西行妖を咲かせようと春を集めてから早1ヶ月。
冥界の桜はとうに散り、毎日のように押しかけていた人妖たちの姿は一夜の夢のように消えうせていた。
顕界では、長袖でいるのが若干辛くなる頃だろう。
冥界は変わらず涼しいのだが、顕界へのお使いを頼まれるとそれをヒシヒシ感じる。
それでも、朝は冥界も顕界も等しく涼しい。
その涼しい時間帯に済ませなければいけないのが、白玉楼へと続く長階段の掃除。
この、歩いて昇れば永遠に続くかと思えるほどに長い階段を掃くこと。
それが私、魂魄妖夢の日課であり、仕事でもある。
階段は、掃ききらないことが風流である。
以前、私の主である西行寺幽々子さまがおっしゃっていたのだが、私にはまだ、その意を理解することができずにいる。
あるときは、手を抜いてもよいと言われていると解釈をし、適当に掃き掃除を済ませた。
すると幽々子さまは階段を一瞥し、酷くがっかりされた様子で屋敷へ戻っていってしまった。
またあるときは、私に出来る限りの丁寧さで階段を掃除し尽くした。
けれど、幽々子さまは寂しげに笑い、同じように屋敷へと戻ってしまったのだった。
謎かけのような言葉に翻弄されながら、私は今日も掃き掃除をこなす。
庭から飛んで来た桜の花が、夜露に濡れたのか階段へとベッタリ張り付き悲惨なことになっている。
何度箒を滑らせても、濡れた花びらは頑固に根をはっているわけで・・・・・・。
大きくため息を吐く。
この花びらを掃くことは諦めた。
掃除が終われば素振りを百本、朝餉の支度、庭の手入れ、などなど。
すべきことが山のようにある。
時間は限りあるものなのだから、賢く使わなければならない。
気合を入れて竹箒を構えなおし、また、石段一つずつを箒で撫でていく。
そんな折、ふと異様な気配に気づく。
注意深くその気配のほうへ視線を凝らすと、顕界の低級妖怪が冥界へと紛れこんだのだろう
身の丈2mほどだろうか、猿にも似た異形の妖怪が、階段の途中で所在なさげにしていた。
私は竹箒を傍らに置き、迎撃のために背負った刀を抜く。
長い得物が楼観剣、短い得物が白楼剣、どちらも祖父から受け継いだ業物であり、私がもっとも信頼を置いているパートナーでもある。
幸いと言うべきか、妖怪は私の姿には気づいていない。
サァーと、一筋の涼風が吹いた。
手汗が滲みでてきた。
剣を万が一にも落とさないよう、ギュッと握り締める。
ああ、口の中が乾く。
無理やりツバを飲み込んで、潤した。
なるべく威厳が出るように胸を張り、階段を踏みしめながら下りる。
くだんの妖怪が私に気づくのを確認し、楼観剣を妖怪のほうへ突き出した。
「そこの妖怪、この白玉楼に如何なる用か。正当な理由が無ければ立ち去るがよい、この白玉楼に害なすつもりならば・・・・・・。斬る」
言葉を解さぬ下賎な妖怪なのだろう。
威嚇として向けた剣には反応を見せたが、私の言葉には何の理解も示していないようだった。
こういう妖怪の相手が一番厄介なのだ。
知能ある妖怪が相手ならば、弾幕ゴッコで片がつく。
だが、言葉を解さない程度の低級妖怪は、実力行使に出なければ埒が明かない場合が多い。
忌々しい、と一つ舌打ちをし、軽く楼観剣を振るってみせた。
「もう一度聞く、白玉楼には何の用だ。正当な理由が無い限りはここを通すわけにはいかない。去れ」
言葉は通じてはいないだろう。
しかし、強い気持ちを表に出したほうが効果があると私は知っている。
妖怪は、私の威嚇に怯む仕草を見せた。
・・・・・・しかし、退く素振りは一向にみせない。
やむを得まい、か。
段上から大きく飛び上がり、頭上から体重を乗せた斬撃を見舞う。
妖怪は受け止めようとはせず、ひらりと身をかわし、数段下の石段へ着地した。
もとより当たるとは思っていない。
妖怪は喉を鳴らし、威嚇のポーズを見せてくる。
そこに違和感を感じた。
威嚇のポーズをとっていても、妖怪の目は、争う姿勢を見せてはいないのだから。
それでも
「それでも、私には守る義務がある。去らぬなら、斬る!」
言葉も解さぬものを通すわけにはいかない。
万が一、億が一であっても、通したことで幽々子さまの身に危害が加われば、私の立つ瀬というものがなくなってしまう。
白楼剣を鞘へと戻し。楼観剣を上段へ構え、気を張りつめた。
一歩でも近づけば・・・・・・斬る。
永遠にも思える瞬間。
妖怪は、その一歩を踏み出した。
私は当然の如く、必殺の一撃を振り下ろした。
◆
「ねぇ紫、あなたはどう思う?」
隙間から顔を出した瞬間に、幽々子から問いかけられた。
珍しく早くに目が冴え、友人の寝顔を見ようと思っていたのに・・・・・・。
「何、幽々子がもう起きていることについて? 寝顔を見ようと思ってたのにそれができなくて残念よ、とっても」
隙間から頭だけを出し、ぷくぅーと頬を膨らませて抗議する。
しかし、幽々子は扇を口元を隠すと、寂しげに目を伏せるだけだった。
どうやら、いつになくマジメな話だったらしい。
「ねぇ紫、例えばの話よ。・・・・・・子供が亡くなったとするわ。でも、もう一度会えるとしたらあなたならどうする?」
「そりゃ・・・・・・。会いにいくんじゃないかしら」
「・・・・・・そう、よね」
「珍しいわね、幽々子がそんなに落ち込むだなんて。妖夢に何かあったのかしら」
その言葉に、幽々子は伏し目がちだった目を上げる。
「なんでもないわ。気にしないでちょうだい」
「ふぅん・・・・・・。幽々子は嘘をつくのが下手ね」
長い付き合いだ、わからないわけがない。
私が、藍とぶつかりあったように、幽々子も妖夢と話し合うときが来ただけ。
ただ、それだけのこと。
「妖夢が、妖怪を斬ったわ」
幽々子が、ポツリと呟いた。
「顕界と、冥界の境が薄くなっているから・・・・・・、会いに来てしまったんでしょうね。何があったかは、幽霊と亡霊とが寄り添っているのを見て把握したわ」
「・・・・・・そう」
「素直で、実直なのがあの子の良いところだけど・・・・・・。柔軟性を身に着けなければ、あの子は何度でも繰り返すわ。気づかないところで・・・・・・余計な罪を重ねるわ」
ねぇ、私はどうしたらいいのかしら。
そういって、幽々子は膝を折る。
最後の言葉は、上手く舌が回っていなかった。
扇で顔を隠してはいるが、その向こうの顔がどうなってるかぐらいわかる。
私たちは、親友なのだから。
すっと隙間から抜け出て、膝を折った幽々子へと寄り添う。
「大丈夫よ幽々子。妖夢は実直ないい子よ、今回はただ、役目に忠実すぎただけ。長い目で見てあげましょう? 子供を育てるというのはそういうことよ」
嗚咽を漏らす幽々子の背中を優しく撫でる。
5分も撫でていると、キシキシと廊下の軋む音がしてきた。
「それじゃあ、私は帰るから。幽々子、妖夢の前ではそんな顔見せちゃだめよ?」
「わかってるわよ・・・・・・。それじゃあ、またね」
紫が隙間へ消えるのと、妖夢が部屋の前へ辿り着いたのは、ほぼ同時であった。
「幽々子さま、朝餉の支度ができました!」
<終わり>
果たして幽々子がそれを口にすることはあるのか、そのときの妖夢の反応は…気になるところですw
それこそ以心伝心で幽々子様の信頼と期待に応える前代の妖忌
の姿を直接描写しているわけではないのですが,そんな完成さ
れた妖忌との接し方は心得ていても,未熟な妖夢に対してこの
ままでは駄目だと思っていても,いまいちどのように言葉をか
ければいいのか分からない幽々子様の苦悩を描写しているのが
面白かったです.
この話からは妖夢だけが未熟なのではなく幽々子様も教え諭し
遠くから見守る親に近い立場としては未熟だったりするのかな
,なんて考えたりしました.
でも、幽々子はどうでしょう?
謎かけじみた指示を出して、妖夢の出した解答が気に入らなければ態度で否定してしまう。
彼女の年齢を考えると、「主」として成長する余地があるのかというと……。
そんなことを考えました。
しかし、かといって間違っているわけでもありますまい
妖夢には成長して欲しいのですが……このままでもいいかもしれない、でもやはり成長して欲しい……とまあ私の頭の中ではこういったことが渦巻いていました。
妖夢ちゃんがアンモラルな非行をすると違和感ですよね。
なんでだろうか
こういう子は斬られないとわからない(苦笑
妖夢はまっすぐすぎるのが難点ですよね。
今後の二人が気になります。
ふとそれを思い出しました
ゆゆ様も「住人が増えれば増えた分、管理が大変になるのよねえ」程度で済ませてしまったり。
面白いけど面白いがゆえ物足りない。
長編のプロローグかと思いましたが完結のようで残念です。
まあこれから、これから。
妖夢の成長に期待。
それにしても幽々子様はビシッと叱れない気弱な保護者がよく似合う。