「きゃぁぁっ――」
ダラダラとした休日モードに入っていた身体がパッと覚醒する。
悲鳴が聞こえてきたのは台所からで、悲鳴の主は早苗で。
頭の中でそんな確認をしている間に、体は既に動いていた。
「早苗!」
「ぁ……」
台所に駆け込んで、中を見回す。
いつも通りの台所。その隅に早苗が尻餅をついて座り込んできた。
「早苗、大丈夫?」
「ぁ……あれ……」
慌てて傍に駆け寄ると、早苗は怯えた表情で部屋の反対側を指さす。
その震える指の先に視線を移すと、目に映るのは何の変哲もない台所。
しかし、感覚を研ぎ澄ませば、早苗を怯えさせる許し難い存在――敵を捉えることが出来る。
「ぬ、え……?」
「っ――」
普段は、ぬえちゃんぬえちゃん、とちゃん付けで呼ばれているだけあって、呼び捨ての破壊力は抜群。
しかも、上目遣いに、潤んだ瞳、弱々しい声とオプションも充実。
(落ち着け。落ち着くのよ、ぬえ……!)
一度深呼吸してから、不安そうに私を見つめる早苗をそっと抱き寄せる。
「安心して。私が付いてるから」
こくんと頷く早苗をぎゅっと抱きしめてから、後ろを振り返る。
敵はまだ動いていない。自分に言い聞かせるように頷いてから、静かに弾幕を展開する。すぐには射出させずに、滞空させる。
一発当てさえすれば、それで終わりだけど、敵の強みは何と言ってもその素早さ。逃げ道を塞いで、確実に仕留める必要がある。
まずは展開した弾幕に正体不明の種を付けてカモフラージュ。
それを気配を消しながら、慎重に敵の周りに配置していく。
敵に動きはない。大丈夫、まだ気付かれていない。
「ぬえ……?」
「大丈夫。私に任せて」
早苗の呼ぶ声に振り向いてみると、服の裾を握り締めて私に縋り付く早苗。
危うくノックアウトされそうになりながら、もう一度抱き寄せると、頬を赤らめた早苗が、ぽすんと胸に顔を埋める。
戦いの緊張に、それとはまた違った緊張が混ざり込んで、心臓はおかしなリズムで拍を打ち始める。
でも、不思議と意識はいつも以上に澄み切っている。
今ならなんでも出来る。そんな気さえしてくる。
敵の周りに配置した弾幕とは別に新たな弾幕を展開する。
今度は正体不明の種を付けたりはせずに、そのまま発射。
隠す気のない敵意が迫り、今まで微動だにしなかった敵も回避行動を取り始める。
(かかった!)
しかし、その方向には、既に正体不明の種でカモフラージュした弾幕が展開済み。
十分引きつけてから、滞空させていた弾幕を開放する。
類い希な機動力も、動く隙間が有ってこその物種。
全方位から迫る正体不明の弾幕が、逃げ場を失った敵を押しつぶしていった――
「早苗。もう大丈夫だよ」
ハッとした表情で早苗が私を見上げる。
もう一度、大丈夫だよ、と微笑むと、じわっと目尻に涙を浮かべて、また胸に顔を埋める。
痛いぐらいに抱きしめる早苗に苦笑しながら、私も早苗を抱き返して――
「……ねぇ、諏訪子」
「ん、どうしたの神奈子」
台所で抱き合う巫女と大妖怪を横目に見ながら、隣でお茶をすする諏訪子に疑問をぶつける。
「どうしてあの二人は、ゴキブリであそこまで大げさにいちゃつけるんだ?」
そこで早苗と抱き合っているぬえが能力を使ってまで撃退したのは、何のことないただのゴキブリ。
台所の敵だとか、一匹見たら三十匹だとか、色々言われるけど、所詮はただの虫である。
ただの虫に、どうしてあそこまで大騒ぎ出来るのだろうか。
「若いって事だよ」
「ふむ……」
生返事をしながら私もお茶をすする。
うん、やっぱり諏訪子の淹れたお茶は美味しい。
悔しいけど、家事一般では当分勝てそうにない。
「神奈子だって、こっちに来たばっかりの頃は、ムカデで大騒ぎしてたじゃない」
「ぶっ――」
予想外に話が自分の方に飛んできた。
思わず口に含んだお茶を噴き出してしまう。あぁ、せっかくの諏訪子のお茶が……
っていうか、いつの話だ。いつの!
「いやぁ、あの頃は神奈子も若かったねぇ」
「おい、一体いつの話をしている!」
「涙目で泣き付いてくる神奈子は、それはもう可愛くて……おっと、こわいわこい」
渾身の力を込めた御柱の一撃は、ひらりとかわされる。
小さいだけあって、身は軽い。どこかの主婦の敵のようだ。
「それ以上言ったら……!」
「諏訪大戦の再来……って所かい? 私は構わないけど、出来れば布団の上が良いかな」
「なっ――そ、そこへ直れ!!」
カッと頭に血が上って、やみくもに御柱を振り回す。
でもそんなのが当たるわけも無く、悪戯に体力をすり減らすだけ。
「そんな乱暴にしちゃダメだよ。女の子にはもっと優しくシてあげないと」
「そこをカタカナにするな!」
「……なんだか隣がうるさいな」
「ぬーえ♪」
「……っと。もう、早苗ったら」
「えへへ。大好きですよ、ぬえ」
「私もだよ、早苗」
バカップルは良いと思います
ゴキブリ退治に弾幕を展開するぬえ、その容赦のなさが素敵。
弱気早苗さんを前にカリスマ発揮できるぬえがかっこよかったです。
すわかなは、さなぬえのイチャツキを見て特になにも言わないということは、二人の仲は二柱公認なのですね!
バカップル良いですね、今度は布団の上での諏訪大戦を見てみたいです。