注意・初投稿からちょうど一年、これからもよろしくお願いします。
・この作品はそれぞれいくつかの短編をまとめたものです。
・百合成分を含みます。話によっては百合成分しかないです。
・前提としてカップルの関係のキャラもいます。
・話の中にはそんなに甘くない話もあります。
・バレンタイン→チョコレート→ポッキーゲーム ……安易な発想ですいません。
・独自設定が含まれてる部分があります。
・話は大きく分けて九つあります。
・書きたいことを書いた結果、多少話ごとの分量に差があります。
・過去作品のネタを僅かにはさんでいますが、この作品のみでも読めます。
以上のことを読んだ上で、それでも作品を読んでいただける方は少々お付き合いお願いします。注意点多いですが、楽しんでいただければ何よりです。
今回の話の発端は毎度お騒がせの『文々。新聞』。香霖堂に何らかの理由で大量に流れてきたポッキーというお菓子についての記事である。その記事に外の世界での『ポッキーゲーム』という遊びについて書いたところ、一部の人妖が興味を持ったのである。今回はそのポッキーを買った少女達の話である。
……余談だが、新聞には注釈で『イヌ科の妖怪は食べる事をおすすめしない』と書かれてあった。
・小悪魔の場合
本当にただ偶然が重なっただけなのだ。たまたまレミリアお嬢様が購読している『文々。新聞』が図書館にあり、たまたま目についた記事にポッキーゲームという遊びについて書かれており、そしてその日の内にたまたま香霖堂へのお使いを頼まれたのだ。そこでつい……ポッキーを買ってしまったのだ。
「ん」
「かしこまりました」
いつものようにパチュリー様が本に顔を向けたまま空のカップを触る。紅茶がほしいのだろう。時間帯的にもおやつ時だし、いつもならこのタイミングで一緒に手の汚れないお茶請けを出す。せっかく買ってきたんだし、今日はそのポッキーというお菓子を……小さめのケーキと一緒に出してみた。これなら万が一パチュリー様の口に合わなくてもケーキのほうを食べればいい。
「パチュリー様、紅茶が入りました」
「ん」
パチュリー様が紅茶とお茶請けを一瞥する。
「……ん?」
「どうかなさいましたか?」
まず間違いなく見慣れないお菓子についての疑問なのだろうが、ここは分からないふりをする。ほとんど言葉の要らない意思疎通も心地よいものだが、たまにはパチュリー様の声をちゃんと聞きたい。ちゃんと会話したいのだ。そしてパチュリー様はおそらく私の気持ちも全てを分かった上で私に話しかけてくださる。
「ケーキは……この味はいつも通りあなたの手作りよね」
「はい」
「紅茶も……うん、いつもの味」
「その通りです」
「……この棒状のものは何?」
パチュリー様からものを尋ねられるのが私は好きだ。私は別に博識でもないのであまりその機会はないのだが。それに対しパチュリー様は自分の時間の殆どを本に費やしており、とても博識である。そして少々プライドが高いためか、他者から何かを教わるときに少し不機嫌そうな表情を作る。しかしその瞳は新しいことを知るという好奇心に輝いており、普段は本にしか向けられないその特別に輝いた瞳が私に向けられてるとたまらなくうれしくなる。そしてその瞳を隠そうと必死に眉間に皺を寄せているのがとても可愛いのだ。あぁ……抱きしめたい……。
「……小悪魔、苦しい」
「……!し、失礼しました!」
……本当に抱きしめてしまっていたらしい。
「それで?」
「あ、はい。これは外のお菓子でポッキーといいます。スティック状のプレッツェルにチョコレートをコーティングしたもので、チョコレートの付いてない部分を持って食べれば手を汚さずに食べれます」
「ふーん……」
香霖堂の主人が長々と垂れていた講釈を簡単にまとめるとだいたいこんな感じだったはずだ。パチュリー様はポッキーを手にとって色々な角度から眺めた後、少し匂いを嗅いで口に入れた。
「……悪くないけど、小悪魔のケーキのほうが好きね。比べるのも失礼だけど」
「ありがとうございます」
そりゃあ私の方はパチュリー様の好みに合わせた試行錯誤の成果、愛情を込めて作っているから市販のお菓子に負けるとはさすがに思っていない。しかしパチュリー様は割と気に入ったのか、パクパクとポッキーを食べている。……なんだか雛鳥みたいで可愛いなぁ。
「小悪魔、今度これ作れる?」
「そのうちパチュリー様の好みに合わせて作らせて頂きます。……すでに咲夜さんはお嬢様に作っているようでしたが」
「あなたが作るのを待ってるわ。……作るのなら一応味見が必要よね?あなたはもうこれを食べたの?」
「いえ、持ってた分は全てパチュリー様に出しましたから」
「じゃあ最後の一本になっちゃったけど、食べる?」
「えっ!?」
気がつくとパチュリー様は一本を残して全て食べてしまっていた。楽しく会話していて舞い上がってしまっていたが、本来の目的はポッキーゲームである。……少々無理矢理だがここから切り出してみようか。ダメなら潔く引き下がればいいのだし。
「……そうですね。それはいいのですがパチュリー様、ポッキーゲームというものを御存知ですか?」
「……知らないわ」
「『文々。新聞』の記事に書かれてあったのですが、なんでも『親しいもの同士がする遊びで、両端からお互いにポッキーを食べ進んでいく』というものです」
「ふーん……。ところで小悪魔、苦しい」
「……!し、失礼しました!」
「……で?そのポッキーゲームがどうしたの?」
「す、少しやってみたいなぁ……なんて思ったり……思わなかったり……?」
「念の為に聞くけど、誰と?」
「ぱ、パチュリー様と……」
恥ずかしすぎてまともに顔が見れない。聡明なパチュリー様のことだから私の意図など全てお見通しだろう。今ならなんとか冗談で済むだろうか。
「いいわよ」
「……へ?」
「こうでいいのかしら?」
パチュリー様がポッキーの端を咥えてこちらを見つめる。ど、ど、どうしよう本当にこんな展開になるなんて。で、でもここは頑張らなくてはいけない。パチュリー様との関係を一歩進めるために、勇気を振り絞ってもう片方の端を咥えてみる。……一歩どころか随分といろいろなものをすっ飛ばしている気がするが。
「これで食べ進めていくのよね?」
「は、はい。そのはずです」
パチュリー様がゆっくりとポッキーを食べ進めていく。
残り十センチ、思っていたよりパチュリー様のまつげが長いことに気づく。
残り九センチ、視界に私だけがいることに、浅ましくも優越感を感じてしまう。
残り八センチ、私と違いパチュリー様のお顔に動揺は見られない。
残り七センチ、恥ずかしさのあまりつい目を少し逸らしてしまう。
残り六センチ、視線を外すことで近づいてくる音を余計に感じてしまう。
残り五センチ、視線を恐る恐る戻してみると……もう目をそらせなくなる。
残り四センチ、パチュリー様の息が私の唇に当たる。
残り三センチ、パチュリー様の唇……。
残り二センチ、あぁ……パチュリー様ぁ……。
残り一センチ、……不意にパチュリー様が止まってしまった。
「……」
「……」
ポリポリとなっていた音が止まり図書館に静寂が訪れる。パチュリー様が静かに目を閉じる。……どれだけ時間が経ったのだろうか私には分からない。ほとんど、というか全く私の方から食べ進んでないことを除いても、最早味なんて分からなかった。
この膠着状態を打ち破ったのは……やはりパチュリー様だった。少し残念そうな表情をした後、歯を立ててポッキーを折ってしまったのだ。
「あっ……」
「あら、折れちゃったわね。折れたらこの後どうするの?」
「えーっと……」
「短くなっちゃったけどまだ続けるの?」
「……いえ、多分折れたらそれで終わりだと思います」
「そう」
パチュリー様は何事もなかったかのように読書を再開してしまった。微妙に不機嫌に見えるのは長年仕えている私が言うのだから間違いないだろう。……自分のヘタレ加減が嫌になる。
「小悪魔」
「……何でしょうか?」
「……これ以上譲歩するつもりはないから。手に入れたいものがあるなら最後の一歩くらいは自分で踏み出しなさい」
「……もしあと一センチを踏み出したらどうなっていたんでしょうか?」
「それは進んでみて初めて分かることよ」
・咲夜の場合
「――――――ということが図書館で繰り広げられていたんですよ」
「いやいやちょっと待ちなさいよ」
お嬢様が何やら慌てて私の話に入ってくる。どうかしたのだろうか?
「お気に召されませんでしたか?こういうお話は」
「親友の恋バナには興味があるし仕組んだのは私だけど、そういう問題じゃなくてね?今の話ノンフィクションでしょ?何で咲夜がそんなに事細かに知ってるの?」
「見てましたから」
「だから何で!?」
「私の能力を使えば別に造作もありませんわ」
「いやそんなことは分かっているのよ。……咲夜にはプライバシーの概念はないの?」
「申し訳ありません、小悪魔の様子があまりにもいじらしかったもので」
「次からは気をつけてね?咲夜の能力ってその気になれば割となんでも悪用できちゃいそうだから」
「分かりました」
まぁ自分でもよくなかったとは思っている。あとで小悪魔には謝っておこうか。……でも見られていたと知ってもっとヘタレられても困るし……、もう少し黙っておくことにしよう。
「とりあえず今までの話からしてこれがそのポッキーというお菓子なのかしら?」
「正確に言えば『ポッキーを元にお嬢様の好みにあわせたもの』ですね。私が試食してそれを元に作ってみました」
「じゃあ名前は私がつけていいのね?そうねぇ……」
「ダメです」
「名付けて全世k……。え?名前つけちゃダメなの?なんで?」
「せっかく美味しく作れたというのに、名前で失敗したくないからです」
「……失礼なことを言ってる自覚ある?」
「主人の過ちを正すのもメイドの務めだと心得ております」
「可愛げのないくらい優秀ね」
「褒め言葉として受けとらせて頂きます」
ブツクサと文句を言いながらも私の出した紅茶とポッキーもどきを口にする。なんだかんだ言ってもお口には合ったのだろう、笑顔を隠しきれていない。今回も満足していただけたようで何よりだ。私もお嬢様の喜ぶ顔が見れて満足である。
「美味しいのは美味しいんだけど……思ったよりも随分と硬いわね」
「お嬢様の好みに合わせて作った結果です。見た目は市販のものとほとんど違いはありません」
「ふーん……咲夜はこの硬さでも食べれるの?」
「味見してみましたが食べれます」
「そう……」
お嬢様が口にポッキーもどきを咥えながら私の方をちらりと見た後、少し恥ずかしそうにしてそっぽを向いてしまった。
三流のメイドならこのお嬢様の微妙なしぐさに気づかないのだろう。主の機微に注意を払わない者をメイドとは言わない。
二流のメイドならここで『どうなさいましたか?』と尋ねるのだろう。主の思惑を察せない者をメイドとは認めない。
一流のメイドなら全てを一瞬で理解して、このポッキーもどきの反対側を咥えるのだろう。そこまでできて初めてメイドを名乗る資格があるのだ。
しかし私がいるのは紅魔館、私が仕えるのはレミリア・スカーレットお嬢様。美味しい紅茶に毒を入れるのを好むような御方である。そして私には『十六夜咲夜』という名前を付けてくださった。十六夜の昨夜だから満月、つまりは完全を表すとも取れるが私はそうは思わない。十六夜、つまり満月よりさらにもう一歩進んだ所で咲くという意味だと私は思っている。
故に私は時を止めて完璧よりも一歩進んだ解答をここに示す。最終的に主を満足させ、そのついでに私も満足できる解答を。
「!?……ちょ、しゃくや、お前!」
お嬢様はたいそう驚いた顔をなさった。それもそうだろう、従者の顔があるはずの咥えていたポッキーもどきの反対側にスプーンや他のポッキーもどき、更には紅茶の入ったカップが高々と積み上げられていたのだから。曲芸師のようなぐあいでなんとか器用にバランスを保とうとしているが、結局崩れてしまう。
「~~!!」
落ちてくる食器にお嬢様が声にならない悲鳴を上げる。それと同時に時を止めて、スプーンやカップ、紅茶やお嬢様の咥えていたポッキーもどきも含めて全て回収する。
「……」
「息が上がっていますが、大丈夫ですか?」
「あんたねぇ……いいかげn!?」
またお嬢様は驚いた顔をなさった。今度は私の目の前で。それもそうだろう、いきなり従者に唇を奪われたのだから。なんとか冷静になるよう努めているようだが、結局その瞳は熱を帯びてしまっている。
「……」
今度は悲鳴をあげることすらできず、トロンとした目でこちらを見上げている。
「……咲夜ぁ」
「別にポッキーゲームなんて必要ないじゃないですか。私はお嬢様と口付けを交わすだけで幸せになれます。お嬢様はそうではないのですか?」
「……お前は情緒とかそういうものを楽しむ心はないのか?」
「お嬢様が相手ならそんなものは必要ありませんわ。少々ふざけ過ぎたことは謝罪します。どんな罰でも受ける覚悟です」
「そう……ならもう一回私にキスしなさい。今度は時を止めずに」
「かしこまりました」
「あ、今度はちゃんと目をつむりなさいよ!キスの時に目を開けるなんて、咲夜にはデリカシーの概念はないの?」
「申し訳ありません、お嬢様のお顔があまりにも愛おしかったもので」
「……次からは気をつけてね?」
・神子の場合
「くしゅんっ!」
自室でのんびりとくつろいでいると訪ねてきた目の前の相手が可愛いくしゃみをした。
「……失礼しました」
「いや構いませんよ。ただ……青娥は随分と可愛いくしゃみをするのですね」
「まぁお恥ずかしい……」
「最近布都も鼻炎なのか、よくくしゃみをしているのです。彼女は随分と豪快にするのですよ。……さて今日は芳香まで連れて、どういった御用ですか?」
「特にこれといった用事があるわけではございませんわ。ただ何となく寄らせていただいたまでです。もしかしてお邪魔でしたか?」
「……いえちょうど布都も屠自古も出かけていて一人だったんです。よろしければ話し相手になっていただけませんか?」
「私でいいのならば喜んで」
青娥の欲を読み取っても特に他意は感じられない。本当に立ち寄っただけのようなので和菓子をお茶請けに身の回りのことや知り合いのこと等、世間話といっても差し支えのない程度の話題に興じる。思った以上に話が進みいくらか時間が経った頃、青娥がポツリとこぼした。
「そういえばお二人はまだお帰りにならないのですか?随分と長く話し込んでしまいましたが」
「屠自古は私用で今日は帰れるか分からないと言っていましたからね。彼女はしっかりしているし大丈夫でしょう」
「……物部様は?」
「買い物を頼んだのですが些か遅すぎますね。少し心配になってきました」
「物部様ですものね、お気持ちはわかります。私も芳香に頼み事をした時はいつも心配になりますし」
「そうなのかぁー?」
……流石に芳香よりは大丈夫だろうと思ったが、あえて言う必要もない。
「すいませんが青娥はここで少し待っていていただけませんか?私はその辺りまで様子を見に行きますので」
「いえ、私も物部様を探すのを手伝いますわ」
「青娥が手伝うのなら私も手伝うぞー!」
「「あなたは何もしなくて大丈夫です」」
「そうかー」
「客人に手伝わせるわけにはいきませんし、もし二人で探しにいってしまっては、万が一布都が自力でここまで帰ってきてしまった時に困ります。誰かがここに残っていた方がいいでしょう」
「物部様が一人でここまで帰ってこれる確率が万が一もあるとは思えません。二人で探しにいっても問題はないと思いますわ」
「なら私が留守番してるぞー!」
「「あなたじゃ留守番していても役に立たないでしょう?」」
「そうかー……」
そんなやり取りをしていると驚いたことに門の方から布都の元気な声が聞こえてきた。
「布都!」
「きゃっ!」
「!」
しかし布都の声に勢いよく反応した結果、机にひっかかり湯呑みが宙を舞った。危うく青娥にかかるところだったのを素早く芳香がかばい、芳香がお茶をかぶってしまった。
「す、すみません。大丈夫ですか?」
「あ~つ~い~……のか?」
「えぇ熱いはずですよ、大丈夫ですか。助かりました、ありがとう芳香」
「ほら、私は役に立つぞー。ほめてくれー」
「そうねさっきの言葉は良くなかったわ。こんなに芳香はいい子なのに」
「すみません、青娥」
「大丈夫です、しかし隣の部屋をお借りしてもよろしいでしょうか?芳香の損傷具合の確認と濡れてしまった芳香の着替えを行いたいので」
「分かりました。着替えは隣の部屋の箪笥に入ってますのでなんでも使ってください」
「ありがとうございます、芳香行きますよ」
「おー」
青娥が芳香を連れて行って十分程経ったのだろうか、未だに部屋には誰も帰ってこず私は一人残されてしまっている。布都は買ってきたものを氷室に入れたりするのに手こずっているのだろう。青娥は関節の曲がらない芳香に服を着せるのを手間取っているのだろう。……いやいくらなんでも遅過ぎないだろうか?
「太子様ー!物部布都、只今用事を全て終え帰還しました!」
やっと入れ終わったのだろう、布都がドタドタと長い廊下を走ってこっちに向かってくる音がする。相変わらず賑やかな子だ。
「太子様ー!」
そして元気よく襖を開ける音がする。……しかし私からは布都が見えない。どうやら間違えて隣の部屋を開けてしまったようだ。そそっかしい布都らしい。隣の部屋の会話が聞こえてくる。
「……む?青娥殿に芳香ではないか!どうしてここにおるのだ?」
「これはこれは物部様、ご機嫌麗しゅうございます。芳香と一緒にお邪魔させていただいていますわ」
「そうか!青娥殿達なら我はいつでも歓迎だぞ!ところで青娥殿は芳香の服をとって何をしておるのだ?」
「芳香の損傷を調べているのです」
「ではなんで抱きついておるのだ?」
「……愛を、確かめ合っているのでございます」
「そうなのか!」
「よければ物部様もご一緒に」
「青娥、布都に変なことを吹きこまないでください」
慌てて部屋から出て注意する。
「あら残念。では芳香は大丈夫そうですし服を着せて部屋に戻らせていただきましょうか」
「全く、あなたは人の屋敷で何をやっているのですか」
「太子様!太子様!物部布都、只今帰還しました!」
「はい、ご苦労様でした」
「それで太子様、今日は香霖堂という店で面白いものを見つけてまいりました!」
そう言って布都は細長い袋を取り出す。開けてみると中には……なんだろうか、棒状のお菓子?が入っていた。
「これは?」
「何なのかは我にもわかりません!しかし香霖堂の店主曰く『人気商品』らしいので買って来ました!」
「……青娥、これが何か分かりますか?」
「ポッキーという名前の外のお菓子だったと思います。最近は天狗の新聞にも取り上げられてそこそこ話題になっていますね」
「ほう、そこまで美味しいのなのですか?」
「話題になった理由は味というよりこのお菓子を用いた遊びですね。ポッキーゲームというもので、口で説明するよりも実際に見てもらったほうが早いでしょう。芳香ちょっと来なさい」
青娥は芳香を近くまで呼ぶとポッキーを一本取り出してまず芳香に端を咥えるように指示した。……すると芳香はそのまま美味しそうにむしゃむしゃと食べてしまった。
「「……?」」
「今のは失敗ですのでお気になさらず。芳香、食べてはダメです。咥えてください」
「咥える……?」
「いつも私の指にやっているように行えば大丈夫ですよ」
「おぉーわかったぞー」
「では後は芳香は私の真似をしてくださいね」
そう言って青娥は芳香が咥えたのと反対側の端を咥えてゆっくりと食べ進んでいく。なるほど、実はさっきの失敗の時点で何となくの予想はついていたが、これでポッキーゲームというのがどういうものか分かった。隣の布都もどうやら趣旨を理解したらしい。この子は色々と抜けすぎているが、基本的に賢い子だ。……それにしてもなんで青娥はお菓子を口に咥えているだけなのにこんなに官能的なのだろう。
「……おぉ!」
半分程青娥が食べ進めた所でようやく自分が何をすればいいのか悟ったのか、芳香の方からも食べ進めようとして……ポッキーが折れた。
「……芳香?」
「おぉ~折れた!折れたぞ青娥~」
「いやそれは見れば分かるんですけど……も、もう一度やってみましょうか」
その後何度やっても結局芳香は折らずに食べ進めることはできなかった。
「ほ、ほら青娥殿!接吻するだけならお菓子がなくてもできるではないか!そんなに気落ちしなくても」
「……それもそうですね。お疲れ様でした芳香」
そう言って青娥は芳香の胸にキスを一つ落とした。
「さて、太子様!次は我らの番ですな!」
「やっぱりそうなるのですか」
布都がポッキーの端を咥えるので、その反対側を私が咥える。布都は芳香の失敗を散々見たのでとても慎重に食べ進めている。
さて私はこのまま黙って布都からのキスを受け入れていいのだろうか?布都から私に向けられる感情はどちらかと言うと子が親に向けるそれに近く、また私もその逆である。もちろん尸解仙になって今でも私に仕えてくれる布都には報いたい気持ちはあるが……そういえば、このまま行くと屠自古には不公平に
「……む?」
一瞬布都が顔をしかめた。私の考えを読んだなんてことはないだろうが、たしかにこの状況で屠自古のことを思い浮かべるのは布都に失礼だ。屠自古については帰ってきてから考えよう。
「……うっ」
……とりあえず今回は『物部布都の期待に答える太子様』でいよう。親子であってもキスぐらいするだろうし、今後のことはまた考えればいいだろう。
「はっ……」
……先程から何か布都の様子がおかしい。まさか緊張してるのだろうか?……迂闊だったかもしれない。布都も女の子である。私が思っているよりもキスを重く見ているのだろうか。だとしたらこんな中途半端な気持で布都の好意を受け入れて良いのだろうか。しかしもう布都の顔はあと一センチあるかないかというところにまで迫っている。青娥もこらえきれずに笑っている。……ん?笑っている?
「ハックション!」
・雛の場合
「にとり、どう?終わりそう?」
「……うーん、やっぱりもうちょっとかかりそう」
文からもらった新聞に面白い記事があったので香霖堂に厄と交換でポッキーというお菓子を買ってきた(『興味がある』と言って結構な量の厄を持っていったが、大丈夫だろうか……)。なのにタイミングの悪いことにちょうど何か大きな仕事があるらしく、にとりはずっと機械を弄っている。もう二時間はこの調子だ。たしかに私はにとりを待つのは好きだ。にとりはどんな時でも精一杯頑張って私を追いかけてきてくれるから。だがせっかくにとりに会いに来たというのに、これではあまりにも寂しい。
「ごめんね、せっかく来てもらったのに」
「仕事なら仕方ないわ。私の来たタイミングが悪かっただけだもの」
「ほんとにごめん」
にとりもそんな空気を察しているのだろう。さっきからとても申し訳なさそうである。こんな顔を見に来たつもりじゃなかったはずなんだけどなぁ。私はただにとりと楽しく過ごしたかっただけなのに。
「明日には終わりそうだし、終わったら一緒に何処かに出かけない?」
「たしかに最近はデートもできてないものね。久しぶりにいいかもしれないわ」
「……ほんとにごめん」
「あ、いやそういうつもりじゃなくてね?仕事が忙しいいのは一概に悪いことじゃないわ。それににとりを待っている間にいろいろと思いを巡らせるのも私は好きよ。だからそんなに謝らないで?」
「うん……」
せっかくだし待っている間に終わった後どこにデートに行くかでも考えてみようか。にとりの性格と私の性質上、あまり人の多いところには行けないから人里はダメである。またお互いにあまり強い力を持っているわけじゃないので危ないところも行きたくはない。……やはりいつも通り妖怪の山の中になりそうだ。まぁ行き先は結局どこでもいいのだ。二人でのんびり歩いて、おしゃべりして、お茶をして。それで十分楽しいのだから。そういえば……
「最後にキスしたのっていつだったっけ……?」
「えっ!?」
「あ、ごめん。……ひょっとして声に出てた?」
……まぁ今のはわざと声い出したのだが。
「え、あ、……うん」
「ごめんなさい、気にしないで。にとりが恥ずかしがり屋なのはよく知ってるし」
「ご、ごめん……」
にとりはあまりキスをしてくれない。単に恥ずかしいだけというのも分かってるし、そんなところも含めて好きなのだが……私にもやはりそういう気持ちはある。もちろんにとりが私に向けてくれる気持ちを疑うことなどあるはずはない。確認や証が欲しいわけではないのだ。……ただにとりに触れたいだけ、にとりのもっと深いところにいたいだけなのだ。無理強いするようなことはしたくない。しかし今回の『文々。新聞』の記事が何かのきっかけになればと思ったのは事実だ。私も曲がりなりにも神だというのに俗なものだ。そんなことを考えていると、不意ににとりのお腹がなった。
「……!?」
「いやそんなに顔を真っ赤にしなくてもいいわよ。生理現象なんだし」
「そ、そうだけど」
「まぁ恥ずかしがってるにとりも可愛いから構わないけど」
「……雛の意地悪」
そんなことを言われても可愛いものは仕方がないのだ。別に好きな人をいじめたいわけではない。ただにとりの色んな表情が好きで、その中の困った顔や恥ずかしがった顔が特に好きなだけなのだ。
「ところでにとり、お腹空いてるの?ちゃんとご飯食べてる?」
「え、えーっと……」
「熱中するのはいいけど、周りが見えなくなるのは悪い癖よ?」
「ごめん……」
「もう、今日は謝ってばかりね」
……にとりの顔を見ていると少しよろしくないことを思いついた。さっきからにとりは私と話しているものの顔は機械に向いたままである。集中しているから仕方ないし、それに対して何か文句があるわけではないが。この思い付きを実行に移すか少し悩んだ末、やってみようと思う。にとりに心の中で『ごめんね?』と言う。
「……お腹空いてるんだったらお菓子食べる?」
「雛の手作り?」
「残念だけど今回は違うわ。香霖堂で買ってきた外のお菓子よ」
「そっか、ありがと。今はちょっと手が汚れてるし後でもらおうかな」
「お腹空いてるんでしょ?入れてあげるから口を開けて?」
「……じゃ、じゃあお願いしようかな」
口に入れてもらう様子を一瞬想像したのだろう、にとりは少し照れている。これからもっとすごいことをするというのに。にとりはまだ顔を機械に向けたままである。私はにとりの口の方にポッキーの端を持っていく。……もちろんもう一方の端を私が咥えて。にとりはまだ気づかない。
「……!?」
あ、気づいた。
「……」
にとりが固まった。とりあえず驚いた拍子にポッキーが折れてしまうことだけは何とか防げた。
「――――――」
「……」
何がどうなっているのか混乱しているにとりにとりあえずニコッと笑ってみせる。するとにとりの顔はどんどん赤くなっていってしまった。とりあえずこれがどういう遊びなのかという趣旨を伝えるためにほんの少し食べ進んでみて、その後目配せをしてみる。にとりは理解したのだろう、視線がせわしなく動いている。
さてここからどうしようか。にとりの恥ずかしがった顔をこんな間近で見れたし、わりと楽しめはした。しかしこれはあくまでゲームのスタート地点である。既にいっぱいいっぱいなにとりには悪いが、ここからが本番だ。ゲームのルールに則って少し食べ進めてみようか。そうしたらにとりはますます焦るだろう。だけどここはせっかくだから目をつむってにとりから追いついてきてくれるのを待ってみようか。私はにとりを待つのが好きなのだから。
・さとりの場合
「お姉ちゃん!ポッキーゲームだよ!」
「おかえりなさいこいし。今日の晩御飯は何が食べたいですか?」
「びーふすとろがのふ!」
「分かりました、今夜は私が作りますから晩御飯の時にはちゃんといてくださいね?」
「はーい!」
こいしはいつも唐突である。ふとした時にいなくなるし、何の前触れもなく帰ってくる。まぁ今夜は晩御飯を食べるようだから少しは一緒に過ごせるようだが。
「あとどれくらいで晩御飯?」
「こいしはもうお腹がすいたのですか?」
「うん、今回も色んな所に行ってきたからねー」
「では皆を呼んできてくれませんか?急いで作りますので」
「分かった」
トテトテとこいしは駆けていく。こいしは地上に頻繁に遊びに行くようになった。それを寂しく思う気持ちはもちろんあるが、地上の出来事を楽しそうに話すこいしを見ているといい傾向なのかもしれない。……時折おかしな影響を受けて帰ってくることがあるのは困るが。そういえばさっきも何か言っていたような気がするし。
「こいし、美味しいですか?」
「うん!」
「それはよかったです」
大勢のペット達と一緒に食卓につく。地底の異変以来放任主義を少し改めたので、いつもはここでペット達からの業務報告を聞いたり、その日の出来事について談笑したりするが、今日はこいしがいるので皆私達には話しかけてこない。動物は本能で空気を察してしまう。私としてはこいしと会話したい反面、気を使われているようでなんだか心苦しい気持ちもあるのだが。
「こいし、いつもの様に地上での出来事について話していただけませんか?」
「うん!あのね……」
こいしの話は正直、かなり分かりにくい。無意識で行動しているせいか、話が変なところに飛躍しがちなのだ。それでも一生懸命話すこいしを無下にはできないし、何より楽しそうに話しているこいしを見ていると私まで楽しくなる。
「いろいろなことがあったのですね」
「うん!」
「……またすぐ出て行ってしまうのですか?」
「そうだね、多分今夜の内にまた出かけると思う。無意識で動いてるから意思と関係なく、気がついたら地上にいたりするし」
「そうですか……」
つい残念そうな声を出してしまう。するとこいしは少し困ったような顔をする。
「ごめんねお姉ちゃん、我儘ばかり言って……」
「いえ、たとえ姉でもこいしの行動を束縛する権利はないのですから」
「どこに行っても最後には必ずお姉ちゃんのところに帰ってくるから。お姉ちゃんの隣が私の居場所だから!」
「……あんまり長い間離れていると居場所をとられてしまうかもしれませんよ?私はこいしのお姉ちゃんですが、数多くのペットの主人でもあるんですから」
「むっ……だったら……」
こいしが突然私の唇にキスをしてきた。
「こ、こいし!」
「えへへ♪お姉ちゃんは私のモノだっていう印だよー」
「もう、こいしったら……」
「……ん?あれ?」
「どうかしましたか?」
「……あー!思い出した!ポッキーゲーム!」
私の記憶が正しければ帰ってきた時にこいしが大声で言っていたもののことだろう。直感的に嫌な予感がしたので思い出さなければいいと思っていたのだが、世の中はそんなに甘くないらしい。
「……なんですかそれは?」
「天狗の新聞に載ってた遊びなんだけどね」
そう言いながらこいしは細長い袋から棒状のものを取り出す。
「これは外のお菓子で、これを使った遊びなの」
「外のお菓子ですか。そんなものをどこから持ってきたんですか?」
「香霖堂ってお店に置いてあった!」
「……置いてあった?商品じゃなくて?」
「わかんない!とにかくやってみようよお姉ちゃん!」
「どんな遊びかわからない状態で返事をするのは怖いのですが……」
「大丈夫だよ!私を信じて!」
このセリフを言ったこいしに私は今まで何度痛い目に遭わされてきたのだろうか。経験や直感を信じるならもちろん答えは『NO』である。
「やってみようよお姉ちゃん!」
「……いいですよ。どんな遊びなんですか?」
……まぁどれだけ考えた所で結局選択肢はひとつ、お姉ちゃんはこいしの期待を裏切れないのです。理由は単純、私はこいしのお姉ちゃんだから。あとは何があってもいいように心構えを決めておくだけだ。
「えっとね、まずお姉ちゃんはこのお菓子の端っこを咥えて?」
「はい、こうですか?」
「多分それであってるよ。そしてもう片方の端を私が咥えてお互いに食べていくの」
「……それって最後にはキスするんじゃないですか?」
「じゃあ始めるよー!」
いきなり開始の合図をしたので思わず目を閉じてしまった。とりあえず目を開けようと思ったが……開けることができない。今までこいしからキスをしてきたことは何度もある。しかしどれも不意打ちのキスだ。こんなにしっかりとキスすることは今までになかったはずだ。
ポッキーというお菓子の長さは鮮明に覚えている。あの反対の端をこいしが咥えているのだとしたら、こいしの顔は私のすぐ目の前に……、だめだ、想像したらとてもじゃないが目を開けられない。だんだん顔が熱を帯びていくのを感じる。と、とりあえず落ち着こう。冷静になる必要がある。こいしがもし今目を開けていたらお姉ちゃんの威厳が崩壊してしまう。
そもそもこんな状態で目をつぶって妹からのキスを待っている時点でお姉ちゃんの威厳は崩壊しているのではないだろうか?たしかこいしはお互いに食べ進めていくと言っていたはずだ。ここはお姉ちゃんとしての余裕を見せるため、こちらからも食べ進めるべきではないだろうか。……いや、目をつぶったままは流石に怖い。
ではここはまず勇気を振り絞って目を開けるべきではないだろうか。それがこの防戦一方の状況を打破する最善の一手に違いない。……いやでも今度は別の問題がある。今こいしの顔がどこにあるのかわからない状況で目を開けると、その瞬間にキスしてしまう可能性がある。キスする時に目を開けるようなデリカシーのないお姉ちゃんの姿を妹に見せるのは教育上よろしくない。
まず根本的に教育上の問題を言うのであれば姉妹でキスしようとしているこの状況がアウトなのではないだろうか。今まではこいしに不意をつかれたと言い訳できるが、今回はそうもいかない。現に今、私は目を閉じてこいしのキスを待っているようなものだから。こいしからの好意は素直に嬉しいし、私もこいしを愛しているが……それとこれとは話が別なのではないだろうか?
では現実問題として今の状況からこいしのキスを断ることができるのか?……どう考えても無理である。なんだか元からお姉ちゃんの威厳なんてものはないような気がしてきた。とりあえず断れないのなら、後は覚悟を決めるしかないのだろう。
……そういえばこいしは私以外にもキスをするのだろうか?最近は地上によく出かけているし、可能性もゼロとは言い切れないだろう。キスの相手が本当にこいしの大切な人なら構わない……嫌だがそれは仕方がない。だがもし気軽にそんなことをしているようなら……。この後ちゃんと他の人には気軽にキスしちゃダメだと言っておかなければ。
キスといえばそういえば今までこいしとは何度キスをしたのだろう。改めて考えてみるとこいしのイタズラには困ったものだ。……あれ?でもその割にはこいしとのキスがどんなものか全く思い出せない。どれもただただ驚いてしまっているだけだったから仕方ないのかもしれないが、こいしの唇の感触すらほとんど記憶に残っていない。……そ、そっか、これがひょっとしたら初めてのちゃんとしたキスなのかもしれない。なんだか余計に緊張してきた……。
……それにしても遅くないだろうか?スタートの合図から随分と時間が経ったように感じるが、一向に終わる気配がない。ひょっとしたら自分で思っているほど時間が経っていないのだろうか?とりあえず一瞬緩んだ気を引き締め直す。今みたいに『あれ、遅いな?』と思ったタイミングにされるのが一番不意をつかれるから。
……あれからまた少し経ったが全く終わる気配がない。相手がこいしだから気配も感じられないし。……これはひょっとしてまたこいしのイタズラなのではないか?スタートの合図と同時に私が目を閉じて百面相をしているものだから、面白がって眺めているのではないか?……大いにありえそうだ。想像するとまた顔が熱くなるのを感じる。こ、これは恥ずかしい、恥ずかしすぎる。これだけ遅いのならば最早それで間違いないだろう。となると経験上、こいしは間違いなく私が目を開けて油断した瞬間にキスしてくる。終わってしまったものは仕方ない。せめて目を開けた瞬間にこいしがしてくるであろうキスへの心の準備をしよう。
……少し時間はかかったが覚悟はできた。冷静さを取り戻せたせいで頭もしっかりとし、周りも見えるようになってきた。目は閉じたままだけど。今まではパニクっていて気づかなかっただろうが、お空が部屋に入ってきたのが第三の眼を通して分かる。……あれ?お燐も部屋の中にいる?いつから?
「……ねぇねぇお燐」
「なにさ?」
お空が声を潜めてお燐に話しているのが聞こえる。
「さとり様何やってるの?」
「さぁ……?あたいにもよくわかんない。あの状況でかれこれ十分程一人で目を閉じて百面相してるんだけど。なんとなく声もかけづらいし、こっちにも気づいてないみたいだし。いやすごい可愛いんだけどね?」
………………。
「……お燐」
「にゃあいっ!さ、さとり様?」
「こいしがどこに行ったか知りませんか?」
「え、あ、こいし様ですか?えーっと……見てないからまた無意識にお出かけになったんではないでしょうか?」
「……あなたが来た時にこいしはいましたか?」
「い、いいえ、いませんでした」
「……あなたの他にこの部屋に誰か入って来ましたか?」
「いいえ、ついさっきお空が入ってきた以外は誰も来てないです」
「そうですか。……お燐、本当に言い難いのですがお願いがあります」
「大丈夫です、さとり様。あたいは何も見ていません」
「……ありがとうございます」
・妖夢の場合
「妖夢~」
白玉楼の裏で楼観剣を振っていると、幽々子様が私を呼ぶ声がした。声のトーンなどから経験上分かることなのだが、この声に返事をすると絶対に私にとって良くないことが起こる。というか幽々子様が私に何かをする。できるのならば無視してしまいたい。
「妖夢~。いないの~?」
「……少し待ってください幽々子様。今すぐそちらに向かいますので」
しかし私は白玉楼の剣術指南役兼庭師という肩書きでここにいる。そして幽々子様は白玉楼の主。選択肢など初めから無いのだ。
「お待たせしました」
「あら妖夢、随分と汗をかいているようだけど修行中だったかしら?」
幽々子様がいるのは白玉楼の門の前である。ということは出かける際のお供を頼むということだろうか?できればそうであって欲しいのだが。
「いえ、問題はありません。お出かけですか?」
「今帰ってきたところよ~」
期待はずれ、予想通りである。
「何度も言っていますが勝手に出かけられては困ります。私に一声かけていってください」
「そしたら妖夢がついてくるじゃない」
「そのために声をかけてくださいと言ってるんです!」
幽々子様はニコニコと笑ってどこ吹く風である。まぁ私自身も言って何かが変わると思っているわけではないが。
「……それでどこへ行ってらしたんですか?」
「香霖堂よ~。そこの店主から面白いものをもらってきたの」
「……もらってきた?買ったのではなくて?」
「もらってきたのよ~」
……深くは考えないでおこう。
「何をもらってきたのですか?」
「外の世界のお・か・し♪」
幽々子様はたいそう楽しそうにそのお菓子を取り出す。
「妖夢も一緒に食べましょうよ」
「はぁ……。では遠慮無くいただきます」
服を着替えた後、幽々子様の待つ部屋まで行くとお皿の上に先ほどの棒状のお菓子が並べてあった。幽々子様は既に食べ始めており、割りと満足そうだ。私も一本取って口に入れてみる。
「あ、美味しいですね」
「でしょ~」
「ありがとうございます」
「いいわよ別に~。その代わりちょっとした遊びに付き合ってくれないかしら?」
「何ですか?」
幽々子様が机の端にあった新聞を広げる。
「えーっと……『魔法の森の人形師、ついにバレンタインの本命発覚か!?』」
「その記事じゃないわよ。こっち」
「えーっと……『香霖堂に外のお菓子が大量入荷!?』」
記事を簡単にまとめると香霖堂に突如外のお菓子、ポッキーが大量に流れてきたというものだった。話の流れからしてこのポッキーというのは目の前の皿のこれだろう。では幽々子様のおっしゃる『遊び』というのは何か?間違いなくここに書かれているポッキーゲームというもののことだろう。
「これをやるんですか?」
「そうよ~」
「私と幽々子様が?」
「そうよ」
「でもこれって……最終的に……その、キスすることになりませんか……?」
「そうね~」
「……いいんですか?」
「もちろん無理にとは言わないわ。嫌ならちゃんと断りなさいな」
幽々子様とのキスの経験は……実はと言うとそれなりにある。しかしそれは全部幽々子様の方から私の頬へのものだった。私の知る限り私の唇が幽々子様に触れたことは一度もないはずだ。
「……」
「悩むのならやめておいた方がいいと思うわよ~。まぁ気軽に考えなさいな」
確かに幽々子様も言っていたがこれは所詮はお遊びだ。少しでも嫌という気持ちがあったり、悩む要素があるならやめておいたほうがいいだろう。そうやって考えると驚くほどあっさりと答えが出た。
「不束者ですがどうぞよろしくお願いします」
「こちらこそ~」
私がまずポッキーの端を咥え、反対側を幽々子様が咥える。お互いゆっくり食べ進んでいくと、当たり前だが幽々子様の整ったお顔がどんどん近づいてくる。分かっていたことだが幽々子様は本当に綺麗だと思う。近づくにつれて幽々子様の桜色の唇から目を離せなくなる。そして幽々子様の唇が私の唇に触れるかというその瞬間。
「……へ?」
幽々子様のお口が信じられないほど大きく広がり、そのまま私の視界は真っ暗になってしまった!た、食べられた!?私、幽々子様に食べられた!?
◇
「――――――というような夢ばかり最近見るんですよ……」
「なるほど、途中のノロケを聞くのはなかなかに苦痛だったけど確かに大変そうね」
ポッキーゲームに関する記事を見た日から毎晩幽々子様にこんな感じで食べられる夢をみている。いくら寝ても全く疲れが取れず、酷くなる前に永遠亭の永琳さんに診てもらうことにしたのだ。
「どうする?一応薬を出して様子を見ることもできるけど、私としてはニ、三日ここで入院することをおすすめするわ」
「では少しの間お世話になってもいいでしょうか?幽々子様にはしばらく休暇をもらいましたし」
「了解。それで部屋なんだけど……個室じゃないけど構わないかしら?」
「はい。大丈夫です」
「じゃあとりあえず睡眠薬と胡蝶夢丸を渡しておくからそれで様子を見ましょう。じゃああなたの病室まで案内するわ」
「ありがとうございます」
・鈴仙の場合
仕事の合間の休憩時間、てゐと一緒に部屋でくつろいでいると隅の方に置かれた新聞が目に止まった。
「……ん?どうしたのさ鈴仙?」
「いや、別に……」
特に目的もなくダラダラと記事をめくっていくと、『香霖堂に外のお菓子が大量入荷!?』という記事が目に止まり、読んでいくとなかなかに面白いことが書かれてあった。
「ねぇてゐ、これ見て?」
「んあ?」
てゐを呼んできて記事を見せる。
「へぇー、外の世界では愉快な遊びがあるんだねぇ」
「そうねー」
「……」
「……」
あ、あれ?思ってたより食いつきが悪いな。
「……ねえてゐ」
「なぁに?」
「なにか甘いもの食べたくない?」
「あぁいいねぇ甘いもの。食べたい」
「でしょ!せっかくだしこのポッキーっていうお菓子を買いに行かない?」
「えぇー、遠いし面倒臭い」
うっ……。ここから香霖堂まではそこまで遠くないが、決して近いといえる距離ではない。せっかくの休憩時間にお菓子を買いに行くには確かに面倒な距離だ。
「……ねえてゐ」
「なぁに?」
「明日予定空いてる?」
「なんで?」
「久しぶりにデートしない?」
「デートねぇ……。どこに行くの?」
「香霖堂」
「……香霖堂?」
「香霖堂よ」
「デートの目的地に……香霖堂?」
「……ごめん、ないね」
「気をつけなよ鈴仙、相手によっちゃあ今の一言でお別れになるから」
「き、気をつけます……」
これもダメか……。しかし諦める訳にはいかない。私はてゐとポッキーゲームをしたいのだ。
「……ねぇてゐ」
「なぁに?」
「姫様今何してるかな?」
「……何か凄く失礼なことを考えてそうだから先に釘さしておくけど、姫様は今自室で寝込んでるから出かけるのは無理だよ」
「そ、そっか……」
「……さっきからどうしたのさ鈴仙?何をそんなに香霖堂にこだわってるの?」
「いや別にそんなことは……!」
そうだ、てゐの言うとおりだ。私は『ポッキーゲーム』がしたいのであって『香霖堂』や『ポッキー』にこだわる必要は全くないのだ。そうと決まれば話は早い。たしか台所の方にまだ残っていたはずだ。
「てゐ」
「なぁに?」
「ちょっと待ってて!」
急いで台所に行き目当ての物を探す。……あった!記事にのっていたポッキーと形や大きさの殆ど変わらないお菓子の入った瓶を見つける。月にいた頃のお菓子を模して作った姫様の失敗作、『イナバのHB(名付け親はもちろん姫様)』。食べられないというほどのものではないのだが、イマイチだったため師匠が『……とりあえず記念に残しておきましょうか』と言って術をかけたのだ。これを使えばてゐとポッキーゲームができる。
「てゐ!」
「なぁに?」
「お菓子!ポッキーみたいなやつ見つけた!」
「……ん?」
「ポッキーゲームやろ!」
「……あぁなるほど。やっと理解したよ」
「じゃあやろ!」
「……鈴仙は可愛いねぇ。いいよ、やってあげる」
てゐが瓶からお菓子を一本取って口に咥える。……やっと念願が叶ったけど、改めてやってみようとするとなんか照れるなぁ。思ったよりも顔近いくなりそうだし。
「どうしたの?」
「あ、うん、何でもないの。何でも……ないの……」
「……鈴仙はほんとに可愛いねぇ」
あんまりてゐを待たせるのも悪いし、勇気を振り絞って反対の端を咥える。……その瞬間目の前が真っ暗になった。
「あれ?ちょっ鈴仙!大丈夫!?……あちゃあ……思ったより効き目がすごかったかね」
薄れ行く意識の中でてゐが何か言っているような気がする。
「あー……ごめん、ちょっとやりすぎた。こんなに効くとは思わなかったんだ。これで許して?」
唇に何か柔らかい物が当たった感触を残して私は意識を手放した。
◇
「――――――という理由で私も入院してるの。短い間だろうけどよろしくね、妖夢」
「……はぁ、こちらこそよろしくお願いします」
新しく同じ病室に入院することになった妖夢に挨拶のついでに入院の経緯を話した。
「それでてゐさんはそのお菓子に何を仕込んだんですか?」
「何かよくわからないけどすっごく辛いものよ。……いやほんとにわかんないんだもん、師匠の実験の副産物だから。てゐは唐辛子の代わりみたいな感じで使ったみたいだけど、結局二、三日入院することになっちゃった」
「……結局どこから罠だったんですか?」
「さぁ?私にはわからないわね。……でもてゐとポッキーゲームしたかったなぁ」
「懲りませんねぇ……」
・妹紅の場合
「妹紅~?」
「……なによ」
「あれ?まさかほんとに寝てたの?」
浅い眠りからさめ、目を開けると無断で家に入ってきた輝夜がいた。
「……今何時?」
「妹紅、時計を買うお金もないの?……プレゼントしてあげよっか?」
「いやたしかに持ってないけどね、そういう話じゃないの。外を見てみなよ」
「えっ……?あ、えーっと……つ、月が綺麗ね」
「……馬鹿にしてるの?」
「お、怒ってる?」
「そりゃあこんな夜中にいきなりやってこられたら誰が相手でも機嫌は悪くなるわよ」
時計がないから正確な時間は分からないけど、外を見る限り人間は寝るべき時間のはずだ。
「……ごめん、妹紅だったら起きてると思って」
「何を根拠によ……」
「だって荒んだ生活してそうだし、それに夜襲の計画とか立ててたりしてるんだと思ってたから……」
「最近は規則正しい生活ってやつを心がけてるのよ。あと私は常にあんたのことを考えてる程暇じゃないの」
「そ、そうなんだ……」
昔は確かにそうだったのかもしれない。輝夜への恨みが消えたわけじゃないと思うが、以前のような燃えるようなものではなくなってしまった。これがいいことなのかは分からないが、少なくても楽ではある。
「……で?何の用なの?」
「迷惑みたいだしいいわ。こんな時間に悪かったわね、また出直すことにする」
「いや、気になるから。早く言いなよ」
「うーん……じゃあとりあえず着替えて?」
「は?」
確かに今まで寝ていたから私の格好は寝間着である。といっても何着も服を持っているわけではないから寝間着に使っているだけで、一応この格好でも外には出れないことはない。
「なんでよ?」
「私ね、雰囲気って大事だと思うの」
「また訳の分かんないことを……」
「あ、リボンもちゃんと付けてね?」
「……あんたって面倒臭いわね」
全くわけの分からないままとりあえず言われた通りに身支度を整える。着替え始めると輝夜は『きゃあっ!』と小さく悲鳴を上げて後ろを向いてしまった。……本当に面倒臭い。
「終わったけど?」
「……ねぇ妹紅はさっきまで寝てたのよね?」
「寝顔見たでしょ?」
「あー……えっと可愛かったから大丈夫よ?」
「何の話よ……」
「それはともかく、布団も何もなかったけど寒くないの?」
「慣れたから平気」
「この小屋、隙間風とかすごいから寒いんだけど……」
「……で?」
「毛布か何か貸して?」
「だからないわよ」
「……お金が」
「だから違うって。別に困ってないから」
「そ、そうなの?食事の差し入れぐらいなら作るわよ?」
「……困ってないけど、ご飯は多いほうが嬉しい」
「分かったわ!頑張ってみる!」
「……まぁ死なないからいいけど。ちょっと待っときなよ」
「……?」
囲炉裏に火をいれて鍋を温める。……昨日の残り物だけどいいだろう。輝夜だし。
「ほら食べなよ。温まるから」
「あ、ありがと。案外料理上手なのね」
「年季が違うのよ」
「……千年以上作ってるって考えると、それにしては」
「……」
「だ、大丈夫、美味しいわよ?なんなら毎日作ってくれても」
「で、要件は何なの?」
「せっかくだから食べ終わった後で」
「ご飯なんて出さなきゃよかった……」
早すぎる朝食が終わり、あと一時間程で夜が明けるかというくらいの時にやっと輝夜が話を切り出した。
「ねぇこれ知ってる?」
「ん……?」
「てゐが最近流行ってるって言って香霖堂からとってきてくれたんだけど、妹紅なら知ってるわよね?」
輝夜は細長い物体を取り出して尋ねてくるが、あいにく全く見覚えがないし、見当もつかない。かと言ってここで正直に知らないといえば『浮世離れした生活を送ってるのね、お金(ry』と言われるだろう。……いい加減腹が立ってきた。確かに諺で『聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥』というものがある。確かに私にとって一生の恥という言葉は重みがあるが、知らないなら後で慧音に聞けばいいし。
「あぁ知ってるよ。それでどうしたの?」
「じゃ、じゃあさ……ね?」
そう言って輝夜はその棒状の物体を咥えて目を閉じた。
……えっ?何この状況?全くわけがわからない。輝夜は何をしてるの?私は何をしたらいいの?
……とりあえず落ち着こう。今更『やっぱり知りませんでした♪』なんて言えるわけもないし、ここは今ある情報から推理するしかないだろう。輝夜はさっき私に何か同意を求めたし、この状況で目的が完結してるとはとてもじゃないが思えない。つまりこれは私の行動待ちということだろう。では私は何をすればいいのか。
輝夜はこの行動の前に私に着替えるように言って、更にはできれば食事の後がいいと言った。そしてよく見ると心なしか、口に咥えた棒状の物体を私の方へ向け、しかも微妙に震えているような気がする。震えの原因は寒さ?いや、囲炉裏に火を入れて結構経つしもう寒くはないだろう。じゃあ緊張?はする要素が全く見当たらない。となると……禁断症状?
……あ、自信は全然無いけど分かったかもしれない。これひょっとして煙草じゃないのかな。口に咥えてるし、ちょっと大きいけど形似てるし、食後に吸うらしいし。じゃあ待ってるのは火か。人里の飲み屋で気心のしれたもの同士が相手の煙草に火をつけるのは見たことがある。あれをやりたいのだろう。雰囲気がどうこうと言っていたのは輝夜なりのこだわりなんだろう。
「ん」
「……えっ?」
輝夜の咥えている反対側に術で火を付けてやる。すると輝夜は目を見開いて驚き、さらに顔を下にむけてワナワナと震えている。……どうやら私の推理は外れだったようだ。怒ってるみたいだし、今日はこのまま殺し合いだろう。私に非があるみたいだから一回ぐらいなら殺されてやってもいいが、このままだと私の家が滅茶苦茶になる。とりあえず外に逃げて……
「――――――」
「……えっ?」
顔を上げた輝夜は泣いていた。
「か、輝夜……?」
「妹紅のばか……」
「えっ?ちょ、輝夜っ!」
そのまま何も言わずに永遠亭に向かって行ってしまった。私はその背に手を伸ばしたものの、結局何も出来なかった。深夜に起こされて、ご飯を作らされて、最後に輝夜に泣かれて帰られる。今日は踏んだり蹴ったりだ。こんな日は何もしないのがいいだろうと寝直そうとするが、輝夜の泣き顔が気になって全然眠れやしない。とりあえず夜が明けたら慧音のところに行って輝夜が何をしようとしてたのかを聞いて、それから今後の行動を考えよう。……本当に面倒臭い。
・紫の場合
「霊夢、遊びに来たわよ」
「げっ……」
「なによ、そんな声出さなくてもいいじゃない」
「うげっ……」
「……もういいわよ」
どうやら霊夢は割と機嫌がいいらしい。いつもより割りといい反応をしてくれる。これなら上手くいくかもしれない。念願の霊夢とのポッキーゲーム、香霖堂の大量入荷から天狗の新聞まで十分な準備をした。今日こそ霊夢の方からキスしてもらうのだ。
「ところでお菓子持ってきたんだけど、食べる?」
「食べる。お茶しかないけどいい?」
「霊夢が入れてくれるならなんでも歓迎よ」
「いや、そのお菓子に合わせるのはお茶でいいのかって聞いてるんだけど」
……ポッキーって何を合わせて飲むのかしら?緑茶?紅茶?それともコーヒー?牛乳なんて選択肢もあるかしら?まぁお茶でも問題無いだろう。
「多分お茶で問題ないわ」
「そう。じゃあちょっと待ってて」
霊夢がお茶を取りに台所に駆けていく。見えなくなった辺りで鼻歌が聞こえ始めた。……可愛いなぁ。
「お待たせ。お菓子出して」
「はいはい、そう慌てなさんな」
霊夢の持ってきた皿にポッキーを広げる。かなりの量を持ってきているから、霊夢も喜んでくれるだろう。
「あ、これ新聞で見た。たしかポッキーっていうんでしょ?」
「そうよ」
計画通り霊夢はポッキーの存在を知っていた。と言うことはポッキーゲームについても知ってるだろう。ならば後は自然な流れで……
「これ美味しいわね」
「気に入ってくれたようで嬉しいわ」
「うん、ありがと」
「どういたしまして。霊夢が望むんならたまになら持ってきてあげるわよ」
「ほんとに?」
「愛しの霊夢の頼みですもの。特別にね」
「やった」
霊夢も結構食べたし、そろそろ切り出してもいいだろう。
「ねぇ霊夢?」
「なにかしら?」
「天狗の新聞を見たのなら……もちろんポッキーゲームも知ってるわよね?」
ポッキーにのびていた霊夢の手が一瞬止まる。この反応の時点で最早『知らない』とは言えないし、言ったとしても意味は無い。
「……知ってるわ」
「それはよかった」
「……」
「……」
お互いの沈黙の中、霊夢のポッキーを食べるポリポリという音のみが聞こえる。
「霊夢」
「……何よ?」
「皿に出している他にもまだポッキーは残っているわよ」
「ぐっ……!」
このまま返事をしない内にお皿のポッキーを全て食べきってしまうつもりだったのだろう。そんなことを許すほど妖怪の賢者は甘くない。
「ところで霊夢、あなたはキスの経験はあるかしら?」
「……寝ぼけてるの?あんたがいつも勝手にしてくるんじゃない」
「拒まないくせによく言うわ」
「おめでたい解釈ね」
「でもそういう意味じゃないの。霊夢が望んで自分からキスした経験はあるのかと聞いてるのよ」
「……」
「……な、ないわよね?……え、あるの!?」
「うるさいわね、ないわよ」
あ、焦った……。少なくても私は『霊夢から』はキスされてことがない。だから今回ポッキーゲームという遊びを利用したのだ。一瞬霊夢が黙ったから他の人にキスしたことがあるのかと思った。
「そ、そうよね。そりゃあそうよ」
「声が上ずってるわよ?」
「私としては、たまには霊夢の方からキスして欲しいと思ってるのよ」
「なんでよ」
「霊夢が好きだからよ」
「あっそう」
相変わらずこの子は反応が冷たい。そんなところも含めて好きなのだが。
「私は霊夢にポッキーを持ってきた。そのお返しとして考えてもらってもいいわ」
「見返りが欲しくて持ってきたの?」
「理由があったほうが霊夢も自分の中で言い訳しやすいでしょう?それに所詮お遊びよ?そんなに真剣に考える必要はないわ」
「あんたにとってはそうかもしれないけど……」
「霊夢、私とポッキーゲームをしてくれないかしら?」
「……」
私の準備できることはやれるだけやった。あとは黙って霊夢の返事を待とう。これでもダメなら……霊夢にとって私の存在はその程度のものだったということなのだろう。
「……」
「……」
「……」
「……えっ?」
「だから!……いいわよ」
「これまでの努力がやっと報われた。やっと霊夢とのポッキーゲームにこぎつけたのだ。これで変則的にとは言え霊夢と同意の上でキスが出来る。この日をどれほど」
「心の声のつもりなんでしょうけど口に出てるわよ?どんだけ喜んでんのよ……」
「……」
……少々取り乱してしまったようだ。でも仕方ない。今回のことはきっと霊夢との関係を大きく前進させるきっかけになりえるだろうから。
「じゃあ……どうぞ」
「ん……」
私がまずポッキーを咥えて、その後霊夢が反対側を咥える。……あれ?こんなに顔が近かったっけ?橙と練習した時はそんなに距離を意識しなかったけど。……ちょ、ちょっと近過ぎないかしら?やばい、顔に熱が溜まっていくのを感じる。鏡を見るまでもなく私の顔は真っ赤だろう。
「……」
「――――――!?」
霊夢が少しだけ食べ進めた。な、なにやってるのよ!?そんなことしたらもっと顔が近くなるじゃない!?……いやまて。ちょっと待て。……冷静になろう、無理でもいいから落ち着こう。今までだって何度か霊夢に(不意打ちで)キスしてきたじゃないか。大丈夫、私はできる子。周りからは妖怪の賢者であり神隠しの主犯、さらには割りと困ったちゃんとも言われている。……最後のは余計だったか。大丈夫、顔が近くて緊張するなら目を閉じればいいのだ。
「……」
「……」
な、なにか喋ってよ!?黙られたら余計にドキドキするじゃない!?……だから冷静になろう。口にポッキーを咥えてどうやって喋れというのだ。大丈夫、待つだけでいいのだ。待ってれば霊夢が……その……キスしてくれるはずである。
「……ふん!」
「!?……???」
目をつぶって霊夢を待っていると、不意に咥えていたポッキーが勢い良く引っ張られ、私の口から出て行ってしまった。……引っ張られる?えっ?どうして?これポッキーゲームよね?
「私の勝ちね」
「……はい?」
「先に口から離したほうが負けでしょ?だから私の勝ち」
「……そうだけど」
「所詮お遊びなんでしょ?そんなに真剣に考える必要はないじゃない」
霊夢はそう言って私からとったポッキーをポリポリ食べている。……言いたいことはたくさんあるが、ここは黙って引き下がろう。それが霊夢の出した答えなら。
「……残りはのポッキーは全部あげるわ。じゃあ私は帰るので、御機嫌よう霊夢」
「ちょっと待って紫」
「なにかしら霊m!?」
帰ろうとした所で霊夢に呼ばれ、振り返ると……霊夢にキスされた。
「……へ?」
「……これはお遊びじゃないわよ。……マジだから」
「れ、霊夢?」
霊夢は下を向いてるので表情はよく見えない。だが少なくても耳は真っ赤になっている。
「あの……霊夢?その……」
「とっとと帰れ!恥ずかしいじゃない!」
「そ、そうね。霊夢嬉しかったわ、ありがとう」
「~~!!」
これ以上はお互いに遊びで済まなくなりそうなので早々に帰ろう。本気なら一度覚悟を決め直す時間がほしいし。
・この作品はそれぞれいくつかの短編をまとめたものです。
・百合成分を含みます。話によっては百合成分しかないです。
・前提としてカップルの関係のキャラもいます。
・話の中にはそんなに甘くない話もあります。
・バレンタイン→チョコレート→ポッキーゲーム ……安易な発想ですいません。
・独自設定が含まれてる部分があります。
・話は大きく分けて九つあります。
・書きたいことを書いた結果、多少話ごとの分量に差があります。
・過去作品のネタを僅かにはさんでいますが、この作品のみでも読めます。
以上のことを読んだ上で、それでも作品を読んでいただける方は少々お付き合いお願いします。注意点多いですが、楽しんでいただければ何よりです。
今回の話の発端は毎度お騒がせの『文々。新聞』。香霖堂に何らかの理由で大量に流れてきたポッキーというお菓子についての記事である。その記事に外の世界での『ポッキーゲーム』という遊びについて書いたところ、一部の人妖が興味を持ったのである。今回はそのポッキーを買った少女達の話である。
……余談だが、新聞には注釈で『イヌ科の妖怪は食べる事をおすすめしない』と書かれてあった。
・小悪魔の場合
本当にただ偶然が重なっただけなのだ。たまたまレミリアお嬢様が購読している『文々。新聞』が図書館にあり、たまたま目についた記事にポッキーゲームという遊びについて書かれており、そしてその日の内にたまたま香霖堂へのお使いを頼まれたのだ。そこでつい……ポッキーを買ってしまったのだ。
「ん」
「かしこまりました」
いつものようにパチュリー様が本に顔を向けたまま空のカップを触る。紅茶がほしいのだろう。時間帯的にもおやつ時だし、いつもならこのタイミングで一緒に手の汚れないお茶請けを出す。せっかく買ってきたんだし、今日はそのポッキーというお菓子を……小さめのケーキと一緒に出してみた。これなら万が一パチュリー様の口に合わなくてもケーキのほうを食べればいい。
「パチュリー様、紅茶が入りました」
「ん」
パチュリー様が紅茶とお茶請けを一瞥する。
「……ん?」
「どうかなさいましたか?」
まず間違いなく見慣れないお菓子についての疑問なのだろうが、ここは分からないふりをする。ほとんど言葉の要らない意思疎通も心地よいものだが、たまにはパチュリー様の声をちゃんと聞きたい。ちゃんと会話したいのだ。そしてパチュリー様はおそらく私の気持ちも全てを分かった上で私に話しかけてくださる。
「ケーキは……この味はいつも通りあなたの手作りよね」
「はい」
「紅茶も……うん、いつもの味」
「その通りです」
「……この棒状のものは何?」
パチュリー様からものを尋ねられるのが私は好きだ。私は別に博識でもないのであまりその機会はないのだが。それに対しパチュリー様は自分の時間の殆どを本に費やしており、とても博識である。そして少々プライドが高いためか、他者から何かを教わるときに少し不機嫌そうな表情を作る。しかしその瞳は新しいことを知るという好奇心に輝いており、普段は本にしか向けられないその特別に輝いた瞳が私に向けられてるとたまらなくうれしくなる。そしてその瞳を隠そうと必死に眉間に皺を寄せているのがとても可愛いのだ。あぁ……抱きしめたい……。
「……小悪魔、苦しい」
「……!し、失礼しました!」
……本当に抱きしめてしまっていたらしい。
「それで?」
「あ、はい。これは外のお菓子でポッキーといいます。スティック状のプレッツェルにチョコレートをコーティングしたもので、チョコレートの付いてない部分を持って食べれば手を汚さずに食べれます」
「ふーん……」
香霖堂の主人が長々と垂れていた講釈を簡単にまとめるとだいたいこんな感じだったはずだ。パチュリー様はポッキーを手にとって色々な角度から眺めた後、少し匂いを嗅いで口に入れた。
「……悪くないけど、小悪魔のケーキのほうが好きね。比べるのも失礼だけど」
「ありがとうございます」
そりゃあ私の方はパチュリー様の好みに合わせた試行錯誤の成果、愛情を込めて作っているから市販のお菓子に負けるとはさすがに思っていない。しかしパチュリー様は割と気に入ったのか、パクパクとポッキーを食べている。……なんだか雛鳥みたいで可愛いなぁ。
「小悪魔、今度これ作れる?」
「そのうちパチュリー様の好みに合わせて作らせて頂きます。……すでに咲夜さんはお嬢様に作っているようでしたが」
「あなたが作るのを待ってるわ。……作るのなら一応味見が必要よね?あなたはもうこれを食べたの?」
「いえ、持ってた分は全てパチュリー様に出しましたから」
「じゃあ最後の一本になっちゃったけど、食べる?」
「えっ!?」
気がつくとパチュリー様は一本を残して全て食べてしまっていた。楽しく会話していて舞い上がってしまっていたが、本来の目的はポッキーゲームである。……少々無理矢理だがここから切り出してみようか。ダメなら潔く引き下がればいいのだし。
「……そうですね。それはいいのですがパチュリー様、ポッキーゲームというものを御存知ですか?」
「……知らないわ」
「『文々。新聞』の記事に書かれてあったのですが、なんでも『親しいもの同士がする遊びで、両端からお互いにポッキーを食べ進んでいく』というものです」
「ふーん……。ところで小悪魔、苦しい」
「……!し、失礼しました!」
「……で?そのポッキーゲームがどうしたの?」
「す、少しやってみたいなぁ……なんて思ったり……思わなかったり……?」
「念の為に聞くけど、誰と?」
「ぱ、パチュリー様と……」
恥ずかしすぎてまともに顔が見れない。聡明なパチュリー様のことだから私の意図など全てお見通しだろう。今ならなんとか冗談で済むだろうか。
「いいわよ」
「……へ?」
「こうでいいのかしら?」
パチュリー様がポッキーの端を咥えてこちらを見つめる。ど、ど、どうしよう本当にこんな展開になるなんて。で、でもここは頑張らなくてはいけない。パチュリー様との関係を一歩進めるために、勇気を振り絞ってもう片方の端を咥えてみる。……一歩どころか随分といろいろなものをすっ飛ばしている気がするが。
「これで食べ進めていくのよね?」
「は、はい。そのはずです」
パチュリー様がゆっくりとポッキーを食べ進めていく。
残り十センチ、思っていたよりパチュリー様のまつげが長いことに気づく。
残り九センチ、視界に私だけがいることに、浅ましくも優越感を感じてしまう。
残り八センチ、私と違いパチュリー様のお顔に動揺は見られない。
残り七センチ、恥ずかしさのあまりつい目を少し逸らしてしまう。
残り六センチ、視線を外すことで近づいてくる音を余計に感じてしまう。
残り五センチ、視線を恐る恐る戻してみると……もう目をそらせなくなる。
残り四センチ、パチュリー様の息が私の唇に当たる。
残り三センチ、パチュリー様の唇……。
残り二センチ、あぁ……パチュリー様ぁ……。
残り一センチ、……不意にパチュリー様が止まってしまった。
「……」
「……」
ポリポリとなっていた音が止まり図書館に静寂が訪れる。パチュリー様が静かに目を閉じる。……どれだけ時間が経ったのだろうか私には分からない。ほとんど、というか全く私の方から食べ進んでないことを除いても、最早味なんて分からなかった。
この膠着状態を打ち破ったのは……やはりパチュリー様だった。少し残念そうな表情をした後、歯を立ててポッキーを折ってしまったのだ。
「あっ……」
「あら、折れちゃったわね。折れたらこの後どうするの?」
「えーっと……」
「短くなっちゃったけどまだ続けるの?」
「……いえ、多分折れたらそれで終わりだと思います」
「そう」
パチュリー様は何事もなかったかのように読書を再開してしまった。微妙に不機嫌に見えるのは長年仕えている私が言うのだから間違いないだろう。……自分のヘタレ加減が嫌になる。
「小悪魔」
「……何でしょうか?」
「……これ以上譲歩するつもりはないから。手に入れたいものがあるなら最後の一歩くらいは自分で踏み出しなさい」
「……もしあと一センチを踏み出したらどうなっていたんでしょうか?」
「それは進んでみて初めて分かることよ」
・咲夜の場合
「――――――ということが図書館で繰り広げられていたんですよ」
「いやいやちょっと待ちなさいよ」
お嬢様が何やら慌てて私の話に入ってくる。どうかしたのだろうか?
「お気に召されませんでしたか?こういうお話は」
「親友の恋バナには興味があるし仕組んだのは私だけど、そういう問題じゃなくてね?今の話ノンフィクションでしょ?何で咲夜がそんなに事細かに知ってるの?」
「見てましたから」
「だから何で!?」
「私の能力を使えば別に造作もありませんわ」
「いやそんなことは分かっているのよ。……咲夜にはプライバシーの概念はないの?」
「申し訳ありません、小悪魔の様子があまりにもいじらしかったもので」
「次からは気をつけてね?咲夜の能力ってその気になれば割となんでも悪用できちゃいそうだから」
「分かりました」
まぁ自分でもよくなかったとは思っている。あとで小悪魔には謝っておこうか。……でも見られていたと知ってもっとヘタレられても困るし……、もう少し黙っておくことにしよう。
「とりあえず今までの話からしてこれがそのポッキーというお菓子なのかしら?」
「正確に言えば『ポッキーを元にお嬢様の好みにあわせたもの』ですね。私が試食してそれを元に作ってみました」
「じゃあ名前は私がつけていいのね?そうねぇ……」
「ダメです」
「名付けて全世k……。え?名前つけちゃダメなの?なんで?」
「せっかく美味しく作れたというのに、名前で失敗したくないからです」
「……失礼なことを言ってる自覚ある?」
「主人の過ちを正すのもメイドの務めだと心得ております」
「可愛げのないくらい優秀ね」
「褒め言葉として受けとらせて頂きます」
ブツクサと文句を言いながらも私の出した紅茶とポッキーもどきを口にする。なんだかんだ言ってもお口には合ったのだろう、笑顔を隠しきれていない。今回も満足していただけたようで何よりだ。私もお嬢様の喜ぶ顔が見れて満足である。
「美味しいのは美味しいんだけど……思ったよりも随分と硬いわね」
「お嬢様の好みに合わせて作った結果です。見た目は市販のものとほとんど違いはありません」
「ふーん……咲夜はこの硬さでも食べれるの?」
「味見してみましたが食べれます」
「そう……」
お嬢様が口にポッキーもどきを咥えながら私の方をちらりと見た後、少し恥ずかしそうにしてそっぽを向いてしまった。
三流のメイドならこのお嬢様の微妙なしぐさに気づかないのだろう。主の機微に注意を払わない者をメイドとは言わない。
二流のメイドならここで『どうなさいましたか?』と尋ねるのだろう。主の思惑を察せない者をメイドとは認めない。
一流のメイドなら全てを一瞬で理解して、このポッキーもどきの反対側を咥えるのだろう。そこまでできて初めてメイドを名乗る資格があるのだ。
しかし私がいるのは紅魔館、私が仕えるのはレミリア・スカーレットお嬢様。美味しい紅茶に毒を入れるのを好むような御方である。そして私には『十六夜咲夜』という名前を付けてくださった。十六夜の昨夜だから満月、つまりは完全を表すとも取れるが私はそうは思わない。十六夜、つまり満月よりさらにもう一歩進んだ所で咲くという意味だと私は思っている。
故に私は時を止めて完璧よりも一歩進んだ解答をここに示す。最終的に主を満足させ、そのついでに私も満足できる解答を。
「!?……ちょ、しゃくや、お前!」
お嬢様はたいそう驚いた顔をなさった。それもそうだろう、従者の顔があるはずの咥えていたポッキーもどきの反対側にスプーンや他のポッキーもどき、更には紅茶の入ったカップが高々と積み上げられていたのだから。曲芸師のようなぐあいでなんとか器用にバランスを保とうとしているが、結局崩れてしまう。
「~~!!」
落ちてくる食器にお嬢様が声にならない悲鳴を上げる。それと同時に時を止めて、スプーンやカップ、紅茶やお嬢様の咥えていたポッキーもどきも含めて全て回収する。
「……」
「息が上がっていますが、大丈夫ですか?」
「あんたねぇ……いいかげn!?」
またお嬢様は驚いた顔をなさった。今度は私の目の前で。それもそうだろう、いきなり従者に唇を奪われたのだから。なんとか冷静になるよう努めているようだが、結局その瞳は熱を帯びてしまっている。
「……」
今度は悲鳴をあげることすらできず、トロンとした目でこちらを見上げている。
「……咲夜ぁ」
「別にポッキーゲームなんて必要ないじゃないですか。私はお嬢様と口付けを交わすだけで幸せになれます。お嬢様はそうではないのですか?」
「……お前は情緒とかそういうものを楽しむ心はないのか?」
「お嬢様が相手ならそんなものは必要ありませんわ。少々ふざけ過ぎたことは謝罪します。どんな罰でも受ける覚悟です」
「そう……ならもう一回私にキスしなさい。今度は時を止めずに」
「かしこまりました」
「あ、今度はちゃんと目をつむりなさいよ!キスの時に目を開けるなんて、咲夜にはデリカシーの概念はないの?」
「申し訳ありません、お嬢様のお顔があまりにも愛おしかったもので」
「……次からは気をつけてね?」
・神子の場合
「くしゅんっ!」
自室でのんびりとくつろいでいると訪ねてきた目の前の相手が可愛いくしゃみをした。
「……失礼しました」
「いや構いませんよ。ただ……青娥は随分と可愛いくしゃみをするのですね」
「まぁお恥ずかしい……」
「最近布都も鼻炎なのか、よくくしゃみをしているのです。彼女は随分と豪快にするのですよ。……さて今日は芳香まで連れて、どういった御用ですか?」
「特にこれといった用事があるわけではございませんわ。ただ何となく寄らせていただいたまでです。もしかしてお邪魔でしたか?」
「……いえちょうど布都も屠自古も出かけていて一人だったんです。よろしければ話し相手になっていただけませんか?」
「私でいいのならば喜んで」
青娥の欲を読み取っても特に他意は感じられない。本当に立ち寄っただけのようなので和菓子をお茶請けに身の回りのことや知り合いのこと等、世間話といっても差し支えのない程度の話題に興じる。思った以上に話が進みいくらか時間が経った頃、青娥がポツリとこぼした。
「そういえばお二人はまだお帰りにならないのですか?随分と長く話し込んでしまいましたが」
「屠自古は私用で今日は帰れるか分からないと言っていましたからね。彼女はしっかりしているし大丈夫でしょう」
「……物部様は?」
「買い物を頼んだのですが些か遅すぎますね。少し心配になってきました」
「物部様ですものね、お気持ちはわかります。私も芳香に頼み事をした時はいつも心配になりますし」
「そうなのかぁー?」
……流石に芳香よりは大丈夫だろうと思ったが、あえて言う必要もない。
「すいませんが青娥はここで少し待っていていただけませんか?私はその辺りまで様子を見に行きますので」
「いえ、私も物部様を探すのを手伝いますわ」
「青娥が手伝うのなら私も手伝うぞー!」
「「あなたは何もしなくて大丈夫です」」
「そうかー」
「客人に手伝わせるわけにはいきませんし、もし二人で探しにいってしまっては、万が一布都が自力でここまで帰ってきてしまった時に困ります。誰かがここに残っていた方がいいでしょう」
「物部様が一人でここまで帰ってこれる確率が万が一もあるとは思えません。二人で探しにいっても問題はないと思いますわ」
「なら私が留守番してるぞー!」
「「あなたじゃ留守番していても役に立たないでしょう?」」
「そうかー……」
そんなやり取りをしていると驚いたことに門の方から布都の元気な声が聞こえてきた。
「布都!」
「きゃっ!」
「!」
しかし布都の声に勢いよく反応した結果、机にひっかかり湯呑みが宙を舞った。危うく青娥にかかるところだったのを素早く芳香がかばい、芳香がお茶をかぶってしまった。
「す、すみません。大丈夫ですか?」
「あ~つ~い~……のか?」
「えぇ熱いはずですよ、大丈夫ですか。助かりました、ありがとう芳香」
「ほら、私は役に立つぞー。ほめてくれー」
「そうねさっきの言葉は良くなかったわ。こんなに芳香はいい子なのに」
「すみません、青娥」
「大丈夫です、しかし隣の部屋をお借りしてもよろしいでしょうか?芳香の損傷具合の確認と濡れてしまった芳香の着替えを行いたいので」
「分かりました。着替えは隣の部屋の箪笥に入ってますのでなんでも使ってください」
「ありがとうございます、芳香行きますよ」
「おー」
青娥が芳香を連れて行って十分程経ったのだろうか、未だに部屋には誰も帰ってこず私は一人残されてしまっている。布都は買ってきたものを氷室に入れたりするのに手こずっているのだろう。青娥は関節の曲がらない芳香に服を着せるのを手間取っているのだろう。……いやいくらなんでも遅過ぎないだろうか?
「太子様ー!物部布都、只今用事を全て終え帰還しました!」
やっと入れ終わったのだろう、布都がドタドタと長い廊下を走ってこっちに向かってくる音がする。相変わらず賑やかな子だ。
「太子様ー!」
そして元気よく襖を開ける音がする。……しかし私からは布都が見えない。どうやら間違えて隣の部屋を開けてしまったようだ。そそっかしい布都らしい。隣の部屋の会話が聞こえてくる。
「……む?青娥殿に芳香ではないか!どうしてここにおるのだ?」
「これはこれは物部様、ご機嫌麗しゅうございます。芳香と一緒にお邪魔させていただいていますわ」
「そうか!青娥殿達なら我はいつでも歓迎だぞ!ところで青娥殿は芳香の服をとって何をしておるのだ?」
「芳香の損傷を調べているのです」
「ではなんで抱きついておるのだ?」
「……愛を、確かめ合っているのでございます」
「そうなのか!」
「よければ物部様もご一緒に」
「青娥、布都に変なことを吹きこまないでください」
慌てて部屋から出て注意する。
「あら残念。では芳香は大丈夫そうですし服を着せて部屋に戻らせていただきましょうか」
「全く、あなたは人の屋敷で何をやっているのですか」
「太子様!太子様!物部布都、只今帰還しました!」
「はい、ご苦労様でした」
「それで太子様、今日は香霖堂という店で面白いものを見つけてまいりました!」
そう言って布都は細長い袋を取り出す。開けてみると中には……なんだろうか、棒状のお菓子?が入っていた。
「これは?」
「何なのかは我にもわかりません!しかし香霖堂の店主曰く『人気商品』らしいので買って来ました!」
「……青娥、これが何か分かりますか?」
「ポッキーという名前の外のお菓子だったと思います。最近は天狗の新聞にも取り上げられてそこそこ話題になっていますね」
「ほう、そこまで美味しいのなのですか?」
「話題になった理由は味というよりこのお菓子を用いた遊びですね。ポッキーゲームというもので、口で説明するよりも実際に見てもらったほうが早いでしょう。芳香ちょっと来なさい」
青娥は芳香を近くまで呼ぶとポッキーを一本取り出してまず芳香に端を咥えるように指示した。……すると芳香はそのまま美味しそうにむしゃむしゃと食べてしまった。
「「……?」」
「今のは失敗ですのでお気になさらず。芳香、食べてはダメです。咥えてください」
「咥える……?」
「いつも私の指にやっているように行えば大丈夫ですよ」
「おぉーわかったぞー」
「では後は芳香は私の真似をしてくださいね」
そう言って青娥は芳香が咥えたのと反対側の端を咥えてゆっくりと食べ進んでいく。なるほど、実はさっきの失敗の時点で何となくの予想はついていたが、これでポッキーゲームというのがどういうものか分かった。隣の布都もどうやら趣旨を理解したらしい。この子は色々と抜けすぎているが、基本的に賢い子だ。……それにしてもなんで青娥はお菓子を口に咥えているだけなのにこんなに官能的なのだろう。
「……おぉ!」
半分程青娥が食べ進めた所でようやく自分が何をすればいいのか悟ったのか、芳香の方からも食べ進めようとして……ポッキーが折れた。
「……芳香?」
「おぉ~折れた!折れたぞ青娥~」
「いやそれは見れば分かるんですけど……も、もう一度やってみましょうか」
その後何度やっても結局芳香は折らずに食べ進めることはできなかった。
「ほ、ほら青娥殿!接吻するだけならお菓子がなくてもできるではないか!そんなに気落ちしなくても」
「……それもそうですね。お疲れ様でした芳香」
そう言って青娥は芳香の胸にキスを一つ落とした。
「さて、太子様!次は我らの番ですな!」
「やっぱりそうなるのですか」
布都がポッキーの端を咥えるので、その反対側を私が咥える。布都は芳香の失敗を散々見たのでとても慎重に食べ進めている。
さて私はこのまま黙って布都からのキスを受け入れていいのだろうか?布都から私に向けられる感情はどちらかと言うと子が親に向けるそれに近く、また私もその逆である。もちろん尸解仙になって今でも私に仕えてくれる布都には報いたい気持ちはあるが……そういえば、このまま行くと屠自古には不公平に
「……む?」
一瞬布都が顔をしかめた。私の考えを読んだなんてことはないだろうが、たしかにこの状況で屠自古のことを思い浮かべるのは布都に失礼だ。屠自古については帰ってきてから考えよう。
「……うっ」
……とりあえず今回は『物部布都の期待に答える太子様』でいよう。親子であってもキスぐらいするだろうし、今後のことはまた考えればいいだろう。
「はっ……」
……先程から何か布都の様子がおかしい。まさか緊張してるのだろうか?……迂闊だったかもしれない。布都も女の子である。私が思っているよりもキスを重く見ているのだろうか。だとしたらこんな中途半端な気持で布都の好意を受け入れて良いのだろうか。しかしもう布都の顔はあと一センチあるかないかというところにまで迫っている。青娥もこらえきれずに笑っている。……ん?笑っている?
「ハックション!」
・雛の場合
「にとり、どう?終わりそう?」
「……うーん、やっぱりもうちょっとかかりそう」
文からもらった新聞に面白い記事があったので香霖堂に厄と交換でポッキーというお菓子を買ってきた(『興味がある』と言って結構な量の厄を持っていったが、大丈夫だろうか……)。なのにタイミングの悪いことにちょうど何か大きな仕事があるらしく、にとりはずっと機械を弄っている。もう二時間はこの調子だ。たしかに私はにとりを待つのは好きだ。にとりはどんな時でも精一杯頑張って私を追いかけてきてくれるから。だがせっかくにとりに会いに来たというのに、これではあまりにも寂しい。
「ごめんね、せっかく来てもらったのに」
「仕事なら仕方ないわ。私の来たタイミングが悪かっただけだもの」
「ほんとにごめん」
にとりもそんな空気を察しているのだろう。さっきからとても申し訳なさそうである。こんな顔を見に来たつもりじゃなかったはずなんだけどなぁ。私はただにとりと楽しく過ごしたかっただけなのに。
「明日には終わりそうだし、終わったら一緒に何処かに出かけない?」
「たしかに最近はデートもできてないものね。久しぶりにいいかもしれないわ」
「……ほんとにごめん」
「あ、いやそういうつもりじゃなくてね?仕事が忙しいいのは一概に悪いことじゃないわ。それににとりを待っている間にいろいろと思いを巡らせるのも私は好きよ。だからそんなに謝らないで?」
「うん……」
せっかくだし待っている間に終わった後どこにデートに行くかでも考えてみようか。にとりの性格と私の性質上、あまり人の多いところには行けないから人里はダメである。またお互いにあまり強い力を持っているわけじゃないので危ないところも行きたくはない。……やはりいつも通り妖怪の山の中になりそうだ。まぁ行き先は結局どこでもいいのだ。二人でのんびり歩いて、おしゃべりして、お茶をして。それで十分楽しいのだから。そういえば……
「最後にキスしたのっていつだったっけ……?」
「えっ!?」
「あ、ごめん。……ひょっとして声に出てた?」
……まぁ今のはわざと声い出したのだが。
「え、あ、……うん」
「ごめんなさい、気にしないで。にとりが恥ずかしがり屋なのはよく知ってるし」
「ご、ごめん……」
にとりはあまりキスをしてくれない。単に恥ずかしいだけというのも分かってるし、そんなところも含めて好きなのだが……私にもやはりそういう気持ちはある。もちろんにとりが私に向けてくれる気持ちを疑うことなどあるはずはない。確認や証が欲しいわけではないのだ。……ただにとりに触れたいだけ、にとりのもっと深いところにいたいだけなのだ。無理強いするようなことはしたくない。しかし今回の『文々。新聞』の記事が何かのきっかけになればと思ったのは事実だ。私も曲がりなりにも神だというのに俗なものだ。そんなことを考えていると、不意ににとりのお腹がなった。
「……!?」
「いやそんなに顔を真っ赤にしなくてもいいわよ。生理現象なんだし」
「そ、そうだけど」
「まぁ恥ずかしがってるにとりも可愛いから構わないけど」
「……雛の意地悪」
そんなことを言われても可愛いものは仕方がないのだ。別に好きな人をいじめたいわけではない。ただにとりの色んな表情が好きで、その中の困った顔や恥ずかしがった顔が特に好きなだけなのだ。
「ところでにとり、お腹空いてるの?ちゃんとご飯食べてる?」
「え、えーっと……」
「熱中するのはいいけど、周りが見えなくなるのは悪い癖よ?」
「ごめん……」
「もう、今日は謝ってばかりね」
……にとりの顔を見ていると少しよろしくないことを思いついた。さっきからにとりは私と話しているものの顔は機械に向いたままである。集中しているから仕方ないし、それに対して何か文句があるわけではないが。この思い付きを実行に移すか少し悩んだ末、やってみようと思う。にとりに心の中で『ごめんね?』と言う。
「……お腹空いてるんだったらお菓子食べる?」
「雛の手作り?」
「残念だけど今回は違うわ。香霖堂で買ってきた外のお菓子よ」
「そっか、ありがと。今はちょっと手が汚れてるし後でもらおうかな」
「お腹空いてるんでしょ?入れてあげるから口を開けて?」
「……じゃ、じゃあお願いしようかな」
口に入れてもらう様子を一瞬想像したのだろう、にとりは少し照れている。これからもっとすごいことをするというのに。にとりはまだ顔を機械に向けたままである。私はにとりの口の方にポッキーの端を持っていく。……もちろんもう一方の端を私が咥えて。にとりはまだ気づかない。
「……!?」
あ、気づいた。
「……」
にとりが固まった。とりあえず驚いた拍子にポッキーが折れてしまうことだけは何とか防げた。
「――――――」
「……」
何がどうなっているのか混乱しているにとりにとりあえずニコッと笑ってみせる。するとにとりの顔はどんどん赤くなっていってしまった。とりあえずこれがどういう遊びなのかという趣旨を伝えるためにほんの少し食べ進んでみて、その後目配せをしてみる。にとりは理解したのだろう、視線がせわしなく動いている。
さてここからどうしようか。にとりの恥ずかしがった顔をこんな間近で見れたし、わりと楽しめはした。しかしこれはあくまでゲームのスタート地点である。既にいっぱいいっぱいなにとりには悪いが、ここからが本番だ。ゲームのルールに則って少し食べ進めてみようか。そうしたらにとりはますます焦るだろう。だけどここはせっかくだから目をつむってにとりから追いついてきてくれるのを待ってみようか。私はにとりを待つのが好きなのだから。
・さとりの場合
「お姉ちゃん!ポッキーゲームだよ!」
「おかえりなさいこいし。今日の晩御飯は何が食べたいですか?」
「びーふすとろがのふ!」
「分かりました、今夜は私が作りますから晩御飯の時にはちゃんといてくださいね?」
「はーい!」
こいしはいつも唐突である。ふとした時にいなくなるし、何の前触れもなく帰ってくる。まぁ今夜は晩御飯を食べるようだから少しは一緒に過ごせるようだが。
「あとどれくらいで晩御飯?」
「こいしはもうお腹がすいたのですか?」
「うん、今回も色んな所に行ってきたからねー」
「では皆を呼んできてくれませんか?急いで作りますので」
「分かった」
トテトテとこいしは駆けていく。こいしは地上に頻繁に遊びに行くようになった。それを寂しく思う気持ちはもちろんあるが、地上の出来事を楽しそうに話すこいしを見ているといい傾向なのかもしれない。……時折おかしな影響を受けて帰ってくることがあるのは困るが。そういえばさっきも何か言っていたような気がするし。
「こいし、美味しいですか?」
「うん!」
「それはよかったです」
大勢のペット達と一緒に食卓につく。地底の異変以来放任主義を少し改めたので、いつもはここでペット達からの業務報告を聞いたり、その日の出来事について談笑したりするが、今日はこいしがいるので皆私達には話しかけてこない。動物は本能で空気を察してしまう。私としてはこいしと会話したい反面、気を使われているようでなんだか心苦しい気持ちもあるのだが。
「こいし、いつもの様に地上での出来事について話していただけませんか?」
「うん!あのね……」
こいしの話は正直、かなり分かりにくい。無意識で行動しているせいか、話が変なところに飛躍しがちなのだ。それでも一生懸命話すこいしを無下にはできないし、何より楽しそうに話しているこいしを見ていると私まで楽しくなる。
「いろいろなことがあったのですね」
「うん!」
「……またすぐ出て行ってしまうのですか?」
「そうだね、多分今夜の内にまた出かけると思う。無意識で動いてるから意思と関係なく、気がついたら地上にいたりするし」
「そうですか……」
つい残念そうな声を出してしまう。するとこいしは少し困ったような顔をする。
「ごめんねお姉ちゃん、我儘ばかり言って……」
「いえ、たとえ姉でもこいしの行動を束縛する権利はないのですから」
「どこに行っても最後には必ずお姉ちゃんのところに帰ってくるから。お姉ちゃんの隣が私の居場所だから!」
「……あんまり長い間離れていると居場所をとられてしまうかもしれませんよ?私はこいしのお姉ちゃんですが、数多くのペットの主人でもあるんですから」
「むっ……だったら……」
こいしが突然私の唇にキスをしてきた。
「こ、こいし!」
「えへへ♪お姉ちゃんは私のモノだっていう印だよー」
「もう、こいしったら……」
「……ん?あれ?」
「どうかしましたか?」
「……あー!思い出した!ポッキーゲーム!」
私の記憶が正しければ帰ってきた時にこいしが大声で言っていたもののことだろう。直感的に嫌な予感がしたので思い出さなければいいと思っていたのだが、世の中はそんなに甘くないらしい。
「……なんですかそれは?」
「天狗の新聞に載ってた遊びなんだけどね」
そう言いながらこいしは細長い袋から棒状のものを取り出す。
「これは外のお菓子で、これを使った遊びなの」
「外のお菓子ですか。そんなものをどこから持ってきたんですか?」
「香霖堂ってお店に置いてあった!」
「……置いてあった?商品じゃなくて?」
「わかんない!とにかくやってみようよお姉ちゃん!」
「どんな遊びかわからない状態で返事をするのは怖いのですが……」
「大丈夫だよ!私を信じて!」
このセリフを言ったこいしに私は今まで何度痛い目に遭わされてきたのだろうか。経験や直感を信じるならもちろん答えは『NO』である。
「やってみようよお姉ちゃん!」
「……いいですよ。どんな遊びなんですか?」
……まぁどれだけ考えた所で結局選択肢はひとつ、お姉ちゃんはこいしの期待を裏切れないのです。理由は単純、私はこいしのお姉ちゃんだから。あとは何があってもいいように心構えを決めておくだけだ。
「えっとね、まずお姉ちゃんはこのお菓子の端っこを咥えて?」
「はい、こうですか?」
「多分それであってるよ。そしてもう片方の端を私が咥えてお互いに食べていくの」
「……それって最後にはキスするんじゃないですか?」
「じゃあ始めるよー!」
いきなり開始の合図をしたので思わず目を閉じてしまった。とりあえず目を開けようと思ったが……開けることができない。今までこいしからキスをしてきたことは何度もある。しかしどれも不意打ちのキスだ。こんなにしっかりとキスすることは今までになかったはずだ。
ポッキーというお菓子の長さは鮮明に覚えている。あの反対の端をこいしが咥えているのだとしたら、こいしの顔は私のすぐ目の前に……、だめだ、想像したらとてもじゃないが目を開けられない。だんだん顔が熱を帯びていくのを感じる。と、とりあえず落ち着こう。冷静になる必要がある。こいしがもし今目を開けていたらお姉ちゃんの威厳が崩壊してしまう。
そもそもこんな状態で目をつぶって妹からのキスを待っている時点でお姉ちゃんの威厳は崩壊しているのではないだろうか?たしかこいしはお互いに食べ進めていくと言っていたはずだ。ここはお姉ちゃんとしての余裕を見せるため、こちらからも食べ進めるべきではないだろうか。……いや、目をつぶったままは流石に怖い。
ではここはまず勇気を振り絞って目を開けるべきではないだろうか。それがこの防戦一方の状況を打破する最善の一手に違いない。……いやでも今度は別の問題がある。今こいしの顔がどこにあるのかわからない状況で目を開けると、その瞬間にキスしてしまう可能性がある。キスする時に目を開けるようなデリカシーのないお姉ちゃんの姿を妹に見せるのは教育上よろしくない。
まず根本的に教育上の問題を言うのであれば姉妹でキスしようとしているこの状況がアウトなのではないだろうか。今まではこいしに不意をつかれたと言い訳できるが、今回はそうもいかない。現に今、私は目を閉じてこいしのキスを待っているようなものだから。こいしからの好意は素直に嬉しいし、私もこいしを愛しているが……それとこれとは話が別なのではないだろうか?
では現実問題として今の状況からこいしのキスを断ることができるのか?……どう考えても無理である。なんだか元からお姉ちゃんの威厳なんてものはないような気がしてきた。とりあえず断れないのなら、後は覚悟を決めるしかないのだろう。
……そういえばこいしは私以外にもキスをするのだろうか?最近は地上によく出かけているし、可能性もゼロとは言い切れないだろう。キスの相手が本当にこいしの大切な人なら構わない……嫌だがそれは仕方がない。だがもし気軽にそんなことをしているようなら……。この後ちゃんと他の人には気軽にキスしちゃダメだと言っておかなければ。
キスといえばそういえば今までこいしとは何度キスをしたのだろう。改めて考えてみるとこいしのイタズラには困ったものだ。……あれ?でもその割にはこいしとのキスがどんなものか全く思い出せない。どれもただただ驚いてしまっているだけだったから仕方ないのかもしれないが、こいしの唇の感触すらほとんど記憶に残っていない。……そ、そっか、これがひょっとしたら初めてのちゃんとしたキスなのかもしれない。なんだか余計に緊張してきた……。
……それにしても遅くないだろうか?スタートの合図から随分と時間が経ったように感じるが、一向に終わる気配がない。ひょっとしたら自分で思っているほど時間が経っていないのだろうか?とりあえず一瞬緩んだ気を引き締め直す。今みたいに『あれ、遅いな?』と思ったタイミングにされるのが一番不意をつかれるから。
……あれからまた少し経ったが全く終わる気配がない。相手がこいしだから気配も感じられないし。……これはひょっとしてまたこいしのイタズラなのではないか?スタートの合図と同時に私が目を閉じて百面相をしているものだから、面白がって眺めているのではないか?……大いにありえそうだ。想像するとまた顔が熱くなるのを感じる。こ、これは恥ずかしい、恥ずかしすぎる。これだけ遅いのならば最早それで間違いないだろう。となると経験上、こいしは間違いなく私が目を開けて油断した瞬間にキスしてくる。終わってしまったものは仕方ない。せめて目を開けた瞬間にこいしがしてくるであろうキスへの心の準備をしよう。
……少し時間はかかったが覚悟はできた。冷静さを取り戻せたせいで頭もしっかりとし、周りも見えるようになってきた。目は閉じたままだけど。今まではパニクっていて気づかなかっただろうが、お空が部屋に入ってきたのが第三の眼を通して分かる。……あれ?お燐も部屋の中にいる?いつから?
「……ねぇねぇお燐」
「なにさ?」
お空が声を潜めてお燐に話しているのが聞こえる。
「さとり様何やってるの?」
「さぁ……?あたいにもよくわかんない。あの状況でかれこれ十分程一人で目を閉じて百面相してるんだけど。なんとなく声もかけづらいし、こっちにも気づいてないみたいだし。いやすごい可愛いんだけどね?」
………………。
「……お燐」
「にゃあいっ!さ、さとり様?」
「こいしがどこに行ったか知りませんか?」
「え、あ、こいし様ですか?えーっと……見てないからまた無意識にお出かけになったんではないでしょうか?」
「……あなたが来た時にこいしはいましたか?」
「い、いいえ、いませんでした」
「……あなたの他にこの部屋に誰か入って来ましたか?」
「いいえ、ついさっきお空が入ってきた以外は誰も来てないです」
「そうですか。……お燐、本当に言い難いのですがお願いがあります」
「大丈夫です、さとり様。あたいは何も見ていません」
「……ありがとうございます」
・妖夢の場合
「妖夢~」
白玉楼の裏で楼観剣を振っていると、幽々子様が私を呼ぶ声がした。声のトーンなどから経験上分かることなのだが、この声に返事をすると絶対に私にとって良くないことが起こる。というか幽々子様が私に何かをする。できるのならば無視してしまいたい。
「妖夢~。いないの~?」
「……少し待ってください幽々子様。今すぐそちらに向かいますので」
しかし私は白玉楼の剣術指南役兼庭師という肩書きでここにいる。そして幽々子様は白玉楼の主。選択肢など初めから無いのだ。
「お待たせしました」
「あら妖夢、随分と汗をかいているようだけど修行中だったかしら?」
幽々子様がいるのは白玉楼の門の前である。ということは出かける際のお供を頼むということだろうか?できればそうであって欲しいのだが。
「いえ、問題はありません。お出かけですか?」
「今帰ってきたところよ~」
期待はずれ、予想通りである。
「何度も言っていますが勝手に出かけられては困ります。私に一声かけていってください」
「そしたら妖夢がついてくるじゃない」
「そのために声をかけてくださいと言ってるんです!」
幽々子様はニコニコと笑ってどこ吹く風である。まぁ私自身も言って何かが変わると思っているわけではないが。
「……それでどこへ行ってらしたんですか?」
「香霖堂よ~。そこの店主から面白いものをもらってきたの」
「……もらってきた?買ったのではなくて?」
「もらってきたのよ~」
……深くは考えないでおこう。
「何をもらってきたのですか?」
「外の世界のお・か・し♪」
幽々子様はたいそう楽しそうにそのお菓子を取り出す。
「妖夢も一緒に食べましょうよ」
「はぁ……。では遠慮無くいただきます」
服を着替えた後、幽々子様の待つ部屋まで行くとお皿の上に先ほどの棒状のお菓子が並べてあった。幽々子様は既に食べ始めており、割りと満足そうだ。私も一本取って口に入れてみる。
「あ、美味しいですね」
「でしょ~」
「ありがとうございます」
「いいわよ別に~。その代わりちょっとした遊びに付き合ってくれないかしら?」
「何ですか?」
幽々子様が机の端にあった新聞を広げる。
「えーっと……『魔法の森の人形師、ついにバレンタインの本命発覚か!?』」
「その記事じゃないわよ。こっち」
「えーっと……『香霖堂に外のお菓子が大量入荷!?』」
記事を簡単にまとめると香霖堂に突如外のお菓子、ポッキーが大量に流れてきたというものだった。話の流れからしてこのポッキーというのは目の前の皿のこれだろう。では幽々子様のおっしゃる『遊び』というのは何か?間違いなくここに書かれているポッキーゲームというもののことだろう。
「これをやるんですか?」
「そうよ~」
「私と幽々子様が?」
「そうよ」
「でもこれって……最終的に……その、キスすることになりませんか……?」
「そうね~」
「……いいんですか?」
「もちろん無理にとは言わないわ。嫌ならちゃんと断りなさいな」
幽々子様とのキスの経験は……実はと言うとそれなりにある。しかしそれは全部幽々子様の方から私の頬へのものだった。私の知る限り私の唇が幽々子様に触れたことは一度もないはずだ。
「……」
「悩むのならやめておいた方がいいと思うわよ~。まぁ気軽に考えなさいな」
確かに幽々子様も言っていたがこれは所詮はお遊びだ。少しでも嫌という気持ちがあったり、悩む要素があるならやめておいたほうがいいだろう。そうやって考えると驚くほどあっさりと答えが出た。
「不束者ですがどうぞよろしくお願いします」
「こちらこそ~」
私がまずポッキーの端を咥え、反対側を幽々子様が咥える。お互いゆっくり食べ進んでいくと、当たり前だが幽々子様の整ったお顔がどんどん近づいてくる。分かっていたことだが幽々子様は本当に綺麗だと思う。近づくにつれて幽々子様の桜色の唇から目を離せなくなる。そして幽々子様の唇が私の唇に触れるかというその瞬間。
「……へ?」
幽々子様のお口が信じられないほど大きく広がり、そのまま私の視界は真っ暗になってしまった!た、食べられた!?私、幽々子様に食べられた!?
◇
「――――――というような夢ばかり最近見るんですよ……」
「なるほど、途中のノロケを聞くのはなかなかに苦痛だったけど確かに大変そうね」
ポッキーゲームに関する記事を見た日から毎晩幽々子様にこんな感じで食べられる夢をみている。いくら寝ても全く疲れが取れず、酷くなる前に永遠亭の永琳さんに診てもらうことにしたのだ。
「どうする?一応薬を出して様子を見ることもできるけど、私としてはニ、三日ここで入院することをおすすめするわ」
「では少しの間お世話になってもいいでしょうか?幽々子様にはしばらく休暇をもらいましたし」
「了解。それで部屋なんだけど……個室じゃないけど構わないかしら?」
「はい。大丈夫です」
「じゃあとりあえず睡眠薬と胡蝶夢丸を渡しておくからそれで様子を見ましょう。じゃああなたの病室まで案内するわ」
「ありがとうございます」
・鈴仙の場合
仕事の合間の休憩時間、てゐと一緒に部屋でくつろいでいると隅の方に置かれた新聞が目に止まった。
「……ん?どうしたのさ鈴仙?」
「いや、別に……」
特に目的もなくダラダラと記事をめくっていくと、『香霖堂に外のお菓子が大量入荷!?』という記事が目に止まり、読んでいくとなかなかに面白いことが書かれてあった。
「ねぇてゐ、これ見て?」
「んあ?」
てゐを呼んできて記事を見せる。
「へぇー、外の世界では愉快な遊びがあるんだねぇ」
「そうねー」
「……」
「……」
あ、あれ?思ってたより食いつきが悪いな。
「……ねえてゐ」
「なぁに?」
「なにか甘いもの食べたくない?」
「あぁいいねぇ甘いもの。食べたい」
「でしょ!せっかくだしこのポッキーっていうお菓子を買いに行かない?」
「えぇー、遠いし面倒臭い」
うっ……。ここから香霖堂まではそこまで遠くないが、決して近いといえる距離ではない。せっかくの休憩時間にお菓子を買いに行くには確かに面倒な距離だ。
「……ねえてゐ」
「なぁに?」
「明日予定空いてる?」
「なんで?」
「久しぶりにデートしない?」
「デートねぇ……。どこに行くの?」
「香霖堂」
「……香霖堂?」
「香霖堂よ」
「デートの目的地に……香霖堂?」
「……ごめん、ないね」
「気をつけなよ鈴仙、相手によっちゃあ今の一言でお別れになるから」
「き、気をつけます……」
これもダメか……。しかし諦める訳にはいかない。私はてゐとポッキーゲームをしたいのだ。
「……ねぇてゐ」
「なぁに?」
「姫様今何してるかな?」
「……何か凄く失礼なことを考えてそうだから先に釘さしておくけど、姫様は今自室で寝込んでるから出かけるのは無理だよ」
「そ、そっか……」
「……さっきからどうしたのさ鈴仙?何をそんなに香霖堂にこだわってるの?」
「いや別にそんなことは……!」
そうだ、てゐの言うとおりだ。私は『ポッキーゲーム』がしたいのであって『香霖堂』や『ポッキー』にこだわる必要は全くないのだ。そうと決まれば話は早い。たしか台所の方にまだ残っていたはずだ。
「てゐ」
「なぁに?」
「ちょっと待ってて!」
急いで台所に行き目当ての物を探す。……あった!記事にのっていたポッキーと形や大きさの殆ど変わらないお菓子の入った瓶を見つける。月にいた頃のお菓子を模して作った姫様の失敗作、『イナバのHB(名付け親はもちろん姫様)』。食べられないというほどのものではないのだが、イマイチだったため師匠が『……とりあえず記念に残しておきましょうか』と言って術をかけたのだ。これを使えばてゐとポッキーゲームができる。
「てゐ!」
「なぁに?」
「お菓子!ポッキーみたいなやつ見つけた!」
「……ん?」
「ポッキーゲームやろ!」
「……あぁなるほど。やっと理解したよ」
「じゃあやろ!」
「……鈴仙は可愛いねぇ。いいよ、やってあげる」
てゐが瓶からお菓子を一本取って口に咥える。……やっと念願が叶ったけど、改めてやってみようとするとなんか照れるなぁ。思ったよりも顔近いくなりそうだし。
「どうしたの?」
「あ、うん、何でもないの。何でも……ないの……」
「……鈴仙はほんとに可愛いねぇ」
あんまりてゐを待たせるのも悪いし、勇気を振り絞って反対の端を咥える。……その瞬間目の前が真っ暗になった。
「あれ?ちょっ鈴仙!大丈夫!?……あちゃあ……思ったより効き目がすごかったかね」
薄れ行く意識の中でてゐが何か言っているような気がする。
「あー……ごめん、ちょっとやりすぎた。こんなに効くとは思わなかったんだ。これで許して?」
唇に何か柔らかい物が当たった感触を残して私は意識を手放した。
◇
「――――――という理由で私も入院してるの。短い間だろうけどよろしくね、妖夢」
「……はぁ、こちらこそよろしくお願いします」
新しく同じ病室に入院することになった妖夢に挨拶のついでに入院の経緯を話した。
「それでてゐさんはそのお菓子に何を仕込んだんですか?」
「何かよくわからないけどすっごく辛いものよ。……いやほんとにわかんないんだもん、師匠の実験の副産物だから。てゐは唐辛子の代わりみたいな感じで使ったみたいだけど、結局二、三日入院することになっちゃった」
「……結局どこから罠だったんですか?」
「さぁ?私にはわからないわね。……でもてゐとポッキーゲームしたかったなぁ」
「懲りませんねぇ……」
・妹紅の場合
「妹紅~?」
「……なによ」
「あれ?まさかほんとに寝てたの?」
浅い眠りからさめ、目を開けると無断で家に入ってきた輝夜がいた。
「……今何時?」
「妹紅、時計を買うお金もないの?……プレゼントしてあげよっか?」
「いやたしかに持ってないけどね、そういう話じゃないの。外を見てみなよ」
「えっ……?あ、えーっと……つ、月が綺麗ね」
「……馬鹿にしてるの?」
「お、怒ってる?」
「そりゃあこんな夜中にいきなりやってこられたら誰が相手でも機嫌は悪くなるわよ」
時計がないから正確な時間は分からないけど、外を見る限り人間は寝るべき時間のはずだ。
「……ごめん、妹紅だったら起きてると思って」
「何を根拠によ……」
「だって荒んだ生活してそうだし、それに夜襲の計画とか立ててたりしてるんだと思ってたから……」
「最近は規則正しい生活ってやつを心がけてるのよ。あと私は常にあんたのことを考えてる程暇じゃないの」
「そ、そうなんだ……」
昔は確かにそうだったのかもしれない。輝夜への恨みが消えたわけじゃないと思うが、以前のような燃えるようなものではなくなってしまった。これがいいことなのかは分からないが、少なくても楽ではある。
「……で?何の用なの?」
「迷惑みたいだしいいわ。こんな時間に悪かったわね、また出直すことにする」
「いや、気になるから。早く言いなよ」
「うーん……じゃあとりあえず着替えて?」
「は?」
確かに今まで寝ていたから私の格好は寝間着である。といっても何着も服を持っているわけではないから寝間着に使っているだけで、一応この格好でも外には出れないことはない。
「なんでよ?」
「私ね、雰囲気って大事だと思うの」
「また訳の分かんないことを……」
「あ、リボンもちゃんと付けてね?」
「……あんたって面倒臭いわね」
全くわけの分からないままとりあえず言われた通りに身支度を整える。着替え始めると輝夜は『きゃあっ!』と小さく悲鳴を上げて後ろを向いてしまった。……本当に面倒臭い。
「終わったけど?」
「……ねぇ妹紅はさっきまで寝てたのよね?」
「寝顔見たでしょ?」
「あー……えっと可愛かったから大丈夫よ?」
「何の話よ……」
「それはともかく、布団も何もなかったけど寒くないの?」
「慣れたから平気」
「この小屋、隙間風とかすごいから寒いんだけど……」
「……で?」
「毛布か何か貸して?」
「だからないわよ」
「……お金が」
「だから違うって。別に困ってないから」
「そ、そうなの?食事の差し入れぐらいなら作るわよ?」
「……困ってないけど、ご飯は多いほうが嬉しい」
「分かったわ!頑張ってみる!」
「……まぁ死なないからいいけど。ちょっと待っときなよ」
「……?」
囲炉裏に火をいれて鍋を温める。……昨日の残り物だけどいいだろう。輝夜だし。
「ほら食べなよ。温まるから」
「あ、ありがと。案外料理上手なのね」
「年季が違うのよ」
「……千年以上作ってるって考えると、それにしては」
「……」
「だ、大丈夫、美味しいわよ?なんなら毎日作ってくれても」
「で、要件は何なの?」
「せっかくだから食べ終わった後で」
「ご飯なんて出さなきゃよかった……」
早すぎる朝食が終わり、あと一時間程で夜が明けるかというくらいの時にやっと輝夜が話を切り出した。
「ねぇこれ知ってる?」
「ん……?」
「てゐが最近流行ってるって言って香霖堂からとってきてくれたんだけど、妹紅なら知ってるわよね?」
輝夜は細長い物体を取り出して尋ねてくるが、あいにく全く見覚えがないし、見当もつかない。かと言ってここで正直に知らないといえば『浮世離れした生活を送ってるのね、お金(ry』と言われるだろう。……いい加減腹が立ってきた。確かに諺で『聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥』というものがある。確かに私にとって一生の恥という言葉は重みがあるが、知らないなら後で慧音に聞けばいいし。
「あぁ知ってるよ。それでどうしたの?」
「じゃ、じゃあさ……ね?」
そう言って輝夜はその棒状の物体を咥えて目を閉じた。
……えっ?何この状況?全くわけがわからない。輝夜は何をしてるの?私は何をしたらいいの?
……とりあえず落ち着こう。今更『やっぱり知りませんでした♪』なんて言えるわけもないし、ここは今ある情報から推理するしかないだろう。輝夜はさっき私に何か同意を求めたし、この状況で目的が完結してるとはとてもじゃないが思えない。つまりこれは私の行動待ちということだろう。では私は何をすればいいのか。
輝夜はこの行動の前に私に着替えるように言って、更にはできれば食事の後がいいと言った。そしてよく見ると心なしか、口に咥えた棒状の物体を私の方へ向け、しかも微妙に震えているような気がする。震えの原因は寒さ?いや、囲炉裏に火を入れて結構経つしもう寒くはないだろう。じゃあ緊張?はする要素が全く見当たらない。となると……禁断症状?
……あ、自信は全然無いけど分かったかもしれない。これひょっとして煙草じゃないのかな。口に咥えてるし、ちょっと大きいけど形似てるし、食後に吸うらしいし。じゃあ待ってるのは火か。人里の飲み屋で気心のしれたもの同士が相手の煙草に火をつけるのは見たことがある。あれをやりたいのだろう。雰囲気がどうこうと言っていたのは輝夜なりのこだわりなんだろう。
「ん」
「……えっ?」
輝夜の咥えている反対側に術で火を付けてやる。すると輝夜は目を見開いて驚き、さらに顔を下にむけてワナワナと震えている。……どうやら私の推理は外れだったようだ。怒ってるみたいだし、今日はこのまま殺し合いだろう。私に非があるみたいだから一回ぐらいなら殺されてやってもいいが、このままだと私の家が滅茶苦茶になる。とりあえず外に逃げて……
「――――――」
「……えっ?」
顔を上げた輝夜は泣いていた。
「か、輝夜……?」
「妹紅のばか……」
「えっ?ちょ、輝夜っ!」
そのまま何も言わずに永遠亭に向かって行ってしまった。私はその背に手を伸ばしたものの、結局何も出来なかった。深夜に起こされて、ご飯を作らされて、最後に輝夜に泣かれて帰られる。今日は踏んだり蹴ったりだ。こんな日は何もしないのがいいだろうと寝直そうとするが、輝夜の泣き顔が気になって全然眠れやしない。とりあえず夜が明けたら慧音のところに行って輝夜が何をしようとしてたのかを聞いて、それから今後の行動を考えよう。……本当に面倒臭い。
・紫の場合
「霊夢、遊びに来たわよ」
「げっ……」
「なによ、そんな声出さなくてもいいじゃない」
「うげっ……」
「……もういいわよ」
どうやら霊夢は割と機嫌がいいらしい。いつもより割りといい反応をしてくれる。これなら上手くいくかもしれない。念願の霊夢とのポッキーゲーム、香霖堂の大量入荷から天狗の新聞まで十分な準備をした。今日こそ霊夢の方からキスしてもらうのだ。
「ところでお菓子持ってきたんだけど、食べる?」
「食べる。お茶しかないけどいい?」
「霊夢が入れてくれるならなんでも歓迎よ」
「いや、そのお菓子に合わせるのはお茶でいいのかって聞いてるんだけど」
……ポッキーって何を合わせて飲むのかしら?緑茶?紅茶?それともコーヒー?牛乳なんて選択肢もあるかしら?まぁお茶でも問題無いだろう。
「多分お茶で問題ないわ」
「そう。じゃあちょっと待ってて」
霊夢がお茶を取りに台所に駆けていく。見えなくなった辺りで鼻歌が聞こえ始めた。……可愛いなぁ。
「お待たせ。お菓子出して」
「はいはい、そう慌てなさんな」
霊夢の持ってきた皿にポッキーを広げる。かなりの量を持ってきているから、霊夢も喜んでくれるだろう。
「あ、これ新聞で見た。たしかポッキーっていうんでしょ?」
「そうよ」
計画通り霊夢はポッキーの存在を知っていた。と言うことはポッキーゲームについても知ってるだろう。ならば後は自然な流れで……
「これ美味しいわね」
「気に入ってくれたようで嬉しいわ」
「うん、ありがと」
「どういたしまして。霊夢が望むんならたまになら持ってきてあげるわよ」
「ほんとに?」
「愛しの霊夢の頼みですもの。特別にね」
「やった」
霊夢も結構食べたし、そろそろ切り出してもいいだろう。
「ねぇ霊夢?」
「なにかしら?」
「天狗の新聞を見たのなら……もちろんポッキーゲームも知ってるわよね?」
ポッキーにのびていた霊夢の手が一瞬止まる。この反応の時点で最早『知らない』とは言えないし、言ったとしても意味は無い。
「……知ってるわ」
「それはよかった」
「……」
「……」
お互いの沈黙の中、霊夢のポッキーを食べるポリポリという音のみが聞こえる。
「霊夢」
「……何よ?」
「皿に出している他にもまだポッキーは残っているわよ」
「ぐっ……!」
このまま返事をしない内にお皿のポッキーを全て食べきってしまうつもりだったのだろう。そんなことを許すほど妖怪の賢者は甘くない。
「ところで霊夢、あなたはキスの経験はあるかしら?」
「……寝ぼけてるの?あんたがいつも勝手にしてくるんじゃない」
「拒まないくせによく言うわ」
「おめでたい解釈ね」
「でもそういう意味じゃないの。霊夢が望んで自分からキスした経験はあるのかと聞いてるのよ」
「……」
「……な、ないわよね?……え、あるの!?」
「うるさいわね、ないわよ」
あ、焦った……。少なくても私は『霊夢から』はキスされてことがない。だから今回ポッキーゲームという遊びを利用したのだ。一瞬霊夢が黙ったから他の人にキスしたことがあるのかと思った。
「そ、そうよね。そりゃあそうよ」
「声が上ずってるわよ?」
「私としては、たまには霊夢の方からキスして欲しいと思ってるのよ」
「なんでよ」
「霊夢が好きだからよ」
「あっそう」
相変わらずこの子は反応が冷たい。そんなところも含めて好きなのだが。
「私は霊夢にポッキーを持ってきた。そのお返しとして考えてもらってもいいわ」
「見返りが欲しくて持ってきたの?」
「理由があったほうが霊夢も自分の中で言い訳しやすいでしょう?それに所詮お遊びよ?そんなに真剣に考える必要はないわ」
「あんたにとってはそうかもしれないけど……」
「霊夢、私とポッキーゲームをしてくれないかしら?」
「……」
私の準備できることはやれるだけやった。あとは黙って霊夢の返事を待とう。これでもダメなら……霊夢にとって私の存在はその程度のものだったということなのだろう。
「……」
「……」
「……」
「……えっ?」
「だから!……いいわよ」
「これまでの努力がやっと報われた。やっと霊夢とのポッキーゲームにこぎつけたのだ。これで変則的にとは言え霊夢と同意の上でキスが出来る。この日をどれほど」
「心の声のつもりなんでしょうけど口に出てるわよ?どんだけ喜んでんのよ……」
「……」
……少々取り乱してしまったようだ。でも仕方ない。今回のことはきっと霊夢との関係を大きく前進させるきっかけになりえるだろうから。
「じゃあ……どうぞ」
「ん……」
私がまずポッキーを咥えて、その後霊夢が反対側を咥える。……あれ?こんなに顔が近かったっけ?橙と練習した時はそんなに距離を意識しなかったけど。……ちょ、ちょっと近過ぎないかしら?やばい、顔に熱が溜まっていくのを感じる。鏡を見るまでもなく私の顔は真っ赤だろう。
「……」
「――――――!?」
霊夢が少しだけ食べ進めた。な、なにやってるのよ!?そんなことしたらもっと顔が近くなるじゃない!?……いやまて。ちょっと待て。……冷静になろう、無理でもいいから落ち着こう。今までだって何度か霊夢に(不意打ちで)キスしてきたじゃないか。大丈夫、私はできる子。周りからは妖怪の賢者であり神隠しの主犯、さらには割りと困ったちゃんとも言われている。……最後のは余計だったか。大丈夫、顔が近くて緊張するなら目を閉じればいいのだ。
「……」
「……」
な、なにか喋ってよ!?黙られたら余計にドキドキするじゃない!?……だから冷静になろう。口にポッキーを咥えてどうやって喋れというのだ。大丈夫、待つだけでいいのだ。待ってれば霊夢が……その……キスしてくれるはずである。
「……ふん!」
「!?……???」
目をつぶって霊夢を待っていると、不意に咥えていたポッキーが勢い良く引っ張られ、私の口から出て行ってしまった。……引っ張られる?えっ?どうして?これポッキーゲームよね?
「私の勝ちね」
「……はい?」
「先に口から離したほうが負けでしょ?だから私の勝ち」
「……そうだけど」
「所詮お遊びなんでしょ?そんなに真剣に考える必要はないじゃない」
霊夢はそう言って私からとったポッキーをポリポリ食べている。……言いたいことはたくさんあるが、ここは黙って引き下がろう。それが霊夢の出した答えなら。
「……残りはのポッキーは全部あげるわ。じゃあ私は帰るので、御機嫌よう霊夢」
「ちょっと待って紫」
「なにかしら霊m!?」
帰ろうとした所で霊夢に呼ばれ、振り返ると……霊夢にキスされた。
「……へ?」
「……これはお遊びじゃないわよ。……マジだから」
「れ、霊夢?」
霊夢は下を向いてるので表情はよく見えない。だが少なくても耳は真っ赤になっている。
「あの……霊夢?その……」
「とっとと帰れ!恥ずかしいじゃない!」
「そ、そうね。霊夢嬉しかったわ、ありがとう」
「~~!!」
これ以上はお互いに遊びで済まなくなりそうなので早々に帰ろう。本気なら一度覚悟を決め直す時間がほしいし。
特にさとりんと輝夜が……泣けるぜ。
個人的にはポッキーゲームを最初っから知っていそうなマミゾウさん辺り見てみたいかも。
そういえば、この手の話で魔理沙と早苗が居ないのは珍しいかな?
名前だけ挙がってる文とこーりん辺りとイチャイチャしてくれそうで夢が広がるネ。
マミゾウ……全く考えてなかったです。そっか……マミゾウか、それもアリだったかもしれませんね。ボツネタとしては幽メディ、魔理霖、アリスがありました。早苗も話のアイデアはあったような気はします。
3さん
楽しんでいただいたようで何よりです。
ってか不憫枠が・・・・
アリスがソロというか……まぁ考えていた話はどちらかと言うとギャグよりですね。
作者目線で言えば差はあれどそこまで不憫なつもりは……いえなんでもないです。
個人的にはプライバシーも何もない咲夜さんが一番ツボでした。
キャラクターの個性がはっきり現れていていいですね。