前回のあらすじ)それぞれの季節で無類の存在感を発揮する幻想郷四天王は、その時期が来るまで、ただひたすら暇を持て余していた。
夜の闇が薄まる明け方。
茂みの中にひっそり建つ秋姉妹の家。その屋根の上に佇む小さな人影が一つ。
その小さな人影は、薄暗い中でも装いがわかる真っ白い衣装に真っ白い帽子を被り、小さな羽も備えて東方の空を望む。
日の出。一条の光が差し込む刹那、小さい人影は、手を、羽を、そして口を開く。
「世界で逸早く『春ですよ』
そういう妖精 心得てぇ~よね♪」
小さな人影、リリーホワイトの歌声が高らかに響き渡った。
同時刻。頭上の、いわゆる屋根の上から降ってくる歌声に、ぱっちり目を覚ますのは。
「姉さん、おはよう」
「……おはよう穣子」
乱れた肌着と寝癖のついた髪を見せ合うように起き上がった少女達、秋 穣子と秋 静葉の二柱。
そして、もう一人。
「くか~……」
肌着も寝癖も布団も何もかも、全く気にすることもなく、ごろんと寝返りをうつ女性、レティ・ホワイトロック。
目の前のだれた寝姿を見下ろす穣子。静葉は一言。
「……穣子」
「ん、わかってる」
立ち上がった姉妹、布団はとりあえずそのままにして、姉の静葉は壁に寄せてある小さい食器棚やら木箱やらお釜やら鍋やらが置いてある所まで、同じく穣子も壁に立て掛けてあるちゃぶ台の所まで行く。
静葉は右手にしゃもじ、左手に茶碗を持って、粟やひえ、それに麦の混じったご飯を善そう。穣子はそのうしろでちゃぶ台の用意。
静葉がご飯をこんもりと盛った茶碗を自分の隣に二つ並べた後で、お椀にわかめのたっぷり入った味噌汁を注ぎ始める。穣子はご飯の盛られた茶碗をちゃぶ台の上に並べ、静葉もそのすぐ後で味噌汁を注いだお椀を並べる。
さらに静葉はもう一仕事、食器棚からお箸を二膳、持ってくる。先にちゃぶ台の前に控えていた穣子は、対面に座った静葉から箸を受け取った。
座って向かい合う穣子と静葉は、手を合わせる。
「いただきます」
穣子はご飯を箸で一つまみして、口の中に運ぶ。歯応えの違いをよく噛み分けて、奥歯ですり潰した穀類を冷めた味噌汁と共に流し込む。
「でもさ、姉さん。朝ご飯とはいえ季節感ないよねぇ」
すると、静葉は何も言わずに立ち上がり、食器棚から皿を一枚取り出して木箱の前で膝を折る。
「……季節感」
振り返った静葉がちゃぶ台の上に置いたのは、よく緑に色づいたきゅうりの漬物。
「もうひと皿」
穣子の掛け声に、静葉は今一度、お皿を用意して木箱の前でごそごそ。
「……はい」
置かれたもう一皿は、おはぎ。
「むう。季節感とは若干違う気がするけど、いただきマス!」
「……そう」
姉妹の食卓の中心点にきゅうりの漬物が一皿。他、ちゃぶ台の脇に寄せられた二個のおはぎが載った皿。さらにその向こうでは、相も変わらず「くか~」と寝息を立てるレティがいる。
「なんて言うか、ここは場所柄、あんまり夏してないけど、やっぱり有り難いよね」
「……あれのこと?」
静葉は自信なく木箱の方を指差し、穣子は見もしないで頷いた。
「うん。食べ物が傷む心配がないって、やっぱりいいよね」
「……氷いらずの冷蔵庫。見方を変えれば、これも季節感がない……」
「何?傷み易さも夏らしさ、ってか?」
静葉は答えず、黙って箸を進めた。
その時、「Ahhhhhhhhhhhhhhhhhhh」と恐らく歌声に属する高音域の叫び声が、屋根を越えて中にまで響いた。
穣子、天井を見てから一言。
「これもこれで、季節感は無いなぁ」
静葉も穣子にならって天井を仰いでから。
「……同感」
そこでリリーの歌は止み、姉妹は食事に戻る。
「それにしても、毎朝がんばるよね。『朝の目覚め』を『春の訪れ』になぞらえて日々精進してるんだもの」
「……今日はどういう訳か歌だけどね」
静葉が言った直後、リリーは同じ歌を熱唱する。
姉妹の箸の速度は上がらず、歌を聴く片手間に食事をしている様子。
「にしても、アグレッシブな歌」
「……歌声もアグレッシブ」
「普通に上手いし」
「……意外な一面」
ひとしきり感想を言い合ってから、穣子の箸が止まった。
「まさかとは思うけど、今度はアレで春を告げるつもりかね?」
「……さあ」
静葉はいつものように箸を進めるが、穣子にじっと見られていることに気が付いた。
「……どうしたの」
「私達もやってみようか」
まず、静葉に小さいため息があった。
「……お祭りとかは人間が騒ぐから意味があるのであって、真っ先に私達みたいのがはしゃいでも人間の迷惑にしかならないわ。妖精や妖怪はそこら辺のことを考えていないと言うか、考えないようにしていると言うか……」
言い終わらないうちに、穣子は答えだす。
「姉さん、何も歌って飛び出そうだなんて言ってないわよ。私はね、お酒が入ってイイ感じになった所で、隠し玉として歌をストックしたらどうかな、って言ってるの。朝だからって頭の回転が遅いわよ」
静葉はじっと見返してから。
「……悪かったわね」
「悪いわよ、特にノリが」
穣子の即答に対して、静葉はきゅうりの漬物をよく噛んで、よく味わい、飲み込んでから。
「……私はそんなに悪くないけど」
なおも即答の穣子。
「リリーやレティに比べたら悪い」
「……貴女はあの二人と比べてもうるさいのよ」
沈黙。
穣子がご飯一口、噛んで味噌汁をすすって、一息つく……なり、声を張り上げた。
「んもう!
姉さんはどうしてそう暗いのよ。もっと騒ごうよ、ぱーっと、ぱーっと」
静葉は怪訝な目線を穣子に向ける。
「……私、収穫祭でそんなに暗かったかしら」
「違う。普段、日常、いわゆる平時よ」
穣子の返しは速い。しかし、静葉はゆっくりと。
「……心当たりないわ」
まさにそれだ、と言わんばかりに穣子は静葉を指差して。
「口数よ。口数が少ないの」
静葉は力の抜けた目で見返して。
「……穣子がその分しゃべってくれるわ」
「ああ、もう。他力本願」
静葉は取り合わず箸を進める。
「……別にいいじゃない。話し相手として不足はないでしょ」
そこは穣子もわかっていると期待しての発言。また、それは当たってもいた。
「だからって、姉さんも、もっと自分から楽しめばいいのに」
「……私は穣子にその自覚があるだけ充分よ」
ただし、穣子の不機嫌は、その一言から首をもたげた。
「あ、そうやってお姉さん風を吹かせて大人っぽいところをアピールしようっての?」
「……穣子が子供っぽいだけよ」
再び沈黙。
粟、ひえ、麦、玄米、きゅうり、わかめ、味噌汁、穣子は全部を口に入れて、それを飲み込んでから口を開く。
「そーゆーこと言いますか」
「……ええ、言いますよ」
睨み合う姉妹。
「だったら白黒つけましょうよ」
「……受けて立ちましょう」
箸を持ち直す穣子。
「じゃ、朝食をちゃっちゃっと済ませましょう」
ところが、ここで静かに、そして強く、静葉は言った。
「……それはゆっくりやりましょう」
穣子の気が抜けた。
「そこはちゃんと主張するんだ」
そんな、かち合う矛先をわずかに外した姉妹の元に、勢いよく戸口が開く音と。
「お腹すいたー!」と、はつらつに輝く笑顔のリリーホワイトが飛び込んできた。
すると、姉妹の雰囲気も風通しが良くなった。
「おなか空いたよ~」
二度目の催促に。
「……待っていて、すぐ用意するから」
箸を置いて立ち上がる静葉。
「ま、あんだけ大声だしてたらね」
「だって、だって~」
「ああ、いいからいいから。弾幕ばら撒かない限り好きにやっていいから」
そういって、茶碗とお椀をカラにした穣子は箸を置き、姉とリリーの会話に注意を向けつつも、おはぎの方には手だけを伸ばす。
しかし、何もつかめない。穣子の指は皿の感触だけは感じているので、皿の上のおはぎだけがなくなっていることになる。そっちの方に穣子が目をやると、皿とおはぎ以外の物が目に入る。
目蓋が半開きのまま、髪は寝癖が付き放題で、肌着も乱れっぱなしのまま、くちゃくちゃくちゃくちゃ、とおはぎをかじるレティの姿。しかも、二つあった筈のおはぎは、今しがたレティが手にしている一つしか見当たらず、その一つも大方かじられ、ひょい、とレティが口の中に放り込んだ後、おはぎの存在は完全に消失した。
見届けた穣子の第一声は。
「お前、表、出ろ」
レティはというと。
「その前にご飯」
「もう充分食ったでしょーが!」
しかし、レティはというと。
「あと二度寝も」
そして穣子が言えることは。
「ふざけんなー!」
怒れる穣子と寝惚けるレティの間に、真顔でリリーが割って入る。
「ダメだよ、中で喧嘩しちゃ」
「だから、表ぇ出ろ!」
「その前にご飯」
「そうそう、私もご飯」
この時、穣子は火付けの悪い姉との問答に、さらに食い物の恨みが累積されていたから、非常に怒りっぽくなっていた。
人の話も耳を傾けず、ご飯、寝る、ご飯、ご飯とうるさいこやつ等を眼前に穣子は、己の心を、魂を、雄弁に代弁する叫びを、この神の家の中に木霊させる。
「くけーぇぇぇぇええええ!」
穣子はレティにダイブ。返す刀でリリーにダイブ。そしてレティとリリーが穣子にダイブ。ダイブされたらされ返す。
こうして、神様と妖怪と妖精は、激しくゴロゴロしていくのであった。
その頃、ちゃぶ台を壁際に寄せた静葉は黙々と朝食の用意をしていた、「せめて自分だけでも静かにしておこう」と決意を新たにして。
・・・夏は幽香とかって聞くけど、この中に居たらかなり浮くな。
「WRYYYYYYYYYYYYY!!」
に見えた死にたい。
みんなで共同生活ってのも笑いあり喧嘩ありでにぎやかそうでいいですね。