かみさまにお願いをしてもかなわないのは、なんどもなんどもお願いしてるからなのかな。
体が地面に投げ出された。やわらかい土だったみたいで、あまりいたくなかったけれど、髪と、服と、体が泥でぐちゃぐちゃになってしまった。さっきなぐられた体中がずきずきといたんだ。
みじろぎする元気もない。私はあおむけにねころがるしかなかった。何か聞こえる。
「死にたくねえなら歩いて帰って来いよな。分かったか豚?」
「まあ豚だから、途中で喰われちまうだろーけどな。俺らよりもっとこえー妖怪サマによ」
「妖怪?このあたりのは全部、例の、リンさんが殺っちまってんだろ」
「多分な。でもこいつ白だからよ。妖怪は下賎なやつを狙うだろ」
「そうか、そいつはケッサクだぜ。んじゃ、バケモン同士仲良くなあ!」
わけの分からないことを言って、私を積んできたトラックは走りさった。タイヤで泥がはねて、顔にかかってしまった。
何もできない。しばらく水とゴミしか食べていないから、動けない。体の動かし方を忘れてしまったみたいだった。
仕方がないから空をあおぐと、ふかい森にも少しだけ陽がそそいでいて、蒼が緑の葉のすきまから見えた。いい天気だ。
こんな日に死ぬのは、少しへんだな。
頭のすみっこでそう思った。人が死ぬのは、やっぱり天気の悪い、しとしと雨がふる日がいいんじゃないかな。そう思った。どうでもいいことだ。そう思った。
やがて何も思えなくなった。のうみそが仕事をやめてしまったみたいに、頭が、くもりの日の夕方みたいに暗くなっている。
地面の冷たさがじわりと伝わってきた。うすいシャツを一枚着ているだけなので寒くて冷たい。
けれど、もういいや、とぼんやり思う。
このままお腹が空いて死んだら、あまりくるしくないだろうし、いいや。
ひさしぶりに、何もかんがえないで、のんびり空をながめた。葉に切り取られたみたいな、小さい青空だけれどきれいだった。とてもきれいだった。私はまぎゃくだ。
もっと見ていたいけれど、もうだめだった。目を閉じよう。もう、いい。もういいから。
そう自分に言い聞かせて、目を閉じる。
けれど、なぜか、もう楽になれるのに、涙があふれてきた。止まらない。
瞳からじゃなく、その涙はしんぞうから出ているんじゃないかと思った。しんぞうがしめつけられるみたいだった。体の中央が凍っているみたいだった。
あおむけでいると、瞳に涙がたまってしまう。首を動かして横を向くと、涙が地面に落ちた。
ふと、無数の木の向こう側に、赤っぽいものがにじんでいるのに気付いた。赤い木?そんなのあるのだろうか。
涙を何とかぬぐって、力をふりしぼって体を起こし、よつんばいになった。向こうをじっ、と見つめてみた。
それはレンガの色だった。
今日も相変わらず最低の仕事だった。
私は大型二輪車のアクセルをさらに捻る。重い咆哮とともに車体が加速する。紅い長髪が風に踊る。つまらないことは、こうして忘れるのが一番だ。
このけたたましい低音は公害だが、気にする必要はなかった。こんな人里離れ、田園も畑もない、未開拓地の外れには、私以外の者は住んでいない。道も、私の単車が何度も往復するために草のはげた、道と呼ぶには難があるそれしか存在しない。
単車を草原に走らせながら、ふと右に目をやると、一人の人間の死骸があった。どうやって死んだか知らないがひどく不恰好に、内臓をそこら中に放り出して死んでいた。
そんなものは腐るほど見てきた。何の感慨も沸かないがしかし、その無残さは今日の仕事を想起させた。気分が悪くなる。
今日の相手は低級の妖怪で、はっきりいって相手にしたくなかった。強力な妖怪というのはプライドが高く、私に殺される寸前に命乞いをしたりは絶対にしない。それどころか、幸運を、などと呟いて死ぬ者さえいた。弱い妖怪は真逆だ。命乞いばかりする。
乞われたとて、仕事なのだ。退治する、すなわち殺すしかないのだが、無抵抗の相手を殺めることほど気分の悪いことはない。数が多ければ、尚更だ。
退治依頼の理由は、農作物を荒らしたとか、家畜の鶏を喰ったとか、その程度の理由だったと記憶している。まさかあの妖怪どもも、それだけで殺されるとは思っていなかったに違いない。
以前は、と思う。
以前は、百年ほど前までは、街には妖怪退治の専門家がいて、悪さをする妖怪を「懲らしめる」技術があったらしい。殺し殺され、という闘争ではなく、霊的な力を行使して妖怪の力を封じたのだそうだ。
なんとも、いい時代だ。もっとも、古い文献の噺で、信憑性は薄いが。
最近、人間たちは、妖怪を畏れなくなってきている。
技術が発展し、人口が増え、必然的に争いが増え、人殺しの技術、戦争の技術も高まった。すると気付き始める人間がいた。妖怪も生き物だ。生き物は殺せば死ぬ、人間にも妖怪を殺せる、と。
正確には、妖怪は霊的なものに存在を大きく依存しているので、物理的に殺すというのは難しい。しかし人間のいう「死」、心臓を止めてやることは、それほど難しくない。低級な妖怪なら数人で囲んで、マスケット銃の弾丸でも心臓に命中させられれば、殺せるだろう。
私への仕事の依頼も減っている。以前は月一度はあったが、今は一ヶ月に一回あるかないかだ。
中級以上の高位の妖怪はさすがに人間には厳しい。私が近頃頼まれるのは、そういう厄介な連中への対処ばかりだ。だからこそ今日の仕事は後味が悪かった。悪くなかったことなどないが。
しかしそれも今だけだろう。すぐに人間は力をつけ、どんな妖怪も武器でもって殺せるようになる。そうなれば、私の仕事は消えるも同然だ。
そろそろ頃合かな、と思う。また仕事場を変える時期だろう。私は先の理由、それ以外の諸々の事情で、同じ地にずっと留まることが出来ない。十年が限度だ。
あと何件か仕事をしたら、ここから離れようか。
そんなことを考えていて、気付くと、人間の死骸ははるか後方にあった。気にせず、進むことにした。
草のはげた道に沿って車体を曲げていき、背の低い木が集まる森へと入っていく。低い駆動音に混じって、鳥たちが逃げ出す音が聞こえてきた。速度を落とす。
鬱蒼とした森の中に、細い一本の道が続く。道というには狭く、木の根がせり出しているところもある。自然の段差で車体を何度も跳ねさせながら、走り続ける。
獣道を少し行くと、道が急に開け、赤土の広場のようになり、そこで道が終わった。私は単車のブレーキを捻る。
「ただいまーっと」
言うと同時に単車が止まった。
森の中の広場に、ひっそりと場違いに佇む、レンガ造りの家。
ここが私の家だ。
森の中を開拓して、ずっと前に、誰かが建てたのだろう。狩猟者の根城だったのかもしれない。私が初めて訪れた時には廃屋寸前で蔦に覆われていたのを、出来る限り修繕して、使わせてもらっている。
家の裏にある物置兼車庫に単車を停め、数日前から乾燥させていた香辛料の実を二粒摘んで腰の皮袋に入れた。
干し肉でも焼いて食べよう。
そう思いつつ玄関へ向かう。
驚愕した。
バイクの音がしたからついしゃがんで、かくれてしまった。けれど、悪いことというのは、やっぱりうまくいかないみたいだった。
そのバイクの持ち主さんは、この家の人だった。
私はいま、レンガでできたおしゃれな家の玄関の前で、にらまれて、こしを抜かしてすわりこんでいる。
「誰だ?」
そう私に問いかけるのは、赤い髪の女性だった。
背が高くて美人。だけど、いや、これは私のせいだと思うけれど、目が怖い。
でも当たり前だ。だれでも、自分の家の前にすわっているひとを見たら、あやしいやつだと思うに決まっている。
私は答えられないでいた。怖くて、舌がうまくうごかなかった。
私がそれでも答えられないでいると、女性は怖い目つきを少しやさしくした。私がずっとだまっているから、こまったのかもしれない。
「こんなところで何をしてる?お前は人間だな?」
ようやく、怖さがやわらいできた。しゃべれる。
でも、「家にしのび込んで、食べものをぬすもうとしていました」と言ったら、たぶん、殺されてしまう。
いけないことだとはわかっているけれど、うそをつく。
「……道に、まよって」
「……ふざけてるのか?」
「いえっ、いえ、その……ほんとうに……」
「本当にこの森で迷子になったら、すぐに妖怪に喰われて死ぬ。何者だ」
女性の目つきがまた怖くなった。にらまれると、こわくて、しゃべれない……!
涙が出そうになった。こらえる。
たぶん、泣いたらまずい。今まではそうだった。どんなに辛くても苦しくても、泣いたら、なぐられてしまう。
でも女性の目つきはするどいままで、目線で私を殺そうとしているみたいだった。ほんとうにほんとうに怖い。しゃべれない。
でも、しゃべれたとしても、私には名前がないから答えられない。呼ばれるときはいつも「おい」「てめえ」とかで、他にもいろいろあったけれど、あれは名前じゃないだろう。
怖いのと、しゃべれないのと、名前がないことがかさなって、涙が少しだけ出てしまった。つー、とばちがいな涙が流れていく。
慌てて涙をシャツの袖で拭おうとしたけれど、シャツはよごれきっていて、これじゃ目はふけないな、と頭の冷たい部分がはんだんしてくれた。でもかんじんの涙は流れたままだ。なぐられる。嫌だ。怖い痛いやめてなぐらないで。
でも、涙でぼやけているからよく見えないけれど、紅い髪の女性は、じっとして動かない。
なんとか頭をはたらかせて、汚れていないえりのあたりで涙をぬぐった。おそるおそる、女性のほうを見る。
女性は怖い目つきをやめていた。
なんて言ったらいいのか分からないけれど、困っているみたいだった。私を見て、何かなやんでいるみたいだった。
まさか食べられちゃうのかな。
考えたくないけれど、森の奥には、怖いまじょが住んでいると本に書いてあった。捨ててあった本なので、途中からページが水にぬれてしまっていて、最後までは読めなかった。でもたしか、人を食べる、と書いてあった。
ああでもあのまじょはおばあさんで、こんな美人じゃなかっ――
「おい」
びくりと私の体がはねる。しんぞうも飛んだ。
女性はこちらをじっと見て、右手をこしに当てて、もう一度口を開いた。目が怖くなっていた。
「殺す」
女性は右手をすごい速さで動かした。何が起きたか分からないけれど、何か私に向かって投げた。
「きゃあっ!」
叫んで、手が顔の前に動いた。体が勝手にそうした。
ぴしっ。
かるい音と、右のてのひらに小さないたみ。
そろり、と指の間から足元を見ると、小さな木の実がころがっていた。何という木の実だろう。
「……お前、まさか本当に迷子じゃないだろうな」
女性は笑っていた。くしょう、という笑いだと思う。
女性が歩くと、玄関に組み上げられている木の板の床がぎしぎしと鳴った。不思議だけれど、なぐられる、とは思わなかった。
身をかたくして怖がっている私をしりめに、女性はすっと木の実を拾うと、こしのポケットにそれをしまった。そして別のポケットをごそごそとして、かぎを取り出した。
それは玄関のかぎだったみたいで、彼女は玄関をあけた。そして私に向きなおる。
「よく分からないが話ぐらい聞こう。入って」
それだけ言うと、女性は長い髪をなびかせて家に入ってしまった。
取りのこされた私は、ばかみたいに口をぽかんとあけて、すわったままだ。
どうしたらいいんだろう。
困っていると、玄関のドアががちゃりとあいた。女性が首だけすきまから出して言う。
「ほら早く。妖怪に食われるぞ」
「あ、は、はいっ」
あせって、立ち上がる。なんだか立つのが久しぶりのような気がしたけれど、気のせいだ。女性はすでに引っ込んでしまっている。
私は手を伸ばして、ノブをつかんで、回した。
そして、とびらをあけた。
私は目の前のものが信じられないでいた。
私は女性の家に入れてもらって、まず三つ、顔にガーゼをあててもらった。消毒えきがしみていたかったけれどがまんした。ケガの手当てをしてもらったのは生まれてはじめてで、きんちょうしたけれどうれしかった。なぜか、体の中があたたかくなったような気がした。
その後で、着ていなさい、と真っ白で大きい服をかしてもらった。はじめはえんりょしたけれど、女性にむりやり汚れたシャツを取られてしまったので、やっぱりきんちょうしながら、その服を着た。大きくて、シャツとスカートをつけているみたいだった。わんぴーす、という服なのだと教えてもらった。
そして。今。
今、目の前に「すてーき」という食べものが、料理がおいてある。横には、パンもついている。
女性はこれを「食べていい」と言った。
信じられない。
女性はというと、きれいに切り分けて食べ始めていた。おいしい、と言っている。
私はあわててつばを飲み込んだ。もう少しでよだれをたらすところだった。
女性が手を止めて、私を見た。何だろう。
「それ、嫌いなのか?鹿の肉なんだが」
嫌いも何も、食べたことがない。見たことは何度もあるけれど。
こういう食べものは、えらい人の食べものだ。私が食べていいものじゃない。
私が食べていいのは、パンの耳と野菜の切れはし、あとはあまった料理だけだ。
「食べたくないか?お腹が空いてると思ったんだ。夕方だから」
食べたい。
死ぬほど食べてみたい。
でもこれは、私が食べていいようなものじゃ……。
「まあ、苦手なものはしょうがない。すまない、先に聞けばよかったな。今代わりに何か持ってくるから」
「あっ!」
女性がおどろいたように私を見た。私は恥ずかしくてうつむいてしまう。そうするしかなかった。
彼女がすてーきを下げようとしたので、思わず声が出てしまった。今度は恥ずかしくて死にそうだった。
「……どうした?やっぱり食べるか?」
「は……はいっ、食べてもいい、……なら」
「ああ、もちろんいいよ。でも無理はするなよ。美味しくないもの食べたって仕方ない」
もう一度、すてーきが私の前におかれた。げんじつかん、というのがない。
おいしそうだ。
死ぬほどおいしそうだ。
これを、食べても、いい……。
「い、いただき……ます」
「召し上がれ」
彼女のまねをして、フォークでお肉を押さえて、ナイフを動かす。むずかしい。
ナイフを引くときに力を入れるといい、と女性が言う。やってみるとその通りで、うまく切れた。
小さくなったお肉を、皿の上で、フォークにもう一度しっかりと刺す。
そろそろと、おそるおそる、口に運んで、
ぱくり。
もぐもぐもぐもぐ。
ごっくん。
「……おいしい……」
「そうか?なら良かった」
なんだろうこれ。
言葉が見つからない。おいしい、以外にない。
また、涙が出てきた。
もう一度切って口に運ぶ。
ぱくり。もぐもぐ。ごっくん。
「おいしい……!」
「そ、そうか?泣くほどか?泣くほど苦手なら食べなくてもいいんだぞ」
女性はとちゅうで私にいろいろ話しかけてくれたけれど、ほとんど聞いていなかった。お肉を食べるのに全しんけいを集中していたから聞こえなかった。
ぱくり。もぐもぐ。ごっくん。
……………………
………………
…………
……
「ごちそうさまでした……!」
「あ、ああ、お粗末さま。なんか皿を拝んでるみたいになってるぞ。そんなに美味かったか?」
「とってもおいしかったです!はじめて食べましたっ、こんな美味しいもの……!」
「……まあ、喜んでくれて嬉しい」
感動、という言葉はこういうときに使うんだろう。
間違いなく、私が今まで食べたもののなかで最高においしかった。今気付いたけれど、私はゆげの立つ食べものをはじめて食べた。あたたかくておいしくて最高だった。
ふと見ると、女性は空になった皿をテーブルのすみによけて、ひじをつき、こちらをじっと見ていた。私は目をどこにやればいいか分からなくて、しどろもどろになってしまう。
「ところで話を戻そう。君は誰なんだ?」
すごく答えづらい質問だった。
さっきもそれを思い出して悲しくなったけれど、私には名前がない。
でも、そう言ったら変に思われるだろう。もっとも、もうじゅうぶん変かもしれないけれど。
なんてこたえたらいいんだろう……。
視線がテーブルのはじとはじをおうふくする。落ちつかない。けどずっと黙ってもいられない。
私は意を決した。
「私は……」
「君は?」
「その……」
「どの」
「……人間、です」
そのとき、女性がせいだいに吹き出した。
私は何が起きたか分からなくて、こんらんした。面白いことを言ったつもりはぜんぜんない。
ははははははははははは、と女性は笑いつづけている。私はどうしたらいいか分からず、恥ずかしくなってきて、顔を赤くして下を向くしかなかった。
ははは、という笑い声から変わって、こらえるような笑い声になった。くくくくく。テーブルに頭がつくほど体をおりまげて、彼女はまだ笑っている。私は顔から火がでるんじゃないかと思いながら下を向いていた。ひたすら恥ずかしい。
女性は口のはしから小さく笑い声をもらしながら、顔を上げて私を見た。笑いすぎて涙がでたみたいで、目のはじをぬぐっている。
「とても気の利いたジョークでいいと思うけれど、君は友達に、週末は何をするの?と訊かれて、呼吸、と答えるのか?」
「い、いえ……でも私は」
「君は?」
「名前がなくて」
女性の顔がかたまった。おどろいたんだろう。急に部屋が、しーんとなる。
私も言いたくはなかったけれど、言うしかなかった。
女性が視線を右下へ向けた。何かなやんでいた。ばつが悪そうに右の人差し指で髪の毛をくるくるとまいている。
「名前がない……本当に?」
「はい……」
「……じゃあ質問を変えようか。どこから来たんだ?」
「×××××というところに、いました」
「……×××××。そうか……じゃあ、どうやってここへ来た?」
「……えと、トラックの荷台に乗せられて……それで、森の中でおろされて……それで、お家を見つけて」
「何だって?森で、降ろされた?」
「はい」
「……何をしろ、とか言われなかったか?」
「……死にたくないなら歩いて帰ってこいって言われました」
女性は深いため息をついた。おこらせてしまったのか、と私はまた怖くなる。
つぶやくような声で彼女が言う。
「人間は、いつから同族を森の妖怪にくれてやるほど善良になったんだ。愚か者どもが……」
「あっ、ご、ごめんなさい……」
「君が謝ることはない。少し待っていろ」
そう言うと女性は席を立って、歩いていった。
何をされるんだろう……。
少しだけ怖かったけれど、なんとなく、本当になんとなくだけれど、彼女にひどいことはされないんじゃないか、と思えた。私は無意識に、右ほほにはられたガーゼをなでていた。
すぐに女性は戻ってきた。両手に、平べったくて、人が乗れそうなほど大きなはかりを持っている。
「これに乗ってみろ」
そう言うと、女性は私のすわるいすの横にそれをおいた。上のほうにめもりがついていて、数字がたくさん書かれている。
言われた通りにいすをおりて、私はそれに乗る。がたがたがた、とはかりが鳴って、すぐにがたがたが鳴りやんだ。
どうすればいいですか?と聞こうとして、彼女のほうを見ると、彼女ははかりのめもりを見てぜっくしていた。まゆの間にしわが寄っている。
どことなく青い顔をして、目をあわせないで、彼女が言った。
「クッキー食べるか?クッキー。いや、食べろ。食べれるだろ」
「くっきー?」
「……お菓子だ。甘くて美味しいぞ」
「お菓子……」
「食後のお茶には早いがそういうことにしておこう」
言うと彼女はまたキッチンに向かい、手に小さな皿を持ってもどってきた。おいしそうなお菓子がならんでいる。
「二人で食べよう。座って」
「は、はいっ」
その後、私は彼女と二人でクッキーというお菓子を食べて、またおいしさに感動して、あーるぐれいという紅茶を飲ませてもらって、少しにがかったのでさとうをわざわざ入れてもらったらおいしくて、またまた感動した。
すると、お腹がいっぱいになって、少しだけ眠くなって……きて………………。
椅子に座ったまま、うつらうつらとし始めた少女の身体をなるべく丁重に抱えて、隣の部屋の寝台に寝かせた。よく眠っている。満腹になったことと、勝手の不明な森を歩き回ったことの疲れが出たに違いなかい。毛布をかけてやって、部屋を出る。
自室に向かう。しばらく手の付けられていない本棚を探り、この地方の地質や伝承などが細かく書かれた分厚い本を手に取った。
埃を払い落とし、椅子に座ってページを捲る。目次を目で追っていく。
「やっぱりこの本に載っているか」
お目当ての項があった。「×××××」と題のついたそれは、ある国の特色を扱ったページだ。
読み進めていく。他の国や街の紹介と違い、その国のページはずっと少ない。すぐに読み終えられる。
自分でも、だんだんと項を繰る手が重くなっていくのが分かった。胸糞悪い、というのが一番当を得た表現だろう。実に気分の悪くなることばかりが書かれていた。
この時代、基本的に奴隷身分は存在しない。否、実際は低賃金でこき使われている労働者が奴隷に取って代わっただけのようなものだが、奴隷という言葉はほぼ使われない。
しかし物事には例外がある。
×××××――その名前を聞いたときにはまさかと思ったが、その国はいまだに奴隷制を採用している数少ない国の一つだった。俗に「百年遅れの国」と、侮蔑を込めた名で呼ばれている。
その国にはいまだに民主制というものがなく、軍の独裁が何代も前から続いている。あちこちの国で市民革命が頻発している今の時分には全く合わない国だ。
しかし、軍部が下層市民を働かせ相当の武器を貯蓄しているらしく、民衆もなかなか蜂起が難しいと聞く。本にもそう書いてあった。
彼女がそこで奴隷として働かされていたとすれば、名前がないのも頷ける。道具に、道具以上の名は必要とされないのだろう。
「あの子は……亡命したのか」
そうとしか考えられないな、と思う。森でトラックの荷台から降ろされたというのは到底信じられない。国から一人逃げてきた、という方がよほど真実味がある。
しかしそうなると疑問も生じる。
まさか走って逃げては来れないだろうから車か何かに乗ってきたのだろうが、彼女は薄いシャツ一枚以外に何も持っていなかった。車が大破したなら服が焦げていてもよさそうだが、それもなかった。
それにこの文献によれば、その国は出入国が大変厳しいという。国境を無許可に越えようものならまず射殺されるそうだ。文献の編集者が一人、取材をしたいと国境近くで許可を求めたら射殺されたと苦々しく記してある。真実なのだろう。では丸腰の少女が逃げて来れるはずもない。
「まさか本当に――捨てられた?」
口に出す。しかし現実感は砂糖の粒一つ分もない。
彼女は殴られたか何かで顔が少し腫れていたが、歳は九か十で、蒼い瞳のその容貌を見れば美人になることは間違いなかった。奴隷としても、女としても、十分に売り物になるだろう。だというのに捨てられるとは意味が分からない。
「暇つぶしに、人間を捨てるわけでもあるまい」
古びた本に向かって皮肉を吐く。
本は何も応えなかったが、ふと気になる見出しを見つけた。異教徒弾圧の系譜、と書かれている。指で押さえてそこを開く。
私が仕事を請けに行く国は、この辺り一帯でもっとも大きな国だ。今でこそないものの、以前はその国でも宗教的な迫害があった。異教徒に対する弾圧だ。主義主張がどう、という話ではなく、異教徒であるということでの迫害だった。それは世界のどこにでもある諍い(いさかい)だ。
しかし信仰とは外から見えないもので、主に迫害されたのは肌の色が浅黒い人間たちだった。迫害している側の人間の肌は白い。当時の争いをいくつか見たが、肌の色の違いで殺し合えることにはほとほと呆れたものだった。
×××××という国は、黒色人種が圧倒的に多い。迫害から逃れ放浪する者たちが流れ着き、出来た国だという。私が生まれた時には既に存在した国だ。長いこと差別を受けた者たち同士の結束の強さは並ではないだろう。
しかし、あの少女の肌は清水を梳いたように白かった。
おそらくはどこか別の国で幼い頃に拉致され、あの国に売られたか、もしくは連れ去られたのだろう。そんなことをするメリットは分からないが、おそらく痛めつけるための人形として白色人種が必要だったとか、そういう理由なのだろう。あまり、考えたくはない。
それに、そうだとすれば彼女の体のあちこちにあった痣の説明もつく。
食事に驚いていたのも当然だ。まともな料理など、食べたことがなかったに違いない。先ほど彼女を体重計に乗せたが、あまりにも軽すぎた。頬がこけていないことだけが幸いだろう。まさか、虐待を外に見せないように痩せさせる技術が発達しているわけではないだろう、と思いたい。
目と、そして精神に疲労を感じて、樫の机に、黴(かび)臭いその本を放り出した。背もたれに体重を預け、虚空を眺める。
「……くそったれ」
呟く。
どうすればいいか、と考えた。もちろんあの少女のことだ。
どこの国から来たかは分かった。私の単車でならそう遠い距離ではない。半日もかからず到着する。そこへ帰してやるのは簡単だ。国境付近で撃たれるかもしれないが、瞳に撃ち込まれない限り、弾丸ごときで私は殺せないだろうし、入国せず、その近辺で彼女を放り出してもいい。
また、仕事で行く国で売り払ってもいい。傷さえ治り、またもう少し栄養のある食事を摂れば、どこへ出しても恥ずかしくない容貌だ。高値がつくだろう。その後で彼女が何をさせられるかは知らないが、それは私とは関係のない話だ。
しかし、と思う。
別に、いまさら人間一人を殺したり、絶望の底に突き落とすことに抵抗があるわけではない。ただ、なんとなく、心のどこか奥の方に、そうはしたくない、という思いがあった。
しかし、だったらどうしたらいいのだろうか。どこかの孤児院にでも預けるか。しかし孤児院というのは体のいい奴隷小屋のようなものだと私は認識している。あそこの子供たちは皆一様に暗い目をして世界を睨んでいる。あれでは生きているのか死んでいるのか分からない。
ふと、以前に読んだある書物の台詞を思い出した。題は思い出せない。
「不幸に引き受け先はない」
声に出したことを後悔した。陰鬱な言葉だった。
私はまたため息を吐き、机に片肘をついて思考を再開する。
不幸に引き受け先がないとしたら、あの少女の行き場所はこの世界にはないだろう。彼女の生い立ちを聞いて、幸福だというものはいまい。どこかの神父が、生まれてきただけで云々というかもしれないが、神は生が幸福だとは言っていない。
どうすればいいか、ともう一度考える。食べてしまおうか、とちらと考えたが、私が言うと笑えもしない冗談だ。
まだ、彼女は眠っているだろう。クッキーを知らなかった、あの少女は。
満腹による空腹など味わったことがあったのだろうか。どんな夢を見ているだろう。甘いお菓子の夢か、あるいは過去の悪夢か。それとも、自らの行く末を憂いているのだろうか。
彼女の人生は一体どんなものだったのだろうか。地獄の日々だっただろう。それは、常に辛酸を浴び続けるような、永劫の責め苦を受けるような、魂を抉られていくような、そんな日々だったのだろうか。
彼女が「私は人間です」と言った時の顔が思い浮かんだ。迷ったような、不安そうな、心細げな顔。頭を振って、すぐにそれを打ち消した。
「くそったれ」
知らず、また呟いていた。そして奥歯を噛み締めていた。
誰に対しての悪態だったのか分からない。憤りの言葉への返答は、部屋のどこにも落ちていなかった。
ただ、本当は一つ思い付いていた。
それはとても簡単なことだ。少なくとも、言葉の上では。
しかし同時に、おぞましいことでもあった。その動作の主体が私であるということが、その思い付きがおぞましい最たる理由だ。
私が彼女を引き取ればいい。
笑ってしまった。私は何を思っているのだ。
子を育てるというのは決して簡単なことではない。経験も無論ない。
自分にその資格があるとも全く思わない。真逆だ、と思う。人に誇れる立派な生き方はしていない。
なんとも馬鹿げた考えが浮かぶものだ。子供とはいえ素性の分からない人間を勝手に自分の家に置こうというのだ。どうかしている。
ありえない。
「ありえない」
そうごちて、私は目を閉じた。
………………………………
………………
……
本当にありえないことだろうか。
私は目を開けた。見える世界に変わりはなかったが、昨日以前とは違って、向こうの寝室には見知らぬ女の子が寝ているのだ。
私は彼女を殺したくなかった。直接的であれ間接的であれ嫌だった。
あんなに美味しそうに、幸せそうにご飯を食べる少女を絶望させたくなかった。
思えば、玄関に彼女が座り込んでいた時、先ほどの食事の時からは想像もつかないほど、彼女の瞳は濁っていた。驚きに目を見開きながらも生気が失せた表情だった。
少女の姿をした妖怪かと疑って、鎌をかけるために、思い切り腕を振った時も彼女の行動は遅かった。
普通、私と相対してその手が振るわれたら、すぐに怯えて身を縮める。しかし彼女は一拍遅れて悲鳴を上げた。呆然とこちらを見て、思い出したように悲鳴を上げた。疲労で体が動かなかったとすればそれまでだが、少しそれとは具合が違うように思えた。
彼女の身体に、いうなら、絶望の鎖が巻き付いていたのではないか。それが彼女の動きを鈍らせた。生きようとする意志の働きを遅らせたのだ。
偉そうなことを考えている、とは自覚している。
しかし、自分が上等な存在だとは思わないが、それでも――少女の暗い瞳を、肯定したくはない。
絶望に塗れた世界を、肯定したくはない。
私は立ち上がった。部屋を出る。
「子供用の服なんて、一着もないだろうな……」
私は箪笥を探り始めた。
やわらかくてあたたかい。
それはとても幸せな気持ちで、私はもう一度目を閉じそうになった。けれどすぐに気付いた。
ここはどこだろう?
よく思い出せない。何をしていたのだっけ?
順に記憶をたどって、思い出した。私はきれいな女の人の家に入れてもらって、とてもおいしい料理をごちそうしてもらって、クッキーを食べて、紅茶を飲んで――
「寝ちゃったっ!?」
すっとんきょうな声を上げて、とびおきてしまった。のうみそが急に晴れていく。やってしまった。あそこでは、居ねむりはおこられた。たたかれた。
おこられる……!
ドアを開けようとしたけれど、ふるえて力がうまく入らない。かたかたとなる指先がとてもいやだった。おこられる。怖い。
左手を右手にかぶせて、ぐ、と力をこめた。むりやりドアノブをつかんだ。あける。
そこはさっきご飯を食べた広間だった。女性は見当たらないけれど、こもれ日のさす大きな窓が開けはなたれていて、白いレースのカーテンが揺れている。その向こうに、木で作られたかんたんなデッキが見えた。
近付いて、よく見てみると、女性はそこにいた。手に小さな、子ども用の服を持っている。黒と白のかわいいエプロンみたいな服だった。それを広げて、ぱんぱんと叩いている。ほこりをおとしているのだと思う。
どう声をかけたらいいか困っていると、彼女がこちらに気付いた。
私はびくりと背すじをこわばらせたけれど、女性は少しだけ笑いながらこっちに来た。デッキ側から、大きな窓のサッシに手をかける。もう片方の手にはエプロンドレスがある。
「よく眠れた?」
「ご、ごめんなさい、居ねむりしてしまって」
「構わないよ。眠い時は寝ればいい。ところで……」
「は、はい」
女性はしせんを落とした。何かかんがえていた。
私はきんちょうしたまま待っていたから、長く感じた。彼女は顔を上げた。
見つめられて、私は目をそらさずにいられなかった。何でか、顔を見つめられると恥ずかしい。きれいな人に見つめられると、自然とそうなるのかもしれなかった。
何を言われるんだろう。
「君に帰る家はあるか?」
「いえ……」
「では、君に行く当てはあるか?」
「いえ……」
「では、これからどうしたい、という希望はあるか?」
「…………い、え」
最後、答えにまよってしまった。
ここにいたい。
なんて答えられない。そう答えたら、この女性だっていいかげんにおこるだろう。
私はうつむいた。彼女の顔は見えない。
けれど、そのとき、彼女が息をすっとすうのが聞こえた。
じかんが止まったみたいに、世界がしーんと息つぎをやめた。私と、彼女しか。二人しかいなくなったみたいだった。とても不思議な感じで、私はさそわれたように、夢を見ているように顔を上げた。
目があい、彼女のやさしくて、けれどどこかするどい瞳をじっとのぞきこんだ。まるで、世界といっしょに、しんぞうもとまるみたいだった。
音がしない。
けれど、こきゅうは聞こえている。
「ここで私と暮らさないか?」
隣で少女がすーすーと寝息を立てている。愛らしい寝顔だった。安心しているのか、少し涎が垂れている。苦笑しながら拭ってやる私の影がランプに照らされ、ゆらゆらと揺れていた。
私は寝台で彼女の頭を撫でながら、頭を悩ませていた。
彼女の名前をつけなければならない。
いくら希望を尋ねても「美鈴さんがつけてください、お願いします!つけてほしいんです!」としか言われなかったので、私が考えることになった。気が重いがしかし、心のどこかで喜んでいる自分もいた。
姓名判断の本を引っ張り出して、サイドテーブルに置いたのだが、途中で考えを改めて放り出してしまった。せっかく私が名付けるのだから、最初から自分で考えるべきだろうと思ったのだ。
沈黙。
「……思いつかない」
寝台から抜け出てお茶を飲みながら考えようかと思ったが、隣の少女を見るとそれも憚られた。
しょうがなく、寝台脇の窓のカーテンを開け、空を見た。小さな窓から月が見えた。
「……十六夜の月か」
十六夜。
ためらうように空に昇ってくることからその名がついたといわれる月だった。
「十六夜……名前向きじゃないな」
ふと窓から視線を外し、少女の寝顔に顔を近づける。
見れば見るほど白い肌だ。雪を敷きつめたように、穢れのない白だった。
花に例えるなら、凛とした百合の花。孤高の純潔の象徴たるあの花だろう。
「百合……か?でも花の名は短命になると聞くしな……」
呪文のように、ああでもないこうでもないと呟く。
それでも決まらず、また彼女の頭を撫でる。これはなかなかいいものだった。温かい気持ちになる。
この少女は、私にとっての何なのだろう?
色素の欠落した白磁のような肌を見つめながら思う。
こんな気持ちになるのは初めてだ。長い生涯で初めてだった。
思えば私は、ずっと、生まれてからずっと、修羅の中で生きてきた。殺して、屠って、糧としてきた。獣とそう変わらない生き様だ。
だから迷った。少女を引き取ってもいいのかと。私のような血塗れの者が、無垢な少女を囲っていいものかと。
だが結局は、ともに生活することになってしまった。決定は彼女に委ねたとはいえ、私が彼女の返答に肯定を求めていたことは疑いようがない。
私は彼女が欲しかったのだ。
薄汚い猟犬たる私は、クッキーを嬉しそうに食べる彼女の笑顔にほだされてしまったのだろう。あれほど素直な笑顔を私は見たことがなかった。彼女の過去を推測できるからこそ、その笑顔が繊細な硝子細工のように見えたのだ。
ずっとそばで護りたい、と思ってしまったのだ。
彼女は花だ。純潔の花。
私の往く漆黒の夜に咲いた、あまりにも美しい花なのだろう。
「夜に咲く花か。……咲夜。うん、悪くないな」
少女の名前は、咲夜。
私の名前は、紅美鈴。
「……ふふふふふ」
思わずにやけて声が出てしまった。
はっとして口をつぐんだけれど、美鈴さんはもう眠ったようだった。
美鈴さんに撫でてもらえるのがうれしくてうれしくて、何とかねむらないようにがんばっていたら、美鈴さんは私の名前を決めてくれた。
「……さくや。さくやちゃん。さくやさん」
顔がまたにやけた。きれいな名前だ。すっかり気に入ってしまった。
明日からそう呼んでもらえると思うと、しあわせで死んでしまいそうだ。
そういえば、今日はほんとうに死ぬところだったんだと思い出した。
でも、なぜだかいまは、温かいベッドで、この世界で一番やさしいひとと、美鈴さんといっしょにねむっている。
不思議だ。
「でも…………」
不思議だけれど。一つたしかなことは。
「…………しあわせ…………」
そして、私は――さくやはねむった。
二人の旅が、はじまった。
この先で何があるのか楽しみです
続いて欲しいです!!
さぁ早く続きを書くんだ!!
いや書いて下さい!!
続き期待
ハヤクツヅキヲカクノデス!!
物凄く惹きこまれました。
続き、楽しみにしています。
是非、続きを!
……ああ、すまない。君たちにとっては明日の出来事か。
いや、もっと先だったかもしれないな。
その日がきたら、また読もう。
コゼットに感じたあの想いを今なら言葉に表現出来る。そう、それは〝薄倖の美少女萌え〟
ぶっちゃけお話のつくりはあざといと思う。咲夜ちゃんの描写は卑怯の一言。
だが、彼女に仇なす全ての者に俺の呪いが炸裂することは確定事項となった。
OK。とことん付き合うぜ、作者様。
ごめんなさい調子のりました。続けてください
続きに期待!
問題だ!
まぁなにはともあれさくやかわゆす
そして、なにも問題ありません!!
充分面白いです!!
ただ、厳しいことを言わせてもらうと、世界観や設定に現実味が全く感じられませんでした。シリアス以外ならばこういったことは気にしないのですが、この作品はシリアスで世界観や時代背景などはやはり重要だと思いますので、どうしても厳しく見てしまいます。
まず科学のレベルがごちゃ混ぜであること、美鈴がバイクに乗っている時点でこの世界観の時代は20世紀前半以降である事がほぼ確定すると思います。
車などの発明はもっと早いと思いますが、その後にバイクが世に出るのも、それが美鈴のような裕福でない人物が手にできるくらい価格が下がるのもだいぶ後です。むしろ20世紀半ば以降くらいになるのではないでしょうか。
にも関わらずまだ人間が妖怪の存在を認識しているのが、なんの説明もなく書かれているのは非常にいただけません。妖怪がオカルト的なものであればその時代のにはもう恐れられていないでしょうし、妖怪が生物(つまり心臓や脳が在りそれを破壊すれば死ぬ)のであればその時代には全滅させられてもおかしくないように思えます。
そして文中には「最近、人間たちは、妖怪を畏れなくなってきている。」「低級な妖怪なら数人で囲んで、マスケット銃の弾丸でも心臓に命中させられれば、殺せるだろう。」とあります。
つまりこの作品の科学水準は20世紀程度であるのに、最近人間が妖怪を恐れなくなり、その代表例としてマスケットで妖怪を倒せる、としています。マスケットは確か15世紀以前に戦場に出始めたものなので、
「最近、人間たちは、妖怪を畏れなくなってきている。」という文がおかしくなります。15世紀に低級であれ妖怪を殺せるようになれば「数百年前から人間は妖怪を恐れなくなってきた。」というほうが妥当ではないでしょうか。
また、マスケットをバイクが出回ってる時代に使う表現方法にされてはやはり違和感を感じてしまいます。普通に機関銃とか手榴弾などの表現のほうが自然になるのではないでしょうか。
とにかくバイクが癌だと思います、バイクを馬にするだけでほとんどがすっきり解決してしまいます。15世紀に妖怪がいてもおかしくないし、マスケットの登場で人が妖怪を上回り始めてもおかしくないですし、馬とマスケットも普通の組み合わせです。
後、黒人の軍事大国が白人の大国のそばにあることについてです。20世紀前半から中期にかけてそんな国はないわけですからやはり違和感を感じる、「おいおい、いきなり史実に例がない画期的な国家が誕生したよw」と思いましたね。
当然パラレルワールドで史実にない国を舞台にしてもいいけど、そういう作品ってほとんどその国の成り立ちや歴史、現在の状況なんかが詳しく記載されていると思います。
しかし、今作ではあまりにその説明が足りない、黒人の移民が流れついて作った国となっていますが、普通そんな国を作るスペースなんて残ってないですし、奴隷制を採用し100年遅れた文明(これは比喩でしょうが)にも関わらず軍事大国である(軍事技術においては他の大国と同じ技術力を保っている。)のもおかしい。
その国の説明をするたびに説明不足で逆に矛盾が増えていっています。実際に何らかの国の歴史をもとにしてもっと説得力のある国よ時代の設定をねって欲しいです。
しかし、それ以上にこの物語の続きが気になるのでシリーズ続編が楽しみです