Coolier - 新生・東方創想話

キスメ譚・スペルカードがつなぐ友情

2009/07/08 02:07:08
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「鴉さんをいじめるのは、わ、私が、許しません!」

 それがキスメと霊烏路空の出会いだった。
 
 まだ空が山の神から八咫烏の力を授かる前の話だ。
 空は地獄鴉の中でも力が強く、人の姿に変化することができた。それなりに仕事熱心でもあり、地霊殿の主である古明地さとりの寵愛を受け、灼熱地獄の温度管理を任された。
 とはいえ、所詮地獄鴉の中で強い程度。
 ある日、休日に地底と地上をつなぐ穴の辺りを散歩していたとき、酒に酔った妖怪に絡まれてしまったのだ。当時の空には大した抵抗ができず、弾幕でボロボロにされそうだった。
 そのとき、たまたま通りがかったキスメが助けてくれたのだ。
 キスメも強い妖怪ではなかったが、スペルカード戦というルール下では、たった1枚ながらも技名を冠するスペルカードを所持するキスメにも勝機はある。
 そして、酔っている妖怪に勝ち目があるはずもなかった。
 内気で怖がりのキスメが、必死に勇気を振り絞って自分を助けたことに、空はとても感動したものだ。鳥頭の彼女でも、その恩は忘れることは決してなかった。


「キスメの作ったサンドイッチ、美味しいわ」
「よかったです……」
 二人は地霊殿の広場で食事をしていた。休日にはよくこうして二人で遊んでいる。
 地霊殿には地上を追われた雑多の妖怪が多数存在する。力自慢もかなりいるのだが、今の空に喧嘩を売る妖怪はまず存在しない。神の力を飲み込んだ地獄鴉の力は広く知れ渡っている。今の空に勝負を挑む妖怪がいるとしたら、強いものと戦うことを喜びとする鬼ぐらいだろう。
 空は幸せだった。
 今では親友と言えるキスメが傍にいて、主であるさとりは敬愛できる存在で、地上の人間や妖怪の友人もできた。
 しかし、今ではいい友達と言える巫女との出会いが、空に小さな不安を与えていた。
 博麗霊夢は傍若無人だったが、悪い人間ではなかった。だから、出会いがしらに撃墜されたキスメも、大した怪我を負うことなくすんなり見逃された。
 しかし、もし悪意ある存在が地底に入ってきたら?
 地上と地底をつなぐ穴の近くに住むキスメは未知の敵と早い段階で接触する可能性が高い、前回のように。
 自分が常に傍にいることができたのなら問題ない。今の自分なら、大概の相手に遅れはとらない。たとえ霊夢のように自分より強い存在が相手でも、キスメが逃げるまでの時間稼ぎぐらいならできる。
 そう、本当なら傍にいたい。
 そりゃあ、いたいとも。
 24時間ずっとつきっきり。食事も一緒、寝るのも一緒、お、お風呂も一緒、富めるときも、貧しきときも、病めるときも、健やかなるときも汝はキスメを愛することを誓いますか、そりゃあ誓いますとも……。
「おくう?」
「はっ!? や、やばい、ちょっとドリーミングな世界にいってた!」
 空は妄想から我に返った。
 とにかく、いざってときにキスメを守るためにはどうすればいいだろう。普段は地底の一番奥底にいる自分がすぐに駆けつけるのは難しい。
 キスメと同じく地上の近くで生活しているヤマメやパルスィならキスメを守ってくれると思うが、もっと確実な保証がほしい。
 空はない頭をフル回転させた。
 必死で回転させた。
 すると、友達を必死に想う彼女に神様も情をほだされたのか、奇跡的に名案らしきものを思いついた。
「そうよ、キスメが強くなればいいのよ!」
「?」
「キスメ! 修行よ!」
「え? ええ!?」


「というわけで、さとり様! 何かいい修行方法はありませんか?」
 難しいことを考えるのは苦手なので、修行の方法は他人に考えてもらうことに決めた空は、最も信頼している主の元を早速訪れた。普段地霊殿を訪れることのないキスメは、噂に聞くすべてを見通すさとりを前にして、空の後ろに隠れて、様子を窺うように顔を半分だけ覗かせている。
(この方がさとり様……。綺麗……そして優しそう……)
 邪なことを考えないキスメにとっては、自分の心を覗かれるかもしれないという恐怖はあまり感じない。ただ、地位の高い相手と向かい合うことに気遅れを感じているぐらいだ。
(ああ、もう、素直で可愛いですね、この釣瓶落としは。このままお持ち帰り……いやいやいやいや、それはさすがに地霊殿を預かる者の行動としては軽率すぎるというものですね)
 キスメを一目で気に入ったさとりは力になってあげたいと思ったが、困ったことに戦闘が苦手な身としては、修行方法と言われてもピンと来ない。

「相手の心の奥を覗き、トラウマとなっていそうな強い弾幕をぶつけておあげなさい」

 などという技はさとりの専売特許でありまったく参考にならない。
(さとり様ならきっと名案を思い付いてくれる。さとり様最高! さとり様、ブラボー!)
 空は全面的にさとりを信頼している。そんなペットの信頼を損なうことは自分のプライドが許さない。
 そのあまりに無邪気な信頼がさとりを追い詰める。
(……困りました。どうしましょう。さとりちん、ピンチ)

「さとりん、戦いのことはー、分らないの! てへっ!」

 などとごまかせたらどれだけ楽だろうか。もちろん、そんなことは天地がひっくりかえってもできないが。
 空は目をキラキラさせてさとりを見る。
(うう……)
(さとり様なら……さとり様なら何とかしてくれるっ!)
 ここまで全面的に信じてくれるのは主として嬉しいが、今はその信頼感が憎い。
(私は地霊殿の主、古明地さとり! これしきのピンチ、物の数ではありません!)
 さとりは意を決した。
 勝負に出ることに決めたのだ。
「おくう! 何かあったらすぐに私を頼るとは情けない!」
 ビシッと指を突き付ける。突然のことに空は目を丸くする。
「あなたはまずそこの友達のために自ら努力をしたのですか? 友達のためにできうる限りの努力をするのが友情じゃないですか? あなたはその努力を放棄する気ですか!?」
 空の背景に稲妻が走る。
「さ、さとり様! 空が、空が間違ってました!!」
 感動の涙を流しながらさとりに抱きつく。
「分かればいいのですよ。そうですね、あなた一人では難しいのであれば、地上の友人に相談してみては? 友のため、同じ友同士が知恵を出し合う。それはとても美しいものです」
「なるほど! さすがさとり様!」
 単に地上の人間や妖怪に押し付けただけである。地霊殿に攻めてきたような地上の者ならばよい知恵を出すであろうという考えもあってのことだ。このぐらいの切り返しができないようであれば、地霊殿の主はやっていられない。
 そんなこんなで、空は地上の友人の元へ行くことにした。


「というわけで、霊夢ー、いい知恵ない?」
 お茶をずずっと飲みながら空は霊夢に訊く。湯呑にはCAUTION!でおなじみの原子力マークが記されている。ちなみに、キスメが飲んでいる湯呑のマークは井戸桶だ。
「ったく、飲む時に音を立てすぎよ、はしたない」
「そういう霊夢こそ、膝を立てないでよ。見えてるわよ、はしたない」
 う……と声をもらして赤くなるが、霊夢は次の瞬間にはニヤリと笑った。
「……見せてるのよ」
 ブーッ!
 空は今まさに口に含んだお茶を噴き出した。
「……冗談が通じない子ね」
 そのお茶を思い切りかぶった霊夢は、こめかみに青筋を立てながら眉をぴくぴくさせる。キスメが慌ててハンカチでぬぐう。

 少女着替え中

「で、キスメをパワーアップさせる方法ですって?」
「そうよ。博麗の巫女の霊夢なら何かいい方法を知っているんじゃない?」
「うーん……」
 霊夢はじっとキスメを見る。
 うん、可愛い。可愛いだけにこの子の安全がふと心配になる。最初の出会いで有無を言わせず撃墜した記憶は消去済みだ。
「霊夢の武器を使ってみるとかどう?」
「それはちょっと……」
 霊夢は脇から巫女服の中をごそごそとさぐると、霊符が山のように出てくる。
「その量、どこにしまってたのよ……」
「乙女の秘密」
 霊夢は空の当然の質問を無視すると、霊符をキスメに渡す。
「一応、これなんだけど……」
「これが霊夢さんの……」
 霊夢から霊符を受け取った瞬間、キスメの身体が硬直する。
「れ、霊夢、さん、か、身体が、動か、ない、ですぅ……?」
「はあ、やっぱりこうなるか。これじゃ無理ねー」
 霊夢はため息をつく。妖怪を退治するための武器であるから当然の結果でもあるが。
 そのとき、何かに気づいたように、ふと巫女らしからぬ邪悪な笑みを浮かべる。
「ん? 今のキスメは動けない。ということは、今ならキスメは私の思いのまま……」
 ふっふっふっ……と不気味な笑みを浮かべ、手をわきわきと動かしながらキスメに近づいていく霊夢。その鬼気迫る様子に、目をウルウルさせ、しかし動けないでいる哀れなキスメ。
 ああ、か弱い釣瓶落としの少女は、哀れ邪悪なる巫女の毒牙にかかってしまうのか……!?
「必殺! 制御棒ホームラン!」
 制御棒でパカーンと霊夢をぶっ飛ばす空。
「じょ、冗談だったのに……!」
「いーや、今の霊夢の目は獣の目だったわよ! この色欲巫女!」

 少女回復中

「あいたたた……。おくうは加減ってものを覚えた方がいいわよ」
 たんこぶには、キスメが用意した漫画に出てくるようなバッテン白絆創膏が貼られている。
「無駄に頑丈なんだから、このぐらいでちょうどいいのよ」
「うー……」
「とにかく、キスメへの詫びも兼ねて、何かいいアイディア出しなさい」
「あの、おくう、私、気にしていないですから」
「キスメはいい子ねー」
 でれーっとした表情になる霊夢を、空は再び制御棒でポカリと殴る。
「ダメよ、キスメ。甘やかすと霊夢はつけあがるから」
「本当に、いつか目にもの見せてあげるんだから……」
 空の饅頭の中にわさびを詰めるのは今度の機会にするとして、ようやく真剣にキスメのパワーアップ方法を考える。こんなとき頼りになりそうな心当たりは……。
「うん、彼女が適任かな……」
 すでに霊夢の頭の中では、その彼女に手伝いをさせるための作戦をシミュレートし始めていた。


「うわあ……」
 空は目の前に広がる光景に圧倒されていた。
 見渡す限り、本、本、そして本。見ているだけで頭が痛くなってきそうだ。一方のキスメは、興味深そうにきょろきょろしながらふよふよと漂っている。
「で、私に何か用? あんな物騒な地獄鴉を連れてきたりして」
 ここは紅魔館の大図書館。
 そして、霊夢の目の前に迷惑そうな表情で座っているのは、大図書館の主であるパチュリー・ノーレッジだ。
「単刀直入に言うけど、キスメをパワーアップさせる方法を考えてほしいのよ」
「断るわ」
 ノータイムでパチュリーは答えた。
「な……!? 少しは考えてから断わりなさいよ、感じ悪い」
「霊夢が持ってきた話でロクな目にあったことないもの」
 半眼で霊夢を見ながら答えるパチュリーを見て、空は霊夢をじっと見る。
「霊夢……あなた、どれだけひどいことをしてきたのよ」
「ちょ! 人聞きの悪いこと言わないでよ!」
「あら、私、何か間違ったこと言った?」
「うぎぎ……」
 霊夢の脳裏に浮かぶのは、色々とひどい目にあっているパチュリーの映像だ。主に、霊夢の無差別広範囲弾幕の巻き添えをくらっているときの様子だったりする。
「今回は霊夢関係ないんだから! ほら、こんな可愛いキスメのためになるんだから!」
 空はキスメの井戸桶をつかむと、ずずいっとパチュリーの前に出す。
「あの……ご迷惑をおかけして申し訳ありません……」
 心なしかツインテールがしゅんと垂れているようだ。申し訳なさそうに目をウルウルさせているキスメを見てパチュリーはひるむ。そんなパチュリーの様子を察した霊夢は、切り札を切るためにパチュリーの耳元に唇を近付ける。
「レミリアの上目遣い生写真3種類……」
 ぼそっと呟く。次の瞬間、
「さあ、詳しく話を聞かせてもらおうかしら」
 動かない大図書館は読んでいた魔道書を投げ出し、3人に向かい合うのであった。

「まずはスペルカードの種類を増やすことから始めるのはどう?」
 そのパチュリーの提案は真っ当なものだ。スペルカードルールにおいての敗北は、体力が尽きるか、もしくは全てのスペルカードを攻略されたときの2種類。現状のキスメは1枚しかスペルカードを持っていないので、余力があってもそのスペルカードを攻略された時点で敗北になってしまう。
「そりゃそうだけどさ、スペルカードとして使用できるような弾幕をそう簡単に用意できる?」
 空の疑問も当然だ。スペルカードになる弾幕は、その技の名前が持つ意味と弾幕が一致し、さらに相手を魅せることのできる美しい弾幕でなければならない。そして、それを満たした弾幕はどれもが強力なものである。
「確かに一からスペルカードを創造するのは大変かもしれないけど、他の人のスペルカードを参考にするのならばそれほど難しいわ」「なるほど、魔理沙作戦ね」
 霊夢は頷く。魔理沙の必殺技であり彼女の代名詞でもあるマスタースパークは風見幽香の弾幕を、ノンディレクショナルレーザーは他ならぬパチュリーの弾幕を参考にしたそうだ。
「とはいえ、どのような弾幕を参考にするか適当に考えても埒が明かないわ」
 パチュリーが指をはじく。スカッという情けない音が鳴った瞬間、パチュリーの傍らに小悪魔が音もなく現れる。
「小悪魔、釣瓶落としの資料を用意して」
「了解でーす♪」
 出現時とギャップが激しい能天気な声を上げ、再び姿を消す。
 ほどなくして、小悪魔は数冊の本を持ってきた。長年パチュリーの傍らでこの大図書館の司書を務めているので、この程度の用事は朝飯前なのだ。パチュリーは小悪魔に礼を言うと、早速釣瓶落としについてのページを読み始める。

「ふむ、釣瓶落としとは、大木の梢などに潜み、人が下を通りかかると勢いよく落ちてきて、人を驚かせたり食ってしまったりする妖怪である、と」
 霊夢と空は驚いてキスメを見る。
 このどこからどう見ても人畜無害の少女が、実は人食いの妖怪であるとはとても思えない。キスメは二人の視線に気づかないかのように、パチュリーが目を通している本に描かれている釣瓶落としの絵を興味深そうに見ている。
(ねえ、おくう、どう思う?)
(どうって。そりゃ妖怪だし、人食いだって特別に驚くことはないけど……)
(うん、キスメは人食いじゃない釣瓶落としに違いないわ)
(そ、そうよね)
(酔ったキスメに甘噛みされたことあるけど、たぶん関係ないー関係ないー)
(な、なんてうらやましい。って、違う。そうよ、関係ないー関係ないー)
(そうよねー、あはははー)
(あはははー)
 二人が乾いた笑いをあげている中、パチュリーは重要な項目を発見する。
「釣瓶おろしという名も持ち、大木の精霊が火の玉となって降りてくる。雨の日(水)に木より降りて(木)くる火(火)、ということで、水-木-火の相生をなすことから大木の精と考えられる、か」
 パチュリーは本を閉じると、キスメと向かい合う。
「あなた、火を扱う能力がある?」
「私の能力は『鬼火を落とす程度の能力』です」
「なるほどね。それじゃあ、水や木は?」
「試したことないです……」
「じゃあ、まずは火を扱ったスペルカードを参考にするのがいいかしら。確か妹紅が火を扱うのが得意だったはず」
「ストップ」
 そのやり取りを聞いていた霊夢が割って入る。
「火って言えばパチュリーも得意だったわよね。そもそも、さっきの水とか木って五行でしょ? それこそ、七曜の魔法を扱うあなたの得意分野じゃない?」
 気づかれたかとパチュリーは顔をそらす。
「パチュリーが指導してあげてよ。そうしたら、何かしら身につけることができるはずよ」
「いやよ、めんどくさい」
 再び、霊夢はパチュリーの耳元に唇を近付ける。
「レミリアの上目遣い生写真、乙女座り、親指噛み付属バージョンもあるわよ」
 ぼそっと呟く。
「……!? ま、待ってよ霊夢。さっき確認するの忘れてたけど、本当にレミィのそんな写真なんかあるの!?」
 霊夢はニヤリと笑うと、脇から1枚の写真を取り出してパチュリーにこっそりと見せる。その瞬間、パチュリーの頭がボンと噴火する。
「こ、これは……!?」
「ちなみに、それは一番露出が少ないおとなしめのバージョンよ?」
「さて、あなたがマスターできる可能性がある私のスペルカードは、火符「アグニシャイン」、火符「アグニレイディアンス」、火符「アグニシャイン上級」、火符「アキバサマー」 、木&火符「フォレストブレイズ」、水&火符「フロギスティックレイン」 といったところね。さあ、キスメ、これから猛特訓よ!」
 動かない大図書館の瞳は、かつて見たことのないほど燃えていた。

 その後、喘息なんてお前嘘だろというほどの猛烈な特訓が行われ、キスメは2枚のスペルカードを取得した。
 1枚は、アグニシャイン上級を元にした、その名も火符「キスメシャイン」。キスメから無数の鬼火が放たれ、鬼火は円運動を描きながら相手へと襲いかかる。もう1枚は、フォレストブレイズを元にした木&火符「大木の火精」。鬼火を絶え間なく放ちつつ、木の葉の形をした弾幕が斜めから相手へ襲いかかる。
 どちらも優秀なスペルカードだ。これまでのキスメのスペルカードが怪奇「釣瓶落としの怪」1枚のみだったことを考えると、これは著しい進歩だ。
「パチュリーさん、ありがとうございます」
 何度も頭を下げて礼を言うキスメ。
「困ったときはお互いさまよ」
 対するパチュリーも、後ろ手に10枚近くの写真を手にしてご満悦の表情だ。


「さて、これだけで満足してちゃダメよ、キスメ!」
 キスメとしてはこれで十分すぎるのだが、空にはまだ足りないらしい。
「確かに、あの魔女のおかげでキスメの戦力はアップしたけど、まだ一撃の攻撃力が低めなのが気になるところ」
「ふっふっふ、実はパチュリーにそこらへんの対策はすでに聞いているわ」
「さすが霊夢、抜け目ない!」
「勝利の鍵は、紅魔館の門番よ!」

「私に何か用ですか?」
 紅美鈴は、霊夢はともかく、空・キスメという見慣れない客が自分あてに来たことに少々驚いているようだ。
「実はこの子のことなんだけど……」
 霊夢はキスメの井戸桶をつかんでずずいっと美鈴の前に出す。
「わあ、可愛い子ですね!」
「この子をパワーアップさせてほしいの」
「……え?」
「実は……」
 空がこれまでの経緯をかいつまんで話す。しかし、空の要約はお世辞にも分かりやすいとは言えないので、所々をキスメがフォローしてようやく理解してくれたようだ。
「なるほど。しかし、私に一体何ができるんでしょうか?」
「パチュリーが言うには、キスメの妖気の流れがやや不活発気味らしいのよ。そこで、あなたの『気を使う程度の能力』を利用して何かできない?」
「ふむ……」
 美鈴は額に指を当てながら目を細めてキスメを見る。
「?」
 小首を傾げるキスメを見て表情を崩しかけるが、慌てて真面目な表情に戻り、キスメをじっと見る。
「妖力というのは、妖気の流れを完全に制御できてこそ100%の力を発揮します。キスメさんは、あまり戦いをしない方なんですよね。ですから、妖気を戦い向けにコントロールする術をまだよく知らないみたいですね。キスメさんの気の流れを見る限り、もっと強い力を行使できるはずです」
「おお、意外に頼りになるのね、美鈴」
「……霊夢さん、温厚な私でも怒るときは怒るんですよ?」
「まあまあ、そんなこと言わないで! 頼りにしてるから、美鈴!」
「いいですけどね。どうせ暇ですし」
 主やメイド長に聞かれたらただではすまないような台詞を言いながら、美鈴は改めてキスメを見る。
「さあ、修行です、キスメさん!」
「はい! 美鈴さん!」
「違います! 師匠と呼んでください!」
「はい! 師匠!」

 それから美鈴による修行が始まった。
 美鈴と組み手を絶えず行うことによって、戦闘時における妖気の流れを活性化させることが最優先。その他、滝に打たれたり座禅を組んだりなどの精神修養もあった。ちなみに、一緒に精神修養させられた霊夢と空は3日もしないうちに音をあげて美鈴を呆れさせていた。
 そして、キスメの妖気の流れが十分に活性化したと判断された日、最後の修行が告げられた。
「穏やかな心を持ちながら、激しい怒りによって目覚める力があります。それにより、自身の妖力を一時的に増大させることができます」
 美鈴は仁王立ちになると、両手の拳をギュッと握って息を吸い込む。
「ク○リンのことかーーーーーーっ!!!」
 霊夢たち3人が思わずビクっと肩を震わせたほどの大きな叫びと同時に、美鈴の髪が金色に輝き逆立つ。それだけでなく、美鈴の全身から金色に輝く謎のオーラがたちのぼる。
「こ、これは、凄いわね……」
 霊夢は本気で感心して言った。いつものシエスタ門番とは思えないプレッシャーを感じる。
「これが私の本気モードなんですよ」
「!? なんで紅霧異変のとき、それを使わなかったのよ?」
 今の美鈴に勝つのは、少なくともかつて戦ったときと比べてずっと難しいことは火を見るよりも明らかだ。
「私の場合は、出力が上がりすぎて弾幕が大雑把になってしまうんですよ。スペルカードルールではかえって不利になるので」
「なるほど……」
 そういえば、レミリアが美鈴には苦戦したというような話をしていた記憶がある。そのときは酒の席の冗談だろうと思っていたが、今の美鈴なら吸血鬼と互角の戦いをできるかもしれない。
「ところで、さっきの掛け声は?」
 空が当然の質問を投げかける。しかし、美鈴は「お約束です」と言うだけで答えてくれなかった。
「キスメさん、このモードを発動させるきっかけは怒りです。何かありませんか? 怒っていることが」
「それは無理よ。キスメは人畜無害のいい子なんだから」
 空は手をひらひらとさせるが、キスメはそんな空をじっと見つめていた。その頭をよく見ると、「#」が赤色で浮かんでいる。
「おくう、この前のアレ、私はまだ忘れていませんです」
「……へ?」
「私の井戸桶コレクションNo.1951~2000を壊しましたよね……」
 それを聞いて、空はさっと青ざめる。
「あ、あれは不幸な事故で……」
「お酒に酔った勢いでメガフレアを発動させるのは事故と言いません」
 気のせいか、キスメの背後からゴゴゴゴゴ……という効果音が聞こえてきそうだ。
「今です、キスメさん! 溢れる思いをぶつけるんです!」
「おくう、私は怒っているんですよーーーーーっ!!!」
 その叫びと共に、キスメから無数の弾幕が放たれる。
「ちょ……!?」

 ぴちゅーん

 動揺していた空のみあっさり被弾。霊夢と美鈴は余裕の表情でかわしながらキスメを見守る。
 やがて、キスメから緑色の謎オーラが放たれる。どうやら成功したらしい。
「合格です。この状態ならば、しばらくは高出力の術も使えるでしょう」
 美鈴は満足げに言った。弟子の成長は師匠として嬉しい。
「ありがとうございます、師匠!」
「高出力の技へとつなげるスペルカード。そうね、早苗に習って、準備「穏やかな心を持ちながら、激しい怒りを持つキスメ」というスペルカード名なんかどうかしら」
「そ、それはちょっと……」
 焦げてピクピクしている空以外の3人はしばらく感慨にふけっていたが、やがてプシューっと音を立ててキスメからオーラが消えると、キスメの目は×になり、そのまま落下を始める。
「わ!? わ!?」
 慌てて霊夢がキスメをキャッチする。
「あんまりその状態を続けるとガス欠になりますよ」
「そういうことは早く言いなさい!」


「さて、最後は高出力の技ね。何かいい案ある、霊夢?」
「ちょっとはあなたも考えなさいよ……」
 思わず文句を言うが、心当たりは身近な所にある。
 ちょうどその時、
「話は聞かせてもらったぜ、お三方!」
 心当たりが向こうからやってきた。黒白の魔法使い、霧雨魔理沙だ。
「弾幕はパワーだぜ! この魔理沙様に任せなさい! 実はパチュリーから話を聞いていてな、もう準備をしているんだ」
 そう言って取り出したのは、ミニ八卦炉だ。しかし、デザインが若干魔理沙のものとは違う。
「もっとも、八卦炉だけじゃマスタースパークにはならないぜ。私なら魔力、キスメなら妖力を正しい手順で八卦炉に充填する必要がある。つまりは修行だぜ!」

 三度目の修行ともなると、キスメも慣れてきたのか、時間をあまりかけることなく魔理沙の修行をこなし、ついに実演の時を迎えるのであった。
「準備「戦闘妖怪への変化」!」
 まずはマスタースパークを放てる状態になる必要がある。無数にバラまかれる弾幕を、霊夢と魔理沙は軽々と、回避が苦手な空は必死によける。
「おくう、もっと余裕を持ってかわしなさいよ」
「わ、私は、回避は、に、苦手なの! いつもは、こっちも弾幕で、そ、相殺してるから!」
 なるほどと霊夢は頷いた。空の火力なら大抵の弾幕は相殺できるだろう。
 そして、準備が終わり、いよいよ本番だ。キスメは張り切って八卦炉をかざす。
「桶符「キスメスパーク」!」
 その名前に霊夢と空は思わず脱力する。
 しかし、可愛らしい名前とは裏腹に、キスメが持つ八卦炉から放たれる光の奔流は、魔理沙のそれと比べると一回り小さいものの、十分な破壊力を感じさせる力強さで……。
「ああああああああああああ!?」
 力強い光線の反動で、キスメは真後ろにくるくる回りながら吹っ飛んでいた。
「あ、発射時に踏ん張るように言っておくのを忘れていたぜ」
「なんでそんな大事なことを言い忘れるのよぉぉ!?」
 霊夢はキスメをフォローしにいく。空は四方八方に飛び散るキスメスパークに焼かれていた。
 そんな些細なハプニングがあったものの、キスメはついに高出力のスペルカードをも我が物としたのであった。


 ついに、キスメのパワーアップは完了した。
 1枚だったスペルカードは5枚になり、バリエーションだけなら5面ボスにもなれる勢いだ。
 空は喜んだ。とても喜んだ。
 しかし、ここで終わりにしてはいけない。もともと、空が言い出したことだ。そして、だからこそ、空がやらなければならないことがある。
「キスメ……」
 空は真剣な表情でキスメに話しかける。
「一週間後、私と弾幕勝負よ」
「……!?」
 どれだけキスメが強くなったか。空には確かめる責任がある。
 最初は動揺したキスメも、空に対して力強く頷いた。


 決戦の日は、雲ひとつない快晴だった。
 いつの間にか話を聞きつけた紫によって、「キスメVS霊烏路空」という一大イベントに主だった者が集まった。一番心配そうにしているのは、地霊殿の主であるさとりだ。
「久しぶりね、さとり」
「あら、霊夢、久しぶり」
「やっぱり……」
「ええ、地霊殿の主として、二人の勝負を見届けるのは義務です」
「知って……」
「私はおくうの主ですし、当然今回のことは最初から知っていました。地上で修行することを提案したのも私です」
「そ……」
「面倒事をあなたたちに押し付けたわけではありませんよ、ええ、ありませんとも。これは全て、空が立派に独り立ちできるようにするためと、二人の熱い友情を信じてのことです」
「……」
「ちょっと、戦意しか読み取れないんですけど。短気なのがあなたの悪い癖ですよ、霊夢」
 全力で攻撃したい気持ちでいっぱいだったが、今回の主役はキスメと空であるので、霊夢はかろうじて激情を抑えた。どうにもさとりは苦手な霊夢である。

 そして、ついに二人の戦いが始まる。
 審判は霊夢だ。
「二人とも準備はいい?」
 その霊夢の問いに、二人は無言で頷いた。
「おくう……」
「何? キスメ」
「私のことを心配してくれて、本当に嬉しかったです。成長した私を、ぜひ見てほしいです」
 その言葉を聞いて空は胸が熱くなった。
「OK! さあ、キスメ、私とフュージョンしましょう!」

 二人の戦いが始まった。
 とはいえ、やはり空の火力は圧倒的で、容赦なくいきなり発動させた「ヘルズトカマク」1枚を消費させるのに、キスメは怪奇「釣瓶落としの怪」、火符「キスメシャイン」、木&火符「大木の火精」の3枚を消費せざるをえなかった。
 とはいえ、戦いを観戦している面々からは、パチュリーのそれとはまた違う趣のある2枚の新スペルカードに感嘆の声が上がっていた。それが、空には嬉しかった。おそらくキスメ以上に。
「さあ、キスメ、次はあれでしょ!」
 その空の言葉に応えるかのように、キスメは準備「戦闘妖怪への変化」を発動させた。同時に放たれる無数の弾幕を、空は得意の空が白く染まるほどの弾幕で相殺していく。日光が当たらないように用意された特設ステージから観戦しているレミリアはサングラスを着用する。そして、キスメの準備が完了した姿を見てレミリアは軽く目を見張る。
「あの姿は……美鈴の入れ知恵ね。なかなか面白い……」
 変身が完了する直前、キスメは意図的に若干薄くしていた弾幕を一気に空へ向けて解放する。急に濃くなった弾幕を相殺しきれず、空の体勢が崩れる。
「きゃっ!」
「よっしゃ! 今だぜ、キスメ!」
 魔理沙の叫びと同時に、キスメは八卦炉を取り出し、高らかに宣言する。
「桶符「キスメスパーク」!」
「……!?」
 キスメの八卦炉から輝く光の奔流が放たれる。さすがにここまでの火力を予想していなかった観戦者たちからは純粋に驚愕の声があがる。
「やったか!?」
「ダメよ、魔理沙。その言葉を言ったら……」
 パチュリーが暢気な声で言うと、はたして、空は無傷であった。ギリギリ発動させた焔星「プラネタリーレボリューション」で相殺しきったのだ。
「これで全てのスペルカードを使いきったはずよね。キスメ、私の……」
 キスメはゆっくりと首を横に振ると、1枚のスペルカードを取り出した。それと同時に、さらにひとまわり小さいミニ八卦炉が複数、キスメを中心として展開していく。
「どうだ! これが最後の切り札! アリスの人形操作の応用だぜ! 決戦が決まってから、アリスと一緒にこっそりと特訓したかいがあったってもんだ」
 興奮して叫ぶ魔理沙に、アリスは満足そうに頷く。アリスのように細かい操作はできないが、複数同時に展開することが重要だ。
「キスメ、さすがにあれ全部からキスメスパークを出したら、あっという間に妖力が尽きるわよ?」
 空が心配そうに話しかける。
 自分を心配してくれる空にやわらかな笑みを返すと、次の瞬間には表情を引き締めて最後のスペルカード宣言をする。
「爆符「キスメフレア」!」
 複数のミニ八卦炉から、大音量と共に巨大鬼火が次々と飛び出していく。その様子は、まさに空のスペルカードである爆符そのもののようであった。
「どうしても、おくうのスペルカードとおそろいのが欲しかったんです……」
 その言葉に空はついにこらえきれず涙をこぼした。
「キスメ……私、嬉しいよ」

「私のロイヤルフレアの方が美しいと思うけど……」
 パチュリーはキスメフレアの輝きを眩しそうに見上げる。
「これも、負けず劣らず美しいわ……」

 空は一瞬、爆符「プチフレア」を使ってキスメに花をもたせようとした。プチフレアなら撃ち合いに負ける。しかし、真剣なキスメの表情を見て、全力で応えることことにするのであった。
 そんな空がかざすスペルカードは……。
「核熱「核反応制御不能」!!」
 その言葉に、審判をやっている霊夢の顔が焦りに変わる。
「じょ、冗談じゃないわ!!」
 これまでの戦いの弾幕余波はすべてかわしていたが、今回のこれは、霊夢もスペルカードを使わなければ回避できる自信がいまいちない。
 審判という立場上スペルカードを使うわけにもいかず、この場から逃げるにはキスメが心配であった。
 次の瞬間、激しい光と音と共に、巨大な光球と小さな光球が無数に押し寄せてくる。
「あ……」

 ぴちゅーん

 キスメを心配して油断した霊夢は、球の誘導に失敗して周囲を光球に囲まれ被弾した。
「って! 今のはどう見ても詰んでるわよ! これだからこのスペルカードは嫌いなのよ!」
 とはいえ、直撃はなんとか避けたのはさすがである。さすがにこれ以上は危険なので、戦闘フィールドから離れる。

 一方キスメは、必死になってキスメフレアで空の弾幕を相殺するが、ついに力尽き……。
「キスメ!!」


 気づいたら、キスメは空の腕の中にいた。
 泣きじゃくる空を、さとりや燐が慰めている。
「気がついたようね。大丈夫、空さんが直前で弾幕の軌道を変えたから、大した怪我じゃないわ」
 永琳が元気づけるように太鼓判を押す。それを聞いて、ようやく空は落ち着いたようだ。
「ひっく……ごめんね……キスメ……ひっく……私、本気になって……全力で……」
 キスメは手をのばして空の涙をぬぐった。
「ううん、全力で相手をしてくれて嬉しかったですよ、おくう」
 そして、空の頭を胸に抱き寄せた。
「おくう、あなたは私の最高の友達です。これからも、末永くよろしくお願いします」
 そのキスメの言葉に、再び空は感極まって号泣するのであった。
 そんな二人を、その場にいた全員が優しい目で見守っていた。
 いつまでも、いつまでも……。
キスメLOVE。それがすべてです。
そして、霊夢と空はいいコンビだと僕は勝手に思うのですが、どうでしょうか?

この後、空気の読めなかった天狗・河童・守谷神社の面々が余計なひと騒動を起こしますが、それはまた別のお話。
百ノ夢
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コメント



0.1230簡易評価
10.100名前が無い程度の能力削除
このキスメはもはや1面ボスより強いな
2面ボスとタイかそれ以上って感じ
15.90名前が無い程度の能力削除
>霊夢と空はいいコンビだと
たしかに、ふたりとも霊の字が入ってるし(関係ないか?
スペカ六枚って中ボスの範疇じゃねぇw
18.100名前が無い程度の能力削除
霊夢、いろいろ自重しろ
24.無評価百ノ夢削除
コメント、ありがとうございます。

>>10
3面ボスにちょっと届かないぐらいなイメージでした。

>>15
バリエーションだけは。いつか自機に……! ならないでしょうねえ……。

>>18
自重しないのが霊夢のジャスティス。
25.100名前が無い程度の能力削除
美鈴と組み手をするキスメ・・・ゴクリ
29.無評価百ノ夢削除
……とてつもなく愛らしい風景を想像してしまいました……ゴクリ