「エッチはエッチでもHELLのHだけどな! 起きろ! マスかきやめ! パンツ上げろ!」
海兵隊の朝は早い。
太陽が昇る頃には顔を洗い、軍服に着替えておかなければならない。
一分でも遅れれば厳しい叱咤。それは幻想郷でも同じことだった。
「ボブ13号! お前は気持ちが緩んでいるぞ!」
「田吾作ですマム!」
「口答えをするなぁ!」
ビシィ、という高い音が、張り詰めた朝の空気に響き渡る。
ボブ13号(田吾作)は、敬愛しているキャプテンからのビンタに頬を染めた。二つの意味で。
「いいか! お前らは等しく○○だ! 生きる価値のない×××××だ! わかったか●●●●にも劣る■■■■どもめ!」
「イエス、マムっ!」
並んだ子供たちは一糸乱れずに整列し、腕を後ろに組んで直立不動の体勢を取っていた。
寺子屋に通う、人間の里の子供たちである。
我らがキャプテン、村紗水蜜もまた、熱き海兵隊魂を持った少女だった。
白蓮と喋るときには常にマムを付ける。
己に優しく、他人に厳しい。同志ナズーリンの寸評が、ムラサの人間性を端的に表していた。
もちろん彼女の作るカレーライスは、ルーがカレーの王子様である。
一度、バーモントカレー(甘口)に挑戦しようとしたのだが、熱き海兵隊魂を持ってしても、その辛味には膝を折ることになった。
「こんな辛いものは人間の食い物じゃねぇですよ! あとディ○ニーランドの食堂たけぇよ!」
ほんとは肉じゃがのほうが好きなキャプテン。
水兵ならカレーだよね? という、白蓮のチョコレートケーキに練乳をぶっかけまくったような甘言さえなければ今頃は立派なパティシエさんだったはず。
破れた夢に夜な夜な枕を濡らしているのを、一輪は多少うざったく思っているのだった。
そんな彼女はひょんなことから、寺子屋の教師を務めることとなった。
歴史の半獣であり、里の守護者でもある上白沢慧音は、生徒のことで悩んでいた。
「もう寺子屋に行きたくないよ」
「なぜそういうことを言うんだい? 私は悲しいな」
手を差し伸べようとして、振り払われる。悲しくなった。
「だってみんなが私を無視するし、悪戯だってされるんだ。れっきとした虐めだよ。私はあんな寺子屋に通いたくない」
「ふむぅ……でもそれはちょっといけないと思うよ?」
「なんで!」
声を荒げられても、世の中には、言わなければいけないことがあるのだ。
「だって慧音、お前は先生じゃないか」
「うわぁん妹紅のばかぁ」
あまりに歴史の授業を聞かない子供たち。
そして、わざと宿題を忘れたと申告する農家のオヤジのせいで、慧音は幼児退行を引き起こしてしまったのだ。
「慧音を治すには、子供たちの意識改革をしなければならない」
子供たちの教育にも赤い革命を。
背中に慧音をおんぶした妹紅は、ガラガラを打ち鳴らしながら命蓮寺へと駆け込んだ。
襟元がよだれで汚れているが、妹紅はさほどそれを気にしていないようだったと、一輪は後に語った。
むしろ喜んでいるような表情さえ見えたと、お茶を出した星は語る。
「な、可愛いだろう。慧音って言うんだ」
「ええ、可愛いですね」
「ママー」
慧音に裾を掴まれた妹紅は、慈愛に満ちた表情を向ける。
このままのほうが幸せなのでは、と白蓮は思わず言いかけたが、そういうわけでもないらしい。
「私個人としてはこのままでも全然構わないんだが、寺子屋が機能しなくなると、昼間子供たちを預かる場所がなくなるんだ」
「ふむ」
寺子屋は勉学を子供たちに教えるだけでなく、昼間は仕事に出ている大人たちに代わり、子供たちを預かる場所である。
これが機能しないとなると、里全体が上手く回らなくなってしまうのだ。
「慧音は私がなんとかするから、それまで貴方たちの力を貸してほしいんだ。
博麗の巫女は役に立ちそうにないし、守矢の風祝は面識があまりないし。
聖白蓮。貴方はとてもバランスの取れた人物だと聞き及んでいる。どうか手を貸してくれないか?」
「力を貸したいのはやまやまなのですが、私はこの寺をそう簡単に離れるわけにはいかなくて」
「そう、か……」
白蓮の返事に、妹紅の表情が曇った。
これから慧音を連れて、一緒に水遊びをしようと考えていたのが台無しになってしまう。
自分をママだと信じ込んでいる慧音に、よからぬことを吹き込むのはとても簡単だろう。
これは滅多にないチャンスだったはずなのに。
妹紅は悔しさに下唇を噛んだ。
「ですが、里のために私たちも貢献したいと思います。ムラサ、一輪。おいでなさい」
白蓮が手を叩くと、エプロンを付けたムラサと、顔にパックをした一輪がそそくさと現れた。
「呼びましたか聖」
「姐さん何用で? ってお客様! ごめんなさいごめんなさい!」
慌てて引っ込む一輪に対して、ムラサはあえて攻めにでた。エプロンと言えば裸エプロン。
「なんで脱ぐんだよ」
「ちっ……。なかなかやるわね」
目論見を妹紅に見抜かれたムラサは、脱ぎかけのセーラー服を元に整えた。
あくまで自然でなければいけなかったからだった。
「ムラサ。貴方にお願いがあります」
「はい。聖の言うことならばなんなりと」
「貴方は優れた教育者としての一面があるとのことですね。その素養を見込んで、藤原さんのお手伝いをしてあげなさい。
一輪も一緒に連れて行っていいから」
「雲山は?」
「雲山は山に捨ててきなさい」
「わかりました」
こうして、ムラサのパーフェクト海兵隊教室が始まることとなった。
初めに断っておくが、ムラサはにわか海兵隊員である。
海兵隊に関しての知識は主に映画と伝聞に頼っており、とてつもなく偏っている。
しかしそれに関して突っ込みを入れる者も幻想郷には居ないので、なんとか上手く回っているといった具合だ。
「今日からこの寺子屋の教師を務めることになりました。村紗水蜜です」
「助手の雲居一輪です、よろしくお願いします」
二人が教壇に立って挨拶しても、クソガキどもはわいわいガヤガヤ。
一人たりとも彼女らの言葉に反応しないでいた。
「ムラサ……思ったより大変そうだよ?」
「私に任せなさいって。ここに名簿があるわね」
名簿には田吾作やら与吉やら平蔵やら、いかにも田舎な名前から、エリーゼやアンドレと言った西洋風の名前まで並んでいる。
幻想郷人の名前は、割と緩く付けられているのだ。
教室の顔ぶれも、黒髪黒目の典型的に日本人から、黒っぽいトレンチコートの金髪碧眼まで様々だ。
「よしじゃあ、男の子の名前はボブ、女の子の名前はエミリーに統一しましょう」
「いいの!?」
「海兵隊に個性は必要ないわ……」
「ムラサ。ここは寺子屋よ。ベトナムに行くわけじゃないのよ」
「一輪こそ何を言ってるの? 私は聖から、教育者として派遣されてきたのよ。
ここのやり方を踏襲するんじゃなくて、私なりに全力でぶつかる所存なのよ」
「その考え、人格が悪魔に支配されているわ!」
「あーあー」
発声練習をしつつのムラサは、手で一輪の反論を遮った。
子供たちは相変わらず、二人に対して欠片の興味すら持っていない。
「よく聞け××の息子娘ども! 私の名前はキャプテン・ムラサ! 上白沢慧音からの依頼で私はここにいる!
これより私のことはキャプテンと呼べ! みじめなクソ地獄に落ちたくなかったらな!
いいか貴様ら! 今より貴様らに人権は存在しない! 守矢の蛙神の●●をかき集めた値打ちしかない!
合宿形式でじっくりとかわいがってやる! 泣いたり笑ったり出来なくしてやる!
そこの貴様! その反抗的な目はなんだ! 来い!」
ムラサはボブ一号(与吉)の胸倉を掴むと、そのままビンタを張った。
慧音先生からの体罰大好きのボブ一号(与吉)もびっくりの体罰だった。
「ビンタは殴ったほうも痛いんだ。わかるか! 貴様らはこれからいっぱしの海兵隊員になるべく努力することになる!
その日まではウジ虫だ! 地球上で最下等の生命体だ! 口で●●たれる前と後に『マム』と言え! 分かったかウジ虫!」
「イ、イエスマム!」
その時、寺子屋に通う子供たちは、自らの中に新たな属性が芽生えるのを感じていた。
今までは悪戯をし、真面目な慧音を困らせることに生き甲斐を感じる。これがこの寺子屋に通う者の通底にある認識であった。
しかし、セーラー服の厳しいお姉さんに叱られるのも悪くはないと、ボブたちとエミリーたちは互いに目配せをした。
*きゃぷてんと作る たのしい カレーの作り方
材料 ( 4~5人分 )
鶏手羽(鶏ももでも)7本
たまねぎ 大1個
にんにく 1個
しょうが(すりおろし)小さじ一杯
鷹の爪 3本
カレーの王子様 1箱
水 1カップ
スマイル 0円
チョークでカカカッと、カレーのレシピを殴り書きするムラサ。
丸文字はセーラー服を着ているものとしての当然の嗜みだ。
「最初の授業は野外での飯盒炊飯とする! 私がこの世でただ一つ我慢できんのは―――福神漬けを忘れたカレーだ!」
「イエスマム!」
ボブたちとエミリーたちは、先ほどの演説ですっかり従順に変わっている。
あるボブは鶏肉を探しに、またあるエミリーは玉ねぎを盗みに畑へ、また一輪はムラサに命じられ、紅魔館に貯蔵されているカレーの王子様を盗みに旅立った。
残されたボブたちとエミリーたちは、手馴れた様子で薪を集めて野外炊飯の準備をしていた。
「海兵隊に必要な物は常にカレーだ。我々はインド人よりもカレー好きでなければならない。
我々とカレーはまさしく一心同体。カレーが食えないとき我々は死ぬ。しかしカレーがある限り、我々は不滅だ」
ムラサはこのとき唐突に、肉じゃがが食べたくなった。
パティシエさんの夢が今でも捨てきれない甘味少女ムラサが、カレーよりも肉じゃがが好きなのは周知の事実である。
「あー、コホン。やっぱり肉じゃがでもいいよ。ほら、カレールー集めてくるの大変だし、醤油と砂糖で肉じゃが作ろう」
「イエスマム!」
一輪は美鈴に追い返されて帰ってきた。
肉じゃがもまた、カレーの影に隠れてはいるが、日本の海軍にとってのソウルフードである。
日本の軍人、東郷平八郎が留学先で食べたビーフシチューの味を非常に気に入り、日本へ帰国後、艦上食として作らせようとした。
しかし、ワインもデミグラスソースも無く、そもそも命じられた料理長はビーフシチューなど知らない。
こんなとち狂った指令を解決すべく、逆ギレして醤油と砂糖を使って作ったのが始まりという、相当頭のネジが吹っ飛んだ料理なのである。
「……美味いッ!」
ムラサはボブ11号(平蔵)の皿の前で唸った。絶妙な濃さで味付けされたじゃがいも。
彼が女の子であれば、お嫁にしたいランキングで最上位を獲得することは間違いないだろう。
「よくやった貴様! うちに来てぬえをファ●クしていいぞ!」
「何言ってんのムラサ!」
一輪のツッコミを流しつつ、ムラサは頬を紅潮させながら、肉じゃがを貪った。
「ねえ、そんなに美味しいの?」
肉じゃがはまず、全てムラサが試食することになっていた。
子供たちも正座しながら待っているのだが、ムラサが食べ終わるまではありつけないことになっている。
「一個もーらい」
ムラサの皿から一番大きなじゃがいもをつまんで、口に放り込む。なるほどこりゃ美味いと頷く一輪。
その瞬間、ムラサは血を吐いた。
「私の……じゃがいもっ……。ゆ゛る゛さ゛な゛い゛……」
フォークでじゃがいもを突き崩す虚ろな目をしたムラサ。
それを見て、食べ物の恨みは怖いと実感した一同であった。
一輪は気にせずにもう一個食べた。
みんなで肉じゃがに舌鼓を打ったあとは、お皿を洗わなければならない。
「ピッカピカに磨き上げろ 聖白蓮でも●●●したくなるようにな!」
けれども公式設定で、美少女にはそういった物は存在しないことになっている。
つまりこれはムラサの勘違いである。
ムラサの考察の浅さには思わず一輪も失笑である。
「姐さんは泥水を触れただけで芳醇なワインに変える聖女よ。パンがなくて飢えていた私に、字面が似てるパンツをくれたもの」
一輪はそれを売ってパンとワインと干し肉を買ったのだが、それはまた別のお話。
ムラサは、教師としての腕も多分超一流である。
「エ、エミリー、サボって何をしているかと思ったら、タバコなんか吸って……!」
「うるせーな、いいだろタバコぐらい!」
「タバコなんてげふげふっ! ごふっ!」
「せ、先生!?」
「説明しよう」
「一輪さん!?」
「ムラサは船幽霊……! 船幽霊と海坊主はたびたび同一視されることもあるの……! そして海坊主は……タバコに弱い!」
「そんな! 先生死なないで! あたしこんなつもりじゃなかったんです!」
「フフ……ハードボイルドには、なりきれなかった、よ……」
「センセーッ!」
通訳から解説役にランクアップした一輪は、その後も雲山を吸い込んで悶え苦しんでいたムラサのことなどを延々と語ったが、無視された。
ボブたちとエミリーたちは海兵隊員であるから、もちろんのこと訓練を怠らない。
妖怪の跋扈する幻想郷では、もしものときが常に傍にある。
「まずは体力だ! 行くぞ!」
幻想郷の子供たちは意外と体力がない。というのも野山を駆け回る経験が、里の外に出れないために少ないのだ。
そんな、現代っ子並のもやしっぷりにも、ムラサは屈した。
「じ●いのファックの方が……まだっ……気合いが入ってる!」
コスプレ水兵少女でしかないムラサにとって、ランニングなど苦行中の苦行。
子供たちを引き連れなければいけない立場の癖に、息も絶え絶え顔も真っ赤という有様だった。
「海兵隊はこの程度の試練を耐えなくてはいけないのだ」
五十メートル走っては手を膝に当て、肩で息をする。
百メートル走っては一輪にしなだれかかって小声で泣き言を呟く。
「ほうれん草が足りないの……ポパイ印のホウレン草缶をちょうだい……一輪」
「缶切りないから缶ごといっとく?」
結局一番後にゴールしたムラサは、皆に拍手で迎えられて大泣きした。
「ベトナムに行く前に戦争が終わっちまうぞ、アホどもが……!」
ムラサとボブたちとエミリーたち。絆が確かに結ばれた瞬間だった。
一輪はわりと空気だった。いつものことだった。
ボブたちとエミリーたちは海兵隊の卵である。そんな彼ら彼女らにも、巣立ちの日はやってくる。
即ちそれは、ムラサとの別れも意味していた。
誰しもが俯き、教壇に立つムラサの言葉を待った。一輪など、既に涙を拭っている。
「いいか貴様ら」
ムラサもまた、目一杯に涙を溜めている。
「本日をもって貴様らはウジ虫を卒業する
本日から貴様らは海兵隊員である
兄弟の絆に結ばれる
貴様らのくたばるその日まで
どこにいようと海兵隊員は貴様らの兄弟だ
多くはベトナムへ向かう
ある者は二度と戻らない
だが肝に銘じておけ
海兵は死ぬ
死ぬために我々は存在する
だが海兵は永遠である
つまり―――貴様らも永遠である!」
泣き崩れるムラサと、駆け寄る教え子たち。そして、胴上げされる一輪。
寺子屋の子供たちはこのとき確かに、海兵隊の魂を受け継いだのだ。
ありがとうキャプテン。
さようならキャプテン。
でもベトナムってどこなんだいキャプテン。
そもそも幻想郷には海がないから、海兵隊って単語があるのがおかしいよ、キャプテン。
完
めーりんちゃんと仕事した!
キャプテン!知識に偏りがありすぎです!
そして、自分も鈴仙で似たようなネタ(海兵隊式ペット養成)を書きかけで放置してたのを思い出した。いずれ形にしてみたくなった。
>その考え、人格が悪魔に支配されている!
自分もこのRPGシリーズ好きだ。
ものによって方向性が大分違うけど、読み物としてのおもしろさは『核姫』が最高だと思う。
なんかそのギャグセンスが好きだwww
随所でしっかりと笑わせられ、腹筋がやばいことに……。
完成度の高いギャグSSだと思いました。
よかった…
一輪は空気なんかじゃなかったんだ…
さりげなく後書きwww
伏字にツッコんで差し上げた方がよろしくて?w
赤面してから大笑いしてしまった
ただ個人的にはどうせフルメタパロるんなら
「俺は厳しいが公平だ 人種差別は許さん
黒豚、ユダ豚、イタ豚を、俺は見下さん
すべて平等に価値がない! 」
も入れて欲しかったww
紅魔の霧をも越える力、それは………アメリカ軍だよ!
それにしても一輪のポジションが絶妙で面白かった!
一さん頑張れ!
カオス以外にコメントが浮かび上がらないwwwwww
しかしなんで一輪が胴上げされてるんだろうwww
>「雲山は山に捨ててきなさい」
もう限界でした。
駄目すぎる妹紅から笑いっぱなしだった。
肉じゃが作ったあと、残ったらカレーも作れるれよ!!
ムラサの甘党なところにいちいち萌えたのは俺だけで構わない。
>「雲山は山に捨ててきなさい」
>「わかりました」
2人とも即答www
ありがとうキャプテン!
ありがとう,キャプテン・ムラサ
着用済だったら家建てられるだけの額になるだろうからな。
そんなわけで、滝修行で肢体を濡らした慧音先生を見にいきますね。
俺の見立てではこの里は年内に滅びるww
突っ込み所が多すぎて体力の限界ですマム!寺子屋が変態の巣窟になり果ててるのを見たら慧音は あ、ここの慧音も変態だったっけwww
何イッてんのムラサ!(全体的に
でも面白かったぜ
コスプレにわか海兵隊少女軍曹、カピタン・ムラサ可愛いよ。
息切らしながら完走するところとか、思わず感涙。