いから柔らかいところなんてないから!!
いやいやいや、落ち着きなさい綿月依姫!!
此処は幻想郷で妖怪が沢山いて今は夜で吸血鬼の館!!
常識的に考えて夜行性の誰かが歩いてるだけでしょう!!
と、とりあえず隠れないと!!
慌てて私は、その辺にあった調度品の陰に隠れた。
「あれっ?おかしいなー。この辺から変な声が聞こえた気がしたんだけど…」
気付かれないように、様子を伺ってみる。
窓際に立っている、小さな影。月明かりに照らされて確認出来るその姿は…。
身長は小さめで、赤い服を着て、背中にカラフルな結晶の付いた羽を生やした少女だった。
初めて見るはずなのに、何故か初めて見るような気がしない。
何処かで見た事があるような…。…気のせいかな…?
「私達は夜動くのに、咲夜達は寝ちゃってるしなー。
今からあちこち爆発させれば、みんな遊んでくれるかなぁ?」
ちょっ!!なにその無邪気に危険な独り言は!!
お願いだから大騒ぎしないで!!この状況で大騒ぎされたら私は確実に見つかるから!!
「あ、でもそんな事したらまたお姉様が煩いからなぁ。
仕方ないなぁ、パチュリーに遊んでもらおうっと」
そう!!そうしてお願い!!パチュリーって言うのが誰かは知らないけどとにかくそうして!!
とりあえずこのまま行けば何とかなりそうだ。今はこの子が消えてくれるのを待って…。
「あれっ?ネズミ?」
…ッ!?
気付かれた!?気配は完全に消してたはずなのに!!
思わず飛び出して斬りかかりそうになったけれど、視界に小さな何かが映った瞬間に、私の思考が止まる。
私とその少女の間に、本当にネズミがいたからだ。
な、なんだ、本物のネズミか。私に気付いたわけじゃなかったのね。私はほっと胸を撫で下ろす。
とりあえずそこのネズミ、私の方を見るのはやめなさい。
偶然こっちを見ているだけだろうけれど、ネズミに凝視されるって言うのは気持ちのいいものでは…。
「どかーんっ」
パァンッ!!
…。
……。
…………。
あ…ありのまま今起こった事を話すわ!
『ネズミに見られていると思ったら急にそのネズミが爆発した』
な、何を言っているのか(ry
少女が手を強く握ったかと思えば、急にネズミが爆発。
それだけでも十分に心臓にダメージを与える光景だったのに…。
私の足元にバラバラになったネズミの右後ろ足が落ちてきて…。
…がくっ。
私の意識は、あまりの出来事に暫く何処かへ飛んでいった…。
* * * * * *
…もうヤダ、帰りたい…。
気絶していた私が目を覚ました時、真っ先に思った事がそれだった。
幸いそう長い間気絶していたわけではなかったらしく、起きたら縛られて囲まれて、という事はなかった。
だけど精神的には既にボロボロなんですけど…。
さっきから視界が滲んで仕方ない…。
因みにさっきの少女の姿はなかった。本当になんだったんだろうあの子は。
あのネズミを爆発させたのはあの子の能力なんだろうけど。
何の能力なのかが判らなかったし、その能力を使う前兆も見えなかった。
何の脈絡もなく、相手を破壊する能力、そんな感じなのかな。
思い返してみると、私でもぞっとするような能力ね…。
それにしても、着いてすぐにバ○オハ○ードみたくゾンビに襲われて…。
その後ちょっと落ち着いたかと思えば、真っ暗闇で影の足が聞こえてネズミが爆発というホラーイベントの連続。
こんなの私じゃなくても…じゃなくて!!私でも!!私でも怖いに決まってるじゃない!!
眼が覚めて、バラバラになったネズミの屍骸が視界に入った時は、また気絶しそうになったわよ…。
もうヤダ帰りたい月の光が恋しい電気の光が恋しいよぉ…。
でも帰れないしなぁ…。
手ぶらで帰ったらお姉様にまた弄られる。そうに決まってる。
折角来たからには、あのメイドをぎゃふんと言わせたいのも事実。
だったら、さっさとメイドの部屋を見つけて帰ろう。
とりあえず落ち着け私。帰ってお姉様に復讐するまでは死ぬに死ねないんだから。
…だけど、最初に考えた疑問の通り、あのメイドの部屋は何処なのやら…。
ああだこうだと考える時間もない。というか考える時間を使いたくない。
めんどくさいから、自分の(と言うか神の)能力に頼ることにしよう。
「天太玉命よ、私の目指す者の居所を示せ」
天太玉命は占いの神。
私の行くべき場所を示してもらって、それを頼りに行動するのが一番手っ取り早い。
寧ろ何で最初からこうしなかったんだろう。
数々のホラー劇場が怖くて頭が回らなかっただなんて事は決してない。ないったらない。
とにかく、私は剣に天太玉命の力を込める。
ふわりと宙に浮いた剣は、切先を斜め上30度ほどに向ける。
メイドの部屋は、少なくともこの階には無いって事ね。
となると、私がまず探すべきなのは上に続く階段。
こういう洋館だと、階段って言うものは大体エントランスホールにあるものよね。
玄関の位置は覚えているから、次に向かうべき場所は判った。
だけど、階段?
もう何かこの化け物屋敷では階段と聞くだけで…。
いや、だから、怖くないってば。ただ階段にトラップでもありそうだな、と。
あと暗いからうっかり踏み外したりしたら危ないな、と思っただけ。
さて、つまらない事は考えてないで、早くエントランスホールへと向かいましょうか。
* * * * * *
1分半ほど歩いて、目的地のエントランスホールまで辿り着く。
私の思ったとおり、玄関に向かい合う形で存在した。上と下に続く階段が。
この館、地下もあったんだ。興味はあるけど今は関係ない。
決して地下を覗き込んだとき、真っ暗で何も見えなくて怖かった、というわけではない。
私の目的はあくまであのメイドであって、他のものに興味を示している暇はない。
切先の向いている方角へと、私は足を進める。
階段に足を掛けて…。
1。
2。
3。
…あれ?何で私ってば階段の数を数えてるの?
いやまあ、他に考えることがないだけよね。
べ、別に怖くなんてないんだから、段数がいくつだって別にいいじゃない。
4。
5。
6。
7。
8。
9。
10。
11。
12。
13。
…13段上って、踊り場までの階段は途切れた…。
…あれ?此処まで…?
「ひっ!!」
な、何か踏んだりしてない!?
元々12段だったのが13段になってたりしてないよね!?
いや此処じゃなくて1段目を踏んだ段階から既に…!!
確認してきたほうが…!!い、いや!!見たくない見たくない!!
ちゃんと1段目も普通の感触だった!!普通の階段の踏み心地だった!!
偶然13段だっただけ!!偶然13段だっただけ!!
もうイヤだおうち帰りたいよぉ…。
「あら?今何か聞こえなかったかしら?」
「そうですか?私には何も…」
ひぎいいぃぃぃ!!!!
だ、誰!?誰の声!?しかも二人分も!?
そして地下の方からも階段を上ってくる足音が…!!
しかも地下を覗き込んでみれば、赤い火の玉が二つ…!!
「その程度じゃ悪魔は勤まらないわよ」
「そうは言われましても、聞こえなかったものは…」
あ、悪魔!?悪魔ですって!?
もうヤダこの館吸血鬼にゾンビに爆発魔(?)に悪魔まで!!何でそんなホラーな連中ばかり住んでるのよ!!
しかも悪魔の方が敬語使ってる!!話し相手は誰!?
月の都にはそんなのいないんだからもうちょっと自重してよおおぉぉぉぉ!!
そして今更だけど何であのメイドは人間の癖にこんな所に住み着いてるの!?
「とにかく、妹様が何かをしでかす前に見つけなきゃいけないんだから、しっかりしなさい。
本当に妹様を一人にすると碌な事がないからね…」
「そうですね、此処最近落ち着いてきたとは言え…」
私がさっきまでいたエントランスホールに、その声が響く。
拙い、今此処で上の階まで上ってこられたら…!!
み、見つかったら、私食べられちゃうかな…?
神の力があるから大丈夫、だよね…?
「それじゃそっちからお願い。私はこっちから行くから」
「はい、パチュリー様」
そして、足音が二つに分かれた後、ゆっくりと一階の廊下の方へと消えていった。
…た、助かった、本気で腰が抜けた…。
もうヤダ帰りたい帰りたい帰りたい!!
幾ら月人に寿命がなくても殺されれば死ぬんだから!!
私だってこんなところで死にたくないわよ!!誰かに食われる前に心臓麻痺で死にそうよ!!
怖い怖いこの館本当に怖い!!
ああもう!!怖いわよ!!ええ怖いわよ!!
怖くて何が悪いこんな館に真夜中に放り込まれて怖くないはずがないじゃない!!
門にはゾンビがいて、中には爆発魔がうろついてて悪魔と悪魔に敬語使わせる何かも住んでて!!
これで怖くないほうが異常よ!!少なくとも初見では無理!!
いや確かにさ、どうせ忍び込むなら此処がいいって言ったのは私だけどさ…。
あの吸血鬼だって、ちっこくて生意気で全然子供っぽいから、別に大丈夫だろうなーと思ってたのに…。
何で吸血鬼以外がこんなに怖い奴らばかりなのよ!!こんなの詐欺だわ!!
ああぁ…。…見つかる可能性が高くてもいいから、昼間に来ればよかった…。
しかも落ち着いて思い出してみると、悪魔は話し相手の誰かを「パチュリー」と呼んでいた。
それは確か、あの爆発魔が言っていたのと同じ名前。
一人にすると危ないとか言っているところを考えると、その妹様というのがさっきの爆発魔?
パチュリーが爆発魔を探していて、爆発魔はパチュリーと遊ぶと言っていて…。
…つまり、まだ爆発魔はこの館内をうろついてるって事…?
とにかく、こんな館には後一秒だっていたくない!!
もう余計な事を考えるな綿月依姫!!私はただ目的を果たしてさっさと帰るだけ!!
後は爆発魔が館内で暴れようと知ったことか!!私のせいじゃないそんなのは!!
もう足音なんて知るか!!全力で走って即座にメイドの部屋を見つけて即座に帰る!!
天太玉命!!メイドの部屋を指し示して!!最短距離で!!
* * * * * *
1分ほど全力疾走して、漸く中を浮く剣がとある部屋の中を挿す。
な、長かった…この館に来てから、時間にして30分ほどしか経ってないはずなのに…。
軽く100年分ぐらいの精神力は使い果たした気がした。まだ心臓が落ち着いてくれない。
と、とにかく、後はこの部屋に入って何かを盗んで、すぐに月に戻ればいいだけ。
ゴールは目前なんだからしっかりしないと!
この部屋にいるのはただの人間のメイド。今までの連中に比べたらコ○キングとミュウ○ーよ。
そうよ、慌てる事はないはず。メイドのナイフも、金山彦命の前では意味を持たない。
瞬間移動のイリュージョンも、既に一度破っているのだから。何の問題もないはず!
「金山彦命、鍵を…」
さっと塵になっていく鍵。支えを失って、ゆっくりと開く扉。
立て付けが良かったのか、音もなく開いてくれる。ああ、神はやはり私を見捨ててはいなかった!
ゆっくりと暗い部屋に忍び込み、扉を閉めて鍵を元に戻す。
カーテンが開けっ放しになっていたので、月明かりで部屋の状況は把握できた。
部屋をさっと見回してみると、窓際のベッドであのメイドがすやすやと眠っている。
よし、アタリだ。ありがとう天太玉命。
こんな状況でもなければ、メイドの寝顔に落書きでもしていきたい。
だけどそんな余裕はないから、とりあえずさっさと何か盗んでさっさと帰りましょう。
…とは言っても、何もない部屋ね。
そりゃまあ、あのメイドの性格を考えると、物欲がありそうだとも思えないけど…。
クローゼットが1棹あって、小さな箪笥と本棚も1棹ずつあって、机と椅子があって、あとベッド…。
本当にそのくらいしかない。机の上にも殆ど何も置いてない。
これは、ちょっと困った。
このメイドの部屋からだと、何盗ってもぎゃふんと言わせられそうもない。
メイド服を盗めば驚かせられるかもしれないけれど、それじゃただの変態だ。
とりあえず、クローゼットを開けてみる。
中には若干色やデザインの違いはあるものの、同じようなメイド服がいくつも並んでいる。
余計な折れ目一つなく、完璧な手入れが施されている。このメイドの仕事ぶりが見て取れた。
うちの玉兎達も、これくらいしっかりと仕事が出来ればなぁ…。
あと、何故か無関係そうなあの吸血鬼の服も掛かっていた。
…吸血鬼の部屋のクローゼットがいっぱいなのかな?でも何故一着だけ…。
まあいいや、とにかくこの中には盗む価値がありそうな物はない。
次に、机に付いていた引き出しを開けてみる。
この中にも、ペンが数本と仕事内容をメモしたと思われる小さな紙、それと封筒が1つ入っていただけだった。
本当に何も入ってないわね、と思いつつ、眼に留まった封筒の中身を見てみる事に。
…あー、何でこんな事やってるんだろ、私は。本当に今更な突っ込みだけど。
中には白黒だったりカラーだったりと、何種類のカメラで撮られているであろう写真が。
写真には色々な人物、主にあの吸血鬼や門のところにいたゾンビの通常状態の姿。
そして爆発魔と頭と背に二対の羽根が生えた悪魔、そして見るからに不健康そうな少女が映っていた。
あっ、あの爆発魔の姿、何処かで見た事あると思ったら…。
こうして写真で並んでいる姿を見ると、あの吸血鬼と顔立ちが良く似ていた。
妹様と呼ばれていたし、ひょっとして吸血鬼と爆発魔は姉妹なのかな?
…それにしても…。私は、この写真を見てしまった事を少し後悔する。
これはちょっと見てはいけなかったかもしれない。このメイドは、あくまで人間。
妖怪の方が遥かに長生きであり、人間はずっと妖怪と一緒にいることは出来ない。
この写真の束を、大事そうに机にいれている所を見ると…。
きっと、それだけこのメイドが、この館に住んでいる者達を愛している証拠なのだろう。
この写真は、メイドと館の者たちが、数少ない同じ時間を、共に生きている証…。
ごめんなさい、と心の中で謝りつつ、私は写真の束を封筒に戻して、机の引き出しを閉めた。
これを盗れば絶対にぎゃふんと言わせられるだろうけど、私にその度胸は無いみたいね。
それにしても、何でさっきの写真はところどころ血のようなもので汚れていたのだろうか。
怪我している時にうっかり触ってしまったのかな?それにしては出血が多すぎる気もしたけれど…。
それに、何故か写真全てが一人もカメラ目線で写っていなかったし。
まあ、そんな事を考えてもしょうがないか。次だ次。
とは言っても、後は本棚と小さな箪笥程度。
本棚にどんな本があるかは暗くてよく判らないし、そもそもあのメイドがどんな本を好んで読んでいるかも判らない。
ごっそり持って行くには流石に量があるし、アタリハズレが多そうだからこれは後回しね。
となると、そこの箪笥か…。
一応3段あるし、とりあえず上から行きましょう。
箪笥をゆっくり開けてみる。
そして、私の頭からぼふっと湯気が出たような気がした。
だって、箪笥の中に…その、胸に着けるものとか下に穿く物とか、はいってれば、ねぇ…。
(な、ななななななな…!!)
しまった、これは開けてはいけなかった!!
冷静に考えたら、今まで見てきてた中に生活必需品が一つ足りなくて、あからさまにそれが入っていそうな箪笥があって…。
何で開ける前に気付かなかった私!!これは流石に盗ったら拙い!!ただの下着ドロだ!!
い、いや、でもちょっと待て。
確かに下着ドロでも、これなかったら絶対に困るよね?
いやいやいや、落ち着け綿月依姫。此処で魔道に堕ちるか?
私の目的は何だ!このメイドをぎゃふんと言わせる事!
でもぎゃふんと言わせるネタは目の前にあるよ?
いや、それでもその一線は越えたらいかんだろ!
いやいや、穢れ無き月の民だからこそ、目的にしっかりと生きていいと思うのよ。
落ち着け!それでは月で私のサイズ聞きたがってた連中と同じだ!
うん、でも純粋と言う意味だったらあっちの方が月の民っぽいよね。
た、確かにある意味穢れ知らずではあったけど…!
だからってこんなの盗って帰ったら、お姉様の格好の餌食じゃない!
いや、逆に予想通りの結果と喜ばれるかもよ?
そんな事は…!!
いやいや…。
私の中の天使と悪魔が言い争いを続けている。
とりあえず、うん、早く結論付けて欲しいな。私の中の二人に。
もう私の頭だけでは結論は出そうにない。二人に全て任せる事にするわ。
…と、そんな風にして時間を無駄にしていたから…。
ドゴオオオオオォォォォォォォォォォォォン!!!!!!
ゲームオーバーへ繋がる音が鳴り響いてしまいましたとさ。
「「なっ!?何事!?」」
私と飛び起きたメイドが、同時に同じ事を言う。
まるで核爆発でも起きたような音と地鳴りだったけれど、いったい何が…!!
まさか、あの爆発魔が何かやらかしたんじゃ…!!
「…あら?」
メイドのその声に、私の思考は全て停止してしまう。
とりあえず首だけメイドの方へと向けてみると、そこには私の姿をまじまじと見るメイドの姿が…。
「あの時の月の使者?何でこんな…」
メイドの眼が、私の前に置いてある開いた箪笥へと移動する。
あはははー…。…突然の事で閉めるの忘れてたー…。
「…うふ、うふふふふふ…、そうですか、そう言う事ですか…。
手癖が悪いとは思っていましたが、まさかこんな行為に及ぶとは思いませんでした…」
いや、うん、何が判ったのかは知らないけれど、きっと誤解よ。
私はまだ事には及んでいないから、話せば判るわ。私はお姉様に無理やり…。
仮に箪笥が開いていなくても、こんな所にいる時点で既にお終いな気がするけど。
「さっきの音はどうせ妹様でしょう。パチュリー様に任せますか。
私は今、目の前にいるネズミを始末しなくてはいけないと言う仕事が出来ましたので…!!」
「いやいや、そんな仕事作らなくていいからパチュリーさんの手伝いに行ってあげて」
「下着ドロはみんなそう言うのよ」
「私は下着盗みに来たわけじゃないの。誤解だから落ち着いて、ね?」
「この状況でどの口がそんな事ほざくのでしょうか?
流石月の民、私達には想像もできない事を平気でやってくださいますね。痺れも憧れもしませんが」
「いや、だからね?話せば判るわ、だから話を聞いてお願い」
「下着ドロの思考なんて永遠に判ろうとは思いません」
「うん、そうよね、私も判らないわ。ついでにどうしてこんな事になっちゃったのかも」
「何を考えて下着ドロに入ったかは判りませんが、やってしまったからには命を捨てる覚悟は出来ていますよね?」
「あれ?下着ドロってそんなに恐ろしい眼にあわなくちゃいけないの?初めて知ったわ」
「私が今決めました。そんな命知らずはこの館に一人しかいませんので」
「一人はいるのね」
「さて、もう言い残すことはございませんよね?」
「ねえ、さっきから言ってるけどせめて言い訳くらい…」
「幻葬『夜霧の幻影殺人鬼』イイイイィィィィィィ!!!!」
部屋中に大量展開される大量のナイフ。そしてそれら全てが私を狙う。
ああもう!少しくらい私の話を聞いてよ!!
私だって好きでこんな事してるわけじゃないんだから!!
全部お姉様のせいなのよ!!あと下で騒ぎを起こした奴!!
とにかく、ばれてしまったからには仕方がない。
こうなったからにはもうこそこそ隠れる必要もないし、力は使い放題。
どれだけ騒いでも、下でそれ以上の騒ぎが起きていれば気付かれる心配はない。
このメイドを倒してから、ゆっくり何か奪って逃げればいいわ!
「金山彦命!蝿共を砂に返せ!!」
大丈夫、ナイフを使う事を主とするこのメイドは、私には絶対勝てない。
金山彦命が全てのナイフを砂に返し、そして全て跳ね返すのだから!
以前戦ったときと同じように、金山彦命を身体に…。
…あれっ?
「か、金山彦命!?」
幾ら呼びかけても、金山彦命が身体に降りてこない。
ちょっと待ってどうしたの!?ついさっきまで私はあなたを降ろしていたじゃない!!
お願い力を貸してナイフにズタズタにされるのは嫌だから!!
多分死なないと思うけど私だっていたいのは嫌なのよ!!
そんな事をしている間にも、一斉にメイドのナイフが襲い掛かってくる。
ちょっと待ってタイムタイム!!ほんの手違いが起きたからお願いだから少し止まってぇ!!
嫌!!お願い!!来ないでええええぇぇぇぇぇ!!!!
ナイフが眼前に迫ったその時、私は漸く金山彦命の声を聞く事が出来た…。
『いや、下着ドロに手は貸さないだろう常識的に考えて』
「ひぎゃああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
私の悲鳴は、下で起きていた爆音に掻き消されて、メイド以外の誰にも聞かれずに消えていった…。
原作はわからないけど、楽しめました。
レミリアとかすげえ楽しみながら色々やりそうwww
次は永遠亭に盗みにいくんですね(ぉぃィ
あ、紫さま。交流の一環として世界に誇る和製ホラー映画(リ○グとか呪○とか)
を月に贈って差し上げてはいかがですか?