Coolier - 新生・東方創想話

ちゆりなパラレル world 1

2015/06/25 18:10:13
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前作はちゆりなパラレル world 0です。


 別の世界からやってきた水兵服の少女、北白河ちゆりが船から降り立つと、そこは学校の校庭の端っこであった。船には光を屈折させたステルス迷彩が施されており、周囲から見られてしまうことはない。だが、触れれば触れてしまうので、この広々とした場所の隅に停まったのは好都合であった。
「学校……か。随分と古いというか、何世紀も前の建築技法だぜ」
 その校舎は鉄筋コンクリート製の二階建てで、一時期流行った風変わりな校舎の乱立の一端か、西洋館風の緑の屋根と屋根窓があった。校舎の中央には時計台があり、時間は昼過ぎを示している。
 ちゆりは周囲を見回す。お昼休みが始まったのか、時計台から鐘の音が鳴り響くと一人、また一人と校庭に生徒が増えていく。生徒たちはボールを蹴って遊んでいたり、木陰でお弁当を食べたりしていた。
 なんだか懐かしい雰囲気だな、とちゆりは感慨深げに思った。今でこそ教職員の立場であるが、数年前まではちゆりも教わる側の人間であった。もっとも、ちゆりが通っていた学校は高層ビルの一部に組み込まれており、こんな広々とした校庭もなく、ボール遊びも木陰でお弁当を食べたりもしなかったのだが。
 と、懐かしんでばかりもいられないと、ちゆりはさっそく魔力に関する調査を始めることにした。手っ取り早く人に聞くのが一番だろうと、木陰でレジャーシートを敷いてお弁当を広げている、ワンピースの制服を着た少女三人組の元へとちゆりは向かった。
「なあ、お前ら。ちょっといいかな?」
 ちゆりが声をかけると、三人は振り返り、
「あら千百合、遅かったじゃない。みんな食べないで待っていたのよ」
と、眼鏡をかけた少女が言った。少女は制服の上から白衣を着ており、頭には白いリボンが飾られていた。少し生真面目そうな雰囲気がある。もちろん、ちゆりにこんな知り合いはいないし、そもそもこちらの世界へとやってきたのは今さっきなので当たり前である。
「もーお腹すいたー!」
「さ、千百合ちゃんも一緒に食べましょう」
赤いリボンをつけた、なんだかふわふわした少女と、キャペリンハットを被った、なんだか存在感の薄い少女が、はやくはやくとちゆりの手を引いた。
「えっ、いや、ちょっと……え、えぇー?」
そうこうしているうちに、ちゆりは流されるように三人の元に座らされてしまった。何が何だかわからないちゆりは、取り敢えず苦笑いを浮かべて誤魔化した。
「さ、みんな揃ったしさっそくお昼ご飯にしましょう! って、あら、千百合ってばお弁当はどうしたの? 忘れてきたの?」
 ふわふわの少女がちゆりの手元を覗き込みながら言った。当然ながらちゆりは弁当など持ってきていない。あら、と気付いたように眼鏡の少女も言う。
「そういえばそのセーラー服、うちの制服じゃないわね。あなた、いったい何をしていたの?」
三人が首を傾げながらちゆりを見た。ちゆりが苦笑しながら、えーっと、だの、あーっと、だのとどもっていると、
「いやー、悪い悪い。遅くなったぜ。冠島教頭に捕まってて……って、あれ?」
背後から聞き覚えのある声がかかった。聞き覚えがあるというか、聞きなれた声、むしろちゆりにとってすれば言いなれた声であった。恐る恐る振り返ると、案の定そこにはちゆりがもう一人いた。
「うぎゃあああ!」
「うぎゃあああ!」
 二人のちゆりは同時に同じ叫び声をあげた。三人の少女が驚いて二人のちゆりを交互に見る。二人のちゆりはお互いの顔をベタベタと触って、
「わ、私だぁー!」
「わ、私だぁー!」
と同時に叫んだ。
「な、なんで千百合が二人も!?」
「細胞分裂でもしたんじゃないかしら」
「そんな訳があるか!」
「そんな訳があるか!」
「ひえぇー、ステレオだー!」
 と、ちゆりはもしかしてと思った。もしかして、こっちの世界にも私がいる、ってことなのか? 平行世界、どこかで分岐した可能性宇宙の一片であるならば、ありえないことではなかった。現に、目の前にいる服装以外が瓜二つの少女は、千百合と呼ばれているのだ。
 実際それは正解で、可能性世界理論を理解していればそのことは当然わかっているはずなのだが、残念なことにちゆりはそれを理解してはいなかった。理解するようにと押し付けられた課題を手つかずのまま放置したとも言う。ちゆりはこの際、自分の正体を教えてしまった方が話が早く進むだろうと考えた。相手が自分自身なら、たぶん大丈夫だろうという楽観視と共に。
「えっと、私はだな……」
 ちゆりは自分が別の世界からやってきたこと。魔力を探し求めて様々な世界を旅すること。そして、おそらくもう一人の自分はこっちの世界の私自身である、ということをかいつまんで説明した。
「ははあ、なるほど」と、わかっているのかいないのか、曖昧な風に帽子の少女。
「別の世界から来るなんてすごいわ!」何も考えてなさそうなふわふわの少女。
「いや、なんでそうやすやすと信じられちゃうのよあんたら」眼鏡の少女だけは常識的な反応を示した。
もう一人のちゆりはというと、ちゆりの周囲をぐるっと回ると、
「変だぜ」
ゴーン、と学校の時計台から鐘の音が響いた。昼休みが半分終わったらしい。
 ちゆりは四人から自己紹介を受けた。曰く、白衣にメガネの少女は理香子、ふわふわリボンの少女はエレン、キャペリンハットの存在感が薄い少女は佳奈、そしてもう一人の自分は千百合だという。
 千百合たちがお弁当を広げると、ちゆりは手持ち無沙汰にそれらを眺めていた。そういえば小腹が空いたな。船に戻って何かを食べられるものでも持ってこようかな、などと考えていると、千百合が
「ほれ」
とちゆりにウィンナーを差し出した。ちゆりがそれを食べると、 エレンがから揚げ、理香子が卵焼き、佳奈がプチトマトを差し出した。それらをぱくぱくと食べていくちゆり。エレンがえへへと笑いながらちゆりの頭を撫でた。
「ちゆりちゃん、差し出すとなんでも食べるわねー」
「おい、ペットみたいに言うのやめろよ」
「むしろシュレッダーよね」
「ほーらちゆりちゃん、ピーマンとアスパラもあるわよ」
「佳奈のそれは、自分が嫌いなものを食べさせようとしてるだけなんじゃ?」
千百合に指摘されると、佳奈はウッウッと涙を流しながらしぶしぶピーマンとアスパラを口に運んだ。
 そうして千百合たちがお弁当を食べ終えると、
「ちゆりちゃんの元いた世界にも、私たちっていたのかしら?」
エレンがにこにこと笑いながら言った。しかし、ちゆりには彼女たちの顔に見覚えはなかった。平行世界だからどこにでも自分と同じ人間がいる、という訳ではない。そこは確率の問題で、全ての世界にたった一人しかいない人間もごくごく稀であるが存在し、逆に全ての世界に一人ずついる人間も、これまたごくごく稀ではあるが存在する。そして、全ての世界のうち、その半分程度にしかいない人間が最も多い。
「いや、わからないな。もしかしたらどこかにいる可能性もあるが、いない可能性もある。少なくとも、私は会ったことはないぜ」
「へー、どの世界でも私たちはみんな仲良し、って訳でもないんだねぇ」
 エレンがうんうんと頷く。
「っと、そうだ。お前らに聞きたいんだが、結局この世界って、魔法とかそういうのって存在するのか?」
「ああ、それを探してこの世界に来たって言っていたな。私たちが知っている限りでは、ないな。魔法なんかはあくまでもファンタジーだぜ」
千百合がそう説明すると、ちゆりは残念そうに肩を落とした。
「まあ、最初からうまくいくとは考えてなかったけれども」
 これでこの世界に用はなくなった、のだが。それでさっさと次の世界に行ってしまうのもつまらないなと思い、ちゆりはもう少しこの世界を見て回ることにした。
「あっ、そういえば!」
 と、エレンが突然手を叩いた。
「魔法とは違うのだけれど、なんだか最近うちの学校で流行ってるわよね、七不思議」
「あー、なんかあったわね。 覚えてないけど」
はいはーい、と佳奈が手を挙げた。
「私覚えてるわよー。えっと、第二理科準備室のゲロゲロでしょ? 園芸部の植えたわさび畑から聞こえる悲鳴、空を飛び回るツノが生えた美少女、あらゆる部活や委員会を掛け持ちする男子生徒、校庭で無闇に見上げてはいけない空、いつまでも修理工事が始まらない体育館、空飛ぶケセランパサラン、あるいはホタル、あるいは風に吹かれた綿菓子、あるいはマルチーズ、あるいはトゥクトゥプ、あるいはティラミス、あるいはユーレイ、だったかしら」
佳奈が言い終わると、おおー! と四人が拍手をした。最後のは普通に空飛ぶユーレイでいいんじゃないか? という千百合の言葉は無視された。
「なるほど、その中に魔力が関わっているものがあるかもしれないな」
 と、ちゆりが肩掛けバッグからタブレット端末を取り出した。ホログラムディスプレイが中空に浮かび上がると、おぉ! と四人がそれに魅入った。ちゆりがタブレット端末にその七不思議をメモし始めると、佳奈が横から細かな指摘をした。
 第二理科準備室は端っこの別校舎にあり、人体模型やホルマリン漬けの標本などが並んでいるという。
 園芸部のわさび畑は校庭の隅にあり、かつては人参などが植えられていたらしい。
 ツノが生えた美少女は半年ほど前によく見かけられたが、最近ではめっきり姿を現さなくなった。
 掛け持ちの男子生徒はその場の四人全員が知っていた。
「私は科学部に所属しているんだけど、その人は副部長をやっているわ」と理香子。
「私は購買委員で、その人は委員長なのよ」とエレン。
「私は音楽部に入ってて、彼は部長ね」と佳奈。
「私は風紀なんだ。で、あいつは副委員長だぜ」と千百合。
何にでも首を突っ込み、しかもほとんど幽霊部員同然だという。よくそれで部や委員として成り立つなと、ちゆりは逆に感心した。
「しかもすぐに抱きついてくるのよね、あの副部長」
理香子が呆れた風に言い、他の三人もうんうんと頷いた。どうやら色々と問題のある人物らしい。
 校庭の空は文字通り、校庭で無闇に空を見上げてはいけない、という決まりが生徒手帳に記されているという。なんだそりゃ、とちゆりは思ったが、エレンが差し出す生徒手帳を見てみると確かにそう記してあった。
「校庭で空を見上げたからなんだってんだ?」
四人が止める間もなく、ちゆりが空を見上げる。すると、校舎の向こう側から、空を埋めつくさんばかりの海坊主みたいな巨大な人影が、こちらを睨んでいた。
「ひいっ!?」
 腰を抜かすちゆり。空を指差しながら四人に必死に何かを言おうとしているが、言葉が出ずに口をパクパクと動かすだけだった。仕方がないといった風に四人はため息をついた。
「ちゆりちゃん、あれはああいうモノなの。校庭から空を見上げると、時々ああして目が合ってしまうのよ。まあ、だから何かをされるってわけではないのだけど」
エレンがそう説明すると、ちゆりは改めて空を見上げた。雲ひとつない晴れ渡った青空が広がっているだけであった。
 ちゆりは短機関銃にも似た形ののゲージ粒子観測装置をバッグから取り出すと、それを構えて空に向けた。電磁相互作用を媒介する素粒子フォトン、弱い相互作用を媒介する素粒子ウィークボソン、強い相互作用を媒介するボース粒子グルーオン、重力相互作用を媒介する素粒子グラビトンを観測し、対象が統一原理に当てはまらない存在であるか否かを調べる機械だ。観測結果は、装置側面のサーマルビジョンのようなモニタに表示された。結果は統一原理に当てはまるものであった。あの海坊主が。ちゆりはうーん、と首を傾げて唸った。
「あれ、なんだったんだ?」
「ああいうモノ、としか言いようがないわね。実際、ああいうモノだから」
「ユーレイとかじゃなく?」
「ああいうモノ」
「海坊主でもなく?」
「ああいうモノ」
「うーん、脳みそがカマンベールチーズになりそう……」
なんだか腑に落ちないなと思いながら、ちゆりは『校庭で無闇に見上げてはいけない空→ああいうモノ。魔力は無し』と入力し、次の七不思議をメモする。
 修理されない体育館は、校舎の横にあった。屋根が崩落し、壁には大きな穴が開いていた。今は立ち入り禁止になっている。もう半年ほど経つのだが未だに修復の目処はたっていないらしい。
 そして、空飛ぶ以下略は、空をふわふわと飛ぶ何かが、体育館裏でよく見かけられるらしい。その正体はケセランパサランだとか、マルチーズだとか、ティラミスだとか、果ては関東ローム層だのごぼうだのヘロドトスだのと言われているらしい。
「っと、こんなところか」
 ちゆりは今しがたメモした七不思議一覧を読み直した。
「……変だぜ」
ゴーン、と鐘の音が響く。昼休みが終わる鐘であった。
 昼休みが終わると校内清掃の時間らしく、千百合以外の三人は掃除をしに校舎の中へと戻ってしまった。なぜか残っている千百合に、ちゆりが聞く。
「お前は掃除に行かないのか?」
「ばっかお前、自分自身が目の前にいるっていうのに、呑気に掃除なんかしてらんないぜ」
「風紀委員が聞いて呆れるな」
「副委員長がアレだからな。ほとんど空気委員だぜ」
うまいことを言ったつもりか、したり顔で言う千百合の頭を、誰かが後ろから思い切り引っ叩いた。
「きゃんっ!」
 犬みたいな鳴き声を出す千百合の背後で、その人物は仁王立ちしていた。その姿を見てちゆりは一瞬ぎょっとした。赤い髪を後ろで束ねたその姿が、夢美に見えたのだ。しかし、よく見ると顔も違うし、髪型も少し異なる。
「千百合! 風紀委員がサボるんじゃないっていつも言っているでしょう!」
「げぇっ、委員長!」
「ほら、さっさと掃除に行きなさい!」
委員長……つまり風紀委員長の少女は、般若のような形相で千百合に向かって怒鳴りつけると、
「そうだ、千百合。さっきこの辺で、なんかぐにゃぐにゃというか、ぐるぐるのまるまるなやつ見かけなかったかしら」
と尋ねた。
「見てないぜ」
と千百合が後頭部をさすりながら答えると、風紀委員長はふむ……と押し黙ってしまった。何か考え事をしているらしく、機器の異常? いや、そんなはずは……でも……と何やらぶつぶつと呟いていた。と、ちゆりの姿に気づいた風紀委員長は考え事を一時中断し、
「ほら、そっちの千百合も早く掃除に……」
そこまで言ってから気づいた風紀委員長は、目を丸くした。
「あら? あらあらあら? 千百合が……二人? 細胞分裂?」
「違うぜ」
「あー、えーっとー、そのー……」
 苦笑するちゆり。ちゆりとしては、これ以上自分の正体が露顕するのは避けたいところであった。なんとか誤魔化そうと必死に考え、
「いや、あの、実は私、ちゆりの双子の妹で、絵理子っていうんだぜ」
と嘘をついた。しかし、目が泳いでいて明らかに怪しい。疑いの眼差しを向ける風紀委員長に、誤魔化すように笑うちゆりと千百合。
 と、ちゆりの肩に一羽の白い鸚鵡が止まった。鸚鵡はちゆりを見つめて首をかしげると、ちゆりの頬をちょんとつついた。
「あいてっ」
なにすんだこいつー、と愚痴りながらちゆりは鸚鵡の前に指を差し出した。鸚鵡はちゆりの指の上に乗ると、ころころころと鳴いた。すると、その鳴き声を聞いた風紀委員長はハッとしてちゆりの首に腕を回し、千百合に背を向けた。ぐえっと変な声を出すちゆり。ちゆりの指に乗っていた鸚鵡は宙をばたばたと羽ばたき、千百合の頭に降り立った。
「あなた、別の世界から来たわね」
 千百合に聞こえないようにする為か、小声で言う風紀委員長。二人の背後では千百合が「なに話してんだー? おーい?」と騒いでいたが、無視された。
「ということは、さっきの空間の歪みもあなたの仕業ね」
「あ、あんた一体何者だ!?」
風紀委員長は制服のポケットから手帳を取り出した。手帳からはホログラムが浮かび上がり、風紀委員長の顔写真と名前が表示されていた。
「平行警察監視員ドーワスロク線世界担当、真川琴姫よ。ちょっとお話しいいかしら」
 ああ、そういうことか、とちゆりは納得した。元いた世界で真上教授から渡された『世界間渡航許可証』を取り出すと、ちゆりはそれを開いて琴姫に見せた。
「安心しろ、犯罪者じゃないぜ」
琴姫はオレンジ色のペンライトを取り出すと、それで渡航許可証のホログラムを照らした。幾何学的な記号がホログラムの中に浮かび上がる。
「……偽物じゃあないわね。この世界への渡航目的はなにかしら?」
「この世界に来たのはたまたまだぜ。うちの船、行き先の指定はできないんでね。で、いわゆる魔力がある世界を探し求めているんだが……どうやらこの世界は違うらしいな」
ちゆりが肩をすくめながら言うと、琴姫は渋々といった風に首に回していた腕を離した。うぅー、と唸りながら首をぐるぐる回すちゆりに、琴姫が言った。
「うーん、とりあえずは大丈夫そうね。ようこそ、ドーワスロク線世界へ。一応説明しておくけれど、この世界は衛星世界、世界間の渡航技術を持たない国だから、くれぐれもあなたの正体が多くの人にばれてしまわないよう気をつけてくださいね。一部はもう手遅れみたいだけれど……」
 そう言って琴姫は千百合に振り返った。
「千百合ちゃんかわいい。千百合ちゃんかわいい」
「チユリチャン……チユリチャンカワイイ……カワイイッ」
千百合は鸚鵡を指先に乗せ、なにやら言葉を覚えさせようとしていた。
「ちょっと千百合、掃除しに行きなさいってさっき言ったでしょう!」
「行こうとしてたぜ! ちょうど今行こうとしてたぜ!」
千百合は小学生みたいなことを言いながら校舎の方へと向かって走っていった。鸚鵡が千百合の元を離れ、琴姫の肩に止まった。千百合は途中で振り返り、
「じゃあなちゆり! 学校終わったらまた会おうぜ!」
と手を振った。ちゆりが苦笑しながら手を振りかえすと、千百合は満足そうに校舎に入っていった。
「まるで子供だぜ」
「子供でしょうよ」
「チユーリチャンッ」
「私は違うぜ。大学院も卒業してるしな」
「あら、あなた成人してるの?」
「チーユーリチャンッカワイッ」
「いや、十五だが?」
「なんだ、やっぱり子供じゃない」
 あー? と首をかしげるちゆり。さてと、と琴姫はちゆりに向き直った。
「なにか、この世界のことで問題があったら私に教えてください。しかるべき対処をします。一応、これでも警察ですからね」
「ああ、よろしく頼むぜ」
「それから、私のお世話になるようなことだけは、くれぐれもしないでほしいな」
「善処するぜ」
それから琴姫はぐるぐるとちゆりの周りを回り、ふふっと笑い、
「変なの」
ゴーン、と鐘の音が、清掃時間の終わりを告げた。琴姫は働いた働いた、と呟きながら校舎へと戻っていた。一人残されたちゆりは、彼女の背中を見送りながら、
「変だぜ」
ゴーン、と再び鐘の音が鳴った。
「……?」
ちゆりは時計台を見つめ、
「変だぜ」
ゴーン、と三たび鐘の音が鳴った。
「あー?」


 とりあえず、件の七不思議について調べるべく、ちゆりはまず園芸部のわさび畑に向かった。畑は校庭の隅にあり、張られた水にたくさんのわさびが植えられていた。どうしてわさびなのだろうと首を傾げていると、背後から怪しい人影がちゆりに近づいていった。
「千百合くーん!」
 その男が背後からちゆりに覆いかぶさろうとし、しかしちゆりは身を翻してそれを避けた。男の手は空を切る。ちゆりはそのまま科学魔法の小型拳銃を腰のホルスターから抜き取り、男に向けた。
「おっと動くなよ! これは小さくても必殺の武器だぜ!」
真上教授受け売りのセリフを吐き、うーん、決まった! と自分で言っておいて感動したちゆり。男の方はというと、
「なはははは! このパターンは初めてだぞ!」
と、両手を挙げて何故か笑っていた。ちゆりは男に気持ち悪さを感じながらも、銃口を向けたまま話す。
「お前、何者だ? 何故私を襲った?」
「やー、何故って言われても、もう癖みたいなもんだからなー! はははははは!」
「あー? なんだこいつ」
 ひとしきり笑った男は、笑い疲れたのかぜーはーと肩で息をし、
「それで、こんなところで何をやっているんだね千百合くん。今は授業中だろう?」
不思議そうに首をかしげた。ははあ、なるほど。こいつ、千百合の知り合いか。とちゆりは納得した。それから少し考えるような仕草をして、
「あー、勘違いしているようだが、私は千百合じゃないぜ。双子の妹の絵理子だ」
二回目ともなると、嘘をつくのにも大分慣れた風であった。さらりと言ってのけるちゆりに、男は驚いた様子で声を張り上げた。
「なんと、千百合くんに双子の妹が!?」
「そうだぜ」
ふーむ、とちゆりの顔を覗き込みじっと見つめる男。銃を突きつけられているというのに全く動じる気配がない。図太い神経してるな、とちゆりは苦笑しつつも感心した。
「見た目は瓜二つだが、確かに君の方が少し大人びている風だな」
「いやぁ、それほどでも」
「あと君の方が暴力的だ」
「おい、どういう意味だそれ」
「いやまあその」
 男はじっとちゆりの顔を見つめたかと思うと、突然ちゆりに抱きついた。
「絵理子くーん!」
「きゃあああっ!」
ちゆりは男を突き飛ばすと、ほとんど無意識に男に銃口を向け、その引き金を引いていた。
「あっ」
ちゆりが我に返ったときには、銃口が一瞬光を放ち、
「うぐぅ」
全身を痛みが襲い、男は膝から地面に崩れ落ちてしまった。動かなくなってしまった男を前に、ちゆりは
「あじゃ……」
と声を漏らした。
「ああ、やっちゃったぜ……。どうしよう……ほっとくとくさくなるし、どこかに隠さなきゃ。とりあえず……そうだな、畑にでも埋めるか」
「しっ、死んでない死んでない! 俺はまだ死んでないぞ!」
 男が慌てて起き上がると、
「なんだ、生きていたのか」
ちゆりは再び男に銃口を向ける。
「だぁーっ! 俺が悪かった!」
降参降参! と両手を高く天に向けたまま騒ぐ男。ちゆりはなんだかばからしくなり、拳銃をホルスターに戻した。
「まったく、なんなんだお前。千百合の知り合いらしいが」
ちゆりが呆れた表情で尋ねると、よくぞ聞いてくれた! と男は胸を張った。
「俺は千百合ちゃんの一学年先輩で、千百合ちゃんの所属する風紀委員の副委員長なのだ!」
「あー? 風紀委員の副委員長? ってことは、何にでも首を突っ込む男子生徒ってお前か!」
「なんだそりゃ」
 ちゆりがタブレット端末を起動させると、浮かび上がるホログラムディスプレイに副委員長は感嘆の声をあげた。あまりローテクノロジーの世界でこれを使うのも困りものだと思いながら、ちゆりはその画面を副委員長に見せた。画面には佳奈に聞いた七不思議のメモが表示されている。
「うーん? 七不思議……あらゆる部活や委員会を掛け持ちする……うむ、確かにこれは俺だな! いやー、俺もとうとう七不思議の一つかー! なっはははは!」
「具体的には何に所属してるんだ?」
「うむ、新聞部部長、園芸部部長、放送委員長、英語部副部長、科学部副部長、購買委員長、音楽部部長、文芸部部長、風紀副委員長、黒魔術部副部長、演劇部部長、美術部副部長、古美術部部長、広報委員長、清掃副委員長、えーっと……保健委員長、古代文明部部長、料理部副部長、写真部部長、冬部副部長、文化祭実行委員長、飼育副委員長、天文部部長、生徒副会長、あとはー……うーん……」
「自分で忘れてちゃ駄目じゃないか」
 一応は、とちゆりはゲージ粒子観測装置を副委員長に向けた。ひいっ! と悲鳴をあげながら再び両手を上に上げる副委員長を無視して、ちゆりは観測結果に目をやる。基本相互作用以外の反応は見られなかった。つまり魔力なし。なんの面白みもないただの一般人。
 ちゆりはタブレット端末に『あらゆる部活や委員会を掛け持ちする男子生徒→なんにでも首を突っ込みたがるだけの男子生徒。魔力は無し』と入力していった。魔力どころか不思議でもなんでもない、文字通りなんにでも首を突っ込みたがるだけの男子生徒である。
「ちなみに、なんでそんなにあれこれ首を突っ込むんだ?」
「考えてもみたまえよ絵理子くん。今、この学校の生徒で俺ほど権力を持った生徒がいるかね? つまりこの学校は我が手中にあると言っても過言ではないのだよ! わっははははは!」
「しょーもな」
ちゆりは権力の亡者、とメモに書き加えた。
「というか、今は授業中だろ? 何してんだ、あんた」
「いやー、畑に誰か近づいていくのが見えたから、ドロボウかなーと思って」
 少し脱線した軌道を修正して、わさび畑の話に戻る。ちゆりはわさび畑の前で耳を澄ませたが、水のせせらぎが聞こえるのみで悲鳴など聞こえてこない。
「わさびが辛いって、やつらも理解したんだろう。最近はわさびが食べられてしまうこともなくなったからな」
と、副委員長が腕を組みながら言う。
「やつらってなにさ」
「小人」
「はー?」
「前は人参を植えていたんだよ。それが小人たちに全部盗られちゃってもう全滅。それで、わさびを植えることにしたんだ。辛いから小人たちは盗らなくなるし、わさびもこれでなかなかおいしい」
「だが小人なんてそんな、普通じゃないぜ?」
「今さら何を言ってるのかね絵理子くん。見たんだろう? 校庭の空のアレ」
「あー、まー、その」
 いわく、半年ほど前にこの学校に大量の『別世界に通じる穴』が開いてしまい、すべて塞がれた今でも、その穴が時折、古傷が開くみたいに開いてしまうらしい。それで、いろいろとアレなのが出現するのだという。
「つまり、わさびを盗み食いした小人の悲鳴、と」
「ま、そうなるな」
ゲージ粒子観測装置はやはり基本相互作用以外の存在を観測しなかった。
 ちゆりはタブレット端末に『園芸部の植えたわさび畑から聞こえる悲鳴→わさびを盗み食いした小人の悲鳴。魔力は無し』と記入する。ちゆりは自分でやっておいてものすごくバカバカしいことをしてるんじゃないかと思った。こんなメモ、まるで変な作品ばかり書いている漫画家のネタである。
「うーん、これ残りも調べる価値があるのか?」
 首を傾げながらも、ちゆりは次に第二理科準備室のゲロゲロを調べることにした。第二理科準備室は別校舎にあり、ちゆりは非常口から中に侵入した。授業中だからか別校舎の廊下に人の影はない。ちゆりは教室のプレートを一つ一つ確かめながら廊下を進んだ。
「なんでついてくるんだ、あんた」
ちゆりは後ろをついて歩く副委員長を振り返った。副委員長は抱きつこうとした姿勢のまま、
「いやー、なんか面白そうだったんで、つい」
と笑った。ちゆりが腰の銃に手をかけると、副委員長は慌てて両手を挙げた。
「ま、いいけど」
 と、第二理科準備室の前にたどり着いた二人。ちゆりがそっと扉を開けると、埃っぽい空気とどんよりとした空気が襲いかかる。棚にはホルマリン漬けの標本が並んでおり、壁に掛けられた剥製や骨格標本なんかが所狭しと並んでいた。校舎の位置関係か、昼間なのに窓から陽の光が差し込まず、まるで夕方のように薄暗い。
「うーん、いかにもゲロゲロなのが出てきそうな……」
「ゲロゲロって言うからには、カエルかなんかなのか?」
「カエルとは失礼な!」
 突然、部屋の奥から誰かの声がして二人はぎょっとした。骨格標本をがさごそとかき分け、そこから現れたのは、人の大きさはある二足歩行のとかげだった。トレンチコートに中折れ帽を被っており、首のあたりにエラが張っていた。とかげ人はなにやら怒った風に、ちゆりたちへと詰め寄った。
「やつらは大人へと成長する途中で尻尾を捨てるような下等な生物だ! 我々偉大なる巣の父のサールスをそんなのと一緒にするんじゃない!」
「ひえーっ! 喋る、喋る二足歩行のオオトカゲ……!」
「そうだ! 我々は偉大なるとかげ人に他ならず、決して自ら誇りを捨てるようなカエルなんぞでは……」
と、そこまでまくしたてて、とかげ人ははっとした風に目を見開いた。それからちゆりたちから一歩離れ、佇まいを直した。
「っと、済まない。思わず熱くなってしまった。俺はロンド・ロンドだ」
「あー、北白河……絵理子だぜ」
 このとかげ人、地球を侵略するために宇宙からはるばるやってきた宇宙人であり、彼は偵察のためにいち早く地球に降り立った諜報員である。この第二理科準備室を拠点に地球の情報を探っていたのである。そんな彼の報告書いわく、地球には我々以外にも様々な外来種族が侵略を試みているが、そのどれもが数日と経たないうちに謎の光の紐によって強制送還されており、そう容易く侵略されるほどヤワではない、とのこと。
「というか、宇宙人か?」
「はっ! しまった! 思わず出てきてしまった!」
「これはスクープだ! 真一! 早く写真を……って、あーっ! あいつ今いないんだった!」
「っとと、魔力魔力と……」
 ちゆりはゲージ粒子観測装置をとかげ人に向けた。それを武器と勘違いしたのか、ロンド・ロンドはぎょっとして懐から拳銃を取り出し、ちゆりに向ける。そして銃を向けられたちゆりもぎょっとした。
「うわーっ! そんな物騒なものをこっちに向けるな!」
「ええいだまれっ! お前だって銃をこちらに向けているではないか!」
「いや、これはゲージ粒子観測装置といって……」
「うるさいっ!」
ロンド・ロンドが拳銃の引き鉄を引くと、銃口がピカリと光を放った。
「ひえええっ!」
ちゆりはとっさにその場にしゃがみ、ちゆりの背後にいた副委員長が呻き声を上げてその場に倒れた。再び銃口が光る。ちゆりが横に跳ぶと、床が爆ぜて木片が飛び散った。
「おいバカふざけんな! 当たったら痛いだろ!」
「当たってないなら痛くはないだろう! 痛くもないのに文句を言うんじゃない!」
「俺は当たってるぞーっ!」
 床に転がっていた副委員長がロンド・ロンドに飛びかかり、二人はもつれ合うように地面に倒れた。ロンド・ロンドの手にあった拳銃は宙を舞い、ちゆりの足元へと転がる。とっさにそれを拾い上げると、ちゆりはその銃口をロンド・ロンドに向けた。
「形勢逆転だぜ」
ちゆりはにやりと笑い、銃口を向けたままゲージ粒子の観測を開始した。表示された観測結果は、魔力の反応なしであった。
「あー、第二理科準備室のゲロゲロはとかげ人、魔力は無し、と……変だぜ」
ゴーン、鐘の音が響く。五時限目の授業終了の鐘だった。
「くそっ、こうなったら作戦中止だ! 急いで巣の父のところへ帰還しなければ!」
 ロンド・ロンドは副委員長を押しのけると、慌てて立ち上がりちゆりを突き飛ばし、第二理科準備室を飛び出していった。突き飛ばされた際に、ちゆりが持っていたロンド・ロンドの拳銃も奪い返されてしまった。
「あっ、待てっ!」
と副委員長が追いかけようとした時、
「ぎゃあああっ!」
廊下から少女の、とは思えない可愛げのない叫び声が響いた。
 ちゆりたちが廊下に飛び出ると、床に散らばったプリントの上に、赤い髪を後ろで三つ編みにした少女が尻餅をついていた。ちゆりは一瞬その少女が夢美に見えたが、しかしよく見るとやはり違う。髪の色と髪型は同じだが、顔が少し幼い。紛らわしい奴が多いなと思いながら、ちゆりはその少女のそばに駆け寄り手を差し伸べた。
「ひええええっ! ゲロゲロがっ! ゲロゲロなゲロゲロがっ!」
「おい、大丈夫か? 立てるか?」
「ふえっ? あっ、ありがとう……」
 少女が差し伸べられた手を掴むと、ちゆりはぐっとその体を引き起こした。少女はまだ少し足が震えるらしく、バランスを崩してちゆりにもたれかかった。
「ああああっ、ごめんなさいっごめんなさいっ!」
「いや、大丈夫だから落ち着けって」
「ううう、うん……」
少女はちゆりにしがみついたまま、ひっひっふーと息をした。天然なのか、ただのおバカなのかと、ちゆりは苦笑しながら少女の体を支えた。
「おや、弓美ちゃんじゃないか」
 と、ちゆりの背後から副委員長がにゅっと顔を出した。
「あっ、委員長! なんでここに!?」
弓美と呼ばれた少女は、驚いた風に目を見開き、
「……いや、委員長ならどこにいてもおかしくないか。妖怪みたいなもんだし」
「こらこらこら! 失礼なことを言うんじゃない!」
ちゆりは首を傾げながら副委員長を見やった。
「委員長? なんの委員長だ?」
「放送委員なのだ」
「はぁー、本当になんにでも首を突っ込むんだな、あんた」
「いやぁ、それほどでもあるかな! なっはっはっは!」
楽しそうに笑う副委員長に、ちゆりと弓美は呆れてため息をついた。
 しばらくするとやっと落ち着いてきたのか、弓美はしがみついていたちゆりからそっと体を離した。まだ少し足が震えているが、どうにか普通に立てるくらいにまではなったらしい。
「あ、ありがとう。もう大丈夫みたい」
「そりゃ良かった」
弓美が散らばったプリントを拾い、ちゆりと副委員長もそれを手伝った。
「でも突然ゲロゲロが飛び出てくるだなんてビックリよね。あー、良かったさらわれなくて」
「ゲロゲロって人をさらうのか?」
「気に入ったらさらうんじゃない?」
すべてのプリントを拾い終えると、ふうん、と頷きながらちゆりはメモに書き加えた。
「次はツノが生えた美少女かなぁ……」
 ちゆりが呟くと、ばさばさ、と弓美の手からプリントが滑り落ちた。再び床に散らばるプリントに、弓美はきゃあーっ! と悲鳴をあげた。
「うわっちゃあ。何やってんだお前」
「ひええええっ! ごめんなさいっごめんなさいっ!」
「しっかりしてくれよな、また拾いなおしだぜ」
「ううぅー……」
「で、副委員長。ツノが生えた美少女って知ってるか?」
ちゆりがプリントを拾いながら副委員長に聞いた。
「知ってるも何も、目の前……」
「きゃーっ! きゃーきゃーきゃーっ!」
 弓美は拾いかけていたプリントを放り投げ、副委員長の顔面に殴りかかった。そしてよろける副委員長を引きずり、ちゆりに背を向け小声で話した。
「ちょっと委員長! 知らない子にまであのこと言いふらすのやめてよね!」
「とは言っても、もう変身できないんだろう?」
「できないからよ! 私はもう普通の女子高生なの! 普通に学校生活を送りたいのよ!」
二人の背後ではちゆりが「なに話してんだー? おーい?」と騒いでいたが、無視された。ひどいぜ、と呟きながらちゆりは一人プリントを集める。すべてのプリントを拾い終えた頃に、弓美は振り返りにこにこと笑みを浮かべていた。だが、少々ぎこちない。
「ほれ、拾っといたぜ」
 ちゆりがプリントを手渡すと、
「あっあっ、ありがと。えへへへ」
弓美は意味もなく笑い、それからぎこちない笑みを顔に貼り付けたまま、
「あのね、さっき言ってたツノが生えた美……少女のことなんだけど」
「ああ、知ってるのか? 是非教えて欲しいんだが。むしろ会わせてもらえるならそれに越したことはない」
えへへへー、と弓美の視線が左に寄っていった。
「えっとね、もういないの」
「あー?」
「半年くらい前にね? 帰っちゃったの」
「帰っちゃったのって、どこに?」
「元いた世界」
「元いた世界?」
「別の世界。スポンジとか、トンビナイ魚とか、アベクブルブクツーとか、ヘゲロムチャムチャとか、その……」
この頃にはとうとう弓美はちゆりに背を向けていた。たぶんその別の世界というのは、副委員長が言っていた別の世界に通じる穴の向こう側のことだろうと考えながら、しかしこの少女はなんか怪しい(なんかどころではない)と思い、ちゆりはゲージ粒子観測装置を弓美の背中に向けた。しかし特に異常は見られず、彼女はごく普通の女子高生でしかなかった。首をかしげるちゆり。
「ふうん? まあいいや。しかし、そのツノが生えた美少女って、鬼かなんかか?」
「鬼とは失礼ね! あれはユニコーンが……」
「ユニコーン?」
 聞き返すと、弓美ははっとしてから、
「えーっと、あの、ユニコーンが好きなの私! アルバムも持ってるのよ! えっと、その、おどる亀ヤプシとか!」
「あー?」
「あっ、あはははは! あはははははは!」
笑って誤魔化そうとする弓美を、ちゆりはじいっと睨んだ。あは、あは、あは、と笑い声が硬くなっていき、弓美の頬を汗が伝った。
「実はお前がツノが生えた美少女だったりするんじゃないか?」
「ぎくっ」
「ユニコーンに憑依されたかなんかで」
「ぎくぎくっ」
「で、ユニコーンが元いた世界に帰ってしまって、ツノが生えない普通の女子高生に戻ったから、このことはなるべく秘密にしておこうと」
「おおー! 絵理子くん、名推理だ! いやぁ、なかなか鋭い!」
「ちょっと委員長!」
 弓美は副委員長の胸ぐらを掴むと、彼の体を激しく揺さぶった。ぐえっ、とかぐふっ、とか漏らしながら、副委員長はがっくんがっくんと揺れる。なんと声をかけたものかと、ちゆりは首をひねった。
 と、くるりと弓美がこちらに向き直り、ぎょっとするちゆり。弓美は副委員長から手を離すと、ずずいとちゆりに迫った。思わず一歩後ずさるちゆり。
「お願いっ! このことはどうか内密にしてもらえないかしら!」
私はただ普通の高校生として過ごしたいだけなの! と懇願する弓美。ちゆりの視界に、彼女の背後で、弓美に手を離されて力なく地面に倒れた副委員長が入った。ここでヘマをすれば私もああなってしまう! ちゆりはにこりとぎこちない笑みを浮かべた。なんとも言い難い不恰好な笑みだった。
「あ、ああ、もちろんだぜ。ただ、できればその、ユニコーンについてもっと詳しく教えてもらえたらなー、なんて……」
「ああ、うん。だいたいさっきあなたが言った通りよ。この世界とは違う世界にユニコーンがいて、それがふとした拍子にこの世界に落っこちてきて、私と重なっちゃったの。それで、私はツノを生やして空を跳びながら、穴塞ぎをさせられる羽目になったわけ」
「穴?」
「そう、穴。別世界に通じる穴」
 なるほど、とちゆりは頷く。大体の全容は理解できた。つまり、スポンジとか、トンビナイ魚とか、アベクブルブクツーとか、ヘゲロムチャムチャとか、そういったものの世界とつながる穴が出現し、向こう側からアレなやつがこっち側に溢れ出てきたのだ。その名残か、この世界には校庭の空とか、畑の地下とかにアレなやつらが住み着いて(?)いるのだ。で、ユニコーンはその穴をふさぐ役割を持っていて、それがたまたま弓美と重なってしまい、弓美に入り込んだユニコーンが穴をふさいだ。だからツノが生えて空を跳びまわったと。ちゆりは『空を飛び回るツノが生えた美少女→ユニコーンに憑依された少女。今は憑依されておらず、魔力もなし』とメモをした。
 残るはいつまでも修理工事の始まらない体育館と、体育館裏の空飛ぶ以下略である。
 弓美がプリントの束を第二理科準備室に置いていったのを待ってから、ちゆりは二人とともに体育館へと向かうために別校舎の廊下を歩いた。
「というか、なんでお前までくるんだ?」
ちゆりが振り向くと、弓美はにへらと笑った。
「だって、気になるじゃない? ユニコーンが全部の穴をふさいだにしては、確かに変なのが湧きすぎているのよ。傷口じゃあるまいし、ふさがった穴が開いちゃうとも思えない。しかも、体育館裏の空飛ぶ以下略って、それ穴あけネズミじゃない」
「穴あけネズミ?」
「別の世界と繋がる穴を開けまくる、別の世界の生き物なのだ」
半年前に穴が空いたのも、体育館があんなふうなのも、穴あけネズミたちの仕業なのだよ、と副委員長は偉そうに語った。
「別の世界と繋がる穴ねぇ……」
 私も別の世界と繋がる穴を抜けてここに来たんだけど、と心の中で呟くちゆり。
「というか、授業はいいのか? 副委員長は別にどうでもいいとして、お前は出ておいたほうがいいんじゃないのか?」
「ああ、それなら、私のクラスは五限目の授業で今日はおしまいなの。ホームルームはサボっちゃうけれど、まあ一回くらいならダイジョブダイジョブ」
「一応、教員の立場としては注意したほうがいいんだろうがなぁ……ん?」
 と、ちゆりの視界になにやら妙なものが写り込んだ。廊下の真ん中にあるそれは、よく見ると空間を切開したみたいに開いた穴で、空間上に存在しているにもかかわらず、球体ではなく極めて二次元的な穴であった。おまけに、窓から差し込む日の光によって、壁にはその穴の形の影ができていた。
「穴なんだから、これでいいんじゃないの?」
「平面ならそうだぜ。壁とか、床とか、紙とかな。だが、空間上に生じる穴となるとそうはいかないんだ。穴を横から見たら? 上から見たら? 後ろから見たら? 三次元の空間に生じる穴は、そのどこから見ても穴としてそこに存在する、三次元の球体なんだ。だがこれは……」
ちゆりはその穴の周囲をぐるりと回り、
「二次元的な穴だ。おまけに重力レンズ効果も発生していない。ほら、空間に穴が開いているのに、空間にシワが生じていないだろ? 穴の部分に影が生じていることからも、こいつは空間を歪めていないことがわかる。空間が歪んでいれば、光だって歪むだろう? 横や後ろから見ると穴の存在は確認できないな。薄型テレビみたいなもんだ。前から見れば画面は見えるが、横や後ろから見るとテレビの画面は見えない。うん、これは穴というより、別世界とつながっている扉って感じだぜ」
と解説した。
「おぉー」
と感心したふうに感嘆の声をあげ、拍手をする弓美と副委員長。しかし、拍手はすぐさま止まり、
「きゃあぁーっ! あっ、穴がっ! 穴がっ!」
「弓美くんっ! はやく穴をふさぐんだっ!」
「えーんっ! 無理ですよーう!」
 すると、穴の中からなにやらぽわぽわと宙を浮かぶ発光体が、ぞろぞろとこちら側へと出てきた。ちゅうちゅう、と鳴き声らしきものも聞こえてくる。やばいやばいと、弓美と副委員長はそのぽわぽわを穴に押しもどそうとするものの、水が指の隙間を流れ落ちていくが如く、ぽわぽわはするすると彼女らの手を避けて溢れ出た。ちゆりはゲージ粒子観測装置を向けたが、こんなんであってもやはり魔力は観測されなかった。
 と、
「あれを見ろ!」
「ティラミスだ!」
「ヘロドトスだ!」
「いや、関東ローム層だ!」
なにやら変な茶番を演じながら廊下の向こうからやってきたのは、千百合、エレン、佳奈、理香子の四人組であった。
「なにやってんだお前ら」
四人はホームルームを終えて、ちゆりに会いに行こうと校庭へ向かっているところであった。ちゆりが駆け寄ると、千百合はやあと手を上げて会釈した。
「ようちゆり。七不思議の研究は進んでるか?」
「だいぶ進んだぜ。残るは修復されない体育館と、空飛ぶなにがしだな。あ、あと、私の名前は絵理子、お前の妹な」
「あー? ああー……」
 千百合はちゆりの言わんとすることを察したのか、弓美たちに目をやった。彼女と副委員長はぽわぽわの侵入をふさぐのに夢中でこちらには気づいていない様子であった。
「了解だぜ、愛しの妹よ」
「えっ!? ちゆりちゃんって千百合ちゃんの妹だったの!?」
エレンが驚き顔で叫ぶ。そんな彼女を後ろから抱きしめ、理香子はふわふわの頭を撫でた。
「あぁーエレーン、あなたのそういうところホントかわいい」
「あーん、理香子ちゃん、子ども扱いしないでってばー」
「バカわいいー、バカわいいわー」
「バカって言うなーっ!」
 それで、と千百合はじゃれあうエレンたちを無視して、穴から際限なく湧き出るぽわぽわと、それを必死で穴に戻そうとする弓美たちを指差した。ぽわぽわの数はすでにその場所を埋めつくさんばかりの数である。
「ありゃあなんだ?」
「あー、わからん。なんか別の世界と通じる穴から出てきた、えーっと、うーん……ケセランパサランか、ホタルか、風に吹かれた綿菓子か、マルチーズか、トゥクトゥプか、ティラミスか……多分そんなところだぜ」
「うーん、そのどれにも見えないんだが……」
「関東ローム層よりマシだろ」
「あっ、空飛ぶなんとかって、きっとあれですよ!」佳奈が手を叩いて言った。
「あれは体育館裏じゃなかったのか?」
「うーん、でも体育館裏とも結構近いですし、それにもしかしたら、あの穴を動かしたのかも!」
ふむ、とちゆりは考えた。あの穴は空間の裂け目ではなく、別の世界に通じる扉のようなものだ。それなら、たしかに動かすことも可能だろう。もちろん、何か専門的な技術、あの穴を開けるのと同じ技術が必要だろうが。と、そんなことを考えている間にも、例のぽわぽわは際限なく穴から溢れ出てきていた。
「ちょっとっ! あなたたちっ!」
 弓美が声を張り上げ叫ぶ。
「見てないでっ! 手伝いなさいっ! よーっ!」
同時に、廊下を埋め尽くしているぽわぽわの一つが、ポンっと弾けた。連鎖するようにその周りのぽわぽわもポポポポポンっと弾け、さらにその周囲のぽわぽわもポポポポポポポポポポポポポポポポンっと弾けた。
「ぎゃーぎゃーぎゃーっ!」
「うわあああああっ!」
 弾けたぽわぽわから出てきたのは、きつね色の毛をしたまるっこいむくじゃらであった。それにはつぶらな瞳と頬に二本のヒゲが生えており、頭(?)には尖った三角の耳がある。一見するとぬいぐるみのようで愛らしい見た目である。
「あーっ! やっぱり穴あけネズミだぁーっ!」
弓美が叫ぶ。あれが穴あけネズミか、とちゆりはタブレット端末を取り出し、メモを開く。『体育館裏の以下略→穴あけネズミ。魔力なし』と記入した。何十匹もの穴あけネズミたちは揃ってちゅうちゅうと鳴きながら、何やら流線型の奇妙な物体を一斉に取り出した。それは先端が透明になっており、中には三つの丸いクリスタルが埋め込まれている。そしてそのクリスタルから外側へとアンテナのようなものが伸びていた。やばい、と弓美が呟く。
「やばいやばいやばいやばいやばい! みんな逃げてーっ!」
 弓美が走り出し、それに続くようにちゆりたちも走り出した。
「ありゃなんだ!?」
「穴あけネズミよ!」
「じゃなくて、穴あけネズミたちが持ってるあの変な機械だよ!」
「あれは穴を開ける機械よ!」
 次の瞬間、穴あけネズミたちが持っていた機械のアンテナから、一斉に一筋の線が四方八方へと伸びていった。数十本のそれらは校舎の壁や天井や床を物ともせずに突き破り、そのままゆうに十メートルほどの長さになった。
「まさか……」
線が一斉にぱっくりと口を開けると、そこかしこに穴が生まれた。校舎の天井や壁や床を突き破っていた線も大きく開き、天井や壁や床を引き裂いていく。腹の底に響くような轟音とともに、ぐらぐらと地面が揺れ出す。地中に穴あけネズミが開けた穴が出現し、地面が崩落したのだ。廊下の床がボコッと凹み、一メートルほど陥没した。
「ひえええっ!」
「ぎゃっ」
 足元の床が突然凹み、転倒するちゆりたち。見ると、床はさらに陥没し始め、一部は崩落して地中の穴の向こう側へと落ちていった。
「ひいいっ! インディージョーンズみたい!」
ちゆりのすぐ目の前の床が崩落し、その下があらわになる。床の下は大きく空洞となっており、そのさらに下には穴あけネズミが開けた穴があった。その穴の向こう側から、何か巨大な目がちゆりをじろりと睨んだ。
「あぎゃぎゃぎゃっ!」
「急げ! 早くしないと落っこっちまうぜ!」
千百合がちゆりを引っ張り起こす。
「お、おう!」
 足元からぼろぼろと崩落していく廊下を、ちゆりたちは走る。ぐらぐらとさらに大きく校舎全体が揺れ出すと、不意に窓の外が暗くなり、廊下は蛍光灯のおぼろげな明かりに照らされるのみとなった。別校舎そのものが地中に沈み込んでいるらしく、窓の外には地中の断面があった。
「おいおいおい! 校舎ごと沈み始めてるぞ!」
「かっ、階段を上るんだっ!」
 ちゆりが提案し、全員で慌てて階段を駆け上がる。屋上に出ると、校舎はかなり陥没しているらしく、屋上と地面が地続きになっていた。柵を飛び越えて地面に降り立つと、ちゆりたちは転がるように校舎から離れた。
 と、屋上だけになっていた別校舎が再びゆっくりと浮上し始めた。思わず立ち止まるちゆりたち。別校舎はどんどん浮き上がり、とうとう元あった位置よりさらに高くへと浮かび上がった。そして、校舎を持ち上げていた巨大なソレが、のっそりと地面の穴から這い出てきた。
「ひえええっ! ま、またとかげっ!」
それは巨大なとかげであった。ほとんど恐竜も同然といった風貌である。
「おおっ! 我らが祖先! 始祖とかげの偉大なるサールス神さま! まさか直接お目にすることができるとは!」
 いつの間に現れたのか、ちゆりの隣でロンド・ロンドが両手を広げて涙を流していた。
「神の偉大なる目に正義あれ! 神の高貴なる爪に栄光あれ! 神の大いなる口に幸いあれ!」
「なにしてんだ、お前」
「あっ、北白河絵理子! なにをしている! お前も偉大なるサールス神さまをたたえるんだ! 神の偉大なる目に正義あれ!」
「えーっと、神の偉大なる……?」
「やってる場合じゃないぜ!」
千百合がちゆりの手を引いて走る。巨大とかげは別校舎を高く持ち上げたまま、完全に穴から出てきた。そして、ほかの数十の穴からもそれぞれ、変な何かがぞろぞろと現れ始めた。
 車輪がついただるまや、七色の煙や、男子生徒の服を着たロボットや、蒸気を吹き出す巨大ロボットや、近未来の戦闘機や、箒にまたがり空を飛ぶ赤い髪のメイドや、注連縄と垂紙がついた赤い戦車や、足が何十本もある胴の長い猫や、巨大な金魚や、トンビナイ魚や、アベクブルブクツーや、ホルグルゥや、きぴきゃぴや、フワフワや、白トホホや、山歩きや、トゥクトゥプや、とびはね虫や、それから……。
「きゃーっ! なんかいっぱいわいてきたーっ!」
「あ、頭の中がラーメンになりそう……」
「変だぜ」
ゴーン。
「とにかく逃げろ逃げろ!」
 学校のあちこちから悲鳴が響き渡る。変な何かたちは生徒や教員を追い掛け回したり、まとわりついたりしていた。おまけに空飛ぶ赤い髪のメイドと近未来の戦闘機においては、なにやら上空で縦横無尽に飛び回りながら、星やミサイルやレーザーや光弾やなんやかんやを撒き散らしていた。
「意図せぬ次元跳躍を確認。Main/System/SMD>Global Positioning System Error ...現在位置不明」
「はやく聖杯を渡しておばさんを撤回しなさjk2y8lh◎」
あれだけいろいろとぶっ放しておいて、それらが地上に被害をもたらさないのはある意味奇跡だな、とちゆりは花火でも見ている気分で上空の綺麗な弾幕を眺めていた。
 そんな中、とびはね虫に追い回され……というより、懐かれている風な男女二人組が、血相を変えて弓美の元へと走ってきた。
「弓美ーっ! あんたこれどういうことよーっ!」
「吉沢ーっ!」
「あっ、クラスメートの桜崎桜子ちゃんと松崎真一くん! どうしようどうしよう! 穴あけネズミが穴あけネズミで穴あけネズミに穴あけネズミを……」
弓美は両手をブンブンとふってしどろもどろする。桜子はそんな弓美の態度にイライラを募らせ、ぎゃーと牙を剥いて怒鳴った。
「なんだってあいつらがまた出てくるのよ!」
「ひえーん! わたし知らないーっ!」
「とにかく無事でよかった。さあ変身……は、できないんだったっけ」
「どうしようどうしよう。このままじゃ前よりひどいわ! えーん! ユニコーンは何をしているのよーっ!」
 一方ちゆりは、穴の向こうから湧き出てきた有象無象に片っ端からゲージ粒子観測装置を向けていた。
「これも魔力なし。あれも魔力なし。うーん、これだけいっぱいいるなら一匹ぐらい当たりが出たっていいもんだろ」
やがてそれらすべての観測を終えると、ちゆりはがっかりした風に呟いた。ゲージ粒子観測装置をバッグにしまい、どうしたものかと腰に手を当ててしばし周囲を見回した。
「さて、これからが大変だぜ。どうすんだ、これ」
「俺が調べた情報では」
「うわあびっくりしたぁ!」
 にゅっと、ちゆりの目の前にロンド・ロンドが顔を出した。千百合や弓美たちも突然のとかげ人出現にぎょっとする。しかしロンド・ロンドは気にするそぶりも見せずに続けた。
「この世界を征服しようとする奴は、どうにも光る紐のようなものに追い返されてしまうようだ」
「うん、それがユニコーンなのよ」
「つまり、そのユニコーンを倒してしまえば、この星は安心して我々サールスの植民星となり、我々の支配下に置かれることとなるのだ。誇りに思うとよい」
「こらこらこら!」
 その時、校庭の隅の一画から強い光が発せられたかと思うと、それは瞬く間に四方へと拡散していった。丁度、可能性空間移動船が止まっている場所からである。と同時に、ちゆりの耳についている小型の通信機から、る〜ことの声がした。
『ご主人さまぁー、なんかご主人さまからツノが生えて光だしたんですけどー』
「あー?」
とうとう陽電子頭脳がいかれてしまったかと怪訝な顔をするちゆり。その空気が伝わったのか、る〜ことは慌てて続けた。
『そっ、それでですね! なんかすっごい光ってて、なんだかよくわからないんですけど、ご主人様なのにご主人様じゃないみたいでー』
さらに怪訝な顔をするちゆり。
「なあ、る〜こと。ちょっと要領を得ないんだが」
『あぁーっ! もうなんて言ったらいいんでしょう! 兎に角ですね! ご主人様が変なんですよ! いつも何かしら変ですけれど、今回はそれ以上に!』
さらっと失礼なことまで言ってのけてから、
『あっ、ご主人さまっ!』
る〜ことの叫び声の後、通信は一方的に途切れた。同時に、校庭隅の光が高く頭上へと跳んだ。その光から光る紐のようなものが八方へと伸びていき、あちこちでどんちゃん騒ぎする変な何かを片っ端から捕まえていった。
「出た! ユニコーンだわ!」
 弓美が光を指差して叫ぶ。
「あれがユニコーン!?」
光る紐は捕まえた変な何かを、それぞれ出てきた穴の中へと押し込んでいく。変な何かの数も膨大なら、光る紐の本数も膨大で、何十、何百もの光る紐が縦横無尽に学校のあちこちを飛び回っていった。そして空飛ぶ赤いメイドと近未来の戦闘機も、例に漏れず紐に捕まり無理やり穴の中へと押し込まれていった。頭上高くを跳躍した光は、すとんと綺麗にちゆりたちの目の前に着地した。
「ぶふっ!」
 ちゆりが思わず吹き出す。その光は額より少し上から生えたツノから発せられており、そのツノを生やした少女は他ならぬ岡崎夢美であった。夢美は後ろで三つ編みにしていた髪を解いており、凛とした表情で大量の穴を見つめていた。ツノの光がさらに煌々と輝き、光の紐がさらに数十本、空を伸びていった。
「あっ、あれっ!? この変身してる子、私っ!?」
 弓美が夢美の顔を見て驚愕する。副委員長が首をかしげた。
「なんだ、弓美くん細胞分裂でもしたのかい?」
「んなわけないでしょっ!」
「おいおい! どうして夢美様からツノが生えてるんだ!」ちゆりが弓美に詰め寄る。
「えっと、えっと、ユニコーンが重なったんじゃないかしら」
「どうして重なってるんだ」
「またこっちの世界に落っこちてきたからじゃないかしら」
はぁー? と呆れた風にちゆりは息を吐いた。
「勘弁してくれよ、どれだけ間抜けなんだよユニコーンは!」
間抜けと言われてムッとしたのか、ツノが生えた夢美はじっと無言でちゆりを見つめた。ちゆりは一瞬たじろいだが、しかしそれでも、ツノが生えて、しかもそれが光りながら何十もの紐を伸ばしている夢美の姿に、思わず笑いそうになる。が、必死にこらえた。
「と、兎に角、さっさと夢美様の体から出て行ってもらわないと困るぜ」
ちゆりが念を押すように言うと、夢美はふんとそっぽを向いた。真一がじっと夢美の顔を見つめ、はっとした顔になる。
「あっ、確かによく見ると吉沢とはちょっと顔つきが違うな。変身しているにしても、顔つきが少し大人っぽいぞ」
「うーん?」
真一が呟き、弓美たちはそろって夢美の顔を覗き込んだ。夢美は平然と凛々しい表情を浮かべながらも、それらを少し邪魔そうに顔をしかめた。
「うむ、確かに弓美くんよりも美人だな」
「確かにそうねぇ」
「うえーん! みんなしてひどいー! 松崎くんはそんなこと言わないわよね!?」
弓美は詰め寄ると、潤んだ瞳でじっと真一の目を見つめた。顔を赤くしながら顔をそらした真一は、しどろもどろになりながら答える。
「あっ、あ、お、おうっ! もちろん俺は吉沢の方が好きだぞ!」
「松崎くん……」
見つめあう二人をはたから眺めながら、ちゆりは「しょーもな」と呟いた。
 光の紐は変な何かを穴の向こうに戻しては、その穴を縫うようにして塞いでいった。そうしてしばらくすると、何十何百もの変な何かたちは瞬く間に元の世界へと強制送還されていった。残りは巨大なとかげと穴あけネズミの群衆のみである。光の紐が巨大とかげにむかって十本ほど伸び、ぐるぐると巨大とかげの体に絡みついた。
「なっ、きさま! 偉大なるサールス神さまになんと無礼なっ!」
 ロンド・ロンドはぎょっとして、夢美に拳銃を向け叫んだ。夢美は気にするそぶりも見せずに巨大とかげを光の紐で縛り上げていく。あわててロンド・ロンドに銃を向けるちゆり。
「わー待て待て! 拳銃を下ろせロンド・ロンド!」
「止めてくれるな北白河絵理子よ! 俺はこいつの無礼な行為を止めなければならないのだ! それがサールスとしての義務でもある」
義務なんか知るか! と、ちゆりはロンド・ロンドにぐぐいと銃を押し付けた。
「それにユニコーンさえ倒してしまえば、この星は我々サールスの支配下に置かれる。しかも我々の始祖とかげである偉大なるサールス神さまもいらっしゃるのだ!」
「いい加減にしろよおまえー!」
ちゆりが科学魔法の銃を撃つと、ロンド・ロンドは素早い動きでそれを避け、ちゆりに銃口を向けた。
「ええい! 邪魔をするな! なにも炸裂即死毒針銃を使おうってんじゃないんだぞ! こいつには少しの間眠っていてもらうだけだ!」
「少しってどれくらいだ?」
「だいたい冬が明けるまで」
「却下だ却下!」
「ならお前も一緒に眠れ、北白河絵理子!」
引き鉄を引こうと指に力を込めるロンド・ロンド。ちゆりも引き鉄を絞る。と、突然ロンド・ロンドの体が横に勢いよく吹っ飛んだ。そのままごろごろと地面を転がり、砂埃をたてた。
「わーっ! なにをする北白河絵理子!」
ロンド・ロンドが叫んだ。みると、ロンド・ロンドの体には千百合がしがみついていた。どうやら横からタックルで押し倒したらしい。千百合はロンド・ロンドに馬乗りになると、牙をむいて彼の顔を睨んだ。
「かわいい妹に物騒なものを向けるんじゃない!」
「いやっ、あいつだって俺に銃を向けてるじゃないか! って、北白河絵理子が二人!?」
ロンド・ロンドが千百合を押しのけようとし、するものかと彼女も彼にしがみつく。地面でもみくちゃになる二人。千百合はロンド・ロンドの銃を持つ方の腕を掴むと、大きく口を開けてがぶりと八重歯を食い込ませた。とかげの硬い皮膚でもやはり痛いのか、ぎゃっと叫んでロンド・ロンドは銃をぽいと放り投げた。
 夢美は巨大とかげを縛り上げたまま再び高く跳躍し、巨大とかげをぐいと引っ張った。巨大とかげは別校舎を持ち上げているからか容易くバランスを崩し、そのまま地面の穴へと真っ逆さまに転落していった。放り出された別校舎が地響きをたてて地面に倒れ、砂埃が舞い上がる。
「げほっげほっげほっげほっ」
砂埃に包まれ、皆が咳き込む。
「ああっ、サールス神さまーっ!」
「おいっ! ロンド・ロンド!」
 ロンド・ロンドは腕に噛み付いたままの千百合を振りほどくと、あわてて巨大とかげが落ちていった地面の穴へと駆け出していった。ちゆりが止めようとするも間に合わず、ロンド・ロンドはそのまま穴の中に飛び込むと、巨大とかげとともに向こう側の世界へと落っこちていった。直後、光の紐によってその穴は閉じてしまい、残ったのは裂けた地面だけであった。
「ロンド・ロンド……とかげの神さまと一緒に幸せになるんだぜ」
ちゆりは閉じてしまった穴に向かって呟いた。
 砂埃の中で右往左往するのは、最後に残った穴あけネズミたちであった。彼らの前に夢美がすとんと降り立つと、穴あけネズミたちは四方八方へと散り散りに逃げ出した。しかし夢美のツノから伸びた光の紐が、一匹残らず彼らを捕まえる。そして最後の一つとなった別校舎の廊下の穴へと、穴あけネズミたちを放り込んでいくと、その穴も縫い合わせた。
 砂埃が消えて視界が晴れた時、別世界の変な何かたちはすべて消え去っており、彼らが残していったのはおびただしい爪痕のみであった。
 今度の被害は体育館の比ではなかった。別校舎があった場所にできた巨大な裂け目と、そのそばには倒壊した別校舎。他にも変な何かたちが暴れたからか、本校舎も一部窓ガラスなどが割れていた。
「真一! さっそく取材だ! あの新しい変身少女にインタビューするぞ!」
「待ってください部長!」
 すべての穴を塞ぎ終え、ぼうっと立ち尽くす夢美の元へと走っていく真一と副委員長。夢美の額のツノはふっと消えてなくなり、凛とした表情もぼけっとしただらしのない顔になった。しかしその後も意識が朦朧としているのか、夢美には副委員長のやかましい質問攻めも聞こえていない風であった。それでもめげずに質問を繰り返す副委員長も、普段から殴られ蹴られ慣れているためか、なかなかのしぶとさである。
 ちゆりは尻餅をついている千百合の元へと歩み寄ると、彼女にそっと手を差し伸べた。千百合がちゆりを見上げ、その手をぎゅっと強く掴むと、ぐいと引っ張って彼女を立たせた。
「ありがとな、助けてくれて」ちゆりが照れくさそうに言う。
「いやぁ、かわいい妹のためだからな。当然だぜ」
「なに言ってんだよ」
茶化す千百合の頭を小突きながら、ちゆりはニッと歯を見せて破顔した。


「ちょっと、ちゆり!」
 正気を取り戻したらしい夢美が、ずかずかと大股でちゆりに迫った。その後を追う副委員長の言葉は、やはりことごとく無視されていた。さすがに応えるのか、少々涙目気味だ。
「遊んでんじゃないわよ! この世界に魔力はあったの!?」
「いやぁ、無さそうだな」
「そ。じゃあ早く次の世界に行くわよ!」
夢美がちゆりの手を掴んで引っ張ると、千百合が慌てて反対の手を掴んで引き止めた。
「ちょちょちょちょ、ちょっと待てよ!」
「なによちゆり! 邪魔しないで……あー?」
振り返って怒鳴ろうとし、夢美は首をかしげた。
「ちゆりが二人? ちょっと、なに勝手に細胞分裂してるのよ」
「違うぜ」
「私はこの学校に通っている千百合だぜ」
夢美は千百合のその言葉の頭の中で反芻し、なるほどね、と頷いた。
「この世界のちゆりか。ふぅん……理論通りだわ。やっぱり、私ったら天才ね」
 自画自賛する夢美を、千百合は可哀想な人に向けるような目で見つめた。だが、夢美は自分以外の人間のそんな些細な感情に気を使うほど、繊細な人間ではなかった。夢美は唐突に千百合の髪の毛を数本つまむと、プチっとそれを抜き取った。きゃん、と千百合は可愛らしく鳴いた。
「ふむ、DNAは一致するのかしら。いや、そもそも同一人物なんだし、でも、だとすると両親は? 結ばれる相手まで決まっているなんて、そんな運命じみたもの、可能性で考えれば限りなくゼロに近いし、そもそも平行世界における同一人物の存在には個々人でばらつきがある……だとすると、遺伝子的には異なっていても、ほとんど同一の似通った存在? コピーアンドペーストよろしく、遺伝子情報が使い回されているのかしら。だとしたら、誰に? 世界そのものによる意思……?」
なにやら神妙な面持ちでぶつぶつと呟く夢美に、今度こそ千百合は生ゴミか何かを見るような目を向け、それからちゆりに向き直った。
「なんなんだ? こいつ」
「あー……なんだ、その、気にするな。この人はそういう人なんだよ。ちょっとおつむがアレというか、天才であることに変わりはないんだが……」
「馬鹿と天才は紙一重というやつだな」
 と、横から副委員長が首を突っ込む。それからちゆりと千百合を交互に眺め、
「やー、しかし本当にそっくりだな二人とも」
「まあ、そりゃあな」
副委員長から目をそらす二人。まさか別世界の同一人物などとは口が裂けても言えない。副委員長はしばし考えるような仕草をしたのち、
「わはははっ! 二人ともーっ!」
思わず悪い癖が出てしまったのか、二人のちゆりにまとめて抱きついた。
「きゃあああっ!」
「きゃあああっ!」
二人が同時に副委員長の脇腹にボディブローを決めると、乾いた息を漏らしながら副委員長は膝から崩れ落ち、そのままうつぶせに倒れてしまった。ちゆりが爪先で突くも反応はない。ま、いいか、と二人は放っておくことにした。
 一人ぶつぶつと呟いていた夢美は、突如はっとしてちゆりに詰め寄った。
「というかちゆり、なんで私、こんなところにいるの?」
「あー? 覚えてないのか?」
「なにをよ」
「やー、まー、その」
ちゆりは誤魔化すように笑いながら、素知らぬ風にゲージ粒子観測装置を夢美に向けた。ちょっと、と夢美が異を唱える。
「なんで私を観測するのよ!」
「いやいや、ははは」
「はははじゃないわよ」
観測結果はシロだった。ツノが生えて、空を跳んで、光の紐を炸裂させても魔法じゃないっていうのか……と、ちゆりはこの旅の前途を危惧した。この調子で、一体幾つの世界を回ったら魔力が見つかるのだろうか。そんなことを考えていたのを読まれたのか、それとも顔に出てしまっていたのか、気がついた夢美は慰めるように、ぽんぽんと優しくちゆりの頭を撫でた。
「夢美様……」
夢美を見上げるちゆり。夢美は優しく彼女に微笑み、そのままちゆりの毛髪を数本ぷちっと抜いた。
「あぎゃっ!」
「それじゃ、私は二人の毛髪の遺伝子情報を調べてるから、その間はまだこの世界にいてもいいわよ」
そう言って、ひらひらと手を振りながら夢美は可能性空間移動船へと戻っていった。
「ちゆりに優しくないやつだな、あいつ」
「まったくだぜ」
千百合が顔をしかめながら呟くと、ちゆりは頭を押さえながら笑った。
「しかし、こりゃあずいぶんとひどいことになったな。まるで地震か何かのあとみたいだぜ」別校舎の惨状を眺めながら、ちゆりが呟いた。
「あー、ほんとにな。こりゃあ、校長と教頭が大喜びするぜ」と千百合が呆れた風に言う。
「あーん? どういうことだ、それ」
千百合の顔を覗き込むようにして尋ねると、
「昼休み、お前と会う前に、私遅れて来ただろう?」
「ああ、教頭に捕まっていたとかなんとか」
「その直前にな、聞いていたんだよ。ある事を」
「ある事?」
「七不思議、残る最後の一つの真相だぜ」
と千百合はいたずらっぽく笑った。


「いやはや、体育館に続き、まさか別校舎までとは……」
 冠島教頭は校長室から校庭を見下ろした。校庭には全校生徒が集められており、教師によって安否確認のための点呼が行われていた。偶然にもその日は別校舎での授業がなかったため、倒壊したその時に別校舎にいたのはちゆりたちのみであった。なので別校舎倒壊に巻き込まれた生徒や教員はおらず、まもなく生徒は全員帰宅させられることとなった。
「まったく、信じられないことばかり起きますな」
「まあ、けが人や死者が出なくて何よりでしたな。別校舎は失ったが、我々としてはありがたい限りだ」革張りのソファーに深く腰掛け、織錦校長はふんと鼻で笑った。
「なにせ、生徒の保護者から寄付金を集めるいい口実になる」
「わははは! いやまったく、違いない」
「と、まあ、こんな感じだぜ」
 突然の声に、冠島教頭と織錦校長は声のする方を振り返った。校長室の入り口にちゆりと千百合、それに副委員長とカメラを手にした真一が立っていた。
「おっ、前たち! 何を勝手に入ってきとるんだ!」
慌てて冠島教頭が怒鳴るが、それを意に介さず副委員長はずかずかと校長室に入り込んだ。その後を追うようにちゆりたちも中に入る。ちゆりは二人の姿に見覚えがあった。一人は例の冠島教授、そしてもう一人の方は同じ学会の織錦教授と全く同じ顔であった。冠島はこの世界でも馬鹿をやらかしているのか、とちゆりは呆れ返った。
 千百合の姿を見た二人はぎょっとして、
「ききき、北白河くんっ! 君はっ、何も見ていないとあの時っ!」
「なにも見てはいないがな。実は聞いていたんだ。聞いていたか? って聞かれなかったから答えなかったんだが、なんで聞かなかった?」
「うむむむむっ! 詭弁をっ!」
冠島教頭と織錦校長は恨めしそうに千百合を睨む。千百合は「実は私、進学したら京都の大学で詭弁論部に入りたいと思っていてな」とちゆりに耳打ちした。
「織錦校長、新聞部です。今お話ししていたこと、もうちょっと詳しくお願いできますか?」
「い、今話していたって、なんのことかね」
「いやぁ、織錦校長もまだまだお若いんですから、ボケるにはちと早すぎませんかね。寄付金のことですよ、寄付金。先ほど聞いた限りだと、まるで寄付金の使い込みでもしているかのように聞こえたんですが」
「わ、わはははは! 何を根拠にそんなことを!」
冠島教頭が副委員長に詰め寄った。だが、少し焦っているのか頬を一筋汗が伝っている。
「大体、そんな証拠がどこにあると言うのだね!」
 と言いながらも、二人の視線はやたらと壁に掛かっている額縁の方へちらちらと向けられていた。あからさまに怪しいので、ちゆりがその額縁の方へ向かうと、あっ、と声を漏らす冠島教頭と織錦校長。デフォルメされた恐竜のような絵が飾られた額縁を外すと、その裏には壁に埋め込まれた金庫があった。やっぱりな、と呟き、ちゆりは皆の方へと向き直った。
「この中にあるんだろ? 二重帳簿」
「わは、わはははは……残念だがそれはわからないぞ! その金庫は開けられるまで中に二重帳簿があるかもしれないし、ないかもしれない。重ね合わせの状態だ」
「シュレディンガーの猫かよ。じゃあ、開けて観測してみようぜ」
「それは断る」
 仕方ないな、とちゆりは銀色の液体が入った瓶をバッグから取り出した。ふたを開けると、銀色の液体はまるで意志を持ったかのように瓶から抜け出し、そのまま金庫の鍵穴へと入っていった。すると、金庫のダイヤルは自動的に回り始め、最後にガチャっと鍵が外れる音がした。ハンドルをひねると、金庫の扉は事もなげに開いた。
「うわあああっ!」
 織錦校長が金庫に飛びつこうとし、しかしすんでのところで副委員長が先に金庫の中から二重帳簿を取り出した。
「これはスクープだぞ! 真一、写真撮れ写真!」
副委員長が二重帳簿を胸の前に掲げると、その左右に並んで冠島教頭と織錦校長がピースサインをした。そこで真一がシャッターを切り、しょーもな、と呟きながらちゆりは銀色の液体を瓶に戻した。
「なんだそりゃ」千百合が、瓶の中に戻っていく銀色の液体を指して言った。
「流体多結晶合金……まあ、言っちゃえばナノマシンだぜ。鍵開けとか小さな機械の修理に使える」
 ちゆりは瓶のふたを閉めると、それをバッグにしまい、代わりにタブレット端末を取り出した。『修理工事がされない体育館→校長と教頭による寄付金の使い込み。魔力なんてあってたまるか』とメモをし、呆れた風にため息をつく。七不思議の全てを解明したが、結局魔力が観測されるようなものはなかった。むしろなんで魔力が存在しないんだよ! っていうやつばっかりだったな、とちゆりは思った。
「それで、どうするんだ?」千百合が顔を覗き込んで訪ねた。
「とりあえず……お腹がすいたな」ちゆりがお腹を撫でながら言う。
「なんだそりゃ」苦笑する千百合。
「疲れたんだよぉー! 無駄骨だったぜ。全部無駄骨だったぜ! あげく、トリがこれかよ! こんなおっさんどもの寄付金使い込みとか馬鹿かよ!」
「おーおー、かわいそうに。よしよし、お姉ちゃんが慰めてやろう。なんか美味いもん奢ってやるよ。臨時収入もあったことだしな」
 ぽんぽんとちゆりの背中を叩きながら、千百合は制服のポケットから一万円札を数枚取り出した。それを見た織錦校長と冠島教頭はぎょっとして、彼女に掴みかかろうとした。しかし、突然ぞろぞろと校長室に雪崩れ込んできたガタイのいい生徒たちに、すぐさま取り押さえられてしまった。体育館を拠点とするバレー部とバスケ部の部員であった。ニヤリと笑みを浮かべる千百合。
「おい、その金まさか……」
「口止め料としてな、あの二人に渡されたぜ。何も見てないのになー」
「お前、我ながらひっでぇ奴だな」
「おっと、だが喋っちゃいないぜ。あいつらが勝手に自白しただけじゃないか」
「じゃあ、こいつらも?」
 ちゆりが校長と教頭を取り押さえる生徒たちを見た。床に組み伏せられた二人の上に何人ものしかかっている様は、どちらかといえばアメフトのようであった。二人は抵抗する気が失せたのか、それとも気絶でもしたのか、だらんと伸びてしまっていた。
「校長室で面白いことが起こるから来いって、呼んでおいたんだ。体育館の修復がされなくて、一番怒っているであろうやつらだからな」
はぁー、と呆れを通り越してむしろ感心しながら、ちゆりは感嘆した。
「おまえ、詭弁論部でもうまくやっていけそうだな」
「まあな。で、何が食べたい? 犯罪者の金で喰う飯はきっと美味いぞ」
「うーん、シーフードかなぁ」
「おっ、気が合うな、さすが私。街の方に美味い魚介類の店があるから、そこに行こうぜ。エレンたちも誘ってな」
 とうとう全員で記念撮影を始めた副委員長らを背に、二人のちゆりは校長室を後にした。


 翌日、案の定学校は休校となっていた。別校舎の倒壊に加えて、校長と教頭の不祥事が起きたので、当たり前ではある。校庭には何台ものダンプカーやショベルカーが集まっており、倒壊した別校舎の取り壊しや、地面に空いた大穴の埋め立てが行われていた。そんな校庭の一角、可能性空間移動船が停泊している隅っこに、ちゆりたちはいた。
「もっとゆっくりしてけばいいのに」千百合が名残惜しそうに呟く。ちゆりは苦笑しながら彼女の頭を撫でた。心地好さそうに目を閉じる千百合。
「そうしたいのは山々なんだがな。あんまり長居しても夢美様に怒られるんだ。だから名残惜しいが、さよならだぜ」
「もっといろいろと話したかったぜ」
「私もだ」
 どちらからともなく手を差し出し、がっちりと握手を交わす二人。その手がそっと解かれると、横から熱の手が差し出された。
「魔力を見つけたら、またこの世界に遊びにきなさいよ。今度はゆっくりとね」と理香子。その手を握ると、彼女も柔らかく握り返した。
「そしたら魔法のこととか、別の世界のこととか教えてほしいな!」とエレン。彼女の手は小柄なちゆりと比較してもなお小さかった。いま小さいって思ったでしょ! とエレンが怒鳴り、ちゆりは笑って誤魔化した。
「新しい七不思議が生まれたら、今度はそれをお教えしますね」と佳奈。その手を握ろうとするも、ちゆりの手は空を切るだけであった。驚いて佳奈を見ると、彼女はにっこりと微笑み首を傾げていた。よく見ると、なんだか薄っすらと透けているように見えた。
「お前……」
ちゆりはゲージ粒子観測装置をバッグから取り出そうとして、それをやめた。多分、疲れているんだろうと思い込むことにした。それに、
「友達に無粋なことはするもんじゃないしな」
「うふふふ」
 佳奈が嬉しそうに笑い、状況を把握できていない千百合たちは首を傾げた。と、夢美が背後からちゆりにそっと近づき、両方のこめかみにどすっと親指を突き立てた。途端に叫び声をあげながら地面を転がるちゆり。
「ぎゃあああっ! わっ、割れるっ! 身体が割れるううっ!」
「友達には向けなくても、私には向けるのね、ちゆり?」
「げっ、夢美様……」
「ほら、もう出発するから準備なさい」
「はぁーい」
ちゆりはこめかみを押さえながらしぶしぶ返事をした。そして千百合たちに向き直る。こんな時に気の利いた言葉一つ出てこないんだもんなぁ、と自分自身に呆れながら、
「……それじゃあな」
ちゆりは皆に背を向け、船に乗り込んだ。
 船からS型コイルの回転音とミューラー回路ユニットの起動音が重く響き、突如千百合たちの目の前の空間がぐにゃりと歪んだ。時空が裂け、球体の穴が向こう側の世界を映し出していた。呆気にとられる千百合たちを前に、その穴は大きくなり、船を飲み込んでいった。船が完全に飲み込まれ、向こう側の世界に行ってしまうと、途端にあたりはしんと静まりかえり、穴はすっと収縮して消えた。それからまるで今まで忘れていたかのように、重機の音が響き始めた。
「行ったのね」
 背後から声がかけられ、千百合たちは振り返った。そこには風紀委員長の琴姫が、どういう訳かサングラスをかけて立っていた。見た目だけはお嬢様といった風な彼女に、そのサングラスは驚くほど似合っていなかった。彼女の肩の上では、鸚鵡が千百合を見て「チユリチャンッカワイイッ」と鳴いた。
「わはははは! なにそのグラサン! 似合わなーっ! あははははは!」
お腹を抱えて笑う千百合の頭を引っ叩いて、琴姫はポケットから何やらペンライトのようなものを取り出した。千百合はヒーヒー言いながら、目に涙を浮かべている。そんな千百合に、エレンたちは呆れてため息をついた。
 と、そこで千百合はあることを思い出した。昨日、清掃時間中に琴姫から聞かれたことであった。あるものを見なかったか、と訊ねられたのだ。確か……
「なあ、委員長。あんたあの時、確か……」
 カメラのフラッシュのような光が周囲を走った。確か……と呟いたまま、千百合は何をするでもなくぼうっと口を開けたまま突っ立っていた。エレンや理香子がや佳奈も、同様に何が何だかわからない、ということすらわかっていない様子で、そこに立ち尽くしていた。一瞬の眩しさののち、何かをぽろっと忘れてしまったかのように惚ける千百合たちに、琴姫はサングラスを外しながら言った。
「あなたたち、なにやってるのよ。今日は休校よ? ほら、はやく家に帰りなさい」
そういえばそうだった、といった風に、千百合たちは顔を見合わせた。
「あ、ああ……そうだな……」
「そうよね……そういえば休校だったんだわよね! それなのに登校するなんて、あー、なんてマヌケなんだろう」
「まあまあ、ドンマイ千百合ちゃん!」
「あら、そういうエレンだって来てるじゃない」
 四人はいつものように談笑しながら、学校を後にした。残った琴姫はふぅ、と息を吐き、
「まったく、少なくともこの世界で技術が確立するまでは、別世界の存在はあくまで非現実的なものでなくちゃ困るのよね。じゃないと、変にインスピレーションでも与えちゃうと、不当な技術を生み出しかねないもの」
あー、疲れたー、と琴姫は手を空にあげて伸びをした。
「オツカレッ、コトヒメチャンオツカレッ」と鸚鵡が鳴いた。
あああ、あからさまなパロディネタだらけに……。
次はパロディネタは少なめにします。少なめに……できればいいんだけれど。もしくは秘封倶楽部で一つ何か作りたい。蓮メリちゅっちゅ。

魅魔さまとか出したい。
雨宮和巳
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コメント



0.160簡易評価
1.100名前が無い程度の能力削除
さよりなゆみみはたらきアップルしましまてきぱきちまりま……
竹本ネタとの親和性が良いですね。うじゃうじゃ
2.100名前が無い程度の能力削除
自分としてはネタ多めで全然、構いませんよ。むしろバッチコイです
3.100名前が無い程度の能力削除
面白かったです
でも魅魔様の女子高生姿ならちょっと見たかったかも
6.90奇声を発する程度の能力削除
面白く雰囲気も良かったです