…ピンポーン
「あれ?おかしいわね…」
緑の髪に大きな赤いリボンをつけた少女、鍵山雛は、扉の前で腕を組んだ。
「にとりったら、ひょっとして寝てるのかしら」
今日は雛がにとりの家に遊びに来る約束をしていた。新しい発明品がもうすぐ出来るということで、そのお披露目をしたいということだ。
しかし、呼び鈴を鳴らしても応答が無い。徹夜で作業した揚句に寝てしまったのだろうか。
―ガチャ…
ドアノブに手をかけると、鍵は開いていた。
「あら、鍵が開いてる、不用心ね。にとり、入るわよ~」
そう言ってにとり宅の扉を開け、中に入ろうとすると
――ズドボカーン!!
「!?」
家の中から大きな爆発音が聞こえた。
「にとり!?」
雛は慌てて中に駆け込む。
もしかして作業中に事故?大怪我しているんじゃないか?
次々と出てくる悪い想像をかき消すためにも、とにかく大急ぎで行く。
「げほっごほっ、すごい煙…」
先ほどの爆発の影響か、家の中には白い煙が充満している。
身を低くしながら、ようやくにとりの作業場までたどり着いた。
「誰かいる…にとり?」
家の中でも特に煙のたちこめる作業場。やはりここから煙が出ているようだ。
その煙の中にシルエットが二つ。すらっと背の高いシルエットと、小さなシルエット。
どちらも、にとりとは体格的に似ていない。
「あら、お客さん?」
雛の存在に気づいたらしい。
二つのシルエットの大きな方が、雛に近づいてきた。
近づくにつれ特徴が良く分かってきた。長い髪、その色は金、紫の服、手には扇子を…
「あ、あなたは!?」
「どうも、八雲紫よ」
「ど、どうしてあなたがここに?」
妖怪の大賢者、八雲紫。この幻想郷の管理者の一人である。
常に神出鬼没で、会おうと思って会える相手ではない。そんな妖怪が目の前にいる。
驚き目を丸くする雛に紫は
「驚いてるとこ悪いけど、とりあえず換気するわね」
そう言って、空間に亀裂、スキマを作り出し、煙をどんどん吸い込ませていった。
「そうだ、にとりはどこ?」
はっと我に返った雛は、にとりの居場所を聞く。何故かこの家にいた紫ならば、どこにいるか知っているかもしれない。
「あ、ああにとりね…それは…」
急に言葉が詰まりだし、目をそらす紫。
しかし不審そうな顔をする雛にじっと見据えられ、観念したようにはあ、と息を吐く。
「あの子よ…」
「あの子?」
そう言って紫は、まだ煙に隠れているもう一つの小さなシルエットを指した。
「何の冗談よ、にとりはあんなに小さく…」
そう、小さくない、筈である。にとりは雛よりも背が低いが、シルエットは3歳児程度の身長しかない。
それがにとりの訳が無い、筈なのだ。
筈なのだが…
「あ、あれって…」
次々と煙がスキマに吸い込まれて、晴れてくる。小さなシルエットの特徴も分かってきた。
青い髪に青い目、ツインテール。ぶかぶかだが、にとり愛用の帽子をかぶり、さらにはにとり愛用の上着がその小さな体を覆っている。
間違いない、あれは……にとりだ。小さくなったにとりだ。
雛は絶句した。
「…どういうことですか?」
小さくなったにとりの元まで移動して、雛は紫の方を見た。
一方にとりはというと、雛と紫の周りできゃっきゃとはしゃいでいる。見た目だけでなく精神的にも幼くなってしまったようだ。
「え、えーとね…その…あはは…」
「どういうことですか!?」
「はいっ!」
冷や汗をかきながら目をそらし愛想笑いする紫。
雛がもう一度強く問い詰めると、びしっと体を強張らせて大きな声で返事をした。
「最近にとりが発明をしてたの、あなた知ってる?」
「ええ、まあ」
知っている。その発明品を見せてもらうためにお呼ばれしていたのだ。
「その発明品なんだけどね、わたしのスキマとにとりの技術を組み合わせた、時間逆行マシーンっていうものなのよ。発案者はわたし」
「時間逆行マシーン…」
紫の言ったその名を、復唱するようにつぶやく雛。
それと同時に、嫌な予感がする。その名前的な意味で。
「で、この機械なんだけど、要はわたしの能力を組み込んで時間をあやふやにして…」
「もういいです、分かりました」
大体理解した。つまりその時間逆行マシーンとやらで
「にとりを実験台にして、こんな目に!」
「ち、違うのよ!」
怒る雛を前に、慌てて弁明を始める紫。
「予定ではにとりの作った模型を実験台にするつもりだったのよ。模型が部品に分解されていれば時間逆行成功!ってことだったんだけど…
それに、生き物に使うつもりなんてなかったし」
確かに時間逆行マシーンの近くに家の模型がおいてある。
紫の表情を見るに、たぶん本当なんだろう。
「実験しようと思ったら、機械が暴走しちゃってね」
「にとりで時間逆行が成功してしまったと」
「そうなのよ」
雛は納得した。さっきの爆発音は機械の暴走か。
わたしが来るころになってもまだ実験が終わっていなかったってことは、相当慌ててたんだろうな、と思いながら
「で、どうやってにとりを元に戻すんです?」
「…さあ?」
雛の問に、軽く両手を広げて答える紫。
「さあって…もしかして」
「ええ、元に戻す方法なんて知らないわ」
「…………」
再び絶句する雛。そして、にとりの方をちらっと見た。相変わらず雛と紫の周りではしゃいでいる。
元に戻らない…ちっちゃいまま…
「本当に元に戻らないんだったら、あなたのこと一生祟りますよ?」
言い方は穏やかだが、言っていることはかなりきつい。厄神様直々の祟りなんて、効果は大きそうだ。冷やかな目線がより恐怖感を与える。
そして、雛の周りには、厄いオーラがたちこめ始めている。
流石の紫も、これには参ったようで
「ちょ、ちょっと待って!元に戻すアイデアはあるのよ!」
「アイデア?」
紫の言葉に、冷ややかな目を元に戻す雛。
しかし厄いオーラは消えていない。ろくでもないアイデアだったらただじゃ済まさない、というサインである。
「わたしとにとりで作ったのが時間逆行、ならその逆もできないことはないわ」
「あ!」
スキマの力で時間をあやふやにして、逆行させる。ならばその逆もまた然り、という訳である。
「機械組み立てもわたしならできるわ。大体はにとりの作った時間逆行マシーンと構造が同じだし、機械作りと式設定には似たところもあるから、
応用させられる」
希望が出てきた。にとりを元に戻せるかもしれない。雛は周囲の厄いオーラを引っ込めた。
しかし紫は、まだ問題ありげに、手を口元にもっていってうーんと唸る。
「どうしたの?」
「ええ、一つだけ問題がね…」
「協力できることならなんでもするわ!」
「あらそう、じゃあ」
紫は近くにいたにとりをひょいっと持ち上げて
「完成するまでこの子の世話をお願い」
「ええ分かったわ…って、え?」
今紫はなんて言ったか、雛に聞き間違えがなければ…
「だから、機械が完成するまでこの子の世話をしてあげてほしいのよ」
「ええ!?」
「だって、わたしは作業で手が離せないし、わたしの式にも作業を手伝ってもらうから、あなたしかいないのよ。大丈夫、一日もあればできるから」
「わ、分かったわ…」
一日とはいえ、まさか小さなにとりの世話をすることになるなんて思ってもいなかった。嫌とは思わないが、困惑してしまう。
そうして、紫からにとりを渡された雛は、にとりを抱っこしてあげる。
「ひなおねーちゃん!」
雛と目を合わせたにとりは、にっこり笑ってそう言った。どうやら、幼いながらも雛のことを覚えているらしい。お姉ちゃん扱いではあるが。
だた、雛にとってそんなことはどうでもよかった。もっとシンプルにして重要なこと。
(か、可愛い…ものすごく可愛い…)
にとりのあどけない、にっこり笑顔。雛の心をつかむにはそれだけで十分だった。
いつものにとりの笑顔も好きだが、今のにとりの笑顔も
(何かこう…ぐっとくるものがあるなあ…)
「にやにやしてどうしたの?」
どうやら思いっきり顔に出てしまっていたらしい。紫が尋ねてくる。
「な、何でもないわ」
「そう。じゃあわたしはこれからここで作業するわ。悪いけど、集中したいから世話は別のところでお願いね」
「そう、分かったわ」
仕方ないから自分の家に帰ろうとする雛だが、ここで一つ気になることが出てきた。
「ねえ、どうして時間逆行マシーンなんて作ろうと思ったの?発案者はあなたなんでしょ?」
「うーん、そうねえ…」
そう言って目を上に遣り、ちょっと考える紫。
「強いて言うなら、暇だったから、かな」
「暇…」
ただ暇つぶしのためにあんなもの作ったのか、それに巻き込まれてにとりはこんな目に遭ったのか。
色々と思いが巡り、本当に祟ってやろうかとも考えた。100年くらい。
だが
「えへへ、ひなおねーちゃん♪」
にとりの可愛さに免じて、許すことにした。
雛宅への飛行中、幼くなった影響かにとりが飛び方を忘れてしまったため、雛が抱っこして飛んでいるのであるが
「うう~こわい~」
にとりは雛に思いっきりしがみついている。
幼くなって飛び方を忘れたのとともに飛ぶ感覚も忘れてしまって、ただただ怖いようである。
(ああ~可愛いな~)
若干目を潤ませて怖がるにとりには悪いが、雛はこんなこと考えていた。
(一日とは言わず、もっと世話をしてあげたいなあ…って、いけないいけない)
雛にとっては良くても、幼くなってしまった張本人のにとりには実に由々しき事態である。
一刻も早く元に戻った方が言いに決まっている。
(でも…可愛いなあ…)
「お、おねーちゃん!まわっちゃだめ!きゃ~~!」
「あ、ごめんごめん!」
可愛さに見惚れていたら、無意識のうちに回っていたようだ。
空を飛びながらぐるぐる回る、さしずめジェットコースターである。なかなか怖いだろう。
「も~しっかりしてよ~」
そう言ってふくれっ面するにとりを見て
(こんなにとりも可愛いな~)
すっかりメロメロな雛であった。
おっとまた可愛さに見惚れるあまり回ってしまいそうだった、危ない危ない、と気をとりなおす。
(それにしても、にとりの服どうしようかしら)
3歳児ほどの体格である現在のにとりに合う服はにとりの家には無かった。
しかたないのでにとりが普段着ている青い上着をかぶせてあるだけだ。
雛も子どもサイズの服は持っていないので、雛の家に着いてもどうしようもない。
(まあいっか。明日までだし)
紫は一日で元に戻す機械を作れると言っていた。それを信じて待とう。
言葉通り、無い袖は振れないので諦めるしかない。にとりにはぶかぶか服で我慢してもらおう。
(ぶかぶかと言えば、この帽子だけは離そうとしなかったわね)
子どもにとりには到底かぶれない帽子。しかしどうしても手放そうとせず、持ってきてしまった。
そういえば以前お気に入りの帽子と言っていたような気がする。それを憶えているんだろう。
そんなことを考えていると
――びゅうう!
「きゃ!」
「わ!」
突風が吹いて、バランスを崩しそうになってしまった。
幸いにとりは雛にしっかりとしがみついていたので大丈夫だったが
「あ~わたしのぼうし~!」
にとりが帽子から手を離してしまったようで、帽子は風に乗りながら落ちていってしまった。
「ああ…」
大切な帽子を落としてしまい、肩を落とすにとり。
「大丈夫よ、探しに行きましょ」
そんなにとりを励まし、雛は帽子が落ちていった方へと降りていった。
「無いわね…」
「ないね…」
着地した場所に間違いは無いはずだ。確かにこのあたりに落ちていったはずである。
しかし見つからない。
「うう…ぼうし…」
がっくりと肩を落とし、泣きそうになるにとり。
「ねえ、あの帽子ってそんなに大事だったの?」
お気に入りなのは前から聞いていたが、そこまで大切に思っていたのか。いくら幼くなっているとはいえ、泣きそうになるくらい。
雛の問に、にとりは大きな声で答える。
「とってもだいじだよ!だって…」
「だって?」
「あのぼうしはひなおねーちゃんとおんなじ色だもん!」
「え?」
一瞬どういう事か理解できす、あっけにとられた顔をする雛。
一方にとりは、顔を赤くしながら話を続ける。
「ひなおねーちゃんのきれいな髪とおんなじみどり色!ひなおねーちゃんに会ってからのいろんな思い出がつまった、たいせつなぼうし!」
大きな身振り手振りをしながら話すにとりに、雛は顔を真っ赤にしてしまった。
今のにとりは心も体も幼いが、その中に残っている考え方、想いは幼くなる前と同様である。
つまり、今にとりが喋っていることは、間違いなくにとりの想いである。
「じゃ、じゃあ絶対に見つけようね!」
「うん!」
思わぬ形でにとりの想いを聞いてしまった雛は、顔を赤色に染めつつ再び帽子を探し始めた。
またあちこち見回って探していると、突然後ろから声をかけられた。
「あ、雛さん」
「あら椛」
白狼天狗の椛だった。おそらく哨戒任務の途中なのだろう、きっちり剣を腰に下げている。
しかしその手には、どう考えても哨戒任務には必要ないであろうものがあった。緑色の帽子。
「これってにとりの帽子ですよね?落ちてたので拾ったんですけど」
「「あ!」」
雛とにとりは同時に声をあげた。
探していた大切な帽子は、椛が拾っていてくれたのである。
「ありがとう椛!」
「ありがとう!」
二人に感謝され、たまたまですよ、と照れくさそうに帽子を渡す椛であったが、ここでさっきから気になっていたことが一つ。
「ところでこの子は…」
と言いかけて、言葉が途切れる。そして雛と幼い少女の顔を交互に何度か見る。
「おめでとうございます!」
「え、なに!?」
突然そう言って、深々と頭を下げる椛。雛は訳が分からなかった。
しかし次に椛の口から出たのは、驚くべき言葉だった。
「いや~驚きましたよ。まさか貴女とにとりの間に子どもがいたなんて」
「え、いや、ちょ…」
思いっきり勘違いされてしまった。いやいやそんなこと本当にあるならあってほしい、じゃなくてそんなことあるはずがない。
慌てて説明しようとするが、椛はどんどん一人で話してしまう。
「それにしても水臭いじゃないですか。子どもがいるんなら教えてくれたってよかったのに。
はっ、まさか神様と河童という身分違いから世間体を気にして…わたしは全然気にしませんよ!思う存分幸せになってください!」
「いや、違…」
勘違いはあらぬ方向へと進み、勝手な想像までされてしまった。
何とかして話を遮ろうとするが、興奮した椛は止まらなかった。
「それにしてもにとりにそっくりな子ですね。まるでにとりがそのまま小さくなったみたいだ」
しめた、雛はそう思った。
「そうなのよ!実はかくかくしかじかで、にとりがこんな姿になったのよ」
椛の言葉にかぶせて、にとりがこうなった経緯を説明する。にとりと紫の共同開発とその失敗、にとりの幼児化、
そして自分が世話をすることになったこと、それらすべてを話した。
とりあえず説明できた、これで誤解も解けるだろうと雛は安堵した。
すると椛は両手を雛の両肩に置き、真面目な顔をして
「雛さん、どうしてそんな嘘をつくんです!?ひょっとして本当に世間体を気にしてるんですか?
だったら大丈夫、誰にも喋りません。隠しごとなんてつらいでしょう?だからわたしには正直に話してください。友達として力になります!」
「だから違うんだってば~!」
誤解は全く解けていなかった。どうにも椛は真面目すぎたようである。よくよく考えれば、体が子どもになってしまうなんて普通ありえないのだからしかたない。
雛は困り果ててしまった。誰でもいいから助けて、そう願っていると上空から声が聞こえてきた。
「あやややや?これはどういった状況でしょうか?」
鴉天狗の射命丸文が、そう独りごちながら降りてきたのである。
ひょっとしたら助かるかもしれない、というか助かりたい。雛は切実に願っていた。
一方、文は雛とその隣にいる幼い少女を交互に何度か見て
「おめでとうございます!」
「貴女もか!?」
深々と頭を下げる文に、雛はそう言うことしかできなかった。
「いや~まさか雛さんとにとりさんに子どもとは…」
「文さん、実はこのことは色々あって秘密なんです。ですから記事には…」
「あやや、そうなのですか。分かりました、このことはわたしの心の中にしまっておきましょう。ふむふむ秘密の愛の結晶か…」
「絶対に記事にはしないでくださいよ!絶対ですからね!」
勝手に盛り上がる天狗二人を前に、雛はどうすることもできなかった。
何かきっかけはないか、この状況を打破するきっかけは。頭の中で考えを巡らせていると、きっかけは向こうから来てくれた。
「ところでお嬢さん、お名前は?」
文はにとりにそう質問した。
しめた、雛は再びそう思った。ここでにとりが「わたしのなまえは河城にとりです」と答えてくれれば、さっきの椛への説明にも説得力が出る。
しかし、現実はそう上手くは運んでくれなかったのである。
「わたしのなまえは河城『ひ』とりです」
噛んでしまった。肝心なところで、にとりは思いっきり噛んでしまった。
「にとり」のアクセントはそのままに、「に」を「ひ」と聞こえそうな音で声にしてしまったのだ。
「あ、まちが…」
「なるほど、雛さんとにとりさんを合わせて『ひとり』ですか。河城ということは、鍵山雛改め河城雛さんということですね」
にとりは訂正しようとするが、文がどんどん喋ってしまうためタイミングを逃してしまう。
誤解を解くきっかけを失ってしまい、もう雛は半分諦めかけていた。
いっそのこと本当に自分とにとりの隠し子ということにしてしまおうか。「河城雛」いい響きかもしれない。
すっかり脱力してしまった頃に、救いの手はやってきた。
「悪いけど、そこまでにしてあげてくれないかしら?」
「え?」
「あ、あなたは!?」
見上げると何も無いはずの空間に亀裂が入っていた。
「どうも、八雲紫よ」
その亀裂からひょっこり顔を出し、挨拶する紫。
椛と文は驚いて言葉を詰まらせてしまった。そんな二人を前に、紫は話し出す。
「勘違いしてるみたいだけど、その子は正真正銘河城にとりなのよ。かくかくしかじかあってね」
にとりが小さくなってしまって、雛が面倒をみることになった経緯の一切合切を説明した。
ようやく味方が現れ、雛はほっと胸をなでおろした。
「妖怪の大賢者の名にかけて、これは本当のことよ。信じてほしいわね」
「貴女がそこまで言うんだったら…」
「分かりました、信じます」
大賢者の二つ名までかけた効果もあり、二人の誤解はようやく解けたようである。
そして椛と文は雛の方を向いて頭を下げる。
「「早とちりしてしまってごめんなさい」」
「いやいや、分かってくれたのならいいのよ」
声をそろえて謝る二人に、雛は少し困ったように答えた。
勘違いされてしまって焦ったけれども、解決したのでもう問題ない。そもそも、子どもになってしまったのだろうと考えつく方が不自然で、勘違いも致し方ない。
「ではわたしは哨戒任務に戻ります。あ、でもその前に…」
そう言うと、椛はにとりの腰のあたりを両手でつかんで
「ほ~らにとり、たかいたかーい」
「わ~」
たかいたかいをしてもらって、にとりは嬉しそうにはしゃいでいる。
椛はにとりを降ろしてあげると
「ははは、にとりにこんな事してると思うとなんだか可笑しいですね。では哨戒任務に戻ります」
軽く笑って、飛び立っていった。
一方残った文は
「ふ~む、『妖怪の大賢者の大失態!?子どもになった河童!』とでも題うてば面白いでしょうか…」
「あら、そんなことすると『鴉天狗記者謎の失踪!』って翌日の一面に踊ることになるわよ?」
文のつぶやきに紫が速攻で返した。
「わ、分かりました!スクープは別をあたりますよ!それでは!」
脅しをかけられて参ってしまい、文は逃げ出してしまった。
残ったのは雛とにとりと紫である。
「ふう、何となく様子を見に来て正解だったわね」
「おかげで助かったわ。ありがとう」
紫が来てくれていなかったら、あのまま雛とにとりの間に子どもがいることになってしまい、鍵山雛は河城雛になっていたかもしれない。
「そういえば、にとりを元に戻す機械を作ってたんじゃないの?」
「それなら大丈夫。今は式に任せてあるから安心して、河城雛さん」
「なっ!?」
からかうように言う紫に、雛は顔を赤くしてしまった。
「くすくす、さっきはまんざらでもなさそうな顔してたものね」
「な、何よ!こんなところで油売ってる暇があったら、早く作業に戻ってよ!」
「はーい、分かりました」
真っ赤な顔で照れ隠しする雛と、面白そうにまたくすくす笑う紫。
そんな二人をよそに、にとりはきれいな花を見つけて実に楽しそうにしていた。
「はー疲れた…」
ようやく雛は自分の家まで帰ってきた。
にとりの家から雛の家までは20分も飛べば着く距離だが、途中であんなことがあったために疲れてしまった。
体力的というよりむしろ精神的に。
「嫌な汗かいちゃったな…そうだ」
雛はにとりの方を向いて
「ねえにとり、これからお風呂に入らない?」
「うん、入るー」
とても良いお返事だった。
こうして雛とにとりはお風呂場へ移動した。
「椛じゃないけど、なんだか可笑しな気分ね」
にとりと一緒にどぶんと浴槽に浸かって、雛はそうつぶやいた。並んで二人も入れるほど大きな浴槽ではないが、今のにとりは小さいので大丈夫だ。
自分の横で気持ちよさそうにしているにとりをちらっと見て
「一緒に入った事ならあるけど、今の貴女は小さい子どもだものね。ちょっと新鮮かも」
ふふっと笑いをこぼす。そして、あっそうだ、とあることを思いつく。
「にとり、ちょっとこっちに来て」
「ん、なーに?って、わわ」
雛はにとりをつかんで引き寄せると、そのまま背中を向けさせて自分の膝の上にのせた。そして後ろから抱きついた。
「わー、ひなおねーちゃんふかふか~」
「あら、ホントに新鮮かも」
この場合、普段のにとりなら恥ずかしがって逃げだそうとする。しかし今のにとりは逆に楽しそうにしている。子ども故に素直なのか。
(元に戻ったらまたやってあげようかしら)
本当に素直な気持ちでは嬉しいのなら、普段逃げようとするのはただの照れ隠しかもしれない。ちょっと強引にやってみたら面白いかも。
そんなことをぼーっと考える雛であった。
「気持ちよかったねーにとり」
「ねー」
まだ湿り気の残る髪をタオルで拭きつつ、二人は風呂場を後にした。
あの後、頭の洗いっこやら背中の流しっこやらして、とても楽しいお風呂時間だった。
「ぐ~」
「あら、お腹すいたのね」
リビングまでやってきたとき、にとりのお腹の虫が鳴った。
気付けば夜の六時半、お腹がすくのも仕方ない。
「ちょっと待っててね、すぐ用意してあげるから」
そう言って台所に駆け込んだ雛は、何を作ろうかとちょっと考えた。
にとりはお腹をすかせて待っているので、あまり手間がかかりすぎてはいけない。
それに、今のにとりは小さいので、量が多すぎてはいけない。
「とりあえず、冷蔵庫の中を見てみるか…」
にとり特製の冷蔵庫を開けて中を見ると、作り置きのスープが入った鍋があった。
これなら温めるだけですぐに用意できるし、食べきれない分はまた置いておけばいい。
雛は鍋を取り出して、これまたにとり特製のガスコンロで温める。
「そうだ、あれも出さなきゃ」
スープを温めはじめてから、ふと思い出した雛は再び冷蔵庫を開ける。
中から取り出したのは河童の大好きなきゅうりだ。
「ちゃんと一口大に切っておかないとね」
きゅうりをまな板の上に置き、包丁で小さく切っていく。幼いにとりでも食べやすいようにするためだ。
それに軽く塩をふってやれば、お手軽にきゅうりの塩もみの完成だ。スープも温まっており、夕食の準備ができた。
「ご飯の用意ができたわよ~」
「はーい」
盛り付けた器をリビングに持ってくると、にとりはテーブルの上に置いてあったにとり特製のおもちゃをいじっていた。
小さくなっても機械をいじることは好きなようだ。
「食べる前にちゃんと手を洗ってね」
「わかったー」
にとりは元気よく答えて、台所に向かった。その間に配膳を済ませる。
にとりが戻ってくると、二人は椅子に腰かけ料理を前にし手を合わせた。
「「いただきます」」
きちんと挨拶を済ませて、食事を始めた。
「おいしかったーごちそうさまでした」
スープもきゅうりもおいしそうに平らげて、にっこり笑って手を合わせたにとり。
しかし
「あ、残してるじゃない」
スープが入っていた器には、赤い野菜だけが残されていた。人参である。
「えーだって…」
「ちゃんと残さず食べなきゃだめでしょ。ほら、あーんして」
ぐずつくにとりに、雛は身を乗り出して、残してあった人参をスプーンでさらいそれをにとりの口の前までもっていく。
「あ、あーん…」
逡巡するにとりだったが、最後には観念して口をあけた。雛はそこへ人参を入れる。
苦虫を噛み潰したようにもぐもぐして、なんとかごくんと飲み込んだ。
「ごちそーさまでした」
「はい、よくできました」
嫌いな食べ物も辛抱してきちんと食べたにとりを褒めて、頭をなでなでしてあげた。
えへへ、とにとりは嬉しそうに笑った。
(それにしても、にとりが人参嫌いだって初めて知ったな…小さくなって味覚が子どもの頃に戻ったのかしら。今度たくさん人参を料理に使ってみようかしら)
元に戻っても人参に苦手意識があるかもしれない。ちょっと試してみようと意地悪なことを考える雛と、そんなことは露知らず撫でられて喜ぶにとりだった。
「さて、食べ終わったから歯を磨かないと」
頭を撫でるのをやめ、洗面所に向かおうとする雛。幸い、にとりは雛の家に泊まることもしばしばあったので
にとり用の歯ブラシも置いてあるのだが、問題が一つ。
幼いにとりが、自分で自分の歯をきちんと磨けるかどうか心配だった。
「仕方ない、磨いてあげるか」
そうして、雛は洗面所から歯ブラシをもってきた。
「にとり~今から歯を磨くからちょっと寝ころんで~」
そう言ってにとりを寝ころばせ、膝枕をしてあげる。
「はい口あけて、あーってして」
「あー」
にとりに大口を開かせて、中を歯ブラシでごしごしと磨く。
「はい次はいーってして」
「いー」
今度は「い」の口にさせて、ごしごしと磨く。
歯磨きの際は歯と歯茎の間をしっかりと磨かなければならないので、入念に磨いてあげる。
「はいおしまい。じゃあ口の中ゆすいできてね」
「はーい」
にとりは口をゆすぎに洗面所へと向かった。
雛もまた洗面所へ向かい、歯磨きをした。
(ホントに新鮮な気分ね…)
歯を磨きながらそう思った。にとりにきちんとお風呂に入れ、ご飯を食べさせ、歯を磨いてあげる。まるで自分がにとりを育てているような感じである。
(まあ明日になれば元に戻るし、今日だけならちょっと面白いかも…)
と考えていたところ、ふと思い浮かぶ。
もしも本当に子どもができてしまったら。それもにとりとの間に、女同士とかどうとかいう壁は雛が神様だからというご都合理由で全部吹っ飛ばして、
本当に「河城ひとり」なる子どもができたとしたら…
(いやいやないない)
首をぶんぶん横に振って、今までの妄想を全部振り払った。我ながらなんてしょうもないこと考えてるんだと自分につっこみをいれる。
「…あら?」
ふいにスカートを引っ張られるような感覚がして、はっと我に返った雛。
横を見ると、にとりが雛のスカートをつまみながら
「…コックリ…コックリ」
眠たそうに、頭を下げては上げ下げては上げをしていた。
「ふふふ、良い子はもう寝る時間ね」
雛は静かに笑ってにとりを抱っこし、寝室まで連れていった。
「よいしょっと…」
寝室までにとりを運んで、やさしくベッドの上に寝かしつける。
するとにとりは眠たそうな眼を開けて「ひなおねーちゃん…」と小さな声で呼んだ。
「ん?どうしたの?」
「いっしょにねて…」
「!?」
その一言に、雛にはまるで心臓を撃ち抜かれたかのような衝撃が走った。
にとりが雛の家に泊まる、ないしその逆にしても一緒に寝ることはよくあった。だが、今回は少々異なった条件がある。
(こ、こんな感じにお願いされるのは初めてだわ…)
いつもは「あ、一緒に寝よー」くらいのノリである。
しかし今回のにとりは、暗い寝室に一人残されることの怖さからか、すがるような目で雛の顔を見つめる。
雛にとって反則級の可愛さであり、悩む間もなく答えは決まった。
「いいわ、一緒に寝ましょ」
「えへへ、ありがと」
そして雛はいそいそと寝間着に着換え、明りを消して、ベッドの中に滑り込むように入った。
「ひなおねーちゃん、ふかふか…」
雛の方へとすり寄って、ぎゅっと抱きつくにとり。雛は天にも昇らん気分だった。
するとにとりは何か思い出したかのようにあっ、とつぶやいて、雛の顔を見る。
「ねえ、ひなおねーちゃん」
「なーに?」
「おやすみの、ちゅっ」
その時、雛に電流走る。先ほどの衝撃など比べ物にならないほどの電流だった。
幼いものの、目の前にいるのはにとり。そのにとりにまさかの…
ボン!という音が聞こえたような気がした。
(ああああおおおおちつけわわたしおおちつけけけ)
落ち着け、落ち着け、となんとか心を静めようとするが、逆に心臓の鼓動はどんどん速くなる。
(そそ、そういえばにとりも、ねね寝る前になんだかもじもじしてたような…)
混乱中の頭を一生懸命回転させて思い起こす。
確かに、にとりは寝る前にたまに何やらもじもじしていたことがあった。結局何もしなかったが。
(まままさかひょっとして『これ』をやろうと…)
そこまで考えついたところでまたボン!という音がしたような気がする。
雛の目はすっかり冴え、あたまは完全に覚醒してしまった。しばらく眠れそうにない。
「…すぅ…すぅ」
そんな雛にはまったく関せずといった様子で、にとりは可愛い寝息をたててぐっすり眠っていた。
翌朝、台所。雛は朝食の用意をしていたが、その顔は少し疲れているようだった。
起きて、顔を洗い、歯を磨き、着替えをして今に至る。その間、昨夜と同じようににとりの歯を磨いてあげたりと世話をしたが、
疲れているのはもっと別の理由である。
「うう…結局あんまり眠れなかった…」
あの後なんとか心を落ち着かせようと目を瞑り、眠ろう眠ろうとしていた。
しかし眠ろうと意識すればするほど眠れないものである。さらにはにとりの寝息まで聞こえてきて頭の中が大回転してしまった。
「ひなおねーちゃーん」
眠たそうにふぁあ、と欠伸をした雛の元へ、にとりがとてとてと駆けてきた。雛は振り向いてにとりの方を向く。
「おねーちゃん、ちょっとしゃがんで」
「ん?何かしら?」
「おはようの、ちゅっ」
雛の眠気はすっかり覚めました。
「「ごちそうさまでした」」
すっかり頭が覚醒し、さらにはどこからか元気が湧いてきた雛にとって、朝食の用意など本当に朝飯前だった。
あっという間に朝食ができあがり、二人はそれを美味しく食べ終わった。
そんな折、玄関の方からチリンチリン、と呼び鈴を鳴らす音が聞こえた。
「はーい、どなた?」
雛は玄関まで行って、扉を開けた。
するとそこには、大きな尻尾を九本生やした金髪の女性が立っていた。
「鍵山雛さんですね、はじめまして。八雲紫の式、八雲藍と申します」
「あ、どうもはじめまして」
藍と自己紹介した女性は丁寧にお辞儀をした。雛もつられてお辞儀をかえす。紫が言っていた式とはこの人のことだろう、とお辞儀をしながら思った。
藍はこほん、と咳払いをして
「紫様が装置を作り終えたので、お知らせに参りました」
「あ、もうできたんですか。早いですね」
一日あればできると紫は言っていたが、まさかこんなに早いとは思っていなかった。
ともあれ、できたのならばにとりの家まで行かなくてはならない。
「ではにとりを呼んできます。にとりの家まで連れて行かないと」
「いえ、それには及びません」
藍がそう言うと同時に空間に大きな亀裂が走り、中から紫と大きな機械が出てきた。
「どう、驚いた?妖怪の大賢者にかかれば、これくらい徹夜でなんとかなるのよ」
「妖怪の大賢者様なら余計な仕事を増やさないでほしいですね」
胸をはって自慢げに話す紫と、皮肉を言う藍。よく見れば二人とも目元に隈がある。紫は自業自得として、巻き込まれた藍はたまったものではないのだろう。
「さあ、にとりを連れていらっしゃい。ぱぱっと元に戻しましょう」
そんな自分の式の言葉は耳に入らなかったかのように無視して、また誇らしげに話す紫であった。
「ねえ、これなーに?」
雛に連れてこられたにとりは、興味津々といった様子で目の前の機械を見た。自分が作った機械の二号機であることなど、分かっていないようだ。
「まあ何というか、貴女にとって大事なものよ」
どう説明してよいか分からず、雛は適当にはぐらかした。そもそも機械には詳しくないし、説明しても今のにとりに理解できるとも思えなかった。
「さ、これを着てね」
「えーぶかぶかだよ?」
話を変えて、にとりが普段着ていた衣類を差し出す。シャツや上着やスカート、下着など全部だ。
ぶかぶかだろうがなんだろうが、これを身に纏っていないと元に戻ったとき悲惨なことになってしまう。とにかく、雛は何とかして衣服でにとりを包んだ。
「さあ、準備はいい?」
「あ、ちょっと待って」
機械の傍に立って、今か今かと待つ紫。それを待ってもらって、雛はにとりを抱える。
そして、耳元でささやく。
「最初は戸惑ったけど、貴女との一日、とっても楽しかったわ。ありがとう」
「ひなおねーちゃん?」
雛の言い方に、にとりは言い知れぬ不安を感じる。まるでサヨナラを言われているみたいで怖くなってしまった。声も少し涙ぐむ。
「大丈夫よにとり、安心して。全てが元に戻るだけだから」
にとりの不安を感じ取って、なだめるようにやさしい声でそう言い、ぶかぶかの帽子越しに、ぽんっぽんっと頭を撫でた。大切な帽子だ。
そして雛は、にとりを機械の目の前に降ろし、少し離れる。
「おねーちゃん!」
「わたしはちゃんとここにいるわ。だからじっとしてて…ね」
あやすようににとりに言葉をかける。
にとりは不安そうにしているものの、うん、と首を縦に振る。
「それじゃ藍、装置を作動させて」
「分かりました」
紫の指示を受け、藍が機械のスイッチを押す。
すると機械はうんうんと唸りだし、その前に立つにとりに光を照射する。あまりの眩しさに、そこにいた者はみんな目を瞑った。
「にとり…?」
機械の作動音が聞こえなくなり、光の照射も止まったころ、雛は恐る恐る目を開けた。しかし、あたりには煙が立ち込め視界は遮られてしまっている。
これではまるで昨日の失敗と同じ状況である。雛は不安になった。
「にとり!」
心配でいてもたってもいられなくなり、煙の中へと駆けこんだ。
「ひゅい!?」
「あだ!」
誰かにぶつかって後ろに転び、尻もちをついてしまった。
誰かというのは言うまでもない。次第に煙が晴れてくる。
「にとり!」
「あれ、雛?というかここは…?わたしは確か実験をしようとしてて…あれ?」
にとりも雛同様、尻もちをついていた。その体はきちんと元のにとりに戻っている。雛より少々背が低い、いつものにとりに。
ただ、小さくなる直前からの記憶があいまいなようで、あたりをきょろきょろとしている。
「あ~、詳しいことは追々話すから、今はとりあえずその子を安心させてやりなさいな」
「あ、紫?ってうわわ、雛!?」
安堵の涙をこぼす雛が、ガバッとにとりに抱きついた。
「ホント…ぐすっ…無事で…よかった…にとり…ぐすっ…」
「えーっと、一体何がどーなってんの?」
にとりの胸の中で涙を流す雛に、終始状況がつかめないにとりは、あたふたするばかりだった。
「え、わたしが時間逆行マシーンで子どもになってた!?」
ようやく雛が落ち着いてきたところで、一体何があったのか紫から説明を受けた。
「ええ、それでわたしが世話をしてあげてたのよ」
「それで、わたしどうだった?雛に迷惑かけてなかった?」
「あら?覚えてないの?」
「全然」
首をぶんぶんと横に振るにとり。どうやら本当に全く覚えてないらしい。
雛はそうねぇ、と目を上に遣り子どもにとりとの生活を思い返す。色々あった。
帽子のことだったり、隠し子疑いされたり、お風呂入ったり、ご飯食べたり、一緒に寝たり、おはようとおやすみの…
そこまで思い返して、顔が赤くなる。それを隠そうと、雛はにとりから顔をそむけた。
にとりはそんな様子を見てさらに追及する。
「ねえ、何か無かった?大変じゃなかった?」
「と、とりあえず問題無かったわ。詳しいことはまた別の機会に…」
にとりの質問攻めから逃れようと、雛は立ち上がってその場を離れようとする。
すると
「あ…」
「え、にとり?」
にとりも立ち上がって、雛に抱きついた。まるで雛が逃げないようにするかのように。
「突然離れようとしないで…不安になっちゃうじゃない…」
「!?」
これはまるで、元に戻る直前のにとりと同じだ。雛はそう直感した。
記憶は失ってしまったかもしれないけれど、気持ちは残っているのかもしれない。
「大丈夫よにとり、わたしはちゃんとここにいるわ」
先ほどと同じようにやさしい声でささやいて、にとりをなだめる。今度はしっかりと頭にフィットした大切な帽子越しに、ぽんっぽんっと頭を撫でながら。
「ふふ、どうやら子どもになったことを通して、絆が深まったみたいね。わたし、いいことしたかも」
「自分の失敗を正当化しようとしないでください」
「あ、バレた?」
てへっと舌を出しておどけてみせる主に、やれやれといった表情の式。
そんな二人のやりとりに気付くでもなく、厄神と河童は幸せそうに抱きしめ合っていた。
私も大好きです
あいがとまらない
いろいろ悶えました。 あなたのにと雛は愛がとまらない!
にと雛大好きです。