①体重を落としたいならチョコレートやカロリーメイトなどの高カロリーな栄養食品を食べましょう。低カロリー食品を食べると却って体重が増えます。
近頃の幻想郷では色々なダイエット法が幻想入りしてきたせいか、今ダイエットが大ブーム。
朝バナナダイエットやらプチ断食ダイエットやら骨盤ダイエットやら、とにかく様々なダイエットがあるわけで、幻想郷の女の子達は皆がみんなスタイルを手に入れるために躍起になっている。
そしてそれは私の身近にも及んでいた。
ある日の朝方、竹林で取れた筍を届けに人里の慧音の家に向かったときの事だった。
「お……おぉ……妹紅、久しぶりだな」
「誰アンタ―!?」
「慧音だよ慧音……」
久しぶりに会った慧音は何故かフラフラで、誰が一目で見てもわかるぐらい体調が悪そうだった。
頬っぺたはこけて目が虚ろ。強い風が吹けばポキンと折れそうなくらいその身体は細い。
いや、この姿の彼女はもはや慧音と呼ぶことすら躊躇われるほどの別物と化していた。
このナニコレ感をマニアックな例えをするなら、ハンプティ・ダンプティの本体を見たときの衝撃というか……。
あえて人類で表現するなら、その華奢っぷりはまるでサガットのBMIを設定に忠実に描いた上でミッドナイトブリスを当てたみたいだ。
アレ絶対に知った人は皆一度は突っ込むよね、ダルシムと間違えてるんじゃないかマジで。
「ふふ……その驚きぶりだとどうやらダイエットは成功したようだな……」
「ダイエット!? どういうことさ?」
「最近朝バナナダイエットをしていてな……。朝食をバナナ一本で過ごすというものなんだが……。それを踏まえた上で昼夜の食事量を減らしている」
「朝にたった一本のバナナを食べるだけで慧音の仕事量で昼まで持つわけ無いじゃん! 体に悪いからやめなよ!」
「いや、それは出来ない……。今日寺子屋で身体測定があってな……。生徒だけじゃなくて教師も健康管理のために色々測るから、この日のためにダイエットしてきたんだ……。ちなみに今朝の食事は抜いている。当然だよな……これから量るのだから食べた分だけ重くなるしな……」
「だからって……明らかに身体に毒だよそれ……」
「大事なことなんだ。理解してくれ」
キャシャリン……じゃなかった慧音は青白い顔をしながら毅然とした態度で言い切った。彼女は以前の身体測定で思ったよりも体重が重かったらしく、それを凄く気にしていた様子だ。
それ以来色々なダイエットをやっていたみたい。
でも在りし日の慧音を見たとき、太っているようには全然見えなかった。
それどころかふっくらと女性的なシルエットは母性に溢れていて、子供のまま成長が止まってしまった私としては羨ましく思っていたのに。
主に胸とか。
「そういうわけで筍は体重を量った後に頂くよ、すまんなわざわざ来てくれたのに」
「いや、こっちこそごめんね、大変なのに。でもさ、胸が大きい人は体重があって当たり前なんだよ。ぶっちゃけ見た目が良ければ体重なんてどうでもよくない?」
「よくない!」
キャシャリン……慧音?は顔を真っ赤にしながら頑なに否定してくる。
「そんなに断言しなくても……うー……」
「いいか妹紅、体重っていうのは残酷なものなんだ。数字は世界の全てを決め付けてしまう悪魔の文字だ。学校のテストだって点数が低い奴に存在価値なんて無いだろう?」
「あるよ!? 教師がそんなことを言ったら一発辞任の大問題だよ!?」
「体重も同じなんだ。体重が重い女は存在自体重く見られるんだ。白い目で見られるんだ……この世からいらないんだ……」
やばい、キャシャリンってば過剰なダイエットのせいで危険な思想に染まってる!?
そういえば過度の食事制限をして頭に向かう糖分が無くなるとイライラするんだっけ。
「……そうだ妹紅も一度体重を測ってみたらどうだ?」
「ん~、そうは言われても私は蓬莱人だから身体が変化しないしなぁ……」
「はぁ? 死ねよお前」
「……………今なんて?」
「どうした?」
「う……うぅん何でもない………………」
どうやら人格を悪魔に支配されているようだ。
一刻も早くオクレ兄さんによるマ神降臨を願いながら、私は笑顔でその場を後にした。
だってダイエット中の女の人ってマジで怖いもん。
だけど私はその後寺子屋にて、女生徒たちに混ざって体重を図ることにした。
何故このような事をしようと思ったか、これには理由がある。
私は元々人間で、それが蓬莱の薬を飲んで蓬莱人と呼ばれる存在になった。
蓬莱の薬はその薬を飲んだ時点での身体の状態を維持する薬なので、身体の成長も老化も止まったまま。だから私はずっとこのまま変わらない。
例え世界中の人間が死んでも、妖怪が消滅しても、神が忘れ去られても、私達蓬莱人はいつまでも止まった時のままの姿。
――だから自分の身長と体重がいくつかなんて忘れてしまった
ずっと変化しないのならわざわざ調べる必要も無い。
人が何かを調べるという事は、大まかには知らないものを知るときとすでに知っているものの変化を知るためにあるんだと思う。
いや、もう一つある。それは忘れたものを知り直す時。
そしてそれは自分の背丈や重さを再確認することだけじゃなくて、自分の成長を測るという懐かしい感覚。柱に傷をつけて背丈の伸び具合を確認するようなもの。
だから、やっぱりちょっとぐらい、受けてみようかな……なんて、軽い気持ちで思った。
絶対不変の蓬莱人。身体の変化なんてあるわけが無く、それは意味のない事なのかもしれない。
けれど子供の頃のあのわくわくとした感覚は忘れられない。丁度自分の身体の正確な値の事も忘れてきたころだ。
一度ぐらい、あの感覚を味わいなおすのもいいかもしれない。
そう思っていざ身体測定にやってきたものの、一つの教室の中に集まる寺子屋に通う女の子達はみんな顔色が悪い。
どうやら朝ごはんを抜いてきたようだ。
成長期なんだからキチンと食べないと身体に悪いのになぁ。こんなことばっかりやっているとすぐにリバウンドして余計に太っちゃうのに。
だけどそう思う一方で、体重計に乗って一喜一憂する彼女達を見ると、自分がそういった気持ちを経験せずに終わったことに対して切なくもなる。
「次、藤原妹紅さんどうぞー」
「さて、次はいよいよ私の番か」
年配の女の人に呼ばれた私は、下着姿になってヘルスメーター型の体重計の上に――
――ミシミシ……バキン! ベキベキベキィ!!
物言えぬ体重計は「ぎゃあああああ」と悲鳴を上げる代わりに軋み、壊れ、轟音を立てて崩れ去るように見えた。
その最期はまるでフリーザ編後期のスカウターのようだった。
◆
②糖質は体重を増やしますが、体を動かし体重を落とす為には必要不可欠。動く為にも糖質は確保するべきです。
「――ってことがあったんだよ。私太ったのかなぁ……。そんなわけないよねぇ、私蓬莱人だし」
「どーだか。家の中でゴロゴロしてるから太ってるんじゃないの?」
その翌日、私は永遠亭にある輝夜の私室でゴロ寝していた。
私の隣には同じくゴロ寝している輝夜。
目の前には外の世界で十年以上昔に流行ったというレースゲームだ。
「妹紅はさ~、私みたいにもっとアウトドアでスポーティな趣味を見つけなさいよ」
「アウトドアもスポーティも全然お前には似合わない言葉じゃないか。てかそういう趣味って例えば何があるんだよ?」
輝夜はポッキーを咥えながらふふんと鼻で笑い、得意気にこちらを向く。
「盆栽とか」
「盆栽はスポーツじゃねーよ!? 何そのどや顔すっげぇうざいよ!?」
「じゃあハラキリ」
「切腹もスポーツじゃねーよこのセップク丸!? スポーツはそんな血なまぐさいものじゃないよ!? 第一どんなルールでやるんだよ!? 切腹にルールもなんも無いじゃん!?」
「美しさを競う……かな? 弾幕ごっこと同じようなものね」
「全然違うよ!? 弾幕ごっこを考えた巫女達にめっちゃ怒られるよ!?」
「ズバッ! ぐえぇ……ぐぎぃ……ぎあぅっ……がはっ!! ズンバラリ~♪」
「何か始まった!?」
「えー、以上で第28回ハラキリコンテストNo15番、田吾作さんのハラキリを終了します。ぱらららっぱぱ~。おめでとうございま~す、田吾作さんは71点になりました~」
「この大会だけでも田吾作さんの前に14人が犠牲になってる!? てか微妙に採点厳しいよ!?」
「田吾作さん、生への執着でわずかに迷いある太刀筋となったため、傷が歪な形になったのがマイナスポイントですね~」
「解釈始めちゃったよ!? 田吾作さん呻いてるぞおい!?」
「やべぇ介錯忘れてました。解釈に夢中だっただけに」
「うざっ!? そのどや顔うざっ! 早く楽にしてあげなよ! 田吾作さんすっごい苦しんでるよ!」
「ですがその苦悶の表情の素晴らしさにプラスポイントが付きました。ギリギリ合格点ですおめでとう~」
「田吾作さんの痛い思いは報われたんだね! 田吾作さんおめでとう!」
「よって田吾作さんは30分後の二回戦に進出です。種目はもちろんハラキリ」
「やめたげてよお!」
私は鯛焼きを口の中に放り込む。
最近私と輝夜は外で決闘していない。
ガチンコの肉弾戦もルールなしの殺し合いも一通りこなした私達。
最近は弾幕ごっこという技の華麗さを競う遊びで戦うことが多かったけど、私と輝夜はその再生力ゆえか他人の数倍のペースで弾幕ごっこをこなしていた。
だからというべきか、軽く食傷気味なのだ。
もちろんそのうち再開することは間違いないけど、今の馴れ合いのような関係は軽い小康状態というやつなのだろう。
そのせいか家の中でがしがし蹴りあったりすることはあれど、明らかに運動量が減った。
「ね~もこ~。大人のプロレスごっことかしないー?」
「やだよ輝夜ってば途中からキン肉マンごっこに変えるし」
「妹紅がミート君ね~」
「バラバラにされるじゃん!? 私がスプリングマンで輝夜がウルフマンだったらやってもいいけどさ」
「や~だ~」
みたらし団子を食んでゴロゴロと畳の上を転がる輝夜。
そんなやりとりを輝夜としていると、ガラリと襖が開かれる。
そこに現れたのはもう一人の蓬莱人こと八意永琳さんと妖怪兎の因幡てゐだった。
「あ、妹紅ちゃんいらっしゃい」
「おじゃましてまーす。お、てゐじゃん。ちょっと暇だったら混ざらないか? 鈴仙も呼んで皆で対戦しない?」
「あ~ちょっと今日はこれからやることあるから無理。つーか、あんた達最近家の中でゲームばっかりして……家の中で遊んでばかりだと目が悪くなるわよ。外で遊びなさいよ、ほらサッカーボール」
「お前はどこのお母さんだよ。下手にストレスを溜めたり気にしすぎるほうが身体に毒だし大丈夫だって。いいからやろうよ」
「ふふふ、てゐは人一番健康に気を使うからねぇ」
柔らかく微笑む永琳さんは輝夜の従者で蓬莱の薬の製作者。
ぶっちゃけ全ての元凶みたいな人だったりする。
彼女を恨んだ時期ももちろんあるけど、輝夜と違って私の個人的な恨みはあまり無いためか今はこうして普通に話したりする関係だ。
そういえば、と私は思いつく。
私が飲んだ蓬莱の薬の製作者である永琳さんなら、この不可解な現象の、私の体重が増えたことの理由がわかるかもしれない。
「あの、永琳さんちょっといいですか? 少し聞きたいことがあるんです」
「何かしら? 藪から棒に」
「蓬莱人って体重が増えたりするんですか?」
「……どういうこと?」
かくかくじかじかまるまるうまうま。
体重を量ろうとしたら体重計が壊れたこと。
慧音が言うには今の私は持ち上がらないほど重くなっているらしいということ。
眉を顰め怪訝な顔をする永琳さんに私は事情を説明する。
「蓬莱の薬は魂を基点にして、薬を飲んだ状態の体を永遠に維持する薬だって以前言ってましたよね?」
「そうね、だから蓬莱の薬を飲んだ者は基本的にその姿が変わる事は無いの。太ることも痩せることも無いわね。例外はまぁ、髪の毛とかぐらいかしら?」
「確かに私も黒髪ショートから白髪ロングに変わりました」
「蓬莱人デビューおめでとうもこたん!」
「やふ-!」と床をゴロゴロ転がる輝夜。何でこいつ最近テンション高いんだよ。
「でも今、私の体重が増えてるらしいんですよね。どういうことだと思いますか?」
永琳さんは教師が生徒に物事を教えるように語りかけてきた。
「確かに見た目は蓬莱の薬の力で飲んだときのままの身体の状態を保っているわよね、けど摂取したカロリーとか質量とかその他諸々はどこに行くのか考えたことは無い?」
「え~と、特に無かったです。最近まで気にしてなかったので」
「そう。でもね、蓬莱の薬の効果で身体はずっと同じ見た目を維持するのに、体内に摂取する食料がその体積を大きく超えている。そんな矛盾が生じた時、私達の身体にはある変化が訪れるの」
「――というと?」
「ちょっと話が逸れちゃうけど、一寸の虫にも五分の魂っていう諺あるでしょ? どんな生き物でも魂は同じもの、同じ大きさ、同じ重さ、だから大切にしようっていう意味。でもそれはおかしな話なの」
「どういうことです?」
私は首を傾げると、永琳さんが続ける。
「例えば人間の魂の重さについてなんだけど、人間が死ぬ前と死んだ後にそれぞれ重さを調べたら、死後に21g軽くなると言われているの。それが魂の重さだという意見もあるわ。でも一匹の小さな虫の質量が21gも死ぬ時に失われたら、小さくて軽い虫の質量なんて簡単にマイナスになっちゃうわよね」
「理屈だとそうなりますね」
「つまり生き物によって魂の重さは異なるの。それでここから話を戻すわね」
永琳さんは置いていたものを元に戻すような手振りを見せる。
「蓬莱人はその見た目は変わらない。魂に刻まれた情報を元に体を構成する。そんな魂に食料を摂取する事で質量が加算されていく。つまり、身体がそれ以上重くならないなら代わりに魂が重くなるのよ。今の妹紅ちゃんの魂は21gなんてものじゃない。下手したら数kg数十kgあるいはそれ以上の重さなの」
「あぁ、だから見た目が変わらないのに体重が増えてたんですね」
私は得心を得て納得した。なるほど道理で。
「でも私、今まではそういうことなかったんですよね」
「妹紅ちゃんは日々の生活で摂取カロリーと同じぐらい、むしろそれ以上にカロリーを消費してきたから気付かなかったんたんじゃないかしら」
「私の作った蓬莱の薬を飲んだからね~」と、永琳さんは付け加えた。
その時の永琳さんは申し訳無さそうな様子も開き直る様子も無く、ただすでにあった事実を述べるのみに見えた。
私の中にあった彼女を恨んでいた時期は一通り過ぎて落ち着いたのだが、その様子を見ると私も色々と思うところもある。
「でもね、妹紅ちゃんは最近は幻想郷で落ち着いた生活を送れるようになったから、カロリーが溜まっていたんだと思うの」
「確かに昔と同じように食べられるだけ食べてますね。幻想郷に来る前は次にいつ食料にありつけるかわからなかったので食事は腹一杯食べるように心がけてました」
「え~と、マニアックな例えをすると私達ってハガレ○のエ○ヴィーみたいな感じになってるの?」
輝夜が横から口を挟んできた。うっせぇ。
永琳さんも輝夜の突拍子の無い言動に少し困ったような顔をする。
「まぁいーや。どうせ体重がいくら増えても見た目が変わらないんだったら関係ないしー」
「何よ乙女らしくないわね~。関取並みの体重になったんだからもっとへこみなさいよ~」
そう茶化す輝夜に対し、私はちょっとムッとした。
「そういう輝夜も最近太ったんじゃないか?」
「え~? 超銀河美少女輝夜ちゃんがそんな大きなお友達の夢を壊すようなことあるわけないじゃん――って何いきなり持ち上げようとしてるのよ!?」
「うわっ超重い!? ナニコレ女の子としてありえねー!? あ、ちょっと輝夜浮くな! 空飛んで誤魔化そうとするな!」
こいつは……。人のこと言えないじゃないかこいつ。
どうやら輝夜も私と同じく結構な体重だったようだ。
やっぱり見た目が変わらないと油断するのかねぇ……。
「妹紅はダイエットとかしないの? 朝バナナダイエットとか納豆ダイエットとか」
「ん~……そういうのって続かないと思うんだよね~。見た目が変わらないんだったらダイエットしなくてもいいかな~って」
「妹紅ってハングリーに見せかけて根っこの部分は物ぐさよね。やっぱ根っこは平安貴族だわアンタ」
「平安貴族を差別すんじゃねー! 平安貴族に謝りなさいよコラァっ!」
そもそも次から次へと新しいダイエット法が現れるというのもおかしな話だ。
効果のあるダイエット法が一つできればわざわざ色んな方法を試す必要なんて無い。
だったらなるべく楽に――じゃなくて効率よく痩せたいに決まっている。
「まぁ私達には関係の無い話だよね」
「そうね~」
今の人里で言ったら人里アイドルランキング内臓部門1位2位の本領発揮しそうな目に会うであろう言葉を、暢気に言う私達であった。
あぁ、最近私達ってば変なファンがついてるし気をつけなきゃ。
◆
③足りない栄養(特にビタミン)はサプリメントで取ることがオススメ。軽いのに栄養が豊富です
翌日の昼。
私は永遠亭の客間で目を覚ます。
輝夜達とのマリカーが白熱した為か徹夜する破目になり、明け方に眠くなったので帰ると言ったら永琳さんが寝床を用意してくれていたというわけだ。
馴れ合いここに極まりである。
別に私の家も同じ竹林にあるんだからそんなに気を使わなくってもいいのに。
「ん~……ブランチまでご馳走になるのは流石に図々しいし、もう帰ろう」
私は体を布団から起こす。
何だか妙に体を動かし辛いというか、微妙に動きにくい。
「どうしたんだろ……生活のリズムが狂ったからかな……?」
取り合えず厠を借りた後に洗面台で顔を洗おう。
そう思って廊下に出ようとする。
「おかしいなぁ……この扉こんなに狭かったっけ? 何だか凄く体がつっかえるんだけど……」
最近の永遠亭ではそういう仕掛けでも設置したのかと首を傾げていたら、そこでばったりと永遠亭の妖怪兎の一人と遭遇。
昨晩一緒にマリカーをやった兎の一人だ。ブレザーっぽい服を身につけたこの子の名前はうどんだか蕎麦だか冷麺だか言ったっけ?
寝起きだから名前が浮かんでこないなぁ。
けれどそんな彼女の様子がおかしい。まるで不審者でも見かけたかのように私から距離を取り、警戒心露な目で睨んでくる。
「……誰ですか貴方」
「え? やだなぁ今朝まで一緒にマリカーやってたじゃないか」
「何を世迷言を。とにかく私に近づかないで下さい、すぐに警備の兎達を呼んできますから」
「おいおい……え~と、冷麺」
「鈴仙です」
「そだそだ鈴仙、見てわからないのか? 妹紅だよ妹紅」
「俺俺詐欺ならぬ妹紅妹紅詐欺ときましたか、嘘なら少しはマシな嘘をついたらどうなんですか? 貴方の何処が妹紅さんに見えると言うんです?」
「何処からどう見ても藤原妹紅に見えると思うんだけど……」
おかしいなぁ、私化粧しないから寝起きでも見間違えられること無いはずなのに……。
「う~ん、まさか本当に私を騙せるとでも思っているんですか?」
「騙すって……だから私は妹紅なのに……」
「いいでしょう、取り合えずそこの部屋にトイレと洗面台があるのでご自分の姿を鏡で見てください。あ、体を引っ掛けて壁を壊さないように気をつけて」
「…………」
私は首をかしげながらその部屋に入る。
確かに注意されたようにこの部屋の入り口は狭い。小柄な妖怪兎達のサイズに合わせた作りなのだろうか?
背が高い輝夜なんて特に不便だろうに。
「まったくもう……アイツどうしたのさ……目がおかしいんじゃないか? むしろおかしくなったのは頭か?」
いくら何でも前日の夜に一緒に遊んだ人間を不審者と見間違えるなんてありえない。
そう考えながら鏡の前に。
「ほ~ら、どこからどうみても――――」
◆
④風邪を引きやすくなるので注意してください。イソジンは必須品です
「こりゃあ寝肥(ねぶとり)の仕業ね」
「寝肥……? ねぇてゐ、何よそれ?」
「眠っている女に取り付いてぶくぶくと太らせてそれを見る男達を幻滅させる悪戯好きな妖怪よ、鈴仙。本体は小さな狸みたいな姿をしているのさ」
あの時鏡に映っていたのは、私の知っている私とは似ても似つかない何かだった。
それは自分で自分の姿を描写することすら憚られる程のもの。
一文字で言い表すなら肉。
しかも慧音のようなムチムチのプリンプリンではないから泣けてくる。
“ソイツ”を目の当たりにした瞬間、私はショックで倒れてしまった。
その後永遠亭が大騒ぎになって、呼ばれてきたのが妖怪兎の長であるてゐ。
今は客間の私の部屋で鈴仙と永琳さんを含めた四人で話をしている。
てゐはこういった事態に対して覚えがあるらしくて、混乱していた私は段々と事態を把握してくる。
「普通は寝肥に憑かれても起きたら体は元に戻るはずなんだけどねぇ……起きていても寝肥が外れないままだなんて、聞いたことも無いよ」
けれどそんなてゐもこういったケースは初めてだったらしく、両腕を組みながらん~と唸る。
なんだよそれ……どういうことなんだよ…………勘弁してよ…………。
「ま、自業自得なんじゃない? 今までずっと食っちゃ寝食っちゃ寝ばかりしてたからバチが当ったんだよ。これに懲りたらせいぜい摂生した生活を心がけるようにするんだね」
「ちょっとまってよ……摂生した生活をしても元に戻るとは限らないんだろ……」
「まぁね。寝肥に憑かれると元々痩せて摂生していても太るし」
てゐはあっけらかんと言った。コイツにとっては所詮他人事だ。
「無かったことにできないの? 誰かの能力でこの寝肥を何とかできないの?」
「出来ないね」
てゐはバッサリと切り捨てた。
「龍神の台詞を借りるのなら「それは私の力を超えている」ってところだね。例えるなら汎用性の高く万能に近い能力を持つ八雲紫でさえも、特化した能力の持ち主に比べたら出来ないこともある。他人を太らせることのみに限定し特化した寝肥はそれに関してはスペシャリストだよ、他者の能力の干渉を受けることはない」
「私も力になりたいのは山々なんだけど……「蓬莱人から戻す薬」を作ることが出来ないようなものなのよねぇ……」
「そんなぁ…………」
説明をしてくるてゐと横から話に入ってきた永琳さんの会話は私を大きく落胆させる。
もうやだ……本気で死にたくなってきた…………。
そんな私を置いてけぼりにするように、そこに更に鈴仙が会話に加わってくる。
「それにしてもこの寝肥って妖怪初めて見ました。そんなに珍しい妖怪なんですか?」
「珍しいっていうか幻想郷では1回懲らしめられて追い出されたのよそいつ等。最近になって再生してきたようだけど」
「どういうことよてゐ? 妖怪が、しかも全てを受け入れるってのがキャッチフレーズの幻想郷にやってきた妖怪が追い出されるってよっぽどじゃない。ソイツどれだけマズイ事したのよ?」
「それには深い訳があるらしいのさ」
てゐは遠い目になって、寝肥を巡った過去の争いについて語り始めた。
某睡眠大好きな妖怪の賢者さん「ありがたく思え、絶滅タイムだ♪」
「おしまい」
「どこが深い訳だよ5秒で終わったよ!? てか幻想郷は全てを受け入れるんじゃなかったのかよ!? あとどう考えても八雲紫さんだよねその人!? 職権濫用にもほどがあるぞ!?」
私は思わず突っ込みの嵐を入れる。
つまり寝肥が幻想郷で見かけられない理由は睡眠を好む女妖の逆鱗に触れたためらしい。
「でも紫さんマジGJ! 汚物は消毒しなきゃ駄目だよね!」
「何いい笑顔で物騒なこと言ってるんですか妹紅さん!?」
「まー、実際に被害にあった女子はまずそう思うだろうね」
「……妹紅ちゃん大丈夫? 何だか目が据わってるんだけど」
「いえ、別に何でもないです。ところで輝夜はどうしたんですか? もう昼過ぎなのにまだ寝てるんですか?」
もし輝夜が起きてきてこの姿を見られたら、そう思うと私はゾッとする。
輝夜には馬鹿にされるだろうし、笑い転げられるだろうし、そしてそうされたら私はまずブチ切れるに違いない。
けれどそんなことは不思議とどうでもよかった。
輝夜に馬鹿にされることは確かに腹が立つけど、それ以上に嫌なのが輝夜に落胆されること。
絶対に見せたくない。理由はわからないけど、本当に嫌だった。だから輝夜が起きているのなら、鉢合わせしないうちに帰りたかった。
「ん~、姫もそろそろ起きてきてもいい時間なんだけどねぇ。今日はやけに遅いわね。ちょっと優曇華、姫の部屋に行って起こしてきて」
「……は~い」
「姫って中々起きないから面倒なんだけどなぁ」なんてぼやきながら鈴仙は輝夜の部屋に向かっていった。
「じゃあ私はそろそろお暇します。すいません寝床までお世話になって」
「ちょっと待って妹紅ちゃん、話があるわ。私さっきから考え続けていて今わかったの、妹紅ちゃんの寝肥が外れない理由」
立ち去ろうとした私を永琳さんが引き止める。
一刻も早く立ち去ろうとした私だけど、これに関しては聞き逃がすわけにはいかなかった。
「昨日の話覚えてる? 蓬莱人は見た目が変わらないまま体重が重くなるっていう話。そして今の妹紅ちゃんの体重がどうなっているか、という話」
私はこくりと頷く。
蓬莱人ゆえの油断のせいか、今の私の体重は恐ろしいことになっている。
もし通常ならば体型が変わることのない蓬莱人じゃなかったら、今の私の見た目は寝肥に取り付かれているこの姿と何も変わらずにいることだろう。
「つまり重い体重のままでは寝肥の力が増幅されるの。妹紅ちゃんの体重での本来の体型がそれだからね。ということはね、妹紅ちゃんが寝肥に憑かれる前の、固定されていた体型に相応しい体重まで減らすことが出来れば――」
「そうすれば――」
「ええ、寝肥を外すことが可能になるわ」
永琳さんは力強く頷いた。絶望していた私に射された一筋の光明。
「ありがとうございます。ですが……」
けれど、それは難しい話だ。
だって、こんな姿じゃ外を走ることも出来ない。
もうこれ以上、誰かにこんな姿を見せたくなかった。
人の目を避けながら家の中で元の体重までゆっくりと戻すしかない。当然外で動くことに比べて運動量はガクっと減る。何ヶ月、何年かかるかわからない。
その間ずっと私は家の中に一人ぼっち。そう考えると気が重くなる。
「心配する必要は無いわ、私に任せなさい。一時的にだけど元の姿に戻す手はあるの」
そんな私に永琳さんが優しく微笑みながら肩を叩いてくる。
「何でそこまでしてくれるんです……? 今は馴れ合ってますけど私は輝夜の敵で、永琳さんは輝夜の従者なのに……」
いい厄介払いが出来るはずなのに、何でだろう。
この人は妙に私のことを気にかけてくれる。私を蓬莱の薬の犠牲者にしてしまったことに関しては何も思っていないように見えたのに、立場上は輝夜の味方のはずなのに。
「まぁ、同じ蓬莱人として~とか、見ていられなかったから~とか、色々と理由はあるかもしれないけど――強いて言うならば姫の為と、私の為よ」
一体何が輝夜の為であり永琳さんの為なのかわからないけど、永琳さんは迷い無い瞳をしていた。
「あくまでも一時的に元の姿に戻すだけ、よ。そしてリスクもある」
「リスクって何ですか?」
「期限内に体重が戻らなかったらその寝肥に憑かれた姿に戻って、しかもこれまで以上に寝肥が固定される。つまり数年から数十年……下手したらそれ以上を太った状態で過ごさなきゃならなくなるの」
ごくりと、息を飲む。
常人ならば一生分をこの姿で過ごさなくちゃならなくなる、それはあまりにも重いリスク。
「ちなみにこの見た目相応の体重って具体的には何kgくらいなんでしょうね? それがわかるかわからないかで大分精神的なキツさが違うと思うんですけど」
「そうね、妹紅ちゃんの容姿だと大体4○,○○kgってところね」
「え? 何で即答できるんですか?」
「永琳アイは少女を見るだけでその身長、体重、スリーサイズを測定できるのよ」
「…………」
永琳アイパネェ……。
「すっ、すごいですね。やっぱりお仕事ではそういう能力って必要なんですか?」
「ん~、むしろ私特有の能力っていうところね。長年の勘ってやつかしら」
私も長年生きているんだけどそんなの使おうだなんて考えたこと無いな。
なんか引っかかるような……まぁ、いいや。
「一ヶ月が限度ってところね。その間に元の体重まで落として、寝肥を払わなきゃいけないの。ようはシンデレラにかけられた魔法と同じようなものね。魔法が解ける前にお姫様にならないと、元の木阿弥。いい? 元の体重以下よ。1gでも重かったら駄目。…………それでも出来る? どっちでもいいのよ、リスクを得ずにゆっくりと時間をかけて戻すのも、リスクを得てすぐに戻すのも」
そんなの、残酷な選択だった。
どっちを選ぶかなんて、決まってるじゃないか。
普通に考えれば無理に短期間でやせる必要は無い。
だからこそ、無理なダイエットをする必要は無い。
普通にご飯を食べられる状況でわざわざキツイことをするのは馬鹿な事だと思う。
でも、女の体に生まれてきた者としての気持ちは別だった。
そんな単純な考えで割り切れるようなものじゃなかった。
「永琳さん、リスクを得る方を選びます」
「……本当にいいのね?」
「ええ、私は少しでも早く元に戻らないと、輝夜に馬鹿にされて喧嘩どころじゃなくなりますから」
「……そう、わかったわ」
「具体的にはどういうことをやるんです? 永琳さんが作った薬でも飲むんですか?」
「まぁ近いわね。優曇華と協力して狂気を操る程度の能力の効果を持った薬を全身に塗りこみながら体にある美容痩身のツボを押して押して押しまくって、寝肥を誤魔化すの。さっきも言ったように一時凌ぎで見た目を戻す程度にしかならないけどね」
「何か凄いですねそれ」
流石月の叡智と呼ばれるだけのことはある。
色々と勉強したんだろうなぁ。
「こう見えても私は薬学や医療技術意外にも、八意流鍼灸免許(自家製)やら八意流タイマッサージ免許(自家製)やら八意流エステ気功術(自家製)の免許皆伝なのよ」
「全部自家製じゃないですか!? 体に優しい有機栽培の野菜で作られた自然志向の料理店ですかソレ!? モグリにもほどがありますよ!」
「大丈夫大丈夫、私はそれら全てを組み合わせた究極整体術SHIATSUの開発に最近成功したの。妹紅ちゃんはその栄えあるお客様第一号よ」
「それは実験体第一号の間違いですよ!?」
ちょっと待った!?
話が妙な方向に進んでるよ!?
「じゃあいくわね、一ヶ月で死ぬツボと代謝がよくなるツボと身体の組織を作り変えるツボを押すわ」
「ちょっとタンマ! 何自然に一ヶ月で死ぬツボなんて物騒なツボ混ぜてるんですか!?」
「こういうのはタイムリミットをつけた方が効果が激増するのよ。大丈夫、永琳のSHIATSUだよ」
「レビューの点数を金で買えると噂の某ゲーム雑誌の攻略本並みに信用ならないですってばぁっ!? 待てぇぇぇぇ!! 待ってぇぇぇ!!」
私の脳裏には輝夜に貸してもらった不思議なダンジョンを攻略するゲームの一場面が過ぎる。
仲間をたくさん引き連れて潜ったはいいものの、一つ目のあの方の催眠によって混乱した仲間が皆主人公に一斉攻撃。
おいやめてちょっと袋でマジで死ぬ「あ、ごめんアニキ」じゃねぇよお前なんで混乱してないのに攻撃して来るんだよ!
HPが一桁、回復アイテムは無し、装備品には合成しまくった秘蔵のどうたぬき。
そして周囲には一つ目をした憎いアイツと混乱した仲間(+役立たず)、唯一の回復手段を持つ指圧師。
『あ、いけねぇ!』
「ぐ……ぐぁぁ……う゛あ゛あ゛あ゛っ…………」
痛い……超痛い…………。
そんな私を見る永琳さんは顎に手を当てながら何か納得しない様子。
一体どうしたんだろう?
「ん? 間違ったかな?」
「あみばっ!?」
オイ、今聞き捨てならない台詞聞こえたぞ!?
「冗談冗談。ほら、鏡を見て御覧なさい」
「あっ」
私の目の前に突然手鏡を向けられる。
そこにいたのは永遠に同じ姿を生き続ける、禁忌の薬を手に出した女の子。
私の知っている私。
「えっ、あのっ、これっこれって、凸面鏡じゃないですよね?」
「そんなわけ無いじゃない。紛れも無い普通の鏡で、これが妹紅ちゃんの今の姿よ」
…………。
………………。
……………………。
「う……うぁ……よかったぁ……よかったよぉ…………永琳さんありがとう…………うぁぁっ……ありがとぉぉっ…………」
「よしよし、何も泣くこと無いのに(漫画の見よう見まねでやったんだけど、北○2000年の歴史って凄いわね)」
永琳さんの豊かな胸で泣き崩れる私。
良かった……本当に良かった……私、ずっとあんな姿で生きていかなきゃならないかと思った。
溢れてくる涙が止まらない。
本当に、よかったぁ……。
そんな時のことだった、鈴仙が慌てながら襖をガラッと開けてきたのは。
「師匠! 姫がっ姫がそのっ――」
「オーケーすぐ行くわ」
その後輝夜の部屋の方から「ぎゃああああ」と耳を塞ぎたくなるほど大きな悲鳴が聞こえてきた。
うん、輝夜がさっきから姿を見せなかったのはそういうことだったのか。
「神が造形したかのような整った顔立ちに玉の様な肌に常に濡れたような瑞々しく艶やかな髪に体は全体的にほっそりと理想的なスレンダー体型、まさに超大宇宙美少女蓬莱山輝夜ちゃんの登場よ!」
「お前何念押ししているのさ……」
「ほっそりとスレンダーバディの超天元突破美少女蓬莱山輝夜ちゃんよ!」
「……ごめん、よっぽど大事なことだったんだな」
てかよくもまぁ、自分で自分の容姿をそうやって褒められるよな。
美貌がアイデンティティーの女の子が寝肥に憑かれたらそりゃあ物凄くショックなのは理解できるけどさ。
結局輝夜も寝肥に憑かれていて、今は永琳さんの手で一時的に元の姿に戻っているようだ。
「けどさー、何で私達が寝肥に憑かれたのに同じ蓬莱人の永琳は被害に会わないのよー不公平じゃないのー」
輝夜が両腕を頭の後ろで組みながらぼやく。
恩知らず極まりない奴だな、ホント。
「私こう見えてもあまり体重ないのよ。頭脳労働って結構カロリー使うの」
「つまりアンタ達は頭も体も動かさないからそうなったってわけだぁね」
てゐはケタケタと意地の悪い笑いを浮かべ、鈴仙に失礼だと注意されて横から引っぱたかれた。
「もう一度確認するわね、貴方達はこれからその体型に見合った体重まで落とさなきゃならないの。もし落としきれなかった時は……わかるわね?」
私と輝夜はこくりと頷く。
期限の一ヶ月以内に体重を落としきれなかったら、私達は数年はあの姿のままになってしまう。
そんなの……ごめんだ…………。
「とにかく、これで私達は後には引けなくなったわけだな、輝夜」
「不本意極まりないけどね。でもこの際だから共同戦線でも何でもいいわ……」
「ああ、一緒にダイエットを成功させよう!」
私と輝夜はガッチリと握手を交わした。
こんなこと好きなジャンルとカップリングとシチュがピタッと被った数百年前の冬以来だ。
そんな私達を永琳さんが微笑ましく笑っていたが、実情はそんなに綺麗なものではない。
私と輝夜の握手を構成していたのは黒い連帯感。
地獄に落ちるなら誰か道連れにしたいもの。
私一人だけ辛い目に会うなんて真っ平だ。
輝夜も道連れよフーハハハー。
◆
⑤走る時はなるべく着こんで走りましょう。身軽な状態で走ることに比べて汗をかくので体重の落ち方が違います
「ところでダイエットって何すればいいの? 私ダイエットやったことないからわからないのよね~」
輝夜は子供のように首をかしげながら聞いてくる。
どうやらコイツ、一時的とはいえ容姿を元に戻したせいか油断しているようだ。
でも私もダイエットに詳しくないから、正直言って聞かれても困るのだ。
「飲まず食わずで運動すれば痩せるんじゃない……?」
「え~! 何それきっつ~い! 力石じゃあるまいし今時時代遅れよ! 食べて痩せるのが最近の流行りだっていうじゃない! 誰かダイエットに詳しい人っていないの?」
私の頭には慧音の姿が思い浮かんだけど、すぐにそれを振り払う。
慧音みたいにフラフラになりたいかと言えばノーだ。
あの姿はあまりにも痛々しい。
「そんなこと言ったってなぁ……ダイエットをやっているっていうことはつまり一度太るようなことをしているっていうことで……。元々太らないような生活を送っている人に聞いたほうがいいんじゃないか?」
「太らない……健康的な生活……節制……そうだ! ねぇイナバ! ダイエットの方法教えてよ!」
輝夜はてゐの方を向いた。
いい加減名前で呼んでやれよ、影では名前で呼んでるとか言い訳してるけどさ。
「ねぇイナバ、健康オタクの貴方だったら何か痩せる為にいい方法知ってるんじゃない?」
「走れ」
気さくに声をかける輝夜に向かって、てゐは澄み切った青空の中で輝く太陽のような笑顔で言い切った。
率直極まりなく、限りなくシンプルに。
「いや、そんなありふれた方法じゃなくって。健康オタクの貴方なら何かいい方法知ってるでしょ? 楽に痩せる方法」
「ねーよ、走れ」
「だからぁ~……効率が良くってきつくない方法教えてちょうだいってか教えろっての」
「つべこべ言わずに走れ。話はそれからだ」
「……兎鍋ダイエットっての思いついたわ」
オイ輝夜、何でもダイエットってつければ許されると思うなよ。
「うっさいわねー! こっちは新しいダイエットに手を出してすぐに放り出す奴とか楽して痩せようとか馬鹿抜かす奴見るとイライラするのさ! 適度な食事と適度な運動をすりゃあ変な病気でもない限り太るわけないってーの! 不摂生な生活してる奴はとりあえず1日20km走れ! 40km自転車漕げ! 30km泳げ!」
「いやいや最後が水泳のトライアスロンはヤバイだろ!?」
泳いでいる途中で力尽きて溺死大量発生だぞ。
そう私が突っ込む中、てゐは苛立たしげに頭をガリガリかいて本棚に向かうと、一冊の本を引っ張り出してきた。
「え~と、一日の基礎代謝量が十代前半の――まぁ私達の肉体年齢を14歳ぐらいってことにしておこう。14歳の女の子だと1340カロリー。つまり1日にそれ以上カロリーを取らなければ脂肪になって体重が増えるようなことは無い、と」
てゐから受け取ったダイエットのための本を読み上げる輝夜。
私と輝夜は今、竹林の私の家に居る。
「永遠亭だと誘惑が多すぎるのよね。妹紅の家は何も無いから問題ないわ」と、兎達を見て涎を拭きながら言っていた。
そんな私達は先ほどモビルスーツが踏んでも壊れない特注の体重計で体重を量った。
「人が1kg痩せるには、約7200キロカロリー消費する必要があって……ウォーキング1時間で約200キロカロリー消費……つまりウォーキングを36時間やらないと1kg痩せない。そこで私達の消費すべきカロリー量を計算してみると――」
私の消費すべきカロリーは53万です。
「うん、ぜってー無理」
「ウォーキングで言ったら2650時間か。1日24時間ぶっ続けで運動しても約3ヶ月半。更に食事で摂取されるカロリーもあると考えると、まず正攻法じゃ一ヶ月では間に合わないな、輝夜」
私はうんざりとしながらため息を吐いた。
あ~ホントどうしようマジで。
「めんどくさー! わけわかんないわよ、何でダイエットってこんなメンドイの?」
「取り敢えず低カロリーな食べ物を食べながらカロリー消費の高い運動するしかないか。あ、このページ見てよ輝夜。コーヒーに含まれるカフェインとか、唐辛子に含まれるカプサイシンとか、ヴァームっていう体脂肪を燃やす飲み物とか、ようは体重を落としやすくなる成分を動く前に摂取するといいらしいよ」
「らしいわね~。そういうわけで通販で速達頼もっか」
あっという間にダンボール積みのヴァームが送られてきた。うーぱっくぱねぇ。
私達はジョッキ一杯のヴァームを飲む。
「中々美味しいね♪」
「そうね♪」
食べないで痩せるなんて今時流行らないよね。
効率の良いダイエットを調べもせずに飲まず食わずで痩せようとするなんて、情弱の愚か者のやることだよ。
「んじゃ今日は私が夕飯作るよ。MOKO?Sキッチンはっじまっるよ~」
「お~待ってました~」
夕飯は蒟蒻を使った低カロリー料理。今日はちょっと控えめだ。
カロリーがないせいかあまり満足感は無いけど、一応お腹一杯食べることは出来るし。
「あ、この蒟蒻ステーキ美味しいっ♪ 中々やるじゃない」
「一人暮らしが長いせいか料理は得意なんだよね~」
「褒めて遣わす~。私の料理番に任命してもいいわよ」
「丁寧にお断りしますわ、と。でもさぁ、やっぱりお肉が食べたくなるよ」
「しょうがないわよダイエット中だし。んじゃあ寝肥を払い終わったらお礼にウチで焼肉ご馳走してあげよっか?」
「マジで!? 頼むよ!」
よっしゃ!
ダイエットのモチベーションが上がった気がする!
「それにしてもダイエットって大変だよね~」
「そうね~」
「ど、こ、が、じゃこのあばずれ共がぁぁぁぁぁ~~~~!!」
「「きゃあああああああっ!?」」
ガラッと、私の家の玄関から乗り込んできたのは軍服姿のてゐと鈴仙。
てゐはこめかみをヒクつかせながら私達の前に仁王立ちしてきた。
「アレで懲りて殊勝な態度していたと思ったのが大間違いだったわ! 不摂生な生活で太ったアンタ達の生活態度がすんなりと直るわけが無い! 低カロリー食品? こんなバケツみたいな量の蒟蒻で低カロリーも何もないでしょうが! てかお腹のどこに入ってるのよこの量!」
「あ……あの、イナバさん? 一体どうしたんですか急に? さっきは協力していたのにどういう心変わりで?」
輝夜も敬語になるのも無理のない事だ。私だって正直なところ引いている。
「やっぱりよく考えてみて、友達が苦しんでいるところを黙ってみているわけにはいかないって思い直しただけさ」
本当か?
こいつのことだから面白そうだから茶化しに来ているだけじゃないのか?
人の苦しむところを高みの見物しようと思っているだけじゃないのか?
ものすっごい胡散臭いんですけど……。
「……嘘でしょ。私達が苦しんでいるところを黙らずに茶化しながら見て楽しみたいだけだろ?」
「そんなことないよ!(チッ、どうしてばれた)」
てゐはキラキラとした、一切の曇りの無い瞳で私達を見つめてきた。
…………うん、超信用ならねぇ。
「どっちにしろアンタ達だけだと間に合わないから、私の綿密に立てたダイエット計画は必須だと思うよ」
「そりゃあそうかもしれないけど……そういえば永琳さんはどうしたのさ? 永琳さんもこの手のことに色々詳しそうなのに」
「何でも「八雲紫と一緒に他の寝肥をシバキに行ってくる」って笑顔で言ってた」
「……マジで?」
「あー、永琳だったらやりかねないわ、ソレ」
「……マジで?」
「だって永琳が蓬莱の薬を作ったのって、永琳好みの女の子を永遠に姿を固定して愛でる為だったから。永琳にとって乙女の敵は虐殺対象よ」
「ちょっと待てぇ!? そんな邪な動機で作られたのかあの薬!?」
そしてそんなのに振り回された私って!?
「ちなみに妹紅の事も結構好みだって言ってたわ。こないだ天狗経由で手に入れた妹紅の盗撮写真(裸体)を眺めながら「私の白衣着せてぇ……」って呟いてたわよ。良かったわね」
「良くないよ!? てかその写真処分するから今度持ってこい!」
うっわぁぁ……さっきまで持っていた永琳さんの印象がガラッと変わっちゃったよ……。
あの人実は物凄く危ない人だったのか……。
例えるならアレだ、近所の面倒見のいいお姉ちゃんが実はロリコンだった的な……。
「そういうわけだから私達がアンタ達のダイエットを監視することにしたわ! アンタ達は見た目だけは元に戻っていることで甘えと油断が助長されている! それを捨てさせて地獄を見せにきたのが私達の仕事だ!」
てゐは小さな体を命一杯にそらして偉そうにしていた。
こうして私達の地獄の一ヶ月が幕を開けた。
◆
⑥高塩分、高脂肪、高炭水化物、そして水分。ラーメンは体重を落としている時、最も食べてはならない食品です。
「朝の運動は一日の基礎代謝量を高める効果がある!(※本当です) よって朝4時からランニングだ! ほらさっさと起きろ!」
「食事は全く食べないと脂肪を燃焼させるために必要なエネルギーが得られないから、運動前に少しだけなら食べてもいい! だが少量を多回数に分けろ! それと夕食はなるべく少なめだ!(※これも本当)」
「有酸素運動で脂肪を燃焼する一方で、無酵素運動の筋力トレーニングで基礎代謝量を高めろ!(※筋肉質な人は痩せ易い)」
「ダイエット中は炭水化物と油は厳禁だと世間ではいうが正確には違う! 運動前は極少量の炭水化物とサラダオイルを摂取しろ! 脂肪という薪を火で燃やすための火種となる炭水化物が無いと、脂肪は萌えないのだ! 少量の油分は身体の脂肪を燃焼させるサイクルを作る為に必須なのだ!(※嘘のようだけど本当の話です)」
「睡眠時以外は動け! 動いて動いて動きまくれ! 24時間ウォーキングしても3ヶ月以上掛かるのならウォーキングの4倍のカロリーを消費する運動強度で常に動け! 疲れたから休ませてくれだと!? ふざけるな! 睡眠時休ませてやるだけありがたいと思え! 一日一時間の睡眠時と3分×5回の食事休憩以外では動き続けろ! (※蓬莱人に限ります。真似をしないで下さい)」
息を切らせながら縄跳び、自転車、ランニング、様々な運動をする私と輝夜。
その横でやたら偉そうなてゐとちょっと引いている鈴仙が話をしていた。
「ねぇ、てゐ。いくらなんでもこれはちょっと厳しすぎない? 私のいたところでもここまではしてないよ」
「いいのさ。冗談抜きでこれぐらいしないと間に合わないの」
「それでもこれはちょっと……なんだか見てるこっちが辛くなるんだけど……」
「……ねぇ鈴仙。姫達のことを本当に思っているんだったら、心を鬼にしないと駄目だよ。優しくしてダイエットが失敗したら意味が無いんだ。厳しくても恨まれても、ダイエットを成功させるのが私達の仕事なんだよ。それが仲間ってもんじゃないか」
「仲間……こういうのが……」
「ああそうだよ。ダイエットに失敗して姫達が寝肥によってぶくぶく太ると、姫達は絶対に今よりも辛くなって悲しくなる。だから私はこんな汚れ役を買って出たんだ」
「てゐ……」
「だからさ、見ててよ。私は絶対に二人のダイエットを成功させて見せるから」
「……………………わかったよ。もう私は口出ししない。それとごめんね、てゐ。私は貴方も姫も妹紅さんも応援するよ」
「わかってくれてありがとう(な~んて言ってるけど、単に面白そうだからシゴいてるだけなんだけどね♪ これぐらいしないとギリギリってのは本当だけど♪)」
うん、絶対騙されてるよ鈴仙。
――そして二十数日が経過した。
「お腹すいた……疲れた……死ぬ……」
「もうやってらんねぇ……何で私がこんな目にあうのよ……コロシテヤル……あいつ等私が元に戻ったらコロシテヤル……調子にのりやがってあの兎が…………あいつに蓬莱の薬を飲ませて、蓬莱人だからこそ味わえる苦痛のフルコースを味あわせてやる……」
期日まであと十日。
私と輝夜は二人で並んで竹林を走っている。
確かに私達の体重は物凄い速さで減ってきた。
フリーザ第一形態くらいあった消費すべきカロリーは、今はリクーム以下だ
このペースを維持することが出来れば体重を落としきることが出来るだろう。
けれどあと三分の一の期間もこんな地獄のような生活を続けていけるという自信が無かった。
肉が食べたい。てゐ達の目を盗んで漫画を読んでいたら料理シーンのあるページに舌を這わせてしまった。
流石にこれはヤバイと思って家の中にある料理漫画全部をテープでぐるぐる巻きにして封印した。
にもかかわらず、某グラップラーな格闘漫画でモキュモキュと肉を食べているシーンがあったからもう……。
お米が食べたい。白米を茶碗一杯食べたい。おかずなんていらない、ごはんだけでいい。動く為に必要な低カロリー食品だけじゃ、心は満たせない。
疲れた……。全身の筋肉が熱を持っている。夜寝ようとしても体が熱くて寝れない……。そのせいで少ない睡眠時間がより少なくなり、布団の中で横になっているだけで時間が過ぎていく……。
お腹すいた、お腹すいた、疲れた……、お腹すいた……疲れた……お腹すいた……。
「お、妹紅じゃないか。それと輝夜か。二人で走っているなんてどうかしたのか?」
走る私達の前に居るのは慧音。
慧音に会うのは随分と久しぶりだった。
「そう言う慧音はこんな所でどうしたの?」
「ん~、最近妹紅に会ってないなと思ってな。折角だから差し入れでも持ってきたんだよ」
慧音は大分血色が良くなっていて、ダイエット前の少しふっくらとした体つきに戻った。
性格も殺伐としていたダイエット時のものじゃなくて、思いやりのある優しい慧音に戻ったようだ。
よかったぁ……慧音が正気に戻って……。
やっぱり無理に痩せるよりも慧音は少しふっくらしていた方が健康的な女性の魅力を発揮しているように見える。
たゆんたゆんと揺れる胸とか本当に柔らかそうだ。
……おいしそー。
「妹紅が前に言ってたように、やっぱり過激なダイエットは駄目だな。適度に食べて適度に運動する。余分なストレスは溜めない。これだな。だから私もよく食べよく運動するようにしたら調子が良くなったよ。ほらっ、妹紅もこれを食べてよく動くといいぞ」
そういって慧音が差し出してきたのは、お握りとソーセージに卵焼きに漬け物の入ったタッパー。
「……………………」
「あぁ、こんなところで渡したら荷物になるな。妹紅の家の前に置いておくよ」
「……………………」
「どうした? フラフラじゃないか。随分と調子が悪そうだな」
「……………………」
私の中でここで食べることでの一時の幸福と、長い間あの姿で過ごさなくてはならない地獄が天秤にかけられる。
「……………………」
「……………………」
「……………………」
「……………………」
「……何があった?」
「あ~……ごめん慧音、私達ちょっとダイエット中なんだよね」
私は、誘惑に打ち勝った。輝夜も同じようだ。
自分で自分を褒めてあげたい気分だった。
自分に勝つとはこのようなことを言うのだろう。
「そうか、やっぱり妹紅も女の子だから気にするようになったんだな。わかった。じゃあ無理には進めないよ。これも持って帰る。けれどあまり無理なダイエットは禁物だぞ」
「うん……本当に御免ね…………」
慧音は先日までの彼女に言って聞かせたくなるような台詞を口にした。
最近ダイエットに忙しくて慧音に会いに行ってない上、永琳さんの力のお陰で寝肥に憑かれていても私達の見た目が変わらない。
そのためか、どうやら慧音は私達がどれほど過酷なダイエットしているかということを知らないらしい。
「だがな、妹紅。たまには自分にご褒美をあげないと続かないぞ」
「この……班長みたいなことをいっちゃってこの成分無調整牛乳め……遠心分離機にでもかけられて低脂肪牛乳になっちゃえ…………」
「ん? どうかしたのか輝夜?」
「あーあー、慧音、何でもないよ。輝夜は最近ちょっと幻覚が見えるんだ」
「ふむ? そうか」
輝夜がストレスのあまり慧音に飛びかかりそうになり、慌てて制する。
けどまぁ、輝夜の言いたいことは私も思ったから困る。
だってたゆんたゆんな慧音が本当に美味しそうに見えるんだもん……牛肉……牛乳……ミルク……。
「まぁ、もし気が向いたらウチに来てくれ。たまには栄養のあるものをたんと食べないと餓死するぞ。いくら不死身の蓬莱人とはいえ命は無駄にするものじゃない。妹紅は勿論輝夜にもご馳走するからな」
「わかった。じゃあね、慧音」
「じゃあな」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………なぁ、妹紅に輝夜。私の服を引っ張っているその手を離してくれないと帰れないんだが」
「「…………慧音先生、ご飯が……ご飯が食べたいです」」
で、何だかんだで人里にある慧音の家に。
――もぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐ。
「おいおい……ダイエットしてるんじゃなかったのか? 確かに私はたまには栄養のあるものを食べないといけないとはいったが、そんなに一気に食べると却って体に悪いぞ」
「もががっ、もぐもぐもー!」
「もぐぐー!」
「お前達はモーグリか……口の中に物を入れた状態で喋るな行儀悪い」
「クポー!」
「クポポー!」
「わかったわかった、とにかくそれを食べたらまた頑張れよ」
慧音は苦笑いをする。
慧音が用意してくれたお握り達はとても美味しくて、美味しくて美味しくて体に染み渡る。
炭水化物と蛋白質の持つ圧倒的なエネルギーは私の体にジャストフィット!
生きることは食べ物を食べることなのだと、改めて実感する。
ダイエット中にこんなにたくさん食べ物を食べるのはよくないと人は言うかもしれない。
けれど、慧音の作ったご飯を粗末にすることの方がいけないことだ。
だからこうやってご飯を食べることは何もいけないことじゃなくて、むしろそうすべきことであって正しいことなのだ。
そう思っていると玄関からガラッと戸を開ける音。やってきたのは慧音が寺子屋で授業している子供達。
「せんせー! 遊びに来たよー! 遊んでー!」
「あ、妹紅ねーちゃんじゃん久しぶりー」
「輝夜もいるー! ねー、輝夜また遊んでよー!」
「もぐぐもぐー!」
「もっぐぐー!」
最近遊んでやれなかったせいか、子供達は私にむかって引っ付いてくる。
輝夜にも子供達が飛びかかる。
輝夜は性格が悪いくせに意外と面倒見がいいところもあるせいか、子供に懐かれやすいようだ。
「おいおいお前達、妹紅と輝夜はダイエットで大変なんだ。だからあまり無茶をせがむんじゃない」
「えー? こうやってご飯食べてるじゃないのー」
「それはだな、あまり無理をするといけないから少しご飯をあげただけで……」
「そうだ! 今日は市をやってるんだよ! 二人とも来てよ」
「いや、だからな……」
「ちょっとだけ摘むぐらいだったら大丈夫だって、ほら行こ行こっ」
お握りを食べ終わった私達は子供達に引かれるまま、市のある方向に向かっていった。
【二郎インスパイア店フェア開催中】
「…………」
「…………」
ぐー。ぐー。ぐきゅるるるるるるる。
やばい、さっき中途半端にご飯を食べたせいか胃が臨戦態勢をとってて、却ってお腹が空いている。
「………………」
「………………」
「………………………………」
「………………………………」
「ちょっとぐらい……食べてもいいよね……? ちょっとぐらい息抜きは必要だよね……?」
「……そうね、このままだと精神的に持たないもんね」
「「大豚ダブル野菜マシマシで!! あとビールピッチャーね!!(※とても迷惑です。絶対に真似しないで下さい)」」
「「太ってるー!?」」
「たりめーだ馬鹿共がー!!」
その日の夜に自宅での体重測定を終えた後、
ブチ切れたてゐがちゃぶ台をひっくり返しながら叫んだ。
そうなのだ、食べた分がそのまま増えていた。
食べていた分がそのまま増えていた。
「でも、ほんの少しだけだって思ったたんだよ。それは本当なんだっ、それにあのままだと最後まで体力が続かなかったし……」
「そうよ、それにいくら私達が蓬莱人とはいえ、餓死だけはどうしようもないのよ。一度餓死したら誰かに食べ物を貰うまでは動くことが出来ないのよ」
「知ったことかこのリバウンド王共が! 人生から退場しちゃえ!」
そう叫ぶとてゐは力無くその場にしゃがみ込んでしまった。
「本当に……馬鹿……あのままやっていれば、まず間に合ってたのに……」
「……………………」
「アンタ達は私が楽しんで茶化しにきていただけかと思ってただろうけどね……私の考えたダイエットの通りでギリギリ間に合うレベルだったんだよ……そんぐらい切迫してたんだよ、アンタ達…………どうすんのよ…………」
それを水の泡にしたのは私達。
にもかかわらず、少しぐらい休憩しないと続かないなんて自分への言い訳をした。
私達の事を気遣ってくれた慧音達のことを利用した。最低だった。
てゐは怒っているであろう。そしてそれ以上に、呆れているかもしれない。ひょっとしたら、悲しんでいるのかもしれない。
「どうしよう……このままだと…………私達はあの姿に…………」
「あの姿に戻る……そんなの嫌よ……絶対に…………」
あの姿になった時の恐怖が、今更ながら蘇る。
輝夜は両腕で身を抱くようにしながらカタカタとその身を震わせていた。
もはや全てが手遅れ。
協力者を裏切ったその罰は約束を破ったシンデレラに対する、魔法の取り消し。
まるで通夜のような重く暗い空気が漂う。
そんな中のことだった。
「てゐ、もういいよ。もう、貴方は十分に頑張った」
鈴仙がしゃがみ込んで、てゐに優しく肩を置きながら囁く。
次いで私達の方に向き合うと、真っ直ぐに私達の瞳を見つめてくる。
狂気の瞳は、その名に反して凛とした輝きを放っている。
「妹紅さん……姫…………てゐは、てゐはね、確かに性格悪いですよ。けどっ、一緒に遊ぶ友達が苦しんでいたら、力になりたいって思う気持ちは誰にだってあるものなんですよ……貴方達は、貴方達はそんなてゐを……」
裏切った。今更ながら、その事実が重く圧し掛かってくる。
「辛さに、怖さに、そんなものに負けて仲間を裏切る……その後悔はずっと消えない……。貴方達は永遠に友達を裏切った事を背負っていくつもりなんですか? そんなの、無理です。耐えられません……。現実から目を背けて、逃げ出してしても、悪夢にうなされてその罪を思い知らされる。それだけは駄目なんです。だからっ――」
彼女はどこからともなく現れた軍帽と軍服を身にまとい、両腕を腰の後ろに回して胸を張る。
私の目から見えた彼女の姿はあえて例えるなら決意の二文字。
彼女という存在は今一個の決意として具現しているかのよう。
「私は、こんな私だからこそっ、誰かにもう仲間を裏切る思いをさせたくない! 後悔させたくない! だから私は鬼になる!」
軍服に身を包んだ鈴仙は本物の鬼のように見えた。
そして彼女の雰囲気がこれを境にガラリと変わる。
「いいか! 私のことは教官と呼べ! 返事はサーだ! わかったかクソ虫共!」
「えと、その……サー」
「さ……さー」
「声が小さいぞ極潰しどもがぁっ!」
バシンと床に向かって鞭を一振りする目の前の軍人コスの鈴仙。
口調すら変わっている。
やべぇ、超こえぇ……何なのこの迫力……まるで本物みたいじゃん……。
輝夜に至ってはまるで室内で地震が起きたときに頭を守るようにカリスマガードで屈みこんでしまっていて、それを鈴仙が胸倉を掴んで無理矢理立たせる。
……マジかよ。
「さっさと大声で返事をせんかミジンコ共がぁ!!」
「「サー!!」」
「声が小さい!!」
「「サー!!!!」」
「よろしい! いいか! 私は因幡教官ほど甘くないからな! これまでいた生温い地獄が天国に思える程の本当の地獄を貴様等に見せてやる! 喜べクソ虫共!」
「「ありがとうございます!!!! サー!!!!」」
輝夜はもう涙目で、私もそれは同じ。
戦闘力だけなら私達の方が上のはずなのに、迫力だけで圧倒され逆らう気が根こそぎ無くなってくる。
続いて鈴仙はさっきまでの鬼軍曹のような表情から一転、ずっと頑張ってきた仲間に対して優しい目を向けた。
「てゐ、安心して。ここから先は私が引き継ぐよ」
「鈴仙……ありがとぉ…………(おいおい……。私の演技を本気にしちゃってるよこの子……。まぁ面白いからいっか)」
そして私達は知ることになる。
てゐの考案したダイエットがどれだけ生温く優しいものであったかを。
お腹が空いたり疲れたりする程度なんて、地獄でも何でもなかったという事を。
本当の地獄は、あんなものでないという事を。
◆
⑦塩は厳禁。塩を控えるだけで1kgは痩せます。ただしミネラル不足のため痙攣を起こすので三日が限度。
⑧水を我慢している時の一つまみの塩は、青酸カリに匹敵する苦しみを与える猛毒です。青酸カリ飲んだことねーけど。
「……駄目だ……20kmも走ったのに殆ど落ちていない……輝夜は?」
「私も全然駄目…………」
夕暮れ時、私と輝夜は体重測定を終えてため息を吐いた。
あれから十数日が経過した。
私達はこれまで以上に動き、食事量を減らし、ダイエットに励んできた。
けれど体重は中々減らない。
一度リバウンドして増えた体重を再び落とすことは、何もせずに落とすとき以上の労力と苦痛を伴う。
私達が食べている低カロリー食品とは文字通りの低カロリー、カロリーとは体を動かす為に必要なエネルギーだ。
それが少ない低カロリー食品というものばかりを摂取していたら、当然体が動かなくなる。
もし動く前に糖分とカロリーたっぷりなコーラとカロリー0のダイエットコーラをそれぞれ飲んで体の動きを調べたら、明らかにダイエットコーラを飲んで運動する方が体が動かないだろう。
カロリーの重要さは、餓えたときにこそわかる。
「駄目だ……このままじゃ……」
鈴仙教官はあの後「タイムリミット三日前になったら本番だ。それまでは何も考えず私の考えたメニューを黙々とこなせ」とだけ言って、睡眠時以外は私達を常に監視していた。
そして今日、タイムリミットまであと三日。
消費すべきカロリーを計算して考えても、まず間に合わない。
私の家の外で朝日が昇る中、鈴仙教官は告げた。
「まず貴様達に告げる、カロリーは無視しろ」
「どっ、どういうこと……ですか? サー」
輝夜が眉を顰めて怪訝な顔をする。
「質問するな……と言いたいところだが、何も理屈がわからないと貴様達はまた馬鹿な行動をとる危険があるか教えておこう」
そして鈴仙教官はダイエットの常識を覆すとんでもない事を口にした。
「低カロリーダイエットというのがこの時期では間違いなのだ。断言するが、カロリーの低い物を沢山食べたら体重が増える!」
「?」
普通カロリーの高いものを食べたら太るから、カロリーの低い物を食べるんじゃないの?
「カロリーが低い食べ物は重いのだ! 例えば蒟蒻にヨーグルト、これらは水分が多いから重いだろう? ほら、輝夜持ってみろ」
「本当だ! 言われて見ると確かにそうです! サー!!」
右手に一枚の高カロリーチョコレート350kcalを40g。
左手にカロリー0のダイエットゼリー0kcalを200g。
40gのチョコと200gのゼリー、カロリー0であるはずのゼリーの方が明らかに重い。
「師匠が言うには体重“さえ”軽ければいい。そうすることで憑いた寝肥を誤魔化して払うことが出来る。だから脂肪を燃やして体型を整える一般のダイエットとは状況が違う。つまり摂取した食品にいくらカロリーがあろうと、食べ物自体の重さが軽ければそれ以上増えないのだ!」
「な、ナンダッテー!」
言われて見ると納得する。
例えばカロリーメイトが一箱400kcal。それなのに重さは80g。
つまり、食べても80gしか増えないのだ。
【いくらカロリーが高くっても、体重は食べ物の重さ以上には増えないんだ!】
「すごいですね教官! そうだよその手があったよ! カロリーが高くて軽いものを食べて、その上で動けばいいんだ!」
「その通りだ。もっとも肉や脂やラーメンはカロリーは高いが重さもあるので厳禁だがな。つまり取るのは栄養食品による糖質のみだ」
つまり『高カロリーの食品を食べて動いてやせる!』
早速私は受け取った一欠片のチョコレートを口に放り込む。
がりがりがり。
うわ、甘くて美味しい。
みるみる力が沸いてきて、ぼんやりとしていた頭に糖分が行渡って冴えてくる。
カロリーがこの血肉に染み渡り、エネルギーが満ちてくる。
チョコが栄養あるって本当なんだぁっ。
そして私達の体重は面白いように減っていった。
200gの低カロリー食品を食べて空腹の状態で250gの汗を流すよりも、50gの高カロリー食品を食べて満足感がある状態で250gの汗を流す方がいい。
けれど、そんな甘い話なんてあるはずが無い。
このダイエットの真の恐ろしさを知るのは、朝のランニングをこなした後のことだった。
私達蓬莱人は見た目を変えずに重い体重となる。
その現象の正体である、生物の魂の重さ。
カロリーとしてゆるやかに消費されていくそれだが、実はもう一つ失う方法がある。
それはどのような形なのだろうか?
答えは、水だ。
水とは本来霊的な資質がある。
例えば水に流すという言葉は古来、水によって霊的な穢れを流して清めるという意味合いもある。
神職の行なう水垢離や禊などがわかりやすい例だろう。
私達の持つ余暇分の魂の重さは、水へ汗へと姿を変えて落ちていく。
私達の体にある水分が極限まで落とされ、そこから更に水分が落とされようとするその時、余剰の魂は水となり汗となり私達の体から放出される。
よってカロリー計算で痩せて落とすよりも、汗をひたすらに流して体重を落とすほうが私達のケースにおいては実は手っ取り早い。
つまり、私達はこれから先ひたすらに水分を落として落として落とし続けるダイエットをすることになる。
だが想像してみよう、試してみよう。
例えば外の世界の学生。
季節は夏、激しい体育の授業に大会前の辛い部活動、そして帰ってからのお風呂。
このとき一切水を飲まず、そのまま丸一日過ごしたらどうなるかを。
「あー喉渇いたー、アクエリアスアクエリアスッ♪ これだけがダイエットでの運動後の楽しみなのよね~♪」
「飲むな!」
そう言いながらペットボトルに入ったスポーツドリンクを飲もうとする輝夜。
それを教官が叩き落とし、その中身を地面にぶちまけた。
「なっ、何をするんですかサー!! 運動後は喉が渇いたら水分をとらないと倒れちゃうじゃないですか!!」
「馬鹿が!! 塩分のある飲み物を飲んだら体がむくむ。するとどうなると思う? 体が水分を排出しなくなるのだ! つまり汗をかかなくなり体重が落ちなくなる! よってスポーツドリンクは厳禁とする!」
「でっ、でも全く飲み物を飲まなかったら死んじゃうじゃないですか!! サー!!」
流石の私も抗議の声を挙げる。
スポーツドリンクを飲んではいけない理由はわかった。けれど飲み物が一切無かったら冗談抜きで死んでしまう。
死に慣れている私達だが、餓死と水分不足による衰弱死は恐ろしい。
自力で復活することが難しい上、ただ死ぬこと以上に、その経過が辛いのだ。
「確かにその通りだ。だから一日に飲んでいい量の水分を決めてそれ以上は飲まないようにするのだ」
「なるほど、それなら……」
「ちなみにこれが一日に摂取していい量の水分だ。大事に飲めよ」
「あ、ありがとうございます!! サー!! ……って、これだけ……ですか?」
鈴仙教官から手渡されたのは、お猪口一杯のお茶。
「私に口答えするなぁっ!!」
「すいません!! サー!!」
「一応説明しておくとお茶はカフェインによる利尿作用があるからな。これなら喉を潤しつつもトイレで飲んだ水分を排出することが出来る」
「喉を潤しつつって……たったこれだけだとうがいだって満足に出来そうもないのですが…………」
「何だ、不服そうだな。だったら何も飲まなくていいが……」
「いっ、いえ滅相もないです! サー!!」
どう考えても足りない。
1日に数時間サウナに入って汗を流し、その上で水分はお猪口一杯のお茶。
誰が考えても、足りないとわかる
「それともう一つ、これを渡そう」
そう教官からポンと放り投げられたのは、正規のルートで幻想入りするにはあまりにも有名すぎるあのアイス。
「ガリガリ君だ。これ一個で約100gもあるが、まぁこの際仕方あるまい。我慢できなくなったらこれで我慢して二日間過ごせ」
「あの……でも……サウナに入ったりするのにガリガリ君一個で二日過ごすだなんて……」
「勘違いするなよ貴様等! このダイエット法は痩せる方法ではなく、あくまでも体重を落とす方法だ! カロリーを無視して体重を落とすとはそういうことなのだ! わかったか!」
そしてこの日から、私達の体重計はヘルスメーターではなく、秤を使った精密な体重計に変わった。
「あ~……やばい……死ぬ……これだったら身体中を刀で切り刻まれた方が楽だよ…………」
「私って餓死と脱水での衰弱死はしたことないのよね……。すっげぇ辛いわコレ……」
痛いのよりも苦しいほうが辛い。
そう実感しながらガリガリ君を食べる私と輝夜。
夜、私達は私の部屋に二人まとめて監禁されている。
二組の布団が敷いている和室の出入り口には鍵がかけられ、外に出ることは出来ない。
「冷たくっておいしー……」
缶ジュース一杯の水分を取るとすぐに350ml=350gくらい増えてしまう。
そうならないように少ない量で満足できるようにしなければならない。
ガリガリ君は100g=100ml=100gで喉を潤せて冷たくて美味しい、体重を落としている中のご馳走だ。
この方法は水分を落とすことに特化した方法だ。
そのためか体を動かすのは温かい日中に限り、夜は体力を温存させるために休む許可を得ていた。
これまでに比べて夜の自由時間はずっと増えたものの、これが何をやっても楽しくない。
空腹のみならず渇きまで加わった今となっては、漫画を読む気力すらもない。
ページを捲ることすら億劫なのだ。
そんな時に時間を潰すには、体を動かさずに楽しめる娯楽が一番良い。
「アニメでも見よっと……何も動かさなくって疲れずにすむし……」
アニメでも見て気を紛らわそう。注文したら速達で送られてきた、外の世界のアニメでも。
そう思って緩慢な動きでアニメDVDを漁る。
どれにしようかなぁ……適当にポチったから内容を調べて無いせいか迷うなぁ……。
「もこーこれにしない? 前に魔法少女モノ好きって言ってたでしょ?」
「あ、いいよ」
そんな中、輝夜が一つのアニメのパッケージを手に取ってきた。
ポップで可愛らしい絵柄のピンク色した髪の少女が表紙の、外の世界で一時期とても流行したと噂のアニメだ。
詳しい内容は知らないけど、この温かみのある絵柄からするととてもハートフルなタイプの話なのだろう。
魔法少女が困っている人の相談に乗ったり人助けしたり恋に悩んだりする話に違いない。
「そういえば妹紅って何で魔法少女モノ好きなの? イメージとあわねー」
「悪かったな。単純に可愛いのが好きだし、それに色々あって心を通じ合わせる系の話が多いのも好きな理由かな。何かほっこりするんだよねぇ」
「ふーん、でも私も魔法少女とか結構好きよ、サエちゃんとか愛ちゃんとか」
「あ、それ知らないや。今度見せてよ」
「いいわよ~。ちょっと刺激が強いかもしれないけどね」
そう談笑しながら私達はそのアニメを観賞してほのぼのすることにしたのでした。
『もう何も怖くない!』
きえええええええええ。
「今宵はお嬢ちゃんのトラウマになるよ!」
もう何があっても挫けるわ! 振り向いたら仲間がいねぇ!
何が悲しくて餓えている時に女の子が食べられるところを見なきゃなんないのさ!
ご飯食べられないときに見るものじゃねーよ! もう何も怖くねー!
そう悶える私の横では、じっとしたまま動かない輝夜。
「………………」
「あれ? どうしたのさ輝夜?」
「………………」
「輝夜~。輝夜さ~ん。聞いてますか~。お~い」
輝夜は膝を抱えたまま例のシーンを巻き戻して何度も繰り返したり、コマ送りにしたり、時には一時停止して見ている。
黄色い子がぶらぶらぶら下がってるシーンをエンドレスで。
何だよ気味悪いなぁ。
「……ね」
「はい?」
「……そうね」
「だからなんだって――」
「美味しそうね」
「目を覚ませー!」
パンパンパン平手打ち。食人ダメ、ゼッタイ!
けれど私も体力が限界まで落ちていて、そのためか力が殆ど入らない。
そんな私の手を輝夜に掴まれ、その怪しく光る瞳で見つめられる。
「ねぇ妹紅、私貴方のことを結構気に入ってるのよ」
「え、あ、そうなの? どっ、どうしたのさ藪から棒に」
「貴方と合体したい。捕食的な意味で」
「一万年と二千年経ってもお断りだよ!?」
「でも究極の愛ってカニバリズムらしいわね」
「いや愛が重過ぎるから!」
「誰の体重が重いじゃくるぁぁぁぁっ!」
「誰もそんなこといってねー!」
ノーモアカニバリズム!
うちら蓬莱人よ妖怪じゃないよ!
「がぁぁぁぁぁっ! ぐるぁぁぁぁぁっ!」
「落ち着けよこのっ! くそぉぉぉっ!」
聞き分けの無い輝夜に対して段々私はイライラが募ってくる。
極限の飢えと渇きはそれ満たす為に狩りをするための闘争心を燃え上がらせる。
その燃料の名前を命という。
私は気がつけばアジ塩を片手に輝夜と揉み合っていた。
「グルアアアアアアアアアアアッ!!」
「ウガアアアアアアアアアッ!!」
怒声のコーラス。
「キエエエエエエエエエエ!」
「ケェェェェェッ!」
金切り声のコンサート。
「ゲヘッゲヘへへギャッヒャーッヒャー――」
「グフッグヒョヒョヒョヒョ――」
濁声のデュエット。
そしてお互いに力尽き冷静さを取り戻した明け方になって、輝夜が「いい運動をしたから体重減ってるかも」と言ってきたから私達は一時休戦して体重を量る。
雀の涙ほどしか体重が減っていなかった。
泣きたくなった。
けれど悲しくて悲しくてたまらないのに泣く子とが出来ない。
その時はすでに涙に使う水分なんて殆ど枯れていて泣けず、それが更に悲しかった。
あぁ、泣いたら体重が落ちるのになぁ……。
それが計量日二日前の夜のことだった。
◆
⑨喉が渇いてどうしても我慢できなくなったら犬歯を舐めましょう。唾が出てきて少しだけ渇きを誤魔化せます。ガンバ♪
……眠れない。
……目を瞑って何時間経っただろう。
計量日一日前の夜、私は眠れずにいた。
今日の日中は永琳さんの助けで私の家の隣に作られた即席の仮設サウナの中に居た。
ヒートテック上下二枚にスゥエット上下にサウナスーツにネッグウォーマーにニット帽にマスク。
それらを着た不審者ファッションで縄跳びを繰り返し汗を流す。
そして出てきた後体重を量ってまだリミットまで達しない事に落胆し、ガリガリ君を一噛り。
監視の目が無かったら、絶対に水を飲んでいたに違いない。
頭がぼぅっとして動かない、心臓がどきどきと常に脈打って、苦しい。
今も左半身を下にして眠ると心臓が苦しい。心臓は体の真ん中にあるっていうし、実際に自分の心臓の位置を見たこともあるけど、何で左半身を圧迫すると苦しいんだろう。
眠ることが出来ない。
いや、正確に言うと眠ることは出来た。
今は深夜1時と少し。
たった二時間眠っただけで、目が冴えて眠ることが出来なくなった。
今私が眠れない理由は、お腹が減って眠れないなんていう……生易しいものじゃ断じてない。
理由は水分。
人は睡眠時コップ一杯分の水分を汗として失うという。
けれど身体から水分が極限まで失われている今、眠ることで水分の消費をすることを身体が拒否しているんだ。
夜は辛い。
風邪を引いた時は日中よりも夜を過ごす方が大変なことのようなものだ。
今まではガリガリ君を食べることで100gの水分で喉を潤し、その間無理矢理眠ることで耐えてきた。
けれど明日が計量になっている今このときは、単純に耐える以外に方法は無い。
乾いたスポンジが水分を余すことなく吸うように、今の私達の身体は取った水分がそのまま重さになる。
けれど日中地獄を見たお陰か、あと一日頑張れば体重を落としきることが出来そうだった。
体力的にもすでに限界である私達は、最後の一絞りに体力を蓄えるために夜を凌ぐ。
眠ることが出来なくても、ただ横になって目を瞑っているだけで体力は多少回復する。
勝負は明日。それまで耐える。
けれど、それが辛い。同じ思いをした人にしか絶対にわからない程、想像を絶するほど。
ちょっとだけ、口に含むだけでいい、うがいをするだけでも構わない。
口の中に水分を含みたくてたまらない。
だが、それすらも今の自分には許されない。
渇きの限界を迎えている今この状況で唇に水をつけたその瞬間、私は我を忘れて水を浴びるように飲み続けてしまうだろう。
そうなったらもう手遅れだ。
勝負は明日だが、永琳さんの術が切れる期日も明日なんだ。
体力が底をついたこの状態でもう一度体重を落とすことなんて不可能だろう。
あぁ、水が欲しい。
口につけるだけでいいんだ。舐めるだけでいいんだ。
水が欲しいなぁ……。
感覚が極限まで鋭くなったのは味覚だけじゃない。
嗅覚、触覚、そして聴覚。
まるで身体中の神経が剥き出しになり、空気の振動を体で察知しているかのような感覚に陥る。
ホーホー。
夜の闇の中、梟が鳴いている。
ざわざわ。
風に煽られた竹の笹のざわつき。
ぴちょん、ぴちょん。
水道の蛇口から水が滴り落ちる音。
うるさい。
うるさい。
うるさいよ。
……………………。
…………………………………………。
………………………………………………………………。
「うがァァァァァァァァァァァァァァァっ!!!! ぶち殺してやらぁくそったれがァァァァぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!! 黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙りやがれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!!!! どこのどいつだよこんな五月蝿い音出してる野朗はぁっ!!! 喧嘩売ってるのかよこんちくしょうがぁっ! 水が飲めない事に対する嫌がらせかよてめぇらっ! 骨盤抉り出してやるっ! 耳から指突っ込んでミソ掻き出してやるっ! あぁわかったよちょっと皆殺しに行ってヤッから待ってやがれ!!!! ちくしょ――――」
「ん~…………」
「え……?」
耐え切れず叫びだしたその時だった。
私は目に入ったそれの挙動に目を奪われ、その破壊的な衝動すらも忘れてしまう。
輝夜が――。
隣で寝ていた輝夜が布団から這い出し、のそのそとどこかに向かって緩慢な足取りで歩いて行ったからだ。
私が叫んだせいで起こしちゃったのかと思ったがどうも様子がおかしい。
私のことなんて目に入っていないかのようで、私の声なんて聞こえていないかのよう。
それよりも気になるのは、輝夜ったらこんな時間にどうしたんだろうという事。
トイレ?
いや、あいつもさっき寝る前に行ったはずだ。
夜風にでも当たりに行く気か?
そんな無駄な事をする気力なんて今の私達には無いだろう。
というかそもそも、私達の部屋は鍵を掛けられて……いない!? すんなりと開いた!?
いや、鍵は掛かっていた。輝夜の奴、力ずくで部屋の鍵をぶち壊しやがった!
そういえばアイツ、金閣寺の一枚天井のスペルカードを両手で支えるほど膂力があるんだ。
すると輝夜がこれからやることで考えられるのは――。
ピチョン、ピチョン、ピチョン、ピチョン――。
まさか――
「輝夜やめろぉぉぉっ!!」
私は体に残った力を振り絞ってフラフラの足取りで水道まで走り出す。
そして目の前には縛っていた針金が無惨に引き千切られた蛇口。
そして、コップを手に取った輝夜。
「輝夜ァッ!」
私はぱすっと、力ない手で輝夜の手にとったコップをはたき落とす。
コップは殆ど抵抗なく輝夜の手から離れ、床にゴトンと落ちる。
中に水は入ってなかった。どうやら教官が私の家に繋がる水道を全て止めたらしい。
垂れる雫は水道をの中にある残滓。
けれど輝夜の目には見えない水の幻覚が見えているようだった。
「うあああああああああああああっ!!」
「馬鹿っ! ここに水はないんだよっ!」
「あ゛~~~~! あ゛~~~~っ!」
「輝夜ァッ! おちついてよっ! コップの中に水は入ってないんだよ! 畳に落ちた水なんてないんだ! お願いだから這いつくばって畳を舐めようとなんてしないでぇっ!」
「あ……あ……おみず………………私の……おみずぅ…………」
私は輝夜を羽交い絞めにして押さえつける。
先ほどドアノブを捻り開いたのが最後の力だったのだろう。
私も殆ど力が沸いてこないけど、輝夜もあまりにも力がなかった。
そうしてしばらく経った後。
「…………う……うぅっ」
輝夜は俯いて動かなくなったかと思えば、力ない目で私の方を向いてきた。
「私……何してたの?」
「無意識の行動……だったのか……?」
「はぁ……あと数時間……朝まで長いわね……」
「確かになぁ……」
あの後私達は自室に戻り、布団の中に横になった。
輝夜を止めた私だけど、私自身も気を抜いたら水のある場所目掛けて駆け出してしまいそうな状態だった。
体力の消耗を抑えるために横になっているとはいえ、それだけでも耐え難いほど。
「ねぇ、妹紅……辛くないの?」
「辛いよ……」
言うまでも無い。
もはやアニメを見て時間を潰す気力すらも無い。
それどころかTVから発せられる光と情報量だけで身体中が削り取られ体力が尽きてしまうのではないかという錯覚をしてしまう。
だから今はただ耐えるだけしかなかった。
けれどそれももはや限界を迎えつつあった。
そんな折の事だった、輝夜が私に向かって話しかけてきたのは。
「妹紅……ちょっと今日は普段しないような話とかしてみる?」
「普段しない話って何だよ……ていうか喋るだけでも辛いんだから喋らせないでくれよ……」
「別にいいのよ、体力が尽きたら休んでも。時間をかけて、ゆっくり話さない? 折角だし……」
何が折角なんだか。
だけどただ黙っているだけでも辛かったので、この提案はある意味ありがたかったのかもしれない。
「……疲れたら黙るけどいい?」
「……いいわよ」
「どんな話でもいいの?」
「えぇ……時間を潰せるなら何でも……」
「じゃあ……ちょっと待ってて」
仮にどうでもいい話を振ったところで、そのうちすぐに興味をなくしておっくうになってしまうだろう。
だからこの話題はなるべく真剣なものを選ぶ必要がある。
私の頭の中に浮かぶのは父のこと、蓬莱の薬のこと、輝夜の人生、月の都について、今の生活について――。
様々な物が浮かんでくる。
けれどどれもこれもしっくりこない。
そんな折、私の口から出てきたのはとても単純で、後々考えれば笑ってしまいそうなものだった。
「なぁ、輝夜…………私達ってここのところ随分と馴れ合うようになったよね」
「……そうね、以前からは考えられないくらいにね」
「私達って……これから先もっと仲良くなることってあるかな?」
これが私の輝夜に一度聞いてみたかった事、普段だったら絶対に話せない事。
輝夜がしばらく黙り込むその様子から察するに、暗くて見えないのに真剣な顔をしているに違いないと確信する。
そしてゆっくりと断言するように言ってきた。
「あるかもしれないわね。可能性はある。けど――永遠には続かないわ」
「まぁ…………そうだよね……」
今のような宿敵同士の馴れ合いめいた関係を永遠に続ける。
そんな根拠の無い自信あるわけがない。永遠というものについてほんの少しわかった気になっている私でさえも、その深淵を見通すことは出来ないのだから。
「貴方だって今の私とは馴れ合いのような関係をしているじゃない。憎くないの?」
「今はそういう気分じゃないだけだし」
何かを好きで居続けること。
これは簡単なように見えて物凄く難しいと、永遠の時を生きるまでも無く誰もが悟る事実。
飽きる、何かの拍子で嫌いになる、別の好きなものが出来る。
そして何かを好きで居続けることと同じぐらい、何かを嫌いで居続ける事にはエネルギーを使うのだ。
嫌いでいることを続けることに疲れたら、皆何かしらの理由をつけて目を背ける。
誰かを嫌い続けることなんて馬鹿げている、過去に捕われず未来を生きるべきだと過去に何も知らないような奴に言われたことがある。
いや、確かに理屈はわかる。だけど私はそれが受け入れられない。
怒りが風化し、どうでもよくなる。
それが、嫌だ。
父の事がどうでもよくなったら、私は何で蓬莱人になったのかわからなくなる。
私が今の私でいる理由が無くなるなんて、耐えられない。
先のことなんてわからないから、いつかは……いつかは耐えられるようになるかもしれないけど、少なくとも今は無理。
「まぁ妹紅もあと数百年ぐらいしたらおふざけとかそういうレベルじゃなくて、冗談抜きで私のことを殺したくなると思うわよ。死のうと思っても死ねないから色々おかしくなってさ」
「なったよ。それも大分前に」
過去、何度も何度も輝夜を殺した。
殴り、蹴り、刺し、燃やし――とても気持ちよかった。気が晴れる気がした。
でも、すぐに輝夜は復活する。
そして自分を蹂躙して笑う私を、また蔑むように嘲笑った。
私は再び輝夜を殺そうと躍起になり、満足するまで殺すもまた輝夜は復活して笑ってくる。キリが無かった。
普通だったら“意味の無い”復習を終えて抜け殻になったとしても、相手が存在しない為にいくらでも過去を振り返る時間がある。
けれど私達はずっと存在する。だから輝夜は“過去”にならない。ずっと“今”の連続を永遠に続ける。
そしてその仇である輝夜は今私の隣に居る。それはとても不思議なことだと思う。
殺意を持つこと、憎み続けること、嫌いであり続けること。輝夜に対して持っていたそんな感情。それが今はあまり沸いてこない。
別に和解したわけじゃない。許したわけじゃない。
何だか、疲れただけ。
嫌いであり続けることに、疲れた。
「殺したくっても殺せないって不便だよなー。殺したその時は気が晴れてもしばらくしたら復活して、ピンピンしながら憎まれ口を叩いて来るんだもんなー」
「ふんっ、それはこっちの台詞よ」
輝夜は鼻で笑ったけど、続く返事の声色はとても穏やかだった。
今の私達は躁欝の鬱期みたいなものなんだろうな。
またエネルギーが溜まってきたら殺したくなるぐらい憎くなるんだろう。
「まぁ適度に仲良くして適度に喧嘩して適度に殺しあって、何事も程々が一番ね」
「そだね。この極端なダイエットでそこがよくわかったよ」
「このダイエットが終わったらまた色々よろしくね、妹紅」
「こちらこそよろしくな」
そして再び話が途切れ、沈黙が訪れる。
――カチ、カチ、カチ。
時計の秒針が進む音。
まだかなぁ、まだ朝にならないのかなぁ……。
――カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ。
そういえば輝夜はさっき水を飲もうとしてたっけ?
眠れないなぁ……。
水……飲みたいなぁ……。
――カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ。
コップ一杯でも、一口でもいい……水が欲しい……。
いや、それだけじゃ全然足りない……飲めるだけ飲みたい……水ぐらい無料なのに……何で飲めないんだろ……。
――カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ。
水……欲しいな……
水…………。
水…………。
――カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ。
――――うるさいなぁ。
……………………。
…………………………………………。
………………………………………………………………。
「妹紅……」
「…………」
「……………………」
「……………………」
さすさすと何かが私の背中をさすっているのを感じる。
その正体は輝夜だ、私が背を向けている輝夜が背中をさすってきている。
まるで病人を気遣うように、優しい手触りで。
そのお陰だろう、私の中の発作的な破壊衝動が膨らんだ風船が萎むように引いていく。
「妹紅……妹紅……」
「……何? どうしたの……? 輝夜……」
一体どうしたんだろう?
私は寝返りを打って輝夜の方を向く。
「妹紅、大丈夫? 何だか辛そうに呻いていたわよ」
「そんなの大丈夫に……」
「大丈夫に?」
「決まってるじゃないか…………」
嘘だ、私はもう殆ど限界。
今も少しでも気を緩めれば、水を求めて人里に向かって飛んでいってしまいそう。
発作的に叫ぶ直前だった。
もう駄目かもしんない……あと少しなのに、その少しが遠い……。
弱気に支配されそうになった私、そんな私に向かって輝夜は言葉をつむいできた。
今まで聞いた事の無いような、優しい声で。
「妹紅……もしよかったら、手を繋いで……あげよっか?」
「はぁ?」
「こうすれば妹紅が耐えられなくなって水のある場所に駆け込もうとしても、私が引き止めることが出来るでしょ」
「それは……そうだけど……ってちょっとまて、何で私が誘惑に負けそうになってるんだよ。それだったら輝夜の方が心配だろ、実際さっきも無意識に水を飲もうとしてたし」
「言いっこなしよ、それは。ほらっ、手を出して」
「あ……うん……」
ぴとりと、輝夜の掌と私の掌は左右共に合わせられる。
輝夜は私よりも体温が低いみたいで、ひんやりと柔らかな掌の感触。
そんな輝夜のこの提案、実のところありがたかった。
もしあのままだったら私は、さっきの輝夜のように水場目掛けて暴走していただろう。
そんな私を気遣ったのか、それとも自分が耐えられそうになかったから私をダシにしたのか、輝夜の真意はわからないし聞く気も無かった。
「妹紅の手、あったかいね……」
「お前の手が冷たいんだよ……」
でも……ひんやりしてて……きもちいい…………
「ねぇ……妹紅……」
「何さ」
「明日体重を落としきれなかったら私達は寝肥の力で太っちゃうのよね」
「……そうだな、考えたくないけど」
「妹紅は私がそのせいで体重500kgの身体に太っても可愛いと思ってくれる?」
「思わねーわよ」
ぽっちゃりとしている方が好みな人はごまんといるけど、流石に500kgはねーわ。
カビゴンよりも重いじゃねーか。
「ちょっ……美しさなんて時代によって変わるから、そういうのがトレンドの時代があるかもしれないじゃない」
「絶対に来ないって。てか何で私が輝夜のことを可愛いと思ってること前提なのよ」
「ふ~ん、でもさ~妹紅。実は私貴方のこと可愛いと思った時も無くは無いわ」
「はぁ? 突然何だよ?」
「あれっ? 違ったっけ? 私貴方のこと可愛いと思った時も無くは無くも無いわ。ん~、違うわね。貴方のこと可愛いと思った時も無くは無い事も無いわけが無いわ。ありっ?」
「やめろ、今の頭で思考をこじらせたら冗談抜きに知恵熱で死ぬ」
女の子達が躍起になって体重を落とそうとする理由が何故か今わかった気がする。
皆好きな人に振り向いて欲しい、自分が一番綺麗な姿を見せたい、そんな純粋な気持ちがどこかにあるんだろう。
「なぁ輝夜、ところでこの体勢って凄く眠りにくいんだけど。手を繋いだままだし寝返り打てないし」
「しょうがないでしょ、こうしないと水が飲みたくて発狂しちゃうかもしれないじゃない。どっちかが耐えられなくなりそうだったら、どっちかが止めるのよ」
「私と輝夜の両方とも水の誘惑に負けたらどうするんだよ?」
「そのときは……どうしようもないから考えないようにしておきましょう……」
そんな事を言った私だけど、今夜はもう水を飲みたいという誘惑に負けることは無いと確信する。
ひんやりとしていた輝夜の掌、それが私の体温で温まり、同じぐらいの温度となる。
繋がりあった私達は、同じ目的のために頑張っている。
「あと少しだから、頑張ろうね」
「……あぁ、そうだな。」
私の輝夜に対する感情。
昔は嫌いだった。
今は……好きとか嫌いとかいった一言で片付けられるほど単純なものじゃない。
でも、こいつに可愛いと思われ続けるようにはいたいと思っている。
だから今は頑張ろう。
ずっと相手にせざるをえないんだったら、お互い見た目ぐらい整えておきたいしね。
嫌いであっても、そうでなくても。
そういえばこいつと初めて世間話をしたのはいつだっただろうとぼんやり思いながら、
その日の夜は輝夜と手を取り合い、一晩中話し続けることで時間を潰すことができた。
話題はさっきまでのような真面目なものではなく、他愛も無い話。
休み休み、ゆっくりと、時間をかけて。
悪い気は、しなかった。
そしてついに――計量日の朝がやってきた。
◆
⑩最後は気力です。死ぬ気で頑張ってください。てか死んでください
妹紅――残り420g
輝夜――残り405g
「あ……う…………」
「みず…………みずのみたい…………」
もう中々汗が出ない……。
けれど私達は着こめるだけ着こんで、竹林を走る。
あと420gでリミットだ。
420g。それは小さなペットボトル一つ分より少し軽い程度。
たった420g。けれどその420gはとても遠く思える。
飲むのなら一瞬、けれどカラカラに渇いた今の自分から出すのは本当にギリギリだ。
例えるなら絞った雑巾を更に絞って水を出すようなもの。
何よりも、これまでのように動いて落とそうにも殆ど体力が残っていない。
むしろ殆ど残っていないなんて生易しい表現で、もはや無い。残ってない。
でも、それでも、やるしかない。
「今日はコースを変える……。ゆっくりでいいからついて来い……」
そんな折の事だった。
鈴仙教官は私達の前を走り、普段とは違うコースを走るように。
もはや極限まで衰弱しつつある私達は300m事に休憩を取り、走りなれないコースを走る。
このランニングで体重を落としきる事を祈りながら。
「どこにいくんで……すか……サー」
「走りなれない場所だと……凄くきついです……サー」
「無駄口を叩くな……大声で喋るな……体力を浪費する……。とにかく黙ってついて来い……」
彼女の後をついて行く。
フラフラになりながらついて行く。
何故か鈴仙教官もフラフラで、後姿しか見えないけど足取りの重い、そんな彼女の後を走っていく。
その先にあるのは、先日私達が因幡上官を裏切った地。
誘惑の巣窟、人里だった。
「教官……何でこんなところに…………」
「ひどいです……教官……」
誘惑が多いだけではない。
こんなフラフラの状態で、ありえないくらい着込んだ状態で人の大勢いるところを走るなんて、目立つ以外の何物でもない。
すれ違う人々の好奇の視線が痛い。痛いよ……。
そうやって視線を地面に向けて落としたときの事だった。
「妹紅頑張れー!」
え……。慧音……?
「妹紅ねーちゃん負けるなー!」
「輝夜お姉ちゃんも頑張ってー! もう少しだよー!」
「あと少しっあと少しだからねー!」
寺子屋の子供達……。
「今日が終わったらご馳走作るから最後までがんばんなー」
「アンタ達なら大丈夫だよ~! 絶対やり遂げられるからね~!」
お店から顔を出して道を走る私達に声援を送ってくる、商店街のおっちゃん達におばちゃん達……。
「キャーッ! 妹紅さんよー! 内臓美人の妹紅さんと輝夜さんだわー! お二人さーん! 蓬莱人ファン倶楽部(猟奇的な意味で)も応援していますわー!」
「お二人のモツが見れなくなって寂しいのー! 早く元気になって輝夜さんと殺しあってー! そしてまた貴方達の綺麗なコ・コ・ロ(※心臓)見せてー!」
どさくさに紛れて出てくんなよ猟奇趣味者共が!
変な性癖持った人間が一番タチ悪いぞオイ!
帰れてめぇら!
「自分だけのためだとモチベーションには限度があるのでな。隠し通したかったであろうにすまないが、昨日てゐと共にまわって貴様等の事情を彼女達に説明させてもらった」
鈴仙教官が振り返らずに言ってくる。
なるほど、乙女の秘密を周囲にばらすとは何て酷い教官なんだろう。
道で私達を励ます人々。
私達の苦労も地獄のような苦しみも知らないのに、気軽に応援をしてくる皆がとても無責任に思えた。
私は何て酷い人間なのだろう。
けど、けど……。けどなんだろう……凄く嬉しい気持ちも……ある。
何でだろう。
私達がダイエットを失敗しても彼女達には何も被害が無いはずなのに、何で頑張ろうという気持ちになれるのだろう。
私達は声援に後押しされるように、一歩、また一歩足を踏み出す。
「どうだ……? この期待を裏切る事が出来るか……?」
鈴仙教官への返事の代わりに、私と輝夜の口元が不敵に歪む。
裏切れるわけがない。みんなの笑顔を曇らせたくない。いい報告をしたい。全部終わったら皆で一緒にパーティをしたい。
そういうことか。これはまた随分とキツイプレッシャーを掛けてくれる。
こうなればやってやるさ。あとたった数時間、その後の事なんて知ることか。
ありがとう皆、命を燃やしてでも体重を落としきってやる。
「妹紅さーん! 妹紅さんの外見が太っても内臓の美しさは変わらないから無理しないでねー! だから安心してモツ見せてー!」
意地でも落としきってやらぁこんちくしょぉぉぉぉぉ!!
そして家の前まで戻ってきた私達。タイムリミットまであと2時間と30分。
これを過ぎてもこの体型に相応する体重まで落としきれなかった場合、私達は憑かれた寝肥の力と永琳さんの一時凌ぎの反動により、ぶくぶくと太ってしまう。
だから何が何でも落としきらなければならない。
「妹紅ちゃんはリミットまであと205g、姫はあと196gよ」
久しぶりに会った永琳さんが私達の重さを量り、残りを告げてくる。
とうとう缶ジュース一本分以下まで体重を落とすことに成功した。
だけどその分だけ体重の落ち方が悪くなってくる。
あとたった2時間と30分。その数字が重く圧し掛かる。
「妹紅……私よりもあと9gも重いじゃない……少しは根性見せなさいよ……」
「そういう輝夜だって私に比べたら随分と疲れているみたいだけど、それであと200gも落としきれるの……?」
「196gよ196g、大事な事だからソレ……。まぁ私はあと一時間もあれば楽勝で落ちるから、そうしたら妹紅が必死に体重を落としているところをコーラでも飲みながら高みの見物してあげるから……」
「こっちは30分もあればすぐだよ……。んじゃこっちは落とし終わったら輝夜の目の前でポカリでも飲んであげるから……」
「ふふ~ん……じゃあ……20分で落としてビール飲んであげる……」
「だったら10分で落としてウィスキーでも……」
「ふふ……ふふふ…………」
「あははは……はは……は…………」
そうして私達は背中合わせに力無く座り込む。
「水……飲みたい……水でいい……ただの水でいいから……」
「喉が……渇いたよぉ……」
もう、体重が増えないのなら泥水だろうが便所の水であろうが飲みたい……。
もはや限界だった。指一本動かすのも歯を食いしばる必要があるくらいだ……。
「妹紅! もう少しだからなっ! あと少しだ! 自分に負けるな!」
周囲には慧音と人里の知り合いの皆。更に永遠亭の妖怪兎達までいる。
ありがとう、本当にありがとう。
でももう、走る気力もない。でも落とさなきゃ。あと少し、休んでいる暇は無いんだ……。
「……姫、妹紅ちゃん。このままだと体重を落としきる前に力尽きるわ。でもこのまま無理に体を動かしたら餓死か衰弱死する危険があるの。蓬莱人は他の死に方ならともかく、餓死と衰弱死からだと自力での復活は難しい」
永琳さんが屈みながら、私と輝夜を交互に見て告げる。
「だから、最終手段を使う事にするわ。ダイエット最終期じゃないと出来ない、最後の方法を」
「それは一体……」
カラン――。
そんな永琳さんの懐から、何かが落ちる。
その物体の正体は――ピーラー?
次いで永琳さんは何処からともなく鞄を取り出してその中身を空ける。中には卸し金器、ヤスリ、鉋、その他諸々な道具達。
何か削ることに特化したものばかりのような……。
まさか――
「ダイエット用の秘密兵器よ♪」
「ちょっと待てぇぇぇ」
うわ、しかもこの人ったら目を見る限り悪ふざけじゃなくて完全な善意でこれ持ってきてる。
つくづく月人が地球人とは別の生き物だと実感する。
「はい、下ろし金♪」
「ありがとう! これでお肌をこしこし擦ればあら不思議見る見るうちに真っ赤な肌に――ってスプラッター駄目ゼッタイ!」
あぁ……大声で突っ込んだら幻暈がしてきた……。
うっわー、今私の中の憎い人ランキングで輝夜を抜いてぶっちぎりの1位にいるわこの人。
この極限状態だと沸点が低くなって困る。
今私の体が動くなら、まず永琳さんの脊髄引っこ抜いてるね。
そして期待に満ちた目でこっち見てくんな人里の猟奇趣味な方々!
お前等なんでそんなに綺麗な目で私達を見て来るんだよ!
ハゲタカかお前等!
「あぁ、でもこうする以外に方法が無いんだったらもうどうしようも……」
「師匠、流石にソレは今見物している観客達には刺激が強すぎるわさ」
「あ……因幡上官…………」
「今までよくもまぁ、これだけ体に悪い事を続けられたもんだねアンタ達。これに懲りたら終わった後は節制するんだよ」
ポンポンと私達の肩を叩く因幡上官。
「ほら妹紅に姫、これを使いなさいな」
因幡上官がくれたのは空のペットボトルと……板状のチューインガム?
何に使うのさこんなもの……。
「これはね、こうするのさ」
すると上官はガムを一枚口の中に入れて、咀嚼する。
もぐもぐ、はむはむと、その小さな口とぷっくらとした唇をむにむにと動かす。
「もごもご……れろ~」
そこで出た唾をなんと飲み込むのではなくペットボトルへと吐き出した。
そのペットボトルには因幡上官の唾が少し入っていた。
一瞬何をしているんだろうバッチィなぁと思ったが、その直後私の脳裏に電流が流れたような感覚と共に閃きが舞い降りる。
唾……水分……そうか! そういうことか!
「そういうこったね。この方法で唾をどんどん吐き出すのよ。そうすると汗が出なくても体から水分が出せる。このペットボトルは500ml。つまりこのペットボトルを満タンにするぐらい唾を吐けば――」
「500g落ちるってことか!」
「流石ね、イナバ上官!」
ようするにどんどん唾を出してどんどん水分を取るのだ。
なるほど、これなら体が動かなくても水分を吐き出すことが出来る。
ペットボトルに唾を吐いて溜めるのは抵抗があるけど、その辺の床に唾を吐く事は流石にどうかと思うし。
あぁ、ありがとう因幡上官。ダイエット初期は憎かった貴方が今はまるで救いの天使に見える。
私はすぐさま梅干し味のガムを口の中に放り込み、その酸味によって唾液の分泌を促される。
「もごもご……ん……れろ~。くちゅくちゅ……くちゅくちゅ……れろぉ~……」
う……これ中々キツイ。
思ったよりも唾液が出てこない。けれどそれでも、もぐもぐと必死に咀嚼し、唾を吐き出す。
とろとろとした唾液がペットボトルに滴り落ちる。
「はむっ……くちゅっ、もぐもぐもぐっ……れろぉ~……」
「はむはむもぐくちゅくちゅれろぉ~……」
「もごはむ……ん……れろ~。れろ~……はむっ……れろぉ~……」
そして二時間。
もはや唾がでないくらいまで口の中がぱさぱさになった。
そんな私のペットボトルは、半分より少し下くらいのところまで唾液が溜まっている。
こんなに水分が残っていたんだと感心する気持ちと共に、たまりに溜まった唾液を見て少し気持ち悪くなる。
「でもこれで、理屈によればこれで200gぐらい落ちたはず……」
「お疲れ様~。はい、ペットボトルを渡して」
因幡上官にペットボトルを渡す。
すると上官は集まった村人達に向きあった。
この上ないほどにこやかな商売人スマイルで。
「藤原妹紅の唾液入りペットボトルだよ~。さぁ愚民共オークションスタート~」
≪3万!≫
≪10万!≫
≪15万!≫
「まてやコラァ!」
何処からともなくやってきたむさ苦しいMURABITO達や変態性癖持ちの妖怪怨霊悪霊諸々。
取り敢えず連中は焼却処分けって~い♪
汚物は消毒だフハハー。
「まったくもう、てゐときたらこんな時までふざけないの」
そう最後の力を振り絞って奴等を皆殺しにしようとしていたら、横から永琳さんが助け舟を出してくれた。
「妹紅ちゃんは今凄く大変なんだから、からかったりなんかしたら駄目じゃない」
「大真面目にピーラーを用意した貴方がいいますか師匠」
「とにかく、この唾液の入ったペットボトルは私が処分しておくわね。まったくもう、てゐってばしょうがないんだから……」
「は~い」
「さーせん……永琳さん……お願いします……」
「ぷはー♪」
そしてついに訪れる、審判の時。この一ヶ月間の集大成。
目の前にあるのは数字という悪魔の文字で乙女を地獄へと叩き落す、おぞましき断頭台。
体重を量る為に水着姿となった私達はそれに向き合い、拳と下腹に力を込める。
ゆっくりと、慎重に、どんな載り方をしても体重は変わらないのに、私はこれからほんの少しでも体重が軽くなることを祈りながら体重計に乗る。
もしこれで駄目だったら私は寝肥が固定され、長い間あの姿で生きていかなければならない。
そんな恐怖から逃げ出したかった、体重計にわざわざ乗らなくてもすでに体重はリミットを割っていると信じたかった、実際に数字が出ることが怖かった。
それでも、私は体重を量る。自分の今を知るために。
息を吐き、ほんの少しでも体重が軽くなる事を祈りながら足を一歩踏み出す。
持ち上げた右足は震えていた。無理も無い。
そっと体重計に乗る直前、その瞬間に頭を過ぎるのは辛かった一ヶ月間の日々。
これが、その結果。
「…………………………」
永琳さんは真剣な面持ちで秤を見て、体重を量る。
そんな彼女の表情が私を不安にさせる。
「…………………………」
お願い、どうかリミットを……リミットを切っていて……。
体重よ、落ちていて……。
「…………………………4○,○○kg」
それは、永琳さんが提示していた私のリミット。
リミットを、切っていた。
「妹紅ちゃん……計量パスです!」
「妹紅!」
「妹紅お姉ちゃんおめでとう!」
「妹紅ちゃんやったな!」
全身の力が抜け、私はその場に膝をつく。
嬉しそうな顔をした永琳さんが告げた瞬間、慧音を初めとする応援してくれた人達が駆け寄ってくる。
おっちゃんおばちゃん達が私の頭を撫で、子供達と妖怪兎達が抱きついてきて、慧音が私の手をぎゅっと握ってくる。
「あっ……あぁっ…………」
「妹紅?」
「うっ……うぁぁぁっ……やったよ……私、やったよぉ……」
もう、辛いダイエットしなくっていいんだ……。食べる事を我慢しなくていいんだ……。水を飲んでもいいんだ……。ずっと動き続けなくていいんだ……。
やったぁぁぁぁ……水が飲めるぞこんちくしょぉぉぉ……やったぁぁぁ…………。
ぱしーんぱしんぱしんぱしんと、と皆とハイタッチ。
「よし、輝夜はどうなった? 早く寝肥を払って一緒に祝勝会に――」
「……姫、96gのリミットオーバーです」
「え?」
輝夜は永琳さんから告げられた無常なる数字の宣告を受けると、それに耐えられなかったのか、糸の切れた操り人形のように倒れこんだ。
「輝夜ぁっ!」
私は思わず駆け寄り、永琳さんや鈴仙上官に因幡上官に慧音や村人達が周囲を取り囲む。
皆が皆「しっかりして!」「姫っ! もう少しですからっ!」と必死の形相で励ましてくる。
「輝夜っほらガムだぞ! これを噛むんだよっ! あとたった100gじゃないかっ!」
「あ……う…………」
私は輝夜の口の中にガムを放り込むけど、もはや輝夜はガムを噛む気力すらも無い。
口元をもごもごと動かすも、ガムは板の形のまま。
「まずいわ! あと15分しかない!」
「あと15分で96g!? どう考えても無理じゃないか!?」
私は2時間かけて200g落とすのが限度だった。
それが約100gを15分で落とすなんて、出来るはずが無い。何よりも、今の輝夜は衰弱しきっている。
これでもし、永琳さんのシンデレラの魔法が解けるまでに体重を落としきれなかったら、時の権力者達を、私の父を、あらゆる人々を虜にした美しさは長い間失われる事になる。
ガムが口元から落ちた輝夜はそれでももごもごと口を動かしている。
ぼそぼそ、ぼそぼそ。
何かを喋っているようだ。
私はさっと輝夜の口に耳を寄せる。
「やだよぉ……やだぁ……私太りたくない……皆に嫌われたくない…………」
「輝夜……お前……馬鹿野朗! 容姿が変わったぐらいでお前を嫌いになる奴なんていないって!」
「でも……永琳も、妹紅も、みんなも私が可愛い方が嬉しいでしょ……私性格悪いから、これでもし見た目が悪くなったら……誰も私のこと好きになってくれなくなる……」
「そんなわけ……ないだろう…………」
今の私達だったら、ダイエットに躍起になる女の子達の事を笑えない。
輝夜にとって自分の容姿は、永遠の時を生きる上で必要なアイデンティティーそのものなのだろう。
それが失われることは自分の全てが無くなるようなものだと、輝夜は考えているに違いない。
馬鹿、輝夜の馬鹿。
私はお前の事を特別好きだとか思ったことは無いけど、お前の見た目が可愛いだけの他に何の魅力のない女の子だったら、私はとっくにお前に愛想をつかせてどこかに行ってるよ。
「たすけて……たすけてよぉ……誰か…………」
「…………」
輝夜は絶望に染まった顔で天を仰ぐ。
そんな輝夜に向かって私は、大きく息を吸い込み、下腹に力を入れ、その顔を両手でガッチリと固定する。
手段を選んでいられない。
私は覚悟を、決めた。
「輝夜ッ!」
「え?」
――ちゅっ。
「ん~っ」
「ん゛ぐぅっ!?」
――ぢゅぅぅぅぅぅ。
輝夜のその薄い桜色の唇に向かって、私は自らの唇を重ね合わせる。
つるりとすべすべで、心地良い柔らかさで、吸い付くようで、何よりも甘露のように甘い唇。
それに突然口付けをする私に、周囲からどよめきが聞こえてくる。
「ん~、ん~~~~――」
「む゛む゛ん゛ぐぅ゛ぅ゛~……」
――じゅるじゅる、ずっ、じゅるるるるる。
周囲の人々が驚き、騒ぎ、囃し立ててくる。
けれどそれがまるで私達とは別の遠い世界の出来事のよう。
今私達二人は互いの唇を重ね合わせ、そして私はひたすらに輝夜の口内を貪っていた。
「妹紅ちゃんは一体何をしているの!? まさか姫の姿が変わる前に手篭めにしようと思って――」
「そんなわけないだろ八意殿! きっと妹紅には何か考えがあるはずだ!」
――じゅるるるるずっ、ちゅっぺろっ、ずっちゅるるるる。
それから私は輝夜の口内を隅々まで舐め回し、吸引し、奪う。
「でもどう見てもディープキスをしているようにしか……凄いわあれは、まるで口の中を全部嘗め回しているような……あ、まさか、まさか――」
「そういうことか!」
そう、私は輝夜の口内の唾液を全て吸い尽くして、残りの96gを全て落としきる。
「無茶だわ! 馬鹿げている! キスで約100gも落ちるはずが無い! ほら見なさい! 妹紅ちゃんの表情がおかしいわ! 上手く姫の口の中から唾液が出ないのよ!」
あぁちくしょうそうだよ。体の衝動に任せて馬鹿なことやったよ。けれどしょうがないじゃないか。
これしか思いつかなかったんだよ。
でもっ、でも、まだ諦めない。
絶対に、最後まで諦めない。
「ねぇてゐ、何だか暑くない?」
「そう言われてみると……ってなんじゃありゃあ! 姫達燃えてるじゃん!」
「ん゛~~~~~~!!」
「ん゛ぐぐん゛ぐぐぎゅ゛ぐぐぐ~~!!?」
――ボォォォォォォォォ。
私は気がつけば燃えていた。私の後天的に身につけた技能の一つ、この炎と熱。
それを口付けした場所を媒介にして輝夜の体内に直接叩き込む。
「そうか! あれだったら体内の水分が蒸発して落ちるかもしれない! いっけぇぇぇぇぇぇ!」
「頑張れ姫っ! 頑張れっ妹紅ちゃん!」
「何あのデス・キッス……冷静にしてみたらどう見ても虐殺場面です本当にありがとうございました」
「頑張れ」「あと少しだ」「負けるな」。
今日何度目になったかわからない鼓舞を受ける。
そうだ、やるさっ。
私は絶対に、お前をこんなところで失ったりしない。
「んくっ……んんん~~」
「むっ、ふ゛む゛っ……ん……」
なぁ輝夜、私はお前とキスをすることは初めてだったけど、お前の唇って本当に気持ちいいな。
こんなに長生きしているのに、まだまだやってないことは沢山ある。
そう考えると、この永遠の命も少しだけ悪くないように思えるんだ。
まぁ、多分この気持ちも一時的なものだろうけどさ。
それでも――今このときは悪くないと、思うのだった。
そして数分ほどか、それともあるいはもっと、長いようで短かった時間の間キスを続けていた私達はゆっくりと唇を離した。
唾液の糸が残る中、若干の名残惜しさを感じたのは――気のせいだろう。
「はっ、はっ、はぁっ、はぁっはぁっ……一体何するのよ妹紅!? こんな公衆の面前でキスなんて頭おかしいんじゃない!?」
「輝夜」
「確かに私は貴方の事を憎からず思っているところも無くは無いけど、むしろ可愛いなって思っちゃいるかもしれないけど……でもいきなりなんて……」
「輝夜」
「あの男だって私を無理矢理手篭めにしようと襲い掛かってくるまではしなかったのに……まさかその娘の方にこんな辱めを受けるなんて……けど、何だか悪い気は全くしないのは……」
「いいから人の話聞きなさいよ!」
「ひでぶっ!?」
錯乱している輝夜のこめかみにソバットを一撃。
すると輝夜は頭を抑えながら涙目でこちらを睨んでくるので、私は諭すように声をかける。
「輝夜、体重計に乗ってみなさい」
「はぁ? ついさっき量ったから何も変わらないわよ」
「いいからほらっ」
ぐだぐだぬかす輝夜をお姫様だっこして体重計の上にひょいと置く。
そして体重計の秤は、先ほどまでの重さではない。
永琳さんが量りを調整し、その正確な重さを見る。
ごくりと私達は息を飲み、重く苦しい静寂の中審判を待つ。、
「……4○,○○kg、姫、計量パスです」
――わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!
――ぱちぱちぱちぱち!!
歓声、そして拍手の嵐。
慧音が、永琳さんが、因幡上官が、鈴仙教官が、寺子屋のみんなが、村人達が、永遠亭の妖怪兎達が、人外達が、人里の猟奇趣味な方々が――。
皆が皆、私達を祝福してくれている。
次から次へと私達のところに駆け寄ってきてくる皆。
辛い日々を乗り越えた私達。
輝夜はもう水分なんて殆ど残っていないにもかかわらずつぅっと宝石のように滴る涙を流し、台無しなことに鼻水まで流して大泣きしていた。
「輝夜ったら変な顔っ、色々と台無しじゃないか……」
「そう言うもこたんだって泣いてるくせに」
気がつけば私の瞳からも涙が溢れていた。
水分は出したいと思ったときには中々出てこないくせに、こういうときになったらあっさりと出てくる。
まったくもぅ…………。
だけど、だけどあまり不満には思わなかった。
今の私は、空腹で渇いていたにもかかわらず、不思議と満たされる気持ちだったからだ。
こうして、私の地獄の一ヶ月は終わりを告げた。
◆
⑪体重を落としきることが出来ておめでとうございます。少しぐらいははしゃいでもバチはあたりません。
「カンパーイ♪」
「カンパーイ♪」
人里の某居酒屋にて、私達はお疲れ会をすることにした。
随分と大所帯になったが、経費は永遠亭持ちと慧音のおごりとお店の人へのツケの折半だ。
まぁたまにこうやってはしゃぐのが、お金の正しい使い道のような気がする。
普通は長い間ちゃんとした食事を取らなかったら体内の消化器が弱るらしいんだけど、そこは私達蓬莱人。何とかなって、めでたく即日で宴会が出来たというわけだ。
あぁ、それにしても水ウメー!
余分な成分が無いせいか直に体に水分が突き抜けていく感覚!
コーラめっさウメー!!
甘味と炭酸のハーモニーが暴力的な刺激を体の芯に伝える!
ビール超ウメェェェ!!!
五臓六腑どころか文字通り全身の隅々まで水分とアルコールが染み渡る!
この世で一番美味い酒。陳腐な表現だけど、これ以上の表現は私には思い浮かばない。
うぅぅぅぅぅうっんんんんッッッッッめぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
「イナバ~! おつまみ足りないわよ~!」
「は~い、姫、今持って行きます~」
「全く輝夜ときたら、ダイエットが終わった途端にコロっといつもの通りにもどっちゃったよ。また鈴仙に教官をお願いしようかな?」
「もしお望みでしたらいつでも承りますけど?」
「それだけは勘弁してよ~」
これにて私達の共同ダイエットの日々は終わりを告げた。
体重が増えたのが殺し合いを行なわなかったことの弊害というのもおかしな話だ。
けどまぁ命を軽く思っていた最近の私に、人間だった頃を思い出させる話になった。
人間だった頃の精神に戻ることが永遠の時を生きるうえで良いことなのかと聞かれれば答えにくいけどね。
ちなみに二度と経験したくない、いや心の底からそう思う。
冗談抜きに。
「……てか缶ジュースの半分以上の水分をキスで奪い取るなんて妹紅ったらチュパカブラか何かかと思ったわ」
「自分でもあれはちょっと無いなって思った。でもさ、結果オーライだからいいんじゃない」
「それはまぁ……そうだけど…………あとさぁ、妹紅」
「何? どうかした?」
酔っ払ったのか顔を真っ赤にした輝夜は、ぷぃっとそっぽを向いた。
「……と」
「だから何?」
「……ありがと」
「え?」
「……ありがとう」
「Are you Kaguya?」
「何で英語なのよ!? 私がお礼をいう事がそんなに珍しい?」
輝夜はバッとこちらに振り向いてくる。
私の目の前に近づけてきたその顔はさっきよりも赤く染まっている。
「いや……珍しくないけど……でも、なんか唐突だったし……」
「はぁ~……あー、いいやもう。とりあえずお礼は言ったから。ありがとう」
「あ、うん……」
「…………」
「…………」
そして訪れる気まずい沈黙。
その空気を読まずか、慧音が私達の間に入ってくる。当然の如く酔っ払っている。
「おーい、お前達喧嘩するほど仲がいいのはよろしいが、同性愛はいかんぞ非生産的な」
「「そんなんじゃないって!」」
けらけらと笑って私達をからかう慧音。つられて私達も思わず笑う。
そして私は隣で笑う、この一ヶ月間苦楽を共にしたパートナーに声をかける。
「ねぇ、輝夜」
「何?」
「私さ、この一ヶ月と今日のことは忘れないよ」
第三者からしたらそれは酒の席で何気なく言った一言に聞こえるかもしれない、けれど私にとってその一言は誓いだった。
このようなときでしか言えない、このようなときだからこそ言いたい一言だった。
「これから先の永遠の中、こうして馴れ合うことも無くなるかもしれないし、輝夜のことが本当に憎くて憎くてたまらなくなるときがあるかもしれないし、場合によったらお互い何も干渉しなくなって疎遠になるかもしれない。それでも――」
それでも――。
「私は忘れないよ。今日の楽しかった思い出を永遠の時を生きる糧にする。だから輝夜、今日はたくさん楽しもう」
「……………………何恥ずかしいこと言ってるのよ、ばか」
輝夜はそう言って再びそっぽを向くけど、満更でもないようだった。
長生きしてるくせにこれぐらいで照れるなんて、やっぱり可愛いところあるよなコイツ
そして宴もたけなわ。
あぁ、楽しいなぁ。好きなものを食べられて、飲み物を思う存分飲めるって何て幸せな事なんだろう。
私は長い間生き続けて、こんな大事な事を忘れていたのかもしれない。
これからはもっと大事に食事を取るようにしよう。
「それにしても二人とも凄い食欲ね……、ちょっと食べ過ぎだったりするんじゃない……?」
そう思っていると永琳さんがなにやら罰の悪そうな顔をして近寄ってくる。
一体どうしたんだろう?
「固いことは言いっこなしだよ永琳さん。太ったらどうせまた痩せればいいし」
「それはそうなんだけど……」
「そうよ~私達はダイエットのプロなんだもんね~もこたん♪」
「ね~♪」
「あの、その、ねっ、二人とも……」
さっきから永琳さんは何か奥歯に物が詰まったような歯切れの悪さだ。
何だろう、何か言いにくい事でも言おうとしているのかな?
「ん? どうかしました?」
「だからあの……」
「何よえーりん、さっきからどうしたのよ?」
「……二人とも怒らないでよく聞いてね」
そして永琳さんはお茶目にウィンクをしながら両手を顔の前で合わせ、とんでもない事を言ってきたのでした。
「計量の時にあの大歓声に流されて、体重が落ちた貴方達に憑いていた寝肥を払うの忘れてたの」
「はい?」
「ふぇっ?」
「だから次に寝るとまた太っちゃうから、不眠不休で計量時の体重に落としてねっ。テヘッ♪」
「……………………」
「……………………」
「あれ? ちょっ、姫、ピーラーを持ってるの? え? 妹紅ちゃんも卸し金をじっと見てどうしたの。ねぇ姫待って、タンマッ、妹紅ちゃん助けて姫を止めてっ、人里の猟奇趣味な方達ってば何期待に爛々と目を輝かせてるの? ねぇ、ちょっ姫に妹紅ちゃんなにするのまさかやめ――」
~全年齢の境界~
「すごーい蓬莱人って本当に不死身なんだぁ♪」
~R18Gの境界~
後まどマギはマミさんとかさやかとか杏子とか見たら食欲無くなるけど最後は間違いなくハッピーエンドだと思う。
ただギャグとシリアスがごっちゃになっててもう一つ乗り切れなかったのでこの点数で。
それは兎も角面白かったですw
新鮮で勢いのあるコメディは大好物なので満腹満腹。
僕もうどんちゃんにしごかれたいです
と突っ込みながら読んでたらピーラーが出てきてワロタ
一枚剥げば3kgダイエットできるよやったねもこたん!
>某ハーレム系妖怪絵日記web漫画
大人編にはスキマ妖怪出てましたね
しかし永琳、ピーラー使うくらいなら血を抜いた方がまだ楽だろw
久しぶりに100点でいいと思える作品に出会った気がする。んまんま。
面白かったです~
あとパロネタ多くて読んでいて飽きませんでした!
力作本当にお疲れ様でしたー
あれですよ、昼まで寝過ごして晩飯しか食べない生活送ってたら痩せますよ。学生かつ夏冬限定ですが。
切ればよかったんじゃないかww
ともあれ、面白かった。
なんだかだで頑張る二人と周囲が微笑ましいです。
極限状態で手を繋ぎあうふたりにはなにか美しさを感じました
ふたりには悪いけど凄い面白かったです!
混乱→メインの装備をゲイズに投げる→ゲイズ、盾共に消滅なんてよくある話
マミさんもぐもぐ
読みやすくて面白かった。
最初ぼかしてたのに結局マリカー言っちゃうのかよ!
いいからもっと怖がれw
基本、人間は太るように出来ている
どこかの飲んべえみたいにあまりの細さでファンを心配させるのは例外
そして鈴仙怖い…
かぐもこ最高!