注)この作品は、私の一連の作品とは設定上何のつながりもない仕上がりになっています。
ちょっとした遊び心の発露だと思ってください。テイストもちょっと違うかも
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「美鈴。ちょっといいかしら」
「何ですか? お嬢様」
目の前には、傘一本で太陽の下を平気な顔して歩く吸血鬼。わざわざ門番のところまで自分で出向くくらいにフレンドリーなお嬢様だ。
ちなみに、お嬢様にはフランドールという妹がいる。フランドールの姉ならば、別にフレンドリーという名前でもおかしくはないはずである。
ああ、フレンドリー・スカーレット、何と良い響き!
「いま失礼なこと考えてただろう」
「そんなことはありませんよ、フレンドリー様」
「誰がだ!」
「いたた、A連打で9HITは止めてくださいっていつも言ってるじゃないですか」
「次に言ったらシーリングフィアな」
「そ、それはご勘弁をフレンドリー様!」
「そこまでわざとらしく言われたら逆にやり辛いじゃないの」
ちぇっ、見たかったのに。だって、シーリングフィアってかっこいいよね!!!
と、まぁ悪ノリはこの程度にして、本題に入りましょうか。お嬢様は何やら用事があったみたいですし。
「それで、何用だったのですか」
「ああ、そうだった。ちょっとお願いがあって」
軽く上目づかいになるお嬢様。これで涙目だったら最高なんですけど、それは高望みが過ぎるでしょう。
「お願いだなんて可愛らしい」
「温泉掘って欲しいのよ」
「良いですねー温泉。って、また急な」
「神社の近くに温泉が湧いたって聞いてさ」
「でも怨霊まで一緒に湧いたとかいう話じゃないですか」
「そうよ。だから普通の温泉を掘って霊夢を釣ろうかと」
「そんなので釣れるんでしょうか」
「湖でとれたばかりの新鮮な魚をふんだんに使った夕食もつけるわ」
「釣れますね。間違いなく」
流してもない噂を聞きつけて飛んでくる巫女が目に浮かぶ。別に暮らしに困っているわけでもないのにねぇ。
「というわけでよろしく」
「いや、どこ掘れば温泉出てくるのかもわからないですよ」
「ふふふ、そんなこともあろうかとダウジングロッドを持ったネズミを手配して」
「それ以上は危険なので止めてください!」
遠くに甲高いハハッが聞こえた気がして思わず身を竦める。
「仕方ありませんねー。適当に掘りますから期待しないで待っていてください」
「ん。頼んだよ」
それだけ言うとお嬢様は館へと帰っていった。こういうときに限って咲夜はいないんだから。まったく。
とはいえ、お嬢様直々の頼みを無視するわけにはいかない。一応、当てがないわけでもないし、とりあえずやってみますか。
そう考えて、まずは倉庫へシャベルを取りに行くことにする。道すがら、地中の水脈に探りを入れてみる。
問題は、掘り当てたとしてそれが温泉かどうかだろう。冷泉だったらウドンゲインである。
いつも庭の管理用の道具を入れてある倉庫から手頃なシャベルを一つ持ち出して、当たりをつけておいた場所を掘ってみる。
シャベルを地に突き刺し、体重を掛けて土を掘り起こす。単純作業をするコツは頭を空っぽにすること。
そう言うと身も蓋もないが、要するにどれだけ集中できるかがポイントである。自分は何をやっているのだろう、とか、
そんなことを考えてしまうと手が止まる。気の扱いは手慣れたもので、呼吸をするように集中できるのが私の強み。
もっとも、できるのにしない、というのは幻想郷にいる妖怪に共通する性分らしく、普段は気を抜いている。
そう考えれば、人間という種族はよほどの頑張り屋さんである。うちの人間も本当に真面目ないい子で働き者だ。
私が直接してやれることは少ないけれど、温泉の一つでも掘ればお嬢様が喜ぶし、お嬢様が喜べばあの子も嬉しがる。
お、何かやる気出てきた。お姉さん頑張っちゃうぞー。
……
ざくざく。ひたすら掘りつづけて、いつの間にか地表は頭のかなり上であった。
永遠に掘り進められるかとも思ったが、ガツンと一発、確かな手ごたえに我に返る。
どうやら、岩盤が横たわっているらしい。水脈まではかなり近づいているのだが、こんなものがあったとは。
仕方がない、横穴を掘って岩盤を避けられるか試してみよう。ダメならまた考えればいいし。
軽い気持ちで再びシャベルを動かし始める。下に突き刺すか横に突き出すかの違いだけで、大した違いはない。
……
流石に、崩した土の始末が加わると速度が落ちる。さっきは上に放り投げておけばよかったのだけど。
それでも、横穴もそれなり進んだ気がする。光源が遠くなったおかげで、随分と暗い。どうしようかと思案していると、近づいてくる光。
早くも怨霊かと思いきや、ランプであった。浮かび上がるは見慣れた銀髪のメイド長である。
「美鈴……。これ全部貴方ひとりで?」
「まぁ、そういうことになるのかな」
間違っても、咲夜が力をくれたから、なんてことは言わない。
「人間業じゃないわね」
「妖怪だからねー」
「そうだったわ……」
もしかしたら素ボケなんだろうか。気になる。非常に気になる。
「咲夜はどうしてこんなところまで」
「帰ったら美鈴はいないし、お嬢様に聞いたら温泉掘ってるって言うし」
「門をほったらかしにしたのは拙かった?」
「いいわよ、何事もなかったから。それより、これ」
咲夜の手にはバスケット。顔で催促すると蓋を開けてくれる。中には、サンドイッチと水筒が入っていた。
「貰ってもいいの?」
「当然。貴方のためだから」
「咲夜の手作りサンドイッチなんて、幸せだねえ。っと、あら、どうやって食べよう」
参ったな。手が土で汚れてしまっている。私は気にしないのだけど、咲夜に悪い。
「じゃあ、こうしましょう」
咲夜はそう言うと、サンドイッチを一つ手に取り、こちらに突き出してきた。
「あ、あの……」
「はい、あーん」
「あ、あーん。はは……」
いくら二人きりとはいえこれは恥ずかしい。何かもう味とかよくわからないけどとりあえず美味しい。
「どう?」
「一粒で二度美味しいって感じ」
「何よ、それ」
「味も美味しいし、咲夜に食べさせてもらうってシチュエーションがまた美味しい、ってことよ」
こういうときは恥ずかしがらずに素直になってしまうのがいい。その方が、かえって相手には効果があったりする。
案の定、咲夜の顔に赤みがさす。その顔もごちそうさまです。一口で三度美味しいサンドイッチ、美鈴、心の俳句である。
「ば、ばか言ってないで早く食べなさい」
「はいはい、いただきます」
どんどんサンドイッチを突き付けてくるものだから、やっぱり味とかよくわからないまま美味しくいただきました。
「ごちそうさまでした」
「はい、紅茶もどうぞ」
水筒に見えるそれは、厳密には水筒ではない。パチュリー様作成のマジックアイテムで、中の液体の温度が下がらないように
魔法をかけてあるという代物である。何でも魔法瓶、というらしい。ストレートな名前の付け方がパチュリー様らしいというか。
まぁ、いつでも淹れたての温かさが楽しめるのだから、とてもありがたいものなのだけれども。
蓋がそのままコップになる素敵仕様のため、こちらは手で受け取ることができた。飲み物は自分で飲まないと上手に飲めないから
これは助かる。あ、口移しって方法があったか。咲夜はすぐ信じるからやってみる価値はあったかもしれない。
「何にやにやしてるのよ」
「あまり口には出せないようなことを考えていたの」
「え?」
「今度お願いするかも」
「気になるわね……」
「さて、それじゃあそろそろ上がりますか」
そう言って立ち上がろうとしたそのときに、急に大きな揺れに襲われた。
「ちょっ、危なっ」
何か大きなものが滑り落ちるような音がして、土ぼこりが舞いあがる。しばらく咳き込んで、ようやく治まったところで周囲を確認する。
「咲夜、大丈夫?」
「私は大丈夫だけど……」
「あちゃあ、これはちょっと拙いかな……」
さっきまで出口だったところは、完全に塞がってしまっていた。要するに、生き埋めである。
「どうする? 美鈴」
「まぁ、一休みしてから上に掘っていけばいいんじゃないかなあ」
「よく落ち着いていられるわね……私じゃ地上に辿りつけそうにないから、お願いね」
「お任せあれ」
そう言って、私がまず最初にしたことは、ランプの灯を消すことだった。
「ちょっと、何するのよ」
「いや、こんな狭いところで火をつけてたら息ができなくなるから」
「それもそうね。でも、急に真っ暗になるんだもの」
咲夜も身体のスペックは一般的な人間のそれと変わらない。私はといえば夜目も利くし、気も読めるので、暗闇でもさほど困らないのだ。
手を伸ばして、咲夜を驚かせないように、軽く触れる。すぐに彼女の手に捕まえられて、意外に強い力だったことに驚かされる。
体を咲夜の近くに移動させて、繋がっている手を撫でると、やっと少し緊張が収まったようで、力が抜けてきた。
「いつまでここにいなきゃいけないのかしら」
「慌てない、慌てない。一休み、一休み」
「何で二回言ったのよ」
「大事なことなので」
「聞いた私がばかだったわ」
しばし、静寂が訪れる。
「ねえ、美鈴」
「何?」
「さっきの、せっかくだから教えてよ」
「さっきの?」
「口には出せないようなこと」
「ああ、あれねー。うん、さっき、サンドイッチを食べさせてくれたじゃない」
「ええ」
「紅茶だとどうするのがいいかなあ、って考えたの」
さて、地面を軽く探って、目当てのものを見つける。
「コップを口にもっていけばいいだけじゃない」
「いやいや、それじゃあ飲みにくいのよ」
「確かに、それはあるかも」
「それじゃあ、どうするのがいいでしょう」
まだ中身は残っている。準備はこれでOKだ。
「……」
「もう判ってると思うけど、正解は」
紅茶を口に含んで、咲夜を抱き寄せる。一瞬、身をよじるそぶりをみせたけど、腕に力を入れると、素直にこちらに寄ってきた。
咲夜は私がどこにいるかしかと判ってはいないはずなので、ゆっくり近づくことで少し焦らしてみる。
もう腕の力は抜いているが、それでも、咲夜の体はゆっくりと私に近づいてくる。互いの距離がしだいに近くなっていき、そして……
突然音がしたかと思うと上部に穴が開いて、そこから何者かが顔を出した。
「不意をついて地震が起きました」
「誰ですか!」
「衣玖です。永江の」
「どうやって来たんですか?」
「ちょっとドリルで」
「何でここに……」
「総領娘様のせいで地震がおきたので、謝罪と救出を兼ねまして」
「せっかくの紅茶、飲んじゃったじゃないですかぁ」
「よくわかりませんが、申し訳ありません」
ちくしょう、どこまでも空気の読める奴だ。いや、むしろ読めてないというべきか。
それでも、せっかく助けに来てくれたのだから、上がらないわけにもいかない。
少々名残惜しかったけど、咲夜の腕を引っ張って、彼女を立ち起こす。そのとき、私の耳元で彼女の口が動いた。
思いがけないことで、数瞬、動きが止まってしまった。
「何やってるのよ。行くわよ、美鈴」
声はもう普段の落ち着きを取り戻していて、私は慌てて追いかける。
──また今度
その言葉が、いつまでも耳の中に残っていた。
地の文の小ネタが面白かったです。
ハイこれで四羽目
しかしタグがカオスだなw
対等な関係の二人っていいなあ。
随所の小ネタもいい味出してたw
これはいい美咲
しかしタグすごいなww