幽々子様が何か白い丸い物をこねこねと捏ねて丸め、ぐいんと上下に引き延ばすと、それは紙粘土でもお餅でもなく、白いリボンだった。
白く、すべらかで、布の織り目すら見えない程なめらかな、まるで自分で光っているかのような、とても白いリボン。
幽々子様はそれを持ち直し、私の髪に結わえてくれた。時折頬に当たる肌触りがひんやりとして気持ち良かった。
私はこの珍しい布地のリボンを、いつの間に入手されたのか聞いてみたが、幽々子様はそれに答えてはくれずただ笑うだけだった。いつもみたいに。
だけど少しして幽々子様は、出所ではなく何のために、私にこれを付けてくれたのか教えてくれた。曰く、交通安全のお守りなのだとか。
私は幽々子様と二人で幻想郷にお出かけに来ていた。生憎と霧が濃いその日の天気は、人との接触を減らしトラブルを低減する利点があったが、幽々子様はもう少し天気が良ければもみじ狩りが楽しめたのにと悲しんでいた。冥界でも紅葉は見れるのに。
里ではまず提灯と雨に備えて傘も買い、その後すぐに昼餉を済ませた。冥界では作れない厚い肉の揚げ物に舌鼓を打ち、通り沿いでお団子を買って幽々子様と分け合いっこした。どっちもおいしかった。
呉服屋に冬着の仕立てを頼み、貸本屋で2冊借り、干し肉や果実野菜、鶏卵なんかを風呂敷一杯に買い揃えた。
幽々子様はその足で神社に参拝し、境内で狛犬と焼き芋していた霊夢と談笑し、巧みな交渉術で1個分けてもらって博麗神社を後にした。3分の1分けてもらった焼き芋はやっぱりおいしかった。
もうすぐ帰るかと思いきや竹林に来た。幽々子様は入り口で私に永遠亭に行くよう命じられた。常備薬を買ってきてほしいと言う。あと蓬莱人は苦手だと。
荷物を降ろし、一つ返事で歩き出した時、幽々子様は私を呼び止め、私の髪にこのリボンを結んでくださった。
本当に白く、素材も知れない不思議なリボンだった。こんな艶々した布は生まれて初めて見たし、幽々子様だって今まで持っていなかった。幽々子様の周りの人魂もこんなの持ってはいなかった。
暫く私はこの疑問に囚われていたが、リボンが頬を撫でる内にだんだんとそんなことは忘れていった。
空はまだ明るかった。霧はあるが雨は降らなそうだった。
幸い永遠亭には訪れた経験もあり、道中で髪の長い人にも案内して貰い、何事も無く永遠亭に着き、薬を買うことができた。永琳さんは風邪薬、胃薬、あと酔い覚ましを処方してくれた。
役目を終え後は戻るだけと、揚々と私は竹林の細道を歩き出した。
そして今、私は道に迷っている。
夕暮れの空を霧が覆っていたのは今は昔、星も竹も見えない真っ暗闇で、私はバケツをひっくり返したような土砂降りに見舞われている。
髪の長い人に帰りも案内して貰うんだった。提灯か傘くらい持ってくるんだった。今しても遅い後悔ばかりが頭をよぎり、歩くことさえ無駄に感じた。
きっと私はしゃがんでいて、泣いていた。寒かった。顔にぶつかる冷たいリボンが根拠の無い安心を私に与えても意味は無かった。ただ私を惨めにさせるだけだった。
助けて、幽々子様。
「むぅ、よぉむ~。」
我に返った、私は立っていて、遠くに何かが光っていた。幽々子様の声が聞こえた。
私は走った。何度も躓き、転んだが何度も走った。
「妖夢~、心配したのよぉ。」
幽々子様が笑っていた。提灯を照らして傘を差し、白く光る長い糸を傘と共に握って笑い、私をきつく抱き締めてくれた。
雨は竹林を抜けた頃あがった。長い糸は帰りの道しるべだったらしい。「帰ったらすぐお風呂に入らなきゃね~。」と歌うように喋り、幽々子様は入り口の竹に結ばれた糸を解き一塊にしてこねこねと捏ねた。あの時のリボンみたいに。
ふと思って私は聞いた。
「幽々子様、どうして道に迷った私の居場所が分かったんですか?」
幽々子様はきょとんと私を見ると、はにかむように笑った。
「うふふ、私はね妖夢、あなたが本当はどんな子で、今どこにいるのかなんて、ぜーんっぜん分からないけれど、どんな子で、今どこにいるのか、ぜーんぶ分かる子たちがね、」
幽々子様が捏ね合わせた右手を塞ぐ左手をぽんと開いた。その中に細い糸の塊は無く、代わりにいつも幽々子様に憑いているのと同じ人魂が、燃えるように煌々と白く輝いていた。
「私にはたくさんいるのよ。」
私は、白いリボンがしきりに私の頬を撫でていたことを思い出した。
きっとこいつも、私を励まそうとしてくれていたんだ、訳も無くそう思った。
そして私は視界の端で白いリボンを見つめ、指先で少し撫でてやった。
「さぁ、帰りましょうか。」
幽々子様がそう言った。それを聞き、雨でびしょ濡れになった風呂敷を背負うと、家路を急ぐ幽々子様の背中を、私も追った。
おわり
白く、すべらかで、布の織り目すら見えない程なめらかな、まるで自分で光っているかのような、とても白いリボン。
幽々子様はそれを持ち直し、私の髪に結わえてくれた。時折頬に当たる肌触りがひんやりとして気持ち良かった。
私はこの珍しい布地のリボンを、いつの間に入手されたのか聞いてみたが、幽々子様はそれに答えてはくれずただ笑うだけだった。いつもみたいに。
だけど少しして幽々子様は、出所ではなく何のために、私にこれを付けてくれたのか教えてくれた。曰く、交通安全のお守りなのだとか。
私は幽々子様と二人で幻想郷にお出かけに来ていた。生憎と霧が濃いその日の天気は、人との接触を減らしトラブルを低減する利点があったが、幽々子様はもう少し天気が良ければもみじ狩りが楽しめたのにと悲しんでいた。冥界でも紅葉は見れるのに。
里ではまず提灯と雨に備えて傘も買い、その後すぐに昼餉を済ませた。冥界では作れない厚い肉の揚げ物に舌鼓を打ち、通り沿いでお団子を買って幽々子様と分け合いっこした。どっちもおいしかった。
呉服屋に冬着の仕立てを頼み、貸本屋で2冊借り、干し肉や果実野菜、鶏卵なんかを風呂敷一杯に買い揃えた。
幽々子様はその足で神社に参拝し、境内で狛犬と焼き芋していた霊夢と談笑し、巧みな交渉術で1個分けてもらって博麗神社を後にした。3分の1分けてもらった焼き芋はやっぱりおいしかった。
もうすぐ帰るかと思いきや竹林に来た。幽々子様は入り口で私に永遠亭に行くよう命じられた。常備薬を買ってきてほしいと言う。あと蓬莱人は苦手だと。
荷物を降ろし、一つ返事で歩き出した時、幽々子様は私を呼び止め、私の髪にこのリボンを結んでくださった。
本当に白く、素材も知れない不思議なリボンだった。こんな艶々した布は生まれて初めて見たし、幽々子様だって今まで持っていなかった。幽々子様の周りの人魂もこんなの持ってはいなかった。
暫く私はこの疑問に囚われていたが、リボンが頬を撫でる内にだんだんとそんなことは忘れていった。
空はまだ明るかった。霧はあるが雨は降らなそうだった。
幸い永遠亭には訪れた経験もあり、道中で髪の長い人にも案内して貰い、何事も無く永遠亭に着き、薬を買うことができた。永琳さんは風邪薬、胃薬、あと酔い覚ましを処方してくれた。
役目を終え後は戻るだけと、揚々と私は竹林の細道を歩き出した。
そして今、私は道に迷っている。
夕暮れの空を霧が覆っていたのは今は昔、星も竹も見えない真っ暗闇で、私はバケツをひっくり返したような土砂降りに見舞われている。
髪の長い人に帰りも案内して貰うんだった。提灯か傘くらい持ってくるんだった。今しても遅い後悔ばかりが頭をよぎり、歩くことさえ無駄に感じた。
きっと私はしゃがんでいて、泣いていた。寒かった。顔にぶつかる冷たいリボンが根拠の無い安心を私に与えても意味は無かった。ただ私を惨めにさせるだけだった。
助けて、幽々子様。
「むぅ、よぉむ~。」
我に返った、私は立っていて、遠くに何かが光っていた。幽々子様の声が聞こえた。
私は走った。何度も躓き、転んだが何度も走った。
「妖夢~、心配したのよぉ。」
幽々子様が笑っていた。提灯を照らして傘を差し、白く光る長い糸を傘と共に握って笑い、私をきつく抱き締めてくれた。
雨は竹林を抜けた頃あがった。長い糸は帰りの道しるべだったらしい。「帰ったらすぐお風呂に入らなきゃね~。」と歌うように喋り、幽々子様は入り口の竹に結ばれた糸を解き一塊にしてこねこねと捏ねた。あの時のリボンみたいに。
ふと思って私は聞いた。
「幽々子様、どうして道に迷った私の居場所が分かったんですか?」
幽々子様はきょとんと私を見ると、はにかむように笑った。
「うふふ、私はね妖夢、あなたが本当はどんな子で、今どこにいるのかなんて、ぜーんっぜん分からないけれど、どんな子で、今どこにいるのか、ぜーんぶ分かる子たちがね、」
幽々子様が捏ね合わせた右手を塞ぐ左手をぽんと開いた。その中に細い糸の塊は無く、代わりにいつも幽々子様に憑いているのと同じ人魂が、燃えるように煌々と白く輝いていた。
「私にはたくさんいるのよ。」
私は、白いリボンがしきりに私の頬を撫でていたことを思い出した。
きっとこいつも、私を励まそうとしてくれていたんだ、訳も無くそう思った。
そして私は視界の端で白いリボンを見つめ、指先で少し撫でてやった。
「さぁ、帰りましょうか。」
幽々子様がそう言った。それを聞き、雨でびしょ濡れになった風呂敷を背負うと、家路を急ぐ幽々子様の背中を、私も追った。
おわり