○月×日
今日の天気は生憎の晴れ模様で、お天道様は雲一つない青空で光り輝いている。みんながわらってるからお日様もわらってる、なんて事は無いはずなのに、だ。一つ付け足して置くとすると、別に財布を忘れたわけではない。現に私は青空と裏腹に心の中は土砂降り模様、青天の霹靂だ。…………よくよく考えてみると、私は雨のほうが嬉しいのであってこれはこれでいいのかもしれない。
そんな誰の耳にも届かない愚痴をこぼしつつ、私は玄関からご主人様の姿が見えるのを待っていた。先ほどの下らない思考も暇潰しの一環で、他には一人しりとりをしてみたり一人ジャンケンをしてみたり一人漫才をしてみたり。それくらいこの待ち時間は私にとって暇だ、言うことを理解して貰えれば、…………私は一体誰に説明してるんだろう。暇潰し項目に一人お喋りも追加しないとなぁ……。
そして家の中、恐らくは居間であろう場所から
「それじゃあ、行ってくるよ」
という声が聞こえた。この明るく響くような男の人の声は、ご主人様の声だ。聞き間違える筈は無かった、この屋敷に男は一人しかいない。おそらくだが、女中に声をかけてご主人様はそのまま広く長い(らしい。ご主人様談。)廊下を歩き始めたようで、バタバタという足音が段々と大きく聞こえる度に玄関への距離が近づいている事が分かる。
「お待たせ、それじゃあ行こうか」
ご主人様が玄関に着くと、まず私、正しく言えば私の憑いている茄子色の傘に向けてそう口にした。時計を見ると短針は9、長針は6を指している。確か一昨日、ご主人様は「これからはきちんと八時半には行くよ」と言っていた筈だ。まあ昨日九時に姿を現した時点で信用などまるっきりしていなかったのだが。
ほんとに、待たせすぎよ……。
そう返事を返しておく。ご主人様の耳には届かない。誰の耳にも。
「よし、しゅっぱーつっ」
いつも通り右手に私の憑き傘を、左手は上着のホケットだかポケットだかに手を突っ込んで、年不相応な声を出しながら玄関の戸を開けた。
さあ、お散歩の始まりだ。……晴れだから私の出番が無いのは気にくわないけれどまあ、よしとしよう。
もし私の姿が見えたと仮定すると、ご主人様の後ろを歩いている生き急ぎ忙しそうな女性には左からご主人様と傘、そして私が見えているのだろうか。考えたところで深い意味は無い。
「久々の晴れ間、晴れ模様気持ち良いなぁ……!」
そしてこれもまあ、何度目か分からない科白だが、雨傘の私には理解出来ない言動だ。出番の無い晴れが好きになれる訳が無い。よくもまあ能天気にいられるものだと思う。……もしかすると能天気の「天気」、というのは「天気がいい」から来ているのかしら? 考えたところで深い意味は無い。
「どう?、子傘は好きかい、晴れは?」
私のほうを向いてそう聞いてくる。ここでいう私は傘のほうでなく私だ。さらに言うと傘に憑いている方。というかその質問は何度目だご主人様。
だから毎回毎回嫌い、って言ってるでしょ? まあ聞こえてないからどうせ、
「そか、やっぱ子傘も好きかぁ、晴れは!」
……やっぱりね。
はぁ、と落胆の意味のみをこめて溜め息をつく。何故適当に解釈するのかご主人様は……。雨の時はともかく、晴れの時にはこっちの意志すら伝わらないんだから質問等を控えるべきだと本気で思う。……思うの、だが…………。
「うん、やっぱ晴れっていいよね…!」
などとこちらをニコニコ顔で見られては私の反論のぐうの音はすべて消えてしまうから不思議だ。……あの笑顔は反則だ。というか晴れみたいに眩しいから反論も出ないんだよきっと!、……ぐう。
そうこうしてる内に楽しい(楽しいについてはいささか語弊がある。何故かって今日は晴れで陰鬱だ。)お散歩の往復地点である公園へと着く。広さは二級、遊具も一般的な二級品ばかり、利用者数も二級品な二級公園である。(私談。)
「ふぅ……。いつも通りベンチに座りますか」
多少の息切れが傍から認められるご主人様。それも仕方あるまい、こうやって公園まで毎日歩くのがやっとな身体なのだから。というか木椅子の事を「べんち」、と言うのか。……ひらがなだとおかしい、か、? まあ木椅子でいいや。
「はー。あー、つ``か``れ``た``ー``。。。」
……その発音は文字にし辛いですご主人様。ってなんだ今の脳内科白は。誰かに言わされた感が半端無い。
「……やっぱ木陰が一番だ。それよりも日が無い方がいい。それよりさらにもっと室内がいい…」
さらっと引きこもり発言をしたご主人様を横目に、私も木椅子(べんち、とやら。)へ腰掛けることにした。木の質感が丁度いい感じだ。木陰で風も通り過ごしやすさは抜群。……木椅子だけは一級と認めてやら無い事も無い…かなあ。
「あと十分したら行こうか」
誰に話すわけでもなくご主人様は呟いた、訳では勿論ない。私に向けての言葉だろう。……多分。まあ誰だろうと何だろうとどうでもいい。考えたところで深い意味はない。
時間はきっちり守りなさいよ?
そう言っておく。私はご主人様に向けて言っているわけだが実質聞こえないので独り言、すなわち呟きになってしまうが。
さて、折角十分という無駄な時間を頂いたので私の暇潰し項目其の八十一(私の暇潰し項目は百八つまである、とか言えるようになるのが密かな夢である。人間の煩悩と同じ数、とか妖怪っぽいじゃん?、と誰にでもなく同意を求めてみたり。)である、先ほど追加されたばかり入荷ほやほや炊き立てではないが、一人お喋りでもしようか。
私がご主人様と出会ったのは、ある雨の日だった。
何日前か何週間前か何ヶ月前か、はたまた何年前かは忘れたが、とにかく私とご主人様が出会ったのは雨の日だった。
それもごうごうと鳴るような強い雨。まるで捨てられた私を惨めに思い、蔑み哀れに見捨てた神様の仕業と思えるほどに。
私は雨に打たれていた。比喩ではない。私の防水性はあくまで傘の上っ面だけで、中身に雨滴を防ぐだけの素材が使われているはずもない。私は雨傘憑きだ。私の状態はその憑いている物に比例する。更には私がゴミ捨て場に放置される前、つまり前の前の前の持ち主(前の前の前の持ち主が一番最初に路上へ放置した。前の前の持ち主はそれを拾ってすぐ飽きたのか二級公園より遥かに手入れされていない四級に捨てるし、前の持ち主はあろうことか雨傘をチャンバラごっこに使ってゴミ捨て場に放置した。最後の用途は最早傘では無い……。)の時からすでに壊れていたのだ。それを度重なる不運(前述記載。)が襲い、上っ面すらほぼ全壊。流石に雨洪水推進委員会(嘘八百。)の私でも、その時ばかりは雨を恨んだ記憶があるほどだった。
そんな私を拾ったのがご主人様だった。
最初に私にかけてくれた言葉は、今でも覚えている。
「……君、大丈夫かい?」
驚いた。吃驚した。……始めは私の事が見えてるのかと思った。初めての。私を見てくれる。人間様ですか?、と。
「まだ、使えそうな傘なのにね。……勿体ない」
そう言って、ボロボロの私を回収してくれたご主人様(回想でこそご主人様と呼んでるけどあの時はふつーに、人間って呼んでたなあ。しみじみ。)。
「……地縛霊、とか何かか」
私をまるで開運何とか鑑定団ばりにじろじろと見つめる。きゃー、ご主人様のえっちー(棒読み。)。まあ間違ってましたけど。
「感じる、よ。君、そこに居るんだろう?」
……辺りを見回した。どう考えてもご主人様の指差した方向にはびしょ濡れ(びしょ濡れでなくびちょ濡れ、というとえちぃく聞こえるのは私だけだろうか。脱線。)の私かその奥の何だか氾濫でも起しちゃいますか、いえーい!!、と盛り上がり風味ばっちりな川しか見当たらない。……さすがに川を君と呼ぶような変人には見えないのでやっぱり私か。
……あなた、は?
私が初めてご主人様に向けて口にした言葉だった。……でも。交流の糸は意図無くぷつり、と切れた。
「感じるけど……。ごめん、姿は見えないし、分からないんだ……っ」
こんなことだろうと思ったよ。あはは。人間様々人間様様とは行かないよなあ。期待とか。馬鹿デショ? エヘヘ。
その日、私は私を苦しめた降りしきる雨に対して一番の感謝や敬意を感じた。おかげで頬をつたうものが、雫か滴か判別出来なくなったから。
「……落胆、って所だろうね。……ごめん」
下唇を強く噛み締めて俯くご主人様。馬鹿だと思った。偽善とも思った。またにんげんが嫌いになった。でも、伝えない声で問いた。
___なんで悲しそうなんですか、って。
「___子__傘__子傘?」
はっとする。見ると私の顔を覗き込むようにご主人様が見ているではないか。
……もしかして、私のこと……?
「なんか行きたくなさそうな気配だったけど、どうかした?」
そう言ってご主人様は辺りをキョロキョロと伺う。……どうやらさっきのは偶然、か。
…………そんな訳、無いか。
意識して損した。物思いにふけり過ぎたか。反省反省、っと。私はベンチから立ち上がった。ああ、唯一無二の一級品よ、さようなら。
「ん、行く気になったみたいだね。そんじゃあ行こうー!」
傘で行き先、要するに帰る方向を指し示して、またもや元気な格好不相応な声を出す。……砂場の男の子が目を点にさせてるっつーにご主人様。
帰り道は特に面白いことも無かったので省略させてもらおう。いやほんとほんと、私が余所見してて道路の側溝の溝に足はまったとかそんな事あるわけないって。
○月△日
さて、気分がルンルンである。みんながわらってお日様でなく私もわらってる。お日様には長期営業停止業務を雲さんがお出ししてくれたようで何よりだ。ああ早く来いご主人様ご主人様あああああ!!!
……私としたことが、自分を見失ったぞ完全に。落ち着け深呼吸だ、素数を数えろ。後者なんか違う、ぞ……?
「……お待たせー。はあ…」
さて長い長い廊下の奥からお出ましなのは私の愛しきご主人様(気分高揚し過ぎて何言ってるのかあんま分かってないなう。)であるっ!! と、まあしかしいつも通りの暗い暗い顔なので私の気分も準じて冷える。多少だが。
いつも通り私を右手に持ち、左手に上着のボケットだかソケットに。晴れの日と違うのは、私が開かれている、という揺るぎない事実っ! あー楽しいな。ルンルン。
さーて、行きましょうか? ご主人様。
そう嬉々としながら言葉を呟く。ご主人様の耳には届かない。誰の耳にも。
「……ぼちぼち行きましょ…」
やる気のなさが伺えすぎて逆に笑いそうである。今度は年相応な声を出しながら玄関の戸を開けた。
さあ、お散歩の始まりだ。雨なら雨傘、私の出番だ。……やっと巡ってきた…!!
もし私の姿が見えたと仮定すると、ご主人様の後ろを歩いている人生日々是適当が座右の銘っぽい青年Cには左からご主人様とその手に持たれ、開かれた傘とその中に入っている私、つまり相々傘の状態に見えているのだろうか。考えたところで深い意味は無い。
「はぁ……雨かぁ……」
これもやはり何度目か分からない科白だが、雨傘の私には理解出来ない言動だ。出番ありまくりな雨の日が嫌いになれる神経が分からない。人間に雨が好きな人はいないものだろうか、この湿り気具合が肌に丁度よい感触! 今まで私と共感できたのはおそらく蛙とカタツムリとボウフラだけだろう。まだまだいそうだが、これ以上ぱっと浮かばないのでやめた。考えたところで深い意味は無いし。
「子傘は雨、好きなんだよなあ……」
そう私に問うご主人様。ああ、やっとこの時がきた……!! 私の目がキュピーンと光る(ような気分である。)。
私は傘の中棒部分(柄の部分と開く部分の間のことね!)を持ち、くるくる、っと回す。上空から見ると傘が反時計廻りをしているような格好だ。
「答えは、『はい』、ねぇ……。わからん」
はあ、と深い不快な溜め息を吐くご主人様。まあそれはどうでもいい。今特筆すべきは私の能力である!!(キュピーン。)
かいつままずに説明すると、私は傘にだけ触れる(持てない。開いた傘の中棒に触れられるだけー。ざんねん。)ことが出来る。傘とは言っても無論私の憑いている傘のみに限りますけど。ええ。それを利用した制度がこの、「傘くるくる「はい」「いいえ」判定制度やーー!!」、な訳ですよ!! はい!! ……ちょっと落ち着いて話せ私。そんで、まあ要するに(かいつままずに要してる辺り、頭が狂ってる。)ご主人様の問いかけに私の傘にだけ触れる力を使って傘を回し、「はい」「いいえ」を答えるだけ。回す方向が反時計廻りなら「はい」、逆に時計廻りなら「いいえ」という簡単かつ完全(不を頭に付けるの忘れた。)に交流をはかることが出来るんですよぅ!!
……考えたところで深い意味はない。(とりあえず落ち着きたかっただけ。)
「でもさ、はじめは気づかなかったよなあ…、傘を回していたのが子傘だったなんて」
どうもおかしいと思ってたんだよ、と小さな声で漏らした。左手に持った傘を一旦右腕にかけて、伸びきった髪の毛をボサボサと掻く。
「僕に傘を回す癖、って無かったからさ。隣に君の気配がいつもしてたのはそーいうことだったのか、と知ったときは驚いたよ」
ニコニコ、とまあ晴れの時ほどでは無いが私に向かって笑いかけた。ご主人様にとっては私がいるはずの方向、だろうが。まあ仕方が無い、ご主人様が分かるのはあくまで私の気配だけだ。……気配が分かる人、と一言に言っても現代世の中古今東西中々見当たらないのは分かっている。それでも欲張りになってしまうあたりは私の人間らしい所であろうか。いやまあ一応は人の形してますし。
ちなみにどうやってそのことを伝えたかというと、前にご主人様が玄間でぶっ倒れました時にこそこそ、っと耳打ちを。寝てる時はそういうものに影響を受けやすいとか言うから試してみたら通じちゃって。夢枕とか言うんだっけ? まああれからご主人様は玄間で一度もぶっ倒れないのでそういうことは無かったけれど。
そうこうしている内に楽しい(当社比三倍です。)お散歩の往復地点である二級公園へ到着。一級品の木椅子も雨の日はお役御免である。それだけが唯一残念かも知れないなあ、と若干の考えが頭をよぎるが、まあ許容範囲だ。雨の方が大事大事。
「……よし、帰りましょうか」
雨の日はベンチに座って休憩も出来ないのでささっと帰ることを自分自身に推奨しているご主人様。だが残念。そんなことは私がさせません。傘に触れて、くるくる、っと回してやる。方向は勿論、時計廻り。
「えー……、だってすることないじゃんよー、子傘ー……」
そんな明らかに落胆そうな声を出して肩を落としても駄目です。さらに傘を回してやろう。否定の強調だ。
「……じゃあ、五分ね?」
傘を回す。
「……七分、」
傘を回す。
「……ああ、もう分かった十分ね!」
……まあ、許してやろう。渋々傘を今までと逆方向、反時計回しにくるり。
久しぶりの雨なんだから、それくらいは頂戴よね?
なんて意地悪そうに笑いかけたりしてみた。見えないのに無駄だ、なんて誰かに思われるだろうか。いや、思われることも無いだろう。どうせ見えない。考えたところで、深い意味など……ない。
茄子色の今はもう悪い意味で映える傘から出る。昔は紫と言えば高貴なイメージがあった筈なのに、いまじゃ地味・胡散臭い・ババァ臭いと三本柱を立てられてしまっていてがっかりだ。……内二つはどっかの誰かさんが立てたに違いない。何時かギャフンと言わせてやる……。何故だか不可能の三文字しか浮かばない気がする。不思議だ。
私は妖怪だ。付喪神、古い道具につく精神のような妖怪。私を捨てた人間への恨み辛み妬みで生まれた。そんな私が、再び人間をご主人様と呼んでいることには私自身いささか疑問を捨てきれなかったりする。
大っ嫌いな、大っきらいな、だいっきらいなにんげん。好きになれてるのかなぁ。
傘が手元にあれば、きっと時計廻りへとくるくる回る。回す。動かす。踊らす。感慨も考えも無い。
ある日ある日、雨の中惨めで可愛い可愛そうな化け傘を捨てたのも拾ったのもまた人間人間人間人間。
むしろ私の方が人と人の間で揺れ動くことしか出来無いのだから、人間とは言えないだろうか。…………ううむ。
やーめた、っと。
こんなとてつもなく天気の良い日に思考回路を巡らすのは勿体無いのであーる。それよりもなによりもどれよりも、考えたところで深い意味はない。あってたまるかコンチキショー。
ただ、うん。ご主人様は、存外嫌いで無いのである。……多分。
それから「帰ろうよー子傘ー!」と懇願してきたので仕方なく大人しく来た道を引き返した。
例によって帰り道はやっぱ省略。私の雨についての感情をひたすら聞きたい物好きがいるならば話しても……やっぱやだ、面倒だ。
□月☆日
記号パターンが無い。☆日って何だよ。次は♪か、ええ? ……ん?、今若干口調がおかしかった気もするけど気のせいだろう。一つ言い訳をするならば傘は電波を受信しやすい体質なんです。多分……ね。
今日の天気は……ああ、どうでもよかった。雨降りなしにお日様もいない。積もる話が「くもり」、ってやつです。積もるのは雪なんだけどね。……暇潰し項目其の四十三、一人漫談、ってことにしておこう。そうしないと私の精神がもたない。妖怪は精神攻撃に弱いんだからね!(照れっ。)
くもりはご主人様と私、両方とも損得が無いので一番無難な日なのかもしれないなあ。気分的なお話です。一人お喋りにもそろそろ飽きたのでかいつまんでお話をすると。
ご主人様がぶっ倒れました。(正しくはぶっ倒れたみたい、なんだけど。それらしい声が聞こえてきた。)
……どうせなら晴れの日にぶっ倒れなさいよ、とかそういうことも思う訳ですが。いや、結構よくあることだし。まあ、というわけで(どういうわけだ。私にも不明。そういう気分、ってことで。くもりだしさ。)代わりにご主人様の会話でも脳内再生です。再生ボタンをぽちっ、と。
以下ご主人様がなんとも忌々しい大晴れの日に話してくれた身の上話みたいなの。
「……僕はね、昔っから身体が弱かったんだ。小学校の頃に至ってはロクに学校にもいけず通院入院退院救急車入院、ってまあ病院の行きつけになったものだったよ。まさに「マスター、いつもの」って感じで点滴やら薬やらバランスがいいからって嫌いな物をよく出されたもんだったかな、多分。小さい頃は意識がよく途切れてたからか、あやふやなんだよねぇ……。友達は花瓶の花とリンゴでさ。小学校の運動会では一体赤と白、どっちが何回勝ったんだろう。むしろ僕は赤なのか白なのか、ってか何年の時何組だったのかも覚えてないや……。そんで中学校にあがって。入学式の日はベッドで迎えたんだったっかな?、でも流石に中学校になってからは少しずつましになってきて、徐々に登校する日のほうが多くなって。「やっと普通の生活が出来る」、って喜んだものだった。……でも中学の時に初めて知ったんだよね。僕が日々感じている物は、みんなと違う、ってことに。ほら、僕って君みたいに幽霊とかそういうものを感じれるけどそれ自体当たり前のことだと思ってた。今になってもよくは分からないけれど、多分学校の……場所が音楽室だったしそこから飛び降りた子だったのかな。音楽室に入る度にその子の存在がひしひしと伝わって。目では見えないけれど窓ガラスには映ってたよ、その頃の僕と変わらない年くらいの子の姿が。勿論当たり前のように隣の子にその話を持ちかけてさ。それから一ヵ月間クラスで祀りあげられたもんだった。僕自身もアニメか漫画のヒーローにでもなった気分で。特別な存在だ、って思いこむ事は人を酔わせる、ってのを今振り返ると思う。夏休み前、初夏の修学旅行でも終わった辺りだったかな。僕は修学旅行には万が一、ってことで行かずに休んでたんだけどね。……僕の席に落書きがされててさ。「嘘吐き 死ね 調子にのってんじゃねえよ 楽しかったかよ」みたいな落書きだったかねえ……。記憶があやふやなんだ正直。あの時の事は忘れたい忘れたい、って日中夜願ったおかげで今じゃ感情も着いて回らないけど。まあ、そっから不登校に至ってあれあやこれやで今に至る訳ですよ子傘ちゃん。……というか随分と体の良い一人称語りしちゃってごめん、今日は雨じゃないから合否も分からないんだよね……。それにこんな太陽さんさんなお天気日和な日に随分と辛気臭い話して、僕は全く……。」
お前の頭がお天気日和だよ!、晴れとか辛気臭いムードばっちりでしょ!? ……だめだ、つい昔語りに突っ込んでしまった。天気にはうるさい女の子なのよ私。なんたって傘ですからね!(えっへん。)
というかよく一字一句(まあどうせ所々抜けてると思うけど。)覚えてたな私。流石私だわ秀才天才大喝采!(照れっ///)
さて、暇潰し項目其の二十一、過去回想(真面目風味)をしてた間にどうやら騒ぎが収まってた。一大事、とはならなかったようですね。まあ今日のお散歩は中止っぽい、というかまあ中止だろう。
例によ……らないけど、この後の展開は省略である。まあ色々あるんだって。色々。疲れた……ってーの。
______________
……目が覚めた。天気は曇り。見知った天井が僕の目に映る。身体は重い。じわじわと、記憶が蘇る。……ああ、そっか、僕倒れたんだっけ。そうだ、散歩……っ、時計の短針は「3」の数字を指している。タイムアウトだ。……明日、子傘に謝らないとなぁ。そんな想像をしてクスッ、と笑みが零れた。その瞬間、ハッとして周りを見まわす。誰もいないことと、3の数字は早朝を意味していることが分かった。意識飛びすぎだなあ、僕。しっかりしろ。少なくともあと、数か月だけでも。
僕の笑い方は人からよく、「おかしい」と指摘される。小さい頃から、初めて出会う人に毎回同じ科白を言われたものだ。僕は笑うことが、特に人前でそれをすることが嫌いだった。嫌悪の表情を、視線を向けられる。苦痛でしかない。その弊害かどうかは知らないが、僕は僕の表情を見ることを嫌った。顔を見ることを嫌った。そのおかげで、僕の部屋には鏡なんて名前の付くものは一つもない。洗面所にも鏡らしきものは無い。一応いいところのおぼっちゃま(僕にその自覚はないし、正直ベタだとも思うけれど。確かにそうなのだから仕方ない。)なのでそういう特注に関してはお任せ頂戴なのです。論点がずれた。
人から嫌悪の視線を向けられることは、(あくまで僕自身の感覚なのだが、)雨の日に似ている。べたつく湿気が肌にまとわりつくあの感覚だ。背筋が震えて、立ちすくみそうになる。僕はなんて弱い人間なのだろうか。
僕は人間が嫌いだ。偽善な生き物。「大丈夫 もう慣れたよ その笑い方いいね 面白いよ」そんなこと、口では何とでも言える。頬を引き攣らせながら言い放てる。その言葉を僕は笑えばいいの? 喜べばいいの? どんな表情を作れって言うんだ。
僕は僕が嫌いだ。偽善ないきもの。「ありがとう 気が楽になったよ そうかなぁ? 嬉しいよ」そんなこと、口では何とでも言えるよ。頬を引き攣らせながら言い放てる。その言葉に彼らは笑ってくれる。喜んでくれる。プラスチックの表情を浮かべてくれる。
結局、僕は人間という枠から外れられないのだ。差別はされても区別はされない。分別は……、どちらかというと子傘寄りの言葉だろうなぁ。というか散歩できなかったし子傘怒ってんのかな。まあ姿は見えないので真偽は分からないだろうけどね。もしかして死線に近づいたいまなら姿が見えるかも?! ……まず無いだろう。その前に子傘今いないし。うん。気配もさらさら無い。
子傘、という名前は僕が付けたものだ。姿が見えないから完全にイメージなのだが、彼女は子供っぽいところがある気がするからだ。わがままだったり、変なところで真面目だったり。まあ僕も人の事は言えないけれど。子傘といえば、彼女に会ってから僕は色々と調べ物をしたっけな。普通の幽霊ならば、鏡やガラスに映った姿が見えるはずなのだけどそれがなかったから。その時ある事を思いついて、二階にある今は亡き父の書斎を調べた(正しくは漁った。)。なぜかは分からないけれど父は妖怪や怪奇現象などについて、関する本をたくさん持っていたからだ。そのことをふと思いだした僕は、もしかすると子傘はその類では無いだろうかと予想したのである。これがまたピッタシ的中。もともとこういう事に疎かった(感じる能力はあっても、相応の知識は生憎持ち合わせていなかった。元々これ自体が阻害された一因でもあったし勉強はする機会があんまし無くって苦手だったし。医者の不養生、ってやつ……じゃない、宝の持ち腐れってやつか……な?)から、最初はてっきり傘憑き地縛霊の類だと思っていたんだけどまさか、御伽話や都市伝説、もしくは古くからの言い伝えにしか聞いたことの無さそうな「妖怪」さんだとは思わなかったけど。
ただ、僕に彼女が干渉、かどうかは分からないけれど、感じることが出来たのはきっと人間への恨みとか妬みとか、そういう物が起源で発生した物に憑く精神、「つくもがみ」とやらだったからなのかも、と一人思ったり。そういうのって幽霊とかに似てるし、何より僕と抱いてる感情が似てる、というか何というか……。勝手に親近感も抱いてたり。
「あーあ、いっそ妖怪とかに生まれれば良かったなあ……」
だけどよく子傘についての事は覚えてるなあ。会話と言った物は傘伝いのコミュニケーションだけで交わす言葉は無いし、姿を見ることもないけれど。……もしかすると僕が子傘に好意(これが彼女への友好なのか、恋という感情なのかは分からないが)を抱いている由縁はそこにあるのかもしれない。嫌悪の視線も感情も感じ取れないから、なのだろうか。ただ最近、昔よりも雨が嫌いで無くなっていることは事実で。僕は彼女に影響されっぱなしだなあ、と思う。僕も何か彼女に影響を与えていればいいな、と自己満足そうに思った。
「まあ、考えたところで深い意味はないんだけど、ね」
なんて、口癖を呟きながら。
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△月×日
ヘックシっ! ……だれかウワサした?
うん、久々に声を出した気がする。こんな状況だと、つい思考ばかりが先走りしてしまうことが多い。まったく、昔はこんなんじゃあ……。言葉通りこんなんじゃなかったか。付喪神でも無かったのだから。昔は、私たちのような物が壊れば治してもらえる時代だったのだから。今で言うと「りさいこる」……だっけ? 英語だかあめりか語だかいぎりす語だか、とにもかくにも日本言語以外は苦手だ。和傘だし。一生鎖国体制をとらせて貰おう。社会に順応なんてするもんか!
さて、今日は雨降りである! やったね! ご主人様もぶっ倒れた気配は無いみたいだし。……ここ最近、よく倒れてるみたい。三日に一回とか。うーむ、散歩に行けないのはどうもねぇ……。
「……っと、お待たせ。そんじゃあ行こうか」
ご主人様到着である。最近は時間通りきちんと来るようになってきた。うむ、先生が不良生徒を更生させた時の感動を味わってるみたいだな。まあ不良生徒とか教育した事無いんですけどねー!! ……暇潰し項目其の四十三。
いついついつも通り、右手に私、左手を上着のコメットだかソリッドだか(もう原型をとどめていない気もしている。)に入れて。
さ、さ、行きましょうか。……ご主人様っ、
届かなくてもそう語りかけてしまうのは。なんでだろうか。……分かってはいるけれど、答えは出さない。1+1=2、みたいな簡単な話じゃないのだ。割り切れない。自分勝手だなあ。……そんな私はきっと、誤ってないし謝らないけれど。
「よし、行こうか」
____昔に比べれば随分と、元気の無い声。きっと本人も自覚しているのだろう。考えたところで深い意味はないけれど。
もし私の姿が見えたと仮定すると、ご主人様の後ろを歩いている人生日々是適当、何となく生きてますごめんねてへっ、みたいな青年C……って、おい! あの人間、確か前に雨だった日にも見た気がするぞ!? もしかすると雨男か!? なんという幸運の持ち主だ……。羨ましい。しかし人間は雨を疎うらしいし、阻害されて不幸な人生を送っていたのだろうか。なむなむ。天気の事に関してはとことん甘くなってしまったりするなあ、私。
「最近は僕も雨のが良かったりするなあ」
……えっ?
あり得ない言葉が私の左側から聞こえてきた。どうしたご主人様、熱でもあるのか。脳内天変地異でも起こったのか? あべこべご主人様があらわれた! ……それはそれで、面白そう。
「子傘と、まあお話……なんてだいそれたもんじゃないけど、出来るしさ」
…………私にほの字なんですかね。まあ大人の魅力ばりばりだしね!、ご主人様は子供っぽいとか言うけどさ! 素足下駄とかどんな趣味趣向の奴らが食いつくことやら! 変態じゃん! というかご主人様本当に熱でもあるんじゃないかと「僕、子傘の事好きだわ」 ほえ?
…………意識がぶっ飛んだ。いかん。なにをいいいいだすんですかねええええこのにんげんさまあああはあああああ???
「……やっぱり、うん。好き。子傘は僕の事、どう……思ってる?」
いやあああだからそんなこといわれてもですねえええええええわたしを「完熟真っ赤な子傘ちゃんでーす、キラッ☆」とかそういう象徴とかにしたいんでしょうかあああああ、だあああああああ!!!????
「傘、廻して?」
まわせるかああああああああああああああ!!!???? どんな苦渋のセンタクを綿死にさせようとシテルんですかこのご主人様は?! 日本語ヤダ! 嫌い! あめりか語万歳! 鎖国とか終了!!、ご主人様子傘修好通商条約とか一瞬で契約します! まじで!
「……嫌い、だよね。人間だもんね、僕」
すううううねえええるうなあああ!! てかなんでこんなやり取り見てる奴がいたら「2828」しちゃいそうな空気になってるの?? 恋愛漫談みたいな! おかしい! 絶対に! ってか私どうすれば「……どしたの、なんか焦ってるみたいだけど」無駄に察知すんなってええええええ!!
……深呼吸しよう。ひっ、ひっ、ふぅー…………。
まあ、ねえ……。どう答えればいいやら。何というか、その、気持ちは嬉しいんだけどなあ……。言葉に表し辛いよこれ……。というか「はい」か「いいえ」、って究極の二択すぎるよ! 誰よこれ考えたの!?
「……答えが無いのってあれか、良く考えたら合否だけだもんね、ごめん。聞いた僕が馬鹿だった」
私は。全力で。その言葉に。傘を反時計回りに廻しました。
「って、え、そんなに強く廻す程困ったのか…。ごめんごめん、」
……ごめんじゃないわよ、もー…!
「でも、まあ、「いいえ」、じゃないんだ」
…………少し顔をニヤつかせながらそう言うご主人様。ずるい、本当に。大体私自身、そんなに動揺するなんて。自分の事が自分でも良く分かってないって……いうのは、良くあることか。
まあ、嫌いじゃないのは確かなんだけどね……。
「好き」じゃないんだけど。「嫌い」じゃない。ほとんど良いことをするのでなく、たまに悪いことをする。たったそれだけの違い。……私には、大きすぎる程の。
ご主人様の事は嫌いになれない、と思う。でも好きにもなれない。問いには答えを。理由、それは。
「まあ、うん、自分勝手に好意だ、って受け取っておくことにする……けどいいでしょ?」
にんげんだから。
傘は、廻さなかった。
前に、ご主人様がこういう話をしていたのを覚えている。
「傘って不思議だと思わない?」
私はその問いかけの真意を図りかねていた。まあ私自身傘のような物なのだから、その気持ちが分からないのも仕方ないのかもしれなかったけど。ご主人様は続ける。
「雨の日……正直好きじゃないけどさ、傘は好きなんだ。正しく言えば、みんながみんな傘を差している光景が好きなのかもしれないけど。自分が自分の範囲を持っているというかなんというか、それぞれの傘の色や形も違ったり。些細な、ほんの些細だけどその傘を持っているのは自分だけで。特別な気がするんだ。僕の場合は本当に特別な傘、なんだけどね」
そう言って頭を掻きながら顔を赤らめ恥ずかしそうにするご主人様の顔が、妙に印象的で。見惚れてしまう……という言い方とは少し違うかもしれないけれど。
「……互いの関係を隔絶している、ような感じがするんだ。普通に、日に照らされながら街で歩いていてもそうなんだけど。傘を差しているともっとそれを感じる。警戒というのか、よく分からないけど。「相合傘」っていうのは、そういう意味じゃ凄いと思う。自分の範囲に相手を入れるようなもの。自分の警戒をその相手にだけは解くんだから。だから恋人同士はやりたがるのかね……僕には分かんないし一生無い経験だろうけど。……って、脱線脱線」
そういう私は今、ご主人様と相合傘してますけどね。脱線。
「だから傘には不思議な力……じゃないけどさ、不思議な意味というか、そういう物が込められてると思うんだ。だから僕は思う。……傘は。」
____傘は、一つの世界なんじゃないかって______。
「……もう意識、飛びそうなんでしょ」
現実のご主人様の声。……気づいてたんだ。傘を反時計回りに。
「そか、そか」
納得したような、……半ば残念そうな声でそう返事を返してくる。
まあ、仕方のない事よ。……妖怪の存在なんて、もう信じられる筈が無いもの。こんな世界じゃあ。
こんな外国語だらけの世界じゃあ、ね。そんなに関係ないような気もするのだけれど。どちらかと言うと、機械や信念の違いだろう。
ご主人様が「コホン、」と咳払いをして、口を開いた。
「……妖怪というのは、存在を信じられてこそ存在するものである。元々人間のように命や肉体というよりかは、思念や精神の概念が強い妖怪にとって存在を信じられない事や、忘れられてしまう事は人間にとっての致命傷と同じような物である…………、ってね」
……いつの間にそんな事調べたのよ。
全くだ。私の知らない(起きてないとか意識が無いとか。)間にこそこそと調べて……。
「まあ、父さんの書斎にあったメモの受け売りなんだけどね。よくわかんないけど、そういうのに詳しかったみたいでさ、僕の父親さんは……」
へー。妖怪に詳しい、ねえ……。ろくでも無い人間だったのだろう。妖怪なんて好き好む奴に、良い奴はいない。今まで生きてきた私の自論みたいなものだけど。
「朝の散歩の時、よく帰りに気配がふっ、と消えるからさ。色々と調べさせて貰いました」
それはそれは、どうもお手数お掛け致しました、って言えばいいのかしら?
こんな時でも嫌味が口をつく私である。電波は掴めても空気は読めないのよ。読めたら傘である必要性とか無くなりそうだしね。主に天気的な意味で、だけれど。
「……気配も薄れてるし、その前に言っておくよ。こういう空気だしさ」
どういう空気だろうか。あれか、なんかこう修学旅行の夜に好きな異性を告白したり男子が夜の興奮で色々馬鹿な事やったり言ったり、でも実は大人しそうな女子もこういう時だけ暴露しちゃいますよー、みたいな。分かることは絶対違う事くらいだ。あとこの思考場違い。
「僕は、別に後悔してないから。君がどういう物で、何をしてるか知ってた上でこうしてるん、だし。……好き、って言っただろ? 君の事が、こう、なんだろ。色々と合い交じって、さ。」
……それは、まあ、どういう気持ちなのか整理を付けて置いてくれると、助かります…って……ば…………。
プツーン、と理性の意図と意識の糸が切れ切れ。
私の意識起動終了。また後日までさようなら。お元気……で?
傘は一つの世界なんじゃないかって。
そのご主人様の言葉が頭の中で反響していた。虚しく、ね。
♪月○日
♪に突入したよやったねー!、という電波を受信した。どうでもいい。
最近は意識が朦朧としたり、飛ぶ事も増えた。どうでもいい。
雨の日がやたらと少ない。今日も晴れだ。どうでもよくない。
ご主人様がぶっ倒れた。危篤らしい。どうでもいい。
さて、今日の議題は雨の日が少ない、という事について。一体何故、どういう事なんだ。雲もっと頑張れ太陽は頑張るなっ!! にしても、本当に最近は元気が出ない。これでもか、というくらいに晴れが続くのだ。私……何か悪い事でもしたかなぁ。心当たりは無いんだけど。……そういえば、らしくない事をすると「明日は雪だ、」とか言われるんだっけ。私らしく無い事は……ううん、心当たり絶賛進行中であるな。だから晴れが続いてるんだ。ならさっさとそっちを片づけましょうか、私。
……言い訳は用意できた。さて、どうでもよくてどうにもできない問題を、片付けましょうか。
「……若様は、一体こんな古びた傘を持ってこい、などと……。気でも狂いなさったかねえ」
まあご主人様の今の今までの言動から考えたらそうなるんでしょうね、女中さん。あ、初めましてわたくしその古びた傘の付喪神やっております子傘と申します今後ともどうぞよしなに。
さて、私はただいま長い廊下(ご主人様のお話通り本当に長かった。)を歩いているわけです。傘は女中さんが持っております。目的地はご主人様のお部屋。本邦初目撃となる訳で、わたくし非常にどきどきとかしておりません。むしろさっさと片付けたいくらいです。もっと早く歩け女中。……とか思ったら急に立ち止まって左のふすまを開けた。ここかよ、部屋。
「若様、傘を持ってまいりましたよ……。これでいいの、ですね?」
女中に向けて首を縦に振ったと思われるご主人様の姿はここからだと角度的にも布団的にも横たわりはっきりと見えないが、とりあえず横たわっている場合に首を縦に振ったら他人から見ると前後に振ってるわけなので脱線。
女中は傘、要するに私を置いて部屋を出て行った。……声も出さなかったのかー、かなり危ないみたいですねご主人様。
「……子傘、いる?」
ひどくかすれたしゃがれた年不相応の声だった。私が聞いたことのない声だった。でもまごうことなきの私の左耳に、いつも届いたご主人様の声だった。
私はご主人様の顔を覗こうと、位置を移動する。……ひどくやつれている、訳ではないのだけれど。ただ『今からご主人様は死にます』と言われれば、うん、納得できるようなそんな顔をしている。って顔の表情が変わった。笑ってるよ。死ぬ前の人間は過去を思い返して笑うのかな。自分を嘲笑するようなそんな気分になるとか。……まあ、私はご主人様でないから真意は分からないけれ「……思ってたより全然大人じゃんか、子供っぽいと思ってたのに」どー?
「やっと見れたよ、子傘」
「……嘘、でしょ?」「ここで嘘吐いてどうするのよ……、もうすぐ僕死ぬみたいなのに」
……ん? あれ? 言葉が、通じて、る、、、?
「…………っくっくっく、ああ、してやったりだ」
ニコニコと、私の嫌いな晴れ間みたいな顔で笑うご主人様。顔色は雨みたいだけれど、ご主人様の心の底からの笑顔、だ。……最近は見ていなかったな、というどうでもよい事にも気付かされる。そんでもって、私の嫌いじゃないご主人様の笑顔。
「……あー、えーとじゃあ私の声が聞こえて私が見えるのなら、今してる格好が何か当ててくださーい」
「奈良の大仏、ってか格好の選定おかしいよね」
……ああ、これ、本当に見えてるし聞こえてるのかぁ…………。信じられないぞ……?
「そんな鳩が豆鉄砲食らったような顔しなくても」
「……はぁ」
「ため息つくと、幸せが逃げるよ?」
「ご主人様は自分の心配だけしてな、……って、あ、」
失言した。……私がご主人様の事をご主人様と呼んでいる事をご主人様が知ったらご主人様はどういう顔をするのか、大体予想がつくのにな……。
「ご主人様……ねぇ、へー子傘ったら僕の事そう呼んでたんだー、へぇ……」
……予想通り過ぎて逆に面白かった。
「意外だよ、結構慕ってくれてるような呼び名でさ」
そんなニヤニヤしながら言われても感慨なんて湧きませんけども……。というか、うーん。単にご主人様をこう、『彼』と呼ぶのに抵抗があるというか、そういう人じゃないような気がしてるだけなんだけどね。
「そういえば、子傘って呼ぶの止めてくれない?、見ての通り大人の魅力ばしばしな女の子なんだから」
さっき大人とか言ってたし。間違った言葉は訂正する必要があるのよ。きっと。
「えー、んーと、それじゃあ小傘で」「ほぼ一緒じゃない…!」
まあ、別に子傘も気に言ってなかった訳じゃないからいいんだけどね。その前つけられた名前なんて…………やめよう、思い出すのはやめよう、やめようやめようやめよう……! あんな名前もう思い出したくもないうわああ消えろ邪念ぐあああ!! ……ふぅ、悪は去った。(キリッ。)
「まあまあ、別にいいじゃん。子傘、って名前は元々賛成だったんだし」
「意味を知るまではね……!、あのあと思いっきり傘時計回りに廻したわよ!」
「あれ、そうだっけ」「そーうーでーすー!!」
……って、私もなにムキになってるんだか。冷静になれ、小傘!(気に入った。)話を元々に戻そう。私は全部を、片付けに来たんだから。不足の自体は発生したけれども。想定外でしたけど。……やる事は変わらないでしょうに。
「にしても、よくもここまで会話できるもんだよ。僕と小傘は似てるところ、あるからなあ」
「天気の好き好きは正反対よ?」
「それでもお互い天気には甘いだろう?……まあ一旦それは置いといて、だよ。もうそろそろっぽい、んですが」
「結構饒舌に喋ったから寿命が三年くらい縮まったんじゃなくて? ……まあ、御望み通り最期は看取ってあげるわよ。責任取って」
私のやる事。やらなければならない事。簡単かつ明確だ。私が、ご主人様の最期を看取るだけ。ま、仕方ないよね。
「うん、そうだね。寿命が縮まったのは今ここで君と会話してるおかげだろうね。というか、君が呪ったんだろうが」
「と、言うわけである」「……えっ、それ誰に言ってんの小傘」 心の声を喋ってしまった。脱線。後読心術使われた。
一言でいえば、私がご主人様の寿命を奪った、だけのこと。だって私、妖怪で付喪神ですから。人間なんて大嫌いですから。死んだって別に、どうとも思わないし。散歩が出来なくなるデメリットがあるのが残念な事くらい、かなあ。
ご主人様が人間じゃなければ良かったなあ、と思ったりはしたけどね。差別はしたって区別は出来ない。分別は私がされる事だしさ。そんな事を言っても何一つ変わらないのが現実だけれど。奇跡は起こらない。だって、今まで奇跡の起こった軌跡は一つも無いから。私はこの身で見たもの聞いたものしか信じない。だって……、っと脱線が多いな。目を背けたいのかしら私は。考えたところで深い意味は無いけれど。
「にしてもさ、せめて後一ヵ月は生きたかったんだけど」
「あら。それはそれは悪い事をしたわね」
「……心にも思ってない事を伝えられて感涙感激感動するほど僕はお人好しじゃないよ」
そうね、心にも思ってないわよ。「そんな、心から思ってるわよ」
「それもうそー。嘘下手だね小傘ちゃんは」
「ご主人様よりも年上だからちゃん付けは止めてくださいませんか?」
「うそつき、本当は喜んでるくせに」「それが嘘じゃない。何私の心理を揺さぶろうとしてるのよ」「あ、バレた」バレたも何も、ご主人様だって嘘下手じゃないの。そう喉まで出かかって口にするのをやめた。時間も無いのにどんどんと脱線していくから困る。
「……父さんの命日、でさ。せめてそれまでは生きてやろうと思って。最期の親孝行、って奴、みたいな、ね。迷惑かけたし」
……ふと、ある日ある日川から大きな桃が流れてきたかのよう非日常の皮切りみたいに表れた妖怪の私には、親孝行という気持ちは一生分からないだろうな、と思った。
「まあ、多分駄目だろうとは思ってたけども」
そう言いながら、愛想笑いに近い、苦笑のような表情を浮かべるご主人様。……どうして、人間はこういう時に笑うことが出来るんだろうか。私のような妖怪とは違う、と切実に感じてしまう。
妖怪は永い時を生きなければならない。必然的に、「別れ」という物には抵抗の類を感じてしまう。しかし、人間は短い時しか生きらえれない。「別れ」を幾度も経験していくのだろう。そして、諦める。逆らうことの出来ない、決まりに。
「……ふぅん」
曖昧な返事を返した。何て言えばいいのか、分からなかっただけだけど。
重い沈黙が、場を支配して。
「……そういえば、今さら何だけど。小傘ってオッドアイなんだね」
「おっとせい?」
「全然違う。オッドアイ」
「おっどあい……?、何それ」
「両目の色が違う事。小傘からすると、こっちの右目が水色で、反対の左目が赤色、になってるみたい」
「……へー。そうなの」今まで私の顔なんて一度も見たこと無いのだから、判る筈も無かったけど。
「オッドアイってさ、人間に発症する事は稀で、主にネコとかイヌに起こるらしいよ」
「え?」
「小傘は、どちらかといえばペットに近いのかもねぇ……」
ふむ、確かになあ、とそこで納得しないで貰いたい。私をペット扱いするとは何事だ、ご主人さ……この呼び方自体なんか猫みたいじゃないかあー! ふしゅー!(傘逆撫で。)
「あ、小傘」
「……何よ」ちょっと機嫌悪そうに声をかけてみたり。
「そういえばさ、この間の返事聞かせてよ」
この間……? ああ、小傘動揺あたふた殺人事件(嘘。)の事か。「まだ決まってなくても言ってよね?、もう死にそうだし」と謎の念押しをするな。まあ、それにしては饒舌ですけどね。
「…………うーん、そうね。嫌いじゃないわ」キッパリ。
「また曖昧な答えを……」
「仕方ないじゃないの、本当の事なんだから。」
そこでえー、と駄々をこねる子供のような表情を作るな。「えー」声に出すな……。色々と年不相応なご主人様である。そこが嫌いでないのだから私も私だけどー。さて、結果から言うと、
「まあ、嫌われてなければいっか。好かれてれば」
と言うことになったらしい。理由は、
「とにかく、僕は特別になりたかっただけだし。……自己中心的な考えで、人間の嫌なところだって判ってても直らないのがもっと嫌だけど。小傘にとって他の人間よりも好かれたかっただけなんだよね、極論は」
とかなんとか。私にはわからんけど、まあ、そういうものなんだろう。わかりたくも無いけど。
「他の人間よりは嫌いじゃないわよ?、少なくともそうねぇ……笑い顔とか」
無難にそう返しておいた。……ん?、なんだろう。ご主人様の表情がみるみると固くなっていく。……逆鱗だったのか?
「……小傘」
「なに?」
「それさ、本気で言ってるの?」
「わたし、うそ、つかない、わよ?」
「別にボケは求めてない」怒られた。空気の読めない事に定評のある小傘ちゃんです。
「……ええ、本当。ご主人様の笑い顔は嫌いじゃないわ」
そういうと、深刻そうに「そっか、そか。ぼくの、わらいがおが、すき、なのか」とブツブツ呟き始めるご主人様。……なにこれ怖い。
「…………この顔が、好きなの?」
ニッと笑顔を浮かべるご主人様。愛想笑いに近くて、若干いつもよりも強張ってはいるが確かに私のいつも見ているものと同種の笑い顔だ。
「ええ。それが何か?」
「……ううん、何でもないよ」
そういうと口を噤むご主人様。それから、何故か場が凍りつく。何も私「布団がふっとんだー!」とか言ってないのに。というか、あの言葉が何故に面白くないのかさっぱりわからない。初めて聞いたときは抱腹絶倒物だったのに、人間の感性というものは本当に不思議だ。お前のほうが不思議だ、と誰かに突っ込まれそうな気がするのも不思議だ。
「冥土の、土産かなあ」
「……なにが?」私が? 勘弁して。
「まあ、気にしないで」気になるっての。……まあ話すつもりもなさそうだし気にするのはやめた。
それからまあ、二人で(正しくは死にかけの一人とボロボロの一個と可愛い付喪神。)適当にお話を。後、途中で「小傘ってさでずむだね」とか言われてしまったんだけど。意味は言葉が強気とか相手を虐げるだとか何とか言ってた。何だそれ。とりあえず私のあめりか語時点に登録しておいた。使うときが何時か……来る気がするなあ。
「……もう、そろそろみたいだわ」ご主人様がふと、漏らした。
「……そう。それじゃあ、締めはどうする?」私が言った。有終の美を飾らせてあげようと思っただけ。
「んー……それじゃあお互いに逢えてよかったことと別れの挨拶を同時に」
「わかったわ。合図はご主人様がお願い」
「りょーかい。……ご主人様、って呼ばれるのも結構慣れちゃったよ」そういって笑みを浮かべるご主人様。……やっぱり私はこの笑顔が嫌いじゃない。……妙な意地を張ってるなあ、と思うけどもやっぱり「嫌いじゃない」なのである。
「よし、いくよ。……せーの、」
「さよなら、小傘。おかげで雨も少しは好きになれたよ」
「さよなら、ご主人様。おかげで晴れも少しは好きになれそうよ」
最後までお互い天気かよっ、なんて突っ込まれた。それ私の台詞でもあるから、なんて返しておいた。
…………ご主人様の耳に届いたのかは、判らないけれど。
そのまま目を瞑ったご主人様。静かに息を引き取った。私の嫌いじゃない笑顔を浮かべた死に顔。……まあ、そうね。
「…………百歩譲って、『好き』って事にしておいてあげるわ。……ご主人様っ!」
そう言ってからまるで、殉職して二階級特進みたいな感じだなあ、と思ったり。……面白くないのに自然と頬が緩む。これが「幸せ」、って奴、かな? 考えたところで深い意味は無いけど、さっ!
私は初めて、晴れの日に笑顔を浮かべた。私の心の中も、透き通った青空の様で。でも不思議と、不快な感情は芽生えなくて。
大っ嫌いな、大っきらいな、だいっきらいなにんげん。好きになれてるのかなぁ。
傘が手元にあれば、今だけきっと反時計回り。一つの世界は、くるくる回る。私が動かした、ご主人様の世界を、くるくる廻す。
ふと、思った。こういうのが運命とか、って奴なのかもーって、ね。
♪月◎日
ご主人様がいなくなっても、私のお話は続くのです。日々は回っていくものだから。さて。そんなうわさのご主人様が死んでから、私の日々は怠惰に苛まれている。……苛まれる、って罪も何も感じてる訳じゃないのに。もう私は日本語をやめたほうがいいかもしれないなあ。鎖国は解除されました。これからはしっかりとアメリカ語やらスヒワリ語やらを使っていく方針を固めた。昨日の話だけど。……あり、一昨日だっけ、一昨昨日だっけ? もうそれすら定かでない。
…………はぁ、困ったわ。暇を潰す相手もいないし。
流石に某項目も、本当の本当に暇なときには効果が無い、という実証が出来ただけでましか。……そう思ってないとやってられないだけなんだけど。自分のした事には後悔の念も抱いてないけど。
最近は意識を保てている時間が、前と比べても極端に少ない。意識が無くなる日が無くなるのだろうか。そしたら私という存在はどうなるんだろう。……死んでしまう、のだろうか。ただ、妖怪は人間と存在する概念そのものが違う。依存している物は身体、入れ物ではなく精神なのだ。恐らくは妖怪の死、とは。
消滅、……かしらね。
まあ、経験してもいないことを考えても仕方ない。なるようになるしか無いのだ。ならないことはならない。奇跡などは有り得ないのだから。私の紆余曲折な人生(人じゃないから正しくは妖生か、傘生。)上だが。……一つあげるとすれば、晴れが多少は嫌いじゃなくなったことくらいだ。いやほんとに、あれは奇跡⑨の……奇跡級の出来事なの!(電波には触れない。小傘覚えた。)
いつも通り意識も薄れてきたので、今日はここらでおやすみなさい。意識が戻りますように。
♪月▽日
戻った。外は雨らしい。もう関係ないんだけどね、外に出ることもないし。最近変わった事と言えば、女中が玄関の掃除に来たことと、そのうちこの家に仕えるのも止めになること。どうもご主人様の生みの母上(女中曰く奥様。)は、息子様が死んだ家で暮らしたくないらしい。と、女中が呟いていたのを聞いた(ふぉろー……?、なんてしてない。)だけなんだけどね。後、女中が「……そういえばこの古びた汚らしい傘、若様が持ってきたのよね。……今考えると、この傘を持ち出してから若様の体調が優れなくなって、そう、そうよね」と私からすれば今更気づいたのか、そんな事言っても神はここで死ぬ運命では無い、とか言って時は戻してくれないのにね。一番いい傘を頼めたらよかったのに、残念ねえ。(ドヤっ。)……まあ、自惚れかもしれないけど、ご主人様にとって一番いい傘でいた自信は自身にあるんだけど、ね。
あーあ、時間切れが近い。最近じゃあもう、近況を思い出してたら意識が朦朧としてくるほどだ。……ご主人様が私を理解してくれてたから、あれだけの時間がまだ、残ってたのかもしれない。この家から人がいなくなる時にはきっと、私は消える。文字通り、ね。時間切れ。意識が戻りますように。
×月□日
もどった。外はくもりっぽい。もう色々と時間が無いんだよね。もう今からすぐにでも消えてしまいそうだし。この家はどうやら後何週間だかで引越してしまうらしい(女中のついーと……?、じゃない呟き参照。)。そうなれば私も終わりだ。まあ、どうなるかは分からないけどさ。ううむ……。はあ。時間切れだ。意識が戻れば。
×月☆日
もどったあ。恐怖を感じた。いつの間にか数週間分の意識が飛んだみたいだ。既に勝手知らざる(玄関以外。)我が家からは人の気配が無い。とか言ってたらまた朦朧としてきた。……時間切れー。あーもうやだ。
×月○日
もどった。どうもしこうのうりょくにもひびがはいったみたいだ。いまのわたしなら、そこらへんのかきゅうようかいにもまける。……ああそうか、もうかきゅうようかいもそんざいできないせかいなんだっけ。おわりっぽい。もうだめだ。
×月△日
りたーん。どうやらわたしはあめりかごをばしばしにすぴーくできるようになったみたいだ。いまならおとなりのとむときゃさりんふさいにもごあいさつができるぞ。やったあ! はっぴー! わたしさでずむ! ……これだけはなおらないみたいだけど。たいむあうと。しーゆー。
◎がつ◎にち
どうもわたしがかいこくしていたようだ。さこくしなおしたのでもんだいはない。もうじかんぎれだけど。あははh
◎がツ△ニち
壊れたんじゃないよ。恋われたの。ご主人様に。えへへへ。私可愛い。
◎月○日
……過去の言動を思い出す。うわあ、私の頭が酷いことになっていく。今日はまともっぽいけど。とりあえず、暇潰し項目が百七までたまった。あと、掃除やら人が通らなくなるとこんな短い期間の間にクモの巣とホコリがたまることを覚えた。恐らく今後の人生のなかでなんら約にたつことはな
◎つき×ひ
もどった。さよなら。
◎がつ▽日
もうそろそろで じかん みたい だ 。
☆月○日
さよなら、ご主人様。さよなら、私。さよなら、みなみなさま。お元気で。……さようなら?
☆月×日
戻った。けど戻ってない。色々と。とりあえず、私はこんな深い森の奥にはいなかったし、こんな思考能力も無かった。欠如に欠如を重ねてたのに、今目が覚めたらいつも通り(いつも、ってどんなんだっけ?、多分こんなん……だったよね?)の感じに戻っている。……ううむ、もしかして私が目を覚ますとそこは未来の世界で、文明が衰退を繰り返したいわば妖怪の楽園みたいな感じになったとか!?
「そうね、とりあえず半分正解にしておいてあげるわ」
後ろからそう、声がした。その方向を向くと、紫色の厳格な幻想をぶち壊したとしか思えないような服を身にまとった胡散臭い人間が「人間じゃないわ。あと、それ以上罵倒するなら送り返すわよ?」読心術を心得てるらしい。恐るべき、人間以外の何か……、ってそれ妖怪じゃん。
「で、妖怪さんがこの私に何の用よ」
「そうね、妖怪さんは貴女に近況のご説明諸々をお聞かせに参ったのですがその調子だと必要ないみたい、ですわね?」
ニコっ、と顔をほころばせてるけど絶対本当に笑ってないし。……どうも私に害はもたらさないみたいだし、調子を合わせようか。
「いえいえ、是非謹んでお話をお聞かせ願いますわ」
「あら、そうですかおほほほほ」「ええ、そうですわおほほほほ」
どこの溝端会議だよ、という思いつき突っ込みは言わなかった。
要約すると、妖怪さんのお名前は「八雲 紫」と言うらしい。紫、って名前が既に胡散臭い。その妖怪さん(名前で呼ぶのもなんか、ねえ……。)のお話によると、ここは幻想郷という世界で妖怪の為の世界(さっきの半分正解は「妖怪の楽園」の部分か、とここで納得。)らしい。私の変わった事は調子だけじゃなく、傘(その傘に目やら舌が憑いててびっくりした。どこの化け傘だよ。私だよ。)を持って移動したり空も飛べるらしい。まだ試してないんだけど。後は理論的な話もしてたけど、私にはさっぱり。常識と非常識がどうのこうの結界がどうのこうの、「はくれい」とやらがどうのこうのと、さっぱりだったから聞き流した。
「それじゃあ、貴女が優雅で自由な幻想郷ライフを過ごす事を祈ってるわ。……最後に一つ、」
妖怪さんは話を一旦切り、目を鋭くさせてからもう一度口を開いた。
「幻想郷は、すべてを許すわ。それは、とても残酷なことよ」(決まったっ……!!)
と思っているに違いない台詞を吐いてなんか気味の悪い空間を抜けて消えていった。あ、さっきのは私の勝手な注訳ですよ?
「そんな事思ってないわよ、死にたいの?」
「そうね、出来れば急に現れないで欲しいのだけれど」
「そいつぁ、無理な相談だぜ!」
「誰の真似よそれ……。で、何よ、聞き忘れたことでも?」
「ご名答だわ」
背中をむくと上半身だけ隙間から出てる妖怪さんが……気持ちわるっ!
「貴女のお名前を聞いてなかった、と思ってね」
「名前……、なら子、じゃない、小傘。小さい傘と書いて、小傘よ」
「ふぅん……。苗字は?」
「ほえ?」
苗字ぃ? えー、えー、それは決めてないといいますかなんといいますか「……無いの?」なんか訝しい表情を向けられた。苗字があった方がいいのか。……なら、これにしよう。
「……たたら、よ」
「…………たたら? たたら、って鉄とかの踏鞴かしら?」
「違うわ」というか、初めて聞いたんだけど。無知って怖いわあ。今は知ったかぶるけども。
「多々良。多いを重ねて、良いって書くの」
「……多々良 小傘ね。まあ悪い名前じゃないわ」逆に、悪い名前があるのか。「例えば霧雨 魔理沙とか」「それは人相が悪いんじゃないの?」「あら、よくわかったわね」「電波を掴んだ」「……電波?」「あ、いえいえお気になさらずに」発信源は引きこもりのもやし魔女です。
「それじゃあ、私はこれで。公共の福祉は守って楽しく暮らしなさい?」あ、それは許されないのか。まあ特に何か悪さをしよう、って訳でもないんだけどね。
「多々良小傘、だってさ。ご主人様」
拝借した苗字は勿論、ご主人様から。とっさに思い浮かんだのがそれしかなかったし、一番私にお似合いだと思ったから。私の嫌いじゃない、……好きな、ご主人様の苗字が。
傘を持って、森の中を歩く。空を飛ぶのは……こんな場所じゃあ試さないほうが吉だろう。というかこれだとまるで、昔の日本みたいだな。空気も雰囲気も。この幻想郷とやらが何時出来たのか、なんとなく想像出来そうだったけどやめた。折角の散歩が台無しである。
世界を広げてみた。雨傘だけど、晴れの日に差していけないなんてルールも無いのだし。それに、許されるでしょ?、妖怪さん。
つい、右隣を見てしまう。誰もいないのに。癖、みたいなものだからどうしようも無いのかな。頭じゃ分かってても、って奴……かな。
ご主人様はもういない。その事を悔やんではないし、多分これからもそう。そう、なんだけどさ。……えごいずむ、って奴かな。自分勝手なのも分かってるけど。今更ながら。
「……あー、悲しい」
…………涙でも零れちゃったりして。いなくなる事の大きさを実感したのがまさか、ただの散歩だなんて思ってもみなかったけど。まあ、こういうのも私らしい、ってご主人様なら笑うのかな。……考えたところで深い意味などない、けれども。
もう一度、右を向いた。そこには、年端も行かないような子供がこちらに背を向けている姿があって。……涙を隠したかったのか、単なる悪戯心かはわからないけれど。そろりそろりと抜き足差し足忍び足でそこへ近づいて言って。古来日本より伝わる驚かしの秘宝ですか、若輩者のわたくし使うのは初めてで御座いまして。……そんなお決まりの台詞を。
「うらめしや~!」
「ひぃいいいいいいいいいーーーー!?」
少年は驚いたような声を出して、私の姿をみながら後ずさり、目を大きくさせて逃げていった。……へえ、ふうん、ほお。あの表情が「驚き」なのか。
「……これは、面白い事を知ってしまったわ」暇潰し項目百八つ目に即決定。
これからの幻想郷らいふとやら(意味はよくわかんないけど、多分人生とかそういう奴でしょ。)が、楽しめそうだわ。
「…………もっと驚きそうな人間、探してこよう、っと」
だって人間の驚いた顔が、彼の笑い顔にそっくりだったから。
もっと、私の好きな「笑顔」が、見たくなったから。
今日の天気は生憎の晴れ模様で、お天道様は雲一つない青空で光り輝いている。みんながわらってるからお日様もわらってる、なんて事は無いはずなのに、だ。一つ付け足して置くとすると、別に財布を忘れたわけではない。現に私は青空と裏腹に心の中は土砂降り模様、青天の霹靂だ。…………よくよく考えてみると、私は雨のほうが嬉しいのであってこれはこれでいいのかもしれない。
そんな誰の耳にも届かない愚痴をこぼしつつ、私は玄関からご主人様の姿が見えるのを待っていた。先ほどの下らない思考も暇潰しの一環で、他には一人しりとりをしてみたり一人ジャンケンをしてみたり一人漫才をしてみたり。それくらいこの待ち時間は私にとって暇だ、言うことを理解して貰えれば、…………私は一体誰に説明してるんだろう。暇潰し項目に一人お喋りも追加しないとなぁ……。
そして家の中、恐らくは居間であろう場所から
「それじゃあ、行ってくるよ」
という声が聞こえた。この明るく響くような男の人の声は、ご主人様の声だ。聞き間違える筈は無かった、この屋敷に男は一人しかいない。おそらくだが、女中に声をかけてご主人様はそのまま広く長い(らしい。ご主人様談。)廊下を歩き始めたようで、バタバタという足音が段々と大きく聞こえる度に玄関への距離が近づいている事が分かる。
「お待たせ、それじゃあ行こうか」
ご主人様が玄関に着くと、まず私、正しく言えば私の憑いている茄子色の傘に向けてそう口にした。時計を見ると短針は9、長針は6を指している。確か一昨日、ご主人様は「これからはきちんと八時半には行くよ」と言っていた筈だ。まあ昨日九時に姿を現した時点で信用などまるっきりしていなかったのだが。
ほんとに、待たせすぎよ……。
そう返事を返しておく。ご主人様の耳には届かない。誰の耳にも。
「よし、しゅっぱーつっ」
いつも通り右手に私の憑き傘を、左手は上着のホケットだかポケットだかに手を突っ込んで、年不相応な声を出しながら玄関の戸を開けた。
さあ、お散歩の始まりだ。……晴れだから私の出番が無いのは気にくわないけれどまあ、よしとしよう。
もし私の姿が見えたと仮定すると、ご主人様の後ろを歩いている生き急ぎ忙しそうな女性には左からご主人様と傘、そして私が見えているのだろうか。考えたところで深い意味は無い。
「久々の晴れ間、晴れ模様気持ち良いなぁ……!」
そしてこれもまあ、何度目か分からない科白だが、雨傘の私には理解出来ない言動だ。出番の無い晴れが好きになれる訳が無い。よくもまあ能天気にいられるものだと思う。……もしかすると能天気の「天気」、というのは「天気がいい」から来ているのかしら? 考えたところで深い意味は無い。
「どう?、子傘は好きかい、晴れは?」
私のほうを向いてそう聞いてくる。ここでいう私は傘のほうでなく私だ。さらに言うと傘に憑いている方。というかその質問は何度目だご主人様。
だから毎回毎回嫌い、って言ってるでしょ? まあ聞こえてないからどうせ、
「そか、やっぱ子傘も好きかぁ、晴れは!」
……やっぱりね。
はぁ、と落胆の意味のみをこめて溜め息をつく。何故適当に解釈するのかご主人様は……。雨の時はともかく、晴れの時にはこっちの意志すら伝わらないんだから質問等を控えるべきだと本気で思う。……思うの、だが…………。
「うん、やっぱ晴れっていいよね…!」
などとこちらをニコニコ顔で見られては私の反論のぐうの音はすべて消えてしまうから不思議だ。……あの笑顔は反則だ。というか晴れみたいに眩しいから反論も出ないんだよきっと!、……ぐう。
そうこうしてる内に楽しい(楽しいについてはいささか語弊がある。何故かって今日は晴れで陰鬱だ。)お散歩の往復地点である公園へと着く。広さは二級、遊具も一般的な二級品ばかり、利用者数も二級品な二級公園である。(私談。)
「ふぅ……。いつも通りベンチに座りますか」
多少の息切れが傍から認められるご主人様。それも仕方あるまい、こうやって公園まで毎日歩くのがやっとな身体なのだから。というか木椅子の事を「べんち」、と言うのか。……ひらがなだとおかしい、か、? まあ木椅子でいいや。
「はー。あー、つ``か``れ``た``ー``。。。」
……その発音は文字にし辛いですご主人様。ってなんだ今の脳内科白は。誰かに言わされた感が半端無い。
「……やっぱ木陰が一番だ。それよりも日が無い方がいい。それよりさらにもっと室内がいい…」
さらっと引きこもり発言をしたご主人様を横目に、私も木椅子(べんち、とやら。)へ腰掛けることにした。木の質感が丁度いい感じだ。木陰で風も通り過ごしやすさは抜群。……木椅子だけは一級と認めてやら無い事も無い…かなあ。
「あと十分したら行こうか」
誰に話すわけでもなくご主人様は呟いた、訳では勿論ない。私に向けての言葉だろう。……多分。まあ誰だろうと何だろうとどうでもいい。考えたところで深い意味はない。
時間はきっちり守りなさいよ?
そう言っておく。私はご主人様に向けて言っているわけだが実質聞こえないので独り言、すなわち呟きになってしまうが。
さて、折角十分という無駄な時間を頂いたので私の暇潰し項目其の八十一(私の暇潰し項目は百八つまである、とか言えるようになるのが密かな夢である。人間の煩悩と同じ数、とか妖怪っぽいじゃん?、と誰にでもなく同意を求めてみたり。)である、先ほど追加されたばかり入荷ほやほや炊き立てではないが、一人お喋りでもしようか。
私がご主人様と出会ったのは、ある雨の日だった。
何日前か何週間前か何ヶ月前か、はたまた何年前かは忘れたが、とにかく私とご主人様が出会ったのは雨の日だった。
それもごうごうと鳴るような強い雨。まるで捨てられた私を惨めに思い、蔑み哀れに見捨てた神様の仕業と思えるほどに。
私は雨に打たれていた。比喩ではない。私の防水性はあくまで傘の上っ面だけで、中身に雨滴を防ぐだけの素材が使われているはずもない。私は雨傘憑きだ。私の状態はその憑いている物に比例する。更には私がゴミ捨て場に放置される前、つまり前の前の前の持ち主(前の前の前の持ち主が一番最初に路上へ放置した。前の前の持ち主はそれを拾ってすぐ飽きたのか二級公園より遥かに手入れされていない四級に捨てるし、前の持ち主はあろうことか雨傘をチャンバラごっこに使ってゴミ捨て場に放置した。最後の用途は最早傘では無い……。)の時からすでに壊れていたのだ。それを度重なる不運(前述記載。)が襲い、上っ面すらほぼ全壊。流石に雨洪水推進委員会(嘘八百。)の私でも、その時ばかりは雨を恨んだ記憶があるほどだった。
そんな私を拾ったのがご主人様だった。
最初に私にかけてくれた言葉は、今でも覚えている。
「……君、大丈夫かい?」
驚いた。吃驚した。……始めは私の事が見えてるのかと思った。初めての。私を見てくれる。人間様ですか?、と。
「まだ、使えそうな傘なのにね。……勿体ない」
そう言って、ボロボロの私を回収してくれたご主人様(回想でこそご主人様と呼んでるけどあの時はふつーに、人間って呼んでたなあ。しみじみ。)。
「……地縛霊、とか何かか」
私をまるで開運何とか鑑定団ばりにじろじろと見つめる。きゃー、ご主人様のえっちー(棒読み。)。まあ間違ってましたけど。
「感じる、よ。君、そこに居るんだろう?」
……辺りを見回した。どう考えてもご主人様の指差した方向にはびしょ濡れ(びしょ濡れでなくびちょ濡れ、というとえちぃく聞こえるのは私だけだろうか。脱線。)の私かその奥の何だか氾濫でも起しちゃいますか、いえーい!!、と盛り上がり風味ばっちりな川しか見当たらない。……さすがに川を君と呼ぶような変人には見えないのでやっぱり私か。
……あなた、は?
私が初めてご主人様に向けて口にした言葉だった。……でも。交流の糸は意図無くぷつり、と切れた。
「感じるけど……。ごめん、姿は見えないし、分からないんだ……っ」
こんなことだろうと思ったよ。あはは。人間様々人間様様とは行かないよなあ。期待とか。馬鹿デショ? エヘヘ。
その日、私は私を苦しめた降りしきる雨に対して一番の感謝や敬意を感じた。おかげで頬をつたうものが、雫か滴か判別出来なくなったから。
「……落胆、って所だろうね。……ごめん」
下唇を強く噛み締めて俯くご主人様。馬鹿だと思った。偽善とも思った。またにんげんが嫌いになった。でも、伝えない声で問いた。
___なんで悲しそうなんですか、って。
「___子__傘__子傘?」
はっとする。見ると私の顔を覗き込むようにご主人様が見ているではないか。
……もしかして、私のこと……?
「なんか行きたくなさそうな気配だったけど、どうかした?」
そう言ってご主人様は辺りをキョロキョロと伺う。……どうやらさっきのは偶然、か。
…………そんな訳、無いか。
意識して損した。物思いにふけり過ぎたか。反省反省、っと。私はベンチから立ち上がった。ああ、唯一無二の一級品よ、さようなら。
「ん、行く気になったみたいだね。そんじゃあ行こうー!」
傘で行き先、要するに帰る方向を指し示して、またもや元気な格好不相応な声を出す。……砂場の男の子が目を点にさせてるっつーにご主人様。
帰り道は特に面白いことも無かったので省略させてもらおう。いやほんとほんと、私が余所見してて道路の側溝の溝に足はまったとかそんな事あるわけないって。
○月△日
さて、気分がルンルンである。みんながわらってお日様でなく私もわらってる。お日様には長期営業停止業務を雲さんがお出ししてくれたようで何よりだ。ああ早く来いご主人様ご主人様あああああ!!!
……私としたことが、自分を見失ったぞ完全に。落ち着け深呼吸だ、素数を数えろ。後者なんか違う、ぞ……?
「……お待たせー。はあ…」
さて長い長い廊下の奥からお出ましなのは私の愛しきご主人様(気分高揚し過ぎて何言ってるのかあんま分かってないなう。)であるっ!! と、まあしかしいつも通りの暗い暗い顔なので私の気分も準じて冷える。多少だが。
いつも通り私を右手に持ち、左手に上着のボケットだかソケットに。晴れの日と違うのは、私が開かれている、という揺るぎない事実っ! あー楽しいな。ルンルン。
さーて、行きましょうか? ご主人様。
そう嬉々としながら言葉を呟く。ご主人様の耳には届かない。誰の耳にも。
「……ぼちぼち行きましょ…」
やる気のなさが伺えすぎて逆に笑いそうである。今度は年相応な声を出しながら玄関の戸を開けた。
さあ、お散歩の始まりだ。雨なら雨傘、私の出番だ。……やっと巡ってきた…!!
もし私の姿が見えたと仮定すると、ご主人様の後ろを歩いている人生日々是適当が座右の銘っぽい青年Cには左からご主人様とその手に持たれ、開かれた傘とその中に入っている私、つまり相々傘の状態に見えているのだろうか。考えたところで深い意味は無い。
「はぁ……雨かぁ……」
これもやはり何度目か分からない科白だが、雨傘の私には理解出来ない言動だ。出番ありまくりな雨の日が嫌いになれる神経が分からない。人間に雨が好きな人はいないものだろうか、この湿り気具合が肌に丁度よい感触! 今まで私と共感できたのはおそらく蛙とカタツムリとボウフラだけだろう。まだまだいそうだが、これ以上ぱっと浮かばないのでやめた。考えたところで深い意味は無いし。
「子傘は雨、好きなんだよなあ……」
そう私に問うご主人様。ああ、やっとこの時がきた……!! 私の目がキュピーンと光る(ような気分である。)。
私は傘の中棒部分(柄の部分と開く部分の間のことね!)を持ち、くるくる、っと回す。上空から見ると傘が反時計廻りをしているような格好だ。
「答えは、『はい』、ねぇ……。わからん」
はあ、と深い不快な溜め息を吐くご主人様。まあそれはどうでもいい。今特筆すべきは私の能力である!!(キュピーン。)
かいつままずに説明すると、私は傘にだけ触れる(持てない。開いた傘の中棒に触れられるだけー。ざんねん。)ことが出来る。傘とは言っても無論私の憑いている傘のみに限りますけど。ええ。それを利用した制度がこの、「傘くるくる「はい」「いいえ」判定制度やーー!!」、な訳ですよ!! はい!! ……ちょっと落ち着いて話せ私。そんで、まあ要するに(かいつままずに要してる辺り、頭が狂ってる。)ご主人様の問いかけに私の傘にだけ触れる力を使って傘を回し、「はい」「いいえ」を答えるだけ。回す方向が反時計廻りなら「はい」、逆に時計廻りなら「いいえ」という簡単かつ完全(不を頭に付けるの忘れた。)に交流をはかることが出来るんですよぅ!!
……考えたところで深い意味はない。(とりあえず落ち着きたかっただけ。)
「でもさ、はじめは気づかなかったよなあ…、傘を回していたのが子傘だったなんて」
どうもおかしいと思ってたんだよ、と小さな声で漏らした。左手に持った傘を一旦右腕にかけて、伸びきった髪の毛をボサボサと掻く。
「僕に傘を回す癖、って無かったからさ。隣に君の気配がいつもしてたのはそーいうことだったのか、と知ったときは驚いたよ」
ニコニコ、とまあ晴れの時ほどでは無いが私に向かって笑いかけた。ご主人様にとっては私がいるはずの方向、だろうが。まあ仕方が無い、ご主人様が分かるのはあくまで私の気配だけだ。……気配が分かる人、と一言に言っても現代世の中古今東西中々見当たらないのは分かっている。それでも欲張りになってしまうあたりは私の人間らしい所であろうか。いやまあ一応は人の形してますし。
ちなみにどうやってそのことを伝えたかというと、前にご主人様が玄間でぶっ倒れました時にこそこそ、っと耳打ちを。寝てる時はそういうものに影響を受けやすいとか言うから試してみたら通じちゃって。夢枕とか言うんだっけ? まああれからご主人様は玄間で一度もぶっ倒れないのでそういうことは無かったけれど。
そうこうしている内に楽しい(当社比三倍です。)お散歩の往復地点である二級公園へ到着。一級品の木椅子も雨の日はお役御免である。それだけが唯一残念かも知れないなあ、と若干の考えが頭をよぎるが、まあ許容範囲だ。雨の方が大事大事。
「……よし、帰りましょうか」
雨の日はベンチに座って休憩も出来ないのでささっと帰ることを自分自身に推奨しているご主人様。だが残念。そんなことは私がさせません。傘に触れて、くるくる、っと回してやる。方向は勿論、時計廻り。
「えー……、だってすることないじゃんよー、子傘ー……」
そんな明らかに落胆そうな声を出して肩を落としても駄目です。さらに傘を回してやろう。否定の強調だ。
「……じゃあ、五分ね?」
傘を回す。
「……七分、」
傘を回す。
「……ああ、もう分かった十分ね!」
……まあ、許してやろう。渋々傘を今までと逆方向、反時計回しにくるり。
久しぶりの雨なんだから、それくらいは頂戴よね?
なんて意地悪そうに笑いかけたりしてみた。見えないのに無駄だ、なんて誰かに思われるだろうか。いや、思われることも無いだろう。どうせ見えない。考えたところで、深い意味など……ない。
茄子色の今はもう悪い意味で映える傘から出る。昔は紫と言えば高貴なイメージがあった筈なのに、いまじゃ地味・胡散臭い・ババァ臭いと三本柱を立てられてしまっていてがっかりだ。……内二つはどっかの誰かさんが立てたに違いない。何時かギャフンと言わせてやる……。何故だか不可能の三文字しか浮かばない気がする。不思議だ。
私は妖怪だ。付喪神、古い道具につく精神のような妖怪。私を捨てた人間への恨み辛み妬みで生まれた。そんな私が、再び人間をご主人様と呼んでいることには私自身いささか疑問を捨てきれなかったりする。
大っ嫌いな、大っきらいな、だいっきらいなにんげん。好きになれてるのかなぁ。
傘が手元にあれば、きっと時計廻りへとくるくる回る。回す。動かす。踊らす。感慨も考えも無い。
ある日ある日、雨の中惨めで可愛い可愛そうな化け傘を捨てたのも拾ったのもまた人間人間人間人間。
むしろ私の方が人と人の間で揺れ動くことしか出来無いのだから、人間とは言えないだろうか。…………ううむ。
やーめた、っと。
こんなとてつもなく天気の良い日に思考回路を巡らすのは勿体無いのであーる。それよりもなによりもどれよりも、考えたところで深い意味はない。あってたまるかコンチキショー。
ただ、うん。ご主人様は、存外嫌いで無いのである。……多分。
それから「帰ろうよー子傘ー!」と懇願してきたので仕方なく大人しく来た道を引き返した。
例によって帰り道はやっぱ省略。私の雨についての感情をひたすら聞きたい物好きがいるならば話しても……やっぱやだ、面倒だ。
□月☆日
記号パターンが無い。☆日って何だよ。次は♪か、ええ? ……ん?、今若干口調がおかしかった気もするけど気のせいだろう。一つ言い訳をするならば傘は電波を受信しやすい体質なんです。多分……ね。
今日の天気は……ああ、どうでもよかった。雨降りなしにお日様もいない。積もる話が「くもり」、ってやつです。積もるのは雪なんだけどね。……暇潰し項目其の四十三、一人漫談、ってことにしておこう。そうしないと私の精神がもたない。妖怪は精神攻撃に弱いんだからね!(照れっ。)
くもりはご主人様と私、両方とも損得が無いので一番無難な日なのかもしれないなあ。気分的なお話です。一人お喋りにもそろそろ飽きたのでかいつまんでお話をすると。
ご主人様がぶっ倒れました。(正しくはぶっ倒れたみたい、なんだけど。それらしい声が聞こえてきた。)
……どうせなら晴れの日にぶっ倒れなさいよ、とかそういうことも思う訳ですが。いや、結構よくあることだし。まあ、というわけで(どういうわけだ。私にも不明。そういう気分、ってことで。くもりだしさ。)代わりにご主人様の会話でも脳内再生です。再生ボタンをぽちっ、と。
以下ご主人様がなんとも忌々しい大晴れの日に話してくれた身の上話みたいなの。
「……僕はね、昔っから身体が弱かったんだ。小学校の頃に至ってはロクに学校にもいけず通院入院退院救急車入院、ってまあ病院の行きつけになったものだったよ。まさに「マスター、いつもの」って感じで点滴やら薬やらバランスがいいからって嫌いな物をよく出されたもんだったかな、多分。小さい頃は意識がよく途切れてたからか、あやふやなんだよねぇ……。友達は花瓶の花とリンゴでさ。小学校の運動会では一体赤と白、どっちが何回勝ったんだろう。むしろ僕は赤なのか白なのか、ってか何年の時何組だったのかも覚えてないや……。そんで中学校にあがって。入学式の日はベッドで迎えたんだったっかな?、でも流石に中学校になってからは少しずつましになってきて、徐々に登校する日のほうが多くなって。「やっと普通の生活が出来る」、って喜んだものだった。……でも中学の時に初めて知ったんだよね。僕が日々感じている物は、みんなと違う、ってことに。ほら、僕って君みたいに幽霊とかそういうものを感じれるけどそれ自体当たり前のことだと思ってた。今になってもよくは分からないけれど、多分学校の……場所が音楽室だったしそこから飛び降りた子だったのかな。音楽室に入る度にその子の存在がひしひしと伝わって。目では見えないけれど窓ガラスには映ってたよ、その頃の僕と変わらない年くらいの子の姿が。勿論当たり前のように隣の子にその話を持ちかけてさ。それから一ヵ月間クラスで祀りあげられたもんだった。僕自身もアニメか漫画のヒーローにでもなった気分で。特別な存在だ、って思いこむ事は人を酔わせる、ってのを今振り返ると思う。夏休み前、初夏の修学旅行でも終わった辺りだったかな。僕は修学旅行には万が一、ってことで行かずに休んでたんだけどね。……僕の席に落書きがされててさ。「嘘吐き 死ね 調子にのってんじゃねえよ 楽しかったかよ」みたいな落書きだったかねえ……。記憶があやふやなんだ正直。あの時の事は忘れたい忘れたい、って日中夜願ったおかげで今じゃ感情も着いて回らないけど。まあ、そっから不登校に至ってあれあやこれやで今に至る訳ですよ子傘ちゃん。……というか随分と体の良い一人称語りしちゃってごめん、今日は雨じゃないから合否も分からないんだよね……。それにこんな太陽さんさんなお天気日和な日に随分と辛気臭い話して、僕は全く……。」
お前の頭がお天気日和だよ!、晴れとか辛気臭いムードばっちりでしょ!? ……だめだ、つい昔語りに突っ込んでしまった。天気にはうるさい女の子なのよ私。なんたって傘ですからね!(えっへん。)
というかよく一字一句(まあどうせ所々抜けてると思うけど。)覚えてたな私。流石私だわ秀才天才大喝采!(照れっ///)
さて、暇潰し項目其の二十一、過去回想(真面目風味)をしてた間にどうやら騒ぎが収まってた。一大事、とはならなかったようですね。まあ今日のお散歩は中止っぽい、というかまあ中止だろう。
例によ……らないけど、この後の展開は省略である。まあ色々あるんだって。色々。疲れた……ってーの。
______________
……目が覚めた。天気は曇り。見知った天井が僕の目に映る。身体は重い。じわじわと、記憶が蘇る。……ああ、そっか、僕倒れたんだっけ。そうだ、散歩……っ、時計の短針は「3」の数字を指している。タイムアウトだ。……明日、子傘に謝らないとなぁ。そんな想像をしてクスッ、と笑みが零れた。その瞬間、ハッとして周りを見まわす。誰もいないことと、3の数字は早朝を意味していることが分かった。意識飛びすぎだなあ、僕。しっかりしろ。少なくともあと、数か月だけでも。
僕の笑い方は人からよく、「おかしい」と指摘される。小さい頃から、初めて出会う人に毎回同じ科白を言われたものだ。僕は笑うことが、特に人前でそれをすることが嫌いだった。嫌悪の表情を、視線を向けられる。苦痛でしかない。その弊害かどうかは知らないが、僕は僕の表情を見ることを嫌った。顔を見ることを嫌った。そのおかげで、僕の部屋には鏡なんて名前の付くものは一つもない。洗面所にも鏡らしきものは無い。一応いいところのおぼっちゃま(僕にその自覚はないし、正直ベタだとも思うけれど。確かにそうなのだから仕方ない。)なのでそういう特注に関してはお任せ頂戴なのです。論点がずれた。
人から嫌悪の視線を向けられることは、(あくまで僕自身の感覚なのだが、)雨の日に似ている。べたつく湿気が肌にまとわりつくあの感覚だ。背筋が震えて、立ちすくみそうになる。僕はなんて弱い人間なのだろうか。
僕は人間が嫌いだ。偽善な生き物。「大丈夫 もう慣れたよ その笑い方いいね 面白いよ」そんなこと、口では何とでも言える。頬を引き攣らせながら言い放てる。その言葉を僕は笑えばいいの? 喜べばいいの? どんな表情を作れって言うんだ。
僕は僕が嫌いだ。偽善ないきもの。「ありがとう 気が楽になったよ そうかなぁ? 嬉しいよ」そんなこと、口では何とでも言えるよ。頬を引き攣らせながら言い放てる。その言葉に彼らは笑ってくれる。喜んでくれる。プラスチックの表情を浮かべてくれる。
結局、僕は人間という枠から外れられないのだ。差別はされても区別はされない。分別は……、どちらかというと子傘寄りの言葉だろうなぁ。というか散歩できなかったし子傘怒ってんのかな。まあ姿は見えないので真偽は分からないだろうけどね。もしかして死線に近づいたいまなら姿が見えるかも?! ……まず無いだろう。その前に子傘今いないし。うん。気配もさらさら無い。
子傘、という名前は僕が付けたものだ。姿が見えないから完全にイメージなのだが、彼女は子供っぽいところがある気がするからだ。わがままだったり、変なところで真面目だったり。まあ僕も人の事は言えないけれど。子傘といえば、彼女に会ってから僕は色々と調べ物をしたっけな。普通の幽霊ならば、鏡やガラスに映った姿が見えるはずなのだけどそれがなかったから。その時ある事を思いついて、二階にある今は亡き父の書斎を調べた(正しくは漁った。)。なぜかは分からないけれど父は妖怪や怪奇現象などについて、関する本をたくさん持っていたからだ。そのことをふと思いだした僕は、もしかすると子傘はその類では無いだろうかと予想したのである。これがまたピッタシ的中。もともとこういう事に疎かった(感じる能力はあっても、相応の知識は生憎持ち合わせていなかった。元々これ自体が阻害された一因でもあったし勉強はする機会があんまし無くって苦手だったし。医者の不養生、ってやつ……じゃない、宝の持ち腐れってやつか……な?)から、最初はてっきり傘憑き地縛霊の類だと思っていたんだけどまさか、御伽話や都市伝説、もしくは古くからの言い伝えにしか聞いたことの無さそうな「妖怪」さんだとは思わなかったけど。
ただ、僕に彼女が干渉、かどうかは分からないけれど、感じることが出来たのはきっと人間への恨みとか妬みとか、そういう物が起源で発生した物に憑く精神、「つくもがみ」とやらだったからなのかも、と一人思ったり。そういうのって幽霊とかに似てるし、何より僕と抱いてる感情が似てる、というか何というか……。勝手に親近感も抱いてたり。
「あーあ、いっそ妖怪とかに生まれれば良かったなあ……」
だけどよく子傘についての事は覚えてるなあ。会話と言った物は傘伝いのコミュニケーションだけで交わす言葉は無いし、姿を見ることもないけれど。……もしかすると僕が子傘に好意(これが彼女への友好なのか、恋という感情なのかは分からないが)を抱いている由縁はそこにあるのかもしれない。嫌悪の視線も感情も感じ取れないから、なのだろうか。ただ最近、昔よりも雨が嫌いで無くなっていることは事実で。僕は彼女に影響されっぱなしだなあ、と思う。僕も何か彼女に影響を与えていればいいな、と自己満足そうに思った。
「まあ、考えたところで深い意味はないんだけど、ね」
なんて、口癖を呟きながら。
_____________________
△月×日
ヘックシっ! ……だれかウワサした?
うん、久々に声を出した気がする。こんな状況だと、つい思考ばかりが先走りしてしまうことが多い。まったく、昔はこんなんじゃあ……。言葉通りこんなんじゃなかったか。付喪神でも無かったのだから。昔は、私たちのような物が壊れば治してもらえる時代だったのだから。今で言うと「りさいこる」……だっけ? 英語だかあめりか語だかいぎりす語だか、とにもかくにも日本言語以外は苦手だ。和傘だし。一生鎖国体制をとらせて貰おう。社会に順応なんてするもんか!
さて、今日は雨降りである! やったね! ご主人様もぶっ倒れた気配は無いみたいだし。……ここ最近、よく倒れてるみたい。三日に一回とか。うーむ、散歩に行けないのはどうもねぇ……。
「……っと、お待たせ。そんじゃあ行こうか」
ご主人様到着である。最近は時間通りきちんと来るようになってきた。うむ、先生が不良生徒を更生させた時の感動を味わってるみたいだな。まあ不良生徒とか教育した事無いんですけどねー!! ……暇潰し項目其の四十三。
いついついつも通り、右手に私、左手を上着のコメットだかソリッドだか(もう原型をとどめていない気もしている。)に入れて。
さ、さ、行きましょうか。……ご主人様っ、
届かなくてもそう語りかけてしまうのは。なんでだろうか。……分かってはいるけれど、答えは出さない。1+1=2、みたいな簡単な話じゃないのだ。割り切れない。自分勝手だなあ。……そんな私はきっと、誤ってないし謝らないけれど。
「よし、行こうか」
____昔に比べれば随分と、元気の無い声。きっと本人も自覚しているのだろう。考えたところで深い意味はないけれど。
もし私の姿が見えたと仮定すると、ご主人様の後ろを歩いている人生日々是適当、何となく生きてますごめんねてへっ、みたいな青年C……って、おい! あの人間、確か前に雨だった日にも見た気がするぞ!? もしかすると雨男か!? なんという幸運の持ち主だ……。羨ましい。しかし人間は雨を疎うらしいし、阻害されて不幸な人生を送っていたのだろうか。なむなむ。天気の事に関してはとことん甘くなってしまったりするなあ、私。
「最近は僕も雨のが良かったりするなあ」
……えっ?
あり得ない言葉が私の左側から聞こえてきた。どうしたご主人様、熱でもあるのか。脳内天変地異でも起こったのか? あべこべご主人様があらわれた! ……それはそれで、面白そう。
「子傘と、まあお話……なんてだいそれたもんじゃないけど、出来るしさ」
…………私にほの字なんですかね。まあ大人の魅力ばりばりだしね!、ご主人様は子供っぽいとか言うけどさ! 素足下駄とかどんな趣味趣向の奴らが食いつくことやら! 変態じゃん! というかご主人様本当に熱でもあるんじゃないかと「僕、子傘の事好きだわ」 ほえ?
…………意識がぶっ飛んだ。いかん。なにをいいいいだすんですかねええええこのにんげんさまあああはあああああ???
「……やっぱり、うん。好き。子傘は僕の事、どう……思ってる?」
いやあああだからそんなこといわれてもですねえええええええわたしを「完熟真っ赤な子傘ちゃんでーす、キラッ☆」とかそういう象徴とかにしたいんでしょうかあああああ、だあああああああ!!!????
「傘、廻して?」
まわせるかああああああああああああああ!!!???? どんな苦渋のセンタクを綿死にさせようとシテルんですかこのご主人様は?! 日本語ヤダ! 嫌い! あめりか語万歳! 鎖国とか終了!!、ご主人様子傘修好通商条約とか一瞬で契約します! まじで!
「……嫌い、だよね。人間だもんね、僕」
すううううねえええるうなあああ!! てかなんでこんなやり取り見てる奴がいたら「2828」しちゃいそうな空気になってるの?? 恋愛漫談みたいな! おかしい! 絶対に! ってか私どうすれば「……どしたの、なんか焦ってるみたいだけど」無駄に察知すんなってええええええ!!
……深呼吸しよう。ひっ、ひっ、ふぅー…………。
まあ、ねえ……。どう答えればいいやら。何というか、その、気持ちは嬉しいんだけどなあ……。言葉に表し辛いよこれ……。というか「はい」か「いいえ」、って究極の二択すぎるよ! 誰よこれ考えたの!?
「……答えが無いのってあれか、良く考えたら合否だけだもんね、ごめん。聞いた僕が馬鹿だった」
私は。全力で。その言葉に。傘を反時計回りに廻しました。
「って、え、そんなに強く廻す程困ったのか…。ごめんごめん、」
……ごめんじゃないわよ、もー…!
「でも、まあ、「いいえ」、じゃないんだ」
…………少し顔をニヤつかせながらそう言うご主人様。ずるい、本当に。大体私自身、そんなに動揺するなんて。自分の事が自分でも良く分かってないって……いうのは、良くあることか。
まあ、嫌いじゃないのは確かなんだけどね……。
「好き」じゃないんだけど。「嫌い」じゃない。ほとんど良いことをするのでなく、たまに悪いことをする。たったそれだけの違い。……私には、大きすぎる程の。
ご主人様の事は嫌いになれない、と思う。でも好きにもなれない。問いには答えを。理由、それは。
「まあ、うん、自分勝手に好意だ、って受け取っておくことにする……けどいいでしょ?」
にんげんだから。
傘は、廻さなかった。
前に、ご主人様がこういう話をしていたのを覚えている。
「傘って不思議だと思わない?」
私はその問いかけの真意を図りかねていた。まあ私自身傘のような物なのだから、その気持ちが分からないのも仕方ないのかもしれなかったけど。ご主人様は続ける。
「雨の日……正直好きじゃないけどさ、傘は好きなんだ。正しく言えば、みんながみんな傘を差している光景が好きなのかもしれないけど。自分が自分の範囲を持っているというかなんというか、それぞれの傘の色や形も違ったり。些細な、ほんの些細だけどその傘を持っているのは自分だけで。特別な気がするんだ。僕の場合は本当に特別な傘、なんだけどね」
そう言って頭を掻きながら顔を赤らめ恥ずかしそうにするご主人様の顔が、妙に印象的で。見惚れてしまう……という言い方とは少し違うかもしれないけれど。
「……互いの関係を隔絶している、ような感じがするんだ。普通に、日に照らされながら街で歩いていてもそうなんだけど。傘を差しているともっとそれを感じる。警戒というのか、よく分からないけど。「相合傘」っていうのは、そういう意味じゃ凄いと思う。自分の範囲に相手を入れるようなもの。自分の警戒をその相手にだけは解くんだから。だから恋人同士はやりたがるのかね……僕には分かんないし一生無い経験だろうけど。……って、脱線脱線」
そういう私は今、ご主人様と相合傘してますけどね。脱線。
「だから傘には不思議な力……じゃないけどさ、不思議な意味というか、そういう物が込められてると思うんだ。だから僕は思う。……傘は。」
____傘は、一つの世界なんじゃないかって______。
「……もう意識、飛びそうなんでしょ」
現実のご主人様の声。……気づいてたんだ。傘を反時計回りに。
「そか、そか」
納得したような、……半ば残念そうな声でそう返事を返してくる。
まあ、仕方のない事よ。……妖怪の存在なんて、もう信じられる筈が無いもの。こんな世界じゃあ。
こんな外国語だらけの世界じゃあ、ね。そんなに関係ないような気もするのだけれど。どちらかと言うと、機械や信念の違いだろう。
ご主人様が「コホン、」と咳払いをして、口を開いた。
「……妖怪というのは、存在を信じられてこそ存在するものである。元々人間のように命や肉体というよりかは、思念や精神の概念が強い妖怪にとって存在を信じられない事や、忘れられてしまう事は人間にとっての致命傷と同じような物である…………、ってね」
……いつの間にそんな事調べたのよ。
全くだ。私の知らない(起きてないとか意識が無いとか。)間にこそこそと調べて……。
「まあ、父さんの書斎にあったメモの受け売りなんだけどね。よくわかんないけど、そういうのに詳しかったみたいでさ、僕の父親さんは……」
へー。妖怪に詳しい、ねえ……。ろくでも無い人間だったのだろう。妖怪なんて好き好む奴に、良い奴はいない。今まで生きてきた私の自論みたいなものだけど。
「朝の散歩の時、よく帰りに気配がふっ、と消えるからさ。色々と調べさせて貰いました」
それはそれは、どうもお手数お掛け致しました、って言えばいいのかしら?
こんな時でも嫌味が口をつく私である。電波は掴めても空気は読めないのよ。読めたら傘である必要性とか無くなりそうだしね。主に天気的な意味で、だけれど。
「……気配も薄れてるし、その前に言っておくよ。こういう空気だしさ」
どういう空気だろうか。あれか、なんかこう修学旅行の夜に好きな異性を告白したり男子が夜の興奮で色々馬鹿な事やったり言ったり、でも実は大人しそうな女子もこういう時だけ暴露しちゃいますよー、みたいな。分かることは絶対違う事くらいだ。あとこの思考場違い。
「僕は、別に後悔してないから。君がどういう物で、何をしてるか知ってた上でこうしてるん、だし。……好き、って言っただろ? 君の事が、こう、なんだろ。色々と合い交じって、さ。」
……それは、まあ、どういう気持ちなのか整理を付けて置いてくれると、助かります…って……ば…………。
プツーン、と理性の意図と意識の糸が切れ切れ。
私の意識起動終了。また後日までさようなら。お元気……で?
傘は一つの世界なんじゃないかって。
そのご主人様の言葉が頭の中で反響していた。虚しく、ね。
♪月○日
♪に突入したよやったねー!、という電波を受信した。どうでもいい。
最近は意識が朦朧としたり、飛ぶ事も増えた。どうでもいい。
雨の日がやたらと少ない。今日も晴れだ。どうでもよくない。
ご主人様がぶっ倒れた。危篤らしい。どうでもいい。
さて、今日の議題は雨の日が少ない、という事について。一体何故、どういう事なんだ。雲もっと頑張れ太陽は頑張るなっ!! にしても、本当に最近は元気が出ない。これでもか、というくらいに晴れが続くのだ。私……何か悪い事でもしたかなぁ。心当たりは無いんだけど。……そういえば、らしくない事をすると「明日は雪だ、」とか言われるんだっけ。私らしく無い事は……ううん、心当たり絶賛進行中であるな。だから晴れが続いてるんだ。ならさっさとそっちを片づけましょうか、私。
……言い訳は用意できた。さて、どうでもよくてどうにもできない問題を、片付けましょうか。
「……若様は、一体こんな古びた傘を持ってこい、などと……。気でも狂いなさったかねえ」
まあご主人様の今の今までの言動から考えたらそうなるんでしょうね、女中さん。あ、初めましてわたくしその古びた傘の付喪神やっております子傘と申します今後ともどうぞよしなに。
さて、私はただいま長い廊下(ご主人様のお話通り本当に長かった。)を歩いているわけです。傘は女中さんが持っております。目的地はご主人様のお部屋。本邦初目撃となる訳で、わたくし非常にどきどきとかしておりません。むしろさっさと片付けたいくらいです。もっと早く歩け女中。……とか思ったら急に立ち止まって左のふすまを開けた。ここかよ、部屋。
「若様、傘を持ってまいりましたよ……。これでいいの、ですね?」
女中に向けて首を縦に振ったと思われるご主人様の姿はここからだと角度的にも布団的にも横たわりはっきりと見えないが、とりあえず横たわっている場合に首を縦に振ったら他人から見ると前後に振ってるわけなので脱線。
女中は傘、要するに私を置いて部屋を出て行った。……声も出さなかったのかー、かなり危ないみたいですねご主人様。
「……子傘、いる?」
ひどくかすれたしゃがれた年不相応の声だった。私が聞いたことのない声だった。でもまごうことなきの私の左耳に、いつも届いたご主人様の声だった。
私はご主人様の顔を覗こうと、位置を移動する。……ひどくやつれている、訳ではないのだけれど。ただ『今からご主人様は死にます』と言われれば、うん、納得できるようなそんな顔をしている。って顔の表情が変わった。笑ってるよ。死ぬ前の人間は過去を思い返して笑うのかな。自分を嘲笑するようなそんな気分になるとか。……まあ、私はご主人様でないから真意は分からないけれ「……思ってたより全然大人じゃんか、子供っぽいと思ってたのに」どー?
「やっと見れたよ、子傘」
「……嘘、でしょ?」「ここで嘘吐いてどうするのよ……、もうすぐ僕死ぬみたいなのに」
……ん? あれ? 言葉が、通じて、る、、、?
「…………っくっくっく、ああ、してやったりだ」
ニコニコと、私の嫌いな晴れ間みたいな顔で笑うご主人様。顔色は雨みたいだけれど、ご主人様の心の底からの笑顔、だ。……最近は見ていなかったな、というどうでもよい事にも気付かされる。そんでもって、私の嫌いじゃないご主人様の笑顔。
「……あー、えーとじゃあ私の声が聞こえて私が見えるのなら、今してる格好が何か当ててくださーい」
「奈良の大仏、ってか格好の選定おかしいよね」
……ああ、これ、本当に見えてるし聞こえてるのかぁ…………。信じられないぞ……?
「そんな鳩が豆鉄砲食らったような顔しなくても」
「……はぁ」
「ため息つくと、幸せが逃げるよ?」
「ご主人様は自分の心配だけしてな、……って、あ、」
失言した。……私がご主人様の事をご主人様と呼んでいる事をご主人様が知ったらご主人様はどういう顔をするのか、大体予想がつくのにな……。
「ご主人様……ねぇ、へー子傘ったら僕の事そう呼んでたんだー、へぇ……」
……予想通り過ぎて逆に面白かった。
「意外だよ、結構慕ってくれてるような呼び名でさ」
そんなニヤニヤしながら言われても感慨なんて湧きませんけども……。というか、うーん。単にご主人様をこう、『彼』と呼ぶのに抵抗があるというか、そういう人じゃないような気がしてるだけなんだけどね。
「そういえば、子傘って呼ぶの止めてくれない?、見ての通り大人の魅力ばしばしな女の子なんだから」
さっき大人とか言ってたし。間違った言葉は訂正する必要があるのよ。きっと。
「えー、んーと、それじゃあ小傘で」「ほぼ一緒じゃない…!」
まあ、別に子傘も気に言ってなかった訳じゃないからいいんだけどね。その前つけられた名前なんて…………やめよう、思い出すのはやめよう、やめようやめようやめよう……! あんな名前もう思い出したくもないうわああ消えろ邪念ぐあああ!! ……ふぅ、悪は去った。(キリッ。)
「まあまあ、別にいいじゃん。子傘、って名前は元々賛成だったんだし」
「意味を知るまではね……!、あのあと思いっきり傘時計回りに廻したわよ!」
「あれ、そうだっけ」「そーうーでーすー!!」
……って、私もなにムキになってるんだか。冷静になれ、小傘!(気に入った。)話を元々に戻そう。私は全部を、片付けに来たんだから。不足の自体は発生したけれども。想定外でしたけど。……やる事は変わらないでしょうに。
「にしても、よくもここまで会話できるもんだよ。僕と小傘は似てるところ、あるからなあ」
「天気の好き好きは正反対よ?」
「それでもお互い天気には甘いだろう?……まあ一旦それは置いといて、だよ。もうそろそろっぽい、んですが」
「結構饒舌に喋ったから寿命が三年くらい縮まったんじゃなくて? ……まあ、御望み通り最期は看取ってあげるわよ。責任取って」
私のやる事。やらなければならない事。簡単かつ明確だ。私が、ご主人様の最期を看取るだけ。ま、仕方ないよね。
「うん、そうだね。寿命が縮まったのは今ここで君と会話してるおかげだろうね。というか、君が呪ったんだろうが」
「と、言うわけである」「……えっ、それ誰に言ってんの小傘」 心の声を喋ってしまった。脱線。後読心術使われた。
一言でいえば、私がご主人様の寿命を奪った、だけのこと。だって私、妖怪で付喪神ですから。人間なんて大嫌いですから。死んだって別に、どうとも思わないし。散歩が出来なくなるデメリットがあるのが残念な事くらい、かなあ。
ご主人様が人間じゃなければ良かったなあ、と思ったりはしたけどね。差別はしたって区別は出来ない。分別は私がされる事だしさ。そんな事を言っても何一つ変わらないのが現実だけれど。奇跡は起こらない。だって、今まで奇跡の起こった軌跡は一つも無いから。私はこの身で見たもの聞いたものしか信じない。だって……、っと脱線が多いな。目を背けたいのかしら私は。考えたところで深い意味は無いけれど。
「にしてもさ、せめて後一ヵ月は生きたかったんだけど」
「あら。それはそれは悪い事をしたわね」
「……心にも思ってない事を伝えられて感涙感激感動するほど僕はお人好しじゃないよ」
そうね、心にも思ってないわよ。「そんな、心から思ってるわよ」
「それもうそー。嘘下手だね小傘ちゃんは」
「ご主人様よりも年上だからちゃん付けは止めてくださいませんか?」
「うそつき、本当は喜んでるくせに」「それが嘘じゃない。何私の心理を揺さぶろうとしてるのよ」「あ、バレた」バレたも何も、ご主人様だって嘘下手じゃないの。そう喉まで出かかって口にするのをやめた。時間も無いのにどんどんと脱線していくから困る。
「……父さんの命日、でさ。せめてそれまでは生きてやろうと思って。最期の親孝行、って奴、みたいな、ね。迷惑かけたし」
……ふと、ある日ある日川から大きな桃が流れてきたかのよう非日常の皮切りみたいに表れた妖怪の私には、親孝行という気持ちは一生分からないだろうな、と思った。
「まあ、多分駄目だろうとは思ってたけども」
そう言いながら、愛想笑いに近い、苦笑のような表情を浮かべるご主人様。……どうして、人間はこういう時に笑うことが出来るんだろうか。私のような妖怪とは違う、と切実に感じてしまう。
妖怪は永い時を生きなければならない。必然的に、「別れ」という物には抵抗の類を感じてしまう。しかし、人間は短い時しか生きらえれない。「別れ」を幾度も経験していくのだろう。そして、諦める。逆らうことの出来ない、決まりに。
「……ふぅん」
曖昧な返事を返した。何て言えばいいのか、分からなかっただけだけど。
重い沈黙が、場を支配して。
「……そういえば、今さら何だけど。小傘ってオッドアイなんだね」
「おっとせい?」
「全然違う。オッドアイ」
「おっどあい……?、何それ」
「両目の色が違う事。小傘からすると、こっちの右目が水色で、反対の左目が赤色、になってるみたい」
「……へー。そうなの」今まで私の顔なんて一度も見たこと無いのだから、判る筈も無かったけど。
「オッドアイってさ、人間に発症する事は稀で、主にネコとかイヌに起こるらしいよ」
「え?」
「小傘は、どちらかといえばペットに近いのかもねぇ……」
ふむ、確かになあ、とそこで納得しないで貰いたい。私をペット扱いするとは何事だ、ご主人さ……この呼び方自体なんか猫みたいじゃないかあー! ふしゅー!(傘逆撫で。)
「あ、小傘」
「……何よ」ちょっと機嫌悪そうに声をかけてみたり。
「そういえばさ、この間の返事聞かせてよ」
この間……? ああ、小傘動揺あたふた殺人事件(嘘。)の事か。「まだ決まってなくても言ってよね?、もう死にそうだし」と謎の念押しをするな。まあ、それにしては饒舌ですけどね。
「…………うーん、そうね。嫌いじゃないわ」キッパリ。
「また曖昧な答えを……」
「仕方ないじゃないの、本当の事なんだから。」
そこでえー、と駄々をこねる子供のような表情を作るな。「えー」声に出すな……。色々と年不相応なご主人様である。そこが嫌いでないのだから私も私だけどー。さて、結果から言うと、
「まあ、嫌われてなければいっか。好かれてれば」
と言うことになったらしい。理由は、
「とにかく、僕は特別になりたかっただけだし。……自己中心的な考えで、人間の嫌なところだって判ってても直らないのがもっと嫌だけど。小傘にとって他の人間よりも好かれたかっただけなんだよね、極論は」
とかなんとか。私にはわからんけど、まあ、そういうものなんだろう。わかりたくも無いけど。
「他の人間よりは嫌いじゃないわよ?、少なくともそうねぇ……笑い顔とか」
無難にそう返しておいた。……ん?、なんだろう。ご主人様の表情がみるみると固くなっていく。……逆鱗だったのか?
「……小傘」
「なに?」
「それさ、本気で言ってるの?」
「わたし、うそ、つかない、わよ?」
「別にボケは求めてない」怒られた。空気の読めない事に定評のある小傘ちゃんです。
「……ええ、本当。ご主人様の笑い顔は嫌いじゃないわ」
そういうと、深刻そうに「そっか、そか。ぼくの、わらいがおが、すき、なのか」とブツブツ呟き始めるご主人様。……なにこれ怖い。
「…………この顔が、好きなの?」
ニッと笑顔を浮かべるご主人様。愛想笑いに近くて、若干いつもよりも強張ってはいるが確かに私のいつも見ているものと同種の笑い顔だ。
「ええ。それが何か?」
「……ううん、何でもないよ」
そういうと口を噤むご主人様。それから、何故か場が凍りつく。何も私「布団がふっとんだー!」とか言ってないのに。というか、あの言葉が何故に面白くないのかさっぱりわからない。初めて聞いたときは抱腹絶倒物だったのに、人間の感性というものは本当に不思議だ。お前のほうが不思議だ、と誰かに突っ込まれそうな気がするのも不思議だ。
「冥土の、土産かなあ」
「……なにが?」私が? 勘弁して。
「まあ、気にしないで」気になるっての。……まあ話すつもりもなさそうだし気にするのはやめた。
それからまあ、二人で(正しくは死にかけの一人とボロボロの一個と可愛い付喪神。)適当にお話を。後、途中で「小傘ってさでずむだね」とか言われてしまったんだけど。意味は言葉が強気とか相手を虐げるだとか何とか言ってた。何だそれ。とりあえず私のあめりか語時点に登録しておいた。使うときが何時か……来る気がするなあ。
「……もう、そろそろみたいだわ」ご主人様がふと、漏らした。
「……そう。それじゃあ、締めはどうする?」私が言った。有終の美を飾らせてあげようと思っただけ。
「んー……それじゃあお互いに逢えてよかったことと別れの挨拶を同時に」
「わかったわ。合図はご主人様がお願い」
「りょーかい。……ご主人様、って呼ばれるのも結構慣れちゃったよ」そういって笑みを浮かべるご主人様。……やっぱり私はこの笑顔が嫌いじゃない。……妙な意地を張ってるなあ、と思うけどもやっぱり「嫌いじゃない」なのである。
「よし、いくよ。……せーの、」
「さよなら、小傘。おかげで雨も少しは好きになれたよ」
「さよなら、ご主人様。おかげで晴れも少しは好きになれそうよ」
最後までお互い天気かよっ、なんて突っ込まれた。それ私の台詞でもあるから、なんて返しておいた。
…………ご主人様の耳に届いたのかは、判らないけれど。
そのまま目を瞑ったご主人様。静かに息を引き取った。私の嫌いじゃない笑顔を浮かべた死に顔。……まあ、そうね。
「…………百歩譲って、『好き』って事にしておいてあげるわ。……ご主人様っ!」
そう言ってからまるで、殉職して二階級特進みたいな感じだなあ、と思ったり。……面白くないのに自然と頬が緩む。これが「幸せ」、って奴、かな? 考えたところで深い意味は無いけど、さっ!
私は初めて、晴れの日に笑顔を浮かべた。私の心の中も、透き通った青空の様で。でも不思議と、不快な感情は芽生えなくて。
大っ嫌いな、大っきらいな、だいっきらいなにんげん。好きになれてるのかなぁ。
傘が手元にあれば、今だけきっと反時計回り。一つの世界は、くるくる回る。私が動かした、ご主人様の世界を、くるくる廻す。
ふと、思った。こういうのが運命とか、って奴なのかもーって、ね。
♪月◎日
ご主人様がいなくなっても、私のお話は続くのです。日々は回っていくものだから。さて。そんなうわさのご主人様が死んでから、私の日々は怠惰に苛まれている。……苛まれる、って罪も何も感じてる訳じゃないのに。もう私は日本語をやめたほうがいいかもしれないなあ。鎖国は解除されました。これからはしっかりとアメリカ語やらスヒワリ語やらを使っていく方針を固めた。昨日の話だけど。……あり、一昨日だっけ、一昨昨日だっけ? もうそれすら定かでない。
…………はぁ、困ったわ。暇を潰す相手もいないし。
流石に某項目も、本当の本当に暇なときには効果が無い、という実証が出来ただけでましか。……そう思ってないとやってられないだけなんだけど。自分のした事には後悔の念も抱いてないけど。
最近は意識を保てている時間が、前と比べても極端に少ない。意識が無くなる日が無くなるのだろうか。そしたら私という存在はどうなるんだろう。……死んでしまう、のだろうか。ただ、妖怪は人間と存在する概念そのものが違う。依存している物は身体、入れ物ではなく精神なのだ。恐らくは妖怪の死、とは。
消滅、……かしらね。
まあ、経験してもいないことを考えても仕方ない。なるようになるしか無いのだ。ならないことはならない。奇跡などは有り得ないのだから。私の紆余曲折な人生(人じゃないから正しくは妖生か、傘生。)上だが。……一つあげるとすれば、晴れが多少は嫌いじゃなくなったことくらいだ。いやほんとに、あれは奇跡⑨の……奇跡級の出来事なの!(電波には触れない。小傘覚えた。)
いつも通り意識も薄れてきたので、今日はここらでおやすみなさい。意識が戻りますように。
♪月▽日
戻った。外は雨らしい。もう関係ないんだけどね、外に出ることもないし。最近変わった事と言えば、女中が玄関の掃除に来たことと、そのうちこの家に仕えるのも止めになること。どうもご主人様の生みの母上(女中曰く奥様。)は、息子様が死んだ家で暮らしたくないらしい。と、女中が呟いていたのを聞いた(ふぉろー……?、なんてしてない。)だけなんだけどね。後、女中が「……そういえばこの古びた汚らしい傘、若様が持ってきたのよね。……今考えると、この傘を持ち出してから若様の体調が優れなくなって、そう、そうよね」と私からすれば今更気づいたのか、そんな事言っても神はここで死ぬ運命では無い、とか言って時は戻してくれないのにね。一番いい傘を頼めたらよかったのに、残念ねえ。(ドヤっ。)……まあ、自惚れかもしれないけど、ご主人様にとって一番いい傘でいた自信は自身にあるんだけど、ね。
あーあ、時間切れが近い。最近じゃあもう、近況を思い出してたら意識が朦朧としてくるほどだ。……ご主人様が私を理解してくれてたから、あれだけの時間がまだ、残ってたのかもしれない。この家から人がいなくなる時にはきっと、私は消える。文字通り、ね。時間切れ。意識が戻りますように。
×月□日
もどった。外はくもりっぽい。もう色々と時間が無いんだよね。もう今からすぐにでも消えてしまいそうだし。この家はどうやら後何週間だかで引越してしまうらしい(女中のついーと……?、じゃない呟き参照。)。そうなれば私も終わりだ。まあ、どうなるかは分からないけどさ。ううむ……。はあ。時間切れだ。意識が戻れば。
×月☆日
もどったあ。恐怖を感じた。いつの間にか数週間分の意識が飛んだみたいだ。既に勝手知らざる(玄関以外。)我が家からは人の気配が無い。とか言ってたらまた朦朧としてきた。……時間切れー。あーもうやだ。
×月○日
もどった。どうもしこうのうりょくにもひびがはいったみたいだ。いまのわたしなら、そこらへんのかきゅうようかいにもまける。……ああそうか、もうかきゅうようかいもそんざいできないせかいなんだっけ。おわりっぽい。もうだめだ。
×月△日
りたーん。どうやらわたしはあめりかごをばしばしにすぴーくできるようになったみたいだ。いまならおとなりのとむときゃさりんふさいにもごあいさつができるぞ。やったあ! はっぴー! わたしさでずむ! ……これだけはなおらないみたいだけど。たいむあうと。しーゆー。
◎がつ◎にち
どうもわたしがかいこくしていたようだ。さこくしなおしたのでもんだいはない。もうじかんぎれだけど。あははh
◎がツ△ニち
壊れたんじゃないよ。恋われたの。ご主人様に。えへへへ。私可愛い。
◎月○日
……過去の言動を思い出す。うわあ、私の頭が酷いことになっていく。今日はまともっぽいけど。とりあえず、暇潰し項目が百七までたまった。あと、掃除やら人が通らなくなるとこんな短い期間の間にクモの巣とホコリがたまることを覚えた。恐らく今後の人生のなかでなんら約にたつことはな
◎つき×ひ
もどった。さよなら。
◎がつ▽日
もうそろそろで じかん みたい だ 。
☆月○日
さよなら、ご主人様。さよなら、私。さよなら、みなみなさま。お元気で。……さようなら?
☆月×日
戻った。けど戻ってない。色々と。とりあえず、私はこんな深い森の奥にはいなかったし、こんな思考能力も無かった。欠如に欠如を重ねてたのに、今目が覚めたらいつも通り(いつも、ってどんなんだっけ?、多分こんなん……だったよね?)の感じに戻っている。……ううむ、もしかして私が目を覚ますとそこは未来の世界で、文明が衰退を繰り返したいわば妖怪の楽園みたいな感じになったとか!?
「そうね、とりあえず半分正解にしておいてあげるわ」
後ろからそう、声がした。その方向を向くと、紫色の厳格な幻想をぶち壊したとしか思えないような服を身にまとった胡散臭い人間が「人間じゃないわ。あと、それ以上罵倒するなら送り返すわよ?」読心術を心得てるらしい。恐るべき、人間以外の何か……、ってそれ妖怪じゃん。
「で、妖怪さんがこの私に何の用よ」
「そうね、妖怪さんは貴女に近況のご説明諸々をお聞かせに参ったのですがその調子だと必要ないみたい、ですわね?」
ニコっ、と顔をほころばせてるけど絶対本当に笑ってないし。……どうも私に害はもたらさないみたいだし、調子を合わせようか。
「いえいえ、是非謹んでお話をお聞かせ願いますわ」
「あら、そうですかおほほほほ」「ええ、そうですわおほほほほ」
どこの溝端会議だよ、という思いつき突っ込みは言わなかった。
要約すると、妖怪さんのお名前は「八雲 紫」と言うらしい。紫、って名前が既に胡散臭い。その妖怪さん(名前で呼ぶのもなんか、ねえ……。)のお話によると、ここは幻想郷という世界で妖怪の為の世界(さっきの半分正解は「妖怪の楽園」の部分か、とここで納得。)らしい。私の変わった事は調子だけじゃなく、傘(その傘に目やら舌が憑いててびっくりした。どこの化け傘だよ。私だよ。)を持って移動したり空も飛べるらしい。まだ試してないんだけど。後は理論的な話もしてたけど、私にはさっぱり。常識と非常識がどうのこうの結界がどうのこうの、「はくれい」とやらがどうのこうのと、さっぱりだったから聞き流した。
「それじゃあ、貴女が優雅で自由な幻想郷ライフを過ごす事を祈ってるわ。……最後に一つ、」
妖怪さんは話を一旦切り、目を鋭くさせてからもう一度口を開いた。
「幻想郷は、すべてを許すわ。それは、とても残酷なことよ」(決まったっ……!!)
と思っているに違いない台詞を吐いてなんか気味の悪い空間を抜けて消えていった。あ、さっきのは私の勝手な注訳ですよ?
「そんな事思ってないわよ、死にたいの?」
「そうね、出来れば急に現れないで欲しいのだけれど」
「そいつぁ、無理な相談だぜ!」
「誰の真似よそれ……。で、何よ、聞き忘れたことでも?」
「ご名答だわ」
背中をむくと上半身だけ隙間から出てる妖怪さんが……気持ちわるっ!
「貴女のお名前を聞いてなかった、と思ってね」
「名前……、なら子、じゃない、小傘。小さい傘と書いて、小傘よ」
「ふぅん……。苗字は?」
「ほえ?」
苗字ぃ? えー、えー、それは決めてないといいますかなんといいますか「……無いの?」なんか訝しい表情を向けられた。苗字があった方がいいのか。……なら、これにしよう。
「……たたら、よ」
「…………たたら? たたら、って鉄とかの踏鞴かしら?」
「違うわ」というか、初めて聞いたんだけど。無知って怖いわあ。今は知ったかぶるけども。
「多々良。多いを重ねて、良いって書くの」
「……多々良 小傘ね。まあ悪い名前じゃないわ」逆に、悪い名前があるのか。「例えば霧雨 魔理沙とか」「それは人相が悪いんじゃないの?」「あら、よくわかったわね」「電波を掴んだ」「……電波?」「あ、いえいえお気になさらずに」発信源は引きこもりのもやし魔女です。
「それじゃあ、私はこれで。公共の福祉は守って楽しく暮らしなさい?」あ、それは許されないのか。まあ特に何か悪さをしよう、って訳でもないんだけどね。
「多々良小傘、だってさ。ご主人様」
拝借した苗字は勿論、ご主人様から。とっさに思い浮かんだのがそれしかなかったし、一番私にお似合いだと思ったから。私の嫌いじゃない、……好きな、ご主人様の苗字が。
傘を持って、森の中を歩く。空を飛ぶのは……こんな場所じゃあ試さないほうが吉だろう。というかこれだとまるで、昔の日本みたいだな。空気も雰囲気も。この幻想郷とやらが何時出来たのか、なんとなく想像出来そうだったけどやめた。折角の散歩が台無しである。
世界を広げてみた。雨傘だけど、晴れの日に差していけないなんてルールも無いのだし。それに、許されるでしょ?、妖怪さん。
つい、右隣を見てしまう。誰もいないのに。癖、みたいなものだからどうしようも無いのかな。頭じゃ分かってても、って奴……かな。
ご主人様はもういない。その事を悔やんではないし、多分これからもそう。そう、なんだけどさ。……えごいずむ、って奴かな。自分勝手なのも分かってるけど。今更ながら。
「……あー、悲しい」
…………涙でも零れちゃったりして。いなくなる事の大きさを実感したのがまさか、ただの散歩だなんて思ってもみなかったけど。まあ、こういうのも私らしい、ってご主人様なら笑うのかな。……考えたところで深い意味などない、けれども。
もう一度、右を向いた。そこには、年端も行かないような子供がこちらに背を向けている姿があって。……涙を隠したかったのか、単なる悪戯心かはわからないけれど。そろりそろりと抜き足差し足忍び足でそこへ近づいて言って。古来日本より伝わる驚かしの秘宝ですか、若輩者のわたくし使うのは初めてで御座いまして。……そんなお決まりの台詞を。
「うらめしや~!」
「ひぃいいいいいいいいいーーーー!?」
少年は驚いたような声を出して、私の姿をみながら後ずさり、目を大きくさせて逃げていった。……へえ、ふうん、ほお。あの表情が「驚き」なのか。
「……これは、面白い事を知ってしまったわ」暇潰し項目百八つ目に即決定。
これからの幻想郷らいふとやら(意味はよくわかんないけど、多分人生とかそういう奴でしょ。)が、楽しめそうだわ。
「…………もっと驚きそうな人間、探してこよう、っと」
だって人間の驚いた顔が、彼の笑い顔にそっくりだったから。
もっと、私の好きな「笑顔」が、見たくなったから。
かなり読みにくい。
頭にすっと入ってこない感。
とりどめなくツラツラと、思考だけし続けている雰囲気がある。
しかし、器用な顔芸(失礼!)の持ち主だ。