日が傾き、茜色に空が染まる。
人間達の時間が終わろうとし、妖怪達の時間が始まろうとするその境目。
そんなあやふやな時間に、森と里を繋ぐ街道を歩く五人の男の姿があった。
名前はそれぞれ、佐藤、鈴木、高橋、田中、渡辺と言った。
成人して間もない年齢である。
「ハァ……、疲れた……」
「親方も親方だよな、あんなにも怒るなんて」
「ばーか、原因はお前のせいだろ」
「人のせいにするんじゃねーよ……、お前が一番調子に乗ってたじゃねーか」
「明日の仕事、休みてぇ……」
手に仕事道具の入った袋を持った男達は疲れた表情で愚痴を漏らす。
五人とも同年代で、仕事を始めたばかりなのだろう。
その日も散々に怒られ、絞られた挙句、疲れとストレスを溜めての帰宅途中だった。
まぁ、全ては先達の忠告、指導を真面目に聞き入れない自分達の自業自得なのだが。
それも、若さゆえである。
「あーッ、むしゃくしゃするなぁ……」
「でも親方に反抗したって、俺たちじゃ敵わないしなぁ」
「ったく、なんだよあの筋肉ダルマ……」
「いつか絶対、残り少ない髪の毛毟ってやる」
ギャハハハと下品な笑い声を上げる五人は湖へと差し掛かる。
ここまで来ると、里までもう少しである。
「そういえば夕暮れ時に変質者が現れるってもっぱらの噂だぜ?」
「あー、その話なら俺も聞いた。へんな格好して徘徊してるらしい」
「なんでも見た奴は酷い状態で寝込んでるそうだ」
「ひでぇ話だな、さっさと帰って酒でも……ん? おい、なんか聞こえないか?」
鈴木がそう言うと、他の四人も愚痴を止める。
すると、湖の方からキャッキャと戯れる声が聞こえてきた。
「なんだ、妖精かよ……」
妖精が遊んでいる姿など、幻想郷ではさして珍しくない光景である。
「なぁ……、ちょっとうっぷん晴らしていかね?」
高橋の魅力的な提案に、全員が喉をゴクリと鳴らした。
§
「やん、もう、チルノちゃん、冷たいってばぁ」
「あーん、ずぶ濡れになったじゃないのぉ」
「アハハハハっ」
妖精少女達はキャァキャァと笑いながら、水を掛け合い遊んでいる。
飛び散る水滴が西日に照らされてキラキラと輝くその様はまさに幻想的と言えた。
「あー疲れたぁ」
遊び疲れたルナチャイルドが岩場に腰をかける。
それを切欠にほかの妖精達も水辺からあがり、腰を落ち着ける。
そんな折り、幻想的な風景に似合わない存在が乱入してきた。
人間の、若い男達――佐藤、鈴木、高橋、田中、渡辺である。
「やぁ妖精さん達、楽しそうだったねぇ」
突然声を掛けられた事に、妖精達は驚き、動きを止める。
「ひ……っ」
ニヤニヤと笑みを浮かべる男達を目にし、怯えるような声を出したのは大妖精である。
「ちょ、ちょっとサニー、能力つかってなかったの?」
「そ、それを言うならルナとスターだって……」
「遊びに夢中で気がつかなかったわ……」
普段なら声を掛けられた時点で一目散に逃げているのだが、
水を吸った分と遊び疲れた為、彼女達は普段のような素早い行動に移れなかった。
それ以上に、驚きと口論でその逃げるという選択肢を失っていた。
「君達はサニーちゃん、ルナちゃん、スターちゃんって言うんだね」
「三人ともかわいいねぇ」
「そっちの二人も可愛いけれど、名前はなんていうのかな?」
名前を言われ、怯える光の三妖精達を尻目に、質問されたチルノはわざわざ名乗ってしまう。
「あたい? あたいはチルノよ、こっちは大ちゃん」
「チ、チルノちゃぁん……」
状況が理解できていないチルノに大妖精は泣き言を漏らす。
「それであたい達になんの用なの?」
チルノの問いに、田中が気味の悪い笑みを漏らす。
「大丈夫、簡単な事だよ……」
五人はそれぞれの妖精へと向き直る。
「サニーちゃん、座ったまま靴下を穿いておくれ!」
「ルナちゃん、このバナナあげるから銜えてる所見せて!」
「スターちゃん、その長い髪くんかくんかさせて!」
「チルノちゃん、その濡れた素足ペロペロさせて!」
「大ちゃん、濡れたスカート絞って出た水滴舐めさせて!」
男達のキモい要望に、妖精達は間髪いれずに絶叫する。
「「「「「へ、変態だぁーッ!!!」」」」」
この絶叫に男達はムっとする。
「勘違いしないでおくれ……」
「俺たちは変態じゃないよ」
「俺たちはどうみても紳士だ」
「仮に変態だったとしても」
「変態という名の紳士だよ!」
男達はそう告げると、妖精達ににじり寄る。
「そ、そういえば変質者が出るって人間達が話してたの聞いたわ」
なにもこんな時に思い出さなくてもいいのに、サニーは恐怖を煽るようなことを口走る。
「変質……、もしかしてこいつらなんじゃ……」
ジリジリと距離を詰められる中、恐怖に震える妖精達はお互いに身を寄せ、抱き合いながら泣き叫ぶ。
「だ、誰か助けてぇぇえええっ」
「叫んでも誰も来ないよ……」
「そうそう、日が落ちるまでもう少し掛かるからね」
「人間は帰宅する時間だし、妖怪達も起きる時間だ」
「さぁ、うっぷんを晴らさせておくれ……」
「イヤァァアァアアっ」
男達に囲まれ、絶体絶命なその時だった。
妖精達の叫びが天に届いたのか、男達を制止する声が掛かる。
「そこまでよ!」
女性の声が周囲に響く。
「誰だ!?」
思わず振り返った男達が見たものは……
『奇妙なポーズ』『カラフルな蛍光色の衣装』
『フリルいっぱいのミニスカート』『蝶のような恥ずかしい仮面』
そして、『明らかにわかる年増臭』
男達は顔を引きつらせて叫ぶ。
「「「「「へ、変態だぁーッ!!!」」」」」
男達の反応に、恥ずかしい格好の女性が憤慨する。
「ち、違いますっ、私は変態なんかじゃありません!」
「じゃあ一体何者だよ」
「良くぞ聞いてくれました。私は……」
コホンと咳払いすると、恥ずかしい格好の女性は両手を合わせるとゆらりと揺れるようにポージングをとり、
合わせた手を開花する花のように開く。
「法界に咲く、一輪の花! キュアひじりん!」
バァァァアン!!と女性の周囲に光が立ち昇る。
「……」「……」「……」「……」「……」
「……」「……」「……」「……」「……」
妖精達は不安そうに顔を見合わせ、男達は呆れたような冷たい視線を投げかける。
そして一様に、『きっとこいつが変質者だ』と悟った。
そんな空気の中、キュアひじりんはまったく動じる事無く跳躍する。
「とう!」
くるりと空中で一回転すると、男達と妖精達の間に割って入る。
「ここは私に任せて、さぁ、早くお逃げなさい!」
「え……? あ、ありがとうございます!」
呆気に取られていた妖精達だったが、お礼を言うとすぐさまその場から飛び去る。
「あぁ、俺達の妖精さんが!」
憤慨する男達に、キュアひじりんは宣言する。
「さぁ、残るあなた達にはオシオキしてあげます」
怒り狂う男達は瞬く間にキュアひじりんを取り囲む。
「へ、何がキュアひじりんだ! 命蓮寺の白蓮さんを真似たつもりか?」
「あの特徴的な髪色は真似れてもな、あの人はお前みたいな悪趣味じゃないぞ!」
「大方こいつの正体は満足に変身もできない落ちこぼれのドッペルゲンガーなんだろう」
「そうに違いない! この勘違い妖怪め」
「俺たちが退治してやる!」
男達が一斉に飛び掛る。
「オラァ!」
「甘いです」
佐藤の繰り出す拳、鈴木の鋭い手刀を難なく避けると二人を打ち据える。
そこに高橋がタックルを仕掛けるが、ひじりんはコレを飛び越える。
「その程度……っ」
だが、その瞬間を狙って田中と渡辺が蹴り放ち、ひじりんの体を捕らえる。
「喰らえ!」
「くっ」
吹き飛ばされたひじりんは片手で地面を打つと、ひらりと身を翻して着地する。
「っつー……、あいつ中々強いぞ」
打ち据えられた二人が立ち上がる。
「っ……、中々やりますね」
多勢に無勢であり、手数の関係で攻撃を受ける事は予想できていた。
しかし、最初の攻撃で少なくとも二人は気絶させた筈だった。
それが気絶に至らなかった事がひじりんには驚きだった。
「へ、神社の巫女さんや魔法使いが異変解決では有名だけどな、里の人間だって妖怪退治くらいできるんだよ!」
彼らの自称戦闘力は佐藤192万、鈴木170万、高橋141万、田中133万、渡辺113万。
基準は良くわからないが、桁としてはとにかくすごい数字である。 自称であるが。
「俺たち相手にいつまでもつかなぁ?」
ニヤリと笑うと、五人はまたも飛び掛る。
男達の拳は的確にひじりんを捉え、振るわれる手刀は裂傷を刻み、彼らの放つ蹴りはより重みを増していた。
「ぐぅ……っ」
最初とはうって変わって激しい攻勢である。
お互いに連携している為、大きな隙も生まれない。
「これは厄介な……でも、私は負けません!」
数で負けているなら、機動力で対応する。
「急に早くなりやがった!」
「これだから妖怪は油断ならねぇッ」
ひじりんは極力相手にする数が一人になるよう、足を止めないように飛び跳ね、着実に反撃を重ねる。
「ハァっ!」
数で動きを封じようと連携する男達だが、ひじりんは機動力を生かして一人を弾き飛ばす。
「この……っ、ウロチョロするな!」
だが、攻撃の隙に、残りの四人が襲い掛かってくる。
「く……っ」
それに捕まらないようにその場を離脱し、次の一人を吹き飛ばす。
そんな繰り返しによって、人間と妖怪?の変態同士の戦いは拮抗していた。
お互いに距離をとって出方を伺う。
この拮抗にイライラしたのか、多少強いが、簡単に勝てるだろうと思っていた男達が悪態をつく。
「クソっ、こんなババァに俺たちが攻めきれないなんて」
「……」
その悪態に、ひじりんのこめかみがピクピクと動く。
「まったく、こんな恥ずかしいババァ妖怪にてこずってるなんて親方に知られたら殺されちまう」
またも発言された単語に、ひじりんはその仮面の下に張り付いた笑みを浮かべる。
「……先ほど、なんと言いました?」
静かに、丁寧に、ひじりんはそう問いかける。
その返答は荒々しいものだった。
「あぁ? ババァっつったんだよ!」
「……へぇ、私をそう呼ぶのね……?」
静かに燃え上がる怒りの炎に、男達は気がつく。
このまま怒り狂い、激情に駆られてくれれば隙も大きくなる。
勝機と悟った男達は、更に怒りを煽る。
「お? 自分がババァって自覚してるのか? ギャハハハハ」
「傑作だ、ババァって認めながらよくそんな格好してられるな!」
「せめて少女までだろ、常識的に考えて……、ぶははは」
「クハハ、そうえいば妖精さん達もドン引きしてたよな」
下品な笑い声が響く中、ひじりんの左手がゆっくりと掲げられる。
「集まれ……、法のパワー……」
静かに呟いた言葉と共に手のひらが発光し、一本の巻物が現れる。
「む、武器を取り出したぞ!」
男達に緊張が走る。
「……気をつけろよ」
「大丈夫だ、いざとなればこちらにも……」
男達が身構える中、ひじりんは出現させた巻物をそっと握る。
距離を置く男達に手渡すように。
「ひじりん……、エアスクロール」
そう呟くと、巻物を男達の中で鈴木と呼ばれていた男に向ける。
次の瞬間、これまでの緩慢な動作とは違い、ひじりんは全身のバネを駆動させ圧倒的な瞬発力でもってして、右の拳で巻物を撃ち抜いた。
――パァンッ!!
「……え?」
その行動に最初、男達は呆気にとられていた。
射出攻撃。
その程度の予想は立てられる。
だが、その射出速度が異常だったのだ。
男達はすぐさま何が起こったのかを理解し、振り向く。
そして絶叫する。
「す、鈴木ぃいいいい!!」
乾いた音と共に、直撃を受け吹き飛んだ鈴木は(クマのぬいぐるみから綿がでてる姿を想像してくださいね^^)の状態でビクビクと身体を痙攣させて横たわっていた。
「大丈夫、殺しはしないわ。殺さないだけですけどね☆」
ニコニコと微笑むひじりんが冷たく言い放つ。
「ぐ、ぁ……」
ひじりんの言葉通り、鈴木は辛うじて生きているようだった。
「ゆ、ゆるさねぇ……」
「出し渋ってられねぇ、こっちも切り札切らせてもらう」
男達は仕事道具の入った袋から、それぞれ奇妙な道具を取り出す。
四人が手にしたのはそれぞれ、『石で仮面』『赤い宝石』『古い鏃』『真ん中に穴の開いた円盤』といった、武器とは思えないものだった。
「森の近くの怪しい店で購入した一点物の秘密道具だ」
ちなみに倒れている息も絶え絶えな鈴木も、購入した道具である『何かの骨』を握り締めている。
「(道具を使っている間)俺達は人間を止めるぞ!ババァ――ッ!!」
「な、なんですって!?」
その宣言に驚愕するひじりん。
「「「「「UREEYYY!!!」」」」」
その隙に男達は奇声を発してそれぞれの道具を使用する。
「そんな、一体どうすれば……」
隙だらけなんだからひじりんスクロールでぶち○せよと思うが、変身最中は攻撃してはならないといった世界的なルールによりひじりんはこれを見届けるしかなかった。
多勢に無勢の中、更なるパワーアップをされてはひじりん絶体絶命である!
が、そんな変身真っ最中の男達の足元に複数の影が現れる。
「……うん?」
変身最中であったが、彼らは不思議に思い、空を見上げる。
「なん……、だと……?」
彼らの視界に飛び込んできたのは、大量の注射器、向日葵、標識、御柱。
それらが轟音と共に降り注ぐ。
「「「「ぎゃああああっ、変身最中に攻撃しないルールはどうしたんだぁあああ!?!?!」」」」
悲痛な叫びにひじりんは慌てて首を横に振る。
「わ、私はちゃんと見守ってましたよっ」
轟音が止み、息も絶え絶えな(変身に失敗した)男達が声を絞り出す。
「い、いったい……、だれが……」
「そりゃぁ、直接戦ってない私たちに決まってるでしょ?」
声のする方を見てみると、これまた恥ずかしい格好で仮面を着用したカラフルな年増が四人も立っていた。
「「「「「……ぐふっ」」」」」
イロイロと心が折れたのか、男達は全員気を失ってしまった。
「あら、みなさんどうしたんですか?」
「仲間のピンチに駆けつけるのは当然でしょ?」
「それに聞こえちゃったのよね~」
「少し年上のお姉さんを侮辱する声がね」
「そうそう、悪は見逃せないもの」
キュアゆかりん、キュアゆうかりん、キュアえいりん、キュアやさかー。
それにキュアひじりんを加えた五人こそ、夕暮れ時に現れる謎の(限定的で一方的な)正義の味方である!
「まぁ♪」
仲間思いのメンバーにひじりんが微笑む。
「せっかく揃ったのだし、アレやりましょう」
「そうね」
と恥ずかしい格好の五人は右手をビシっと空に掲げる。
「「「「「全ては少し年上のお姉さん達の為に!」」」」」
§ §
数日後、命蓮寺に駆け込む五人の男達の姿があった。
男達はみな包帯を巻いた痛々しい姿をしていた。
気を失った後放置されていた彼らだったが、親方に発見されて全員が一命を取り留めていた。
「びゃ、白蓮様ぁ、助けてくださいっ」
命蓮寺は妖怪も人間も分け隔てなく迎え受け入れる。
住職の白蓮も彼らを笑顔で迎え入れた。
「ようこそ命蓮寺へ。いったいどうなされたのですか?」
「き、聞いてください。 そして妖怪を退治して欲しいのです」
「はぁ、一応、お話は聞きますが……」
「白蓮様に似ても似つかない変装をする妖怪が複数いるんです!」
「年の割りに恥ずかしい格好で趣味の悪い仮面をつけている妖怪なんです」
「そいつに俺たち、半殺しの目にあいまして……」
「他にも被害者は居てみんな困っているんですっ」
「お願いします白蓮様、あの妖怪ババァ達を退治してください!」
そう言うと、男達は一斉に額を地面にすりつけ、土下座をする。
「そう、ですか……、それでは詳しい話を聞きたいので、どうぞこちらへ」
白蓮は笑みを湛えたまま、男達を別室へと案内する。
「は、はい」
顔をあげた男達は、なぜか薄ら寒いものを感じたのだった。
§ §
その後、里へと帰った五人の男達は、
皆虚ろな目をしてうわごとの様に「オネエサンバンザイ」「トシウエサイコウ」と繰り返していたという。
幼女を見れば恐れおののき、年上を見ればひれ伏したんだそうな。
更には仕事の文句も言わなくなったとさ、めでたしめでたし(?)
あとがきでフォローされていますが、それでも愛が感じられないなぁ。
このテの話には勢いは大事だけど勢いだけじゃあだめだぜ。
ゆうかりんはババアじゃない!!
ゆゆ様と変えr(ryピチューン
最近ゆかりんの扱いがヒドい作品が多いね、特定のキャラを貶めたり一方的に笑い者にしたり安直にオチに使ってみたりと。
それら同様、あまり好きになれないお話でした。
まぁあえて言うなら、内容があまりに超展開過ぎて、どうしても「ただやりたい部分だけを書いた」という印象だったのが惜しいです。
いやしかし、変態の天敵は変態だったんだなwww