<新着分>
一二月二五日(土)
一二月二四日(金)
一二月二三日(木)
一二月二二日(水)
一二月二一日(火)
一二月二〇日(月)
<目次>
一.徒然事(一) 一一月二九日 ~ 一二月〇五日
二.コウ雪異変 一二月〇六日 ~ 一二月一七日
三.???? 一二月一八日 ~
さて、始めに書き記すこととして適当かどうかはわからないけれど、ひとまず私がいま気にしているのは、この読み物の名前だ。こうして紙を束ねて本の形としてみると、その表紙には大きく題を記してやりたいと思うのがやはり人情ではないだろうか。そうでもないか?
まあ、本と言っても、そもそも誰かに見せることがあるかすらわからない。と言うか、おそらく誰にも見せないはずであって、うん? 誰も読まないとなると、つまりこれは厳密には読み物とは言えないのだろうか?
読み物でないのに題名に凝るというのも少しおかしな話かもしれない。いや、だがこれは気分の問題なのだ。私以外の誰も読まない。つまり私に限れば、読み返したりするかもしれないじゃないか。
そう、ここに書くことは誰にも見せるつもりは無い。私以外の誰にも読まれることなくいたずらに綴られゆく文章たちには申し訳ないことだが、しかし許してほしい。こうやって書いたものを人に見せるなんて、私でもやはり恥ずかしいのだ。
そして、いずれ時が来たら。
いや、時が来る前に、か。
この紙の束は、私の手できっちり焼き払われているはずだ。誰にも見せないというのは、そういうことだ。いずれ未来、この書物が私の管理を離れるその時に形を残してしまっていては、そのうち誰かに見られてしまうという可能性が生じる。そいつはなかなか恥ずかしい。未来の私は恥ずかしさなど感じる事はできないだろうけど、代わりに今の私が恥ずかしいのだから問題無い。
未来。具体的には、一年後だ。
と言うのも、どうやら私、博麗霊夢はきっちりそのくらいで死ぬらしいのだ。
どうして、どうやって死ぬのかとか、そのあたりはさっぱりわからない。ただ、死ぬということそれだけ。なぜかそれだけがわかる。なぜそれがわかるのかは、よくわからない。いつもの勘だと思わないこともないけど、なにか勘以上の強い確信が私の中にあるように感じられる。
まあ、こんなのを書き始めているのもその影響というわけだ。無為に過ごしてみるには一年は長いし、せっかくだから死ぬ前にひとつ残してみようかっていうね。
ってあれ? 焼き払うんじゃなかったのか? うーん、まあいいか。
私は今まで、日記というものを書いたことが無い。
これが日記なのかというとまた少し違うようにも思うけど、継続して書くという意味では変わりない。しかしいざ書こうとしてみると、特別書くことなんてそうそう無いわけで。結局は日常のふとしたことをつらつら記すくらいになってしまうんじゃないかと思う。うん、どう見ても日記だ。
さて日常のふとしたことを書いてみようなんていっても、やはり慣れてないからか、文章がなかなか浮かんでこない。というわけで、いつものごとく我が神社に来ていた普通の魔法使いこと霧雨魔理沙に、日記ってどんなこと書いてる? と訊いてみたのだけど。これがまた冷たい奴で。そりゃあ、うん、日記だから日々のことでも書いてるんじゃないか、なんていかにも適当に答えるのだ。いいじゃんけち、教えてよ、と私。やだね、と魔理沙。そんなこんなで魔理沙が日記をつけているという驚愕のような意外としっくりくるような面白い事実が明らかになったので、この一年のうちになんとか機会を見つけて覗いてみたいと思う。
まあ実際、日記に何を書いているかなんて、訊かれたとしても適当に答えるか教えてやらないかだ。私が魔理沙の立場でもああいうふうに答えるだろう。いや、違うな。私だったら、日記をつけているだなんて事実を相手に握らせたりはしない。神社には専属の覗き魔がいることだし。まったく、覗き魔みたいな奴こそいないにしても、魔理沙は少々抜けていると言わざるを得ない。私もそれほど遠くないうちにいなくなるというのに。魔法使い連中の輪の中、こんな隙だらけでいて大丈夫なんだろうか。
と思ったが、まあよく考えてみると、他の魔法使い連中というのもたいがいお人よしか。魔理沙のことを迷惑がってはいても本気で怒ったことは無い。魔理沙が本当にまずいことをしでかさない限りは、年上の矜持を持って優しく見守ってくれるだろう。まったく魔理沙も友人に恵まれたものである。恵まれた友人というのにはもちろん私も含む。自分がいなくなった後のことをこうやって心配してやっている、うむ、我ながら素晴らしい友人である。自画自賛だけど、事実なんだから仕方ないね。
八九〇。八、九、〇と数えているわけではない。はっぴゃくきゅうじゅうだ。
これは、この本に記述していく上で定めた制約の一つだ。何かというと、ずばり文字数。一日あたりに記す文字数だ。
こんなもの決めないで好きなようにやっていこうかとも思ったけど、どうもそれだとうまくないことになる気がする。昨日から繰り返すが、私はこういうものを書くのは初めてなのだ。書くのに不自由しないようなイベントが毎日々々起こってくれるわけでもないだろうし。こうやって文字数でも決めておかないと、今日はいつもどおりだった終わり、なんてしょうもない一行が並ぶだけの冊子になってしまう予感がするのだ。死に際して残された記述が、今日はいつもどおりだった終わり、今日はいつもどおりだった終わり、今日はいつもどおりだった終わり、とひたすら繰り返されているなんて、もはや一種のホラーだ。
この文字数は、冊子を見開いたときに、私が普通に文字を詰めていってほとんどぴったりおさまるくらいだ。四〇〇字詰め原稿用紙二枚分で八〇〇文字だとやや余ってしまい、切りよく一〇〇〇文字にしようとするなら文字を少し窮屈に書かなくてはならない。それでは間を取って九〇〇くらいかと思ったけど、九〇〇というのもなかなか半端な数字だ。そんなふうに思っていたときに閃いたのが、八九〇という数字である。九〇〇などよりもさらに半端な数字に思えるかもしれないが、こちらには一応の意味がある。
一応。まあつまり、たいしたことはない。八、九、〇で、は、く、れい。ただの洒落だ。しかし思いついてみると、なかなかこれが気に入ってしまったのだ。
そんなわけで、八九〇、八九〇と呟きながら今日も筆を取っていたのだけど、迷惑な奴が来て中断する羽目になってしまった。迷惑な奴、すなわち八雲紫である。迷惑揃いのこの幻想郷でも、特にたちが悪い。と言うか勝手に来たくせして「呼んだ?」なんて言ってくるものだから苛々する。「呼んでない」とわざわざ答えてやっても、「えー嘘、さっきから何度も呼んでたじゃない」などとしつこくひっついてくるものだから、特大の陰陽玉で潰しておいた。まったく鬱陶しい奴。
雪が降った。初雪だ。夜の間に降ったみたいで、起きてみると外が白く彩られていた。だけど積もるほどでもない。これくらいなら日が出てるうちに溶けてしまうだろう。雪はまあ、たしかに見ていると落ち着くけれど、雪かきが面倒だ。妖怪神社なんて悪評に負けずお賽銭ざっくざくを目指す頑張り屋でかわいい巫女さんとしては、とりあえずお賽銭箱にたどり着くくらいの道は作ってやらないといけない。女の子の細腕では、それもなかなか大変な作業なのだ。
初雪記念ということで、夜には暇な連中がわらわら集まって宴会になった。魔理沙がアリスを引っ連れてやって来たり、紫が眠そうにこたつに入っていたり、萃香がいつものようにぐびぐび飲んでいたり、レミリアも咲夜の奴を連れて羽をうずうずさせていた。ちなみに夜になる頃にはやっぱり雪はきれいさっぱり溶けてしまっていたので、ちょっと寒いだけでいつもと変わらない宴会だった。
そうそう、昨日の紫の言葉の意味がわかった。八九〇。この八九〇だが、はくれいだけでなく、「やくも」とも読めるのだとかなんとか。ちょっと無理やりな気もするけど、言われてみると頷くところもないでもない。
博麗と八雲。幻想郷の保守という面で、大きな責任を担っている二勢力。勢力と言っても、片方は私だけだけど。
この二つにどんな繋がりがあるのか、正直なところ私はあまり知らない。歴史をさかのぼれば、いろいろと深い関係があったりするのかもしれない。ただ、博麗が血縁制でないのもあってか、そのあたりはあまり伝わっていないのだ。私だって雇われ巫女だしね。
誰に雇われたかとかそれまで何をやってたかとかは、ちょっと記憶が曖昧だ。昔のことだから仕方ない。たしか、ここに来てからもう十年以上経ってると思うし。しかし、うーん、誰だかは忘れたけど、あんな幼かった私をよく巫女になんてしようと思ったものだ。やっぱりかわいかったからかな。
ともあれ、博麗と八雲の八九〇繋がりに、何か意味というのがもしかしたらあるかもしれない。正直、ただのこじつけのような気がするけど。あと、紫はそのへん話しながら人の膝を勝手に枕にしようとしてたので殴っておいた。
宴会の際に集まってくる妖怪連中というのは、基本的に宴会の片づけをしない。咲夜や妖夢あたりは多少手伝ってくれるけれど、多くの場合、私が翌日に一人でいろいろ片付けたりすることになる。これがまたなかなかめんどくさい。宴会の準備やら片づけやら一切合切やってくれるんならば、ここにたむろする奴らのことも多少は歓迎してあげるんだけど。せめてお賽銭入れてけと思う。
昨日の宴会。さほど大規模というわけでもなく、いわば常連の面子が集まった形になったのだけど。その場で一つ口に出しておこうかと思い、結局そうしなかった事柄がある。
そう、この文章を書いているきっかけ。私が一年後に死ぬであろうということだ。私はこれをまだ誰にも言っていない。宴会の前にも、魔理沙や紫には言う機会があったのに。
どうしてだろう。魔理沙には、まあ、友達だから? だいたい、冗談だと思われるかもしれない。私はほとんど確信してるけど、他の人にそれをちゃんと説明できる気はしない。
紫は、むしろ、気づいているのではないだろうか? そんな素振りは見せなかったから、わからないけど。忌々しいことだけど、あいつは私よりも、いろいろな意味で高いところにいる。博麗の巫女のことなんて、言われるまでもなくわかっているんじゃないだろうか。いや、でもわかっているならわかっているで、ちょっかい出すなりひとこと言うなりしてきそうなもんだけど。
まあ、どうせ一年後のことだ。いま言ったところで実感が無いだろうし、その時が近くなったならともかく、しばらくはたぶん、これまでとそう変わることは無いだろう。
その時が近づいたなら。みんな悲しんだりするんだろうか。悲しまれたりしたら正直ちょっと気持ち悪いけど、まるっきり普段どおりにされるのもなんだか腹立たしい。
実際、どんな感じになるんだろう。たとえば、そうだな。魔理沙がいきなり死んだりしたら。
うん。
うん。まあ、誰にも見られない日記のようなものとはいえ、言葉にして文字で綴って、一時的にでも形あるものとして残すことが耐えられない、そういうものもどうやらあるらしいとわかった。
うん。やっぱり誰にも見せられないね、この本は。
レミリア・スカーレットというお子様吸血鬼。彼女は運命を操る能力を持っている、らしい(自己申告)。
まあ、かなり眉唾である。運命を操るということは運命が見えているということでもあるだろうが、それがまず怪しい話だ。世界を成り立たせる三つの層の一つ、万物が出来事を覚える記憶の層の存在により、歴史は繰り返されるとか、未来が予定されているとか、いわゆる『運命』の存在は否定される。
と、これは稗田阿求の受け売りだし、その阿求は幻想郷縁起のレミリアの項で、運命を操る能力について、本人が意識してどうこうするものではないといった感じに解説していた。これは一応レミリア本人に聞いた話をもとにしているらしいけど、一方で、なんだか適当にはぐらかされたような気がするとも言っていた。実際のところ、レミリアの能力についてはいまいちわからないままだ。
前置きが長くなってしまった。今日はそんなレミリアが、昼間に従者を引き連れてやって来たのだ。
吸血鬼は流れ水を好まない。外はちらちら雪が降っていたけど、雨に比べるとこっちのほうが好きらしい。
レミリアは私に妙になついていて、ここに来た時には、泊まっていきたいだとか血を吸いたいだとか、まあとにかく面倒なことを言う。私はそれらを殆どの場合、突っ返す。レミリアも不満そうにしながら、そう強くは言ってこない。私とレミリアというのはそんな感じだ。
そして今日もやはり泊まっていくと言ってきたのだけど、これが普段とは様子が違った。咲夜に毛布や食材を持たせてきて「今日はほんとに泊まっていくからね。泊まらざるを得ないわ」なんてしたり顔。本気でここでご飯作ってお泊りモードだったのだ。
さて、私としてはなんとなく落ち着かないからやっぱり帰らせる気で。しかし咲夜のご飯は惜しかったから、夕食まではここで食べることを許したのだけど。その結果、夕方から雨がどしゃ降りで一向に止まず、レミリアは帰るに帰れない状態となってしまった。さすがに私も、この中で帰らせるほど鬼にはなれない。
運命を操る能力。「ね、泊まる運命だったでしょ?」と得意げなレミリアは、いったいどこまでわかっていたんだろうか。
泊まるのは何かのための手段ではなく目的だったらしい。レミリアは昼頃までこたつでまったり過ごし、咲夜のご飯を食べて帰っていった。
蜜柑をもしゃもしゃ口に入れるレミリアに、一つ尋ねてみたことがある。私、博麗霊夢の運命があんたには見えるのか、と。
私の一年後の死が、私以外の誰かにも確信できるのか。それが知りたかったけのだけど、その前に、昨日書いた通り、運命というものへの懐疑が私にはあった。世界を構成する三つの層の話をして、未来は予定されないはずだと説明してやると、レミリアはくすくす笑って、運命についての講義を始めた。今日は彼女の話をここに記そう。
そもそも『世界の繰り返し』とは『未来の予測』の一種でしかない。物理の層と心理の層において、あらゆる物事の状態が完全に一致したならば、そこから導かれる結果も同じであろう、と。しかし実際には『同じ状態になる』ことが無い記憶の層が存在するため、同じ結果にはならない。物理と心理の層を完全に把握するラプラスの悪魔がいたところで、世界を予測することはできないのだ。
しかし、仮に。
物理と心理の層に加え、記憶の層をも観測、解析できる悪魔がいたとしたら、どうなるだろうか?(これを言った時のレミリアの鼻がひどく伸びきってたので、ついでにほっぺたもつまんで伸ばしてやった)
この世の物質、心理はすべて確率による選択肢でできていて、それを決定するのが、記憶が持つ運である。
悪魔が触れられるのは決定そのものではなく、決定を行う運……を持っている記憶自身であり、やや隔たりがある。また、特に知的生命体は心理の層における広がりが大きいため、選択肢からして非生命体などよりも非常に多くなり……さらに言うと、他の知的生命体との関わりが多い程、選択肢に選択肢が掛け合わさって膨大化し、予測は困難になる。これらのため完全な未来予測はできないが、それでも遥かに多くのものが見えていて。他者との関わりが少ない事物の運命なら、ある程度見えるとのことだった。
そしてレミリアは最後に、妙に大人びた、優しげな表情で言った。あなたの運命は見えないわ、と。
なんとなくほっぺた伸ばしておいた。
今日は昼過ぎまで眠っていた。
いや、違うのだ。別に私が怠惰なわけではない。起きた時に外が暗かったので、少し早起きしすぎたかと思って寝直したのだ。この時期の布団のぬくもりには底知れない魔力がある。
さて、寝直してまた起きたのだけど、その時もまだ外が暗かった。もうあまり眠くなかったけれど、布団の暖かさの中でじっとしているうちに、いつのまにかまた寝ていた。
そしてまた起きた時も、外は暗かった。さすがにおかしいと思った。寒い部屋の中を震えながら窓までたどり着いて、外を見てみたのだ。
真っ白だった。
雪が降って真っ白なんじゃなく、雪が窓を塞いでいて真っ白。昨日までは普通だったのに。尋常じゃないほどの積もりっぷりだった。
ぽかんとしていたら、いつのまにか紫がいた。
さっきまで私がいた布団の中にいた。
「あったかい……ああ、異変よ、霊夢」なんて言ってきたのでエルボードロップくらわせておいた。
さて、紫によると、一夜のうちに、もうとんでもないくらいの量の雪が降ったらしい。
紫が以前言っていた話……幻想郷が大雪である一方、外の世界では殆どの雪が人工物になったとかいう。これが何か影響してるのかと思って訊いてみたら、それも正しいらしい。外の世界の暖冬傾向が、幻想郷では大雪の傾向を生み出すと。加えて、あのレティ・ホワイトロックなる冬の妖怪が頑張っちゃってるとのこと。まあ大雪の傾向は仕方ないにして、頑張っちゃってる妖怪はとりあえず退治しとこうと思う。
とはいえ今日は、雪に埋もれた神社から脱出する道を作るくらいで夕方になった。崩れないよう結界で補強しつつ雪を掘り進め、道を確保する作業。なかなか辛かった。夜になると寒さも増すし、本格的な異変解決は明日にまわすことにした。「霊夢はのんきだからねえ」と紫に笑われたけど、人里はこいつの式が最低限守っているようだし、まあそこまで急がずとも大丈夫だろう。だいたい紫だって、「もう冬眠する……」と丸まって人の布団を占領している。本当にまずい事態ならこうはいかない。だから私も、とりあえず紫を布団から蹴り出してご飯を食べてもう一度寝てと、ゆったり行ってみようと思うのだ。
レティ・ホワイトロック。
今回の異変はこいつを倒せばいいってのがわかっていた。居場所こそ不明だけど、敵の正体がわかっているというのはなかなか親切だ。また、レティとは昔に一度手合わせしていて、実力もわかっている。はっきり言ってたいしたことない。こんな異変、半日もかからずに解決できる。
とまあ、当初私がのんびり動いていたのは、そんなふうに思っていたからでもある。倒すべき相手がわかっていて、その相手にはかつて勝利していると。それは、まあ油断と呼べるものではあったんだろう。
外に出て、雪の中を適当に飛んでいたら、レティは思ったよりもすぐに発見できた。時間がかかるとしたらレティの捜索そのものだと思っていたから、彼女が見つかった時点で、これで解決だなと思ったんだけど。
結論から言うと、敗北した。ぺちゃっと圧し潰された。
さて。
そもそもレティというのは、種族としては雪女に近い。
雪女。そう、雪女だ。妖怪の中でもかなり有名な類。
知られているということは、すなわち、その妖怪への畏れへと繋がる。人の畏れは妖怪の強さの基にもなるため、本来、雪女というのは、それなりに強力な妖怪のはずなのだ。そう、考えてみると、むしろ春雪の異変で戦ったあの時は、ちょっと不自然なくらいに弱すぎた。雪女幻想があの程度の力しか持たないはずが無かったのだ。
では、どうしてあの時はあんなにも弱かったのか?
こてんぱんにやられて寒さに震えながら訊いてみたら、レティは笑って答えた。
曰く。あの時は冬じゃあなかった。雪は降っていたけど、本来、春であるはずの時期。季節の移り変わりを否定しようとは思わない……つまり、巫女を倒して冬を続けようとか、本気で思っていたわけじゃない。ちょっとした遊びとして立ち塞がっただけだったのだと。けれど、今は違う。まぎれもなく冬。だから手加減はしないのだ、と。
つまり今回の異変は、EXレティとでも言おうか、本気の雪女が相手というわけだ。初戦は油断したが、同じ轍を踏む気は無い。明日こそはきっちりリベンジさせてもらおう。今日はもう凍えたのでこたつであったまることにするけど。異変チャレンジは一日一回なのだ。
レティとの弾幕ごっこ。昨日に引き続き、負けた。
負けた、のだけど、どうも何か勘違いをしていたような気がする。レティに負けたというよりも、冬そのものに負けたように思う。
レティの攻撃方法は、弾幕それ以前に、凄まじい寒気と吹雪だ。寒気のせいで私は迅速な回避行動が取れなくなり、吹雪に視界を遮られ、強い風で思うように飛ぶことも難しい。普段の華麗な弾幕回避術が殆ど封じられた格好なのだ。厚着をしていくってのにも限度があるし。一方でレティは、その状況こそがホームグラウンド。鼻水が凍りつきそうな寒さもなんのその。風にもてあそばれることも無く、どっしり悠然と構えている。これでは、私が勝てる可能性などほぼゼロだ。
異変解決というのは、トライアルアンドエラーである。一度の敗北がすなわち死となる真剣勝負とは違う。極論すると、何度も戦っているうちに偶然相手を撃破するのでもいいのだ。この幻想郷においてはそういうルールで、従わない者には従わない者なりの対処をすることになっている。
話を戻そう。まあ、偶然で勝ってもなんら問題ないとは言え、いつもいつもそうだというわけじゃあない。何度も戦っているうちに相手の弾幕の傾向を掴んでゆく。それを元に対策を組んで、というのの繰り返しだ。パターン作りごっことも言う。
さて、今回の相手、レティに関して、私は既に弾幕の傾向を……正確には、彼女との戦いにおいて意識すべきことが何なのか、わかっている。闇雲に挑むのではなく、対策を練る段階にあるのだ。
何はともあれ、あの寒気と吹雪。この二つをなんとかしなくてはならない。これらのせいで、まともな弾幕戦をさせてもらえない。レティは冬において自身の力を強めたりというよりは、冬という季節そのものの強さを増すことができる妖怪である。この寒気と吹雪はレティの力によるものだろうが、一方で、弾幕そのものはそこまで激しいものでもない。これらを無効化して普段どおりの弾幕戦に持ち込んでやること、それがレティ攻略の第一歩と見る。明日、私はレティではなく、まず冬を相手にするのだ。
……なんだか字面からするとこっちの方が途方も無いように感じるけど。
結界を引くとは、境を定めること。その際には、引く位置と、何の境を定めるかを意識する必要がある。紫あたりに言わせると、本当はそんな簡単なものじゃないらしい。才能ゆえに無意識下で様々な処理をできているため、その程度の認識で済んでいるだけ……とのこと。当の紫は私より簡単に結界を操っているように見えるけれど。実際は頭の中でいろいろ計算してるんだろうか。
さて。今回用いたのは、私の周囲十メートル程度の球状空間を切り取り、外と内の空気を触れさせない断気の結界だ。雪が吹き付けてきたらそれも溶かす。一方、レティの妖弾などへは干渉せず、普通に通すように設定した。
何故そうしたのかと言うと。干渉対象を妖弾などまで広げた場合、まず結界の損耗が早まる。そのため、私の力もその回復等に多く向けられてしまう。これは少し困るからだ。
まあ実際、妖弾など防がずとも避ければいい。球状の空間の中心に自分を置いて、レティに挑んだ。レティが叩きつけてくる凄まじい冷気の圧を結界で受け止め、弾幕を展開する。観客がいれば五分の戦いに見えたかもしれないけど、実際そうではなかった。自然を味方に付けるレティと、自然に逆らおうとする私。状況は互角でも消費する力の量は私の方が多く、持久戦ではおそらく勝てなかったろう。
だが、短期的に見れば、少なくともまともな戦いに持ち込めていたというのも事実である。レティは弾幕戦そのものはそれほど得意ではないため、まともな戦いができれば、時間制限付きとは言え私が勝つ可能性が高い。レティもそれに気づいたのだろう、賭けに出た。自身を弾丸として、私の結界を破壊すべく直に突っ込んできたのだ。
その結果。断気結界は壊された。
で。暖かい空気と冷たい空気が急に混ざって、凄い風が吹いたり、雲みたいなのがもわっと発生したりもして。
何がなんだかわからなくなったけど、レティも目を回していたようで、とりあえず陰陽玉で殴りつけてみたらそれで勝負は決してしまった。やや締まらないけれど、こういう偶然じみた出来事を利用するのも大事なことなのだ。うん。
ともあれ、今回の異変。降雪異変とでも言おうか。これにて解決である。
今日は一日お休み。
降雪が止んでも、今が冬である以上、既に降った雪は残っている。つまり我が神社は未だ雪に埋もれている。掘り出すとまではいかなくとも、とりあえずお賽銭箱までの道くらい確保しておいた方がいいのかもしれない。が、今日は休みだ。そう決めた。
勝ったとは言え、レティの突貫のせいで私の結界は破れ、せっかく引き連れていった暖かい空気は一瞬で散ってしまった。その後の帰り道。悲惨なことに、結界を破られるのは想定しておらず、そして行きの私は暖かい空気の中にいたわけで。要するに私は厚着をしてなくて、帰り道もいつもの巫女服で全力飛行。寒すぎた。あまりに寒くて、私のやる気は凍りついたのだ。今日は一日こたつから動く気は無い。
しかし、一人を相手に、三日間。手こずってしまったけれど、まあ、とりあえず倒した。
……私が言うのもなんだけど、この異変というシステムも不思議なものだ。ここに本気の闘争は無い。レティも、私という博麗の巫女が出張ってきた時点で、今回の件を異変と認識された、すなわち、いずれは私に倒されなくてはならないということがわかっていたはずだ。レティにとって、思うがままに雪を降らせるのは、とても楽しい時間だったろう。しかし、巫女が来た時点で、それが近々終わるということが約束されてしまう。ただ、巫女を退けるほどに、それを続けていられる時間が少しだけ増すというだけ。
異変の首謀者と認識された者は、異変というシステムをどんなふうに思うのか。今までの異変の多くは、少し事情が違う。例えば永夜異変の時の月人、守矢の連中や地底の妖怪ども、それに空飛ぶ船の乗組員たち。あいつらはおそらく、異変というシステムを知らずに異変を起こした。だけど、それを知っている者、例えば今回のレティみたいな奴は、異変というシステムをどう思っているのか。今度機会があれば訊いてみるのもいいかもしれない。
というようなことをこたつの中で考えていたらいつのまにか眠ってしまい、一日が終わった。
ともあれ、異変は解決した。レティは寒気を増幅するのをやめ、これから幻想郷は少し雪が多いだけの、いつも通りの冬を迎えることだろう。
ゆっくり一日休んだ翌朝。正確には翌昼過ぎ。いやもしかしたら夕方くらい?
まあとにかく、起床した時点で、なんだか嫌な予感はしていた。
ちまちました妖気が、神社の周り……いや、もっと広範囲に。補足しきれないけど、おそらくは幻想郷全体に立ち込めていた。萃香が霧になって幻想郷全体を覆っていた時の感覚に近いけど、なんとなくぶれというか、揺れというか、ふわふわした気配が感じられる。霧ほどに細かいのが満遍なく幻想郷を覆っているのとは少し違う。萃香の霧を、もわもわした気配、気だるい熱気の中にいるようなものとすれば、今回のこれは、ちっちゃい羽虫が常にちょこちょこちょっかいを出してくるような感覚。何をやっていても気が散ってしまう。鬱陶しいことこの上ない。
雪はまだ神社を覆った、と言うより埋めたまま。以前掘った穴からのそのそ這い出し、外の景色を見てみた。
すると案の定。ちろりちろりと降る雪は、薄い紅をまとっていた。目の錯覚でも光の加減でもない。昨日までに敷き詰められた白い雪の上に降り積もり発光し、不思議な彩りを添えていた。
妖気の出所も、やはりその紅い雪。何かの自然現象とは、さすがに思わない。だいたいこういうことをする奴には心当たりがあるし、そもそも紅い雪から感じられる微かな妖気にも覚えがある。
レミリア・スカーレット。あの遊び好きのお子様吸血鬼が、大雪にかこつけてまた何か始めたに違いなかった。この雪に何か害があるかはまだわからない。いや、鬱陶しいという時点で私にとっては十分に害だけど。明日になっても続いていたら、ちょっと懲らしめに行ってやろう。今日は行かない。もう夕方で寒いし。
紫がいたら「のんきねえ」とか言うかもしれない。でも、本当にまずそうな事態だったら、冬だろうとなんだろうとあいつは出てくるはず。実際のところ、そこまでまずい事態ではないはずなのだ。今回も、レミリアのちょっとした遊びというくらいで終わることになるだろう。
しかしこの雪、レミリアの妖気にしてはなんだか不思議な感覚だ。彼女以外の誰かの力が込められているような気がする。まあそれも含めて、おそらく明日。訊いてみるとしよう。
強さとは、いったい何なのか。
それを一概に言ってしまうのはなかなか難しい。おそらく、この幻想郷という場所だと特に。ここでは単純な強さ……例えば、相手を害する力だけでは、優劣が決まらない。弾幕決闘というルールが浸透しているためだ。もちろん、このルールは絶対遵守というわけではないけど、有力な妖怪たちがおおよそこれに賛同してくれているため、抜け駆けしてルール外での無法を繰り広げたりというのは難しいのが実情だ。このルールが実効力を持っているため、幻想郷における強さというのを、明確に格付けるのは難しいと思う。ルールの存在を隠れ蓑にして本当の力を隠している者も多い。まあそもそも、わざわざ力を格付けようなんて連中もそんなに多くないと思う……たぶん。
さて、このような書き出しにした理由は、紅美鈴との弾幕決闘にある。今日の昼間の出来事だ。
予想通り、紅い雪が止むことは無かった。それで、どうせレミリアの仕業だろうと当たりもついているし、紅魔館に向かったわけだ。馬鹿正直な門番は、この紅い雪に紅魔館の誰かが関与していたならばちゃんと仕事をするだろうし、そうでなければ雪だるまでも作っているかもしれない。そんなことを考えながら館に近づいていくと、案の定、門番は臨戦態勢。弾幕決闘と相成った。
結果は負けである。最近なんだか負けがかさんでいる気がするが、この敗北には理由がある。それは、妖気をまとった雪。感覚をちくちく刺激する鬱陶しい雪の粒は、弾幕決闘において私の集中を存分に遮ってくれた。レミリアの妖気に満ちた空間の中で美鈴の妖弾の気配を感じ取るのは、少々神経を使った。そのせいで、一歩ずつ一歩ずつ後手に回っていってしまったのだ。
私を落として調子に乗りやがった門番は「昔のほうが強かったんじゃない?」なんてほざいてくれた。あいつは明日絶対に泣かせるとして、しかし冷静に考えてみると、紅霧異変の頃はどうだったのか。レミリアの生んだ霧。レミリアの妖気に満ちた場所で、私は普通に戦っていた。
いったいどういうことだろう。昔よりは強くなっているつもりだけど、しかし強さって本当のところ何を指す? 少々悩んでいる。
悩み事というのは、解決する時は簡単に解決してしまうものだ。
よくよく思い出してみると。昔の私はまだ未熟で、戦闘中に妖弾の気配を正確に感じ取ることなどできなかった。そして代わりに使っていた敵弾認識の手段は、やはり視覚。目で見て避けていたのだ。最近はもう妖力魔力霊力等々感じ取るのに慣れていて、戦闘中でも視覚よりそっちに頼っている面が大きい。だから昨日は、それをいきなり封じられて混乱してしまったのだ。
そうとわかれば門番なんてけちょんけちょんである。視覚のみで戦うのは最初こそちょっとおっかなびっくりだったけど、しばらくして昔の感覚を取り戻してくれば、もうこっちのもの。昨日の恨みを存分に晴らさせてもらった。
残る厄介な相手は、魔女とメイド。
館に入り、雪に感覚を惑わされることはなくなった。しかし、小細工無しで真正面からぶつかったとして……仮に、二人それぞれに私が七割の確率で勝てるとしても。二人を両方とも抜く可能性となると、五割程度となってしまう。このように異変解決というのは、事実上、一対複数の構造であることが多い。先のレティのようなことの方が稀なのだ。……まあそれもあって、異変解決のシステムでは解決側の複数回挑戦が前提されているのだけど。
ただ、今回は少し様子が違った。廊下の途中で私の前にいきなり現れたのは、メイド。十六夜咲夜。お約束というか、前口上のつもりで「雪を紅くするの止めろ」と言ったら、「もうそろそろ止めると思うけど」なんて返してきた。
咲夜は戦う気が無いようで、「外は寒いし、暖かいご飯でも食べて泊まってけば?」なんて誘ってきた。「明日の朝くらいには、紅い雪も止まってると思うし」と。
……その誘いに乗ってみたのは、咲夜の美味しいご飯に釣られたからではない。こいつらが一応は顔見知りだったためだ。知らない連中なら問答無用で叩き潰している。
一応、何かまずいことを企んでないかと確認も取ったし。勘だけど、まあ信用して大丈夫だと思ったし。明日の昼までという期限をつけて、冷えた身体を紅魔館で暖めることにした。繰り返すが、咲夜のご飯が美味しいということはこの決定には一切関係ない。
紅魔館での朝。目を覚ましたら、下着姿の咲夜が隣に寝てた。
もちろん、私は別に変なことなどしていない。食事を済ませて、お風呂をもらって、案内された部屋で寝巻きを借りて、ふかふかのベッドに飛び込んだだけだ。問題は、どうやらここが咲夜の部屋だったらしいということである。なんとなく、寝巻きや枕から、どこかで嗅いだような、落ち着く香りがすると思っていたけど。
そう、このメイドは客に部屋を貸しておきながら、その存在に構わず普段通りベッドに入ってきたのだ。前々から思っていたけど、なんだかいろいろとずれている。
起きた時に周りに誰もいなければ、この状況を自分(と咲夜)の心の中だけに秘めておくことにしただろう。でも残念ながら今日の私は自力ではなく、レミリアが「さーくやー! 起きなさーい!」と扉を開けてきたので起きたのだ。ちなみに咲夜はすやすや眠ってた。
レミリア。「あんたたちそんな関係だったの!?」とベタな反応をしてくれた。本気で言っていたかどうかはともかくとして、誤解だと一応説明したらそれで納得してくれたようだった。
そのあたりで私も、どうして咲夜の部屋なんかで寝てたのかということに考えが至った。
レミリアをひっつかまえて、紅い雪降らすの止めろと言ってみた。レミリアはその時、なんだか乾いた、疲れた感じに笑ったのだと思う。それで窓を指差した。閉まっていたカーテンを私が一気に開けると、日の光が部屋に入り込んで、レミリアは悲鳴をあげて逃げてった。自分で開けろと言ったくせに。そしてそんな中、咲夜は眩しいのか目元をむにゃむにゃ動かしていた。この主従のペースはなかなか謎だ。
雪は、ちゃんと白色に戻っていた。結局何がしたかったのかと訊いたところ、明日の夜に紅魔館でパーティーを開くから来てほしい、そうすればわかると答えた。いま教えなさいと軽く脅しても、明日のお楽しみだと譲らなかった。仕方ないから、変なこと企んでないだろうなと念を押しつつ、ひとまずその場は引き下がることにした。
神社に帰り着いてみると、どっさり積もった雪が待ってくれていた。明日の夜まではひたすら雪かきになりそうで、ちょっと欝になった。
レミリアに言われた通り、日が沈んでしばらく経ってから紅魔館に行ってみた。最近はもう、暗くなるのも以前に比べて凄く早い。
夏と冬のどちらが好きかと問われたら、私だったら、夏には冬と、冬には夏と答えるだろう。つまり、どちらが好きか明確には答えられないということだ。けれど吸血鬼などは、夏よりも冬の方が好きと明確に答えるのかもしれない。活動できる時間が、冬の方がはっきりと長いのだから。
パーティーは紅魔館、門の前での立食形式。こんな季節に正気かと思ったけれど、足元はきちんと踏み固められていて、雪こそちらちら降っていたけど風も無く、そして寒さに関しては、パチュリーの魔法だろうか、会場の気温は春の夜のそれだった。
パーティー自体は思ったよりも小規模なものだった。わざわざ私を誘ってくるくらいだから、ロケットが完成した時みたいに幻想郷中の妖怪を呼んでいるのかと思っていたけど、そういうわけではなかった。どちらかというと身内向けという印象で、周りを見ても酒と食事を楽しんでいるのはメイド妖精と、なにか楽しいことの匂いを嗅ぎつけて来たのだろう妖精たちばかり。むしろ紅魔館内だけの宴会に私がひとり侵入したかのような感じだった。
レミリアはどうして私を呼んだのかと不思議に思いながら、とりあえず私は洋酒で喉を潤していた。幻想郷には日本由来の妖怪が多いからか、洋酒を積極的に溜め込む奴は少ない。思う存分飲めるのは紅魔館のパーティーくらいなのだ。
しばらくすると、レミリア、咲夜、パチュリー、なぜか魔理沙、そしてなんとフランドールが、連れ立って館から出て来た。フランドール・スカーレット。滅多に人前に現れない悪魔の妹。ついでになぜだかいる魔理沙。いったい何をする気かと思っていると、フランドールが、何やら魔術を行使し始めた。フランドールの魔力は風船のように膨らみ、紅魔館一帯を覆って、そのまま高く高く、天へと昇っていった。
術の効果はすぐに現れた。と言うか、一目瞭然だった。ちろりちろりと降っていた雪が、その色を変えた。紅、ではなく。赤、橙、黄、緑、青、藍、紫。
虹の色をした雪を、フランドールが、降らせていた。
これは私、博麗霊夢の日記のようなものなのだけど、日記だとそう限定してしまう気はない。私の体験、考え、知識、想い。それらと違うものが紛れ込むのも、偶にはいいかと思う。
だから今日は、或る吸血鬼の姉妹について記すことにする。顔を見れば憎まれ口を叩き合い、身体が吹き飛ぶような、殴り合い穿ち合い千切り合いの喧嘩をすることもある。相手がいない時でも、互いの悪口を欠かすことは無い。そんな姉妹の話だ。
二人の仲は、決して悪くはなかった。普通の人間には悲惨と思えてしまうかもしれない関係も、長きを生きる吸血鬼には意味を違える。身体を消し飛ばすのもじゃれ合いにしかならないし、相手が多少の悪口に本気で嘆き悲しむはずが無いと互いにわかっていた。触れ合いの規模こそ人間には理解が難しいかもしれないが、二人の仲は、敢えて言うなら良好ですらあったのだ。
だがある時、姉妹の関係に僅かな変化が生じた。日光や雨が弱点だってならそれが届かない場所にいればいいじゃない、という思いつきに従い、妹が、住んでいた館の地下室に閉じこもったのだ。
館の外への興味が少しばかり強かった姉は、妹に付いていくことは無かった。とは言え妹の行動を止めようとも思わなかった。むしろ歓迎した。
姉には他者の運命を覗き見る力があった。運命視は、外界との接点を絶った妹の未来を、それまでよりも明確に映し出した。姉が視た妹は、一人きりの地下室の中、自らを幸せと疑わず生き続けてゆく、そんな定めにあった。妹には情緒不安定な部分もあるため、外に出して不確定要因に触れさせるよりは、そのまま地下室で生きてもらった方が確かな幸せを得られるだろうと、姉はそう信じた。
しかし時が過ぎ、妹は外に出た。地下室に入った理由などとうに忘れ、人間への興味に従って。
それを姉は止めなかった。本気で外に出さない気であったなら、そうできていたはずなのに。
外に出ることが妹の望みであったのは間違いない。しかしそれでも姉は、時折考える。約束された幸せへと、妹を導き放さぬべきだったのか。何もかもが不確かなこの場所で思うがままに生きてもらう、それで正しかったのか。
答えは出ていない。
いま私は、この日課の八九〇文字を、昨日と今日の二日分まとめて書いている。
と言うのも。昨日は、フランドールが降らせる虹色の雪、それを感慨深げに眺めるレミリアの思い出話兼悩み相談兼愚痴を、朝方までじっくり聞かされ。
日が昇る頃に帰宅、そのまま布団に入って爆睡。日が沈む頃に起きたのだけど、話に付き合ってるうちに飲み過ぎたのか、ひどい二日酔いでまともに動けず。布団の中でダラダラと、睡眠と覚醒の境を行ったり来たり。貰ってきていた料理の余りを適当につまんだりとしているうちに、なんと一日が終わってしまったのだ。
なんて無駄に生きてるんだろうと、さすがの私も少し反省した。残り一年弱しか生きられない、そんな確信が一応あるのだけど、一年という中途半端な長さのせいか、どうにも実感が持てない。一週間とか一ヶ月とかなら、それなりに焦りも出てると思うのだけど。
ともあれこの日課、昨日の分に関しては、私のだらけっぷりを八九〇字に拡大して残すのも気が引けるので、レミリア……或る吸血鬼姉妹の姉がお酒飲みながら語った話を、適当に重要そうな部分だけ引っ張り出してまとめてみることにした。しかし、やろうと思えばこんなにコンパクトにまとめられるのに、よくまあ一晩も話し続けてくれたものだ。
まあ、あの二人の仲が良いというのは、正直なところ意外だった。雪を紅く染めたのも、フランドールが魔術の実験で雪を虹色に染めているのを上から塗り潰し隠すことで、異変とみなしてやって来るであろう者……つまり私の目を逸らし、魔術が完成するまでの時間を稼いでやるつもりだったとのことである。
でももっと意外だったのは、あのレミリアが、なかなかどうして面倒くさい悩みを抱えていたということだ。幸せの運命。誰かと関わることで不確定になる。ただ、フランドール本人にはそれを告げない……自身の運命は知らせないのだとも、運命を視る際、レミリアは自分に定めているとか。ほんと、思ってたより真面目な性格なのかもしれない。
さて。ともかく、降雪にして紅雪にして虹雪の異変は、これにて解決だ。今後はまたいつも通り。真っ白い雪が幻想郷を適度に染めていくだろう。
今日は魔理沙が遊びに来て適当に駄弁っていった。魔理沙とうちのこたつでまったりするのはなんとなく久しぶりだ。ここしばらく会う機会が無かったのは、私が飛び回っていたというのもあるけど、魔理沙の方が紅魔館に潜り込んで、フランドールの魔術構築に付き合っていたというのが大きい。数日前に見たあの術式は、意外にも繊細な魔力操作が必要になるとかなんとかで、それをあのフランドールが行使しようというので、パチュリーがいろいろ教えていたらしい。……魔理沙がフランドールに付き合ったんじゃなくて、付き合わせてもらったと言うのが正しいかもしれない。
さて、魔理沙との久々の世間話。その中で、少し考えたことがあったので、記しておこうと思う。
その話のきっかけは私の方。フランドールを指して、よくもまああんな気狂い妹と一緒に居られるわねとか、はずみで殺されちゃっても知らないわよとか、そんなことを言ったのだ。フランドール・スカーレット。彼女の危うさが人間を知らないところにあるのだと、魔理沙は気づいているだろうか。あいつは魔理沙という個人のことを知ってはいても、人間という種族を未だに知らない。
まあそれはさておき。魔理沙の返答は、「お前こそ、こんな妖怪神社にいるくせに」というものだった。そのうち妖怪に喰われるぞ、とも付け足してきた。
目から鱗だった。言われてみると、そう考えたことは無かった。たしかに、フランドールは人間にとって危険な生き物だと思うけど、神社に集まる連中がそうでないなんて保証は無い。私はあの連中のことを全て理解できているというわけではもちろんない。近頃は、知性ある妖怪がおおっぴらに人間を襲って喰うなんてことは殆ど無くなったけれど……私の知らないだけで、実際はそういったことが行われている可能性だってある。外見的には普通の女の子って感じの連中が多いからつい忘れそうになるけど、一緒に酒を飲んでいるその裏で人間の身体を貪っていたりということも、もしかしたらあるかもしれないのだ。
そんなことを考えているうちに、ふと思った。
私はどうやって死ぬのだろう。もしや、誰かに喰われて死ぬんじゃないだろうか。
近頃異変絡みで忙しかったからだろうか、自分の死について考えることはあまり無かった。考えたとしても、どうにも実感が持てないなあという程度。
しかし冷静になってみると、これを書き始めてから既に二〇日間ほどが過ぎている。時間が過ぎるのは早い。この、二十日間という短い時間を九回繰り返す頃には、一年の半分は過ぎようとしている。……なんて言うとややこしいけど、ようするに、これを二〇回繰り返す頃には私はもういないというのだ。ちょっと信じがたい。
しかし死に方。死に方か。選べるものなら選んでみたいものだ。どうせなら幸せに、あと綺麗に死にたい。首くくったりはちょっと嫌だ。死体を残して、誰かに見られるというのもなんとなく落ち着かない。なんだか猫の気持ちがわかってきてしまった。どこかに、影も形も無く消え去ってしまいたい。
これは私の願望だけというわけではない。巫女の死体というのは、そのあたりに無造作に置いておくには少々危険なはずだ。正確には、巫女に限らず、力のある人間の死体。そこらの妖怪がこれを口にしたら、変に力を得てしまう可能性がある。自分で言うのもなんだけど、私の身体は最高級の妖力増強剤になってしまうのだ。
となると、しかるべき処理を、信用できる誰かに頼まなくてはならない。面倒くさいことこの上ない。そもそも、まだ若い私がこういうことを頼むってのも、なんだか気が引ける。まったく、死ぬことくらい何も考えずにやらせてほしいものだ。
でも、病気やらなにやらでコロンと逝くならまだいいけど、誰かに喰われるとか、そうでなくとも誰かに殺されるとかだったらどうしよう。それも知り合いとか。想像してみると、さすがの私もぞっとしない。
なんだかもう、これから先ずっと引きこもることにして、その上でレミリアに運命でも視てもらうかと思えてきた。死という事象だけが約束されているのは、なかなかに薄気味悪い。誰と、何と約束したのかもよくわからないから尚更だ。
だいたいこれは未来予知なんだろうか? それとも、実は私の身体の内部に何か異常があって、それをなんとなく感知してるだけとか? せめてそのくらいは知っておきたいものだ。
医者と書いて永遠亭に行ってみた。別に病気になったとかそういうわけではない……とも限らない。症状が出てないだけで実は私は病気で、そのせいであと一年後に死ぬのかもしれない。その可能性を確かめるために行ってみたのだ。事前に人里の医者にもかかってみたけどまるで健康体との診断で、これ以上詳しい検査を望むならと、永遠亭を勧められたのだ。実際、幻想郷で今もっとも進んだ医療を享受できるのは、間違いなく永遠亭であるらしい。
永遠亭の宇宙人どもが信用に値するかというのは、正直それなりに悩みもした。あるいは、紫あたりの方がまだ信用できるのではないか。……そんなことを考えているうち、自分には信頼できる相手というのがほとんどいないことに気づいて、なかなか驚いた。紫は、幻想郷の保持に関することなら、ある程度信じて用いることはできると思う……けど、それ以外についても全面的に信じて頼ることができるのだろうか。魔理沙。実際、それなり以上の力を持っている者の中で、信頼できるのっていったら魔理沙くらいじゃないだろうか。
まあ、そうは言っても、実際のところ、普段の私は紫をはじめとした妖怪連中のことを、ある程度信頼というか、友人として扱っているのは確かなんだと思う。ただ、それは、私が一人でちゃんと立っていられてる時のこと。私自身が揺らいでいる今、改めて考えてしまう。彼女たちのことを信じていいのだろうか。
わからない。だいたい、信じられないとはどういうことだろう。彼女たちが、私にとって致命的な何かを企んでいるとでもいうのだろうか。致命的な何か。それは異変の画策などではない。例えば、幻想郷を支配するとか、滅ぼすとか。人里を襲うとか。博麗の巫女を亡き者にするとか。
そういうことは、無いと思う。無いと思うのだ。きっと。少なくとも今は。幻想郷は、そういう場所ではないと。博麗の巫女と彼女らとの関係は、そういうものではないと。
永遠亭での検査の結果は、特に問題なし。これを信じるかどうかは私次第。だけど、ひとまずは、信じてみることにした。現時点で私の身体に異常は無い。しかし、とすると、結局私はどうやって死ぬのだろう。
私に起こるであろう一年後の事象は、あるいは私にではなく、博麗の巫女に起こることではないか。そんなふうにも考えた。
こうして巫女をやっている私自身、博麗の巫女なるものについてはあまりわかっていない。ただの名誉職、とはさすがに言えない。なんだかんだで多少の実力は必要だ。けれど実際のところ、人間が妖怪を退治するという基本的なポーズ、その象徴としての面が強いように思う。
例えば八雲紫という賢者の存在などは、それを裏付けている。幻想郷には、博麗の巫女の手に負えなくなった事態を収拾する最終装置が、巫女以外にちゃんといるのだ。しかもこの最終装置、面倒くさがりなのも確かだけど、一方でなかなかお節介でもある。本当に幻想郷が滅亡するか否かという瀬戸際まで、その姿を現しはしない──なんて、最後の手段らしく振舞うことは無い。ふらふらと幻想郷をうろついて様子を見たり、ちょっとしたことでも私を引っ張り出していろいろ指示を与えたりと、実に忙しい幻想郷のトップなのだ。
さて話を戻して、博麗の巫女としての私のことだけど。
しかし実際、博麗の巫女としてなにか特別な力やら神器やらを受け継いだようなことも無い……強いて言うなら、陰陽玉くらいだろうか。まあつまるところ、巫女になったことで私の中に何か特別な因子が宿ったかというと、そういうのは無いように思うのだ。先代との血縁も無ければ、何らかの継承も無い。そもそも先代に会ったことすら無いし。
博麗の巫女について、誰かにもう少し訊いてみようかと思ったけど……最も知っているであろう紫は、今はもう冬眠中だろう。それでは他にと考えてみたけど、紅魔館や守矢の連中は幻想郷に来たのは最近だし、冥界や永遠亭の奴らは最近まで幻想郷に不干渉だったし、萃香を含めた鬼、地霊殿の連中、命蓮寺あたりもまた、地下にいたことを考えると博麗についてそれほど知っているとは思えない。あと思い浮かんだのは、山の連中や、閻魔様とか……はっきりいってあんまり会話をしたくないのが残った。やはり慣れというのもあるし、紫に訊いてみるのが一番落ち着きそうだ。あのブン屋あたりでも、まあいいかもしれないけど。
幼い頃のことって、そんなに覚えているものだろうか。
私が博麗の巫女になったのは、それこそ、幼い頃。巫女になるにあたって、何か特別な儀式みたいな、心に、記憶に残るようなことはしなかったように思う……まあ、何も覚えてないというだけなのだけど。しかしこれ、もしかしたら誰かに記憶を消されてるんじゃないだろうなと、ふと思い至った。もしそうだとすると、下手人の候補としてはやはり紫か。
他の人はどうだろう。幼い頃のことって、そんなに覚えているものだろうか。魔理沙がいつものごとく、特に用は無いくせにわざわざ来ていたのでとりあえず訊いてみたのだけど、「昔のことは忘れたぜ」と繰り返すのみで、まともに取り合ってくれなかった。そうなると私としても少し腹が立つ。なので、うふふうふふと何度もしつこく笑ってやったら、苦い顔弱った顔泣きそうな顔になってった。しかし魔理沙っていつの間にか男言葉になってたけど、どうしてなんだろう。
幼い頃。具体的には、そう、五歳か、それ以前と言ったところだろうか。
私の記憶。それをなんとかおぼろげにでも拾い出せるのは、だいたい五歳くらいからだ。そしてその頃、私はもうここで巫女をやっていた。それ以前のことは、まったくと言っていいくらいだろう、覚えていない。
五歳。いやしかし考えてみると、本当にそれが五歳の頃なのかもわからないのだ。私は自分の生まれを知らない。両親も知らない。私が生まれた時から私のことを知っている人というのが、誰もいない。少なくとも私は、そういう存在を知らない。この五歳というのは、今の年齢から逆算したもので。そしてその今の年齢というやつも、なんとなく魔理沙と同い年ということにしているだけだったりする。実際に何歳なのかはわからない。もしかしたら魔理沙より年上なのかも、あるいは私の方が年下なのかもしれない。私のこの辺の事情はいちおう誰にも話していないんだけど、紫や天狗あたりなら話すまでもなく知ってるのかも。
しかし、ここ数日間で紫に訊きたいことが増えているのに、本人は冬眠中。本当にタイミングが悪いと言うか、まったく、必要無い時に来て、必要な時に居ない奴だ。
守矢の神様のフランクさは今となっては多くの人妖の知るところだけど、特に洩矢諏訪子などは、人生(神生?)楽しんでやがるなという感じがする。外の世界の発展によって段々と忘れられ、信仰が無くなってゆき、存在が危うくなっていった神たち。そのへん考慮すれば外の世界の技術などには嫌悪感とか持ってそうなもんだけど、これがまたそうでもない。
幻想郷に科学の技術をもたらし、それによって信仰を得ようとしているとか、そういうのならまだわかる。しかし、しかしだ。外の世界のゲーム機やら漫画やらなにやら持ち込んで、見た目どおりの幼女のように遊んでいるのは、いくらなんでも信仰とは関係あるまい。
どうにもこの神、諏訪子は、外の世界の文化に漬かりきっている。まあ悪いとは言わないけど、違和感が無くもない。寝転がって漫画読んで爆笑してる神様ってどうなんだ。……とそんなことを早苗に言ってみたら、なにかひどく諦めたような顔で「何も言わないでください」なんて言われたので、ひとまずこれに関してはいろいろと心に秘めるだけに留めておくことにした。
さて。外の世界の文化に漬かっている諏訪子であるのだけど、私はというと、それほど外の世界について知っているわけではない。幻想郷の住民の中では外の世界に近い位置にいるけど、実際に行ったことがあるわけでもなし。紫が雑談がてらちょこちょこ教えてくれる程度だ。なのでもちろん、外の文化を前提にした話を振られてもわからない。
「今日は娘の誕生日なんだ」と渋い笑顔で言われても、はあ、と間抜けな応対しかできなかった。私がちゃんとした(?)返しをできなかったからか、諏訪子は残念そうにしてたけど、そもそもどんな反応を求めていたんだろう。
しかも、娘でもなければ、今日でもなかった。よくわからない。
なんでも、明日が早苗の誕生日だというので、誕生日がてらうちきてメシでも食わないかいという誘い。魔理沙やら咲夜やら、同年代っぽい人間の娘っ子に声をかけてるとか。
いわゆる誕生日会というやつ。まあせっかくなので、行ってみることにする。実のところ、今まで機会が無くて、そういうのに参加するのは初めてなのだ。
クリスマスという文化が外の世界にはあるようだけど、幻想郷ではそれほど広まっていない。元は偉い人の誕生日だとかで、それにかこつけて子供が親にプレゼントをねだるとか、男女が仲睦まじく過ごすとか、そういう感じらしいけど。この幻想郷で、そんなのがわざわざ広まる理由が無い。むしろ外の世界でどうして広まったのか不思議なくらいだ。
東風谷早苗はそんな日に生まれたらしい。いいのか悪いのかはよくわからない。クリスマスのプレゼントと誕生日のプレゼント、昔はそれぞれもらっていたのが、いつのまにか一緒にされて一つになってたなあと、早苗は苦笑いしながら語った。神社の経営も大変だったみたいですし……と早苗が目を背けると、神たちがなにかダメージを受けたみたいだった。
そんな話を聞きながら、私は、早苗と両親の仲はどうだったんだろうと、少し思った。幻想郷に来たのは、神奈子、諏訪子、そして早苗だけ。早苗は、両親と別れて来ている。もしかしたら既に亡くなっているのかもしれない。だとしたら、むしろ吹っ切れたりということもあるのだろうか。でも、もしそうでなくて、存命の両親と別れてきたのなら。早苗は何を思ってここに来たのだろう。
私にはわからない。わからないから、考えたんだと思う。出会いが無ければ、別れもまた無いものだ。変な言い方だけど、私は両親と出会わなかったのだ。たとえ出会っていたのだとしても、別れていたのだとしても、もう忘れてしまった。
早苗はどうなのだろう。もしかしたら、さほど気にしていないのかもしれない。気になっていないのかもしれない。冗談交じりかもしれないけど、諏訪子は言ったのだ。今日は『娘』の誕生日だと。
後にして思うと、その時の私は、普段よりもかなり感傷的になっていた。
だって、こういうのは初めてだったのだ。誕生日を祝ったり祝われたりすることがありそうな相手としては魔理沙がいたけど、私たちは互いに、誕生日を教えるなんてことは無かった。
……でも、その魔理沙は会の途中、「私も祝ってもらおうかなー」なんて言っていた。すごく何かを言いたくなったけど、自分でもよくわからない。今日の分はこれで終わりだ。
誕生日会の名を冠した宴会は、夜を徹して行われた。
明け方に神社にたどり着いた私は、ふと目に付いたこの日記じみた手記に、酒の勢いも借りつつ昨日の分を書き。そして今、起きた直後に今日の分としてこれを書いているというわけだ。もう夕方。季節が季節なので、日も沈みかけている。さすがに普段の、妖怪混じりの宴会ほどに酷いことにはならず。二日酔いにもならずに済んだらしい。
昨日は結局、私、魔理沙、咲夜と、混じりっけの無い人間だけが集まった。咲夜は仕事があると言って最初は断ったらしい。が、レミリア直々のお許しが出たというか、むしろせっかくだから行ってみなさいみたいなことを言われて、ほとんど拒否権無く出席と相成ったとか。まあなんだかんだで楽しそうにしていた。メイドの本能で給仕やらなにやら始めるかと思ったけど、料理とかの雑事は神様二人が担当していて、私たちはまるっきりお客様扱いだった。ほんと、あの二人は時々あるいはしょっちゅう、神らしくないところを見せる。
早苗は昨日で、十七歳になったらしい。魔理沙が、「げ、私より年上かよ……」なんて言っていたけど、まったく同感だった。年上にしては早苗は、なんだかこう、腰が軽い気がする……が、だからといって年下っぽいかというとそうでもない気がするので、まあそんなものかと飲み込んでおいた。ちなみに、その場の流れで咲夜にも年を訊いてみたけど、秘密との答えだった。こいつの経歴もなかなか謎だ。
それと、魔理沙の誕生日が判明した。だいたい今から二ヵ月後だそうだ。その時には盛大なパーティーを開くとか言っていた。こんな年にもなって、とは思ったけど、早苗の誕生日会の場である。口には出さないでおいた。
私もやはり誕生日を訊かれることになったけど、そうなるのは予想できていたので、別にいつだっていいじゃないとか、私は祝ってもらおうとか思わないしとか、適当に誤魔化した。両親がいないからわからないなんて馬鹿正直に言って変な空気になったら嫌だし。
まあ正直な話、誕生日なんて本当にいつだっていい。ここ数日で急に意識させられたけど、これまで、そんなの無いものとして生きてきたのだし。
一二月二五日(土)
一二月二四日(金)
一二月二三日(木)
一二月二二日(水)
一二月二一日(火)
一二月二〇日(月)
<目次>
一.徒然事(一) 一一月二九日 ~ 一二月〇五日
二.コウ雪異変 一二月〇六日 ~ 一二月一七日
三.???? 一二月一八日 ~
【一一月二九日】
さて、始めに書き記すこととして適当かどうかはわからないけれど、ひとまず私がいま気にしているのは、この読み物の名前だ。こうして紙を束ねて本の形としてみると、その表紙には大きく題を記してやりたいと思うのがやはり人情ではないだろうか。そうでもないか?
まあ、本と言っても、そもそも誰かに見せることがあるかすらわからない。と言うか、おそらく誰にも見せないはずであって、うん? 誰も読まないとなると、つまりこれは厳密には読み物とは言えないのだろうか?
読み物でないのに題名に凝るというのも少しおかしな話かもしれない。いや、だがこれは気分の問題なのだ。私以外の誰も読まない。つまり私に限れば、読み返したりするかもしれないじゃないか。
そう、ここに書くことは誰にも見せるつもりは無い。私以外の誰にも読まれることなくいたずらに綴られゆく文章たちには申し訳ないことだが、しかし許してほしい。こうやって書いたものを人に見せるなんて、私でもやはり恥ずかしいのだ。
そして、いずれ時が来たら。
いや、時が来る前に、か。
この紙の束は、私の手できっちり焼き払われているはずだ。誰にも見せないというのは、そういうことだ。いずれ未来、この書物が私の管理を離れるその時に形を残してしまっていては、そのうち誰かに見られてしまうという可能性が生じる。そいつはなかなか恥ずかしい。未来の私は恥ずかしさなど感じる事はできないだろうけど、代わりに今の私が恥ずかしいのだから問題無い。
未来。具体的には、一年後だ。
と言うのも、どうやら私、博麗霊夢はきっちりそのくらいで死ぬらしいのだ。
どうして、どうやって死ぬのかとか、そのあたりはさっぱりわからない。ただ、死ぬということそれだけ。なぜかそれだけがわかる。なぜそれがわかるのかは、よくわからない。いつもの勘だと思わないこともないけど、なにか勘以上の強い確信が私の中にあるように感じられる。
まあ、こんなのを書き始めているのもその影響というわけだ。無為に過ごしてみるには一年は長いし、せっかくだから死ぬ前にひとつ残してみようかっていうね。
ってあれ? 焼き払うんじゃなかったのか? うーん、まあいいか。
【一一月三〇日】
私は今まで、日記というものを書いたことが無い。
これが日記なのかというとまた少し違うようにも思うけど、継続して書くという意味では変わりない。しかしいざ書こうとしてみると、特別書くことなんてそうそう無いわけで。結局は日常のふとしたことをつらつら記すくらいになってしまうんじゃないかと思う。うん、どう見ても日記だ。
さて日常のふとしたことを書いてみようなんていっても、やはり慣れてないからか、文章がなかなか浮かんでこない。というわけで、いつものごとく我が神社に来ていた普通の魔法使いこと霧雨魔理沙に、日記ってどんなこと書いてる? と訊いてみたのだけど。これがまた冷たい奴で。そりゃあ、うん、日記だから日々のことでも書いてるんじゃないか、なんていかにも適当に答えるのだ。いいじゃんけち、教えてよ、と私。やだね、と魔理沙。そんなこんなで魔理沙が日記をつけているという驚愕のような意外としっくりくるような面白い事実が明らかになったので、この一年のうちになんとか機会を見つけて覗いてみたいと思う。
まあ実際、日記に何を書いているかなんて、訊かれたとしても適当に答えるか教えてやらないかだ。私が魔理沙の立場でもああいうふうに答えるだろう。いや、違うな。私だったら、日記をつけているだなんて事実を相手に握らせたりはしない。神社には専属の覗き魔がいることだし。まったく、覗き魔みたいな奴こそいないにしても、魔理沙は少々抜けていると言わざるを得ない。私もそれほど遠くないうちにいなくなるというのに。魔法使い連中の輪の中、こんな隙だらけでいて大丈夫なんだろうか。
と思ったが、まあよく考えてみると、他の魔法使い連中というのもたいがいお人よしか。魔理沙のことを迷惑がってはいても本気で怒ったことは無い。魔理沙が本当にまずいことをしでかさない限りは、年上の矜持を持って優しく見守ってくれるだろう。まったく魔理沙も友人に恵まれたものである。恵まれた友人というのにはもちろん私も含む。自分がいなくなった後のことをこうやって心配してやっている、うむ、我ながら素晴らしい友人である。自画自賛だけど、事実なんだから仕方ないね。
【一二月〇一日】
八九〇。八、九、〇と数えているわけではない。はっぴゃくきゅうじゅうだ。
これは、この本に記述していく上で定めた制約の一つだ。何かというと、ずばり文字数。一日あたりに記す文字数だ。
こんなもの決めないで好きなようにやっていこうかとも思ったけど、どうもそれだとうまくないことになる気がする。昨日から繰り返すが、私はこういうものを書くのは初めてなのだ。書くのに不自由しないようなイベントが毎日々々起こってくれるわけでもないだろうし。こうやって文字数でも決めておかないと、今日はいつもどおりだった終わり、なんてしょうもない一行が並ぶだけの冊子になってしまう予感がするのだ。死に際して残された記述が、今日はいつもどおりだった終わり、今日はいつもどおりだった終わり、今日はいつもどおりだった終わり、とひたすら繰り返されているなんて、もはや一種のホラーだ。
この文字数は、冊子を見開いたときに、私が普通に文字を詰めていってほとんどぴったりおさまるくらいだ。四〇〇字詰め原稿用紙二枚分で八〇〇文字だとやや余ってしまい、切りよく一〇〇〇文字にしようとするなら文字を少し窮屈に書かなくてはならない。それでは間を取って九〇〇くらいかと思ったけど、九〇〇というのもなかなか半端な数字だ。そんなふうに思っていたときに閃いたのが、八九〇という数字である。九〇〇などよりもさらに半端な数字に思えるかもしれないが、こちらには一応の意味がある。
一応。まあつまり、たいしたことはない。八、九、〇で、は、く、れい。ただの洒落だ。しかし思いついてみると、なかなかこれが気に入ってしまったのだ。
そんなわけで、八九〇、八九〇と呟きながら今日も筆を取っていたのだけど、迷惑な奴が来て中断する羽目になってしまった。迷惑な奴、すなわち八雲紫である。迷惑揃いのこの幻想郷でも、特にたちが悪い。と言うか勝手に来たくせして「呼んだ?」なんて言ってくるものだから苛々する。「呼んでない」とわざわざ答えてやっても、「えー嘘、さっきから何度も呼んでたじゃない」などとしつこくひっついてくるものだから、特大の陰陽玉で潰しておいた。まったく鬱陶しい奴。
【一二月〇二日】
雪が降った。初雪だ。夜の間に降ったみたいで、起きてみると外が白く彩られていた。だけど積もるほどでもない。これくらいなら日が出てるうちに溶けてしまうだろう。雪はまあ、たしかに見ていると落ち着くけれど、雪かきが面倒だ。妖怪神社なんて悪評に負けずお賽銭ざっくざくを目指す頑張り屋でかわいい巫女さんとしては、とりあえずお賽銭箱にたどり着くくらいの道は作ってやらないといけない。女の子の細腕では、それもなかなか大変な作業なのだ。
初雪記念ということで、夜には暇な連中がわらわら集まって宴会になった。魔理沙がアリスを引っ連れてやって来たり、紫が眠そうにこたつに入っていたり、萃香がいつものようにぐびぐび飲んでいたり、レミリアも咲夜の奴を連れて羽をうずうずさせていた。ちなみに夜になる頃にはやっぱり雪はきれいさっぱり溶けてしまっていたので、ちょっと寒いだけでいつもと変わらない宴会だった。
そうそう、昨日の紫の言葉の意味がわかった。八九〇。この八九〇だが、はくれいだけでなく、「やくも」とも読めるのだとかなんとか。ちょっと無理やりな気もするけど、言われてみると頷くところもないでもない。
博麗と八雲。幻想郷の保守という面で、大きな責任を担っている二勢力。勢力と言っても、片方は私だけだけど。
この二つにどんな繋がりがあるのか、正直なところ私はあまり知らない。歴史をさかのぼれば、いろいろと深い関係があったりするのかもしれない。ただ、博麗が血縁制でないのもあってか、そのあたりはあまり伝わっていないのだ。私だって雇われ巫女だしね。
誰に雇われたかとかそれまで何をやってたかとかは、ちょっと記憶が曖昧だ。昔のことだから仕方ない。たしか、ここに来てからもう十年以上経ってると思うし。しかし、うーん、誰だかは忘れたけど、あんな幼かった私をよく巫女になんてしようと思ったものだ。やっぱりかわいかったからかな。
ともあれ、博麗と八雲の八九〇繋がりに、何か意味というのがもしかしたらあるかもしれない。正直、ただのこじつけのような気がするけど。あと、紫はそのへん話しながら人の膝を勝手に枕にしようとしてたので殴っておいた。
【一二月〇三日】
宴会の際に集まってくる妖怪連中というのは、基本的に宴会の片づけをしない。咲夜や妖夢あたりは多少手伝ってくれるけれど、多くの場合、私が翌日に一人でいろいろ片付けたりすることになる。これがまたなかなかめんどくさい。宴会の準備やら片づけやら一切合切やってくれるんならば、ここにたむろする奴らのことも多少は歓迎してあげるんだけど。せめてお賽銭入れてけと思う。
昨日の宴会。さほど大規模というわけでもなく、いわば常連の面子が集まった形になったのだけど。その場で一つ口に出しておこうかと思い、結局そうしなかった事柄がある。
そう、この文章を書いているきっかけ。私が一年後に死ぬであろうということだ。私はこれをまだ誰にも言っていない。宴会の前にも、魔理沙や紫には言う機会があったのに。
どうしてだろう。魔理沙には、まあ、友達だから? だいたい、冗談だと思われるかもしれない。私はほとんど確信してるけど、他の人にそれをちゃんと説明できる気はしない。
紫は、むしろ、気づいているのではないだろうか? そんな素振りは見せなかったから、わからないけど。忌々しいことだけど、あいつは私よりも、いろいろな意味で高いところにいる。博麗の巫女のことなんて、言われるまでもなくわかっているんじゃないだろうか。いや、でもわかっているならわかっているで、ちょっかい出すなりひとこと言うなりしてきそうなもんだけど。
まあ、どうせ一年後のことだ。いま言ったところで実感が無いだろうし、その時が近くなったならともかく、しばらくはたぶん、これまでとそう変わることは無いだろう。
その時が近づいたなら。みんな悲しんだりするんだろうか。悲しまれたりしたら正直ちょっと気持ち悪いけど、まるっきり普段どおりにされるのもなんだか腹立たしい。
実際、どんな感じになるんだろう。たとえば、そうだな。魔理沙がいきなり死んだりしたら。
うん。
うん。まあ、誰にも見られない日記のようなものとはいえ、言葉にして文字で綴って、一時的にでも形あるものとして残すことが耐えられない、そういうものもどうやらあるらしいとわかった。
うん。やっぱり誰にも見せられないね、この本は。
【一二月〇四日】
レミリア・スカーレットというお子様吸血鬼。彼女は運命を操る能力を持っている、らしい(自己申告)。
まあ、かなり眉唾である。運命を操るということは運命が見えているということでもあるだろうが、それがまず怪しい話だ。世界を成り立たせる三つの層の一つ、万物が出来事を覚える記憶の層の存在により、歴史は繰り返されるとか、未来が予定されているとか、いわゆる『運命』の存在は否定される。
と、これは稗田阿求の受け売りだし、その阿求は幻想郷縁起のレミリアの項で、運命を操る能力について、本人が意識してどうこうするものではないといった感じに解説していた。これは一応レミリア本人に聞いた話をもとにしているらしいけど、一方で、なんだか適当にはぐらかされたような気がするとも言っていた。実際のところ、レミリアの能力についてはいまいちわからないままだ。
前置きが長くなってしまった。今日はそんなレミリアが、昼間に従者を引き連れてやって来たのだ。
吸血鬼は流れ水を好まない。外はちらちら雪が降っていたけど、雨に比べるとこっちのほうが好きらしい。
レミリアは私に妙になついていて、ここに来た時には、泊まっていきたいだとか血を吸いたいだとか、まあとにかく面倒なことを言う。私はそれらを殆どの場合、突っ返す。レミリアも不満そうにしながら、そう強くは言ってこない。私とレミリアというのはそんな感じだ。
そして今日もやはり泊まっていくと言ってきたのだけど、これが普段とは様子が違った。咲夜に毛布や食材を持たせてきて「今日はほんとに泊まっていくからね。泊まらざるを得ないわ」なんてしたり顔。本気でここでご飯作ってお泊りモードだったのだ。
さて、私としてはなんとなく落ち着かないからやっぱり帰らせる気で。しかし咲夜のご飯は惜しかったから、夕食まではここで食べることを許したのだけど。その結果、夕方から雨がどしゃ降りで一向に止まず、レミリアは帰るに帰れない状態となってしまった。さすがに私も、この中で帰らせるほど鬼にはなれない。
運命を操る能力。「ね、泊まる運命だったでしょ?」と得意げなレミリアは、いったいどこまでわかっていたんだろうか。
【一二月〇五日】
泊まるのは何かのための手段ではなく目的だったらしい。レミリアは昼頃までこたつでまったり過ごし、咲夜のご飯を食べて帰っていった。
蜜柑をもしゃもしゃ口に入れるレミリアに、一つ尋ねてみたことがある。私、博麗霊夢の運命があんたには見えるのか、と。
私の一年後の死が、私以外の誰かにも確信できるのか。それが知りたかったけのだけど、その前に、昨日書いた通り、運命というものへの懐疑が私にはあった。世界を構成する三つの層の話をして、未来は予定されないはずだと説明してやると、レミリアはくすくす笑って、運命についての講義を始めた。今日は彼女の話をここに記そう。
そもそも『世界の繰り返し』とは『未来の予測』の一種でしかない。物理の層と心理の層において、あらゆる物事の状態が完全に一致したならば、そこから導かれる結果も同じであろう、と。しかし実際には『同じ状態になる』ことが無い記憶の層が存在するため、同じ結果にはならない。物理と心理の層を完全に把握するラプラスの悪魔がいたところで、世界を予測することはできないのだ。
しかし、仮に。
物理と心理の層に加え、記憶の層をも観測、解析できる悪魔がいたとしたら、どうなるだろうか?(これを言った時のレミリアの鼻がひどく伸びきってたので、ついでにほっぺたもつまんで伸ばしてやった)
この世の物質、心理はすべて確率による選択肢でできていて、それを決定するのが、記憶が持つ運である。
悪魔が触れられるのは決定そのものではなく、決定を行う運……を持っている記憶自身であり、やや隔たりがある。また、特に知的生命体は心理の層における広がりが大きいため、選択肢からして非生命体などよりも非常に多くなり……さらに言うと、他の知的生命体との関わりが多い程、選択肢に選択肢が掛け合わさって膨大化し、予測は困難になる。これらのため完全な未来予測はできないが、それでも遥かに多くのものが見えていて。他者との関わりが少ない事物の運命なら、ある程度見えるとのことだった。
そしてレミリアは最後に、妙に大人びた、優しげな表情で言った。あなたの運命は見えないわ、と。
なんとなくほっぺた伸ばしておいた。
【一二月〇六日】
今日は昼過ぎまで眠っていた。
いや、違うのだ。別に私が怠惰なわけではない。起きた時に外が暗かったので、少し早起きしすぎたかと思って寝直したのだ。この時期の布団のぬくもりには底知れない魔力がある。
さて、寝直してまた起きたのだけど、その時もまだ外が暗かった。もうあまり眠くなかったけれど、布団の暖かさの中でじっとしているうちに、いつのまにかまた寝ていた。
そしてまた起きた時も、外は暗かった。さすがにおかしいと思った。寒い部屋の中を震えながら窓までたどり着いて、外を見てみたのだ。
真っ白だった。
雪が降って真っ白なんじゃなく、雪が窓を塞いでいて真っ白。昨日までは普通だったのに。尋常じゃないほどの積もりっぷりだった。
ぽかんとしていたら、いつのまにか紫がいた。
さっきまで私がいた布団の中にいた。
「あったかい……ああ、異変よ、霊夢」なんて言ってきたのでエルボードロップくらわせておいた。
さて、紫によると、一夜のうちに、もうとんでもないくらいの量の雪が降ったらしい。
紫が以前言っていた話……幻想郷が大雪である一方、外の世界では殆どの雪が人工物になったとかいう。これが何か影響してるのかと思って訊いてみたら、それも正しいらしい。外の世界の暖冬傾向が、幻想郷では大雪の傾向を生み出すと。加えて、あのレティ・ホワイトロックなる冬の妖怪が頑張っちゃってるとのこと。まあ大雪の傾向は仕方ないにして、頑張っちゃってる妖怪はとりあえず退治しとこうと思う。
とはいえ今日は、雪に埋もれた神社から脱出する道を作るくらいで夕方になった。崩れないよう結界で補強しつつ雪を掘り進め、道を確保する作業。なかなか辛かった。夜になると寒さも増すし、本格的な異変解決は明日にまわすことにした。「霊夢はのんきだからねえ」と紫に笑われたけど、人里はこいつの式が最低限守っているようだし、まあそこまで急がずとも大丈夫だろう。だいたい紫だって、「もう冬眠する……」と丸まって人の布団を占領している。本当にまずい事態ならこうはいかない。だから私も、とりあえず紫を布団から蹴り出してご飯を食べてもう一度寝てと、ゆったり行ってみようと思うのだ。
【一二月〇七日】
レティ・ホワイトロック。
今回の異変はこいつを倒せばいいってのがわかっていた。居場所こそ不明だけど、敵の正体がわかっているというのはなかなか親切だ。また、レティとは昔に一度手合わせしていて、実力もわかっている。はっきり言ってたいしたことない。こんな異変、半日もかからずに解決できる。
とまあ、当初私がのんびり動いていたのは、そんなふうに思っていたからでもある。倒すべき相手がわかっていて、その相手にはかつて勝利していると。それは、まあ油断と呼べるものではあったんだろう。
外に出て、雪の中を適当に飛んでいたら、レティは思ったよりもすぐに発見できた。時間がかかるとしたらレティの捜索そのものだと思っていたから、彼女が見つかった時点で、これで解決だなと思ったんだけど。
結論から言うと、敗北した。ぺちゃっと圧し潰された。
さて。
そもそもレティというのは、種族としては雪女に近い。
雪女。そう、雪女だ。妖怪の中でもかなり有名な類。
知られているということは、すなわち、その妖怪への畏れへと繋がる。人の畏れは妖怪の強さの基にもなるため、本来、雪女というのは、それなりに強力な妖怪のはずなのだ。そう、考えてみると、むしろ春雪の異変で戦ったあの時は、ちょっと不自然なくらいに弱すぎた。雪女幻想があの程度の力しか持たないはずが無かったのだ。
では、どうしてあの時はあんなにも弱かったのか?
こてんぱんにやられて寒さに震えながら訊いてみたら、レティは笑って答えた。
曰く。あの時は冬じゃあなかった。雪は降っていたけど、本来、春であるはずの時期。季節の移り変わりを否定しようとは思わない……つまり、巫女を倒して冬を続けようとか、本気で思っていたわけじゃない。ちょっとした遊びとして立ち塞がっただけだったのだと。けれど、今は違う。まぎれもなく冬。だから手加減はしないのだ、と。
つまり今回の異変は、EXレティとでも言おうか、本気の雪女が相手というわけだ。初戦は油断したが、同じ轍を踏む気は無い。明日こそはきっちりリベンジさせてもらおう。今日はもう凍えたのでこたつであったまることにするけど。異変チャレンジは一日一回なのだ。
【一二月〇八日】
レティとの弾幕ごっこ。昨日に引き続き、負けた。
負けた、のだけど、どうも何か勘違いをしていたような気がする。レティに負けたというよりも、冬そのものに負けたように思う。
レティの攻撃方法は、弾幕それ以前に、凄まじい寒気と吹雪だ。寒気のせいで私は迅速な回避行動が取れなくなり、吹雪に視界を遮られ、強い風で思うように飛ぶことも難しい。普段の華麗な弾幕回避術が殆ど封じられた格好なのだ。厚着をしていくってのにも限度があるし。一方でレティは、その状況こそがホームグラウンド。鼻水が凍りつきそうな寒さもなんのその。風にもてあそばれることも無く、どっしり悠然と構えている。これでは、私が勝てる可能性などほぼゼロだ。
異変解決というのは、トライアルアンドエラーである。一度の敗北がすなわち死となる真剣勝負とは違う。極論すると、何度も戦っているうちに偶然相手を撃破するのでもいいのだ。この幻想郷においてはそういうルールで、従わない者には従わない者なりの対処をすることになっている。
話を戻そう。まあ、偶然で勝ってもなんら問題ないとは言え、いつもいつもそうだというわけじゃあない。何度も戦っているうちに相手の弾幕の傾向を掴んでゆく。それを元に対策を組んで、というのの繰り返しだ。パターン作りごっことも言う。
さて、今回の相手、レティに関して、私は既に弾幕の傾向を……正確には、彼女との戦いにおいて意識すべきことが何なのか、わかっている。闇雲に挑むのではなく、対策を練る段階にあるのだ。
何はともあれ、あの寒気と吹雪。この二つをなんとかしなくてはならない。これらのせいで、まともな弾幕戦をさせてもらえない。レティは冬において自身の力を強めたりというよりは、冬という季節そのものの強さを増すことができる妖怪である。この寒気と吹雪はレティの力によるものだろうが、一方で、弾幕そのものはそこまで激しいものでもない。これらを無効化して普段どおりの弾幕戦に持ち込んでやること、それがレティ攻略の第一歩と見る。明日、私はレティではなく、まず冬を相手にするのだ。
……なんだか字面からするとこっちの方が途方も無いように感じるけど。
【一二月〇九日】
結界を引くとは、境を定めること。その際には、引く位置と、何の境を定めるかを意識する必要がある。紫あたりに言わせると、本当はそんな簡単なものじゃないらしい。才能ゆえに無意識下で様々な処理をできているため、その程度の認識で済んでいるだけ……とのこと。当の紫は私より簡単に結界を操っているように見えるけれど。実際は頭の中でいろいろ計算してるんだろうか。
さて。今回用いたのは、私の周囲十メートル程度の球状空間を切り取り、外と内の空気を触れさせない断気の結界だ。雪が吹き付けてきたらそれも溶かす。一方、レティの妖弾などへは干渉せず、普通に通すように設定した。
何故そうしたのかと言うと。干渉対象を妖弾などまで広げた場合、まず結界の損耗が早まる。そのため、私の力もその回復等に多く向けられてしまう。これは少し困るからだ。
まあ実際、妖弾など防がずとも避ければいい。球状の空間の中心に自分を置いて、レティに挑んだ。レティが叩きつけてくる凄まじい冷気の圧を結界で受け止め、弾幕を展開する。観客がいれば五分の戦いに見えたかもしれないけど、実際そうではなかった。自然を味方に付けるレティと、自然に逆らおうとする私。状況は互角でも消費する力の量は私の方が多く、持久戦ではおそらく勝てなかったろう。
だが、短期的に見れば、少なくともまともな戦いに持ち込めていたというのも事実である。レティは弾幕戦そのものはそれほど得意ではないため、まともな戦いができれば、時間制限付きとは言え私が勝つ可能性が高い。レティもそれに気づいたのだろう、賭けに出た。自身を弾丸として、私の結界を破壊すべく直に突っ込んできたのだ。
その結果。断気結界は壊された。
で。暖かい空気と冷たい空気が急に混ざって、凄い風が吹いたり、雲みたいなのがもわっと発生したりもして。
何がなんだかわからなくなったけど、レティも目を回していたようで、とりあえず陰陽玉で殴りつけてみたらそれで勝負は決してしまった。やや締まらないけれど、こういう偶然じみた出来事を利用するのも大事なことなのだ。うん。
ともあれ、今回の異変。降雪異変とでも言おうか。これにて解決である。
【一二月一〇日】
今日は一日お休み。
降雪が止んでも、今が冬である以上、既に降った雪は残っている。つまり我が神社は未だ雪に埋もれている。掘り出すとまではいかなくとも、とりあえずお賽銭箱までの道くらい確保しておいた方がいいのかもしれない。が、今日は休みだ。そう決めた。
勝ったとは言え、レティの突貫のせいで私の結界は破れ、せっかく引き連れていった暖かい空気は一瞬で散ってしまった。その後の帰り道。悲惨なことに、結界を破られるのは想定しておらず、そして行きの私は暖かい空気の中にいたわけで。要するに私は厚着をしてなくて、帰り道もいつもの巫女服で全力飛行。寒すぎた。あまりに寒くて、私のやる気は凍りついたのだ。今日は一日こたつから動く気は無い。
しかし、一人を相手に、三日間。手こずってしまったけれど、まあ、とりあえず倒した。
……私が言うのもなんだけど、この異変というシステムも不思議なものだ。ここに本気の闘争は無い。レティも、私という博麗の巫女が出張ってきた時点で、今回の件を異変と認識された、すなわち、いずれは私に倒されなくてはならないということがわかっていたはずだ。レティにとって、思うがままに雪を降らせるのは、とても楽しい時間だったろう。しかし、巫女が来た時点で、それが近々終わるということが約束されてしまう。ただ、巫女を退けるほどに、それを続けていられる時間が少しだけ増すというだけ。
異変の首謀者と認識された者は、異変というシステムをどんなふうに思うのか。今までの異変の多くは、少し事情が違う。例えば永夜異変の時の月人、守矢の連中や地底の妖怪ども、それに空飛ぶ船の乗組員たち。あいつらはおそらく、異変というシステムを知らずに異変を起こした。だけど、それを知っている者、例えば今回のレティみたいな奴は、異変というシステムをどう思っているのか。今度機会があれば訊いてみるのもいいかもしれない。
というようなことをこたつの中で考えていたらいつのまにか眠ってしまい、一日が終わった。
ともあれ、異変は解決した。レティは寒気を増幅するのをやめ、これから幻想郷は少し雪が多いだけの、いつも通りの冬を迎えることだろう。
【一二月一一日】
ゆっくり一日休んだ翌朝。正確には翌昼過ぎ。いやもしかしたら夕方くらい?
まあとにかく、起床した時点で、なんだか嫌な予感はしていた。
ちまちました妖気が、神社の周り……いや、もっと広範囲に。補足しきれないけど、おそらくは幻想郷全体に立ち込めていた。萃香が霧になって幻想郷全体を覆っていた時の感覚に近いけど、なんとなくぶれというか、揺れというか、ふわふわした気配が感じられる。霧ほどに細かいのが満遍なく幻想郷を覆っているのとは少し違う。萃香の霧を、もわもわした気配、気だるい熱気の中にいるようなものとすれば、今回のこれは、ちっちゃい羽虫が常にちょこちょこちょっかいを出してくるような感覚。何をやっていても気が散ってしまう。鬱陶しいことこの上ない。
雪はまだ神社を覆った、と言うより埋めたまま。以前掘った穴からのそのそ這い出し、外の景色を見てみた。
すると案の定。ちろりちろりと降る雪は、薄い紅をまとっていた。目の錯覚でも光の加減でもない。昨日までに敷き詰められた白い雪の上に降り積もり発光し、不思議な彩りを添えていた。
妖気の出所も、やはりその紅い雪。何かの自然現象とは、さすがに思わない。だいたいこういうことをする奴には心当たりがあるし、そもそも紅い雪から感じられる微かな妖気にも覚えがある。
レミリア・スカーレット。あの遊び好きのお子様吸血鬼が、大雪にかこつけてまた何か始めたに違いなかった。この雪に何か害があるかはまだわからない。いや、鬱陶しいという時点で私にとっては十分に害だけど。明日になっても続いていたら、ちょっと懲らしめに行ってやろう。今日は行かない。もう夕方で寒いし。
紫がいたら「のんきねえ」とか言うかもしれない。でも、本当にまずそうな事態だったら、冬だろうとなんだろうとあいつは出てくるはず。実際のところ、そこまでまずい事態ではないはずなのだ。今回も、レミリアのちょっとした遊びというくらいで終わることになるだろう。
しかしこの雪、レミリアの妖気にしてはなんだか不思議な感覚だ。彼女以外の誰かの力が込められているような気がする。まあそれも含めて、おそらく明日。訊いてみるとしよう。
【一二月一二日】
強さとは、いったい何なのか。
それを一概に言ってしまうのはなかなか難しい。おそらく、この幻想郷という場所だと特に。ここでは単純な強さ……例えば、相手を害する力だけでは、優劣が決まらない。弾幕決闘というルールが浸透しているためだ。もちろん、このルールは絶対遵守というわけではないけど、有力な妖怪たちがおおよそこれに賛同してくれているため、抜け駆けしてルール外での無法を繰り広げたりというのは難しいのが実情だ。このルールが実効力を持っているため、幻想郷における強さというのを、明確に格付けるのは難しいと思う。ルールの存在を隠れ蓑にして本当の力を隠している者も多い。まあそもそも、わざわざ力を格付けようなんて連中もそんなに多くないと思う……たぶん。
さて、このような書き出しにした理由は、紅美鈴との弾幕決闘にある。今日の昼間の出来事だ。
予想通り、紅い雪が止むことは無かった。それで、どうせレミリアの仕業だろうと当たりもついているし、紅魔館に向かったわけだ。馬鹿正直な門番は、この紅い雪に紅魔館の誰かが関与していたならばちゃんと仕事をするだろうし、そうでなければ雪だるまでも作っているかもしれない。そんなことを考えながら館に近づいていくと、案の定、門番は臨戦態勢。弾幕決闘と相成った。
結果は負けである。最近なんだか負けがかさんでいる気がするが、この敗北には理由がある。それは、妖気をまとった雪。感覚をちくちく刺激する鬱陶しい雪の粒は、弾幕決闘において私の集中を存分に遮ってくれた。レミリアの妖気に満ちた空間の中で美鈴の妖弾の気配を感じ取るのは、少々神経を使った。そのせいで、一歩ずつ一歩ずつ後手に回っていってしまったのだ。
私を落として調子に乗りやがった門番は「昔のほうが強かったんじゃない?」なんてほざいてくれた。あいつは明日絶対に泣かせるとして、しかし冷静に考えてみると、紅霧異変の頃はどうだったのか。レミリアの生んだ霧。レミリアの妖気に満ちた場所で、私は普通に戦っていた。
いったいどういうことだろう。昔よりは強くなっているつもりだけど、しかし強さって本当のところ何を指す? 少々悩んでいる。
【一二月一三日】
悩み事というのは、解決する時は簡単に解決してしまうものだ。
よくよく思い出してみると。昔の私はまだ未熟で、戦闘中に妖弾の気配を正確に感じ取ることなどできなかった。そして代わりに使っていた敵弾認識の手段は、やはり視覚。目で見て避けていたのだ。最近はもう妖力魔力霊力等々感じ取るのに慣れていて、戦闘中でも視覚よりそっちに頼っている面が大きい。だから昨日は、それをいきなり封じられて混乱してしまったのだ。
そうとわかれば門番なんてけちょんけちょんである。視覚のみで戦うのは最初こそちょっとおっかなびっくりだったけど、しばらくして昔の感覚を取り戻してくれば、もうこっちのもの。昨日の恨みを存分に晴らさせてもらった。
残る厄介な相手は、魔女とメイド。
館に入り、雪に感覚を惑わされることはなくなった。しかし、小細工無しで真正面からぶつかったとして……仮に、二人それぞれに私が七割の確率で勝てるとしても。二人を両方とも抜く可能性となると、五割程度となってしまう。このように異変解決というのは、事実上、一対複数の構造であることが多い。先のレティのようなことの方が稀なのだ。……まあそれもあって、異変解決のシステムでは解決側の複数回挑戦が前提されているのだけど。
ただ、今回は少し様子が違った。廊下の途中で私の前にいきなり現れたのは、メイド。十六夜咲夜。お約束というか、前口上のつもりで「雪を紅くするの止めろ」と言ったら、「もうそろそろ止めると思うけど」なんて返してきた。
咲夜は戦う気が無いようで、「外は寒いし、暖かいご飯でも食べて泊まってけば?」なんて誘ってきた。「明日の朝くらいには、紅い雪も止まってると思うし」と。
……その誘いに乗ってみたのは、咲夜の美味しいご飯に釣られたからではない。こいつらが一応は顔見知りだったためだ。知らない連中なら問答無用で叩き潰している。
一応、何かまずいことを企んでないかと確認も取ったし。勘だけど、まあ信用して大丈夫だと思ったし。明日の昼までという期限をつけて、冷えた身体を紅魔館で暖めることにした。繰り返すが、咲夜のご飯が美味しいということはこの決定には一切関係ない。
【一二月一四日】
紅魔館での朝。目を覚ましたら、下着姿の咲夜が隣に寝てた。
もちろん、私は別に変なことなどしていない。食事を済ませて、お風呂をもらって、案内された部屋で寝巻きを借りて、ふかふかのベッドに飛び込んだだけだ。問題は、どうやらここが咲夜の部屋だったらしいということである。なんとなく、寝巻きや枕から、どこかで嗅いだような、落ち着く香りがすると思っていたけど。
そう、このメイドは客に部屋を貸しておきながら、その存在に構わず普段通りベッドに入ってきたのだ。前々から思っていたけど、なんだかいろいろとずれている。
起きた時に周りに誰もいなければ、この状況を自分(と咲夜)の心の中だけに秘めておくことにしただろう。でも残念ながら今日の私は自力ではなく、レミリアが「さーくやー! 起きなさーい!」と扉を開けてきたので起きたのだ。ちなみに咲夜はすやすや眠ってた。
レミリア。「あんたたちそんな関係だったの!?」とベタな反応をしてくれた。本気で言っていたかどうかはともかくとして、誤解だと一応説明したらそれで納得してくれたようだった。
そのあたりで私も、どうして咲夜の部屋なんかで寝てたのかということに考えが至った。
レミリアをひっつかまえて、紅い雪降らすの止めろと言ってみた。レミリアはその時、なんだか乾いた、疲れた感じに笑ったのだと思う。それで窓を指差した。閉まっていたカーテンを私が一気に開けると、日の光が部屋に入り込んで、レミリアは悲鳴をあげて逃げてった。自分で開けろと言ったくせに。そしてそんな中、咲夜は眩しいのか目元をむにゃむにゃ動かしていた。この主従のペースはなかなか謎だ。
雪は、ちゃんと白色に戻っていた。結局何がしたかったのかと訊いたところ、明日の夜に紅魔館でパーティーを開くから来てほしい、そうすればわかると答えた。いま教えなさいと軽く脅しても、明日のお楽しみだと譲らなかった。仕方ないから、変なこと企んでないだろうなと念を押しつつ、ひとまずその場は引き下がることにした。
神社に帰り着いてみると、どっさり積もった雪が待ってくれていた。明日の夜まではひたすら雪かきになりそうで、ちょっと欝になった。
【一二月一五日】
レミリアに言われた通り、日が沈んでしばらく経ってから紅魔館に行ってみた。最近はもう、暗くなるのも以前に比べて凄く早い。
夏と冬のどちらが好きかと問われたら、私だったら、夏には冬と、冬には夏と答えるだろう。つまり、どちらが好きか明確には答えられないということだ。けれど吸血鬼などは、夏よりも冬の方が好きと明確に答えるのかもしれない。活動できる時間が、冬の方がはっきりと長いのだから。
パーティーは紅魔館、門の前での立食形式。こんな季節に正気かと思ったけれど、足元はきちんと踏み固められていて、雪こそちらちら降っていたけど風も無く、そして寒さに関しては、パチュリーの魔法だろうか、会場の気温は春の夜のそれだった。
パーティー自体は思ったよりも小規模なものだった。わざわざ私を誘ってくるくらいだから、ロケットが完成した時みたいに幻想郷中の妖怪を呼んでいるのかと思っていたけど、そういうわけではなかった。どちらかというと身内向けという印象で、周りを見ても酒と食事を楽しんでいるのはメイド妖精と、なにか楽しいことの匂いを嗅ぎつけて来たのだろう妖精たちばかり。むしろ紅魔館内だけの宴会に私がひとり侵入したかのような感じだった。
レミリアはどうして私を呼んだのかと不思議に思いながら、とりあえず私は洋酒で喉を潤していた。幻想郷には日本由来の妖怪が多いからか、洋酒を積極的に溜め込む奴は少ない。思う存分飲めるのは紅魔館のパーティーくらいなのだ。
しばらくすると、レミリア、咲夜、パチュリー、なぜか魔理沙、そしてなんとフランドールが、連れ立って館から出て来た。フランドール・スカーレット。滅多に人前に現れない悪魔の妹。ついでになぜだかいる魔理沙。いったい何をする気かと思っていると、フランドールが、何やら魔術を行使し始めた。フランドールの魔力は風船のように膨らみ、紅魔館一帯を覆って、そのまま高く高く、天へと昇っていった。
術の効果はすぐに現れた。と言うか、一目瞭然だった。ちろりちろりと降っていた雪が、その色を変えた。紅、ではなく。赤、橙、黄、緑、青、藍、紫。
虹の色をした雪を、フランドールが、降らせていた。
【一二月一六日】
これは私、博麗霊夢の日記のようなものなのだけど、日記だとそう限定してしまう気はない。私の体験、考え、知識、想い。それらと違うものが紛れ込むのも、偶にはいいかと思う。
だから今日は、或る吸血鬼の姉妹について記すことにする。顔を見れば憎まれ口を叩き合い、身体が吹き飛ぶような、殴り合い穿ち合い千切り合いの喧嘩をすることもある。相手がいない時でも、互いの悪口を欠かすことは無い。そんな姉妹の話だ。
二人の仲は、決して悪くはなかった。普通の人間には悲惨と思えてしまうかもしれない関係も、長きを生きる吸血鬼には意味を違える。身体を消し飛ばすのもじゃれ合いにしかならないし、相手が多少の悪口に本気で嘆き悲しむはずが無いと互いにわかっていた。触れ合いの規模こそ人間には理解が難しいかもしれないが、二人の仲は、敢えて言うなら良好ですらあったのだ。
だがある時、姉妹の関係に僅かな変化が生じた。日光や雨が弱点だってならそれが届かない場所にいればいいじゃない、という思いつきに従い、妹が、住んでいた館の地下室に閉じこもったのだ。
館の外への興味が少しばかり強かった姉は、妹に付いていくことは無かった。とは言え妹の行動を止めようとも思わなかった。むしろ歓迎した。
姉には他者の運命を覗き見る力があった。運命視は、外界との接点を絶った妹の未来を、それまでよりも明確に映し出した。姉が視た妹は、一人きりの地下室の中、自らを幸せと疑わず生き続けてゆく、そんな定めにあった。妹には情緒不安定な部分もあるため、外に出して不確定要因に触れさせるよりは、そのまま地下室で生きてもらった方が確かな幸せを得られるだろうと、姉はそう信じた。
しかし時が過ぎ、妹は外に出た。地下室に入った理由などとうに忘れ、人間への興味に従って。
それを姉は止めなかった。本気で外に出さない気であったなら、そうできていたはずなのに。
外に出ることが妹の望みであったのは間違いない。しかしそれでも姉は、時折考える。約束された幸せへと、妹を導き放さぬべきだったのか。何もかもが不確かなこの場所で思うがままに生きてもらう、それで正しかったのか。
答えは出ていない。
【一二月一七日】
いま私は、この日課の八九〇文字を、昨日と今日の二日分まとめて書いている。
と言うのも。昨日は、フランドールが降らせる虹色の雪、それを感慨深げに眺めるレミリアの思い出話兼悩み相談兼愚痴を、朝方までじっくり聞かされ。
日が昇る頃に帰宅、そのまま布団に入って爆睡。日が沈む頃に起きたのだけど、話に付き合ってるうちに飲み過ぎたのか、ひどい二日酔いでまともに動けず。布団の中でダラダラと、睡眠と覚醒の境を行ったり来たり。貰ってきていた料理の余りを適当につまんだりとしているうちに、なんと一日が終わってしまったのだ。
なんて無駄に生きてるんだろうと、さすがの私も少し反省した。残り一年弱しか生きられない、そんな確信が一応あるのだけど、一年という中途半端な長さのせいか、どうにも実感が持てない。一週間とか一ヶ月とかなら、それなりに焦りも出てると思うのだけど。
ともあれこの日課、昨日の分に関しては、私のだらけっぷりを八九〇字に拡大して残すのも気が引けるので、レミリア……或る吸血鬼姉妹の姉がお酒飲みながら語った話を、適当に重要そうな部分だけ引っ張り出してまとめてみることにした。しかし、やろうと思えばこんなにコンパクトにまとめられるのに、よくまあ一晩も話し続けてくれたものだ。
まあ、あの二人の仲が良いというのは、正直なところ意外だった。雪を紅く染めたのも、フランドールが魔術の実験で雪を虹色に染めているのを上から塗り潰し隠すことで、異変とみなしてやって来るであろう者……つまり私の目を逸らし、魔術が完成するまでの時間を稼いでやるつもりだったとのことである。
でももっと意外だったのは、あのレミリアが、なかなかどうして面倒くさい悩みを抱えていたということだ。幸せの運命。誰かと関わることで不確定になる。ただ、フランドール本人にはそれを告げない……自身の運命は知らせないのだとも、運命を視る際、レミリアは自分に定めているとか。ほんと、思ってたより真面目な性格なのかもしれない。
さて。ともかく、降雪にして紅雪にして虹雪の異変は、これにて解決だ。今後はまたいつも通り。真っ白い雪が幻想郷を適度に染めていくだろう。
【一二月一八日】
今日は魔理沙が遊びに来て適当に駄弁っていった。魔理沙とうちのこたつでまったりするのはなんとなく久しぶりだ。ここしばらく会う機会が無かったのは、私が飛び回っていたというのもあるけど、魔理沙の方が紅魔館に潜り込んで、フランドールの魔術構築に付き合っていたというのが大きい。数日前に見たあの術式は、意外にも繊細な魔力操作が必要になるとかなんとかで、それをあのフランドールが行使しようというので、パチュリーがいろいろ教えていたらしい。……魔理沙がフランドールに付き合ったんじゃなくて、付き合わせてもらったと言うのが正しいかもしれない。
さて、魔理沙との久々の世間話。その中で、少し考えたことがあったので、記しておこうと思う。
その話のきっかけは私の方。フランドールを指して、よくもまああんな気狂い妹と一緒に居られるわねとか、はずみで殺されちゃっても知らないわよとか、そんなことを言ったのだ。フランドール・スカーレット。彼女の危うさが人間を知らないところにあるのだと、魔理沙は気づいているだろうか。あいつは魔理沙という個人のことを知ってはいても、人間という種族を未だに知らない。
まあそれはさておき。魔理沙の返答は、「お前こそ、こんな妖怪神社にいるくせに」というものだった。そのうち妖怪に喰われるぞ、とも付け足してきた。
目から鱗だった。言われてみると、そう考えたことは無かった。たしかに、フランドールは人間にとって危険な生き物だと思うけど、神社に集まる連中がそうでないなんて保証は無い。私はあの連中のことを全て理解できているというわけではもちろんない。近頃は、知性ある妖怪がおおっぴらに人間を襲って喰うなんてことは殆ど無くなったけれど……私の知らないだけで、実際はそういったことが行われている可能性だってある。外見的には普通の女の子って感じの連中が多いからつい忘れそうになるけど、一緒に酒を飲んでいるその裏で人間の身体を貪っていたりということも、もしかしたらあるかもしれないのだ。
そんなことを考えているうちに、ふと思った。
私はどうやって死ぬのだろう。もしや、誰かに喰われて死ぬんじゃないだろうか。
【一二月一九日】
近頃異変絡みで忙しかったからだろうか、自分の死について考えることはあまり無かった。考えたとしても、どうにも実感が持てないなあという程度。
しかし冷静になってみると、これを書き始めてから既に二〇日間ほどが過ぎている。時間が過ぎるのは早い。この、二十日間という短い時間を九回繰り返す頃には、一年の半分は過ぎようとしている。……なんて言うとややこしいけど、ようするに、これを二〇回繰り返す頃には私はもういないというのだ。ちょっと信じがたい。
しかし死に方。死に方か。選べるものなら選んでみたいものだ。どうせなら幸せに、あと綺麗に死にたい。首くくったりはちょっと嫌だ。死体を残して、誰かに見られるというのもなんとなく落ち着かない。なんだか猫の気持ちがわかってきてしまった。どこかに、影も形も無く消え去ってしまいたい。
これは私の願望だけというわけではない。巫女の死体というのは、そのあたりに無造作に置いておくには少々危険なはずだ。正確には、巫女に限らず、力のある人間の死体。そこらの妖怪がこれを口にしたら、変に力を得てしまう可能性がある。自分で言うのもなんだけど、私の身体は最高級の妖力増強剤になってしまうのだ。
となると、しかるべき処理を、信用できる誰かに頼まなくてはならない。面倒くさいことこの上ない。そもそも、まだ若い私がこういうことを頼むってのも、なんだか気が引ける。まったく、死ぬことくらい何も考えずにやらせてほしいものだ。
でも、病気やらなにやらでコロンと逝くならまだいいけど、誰かに喰われるとか、そうでなくとも誰かに殺されるとかだったらどうしよう。それも知り合いとか。想像してみると、さすがの私もぞっとしない。
なんだかもう、これから先ずっと引きこもることにして、その上でレミリアに運命でも視てもらうかと思えてきた。死という事象だけが約束されているのは、なかなかに薄気味悪い。誰と、何と約束したのかもよくわからないから尚更だ。
だいたいこれは未来予知なんだろうか? それとも、実は私の身体の内部に何か異常があって、それをなんとなく感知してるだけとか? せめてそのくらいは知っておきたいものだ。
【一二月二〇日】
医者と書いて永遠亭に行ってみた。別に病気になったとかそういうわけではない……とも限らない。症状が出てないだけで実は私は病気で、そのせいであと一年後に死ぬのかもしれない。その可能性を確かめるために行ってみたのだ。事前に人里の医者にもかかってみたけどまるで健康体との診断で、これ以上詳しい検査を望むならと、永遠亭を勧められたのだ。実際、幻想郷で今もっとも進んだ医療を享受できるのは、間違いなく永遠亭であるらしい。
永遠亭の宇宙人どもが信用に値するかというのは、正直それなりに悩みもした。あるいは、紫あたりの方がまだ信用できるのではないか。……そんなことを考えているうち、自分には信頼できる相手というのがほとんどいないことに気づいて、なかなか驚いた。紫は、幻想郷の保持に関することなら、ある程度信じて用いることはできると思う……けど、それ以外についても全面的に信じて頼ることができるのだろうか。魔理沙。実際、それなり以上の力を持っている者の中で、信頼できるのっていったら魔理沙くらいじゃないだろうか。
まあ、そうは言っても、実際のところ、普段の私は紫をはじめとした妖怪連中のことを、ある程度信頼というか、友人として扱っているのは確かなんだと思う。ただ、それは、私が一人でちゃんと立っていられてる時のこと。私自身が揺らいでいる今、改めて考えてしまう。彼女たちのことを信じていいのだろうか。
わからない。だいたい、信じられないとはどういうことだろう。彼女たちが、私にとって致命的な何かを企んでいるとでもいうのだろうか。致命的な何か。それは異変の画策などではない。例えば、幻想郷を支配するとか、滅ぼすとか。人里を襲うとか。博麗の巫女を亡き者にするとか。
そういうことは、無いと思う。無いと思うのだ。きっと。少なくとも今は。幻想郷は、そういう場所ではないと。博麗の巫女と彼女らとの関係は、そういうものではないと。
永遠亭での検査の結果は、特に問題なし。これを信じるかどうかは私次第。だけど、ひとまずは、信じてみることにした。現時点で私の身体に異常は無い。しかし、とすると、結局私はどうやって死ぬのだろう。
【一二月二一日】
私に起こるであろう一年後の事象は、あるいは私にではなく、博麗の巫女に起こることではないか。そんなふうにも考えた。
こうして巫女をやっている私自身、博麗の巫女なるものについてはあまりわかっていない。ただの名誉職、とはさすがに言えない。なんだかんだで多少の実力は必要だ。けれど実際のところ、人間が妖怪を退治するという基本的なポーズ、その象徴としての面が強いように思う。
例えば八雲紫という賢者の存在などは、それを裏付けている。幻想郷には、博麗の巫女の手に負えなくなった事態を収拾する最終装置が、巫女以外にちゃんといるのだ。しかもこの最終装置、面倒くさがりなのも確かだけど、一方でなかなかお節介でもある。本当に幻想郷が滅亡するか否かという瀬戸際まで、その姿を現しはしない──なんて、最後の手段らしく振舞うことは無い。ふらふらと幻想郷をうろついて様子を見たり、ちょっとしたことでも私を引っ張り出していろいろ指示を与えたりと、実に忙しい幻想郷のトップなのだ。
さて話を戻して、博麗の巫女としての私のことだけど。
しかし実際、博麗の巫女としてなにか特別な力やら神器やらを受け継いだようなことも無い……強いて言うなら、陰陽玉くらいだろうか。まあつまるところ、巫女になったことで私の中に何か特別な因子が宿ったかというと、そういうのは無いように思うのだ。先代との血縁も無ければ、何らかの継承も無い。そもそも先代に会ったことすら無いし。
博麗の巫女について、誰かにもう少し訊いてみようかと思ったけど……最も知っているであろう紫は、今はもう冬眠中だろう。それでは他にと考えてみたけど、紅魔館や守矢の連中は幻想郷に来たのは最近だし、冥界や永遠亭の奴らは最近まで幻想郷に不干渉だったし、萃香を含めた鬼、地霊殿の連中、命蓮寺あたりもまた、地下にいたことを考えると博麗についてそれほど知っているとは思えない。あと思い浮かんだのは、山の連中や、閻魔様とか……はっきりいってあんまり会話をしたくないのが残った。やはり慣れというのもあるし、紫に訊いてみるのが一番落ち着きそうだ。あのブン屋あたりでも、まあいいかもしれないけど。
【一二月二二日】
幼い頃のことって、そんなに覚えているものだろうか。
私が博麗の巫女になったのは、それこそ、幼い頃。巫女になるにあたって、何か特別な儀式みたいな、心に、記憶に残るようなことはしなかったように思う……まあ、何も覚えてないというだけなのだけど。しかしこれ、もしかしたら誰かに記憶を消されてるんじゃないだろうなと、ふと思い至った。もしそうだとすると、下手人の候補としてはやはり紫か。
他の人はどうだろう。幼い頃のことって、そんなに覚えているものだろうか。魔理沙がいつものごとく、特に用は無いくせにわざわざ来ていたのでとりあえず訊いてみたのだけど、「昔のことは忘れたぜ」と繰り返すのみで、まともに取り合ってくれなかった。そうなると私としても少し腹が立つ。なので、うふふうふふと何度もしつこく笑ってやったら、苦い顔弱った顔泣きそうな顔になってった。しかし魔理沙っていつの間にか男言葉になってたけど、どうしてなんだろう。
幼い頃。具体的には、そう、五歳か、それ以前と言ったところだろうか。
私の記憶。それをなんとかおぼろげにでも拾い出せるのは、だいたい五歳くらいからだ。そしてその頃、私はもうここで巫女をやっていた。それ以前のことは、まったくと言っていいくらいだろう、覚えていない。
五歳。いやしかし考えてみると、本当にそれが五歳の頃なのかもわからないのだ。私は自分の生まれを知らない。両親も知らない。私が生まれた時から私のことを知っている人というのが、誰もいない。少なくとも私は、そういう存在を知らない。この五歳というのは、今の年齢から逆算したもので。そしてその今の年齢というやつも、なんとなく魔理沙と同い年ということにしているだけだったりする。実際に何歳なのかはわからない。もしかしたら魔理沙より年上なのかも、あるいは私の方が年下なのかもしれない。私のこの辺の事情はいちおう誰にも話していないんだけど、紫や天狗あたりなら話すまでもなく知ってるのかも。
しかし、ここ数日間で紫に訊きたいことが増えているのに、本人は冬眠中。本当にタイミングが悪いと言うか、まったく、必要無い時に来て、必要な時に居ない奴だ。
【一二月二三日】
守矢の神様のフランクさは今となっては多くの人妖の知るところだけど、特に洩矢諏訪子などは、人生(神生?)楽しんでやがるなという感じがする。外の世界の発展によって段々と忘れられ、信仰が無くなってゆき、存在が危うくなっていった神たち。そのへん考慮すれば外の世界の技術などには嫌悪感とか持ってそうなもんだけど、これがまたそうでもない。
幻想郷に科学の技術をもたらし、それによって信仰を得ようとしているとか、そういうのならまだわかる。しかし、しかしだ。外の世界のゲーム機やら漫画やらなにやら持ち込んで、見た目どおりの幼女のように遊んでいるのは、いくらなんでも信仰とは関係あるまい。
どうにもこの神、諏訪子は、外の世界の文化に漬かりきっている。まあ悪いとは言わないけど、違和感が無くもない。寝転がって漫画読んで爆笑してる神様ってどうなんだ。……とそんなことを早苗に言ってみたら、なにかひどく諦めたような顔で「何も言わないでください」なんて言われたので、ひとまずこれに関してはいろいろと心に秘めるだけに留めておくことにした。
さて。外の世界の文化に漬かっている諏訪子であるのだけど、私はというと、それほど外の世界について知っているわけではない。幻想郷の住民の中では外の世界に近い位置にいるけど、実際に行ったことがあるわけでもなし。紫が雑談がてらちょこちょこ教えてくれる程度だ。なのでもちろん、外の文化を前提にした話を振られてもわからない。
「今日は娘の誕生日なんだ」と渋い笑顔で言われても、はあ、と間抜けな応対しかできなかった。私がちゃんとした(?)返しをできなかったからか、諏訪子は残念そうにしてたけど、そもそもどんな反応を求めていたんだろう。
しかも、娘でもなければ、今日でもなかった。よくわからない。
なんでも、明日が早苗の誕生日だというので、誕生日がてらうちきてメシでも食わないかいという誘い。魔理沙やら咲夜やら、同年代っぽい人間の娘っ子に声をかけてるとか。
いわゆる誕生日会というやつ。まあせっかくなので、行ってみることにする。実のところ、今まで機会が無くて、そういうのに参加するのは初めてなのだ。
【一二月二四日】
クリスマスという文化が外の世界にはあるようだけど、幻想郷ではそれほど広まっていない。元は偉い人の誕生日だとかで、それにかこつけて子供が親にプレゼントをねだるとか、男女が仲睦まじく過ごすとか、そういう感じらしいけど。この幻想郷で、そんなのがわざわざ広まる理由が無い。むしろ外の世界でどうして広まったのか不思議なくらいだ。
東風谷早苗はそんな日に生まれたらしい。いいのか悪いのかはよくわからない。クリスマスのプレゼントと誕生日のプレゼント、昔はそれぞれもらっていたのが、いつのまにか一緒にされて一つになってたなあと、早苗は苦笑いしながら語った。神社の経営も大変だったみたいですし……と早苗が目を背けると、神たちがなにかダメージを受けたみたいだった。
そんな話を聞きながら、私は、早苗と両親の仲はどうだったんだろうと、少し思った。幻想郷に来たのは、神奈子、諏訪子、そして早苗だけ。早苗は、両親と別れて来ている。もしかしたら既に亡くなっているのかもしれない。だとしたら、むしろ吹っ切れたりということもあるのだろうか。でも、もしそうでなくて、存命の両親と別れてきたのなら。早苗は何を思ってここに来たのだろう。
私にはわからない。わからないから、考えたんだと思う。出会いが無ければ、別れもまた無いものだ。変な言い方だけど、私は両親と出会わなかったのだ。たとえ出会っていたのだとしても、別れていたのだとしても、もう忘れてしまった。
早苗はどうなのだろう。もしかしたら、さほど気にしていないのかもしれない。気になっていないのかもしれない。冗談交じりかもしれないけど、諏訪子は言ったのだ。今日は『娘』の誕生日だと。
後にして思うと、その時の私は、普段よりもかなり感傷的になっていた。
だって、こういうのは初めてだったのだ。誕生日を祝ったり祝われたりすることがありそうな相手としては魔理沙がいたけど、私たちは互いに、誕生日を教えるなんてことは無かった。
……でも、その魔理沙は会の途中、「私も祝ってもらおうかなー」なんて言っていた。すごく何かを言いたくなったけど、自分でもよくわからない。今日の分はこれで終わりだ。
【一二月二五日】
誕生日会の名を冠した宴会は、夜を徹して行われた。
明け方に神社にたどり着いた私は、ふと目に付いたこの日記じみた手記に、酒の勢いも借りつつ昨日の分を書き。そして今、起きた直後に今日の分としてこれを書いているというわけだ。もう夕方。季節が季節なので、日も沈みかけている。さすがに普段の、妖怪混じりの宴会ほどに酷いことにはならず。二日酔いにもならずに済んだらしい。
昨日は結局、私、魔理沙、咲夜と、混じりっけの無い人間だけが集まった。咲夜は仕事があると言って最初は断ったらしい。が、レミリア直々のお許しが出たというか、むしろせっかくだから行ってみなさいみたいなことを言われて、ほとんど拒否権無く出席と相成ったとか。まあなんだかんだで楽しそうにしていた。メイドの本能で給仕やらなにやら始めるかと思ったけど、料理とかの雑事は神様二人が担当していて、私たちはまるっきりお客様扱いだった。ほんと、あの二人は時々あるいはしょっちゅう、神らしくないところを見せる。
早苗は昨日で、十七歳になったらしい。魔理沙が、「げ、私より年上かよ……」なんて言っていたけど、まったく同感だった。年上にしては早苗は、なんだかこう、腰が軽い気がする……が、だからといって年下っぽいかというとそうでもない気がするので、まあそんなものかと飲み込んでおいた。ちなみに、その場の流れで咲夜にも年を訊いてみたけど、秘密との答えだった。こいつの経歴もなかなか謎だ。
それと、魔理沙の誕生日が判明した。だいたい今から二ヵ月後だそうだ。その時には盛大なパーティーを開くとか言っていた。こんな年にもなって、とは思ったけど、早苗の誕生日会の場である。口には出さないでおいた。
私もやはり誕生日を訊かれることになったけど、そうなるのは予想できていたので、別にいつだっていいじゃないとか、私は祝ってもらおうとか思わないしとか、適当に誤魔化した。両親がいないからわからないなんて馬鹿正直に言って変な空気になったら嫌だし。
まあ正直な話、誕生日なんて本当にいつだっていい。ここ数日で急に意識させられたけど、これまで、そんなの無いものとして生きてきたのだし。
日記形式で毎日投稿してやるぜ、的な試みなのでしょうか?
続きを楽しみに待ちたいと思います。
完結した時に点数を入れようと思いますが、永遠に点数が付けられないかも。むしろそっちを望みますが。
これは毎日ここまで足を運ばねばなるまい。
楽しみにしてます。
自己満足で立派に書き上げなさったなら賞賛物です。
まあ意地悪を言うと、あなたが仮に、霊夢以外のキャラの日記小説を書いた場合に、
文体構成はどうなるのか。私の予想では殆ど変わらないだろうと思います。
というのも文体構成は日記小説にとって重要だと個人的に考えていますから。
とにかく期待してます。
期待したい
まあやれるところまで頑張ってみてください。期待してます
頑張ってください!
私も陰ながら応援させて頂きます。目指せ一年!
毎日覗きますね
まとめて完成させて、投稿すりゃいいのに……。
890字か……。一年半も続ければ、創想話の表示で1MB越えるのかな。
日記小説における文体に対する価値観はともかく、
文体には創作的余地が十分あることは主張させていただきたい。
具体的内容は割愛。
その手間のかかる、難易度の高い点を踏まえた上で、上のレスを差し上げました。
(男言葉とか女言葉とかおねー言葉とかそんなんじゃないっすよ。)
くだくだ言うのはこれっきりにさせてもらいますのでご安心ください。
自己満足に対しての批評なぞ何の価値もありませんからね。(悪く取らないでくださいね汗)
そうきたか……300日くらい纏めて続きをアップしてくださっても構いませんのよ?(お
続きが楽しみです
レミリアのことばに含まれてる意味が優しくていいですね。
ゆるーい紫がなんかいいなぁ。
頑張ってくださいね。
これが完成した時、何点くらいになるんでしょうかね。
最近そんなことを読みながら思います。
霊夢さん可愛い。