Coolier - 新生・東方創想話

ストン

2010/05/18 00:03:35
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 あら、嫌だわ、どうしましょう。

 ごめんなさい、ペット達がお客様だと言っていたから、てっきり知人だと思いまして……

 ああ、ごめんなさい。本当に、初めて会う方がここに来るのは滅多にないことなんです。

 まあ、つい最近にもありましたけれど、あれは不法侵入というか、そういうものでしたから、対処もそれなりでよかったのですが……

 あら、まあ、嫌だわ、本当にすみません、私ったらこんな玄関口で、お客様を中にお通しもせずに……

 どうぞ、お入りになってください、あまり自慢の出来るような家屋敷ではありませんけれど、とりあえず奥へ。

 まあ、すみません、少し過激なインテリアが置いてあって閉口するかもしれませんけれど、御容赦くださいね。

 では、私について来て下さい、客間へお通しいたしますので……

 歩きながら、少しでもお話しますか? 用件について?

 そうですね、じゃあ本日はどういった御用件でこんな所へ……

 へえ、地上でお医者様をしていらっしゃる。それをわざわざこんな地底の、そのさらに外れの屋敷くんだりまでよくぞまあ……

 ああ、話さずとも、私にはわかるのです。聞いていた通り? 嫌だわ、地上まで私の名前は知られていますか?

 え? 違う? 私のことは最初から聞いて来たのですか……

 お燐と、お空? あの子達に、頼まれて……

 ああ、もう……まったくあの子達ったら……

 いえ、気にしないでください。あの子達に頼まれてここまで来たというのなら、私にも少し心当たりがありますわ。

 けれど、まあ、ひとまず目的地へは到着しました。どうぞ、さあ、そこのソファにお座りになって。

 今お茶を入れてきますわ。おかまいなく? いえ、こちらこそ。

 まあ、簡単な給湯用の台所がこの部屋にはありますので、お話を続けることは出来るのですけれど。そうさせていただこうかしら? そうですね。

 では、ちょっと失礼して……

 それで、あの子達からどのくらい事情を聞いておりますの? あの子達はそそっかしくて、特に今回のことを大事のように捕えている節もありますからね……

 ですから、私から、詳しいところを簡単に説明いたしましょうか?

 そうしていただけるとありがたい? そうですか、ではお茶の用意をしながら簡単に。

 ええ、おおまかなところは、あの子達の言う通りですけれど。私、少し熱を出してしまいまして……まあ、体の調子がいつも良いというものでもないのですけれど。

 けれど、思っていた以上にちょっと疲れていたのかもしれませんわ。それで、熱を出して、ふらりと倒れてしまったらしいのです。

 らしいというのも、私は倒れた後のことはよくわからなくて、目が覚めたらペット達が看病しながら私の周りに集まって心配そうに覗き込んでいるという状況でしたの。

 ええ、それでついさっき目覚めたばかりでして、まだお燐やお空達とも会っていなくて……いないと思ったら道理で、地上へお医者様を呼びに行っていただなんて。

 大げさですわよね、ええ、すみません、倒れたとはいえ、本当にただ体の具合が少し悪かっただけなのです。熱っぽくて。

 ええ、そうですわ。今はもう、まったくすっきりとした気分でして、病み上がりだというのに調子はいいんです。体は、少し重たいですけれど。

 さあ、お茶が入りましたわ。紅茶ですけれど、よろしかったかしら? そうですか、よかった。

 それで、折角こんな地底くんだりまで来ていただいて本当に申し訳ないのですけれど……私、今は持病なども持ち合わせていませんし。

 ええ、体はあまり強い方ではないですけど、大病というのはしたことがございませんの。

 どちらかというと、私より妹の方が……

 妹? ああ、すみません、てっきり知られているものかと。そうですの、私、妹が一人おりましてね。

 その子が、小さい時分は結構病気がちで、今もまあ……

 ああ、すみません、あまり大きな声で話せるような事情ではないのです、あの子のことは……

 え? その妹さんのことが聞きたい? いえ、お客様にお聞かせするようなことでは……

 けれど、私があまりにも辛そうだから……? そうでしょうか……そうかもしれませんわね、すみません、お客様の前だというのに。

 話すことで、気が楽になる……どうでしょうか。

 はあ、最近はカウンセリングも受け付けているから? そうなんですか、よくわかりませんけども……

 でも、そうですわね……話してみるのも、何か少しは状況を変えるにはいいかもしれません。折角お医者様にこんなところまで来ていただいたのですし。

 では、聞いていただけますか? ええ、ありがとうございます。はい、気を楽にして……

 それで、そうです、私の悩み……ですか。ええ、それはもう、あの子のこと以外に他はございません。

 あの子は私と同じ種族でして、本来なら今の私のように他人の心が読めるはずなのです。

 けれど、今のあの子はそれが出来ませんの。ええ、私たちはこの、胸の前にある三つめの目で、相手の心を見るのです。

 それを、あの子は閉ざしてしまったのです。はい、そう、目です。こう、ストンと瞼を落として。

 それであの子は自分の目も、覚りとしての道も閉ざして、外れてしまいました。

 そうなってしまったあの子の心を、私はもう読むことが出来ないのです。

 というよりは、そうすることであの子は心を失ってしまったと言った方がよいのでしょうか……

 感情を見せることがなくなって、いつもけらけらと笑っているような、そんな状態のまま、家にも帰らず無意識で、ふらふらとそこら辺を放浪するようになってしまって。

 はい、放浪といっても、地底の端から端まで行ったり来たり、それこそ何日も何週間も帰って来ず、それまでは良かったのですが、最近は地上にも出歩くようになってしまいまして。

 ええ? ああ、はい、そうです、あの子も昔は感情豊かで、非常にころころと変わる心をちゃんと持っていました。

 今は笑ってばかりですけれど、昔は泣き虫で、しくしく泣いていることの方が多かったかしら。

 私は、私というのはそれはもう、覚りの宿命というものは、このような因果な能力をもったものですから、早々に覚って、誰かと積極的に交流しようなどということは諦めていたのですけれど。

 けれど、あの子は違いました、馬鹿みたいに、いつまでも誰かと心を通わせるのを夢見て、そして実際にそうしようとして、手酷く傷つけられて、それでも向かっていくような子でした。

 あの子が目を閉ざしたのは……そうですね、そうかもしれません。そんな先の見えない繰り返しが、嫌になったのかもしれませんわね。

 どうして、そんなことになる前にわからなかったのか……ええ、今となっては後悔してもしきれません。

 何か、そういう兆候はあったのかもしれません、私に何か助けを求めていたかも……しかし、私はそれに気づけませんでした。

 あの子が目を閉じて、心を失う前……あまり、思い出したくはないのですけれど。はい、覚えています。

 そうですね、あの子はいつもいつも失敗するだろうというのに張り切って、嬉しそうに外に出て行っていたのです。そして、いつもいつも傷ついて泣いていたり、落ち込んだような様子で帰って来ていたのですけれど……

 いつ頃だったかしら、ある時あの子は泣きも落ち込みもせず、ただ愕然と、何か大きなショックを受けたような顔で帰ってきました。

 どうしたのかと尋ねても、ぼんやりとしたまま返事もせず、しつこく問いただせば、何でもないとぼそりと言うばかりで……

 今思えば、それがあの子からの何らかのサインだったのかもしれませんね。

 ええ、それで、出て行く時も前みたいに元気よくではありませんでした、何かを恐れるような顔で、それでも勇気を振り絞る風に……そんな表情で、あの子は外に出て行くようになりました。

 そして、帰ってきたらまたふらふら、ぼんやりとしたような表情なのです。

 そんなことが、何回か続きました。その間、あの子はたまに癇癪を起したように家の中で暴れ回ることもありました。

 とにかく滅茶苦茶に暴れるのです、家具を投げ、倒し、何もかも引っかき回して、そして暴れる力もなくなった最後には蹲ってがたがた震え出すのです。

 流石に、私もこの時はおかしいと思いました。妹は何かを隠しているのではないか、どこか調子が悪いのではないか。けれど、問いただしてもあの子はうつろに大丈夫、大丈夫と呟くように言うばかりです。

 そして、体の様子自体は何か大きな病気をしている風でもないし、至って健康なようでしたので、私としてもあの子が自分から話してくれる以外は、全く手の打ちようがないような状態でございました。

 そうですね、あの時強引にでも、あの子に何があったのか問いただせばよかったのかもしれません……そうしようとする強い気持ちがなかったせいで、今でもあの時あの子に何があったのか、私にはわからずじまいなのでございます。

 それから……? それから……それから、そうです、そんな日々がいくらか続いた後のことですけれど……

 あの子、急に熱を出して倒れてしまったのです。

 あら、何だか私みたいですわね……けれど、私とは違って、あの子の熱はそれは凄いものでした。

 大熱、とでもいうのでしょうか、とにかく私はあの子が、いえ、私の知る限りの者達の中でも、あんなに体が熱を出すのを見たことが無いほどだったのです。

 私は慌てました。とにかく妹を布団に寝かせて、体や額を冷やし、苦しそうにうなされるあの子の熱が引くのを待ってみました。

 一日経っても一向に下がらず、私は嫌な顔をする医者に頼みこんで、診てもらったりもしました。

 その医者もこんな症状は見たことがなかったらしく、よくわからない、人間で言うところのはしかのようなものではないだろうか、とにかく熱が引くまで看病しながら様子を見るしかないと言って帰ってしまいました。

 二日経っても熱は下がらず、私はいよいよのことを考えながら、必死に妹の体を拭き、少しでも水や食料を体に含ませて、そしてあまり私達を救ってくれた覚えのない神仏にまで祈りを捧げました。

 ああ、どうかお願いします。あの子の命は、命だけは持っていかないでください、とね。今でもしっかり思い出せるくらい、私はその時本当に必死でしたの。

 そして三日目の夜が明けた時、あの子の熱は急速に平常に戻っていきました。苦しそうな顔や吐息も落ち着きを取り戻していき、昼頃にはようやくあの子は目を覚ましました。

 私はあれほど心から安心した時というのを知りません。私の全ての体力をあの子に譲り渡したように、体の力が抜けるような心地でした。

 それで、目を覚ましたあの子は、まだ少し熱が残っているのか、ボーっと無表情でベッドに半身起こして過ごしておりました。

 話しかけても、あまり反応を返しませんでしたが、とにかくあの子が快復したという事実だけで私は安堵しきってしまって、体を拭いたり水を飲ませて食事を取らせて、寝巻を変えたりなどを手伝って、妹が再び横になったのを見届けてから、私も気を失うように眠りにつきました。

 看病がよほど体に堪えたのでしょうか、私は深く眠りこんでしまい、そうしてまたあの時どうしてまだ妹についていなかったのかということを今でも後悔いたします。

 私は翌日の昼頃に目覚めたのですが、その時にはすでに、起き上がったあの子は自分の目を、心を、閉ざしておりました。

 ……これが、あの子が己の目を閉じた顛末の全てでございます。そして、私の後悔と、今でも続く懊悩の全てでもございます。

 すみません、お仕事とはいえ、このような話をお聞かせしてしまって……

 あら? どうされたのですか、そのような難しいお顔をして……

 え? 『あなたは自分の倒れた時がいつかわかりますか?』

 その話ですか、ええ、確かに、私が倒れたのは昨日のことぐらいだと記憶しております。一晩眠って、すっかり体も回復いたしまして……

 はあ? 『あなたは倒れる前のここ最近、しばらく間、誰かと会って、会話などをしましたか?』

 嫌ですわ、何だか診察みたいで……大丈夫ですのに。いえ、けれど、そんなに誰かと会って話すような生活は、恥ずかしながら送っておりませんの。

 妹は話した通りの放浪娘で、ペット達は基本的には私を恐れて自ら近づいては来ませんし……お燐やお空も、最近は地上が楽しいのか、姿はしばらく見ておりません。

 最後の質問、ですか? 『あなたは今がいつの何時かというのがわかりますか?』

 ……それが、起き上がったばかりでお客様……あなたが来たものですから、今の時刻というのはよく気にしておりませんでしたの。

 だから、今は……いつの、何時、なのですか……?

 ……どうなさったのですか……? そんな、血相を変えて、青い顔をして……

 私が倒れた日は……でした……だから、今は……ですわよね……?

 え……違う……? 今は、その……三日、後……?

 ……ふふ、嫌ですわ、お医者様ったら、私を驚かせようとして、そんな冗談……

 冗談じゃない……今なら、まだ処置をすれば間に合うかもしれない……?

 何を……何を言ってるんですか……あなたは……一体……

 いえ、何を言ってるの……言っているのは私の方で……

 私は、こんな、尋ね返すようなことを? 何で?

 いえ、言うはずがない。私が、そんなことを言うはずはないの、何もかも私にはわかるはずで。

 でも、何を、私は……大丈夫かって……? 大丈夫、大丈夫のはずです……あなたは……

 あなたは何を言っているの……? あなたは何を考えているの……?

 あれ……? どうして、私







 ストン










 あれ?
 あなた今、何を考えているの?
ロディー
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コメント



0.1090簡易評価
1.100名前が無い程度の能力削除
え、どういうこと……?
ちゅっちゅの老師があれでこれでそれで『痛み』と『救い』のあるロディーさんの新生こめいじちゅっちゅだと思っ…あれ?
うわあああ、さとりさまー!こいしちゃーん!!
5.100名前が無い程度の能力削除
ぅゎ……ぁぁ……ぁ……
7.100名前が無い程度の能力削除
ヤダー!
13.90名前が無い程度の能力削除
ロディーさんの新作と聞いて。
おお怖い。
15.60即奏削除
すごく引き込まれました。さとりのセリフだけでここまでの空気感を作れるのは尊敬します。
おもしろかったです。
16.70削除
目が閉じるに至る病、か。
17.80名前が無い程度の能力削除
なんという有閑マダムでしょう…と思ってたらまさかの急転直下。
はしかに罹って進化する、みたいな話だと捻じ曲げて捉えたら幾分柔らかくなる。
が、やっぱり変化は恐怖。
病気怖いよ病気。
20.60名前が無い程度の能力削除
おかしい……
ロディーさんの新作を探す日課を忙しくてたまたま休んだ時に来てるなんて
こういう作品は好きではあるんですがやはり短くなんとなくオチがわかってしまいますしどこか物足りないです
話の進みも比較的さっぱりしていて「さあ、くるぞくるぞ」というドキドキもあんまり感じませんでした
最後まで読んで答えがわかったときにこいしちゃんが熱を出す前の変化の理由がわかって「なるほど!」とすっきりしたのでこの点数で
なにからなにまで個人的な好みですみません