Coolier - 新生・東方創想話

バルサンを焚こう。

2012/06/20 20:56:33
最終更新
サイズ
3.9KB
ページ数
1
閲覧数
2263
評価数
26/77
POINT
4530
Rate
11.68

分類タグ







 人里から少し離れたところに、香霖堂という雑貨屋のような店がある。
 その店は幻想郷の外からやってくる漂流物を、どういった手段でか仕入れているらしく、人里ではちょっとお目にかかれない品々が並んでいる。
 ただしそこは『魔法の森』と呼ばれる、妖怪たちの住処に近い立地のせいか、人間は多少立ち寄りづらいのだが、それでも通い慣れてしまえばどうってことはない。

「いらっしゃい」

 店主の森近霖之助が今し方迎えた男も、そんな常連の一人だった。

「やあ、霖之助さん。今日はちょっと探しものがあってきたんだが」
「ほう、ウチに敵うものがあればいいけど、何を探しているんだい?」
「最近どうにも虫が多くてね。里の蚊取り線香じゃ間に合わないんだよ。それで、もう少し強力な虫殺しが欲しいんだが」
「ふむふむ。そういえば昨夏にそんなものが入ってきていたような」

 虫殺し、虫殺し、と、霖之助は小さく呟きながら探しものを始める。漠然と頭に浮かんでいるのは、黒い色をした筒状の姿。
 しばらくブツブツと言葉が続いたところで、ようやく霖之助は目当ての物を見つけた。

「これだ。名前はバルサンプロイーエックス。害虫の駆除に使われているらしい、外の世界からの漂流物だよ」
「バルサン……。あの、キンチョールとかいうやつとはまた違うんだな」
「ああ。去年の今頃にまとめて流れ着いたやつでね。まあ見てくれ使い方なんだが、この蓋にザラザラした部分があるだろう。このザラザラした部分で、蓋を外したところにある、このポッチを擦るんだ。マッチを点ける要領だね」
「なるほど」
「するとモクモクと煙が上がる。この煙に虫を殺す効果があるらしい。去年店先で使ったんだが、森に流れていった煙のせいで、虫の妖怪から大苦情が来たし、効果は確かだよ」
「なるほど。よし買った。幾らだい?」
「ははは……こっちも厄介払いみたいなものだから、このくらいで手を打とう」

 霖之助が提示した金額は、男が二時間働けば充分に稼げるくらいのそれだった。多少高いと思ったが、外の世界のものなんだから仕方無い。
 男は納得してバルサンを買うと、意気揚々と人里へ帰って行った。
 そしてその夜。早速バルサンの効果を確かめようと思った男は、寝ている間にバルサンを焚いてしまおうとする。
 その扱いは、蚊取り線香と同じようなものだろう、と思っていたのだ。

「これで明日の朝、蚊の一匹にさえ刺されてなけりゃあ本物だな」

 男は楽しそうに、霖之助の教え通り、バルサンの着火部分を蓋で擦った。

「アチチッ」

 多少火花が散ったので驚いたが、その直後には、男がもっと驚くほどの煙が、バルサンからもうもうと上がり始めたのだ。

「おー。こりゃあ確かに、蚊取り線香の比じゃないな。一生分の虫を殺してくれそうだぜ」

 そう言って男は、ゆっくりと眠りに就いた。


 目に明るい光を感じて、男が目を覚ます。
 其処はなんと、船の上だった。

「……な、何だぁ?」
「おや、目が覚めちまったね。このまま向こう岸へ着くまでに目が覚めなけりゃ、また折り返して川を渡ったってぇのに」

 女の声がして、男はぎょっと目を見開く。その先に居たのは、赤い髪をした色々と大きめの女だった。

「何がどうなってやがる」
「どうにもこうにも、お前さんは死んだのさ。此処は三途の川を渡る船の上で、あたいは船頭。向こうの岸は黄泉の国だ」
「……そんな馬鹿な。俺は何にも、死ぬようなことはしてないぞ?」
「そんなのあたいに言われてもなぁ。人間は突然死ぬもんだ。お前さんの顔にゃぁ、死因は窒息死とあるが。本当に覚えはないかい?」

 窒息死と言われて、男は顔をしかめる。
 そして頭の中にある最も近い記憶を思い出して、うげっ、と口にした。

「心当たりがあるようだね」
「あー、ああ」
「はははっ、そんな悲しい顔しなさんな。生前なーんも悪いことしてなけりゃ、閻魔様の裁判に掛けられた後は、割とすんなり新しい人生を始めることが出来るんだ」
「そうなのか?」
「ああ。早けりゃ四十九日もすれば、次の人生が始まるよ。……でーも、少しだけ運が悪かったね」

 意味有りげに女が呟くので、男は不安げな顔でそれを見る。
 いたずらっぽい笑みを浮かべて女が告げた言葉に。


「この時期は、死んでやってくる魂が多いんだ。そいつらは無数の、蚊や蝿みたいな羽虫どもさ。お前さんがやってくる前にもどどんと増えてね。ちなみに一日百個の魂が、閻魔様の裁判に掛けられるんだが。今の順番待ちは――三千八百六十七億、九千二百十二万、六千六百四十四個分なんだよねぇ」


 男は途方もなく空を見上げることとなった。


簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.2330簡易評価
2.70ハッピー横町削除
COOL!
6.80四散削除
バルサン焚いたまま寝ると死にます。
8.80んn削除
ていうか小町よく覚えてるなー
9.90名前が無い程度の能力削除
バルサン恐い

てっきり昼寝中の小町が被害者になるかと思ってたわ
10.80奇声を発する程度の能力削除
バルサン焚いたこと、そういや無いな
12.90名前が無い程度の能力削除
ピリッとしたショートショート。こういうの好きだ。
13.90名前がない程度の能力削除
使い途が分かっても正しい使い方が分からないってのはやっぱり危険だよな
16.80名前が無い程度の能力削除
説明を読んでおけば……
17.90名前が無い程度の能力削除
いつも小さい虫とか何気なく叩いてるからなぁ。他人事じゃないかも。
18.80名前が無い程度の能力削除
人の命も虫の命も同じ重さ
22.90名前が無い程度の能力削除
グットなSSじゃん!
23.100白銀狼削除
俺ッてば今までにいくつの生命を絶ってきたのだろう…
27.50名前が無い程度の能力削除
(iPhone匿名評価)
29.90名前が無い程度の能力削除
バルサン使ったことないな…
30.100名前が無い程度の能力削除
よく出来すぎだろw
31.100名前が無い程度の能力削除
これはうまいわ
32.90名前が無い程度の能力削除
バルサン効き過ぎだろw
40.100名前が無い程度の能力削除
そりゃ常連ができんわ。
44.80名前が無い程度の能力削除
これは香霖の過失かな
自分で使ったんなら多少は危険性も予期できただろうに
49.100名前が無い程度の能力削除
本当はもっとシリアスな話のはずのなのに、死因がバルサンでぶち壊し。
51.90過剰削除
短いけどよく出来てる
60.90名前が無い程度の能力削除
三千億の蟲が家に巣食ってるとかホラーですなw
61.90楽郷 陸削除
何も悪いことをしていなければ大丈夫、しかし男は虫を大量に殺していますね。
そこらへんに想像の余地があり、考えさせられました。
65.50名前が無い程度の能力削除
(iPhone匿名評価)
71.100名前が無い程度の能力削除
これはうまいなw
74.50名前が無い程度の能力削除
(iPhone匿名評価)