Coolier - 新生・東方創想話

月の下でワルツを

2010/10/12 03:23:14
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目が醒めた。



真夜中。今日は夜雀の歌が聞こえない。休業日なのか、遥か彼方で歌っているのか。


ああ、この時が来てしまったか。


私は、身を起こしてベッドから立ち上がった。薄手の掛け布団を丁寧に畳む。

これは癖だ。どうも私は、部屋に帰って来た時にシーツや布団が乱れていると非道く気持ちが悪いのである。


もうこの部屋に帰る事もないのに。


自らの几帳面さに苦笑いする。変わらないのはそんな所ばかりだ。


慣れ親しんだ部屋を見渡す。

決して広くない部屋は、一言で表すなら、少女趣味。自分の手で拾って来て、名前を付けて可愛がったうさぎやくまの縫いぐるみは、いつしか部屋を埋め尽くす程になっていた。

二人は「悪趣味」と言って、余り部屋に入って来なかったけれど。


ああ、でも、それが私と彼女たちの違いなのか。

自然の中の存在で在りながら、不自然を望む事。


そこにこの別れの片鱗は既に存在していたのだ。


そんなことを考え、縫いぐるみ一匹一匹に別れを告げるように眺めていると、鼻の頭が熱くなるのを感じた。


いけない。泣くまいと決めていたのに。


縫いぐるみ達から目を切ると、私は用意してあった二つの封筒を机の引き出しから取り出した。

そのまま、机に分かり易い様に置く。



もう、やる事がなくなってしまった。


何か、何か一つでいい。やる事さえあれば私はまだ此処に居られるのに。



しかし、何度部屋を見渡しても、もうやる事はない。

この日が何時来ても良い様に、ずっと前から準備していたのだ。


そうは分かっていても、やる事を捜す私は、やはり此処を離れたくないのだ。


それでも、その時は来てしまった。


私は諦めて小さなリュックサックを手に取った。

最低限の荷物しか入っていないそれは、酷く軽く、それは同時に置いて行く物の重さを表していた。


もう一度だけ部屋を見渡し、ドアを開けた。

振り返らず、俯いたまま部屋を出て、後ろ手にドアを閉める。もう開ける事のないドアを。


かちゃり、とドアが閉まる音は、少しだけ私を泣きそうにさせた。

でも、泣く訳にはいかない。


だって私が泣く時は、隠れていても、その声を聞こえない様にしていても、必ず二人は見つけてくれたから。

一緒に居てくれたから。


堪えて、顔を上げた。


あとはもう、この家を出るだけだ。こっそり出るのは慣れている。

夜中に一人で何度も、抜け出しては一人で月見酒をしていたし、十六夜には月の欠片を拾いに行ったから。

抜け出した先に彼女がいて、二人で飲む事もあったが、今日はないだろう。ドア越しにきちんと寝息を確認した。



そうやって私は、三人で引っ越して来たこの家を、たった一人で出た。


玄関を閉めると、我慢ができなくなった。膝を折り、顔を覆う。

泣いてはいけないから、必死に唇を噛んで。


頭上で、かつて神木と呼ばれた木が、風に揺られてさわさわと音を立てた。

私を慰める様に。別れを告げる様に。



私がそうしていたのは、私にとっては長い間、きっと世界にとっては少しの時間だっただろう。


このまま朝になって、二人が私を見つけてくれたらどれだけ良いだろうか。



ああ、でも、迎えが来てしまった。



音もなく現れたのは、瞼を閉じて居ても尚、その気配を感じさせる程の存在感。

少女の姿をしたその妖怪は、その姿に似つかわしくない妖艶な声で、私に語りかけた。


「ちゃんとしたお別れはしなくて良いのかしら?待っていてあげるわよ?」


優しい声。途方もない年月を生きている彼女もまた、数え切れない程の別離を背負って来たのだろう。

その意味を、重みを知っているからこそ言える台詞。私がそうしないのもまた、分かっていたとしても。


私は立ち上がり、首を横に振った。覚悟なら、あの晩にした筈だから。


少し間、彼女はそんな私に柔らかい視線を投げかけた。

そして、ゆっくりと右手を差し出す。


「なら、行きましょうか。」


私は、その手を取った。



「私達の世界へようこそ。ルナ。」



月が一際強い光を放つこの日、私は妖怪になった。










大妖怪に手を引かれて、夜の森を歩く。



境界を操る彼女がその能力を使わないのは、私自らの足でこの別離を遂げさせる為なのだろうか。

強く握られているのは、手を引かれなければ振り返ってしまう私の弱さを見透かされているのだろう。

それは優しさなのか、残酷なのか。


妖怪として大先輩とも言える彼女の意志など分かるべくもなく、私が出来たのは必死に振り返らないで歩く事だけであった。


「妖怪になった気分はいかがかしら?」


気を使ったのだろう、俯き、沈黙してしまった私に先達が尋ねてきた。

強大な力を持つ妖怪に機嫌を尋ねさせる程、私は気落ちしている様に映るのだろうか。

いや、映るのだろう。私は隠そうとすらしていないのだから。


「そう…ですね。昨日までとは微妙に、世界の…、なんていうんでしょうか。『色』が違う気がします。手の届く範囲が、広がったっていうか…。」


感覚的には、月の光が照らす範囲が、全て私の『領域』となった、と言えば伝わるだろうか。

その『領域』に於いて私には出来ない事など存在しえないと思わせるような感覚。心は暗く落ち込んでいても、妖怪となった私の視界は、力と光に溢れていた。


「言ったでしょう?陽の光よりも、星の光よりも、月の光が偉大であると。その中に於いて貴女は、この幻想郷の誰よりも強い。

幻想郷には月の力を借りる妖怪は数多いけれど、貴女はそうではない。貴女は月の光そのもの。その力は、貴女が考えているよりもっと強く、恐ろしいものよ。」


だから、と彼女は続けた。


「その『手が届く』感覚を覚えておきなさい。そこが貴女の力の境界。貴女が先ずしなくてはいけない事は、自らの力の境界を覚える事よ。」


彼女の言葉は、新しい仲間に対する親切心から来るものだったのだろう。

だがそれは同時に、私が妖怪になってしまった事をはっきりと突きつける事でもある。


私はもう、あの力がなくても楽しかった世界の住人ではないのだ、と。


だからこそ、私はその言葉をきちんと受け止められずにいた。帰れないとしても、まだ、私はあの世界に戻る事を焦がれているのが自分でも分かった。


彼女に悟られないように溜息を吐く。

あの晩にした、私の覚悟はこんなに脆かったのか。



そう、あの晩。この手を繋いでいる少女が私の前に現れた瞬間から、私の世界はゆっくりと変わり始めたのだ。










その晩、私が家を抜けだしたのは、身体の火照りを冷ます為であった。


最近、どうにも体の具合が良くない。ふとした折に、熱でもあるかのように身体がだるくなり、意識が宙に漂うような感覚が襲ってくるのである。


ああ、今日は満月の日だったっけ。


私は大樹の枝に腰かけ、もやがかかったような意識の中でそんな事を思っていた。

月暦すら忘れるなんて、今まででは考えられなかった。


周囲の音を遮断し、望月を眺める。

虫の声が消え、静寂の中で降り注ぐ月の光は、どこか艶かしく、蠱惑的で、数多の人間を、妖怪を狂わせてきたのも頷けるほど美しかった。



「今晩は。」



「!?」


背後からその声を聞いた瞬間、私は反射的に家へ駆け込もうとしていた。

能力で音は消していたのだ。本来ならば声なんて聞こえる筈がない。だが、確かに私の耳に届いた。

それはつまり、私の能力を凌駕する力、即ち妖怪という存在である事を示していた。


「あら、逃げなくても大丈夫よ。」


「ぅぐえっ」


遅かった。

大体、いつも遅いのだ。悪戯に失敗した時も、必ず逃げ遅れて捕まるのは私だった。今日ほど己の逃げ足が遅いのを恨んだ日は無い。

私は、境界の少女が持つ傘の柄に襟首を引っ掛けられていた。外そうと足掻いても、とれる気配がない。
というか苦しい。

少女はそのまま傘を軽く振り、私を枝の上に放り投げた。もう少し丁寧に扱って欲しい。


「いたたた…。何の御用ですか?」


「あら、久しぶりなのに随分な挨拶ね。私はこの樹が心配になって見に来てあげたというのに。」


少女はふわりと私の横に腰かけた。

軽そうな体に、月明かりを受けて光る長い髪。圧倒的な力を持っている事を除けば、人形がそのまま動いているかの様だった。


「この樹が?私達は何もしていませんよ。今だって二人は寝ているし、私は月を眺めてただけですし…。」


「ええ、それが問題なのよ。」


「月を眺めることがですか?それが問題だったら、世界中問題だらけです。」


「ルナ…と言ったかしら。『貴女が』眺めていた事が問題なの。だって貴女、具合が悪かったりするでしょう?」


「…?」


何故分かるのだろう。そんな素振りは見せなかった筈なのに。

大妖怪は滔々と告げた。


「教えておいてあげましょう。それは、変革の兆し。

太陽も、月も、星も、求むる者や資質のある者に力を授けるけれど、月のそれは各段に強い。

覚えているかしら?かつて、月が最も偉大であると言った事を。あなたは強い月の光を受けて、今その存在を変容しようとしている。」


言っている意味が良く分からない。そもそも、そんな話は聞いた事がなかった。忘れてしまったのだろうか。


「私は…どうなるんですか?」


少女は答えた。


「端的に言えば、妖怪になるという事。

貴女は三人の中で一番私達に近しい存在だった。それは可能性から言えばあまり高くは無かったけれど、貴女が「こちら側」に来る可能性は存在していたのよ。」


「…。」

妖怪になる、といきなり告げられてもよく分からなかった。

実感としてそんなものは無かったし、何であれ私は私だ。力が大きくなれば、出来る悪戯の規模が大きくなる、程度にしか考えられない。

しかし、彼女は続けた。


「貴女達がこの樹に引っ越してきた時、私は貴女達を試しましたね?この樹に住むのに相応しい位、貴女達が『弱い』かどうか。

その時、貴女達は本当に弱かった。だから私はこの樹を枯らさない為にも、貴方達がこの樹に住まうのを許したのです。貴女達ならばこの樹を悪用する力がないから、と。」



ああ、なんとなく彼女が言わんとしている事が分かってきた。


それはおそらく、私にとっては聞きたくない類の事だろう。だが、拒もうにもそれを彼女が許しはしないのも分かっていた。


「ですが、今、貴女は妖怪になろうとしています。

これから先、日を追う毎にその力は強くなっていく筈です。そして貴女が妖怪に成った時、その力は、現在の貴女とは比べ物にならないでしょう。

もう、分かりますね?そうなった時、私は貴女を此処に置いておく訳にはいかないのです。」


彼女が何故、力のある者を此処に置いてはいけないと考えているのかは語られなかった。

だが、それはおそらく私が聞いても理解しようのない事であるから、彼女も言わなかったのだろうし、言ったところで、彼女の採る行動が変わる事もないのだろう。


「どうしたらいいのですか?」


「簡単な話です。この樹を離れてくれればいいのです。」


「三人一緒…、ですか?」


「いいえ。この結界…、樹を残しておく意味でも、妖精は住まわせなくてはいけません。貴女以外の二人には残って貰います。」


私だけが此処を離れる。二人と離れる。

どうして。どうしてそんな事をしないといけないのか。


「だったら誰か別の妖精を住まわせて下さい。

私達は三人一緒に出ていきますから。お願いします。お願いです…。」


私に出来るのは嘆願だけであった。その気になれば私の存在なんて、彼女にとって吹けば飛ぶようなものなのだから。

その力の前では、私は無力だった。

しかし、そんな私の嘆願は、彼女に届きはしても、許されることはなかった。


「いいえ、三人一緒はお勧めしません。

これはそう…私の役割というよりも、お節介かしらね。貴女はもう、彼女達とは違う存在になるのです。

違う種族同士が近付けば、いずれ摩擦が起きます。それは始めこそ小さな熱であったとしても、必ず軋轢を生み、気が付けば双方の身を焦がすのです。」


理解できなかった。

私達はずっと一緒だったから。

喧嘩をしても、次の日には謝るでもなく、笑い合っていた。離れなくたってやっていける筈だ。


しかし、彼女は言う。


「貴女は良くても、二人はどうかしら?自分より強い力を持つ貴女に対して、今までと同じ様に接する事ができると思う?

貴女の強い力は、いずれ二人を畏怖させることになりかねないのに。」


そう言って、彼女は少しだけ悲しそうな目をした。

持つ者と持たざる者の違い。その別離を幾度経験してきたのだろうか。その言葉には、どこか寂しげな色と、重みが混在していた。


二人が私を怖がる…?


そんな事は考えた事も無い。

だがもし、彼女達が変わり果てた私を見、恐れたら、私はどうしたら良いのだろう?


分からない。


私は、何も言えずにいた。


少女はそんな私をしばらく見つめたまま動かない。輝く月の下、時が止まったような感覚。



その沈黙を遮ったのは、彼女の溜息だった。



「分かりました。なら、こう言ったら貴女は納得するかしら。

『力に従いなさい。さもなければ、二人を危険な目に遭わせます』。

私だってこんな事を言いたいわけではないわ。だから、貴女自身で良く考えなさい。次の望月の時、答えを聞きましょう。」


そう言って彼女は、傘の先で空を斬った。そこに、生まれる、この世界ならざる世界への入り口。

彼女は言った。


「では、また。いい返事を期待しているわ、ルナ。」


そういって、大妖怪は虚空へと消えた。



一人残された私は、いつの間にか雲がかかっていた月を見上げる。


わけがわからない、というのが先ず一番の感想だった。いくらなんでも急すぎる、と。


しかし、彼女が言っていた事は、おそらく嘘ではないのだろう。わざわざそんな嘘を私につく意味がわからない。

私は妖怪になり、二人とは違う存在になる。その力は彼女たちを傷つけうるかもしれない。それもきっと事実なのだ。

彼女の言葉だけでなく、この身にある変調が、それを示していた。



だから、私は一晩中寝ずに考えた。とにかく、色々な事を考えた。



どうしたら、一緒にいられる?

どうすれば、この事態を回避出来る?



いくつものIFが浮かんでは、その形を持たず、泡の様に消えていった。




そして、辿り着いた想いは、一つだった。





私はサニーが、スターが好きで、


彼女たちの笑顔を守りたい。






だから、覚悟を決めた。独りきりで。






私は、二人と別れる。それが、二人の幸せに繋がるなら。


私は、二人との思い出を抱えて、新しい世界へと踏み出すのだ、と。











結局、私の手は少女に引かれたままだった。


振り返っても到底見えない景色まで行けば、手を離して平気になるだろうか。

脆かった覚悟は、無理矢理にでも固められるだろうか。


「何処に行くのですか?」


手を握られたままなのが居たたまれなくて、私は訪ねた。私の行先など、あるのだろうか。


「そうね、居場所が見つかるまで、貴女にはしばらく私の家に居てもらおうかしら。といっても、家事はみんな式がやってしまうし…。

ああ、丁度いいわ。最近来た化け猫の式が居るの。その子の相手でもしてもらおうかしら。」


溜息をつく。誰と一緒でも、二人の代わりになるとは思えなかった。

それでも、誰かと一緒である事に安堵した私はやはり、弱いのだろう。


それきり会話はもうなかった。先達から若輩に話す事は無いという事か、この離別を噛み砕かせる為か。

いずれにせよ、強く引かれる力に私は抗う術を持たなかった。


力を使っている訳ではないのに、虫の声も、動物の遠吠えも聞こえない。

暗い森に静かな月の光が零れる。木漏れ月、とでも言えばいいのか。


だが、もうすぐ森を抜ける。きっと、大いなる月が私達を照らすだろう。

そして、もう戻れないと、私は知るのだ。



景色が、加速する。


少女の手は一層強く握られ、迷う暇も与えない。嗚呼、もう森の端だ。



最後の一歩を踏み出す時、私は目を瞑っていた。僅かな、本当に僅かな抵抗。





ねぇ、悲しいよ。寂しいよ。離れたくないよ。


私はこんなに弱かった。二人が居ないと駄目だった。


ごめんね。ごめんなさい。



さよなら。


ありがとう。








森を、抜けた。











「…どうして。」




予想通りだったのは、眩しい月の輝き。広がる平原一面の全てを照らし出していた。


予想外だったのは、二つ。

思いもしなかった事が二つなのではなく、一つの予想外が二つ。




つまり、そこに居たのは。



「随分待たせたじゃない!ルナ!」


「って言っても私達が来たのもついさっきだけどね。」



二つの影。いや、光か。

照らし出す陽の光と、導く星の光。



「なんで…?」


思わず零した言葉に、サニーはいつもの様に腰に手を当て、胸を張る。


「サニー様はリーダー!ルナの事なら何でも分かるからね!」


「あら、この場所まで連れて来たのは私じゃない。」


いつも通りのスターの合いの手。全部、いつもと同じ。



「どう…して?――どうして付いてきたのよ!」



思わず私は叫んだ。考えるより先に、涙が溢れた。


どうして。

うれしい。

わからない。

ありがとう。

どうしよう。

だいすき。

ごめんね。


でも、だめなの。



「…どうしてですって?それはこっちの台詞よ!こんな置き手紙一つで、納得出来るわけないでしょ!?」


ああ、いつも私に元気をくれたサニーの声だ。


彼女は、そう言って、懐から出した私の手紙を引き裂いた。

横で、スターも同じように。紙屑となったそれは、風に流され、消えてゆく。


「ルナの事だから、悩んで考え出した結論でしょう?だったら私達は何も言わないわ。」


その姿の通りの、可愛らしいスターの声が響く。


「でも、無駄でも、止められなくても、抵抗くらいはさせてもらうわ。」


「行くよ!ルナ!」


そう言って掌から生み出した大玉を、サニーは私に投げつけてきた。不意を突かれた私は慌てて避ける。



「ちょっ…、ちょっと待ってよ!」


「待ったは無しね。」


スターも周囲に光をばら撒いた。


「待ってってば!二人が私に叶うわけないじゃない!……私は、妖怪になったんだから!」


「余計な事は言わなくていいの!」

「言葉は全部、私達を倒してから聞くから。」



二人の暖かい光が広がる。




こうやって、私達の弾幕ごっこが始まった。

この別離にけじめをつける為の、決まりきった結果を待つ弾幕ごっこが。



大妖怪は少し離れた場所で、黙ったまま、私達を見守っていた。


少しだけ寂しさと懐かしさを込めた、愛おしげな目で。












二人は、到底叶わないと分かっているからだろう、初めから全力だった。


最初の大玉を投げた瞬間にサニーの姿は見えなくなった。そして、発信元が分からない様に移動しながら、大玉を撒き散らす。

そのサニーの位置を能力で捕捉しているのだろう、スターはその大玉の間を縫うように小さな球を散らばらせた。

弾幕が私を囲み、狭まってくる。


二人が本気を出すとこんなに強かったのか。サニーは夜だというのに。

私は、驚いていた。だって、きっと妖怪になる前の私はこんな弾幕を作れなかった。

二人は、私より強かったのだ。



言葉はもう、互いに意味を為さない。

だったら、私に出来るのは、圧倒的な力で彼女達を敗北に追い込み、彼女達自身に納得させる事だけだった。



私は二人の弾幕を小さく躱しつつ、手のひらに小さな光の弾を作り出した。

そして、前方に放り投げると、力を込める。


小さな弾は、私が込める力に応じるように、小さく震え出した。キーンという、高い音が発せられる。


もっと、もっと強く。


力を入れる程、弾は震えた。そして、その音が耳では捉えられない程高くなった時、小さな光弾は弾け、拡散する。



「っ!?」

スターが小さく声を上げる。無理もない。以前の私ではこんな事できなかったから。


――これが、私が得た力。いや、昇華したと言うべきだろうか。



元々の力は「音を消す程度の能力」。


では、音とは何か?


即ち、空気の振動だ。音を操るという事は、振動を操るということなのである。


故に、昇華した力は「振動を操る程度の能力」。

莫大な高エネルギーを受けて不安定となった弾幕は、安定を求め拡散した。


拡散した光弾は二人の包囲弾幕を打ち消し、四方に万遍無く散らばった。


スターは避けるのは不可能と判断したのだろう、慌ててある方向に逃げていく。


ある方向、つまりそこにサニーはいる。私はこの一撃で彼女達を倒そうとしたのではなく、サニーの居場所を確認したのだ。

受けきれない光弾が来れば、スターはサニーを盾にするしかない。光弾ならば、サニーは屈折させる事が出来るからである。

故に、光弾が屈折したポイントこそに、サニーはいる。


私はそこ目がけて走る。

体が軽い。

弾幕を追いぬいてしまいそうな感覚。


あるポイントで弾が曲った瞬間、私は適当に当たりをつけ、そこに体重を加えた。


「ぎゃっ!」


という声と共に、うつぶせで私の下敷きになったサニーが姿を現す。

同時に私は傍まで来ていたスターに向けて手のひらを向ける。

それは、動けば撃つという合図。




「…チェックメイトね。もう、諦めて。」



しかし、サニーはもがき、下から這って抜けようとする。


「嫌…よっ!諦めるもんか!」


サニーも私の手のひらに、自らの手のひらを合わせる様に向ける。


「私もよ。一緒に居たいもの。」



私だって。一緒に居たい。一緒に、笑っていたい。


でも、二人の笑顔は曇らせない。



私はサニーの首筋を掴む。

できるだけ。できるだけ冷たい声で。


「私の今の力は「振動を操る程度の能力」よ。

振動とは、エネルギーのこと。物質に高エネルギーがかかれば、その物質は不安定になり、エネルギーを下げる方向に働くの。

分かる?私は、力を込めるだけで物理的に壊れるもの全てを破壊できるの。多少時間はかかるけれどね。」


「そんな力なんて関係ない!私はルナが好きなの!」


嗚呼、ありがとう。私も、大好き。


「でもね、そんなことしなくてもいいの。破壊するということは、エネルギーが放出されるという事。つまり、熱が発生するの。

ねぇ、サニー、私は、このままの状態で、貴女の血液を沸騰させる事もできるのよ?」


「私が知ってるルナはそんな事しないわ。ね、大丈夫。一緒に帰りましょう?」


ええ、する訳がないでしょう?こんなに大好きなのに。


「サニー。貴女が降参しなければ、スターに特大の光弾を放つわ。

 スター。貴女が動けば、サニーが苦しむの。ねぇ、どうするのかしら?」


私は残酷だった筈だ。

もっと、もっと冷徹になれ。

涙を抑えろ。


今だけ、今だけでいいから。








「……。ぷっ…!あっはっは!」




「へ…?」


突然、サニーが下で笑いだした。



「降参、降参!いやー、ホントに妖怪になっちゃったんだね!」


「ほんと、全然叶わない。」



スターもくすくすと笑っている。訳が分からなかった。


サニーは呆然としている私をのけると、埃を払いながら立ちあがった。



「どういう…こと?」



「うん?私達が妖怪になったルナに叶うわけないじゃん!初めから、負ける気だったんだよ。そう言わなかった?」


「どうせなら、気持ち良く負けて送り出したいものね。」



じゃあどうして。どうして、止められないと分かってて来たのだろうか。

私と別れる事になんの躊躇いもなかったということなの?




そんな私に、彼女達は言った。




「でもね、ルナ。いつか、必ず追いつくから。」


「私達も妖怪になれる様に努力するわ。」





「え…?」




二人が妖怪になる…?

そんな事考えもしなかった。




「そうなったら、私達もあそこから追い出されますよね?」


そういったサニーに、それまでずっと沈黙していた大妖怪は、笑って答えた。


「そうね、そうなったらあそこには置いておけないわね。」


「ほら!そしたらまた三人で一緒に住めるじゃない!」



サニーが私の左手を取る。そして、スターが右手を。





「すぐに一緒だからね。」「ずっと一緒だからね。」





二人の声が重なる。



ああ、もう、無理しなくてもいいんだ。


私は泣いた。大声を上げて。子供の様に。


そうだった。私が泣いている時は、必ず二人は傍に居たんだ。これからだって、きっと。




「あーあー、ほら、泣かないの!妖怪様になったんでしょう?」


「妖怪になってもルナはルナ、って事ね。」



二人はいつだって、私に元気をくれた。


「それにしても、さっきの声と顔!無理しちゃってるのがばればれだったね!」


「全然怖くなかったものね。妖怪なんだから、もっと怖い顔とか練習しておかないと。」


二人はいつだって、私を笑わそうとしてくれた。



だったら、私に出来るのは、するべきなのは、


「~~っ!悪かったわね!急に出来るわけないじゃない!」






ああ、此処が私の居場所。


離れていても、此処に私の居場所があるから。






私は、笑う。













「こら!あんたたち!待ちなさい!」



遠くで、霊夢の声がする。



「いやー、今回は危なかったねー。」


左手からサニーの声。


「ルナがもたもたしてたからじゃないの?」


右手にはスターの声。



「またそうやって私の所為にして!置いていったのは二人じゃない!

そもそもスターの計画自体無理があったでしょう!」



結局、三人とも妖怪になった所で、やる事は変わらなかった。

お酒を飲み、探検に出かけ、時折霊夢を驚かす。


変わったのは、精々「光の三妖精」から「光の三妖怪」と呼ばれる様になった事か。

奇しくも、あの日のサニーの嘘は誠になってしまった訳だけれど。



「やばっ!霊夢がこっち気付いたよ!」


「妖怪になって、博麗の巫女を引退しても、あのカンだけは相変わらずね。」



二人ののんびりとした、でも楽しそうな声。



「何悠長な事言ってるのよ!逃げないと!」



私は二人に言う。三人一緒。どんな場面でも。




「分かってるわよ!行くよ!ルナ!」


「大丈夫、今度は置いてかないから。」



二人の手が差し出される。私は、迷わず握った。






温かい光、その居場所の中で、私は今日も笑っている。
(・д)こんばんわー。ななせです。

今回は三月精のお話です。これ書いた時、妖精大戦争出てないんだが、設定的に大丈夫か?


まぁ、細かなところは目をつぶって下さいw

ああ、タイトル全然話と関係ないじゃんと言われそうですが、ワルツは三拍子の曲です。

三つが揃って、初めて一つになる。そんな想いを込めて。


少しだけ新旧それぞれ、三月精を読んでる方は分かるくだりがあります。分かって頂けたら嬉しいなぁw


当たり前に傍にいる人の大切さを、感じて頂けたら幸いです。


それでは。
ななせ
[email protected]
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コメント



0.520簡易評価
2.70名前が無い程度の能力削除
ルナチャ妖怪化は個人的に好きなテーマなんでうれしい。
ただちょっと唐突な感が。徐々に妖怪化していく過程とか、
サニーやスターの葛藤とかもあったらもっと良かったかも。
8.90TEWI削除
やっぱりこの三人は笑ってるのが似合いますね
シリアス風で読んでて楽しかったです
12.100名前が無い程度の能力削除
なんかさりげなく霊夢まで妖怪になってるなwいいけどww
妖怪サニーと魔理沙のレーザー合戦を見てみたいとか思った