雨が降ってきたから殺し合いはまた今度にしよう、と輝夜が言ったので、妹紅は一も二もなく賛成した。濡れるのが嫌だったのだ。
それで「じゃあな」と言って別れようとしたのだが、輝夜は雨の中永遠亭まで帰るのは嫌だと駄々をこね、嫌がる妹紅に無理矢理くっついて、彼女の家までやってきた。
この頃の妹紅はちょっとした出来事が切っ掛けで頻繁に人里に出かけるようになっており、たくさんの人妖たちと交流を深めている最中だった。それでもまだ迷いの竹林で生活しているのだが、昔のように粗末なあばら家に住んではいなかった。
今の彼女のマイホームは、二階建てのお洒落なログハウス。一階には午後のティータイムが楽しめる広いポーチがついており、二階には二人でくるくる踊れそうなバルコニーが備え付けられている。
「どういうことなの」
「いや、前の家がぶっ壊れたのがきっかけで、大工仕事にハマっちゃってね。折角だから今度はいい家建てようかと思ってる、って宴会のときみんなに話したら、面白がっていろいろ手伝ってくれたのよ」
「だからって竹林に丸太小屋はないと思うわ」
「ログハウスって呼びなよ。昔の人みたいだよそれじゃ」
「昔の人だもの。わたしが言いたいのはそういうのじゃなくてね、これじゃ風流もなにもあったもんじゃないって言いたいの」
「あんたがそういうの好きなのは知ってたからね。それならわたしは全力で嫌ってやるまでよ」
二人は軽口をたたき合いながらリビングに入って濡れた上衣を脱ぎ、髪や体をタオルで拭く。
にとりが提供してくれた妖術式のランプに明るく照らされたリビングは、たくさんのもので溢れていた。アリスから寄贈されたアンティークドール、魔理沙から押し付けられた胡散臭い民芸品の数々、霊夢と早苗が競い合うように勝手に貼り付けていったたくさんのお札に、レミリアがにやにや笑いながら置いていった大きな十字架の置物、酔っ払った小町がどこかから持ってきた誰かの卒塔婆、萃香や勇儀が飲み散らかした酒瓶の山などなど。
「ここにある氷づけの蛙は?
「チルノがくれた。せっかくだからパチュリーに魔法かけてもらって永久保存することにしたよ。ちなみに新築祝いの日はミスティアが八目鰻料理をふるまってくれてね。まあその後、本人が西行寺のお嬢さんに食べられそうになってたけど。ああ、そういやあの日の慧音のスピーチはなかなか心に残るものがあったなあ」
「なんでわたしは呼ばれてないの?」
「なんであんたを呼ばなきゃならないの。あ、でも永琳とか鈴仙とかてゐとか、それに永遠亭の兎どもも何人か来てくれたっけね」
「ちょっと、わたしだけ仲間外れ?」
「永琳に聞いたら『姫様は寝てる。いくら声をかけても起きない』って」
「過ぎ去った過去に囚われるのは良くないことだわ」
「そうね」
輝夜は「これ干しておいて」と妹紅に上衣を投げ渡したあと、抗議する彼女の声も聞かず、興味深げにリビングの中を見て回り始めた。その途中、部屋の一角で足を止めて眉をひそめる。
「ちょっと、妹紅」
「なによ。今あんたの服乾かしてるところなんだけど」
「そんなの後でいいから。それより、聞きたいことがあるからちょっとこっちへおいでなさいな」
皺にならないよう丁寧に輝夜の上衣をハンガーにかけたあと、妹紅は口の中でぶつくさ悪態を吐きながら仇敵の下へ向かった。
輝夜は何やら気難しい顔をして、部屋の一角に置いてある箱を見下ろしていた。中には空き缶やら割れたお面やら、どうにも使いようのないものが一杯に詰まっている。
「ああ、その辺のはあんたんとこの子兎たちが置いてったがらくたよ。折角プレゼントしてくれたんだから、と思って取っておいてあるんだけど」
「うん。そんなことだろうとは思ったわ」
「へえ、なんで分かった?」
「だって、ちょっと前にわたしの部屋から消えた壺が混じってるから」
「高いやつ?」
「時価数千万とか?」
ちなみにその壺は今、さびついた超合金ロボットと空になったお菓子の空き箱なんかに埋もれている。
妹紅は感嘆の声と共に何度か頷いた。
「子兎どももいいセンスしてるじゃないの。これはアートよ。反体制のロックンローラーになれるね」
「ろっくんろーらーってなに」
「昔の人には分からないことよ」
妹紅が肩を竦めてみせると、輝夜は小さく不満げな声を漏らした。それから興味を失った様子でぺたぺたとリビングの中央に歩いていき、床に座って窓の外を見つめ始めた。
「なんでテーブルと椅子があるのにわざわざ床に座るのよ」
「南蛮人の文化には馴染みがなくて」
「そういやなんか靴脱いでるもんね、あんた」
「あなただってそうじゃない」
洋風の作りであるから、本来靴は脱ぐ必要がない。
妹紅はそっぽを向いた。
「大体はあんたと同じ理由よ。癪だけど」
「昔の人みたいね」
「昔の人だもの」
妹紅は輝夜から少し距離を取って、彼女と同じようにぺたんと床に座った。
二人揃って黙ったまま、窓の向こうを眺める。外には鬱蒼とした竹林が広がっていて、厚い雲に覆われた空からは静かに雨が降り注いでいる。場違いなログハウスのガラス窓に雨粒が跳ね返っては、楽しげな音を鳴らして地面に向かって落ちていく。
「風流ねえ」
その雨音の邪魔にならない程度に、輝夜がそっと呟いた。妹紅は顔をしかめる。
「やだなあ、あんたと同じようなこと考えちゃった」
「あら、住所不定の藤原妹紅さんにそんな感性があったなんて驚きだわ。歌でも詠んでみます?」
「そんなあんたみたいなこと、わたしがやるわけないでしょ」
「そうねえ。竹林浮浪者の妹紅さんには少し高度すぎるわよねえ」
「燃やすぞ引きこもり」
妹紅が顔をしかめると、輝夜は「まあ怖い」と大げさに怖がってみせた。
「でもそれ以上に無粋だわ。わたしが燃えたら、折角の雨音が台無しになってしまうじゃないの」
「うん。そりゃそうね。どっちにしても今日は殺し合いとかなしだし」
もっともらしく頷いてから、「あ、そうだ」と一つ手を叩き、妹紅は勢いよく立ちあがった。軽やかにリビングを横切り、さっきのがらくた箱を抱えて楽しそうに外へと飛び出していく。
小さく首を傾げた輝夜の耳に、ふと異音が滑り込んできた。ひそやかに降り注ぐ雨音に、何やら間抜けで賑やかな音色が入り混じる。からんころんと鳴り渡る、太鼓のようなその響き。
少し雨に濡れた妹紅が帰って来て、箱を元の場所に戻すとまた輝夜の近くに座った。目を閉じ耳を澄まして、嬉しげに頷く。
「うん、なかなか気が抜けた感じでいいじゃないの」
「なにしてきたの?」
「外のね、雨が当たりそうなところに吊るしてきたの。空き缶やらお面やらね。ついでにあんたの壺も」
「ああ、そういう」
てんでばらばらなお囃子を聞きながら、輝夜は一つ頷く。妹紅が得意げに笑った。
「どうよ。温室育ちのお姫様には、こういう素朴なのは理解できないでしょ。わたしの勝ちね」
「あら、これはこれで風雅だと思うけど?」
「ちぇっ、負け惜しみ言ってらあ」
「そもそもあなただって生まれはお姫様でしょうに」
「残念ながら不肖の子でね。今は学無し文無し色気無しの根なし草。気楽なもんよ」
「そう。羨ましいわ」
「お、勝った」
「勝ち負けの問題?」
上品に微笑みながら、輝夜はそっと目を閉じる。妹紅も鼻を鳴らしてだらしなく足を崩し、隣のお姫様に倣う。
滑稽な雨音に聞き入ること数分ほどの後、
「雨ってさあ」
不意に、妹紅がしみじみ呟いた。
「なんか、輪廻みたいだよね」
「急に壮大な話を始めたわね」
「まあ聞きなって。ほら、雨って空から降って地面にしみ込んで、その内蒸発してまた空に上がって雲になって、それでまた雨になって戻ってくるらしいじゃない? そういうのを昔っから、ずーっと繰り返してるわけで」
「やたらと人生とかに例えたがるのは、教養のない人の悪い癖だわ」
「へいへい、学なしで悪うございましたね。だけど、結構当たってると思うのよね。雲が彼岸で地上が此岸、雨粒が魂で、降ってくるまでが人生だ。どう?」
「そしてわたしたちは、ガラスの窓越しに雨音を聞いているわけね」
「でもあの雨音は、あんたのところの兎たちがくれたものよ」
輝夜は目を伏せて床を見つめ、妹紅は窓の向こうを見上げている。雨は一向に止む気配を見せず、虚ろに密かに愉快に間抜けに、ただただ地面に向かって注ぎ続ける。
不意に、輝夜が立ち上がった。
「考えたんだけど」
「何を」
「雨音って綺麗だけれど、聞いてるだけじゃつまらないわ」
「つまり?」
「行きましょう」
輝夜は突然、長い黒髪を翻した。かけてあった上衣をひっつかむと、階段へ向かいながら待ちきれないように袖を通し、弾むような足取りで二階へと駆け上がっていく。妹紅も同じように上衣を着直しながら、慌てて後を追った。
この家の二階には屋根のない張り出しの部分があって、要するにバルコニーなのだが、ここは人が二人手をつないで踊れる程度の広さはあるのだった。
妹紅が二階へ出るとそのバルコニーに通じる扉が全開になっていて、外へ出てみると輝夜が両手を広げて全身に雨を浴びながら笑っていた。
「冷たい、冷たい」
雨粒を受け止めるたび、薄桃色の上衣が少しずつ滲んでいって、どんどん重たくなっていく。しかし輝夜は気にする素振りも見せない。濡れて体に張り付く黒髪を物ともせずに、はしゃいだ声を上げながら軽やかに回り続ける。
同じように雨を浴びながら、妹紅は呆れて言った。
「阿呆だ、阿呆がいるよ」
「踊る阿呆に見る阿呆、って言うわ」
「さすが、よく物をご存じですこと」
「それで、あなたはどちら?」
悪戯っぽく微笑みながら、輝夜が濡れそぼった手を真っ直ぐに差し出してくる。仕方ないなあ、と苦笑いを浮かべながら、妹紅はがっしりその手をつかみ、そうしてから自分が躍りなど躍ったことがないことに気がついた。仕方ないので雨を跳ね上げながら無茶苦茶にステップを踏み始めると、輝夜がたまらず吹き出した。
「なにそれ。藤原妹紅さんは踊りの一つも知らないのかしら」
「学なしなもんでね。でも折角だから今度誰かに習ってみるかな」
「そう。そしたら永遠亭でダンスパーティを開いて、お姫様の相手役に任じて差し上げますわ」
「うへえ。さすが、かぐや姫様は難題を出すのがお上手で」
雨に打たれてずぶ濡れになって笑いながら、二人はいつまでもいつまでも踊り続けた。
<了>
二人なりのじゃれ合いなんだと思うね。だからこうなる。
アッサリ風味で楽しめました。いい感じ。
ところで今回は例の少女臭が感じ取れませんでしたがどこに潜んでいるんですかね。
寝て良し観て良し聴いて良し。
しかし竹林にログハウスw
梅雨の季節、雨は妙にわくわくしますねぇ
外出するときは軽く殺意が沸きますが
…(゜o゜)\(-_-)キズケ
何故だ!何故気づけなかった!?
はッ!そうか!紫か!?紫が出てないからか!?
ついさっきまでずぶ濡れだった私には尚更に
謝れ!これを読むまで台風だと気が付かなかった僕に謝れ!
莫迦な事はこれくらいにして感想
こういう雰囲気は大好きです
バトルでも恋愛でもなく徒然と話題が切り替わって行くのは
毎回楽しい物語をありがとうごさいます
こういう文を書けるようになりたいですよ。ごちそうさまでした。
この一文で鳥肌が立ちました
いいお話でした
読後になにか物足りない感があって、何故だろうと思ったんですが
そういえば今作はバもとい紫が出ていない!?
あと幻想郷で一番の美女は誰かと聞かれたら
自分も輝夜と答えます!!!
美少女→輝夜
美女→藍
ババア→ババア
ですねわかります(・∀・)
ババアは誉め言葉ww
死なない太郎のことですね、わかりま(ry
あ、いえ、騙された訳ではありませんよ。
静かな物語ですが、途中途中に雨音や雨が奏でる物音が聞こえてきて、
それが何より美しい感じがしました。
何より、輝夜と妹紅が仲良しな感じだし、私的には理想の世界です。
ただ、私の脳内では二人とも全裸でしたので、ちょっと走ってきます。
あの日常とは、線を一つたがえたような独特の空気が病みつきはたまらん。
それにしても相変わらずいい作品をお書きになる。
二人がじゃれあうさまがまるで目に見えるようでした。
いやあ、眼福でした。
妹紅は美人というよりも凛々しいイメージですね、私としては。
ログハウスなんてしゃれたもの幻想郷にを持ち込んだのはやはり紫様ですかね?
ちょい物語に集中できなかった。
まあ原作準拠ならこの女性っぽい妹紅が正しいんだけどね。
妹紅愛され過ぎだろ
次点に成長株で霊夢さんとアリっさんとスカーレット姉妹とか。
諏訪さまとか見た目成長すると肝っ玉母さんてな感じでしか見られない、見られないのです。
姫さまはカリスマ!ですです。
天真爛漫でちょっぴり我侭な所も、少女らしい可憐さの添え物。
西洋部門ではアリスがいちばん「お人形さんみたいに綺麗」なのではないかと感じる今日この頃。
もこ?カッコいい部門のトップでいいじゃないですか。
本物はここにいたか
『厚い雲に覆われた空かは静かに雨が降り注いでいる。』
→『空からは』では?
いつも楽しく読ませていただいております。これからもがんばってください。
ずっと見ていたくなる二人でした。
2人でいっしょに競い合う(?)のが目的だから、な感じの蓬莱人がいいです
遠いとみて、近い
一定の距離がある2人の関係が良いです
とはいえ別の出会い方してたら、この2人は気の合う大親友になれていたかもしれない。
うん。これ好きです。