……とにかく御腹が減っていた。
見知らぬ獣道を歩いていた。
無意識で行動する私にはよくある事だ。
気付けば知らぬ場所、知らぬ道を歩いている。
別段驚く事でもない。
私にとってそれが日常なのだ。
ただ、無意識で行動する私には一つ困ったことがある。
それは無意識で行動するため、食事を忘れてしまう事だ。
今回もどうやら暫く何も口にしていないのだろう。
御腹が『グー』と間抜けな泣き声を上げる。
ゆえに道に迷っているこの状況にはなんら関心はないのだが
『御腹が減った』その事実だけは捨て置けない状況だった。
その時ふと何かが鼻の頭に当たった。
「ん?」
どうやら雨が降り出してきたようだ。
まったくついていない。
私はペコペコの御腹を抱えながら足早に雨宿りが出来そうな場所を探す。
――
まいったな……、一体ココはどこなんだろう?
まるで雨宿りの出来なさそうな中をペコペコの御腹でひたすら進む。
ああ、焦ってはいけない。
私はただ御腹が減っているだけなんだ。
すると目の前に一件の家屋が見えてきた。
何とか雨宿りが出来そうだ。
しかし、こんな辺鄙な場所にどうしてあんな家屋があるのだろうか?
疑問に思ったが状況が状況なだけに私はその家屋の軒先に急いだ。
――
「ふぅ……」
何とか雨を凌げる場所に来て少し周りを見る余裕が出てきた。
『香霖堂』と大きな看板の出ている事から店なのだろうと思う。
店の表や窓から見える店内には色々な古道具で溢れている、雑貨屋だろうか?
何もこんな辺鄙な所で商いをする事もないだろうに、ここの店の主人はきっと
人間嫌いかよっぽどの変人のどちらかだろう。
『クー』
「……御腹空いたな」
御腹の泣き声で空腹であった事を思い出した。
お金を持ってきていないようだから、あまり気乗りはしないが店の中に入ってみよう。
上手くいけばお茶の一杯くらいなら在りつけるかも知れない。
戸を開けて中に入る。
『チリンチリン』と可愛げな鈴の音が店内に響いたのだが中からの返答はない。
認識されていないのかもしれない。
そう思ったのだが店内には客はおろか店主と思しき人影すらなかった。
「……」
無人の店内には静かな曲のレコードが流れているだけだった。
ここまで物に溢れていて無人と言うわけでもあるまい。
暫く店の品物を眺めていたのだが一向に誰かが現れそうな気配もない。
無用心だ。
御腹も空いたし、お金もないし、誰もいない。
傘でも探し出してかっぱらってしまおうかと思った時カウンターにある物を見つけた。
それは湯呑から湯気を立てているお茶と皿に盛られた二つのドラ焼きだった。
「……」
『ゴクリ』と喉が鳴る。
私は御腹が空いていた。
今私の周りには誰もいない。
私はドラ焼きに手を伸ばした。
『ドラ焼き
心なしか普段見ている物と比べると一回り大きく感じる。
餡子が多めで持つとどっしりと重い。
甘さは思っていたよりもずっと甘い。
しっとりとした歯触りで美味しい。
少し濃い目の緑茶
少し冷めてしまっている様だが冷えた身体には十分暖かく感じる。
濃さは少し渋めだがドラ焼きが甘いのでちょうどいい。』
私は物を食べる時はなるべく物怖じせずに堂々と食べる。
その方がもしも見つかってしまった場合に『無意識だった』と言い張りやすいからだ。
こそこそ食べていたのでは言い訳なんて通じない。
私は口を開けてドラ焼きに齧り付く、しっとりした歯ごたえがなんとも心地いい。
歯ごたえもさる事ながら餡子の味もいい、これはいい小豆を使っているに違いない。
ただ、甘さが思っていたよりも強いのが気になった。
しかしお茶が少し濃い目に淹れてあるので口の中に残った甘ったるさはお茶の渋みに流されて
すっきりと喉の奥に流れていく。
お菓子とお茶のバランスが実にいい。
もしもドラ焼きの甘さがこれより少しでも控えめであればお茶の渋みが目立ってしまうし
お茶がこれよりも薄かったら餡子の甘さが口の中に残ってしまっていただろう。
このドラ焼きとお茶を用意した人物はその辺りを実に心得ていたようだ。
私はあっという間にドラ焼きを平らげた。
最後の一口をお茶と共に喉の奥流し込み窓から外を見ると雨が止んでいた。
どうやら通り雨だった様だ。
私は満足感に包まれて不思議な森の雑貨屋を後にした。
――
こいしが出て行ってすぐに店の奥から呆れた声が聞こえてくる。
「霊夢、破れた服くらい自分で縫えるようになろうとは考えないのかいキミは?」
その言葉に問われた少女は特に気にする事なくヤレヤレと言った感じで答える。
「いいじゃない、せっかく可愛い女の子が来てるんだから喜びなさいよ」
「それがお客さんだったら僕も諸手で喜ぶよ」
「人付き合いは大切よ?」
「ちゃんとしたお客さん相手ならね、それにキミの場合はお茶時を狙って来ているだろう?」
「こんな辺鄙な所にくるなら、服を直してもらうついでに美味しい思いもしたいじゃない?」
嫌味も聞きやしない彼女の態度に諦めた。
「はぁ、とりあえず僕の分まで食べないでくれよドラ焼き」
「その辺は心得ておくわ、結果は伴わないかもしれないけど」
「努力してくれ、僕はキミの分のお茶の準備をしてくるから」
「はいはい」
炊事場へ向かう背中を見送りドラ焼きが置いてあるカウンターへ向かったのだが
「……さて、ドラ焼きか最近食べてなかったわね、ってアレ?」
来た時はあったドラ焼きの姿は影も形もどこにもなかった。
「どうしたんだい霊夢?」
「ドラ焼きがなくなってる」
「え?そんな馬鹿な?」
二人は呆然とドラ焼きの乗っていた空の皿を見つめた。
自分達がちょっと目を話した隙にいったい誰がどこにやったと言うのだろう?
「こんなくだらない事するのは……」
『紫ね(だな)』
二人は犯人を断定した。
その頃遠くマヨヒガで無実の罪を付けられたスキマの妖怪が二度ほどクシャミをした。
三人とも警戒心の欠片も無いな
>しかし、こんな辺鄙な場所にどうしてあんな家屋があのだろうか?
「家屋があるのだろうか」の間違いですか?
それにしても鼻もげろの方じゃなくて良かった
そして普段の行いが悪いとこんな時にあらぬ罪を着せられる、と。
これは最後のオチが弱いというか、やや投げっぱなしな感じがするなあ