その日、洩矢諏訪子は退屈していた。
否。その日も、洩矢諏訪子は退屈していた。
昨日も、一昨日も、更にその前の日も、洩矢諏訪子は退屈していた。
今までのように地底湖の奥底でひっそりと眠っていればそんなこともないのだろうが、目覚めてしまった今ではそれも不可能だ。
何故なら洩矢諏訪子は幻想郷にやって来た。越したそこで、最高に楽しい遊び友達と出会った。
蛙にとっての冬眠が終わり、洩矢諏訪子の元に春がやって来たのだ。そこに最高の遊び友達がいるというのに、我慢をしろという方が無理な話なのだ。
しかしその友だちも毎日遊びに来てくれる訳ではない。向こうは向こうでやはり何かと忙しいのだろう。そこは理解しよう。そうなのだとしたら、こちらから足を運べばいいだけのことなのだから。
だというのに。
「むぅ~……! 何よ何よー! 神奈子も早苗もー!」
諏訪子は床に転がって四肢を振り回す。神奈子や早苗が見たならばきっと恐らく、いや間違いなく抱きしめたであろう愛らしいその行動も、誰も居ない空間においては空しさだけが漂う。
守谷の神社には諏訪子だけが一人残されている。表――境内の方に行けば若干の参拝客は居るだろうが、社の更に奥底に居る諏訪子には関係ない。
早苗は布教活動に奮闘し、神奈子は勝手に分社を建てたり、また壊したりする者が居ないか見回りに行った。
そして、諏訪子は神社に一人お留守番。
「どーしてあたしだけー!」
自分も布教活動を手伝うと言えば、早苗曰く、「すいません、諏訪子様が直接人前にお出でになっちゃうと、色々と戸惑う方も多いでしょうから」とのこと。
だったら自分が分社の見回りをすると言えば、神奈子曰く、「私たちが居ない間に本社に何かあったら困るでしょ? というか、あんたが出て行ったら困るって早苗が言ってるじゃない」とのこと。
納得いかない。いかないのだが、二人にああ言えばこう言い返され、こう言えばああ返され。四面楚歌の諏訪子に救いの手を差し伸べる味方は誰も居らず、そうして諏訪子は一人神社に留守番の毎日が訪れたわけだ。
しかしどう言いくるめられようと、納得いかないものはいかないのだ。だって、二人の腹の内は丸見えなのだから。
結局のところ、二人は自分が外に出ると何かしらの問題を起こしてしまうと思っているのだ。だから、何かと理由をつけて自分を神社に押しとどめている。
信頼されていないとか、一人だけ仲間はずれにされているとか、不満はあげれば切りがない。
だけど、やっぱり一番気に入らないのが。
「あたしも遊びに行きたいー!」
洩矢諏訪子は今日も退屈だった。
「ああもういいや、勝手に遊びに行ってやろう」
どうせ神奈子も早苗も見張ってるわけじゃない。二人に何か言われても、所詮その言葉は建前でしかないのだから問題ないだろう。それに、ようは自分を知らない人間の前に姿を見せなければいいのだ。神奈子の言う本社がどうのこうのに至っては心配するまでもない。だって、山の上にあり、強大な力を持つ自分たちに真っ向から喧嘩を売ろうなんて存在がそうそう居るはずも無いのだから。
もし居るとすればそれこそ幻想郷の賢者クラスだろうけれど、彼らがそんなことをするだなんて思えない。
まぁ、一人だけ興味本位でしそうな相手も居るといえば居るが、そもアレが来れば自分一人ではどうすることもできまい。
よって、自分が留守番をボイコットしても何の問題も無い。
「よーし遊びにいくぞー!」
今まで溜まった鬱憤を晴らすかのように声を出し、諏訪子は外へと飛び立った。
かと言って、諏訪子が遊びに行ける場所なんて限られている。人目につかない――この場合、人間は除く――という条件を無視すればそうでもないけれど、下手に妖怪たちと顔を合わせて噂が広まってもよくない。あちらこちらと足を運んでいることが神奈子の耳に届いては後々面倒くさいから。
なので、行ける場所は諏訪子と面識のある相手のところだけ。
諏訪子と面識があると言えば、以前遊んだ人間の二人だけだ。御山の連中はさっき言った理由から却下。人間のうち白と黒の服装をした方も色々な理由――住んでいる詳細な場所を知らないだとか、大まかに知っているそこは魔法の森で、知らない奴に会う可能性がある――から駄目。
「あー……確か、幻想郷の隅っこの、山だか丘だかの上にあるんだっけ……」
早苗から聞いた、紅白の巫女が住む神社の場所を思い出す。こちらもやはり詳細な場所は知らないけれど、まあ飛んでいれば分かるくらいに目立つらしいから、きっと大丈夫だろう。
「では、いざ行かん」
しゅっぱーつ、と片腕を上げて、諏訪子は博麗神社へと進路を決めた。
確かに神社は見つけやすかった。というよりも、気づけば視界に映っていた。直接巫女に聞いてみないと真相は分からないけれど、もしかすると“そこ”を求める者が自然とたどり着ける仕組みになっているのかもしれない。
何はともあれ、無事に神社は見つかったのだ。諏訪子は鳥居の傍に降り立って、境内の奥へと進んでいく。
「たーのもー」
社の裏手に周り、住居部分の庭から障子の向こう側に声をかける。
「たーのもーぅ!」
出てこないのでもう一度。
しん、と静かな空気が漂うだけで、中から誰かが出てくる気配はない。
「むー……誰もいないんならここで卵うんじゃうぞー!」
「やめんかい!」
スパーンと障子が開かれて、片眉を寄せた博麗霊夢が姿を見せた。
「……で、退屈だからここに来たと?」
「うん、だから遊ぼう」
「帰れ」
にっこり笑いながらのお願いも、普段からレミリアとか魔理沙とかのわがままに慣れている霊夢には通用しない。
「なんでー! 聞いてるよっ、早苗とかとはいっつもお茶をしてるらしいじゃない!」
「あれは魔理沙が勝手にお茶を淹れて飲んでるところに、タイミングよく来るから出してるだけ。神様の奇跡ってお茶を飲むことに使われてるのかしら」
「それは違うと思うけど。うん、じゃあケロちゃんはお茶はいらないから遊ぼう。何して遊ぶ? 弾幕でもかけっこでも何ならどっちが先に気持ちよくなれるかでも――」
「てい」
さり気なく危ない発言をしそうになった諏訪子のおでこに御札をはる。
「んー? なにこれ?」
「ん?」
二人して疑問の声を上げる。諏訪子は何事もなかったかのように御札をはがしてしげしげとそれを見つめる。霊夢はそんな諏訪子を心底分からないといった風に見つめる。
「あれ、これって早苗が使ってる御札と同じやつ?」
「……ああ、そっか。いつもはレミリアに使ってるんだったわね……純粋な神様のあんたに使って効くわけないか……迂闊」
「ざーんねんでしたー」
諏訪子がけろけろと笑う。
霊夢は額を押さえながらはぁとため息を吐いて立ち上がった。
「ん? どこ行くの?」
「お茶。あんたも飲むの?」
「くれるならー」
「はいはい」
もはや定例となりつつある光景だなぁと、縁側でお茶をすすりながら霊夢は思った。あれだけ遊ぼう遊ぼうと駄々をこねていた諏訪子は隣で縁側に座って、何が楽しいのか笑顔で足をぶらぶらと揺らしている。
たまに守矢神社では神奈子や早苗と何があったかを話しかけてきたり、逆にこっちの神社では普段何をしているのかを聞いてきたりする。
遊びたいというより、退屈だったんだろうか。
外の世界がどんな世界だったのかなんて霊夢には知る由もないが、少なくともこっち側よりは娯楽があるだろう。人の参拝客も――結果として幻想郷に引っ越してきているんだから違うのかも知れないが――それなりに居たに違いない。食べ物だって豊富にあり、化生が居ない代わりに平穏がある。
そう考えると、何故諏訪子たちがこちら側に来たのか不思議になる。
「ねえ、あんた達って、結局のところなんで幻想郷にきたの?」と霊夢は問うた。「別に、向こうに居たって死にはしなかったんでしょ?」
「え、早苗から聞いてない? 信仰が少なくなったからだよ?」
ぴょん、と縁側から降りて諏訪子はくるくると回る。両手を広げて無邪気に笑う様は、人々が想像するだろう神の姿とはかけ離れた愛くるしいもの。
「あなたも知ってるでしょ? 神社の神様っていうのは人、まぁ妖怪でもいいけど、信仰がないと力が弱っちゃうの。現代の人間ってね、やっぱり昔に比べると信心深い人って少ないんだ。それなら、まだ本当の信仰が生きていた世界そのものの幻想郷の方が、より信仰を集めやすかったからだよ」
「ふぅん……」一見興味がなさそうに返事を返し、お茶をすする。「あと二つ聞いてもいいかしら?」
「いいよ?」
「外の世界では、信心深かろうがそうでなかろうが、少なくとも参拝に来る人間の数は……そうね、比較的といえばいいかしら。多かったんでしょ?」
「そりゃね。何せこの国でもそれなりに古い神様だし」
「じゃあ最後。一が千あるのと、十が百あるのはどっちがいいのかしら?」
「ん? それって一緒じゃない?」
「ええ、一緒ね。でもその限界数が一の方が多い場合は、どっちが先行きがあるのかしら?」
「んー……なるほどねぇ。やっぱり、幻想郷の巫女は伊達じゃない! ってところかな?」
「ちょっと考えたら誰だって分かることでしょ」
淡々と言葉を紡ぐ霊夢の言葉にも、諏訪子は飄々とした表情をしている。
「……ま、どうでもいいことだけどね」と言って、霊夢は腰を上げた。「あんたの言うとおり、質がいいならそっちに越したことはないしね」
「どこ行くの?」
「お茶が切れたのよ」
「質問の答えは聞かなくてもいいのかな?」
「答える気、あるの?」
「ないかな?」
ほらね、とそのまま霊夢は土間へと消えていこうとする。
「あ、そうそう、あんたそろそろ帰りなさいよ」
「え、何で? ご飯?」
「違うわよ」
「じゃあ何で?」
「何でもよ」
「ん~?」
諏訪子の表情が少し邪な色に染まる。簡単に言うと、意地悪を思いついた子供の笑み。
「ねえ、この後何か用事があるの?」
「ないわよ」
「じゃあもう少し居てもいいよね?」
「それは、駄目」
「何で?」
「何でも」
「誰か来るのっかな?」
「……」
逃げるように早足に土間へと向かう霊夢の後を、纏わりつくように諏訪子が付いていく。
とうとう土間までやってきて、霊夢が立ち止まる。真後ろで諏訪子も立ち止まる。
「……ぅー」しばし唸って、観念したかのように霊夢が振り返る。「今度遊んであげるから今日は帰んなさい」
「んー」
諏訪子は指を唇に当てて悩んだ振りをする。
紅白の巫女が何かを隠していて、それを知られたくないとしているのは明らか。もう少し何を隠しているのかをからかい半分で追及してみたいのが本音だけど、今度遊んであげるというのだからここは素直に頷いておいたほうがいいだろうか。
「ほんとに?」
「ほんとほんと」
「神様に嘘つかない?」
「吐かない吐かない。だから早く帰れ」
「そういう言い方されちゃうと、ケロちゃんあんまり帰りたくなくなってくるかな?」
「~~~~~あーもう! 早く帰りなさい! じゃないと」
「じゃないと、どうなるの? 霊夢」
「ひゃっ」
霊夢の肩が跳ねる。その後ろからはにょっきりと手が伸びている。
霊夢と相対している諏訪子にはもちろん何が起こったのか見えていた。隙間が開いて、そこから、きっと霊夢が自分を早く帰らせたがっていた理由が姿を見せたのだ。
「こら紫やめっ」
「なぁ~い。だって霊夢ったら私との二人っきりっていう約束を守ってくれなかったんだもの」
「こいつは今から帰るー!」
「今、帰ってないわ」
手に盆を持っているからか、胸元と袖から進入する紫の手を払えない。
諏訪子は思う。そういえば、さらし、巻いてなかったなー。
服の内側でもぞもぞと動く手に、なんだかぷにぷにと音が聞こえてきそうだ。
「ねえ、ケロちゃんも触っていい?」
紫とは話したことはないが、なんとなく今なら気安く声をかけてもいい気がしたので、訊いてみる。後は少しだけ目の前の柔らかさに負けたから。
「だーめ。これは私だけの」
「やっぱりか」
「ええ。あなたにはあなたの巫女がいるでしょう?」
「んー、触ってもいいんだけど、そうしたら神奈子が怒るから」
「じゃあ、怒る人のを触ったら問題ないんじゃなくて?」
「おお」ぽんと手を叩く。「それは名案」
でも、目の前のもやっぱり柔らかそうで。
「ねえ、ちょっとだけ、だめ?」
「これは私の。ちょっともそっともだめ」
「そっかぁ……あ、ケロちゃん用事思い出したからかえるね?」
言ってから、返事も待たずに諏訪子はさっき座っていた縁側向けて走り出す。中途半端な駆け足じゃなく、それこそ持ちうる力全てを駆使した全力で。
「じゃあねー!」
「あらあら」
諏訪子が去っていく廊下の先を見ながら紫が呟く。もちろんその間も手を動かすことは忘れない。
「少しだけなら見ていってもいいのに、ねぇ霊夢?」
言いながら、紫はそっと顔を近づけて霊夢の耳たぶを甘噛みする。
「ふ――ぅ――」
「あら、気持ちいい?」
「ふぅぁぁぁあああああああああああああああ!」
「ん、あぶなかったぁ~」
縁側から飛び上がって一寸後、何かが爆発する音が大きく木霊した。
帽子を押さえながらながら見下ろすと住居部分の一部が見事に崩れている。霊夢の頬が赤くなっている姿と、自分の神社で早苗をからかっている姿とが被ったから逃げてきたけれど、どうやら間違いではなかったようだ。早苗も、たまに後ろから抱きついて胸をもんだりすると色々と酷いことになる。封印されそうになるとか、ご飯が出ないとか、一緒に寝てくれないとか。
まぁ、今日のところは『巫女は赤くなると危ないのは世界共通』ということが分かったし、今度遊んでもらえる約束もしてもらったし、よしとしよう。
何やら弾幕らしきものが花咲きだしたそこを離れ、諏訪子は己の住まいへと飛んでいった。
博麗の神社から帰ってくると、居間で二人がのんびりお茶を飲んでいた。今日はどこへ布教してきたかなど、早苗が話し、神奈子がそれに相槌を打っている。二人とも表情が穏やかなところを見るに、どうやら布教活動は順調にいっているようだ。
二人とも機嫌がいいからか、それとも単純に気がついていなかったのか、怒る気配もないので、諏訪子も輪に入ってお茶を飲むことにした。
早苗が話し、自分と神奈子がそれを聞く。
「……」
ふと、少し、ほんの僅かだけれども、昔を懐かしんでしまった。
信仰が広まり、深まり、神社に参拝する人が増え、賑やかさを増していくことは心から喜ばしく思う。自分たちの力も増え、大地と人の心は豊かになり、そこに何も不満などありはしない。
でも、懐かしいと思ってしまった心に嘘は吐けない。
幻想郷に来る以前、やはり自分たちは人々に信仰を広めてもらおうと活動をしていた。
科学というものに幻想が塗りつぶされた現代においても、信心深い者たちは居る。しかし、それも遥か昔に比べれば知れたものだった。ごく一部の人間たちだけに残った信仰は、私たちの力を薄め、人々の心の豊かさを無くしていった。何とかしようとするも、科学の世界に残った私たちは存在そのものが幻想でしかない。
現代に生きる人々にとって、幻想とは決してその内に飲み込めるものではないのだ。故に理解されない。故に信仰は広まらない。故に、どうすることもできない。
そんな中で、どうすればいいかを三人でよく話し合った。どうしようもない、そんな世界で、どうにかしようと足掻いていた。悩みもしたし、喧嘩もしたし、苦しみもした。けれど、その時間はかけがえのものでもあった。理解されない世界において、その空間だけは、唯一理解する者だけで占められていたから。
だから、そんな時間は、今となっては少しだけ懐かしいと思う。
「と、言うわけで、これからももっと信仰を集めることができそうです」
「それはよかったねぇ」
だから、だろうか。返ってくる答えも、訪れるであろう展開も分かっているはずなのに、気づけば言葉は自然と紡がれていた。
「だね~。あ、じゃあ早苗も神奈子も忙しくなるようだから、今度からはケロちゃんも手伝おうか――」
「――さ、私はそろそろご飯の支度をしますね?」
「――さ、てと。今日は何のビデオを見るかねぇ」
言うや否や、早苗はそそくさと台所へと消えていく。神奈子は外の世界で撮り溜めしておいたビデオを漁りだした。
「な……」
意見を出そうと手を上げたままの諏訪子が一人取り残される。
「ぅー……」
早苗はご飯を作る為に台所に逃げた。やりどころのない諏訪子の感情は自然と神奈子に向けられる。
バトル「第五百六十七次諏訪大戦 ~ あーうー vs ふしゃー」
「どーしてケロちゃんは駄目なのさー!」
「いつもいつも早苗と私が言ってるでしょ! あんたが外に出ると色々と問題が起きるから駄目だって!」
「姿が見えるから問題あるんでしょ? じゃあ、見えないようにしてれば問題ないじゃない!」
「ここは幻、想、郷! 外の世界の何の力もない人間だけが居るわけじゃない。霊視の一つや二つあっさりしてのける妖怪妖精その他もろもろがふらふら飛んでる世界なの!」
「だって……ぁぅ~……」
「ぁぅ~じゃない……」
いつもの流れだった。諏訪子がゴネて、その場に残った神奈子か早苗が諭す。ご飯が出てこないのは困るけれど、早々に台所へと逃げた早苗を、神奈子は少しだけ恨んだ。
諏訪子は俯いて膝でこぶしを握っている。これもいつもの流れだ。後は諏訪子の機嫌がとれるものを出すだけ。今日なら、後一時間もしない内に出てくるだろう早苗の夕飯までの辛抱だ。
少しばかり気まずい時間は流れるだろうけれど、いつもに較べたら大したことはない。神奈子は特に選びもせずに手に取ったビデオをセットしようと腕を伸ばした。
しかし、今日の諏訪子はいつもの彼女とは違っていた。
諏訪子の脳裏に、仲良さそうにくっ付いていた霊夢と紫の姿が映る。あれだけを見ればそうは思えないかもしれないけれど、霊夢は紫が来るからと自分のことを帰らせようとしていた。紫が霊夢に纏わりついていたのも、慣れた手つきだった。あの場に自分がいなければ、きっと霊夢も紫に対して甘える素振りを見せていたに違いない。
次に、先ほどの三人での光景。早苗が話して、神奈子と自分が聞いていた、柔らかな空気が、諏訪子の胸を内側から苦しめる。
「どうして……よぅ……」
「え……?」
ビデオをつけようとしていた神奈子は、普段とは違う諏訪子の声色に振り向く。俯いた諏訪子の顔は、帽子の影によって見えない。なに、と聞こうとしたその言葉は、諏訪子によって遮られた。
「うー!」
勢いよく、諏訪子が神奈子に飛び掛る。
「いいよね! 神奈子は!」
馬乗りになった諏訪子から、神奈子の頬に、首筋に、雫が落ちる。諏訪子の熱い、熱い思いが、滴り落ちる。
「諏訪が神奈子のものになってからずっと、私は神奈子の陰に隠れて一人だった! 表に出るのは全部神奈子で、私はもりやの血筋以外、誰と会うことも言葉を交わすこともなかった!」諏訪子は神奈子の豊満な胸に顔を埋める。神奈子の布越しにくぐもった声で、諏訪子は言う。「確かに私と神奈子は最初は敵だった。でも、少なくとも現代では早苗と三人で仲睦まじくやってきたはずだよね……」
神奈子は何も言えない。
「私が唯一姿を現せたのは祭日だけ。でも、それも人には見えないように姿を隠してのものだった……ねえ、神奈子」強く、顔を押し付ける。「明日ハレの日ケの昨日って言葉があるけど……私のハレの日は、いつになったらくるのかなぁ……」
室内に、静謐な空気が満ちる。隣にある台所からは鍋を煮る音が聞こえてくる。早苗にももちろんこの状況は聞こえているだろうが、気を遣っているのかこちらに来る気配はない。
少しの間を空けて、神奈子が口を開く。
「諏訪子……」
何も言わない諏訪子の頭と背に、神奈子が手を回す。
「……すまなかったね……」
普段の自分では想像もできないなと思いながら、神奈子は素直に謝罪の言葉を口にする。
「ただ、一つだけ訂正させておくれ。私と早苗は、別にあんたのことをのけ者にしようとしていたんじゃない。ただ、私たち三人にとってそれが“当たり前”だったからそうしていただけ」
諏訪子は何も言わない。
「……まぁ、でも結果的にあんたをのけ者にしてたし、あんたの思いにも気がつかなかったんだから何を言えた口でもないんだけどね」そう言って、もう一度だけ謝罪する。「悪かったよ」
「……」
「……」
諏訪子は何も言わない。神奈子も、もう何も言わない。言うべきことは言った。要る言葉を口にしてしまえば、後は全て言い訳にしかならないことを知っているから。
諏訪子が顔を上げる。神奈子の胸に全て流してしまったのだろう。そこには雫の後が残るだけで、あとは、少しだけ、鼻先が赤い。
「ぅー……」すん、と鼻をすする。「じゃあ……もう、のけ者にしない? ケロちゃんも、一緒に行ってもいい?」
「それは、駄目」
「なんで――」
「まぁまて諏訪子。ずっと駄目とは言ってない。ただ、すぐに『はいもりやの神様ですよー』というわけにはいかない、と言っているんだ。あんたは自分が思っている以上に、格式高い神様なんだよ。ゆっくり、ゆっくり……な?」
「ぅー……ぅん」
「よし。じゃあ、どいてくれ。いつまでもこんな体勢でいたんじゃあ早苗になんて思われるか分かんないし」それに、とほくそ笑む。「諏訪子、あんた自分の体が小さいからって安心してたのか、少し、重くなってやしないかい?」
「む、それは神奈子には言われたくないかな? ほら、こーんなに重いものを持ってるんだから」
「あ、こら揉むな掴むな先端をつまむ、な……」
「ん?」
神奈子が口を開いたままで固まった。訝しげに神奈子の視線を先を追ってみると、そこには固まった早苗の姿があった。
手に何も持っていないところを見ると、ただそろそろご飯ができることを伝えにきたのだろう。
「あのそのあぅえっとあぅ……」
瞬間的に顔が赤くなった早苗だけど、その視線は自分たちを見ているようで少しずれている。先ほどと同じように、諏訪子は早苗の視線を辿ってみる。
自分のスカートが捲れ上がってその肌が丸見えになっていた。もう少しずれると、神奈子も足の付け根辺りまでが見事にあらわになっている。幼児体型の自分と違って、豊潤な肢体を持つ神奈子のその姿は、同姓であっても目を離すことができない艶かしさをかもし出している。きっと、先ほどまで自分が顔を埋めていた胸のように柔らかくて、触っているだけで気持ちよくなるだろう。
あ、と諏訪子の頭に一つの閃きがはしる。
早苗を一度流し見て、神奈子へと視線を落とす。
「ねえ、神奈子?」
「え、な、なに?」
「んっ――」
「あ――」
「な――」
反応は三者三様。諏訪子は頬をほんのり赤く染めて、どこか嬉しそうに神奈子の唇を奪う。神奈子はただただ驚きの瞳を諏訪子に向けて、早苗は何故か涙目になっていた。
神奈子が何も反応しないのをいいことに、諏訪子は自分の舌で、神奈子の唇を割ってその味を堪能する。手はさり気なく、神奈子の太ももへ。絹のような桃、とでも表現すればいいだろうか。どこまでも繊細で、柔らかい。自分の意思で触っているんじゃなく、蜘蛛の糸に自分から飛び込んでいくようなえも知れぬ誘惑が指先を支配する。
ついでに言うと、自分も神奈子も下着を履いていないから、そのまま手は神奈子のスカートを完全に捲ってお尻の方へと伸びて……
「あ、あ、あ……ぁぅぁぅぁぅ~!」
「っぷ。ちょ、早苗まっ」
「ほーら、待つのは神奈子」
「ここ、こら諏訪子やめ、早苗が、早苗がっ!」
「大丈夫大丈夫」
「何が!?」
「全部?」
そう言って、諏訪子は神奈子の服の裾を捲り始める。神奈子が抵抗しようとするが、鉄の輪を半分にして畳に縫い付けたら大人しく、もとい、なすがままになったので好き勝手することにした。
「だーいじょうぶ大丈夫。こう見えてもケロちゃん結構うまいんだよ?」
「何がっ!」
「聞くよりも実際に体験した方が早いと思うから、大人しくしててね?」
「するかー!」
大丈夫、大丈夫、と諏訪子は思う。だって、今の今まで、自分の心はいつも寂しがっていたのだ。それだって、ほら、今は全然寂しくない。だから、大丈夫。
「それに、ねぇ、神奈子?」
今まで寂しい思いをさせられていたのだから、これくらいの意地悪には目を瞑ってもらわないと、ね。
ぷるん、と、形のいい胸がましましたとさ。
言っていることや、博麗神社で卵を産む発言など面白かったです。
色々と賑やかなお話でした。
誤字の報告です。
中盤あたりまで『神奈子』ではなく『加奈子』になってますよ。
内容は……展開が急な気がしました。百合分も多めだったし。表現はうまいと思ったので、そこだけ残念。
萃香とケロちゃん……つまり時代はロリバb(ry
しかし、様々な神徳を持つ神奈子と違ってケロちゃん祟り神だからなぁ……。
幻想郷の神として在る事は神奈子より難しい気がします。
しかし、確かに誤字が気になってしまいましたね。文自体は非常に読みやすかっただけに、残念です。
次も期待してます。
ケロちゃんは犯罪級ですよねわかります