紅魔館に存在する大図書館
人気の無い場所に一人、魔女が佇んでいた。
「…これでいいのかしら」
本棚の前で探し物をする魔女、パチュリーは何やら悩みながら本を物色していた。
それはいつもの光景である。
ただ、その内容がいつもと違っていた。
パチュリーが選んでいるのはいつも読む、魔道書などではなく、子供が読むような可愛らしい絵の描かれた絵本だった。
そんなパチュリーの元に一人の女性が背後から現れる。
「パチュリー様、そろそろお時間です」
「あら、もうそんな時間なのね…」
パチュリーは小悪魔の声に応じて、近くに置いてあった時計を見る。
図書館の暗さで分からなかったが、時間はすでに昼過ぎを指していた。
パチュリーは選び終えた本を整え、小悪魔に手渡す。
本を手渡された小悪魔は、用意をしていたカバンにその本を丁寧にいれていく。
「それはそうとパチュリー様」
椅子に座り、休憩をしていたパチュリーに小悪魔が声をかける。
顔を伏せていたパチュリーはゆっくりと顔を上げる。
「申し訳ありませんが、今日は一人でお願いします」
「えっ?」
いきなりの言葉に素っ頓狂な声をあげるパチュリー。
「今日はちょっと他に用事がありまして…」
「え、待ちなさいよ…私が一人であそこまでいけると…」
「…本当に申し訳ありません」
「うっ…」
小悪魔の悲痛をおびた表情を見たパチュリーは言葉につまる。
「わ、分かったわ…一人で頑張っていくわ…」
「ありがとうございます!」
小悪魔の表情は一変し、満面の笑顔に変わる。
その笑顔を見て、パチュリーは諦めるようにため息を吐く。
だが、一人で行くと言うことに若干の喜びを感じていた。
「それでその用事って何かしら」
小悪魔から本の入ったカバンを受けとりながら、パチュリーは尋ねる。
小悪魔はそれに対して、口の前に指を立てて答える。
「そういうのは野暮って言うんですよ。お互い様に、ね」
その言葉を残して小悪魔は図書館から出ていった。
「あの子とは主従関係で良かったって時々思うようになったわ…」
手に持ったカバンが少し重くなったように感じながら、パチュリーも外に出る準備を始めた。
―――――――――――
太陽は休む事無く、日差しを地面に降り注いでいく。
木々の間から差し込んでくる陽を避けながら、パチュリーはゆっくりと歩を進めていく。
「暑いわ…」
普段のぶかぶかなローブではなく、薄い桃色のワンピースを着ているが、それでも暑さは尋常ではなかった。
インドアのパチュリーは休みながらも目的地に近づいていた。
普段は小悪魔が色々と準備をしており、行動もしっかりとしてすぐに着いていた。
空を飛んでいこうと考えたが、直射日光はさすがに辛く、歩くことにした。
「見えた…」
木々の隙間から小さいが、民家が見えた。
パチュリーは気づかないうちに速く歩きながら、その民家を目指していた。
流れる汗をぬぐいながら、パチュリーは徐々に大きくなっていく民家を見つめる。
「あっ…」
民家の前に一人の男性が箒を持って立っていた。
男もこちらに気がついたのか、掃除をする手を止め、パチュリーに手を振ってきた。
パチュリーもそれにつられて、手を振り返す。
そして、安堵から緊張が消え、その場に倒れこんだ。
パチュリーは朦朧とする意識の中、男がこちらに走り寄ってくるのを
――――――――――――――
チリンチリンと鳴る風鈴の音に、パチュリーは落としていた意識を取り戻す。
周りを確かめるために身体を動かそうとする。
しかし、自分の周りに何かがすり寄っていることに気づく。
「あら…あなたたちだったのね」
それは子供であり、その子供たちはすやすやと眠っていた。
パチュリーはその寝顔を見て、少し気分が癒されるのを感じた。
ふと、視線を庭先に向ける。
そこには、先ほどの男が立っており、打ち水をしていた。
パチュリーは男をジッと見つめる。
どこにでもいるような、さえない男性。
フランドールと一緒にいる男性のように不思議な雰囲気も無く、美鈴と共に笑いあう男性のように人を癒すような雰囲気も無い、普通の男性。
だけど、自分はそこ男性に惹かれているのだと、自覚し始めた。
男がこちらに気づいたのか、水を撒く手をやすめ、近寄ってくる。
そのときの表情は安堵に満ちていた。
身体は大丈夫か、気分は悪くないか、横になって無くて大丈夫か。
そんなことばかり聞いてくる男にパチュリーはおかしくなって、クスクスと笑う。
男はそれを不思議に思いながらも、パチュリーの身体を心配しつづけた。
パチュリーは男を落ち着かせるために、水が欲しいと言った。
男は心得た、というように井戸へと向かった。
パチュリーは一番近くの子供の頭を撫でながら、あることを考える。
あの人は優しすぎるのだろう、私が思っている以上にずっと。
この子供たちだって、あの人の優しさに守られているのだろう。
人に忌み嫌われ、妖怪に避けられる子たちを。
あの人はずっとその優しさで。
男が水を持ってやってきた。
「ありがとう」
パチュリーは一言お礼を言って、それを受け取る。
私もその優しさに、守られてみたい。
涼しい風が家を巡り、夏が過ぎていくのをパチュリーは肌で感じていた。
―――――――――――――
「どうでした?」
図書館に帰ると、小悪魔が目を輝かせながら尋ねてくる。
「何も無いわよ。絵本を渡して、子供たちと少し遊んで…それだけよ」
パチュリーは椅子に深く座り、今日の疲れを感じながら目を瞑る。
「そうですか、楽しかったんですね」
「…勝手に思ってなさい」
「そう思っておきます」
アイスティーを机に置きながら、小悪魔はふふっと笑う。
「私も、楽しかったです」
「それは良かったわね」
「ええ、とても」
パチュリーはアイスティーを一口飲み、小悪魔を見る。
小悪魔の髪の変化に気づく。
「その髪型どうしたの?」
「あー…ちょっとした気分転換ですよ」
小悪魔は恥ずかしそうに頬をかく。
小悪魔が動くと一緒に束ねられた後ろ髪が馬の尻尾のようにゆらゆらと揺れる。
「似合ってるわよ」
「そ、そうですか?」
「私が言うのだから、間違いは無いわよ」
「あ、ありがとうございます…」
パチュリーが誉めると、小悪魔は嬉しそうに微笑む。
いつものような余裕のある笑みではなく、本当に純粋な笑顔だった。
これが本当の彼女なのだろう、とパチュリーは思った。
「それじゃあ、私はこれで寝るわ」
「じゃあ、私もこれで」
パチュリーは小悪魔と別れ、自分の寝室へと向かう。
私はあんな笑顔で、彼に笑いかけてるのだろうか。
私は彼の何になれるのだろう。
それを聞く勇気なんて、私には無いのだろう。
恐怖を感じる。
だけど、彼はそれすらその優しさで何も無かったことにするのだろう。
その優しさで私は包んでくれるのだろう。
もし、彼の優しさが一瞬でも消えるとすれば…
「変なことなんて考えない方がいいわ…」
その思考を振り払いながら、パチュリーは自分の部屋へと入る。
それは何かから逃げるように見えた。
人気の無い場所に一人、魔女が佇んでいた。
「…これでいいのかしら」
本棚の前で探し物をする魔女、パチュリーは何やら悩みながら本を物色していた。
それはいつもの光景である。
ただ、その内容がいつもと違っていた。
パチュリーが選んでいるのはいつも読む、魔道書などではなく、子供が読むような可愛らしい絵の描かれた絵本だった。
そんなパチュリーの元に一人の女性が背後から現れる。
「パチュリー様、そろそろお時間です」
「あら、もうそんな時間なのね…」
パチュリーは小悪魔の声に応じて、近くに置いてあった時計を見る。
図書館の暗さで分からなかったが、時間はすでに昼過ぎを指していた。
パチュリーは選び終えた本を整え、小悪魔に手渡す。
本を手渡された小悪魔は、用意をしていたカバンにその本を丁寧にいれていく。
「それはそうとパチュリー様」
椅子に座り、休憩をしていたパチュリーに小悪魔が声をかける。
顔を伏せていたパチュリーはゆっくりと顔を上げる。
「申し訳ありませんが、今日は一人でお願いします」
「えっ?」
いきなりの言葉に素っ頓狂な声をあげるパチュリー。
「今日はちょっと他に用事がありまして…」
「え、待ちなさいよ…私が一人であそこまでいけると…」
「…本当に申し訳ありません」
「うっ…」
小悪魔の悲痛をおびた表情を見たパチュリーは言葉につまる。
「わ、分かったわ…一人で頑張っていくわ…」
「ありがとうございます!」
小悪魔の表情は一変し、満面の笑顔に変わる。
その笑顔を見て、パチュリーは諦めるようにため息を吐く。
だが、一人で行くと言うことに若干の喜びを感じていた。
「それでその用事って何かしら」
小悪魔から本の入ったカバンを受けとりながら、パチュリーは尋ねる。
小悪魔はそれに対して、口の前に指を立てて答える。
「そういうのは野暮って言うんですよ。お互い様に、ね」
その言葉を残して小悪魔は図書館から出ていった。
「あの子とは主従関係で良かったって時々思うようになったわ…」
手に持ったカバンが少し重くなったように感じながら、パチュリーも外に出る準備を始めた。
―――――――――――
太陽は休む事無く、日差しを地面に降り注いでいく。
木々の間から差し込んでくる陽を避けながら、パチュリーはゆっくりと歩を進めていく。
「暑いわ…」
普段のぶかぶかなローブではなく、薄い桃色のワンピースを着ているが、それでも暑さは尋常ではなかった。
インドアのパチュリーは休みながらも目的地に近づいていた。
普段は小悪魔が色々と準備をしており、行動もしっかりとしてすぐに着いていた。
空を飛んでいこうと考えたが、直射日光はさすがに辛く、歩くことにした。
「見えた…」
木々の隙間から小さいが、民家が見えた。
パチュリーは気づかないうちに速く歩きながら、その民家を目指していた。
流れる汗をぬぐいながら、パチュリーは徐々に大きくなっていく民家を見つめる。
「あっ…」
民家の前に一人の男性が箒を持って立っていた。
男もこちらに気がついたのか、掃除をする手を止め、パチュリーに手を振ってきた。
パチュリーもそれにつられて、手を振り返す。
そして、安堵から緊張が消え、その場に倒れこんだ。
パチュリーは朦朧とする意識の中、男がこちらに走り寄ってくるのを
――――――――――――――
チリンチリンと鳴る風鈴の音に、パチュリーは落としていた意識を取り戻す。
周りを確かめるために身体を動かそうとする。
しかし、自分の周りに何かがすり寄っていることに気づく。
「あら…あなたたちだったのね」
それは子供であり、その子供たちはすやすやと眠っていた。
パチュリーはその寝顔を見て、少し気分が癒されるのを感じた。
ふと、視線を庭先に向ける。
そこには、先ほどの男が立っており、打ち水をしていた。
パチュリーは男をジッと見つめる。
どこにでもいるような、さえない男性。
フランドールと一緒にいる男性のように不思議な雰囲気も無く、美鈴と共に笑いあう男性のように人を癒すような雰囲気も無い、普通の男性。
だけど、自分はそこ男性に惹かれているのだと、自覚し始めた。
男がこちらに気づいたのか、水を撒く手をやすめ、近寄ってくる。
そのときの表情は安堵に満ちていた。
身体は大丈夫か、気分は悪くないか、横になって無くて大丈夫か。
そんなことばかり聞いてくる男にパチュリーはおかしくなって、クスクスと笑う。
男はそれを不思議に思いながらも、パチュリーの身体を心配しつづけた。
パチュリーは男を落ち着かせるために、水が欲しいと言った。
男は心得た、というように井戸へと向かった。
パチュリーは一番近くの子供の頭を撫でながら、あることを考える。
あの人は優しすぎるのだろう、私が思っている以上にずっと。
この子供たちだって、あの人の優しさに守られているのだろう。
人に忌み嫌われ、妖怪に避けられる子たちを。
あの人はずっとその優しさで。
男が水を持ってやってきた。
「ありがとう」
パチュリーは一言お礼を言って、それを受け取る。
私もその優しさに、守られてみたい。
涼しい風が家を巡り、夏が過ぎていくのをパチュリーは肌で感じていた。
―――――――――――――
「どうでした?」
図書館に帰ると、小悪魔が目を輝かせながら尋ねてくる。
「何も無いわよ。絵本を渡して、子供たちと少し遊んで…それだけよ」
パチュリーは椅子に深く座り、今日の疲れを感じながら目を瞑る。
「そうですか、楽しかったんですね」
「…勝手に思ってなさい」
「そう思っておきます」
アイスティーを机に置きながら、小悪魔はふふっと笑う。
「私も、楽しかったです」
「それは良かったわね」
「ええ、とても」
パチュリーはアイスティーを一口飲み、小悪魔を見る。
小悪魔の髪の変化に気づく。
「その髪型どうしたの?」
「あー…ちょっとした気分転換ですよ」
小悪魔は恥ずかしそうに頬をかく。
小悪魔が動くと一緒に束ねられた後ろ髪が馬の尻尾のようにゆらゆらと揺れる。
「似合ってるわよ」
「そ、そうですか?」
「私が言うのだから、間違いは無いわよ」
「あ、ありがとうございます…」
パチュリーが誉めると、小悪魔は嬉しそうに微笑む。
いつものような余裕のある笑みではなく、本当に純粋な笑顔だった。
これが本当の彼女なのだろう、とパチュリーは思った。
「それじゃあ、私はこれで寝るわ」
「じゃあ、私もこれで」
パチュリーは小悪魔と別れ、自分の寝室へと向かう。
私はあんな笑顔で、彼に笑いかけてるのだろうか。
私は彼の何になれるのだろう。
それを聞く勇気なんて、私には無いのだろう。
恐怖を感じる。
だけど、彼はそれすらその優しさで何も無かったことにするのだろう。
その優しさで私は包んでくれるのだろう。
もし、彼の優しさが一瞬でも消えるとすれば…
「変なことなんて考えない方がいいわ…」
その思考を振り払いながら、パチュリーは自分の部屋へと入る。
それは何かから逃げるように見えた。