寝てた、小町は寝てた。
セミも鳴かなくなり、彼岸花が咲き始める頃。夏の暑さはどこか遠く、穏やかな日差しが無縁塚を照らしていた。
無縁塚は季節を通して、石がただまばらに転がっている。三途の川のどこから流れてきたのかわからない、ゴミの様な漂流物がある何とも殺風景な場所である。
ただ初秋だけは、彼岸花が咲いているため殺風景ではないが、思わず背筋が寒くなるような妖しい雰囲気が漂っていた。
無縁塚というだけあって幻想郷の住人たちは、ここへあまり訪れない。訪れるのはたいてい縁者のない幽霊たちである。そんな幽霊たちを舟に乗せ、三途の川を渡らせるのが小町の役目なのだが、小町は寝てた。
赤い牡丹色の髪を二つに結わえ、襟元に白い線の入った紺色の着物には、金茶色をした帯揚げを茶褐色の帯で締められ、真ん中には大きな和同開珎のような銭が結ばれており、着物と同じ紺のロングスカートと白いフリルのついた前掛けは和洋折衷。洋服とも着物とも言い難い恰好だった。彼女の性格を表しているのか、それらがかなりラフに着くずされている。彼女はだらしなく口をあけているため、せっかくの整った容姿が台無しになっていた。
舟はゆりかごの様に優しく揺れ、程良く風が吹いているのであれば、眠くなっても仕方ないのかも知れない。死神の象徴である鎌が舟の端に除けられ、誰がどう見てもただいま業務放棄中と思う事だろう。
そんな小町の頬をぺちぺちと叩く者がいた。彼女は急に飛び起き、
「ハイッ!! 起きてましゅ!!」と叫ぶ。
彼女が寝ぼけながらあたりを見回すと、一体の幽霊がいた。
小町は緋色の瞳で幽霊をしばらくぼんやりと眺めた。そして両手を上げ空高く伸びをすると、そのまま後ろに倒れ、またしても寝はじめた。
怒った幽霊は、白いしっぽの様なもので小町の顔を何度か叩く。彼女は面倒くさそうに対応した。
「ああ、わかってる。わかっているってば、起きるよ。もう少し寝たら起きるから、待ってておくれよ。気楽に気長に、急がず慌てずゆっくりと……すー」
小町はすやすやと寝息を立てた。呆れた幽霊はふよふよと河原に戻り、花に宿る。無縁塚に彼岸花がひとつ増えた。
しばらく時間がたち太陽が少し傾き始めても、まだ小町は寝ていた。またしても小町の頬をぺちぺちと叩く者がいた。
「うるさいなあ~」
小町は寝返りしながら、手で軽く払いのける。
「こまーち!!」
悔悟棒が風を切りものすごい勢いで、小町の脳天に炸裂した。
「きゃん!」
小町がうめき、目を覚ます。四季映姫・ヤマザナドゥが悔悟棒を片手に腕を組み仁王立ちしていた。
深緑の右側だけ少し長いアンシンメトリーの肩にかからぬ程度の髪に仰々しい紋の入った大きめ帽子をかぶっている。帽子のツバにはフリルがついており、後ろで紅白のリボンが結んであった。詰襟の青いベストには所々に金ぶちの装飾が施され、袖口が広がった長めのブラウスには左右に紅と白のリボンが結わえられている。短めの黒いフレアスカートの裾にも、また紅白のリボンが結わえられていた。
「げっ……」
小町はまたしてもうめいた。四季映姫・ヤマザナドゥは、小町の上司であり、楽園の最高裁判長の異名を持つ閻魔である。閻魔というだけあって、弁が立ち内容もありがたく理にかなってはいるが、どこか堅苦しい所があるため、幻想郷の住人たちからいぶかしがられていた。
「げっ、とは何です。げっ、とは!!」
映姫は悔悟棒を小町にむけた。怒りをあらわにした黒い瞳が小町を睨みつける。年端もいかない顔立ちであるにもかかわらず、畏怖を感じさせるのは、さすが閻魔と言ったところだろう。小町はうろたえた。
「……えっと…あの、その……」
「何かいいわけでも……」
映姫はまたしても睨みつけた。映姫の説教は長い。小町はなんとか説教を回避させようと、寝ぼけている頭をフル回転させる。意識がはっきりしてきたのか顔が徐々に引き締まってゆく。
「お言葉ですが、映姫様!! ただいま業務を行っていた所です」
映姫は眉をひそめる。さっきまで寝ていたやつが何を言うのだ、と言いたげな顔であった。
「ほう、小町。貴方の仕事は寝る事ですか?」
「もちろん、舟漕ぎですよ。こっちから向こうへの舟渡し。ただいま舟を漕いで、ゆめとうつつを行き来したとこ……」
小町がしゃべるのをさえぎり、またしても悔悟棒が炸裂する。
「誰が上手い事を言えと言いましたか!!」
「くぅ~……」
よほど痛かったのだろう、小町は頭を押さえる。映姫はタメ息をつき、しみじみと不真面目な部下をながめた。
「まったく、舟を漕ぐの意味が違います。それに貴方が行き来するのは此岸と彼岸です」
「適切なツッコミありがとうございます」
小町の軽口が気にさわったのか、映姫は悔悟棒を振り上げた。小町は自分の発言を取り消すかのように手を前に出す。
「ちょ……すいません、すいません。わかってますよ映姫様、ちょっと茶目っ気を出しただけじゃないですか。なにも叩かなくたっていいでしょ?」
映姫は振り上げた悔悟棒をゆっくりとおろす、小町もホッと胸をなでおろした。
「貴方の場合、本気とも冗談ともつかないのです」
「やだなあ、冗談に決まってますよ。寝るのが仕事だったら、逆に起きていたりして……」
小町は映姫をうかがう様に上目づかいをする。
「何を調子のいい事を言っているのですか。どうせ貴方の事ですから、落語の饅頭怖いみたいに喜んでサボるつもりでしょう。そして今度は休むのが仕事になれば、ちゃんと仕事をするとか言うに決まっています」
「あっ、ばれました?」
小町は叩かれた頭をなでながら、へらへらと笑った。
「当たり前です。まったく口ばっかり達者になって……」
「私が口達者になったのは、映姫様のおかげですよ。耳にタコができる程、説教を聞けば誰でも口が達者になりますって……」
映姫の顔がひきつり、少々語気が荒くなっている。
「小町……。私の説教は、貴方の話術向上のためにしているのではありません!!」
「いや、ごもっともです」
調子のいい事を言っている小町に対して、たしなめるように映姫はしゃべりだした。
「……ならばなぜ、貴方はサボろうとするのですか? 私の説教の意味を理解しているのでしょう。舟渡しの仕事に嫌気がさしましたか? それとも何か、他にしたい事がるのですか? もし何か悩みがあれば相談してくれてもいいでしょうに……」
「映姫様は、おおげさだなあ。舟渡しの仕事も好きだし、映姫様の説教が長い事ぐらいしか悩みなんてありませんよ」
心配そうな映姫をよそに、小町はからからと笑う。
「そうやってまたはぐらかす。わかってますよ小町……」
真剣な表情の映姫に小町は唾を飲んだ。
「な、何をでしょう?」
「貴方は、愚かではありません。サボるのには何か理由があるのでしょう?」
「いやー、照れるな。買いかぶり過ぎです映姫様、ただ単にあたいがずぼらなだけでして……」
「小町」
怒るでもなくじっと見つめる映姫に小町は観念した。
「わかりました、わかりましたから、そんな眼で見ないでくださいよ」
「話してくれますね」
小町はタメ息をついた。しばらく目を閉じ、思案しながらしゃべりだした。
「たしかに、映姫様の言うとおり、あたいはただサボっているわけじゃない」
「その通り、貴方はものすごくサボっているのですよ」
「茶々入れないで下さいよ」
小町は困ったような笑顔を見せる。
「私の仕事って、幽霊たちにとっては、この世との今生の別れじゃないですか? もっとも幽霊はもう死んでますけど……」
「そうですね。彼岸に渡れば金銭はもうありませんから、彼岸から此岸へは帰れませんし」
「でしょう。だからそんな一期一会の舟渡し、せっかくだから幽霊たちにも良い思いさせたいじゃあ、ありませんか。生まれてきて良かったとか、生きてきて良かったとか、まあそこまでいかなくてもさ。そういう事がゆくゆくは、映姫様が言う、よりよく生きる事につながっていくし、あたいの仕事の励みにもなるしさ」
映姫は小町の話を聞き、うんうんと嬉しそうにうなずいた。
「確かに、貴方の言う事は理にかなっています……が、解せませんね。それならば仕事に励みこそすれ、どうしてサボるようになったのです」
小町は、急に神妙な面立ちになった。映姫は彼女の話を聴き入ろうと耳を傾ける。
「映姫様、頑張ってちゃあ、一生懸命だと出来ない事があるんですよ。映姫様は忙しい時や疲れている時など、つい物事をぞんざいに扱ってしまったりしませんか?」
「まあ、出来るだけなくそうと心掛けていますが、どうしてもそんな時がありますね」
「頑張る事とは、無茶や無理をする事と隣合わせだ。頑張れば、一生懸命になればなるほど、目の前の事に集中し過ぎて周りが見えなくなったり、空回りしやすくなる。
それに顔が険しくなるんですよ、ちょうど映姫様みたいに……」
「余計なお世話です……」
映姫は頬をふくらませ、顔をそらす。それを見て小町はほほ笑む。
「まあまあ、そんな怒らないで下さいよ。仕事はあんまり肩の力を入れ過ぎたり、緊張し過ぎてもいけない、そうならないためには余裕とゆとりが必要。特に死を取り扱うデリケートな事柄の場合なおさらだ。だからあたいは!!」
小町は一呼吸おき、熱弁をふるった。
「眠くなったら昼寝して、遅刻してもあわてない。早退するのはごあいきょう!!
余裕とはゆとりとは、こうやって初めて出来るものなんです。それが今まで生をまっとうした幽霊たちに対する敬意ですよ。休む事も仕事の一部、それがわからなきゃあ一人前とは呼べない。ましてや、ベテラン死神の休みとあっちゃあ、その休みたるや……」
悔悟棒はうなりを上げ小町の頭を叩く。
「こまーち!!」
「きゃん」
映姫は怒気をはらんだ声で小町をがなりたてる。
「いけしゃあしゃあと何を言うのですか!!」
「すいません、すいません」
小町は、ぺこぺこと頭を下げ、平謝りをした。
「すいませんですんだら、閻魔はいりません!! 小町、良く聞きなさい……」
映姫は目を閉じ、仰々しく腕を組み説教をはじめようとする。そんな映姫を見て、小町はものすごく嫌そうな顔になり、ぽつりとつぶやいた。
「また始まった、定時までに帰れるかなあ……」
「それはこっちのセリフです!! きちんと話を聞きなさいと言っているでしょ!」
映姫は小町の耳を引っぱった。小町が痛みに耐えかねうめき声を上げる。
「イタッ、いたたたたた……」
映姫のありがた~い説教が始まった。
大好きです
良いお話でした
映姫様
二人のやり取りがとても良かったです。
ありがとうございます
>奇声を発する程度の能力
修正個所を見つけて下さりありがとうございます、修正しました。
>8
自分も仕事中、小町の様な言い訳をしたいですw
次作も期待しています。
キャラの容姿は、個人的にやり過ぎ感があるのですが、好きなキャラだから徹底的に書いてみようと思いましたw
地の文の読みやすさなどは、自分ではわからないので嬉しいです。
どのくらい時間がかかるかわかりませんが、次の話も書くつもりです。