※流血・百合・メタ表現を含みます。
というか霊レミ吸血ネタの皮を被った霊レミ吸血ネタです。
FAINAL STAGE:エリュシオンに血の雨
「あーもう油断した……ったく……」
地に仰向けに倒れ、夜空を見上げて博麗霊夢はつぶやく。
視線の先には紅い月。
夜空を覆う紅い霧にも我関せずと輝く満月。
その中心に一つの人影があった。
人影が近づいてくる。小さかった影が段々と大きくなり……それでも小さいままだった。
「私の勝ちね。お疲れ様」
霊夢の前に降り立った悪魔はまるで何事も無かったかのように佇み、笑っている。
ありったけの針と札を撃ち込んでやったというのにケロリとしている。
服に傷一つ付いていない。魔力で修復したのだろう。
対する霊夢は満身創痍。
服は所々穴が開いて体中がすり傷だらけだ。
勝負の決め手になった一撃で折れた右腕はピクリとも動かない。
勝機はあった。ただそれを活かせなかった。
手元には使い時を逃したスペルカードがごっそりと残っている。
「ルールの考案者がこの様じゃ先が思いやられるわね」
先があればの話だ。
折れた右手をかばいつつなんとか上半身を起こしたものの立ち上がる事は出来そうにない。
「それにしても大したものね。私にここまで食い下がったのは咲夜以来よ。あなたは……そういえば名前も知らないわね」
ふと思い出したように悪魔は自己紹介を始める。
「私はレミリア、レミリア・スカーレットよ。あなたは?」
「博麗霊夢。職業は巫女。業務内容は妖怪退治。好物は緑茶」
霊夢はつっけんどんに並べ立てる。
「とても巫女って感じじゃないわね」
「おかげさまでね」
レミリアの弾幕でボロボロになった袖を見せ付けるように左手をブラブラさせる。
「あらあら。私の職業は吸血鬼で業務内容はお嬢様で好物は血液よ」
「ああ、そう」
業務内容がお嬢様って何するんだと思ったがあまり気にしないことにした。
レミリアは霊夢に目線を合わせるようにかがみ込む。
紅い瞳が霊夢を捕える。
「妖怪退治ねぇ……ミイラ取りがミイラになるってことわざ知ってる?」
「そのまんまね。好きにしなさいよ」
基本的に弾幕ごっこは命のやり取りも後腐れも無しのはずなのだが……いかんせん定まって日の浅い制度だ。
多くの妖怪にとっては「ちょっと変わった決闘法」くらいの認識という現状であった。
戦闘前のやり取りから察するにレミリアもそうなのだろう。
霊夢自身、自分が負けた場合には命の保障は無いものとして異変解決に当たっていた。
「じゃ、遠慮なく」
レミリアは両足を投げ出してへたり込んでいる霊夢にまたがるように座り込む。
霊夢の首筋にレミリアの鋭い牙が迫る……がその牙が霊夢の首に触れるか否かの所で停止する。
数瞬、レミリアは考え事をしていたようだったがすぐに顔を上げ霊夢を正面から見据える。
先程よりも強く、霊夢の心を覗き込むように。
霊夢は目を逸らさない。
「止めた」
レミリアは霊夢の血を吸う気を失くしたようだ。
「どういう風の吹き回し?」
レミリアの言葉の意図が読めず霊夢は問う。
「私はね、自分を畏れる人間の血しか吸わないって決めてるの。今はお腹一杯だしそれに――」
「それに?」
霊夢の問いかけには答えずレミリアは懐から一本のナイフを取り出す。
レミリアは手に持ったナイフで躊躇無く自分の右手首を掻き切る。紅い――吸血鬼の血が溢れ出した。
霊夢の眼前にそれを突きつけて言う。
「はい。飲んで」
「はい。って言われてもお断りだわ」
霊夢は即答する。
「冷たいわね。別に飲んでも吸血鬼になったりしないわよ? あの紅い月に誓ってもいいわ」
レミリアは背後で輝く満月を指差す。
「吸血鬼にならなくたってそんなものお断りよ。そこの紅い月に誓ってもいいわ」
霊夢はレミリアを指差す。
「我侭な子ね」
「どういたしまし――!」
霊夢の悪態は言い切る前に中断されてしまった。
レミリアが突如として伸ばして来た左腕が霊夢の首を締め上げる。
こうなると霊夢にはどうする事も出来ない。
弾幕ごっこならともかく生身の人間が単純な力で吸血鬼を制することなど不可能だ。
「まぁその方がこちらとしても面白いんだけどね」
霊夢に血を飲む意志が無い事を認めたレミリアは血の滴る手首を自らの口元に持っていきそれを含む。
霊夢の首を締め付けていた手が滑るようにあごへと移動する。
「何考えてんのか大体分かるから言っとくけど舌噛み切るわよ?」
「そんな事しても結果は同じよ。諦めなさい」
そう言ってレミリアが動く。
月明かりに照らされ地に映る二人の影が繋がった。
霊夢の口の中に吸血鬼の血が流れ込んでくる。
霊夢はそれを飲もうとしない。
レミリアは舌を使って強引に血を飲ませようとする。
乱暴で稚拙な――悪魔の口付け。
霊夢は本気で舌を噛み切ってやろうかと思ったが噛み切った舌に口の中で暴れられても困るので途中で諦めた。
レミリアは霊夢を散々にかき乱し、血を飲ませ、ようやく離れる。
「いい子ね。楽になったでしょ?」
「喉が灼けそうなこと以外はね」
霊夢は傷が癒え、疲労感が消えていくのを感じた。
吸血鬼の血のせいだ。
どういう理屈か折れた右腕も動くようになっていた。
「で? どういうつもりよ?」
訝しげに問う霊夢にレミリアは答える。たった一言――――
「コンティニュー」
「ああ、そういうこと……」
「言ったわよね『永い夜になりそうね』って。まだたったの十分程度しか遊んでないわ」
夜の女王は欲求不満のようだ。
「私は十分楽しんだけどね……」
霊夢はげんなりして答える。
「先に行って待ってるわ。すっぽかしたら針千本飲ますわよ?」
「聞く耳持たず……ね。命があっただけで良しとするべきなのかしら?」
くるくると舞いながら空へと戻ってゆくレミリアを見上げて霊夢はため息をつく。
座っていても仕方がないと地を蹴りレミリアの後を追う。
満月の下再び対峙する霊夢とレミリア。
二度目の弾幕ごっこが幕を開けた。
酷い気分だった。
弾幕に集中出来ない。
治ったはずの右腕が重い。
喉の奥がひりついて息が続かない。
一度折られた心では飛んでいられない。
ものの3分足らず……実にあっけなく霊夢は堕ちていた。
「どうしたのかしらね? さっきはあんなに楽しませてくれたのに……」
地に伏す霊夢を見下ろしガッカリしたように言う。
「人間は複雑なのよ」
霊夢にとっては手痛い敗北の直後なのだ。
調子が上がらないのも無理からぬ事だろう。
「落ち込んでる暇なんて無いわよ?」
レミリアは再びナイフで手首を切る。先程付けた傷は跡形も無く消えていた。
「……」
霊夢は再び血を飲まされる。
今度はさして抗する気にもならなかった。
不意に、ある発見をする。
「熱い……」
意外なことに吸血鬼の血が熱い。
先程は必死で抵抗していたため気付かなかったのだ。
頬に添えられた手も触れ合う唇も氷のように冷たいくせにその身に流れる血液だけは炎のように熱い。
いや、もしかしたら流れていないのではないかと思えた。
何せ無数の蝙蝠に分裂するような身体の持ち主だ。
その熱はレミリアがその小さな体に飲み込み続けた無数の命が放つものなのかも知れない。
あまりの熱さに舌が火傷しそうだったので冷たいものを探し、すがりついた。
「霊夢ってば上手ね。舌が溶けるかと思ったわ」
霊夢から離れたレミリアはからかうような口調で言う。
自分の血液のことは気にならないのだろうか?
「コンティニューよ霊夢。コイン一枚なんてケチくさい事は言わないわ。なんならあなたの人生丸ごと買い上げるわよ?」
「賽銭箱の前で待ってるわ」
焼けつく喉から何とか声をひねり出す。
「あら、帰れると思って?」
帰って見せる。そう誓って霊夢は三度目の正直とばかりに飛び立った。
極めて残念な事に二度ある事は三度ある。
「コンティニュー。夜はまだ終わらない」
三度、霊夢はレミリアの血を飲まされる。
新しい発見。
「吸血鬼の血も鉄臭い味がするのね」
自分の血と大して変わらない味だというのが意外だった。
「すぐに慣れるから我慢なさい」
吸血鬼であるレミリアからすれば自分の血の味に文句を付けられたように聞こえたのだろう。
「是非ともご勘弁願いたいわね」
この喉の痛みに慣れるとは到底思えないしこれ以上繰り返すつもりも無かった。
無かったのだが……
「コンティニュー。私がどうしてこんな事をするか分かるかしら?」
「私を嬲ってって楽しみたいからでしょ……」
冗談半分。レミリアがどう答えるか、何となく予想は付いた。
「ねぇ霊夢、あなたの事が――大好きよ?」
だから、とでも言いたいのだろう。
「知ってる? そういうのを世間じゃ悪趣味っていうのよ」
「悪魔が悪趣味なのはいいことよ?」
「その悪趣味に巻き込まれる方の事も考えてよね……」
「コンティニュー。ねぇ霊夢、あなた今自分がどんな顔してるか分かる?」
「さぁね」
きっと酷い顔をしているだろうと思う。
「もし私に鏡を持ち歩く習慣があったらあなたの顔を見せてあげるわ。とても魅力的よ?」
レミリアは食い入るように霊夢の顔を眺めている。楽しそうだ。
じゃあやっぱり酷い顔ってことなんだろう。
「コンティニュー。今のスペルはお気に入りなの」
「私もそんだけ派手な弾幕を出してみたいもんだわ」
「コンティニュー。今回は随分粘ったわね?」
「こんだけ続けてやり合えば弾幕の癖の一つや二つは覚えるわよ」
「コンティニュー。あっけなかったわね」
「運が悪かったのよ。あれは幕じゃなくて壁でしょ?」
「コンティニュー。霊夢の弾幕は避けずらいわね」
「弾幕はスピード。あんたに同じ事されたら怒るけどね」
「コンティニュー。余所見してると殺しちゃうわよ?」
「スペルカードの残りは後何枚だったかなと思ってね」
「コンティニュー。楽しいわね」
「そう見える?」
「コンティニュー。血の味は?」
「もう慣れた」
・
・
・
・
「コンティニュー。何回目かしらね?」
「さぁ、途中から数えるのも面倒になったわ。三、四時間ってところじゃない?」
もう何度目かも判らぬ吸血鬼の血。
今や霊夢はレミリアの手首から滴り落ちるそれを見るだけで喉に痛みを感じるようになっていた。
これではまるでパブロフの犬だ。
「不思議ね。楽しい時間ほど短く儚い」
「そろそろ終わりにしたいんだけど?」
軽口を叩いているものの霊夢の精神は限界に近い。
身体が動かせなくなる程の傷を負っては無理矢理治療される。
そんな事を何度も繰り返して頭がどうにかならない方が異常だ。
「そうね、私もいい加減お腹が空いてきたわ」
「じゃあいっそ食べればいいのに……こっちはあんたのせいでお腹一杯よ」
「同じ事を二度は言わないわ。なかなか出来ない体験なんだから感謝しなさい?」
「ええ、よくこんな食生活で飽きが回らないもんだと思うわ」
「私にとってはパンと同じだからね。夜明けまで、もうちょっとだけ付き合ってもらうわ」
そう言ってレミリアは真っ赤な夜空へ。
夜明けまで――レミリアはそう言った。
確かにそうだろう。ただ――――
このままではいつまで経っても夜は明けない。
何故か、そう思った。
霊夢はいつしかレミリアがあの一向に沈む気配を見せない月そのものであるような錯覚に陥っていた。
きっと、あの紅き幼き月を落とさなければ永遠に朝はやって来ない。
何がなんでも勝たねばならない。
そうしなければ進めないし戻れない。
自分が負け続ける限りこの夜の悪夢は終わらない。
ならば……勝てば終わるのだろうか?
霊夢は考えるのを止めた。勝てば分かる事だ。
何も考えずにやられ続けた訳ではない。
相手のカードは把握した。
それに対する方程式も頭の中で組み上がった。
手元に残ったスペルカードは四枚。
十分とは言えない。それぐらいで丁度いい。
機が熟したことを確信して霊夢はレミリアのもとへと向かう。
相変わらず喉がひりついた。
不退転の決意で臨んだ弾幕ごっこはおおよそ霊夢の思い描いた通りの展開を見せる。
レミリアが立て続けにスペルカードを発動させていく。
光の網とそこから降り注ぐ光弾をかわし切る。
紅い針が彼女を中心に渦を巻くように収束した後に四方八方に飛び散る。
規則的な列を成して襲い来るその中からレミリアを狙い撃つ。
レミリアが放ったナイフ、その軌跡から無数の弾が湧き出した。
それらは彼方へと飛び去るはずの運命を捻じ曲げ霊夢を捕らえようと全方向から迫る。
スペルカードを発動させ乗り切る。残り三枚。
レミリアの身体に白光が収束して爆ぜる。
紅い塊が霊夢めがけて一直線に飛んでくる。
スペルカードを迷うことなく発動させ相殺する。残り二枚。
レミリアが最後のスペルカードを発動させる。
幻想郷の全てが紅に染められていく。
ここから先は我慢比べだ。
避けて避けて避け続ける。
同時に札と針を撃ち出し続ける。
紅い壁が迫ってくる……霊夢は手を止める。
スペルカードを発動させて一部の隙間も見当たらない壁に突っ込み突き抜ける。
レミリアは身体を蝙蝠に変えてそれを無効化する。元々間合いを詰めるのが目的なのだから構わない。
両手には溢れんばかりの札と針。
目の前に姿を晒したレミリアに零距離から叩きつける。
悪魔は笑っていた。
笑いながら霧散した。
「打ち止め……かしらね?」
霊夢は肩で息をしながら地に降り立つ。喉がカラカラで呼吸が苦しい。
「本当に驚きだわ……ヒトの身で私を倒してのけるなんてね」
唐突に背後から声がした。
振り向いた視線の先にレミリアが立っていた。
変わらない、何一つ変わらない姿で悠然と佇み霊夢を見つめている。
「それで? この悪趣味なダンスに終わりは無いのかしら?」
なんとなく予想は出来ていた。
結局自分はこの子の遊びに付き合わされただけだ。
「そうね、ご褒美よ霊夢。選ばせてあげる」
レミリアは酷くイタズラっぽい笑顔をして言った。
「あなたはどうしたい?」
そう言ってレミリアが放り投げたナイフが霊夢の足元に突き刺さる。
霊夢は無造作にそれを拾い上げる。
どうしたいか? 決まっている。
レミリアの眼前へと進む。
二人の目線が交差する。
霊夢の右手が素早く振るわれた次の瞬間――――
レミリアの首筋が真一文字に切り裂かれた。
エリュシオンに血の雨が降り注ぐ――――
レミリアの首筋から噴き出したおびただしい量の血が彼女の薄いピンク色の服を紅く染め上げていく。
所以とは異なる。されどその様相はスカーレットデビルの二つ名を体現していた。
紅いのはレミリアだけではない。
霊夢もまた返り血で紅く染まってゆく。
紅い空に紅い月。紅い雨中に紅い悪魔と紅い巫女。
「中々に素敵なシチュエーションじゃない?」
何食わぬ顔をしているレミリアの問いかけに霊夢は答えない。無言で立ち尽くしている。
終わらなかった。
終わるはずだった。
終わりにするつもりだった。
本当ならレミリアの首から上が切り飛ばされているはずだった。
本当ならこの悪夢を終わらせて自分は家に帰ってそれから――――
本当にそうしたかったのか?
本当は何がしたかったのか?
自分の頭の中が分からない。
ただ――喉が灼けているのは分かった。
霊夢はその痛みの正体に気付く。
『渇き』だ。
気が付くとレミリアが自分のすぐ傍、見下ろさなければ見えないほど近くに立っていた。
「綺麗ね」
全くもって予想外。意味不明な言葉が口を突いて出た。
霊夢の頭はどうしようもなく混乱していた。
レミリアは霊夢の顔を見上げて囁く。
「食べても、いいのよ?」
レミリアが言い終わると同時に霊夢はその首筋に歯を突き立てていた。
口の中に鉄の味が拡がる。
紅い悪魔の血が喉を灼きながら渇きを癒していく。
わずかばかりの静寂が二人を包み込む。
やがてレミリアから離れた霊夢が静寂を破る。
「コンティニュー」
「それじゃ踊りましょ、ラストダンスよ」
レミリアは嬉しくて堪らないといった様子だ。
「あら? 夜明けまで続くんじゃなかったの?」
「私もそのつもりだったけどね。もうこの夜にこだわる必要も無い」
そう言って夜空に舞い上がる。笑っていた。
霊夢もその影を追う。手には最後に一枚残ったスペルカード。
「たとえ夜が開け、紅い霧が晴れようともあなたの悪夢は終わる事は無い」
紅い悪魔が紅い月を背負う。狂気を孕んだ声が響く。
「覚えておきなさい博麗霊夢、あなたの運命は私のもの」
翼を拡げ高らかに宣言する。
「だってあなたはもう――――」
「――――私無しでは生きられないもの」
霊夢は何も言わずスペルを発動させる。
レミリアもそれに応える。
永い夜に終止符が打たれた。
ENDING:博麗神社にて
幻想郷は今日も快晴だった。
幻想郷は今日も平和だった。
神社にはいつものように紅い悪魔が居た。
紅い悪魔は照りつける太陽を避けるように縁側より少し奥まったところに座り、縁側に腰掛けている巫女に向かって語りかける。
「ねぇ霊夢、私達が会った夜の事覚えてる?」
「さぁ、どうかしらね」
霊夢はレミリアに背を向けたまま短く答える。
「あの夜、最初は本気であなたの血を吸おうと思ったのよ?」
「ああ、そう」
会話に対するやる気の無さがにじみ出ている。
「えっと、あなたを自分の同族にしたかったんでしょうね。でもすぐに気付いた。そんな事をしても仕方無いってね」
霊夢の態度がそっけないので段々と口調が弱くなる。
「へー」
対する霊夢の返事はついに二文字になった。
「だって……そんな事をしたらあなたは人を襲うようになるでしょう?」
吸血鬼に血を吸われ死んだ者もまた吸血鬼としての生を受け、自分が奪われた物を取り返そうと人の血を求める事となる。
霊夢は遂に返事もしなくなった。
「私はそんなの嫌よ。あなたが自分以外の者を抱き、その血をすするなんて我慢ならない。もしそんな事になったら私はあなたを――――って霊夢、さっきから聞いてる?」
ついつい訊いてしまったレミリアに対して霊夢はようやく振り向き――――
「聞いてない」
予備動作なしに霊夢が投擲した一本の針がレミリアの首筋を正確に捕らえた。
「うあー! 死ぬぅー!」
首から針を生やしたままレミリアは元気にのたうち回る。死ぬ気配は全く無い。
「大袈裟ねぇ……ほら、採血するからジタバタしない!」
レミリアを床に仰向けに押さえつけ、すっかり馴れた手つきでレミリアの上着のボタンを緩める。
「優しく……してよね」
「いちいち顔を赤らめるな! 何回目だと思ってんのよ!? というか何だって昼間のあんたはそう残念なんだ!?」
今のレミリアからはあの夜の威圧感も狂気も感じられない。ただ幼さだけはそのままだ。
霊夢は先程刺した針を半分程引き抜く。レミリアの首筋から血が滴り落ちてくる。
「まだ多分二桁よ? あと夜行性なんだから大目に見て頂戴」
「へーへーそうですか」
レミリアの言葉に適当に相槌を打って霊夢は手に持った持った容器に血液を集め始める。
何とも無機質で事務的な作業だ。
吸血鬼の血は強い依存性を持つ。
あの日以来霊夢は日常的にレミリアの血を摂取する必要があった。
それはレミリアの望んだ通りではあったのだが……
「あーーっっもう! せっっっかく霊夢を血液漬けに出来たっていうのにムードの欠片もありゃしない!!」
不満を爆発させてレミリアが絶叫する。
「人をこんな身体にしといて文句言える立場だと思うんじゃないわよこの妖怪ババァ!!」
「うー☆」
霊夢の正論を笑ってごまかす。
「可愛いふりしても駄目!」
「ちょっ! やめて! 針グリグリしないで! イタタタタ!」
「はぁ……ほんと何だって私がこんな目に……」
レミリアを苛めながら霊夢は己の不運にため息をついていたが……
「まぁ……ムードはともかく退屈なのは良くないわね」
なってしまったものはどうしようもない。どうにもならないのならせめて……と考えた。
「!……ン」
レミリアがうめき声を上げる。霊夢が突然首筋に噛み付いて来たからだ。
「……痛い」
霊夢の歯は相変わらず人間のそれだ。
当然、レミリアの牙のように獲物の痛覚を麻痺させ快感にも似た錯覚を与えるような機能は備わっていない。
噛まれてもただ痛いだけ。
「嫌なら止めるけど?」
「……嫌じゃない」
「じゃあ止めない」
吸血鬼の生命力は強大だ。針で刺したくらいの傷はすぐに治ってしまう。
霊夢は頼りない犬歯で傷口が塞がらないように抉り続ける。
抉る。血が出る。
抉る。傷口を吸う。
抉る。レミリアが呻く。
抉る。血はすぐに止まる。
抉る。柔らかな感触が伝わる。
抉る。口の中に鉄の味が広がる。
抉る。溢れたものを舌で舐め取る。
ひたすら繰り返す。
どれぐらいそうしていたのだろう?
数十秒かもしれない。数十分かもしれない。数時間かもしれない。
おもむろにレミリアが口を開く。
「ねぇ霊夢」
「んー?」
霊夢はレミリアの首筋に噛み付いたまま返事を返す。
「今のあなたは人間でも妖怪でも、ましてや吸血鬼でもない。今のあなたは……一体何なのかしらね?」
霊夢はレミリアの首筋から口を離すと――――
メ コ ッ !!
レミリアの頭を小突いた……というレベルではない。
「痛いわね! へこんだわよ今!?」
霊夢の突然の暴挙にレミリアが非難の声を上げる。レミリアの頭に脳が詰まっていない事が証明された。
「だまらっしゃい! 私は『普通』の人間だってーの! 食生活が変わったくらいで人間以外にされてたまるもんですか!!」
霊夢の言葉に迷いは無い。
さもそれが当然だと言わんばかりだ。
それを聞いたレミリアは数秒、あっけに取られたような表情を浮かべた後――
「プッ……アハハハハハ!!」
腹を抱えて笑い出した。
「何がそんなに可笑しいのよ」
訳が分からないといった様子で霊夢は問いかける。
「あーいやいや、そう来なくちゃ面白くないと思ってね」
「はぁ?」
吸血鬼の血を吸う人間なんて霊夢以外の誰がどう見ても異常だ。
霊夢は自分がどれだけぶっ飛んだ事を言っているのか全く理解していないのだろう。
自分の常識、価値観を信じて疑わない。
故に博麗霊夢は他の如何なる常識にも縛られずにいられるのかも知れない。
「あなたはいつか背中から羽が生えてきても同じ事を言ってくれるんでしょうね?」
ニヤニヤ笑いでレミリアが言う。
「お生憎様。あんた達か鳥頭だけよ、翼なんて単純で物理的な飛行手段を持つのはね」
「どこかで聞いたような台詞ねぇ……そうは言うけど結構便利よ?」
パタパタと羽で自分を扇いでいる。今日は残暑が厳しい。
「あー、確かにちょっといいかも……」
その姿を見て霊夢はどこかに捨て置かれているはずのうちわを目で探す。
「生やしてあげようか?」
ニヤリと微笑むレミリアの口元で尖った歯が妖しく輝く。
「そんな気無いくせに」
霊夢は笑って答える。
「なによ、ちゃんと聞いてたんじゃない」
レミリアはふくれっ面になった。
幻想郷は今日も快晴だった。
幻想郷は今日も平和だった。
神社にはいつものように紅白の巫女と紅い悪魔が居た。
何も変わっていないかに見えた巫女は緑茶よりほうじ茶を飲むようになっていた。
<BAD END:ノーマル以上でノーコンティニューを目指そう!>
自身の状態を食生活の変化と言い切る霊夢が実にらしい
なのに心地よいというか、どこか原作に似た感じがするんですよね。
不思議、だけど面白かった。