Coolier - 新生・東方創想話

白玉楼風 丸鶏の香草煮込み

2009/01/18 00:12:41
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※冥界組とミスティアの関係などが、少々独自設定気味になっています。








 屋敷の壁と竹垣によって四角くこじんまりと切り取られたその場所であるが、これでも長辺二百由旬を誇る白玉楼の敷地を構成する、れっきとした庭園の一つである。
 普段はあまり気にとめられないその小さな庭を、今日は専属の庭師こと魂魄妖夢が総手入れをする日だ。
 それは白玉楼にとって定例行事であって特別な事ではないが、その上で普段と違う点が一つ。
 庭の中央に鎮座する奇妙なオブジェである。
 釣鐘を逆さにして少しシェイプアップしたような格好で、下はかまどになっている。
 中に満たされた湯は寒空に高く湯気を昇らせている。
 一見すると大きな鍋のようだが、さにあらず。
 やや遠巻き気味にその鍋もどきを眺める影がふたつあった。


「ええと、よーむ、でいいんだっけ」
「正解。そして貴女の名前はミスティア・ローレライ」
「さ、流石に自分の名前までは忘れないもん! で、よーむ、これは一体どういう風の吹き回しなの?」
「うちの主の気紛れ、って言ってしまえばそれまでかな。『この寒空ではミスティアちゃんが寒い思いをしてそうね。妖夢、お風呂にでも入れてあげなさい』だそうだよ」
「へぇ、悪いなぁ。どうしてゆゆさん、私なんかに良くしてくれるんだろう」
「実は幽々子様はかねがね、ミスティアの味をいたく気に入っていたの」
「……えと、私の、味?」
「確か串揚げが気に入りだって言ってたけど」
「って何だ、八目鰻の味のことか」
「そうだけど、何だと思ったの?」
「何でもない。一瞬何の事か分からなくて」

 という具合で、一瞬不穏な空気が漂った気がしたが、問題なく。
 大鍋は鶏を茹でるためのものである。一方あの五右衛門風呂は、人が温まるものである。安易に混同するのは良くない。
 竹垣はちょうど露天風呂の目隠しのよう。
 白黒の敷石もいかにもといった風情だ。
 今この場所は、庭というよりは風呂場といった方がしっくり来るような有様であった。

 そしてもう一つ。ふわりと上がる湯気に混じって、周囲にはほのかに良い匂いが漂っている。
「何かしらこの匂い。香草みたい」
「入浴剤代わり、といったところかな。肌に良いのが入ってる」
「へぇ、ぜいたくぅ」
 良い匂い、例えるなれば高級なブイヨンを取るために、鍋にたっぷりの香草や香味野菜を入れてコトコトと煮込むかのような。
 しかし重ねて強調しておくが、あれは釜ではなく五右衛門風呂である。
「よーむは仕事なのに私だけ、ほんと悪いなぁ」
「庭仕事は、ミスティアを呼ぶ事とは関係なく、しなくちゃいけない事だし。ほら、そこで火が焚かれてると作業中にあたる事もできる。多分、今回の件は私に対するはからいでもあるんだと思う」
「一石二鳥なのね。えっと、服はそこの縁側に脱いじゃっていいのかな」
「ああ、失礼。籠でも用意しておけば良かった」
「おかまいなくー」

 すっかり肩の力が抜けきったミスティアの立ち振舞いを見て、妖夢はいささかの感慨を覚えた。
 永夜の異変の折、妖夢とその主幽々子はミスティアを、ほんの少しばかり酷い目に遭わせた事がある。しかしまあ、いい加減喉元過ぎて熱さも忘れたのか。
 或いは、主の類稀なる包容力の為せる業かもしれない。
 ミスティアはどうにも、従者をすっとばして幽々子に直接懐いている感があった。
 自分の包容力不足への実感と、主を取られるかもという危機感と、二重の意味で妖夢は複雑な心境だ。

「えっと、よーむ、服脱ぎたいんだけど」
「ああ、脱げばいいと思う」
「あんまりじろじろ見ないで欲しい」
「ッ、失礼つかまつった!」
 無意識だった。色々と変に意識してしまったせいだ。どっちだ。
 動揺したまま身体ごとあさっての方向を向いた妖夢は、雑念を振り払うべく全力で居合抜きの練習を始めた。
 真空波で庭木が前衛的にカットされるのを尻目に、後ろでは一枚ずつ衣服が板張りに放り出されていく。

 ばっ。
 ジャンパースカートを脱ぐ音。
 しゃかしゃか。
 ブラウスのボタンを外す音。
 ぱさり。

「って、ブラしてんの!?」
「ちょっと何その心眼!!!」

 剣士の悲しき性だった。
 雑念が入ったら心眼は使えないんじゃ、などと常識に囚われてはいけない。雑念で集中が乱れれば心眼は使えない。しかし雑念の方に強烈な集中力を発揮した場合には、そちらの方に心眼が発揮されるのだ。
「ていうか、ブラなんて普通じゃない」
「ええっ、な、何と!?」
「……まさか、よーむ」
「いやいや、私だって!!」
 している。ただし、かろうじて。デビューしたのはつい最近の話である。
 しかもその際にはブツの入手から初着用に至るまで、全ての段階において盛大にピヨりまくり、主に多大な迷惑をかけてしまった。
 その時の主のにやにやっぷりと言ったら、妖夢が仕えた年月に見せた中でも間違いなく最大級のものであった。

「手拭いと、石鹸も用意してくれたのね」
「ああ。洗い場はそこの簀の子でどうかな」
 いかんいかん。平常心だ。
 妖夢は今度こそ庭仕事を始めようとして、前衛的な切断面を晒す庭木に愕然とした。
 ミスティアの方は、同性だし良いかと考えたのか、裸を過剰に隠す事はしないようだ。
 というか、裸は良くても服を脱ぐ所を凝視されるのは恥ずかしい、というのは割に普通の発想だったのかもしれない。
「ホントありがたいな。やっぱり水よりお湯の方が汚れが落ちる感じ」
「普段ちゃんと水浴びはしてるのね」
「とーぜん、身だしなみだし」
「寒くないの?」
「野良生活は甘くない、ってね。けっこう平気よ、妖怪的に寒さには強いし、羽毛あるし」
 そういえば、露天で身体を洗うのだって結構寒いはずだが、ミスティアは意気揚々の鼻歌まじりである。

 ミスティアが洗うのに一番時間を掛けたのは、ご自慢の翼であった。
 じっくりと石鹸を擦り込んだ後、念入りに桶で流す。
 全てを終えて後。
 風呂釜の湯がざぷりと良い音を立てた。
「ふっはぁー」
 至幸の瞬間である。

 ちゃぷりちゃぷりと、両手で数回湯を掬う。あたかも湯の感触を楽しむようなその仕草が、思いの外板に付いたミスティアだった。 
「凄いね、いろんな葉っぱが入ってる。お湯に色まで付いてるし」
 応える妖夢には、少しばかりの照れが見えた。
「気に入ってくれて良かった。白玉楼の庭に生える草は、薬効があるものが多いんだ。どうも先代が植えていたらしい」
「よーむの師匠はお爺さんよね」
「ああ、だから美容などとは関係ないな。先代はたぶん医食同源、庭も景観と実益を兼ね備えて、という心だったんだろう。その中のいくつかに紫様や藍さんが目を留めて、これこれはお肌にも凄く良いのよ、と言っていたのを思い出して」
「てことは、ブレンドしたのはよーむなのね」
「まあそうなるか。とはいえ、美容に関してはまだまだ修行が足りなくてね。結局、料理に使うのとあまり変わらない調合になってしまった」
「言われてみれば、なんか美味しそうな香りかも」
「はは……」
「お湯加減はどうかしらー?」
「あ、ゆゆさん、すごい気持ちいい、ありがとー」
 気が付くと、館の主が縁側に立っていた。
「妖夢、今年はこの庭すごいデザインねー」
「新たな自分を発見する契機になればと」
 妖夢は開き直りの境地に達していた。
「それと、お風呂ね。すごく良い仕事よ。この匂い」
 グッ、とサムズアップのポーズ。
「はい!」
 珍しく誉められたのが嬉しくて、つい返事の声が大きくなってしまった。ここまではどうやら主の意向を正確に汲めているようだ。珍しい事に。
 そして、敬愛すべき主は一瞬だけ、意味深な顔をした。
「最後の締めも、抜かりなく頼むわ」
 妖夢も厳粛に頷く。
 最後の締め。抜かるはずは、ない。


 館の主が行ってしまうと、残されたのはのんびりと弛緩した時間だった。
「ちょっと歌ってもいいかな」
「嫌と言っても歌うと有名なのは誰だったか」
 へっへへ、とわざとらしい笑いが入った。
 待てよ、ここでドリフとか歌い出したらどうしよう。何を懸念しているのか分からない懸念が、ふと妖夢の脳裏をよぎった。しかし耳に聞こえて来たのは、今風な耳あたりのメロディだった。
 
 温かい歌だった。

 妖夢は風呂場で鼻唄を歌わない。キャラが違う気がする。誰かに聞かれたら恥ずかしいし、そう思うと誰も来るはずのない状況でも落ち着かない。
 なので、「お風呂で極楽で鼻歌が~」などと言われても、今一つ実感が無かったのだが。
 今初めて、その心地よさが理解できた気がした。
 比喩でなく、温かい歌なのだ。
 自分が風呂に入ってる訳でもないのに、何だか身体が温まってくる感覚すらする。
 これはもしかしたら自分に対する計らいでもあるのかも知れない、とはさきにミスティアに言った事だが、この歌こそ妖夢にとって褒賞に他ならなかった。まさか亡霊姫幽々子、この事まで考えていたとしたら。

 歌はだんだん盛り上がってきていて、最初は鼻歌だけだったものに、いつのまにか歌詞がついている。
 どんな歌詞だろう。妖夢は耳を傾けてみた。

「あぁいぃ湯ぅ、ぅぅうだ、なぁあぁあー、はははははん♪」

……ドリフのアレンジかい。


 庭仕事はいつにも増して捗った。
 デザインの奇抜さは、上手くどころか明らかに先鋭化している。
 あっちこっちが直角斬り、槙の木に至っては山切り歯ブラシ状態。
 庭石の切断面には、何を誤魔化す意図なのか理解に苦しむが、無意味な彫刻が施され、破損したものを頑張って編み直した竹垣は、神奈川沖浪裏に対抗せんばかりの勢いである。
 けれど、自分の中の何か、箍が外れた感じがして妖夢は満ち足りた気分だった。


 そのうちに、ミスティアの方も『頃合い』になったようだ。
「ふぇ、のぼせちゃった、かな?」
 ミスティアはとろんとして、風呂の縁に身体をもたせかけている。
 完全に、無防備だった。
 最後の仕上げの時間が来たのが、妖夢には分かった。

「よーむ?」
 つかつかと、ゆっくりとした足取りで妖夢が歩み寄るが、ミスティアは火照った頬のまま見上げる事しかしなかった。
 その頬に、妖夢の手が伸びる。
「ひ」
 小さく、声が上がった。
 妖夢の唇の端が、僅かに上がる。


「冷たくて、すごい気持ちいい」
 たっぷりと時間を置いてから、ミスティアはそう口を開いた。


 そう。
 庭仕事で冷え切った手と、長風呂で火照った頬。
 まさしく、出会うべき運命にあるもの。
 最後の締めとして、これ以外のものは考えられなかった。


 完璧だ。











「妖夢、出来ればもう少し正確に意図を汲んでほしかったな」
「確かに私には未熟な所もありますが、そのうえで最善を期した結果がこれです」
「確かに私の口は人間サイズの物を丸呑みできるほど大きくないし、美味しい物は好きだけど胃袋は普通よ。けど、何ていうかな、お約束ってあるじゃない」
「私が幽々子様との約束を違えたのであれば、今ここで腹を切らねばなりませんが」
「ああ、貴女に本当に何かを伝えたいなら、婉曲表現は駄目よね。分かった、ぶっちゃける。問題はね、これだとお話がオチない事よ」
「日本語を話してください、ここは幻想郷です」
みすちー美味しいよみすちー。
人気投票支援という事で、ひとつ。
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コメント



0.820簡易評価
3.70名前が無い程度の能力削除
いい出汁とれましたか?
6.30すぱげってぃ削除
注文の多い料理店的な展開かと思えば……特にオチはないんですね。
7.80名前が無い程度の能力削除
パチュリーっ!!!!
はやくきてーーーっ!!!!
13.90名前が無い程度の能力削除
水炊き吹いたw
17.70名前が無い程度の能力削除
ああ・・・
みすちー・・・
ああああ・・・